初戦闘
9話まで連続投稿。それ以降は毎朝0時に投稿します。
ジェーンは一時間目に遅刻し、二時間目を真面目に受け、三時間目はさぼって屋上に来ていた。
屋上からはグラウンドがよく見える。多少距離があるが、探査魔法を使えば問題はない。
「彼方の世界をこの目に移せ。インヴェンスティゲイション」
ジェーンが唱えた魔法は、視界内の特定の人物を拡大し観測する魔法である。視界内に限るが、どんなに素早く動いても追跡し、さらに周辺の音まで拾う魔法だ。どれだけ離れていても見ることができる水晶玉の魔法などと比べると、大きく見劣りするが、使い方次第であるとジェーンは考える。
特に水晶玉は見ている場所まで魔力を飛ばすので気づかれやすい。それに対してこの魔法は、自分に使う一種の強化魔法なので、相手には気づかれにくくなる。
「変化せよ」
ジェーンはさらに魔法を重ねる。探査魔法は魔力の流れで気づかれる場合がある。気づかれにくい魔法を選んだつもりだが、相手が相手なので油断はできない。ジェーンは逆探知の対策として変化の魔法を唱えた。
ジェーンの姿が木に代わり、木造の校舎と一体化する。人には鉄に変身する硬化魔法だと言っているが、その本質は変化で、自分の姿を自由な材質に変化させ、形状もある程度変えることができる。よほどじっくりと調べないと、ジェーンの姿は見つけられないだろう。逆探知されても、見つかる可能性は低い。
――慎重に、慎重に。サードには最近怪しまれているし、気を付けないとね。
ジェーンが見るのは当然、サードとDDだ。この時間は実戦訓練で、グラウンドにいるはずだ。
この学園での実戦訓練は、その名の通り実戦を行う。1年の頃は講義もあるが、最近はもっぱら生徒たちが実践を行い、その後に指導員にアドバイスをもらうという形になっている。
サードは木陰に腰かけ、空を眺めている。その横には漆黒のドラゴンがいる。彼がDDだろう。木陰で休んでいるのは、おそらく鞍がまだないからだろう。実戦での激しい動きは、ライダーと言えども鞍がなくては耐えられない。
「はっきり言うと、ぬるいな。この程度なら俺一人で勝てる」
上空で戦うドラゴン達をみながら、DDがそう言った。
DDの実力は知らないが、名だたる犯罪者がそろう刑務所でトップだったのだから、かなりの実力者なのは間違いないだろう。
「飛んでる中に貴族はいないからな。この授業で一緒なのは、あいつだけだ」
サードが地上のどこかを指さした。おそらくそこにいるのはフロスト家のアドルフと、アドルフのドラゴンであるガイだろう。
アドルフとサードは、実戦訓練の授業では同じクラスだ。
「人を指さして、何を話しているんだ?」
声と共に、ドラゴンを引き連れた男が歩いてくる。銀の髪、宝石がついた豪華な服、世の中をなめたような態度、アドルフだ。アドルフがサードに向かって歩いてくる。表情こそ笑顔だが、目は笑っていない。
アドルフは典型的な、甘やかされて育った貴族の坊ちゃんだ。その育ちゆえか、プライドが高く自信家だ。
学内での順位は十二位。高等部一年ということを考慮すると高い位置にいるが、サードには及ばない。
没落したギーズ家の、しかも女が自分より上の地位にいるのが気に食わないらしく、アドルフはサードを目の敵にしているようだった。
「私のドラゴンに君たちの事を紹介していただけだ。学園に連れてくるのは初めてなものでな」
「そいつが君のドラゴンかい。ずいぶんと野蛮だね。ギーズ家にはまともなドラゴンを雇う金もないのかい? 学園の風紀というものをもう少し気にしていただきたいね」
あからさまな挑発だ。アドルフはサードとDDにケンカを売っている。
「なんだこいつ? ケンカを売っているのか?」
DDがアドルフの事を指さして言った。DDはまだ二人の関係を知らないのだろう。
「まだ問題は起こしていない。見た目は悪いが、それだけで悪人と決めつけるのは差別だぞ」
「一般の生徒ならそうだけど、君は貴族で、学園三位だろ。この模範となるべき生徒はずだ」
「私はやましいことは何もしていない」
「口で言っても無駄なようだな」
「初めからそのつもりだったくせによく言うよ」
