4:銅獅子探偵社 闇奴隷市場摘発
気取った服装の老若男女が談笑し、その合間を縫って給仕たちが運ぶ銀製の盆の上には、銘酒の注がれたグラスや一口サイズに加工された世界各地の高級食材が並ぶ。
メドガ材木通商の新地域進出記念パーティーの会場に、銅獅子探偵社の探偵たちが潜入してかれこれ一時間にはなっていた。
史上最大規模の世界大戦の終結によって生まれた広大な連邦の内部において、複数の自治州をまたぐ犯罪や荒事に対して中央政府より柔軟に、かつ素早く対処するかつての軍閥、今や探偵と名乗る者達の中でも最大規模を誇るのが銅獅子探偵社だ。逃亡犯の追跡や労働争議の鎮圧、不法移民の阻止を主な業務とする彼らの今宵の仕事は密輸の摘発。しかも荷物は人間だった。
人種、文化、言語の異なるいくつもの文明が激突を経て融和した現在。特定の自治州でのみ合法とされる「特定文化事項」の流出、盗用を防ぎ、間違った形での万民の合一を防ぐことは連邦政府の宿願であり、それに追随する探偵社のありがたい飯の種でもあった。
この華やかなパーティも、表向きには支社の売り上げ目標達成記念が名目だが、この会社の本社所在地メドガでの活動と、招待客のリストを見れば、その売り上げは材木以外の荷で得たものであることは明らかだった。そうともなれば、連邦政府の命を受け探偵社が動かぬ道理はない。
探偵社の調査員の一人、ダットン・マーシュは、準男爵の偽身分に相応しい緑の上着に薄橙のスカーフ姿で、数十名の金持ち連中に紛れて喧噪を壁越しに聞く会場裏手の廊下を進んでいた。
議員、役員、組合長など、名前の前や後ろに錚々たる肩書きが並ぶ彼らは、事前に手に入れた特別な情報によって、パーティの会場から抜け出した彼らこそ今夜のメドガ木材通商における「本来の客」。すなわち、前と後ろを屈強な護衛に挟まれて進むこの廊下の先に、取締対象である何らかが待ち受けていることは間違いない。
「ようこそ皆様。お待ちしておりました」
廊下の突き当たりの扉の前には、白い礼服に身を包んだ長身の男が立っていた。今夜の集まりの司会を務めると自己紹介した男は、後ろの扉を開けて客人を招き入れ、護衛たちに何やら合図を送る。
「残念ですが、武装権はこの部屋より外のことにしていただきます。紳士淑女どうしとは言え、入札が白熱しますと……ごく稀に『間違い』が起こりますので、ね」
司会の口上に合わせて、護衛たちによる儀礼や形式上のことではない、それなりに本格的な身体検査が行われる。
されるがままの賓客の懐やポーチから拳銃やナイフが取り出され、ダットンの上着の内側からつまみ上げられた装飾付きの銀の拳銃も小箱に収められる。ダットンも護衛の男もこのことにさして慌てる様子はない。この州で貴族が武装していない方が不自然であるし、ダットンにはまだ、至近戦用に靴のかかとに仕込まれた散弾が残っていた。
没収された武器の代わりに入札用の番号札を渡され、ロビーのような空間を抜けると、より大きな部屋があった。入り口向かいの壁には劇場のような幕が掛けられ、靴の足音を完全に消す厚い絨毯の上には十数人分の椅子の列。
その広さは探偵社が図面と実際の社屋を照らし合わせて割り出した「存在しないはずの空間」とほぼ一致だ。
「皆様、本日はようこそ。どうぞお掛けになってお待ち下さい」
先ほどの視界の男が手のひらサイズの拡声器で呼びかけながら部隊の前へと移動する。常連と思しき客達は前もって決められていたかのように前列のそれぞれの席に腰掛けて、今日が初めてらしい者達がおずおずとその後ろに。思うところのあるダットンと、通を気取りたい何人かが後列に座ると扉は閉じられ、照明が一段階暗くなった。幕の前までたどり着いた司会の男は軽い咳払いをし、拡声器越しにささやき始めた。
