prologue-お別れ
あれから6年経ちました。私は頑張りましたよ!
「おはようセルヴィス!今日はいい天気ですよ。」
「おはよ。」
「今日は畑の世話と、薬作り。それと解熱剤が切れそうだから、材料を採取しに森に行きます。」
「わかった。」
小さく頷くセルヴィス。
ほら、すごいでしょ?会話が出来るようになってるんですよ!最低限ですが!
しかも、いきなり襲ってこない!
ここまでの関係になるのに随分とかかりました…。
私も長文がスラスラ喋れるようになりました。やっぱりほぼ一方的でも話し相手は大事ですね。
最初の頃は大変でした。何せ四六時中、狙われましたから……。
いや、起きてる時は問題ないんです。問題は寝る時で。
部屋に防御結界を張れば安心なんですけども、実はその結界、既に家全体に張っていて同じ人物による2重掛けは出来ない問題があるんですよねー。私の部屋だけに張り直せば家に誰かが侵入するかもしれないし、そうしたらあの子の身が心配だし。
悩みましたが、泣く泣く貴重なアイテムを使って夜は自室に結界を張っていました。そのアイテムの材料、手に入れるのがすっごく大変なんです……。
あとセルヴィスってば育ち盛りの子供のくせに、食事を警戒してなかなか摂ってくれませんでした。毒見しても駄目で、悩んだ末に家に常に調理しないでも食べれる果物や野菜なんかを常備するように。そうすると私が見てない時に、それらを食べるようにはなりました。
セルヴィスは調理が出来るような環境にはいなかったみたいで、料理は出来ない様子。ただ子供のセルヴィスにそんな粗食ばかりはいけません!
目の前で簡単な料理を作ってみせて、徐々に作り方を覚えてもらいました。次第に肉を焼いたり、野菜を茹でたりするようになり、彼が料理と言えるようなものが出来るようになる頃には私の手料理を食べてくれるように!!
良いですか、『私の手料理』を食べたんですよ!毎食食べてもらえないのがわかってても作り続けた甲斐がありました!!
……あ、食べてもらえなかった料理はちゃんと私が食べましたよ。おかげでちょっと体重が一時期…、いえ何でもありません。
その他にも頼る大人がいないくせに、困っても絶対に私に言わないんです。
相当な頑固者です。人間の子供が何を必要とするか、子育て経験すらない私に予想しろというのは非常に困難です。もはや毎日が困惑の嵐でしたね。
あとセルヴィスはか弱い子供です。彼がいつか人間の街に帰るにしても、生き抜くのに必要な知識と技術と力を与える必要があります。
そこで剣と魔法、私が持てる限りの知識を教え込みました。彼は父親から弓を習っていたそうなんですが、残念ながら私は弓を扱えないのでそこは自主練です。
最近ではかなり強くなってきて、満足なんですけど……複雑でもあります。
―――いつか私が教えたその剣で、殺されるかもしれませんしねぇ。
最初の2年は隙あらば襲ってきてたセルヴィスは、ある日から突然パッタリと襲撃をやめました。
チャンスを虎視眈々と狙ってるのでしょうか。態度はだいぶ軟化しましたが、きっと私はまだ憎まれています。その証拠に……
「よし、完成。お皿―――あ、ありがとう。」
料理が出来てお皿を取り出そうと後ろを振り向いたら、お皿を既に準備してくれていたセルヴィス。セルヴィスは優しい子で、色々と手伝ってくれるので助かります。でも―――
「解熱剤の材料、ゴルド草はオレが採りに行く。お前が行って他のハンターに見つかったら厄介だ。……お前を殺すのはオレなんだからな。」
これです。しかも目を逸らされました。嫌われてますよねぇ。
親を殺した仇なのですから仕方ないですね。時々優しいのは油断を誘ってるのかもしれません。
まぁでも、それでも構いません。
セルヴィスはこの6年、私に色々なものをくれましたから。
