Journal.6 ~正直ヌルゲーだと思ってた~
戦闘回だと言ったな、あれはうs(殴
いや、ゴメンサナイ(針山土下座)
ちゃんとお着替えはさせたんで、そのへんでどうか、、、
塞翁が馬、という言葉がある。
今現在、リラが生きている世界にそんな言葉があるかはさておき、リラが生きていた世界にはそんな言葉はあった。
塞翁が馬。物事は一概に幸か不幸か割り切れるものではなく、悪いと思っていた事柄が原因で事態が好転していたり、逆に良いと思っていた事柄が原因で暗転したりもする。
要するに、気持ち次第で因果はどう転ぶかわからない。という意味の故事成語である。
「そういえば無謀バハムートが流行ったのもバハがナーフされたからだっけ。…弱体化したせいで更に凶悪になるとかこれもうわかんねぇな」
夕日を鋭く照り返す銀細工の装丁に蛇遣い座の浮き彫りをあしらった魔導書を片手に、スレンダーな身体を袖の無いコートドレスで包むリラが、そんな故事を思い出しながら1人で対峙しているのは、文字通りの鬼。
「…って、別に珍しくもないか。むしろボスなら、状態異常でパターンを変えるルーチンくらい用意してるよねぇ」
肩に掛かった髪を片手で払い、不敵な笑みとツリ目を鬼へと向ける。
その目に宿っているのは、捕食する者の欲求ではなく、反撃する者の覚悟でもなく。
攻略する者の、純粋な―――勝算であった。
時は3時間ほど遡る。
帝国の斥候部隊と別れた後、南にあるという『ミリオ村』を目指して南下していたリラたちの足は、やがて、山の麓の舗装されていない山道へと差し掛かっていた。
「麓の道って言ってたけど…どう見ても道なき道です本当に以下略」
「にゃふ。リラ、ヤマノボリは初めてにゃ?ニンゲンの街のカベの外は、どこでもこうニャ」
「街の壁って言った…。そろそろ泣くよ?これで巨人なんて出てきたらメルボム案件だよ」
「ニャ!ボク巨人ってしってるにゃ!恐くて危ない『ティラギガント』のことニャね」
「FUC GM。乱世でござるよ」
それまでのなだらかな平原とは違い、見るからに悪路な上に、それが倒木や瓦礫といった障害物によって複雑に曲がりくねったオフロードを目の当たりにし、現実逃避のつもりで口にした冗談さえも追い討たれ、ひ弱な魔術師は美少女にあるまじき顔になった。すぐにでも問い合わせフォームに記入した要望を送り付けたかったが、如何せん現実ではそれが出来ない。胃もたれに耐えるように、食い縛った歯の隙間からくぐもった声を吐き出すだけで精一杯だった。
「進むか?どこを歩こうと儂は構わぬ。お前たちが襲撃に備えやすい道を探すか?」
おおよそ人の通る道とは言い難い、もはや道というより露天型ダンジョンと言ったほうが適切な気さえする様相を前に、入る前から疲れたような表情を見せるリラにルークが問う。彼にしてみれば、目の前の獣道など当たり前に見慣れてきたものである。背中に人を乗せているとはいえ、身軽な少女と小動物くらいであれば、大した重荷でもないのだろう。
「探すって言ったってねー…。ここに来るまでにそれっぽい場所は見当たらなかったし、今からだとそれだけで日が暮れそうだよ」
(いっそ私は空から…てのはダメか。さっきの人たちに見付かったら言い訳できなさそうどころか、野盗に見られでもしたら撃墜されたって不思議じゃないもんね…)
目先の険しい道のりに難色こそ示したが、実際のところ別にどれだけ荒れていようと、天空を舞台にしたゲームでの翼持つ民であるリラにとって、ルークとは違った意味で多少の悪路など問題にならない。索敵や偵察という意味でも同様ではあるが、差し迫った緊急時でもない限り、やはり目立ちたくないのが本音だ。敵対すると思われる勢力が、どんな対空攻撃手段を保有しているかわからず、安全が確保できる保証が無い以上は尚更だった。
「まぁ、とりあえずごはん…というより時間的にもうおやつだけど、食べながら考えよう。野宿になるかもしれないし、それも含めてね。…んしょ、と」
言いながら、ルークの背からリラは飛び降りる。腹が減っては何とやら。目前のダンジョン攻略に挑む前に、メンバーの状態を整えるのもリーダーの大事な役割である。何が起こるかわからないこの先に備えて、食事は出来るうちにしておいたほうが無難だろう。
「ニャフ!ゴハンにゃら、あっちから川の音がするにゃ!おさかな捕まえるの手伝うにゃ」
ゴハンと聞いて、つぶらな瞳を輝かせて一緒に飛び降りたナイトが、境の曖昧な林道の脇を手で指し示す。僅かな環境音から細かな音を聞き分けられるその聴覚が実に頼もしい。