「さて皆様。単刀直入に参ります。今回私どもが自信を持っておすすめするのは北方の奇跡。魅惑に溢れた赤と黒の……」
(まーた何ちゅうバケモンを外に出すんだ……)
司会の男の売り文句の最初を聞いただけでダットンは小さく舌打ちする。紅色の肌に漆黒の髪を持つカラニァ人は、分泌物や排泄物全般に殆どの種族にとっての麻薬成分が含まれるため、連邦設立以前からその出入国は厳しく制限されており、だからこそ、こういった非合法の渡航や取引が後を絶たない。
「……味わい尽くすと言うことは、この度に限ってはあり得ないと申しましょう。皆様にお届けするため八方手を尽くした我々ですら、正直この入札には参加したいほどであり」
単刀直入などと言いながら司会の男の弁舌は止まるところを知らない。実際、捕食動物を先祖に持つカラニァ人はしなやかで精悍。およそどこの文化圏でも美形で通る姿形なのだから、それを売る側にも力が入るだろう。
(わかったよ、さあ早く出せ)
会場内の興奮が高まる中、ダットンもまた身構える。
上着の第四ボタンを操作し、短波信号を送れば、目立たぬように客に紛れて潜入した探偵社の調査員と、さらに屋外に密かに展開した武装班が踏み込んでくる手はずだ。
奴隷取引が違法であるこの州で、国外への渡航制限のあるカラニャ人の売買が行われている現場を押さえられれば、いかに有力者揃いだろうが探偵の強行突入の弁は立つ。
「ともあれ、百聞は一見にしかず!さぁご覧下さい!!」
司会の合図に合わせ、その後ろの幕が揺れる。売り手、買い手、探偵、三者それぞれが簡素な幕が上がる様を見つめながら鼓動を早めて……
「奴隷なんぞよりワシの怒張を見ろーーッ!!!そして買えッー!要らんかねェーーーェ?!??!!!」
なんたる事か!仰々しくも上げられた幕の向こうからまろび出たのはカラニァ人でも美形でもない中年男の一糸纏わぬ艶姿!欲にまみれた俗物どもに汚れまみれの逸物を大開チンし、あまつさえ呆気にとられる司会の男から拡声機を奪い取るや、己が後臀にあてがって恐るべき放屁の大音響を会場全体に爆轟せしめた!!阿鼻叫喚の悪臭地獄と化す秘密の取引会場!しかし、数多の修羅場をくぐって来た会場の警備は何とか正気を取り戻し、取り出したる拳銃で男に向けて次々に発砲!男の独壇場は満開の血花を散らして文字通りの幕引きとなり……
「銅獅子探偵社だ!全員動くな!」
「うわッ」
予想外の惨状に完全に忘我の境地に到達していたダットンは、次々と突入してくる同僚達の叫び声でようやく我に返り、自分のすぐ横をすり抜けて逃げようとしていた小太りの夫婦連れを、それぞれ手刀の一撃で昏倒させた。
「見事なもんだな、ダットン」
「えっ」
「人質に取られないように先に騒ぎを起こして、まず制圧か。」
「お、おう。」
突入してくる武装班からの賛辞にも、ダットンは生返事しか返せなかった。
こうして、銅獅子探偵社による違法な奴隷売買の摘発は成功裏に終了した。騒ぎに驚いて奥の部屋で固まっていたカラニァ人達も保護され、政府の用意した違法渡航の特異体質者向けの
冊子ー身体特性で必ずしも相手を支配できるわけではなく、却って搾取、解剖、捕食などのより大きな危険を呼ぶ可能性がある、と言った他愛もない内容のものーを持たされて帰国便に押し込まれた。メドガ材木通商の取締役も別働隊が残さず逮捕するだろう。
報告書に記載されたこの作戦での重傷者、死傷者は合わせて六名。武装班二名が銃弾を受け、扉を蹴破ろうとした調査員一名が骨折。抵抗したメドガ通商の警備員三名が武装班に射殺された。しかし、潜入調査員のダットン・マーシュも含めた何名かの証言の中に登場した素性不明の中年男については、殺人の余罪を追求されたくなかった射手が口をつぐみ、また現場に何の物証もなかったことから、高揚する密室内で発生した集団幻覚の類であると片付けられた。