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マニアック その2

 気づけば、俺は陽光が降り注ぐ黄色い花々の中、仰向けになって寝転がっていた。視界には青い羽根の鳥が呑気に舞っている。慌てて上半身を起こしてあたりを見回せば、澄んだ水の湧き出る泉と、そのほとりにしゃがみ込む小さな背中が確認できた。


 あの背中の正体を俺が間違えるわけがない、源尾だ。つまり、これは昨日の夢の続きなんだ!

勢いよく立ち上がった俺は、源尾の背中向かって「おーい!」と声をかけた。驚いたように振り返った源尾は、こちらに向かって嬉しそうに手を振った。


「伊瀬冬くんっ! また来てくれたんだね!」


「当たり前だろ」と返しながら、源尾の傍に歩み寄る。隣まで来たところで、胸の高鳴りが最高潮になるのを感じながらも、俺はそれを悟られないよう冷静を装いながらなんとか言葉を紡いだ。


「それにしても、やっぱり小さいままなんだな。ちゃんと飯食ってるのか?」

「た、食べてるよ! ほんとはもっと大きいんだからね!」


 少しムキになったように言った源尾は俺の背中を手のひらで叩く。痛みを感じないのは、きっと夢の中にいることだけが原因ではないだろう。

 それから俺達は泉のほとりに並んで座った。なにを喋ろうかと色々ネタを考えてきたのに、いざこうなると何も口から出てこない。なんたるブザマ。


 情けない男を差し置き、先に喋りだしたのは源尾の方だった。


「……伊瀬冬くん、昨日はほんとゴメンね。ヘンな電話しちゃって」

「いいんだよ」と笑って答えた俺は、源尾に気を遣わせないようさらに続ける。


「というか。源尾、なんか電話の時とキャラ違うよな」

「ええ? そ、そうかな。ヘン?」

「いや、変じゃない。ただちょっと気になっただけだ」

「ご、ごめん。もしかしたら、夢の中だからってヘンなテンションになっちゃってるのかも」

「いいんだよ。俺だってたぶん変なテンションだ。でも、本当に昨日はどうしたんだ?」


 なんの気なしに訊ねた瞬間、理由を問うのはさすがにデリカシーが無さ過ぎると思い直し、慌てて「話したくないよな」と付け加える。すると源尾は「ううん、違うの」と首を横に振り、辛そうに「大丈夫だから」と吐き出した。

大丈夫じゃないのは一目でわかる。抱えていたら辛い何かを持っているんだろう。それなら俺ができるのは、せめて夢の中だけでも源尾を楽しませてやることだけだ。


「なぁ、源尾。これからどっか行ってみたいところとか、やってみたいこととか無いか?なんだっていいぞ。夢の中ならきっと、なんでも自由だ」

「……それなら、行きたいところがあるの」


「どこだ?」と俺が問いかけたその時、どこを見渡しても青かった空から急に影が落ちてきた。何事かと上を向くと、視界を覆うほど巨大な長方形のなにかがすぐ頭上に浮いている。


 よく見るとそれは黄色い車体の電車だ。まさか、空飛ぶ電車とは。どこかに隠れていたのか、それとも何も無いところから現れたのか。「なんでもアリだな、こりゃ」と呟くと、「夢だからね」と源尾は言った。


 ゆっくりと降下してきた電車は、泉の水面に低い波を起こしつつぴたりと止まり、ぷしゅうと音を立てながら乗車口を開いた。電車自身が意志を持ち、「乗れ」とこちらへ指図してきているようだ。


 元気よく立ち上がった源尾は、俺の腕を掴んで引いた。


「行こっ。わたしたちが通ってた中学校まで!」





 電車に乗り込み席へ座ると、黄色い車体は間もなくしてエレベーターのように上昇をはじめた。しかし浮遊感はない。窓から外を見れば、泉に映る電車がだんだんと小さくなっていく。原理もわからないまま浮上する鉄の塊にやや恐怖を覚えたが、隣に座る源尾は楽しそうに窓からの景色を眺めていた。「ビビるな!」と自分にこっそり言い聞かせた俺は、「いい眺めだな」と言いながら源尾と一緒になって外を見た。


 あたり一帯には緑深い山々が連なっている。山間からは平原が見えたが、人工物らしきものは何一つとして無い。鉄塔の一本くらい立っていてもいいもんだが。


 眼下の泉が米粒程度の大きさになるまで浮上したところで、電車はゆっくりと前方に向かって進み出した。線路もないのにガタンゴトンと床下から音が聞こえてくるのが奇妙だ。


 ふと、視線を落とす。すると源尾が俺の手の甲に手の平を重ねていたではないか! 瞬間、俺の全細胞はフリーズし、然るのち沸騰した。この時点で俺が夢から醒めなったのは、ひとえに並々ならぬ精神力のおかげだと思う。

山々を超えて、平原を抜けて、電車はやがて海の上を走り始めた。窓を開ければ、潮の香りを感じることができるのだろうか。ひたすら続く青い凪の景色はなんとものどかだが、源尾の手のひらが手の甲に重ねられていると考えると眠くなる暇がない。


