prologue-出会いと
初めての長編です。とにかく書ききることを目標に!よろしくお願いします。
人間の住まう都や街から遠く離れた草原の果て。そこには一度迷うと出られないと噂される巨大な森が存在する。
魔物や凶悪な獣の住まう森の周りには、それを糧とするハンターや冒険者の拠点の小さな町が一つと村が2つ、離れたところにあるだけ。年に100人はいなくなるだとか、奥深くには凶悪なドラゴンが住んでいるとか、精霊を生み出す湖があるだとか。真偽不明の噂は後を絶たない。
それだけ慣れたハンターや冒険者でも一つのミスが命取りになるとされる危険な森だった。
そんな広大な森の上空を、大きな影が飛んでいた。遠くから見れば鳥か何かだと思うだろうが、もしも近くに人がいたならばギョッとするのは間違いない。
飛んでいるのは鳥ではなく、20歳すぎの翼の生えた女性なのだから。
(冬が近いから仕方ないけど……さすがに空を飛ぶと寒いですね。)
翼の女性―――リリアーナは悪魔だ。
宗教画で描かれる本物の悪魔じゃない。黒い髪に紅い瞳、小さな角に蝙蝠のような羽と黒い爬虫類の尻尾という、ただ見た目からそう呼ばれているだけの魔物の一種。実際の悪魔は全体的に非常に温厚で平和主義な魔物だ───人間には知られていないが。
厳密にいえば魔物の中でもより上級の、高い知能と魔力を持った魔族に分類される。
(けど歩いていくと時間かかるし、狙われるのも嫌だし。)
悪魔の心臓からは、極上の魔力を秘めた魔石が採れるという伝承がある。
魔石は魔力を持つ生物が必ず持つ、魔力を生み出す心臓のようなもの。魔力の性質により色や透明度を変える魔石は、高い魔力を含む程に宝石のように光り輝く。
悪魔の魔石は、まさに巨大な宝石。
通称『悪魔の宝石』と呼ばれる魔石は幻の逸品と言われ、市場に出た記録は殆どない。その数少ない魔石も城の宝物庫行き。
間違いなく超高額で売れるだけでなく、魔法具に加工すれば国宝級に、持っていれば魔法の威力を、身体に取り込めば個人の持つ魔力値を上昇させる至高の一品という噂だ。
冒険者ギルドですら悪魔は討伐記録は存在しない。目撃情報ですら極まれで、どんな生態か、どれ程の強さの魔物なのか一切が不明。
が、あまりに討伐成功した際に得れるものが大きすぎる為に上級ハンターや冒険者に集団で狙われるのは自然の事だった。
村など作らず家族単位でしか群れない悪魔たちは人間からそれぞれ隠れ住むようになったが、その分仲間に出会う確率が低下。
元々出生率が異常に低いこともあり、いまや絶滅危惧種の一歩手前だ。
……世間は悪魔に世知辛い。
リリアーナが住まうのは森の奥深く。近くにある湖から漂う清浄な空気は、リリアーナには平気でも、大抵の魔物には不快に感じるらしく近寄らない。危険な森の奥深くにあるので、人間もなかなか近寄れない。
更に迷いの結界や魔物避けの結界を張れば、隠れ住むのに最適の住処だった。
ただ自給自足生活の中、どうしても家から離れなければならない時もある。家を中心に張った結界は家から離れる程に効果が薄まるので、どうしてもハンター達に襲われる事がある。
生まれてからずっと命を狙われ、今では独り隠れ住む孤独な生活。
あまりの人恋しさに正体を隠し、数人の冒険者やハンターと交流する事もある。だけど正体を隠した交流では知り合いにはなれても友人には程遠い。
むしろ飢えは増すばかり。ここ100年はそれすらも止めてしまった。
(せめて誰かと一緒に、静かに暮らせたらー、なんて。)
叶わぬ夢だと溜息が出る。だってリリアーナは悪魔なんだから。
。 ゜ 。 〇 。 ゜ 。
森の一角に降り立ち、軽く見渡して安全確認してから生えている薬草を摘み始める。
この付近の日陰にしか生息しない薬草は、解熱剤の材料になる。人が立ち入れる浅部は来たい場所じゃないが、もうじき冬も近い。多少危険を冒してでも備えておかなければ。
