【セルヴィス視点】過去話・悪魔との出会い~1
あの女に出会ったのは、オレが9歳の時だった。
あの女───憎くて、大嫌いで……、美しい悪魔、リリアーナに。
父さんとオレは、2人だけの家族だった。
母さんはオレが小さい時に亡くなって顔も朧げにしか覚えていない。
白い髪とピンクがかった赤い瞳で生まれたオレは、街では異端としてはみ出し者だった。
大人は遠巻きに見ているだけだったけど、子供は容赦がない。馬鹿にされるのは日常茶飯事だし、酷い時は石を投げられた事もある。
バケモノ
よくそう呼ばれた。
相手にしても厄介なだけだから、いつしか出来る限り見つからないよう、反応しないようになっていた。
オレは殆どの時間を父さんの所属するハンターギルドで過ごす。町にいるよりこっちの方が安全だから。
「おい知ってるか?惑わしの森には悪魔が住んでるって噂があるんだぜ?」
「悪魔?」
なんとなく、聞こえてきた会話に耳を傾ける。話してるのはまだ若いハンター達だ。…オレよりは年上だけど。
ハンターギルドの連中は何かしら事情持ちの冒険者を兼業してる奴も多いからか、町の連中よりマシな扱いをしてくれる。まぁ積極的に話しかけてくる奴はあまりいない。オレを小さい頃から見慣れてる奴なら少しは話をするけど、その程度だ。
「知らないか?尖った長い耳、蝙蝠みたいな羽、トカゲのような尻尾をした見た目からそう呼ばれてる魔物さ。絶滅寸前って話だけどな。」
「ほー。」
「悪魔からはな、至高の魔石が採れるって話だぜ。悪魔の魔石一つで貴族の豪邸がポンと買えちまうぐらいの値がつく。」
「はぁ?何だよそれ!!」
この辺でよく捕れる猪によく似たフォレストボアの魔石なんて、3つでせいぜい一食分。随分と質の良い魔石が採れるんだな。
「すっげぇだろ?まぁ目撃情報すら超稀な魔物だし、もう何百年も討伐記録もないってんで、どれぐらい強い魔物かはわからないけどな。」
そんな魔石が採れるって事は、それだけ魔力を持った魔物という事だ。だが知恵がなければ魔力なんてあっても無意味。絶滅しかけてる原因が乱獲なら、知恵はないのだろう。
また人と姿形は似ているが、人を襲い喰らうと言われている。
絶滅寸前なのは乱獲と駆除、その二つが原因というのが定説だと男が得意げに語る。
「マジかよー!じゃあ、もういないのか?」
「いるはいるけどよ、何年かに1度は絶滅したんじゃねーかって噂が出るな。ま、俺たちハンターや冒険者にとっちゃ憧れの最高の獲物だなぁ。本当にあの森にいるのなら、何としてでも倒して魔石を手に入れてーなー。」
「ああ、悪魔の話か?姿を拝んだって奴もいるぜ?嘘か本当か知らんが。」
ベテラン達が男の話に興味津々で入ってくる。オレは黙って聞き続ける。
あの森では、翼を持った人型の魔物の目撃情報が昔からあるらしい。けどその魔物は森の立ち入れない奥深くにいるという噂。
あの森は危険すぎてハンターが踏み込める場所など森の極一部、全体から見たら中程にもみたない。悪魔はそんな深部から滅多に浅部に出てこない上に、警戒心も高く、遠目に見つけてもすぐ逃げてしまうという。そもそも本当に悪魔だったのかすら怪しい。
接触出来た人間は今のところ聞いた事がない。とベテランが唸っている。
……悪魔なんて名前だけだな。全然怖がられてない。
まぁどうせ大きな鳥か何かを見間違えただけなんだろうな、とぼんやり思ってた時だった。
「おいセルヴィス、大変だ!!ダンの野郎が……っ!!」
扉を乱暴に開ける音と共に訃報が告げられたのは。
「……父、さん……。」
「……魔物に返り討ちにされたんだ。悪魔の仕業かもしれない。ダンの遺体が見つかる直前、その付近から翼をもった人影が飛び立つのを目撃者が見てる。」
遺体は白い布を被せられていて見えない。
遺体は酷く損傷しており、子供のオレに配慮されたんだろう。
父さんは森でハンターが立ち入れる場所の中でも深い場所で倒れていたらしい。
呆然とするオレに話しかける奴なんて、誰一人いない。
……白い髪と紅い瞳のバケモノなんて、誰の目にも入らないみたいだ。
唯一の例外が父さんだった。オレが生まれるのと引き換えに亡くなってしまった母さんの分までオレを愛してくれた父さん。
弓の使い方を教えてくれて、もう少し大きくなったら一緒に狩りをしようと笑い合った。
お前は良い子なんだから、いつかお前の事を愛してくれる人が現れる、なんて夢みたいなことを言ってた父さん。
父さん。
父さん。
………父さん。
「殺してやる。 父さんの、仇───」