貧乏貴族
アイラの目の前でDDがシチューと焼き魚を食べている。非常にきれいに食べているし、音を立てることもない。だが魚を骨ごと食べるのは、はたしてマナーがいいと言えるのだろうか。皿の上のものをきれいに平らげるので、過程を見なければ上品ではある。
隣に座るサードは貴族出身ということもあり、さらに上品で、優雅だ。食べ終えた後には、きれいに身をはがされた骨だけが残る。
「当然だが、刑務所の飯よりうまいぜ」
「それは他の囚人よりも、という意味か?」
「そんなものたまにしか食わん。これでも俺は模範囚なんだよ」
模範囚とは受刑態度が良好な囚人の事である。他の囚人を殺して食べるような囚人は、とてもじゃないが模範囚とは言えない。
「気に入ってくれたようで何よりです。ところでサードさん。DDさんをわざわざ刑務所から連れてきたのは、龍神際のためですか?」
刑務所の話になると、血なまぐさい話ばかりになりそうなので、アイラは早々に話を変えた。
「さんはいらねぇよ。龍人祭のためってのはその通りだが、なんでレースなんかのために俺を呼んだんだ? 賞金が欲しいなら、もっとまともな選択肢があっただろ」
「ああ、そなたは龍神際が始まる前から収監されていたのだったな。すでに知っていると思うが、龍神際というのは、この国の建国祭の事だ。この国を作った六組のライダーとドラゴンを称えるため、ドラゴンレースを行うことになっている。ドラゴンと人の絆を確かめる祭り、というわけだな」
この国はドラゴンと人が協力し合うことによってうまれた。だから建国記念日はドラゴンと人が協力して盛り上げようという趣旨だ。ドラゴンレースはドラゴンとライダーの連携が非常に重要になる。ドラゴンと人との絆を深めるには最適というわけだ。
「それぐらいは知ってるぜ。だが、わざわざ俺を連れ出したんだ、それだけじゃないんだろ?」
「いいや、それだけだよ。私はレースの賞金と商品が欲しい。それだけだ。住居を見れば分かるように、貧乏貴族でな」
「賞品を言え。賞金が欲しいのも事実だろうが、金に固執するタイプでもないだろ」
「……賞品ではないが、優勝者には宰相の地位が与えられる」
「宰相って事は、国で二番目にえらいってことじゃねぇか。いいのかい? それじゃどんな馬の骨がなるか分からんぜ」
「その心配は無用だ」
「根拠は?」
「私がいる」
サードが堂々とそう言い切った。冗談で言っている様子ではない。自分に自信を持てないアイラは、サードのそういうところが好きだった。
「龍神祭の優勝者は、今のところ六大貴族の出身だけです。貴族たちは幼少期から専門の家庭教師から、ライダーとしての訓練を受けます。ただの平民では太刀打ちできません」
「さらに言えば、金に物を言わせて優秀なドラゴンを雇うからな。平民が宰相になるリスクはあまり考えなくてもいい」
「だいたいわかった。だがまだ何か隠してるだろ。態度で分かるぜ。勝たなきゃならない理由があるんだろ」
「ええと、サードさんには家の事でいろいろありまして」
「いい、私が自分で話す。ギーズ家はいってしまえば没落貴族でな、ここ百年間一度も龍神祭で優勝していない。今年優勝できなければ、家の存続すら危ういんだ。貴族の娘がこんなおんぼろ寮に住んでいるんだ。金銭事情はおして知るべしだ」
「…………おんぼろはひどいですよ…………否定できませんけど」
この寮は築五十年もたっている古い建物で、床がきしむうえに、大雨の日は雨漏りもするひどい有り様だ。
だがその分だけ家賃は安く、部屋は貧乏学生で埋まっている。サードもアイラもここにいるということは、つまりはそういうことだ。
「なんだ、その服はただの見栄か?」
DDがサードの立派な服を見て言った。
「先代の服だ。アイラが刺繍も得手だったので、直してもらったんだ。新品みたいだろう」
「店で直す金もないのか」
「はっはっは、借金がひどくて、服に気を遣う余裕なんてないんだ。今回の龍神祭で勝てないと、先祖代々の土地と家が借金の形に持っていかれるようなあり様だからな。だから、頼りにしてるぞ、DD」
DDが長いため息を吐いた。
「借金まであるのかよ。ずいぶんとひどい懐事情だな。…………だが、本当にそれだけか?」
DDが刺すような目でサードを見ていた。アイラは、自分があの目で見られたら恐ろしくて気を失ってしまいそうだと思った。
人間に変身し、天を突くような巨体ではなくなっても、あの恐ろしい圧力は変わらない。
「……それだけだとも」
サードが目をそらさずに言った。
DDが最後に残ったパンを飲みこんで、その場に立ち上がった。
「ごちそうさん。食後の運動に、少し空を飛んでくる」
「十分ほどしたらおりて来い。部屋を案内する」
DDは大きく頷いて、外へ出て行った。
「あの、サードさん……大丈夫なんでしょうか? サードさんのドラゴンって事はその、学園にも」
アイラとサードはまだ学生だ。多くのライダーが過ごす学び舎に通っている。そこでは特例として、一人につき一体まで、学生でないドラゴンを連れて行くことができる。学生同士で組む場合もあるが、多くの生徒は自分のドラゴンを連れてくる。
アイラには、DDが学園の空気になじむとは思えなかった。
「連れて行くとも。私のドラゴンだからな」
「…………不安です」
アイラは不安で胸が痛くなった。なにか問題が起きる予感がしていた。いや、予感というよりは、もはや確信であったが。
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