「そっか、川が近いんだ。…なら、少し離れようか。もっと見通しの良い場所まで」
おかげで、こうして不意なトラブルを未然に回避する算段が立てやすい。
「にゃ?」
「戻るのか?だが平野には食らえるような獲物などおらんぞ」
「安心して。弁当屋の名に懸けて食べるものはちゃんとあるよ。そうじゃなくて、食べてる最中に『ヒャッハー!新鮮な肉だー!』って邪魔されたくないでしょ?ってことで、らいどおん」
降りたばかりのナイトを抱え上げ、再びルークの背中に飛び乗る。人間に限らず、生物が最も無防備な隙を晒す時間の1つである食事に於いて、警戒すべきリスクは少ないに越したことは無い。開けた平原であれば、急な事態にも対処しやすい。
水源が近いということは、人が落ち着いて休むにあたって適した場所であると言える。だが、それはリラたちだけでなく、野盗にも同じことが言えるのだ。彼らがどんな生活スタイルで生きているかは想像するより他に無いが、生きる上で不可欠な〝水〟というものに無関心であるとは思えない。
たまたま鉢合わせる可能性はもちろん、もしかしたら、その水源を中心に拠点を設けていることも考えられる。そうであれば、ティータイムどころの話ではなくなってしまうだろう。
「たまにいるんだよねー。みんなが飛び付いてきそうなロケーションにあえて手を付けないで、後から来る生産系の農民をイジメたがるのが」
荒れた獣道から踵を返し、来た道を戻るルークの上で、中空に開いたインベントリの中身を吟味しながらリラが言う。
これは実際に自らの経験に基く体験談だが、所詮はゲームでの話。しかし、そう切り捨ててしまうことが出来るほど、彼女が知る〝人間〟は、綺麗ではない。
「待ち伏せ…ということか」
「平たく言えばね。往々にして根暗のショ狩りだからタチが悪いし、リアルでそんなのとエンカウントするなんてシャレじゃ済まないから、念の為ね」
そう。シャレでは済まない。ゲームの中では、あくまで『そういうプレイスタイル』で済む話だが、今は違う。相手も自分も本物の人生が懸かっている。
「にゃわわ…おさかにゃ…獲っちゃダメニャ…?」
「ダメじゃないけどねー。下手したら私たちの方がそのお魚にされちゃうって話」
「解せんな。害為す敵であれば、薙ぎ払えば良かろう。儂は有象無象の破落戸になど、後れは取らんぞ」
「それはダーメ。降り掛かってくる火の粉を払うのはしょうがないけど、自分から浴びに行って吹き飛ばすなんてNonsense。それこそ野盗と一緒だよ。拳で抵抗するのは、他にどうしようもないときだけでいい。ね?」
制圧はあくまで、最後の手段。已むを得ない場合を除き…否、已むを得ずであっても、流れる血は、少ないほうが良いに決っている。少なくとも、リラはそう信じる側の人間だった。
世直しに乗り出そうなどと言うほど社会正義に燃える熱血を持ち合わせてはいないが、目の届くところで流れる血を見て無視できるほど、冷血でもない。
頬に人差し指を添えて、アフタヌーンティーのメニューを考えながら諭すように言うリラに、ルークはそれ以上は反論しなかった。
言いたいことが無いわけではないが、言ったところで彼女が意見を変えるとも思えない。というより、変えてほしくない。
ただ…。
「敵は、多いぞ。その道は、地上の如何なる岨路も及ばぬ難路と知れ」
それだけを言って、低く唸った。
「そーれではっ、女子力の求道者・リラちゃんの~、今日の一皿~!」
草原の上に大きく広げた絨毯の上にて、大量に積まれたホットケーキより薄めなパンケーキの小山を前に、リラが得意げな顔でポーズを決めた。
「一皿ってか一山~。…フッ、何が悲しいかって、これデイリーで毎日作るくせに使いみちがまったく無いってことだよ。何なの『ロックオン距離+3%』って。店売りのウーロン茶ですら5%に加えてSP自動回復速度の補正つくのに」
その顔は、どこか遠いところを見ているような表情だった。
「ニャア~、おさかなじゃにゃいけど、おいしそうな匂いにゃあ。はむっ」
「ふむ、歯応えが足りぬが…キャラメルとはまた違った味わいがある」
しかし、そんなリラとは反対に、振る舞われた2人はいたく気に入ったようだ。彼女が乾いた笑いと共に明後日の方向を眺めている間、トッピングする前だと言うのに、既に3分の1ほどを食べ進めている。
「…って、え?早ァっ!?ちょ、待って、まだ盛り付けてないのに!」
