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初恋と、電気羊とジンギスカン  作者: シラサキケージロウ
第3話 ずっと側にいて
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ずっと側にいて その3

 俺達を先導してホテルから出たダウンコートの男は、突然の炎上爆発に慌てふためく人々を横目に鼻歌を歌いながら悠々と道を歩いていった。その背中を見ながら俺は、飛びかかってやろうかと幾度も考えたが、あの男に〝帰り道〟を抑えられていることを考えれば、やはりそうはいかなかった。


 しかし、あの男は何者だろうか。俺達の名前どころか、俺達があの電車を必要としていることまでわかっていた。少なくとも俺の記憶の中にはない顔だから、源尾ならなにか知っているかと思い、「心当たりはないか」とこっそり訊ねてみたが、源尾はただ首を横に振るばかりだった。


 俺達の前を行く男は、やがて薄汚い雑居ビルの一階にある店の戸をがらりと開いて中へ入っていった。店の暖簾に『いんど』と書いてあるのがなんとも胡散臭い。男に続いて店に入ると、色鮮やかな刺繍が淹れられたタペストリーが壁に飾られていたり、ガネーシャ像が設置されていたりと、インド風の飾り付けが目についた。インドカレーを出す店であることは明らかだが、中華料理屋の如く円卓がぽつぽつと並んでいるのが妙だ。


 店内中央の円卓を選んで座った男は、懐から取り出した煙草を咥えて火をつけた。吹き上げられた紫煙が天井にぶつかったのが合図だったように、店の奥から長い髪で顔の隠れた女がナンとカレー、チャイを載せた盆を持って現れ、それを円卓に置いて去って行った。去り際、こちらを少し振り向いた女の、前髪の間から見えた鋭い瞳にどこか見覚えがあった。


 煙草を床に投げ捨てながら、俺達へ同じ円卓に座るよう指示した男は、ナンをちぎってカレーにつけて食べ、チャイでそれを喉の奥へ流し込んだ。


「食えよ。悪かないぞ」


「いらん」と即答すると、男は「そうかい」と残念そうに言う。


「俺はな、別におたくらを困らせたいってわけじゃない。ただ、ちょいと協力して欲しいだけなんだぜ」

「協力して欲しいならそれ相応の態度ってもんが――」

「ちなみに、伊瀬冬くん。あんたは役立たずだ。俺は源尾ちゃんの力を貸して貰えればそれでいい」


 俺は思わず円卓に身を乗り出した。男は軽くのけぞってニヤリと笑う。


「落ち着けよ。おたくが役立たずなのは事実だ。怒ったところで一銭の得にもならんぜ」

「そこはどうでもいいんだよ。源尾に何やらせるつもりだ」


「コイツだ」と男はナンをかじりながら、あらかじめ足元に置いてあったアタッシュケースを拾い上げて円卓に置く。その中から出てきたのは、一台のノートパソコンだった。


「コイツを使って、源尾ちゃんにちょいと作って欲しいもんがあるだけさ。それ以上のことはない。ましてや、酷い目に遭わせたりなんてことはあり得ないって約束する」


「ふざけんな」と俺は男のたわ言を両断した。


 時間の無駄だった。そもそも冷静に考えれば、爆破なんて危険なことをするコイツに言われるままついていったこと自体が間違いなんだ。苛立ちを覚えながら席を立った俺だったが、隣の源尾は座ったまま動かない。


「どうしたんだ」と問うと、源尾は青ざめた表情で「やるよ」と呟いた。


「わたしがやらなくちゃいけないの。だから、やるよ」

「無理すんな。こいつの言いなりになる必要なんてどこにもない。こっから出る方法なら捜せばいいだろ」

「いいの。わたしなら大丈夫だから」


 力なく微笑んだ源尾は、俺の手を弱々しく握る。


「でもね、伊瀬冬くん。ひとつだけお願い。わたしが仕事してる間は、少しここを出て欲しいの」





 店を出た俺は街を適当にぶらついて時間をつぶすことにした。正直に言えば源尾をひとりにするのは不安だったが、出てほしいとお願いされるとどうしようもなかった。俺はきっと、源尾の言うことには逆らえないようにできているのだろう。しかし、店を出る間際に見た、青ざめた顔をしながらキーボードを叩く源尾の表情。あれはしばらく脳裏から消えてくれそうにない。


