敵対
サード達が学園へ行った後、ゾフィは物置へ向かった。寮の横に大きな物置小屋があり、そこをアイラが作業所にしている。
「おはようございます」
「あ、おはようございます。ゾフィちゃん」
アイラはサードの友人とは思えないぐらい物腰が柔らかで、親しみやすかった。この寮に住み始めてすぐにサードに紹介され、すぐに打ち解けることができた。
アイラはゾフィの身分を知らない。サードは、信頼できると思ったら話せと言っていたが、普通の女の子として接してくれるのがうれしくて、まだ言えていない。秘密にしたまま過ごすのは少し後ろめたいが、全てを話すと今の関係が壊れそうで話せていない。
「今日も鞍作りですか?」
「はい、きりのいいところまで仕上げようかなって。私は工学科なので、作品のためなら休んでも大丈夫なんですよ」
工学科と言っても様々だとは思うが、ここの学園はあまり厳しくはない様だ。ライダーの養成がメインの学園のようなので、他の学科は緩いのかもしれない。
「何か手伝いましょうか?」
「あ、じゃあ鞍のそっち側を押さえてくれますか?」
言われた通りに押さえた時、外からドタバタと走る音が聞こえた。一人や二人ではない、少なくとも五人はいる。
足音はすぐに階段を上る音になり、そしてすぐに何かが壊れるような大きな音が響いた。
「に、逃げましょう。早く」
ゾフィはアイラの手を掴み、逃げ出そうとしたその刹那、物置小屋の扉が外から開けられた。
「もう遅い。逃げられないよ」
授業を終えて、帰路についてすぐ違和感を覚えた。何かが違うと感覚が警報を鳴らしていた。
よく見れば、足跡が多い。大人の男が、硬い靴で踏みしめたような深さだ。つまり大人が、大人数でこの場所へやってきている。
サードはためらいなく剣を抜いた。長年の経験から、自分の直感は信じたほうがいいと分かっていた。
「DD、空から様子を見れるか?」
「あの小せぇ窓から中を見るのか? 正面から突っ込んだほうが早いだろ」
「ドラゴンが出て来たら任せるぞ」
階段を駆け上がると、正面にサードの部屋が見える。ドアは壊れていて、ドアの役目をはたしていない。
「ドアの開け方も知らねぇ客が来たみてぇだな」
サードは慎重に、壊されたドアから中を覗き見た。
「私の部屋は空だ。荒らされた形跡もない」
DDは警戒すらせずに、自分の部屋へ入っていった。
「俺の部屋にもいねぇな。荒らされた形跡っつーか、こっちはまず荒らすものがねぇな」
「ならばアイラの部屋か。ここもドアが壊されているな」
「当たりだな。荒らされた形跡があるぜ。中には誰もいないようだがな」
アイラの部屋はタンスなどが倒れていて、家探しをされた跡があった。犯人はもう去ったのか、中に人がいる様子はない。
「アイラ、ゾフィ。無事か?」
声を出すが、反応はない。
「連れ去られちまったか?」
「ゾフィなら分かるが、アイラをさらってどうするんだ。……まさか……これは私への嫌がらせか」
「ギルベルトの野郎ならやりかねねぇな。あいつは人の嫌がることをする天才だ」
「物置を見に行くぞ。何かあるかもしれん」
「返してほしければ一億ゴールド用意しろ、なんて犯行声明があるだけかもしれねぇけどな」
「手がかりがないよりはましだ」
サードは階段を駆け下り、物置小屋へ向かった。足音を立てずに近づき、開け放たれた扉から中の様子を覗き見る。
中はぐちゃぐちゃで、道具が散乱し、作りかけの鞍は無残にも叩き壊されていた。
「かかかかかっ、鞍と工具だけ叩き壊されてるぜ。分かりやすい嫌がらせだなおい」
「ゾフィ、アイラ、聞こえるか!」
屋内に人の姿は見えないが、サードは駄目元で叫んだ。
すると予想もしなかった返事が返ってきた。
「遅いよサード。待ちくたびれちゃったよ。まぁ学校があるから仕方がないとはいえ、察しが悪いというか、もうちょい警戒しなよ。すぐ逃げろと言ったって、集団で突然来られたらそうもいかないことって多いんだよ。ねぇ」
「その声、ジェーンか!?」
「あったりー。お姫様はちゃんと守らないとだめだよ。サードはナイトなんだから」
それまで壁であった部分が崩れ、そこからゾフィとアイラが顔を出した。ジェーンが魔法で壁を作り、隠していたようだ。
「アイラ! ゾフィ! 無事だったか」
「はい……ジェーンさんのおかげで、何とか」
アイラは疲れ切った表情でその場に座り込んでいる。ゾフィはアイラの胸で泣いていた。
「私としたことが、油断していた。すまない」
「いえ、サードさんは、悪くありません」
「それでも、すまない。私がちゃんと警戒していれば、こんなことには」
サードとDDがいれば襲撃者を撃退できただろう。サードだけでも、鞍を守るぐらいはできたかもしれない。
アドルフの報復、ゾフィへの追手など、警戒すべきことはいくらでもあったのに油断していた。ここ数日何もなかったというだけで、油断してしまった。
握りしめた拳が怒りで震える。ふがいない自分への怒りだ。
「…………サードさん……」
「……ああ」
サードは小さく深呼吸をして、心を落ち着かせた。それから、泣いてうずくまるゾフィの頭を撫でた。
「辛い思いをさせたな」
ゾフィはうずくまったまま、首を横に振った。
私は大丈夫だと言いたいのだろうか。涙がひどくて、言葉が出てこないようだ。
サードはそのままゾフィの頭を撫で続けた。そこへジェーンが両手を広げてやってきて、ゾフィとアイラに抱き付いた。