「ねぇ、伊瀬冬くん。中学校に着いたらどんなことしよっか?」

「なんだ。なんかやりたいことがあるわけじゃないのか?」

「うんっ。伊瀬冬くんのエスコートにお任せします」


 なんだかずいぶんと頼りにされてる感じがある。内心でかなり照れつつ、「そうだな」と考えを巡らせた俺は、くだらなくも楽しそうな案を思いついた。


「現実なら絶対にできないくらい、めちゃくちゃやるってのはどうだ?」

「めちゃくちゃ?」

「そう。めちゃくちゃ。ぶっ壊してやろう、学校を」

「いいのかな、それ」

「いいんだよ、どうせ夢の中だ。現実じゃ出来ない事をやれば、きっと一生の思い出になる」


 その時、ひたすら青が続いていた眼下の色が急に変わった。何事かと思えば、いつの間にか電車は陸地まで来ていたようで、周囲の光景が一変している。背の高いビルこそ見当たらないものの、集合住宅や一軒家などが至る所に立ち、その間を細い道が通るここは、どうやら市中の住宅街らしい。なんだか、久し振りに人の手が加わったものを見た気がする。


 やがて高い金属音を響かせながら空中で止まった電車は、ゆっくりと降下を開始した。窓から外を眺めれば中学校の校舎が見える。記憶には無い形だが、まあ夢の中だから多少の違いは仕方ない。


 電車はやがて校庭の中央へ着地し、それと同時に乗車口が開いた。席を立って外へ出た源尾は、大きく深呼吸した後で、俺にぺこりと頭を下げた。


「じゃあ、伊瀬冬くん。めちゃくちゃ、よろしくお願いします」


 それから俺達は学校を舞台にめちゃくちゃなことをした。体育館から取ってきたバスケットボールで教室の窓を割って周ったり、駐輪場に停めてあった自転車で廊下を走り回ったり、長い廊下をレーンに見立てて空き瓶でボウリングをしてみたり、校長室の肖像画にヒゲやツノを描き込んでみたり、とにかく好き放題だ。


 人の目、法律、その他諸々のせいで現実では決して許されないすべてが、ここなら出来る。人間社会の鎖から解き放たれた俺と源尾は自由気ままに過ごした。


 家庭科室の冷蔵庫にあった食材を勝手に使って作った味の無いカレーを屋上で食べながら、源尾は頬を赤くして言った。


「なんか、スゴい悪いことしてるみたい。本当に大丈夫かな?」

「知らないのか? たまの悪いことは身体にいいんだ。アメリカで実験結果も出てる」

「ほんと? はじめて聞いた」


「もちろん嘘に決まってる」と言うと、源尾は「もうっ」と俺の肩を小突いて笑った。その笑顔に俺の心は無暗にときめいた。


 食事が終わってからはまためちゃくちゃの時間である。午前が破壊の時間ならば午後は創造の時間といったところで、美術室から取ってきた絵具で、壁に互いの似顔絵を描き合った。源尾は存外にも絵が上手くない。全体的に精度が甘く、あれじゃ俺の顔とは程遠い。しかし筆を握る源尾がやけに真剣な横顔をしていたので、茶化すことは決してできなかった。


 絵の完成を待たないうちにだんだんと日が落ちてきて、白い塗装が少し剥がれた校舎の壁を夕焼けの光が橙色に染めた。もう間もなく夜がくる。見れば、校庭にはあの空飛ぶ電車が着陸するところだった。


 筆を放り投げて校庭へ出た俺達は、ふたり並んで空飛ぶ電車に近づいた。歩みが遅いのは、アレに乗り込んだら夢が終わってしまうのがなんとなくわかっていることと、この時間が終わるのを惜しんでいることが関係しているのだろう。


 どれだけ牛歩で進んでも、数分もしないうちに電車の前に着いてしまう。夢の出口を目の前にして立ち尽くした俺達は、あと一歩が踏み出せず、なんとなく棒立ちになってしまった。


「……これに乗ったら、夢が終わっちゃうんだよね」

「……たぶんな。でも、きっとまた明日会える」


 夕陽がすっかり街並みの中へと落ちていく。空は色を失い、代わりに小さな星が見えるようになってきた。夢の世界が夜ということは、現実の朝は間近なのだろうか。


 その時、背後からなにか大きなものが動くような轟音が響いてきた。同時に、ふらつくほどに地面が揺れる。なんだと思い振り返れば、校舎が、体育館が、中学校全体がまるで一個の生命体のように崩れ、そして交互に組みあい、巨大な建造物へと姿を変えていた。いくらなんでもあり得ないが過ぎる。何が起きてるんだ。


 やがて校舎は変形を止める。形が大きく変わったことはわかるが、薄い月明かりの元では詳しい形状はわからない。「伊瀬冬くん。なに、アレ」と源尾は俺の手を握った。手のひらの柔らかさも味わえないほど困惑した俺は、ただ「わからん」と首を横に振ることしかできなかった。


 騒がしい吹奏楽があたりに鳴り始めたのはその時のことだ。それと同時に、校舎だった建物は、赤、青、黄、紫に緑と、子どもがふざけて作ったクリスマスツリーの如く様々な色の光で悪趣味にライトアップされる。


 やがて闇夜に浮かび上がったのは、おとぎ話の世界から引っこ抜いてきてそのまま適当に植えつけたような、西洋風の巨大な城だった。一見したところ豪奢な見た目ながらも、どこか拒否感を覚えるのは、なんとなく『魔女の城』を連想させられるからだろうか。


「帰ろう」と源尾が怖々呟く。「ああ」と答えた俺は一度背を向けた電車へと振り返ったが、どういうわけかそれは忽然と姿を消していた。


 突然響いたシンバルを打ち鳴らす音を合図に音楽が鳴りやむ。強烈な白い光が城から伸びてきて、それが俺達の行く先を示すように地面を照らした。


 光の道は城門の方向へと伸びていた。

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