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Journal.7 ~助けたいと思った。後悔はしていない~

?「テンポは死んだ。もういない。貴様の構成力では、投稿期間を引き伸ばすだけだ!!!」


私「ぎゃあああああああ(消し炭土下座)」


はい。なんとかならんかと無い知恵と文才を絞ってはいたんですがね。

諦めました。説明パートを挟みます。誠に申し訳ない。

だってこのままだと主人公だけじゃなく読んでくれる人にまでノムリッシュ翻訳してもらうことに、、、。

これだけ投稿サボっておいてこのザマかとの落胆はもちろんあるかと思います。

ひとえに私の努力不足です。

重ね重ね、申し訳ない。


 遠方、先程の探知魔法で人間サイズの反応を検知した方角から轟いた爆音に足元を揺るがされ、思わずリラはバランスを崩してつんのめる。

「なにごと!?」

「落雷…ではないな。昨日の昼間と同じか、それ以上の揺れだ」

「にゃう、ぅ…また、怒ってる声するニャ…」

 驚き、身構え、怯え、立ち止まった三者がそれぞれの反応で振り向くと、慌ただしく空を飛び交う野鳥越しに、遥か遠くで天高く黒煙が立ち昇っているのが視界に入る。木々や地形のせいで正確な距離が掴み難いが、リラが探知した750メートルより更に遠い位置のようだ。

(木が邪魔で火災らしいものはここからは見えないけど、あの煙は…色を見る限り何かが燃えてるのかな。空に積乱雲は見えないしカミナリじゃない。今の振動と音からも考えて、何かの爆発…?これだけ離れてて地面が揺れ…あ、これアイデアロール成功しちゃった感じ…?)

「リラ」

「うん、わかってる。コレは払うべき火の粉だよ。じゃないと寝泊まりどころじゃない。…まぁ、友達のボブ曰く、日本人にはSAN値なんて無いからね」

 低い唸り声に短く呼ばれ、リラは思案顔で頷く。はっきりと見たわけでないため断定は出来ないが、爆発だとすると相当な規模だと思われる。間違いなく個人が携行する火薬程度で起こり得るものではない。あり得るとしたら何かの施設の爆発事故か、それこそ明確な破壊の意図を伴う爆撃か、だ。

 どちらにせよ、できれば日が暮れる前に一夜を明かせる安全圏を確保したいリラにとっては、まさしく凶兆以外の何物でもない。もしかしたら、草原で出会った帝国軍が件のテロリストと交戦しているのかもしれない。そうであれば近付きたくない気持ちはあるが、何れにせよ負傷者が出ている可能性に思い至った時点で、彼女の頭からは現場を見に行かないという選択肢は消えていた。

「…2人とも、さっき捕捉した4人との距離はわかる?それとナイトはコレ被っといてね」

 問いかけながら魔石から取り出した黒いローブをルークの背中に投げ渡し、抜刀したときから宙に浮き続ける魔導書の挙動を確かめるように、触れるか触れないかの位置で手を翳して振り回す。厳つい銀細工の装丁がブンブンと鈍い音を立てて虚空を踊った。何の種も芸も無い通常攻撃モーションだが、鈍器として使うに十分な威力は出せそうだ。

「腐臭が強いな、正確な距離は測れぬ。だが…血が増えたか匂いが濃くなっている」

「うにゃ…近いほうが、ベヒモスがいるって怒ってるにゃぁ…。3人で、たたかうって言ってるニャ」

「ほう…?」

「…君たちほんと優秀だよね。でもルークは少し落ち着こうか。腐臭はともかく血が増えたってことは…ナイト、優秀ついでに訊くけど、その人たちが何かと争ってるような音は聞こえた?」

 濃くなった血の匂いと、1人少ない頭数。新しい2つの情報に、医者の卵としての職業病に近い勘が引っ掛かった。というのも、もしリラたちが捕捉している者たちが彼女たち以外の害敵と遭遇し、切り抜ける過程で新しく返り血を浴びたなどでもないのなら、発覚からここまでの短時間で、増えたとわかるほどの血を流しているということになる。そして、目視かどうかはわからないにせよ、軍人が気後れするほどの猛獣であるベヒモス(ルーク)を捉えられる距離に来ていながら、逃げるのではなく迎え撃つ方針にも拘らず1人分の戦力を意味無く出し惜しむのは些か不自然だと思える。

 つまり、向かってきている者達の誰かが既に手負い、それも速やかな離脱も全力での抵抗も難しい重傷者である可能性が出てきたのだ。

「にゃあぁ…ガチャガチャしてたけど、ちいさな音でたたかってたようには聞こえニャイにゃ…。たぶん、ヨロイだと思うにゃよ」

 分厚い漆黒のローブに包まり、少しの安堵と共にナイトは答えた。それを聞いて疑念が確信に変わったリラの表情が強張る。

 怪我人が居るのなら、相手が誰であれ手当てをしたいしするべきだとも思う。思うが、状況的にそれは可能なのだろうか。

(強盗なんかの襲撃ってだけなら、貿易と両替で貯めに貯めたインゴットでも投げつけて交渉材料にしようって思ってたけど…。お互い警戒し合ってる中で医者だなんて名乗ったとして、素直に診せてくれるものかな)

 前世では、医者という存在は肩書きだけで大抵の人間からは一目置かれるものだった。なんなら医者を目指していると自己紹介するだけで一定以上の信用を得られることも少なくなかった。

 だがそれは、現代に至るまでに研鑽された医学のノウハウと、それを開拓し洗練させてきた先人達の実績を礎として成り立っている。そしてその礎が、〝秩序〟という揺るぎない大地の上にあることで、初めて医者は医者として信用され、生命を預かることが出来るのだ。

(もしもこの世界での医療が、四体液説を基礎としてた時代のそれと同じだとすると、私の知識は間違いなく異端の迫害対象だし…そうでなくても、異世界特有の私が知らない医療技術がトレンドだとしたら……うん、異端だわ。まいったなぁ、どう転んでも魔女裁判待った無し。……うん、魔女(魔法使い)だったわ)

 この世界に於ける医学の主流がわからない。それはまさしく五里霧中の只中で遭難した気持ちであった。目的だけは明確なのに、そこへと辿り着くための道や方角どころか、周りがどんな地形でどんな障害があるのかも判然としない。

 敵対意識さえ抱かれていなければ、言い包める余地は残る。しかし、一度警戒されてしまっているとなると、そう簡単に身体を診せてはくれないだろう。自分だってそうだ。

「はー…思い出すなー、レギメンの勧誘合戦。とりあえず、ルークはたとえ攻撃されてもやり返しちゃダメだからね。守りに徹してさえくれれば、あとは私が何とかするから」

 現状で可能性だけを考え続けると埒が明かない。ならば行動することで埒を明けるのみ。構図は帝国軍の部隊と対峙したときと似ているが、幸いなことに今回は相手の規模が小さく、こちらも戦闘装備ということもあり、その分だけ発言する内容とタイミングに幅は利かせやすいだろう。

 剣呑な眼差しで林の奥を睨み続けるルークを、それとは対照的な邪気ない顔で見上げるリラに、ルークは何も言わず、目を細めて一瞥だけを返して低く唸った。

 その唸り声を、納得はせずとも肯いたと判断し、リラは林へと進み出る。進み出て、右手に持っているスモールソードを、構えること無く手放した。手を離れ、細い鋒を地面に突き立てた剣から敢えて距離を取り、目と耳、女の勘、そして女子力、持てる感覚のすべてを研ぎ澄まして、接触の時を待つ。

「ねぇ!聞こえてる?返事はしなくていいから、聞こえてるならそのまま聞いて」

 やがて、木々の葉擦れに混じる微かな金属音と、鬱蒼とした茂みの影に反射光と思しき揺らぎを確認したところで、明瞭なソプラノを張り上げてまずは対話を試みる。怪我人が居ると仮定して、その容態がわからないため、あまり悠長なことはしていられないが、ここで下手に急いでは事態は悪化しかしない。

「私たち、訳アリで旅してはいるけど争うためにここに来たんじゃないの。後ろにいるベヒモスも私の友達で、見た目は怖いけど話は出来るし素直なコだよ。だから、こっちから急に襲ったりなんてしないから、私たちのことも襲わないでほしいの。なにか欲しいものでもあれば、言ってくれれば都合が―――」