獣の如く―――実際に獣なのだが―――食欲に忠実な2人の暴食を慌てて止める。パンケーキとは、それ単体でも腹の足しには十分ではあるが、もっと美味しく且つ楽しく食べられるスイーツなのだ。せっかく、食べ合わせに適した素材も数多く手元に揃っているのだから、味も見た目も単調なプレーンのままで平らげてしまっては勿体無い。
「お願い、助けると思ってその手を止めて!女の子の夢なの、無意味に積み上げた生地の上に欲望のままに甘味を載せて気の向くままに食らいつくのが!カロリーとか材料費とか気にせず一度はやってみたい至福の贅沢なのぉぉおお…!」
地べたに座り、まるで重機のように黙々と生地の山を削り取っては飲み込んでいくルークの巨体に、後ろから半泣きになりながらしがみ付くリラ。夢とは言うが、そんなことをいざやったところで結局は何だかんだで食べ残すことは目に見えている。なので、その食べ残しが減ることをルークとナイトに期待していたのは事実だが…。
「やぁめぇてえぇー…っ、焦らなくてもまだいっぱいあるからぁ~…!せめて、せめて摘み食いで済むレベルでとーどーめーてーよぉおおおおお重おおおお…っ!?」
食べ残すどころか出来上がることすら危ぶまれるルークの食べっぷりを阻止せんと、ソプラノを震わせながら体重を掛けて引き離そうと試みる。…が、か弱い魔法少女の細腕では、どれだけ力を込めてもその巨体はびくともしなかった。
「っく、うぅぬぬぬぅぅう…ッ~~【ステータス変動ィ…、上方…補正っ!筋力値!《自助・救急法》】ッ!」
しかし、リラとてキャラクターレベル自体は最大まで育った魔法使いである。基本的な筋力の値こそ低いものの、それを補う呪文は当然習得済みだった。その上で。
「ぐぬぅう~~ッ…!いや、マジでっ、おもっ!」
ステータスを一時的に補正する呪文で唱えた回復魔法により筋力を底上げした上で…やはり、ルークは小揺るぎもしなかった。
「ほう…。お前も力を強める魔法を使えるのか」
それどころか、もぐもぐとパンケーキを咀嚼しながら、事も無げに生地の山の掘削を続けていく。
「畑違いだけどね!一応ね!これでもカンスト勢だからね!!でもそのプライドもたった今コナゴナになったよ!…はふぅ」
呪文によるドーピングがまるで意味を為さなかったことで、リラは漆黒の攻城兵器から城を守る術を失った。諦めるように溜め息を吐き、ルークの背から離れる。
「……。まったくもう」
腰に手を当て、見る間に高さを失っていくパンケーキの山と、その原因である2人の友人を眺めながら。
その顔は、どこか遠い過去を懐かしむような表情だった。
「じゃあ、2人とも、しばらく食べながらここで待っててね。私、そこの草むらにいるから」
だが、その表情に陰が差したのもほんの一瞬。周囲を軽く見渡し、手近な林に丁度いい高さの草むらを見付ける頃には、常の屈託ない少女の顔に戻っていた。
「ニャム?にゃふぇにゃーにゃあ?」
「飲み込んでから喋ろうねー。お行儀悪いよ。ってか私も食べるからちゃんと残しといてよ」
「待て。何処へ行く前に、もう一山積んでいけ」
「待ってはこっちのセリフだよ?まだ足りないの?ってか単位」
やれやれと嘆息しつつ、だいぶ嵩の減ったパンケーキをインベントリから補充する。NPC商店は言わずもがな、他のプレイヤーへの露店やオークションでの売買でも二束三文だったパンケーキだが、こうして誰かに舌鼓を打ってもらえるのなら、無駄ではなかったのだろう。
「ついでにハチミツも上からダバー」
再び積み上げた生地の山頂に、横から伸びてきた黒い巨腕を全身で阻みつつ、逆さまにした壷ごとハチミツをトッピングする。手の込んだ盛り付けは叶わずとも、これだけは譲れなかった。
「ニャー!ハチミツ、すごいにゃ。石コロいっぱい分にゃ~」
「…わかんないよ。ナイト君の言ってることは1つもわかんないよ」
「滅多に食らえぬということだろう。森の中でも、時折群れから逸れた人間が蜂の巣を見て喜ぶ姿を見たことがある」
「近代養蜂は普及してないってことか。予想はしてたけど」
リラが知る限り、ヨーロッパにおける養蜂技術の発展は19世紀を転機としている。それまででも、養蜂自体はかなり古くから行われていたが、産業として広く普及はしていなかった。つまり、比較的新しい技術なのだ。
この世界の産業技術の水準を見くびっているわけではないが、村1つに行くのに自分たちがしている苦労を考えると、1つの技術が世に広く浸透するには莫大な時間と労力を必要とすることになるだろう。法治が行き届いていないのなら尚更である。
