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エレクトリック・ドリーム その4

 気づくと、目の前には源尾がいた。もちろん、素敵な本物の源尾だ。「どれくらいこうしてたんだ?」と問うと、「二秒くらいだよ」と教えてくれた。どうやら体感時間とだいぶ開きがあるらしい。


「それより伊瀬冬くん、大丈夫? なんともない?」

「平気だ。むしろ、気分がいい」


「……本当に?」と源尾はいかにも不安そうに俺の顔を覗き込む。「本当に」と普通に答えても〝ハ〟の字に曲げた眉毛は元に戻ってくれそうになかったので、手を掴んで「触ってみるか?」と体温の無い俺の額に持っていったら、源尾は「からかわないで!」と顔を真っ赤にして抵抗した。いたずら心をそそられる反応だ。


「悪い悪い。でも、これで元通りってわかっただろ?」

「うん。わかったよ、全部元通り。誰彼構わずからかおうとするちょっと困った姿勢まで、全部」


 口元を笑みで緩めながらそう言った源尾は、ベッドから立つと、ふと表情を引き締めてこちらを向いた。


「伊瀬冬くん。もう少しだけ待ってて。あなたが助かる方法を、絶対に探して持ってくるから」

「ああ、期待してる。俺に出来ることがあるならなんだって言ってくれ」

「ええ、きっと力を借りる時があると思う」と手を振ると、源尾は光の粒子となって消えていった。


 それからは不定期でみんなが俺に会いに来てくれた。


 鹿間がふらりと現れたと思ったら、「勝負しましょう」とオセロで戦いを挑んできたり、水島さんと江村が一緒に来たと思ったら、ほとんど俺をそっちのけで上司の愚痴を言い合っていたり、大藪さんが結婚記念日に奥さんへ贈る品を相談しに来たり、源尾が昨日見たテレビの話をするためだけに来たり、全員で『2045』に場所を移して味のしないコーヒーをすすったり、とにかく他愛の無いことを色々やった。


 みんな仕事の途中で抜け出してきたんだろう、あまり長い時間共に過ごせたわけじゃなかったが、それでも十分だった。十分過ぎた。


 そんな調子で日々を過ごしていると、ある日、やって来た源尾が「伊瀬冬くん」と弾む調子で俺の名前を呼んだ。表情はなるべく冷静を装おうとしているものの、喜びの感情が隠しきれておらず頬が緩んでいる。


「源尾、なにかいいことでもあったのか? 星座占いで一位だったとか」

「残念。占いは信じないの、私」

「知ってる。一位だった時に、定期落としたって言ってたな。何があった?」


 俺の問いかけにしたり顔で返した源尾は、焦らすように沈黙する。「早く教えてくれよ」とせがむと、仕方がないとばかりに何度か頷いた源尾は、一言一言をもったいぶるようにゆっくりと言った。


「私達の、〝未来〟が開けたの」





 とある民間研究所が、源尾達の研究チームごと『ISY』を引き取りたいと手を挙げた。現在勤めているところよりも小規模なところだが、源尾の通っていた大学の先輩にあたる人が役員を務めており、今の環境よりも自由に研究できるらしい。ついては、是非とも一度俺を見てみたいというということで、俺は先方研究所の本社ビルがある新宿まで向かうべく、源尾と共に電車に乗っている。


 電車といっても〝夢の中〟のように車内は無人ではない。もちろん空も飛んでいない。本物の電車だ。とはいえ、なにも俺は生身の身体を得たというわけでもなく、カメラ、集音、発声機能が付いた小型記憶媒体に収まり、源尾の着るジャケットの胸ポケットから世界を覗いているだけである。人間の脳かそれ以上の容量を持つ俺を収めることのできる入れ物が、今や子供のおもちゃ以下の値段で買えるのだから、ムーアの法則にもあてにならないところがある。


 身体に感覚は無いが、小刻みに揺れる視界から、電車が動いていることはわかる。乗客にはスーツ姿の人が多い。窓の外を見たら日が高いようだから、もう昼を過ぎた辺りだろうか。となれば、今日はきっと平日で、このスーツ姿の人達はこれから営業にでも出かけるのだろう。なんだか、社会科見学みたいな気分になる。


 やがて電車は新宿駅で停まり、俺達は人の流れに逆らわず降りた。駅構内と駅前は人でごった返して目が回りそうなくらいだったが、オフィス街の方に行くと幾分かましになる。


 人通りが少なくなってきた辺りで、源尾は俺に小声で話しかけた。


「すごい人の数だったね。私、新宿まで来るの久しぶりだから驚いちゃった」

「ああ。これが、本物の世界なんだよな」

「そうだね。今度は仕事じゃない時に、ゆっくり来たいな」


「ああ、ふたりで」と俺は言いかけたが、不要な理性が引き留めて声にならなかった。


 やがて源尾は背の高いオフィスビルの前で足を止めた。自動ドアを抜けて受付に事情を話すと、すぐに通じて二十階まで昇って応接室で待つように言われた。


 指示の通りにエレベーターに乗り二十階まで昇る。箱から歩み出て、廊下を歩いてすぐのところの扉を開いた先に応接室はあった。背の低いテーブルを挟むように黒革のソファーが置かれた、小さいながらも綺麗な部屋だ。


