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アイロンがけ屋アイ~下着から世界までなんなりとお申し付けくださいませ~

作者: 諏訪弘

 王都フレクリーンの隣町イオンの中央噴水広場に到着した。王都とは違い人の往来は少ないが気にする必要はない。この町にはダンジョンがある。それ即ち冒険者や軍人の宝庫。それ即ち宿屋や歓楽街が繁盛しているという事。


 大きな声で呼び込みを開始する。


「王都十三番街アイロンがけ屋アイの出張サービスです。シーツにタオル、下着から鎧まで何なりとお申し付けください。アイロンがけ屋アイの出張サービスです。野菜に肉に魚、包丁から聖剣まで何なりとお申し付けください。アイロンがけ屋アイの出張サービスです。窓に戸に柱、屋根から城壁まで何なりとお申し付けください。アイロンがけ屋アイの出張サービスです。腰痛、肩こり、状態異常。火傷に骨折等々。何なりとお申し付けください」


「もしかして、王都のアイって、あの奇跡の少年かい?」


 後ろから声を掛けられ振り返る。


 若い女性の従者を二人連れた身形の良い御婦人だ。


『この町でも有名よのう。余の名を聞き畏怖する人間共の姿を思い』


『出さなくても良い。その話はもう何百何千回と聞いた』


『余の話を遮るとは偉くなったものよのう』


『三万年もの歳月をこの世界と共に歩ん』


『いい加減にせんか。飽きもせずに同じ話を何度も何度も何度も何度もしおってからに、喧しくてアイが仕事に集中出来んだろうが』


 また始まったか。


『トリスタン様。アーバン様。アビ爺。今、人と話をしてるんで頭の中で怒鳴るのだけでも止めて貰ませんかねぇ~』


「これは失礼致しました。私達はこの町の領主の一族に連なる者です」


 頭の中の会話に気を取られ反応が遅れたせいだろう。従者の一人が軽い会釈を済ませ先に名乗ってくれた。


「はい。今年二十歳になりましたので、もう少年ではありませんが、あのアイです。本日は王都より出張して参りました」


 大きな声で肯定した途端、周囲に人が集まり始める。


「触っても良いかのぉ」


 従者の後ろに顎に立派な白髭を蓄えたお爺さんが立っていた。


 ヨロヨロと杖を突きながら歩くお爺さんに言われてしまっては断れない。


「えぇどうぞって、ええうぇぇぇええ~」


≪私も。俺も。僕も。儂も。私も。私も。


 お爺さんが触ると同時だった。周囲に集まった人達に揉みくちゃにされる。


「ちょ、誰ですか。今、俺の股間触ったの誰ですか!い、いや止めてぇ~・・・ください」


≪やった、これで寿命が三日は伸びたぞ。三日じゃなくて三ヶ月じゃなかったっけ?違う違う三年よ。無病息災って聞いたぞ。


 何故、町の人が我先にと俺に触ろうとするのか。


 それは、三年前にこの国を襲った流行病【アプゾルートトート】から唯一俺だけが生還を遂げたからだ。


 アプゾルートトートは、世界の何処かで定期的に発生する罹ったが最後必ず命を落とす原因不明の死病の一つで、三年前にこの国プロプル王国で大流行した時は、王国全土で三百万人以上もの尊い命が奪われた。


 俺の父親と実妹(いもうと)実弟(おとうと)もその時に命を落としている。



 ★☆★☆★



「なぁ、さっき聖剣って言ってたよな」


「はい」


 駆け出しの冒険者だろうか。装備がいかにも初心者って感じの少年に声を掛けられた。


「この青銅の剣も・・・」


 折れた剣を鞘から抜き俺に差し出す冒険者の少年君。


「おいおい。アイロンがけ屋に折れた剣って本気か。普通鍛冶屋か武器屋だろう。これだからビギナーは」


「客寄せの為の大袈裟な呼び込みだって気付けよ。だっせぇ」


 あれは中級冒険者ってところか。ニヤニヤと少年君を値踏みしてる様だ。何か気に要らないな。それならば、青銅の剣は武器屋で買うと七百から九百プロプルくらいのはずだから、よっし。