ある場所では当たり前のように知られていても、ある場所では全く未知の領域というのは、リラが生きていた現代社会でも、決して無くはなかったことだ。
「まぁ、何であれ、喜んでもらえるなら良かっ……残しといてよ?ねぇ?聞いてる?フリじゃないからね?」
ハチミツという味の彩りが加わったことで、2人の掘削作業が心なしか加速したように見える。のんびりと眺めながら物思いに耽る余裕は、無さそうだった。
「すぐ戻るからねっ。ちゃんと残しといてよ?」
しつこいほどに念を押して、それでも後ろ髪を大いに引かれつつ、リラは近くの林まで駆け出した。急がなくては、本当に自分の取り分がなくなってしまう。
「んー…草の高さは私の胸のところまで…。しゃがめば隠れるには十分かな。あ、枝にトゲ。…まぁ、痛いのはヤだけど、どうせダメージ受けないし、いっか」
転生前の世界では見たことの無い植物が茂る中、毒草や蛇の類に注意しながら慎重に足を踏み入れていく。そのまま進んでいくと、幸いなことに、ちょうどルークたちがいる開けた場所からの視界を遮るように生えた高木の根本で、人1人分の空間が出来ていた。
「いくら剣と魔法の世界ったって、さすがに痴女にはなれないからねぇ。さーて、どんな装備構成にしようかなー」
そのスペースに、わざわざ人目を忍ぶように入り込み、何をするのかと言えば、それは野盗が巣食う山道というダンジョンの攻略に挑む前の下準備。すなわち、現在のファッション性に重きを置いた普段着から、戦闘用のガチ装備への変更である。
画面を隔てていた頃は、別に草原だろうと街中だろうと気にすること無く、画面のアイコンをドラッグさえすれば一瞬で着替えることが出来ていた。しかし、ここでもそうだとは限らない。もしそうだとしたら、身も隠さず堂々と着替えようものなら一歩間違え…るまでもなく、露出狂の変質者である。
もはや手慣れた手付きで、インベントリの装備品タブを開いて適当な装備に目星を付けていく。と、いっても、ほとんど選択肢は決まっていた。悩んでいるふうに見えるのは、単純に彼女がこの〝装備を考える時間〟というものを楽しむ性格をしているからである。
リラにとって攻略とは、装備を組むところから既に始まっている。もっと言うと、組むために必要な装備を作成するための素材を集める段階から、彼女の〝攻略〟は始まっている。
「現時点でわかってるのは、野盗がいてオーガもいるかもってことだよね。他に何があるかわかんないし、トップティアで組むのは当然として…やっぱり対人のノーブルかなー。でも、囲まれることを考えるならドラゴン装備のほうが…、あー、野盗の種族わかんないならワンチャン神話シリーズも…最強って意味ならアビス装備……はダメだ、このローブ以外フレーバーが殺意高すぎる。アカン、これじゃ患者が死ぬゥ。……今だから言えるけど開発陣は何を思ってこんなテキスト書いたんだろう」
地面から張り出した木の根に腰掛け、目的に適した装備品を見繕う間、ゲームに没頭している時間の中で一番好きだったこの時間を、もう一度、今度は生身で過ごしていることに、リラは思わず口元を綻ばせていた。
失ったと思っていた、自分自身のためだけの時間。ゲームで擬似的に体験することしか出来なかったそんな時間を、死んだ後になって、それもゲームでの状態を引き継いで手に入れた。
「…フフフっ、ご都合主義だこと」
そんな数奇な運命が、不意に可笑しく感じられ、綻んでいた唇から、誰にともない皮肉めいた呟きが零れた。果たして、本当に誰かの都合による運命のイタズラなら、そこには一体どんな都合があったというのだろう。
「ま、何にせよ、私は私の人生を生きるけどね。んで、そのためにー」
そう。誰のどんな都合であれ、自分の人生は自分のもの。自分の生命と自分の意志で、死ぬまで生き抜く。そのために。
「うん。コレかな。やっぱり地上戦でアビス以外となるとほぼ1択だよねー」
選び出されたのは、致命的なデメリットと引き換えに総合的な性能に於いて最強装備であったアビス系と呼ばれる装備群ではなく、エレガントなデザインでありながらカジュアルな雰囲気も併せ持つ、見た目に於ける最強装備としてリラ自身のお気に入りでもあった、ノーブル系の装備セット。もちろん、性能も折り紙つきであり、かつては多くのプレイヤーが、アビス装備を手にするまでの繋ぎとして最も信頼していたシリーズでもある。
