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私にも悪魔のプライドがあるんですが。


ふわふわ、ゆらゆら。


まるで水の中を漂うかのような心地よさから、意識が浮上する。


(……?私、は……。)


ゆっくりと目を開いた視界に、空の青が一杯に広がった。



(──私は…リリアーナ。そうです、私は、死んだはずです……。)


ここは死後の世界なのでしょうか?

見上げる空から視界を周囲に移す為に身体を起こ──そうとして、身体がおかしいことに気づきました。

手や足、胴体といった各部位の筋肉に力を入れようとしたはずなのに、筋肉がない、みたいな?


(え?)


慌てて身体を見下ろしたら、見えたのは水色の半透明な塊。滑らかな曲線はまるで、そう、球体?


(球体!?)


手足どころか下半身や上半身も分かれていないじゃないですか!

密かにお気に入りだった胸のプルンプルンが消え、代わりに柔らかそうなプルンプルンと全体が揺れるボディー。

これは……そう。


(す、スライム?)


え、死の間際にスライムになる夢を見ているのでしょうか?



可愛くて大人しくてペットの魔物じゃ定番のスライム。まぁ高レベルになると巨大化し、取り込んだ物を溶かして消化する危険な面もありますが、小さなスライムでは雑草すら溶かすのに時間がかかります。小さな核を潰せばあっさり倒せるし、動きも遅いし、カワイイけど弱っちい魔物です。


かくいう私も確かにスライムは可愛いと思っています。

が、私自身がスライムになりたいと思う程ではないのですが……。


というかですね。周りの景色もおかしいです。周囲には見知った野草がたくさん生えているのですが、どれもこれも巨大です。


……普通のスライムは両手で持てるくらいの大きさですけど……もしかして、これがスライムの視界??

地面の小石も岩のように見えますし、随分とリアルな夢ですねぇ。




…………。




(夢、ですよね?)


なんだか吹いてる風の感触といい、匂いといい、現実感半端ない気がするのですが。

気のせい、ですよね?




 。 ゜ 。 〇  。 ゜ 。





暫く辺りを調べてみましたが、どうやらここは家の近くの湖のようです。私はその畔に仰向けに倒れていました。

この湖はとても自然界の魔力が濃い場所です。そういう場所は魔物も精霊も好むのですが、この湖の場合はあまりに清廉すぎる魔力に、暴力性の高い者は近付くと船酔いしたように気分が悪くなります。

逆に弱すぎる魔物や人間は濃すぎる魔力で船酔いしたようになる…はずなのですが。


…確かに魔力が満ちているのに平気ですね、私。

弱い魔物のスライムなのに不快どころか心地よいかも?


まぁ……これは非常に助かりますけど。

スライムは物理攻撃こそ核を潰さねば効きませんが、魔法には一瞬で蒸発する程弱い魔物です。

おまけにスライムは体内でモノは溶かせても、基本的に物理攻撃力も魔法攻撃力もないのです。手の平に乗るサイズのスライムなんて最弱魔物ですし!



うぅ……弱いってこんなに怖いことだったんですねぇ……。

例え夢でも絶対に魔物に遭遇したくありません。たとえ死の間際の夢だろうとも、怖いものは怖いんです!



ただ、いつまでもここで過ごす、というのも……凶暴な魔物が寄りにくい、というだけで、絶対に近寄らないという訳ではないのです。道中が危険でも、家に帰った方が安全です。


(ゆ、夢ですけどね!夢の中でも慎重なのは良い事ですっっ!)


幸い太陽の位置からして、今は早朝のようです。魔物は夜の方が凶暴な種が多いので、今が移動のチャンスでしょう。




 。 ゜ 。 〇  。 ゜ 。




ふ……。さすがに現実逃避がきびしい、です……。



ボロッボロで草場に埋もれ、遠い目でお空を見上げてしまいました。





いやもぉ甘かったです……っ


幸いな事に、危険な魔物や獣には遭遇しませんでした。

ただ残念な事に、歩いたり飛べばすぐの距離でも、スライムにとってはかなりの距離なんですよ!

スライムの移動手段ってわかります!?這うか跳ねるかですよ!?

しかも周りを警戒して隠れながら!


結果、歩いて10分の距離が、まさか2時間かかるとは…。



何せ弱いのです。

初心者冒険者にでも出会ってしまえば練習台で殺されてしまいます。こんな森の奥に初心者冒険者はおろか熟練冒険者も滅多にいませんけど!

でも冒険者に出会わなくても、出会った魔物の気分次第で殺されてしまいます!


うぅ、怖い…っ


隠れながらの道中、色々とこの体の事も調べてみました。

最初は普通のスライムのように這って移動していたのですが、這うより跳ねて移動、もしくは転がる方が速いという事に気づきました。

転がりすぎてあらぬ方向へ坂道を転がりもしましたが……。


転がった先がまた不運にも小さな池がありまして、思いがけずスライムは水の中でも呼吸が出来るんだと知りたくもない事実を知ってしまいました。

その時に迷子になりかけ、転がるのは絶対に止めると誓いました。


ちなみに転がると目が回りそうだと思ったのですが、いくら転がってもそんな事はありません。スライムは目どころか臓器が一切ない不思議生物なので、目の回しようがないのかも?



それから手の代わりに触手のように、身体の一部を伸ばす事ができるようです。それで歩けないかと思いましたが、さすがに自重を支えて歩くのは無理でした。でも物を持つことは出来るようですね。




あぁ、悪魔として生きて300年。これまでも色々と危険な目には合ってきたというのに。

見知ったはずの森での僅かな距離で、こんなにも恐怖し、冒険することになろうとは。





うぅ、お腹まで空いてきました。いえ、空腹と喉の渇きが混ざったような、妙な感じですが。

草場に埋もれて空を見上げれば、森の樹々の間をぬって青いお空が見えています。

疲れた身体を少し休めながら、嫌々ながら今の状況に目を向けることにしました。



とりあえずですね。これは限りなく現実の可能性が高い気がします。

認めたくないですけど。認めたくはないですけど!


うぅ~、もしや私は死んでスライムに転生してしまったのでしょうか。

一応これでも悪魔のプライドもありますので、スライムに転生となると少々ショックです………ハァ。


魔物の中でも頂点に立つ魔族と呼ばれる悪魔が、スライム。


だめです、落ち込みます。




もし転生したのだとしたら、あれからどれだけの月日が経っているのでしょう?森の様子だけでは今一つわかりません。

家はまだあるのでしょうか。あったとしても安全地帯では最早なくなっているでしょう。

まぁ他に行くところもなし、一応それでも向かいますか。




……幸いにも湧き水を飲んでみたところ空腹はあっさりと収まりました。スライムは確か野草などを食べていたと思うのですが、この体は水があれば生きていけるのでしょうか?





そんな風にボロボロになりながら2時間。

幸いにも家はまだあったのですが───


ようやく辿り着いた我が家を前に、私は固まってしまいました。




……家の前の畑に、いる筈のない人がいるんですから。


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