朝起きて、私が作った料理を一緒に食べて。
毎日の他愛無い会話。偶に見せてくれる優しさ。
いつしか私は成長していくセルヴィスの姿が楽しみになってて、次は何を教えようと幸せな悩みを感じるようになりました。いつのまにか私の中の孤独は、セルヴィスの存在によって癒されていたんです。
それに気づいた時、私はセルヴィスに本気で魔法と剣を教え始めました。そして夜も、自室に結界を張るのを止めました。
別に死ぬつもりではありませんよ?ただ殺されるならセルヴィスが良いのは事実ですが。
セルヴィスには私の持つ全てを教えてあげたくなったんです。それがセルヴィスの将来の為になるでしょうから。
今のセルヴィスの実力ならば、もう人間の街に戻っても暮らしていけるでしょう。
成長した彼は今や可愛いだけじゃなく精霊のように美しく格好良くなりました。線の細さや肌の白さはそのままですが、今やそこらのハンターよりよっぽど強いです。
きっと色の違いによる差別なんて物ともせずモテると思います。セルヴィス自身にもそう話したら凄く嫌そうな顔をされましたが……何故でしょう。
問題は内面ですねぇ。
セルヴィスは心を頑なに閉ざしているので、そこが心配なところです。
心から受け入れるぞ!と思い切って自室の結界を解いたのにもノーリアクション…。
ならばとこの6年でセルヴィスの為に作った、私が悪魔と知らない人間の知り合いにも会わせてみたんですが駄目でした。むしろいつも以上に仏頂面だったので非常に心配です。
憎まれているのはわかっているのですが、どうしても可愛いセルヴィスの笑顔が見たくて試行錯誤する毎日でした。
いつかはきっと、笑顔を見せてくれるはず!
そう願って、毎日全力でセルヴィスに接していたんです。
───無駄なことなんて気づかずに。
。 ゜ 。 〇 。 ゜ 。
スピードを出し過ぎて風が痛い。頭の上の方で二つに結んだ髪が荒れ狂う。
だけどリリアーナにそれを構っている余裕はない。
「無事でいてくださいよ、セルヴィス!」
先程、森に人間の集団が入ってきたのをリリアーナは感知した。悪魔は魔力に対して感覚が鋭い。森の深部にいるリリアーナが気づいたということは、その集団は恐らく優れた魔法使いたちなのだろう……それが10人。剣士なども連れているだろうから実際は15人以上いるだろう。
森の入り口付近には今、解熱剤の材料を採りにセルヴィスがいる。人間同士なのだから出会っても心配はない筈なのに、何故かいてもたってもいられずにリリアーナは空を駆けた。
全速力での飛行。翼の付け根は痛いし、風を受けて髪はボサボサだし目も痛い。心臓だって煩いほど。
バカみたいだ。こんなに心配しなくても、きっとセルヴィスには何事もなく呆れた表情で迎えられるのに決まっているのに。
なのにどうしても放っておけなくて、魔力の気配を頼りにセルヴィスの姿を探す。
程なくして見つかるセルヴィスの姿―――その光景に、リリアーナは蒼褪めた。
セルヴィスの前方に20人近い人間達がいる。しかも彼は人間の魔法によって身体の自由を奪われ、抜身の剣を持った男が今まさに彼に歩み寄ろうとしている!
(セルヴィス!?)
どう見ても友好的な関係には見えない。
このままでは人間達に彼が殺されてしまう!!
「セルヴィス!!」
「来るな、帰れ馬鹿っ!!」
急下降してセルヴィスの前へ降り立ち、即座に結界を張ります。
「お前たち、何者だ!!どうして同族の者を殺そうとする!!」
背後にセルヴィスを庇ったまま、正面の男達を怒鳴りつけた時、
―――腹部に、灼熱が生まれた。
「……ぇ……?」
見下ろすと、お腹から剣先が生えていた。
熱いモノが喉をこみ上げ咳き込んだら、それは、真っ赤な。
―――どうして。
―――どうして、私のお腹から、剣先が見えているの?