 都合がつけられるならそうする。と続くはずだった呼びかけは、横から聞こえた鞭で叩くような乾いた音と、その音に振り向いたリラの顔面めがけて飛来した何かを、彼女の鍛えられた動体視力が視認したことによって遮られた。

「―――ッ!」

 反射的に首を傾げ、飛来物をギリギリで躱す。背後で響いた重々しい衝突音に、リラは自分の顔から血の気が引いていくのを感じた。

 振り返り、一瞬前に見たそれが地面に転がっているのを見付ける。見た目には何の変哲も無い石であり、拾い上げると自らの握り拳程度の大きさで、それなりの重さもあった。飛んできた速さも考えて、普通なら当たりどころが悪ければ致命傷にもなり得た事が予想できる。

(人の顔に向かって投げていい大きさじゃないでしょ、これ…。指弾にしては大きい…スリングかな)

「…ルーク、ダメだよ。お願いだから耐えて。今動けば相手を逆撫ですることになる」

 命中こそしなかったものの、念の為インベントリから布切れと消毒作用を持つ薬液の試験管を取り出し、中身を染み込ませて頬に充てがいながら、今にも吠えて駆け出しそうなルークの巨腕を撫でて静かに制止の言葉を掛ける。少なくとも、警戒されている以上ある程度の先制攻撃くらいは想定の範疇だった。

「もう一度言うよ!私たちは争うことが目的じゃない。貴方たちが何かを欲しがってるんなら、その要求に応えてあげる用意がある。まずは、何か話してくれないかな?」

 頬の状態を確認し、姿を見せない相手に語りかけながら、布切れを仕舞うついでに純金の延べ棒もいくつか取り出す。黄金というものにどれほどの市場価値があるのかはわからないが、かつては鉱山で生活していたナイトの一族が鉱物資源で生計を立てていられたのだから、化学的にも優れた性質を持つ貴金属である純金が二束三文ということは無いだろう。

「とりあえず、これ通行料ね。足りなければ言って。他にもキズぐすりや、お腹すいてるなら食べ物もあるよ」

 手にした金塊を、石が飛んできた射線から逆算した方向に放り投げ、反応を待つ。これだけで友好が買えるとは流石に思ってはいないが、物資と財を持っていて戦意が無いことが伝われば、少しは対話に応じる気になるかもしれない。対話とまで行かずとも要求を聞き出すことは出来るはずだ。

「………」

 待つこと数分、追加で何か投げ込もうかとリラが考え始めた頃、雑木を掻き分ける音に混じってプレート鎧が軋む音が聞こえ始め、木の陰から使い込まれた甲冑を纏う戦士然とした巨漢が革紐を片手に姿を見せた。

(釣れた。顔は大体アラフィフってとこか…ヤダ、イケメン。鎧は傷んでて右足が…アーマー脱いで止血はしてあるけど血が滲んでる。息が上がってるのを隠そうとしてるけど呼吸は浅いし足取りも右足を庇い切れてない。…疲労と脱水、他にも見えてない傷があると見るべきかな)

 彼はリラが一目見て判るほど、憔悴していた。彫りの深い顔に脂汗を浮かべながら、古傷の痕と共に眉尻を釣り上げて、涼し気な顔で観察してくるリラを睨み返している。

「っ…く、すり…」

 場違いなほど穏やかな顔色を浮かべる少女と低い姿勢を保つ猛獣という奇特な取り合わせを訝しんでいるのか、警戒の色の濃い視線で両者を見比べて、やがて男が唇を震わせながら呻くような声を絞り出した。

「薬が…あるというのは、本当か…?」

「本当だよ。生きてさえいれば、死なせないための知識と技術と女子力もね」

 言って自らの右頬を指さしながら、もう片方の手で黄色い治癒薬(キュアポーション)の入った試験管をクルクルとペンを回すように弄って見せる。先程の消毒に用いた薬液に比べて透明度が高く、店売りのものでは最高級のポーションだ。

「私、こう見えて結構勉強してるの。だから、もし怪我人や病人が居るのなら、私に診せてもらえれば尽くせる限りの手を尽くすよ」

「…タダで、か?」

「まさか。それだと貴方たちだって信用出来ないでしょ?だから、さっきも言ったように取引しようって話。こっちからは医療と物資を提供できるから、そっちからは私たちへの安全と周辺の情報を提供してほしいんだよ。さっきの爆音の話とかね」

 まるで肉食動物のような威嚇の眼差しを向けてくる鎧の戦士に、にこやかな微笑みを返しながら、持っている試験管を投げ渡す。放物線を描いて届いたそれを、リラから視線を外さぬまま受け取ってみせた辺り、先程の投石といい、リラが思い描いていた強盗(チンピラ)に当て嵌まる素人ではなさそうだった。

(逆に言うと、そんな人がここまで追い詰められる何かがあった…か。つくづく乱世だねぇ、まったく…)

「どうかな?一応、そのキズぐすりは私が暮らしてたところでは結構な高級品でねー。CT(クールタイム)…用法・用量さえ守れば副作用も強くないはずだし、簡単な外傷だけなら患部に塗るだけで治癒させられるよ。それとも、解呪や体力を直接回復できるほうがいい?」

 内心では何度目かの辟易した溜め息を吐きつつ、穏やかな笑顔のまま新たに取り出した紫と赤の試験管をそれぞれ指の間に挟んで揺らす。赤の回復薬(ヒール)はともかく、紫の解呪薬(ディスエンチャント)の効能については、この世界に〝呪い(エンチャント)〟にあたる現象が存在するとしてそれに有効という確証は無いが、フレーバーテキストに準拠するという仕様上、応用しようと思えばいくらでもできそうである。交渉の引き合いに出しても問題は無いだろう。

薬師(くすし)か…。この薬が、安全だという保証は…?」

 受け取った試験管を一瞥し、やはり完全に信用は出来ないらしく、男は疑いの色が濃い眼差しをリラに向ける。切羽詰まった者特有の、半ば疑心暗鬼に囚われた眼だ。

「お前が薬師だとして…何故、俺達を助ける…?村の駐在…でも、ないだろう。こんな僻地に、何をしに来た」

 警戒と敵意、そして僅かばかりの恐怖だろうか。視線から滲む威嚇の圧力はそのままに、男の声が微かに震える。剣を手放しほとんど丸腰とはいえ、薬を生業とする者なら、そもそも剣など振るわず毒で仕留めに来るかもしれないと考えているのだろう。手負いの身であればその可能性を恐れるのは尤もである。

「いやー…話せば長いんだけどねー。無理くり要約すると、放り出されて連れ出されて逃げ出して、イマココ。…かな?」

(まぁ、理論上(フレーバー)では安全とはいえ認可受けてないし本当に安全かどうかを試す意味でも使ってほしいんだけど……。やっぱり山賊退治みたいな山狩りとか思われてるのかな。言ってもスペル職のヘイト分散用装備なんだけど…それともルークみたいにドラゴン素材ってバレた?…だとしても、それはそれで蒐集癖のある商人って意味で資産のアピールになる。…おけ、それでいこう)

 頬を人差し指で掻き苦笑を浮かべ、嘘にならない程度にぼかした説明で答えながら、リラの頭の中では後に続けるべき言葉と和睦の足掛かりとなる算段とが飛び交い、選択され組み立てられていく。戦闘装備とはいえ、彼女が所有しているアイテムは、デザイン性の高い世界観で人気を得ていたゲームの装備であり、現在着用しているドラゴンセットも、その例に漏れずファッション勢御用達の美しい装いだ。知らぬ者が見ただけでは、そういう趣味で集めた珍品・名品という認識にしかならないだろう。であれば、旅する貿易商というリラが密かに目指しているRPの上でも都合が良い。

「私としたことがドジっちゃってねー。あ、遅くなったけど、私は薬売りのライラック。後ろにいるのが、私の友達で護衛のルークとナイト。実は、得意先のお遣いに行くとこだったんだけど、ちょっとトラブルに巻き込まれちゃってさ。地図も失くすわ軍に睨まれるわで困ってるんだよ。だから、できれば荒事は避けたいなー、なんて思ってる。幸い、手持ちの商品は無事だしね」

「トラブル…?連れ出されて、逃げ出したということは……人買いか」

(Oh…、またしても物騒な単語ががが。今の予測変換でトップがソレだなんて闇が深すぎるよこの世界…)