 すっかり暗くなった通りを当てもなく歩く。すれ違う人は誰もいない。店は軒並み営業を終えているのか、昼間にはあれだけうるさく光っていた看板も灯りを消している。点在する街灯が姿をすっかり変えた街を照らしており、俺は無性に寂しくなった。


 あの男は、源尾になにをやらせるつもりなのだろうか。少なくとも、ろくでもないことに決まっている。わかっていてもどうすることのできない自分を不甲斐なく思い、道端にあった空き缶を「こんちくしょう」と蹴り飛ばすと、勢いよく空へと飛んでいったそれは雑居ビルの頭を軽々と超えて彼方へと消えた。こんな力があったところで初恋の人ひとり助けられないのだから、まったく無意味だ。


 その時、俺はふと背後に人の気配を感じてとっさに振り返った。しかしそこには誰もいない。「何だったんだよ」と呟きながら前に視線を戻すと、目の前には奇妙な五人組が横一列に並んで立っていたから驚いた。


「奇妙な」というのはつまりその恰好のことで、そいつらはそろってねずみ色のスーツを着て、白い狐の面を付けていたのである。五人組のうち左端立っていた奴が「君が伊瀬冬くんだな?」と言った。やけに勇ましい声色の男だ。


「なんだ、お前達。そろって妙な恰好して」


「正義の組織には規律と外連味が大事でね」と今度は右端に立っていた男が答える。

「聞いてるのはその恰好の理由じゃなくてお前達の正体だ」


「我々は少なくとも君の敵ではない」と答えたのは、左から二番目にいた別の男だ。

「……敵じゃないにせよ、味方には見えないな」


「なら、言い方を変えようか」と右から二番目にいた奴が答え、最後に残った中央の奴が一歩前に出て、俺を指さした。

「君と源尾あいを、今の状況から救い出せる者達だ」


 狐面の五人組は見るからに怪しいが、今はそれすらも頼りたい。奴らの話を聞くことにした俺は、「詳しく聞かせろ」と視線で牽制しながら言う。


 五人組は俺を囲むように立ち、腕組みして構えた。


「単刀直入に言おうか」と男のうちひとりが言うと、「あの男は源尾あいに犯罪の片棒を担がせようとしている」と別の奴が続く。すかさず「我々は彼を捕まえようとしていてね」とまだ話していない別の奴が説明をすれば、「つまり、君にとっては敵の敵だ」とまた別の奴が言葉を繋ぐ。残った男が「すなわち、味方と同義というわけだ」と締めて、最後は全員で「理解したかな?」と声を揃えた。頭が痛くなりそうだ。


「その妙な喋り方は止められないのか?」


「言っただろう。外連味が大事だ」

「奇妙なのは我々も十分承知しているが仕方ない」

「我々は五人。されどひとり」


 とりあえず、止めてくれる気がないのはわかった。諦めた俺は話を前に進めることにした。


「……それで、俺に接触してきたのには理由があるんだよな」


「話が早くて助かるよ」

「君にあの男を捕まえるための協力をして貰いたい」

「君が彼の注意を引いている間に、我々が彼を取り押さえる」

「すぐに済むさ。あっという間だ」


「ダメだ。アイツは俺達がここから出るために必要なものを握ってるんだ。下手に近づけない」


「しかし、それは我々も同じだ」

「我々は君の事情を把握している」

「そして、例の電車が停まっているホテルには爆弾を仕掛けてある」

「君はこの世界に来た時点で、すでに詰んでいたというわけだ」


 正面にいた男が俺の眼前へ狐面をずいと寄せる。面を付け替えたわけでもないのに、不思議とその狐の顔が不気味な笑みを浮かべたように見えた。


「いいか、伊瀬冬くん」

「君が選べるのはふたつにひとつ」

「我々と敵対してあの男につくか。それとも、我々と協力してあの男の手から源尾あいを救い出すかだ」


「……正義の味方が聞いて呆れるな」


「正義を守るには清濁併せ呑む度量が必要なものでね」


 周囲をこいつらに囲まれている以上、俺に選択肢はない。精一杯の強がりで「ふざけやがって」と呟くと、眼前の狐面が飄々と「返事を聞く必要はなさそうだ」なんて抜かしやがった。


「それでは早速、悪い男からかわいいお姫様を救いに向かおうか」

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