暫し薬草摘みに没頭していたリリアーナは、ふと視線に気づいた。
茂みの奥から押し殺せていない殺気を感じる。
──また襲撃者ですか──
これ程近くでリリアーナの姿を見られた以上、放置するわけにもいかない。悪魔が確実に住んでいるとなると、下手したら軍隊で森に押し寄せるのが人間だ。
あまり大きな魔法は他のハンターも呼びかねないと、リリアーナは威力を抑えた雷撃魔法を唱えた。
「死ねっっ!!」
叫びと共に茂みから飛び出す矢。多分本人は不意打ちのつもりでもバレバレ。矢先を避けるより早く完成した電撃魔法をぶつけてやれば、襲撃者はあっさりと感電し倒れたようだ。
そのままとどめを刺そうと腰の短剣を抜きながら襲撃者に駆け寄ったリリアーナは、しかし思わぬ光景を見た。
「……。人間の、子供?」
所々に火傷を負い気絶した襲撃者は、まだ10歳前後の少年だった。
。 ゜ 。 〇 。 ゜ 。
「どうしよう……。」
リリアーナは途方に暮れた。
雷撃傷の火傷を負った少年をそのまま放置しておくわけにもいかず、つい連れ帰ってしまった。いつもならリリアーナの存在をハンターに知られるのを防ぐ為、襲撃者には容赦なくトドメを刺すけれど……さすがに子供を殺すのは躊躇いがある。
と、いうか。
(ああーっ、寝顔かわいいー!)
リリアーナは可愛いものが大好きなのだ。殺せるわけがない。
相手がこんな子供だと知ってリリアーナは大焦りしたし、火傷の酷さにはパニックになった。独りでギャーギャー騒いで、とにかく出来る事をした結果が現状だ。
残念ながらリリアーナには治療魔術が使えないから、普通に薬草などを使って治療した。ついでに汚れも拭ったら、これがとんでもなく可愛い子だった。ボロボロの質素な服装から男の子と思っていたが、もしかしたら女の子かもしれない。
何にせよ可愛い美少年or美少女は正義です!
透き通るようなきめ細かな肌は陶磁器の人形のようだし(今は所々火傷で痛々しいが)、真っ白い髪と整った顔はますます人形じみている。これでざんばらの髪を整え、ヒラヒラレースの服を着せれば完璧だ。
(あ、そうだ。目が覚めたらお腹すいてるかもですね。)
殺意を向けられた相手に食事を用意する方もされた方も間抜けですねぇ、と思いながらリリアーナは席を立った。
。 ゜ 。 〇 。 ゜ 。
「……ぅ、ぅう……」
子供が目を覚ましたのは、それから一刻ほど経ってからでした。
ぎこちない動きで粗末なベッドから辺りを見回した子供は、少し離れたテーブルに腰掛ける姿を認めた途端、跳ね起きて。
そしてすぐに呻きます……至る所に火傷を負ってるのだから当たり前ですよ。
「起き、た?」
近寄る私に子供は武器を向けようとしますが、当然武器は取り上げてます。それでも殺意をこめた目で毅然と睨みつける様子は、素手でも殺せるなら殺すと言わんばかり。
珍しいローズの瞳が憎々しく、真正面からこちらを睨み付けてます。
「何でオレを殺さないっ!!」
(「オレ」ってことは美少年だったのですねー。)
まぁどっちでもいい。可愛いは正義です。
それに「何で」って言われても。こんな子供殺せる訳ないです。
誰かとまともに話すなんて百年ぶりですね、えぇと…。
「子供、殺さない。」
「食べ応えがないからか?馬鹿にするな!!」
(食べ応え!?何でそうなったのです!?)
──リリアーナは知らない。人の街では、悪魔は人を喰らうともっぱらの噂だった。
「……人、食べない。」
「嘘を吐け!オレの父さんを一週間前、殺したのはお前だろ!喰うつもりで殺したんだろ!」
(えぇー!?)
ちょっと待って、一週間前?確かにその頃、森の浅部でハンターに襲われて返り討ちにしたけど。どうしてそれが食べるために殺したことに??