「あ、あはは…まぁね…。で、どう?持ってきたお金は全部取られちゃったけど、代わりに怪我の手当と換金前のお金になりそうな物とか、魔法で隠せたものなら譲ってあげられるから、私たちにも道と情報を譲ってくれないかな?」

 耳に慣れない怪しい単語には乾いた笑顔で答えつつ、年端もいかない少女の顔で小首を傾げて提案する。傍目には人懐っこい笑顔と映るその顔は、確かに冒険者や傭兵というより、奴隷商人が商品として欲しがるか弱い美少女そのものだった。だいぶ危険そうな内容ではあるが、相手の警戒を解くのなら、この勘違いは棚ぼたと思うべきだろう。

「……。…仲間が…傷を負って、薬と包帯が足りていない」

 やがて暫し逡巡するように口を噤み、改めて若い薬師の全身を眺めた後、男は安堵に似た嘆息と共に言葉を吐き出した。説得の甲斐か、それとも気力の限界か。傍の木に背を預け浅い呼吸を繰り返しながら、いくらかトゲの取れた視線をリラに向け、林の奥を親指で指し示す。

「刀傷と…ゴブリン共の毒矢だ…。俺も、膝に受けてしまった…。おそらく、トリカブトだ」

「…ふむ、とりかぶ…ハァ!?トリカブト!?はぁ!?」

 ようやく軟化した男の態度に息をついたのも束の間、その口から出た聞き流せない単語にリラの双眸が見開かれた。同時に、声を荒げるあまり甲高い奇声となったソプラノが辺りに響く。ただの外傷の手当てで済むと思っていたが、毒に侵されている患者がいるとなると、話は変わる。

 トリカブトに限らず、自然毒というものは、その殆どが高い致死性を持っている。どれだけ医学が発達しても、これらの自然毒を事故や誤食によって摂取し死者が出るという事例は、転生前の世界でも決して0には出来ていなかったほどに。

(猛毒の筆頭ってかラスボスじゃないの!よくそんなんで立って歩けるね!?…あーもう!)

「先に言ってよ!なんでそんな悠長なの」

 言いながら、流石に慌てた様子で鎧の男に歩み寄る。その手には、透き通った赤い薬液で満たされたフラスコが握られている。

「それで、毒矢を受けたのは、この膝?」

 男の傍らにしゃがみ込み、粗末な包帯が巻かれた患部に触れる。見た目通り、ろくな処置はされておらず、血の滲む包帯越しでもわかるほど、そこは熱を持っていた。

(止血は…軟膏(ワックス)と太腿の止血帯…強引すぎる。血の色は濃くて黒い…ってことは静脈出血。大伏在静脈(GSV)か。容態を見る限り中毒への処置は…どうやってかはともかく対症療法で辛うじてってとこね)

「ちょっと染みるかも。じっとしててね」

「いや、俺は…まだ大丈夫だ。それより…」

「はいはい。先っちょだけ、先っちょだけ」

 まるで女子高生に事を迫る中年男のような、構図の上では真逆というべきセリフを吐きつつ、僅かな思案の後、手にしたフラスコの栓を抜き、中身を包帯の上から一滴だけ垂らす。大腿部分の止血帯を先に解かなかったのは、この薬を使うなら、乱暴とはいえ血の循環を止めている間に済ませてしまったほうが良いと判断したからだ。

(HPとSPを最大値まで回復させて状態異常も同時に治すTier10製作POTの完全回復薬(霊薬・エリクシル)…まさかこれが効かないなんてことは無いよね。……資産のアピール以上の印象を与えそうだし、急な回復で変な影響が出ないとも限らないけど、人の生命が懸かってる以上は背に腹は代えられない。少なくとも、フレーバーと錬金術師(わたし)の知識にある通り副作用(CTと汚染)にさえ気を付ければ、人間に使っても問題ないはず…)

「…ん。塞がったかな。コレ解くけどいいよね?答えは聞いてない」

 呆気に取られる男を尻目に、言葉通りに何かを言う暇を与えず雑に巻かれた包帯を手早く解いていく。キツく巻き付けられた止血帯は結び目が固かったので、先程から手放したまま放置していた剣を拾って切り取った。

「うん、治ってるね。鬱血も…無い。ちゃんとした医療機関にはあとで受診するとして…どう?一応は解毒も出来てると思うけど、息苦しさとか吐き気はある?」

 果たしてリラの言う通り、その膝はそれまでに流れた血で汚れてこそいたが、傷口らしいものは跡形も無くなっていた。これなら、負傷中に消耗した体力(HP)気力(SP)も同様に回復出来ているだろう。問題は、ゲームだった頃の通りに毒などの外的要因による〝異常〟も解消できているかどうかだ。

「な、無い。さっきまでの苦痛が嘘のようだ……。その薬は一体、何が…」

 何が起こったというのか。とでも言いたげに、自分の身体を見下ろしながら男が呟く。霊薬を垂らされた右膝以外の傷も全て全快したことで戸惑っているのか、開いた口が塞がらないようだった。

(あー…。やっぱり魔法がある世界でもさすがにファンタジック過ぎたかな。高Tier帯となると、POTのテキストも治療っていうか概念の上書きみたいなトコあるもんねぇ。私自身もびっくりだよ、こんな万能治療薬。ともあれ、薬もフレーバー通りの有効性がこれで証明された。…はぁ。〝人間〟にエリクシル使うサブクエの読み物、ちゃんと読んでてよかった)

「おけ。じゃ、なにか体調の変化を感じたらすぐに言って。すぐにね。それじゃ、お仲間のとこ行こうか。あ、でも…」

 言って立ち上がり、次の傷病者を救助しに向かうため男に肩を貸そうしたリラだったが、不意に、人差し指を頬に添えた思案顔を浮かべて、大分高い位置にある初老の顔を見上げる。

「…ねぇ、貴方の身長ってどのくらい?」

「6ft(フィート)と少し…だが」

(まぁ、身体尺だよねぇ。誤差も加味して目測では約2m…と)

「……。ルーク、急ぎたいからちょっと手伝ってー」

 思案顔から渋面になり、1m半程度の小柄な少女が後ろを振り返り巨獣を手招く。完治はさせたはずとはいえ、一滴で死にかけの人間を治療してしまうような劇薬を使った後である。経過の観察という意味でも、できるだけ負担をかけずに移動したい。

「急ぐだと?…まさか、儂に担がせるつもりではあるまいな」

 のっしのっし、と4足で歩み寄ってきたルークは、唸ってこそいなかったが、その重低音は明らかな嫌悪感を伴っていた。クセの強い出会い方をしたリラとは違い、先程まで敵意さえ抱かれていたということもあり、そんな相手を担いで運ぶという事には、納得出来ないと言いたげな様子が伺える。

「なっ…しゃべ……今のは、このベヒモスが喋ったのか…?」

 自身の肉体が謎の全回復を遂げたことへの疑問も消えないうちに、新たな未知との遭遇を果たし、戦士の顔が引き攣った。やはり、人語を話す動物というのは、この世界でも相応に珍しいものらしい。

 警戒も露わに細長い口から牙を剥き出すルークと、驚きを言葉にしてからその口が閉じなくなった男を交互に見遣り、ルークへは少し曖昧な苦笑を、男へは他所行きの笑顔をそれぞれ向けて、リラは黒毛の猛獣の首根っこを解すように撫で擦る。

「言ったでしょ?ちゃんと話は出来るって。ねぇルーク、昨日の私と一緒だよ。お互いに敵対する理由はたった今、無くなった。そしてこれからも敵対しないために、ここは私の顔を立ててほしいかな。ナイトもそれでいいよねー?」

 逆立てられた剛毛を寝かせるように撫でるリラに声をかけられ、ルークの背中で丸まっているローブの中から、不安を表すように耳を寝かせたナイトがオドオドと顔を出す。リラのことは信じているが、それでも恐怖は拭いきれていないといった様子だった。

「にゃぁぅ…コワイこと、無いニャら…」

「大丈夫。そんなこと無いし、あったとしても私が何とかしてあげる。女子力・嘘・ツカナイ。コレ・レギオンノ掟。背いた者には私の独断と偏見によって人が居ない時間帯にマルチIDのボスラッシュをハムスターするという厳罰が課されます。リアフレだったら恋の2-4-11を近所の公園で一緒に踊ってもらいます」