「大丈夫ですよ。あっという間に新品同様使う前より綺麗になりますよ。お客様はこの町に来て最初のお客様です。十プロプルで如何でしょうか?」


「十プロプルでい、良いんですか?」


「無料と言いたいところなのですが私にも生活がありますのでご容赦くださいませ。剣をお預かりしても宜しいでしょうか?」


「・・・お願いします」


 剣を台の上に置く。右手にアイロンを出現させたら、アイロンがけスタート。スーイ、スーイっと、折れた剣を元に戻すだけだし、これくらいで良いだろう。


「イッツ、フィニーシュッ!!!」


≪おいおい折れた剣が直っちまってるぞ。マジかよ。すげぇ~。信じられん。


「す、凄い。本当にけ、剣が・・・。あ、あの本当に十プロプルで良いのですか?」


「勿論ですとも。気分が乗って参りましたのでオマケにもう一度」


 スーイっと。


「あのぉ~今のは?」


『おい。青銅の剣に何勿体ない事やってんだよ』


『この位良いじゃないですかマモルさん』


『相変わらずですねアイさんは。慈悲の心ですよマモル様』


『慈悲より勇気だろうが。慈悲で魔王を倒せるかよ』


『神は』


『神ってあいつだろう。あいつは信用なんねぇ~』


 マモルさんと、ローラさんが頭の中で騒がしいが気にせず鑑定終了っと。


「この青銅の剣は、スロット無しプラス補正無しの普通の青銅の剣ですよね。このままだとまた直ぐに折れてしまうでしょうから、オマケでプラス補正をⅨに致しました」


「プラスⅨ・・・ですか。えっと、ほ、本当に十プロプルで良いんですか?」


「アイロンがけ屋アイに二言はありません」


「あ、ありがとうございます」


 今日も良い仕事が出来た。ありがとう。サウンドグッド。気持ちの良い言葉だよね。


「おいてめぇ何堂々とインチキな商売してんだよ。金属の(こて)あてただけで精錬出来る訳ねぇだろうが」


 またさっきの中級冒険者達ですか。


(わたくし)鑑定のスキルを持っておりますので」


「インチキやってる奴の言葉なんか誰が信じるかって、おいっ!このインチキ野郎の他に誰か鑑定持ってる奴いねぇか?」


「鑑定なら儂が持っておるぞ」


 さっきの白髭のお爺さんだ。


「爺さんがか?本当だろうな、嘘だったらただじゃおかねぇぞ。・・・何やってんだよ、持ってんならさっさとやれよ。さっさと鑑定しろ。このインチキ野郎と一緒に衛兵に突き出されてぇのか」


「旦那様」


「よいよい下がっていなさい」


 白髭のお爺さんは、右手を少しだけ動かし従者を制しすると、少年君の青銅の剣に手を翳し、


「―――アプレイズ―――」


 詠唱の言葉を口にした。


「間違いないなくこの剣はプラスⅨの青銅の剣じゃぞ」


「はっ!んな訳あるかよ。・・・そっかグルだろお前等グルなんだろう。俺は騙されねぇからな」


 冒険者は中級クラスになると馬鹿になるのか?いちゃもんをつけるなら俺だけにしておけばいいのに。


「僕の剣は一週間前に冒険者ギルドの武器屋で買ったノーマルで間違いありません。ギルドのスタッフに確認して貰っても良いです」


「ふ、ふざけるな。ビギナーの癖にランクCの俺達を舐めやがって」


「おい。俺達って俺を巻き込むな」


「あぁ!何言ってんだよ。インチキ野郎から金巻き上げようぜって言ったのお前だろうが」


「何言ってんだ。ま、周りを見ろ」


「・・・チッ、覚えてやがれぇ」


 中級冒険者は周囲を見回すと駆け足で中央噴水広場から逃げ出して行った。


 おや、四人連れだったのか。いい大人が四人も連れだって情けないね。


『まったくですなぁ~』


『フン。所詮は人間。この程度で当然であろうな』


 ・・・俺も人間なんだけどなぁ~。


「なんじゃなんじゃだらしないのぉ~。ランクCの冒険者とは口だけの様じゃのぉ~。ホッホッホッ」


 このお爺さん度胸あるなぁ~。・・・よっし。


「お爺さん。ありがとうございます。もし宜しければお礼に、腰とその右脚の義足をアイロンがけさせていただけませんでしょうか?」


「その金属の(こて)を体にあてるのかね?」


「はい」


「ふむ。面白そうじゃし、どれ一つ頼まれてみるかのぉ~」


「「旦那様」」


「あなた」


 ほう。身形の良い御婦人とお爺さんは御夫婦。年の差婚ですかまるで御貴族様みたいだ。あっ、御領主様の一族に連なる訳だから本物の貴族様か。


「よいよい。これ以上悪くなる事はあっても良くなる事はないのだ。余興じゃ余興。どれ、頼むかのぉ~」


「ありがとうございます。それでは、人専用のこちらの台の上に横になってください」


 お爺さんは、靴を脱ぎ、従者の手を借り台の上に寝そべった。


「これでよいかのぉ~」


 お爺さんを台の上に置く。右手のアイロンは出したまま、それではアイロンがけスタート。スーイ、スーイ、スーイっと。腰痛を治すだけだし、これくらいでいいだろう。


 お次は、右脚の義足っと。


「アイロンがけの邪魔になりますので義足を外しますね」


「剣もそうじゃが、義足をアイロンがけするのを見るのは初めてじゃ。無いよりはましじゃがこの歳になると長時間歩くのは辛くてのぉ~」


 あれれ、勘違いしてないか。


「お爺さん。アイロンがけするのは義足ではなく、右脚ですよ」


「ほえ?」


 お爺さんを引き続き台の上に置く。右手のアイロンは出したまま、それではアイロンがけスタート。スーイ、スーイ、スーイ。膝下四センチメートルまで、スーイ、スーイ、スーイ、スーイ、スーイ、スーイ。指先まで綺麗に、スーイ、スーイ、スーイ、スーイ、スーイっと、右脚を再生させるだけだし、これくらいでいいだろう。


「イッツ、ダブルフィニーシュッ!!!」


「ふえ!?・・・・・・」

「「「へ?」」」


≪ま、マジかよ。奇跡だ。俺の目の前で奇跡が起きてるぞ。奇跡の少年か。ああ奇跡の少年だ。


 右脚が再生した感動で言葉が出ないのかな?


