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初恋と、電気羊とジンギスカン  作者: シラサキケージロウ
第3話 ずっと側にいて
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ずっと側にいて その2

 気づくと、大きなベッドの上に仰向けに寝転んでいた。柔らかい暖色の色を灯すナイトランプがにわかに俺の顔を照らしている。身体をゆっくりと起こして部屋を見回せば、化粧台や小さな冷蔵庫、貴重品用の金庫などが備え付けてあり、頭の中にある『ホテルの一室』のイメージとおおよそ合致した。


 しかし、ここはどこだろうか。光の差してくる方を見れば、ベランダへと通じる大きな窓がある。とりあえず外の様子を確認しようと、ベッドから出て窓に手を掛けたその時、背後からカチャリと扉が開く音がした。振り返れば、源尾が部屋に入ってくるところだった。


「伊瀬冬くん、起きた?」と微笑む源尾からは、電話越しに受けた落ち込んだ感じは見受けられない。とりあえずホッとしたところで「おはよう」と返した俺は、その時になってようやく源尾の背恰好が昨日と変わっていることに気が付いた。


 その服装は白いワンピース姿から、昨日、夢の中で見たブレザーの制服姿に変わっている。顔からはまだ幼さが感じられるものの、ふたつ結びのやや子どもっぽい髪型から、長く伸ばした髪を後ろに一本でまとめたものに代えている。相変わらず身長は小さいが、強い風が吹けば折れてしまいそうな身体に少し肉がついたような感じはある。


 これはもう、単に「着替えた」というだけでは説明のつかない変化であり、「成長した」と表現するにふさわしい。俺の記憶の中には無い、新しい『源尾あい』の登場に混乱しつつも喜んでいると、源尾は「驚いたでしょ?」と恥ずかしそうに笑った。


「起きたらこの恰好になってたんだ。本当のわたしの年齢を考えたら、なんか、ちょっと不思議なカンジ」


「大丈夫だ。似合ってる」と俺が口元を隠しながら言ったのは、ニヤついているのを隠すために他ならない。


 頬を赤らめながら「ありがと」と言った源尾は、こちらへ歩み寄ってくると、窓を開いてベランダへ出た。


「ほら見てよ、伊瀬冬くん。すごいよ」


 言われるままに源尾の傍に立ち景色を眺めれば、眼下には背の低いビルが無数に並び、その間に走る道路にはたくさんの屋台や出店が確認できる。人も大勢歩いており、昨日の城と違ってずいぶんと栄えた感じだ。


「行ってみるか」と俺が言うと、源尾は「うんっ!」と元気よく答えると共に、俺の手をきゅっと握った。


 たまらず腰が砕けそうになった。





 客室を出て廊下を歩いて行くと、すぐにエレベーターホールに突き当たった。エレベーターに乗って一階まで降りれば、フロントでは大勢の従業員が行儀よく並んで出入り口まで伸びる花道を作っており、なんだかやけに仰々しい感じだ。深々と頭を下げる従業員達から「いってらっしゃいませ」と声を掛けられながらホテルの外に出ると、近くを歩いていた通行人が、にこやかに「どうも!」と挨拶してから通り過ぎていった。まったく面識のない人からの挨拶に思わずぎょっとしていると、目の前を通っていく人々が、誰一人の例外なく「やあ!」とか「いい天気だ!」とか、こちらに声を掛けていく。やけに友好的な街だ。却って不気味に思えてくる。


「今の人たち、知り合い?」と源尾は俺に問いかける。

「いや。ただ人当たりがいいだけの他人だと思う」

「すごいね。現実の世界じゃ、ちょっと考えられないかも」


 驚いた素振りを見せつつも、源尾は嬉しそうに微笑んでいる。この笑顔を見ていると、多少の違和感は「まあいいか」と流せるから不思議だ。


「なあ、源尾。今日はなにがやりたい?」

「伊瀬冬くんのやりたいことでいいよ」

「嬉しいけど、そりゃ止めといた方がいい。昨日は俺があんなこと言ったから、妙なことに巻き込まれたんだ」


「そんなことないと思うけどな」と言った源尾は、あごに指を当ててちょっと考えるような素振りを見せると、「えへへ」とふやけた笑いを見せた。


「正直なこと言えばね、わたし、本当になんでもいいんだ。伊瀬冬くんと一緒に歩けるなら、それでいいの」


 ちくしょう、可愛いが過ぎる。


 しかし、一緒に歩けるならそれでいいなどと言われてしまえば、これはエスコートしないわけにいかない。なるべく男らしく「じゃあ行くか」と言った俺は、源尾を先導する形で、日の高いうちからネオンサインの輝く雑居ビル街を歩み出した。