 怖々と畳んだ三角耳を震わせるナイトに、リラは憂いの無い澄んだソプラノで語りかけながら、狭い額を人差し指で優しく撫でる。そうやって、いくらか安心したようにゴロゴロと喉を鳴らすナイトに目を細めてから、次はルークに。

「こうしよう。言う通りにしてくれたら、晩ごはんをちょっと豪華にしてあげる。…そうだねー、山の中だし、キノコのガーリックソテーをサーモンステーキに添えちゃうなんてどう?」

 まるで日常的な世間話をするように屈託なく笑いかけ、首から頭にかけてを腕全体で揺らすように強めに撫でて剣呑な態度を解していく。常軌を逸した巨体に違わず、常軌を逸した食欲を誇るルークであれば、この条件は無視できないだろう。

「……美味いのか?」

「女子力に懸けてOFC(もちろん)♪なんなら花京院の魂も賭けよう」

 そんな自信に満ちたウィンクとともに、首元をくすぐる細い腕に毒気を抜かれてか、或いは食い気が勝ったか。渋々ながらも、口の端から唾液をわずかに滴らせつつ、ルークはようやく牙を収めた。不機嫌そうに喉を唸らせ、未だ混乱の渦に囚われたままの戦士を肩に担ぎ上げて、背中から転がり落ちるナイトに構わず立ち上がる。

「…何ぞの魂になど興味は無いが、飯が美味くなると言ったこと、忘れるな」

「っとっと、はいはい。その仏頂面で顔芸しちゃうくらい美味しくしたげるよ。こんな具合に。にや~~ん」

 言いながら、抱きとめたナイトの口角を指で釣り上げて、作ったニヤケ顔で「ニャ~~ン」と鳴くネコ顔をルークへ向ける。無駄に息の合っている二人に、ルークは短く鼻を鳴らして歩き出した。

「血の気を辿り進むが、方角に相違は無いな、人間」

「あ、ああ…。俺が来た道を真っ直ぐだ」

「……()なんて無いけどね。ネズミ取りがあったらツチノコ捕れそうなくらいに」

 大柄な成人男性を担ぎながらも、事も無げにジャングルを進み行くルークの後に、進路の草を剣で払いながら、ナイトを抱えたリラが続く。

小鬼(ゴブリン)…って言ってたっけ。私の中では、その筋の人ならワンパンで蹴散らせる小物ってイメージだったけど…どう見てもその筋の人が蹴散らされてるんだよねぇ。オーガがいるってのと関係あるのかな?…ゴブリンの上位互換で指揮能力が高いシナジー持ちとか?…あるいは、ゴブリンが小物っていう認識がそもそも間違ってるのかも。いずれにせよ、1つのPTが敗走…か)

「ねぇ、ナイト。ゴブリンって、戦うのが得意な生き物なの?」

「にゃあ?トクイかはわからニャいけど、暴れんぼニャ。リラより小ちゃいけど、色んなものコワして喜ぶにゃあ」

「そっか。…壊して喜ぶ、ねぇ」

「ふん…。儂に言わせれば、稚拙極まる野蛮の群れよ。数こそ多いが、それだけだ。力も能もありはせん。戦上手という言葉に縁があるとは思えんな」

 気難しく引き結ばれた唇から漏れたリラの呟きに、これまた気難しそうなバリトンでルークが応えた。彼にしてみれば、ゴブリンとオーガが群れたところで物の数ではないのだろう。数の暴力という言葉もあるが、逆にそれはそれで、密林という地形の使い方次第では弱点になるとも言える。ルークが言うように、戦略としての理論や戦士としての技能を持たないのなら、一定の経験さえ積んでいれば憂慮すべき問題とはならないように思える。

(なら、この人たちの敗因は単純な油断か、女子力の欠如?…そんなヘマをしそうなNoob(素人)には見えないけど―――)

「………紛い物」

「―――え?」

 不意に聞こえた力無い呟きに、リラは思わず足を止めて発言者を見上げた。だが、当人を担ぐルークは変わらぬ歩調で、横から迫り出した木の枝を圧し折りつつ進んで行く。

「あ、ちょっと待って、今のなんて言ったのー」

 足を止めただけ離れた巨躯を、気持ち慌てて追い掛ける。足元の段差を飛び越えた拍子に長いマフラーが高い位置の枝に引っかかり、首が締まって少し涙目になった。

「ぐえぅ、ちょっと…待って、本格的に待って。取゛れ゛な゛い゛」

「あれは、普通ではなかった…ゴブリンの紛い物、というのも正確ではないが…」

「ムッ、ンむ…っホァイ!けほっ、ごめ…もっかい言って」

(ほつれては…ない。よかった、さすが勇気ルートの神格装備。頑丈だわ…)

 軽く首を吊りつつも、振り上げたレイピアで自由を取り戻した首を回しながら、早足でルークに追い付いたが、その間の発言はよく聞こえていなかった。首元のマフラーをナイトに整えてもらいつつ、草刈りを再開する。

「信じられないかもしれないが…魔法を使ってきたんだ。いや、それだけなら、どこかで略奪してきた魔導器を用いたとも考えられるが。…奴等は、その魔法に合わせた陣形のようなものを成していた。まるで、ゴブリンに似せた別の何かに、我々が狩り立てられている感覚だった…」

「あー、紛い物ってそういう…」

 草を刈り進みながら、リラは短く嘆息し、呆れにも似た感情を人知れず吐き出した。

(三つ子の魂なんとやら…か。一生どころか、生まれ変わっても抜けないもんだね)

 だが、そんな自分の未練がましさは、苦笑で思考の外へと追い遣る。初めてではない、じきに慣れる。と。

(とりま、この際だし知らない単語はさておくとして。つまるところ、よくわからないユニークMOBを引いちゃった、と。そうなると、聞ける話も限られるかなぁ。あの爆発との関連性くらいだね。…と、そろそろか)

 やがて、風に乗って微かに漂ってきた湿った鉄の匂いに気付き、リラは意識を正面に向ける。何はともあれ、話を聞くのは、話せる状態にしてからだ。抱えていたナイトを地面に降ろして、レイピアと本を鞘に収める。

「そこだ、ベヒモス。…カイル!警戒しなくていい、薬師だ」

「よし。先攻はもらった、私のターン!」

 言うなり、リラは突然、真上に跳んだ。直立状態で5m強はあるルークの頭を軽々と越え、その向こうの目標(ターゲット)を俯瞰で枝葉越しに視認し、注視(ロックオン)する。

(…3人、全員ちゃんと範囲内。本当は武器の適性だけど、包帯法(ドレッシング)が回復以外に応用できたし、いけるでしょ)

 標的を視界内に収め、跳躍の最高点に達したところで、更に上へと瞬間移動(ブリンク)。姿が掻き消えたと思った直後、一番手前の折れた剣を構えている男の頭上で、コルク栓を抜く乾いた音が聞こえた。

「爆ぜろ霊薬!弾けろ女子力!疾病退散☆(バニッシュメント・)お薬出しておきますね(ディスオーダー)!」

 開栓の音とほぼ同時に、恋がしたい中二病患者のように叫ぶソプラノ。その美声の主であるリラの手から、一滴ずつ、3つの標的へと、エリクシルの雫がそれぞれ吸い込まれるように飛んでいく。

 武器適性・投擲―――本来は、近~中距離での手数を稼ぐために前衛の軽戦士職がよく使う武器種の適性だが、とあるイベント装備の投擲武器に『投擲用メス』なる武器があったために、某モグリの天才外科医に密かな憧れを持つリラは魔法職でありながら、この武器種を使い込んでいた。その甲斐あって、今や彼女の投擲適性習熟度は、アークウィザードの職業武器である魔導具(タリスマン)魔導書(スペルブック)で到達可能な最高ランクの『マスター』にこそ及ばないものの、その1つ下の『エキスパート』に達している。この適性での静止目標への通常攻撃が外れることは、まず無いと言って良い。

「うおっ!?」

「!?、な、なんだァ!」

「ぜぇ…、はぁ、うっ」

 その必中の投擲技能により投げ付けられた霊薬の雫…というより唐突に現れた異様なテンションの美少女に対して、3人の男が3様の顔色で慌てだす。反応した順に、構えを取ってはいたものの、立っているのがやっとな若い剣士、蹲り嘔吐を繰り返していた軽装の中年、背中を袈裟懸けに大きく斬り裂かれて横たわっている魔導士風の青年…だと思われる体格の猫。いずれを見ても、危険な状態だったというのが一目でわかる。