「なんと言っても肩装備の羽衣だよね。コレに勝るロマンは無い。かわいい。つまりさいきょー」
ノーブルセットを着こなすリラの姿。それは生前の彼女曰く、『まさに女子力の化身。いっそ抱きたい』とチャットで発言してしまうほど可憐であると自負している。ちなみにこの『抱きたい』発言が、身内だけのチャットではなく同一エリアの全てのプレイヤーに曝されるエリアチャットでの誤爆だったという黒歴史エピソードも存在するが、それはまた別のお話である。みんなも誤爆には気を付けよう。
余談はさておき、リラにノーブル系統の装備がよく似合うという認識は、彼女の中では今なお健在である。装備自体が好きだということもあり、それが着れるとなれば当然、その顔には喜色がありありと見て取れた。
「まさかコスプレじゃなくて本物を着る機会が来るとはねー♪今着てるアビスローブもジェダイ・マスターみたいでカッコいいけど、やっぱりカワイさには勝てないのであった」
頭の中で、モニター越しにではなく実際にこの装備を纏っている自分を思い浮かべながら、インベントリ内の『トゥルーノーブル・ディバインスペルドレス・クリアショール』のアイコンに、カーソルの代わりである自らの手を翳して、クリックの代わりに選択する意思を持って、そのアイコンを枠外にドラッグする。キャラメルやパンケーキなどの他のアイテムと同様、これで目当ての服が目の前に現れる…はずだった。
「…わっ」
驚いて、思わず声を上げる。木漏れ日を照り返し虹色に輝く、半透明に透ける生地の肩掛け。それは、思っていた現れ方とは違い、直前まで装備していた肩防具である漆黒のローブが、脱ぐまでもなく忽然と消えるのと入れ替わるように、リラの肩を柔らかく覆った。
「おおー。なんだ、野外ストリップしなくていいんじゃん。それはそうと、はわぁ…なにこれSweet。やっぱキレーだしカワイイ~。っていうかこの感触も何なの、肌触りが最にして高~」
感嘆の息を漏らしながら、見た目の透明さとは裏腹に決して薄くはない生地に顔を埋めて、その質感を堪能する。キラキラと輝くグラデーションの布地は、卸したてのシルクのように滑らかでありながら、カシミヤのように繊細な柔らかさで、リラの白い肌を包み込んだ。
「これはノーブル。まさにノーブル。あぁ~、コレはコレで着るの勿体無いかも~。Tier9の別のノーブルにしよっかな。でもな~、どれだけ危険かわかんないしなぁ~。なら、別に肩は変えなくても良かったかな。でもな~、ノーブルはセット効果の防御能力が強いしなぁ~」
うっとりとソプラノボイスを蕩けさせ、今までの人生で触れたことの無い至高の肌触りを楽しみながら、こんなステキ装備を荒れた獣道に担ぎ出して良いものか、と考え直す。肌触りもそうだが、見た目にしても透き通っていながら虹色の光沢を放つ生地は、野盗でなくとも無視できない存在感がある。つまり、悪い意味で目立つ。
「んーー~~~っ着る!ってか着たい!最悪不可視化POTでやり過ごす!」
悩んだ末、リラはとにかく着てみることにした。目立ちはするが、それでも強力な対人防御性能を持つ最終装備の1つであることは変わらない。どんな危険が待ち受けているかわからない以上、対魔法・対物理の両面に於いて発揮される、この装備の安定したパフォーマンスは、見た目から狙われやすくなるという点を差し引いた上でも、十分に活用の余地があるだろう。何より、一度火が点いてしまったレイヤー魂が、着ないという選択肢を全力で拒んでいた。
「あ、サンタ服。…そう言えば、配布されてから一度も着てなかったなー。トナカイにはなったけど」
ふと、改めて着ることに決めた目的の装備を取り出しながら、その隣のアイコンにも目が留まった。
「せっかくだし着てみたいかも。…でもまぁ村に着いてからでもいっか」
この世界でのクリスマスという概念の有無はともかく、オシャレ着としてサンタ服を着こなす自分を想像してみる。意外と悪くはないかもしれない。
と、脳内でソロファッションショーをしながら、『トゥルーノーブル』のトップスにあたる装備を枠外にドロップする。肩装備同様、その服は自動的に着用中の『貿易商の私服』と入れ替わると思ってそうしたが、予想に反して、取り出された服は消耗品アイテムと同じように中空に現れ、纏うこと無くそのまま地面に落ちた。
「え?んぎゃああーー!!洗濯方法知らない謎素材なのにィー!」