「お爺さん。アイロンがけ終わりました。腰と脚の調子はどうでしょうか?」


「う、うん。・・・そうだな。い、良い感じじゃぞ?・・・済まんが、ぎ義足を取って貰えんかのっ」


「おっと、忘れるところでした。義足は従者の方にお渡ししておきますね」


「・・・足。わ、儂の足がぁあああああ~」


 大変な喜びようで何度も何度もありがとうの言葉をいただきました。サウンドグッド。気持ちの良い言葉だよね。



 ★☆★☆★



 萎れた薬草。発芽した芋。割れた花瓶。留め具の壊れたブラジャー。馬車の車輪。


 気が付けば、もう夕方。空は赤く染まり行き交う人の雰囲気が様変わりしていた。うんうん、大人の時間だね。


『帰りますか』


『帰るのではないのか?』


『帰りますよ』


『歩いて帰る気ではあるまいな?』


『まさか。王都まで歩いて帰る訳ないじゃないですか。北の城門から町の外に出て少し歩いたらショートカットするに決まってるじゃないですか。そうだ。トリスタン様』


『何だ』


『先日、来店した女の子ですが、あの子身内だったりしませんか?』


『余は魔王であり始祖』


『要するに全員身内って事ですよね?』


『フムフム興味深い話ですねぇ~。鼠算式に増え続けるヴァンパイアらしい話です』


『死肉を従え悦に興じるお前には敵わぬさ』


『吾輩は孤独を愛しております』


『フンッ』


『アイさん。そろそろ時空魔法を使っても大丈夫みたいです。魔王トリスタンと魔王アーバンは放っておきましょう』


『放っておくと言われても、俺の頭の中で会話されるんで、難しいかな』


『アイ。帰ったら今日もアイロンがけの反省会だ』


『キヨシゲ爺さん。今日も反省会をやるんですか?』


『当たり前では無いか。弟子を育てるのは師匠としての義務。まだまだ半人前のお前を放ってはおけんよ』


『・・・ありがとうございます。キヨシゲ爺さん』


『さっきの義足の話なんじゃが、儂が生きてた頃とチッとも変わっとらんかった。帰ったら設計図を起こしたい体を借りるぞ』


『貸すのは良いんですけど、ちゃんと休ませてくださいね。意識ははっきりしてるのに体が動かないとかもう御免ですよ。ちゃんと休ませる。約束してくださいアビ爺』


『善処する』


『で、いつ帰んだよ。さっさと帰って落ち着こうぜ』


『そうですね。そうしましょう。マモルさん』





 ★☆★☆★


 アプゾルートトートから奇跡の生還を遂げた俺は、命の代わりに記憶を失った。


 俺の中には、エルブ歴XXXX年二月二十二日に、大賢者ウィリアム・サーガ様率いるSSSランク冒険者パーティーに討伐された伝説のヴァンパイア魔王トリスタン・レイ様の記憶と意識がある。


 俺の中には、ローン歴XXXX年二月二十二日に、大魔導士ユゼフ・マルセイ様率いるSSSランク冒険者パーティーに討伐された伝説のリッチ魔王アーバン・ビブリオ様の記憶と意識がある。


 俺の中には、ミュル歴XXXX年二月二十二日に、伝説のドラゴン魔女王シルビィー・アームストロング様の討伐に失敗し消滅した勇者パーティーの召喚勇者宮島守(ミヤシママモル)さんの記憶と意識がある。


 俺の中には、アンカ歴XXXX年二月二十二日に、堕天使ヨハネ・ハウザー様の討伐に失敗し封印された聖女パーティーの神殿聖女ローラ・フィエルテさんの記憶と意識がある。


 俺の中には、アンカ歴XXXX年二月二十三日に、四百六十六歳でこの世を去ったブラックスミス・パーティーの世界大会を百一年連続で制し殿堂入りした伝説の男アビシャン・プラティヌさん。アビ爺の記憶と意識がある。


 俺の中には、西暦三千二十一年二月二十三日九十三歳でこの世を去ったエクストリーム・アイロニングの世界大会を五十五年連続で制し殿堂入りした伝説の男鈴高清茂(スズタカキヨシゲ)さん。ヨシシゲ爺さんの記憶と意識がある。


 そう、俺の中には、俺の他に六つの記憶と意識が共存する。


 記憶を失った俺は、一ヶ月前、彼等の力を借りて、母の実家からお金を借りて、プロプル王国の王都フレクリーンの十三番街に、アイロンがけ屋アイをオープンした。


 オープンから一ヶ月、少しずつ客足も増えお得意様も出来た。



 ★☆★☆★


≪カラーン カラーン カラーン


 店のドアの鈴が鳴る。 


「王都十三番街アイロンがけ屋アイへようこそ。下着から世界までなんなりとお申し付けくださいませ」

ありがとうございました。

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