「天が呼ぶ、地が呼ぶ、人が呼ぶ!呼ばれないなら自分で名乗る!私は誰だ?女子力だ!弁当屋ライラック、ここに参☆上!」

 シュタッ!と、唖然とする剣士の前に降り立ち、その場でバァァァン!!と、背景に書き文字を背負っていそうな勢いのまま、重心の位置を度外視した体勢を片足で支え、見得を切って声高にリラは名乗った。そこに見えない椅子でもあるかのように半身を傾け、背中を反らして上体を垂直に保持するという無理な姿勢によって、鈴を転がすような美声を伴う笑顔とは裏腹に、軸足となる左足の膝は小刻みに震えているが、これも女子力の賜物と言わんばかりに奇跡的なバランスを維持することに成功している。その足元では追い付いてきたナイトが真似をしようとして転んでいた。

(どーよ、この勢いに任せた61巻表紙ばりの渾身の出オチ!ツッコミどころ多すぎて逆にツッコめまい。下手なこと喋ってボロが出る前にこのままゴリ押す!とはいえ足つりそォオオ!…今度からは月に代わってお仕置きとかにしよう)

 突然の出来事に気圧されてか、傷病者3人と、得意げな顔でポーズを保ち続けるリラを挟んで対面するルークと、彼に担がれた治療済みの患者が、身動きも忘れ呆然となる。リラの思惑通りとはいえ、なんともいえない空気感が辺りに立ち込める中、「ミ゛ャ゛ァア゛ア゛…じょ、しりょくニャ…!」という健気な小動物の頑張る声が、やけに涼しく感じられた。

「…はい。まぁ、お互いにアレコレ詮索したって詮も無いってことは、これで察した?察したね?では改めて、私はライラック。ご覧の通り薬屋だよ。好きなお酒はサントリーの響だよー」

 作り出した場の沈黙から、先手とばかりに自己紹介を押し付けるリラ。そのまま姿勢を戻し、今度は傍で七転八倒しているナイトを持ち上げる。

「そんで、このコが私のオトモ……ダチのナイト。後ろで貴方たちの友達を担いでるのがルーク。新規さん応援の旗のもと、孤独に戦う深夜勢に信頼と実績の生産支援をお約束、レギオン『夜宴すくあっど』出張版!ご用命ありがとうございま~す」

「ますニャ~」

 抱え上げたナイトと共に愛嬌たっぷりな営業スマイルをダメ押しとして、混乱の上から強引な第一印象を上書きする。アッパーテンションな薬売りの美少女とその連れ。そう思わせることで、問答無用な魔女狩りを遠ざけると同時に、リラが最も懸念する異世界ゆえの情報不足も、こうしておけば多少の不自然さくらいなら、その性格に起因する世間知らずとして片付けられるはずだ。

「さて…それじゃあ、ここからは商売のお話…と、行きたいトコだけど、さすがに血生臭い中でってのも何だから、少し移動しない?とりあえず…座れるところで、お茶でもいかが?」




「まさか本当に茶が出てくるとはな…」

 真新しい倒木の上に腰掛けて、傷み切った甲冑を脱いだ初老の戦士が、自らが持つ場違いなアンティークカップを覗いて呟いた。カップの中には淹れたての紅茶が注がれており、浮かべたミントの爽やかな香りと共に、白い湯気が立ち昇っている。

「美味しいお茶は女子力の基本だからねー。小難しい話をするなら、お互いに程よくリラックスしてなくちゃ。はい、スコーンもどうぞ」

 その隣に、一口サイズのスコーンを並べた小皿を置いて、全員に紅茶と茶菓子を配り終えたリラが腰掛けた。ポットを魔石に収納し、代わりに取り出したカップに口をつけ、その後、ゆっくりと息を吐き出す。

(はぁ~、この危険が隣り合う中でのティーブレイク。…イギリス人が戦車に給湯器を積むのもわかるわぁ)

「それで…小父様たちはゴブリンに襲われたんだっけ。奇襲でもされたの?」

「『小父様』はやめてくれ、背中がむず痒くなる…。グライスだ。グライス・アンドレクセン。それから…」

 見た目に親子以上の歳の差を感じる美少女の『小父様』呼びに、くすぐったそうに背中を揺らしながら、グライスと名乗った戦士は苦笑いを浮かべた。紅茶を一口含み、続いて正面の地べたに座るタレ目が印象的な中年男性、同じく地べたに座りながら、ナイトと差し向かいでスコーンを味わっている人型のトラ猫、カップ片手に木に寄り掛かり、リラと目が合う瞬間に逸らした視線を自らの刃が折れた長剣に向けている短髪の青年、の順番で指をさす。

「前に座ってるのが、ハーター・マクドネル。猫同士で話してる猫の獣人(ケトラー)が、ミ=ラン・ジージー。一丁前に似合わない顔で黄昏れてる若造が息子のカイルだ。…遅くなったが、助けてくれて本当に感謝している」

「あァ、全くな。神を信じて生きたことなんざァ、今まで無ェが…今だけは、神を信じてみる気になったぜ。鶏の羽根どころか、天女が降ってきたもんなァ」

 紹介を経て、神妙に礼を述べるグライスとハーター。その態度からも、彼らが陥っていた状況がどれだけ深刻だったか伺える。

「よしてよー。最初に言ったけど、私は情報がほしいだけ。現にほら、普通じゃないゴブリン?とかいう耳寄り情報が聞けてるからね。お互い様だよ」

 明らかに両親と同じか、それ以上の世代の二人から生命の恩人として感謝を述べられ、今度はリラが肩を竦める番だった。実際、彼女がやった事はただの新薬の臨床実験である。その新薬も、本来なら貴重な完全回復薬とはいえ、例によって作るだけ作って売りに出すのを忘れて使いもせず余らせていた不良在庫(デッドストック)であると同時に、そもそも生身の人間への効能に関して公的な認可を受けていない、言ってしまえば危険なドラッグとも言うべき代物である。あまり大袈裟に感謝されると却って居心地が悪い。

(結果的に無許可の臨床実験になっちゃったしねぇ。切羽詰まってたとはいえ、我ながら思い切ったことしちゃったよ。だからお願い、そんな純粋な気持ちを向けないで…)

「リラ」

 と、人差し指で頬を掻きながら明後日の方向を向いているリラに、ずんぐりと背中を丸めたルークが寄ってきた。その視線は、リラとグライスの間に置かれたスコーンの小皿に向いており、口には同じ小皿が銜えられている。

「ん?どうかした?」

「足りぬぞ。この量では、噛むまでも無く味もわからぬ」

「……私の夢のお城を攻略どころか消滅させたその口で言う?」

「……」

「……」

「…………」

「…………」

「………………」

「………あー、もう!わかったよ!あげるから、そんな目で見ないでよー!」

 一息をついたのも束の間。スイーツの城を跡形も無く更地へと変えておきながら、なおも尽きない食欲の獣に催促され、リラはカップを置いて立ち上がった。インベントリからスタックごとスコーンを引き出して、ルークの目の前に敷いた絨毯の上で甘い香りの山を盛る。

 そこでふと、イタズラ心が疼き出した。

「…悔しいからこうしよう。この刀が倒れたら罰ゲームねー」

 こんもりと盛ったスコーンの頂点に、どうせ使い途も無いなら遊び道具にと、大振りな打刀を鞘ごと突き立てる。砂場で子供達がよく遊ぶ、山崩しに似た格好だ。

「……何だ、これは」

「さぁさ、どぉーぞ遠慮なく。食べれるもんならね!」

 勝ちを確信したかのように満面の笑みを浮かべたリラが、ルークに向かってお菓子の砦に手を差し向ける。突き立てられた厚口の刀は、浅くも湾曲した形状によりわずかに傾いており、少しでも土台のスコーンが減れば、その絶妙なバランスが失われることは想像に難くない。食べようと食べまいと、倒れるのは時間の問題だろう。

「…何の戯れだ。倒さねば良いのだろう」

 得意げに笑うリラには、怪訝そうな一瞥をくれながらも、ルークは甘く匂い立つ山に腕を伸ばし……。

 …黒地に紅葉流しがあしらわれた鞘を掴んで支え、もう片方の腕でごっそりと掬い取ったスコーンを口に運んだ。

「………………」

 再来した漆黒の攻城兵器に背を向け、リラは無言で体育座りをした。トイレワンキルを食らったような気分だった。寄ってきたナイトを抱き抱え、モフモフの腹部に顔を埋めてアニマルセラピーを試みる程度にショックを受けていた。SAN値ダダ下がりである。