―――だって、背後にはセルヴィスしか。
「は、ハハハハハハっ!!やったぞ!これで悪魔の宝石は私のモノだ!!」
集団の中から、やたらゴテゴテした格好の太った中年が高笑いしながら出てきた。
首だけで背後を振り向けば、蒼褪めた顔のセルヴィス。そして隣の何もなかった空間から、黒い鎧の剣士が姿を現すところで。その手にある剣が、私を貫いて…、
「………うそ、だ………こんなの………っ」
ゆるゆると首を振るセルヴィスは、魔法で拘束されたまま。
ああ、セルヴィスに刺されたのではなかったのですね。
良かったような、残念なような……。
「悪魔め、罠とも知らずに飛び込んできおった。やはり所詮は魔物、知能が低いわ!」
不愉快な濁声が私を嘲笑う。
なんて、醜いのでしょう。美しいセルヴィスと同族だなんて信じられません。
「……成程、油断、しました。魔法を…使って、姿を消した、兵を…セルヴィスの、傍、に。なんとも、卑怯な、……ガハッ!!……ァ……。」
「リリアーナ!!」
無造作に剣を抜かれ、支えを失った身体がガクリと地へ膝を着く。栓が無くなった事で身体からは一気に血液が流れ出る。まるで水をこぼしてしまったかのよう。
それを見たセルヴィスが悲痛な声で、珍しくリリアーナの名を口にする。
致命傷だ。
出血量も多いし、もうそんなにもたないな、とどこか冷静に判断できた。
蹲るリリアーナの視界に下卑た男の足が近づくのが映る。
「ご苦労だったな、そこの者。なんて顔をしている?こいつは貴様の親の仇なのだろう?良かったではないか!」
それはセルヴィスに向けた言葉?
……あぁ、セルヴィスも協力者だったのですか。やっぱり今も憎くて殺したくて仕方なかったのですね。
馬鹿ですね、私。
心からセルヴィスを受け入れて接していけば、もしかすれば、いつかは笑顔を見せてくれるんじゃないか。好意を抱いてくれるんじゃないかって。どこかで期待してしまいました。
……なんて馬鹿で傲慢なんでしょう。
こんな私はセルヴィスに殺されても仕方ありませんね。
ですが―――
「セルヴィス、以外の…人間は……消し、てやる……。」
「はははは!!その身体でまだ戦おうというのか!?偉大なる魔法使いの私に勝てるとでも?」
「…勝て、ますよ。」
「ふん、死にぞこないが威勢を張り負って。」
愚かな。
下卑た男が己の勝利を確信して笑う姿に、リリアーナは蔑んだ目を向ける。
確かに、普段なら何の苦もなく皆殺しに出来るが、膝をついて蹲っているのですら限界に近い今のリリアーナには、通常の手段で敵を一掃する程の体力は残っていない。
通常の、手段なら。
これまでは森への配慮と、人間に知られると厄介なので使わなかっただけ。
リリアーナにはこの状態でも敵を一掃できる手段が残されているのだ。
セルヴィスや自らも命をかけるハンター達にならともかく、こんな卑怯で下卑た男にやられるなんて悪魔のプライドが許しはしない。例え森を焼こうともこのまま敗北するなど論外、全てを焼き払ってくれる。
リリアーナは力を振り絞って、尻尾で絡め捕るように背後の剣士を無理やり前に投げ出した。
これで背後にはセルヴィスしかいない。
「っ! 貴様!」
「あなたにも、プレゼントです……受け取って、ください、ね?」
投げ出された剣士にニッコリ微笑みながら身体中の魔力を集める。
人間は長い時の中、いつしかほとんどの者が忘れてしまった。何故、悪魔からは至高の魔石が採れるのかを。
何故かつての人間達が、温厚な性格が多い彼女の種族を、悪魔と呼んでいるのかを。
その最大の理由は身体的特徴のせいではない。
眼前の全てに破壊をもたらす、圧倒的な攻撃力。
内包する恐ろしいまでの破壊の魔力。