思わず裏返った悲鳴を上げて、慌てて謎素材の一張羅を拾い上げる。湿り気を帯びた土と落ち葉の上に落としたことで、厄介なシミが付いてしまわないかと焦ったが、幸いにも、軽く叩いて落ちる程度のホコリで済んでいた。
「ああ、セーフ…。同じモノ自体はまた作れるスキルも材料もあるけど、さすがにスキルマイスターの『祝福』は再現出来ないもんね。私の裁縫はマイスター取ってないし」
ほっと胸を撫で下ろし、その手に持つ艶やかなワインレッドに染め抜かれたエンパイアラインのワンピースドレス『トゥルーノーブル・ディバインスペルドレス・オーロラワンピース』を目の前で広げてみる。
戦闘用の衣装とはいえ、彼女が所持している勝負服は、いずれもかつての盟友たちと共に、時間と資金と資源を注ぎ込んで揃えた一点物だ。見た目に多少の汚れが付いたからと言って、その性能や思い出まで穢れてしまうとは思っていないが、出来ることなら、やはり粗末には扱いたくはない。
「…ってか、なんで着れなかったの?まさか太っ………い、いやいや、そんな…転生したの昨日だし。昨日の今日でそんな急に体型なんて……」
言いながら、ブラウスの上から横腹に手を当ててみた。……摘めない。大丈夫だった。
「…………」
何を思ったか、今度は自分の胸に手を当ててみた。……揉めた。Cはあった。
「Awesome!PADよ、貴様はもう用済みだ!!」
拳を高く突き上げ、人知れず勝ち鬨を挙げていた。
「…でも、じゃあ何で?…他の服のこと考えてたから?」
拳を下ろし、リラは頬に指を添えて暫し考察する。有り得ない話ではない。これまでモニターを介して着替える時は、枠外に現れる自らの全身が映る装備イメージ画面にアイコンをドロップすることで着替えていた。このイメージ画面が、言葉通りに自身の脳内での想像と結び付けられるものであるなら、可能性はある。
つまり、取り出す服を着ている、ないし着るという明確なイメージを意識的に思い浮かべているかどうか。先に取り出した羽衣を成功例として考え比較するなら、ワンピースは手順も手段も変わらないにも拘らず着替えに失敗したが、その時に思い浮かべていたのは、確かに違うものだった。逆に言えば、それくらいしか相違点が見当たらない。
ひとまず、思い至った可能性を検証するために、手に持ったままのワンピースを一旦インベントリへと戻す。今度は、しっかりとドレス姿のリラ自身を思い浮かべながら、念の為、不意に虚空から現れても取り落とすことが無いよう、空いている手を前に突き出しながら、もう一度取り出した。
「わぁ…、すごい。まるでオーダーメイドしたみたい」
果たして、ドロップされたアイコンからは再び服が排出されることは無く、金糸で縁取られた透明感の高いレースをあしらった半袖のワンピースドレスは、小柄な少女の丈で持て余されず、まるで誂えたようにピッタリとリラの身体を包み込んだ。
「ドレス自体は何度か着たことあるけど…こんなのは初めてだよ。ホントにどうやって出来てるんだろ。女怪・メドゥーサの髪の毛が主な素材だなんて信じらんない。星のエッセンスとか言う謎素材で頭打ち突破してるおかげ…?」
調子に乗って、その場でクルンと一回転してみる。服のサイズもさることながら、空気を含んでふわりと浮くスカート部分は、光の加減で色味が変わり、さながら名前の通り深紅のオーロラのようだった。
「………ん?」
そして、舞い上がったスカートが爽やかな空気を内側に取り込んだことで、リラはあることに気付いた。
「……ん、んんー…?」
なんだか、下半身に違和感がある。具体的に言うとスースーする。
「……まさか」
リラの顔が青ざめた。忘れてしまっていた…というより、ゲームで着ていた頃はさほど実害も無いことから大して気に留めていなかった、ある問題が頭を過った。
青ざめた顔のまま、首を振って周囲に人影が無いことを確認し、深呼吸。オーロラのスリットから手を差し入れて、その下の貿易商のスカートと共に裾を摘んで持ち上げる。そしてはっきりと直視してしまった。
はいていなかった。
「アイエエエ!?ノーパン!ノーパンナンデ!?!?」
慌ててスカートのスリットを閉じ、EXボーナスを確認したときと同じく自らのキャラクター情報画面を呼び出す。その目で見てしまった以上、否定するのは往生際が悪いと知りつつも、それでも一縷の望みを懸けた。装備品の詳細表示をONにして細い蜘蛛の糸に手を伸ばす気持ちで目を通す。
―――――――――