「フッ、ははは!違ェねェ。正しいやり方だぜクマ公!」

 その様子を見たハーターが、口にしかけた紅茶を吹き出して笑い声を上げた。最初こそ、言葉を喋るベヒモスと、彼に友人として接するリラ達に驚きを隠せていなかったが、移動の際にルークの背中の乗り心地を体験したことで、大分その緊張も解れたようだ。いい事だが、リラのSAN値はますます下がった。ナイトにグリグリと顔を擦り付けても尚、その減少は止まらない。

「へぇ…見かけに依らず、良さげな得物じゃねぇか、お嬢。…曲刀、だよな」

 そんなリラの背後から、不意に紅茶を啜る音と共に感嘆の声が上がった。自らの折れた剣を口惜しげに弄っていたカイルである。

「薬師…だか弁当屋だか名乗ってたけどよ、コレも商品なのか?随分と手広く扱ってんだな」

 言いながら再びカップに口をつけ、すでに土台を失ったことで単にルークが掲げ持っているだけとなった豪刀を眺め、品を定めるように上から下までを観察している。目利きするにしては距離が離れているように見えるのは、その品を掴んでいるベヒモスという猛獣に対して、年長者と違って未だ戸惑いがあるからだろうか。

「……。ふふ、まぁねー。腕のいい鍛冶屋のフレンドがいたからね。その刀も、もはや変態の域にいる職人が厳選に厳選を重ねた逸品だよ」

 ベージュの毛並みに顔を押し付けたまま、モゴモゴとくぐもった声で答えるリラの美声が、少しだけ弾む。予期していなかった嬉しい言葉に、知らず表情も綻んでいた。

 別に、使い途の無いアイテムを、交渉次第で売り付けられそうだからと喜んだわけではない。否、商機を見付けて嬉しいのは事実だが、それは自分が製作した単なる不良在庫のように処分したいと思っているわけではなかった。

 確かに、その武器自体はTier4の低レベル向け装備であり、間違っても高く売れるものではないが、その製作・強化に際して注ぎ込んだ情熱、資産、時間といったあらゆる要素は、決して『低レベル』のそれではない。

 〝安くて弱くても極めたい〟。余人には理解し難く、言ってしまえば単なる自己満足でしかないのだが、それをわかった上で、突き詰めに突き詰めて、選びに選んで、鍛えに鍛えて、辿り着いた到達点。そのうちの一本。

 もちろん、鍛えたと言ったところで、所詮はありふれたTier4。上位Tierでは通過点でしかない程度の性能である。しかし、その中身に込められているモノは、決してありふれてなどいないことを、リラはよく知っていた。

(まぁ、外観(デザイン)を褒めてくれただけなのかもしれないけど。でも…)

 それでも、友人が丹精込めて作ったものを『良い得物』と言ってくれた。

 それも、現実で得物に生命を預けて戦う、本物の戦士が、だ。

 例え、深い意味の無い社交辞令だったとしても、リラにとっては十分に嬉しい一言だった。

(よかったね、ヘンタイ紳士。君のコダワリもゴミとは呼ばれない世界があったよ)

「ゴロゴロ。リラ、嬉しそーにゃ?」

「ん?んふ~、わかっちゃう?そりゃ、私の商品は、どれも手間と時間を掛けた入魂の品ばかりだからねー。例え冷やかしでも、それを評価されたら嬉しいよ」

 おかげで、下がりに下がったSAN値はすっかり回復した。立ち上がり、スコーンを平らげ満足そうに手を舐めているルークから刀を受け取り、興味を示してくれたお客に向かって笑顔で差し出す。

「持ってみる?銘刀『千唐割裂(ちからわざ)』。ふざけた名前と侮るなかれ、殴って良し・弾いて良し・眺めて良しの赤属性に、手作業で選び抜いた祝福が乗って、特筆すべきはエンチャントスロットが驚異の4つでどれも無色!火力、弱特、DOTにスタン、果ては吸収エンチャで不落のタンクまで!お好みに合わせて付け替えて、どんなスタイルにも即対応の即戦力だよー。その手に取って、お試しあれ」

「祝福…?付呪(エンチャント)?魔導器か!」

 商売のスイッチが入ったリラの機嫌の良いセールストークを聞き、若い剣士は目を輝かせ、持っているティーカップと替えて、やや興奮気味に刀を執った。抜いてみると、滑らかに磨き抜かれた厚く広い刀身が陽炎を帯び、リラの言う通り美しく波打つ(のた)れ刃紋を能動的に飾っている。

「…こりゃ…すげぇな。刃なんて鏡みてぇだ」

「エハハハ!よしなって、カイル君。君は、魔法の才能なんてカラッキシじゃないか。どうせまた、すっぽ抜けて二次災害が広がることになるよ」

 しかし、酒に焼けたような(しゃが)れた声で笑われて、その顔は業物に出会った感動とは違った意味で赤く染まった。声の主であるミ=ランに振り向き、何かを言い返そうとして……思い付かなかったのか口籠り、「…うるせぇよ!」とだけ吐き捨てた。

「災害ってね…。あ、そうそう災害といえば」

 悔しそうなカイルの肩をポンポンと叩いて慰めつつ、リラはミ=ランの言葉尻から、忘れかけていた大事な用件を思い出す。目先の傷病者を救えた安堵で気を抜いてしまっていたが、そもそも先に持ち上がった問題はこちらだったのだ。忘れたままにはしておけない。

「ちょっと前に、なんかすんごい爆発あったよね?アレって一体何だったのか、わかる?」

 リラ達が山に入るタイミングで鳴り響いた、あの轟音。同じ方向から、追い立てられるようにやってきたこのPTは、おそらく無関係ではないだろう。仮に事の詳細はわからずとも、大まかな被害状況や、救助が必要ならその段取りを立てるに当たって、最低限の情報くらいは聞けるはずだ。

 果たしてリラの問いには、それまで愉快そうに笑っていたミ=ランが、一転してバツが悪そうに頭を掻きながら、歯切れの悪い嗄れ声で答えた。

「あぁ…実は……少し失敗してしまって…」

「失敗?」

「ええと……僕も死にたくなくて必死だったんだ。だから…それで、つい…」

「???」

 答えはしたが、今ひとつ要領を得ない答弁に、リラの頭には疑問符が浮かぶ。何かしらの過失があったこと、それを弁明しようとしていること、それがあの爆発と関係していて、そして彼らが全滅の憂き目に遭っていたことが理由ということまではわかったが、正直なところ、リラが聞きたい話ではなかった。

「…とりあえず、まぁ…何か悪いことしちゃったんだろうなー、てのはわかったよ。…まずは、何があって、何をして、そしてどうなったかを、順番に話して?そしたら、もしかすると私が介入することでいい方向に転がるかもしれないよ。ね?」

 リラは軽く溜め息を吐き、再び倒木に腰掛ける。優雅にティーカップを傾けて、ナイトにそうしたように、穏やかなソプラノを響かせた。

「心配しなくても、貴方たちが何かやってたとしても、私はそれを咎める権利も、裁く資格も持ってないただの女子力高めな通りすがりだよ。出来ることなんて、せいぜいお役所に通報することくらい―――」

 そこまで言って。

「……ん?」


 リラの『通報』という言葉を聞いて、4人の顔色が変わったのを、彼女は見逃さなかった。


OMG(ちょっと待ってよ)…。え?やっちゃったの?役人にバレるとヤバいこと?」

「ま、待ってくれ、違うんだ嬢ちゃん!」

 明らかに慌てた様子で、ハーターが食い気味に否定する。…否定するが、その態度では、あまりにも無理がありすぎた。

(そういえば野盗や山賊いるって話…まさかこの人たちが!?普通に気の良さそうな雰囲気だから全く気にしてなかったよ…)