 それにしてもこの街は国際色豊かというか、どこの国を歩いているのかというくらいに国籍があやふやだ。中華料理屋の隣には寿司屋の屋台が並び、その隣にはエスカルゴ専門店がのれんを掲げている。店に入れば、よくわからん爺さんがモゴモゴ言いながら古き良きアメリカを彷彿させる洋服を売っていたかと思えば、同じ店内で大柄な男が雪深い地方でも汗をかけるほどうっとおしいくらいモコモコとした民族衣装を売っていたりする。道行く人を見ても、日本人の方が却って少ないくらいだ。


 だというのに皆そろって流ちょうな日本語を使っているのは、俺が日本語以外扱えないせいだろう。仮に宇宙人なんていうのが本当に居て、そいつらが人間と同じように寝ている時は夢を見るのだとすれば、夢の中で扱われる言語は宇宙語に違いない。


 近くの店を一通り見て周り、一旦休憩しようということになって、俺達は『十字茶屋』という看板を提げた喫茶店に入った。床には木板がはめられていて、壁一面は白く塗られている、清潔感のある店だ。源尾がフルーツと生クリームたっぷりのパンケーキを注文したので、それに倣って俺も同じものを頼んだ。見た目と裏腹に味がまったくしないことよりも、パンケーキを食べる時の源尾の幸せそうな表情の方が強く印象に残った。


 手早く食事を終え、陽気な店主にオマケで出してもらった紅茶を飲んでいると、源尾が突然あたりをきょろきょろと見回しはじめた。


「どうしたんだ、源尾」


「ううん、なんでもないの。ただちょっと、ヘンなカンジがして」


 そう言ってはにかんだ源尾は、紅茶をストローでかき混ぜた。


「なんか、誰かに見られてるカンジがしたんだ。それだけ」





 だんだんと日が落ちてきて、街が橙色の光に支配されてきた。ゆるい風が隣の源尾の髪をなびかせる。夜に漂う気配はなんとなく夏のようだ。ガタンガタンと鉄の車輪が線路を走る音がどこからともなく響いてきて、俺はふと視線を空へと上げた。夕闇の中を走る黄色い車体が、背の高いビルの頂きでゆっくりと停車するのが見えた。夢の時間ももう終わりらしい。


「そろそろなのかな」と源尾は名残惜しそうに呟く。黙って頷いた俺は、「行こう」と源尾の手を引いた。昨日のようにぼんやりしていて夢から出られなくなったら困る。源尾を危険な目には遭わせたくない。


 電車が止まったのは俺達が目覚めたホテルの屋上だった。フロントへ入ると、来た時にはあれだけいた従業員がひとりもおらず、シンと静まり返っている。みんなどこへ消えてしまったのだろうか。


 エレベーターを使って屋上まで昇ると、そこは庭園のようになっていた。周囲を囲むフェンスには蔓が張っていて、四隅には緑葉を風に揺らす大きな木が植えられている。床の全面が短く刈り揃えられた芝になっており、中央に向かって煉瓦造りの一本道が通っている。そこを歩いた先にあるのが例の電車だ。車窓から灯りが煌々と漏れていて、小さな庭園全体を照らしている。


 妙なのは、その電車にグルグルと太い鎖が巻き付けられていたことだ。「なんだこりゃ」とは思ったものの、夢の中の俺にとってあの程度のものは蜘蛛の糸より容易くちぎれる。


「まあ見てろよ」と源尾に言って、カッコつけて二の腕に力こぶなんて作ってみたりしてから、俺は電車に歩み寄って鎖に手を掛ける。


 背後から「ちょっと待ちな」という声が飛んできたのはその時のことだった。振り返ると、隅の木陰に男が立っているのが見えた。口元に髭を生やした大柄の男だ。ダウンコートとニット帽で身を固め、顔があまり見えないようにしているその姿は、まさに不審者と呼ぶにふさわしい。


 男の姿を目にした源尾は、俺の手を強く握って小さく息を呑む。「大丈夫だ」と小声で言い聞かせた俺は、一歩前に出て「なんだよ、お前は」と男を牽制した。


「なんだっていいだろ。とにかく、そいつを力づくで外そうとするのは止めといた方がいい。無理にいったら電車ごとドカンだからな」

「馬鹿言いやがる。信じると思うか?」

「信じたほうがいいぜ。こりゃ親切心ってヤツだ」


 そう言ってせせら笑った男は、上着のポケットから携帯電話を取りだし、どこかへ電話を掛けた。瞬間、響く爆発音。抱き込むようにして源尾を庇いながら周囲に視線を走らせると、そう遠くない場所で黒煙が立ち昇っている。フェンスに駆け寄って眼下を覗けば、炎を上げる小さなビルとその周辺で逃げ惑う人々が見えた。


「おたくらが俺の言うことを聞かなきゃ、その電車も同じようになる。自分の世界に戻れないのは嫌だろ?」

「……なにが目的だ、お前」

「決まってんだろ、悪いことだ」


 男は俺達に背を向けて、エレベーターの方へと歩いていった。


「とりあえずついて来いよ。伊瀬冬くんに源尾ちゃん」


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