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右手武器:«Tier4»ひのきのぼう
【クラフト片手杖・打撃・強化値+25(最大)・肉体紳士の祝福】
左手武器:なし
【※おすすめ装備候補が 15 あります】
翼:«星象・Tier10»エンプレス・エースディバインフェザー・スペシャルカラー
【染色加工済・霊体融合度100%(最大)・星象化フェザー・ライラックの祝福】
【※魔神に覚醒しているためフェザーの性能は霊体融合度に依存します】
頭:なし
【※おすすめ装備候補が 22 あります】
肩:«星象・Tier10»トゥルーノーブル・ディバインスペルドレス・クリアショール
【染色加工済・スティグマ刻印済・強化値+15(最大)・星象化装備・デスペラード品川の祝福】
トップス:«星象・Tier10»トゥルーノーブル・ディバインスペルドレス・オーロラワンピース
【染色加工済・スティグマ刻印済・強化値+15(最大)・星象化装備・デスペラード品川の祝福】
ボトムス:«Tier6»貿易商の私服(下)
【加工不可。キャンペーンへのご参加ありがとうございます!】
靴:«Tier6»貿易商のブーツ
【加工不可。キャンペーンへのご参加ありがとうございます!】
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「何度見ても製作者の名前が女子力とは程遠いけど…ってか品川君この名前でオネェキャラだったんだよなぁ…。まぁ、この際それはどうでもいいとして…」
呟いて、初めから表示されていた装備情報が更に細かく表された画面を思い切りスクロールする。縋るべき藁と言える目当ての項目は、詳細画面の一番下だ。
「何かの間違いであってよマジで…。こないだまではネタにして笑ってたけど黒ゴリマッチョなオネェが作った衣装でリアルにはいてないとかイヤすぎるよ…」
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イヤリング(右):«Tier8»赤い珊瑚の耳飾り
【強化値+99(最大)】
イヤリング(左):«Tier8»赤い珊瑚の耳飾り
【強化値+99(最大)】
ペンダント:«Tier9»ドラゴンスレイヤーの証〈尽きせぬ魔力の証明〉
【強化値+99(最大)】
リング(右):«Tier8»漲る秩序の指環
【強化値+99(最大)】
リング(左):«Tier8»滾る混沌の指環
【強化値+99(最大)】
インナー:«星象・Tier10»トゥルーノーブル・ディバインスペルドレス・オーロラワンピース
【染色加工済・スティグマ刻印済・強化値+15(最大)・星象化装備・デスペラード品川の祝福】
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「…………」
リラの顔から、表情が消えた。
―――――――――
インナー:«星象・Tier10»トゥルーノーブル・ディバインスペルドレス・オーロラワンピース
【染色加工済・スティグマ刻印済・強化値+15(最大)・星象化装備・デスペラード品川の祝福】
―――――――――
「祝いどころかガチで呪いの装備と化してるじゃないの!!ちょ、はけないバグが笑い話に出来てたのはゲームだったからだよ!?リアルにはけないなんて笑えないんだけど!」
はけないバグ。それは、ゲーム時代の同名装備に於いて起こっていた、着るとインナー…つまり下着が装備から強制的に外されるという、リラを始めとしたRP達にとって、ネタとしては美味しくもあり、ファッションとしては悲しくもあったバグである。装備から外れると言っても、所詮は下着であり、何かしらの効果があるわけでもない純然たるフレーバー枠でもあったことと、そもそもボトムス装備を着てしまえば表面に見えるわけでもないということで、多くのプレイヤーにとってはただの面白可笑しい小ネタでしかなかったのだが…。
「うぐぐ…。気付かなければスルー出来たかもしれないけど、気付いちゃうとズボンはいても恥ずかしいよ…。てか肌と生地が直に擦れてもっと大変なことに…くっ、殺せ…」
端正な顔を耳まで真っ赤に染めながら、苦し紛れに、同じシリーズのボトムス装備であるフリルで飾られたワインレッドのホットパンツ『トゥルーノーブル・ディバインスペルドレス・セレスティアパンツ』をはいてみたが、デリケートな素肌に直接感じるその感触で、余計に『はいてない』という事実を認識させられ、却って羞恥を煽るだけとなった。