「あ、あー…、えっと?とりあえず、薬のお代はいらないし、何ならお金になりそうな物あげるから、見逃してほしいかなー」

「だから違…見逃すって何の話だよ!?俺達の話を聞いてくれんじゃねェのかよ!?」

「そんなこと言って!私に乱暴する気でしょ、エロ同人みたいに!」

「よせ、ハーター。彼女は人買いから逃げ出してきたんだ。そんな態度では、怯えるのも無理は無い」

 座っている倒木の上で、リラを庇うようにグライスが身体を傾けて、ハーターを諌める。甲冑こそ脱いでいるが、老いを感じさせない鍛え抜かれた大きな背中が、寄る辺の無い少女であるリラには、とても頼もしく見えた。

「とぅんく…。…と、閑話休題。で、じゃあ山賊じゃないなら、何したの?密輸?盗掘?」

「どっちも山賊じゃねェか!違うって、俺達ァ……」

 グライスに制され、ハーターは自らのカップに残る紅茶を一気に煽った。一呼吸置き、やがて、ゆっくりと語り出す。

「俺達ァ、ミリオ村に商売しに来たんだ」




 ハーターがまず語ったのは、現時点に於けるミリオ村の窮状だった。

 彼が言うには、現在のミリオ村には武力が無く、外敵に対してあまりにも無力なのだという。

 ただでさえ四方を山で囲まれており、交通の便も悪い辺境も辺境なこの村は、絶えず野盗はもちろん、オーガやゴブリンといった、人類が築く文明の外敵である『ビースト』と呼ばれる存在の中でも〝蛮族〟として括られている人型の怪物の脅威に晒されている。それに加え、最近では帝国軍から危険人物―――リラ達が間違われた手配犯と思しき者が、この辺りを彷徨(うろつ)いているという情報が公開され、ますます緊張が高まっている状態らしい。

 しかし、住民が緊張したからと言って、具体的に問題が解決するわけではない。大都市に救援を求めるにしても、やはり交通の悪さが邪魔をして、満足な支援は望むべくもなく、それ以上に、ミリオ村には資金が無い。

 避難も移住も防衛も、何をするにも、先立つものが無ければ、どうしようもないのは世の常である。

 だが、そんな村にも、切り札はあるのだとハーターは言う。

 何でも、このミリオ村とは、そもそも古代遺跡の発掘調査のために拓かれた地であり、周辺には未だ手付かずの古代文明の遺産である遺失技術(ロスト・テクノロジー)その産物(アーティファクト)が数多く眠っているらしい。

 だが、調査にかかる労力や費用、襲い来る蛮族や一攫千金目当ての無法者への対処といった、あらゆる投資に見合う結果が得られず、何十年も前に見限られたのだとのこと。今となっては、ただの寂れた農村で、当時の活気は見る影も無い。

 そこで、ハーター達は村に取引を持ち掛けることにした。

 『腕に覚えがある俺達を、調査要員として、そして有事の際の自衛力として雇わないか』と




「やっぱり山賊じゃねーか!どこが違うのよ!」

 勿体ぶって言葉を切ったハーターに向かって、皆のティーカップにおかわりを注いで回っていたリラが耐え切れずにツッコんだ。

「全然違ェだろォ!?俺達、都会育ちだぜェ!?」

「たった今、自分で『一攫千金目当ての無法者』って言ってたじゃないの!どこで育ってようとやってること一緒でしょ!?」

「はっはっは!ハーター、一本取られたな」

 注いだばかりの紅茶を啜り、膝を叩いてグライスが笑う。向こうっ気の強いリラのツッコミを、彼はどうやら気に入ったようだ。

「どっちの味方だよ、旦那ァ…。まァ、最後まで聞けって。こっからなんだよ大事なのは」

「すでに大事な自供が取れちゃったような気もするけど、まぁいいや」

 最後に、自分のカップにおかわりを注ぎながら、リラは先を促した。




 何であれ、そう、やることが何であれ、今のミリオ村にとって、外部からの助け…特に武力的な防波堤というのは何にも代え難い申し出であるはずだ。村としては、二つ返事で受け入れてくれることだろう。…報酬さえ支払えるなら。

 現実として、村の財政は決して潤沢ではない。無償ならいざ知らず、報酬を求めている以上、頼みの綱である発掘調査の成果が振るわなければ、破産待ったなしである。そんな博打に等しい状態で、村側が素直に歓迎してくれるとは考え難い。してくれたとしても、その後には、共倒れする未来が約束されているも同然だろう。

 そこで、ハーター達は、村と交渉するにあたって、手土産を用意することにした。

 つまり、事前に村が潤うような何かを見付けて、それを持って行って交渉材料にする。ということである。彼らとしても、本当に何も無い村で無駄骨を折ってまで働きたいわけではないため、事前調査という意味で、妥当だと思えた。

 一通り見て回って、何かありそう、或いは何かあれば、それを元手に村に活気を取り戻し、自分達もその輪の中で、生活を充実させられる。何も無ければ、ちょっとしたビースト退治だと思って帰ればいいのだ。




「勝手に入って勝手に持ち出して勝手に取引材料にしようとか、やっぱり山賊…」

「いちいち話の腰を折るんじゃねェよ!どれだけ山賊に拘るんだよ、流行ってんのか!?」

「こっちのセリフだよ!こちとら今まで平和に暮らしてたのに、ある日突然具体的には昨日からロクな人間の話聞いてないんだよ!新しく始めたSNSでwktkしながらトレンド見てたらバカッターよろしくアホな話題で埋め尽くされてたみたいな気分だよ!そっ閉じだよ!アンストだよ!」

 ここまで聞いて、前世でゆとり世代と呼ばれ、スマホ片手に生きていたリラは思わず「そういう村おこしって行政の仕事でしょ!?」と続けかけたが、話を聞いた限りでは、その行政が完全に機能を失っているような印象も受ける。そういった時代の側面…現代日本で育ったリラには推し量れない部分に於いて、彼らのような自主的に生活の道を切り拓く強かさというものは、生きる上で仕方がないことなのかもしれない。

「育ち良さそうだとは思ったけどよ、お前…だいぶ箱入りだったんだな」

 いつの間にか、鞘に戻した豪刀を担いでリラの隣に立っていたカイルが珍獣でも見付けたように呟いた。心做しか緊張した面持ちで、グライスとにらめっこしている。

「あえて否定はしないでおくよ…。ていうか…その刀、そんな気に入ったんならあげるから、私を挟んでトーチャンと睨み合うのやめてくれる?」

「なっ、オレは別に…。山賊みてぇな事考えるオッサンと一緒にすんなよ!」

「オイコラ、坊主ゥ!?」

「おーけー。なら、ひとまず商品の話は措いといて。まぁ、大事にしてくれそうだし、安くしたげるから安心してよ。それで、ここでこうしてるってことは、掘り出し物があったわけでも、ただのMOB狩りで済んだわけでもないんだよね?ゴブリンが魔法を使ってきたって聞いたけど、あの爆発もそういう系?」

 呆れ交じりの『安くする』という言葉を聞いて、より鋭さを増して衝突し合う両脇の親子の視線はスルーしつつ、リラは紅茶を傾けて、先程から所在無げに視線を泳がせているミ=ランを一瞥し、ハーターに説明を促した。

「…いや、あれァ…その、何だ。もちろんそのせいなんだが、ちょっとした手違いでなァ……」




 何はともあれ、そうして古代の遺物が眠るこの山を訪れた彼らは、紆余曲折を経て、とうとうお目当ての遺跡と思われる洞窟の入り口へと辿り着いた。

 彼ら曰く、物が良ければ1つの発見で莫大な財産を築けるというアーティファクト。簡単に見付かる物ではないだけに、入念な打ち合わせと覚悟を以て、ついに臨んだ遺跡(ダンジョン)攻略。

 ところが、いざその内部に踏み込んでみると、2つの誤算によって、彼らのペースは大きく狂わされた。

 1つ目は、あまりにも拍子抜けだったこと。洞窟に入り、少し進んだところの開けた空間で、一行は攻略らしい行程を踏むこと無く、台座に安置された見たことのない様式の杖を発見し、難無く持ち出すことに成功した。

 2つ目は、ゴブリンの群れを率いるオーガに、洞窟の入り口で待ち伏せ(アンブッシュ)されたこと。そして何より、それらが一般的な蛮族とは比較にならないほど錬成された戦闘部隊であったこと。

 個々の戦闘能力はもちろんのこと、連携、陣形の形成、攻守のタイミングといった統率の上でも、それらは、ハーター達の知る〝文明を持たない怪物(ビースト)〟とはまるで別物だったという。