「君に決闘を申し込む。サードの座をかけて勝負だ」
この学園では、成績上位者にはいくつかの特典が与えられる。学費の免除、武器や防具の支給、そして龍神祭への出場権。龍神祭へ出ることは名誉なことであり、全てのライダーが望むことだ。
「私が勝った場合は何をしてくれるんだ?」
「金でいいだろ。現金で一万ゴールド」
決闘での金銭のやりとりは法律で禁止されているが、刑罰はないため形骸化している。
その証拠に、周囲に人はいても、誰も咎めようとしない。
「受けてやろう……と、言いたいところだがあいにくまだ鞍がなくてな」
「ドラゴンがいないから戦えないといって、いざ手に入れば鞍がないか。ギーズ家は臆病者の家系か?」
「なのでDDが一人で相手しよう。さっきの言葉は嘘じゃないよな、DD」
「クソが。揚げ足を取りやがって」
DDは悪態をつきながら立ち上がった。文句は言っているが、どうやらやる気らしい。
アドルフは最初は目を丸くしていたが、次第に笑みを形作っていった。
ジェーンは胸の高鳴りを感じていた。授業をさぼってまで見たかったものが、始まろうとしている。
「それでいいんだな。二対一でも負けは負けだぞ」
「かかか、勝つ気満々だな。いいぜ、慢心は若いうちの特権だ。だが、油断していたなんて言い訳はなしだぜ」
DDが一歩前に進み出た。ドラゴンの一歩は非常に大きいので、それだけでDDはアドルフの目と鼻の先だ。DDの鋭い爪が届く位置にアドルフはいる。
「主よ、警戒はした方がよろしいかと」
ガイが主人のアドルフに注意を促した。慎重な性格のガイらしい。ガイは従軍経験もあるドラゴンで、死と隣り合わせの環境を生き抜いてきたためか、非常に慎重だ。
「ドラゴンだけでは勝てない。これはライダー戦の常識だ」
だがアドルフは聞く耳を持たなかったようだ。
「しかしあの自信の持ちよう。何か策がある可能性も」
「うるさいな。お前は俺の言うことを聞いていればいいんだ。それともなんだ、あのドラゴンにビビっているのか!?」
「…………分かりました。お乗りください」
ガイは腰を低く下げて、乗りやすい体制を作った。そこへアドルフが慣れた様子で飛び乗った。
その身のこなしから分かるように、アドルフは決して弱くはない。金で雇った優勝な家庭教師に、幼いころから指導を受けているのだ。弱いはずがない。
DDは薄く笑い、それから大きな翼を広げた。
「勝負は墜落戦でいいよな」
「墜落戦ってなんだ?」
DDは長年刑務所にいたからか、決闘のルールを知らないようだ。
サードが後ろから声をかけた。
「地面に落ちたら負けだ」
「それだけか?」
「それだけだ。作法はいろいろとあるが、そなたには関係ない事だろう。だが……意図的な殺傷と敗者への追撃は禁じる。あとは自由にやればいい」
決闘のルールはいくつかあるが、墜落戦は非常にシンプルだ。何らかの合図でお互いが同時に飛び立ち、先に地面についた方が負けとなる。決闘である以上、卑怯な行為は批判されるが、勝敗には関係がない。
アドルフはポケットからコインを取り出した。
「合図はこいつでいいな」
「ビビッて落とすなよ」
アドルフは無言で手を前に出した。親指の上にはコインが乗っている。
戦いを見逃さまいと、ジェーンは探査魔法の意識を集中した。
その瞬間、DDの目がぎろりとこちらを捕えた。だがDDはすぐに視線をアドルフのほうに戻した。
――気付かれていない? いや違う。絶対に目があった。
こちらに気がついていて、それでも無視されている。つまり、興味がないか、脅威と思っていないかのどちらかだ。見たいのなら好きにしろと、DDは言っているのだ。
ジェーンは体を打ち震わせた。
――いい、いいよ、あたしなんて眼中にないその目。道端の石ころを見るようなその目で、もっとあたしを見て。その鋭い爪であたしを押しつぶして。
ジェーンは変化の魔法を解除し、魔力の全てを探査魔法に注いだ。
アドルフの手からコインが飛びあがり、ゆっくりと地面へ落ちていく。
――ああ、もっと見せて。もっともっと、もっとあなたを知りたいの!
コインが地面に落ちた瞬間、二頭の竜が羽ばたいた。