セルヴィス視点3・事態の収束
優雅に階段を降りてきたのは、線の細い妖艶な美女だった。腰まで伸ばした濡羽色の髪、わずかに吊り上がったまるで琥珀のような瞳は猫を彷彿とさせる。細い身体を強調するところどころ光を反射する黒いマーメイドドレスに、大量の魔石の装飾品。紅を刷いた唇は蠱惑的な笑みを浮かべており、まさに魔女といった出で立ちだ。
ギルドマスターと呼ばれた女…、この人が展開しかかった魔道具を止めたのか?
オレ達の方に歩み来る彼女に、焦った様子のディロックが駆け寄る。ギルドの長ならギルド員でもないオレよりディロックに任せておいた方がいいか…。
「あーと…そのっすね、ギルドマスター。あのスライムなんですが……」
「あー、大丈夫ですヨ。実は少し前からアナタ達の話をコッソリ聞いてマシタから。ソッチの見ない子のスライムなんでショウ?」
人懐っこい笑顔でヒラヒラと手を振り軽く言う姿からは妖艶さが霧散していた。見た目からはわからなかったが、どこか異国の出身なのか言葉の発音が違う。
けど……聞いてた?2階から?あの騒動で声がかき消えそうな状態で交わした会話を?
ギルドマスターはグルリと周囲を見渡し、
「特に甚大な人的被害も建物被害も出たワケでもないデスシねぇ。これくらいの騒ぎは大目に見てあげマショウ。」
「マジっすか!?」
「まじデース。さぁーて、あのスライムをどうにかシてあげないといけマセンネェ。」
「! 助けられるのか!?」
ギルドマスターの思わぬ言葉に、ディロックに任せようと思ってたのについ声をあげてしまった。
最悪は森に放すしかないと思ってたのに───
彼女は俺の方を見るとニコリと笑い、
「でなけれバ魔道具を止めませんヨ。」
当然とばかりに言い放った。
オレにはどうしようもないんだ、信じて任せるしかない。
「……お願いします。スライムは大切なオレの家族なんだ。」
「ヘェ、家族なんダ?それハ素敵ですネ。……リューラくーん、聞こえマスカー?」
一瞬驚きの表情を浮かべた彼女はすぐに目を細めて笑い、スライムのいる方へと声を張り上げた。すぐさま返ってくるリューラの声。
「ギルドマスター!?へーるぷっ!!へーるぷみーっ!!」
「君、魔石を持ってますヨネ?」
「へ?あ、持ってるー!でもクズ魔石しかないよ!?」
「十分です。ソレをスライムに与えてみてクダサイ。」
「えぇー?」
魔石を、スライムに与える?
オレを含めそれを聞いた全員が疑問を抱いたようだったけど、リューラは自由なままだった手で魔石を袋から鷲掴み、思い切ったようにそれをスライムに突っ込んだ。
一呼吸分の時間が経ち───巨大なスライムの表面が波打ち出す。観衆がざわつき見守る中、スライムの動きがどんどん激しくなり。
いきなりスライムが弾け飛んだ!!
「スライム!!?」
慌てて近寄るとさっきまであった水の結界が消えていたが、大量の水が一気に波のように押し寄せてすぐには近付けない。
「うきょわぁぁぁぁっ?」
「ダイジョーブ。スライムの本体を包んで巨大に見せていタ水の塊が、一気に解放されたダケですカら。」
ギルドマスターの言葉を証明するように説明の最中にリューラが波に押し流されてきて、水もどんどん引いていく。大量の水はまるで幻だったかのように蒸発していき、最後に残ったのは薄い青みがかった透明の物体───
「スライム!!」
元の大きさに戻ったスライムは気を失っているのか、慌てて拾い上げたオレの手の中でグッタリしている。まさか死んでるんじゃ、と心配になったけど、小さく『キュ・・・』という鳴き声が聞こえて安堵した。
良かった。死んでない。
「安心なサイ、死んませんヨ。むしろ必要な栄養を得テ健康になってますヨ」
「必要な栄養?」
「そうそう。スライム君は魔石を…ソレにこめられた魔力が欲しかったンデスネー。」
魔石が欲しかった??
手の中で大人しく眠るスライム。その身体にさっき与えられた魔石は一欠片も見えない。吸収した?
普通のスライムは身体の中に獲物を取り込み溶かして消化する。肉や内臓を溶かし、溶かせない骨や魔石なんかは吐き出すのが普通。
それにスライムに限らず、魔物を喰う魔物はいれど、魔石まで吸収できる魔物はいないとは言わないが極わずか。
……また普通のスライムじゃない証拠が……。
「おいリューラ、大丈夫か?」
「へーきへーき!ちょっとびっくりしたけどさ!」
「外傷もなさそうで良かったです…!でも一応、治療魔法をかけておきましょうね。私のはあくまで応急処置ですから、あとでちゃんとお医者様に診てもらいましょう。」
「さすが野蛮で粗暴なリューラだね。」
「…心配したなら素直にそう言え。」
水に流されたリューラも無事だったようだ。後方でディロック達がリューラの身体をチェックしているのが聞こえてくる。
とにかくスライムもリューラも無事で良かった…。
「…ありがとうございます。おかげで助かりました。」
頭を下げて礼を告げるオレ……いやスライムへと、ギルドマスターは手を伸ばす。
「……お礼は必要アリませんヨ。私がこのコを助けるのは当然ですカラ。」
───スライムを覗き込み微笑むその顔は、魔女どころか聖母のようで。
色々と意味がわからず反応に困るオレ達を無視し、彼女はギルドの職員たちに軽く指示を飛ばしていく。
そして『このコについて色々と教えてアゲますヨ。』と告げてきた。