リリアーナは、残った力と全ての魔力を振り絞って獣のように咆哮した。
───刹那。リリアーナの前方に出現した巨大な魔法陣から白光が放たれ
世界の明暗が反転した。
白光と、落雷のような轟音。
それがリリアーナが放った攻撃だと知れたのは、リリアーナの背後にいたセルヴィスだけだった。
―――ドラゴン・ブレス―――
それは災厄の魔獣、竜族にしか放つ事が出来ない、全てを灼き尽くす光の業火。
人に近い姿をとるようになった竜族。
それが、悪魔の正体だ。鉄をも通さぬ鱗の肌は失おうとも、竜族の持つ最強の力―――異常なまでに高い魔力は失っていない。
魔石とは、魔物が魔力を溜めおく為に体に持つ核。
竜族たる悪魔の魔石が至高とされるのも当然だ。
だがブレスは使えば大地を、森を広範囲で灼き尽くす。自然と共に暮らす温厚な悪魔は生涯使わない事も多い。例え自らが滅ぼうとも、誇り高いドラゴンのプライドを汚されない限りは。
セルヴィスを囮に姿を消して背後から襲う、なんて卑怯なことをしなければリリアーナも生涯使う気はなかった。
人に近い姿を持ちながら、災厄の魔獣の技を使う恐ろしい悪魔の魔物。
その恐ろしさを知らなかった哀れな男達は、大地と共に灼かれ、朽ちた。跡には草の一本すら残っていない、ちょっとした公園程の広さの焦げた大地が残るのみ……。
「――さない!――…起きろ!!リリアーナ!!」
「………、る、ヴぃ………?」
意識が、浮上する。頬に暖かい雫の感触……なんでしょう?
目が、もう見えません。身体ももう殆ど感覚がないです。
この傷でドラゴン・ブレスを使うのはやはり無理がありましたか。
「……ル、ヴィス……、無事、です、か……?」
「人の心配してる場合か!!なにオレなんかのせいでやられてるんだよ!?馬鹿かお前は!!」
「ひど……、い、です……ね。」
がはっごほっ!と咳が出る。口の中に鉄の味が溢れかえる。ギュッと手が強く握りしめられて、ようやくセルヴィスが右手を握りしめているんだと気づきました。
「!!治療しないとっ 待ってろ、すぐに―― っ!」
今にも手を離しそうなセルヴィスを押しとどめようと、手に力をこめる。弱々しい力しか出ませんでしたが、セルヴィスはちゃんと気づいてくれました。
焦点の合ってないだろう目をセルヴィスへと向ける。
「……もぅ……無駄、で……す。」
「ふざけるな!!お前を殺すのはオレだ、死ぬなんて認めない!!」
仇はとれたでしょう?それとも直接叩き切らないと気がすまなかったのでしょうか。
そうだとしたら申し訳ないですが、叶えることはもう不可能でしょう。
「なんで…っあんな力があったなら、人間なんて町ごと殺せただろ!こんな隠れ住まなくても良かったじゃないか!!なんで……っ!!」
「そ…ぅして……どう、なります。町を破壊、しても、っ、討伐隊が来る、だけですよ……?静かに、くら……たい、だけ、なのに。」
「───っ!!」
たとえ町を破壊しても、生き残りがいればいずれ討伐隊が組まれる。『悪魔の宝石』を求めてどんどん送り込まれるだろう討伐隊を相手にする殺伐とした生活はごめんです。
何のために隠れ住んでたと思ってるんですか。
ああ、もう痛みも感じません。麻痺してしまったのでしょう。
なんだか眠くなってきましたし。最期に、伝えないと。
「……セル、ヴィス……、ふくしゅ……、は、終わり……。人の、街へ……、帰り、なさ……。」
「い――!―――ばに――――でくれ!!」
ああ、声まで遠くなってきました。
いよいよお別れの時ですね。
「私、の………、いとし………………どう……か…………、」
―――幸せに―――
最期の言葉は紡がれる事無く。
愛しい人間の子供に見送られ、悪魔は、この世を去った。