師匠襲来
しんみり回でございます。
「お久しぶりですね、リリアーナ。」
(………ぇ、え??)
目の前にいるのは、まったく見覚えのない男です。三つ編みにした小麦色の髪に、どこか見覚えある柔らかく暖かい金の瞳。一見ただの人間のように見えます。が、人間程度の力でこの森の奥深くに来ることなどまず不可能。つまり目の前の相手は人間じゃないわけで。
と、いうか。この気配。
100年会ってなかろうが、初めて見る姿だろうが。私がこの方の気配をわからない筈がありません。
『~~~~し、師匠っ!?』
「はい、懐かしのお師匠様です。また会えて嬉しいですよ、リリアーナ。」
『そ、それは私もですが。一体どうして……、100年以上も逢いに来なかったじゃないですか。どうして急に?』
「それは申し訳ありません。私にもちょっと色々と事情がありましてね。」
師匠──……梛様は、私を育ててくれた恩人です。
その正体は当然ですが人間ではなく、それどころかこの世界のお方ですらありません。かつてこの世界に迷い込んでしまった狐のモノノケ?なのだそうです。魔力とは違う不思議な力を使う師匠ですが、見知らぬ世界に流石に困っていたところを助けたのが、私の両親だったのだとか。
かれこれ350年程前でしょうか。この森はある日、何の前触れもなく災厄に襲われました。
通称『森喰い』と呼ばれる、魔族の襲撃。
森喰いはその名の通り、生物の多く住む森や人間の町に寄生し、魔力や生命力といったエネルギーを奪う魔族です。知能は低いので本来は魔物というべきなのですが……小山程の巨体とドラゴンの爪でも傷つかない頑強さ。例え傷ついても吸い取ったエネルギーですぐに回復してしまう。森を1日で荒野と化す程の森喰いの被害は魔族と同等かそれ以上だとして、魔族へと分類されているそうです。
そんなやつを、この森に住む者として放置するわけにはいきません。
完全に寄生する前に倒さなければと、私の父と母。そして当時まだご存命だったユフィ―のお爺様がサポートとして討伐へと向かいました。結果は………相打ち。かろうじてユフィ―のお爺様だけが生き残ったのです。
そして、ひとり残された幼体の私の前に現れたのが師匠でした。
──私は、あなたの両親に恩がありました。でも間に合わなかった──
──これからは私があなたの家族となりましょう。師匠となって、あなたが一人で生きていけるように、様々なことを教えます。──
そう言って師匠は本当に様々なことを私に教えてくれました。私の新しい家族として、最も私に近い場所で支え続けてくれたのです。
100年前に、姿を消すまでは。
。 ゜ 。 〇 。 ゜ 。
『本当にお久しぶりです、師匠。お元気でしたか?』
ちなみに私は当然ピィピィ鳴きです。それでも言葉が通じちゃうあたり、さすが師匠と申しますか。きっと師匠ならスライム語でもゴブリン語でもトカゲ語でも理解されるのでしょう。
「おかげ様で。リリアーナは元気どころか死んでしまいましたけどねぇ?」
う˝。
『す、すみません…。』
「まったく情けない。人間の子供など最初から放っておけば良かったでしょうに。」
『そっ!そんな事できるわけないじゃありませんか!!天使のように可愛かったんですよ!?いえむしろ天使!!愛くるしい天使そのもの!!……それなのに魔物扱いて迫害するような輩のいるところに返すなんて悪魔のようなこと、できません!!』
「悪魔でしょうが、あなた。」
『人間が見た目で勝手にそう呼んでるだけです!私は竜です!』
ぴょんぴょんと憤る気持ちのまま跳ねる私を見る師匠の目は、とことん残念なものを見る目。何故ですか。
「あなたが可愛いモノが好きすぎることも、あの人間を特に大事に思っている事も知っています。知ってはいますが──、」
ひょいっと持ち上げられて近くなる師匠の顔。その金の瞳に浮かぶのは──後悔と悲哀。
「愛弟子があのように亡くなった原因の人間を、好意的に見れない気持ちも理解してください。」
──あ。
『視て、おられたのですね。』
師匠の不思議な力の中には『センリガン』があります。遠く離れた出来事も見通せるその力でセルヴィスの事を知っていてもおかしくはなかったのですが、まさかあの日の事まで視ていらしたなんて。
「呆れましたよ、私は。いくら可愛い特別が危険に晒されていたからって、常に冷静に・周辺確認をしろ、とあれだけ教えたでしょうに。」
『す、すみません。セルヴィスが危ない!って思ったら、何も考えずに飛び込んでました…。』
「阿呆ですかあなたは。」
うぅぅ。こればっかりは反論できません…!実際、私も自分でそう思いますから!
ちゃーんと周囲を軽くでも見さえしていれば、あのような罠にかかるなんてまず無いですから…っ
『…申し訳ありません、師匠。たぶん、すごく悲しませました、よね?』
視ていらしたのなら師匠のこと。私を助けたいと思ってくださったでしょう。遠くにいようとも駆け付けようとなさった筈です。私の両親が死んだあの日のように。
恐縮して謝罪する私に、師匠は大きくため息をつき。ポヨン、と、私の身体に自分の額をくっつけました。ふわりと漂う懐かしい香り。
「…悲しかったし、悔しかったですよ。私が傍にいられれば、あのような事態にはさせなかったものを。いっそあの人間の子供を殺してやろうかと半ば本気で考える程には。」
『それはやめてくださいね!?』
なんて恐ろしいことを!?
セルヴィスが死ぬくらいなら自分が死ぬほうを選びますよ、私は!!
「わかってます。……それに、もう終わってしまったことです。リリアーナは死にました。アレを殺したところで生き返るわけではありません。」
それは事実です。私自身は以前となんら変わったつもりはありませんし、私は私だと認識しています。ですがリリアーナという竜族は確かに死んだのです。他者からみれば、今ここにいるのは同じ記憶、同じ魂をもった別の存在。
「……でも、たとえ別の存在だとしてもこうして戻ってきてくれたのです。お帰り、『リリィ』。」
『ただいまです、師匠。』
●出す予定がない裏話
・リリアーナの口調が敬語なのは師匠の影響。
・師匠は平安時代の日本からの転移者。正体は9本の尻尾を持つ妖狐。
・厳しくも弟子を溺愛する師匠は、能力を駆使してストーカーがごとく弟子を見守っている。
・半ば本気で考えた、というか、実際に家の前までいった。セルヴィスが本気で落ち込んでいたから生かされた。生きて苦しめ的に。




