3:新天の川コングロマリット 惑星ルベラ58奪還作戦
汎銀河文明も何度目かの千年紀を迎えて円熟の域に達した頃。独自に開発したノンラグ通信で流通と情報網の全てを掌握し、銀河政府や議会など単なる追認機関に追いやるまでに栄華を極めた先進企業連合・新天の川コングロマリットは、未知の宙域であったクォーサー溝から現れた敵対的な文明との全面戦争の最中にあった。
コングロマリットの命名規則によってシンヴォードと名付けられた彼らには、これまで傘下に従えてきた二千五百あまりの種族と文明に有効だった外交プロトコルも、商取引の術も意味を成さず、戦況も泥沼の消耗戦の様相を呈していた。
辺縁星系の惑星ルベラ58。四世紀前の開戦直後に制圧された植民惑星の一つであり、コングロマリットの実力行使機関である「セキュリティ部」が現在展開中の「ヴィン・サント作戦」の重要な攻略目標の一つだ。
大小様々の船艇が参加した制宙権を巡る熾烈な砲戦を経て、巡洋艇とモニター艇からの軌道砲撃で作られた橋頭堡に揚陸艇が着陸し地上軍が侵攻。第二軌道集団と三つの百人隊がシンヴォードの群落と打ち上げ基地の破壊を目指して陸路を進む。
そのはるか上空では砲艦と入れ違いで展開した揚陸母船『ノーマン・ポマード』が、ポッドによる強襲降下に向けて準備を進めていた。
スルードヴァン百人隊に所属する強襲降下兵の一人、DG-477はブリーフィングを終えて降下ポッドに乗り込んだ。全身を覆うアーマーがポッド内の座席と接続され、衝撃制御のためにロックされる。
『DG-477。本日最初の出撃、頑張りましょう。作戦目標は惑星掃討のための航空拠点の構築。すでにコランフォ、メルファル、ケンヴモッツの百人隊が地上に展開し、交戦中です。我々スルードヴァン百人隊は彼らを支援するため進行方向と反対側から強襲降下し浸透攻撃を行います。』
DG-477のヘルメット内に優しげな声が響く。声の主はアーマー内の首から脊柱部分に内蔵された仮想知能だ。兵士DG-477のアーマーに割り振られた仮想知能の名前はダバ。軍からDGの識別番号をもらって以来の古馴染みだ。
『地上部隊の進行が予定より遅く、本船への迎撃が予想されるため安定状態での降下は不可能となりました。この結果通常降下より部隊の拡散範囲が広がります。部隊の再結集までの多くの時間は単独行動になるでしょう。アーマーの全能力を発揮して下さい。本ポッドも準備が整い次第降下します。』
バイザー内に地形図、布陣、味方の進行ルートの矢印が次々と表示され、敵と味方を表す赤と緑の光点が点滅、最後にアーマーの全体を描いた線図と合わせて装備の一覧が表示される。ポッド内で充填中の重光学ライフル、指向性ブラスト、投影迷彩……強襲兵用に調整されたやや高性能のコマンドアーマーだけあり、地上で戦っている数百の兵士達が着る標準アーマーよりその装備は潤沢で、高性能だ。
「確認した。いつでも来い!」
『降下開始』
装備の確認終了の合図とほぼ同時にポッドが射出される。射出の振動から一瞬の静寂を経て、すぐさまポッドは惑星ルベラ58の大気に触れる。事前のプログラム通り大気圏突入を済ませば、バイザーに投影される天候、風速、降下速度の数値は問題なし、強化樹脂製の小さな窓から見える空の様子もいつもの強襲降下と変わらず順調だ。
シンヴォードとの戦いはむしろ、降下した後が問題だ。こちらの攻撃に遭わせて次々と習性や耐性を変化させるシンヴォードの只中に突入し、百人隊の仲間と合流し、戦局を打破しなければならない。
自動操縦による着陸までの数十秒で戦況を再確認しようとDG-477がバイザーのメニューを表示したその時、オレンジのランプが点滅し、やや低めの警報音が鳴り響く。ポッドの外気センサーの異常検知信号だった。DG-477は困惑。ルベラ58の大気はきわめて安全であるし、軌道からの強襲降下にBC兵器使用デの迎撃など前代未聞だ。そもそも与圧されたポッドとアーマーの二重の防御で毒ガス・細菌の類など効果はゼロだ。では何が?
「強襲降下に対抗して……口臭強化ーーーーーッ!!!!」
ああ見よ!DG-477を乗せ地上へと迫る降下ポッドのすぐ隣には、いつの間にやら全裸の中年男という慄然たる随伴者の姿があった!身体中の贅肉を、あるいはまばらな薄髪を、そして粗末な局所を自由落下の風圧で嵐の海原のごとく震わせながらも、奇怪も極まる独特の空中泳法でポッドに迫った男は、接吻するが如くその顔を寄せるや喉奥よりの臭気で強化樹脂製の窓一面を曇らせる!!高鳴る異常外気警報!腐食成分も検知され薄紫のランプが点灯!衝撃緩和のため、アーマー各部がポッド内部にロックされているDG-477はその地獄絵図を直視するほかない。絶体絶命!しかし、地表85メートル地点に到達した降下ポッドは軟着陸のため慣性制御ダンパーと使い捨て燃料の逆噴射を開始!ポッドの急激な減速を受けて、全裸であるがゆえ何の推進装置も持たない中年男は弾き飛ばされ、回転しながら遠ざかり、戦場の砂塵の彼方へと消えた……
途中に珍事こそあれ、スルードヴァン百人隊の強襲降下はおおむね成功裏に終了した。分散し降下した精鋭達の的確な攪乱攻撃が主力を見事に押し上げ、大陸西端の発射基地を全て破壊できた新天の川コングロマリットは大型の輸送船が離着陸できるスペースを確保。
これにより大気圏内用の空軍力も動員可能になり、惑星全域の掃討へ向けて大きな足がかりを築く事に成功、『ヴィン・サント作戦』は今後も順調に進行するだろう。
地上部隊に下された交代指示に従い、ノーマン・ポマードに戻り一時休息地へ向かうスルードヴァン百人隊には、死線をくぐり抜けたDG-477の姿もあった。彼が仮想知能の入力アシストを受けながら作成した戦闘レポートには、降下中の外気異常と腐食物検知に関する警報について「誤作動」とだけ記載されていた。