 事前に集めた情報。これまで蛮族と渡り合ってきた経験。そのどれもが通用しない、蛮族の姿をした何か。まるで、杖を護るように現れたそれらを前に、もはや、彼らの頭の中に蛮族退治などという言葉は思い浮かびもしなくなっていた。代わりに、悪足掻きとも言うべき苦肉の策が頭を過ぎった。

 洞窟から持ち出した詳細不明の杖。もしもこの杖が、本当に未知の超文明(ロスト・テクノロジー)によるアーティファクトであるならば、これを使って現状を打破できないだろうか、と。

 そこで、魔導士であるミ=ランが杖を用いて呪文を唱えたのだが、結果は不発。

 否。不発というより、起動はしたが立ち上がりに時間の掛かるPCのように、すぐには効果が現れなかったとのこと。

 差し迫る生命の危険を前に、悠長な事などしている余裕の無い彼らは結局、杖を放り出して逃走するより他に無く、かなりの距離を逃げたところで、あの爆発が起こったらしい。

 それ以降は、リラの知っている通りであり、全滅寸前のところを彼女に救出され、今に至っている。




「チュートリアル詐欺というか、先入観で騙してくるタイプだった、と。フロムでは割とよく見る光景。まー、気になることはいっぱいあるけど、とりあえず……」

 言って紅茶を一口含み、聞き取った情報を頭の中で整理しダージリンの香りでまとめる。飲み込む頃には、いくつかの不審な点と、香り付け(アクセント)には強すぎる違和感といった不純物が抽出出来ていた。

「とりあえず、無事でよかったね、ってのと…それっぽいモノが見付かったんなら、やっぱり通報とかしたほうがいいんじゃないの?よく知らないけど、そういうのって、普通は国とか専門機関が公的に管理してるんでしょ?」

 浮かび上がった不純物に関しては、ひとまず後回しということにして、まずは表面的な疑問から口に出す。たった今さわりを聞いたばかりだが、ミリオ村の成り立ちから察するに、少なくとも発見やその後の調査という面に於いて、『アーティファクト』の管理は個人の手には余るように思える。ハーター達も、動機はどうあれ当初から見付けたものを素直に報告するつもりでいた事からも、それは間違いないだろう。となれば、アクシデントこそあったものの、〝未確認区域の調査〟という意味での初動としては十分な成果を挙げたものと考えることも出来る。素直に、こんな事があったんだと公表し、調査団なり治安維持の人員なりの動員を打診すれば良いのではないだろうか。仮に、実際に動員するには費用が嵩むとしても、〝何かあるか〟を調べる為ではなく〝何かがあった〟という事に対処する為の費用であれば、管理するべき国や組織が負担してくれるかもしれない。そうはならないとしても、言うだけならタダである。

「仮にさ、勝手に持ち出したり、使っちゃったことが咎められるんだとしても、貴方たちはあくまで、動かない政府の代わりとして生活圏確保のために調べて、報告することが目的だったんでしょ?それなら、幸いにも人的被害は出さずに済んだんだし、運搬中の事故として、正直に申し出れば良いんじゃないかと思うんだけど」

 膝の上でスコーンを頬張っているナイトの頭を撫でながら、リラは切れ長の目を細めて虚空を眺めた。

「それは……出来ないだろうな」

 頭の中に点在する不穏な憶測が、線で繋がっていく苦々しさを誤魔化すように紅茶を味わうリラの隣で、それまで静かだったグライスが渋面で呟いた。

「どういう事情であれ、俺達は危険なものを表に出し、(あまつさ)え蛮族共の只中に置いてきてしまった。明るみになれば、俺達は奴等にアーティファクトを横流ししたとして、追われる身になる」

「えぇ…。横流しも何も、そもそも最初からそこにいたんでしょ、蛮族」

「普通じゃねェ蛮族が、な。下手すりゃァ、その事も俺らのせいにされちまうだろうよ。だからよ、嬢ちゃん…」

 想像していたよりも大分杜撰(ずさん)なお役所の対応を思い浮かべ、辟易した眼差しで眉根を寄せるリラの前で、二杯目の紅茶を飲み干したハーターが居住いを正し、より神妙な面持ちで頭を下げた。

「助けてもらっといて図々しいたァわかってる。だが、承知の上で頼む。この事はどうか他言しないでくれ。確かに、俺達ァ地べた這って生きてる下民もいいとこだがよ、もしも世間に、帝国政府に、蛮族を扇動してるなんて事で目を付けられちゃァ、もう地べたどころの話じゃねェ。だから頼む、この通りだ」

 摘み上げたスコーンを口に運ぶ前にナイトに奪われたことに気付かず、直に咥えた自らの指に何とも言えない表情になりながら、リラは僅かに逡巡する。この世界での善良な市民としては、どう応えるのが適切なのだろうか、と。

「YESかNOの前に、イキナリだけど1つだけ訊いてもいいかな」

 指と共に溜め息を吐き出し、お菓子を奪われた腹癒せにナイトの脇腹を擽る。『善良な』とは言うが、実際のところ社会的な善や悪など、文字通り別世界から来たリラにとっては現状で考えるだけ無駄である。

 なので、まずは彼らの、社会性の代わりに人間性を問うことにした。

「嵐の中で自分が乗ってる船が難破して、乗組員の全員が海に投げ出されちゃったとする。何とか1枚の板切れに掴まって溺れずに済んだけど、そこへ見ず知らずの誰かがその板に掴まろうとして近付いてきた。…舟板で支えられるのは1人が限界だとして、貴方たちならどうする?」

「どうする…とは?」

 まるで禅問答のような唐突な質問に、意図を掴みかねてかグライスが眉根を寄せて訊き返した。

「そのまんまだよ。自分と他人、片方しか助からないなら、助かるべきはどっち?」

 内容に反して、穏やかに通る澄んだソプラノで問われ、4人は即答できずに押し黙る。

 その様子を見て、リラは安心したように、フッと笑って表情を崩した。

Sorry(ごめん)、意地悪過ぎたかな。でも急にこんなこと訊かれて、考えも戸惑いもしない人じゃなくてよかったよ」

 知らない土地の社会倫理など、見てもみないうちから基準にしたところで当てずっぽうと大差は無い。それよりも、目の前にいる人間の為人(ひととなり)を指標にしたほうが、後に何かと比較する上でも遥かにわかりやすい。それが自分に近い価値観であれば尚良いが、少なくとも、彼らは他人と自分の生命を秤に掛けて、どちらかを粗末にするような答えを即座に出せるほど、人の心を擦り減らせてはいないとリラには見えた。

「まぁ、バレなきゃ犯罪じゃないってどっかの這い寄る混沌も言ってたしねー。実際、私は怪我してる人に女子力をお見舞いしただけで何も見てないからね。……ってか私も無免許の医療行為と武器の密売計画バラしたくない(ボソッ」

 後半はティーカップで口元を隠しつつの小声に止め、目元で笑みを浮かべるリラの表情に、再び場の雰囲気が和やかになる。タレ気味なミ=ランの耳も、安堵からか上向きに揺れていた。

「…と、そうなると、早いとこ移動でもしたほうがいいかもね。帝国軍の人に見付かっちゃうとめんどいんだっけ?」

 緊張が解けた一同を見渡し、ナイトと戯れながら自分のカップを虚空に仕舞ってリラが立ち上がる。幸いにも、気にしていた爆発に関しては彼女の出る幕ではなかったが、草原にて陣取っていた帝国軍はその限りではない。何しろ身元不明というだけで、非武装の少女に向かって部隊を差し向ける程度には血の気が多いのだ。距離は取れるうちに取っておいたほうが無難だろう。

 しかし、4人は何とも呑気なことに。

「なァに言ってんだ、嬢ちゃん。もうすぐ夕方だぜ?今日はココで野営(キャンプ)にならァ」

 と、ハーター。

「野営というより、野宿だがな。しかし、確かにそろそろいい時間だ。荷物も装備も失った今、明るいうちに準備は整えた方が良いな」

 と、グライス。

「エハハ。火だけなら杖が無くても熾せる。任せてくれよ」

 と、ミ=ラン。

「…なぁ、親父「駄目だ、買わんぞ」

 と、父に一蹴されるカイル。

「草。ジャングルとはいえ目と鼻の先に旅団規模の帝国軍がいるんですけどー」

 と、棒読みで肩を竦めるリラ。

 和やかだった空気が凍り付くのに、それほど時間は掛からなかった。


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