というか何で私ってわかったんでしょう。
「ハンター、倒した。父親?」
「そうだ!オレの……唯一の家族だったのに。こんな髪と目のせいで、オレには父さんしかいなかったのに!!なのにお前が殺したんだ!!」
(それは、殺さなければ殺されるもの、仕方ないです。…って言ってもわからないですよねぇ。)
そう言ったところで納得できるわけがないですね。理屈がわかっても納得できないのが感情だし、子供なら猶更。
しかも悲しい事に、事情を上手く話せる自信もないです。人間と話すのなんて緊張するし、誰かとのまともな会話自体が百年ぶり。とはいえ、カタコトすぎますよ私!
えーとえーと、
「ふか、こうりょく。襲ったのは、」
「何が不可抗力だ!父さんを返せ!」
(せめて最後まで言わせてください!)
わざわざ危険な森に命がけで悪魔を殺しに来る程です。この子にとっては、私が父親を襲撃したかのように感じてるんでしょう。というかきっと絶対に襲撃したことになってます。
実際は逆だけど。
ハンター見かけたら基本は逃亡です。見つかったり襲われたら仕方ないですが。
危険を承知で、こんな子供が敵討ち。
これはそうとう憎まれてますねぇ、なんか泣きたい。
(でも唯一の家族ってことはこの子、もしかして身寄りがないのでしょうか。)
髪と目のせいで、と言った。
白い髪とローズの瞳。綺麗で愛らしいと思いますが、人間は違うのでしょうか?
「白い髪、ローズの瞳、綺麗。なのに、悪い?」
「……っ!!こんな色の奴、気味悪がられて魔物扱いに決まってるだろ!」
……驚いた。黒い髪と紅い瞳の私の種族も悪魔とか言われてますが、私達は魔物です。でも同じ人間同士でも魔物扱いするんですか。人間って物騒……。
(この子、人間の街に返していいのでしょうか。)
こんな可愛い子供が魔物扱い。魔物の私が街に行ったら多分、石が、弓が、憎悪が向けられると思うのですが。
今の今まで、火傷が治ったら街に返すつもりだったのですけど。本当に大丈夫?
「……ご飯、食べて。その後、寝て。」
どうしたら良いのかわからなくなって、台所から持ってきたスープを少年に無理やり渡して逃げ出してしまいました。
―――その晩、少年は高熱を出した。
火傷から発熱を予想していたリリアーナは、朦朧としている少年を一晩中看病しながら、彼に出来ることを考えていた。
リリアーナは家族を覚えてない。リリアーナが幼い頃、力のある魔族に狩られたとリリアーナを拾った魔族……師匠が教えてくれた。その師匠も姿を消して百年ほど。
それからはずっと独り。人間からも魔物からも狙われて、本当にずっと独りだ。
魔物扱いされると言っていた、この子供もこれからずっと独りなのだろうか。リリアーナが父親を殺したから?
(……いえ謝りませんよ、後悔なんてしてませんし。ただ、あんな可愛い子供が不幸になりそうなのを放置するのはいただけないというだけで。)
そう、ちょっと憐れんでいるだけです。
だけど自分に何が出来るだろう。彼にとっては親の仇であり、憎悪する対象。しかも魔物です。
(……でも、独りは寂しいです。)
他人から向けられる敵意、憎悪、殺意。あれは心を抉る見えない凶器だ。あの子もそれらを向けられるというなら、庇護する者が必要だろう。
リリアーナに、何が出来るだろう?
。 ゜ 。 〇 。 ゜ 。
「チャンス、あげる。」
翌朝、第一声で少年に告げました。
「は?」
「復讐、なら、ここに住む。諦める、なら、帰る。」
結局、少年の意思を尊重しようと考えました。
もし引き取り手が他にいるなら帰ればいい。ここにいるなら復讐という大義名分をあげて保護しよう。
勿論、殺されてやる気はないですが。
何百年と人間や魔物と命のやり取りをしてきたし、素人の少年ぐらい何とかなる、と思います。多分。……きっと。
「! オレなんかには出来ないと思ってること、絶対に後悔させてやる!」
「……。」
既に後悔してますよ、とか言えない。普通に怖いです。
けど子供を放り出すなんて無理だと、幾度も脳内シミュレーションして確信してしまいました。
それにこの子供を拾えば、少なくとも暫くは独りではなくなるから。
(この手を差し出すしかないですよねぇ。)
手を掴んで欲しいのは少年の為か、自分の為か。
癒したい孤独は少年のものか、自分のものなのか。私にはわかりません。
「私はリリアーナ。君は?」
「……セルヴィス。」
───黒い悪魔と白い少年の共同生活は、こうしてスタートした。