「怖かったねー、でももう大丈夫だよ。安心してね。サードちゃんとDDは強いからね。もう心配しなくていいよ」
ジェーンは二人をぎゅっと抱きしめる。そしてその体制のまま、顔だけをサードの方へ向けた。
「今回はた、ま、た、ま、私が通りがかったから無事だったけど、これからはどうするの? たぶんこういうタイプって、何回でも繰り返してくるよね。見張りぐらいなら親愛なる友人達のために一肌脱いでもいいけどね。ただ私の戦闘力には期待しないでくれたまえよ。逃げと情報集がジェーンちゃんの本領、戦闘は得意じゃないのじゃ」
「そうだな。これからは常に集団行動をするとして、寮の周りに感知魔法で夜中も監視、学校はしばらく休むしかないかな。鞍作成は、そうだな。どこか大きな事務所に頼もうか」
「誰かに頼んでも、頼まれたところが襲われるだろうし、そうするしかないかもね。王族のおかかえの鞍技師でも探そっか。ジェーンちゃんの情報網なら、鞍技師ぐらいすぐに見つかるよ」
「なら頼もうか。感知魔法は私のほうで張っておこう」
「感知魔法なら既に私が張ってるからいいよ。それにそもそもサードはそういう魔法は苦手でしょ。サードは戦闘特化の脳筋なんだから、サポートはジェーンちゃんに任せなさい」
「……分かった。任せるぞ。私はその間二人を守ろう」
「ま、待ってください」
それまで黙っていたアイラが声をあげた。真っ赤に晴れた目で、サードを見ている。
「どうしたアイラ」
「私に、やらせてください」
鞍を作ろうとすれば危険が増える。襲撃を受ける可能性は高くなるし、事が済んでからも狙われる可能性もある。アドルフもギルベルトも、恨みを買うとしつこいタイプだろう。襲撃を退けても、アドルフには金も権力もあるので、それらを使った嫌がらせを受ける可能性も高い。今後無事に学園に通える日は来ないかもしれないのだ。
だがアイラは危険性を承知の上で言っているのだろう。なにしろ、その危険が目の前を通り過ぎて行ったばかりなのだ。
「危険だぞ」
「分かってます。でも、悔しいんです」
「気持ちは分かる……だが一時の感情で決めていいことではないぞ」
「私は、気が弱いので、いつも人に譲ってばっかりで……それが私なのでしょうがないのですけど……でも今回は、こんな奴には、こんなことをする人たちには、なにも譲りたくないんです。私は、私も、戦いたいんです」
悔し涙を流し、拳は固く握りしめられ、顔は真っ直ぐにサードのほうを向いている。男と目を合わせる事さえできない気弱なアイラが、力強く訴えてくる。
はたして今まで、こんなアイラを見たことがあっただろうか。サードの知らないアイラがそこにいた。今のアイラはライダーと同じ、戦う者だった。
「いいんじゃねぇか、好きにやらせたらよ」
「そう軽率に決めれることではない」
「俺がいる限り安全なんだから問題ねぇんだよ。それともなんだ? 俺が負けるとでも思っているのか? それにな、勇気ってのは出すべき時に出さなきゃ、出し方を忘れちまうもんなんだよ。ここで折れたら、尾を引くぜ」
「私もそれでいいと思うなぁ。だってだって、ここで引いたら悪い奴の思い通りでいやじゃんか。悪い奴らは調子に乗るよ。そして多分だけど、もうすでに標的だからこれ以上何やっても変わらないし、何もやらなくても狙われるよ」
サードは目をつぶって考えた。アイラの思いを優先させたい、だが危険でもある。しかし何もしなくても危険なことには変わりはない。
「ジェーン、国王の容態はどうなっている」
「すぐに命にかかわるような状態ではないはずだよ。王宮内を盗み聞きしただけだから、確証はないけどね」
「…………時間はある……か」
サードは長く息を吐いて覚悟を決めた。どれだけ危険であろうと、自分が負けなければそれでいいのだ。誰が来ても、何をされても守りきるという覚悟をサードは決めた。
「………………分かった。そこまで言うのならそうしよう。ゾフィもそれでいいか?」
ゾフィはその場でこくこくと頷いた。ゾフィが頷いたので、全員の意見は一致した。
自分たちで鞍を作るという事、それはつまり戦い抜くという事だ。
「ありがとうございます」
「お礼を言うのはこちらのほうだ。よろしく頼むぞ。さっそくだが、必要なものをまとめてくれ。私とジェーンで買い出しに行こう」
「は、はい。分かりました」
アイラは目元の涙をぬぐって、走り出した。紙とペンを取りに行ったのだろう。
「俺は見張りか?」
「ああ、頼む。ジェーンはドラゴンを呼んでくれ。荷物持ちにさせて悪いが、人間だけじゃ無理そうだ」
「了解了解。でも戦闘能力にはきたいしないでよね~。私もガヴィ、あ、私のドラゴンの名前ね。二人とも戦闘系じゃないんだよね。ライダーなのに何言ってるんだって思うかもしれないけど、私達はサポートよりなんだよ。援護しろって言われたら、任せとけって感じだけど単騎での戦闘は無理だよ」
「逃げるのは得意だろう。何かあったらここまで逃げて、DDと共闘。何か問題は?」
敵に襲われたら、サードが時間をかせいで逃げる。DDと合流でき次第反撃。DDの強さを考えると、それで問題ないはずだ。
「う~んと~、特にないかな。よし、それじゃ頑張ろう。私達に手を出したことを、後悔させてやるのじゃ~」
ジェーンは拳を力強く天に掲げた。
それを見たアイラも同じように、拳を天に突き出した。
サードは少し恥ずかしがりながら、同じポーズをとった。
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