 ソファーに座って待っていると、やがて部屋の扉が開いた。現れたのは、見覚えのある神経質そうな男の顔だ。テストが失敗して〝現実〟に戻ってきた俺が混乱している最中、くだらん嫌味を吐いていった佐藤という男だと記憶しているが、どうしてこいつがここにいるのか。


「……佐藤課長」と源尾は警戒の視線を向ける。


「あなたがどうしてこちらにいらっしゃるんですか?」

「大した用事ではありませんよ。ただ、親切心からお伝えしに来ただけです。源尾博士。いくらここで待っても誰も来ませんよ」

「……どういうことですか?」

「今しがた、ここの所長にご忠告をさせて頂いたんですよ。弊所の〝失敗作〟なんて引き取る必要はない。あれは責任をもってこちらが処分する、と」


「そんな!」と声を上げながらソファーを立った源尾は佐藤に歩み寄る。手こそ出さなかったが表情は見たことが無いくらいに険しい。あまりに突然な出来事に混乱しているようで、源尾はもう一度「そんな」と呟いてから言葉が続かない。代わりに俺が言葉を継いだ。


「ふざけろ。何の権限があってそんなことしやがった」

「当たり前でしょう。初期構想から大きく外れた、あからさまな失敗作を所外に出すなんて、恥以外の何物でもない。源尾博士、あなただって立派な大人なんですから、それぐらいはわかって頂かないと」


 悪びれもせずに言い放った佐藤は、胸ポケットの中の俺に視線を向ける。つまらないテレビを眺めるような、興味の欠片も無い目をしていた。


「だいたい、〝心のあるAI〟なんて誰が信じると思いますか? 画像認識、言語処理、時系列理解、音声認識、期待値の計算と推論。昨今のAIはこれらの全てを人間と同等かそれ以上の精度で行うことができます。それらを組み合わせれば、さも人間のように、心があるように振る舞うAIを作ることは比較的容易い。実際、源尾さんだって元は〝それ〟が目的だったはずだ。汎用型AIではなく、特化型AIの複合系が」


「で、ですが、特化型AIの集合で創発が起きて、汎用型AIが産まれるという理論だってあります。伊瀬冬くんもきっとそれで――」


 食い下がる源尾を斎藤は、「あくまで理論です。証明はされていない」と切り捨てる。


「そもそも私は、AIの心を証明できる日が来るとは思えない。あなたが心を持っていることさえ、この世界の誰にも証明できないんだから」


 その言葉に源尾は何も言い返せず、ただ佐藤を弱々しく睨んだ。俺も、何も言えなかった。


「源尾博士、道を踏み外さないでください。私は一応、貴方に期待しています。それが失敗作だったとしても、貴方には間違いなく次がある」


「……伊瀬冬くんは〝それ〟じゃありません。謝ってください」


 辛うじて絞り出した源尾の声を聞こえなかったかのように受け流し、佐藤は涼しげに「それでは」と言って部屋を出て行った。





 逃げるようにビルを出た源尾は早足で新宿駅まで向かった。乗り込んだのは、来た道とは違う方向に向かう電車だ。乗客はあまりおらず、学生らしいのがちらほらいるだけだった。


 座席の端に座る源尾は、窓の外に流れる景色を何も言わずにじっと眺めている。肩越しに振り返るように目をやっているため、胸ポケットの中にいる俺は源尾の表情をはっきりとは伺えない。でも、どんな顔をしているのかなんて見なくたってわかる。それにも関わらず、俺は源尾を勇気づけてやるために黙って手を握ることさえできない。源尾に今あんな表情をさせているのは自分なのに……微塵も役に立てないのがもどかしい。


 三十分ほどして、源尾はふらりと電車を降りた。知らない駅だ。改札を抜けて構内から出て少し歩くと、都会とはおおよそ縁遠い、中途半端な道に出た。住宅街にも関わらず、ところどころ畑があるのがなんとも田舎じみている。


 しばらく歩いていると、川の土手に沿った道に出た。さらさらと水の流れる穏やかな音がする。あたりにススキが生えているのが見えて秋の気配を感じさせられる。


 周囲に人の気配は無い。話すなら今だと思い、俺は源尾に「なあ」と声をかけた。返事は無かったが、ここで黙っているわけにいかない。俺はさらに続けた。


「俺なら大丈夫だ。そりゃ消えるのは嫌だけど、仕方ない。正直、あの佐藤の言うことは正しいよ。俺に心があることを証明なんてできるわけがないんだ」

「……大丈夫じゃないよ」


 小さく呟かれた言葉が無いはずの心臓を刺す。ポケットから俺を取り出した源尾は、真っ直ぐ視線を向けてきた。涙の気配を微塵も感じない表情には、強い決意が見て取れた。


「大丈夫じゃないよ、私が。伊瀬冬くんが消えて、大丈夫なわけないよ。あなたが消えたら、誰が私を勇気づけてくれるの? 誰が私に冗談を言ってくれるの? 死んでも仕方ないなんて、大丈夫なんて、勝手なこと言わないで」


 辛うじて「ありがとう」という言葉だけが出てきた。源尾の思いに、期待に応えてやれないと考えると、それ以上は何も言うことができなかった。


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