「…着替えよう。私はどこぞの生徒会書記みたいに天然で通るキャラにはなれない」
僅かな逡巡の後、溜め息とともに結論を吐き出す。見た目と性能という意味では何処にも非の打ち所が無いお気に入りのドレスは、その致命的な呪いのために「二度と着ねーよぉ。ぐすん…」という涙声とともにインベントリへと封印されることとなった。
結局、それから数分後。
肩を落として茂みから外に出てきたリラが纏っていたのは、多数のNPCに囲まれた際の突破力に重きを置いたドラゴン系の装備セットだった。
「まぁ、これはこれでスマートなシルエットが好きだからいいんだけどさ…」
自分自身を慰めるように呟いて、キャラクター情報をスクロールしながら装備の最終確認を行う。
アクシデントはあったが、これからの予定に変更は無い。予測不能なのも変わらない。チェックと考察は、どれだけしてもし過ぎということは無いだろう。
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装備
右手武器:ブレイヴドラゴニック・コンカッションレイピア【片手剣・刺突】
左手武器:伝承譚・アスクレピオス【スペルブック・打撃】
翼:エンプレス・エースディバインフェザー・スペシャルカラー【染色加工済】
頭:ブレイヴドラゴニック・ディバインスペルドレス・クリスタルコーム【染色加工済】
肩:ブレイヴドラゴニック・ディバインスペルドレス・ブレイズマフラー【染色加工済】
トップス:ブレイヴドラゴニック・ディバインスペルドレス・スカイコート【染色加工済】
ボトムス:ブレイヴドラゴニック・ディバインスペルドレス・コロナスカート【染色加工済】
靴:ブレイヴドラゴニック・ディバインスペルドレス・エレメンタルブーツ【染色加工済】
セットボーナス:【星象・屠竜の貴人(5/5)】
ヘイト蓄積量 -70%
魔法被貫通力相殺 +50%
物理被貫通力相殺 +25%
広域効果範囲拡大 +150%
回避行動『ブリンク』移動距離延長 +60%
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小柄な痩躯を包んでいるのは、袖の無い代わりに長いアームカバーで両手を保護する丈の長いコートドレス。その上から腰に巻かれているベルトには、普段の魔法のタクトではなく、星座を象った装丁の魔導書と細身のスモールソードがそれぞれのホルスターで括り付けられている。首元では緩やかに巻かれた細いロングマフラーが炎の揺らめきのようなグラデーションを帯びており、その光の反射と共に側頭部のサイドアップの根本に差した髪飾りの半透明な意匠がキラリと輝いた。裾のフリルを風に揺らす膝丈のプリーツスカートから伸びる脚には靭やかな革の光沢を放つシンプルなロングブーツを履いており、華奢なふくらはぎを隠しつつも、見事な脚線美を演出している。
「とりあえず、逆に考えれば、見た目はこっちのほうが冒険者らしいっちゃらしい…かな?鎧じゃないけど婚活剣のおかげでちょっとした剣士には見えるかも」
言って、腰の剣帯に固定されたレイピアを鞘から抜いてみる。それは驚くほど軽く、少し手首を捻るだけで鋭い音を立てて空気を斬った。
「とはいえ、見かけはともかく部活でフェンシングやってたってだけの腕で使いこなせるかは別だよねぇ。まぁ、この剣は能力もパリィ特化の剣の形した盾だから、よほどガン攻めされない限り捌き切れるとは思うけど」
指を切らないよう注意しながら、ややぎこちなく剣を収める。この一連の動作から、自分が酷く場違いな存在であるかのように思えて、その口元がつい皮肉っぽく釣り上がる。
「……試験、どうなってたんだろ」
それまでは、振るうどころか触ることさえ無かった、競技用ではない本物の〝剣〟の感触。ファンタジー、フィクション、創作の中だけの出来事だと思っていた〝転生〟を経て、この手で直に触れてしまった本物の〝剣〟の重さ。その感覚が残る右手を見つめるリラの表情は、浮かべている笑みとは裏腹に、どこか寂しげにも見えた。
やがて彼女は目を閉じて、ゆっくりと首を横に振る。
「……。私は、リラ。私は、ライラック・ヴァーミリオン」
呟いて、再び目を開けたときには。
「私は、私。女子力を上げて死ぬまで生きるのが私の人生」
もう、いつもの女子力高めな少女の顔に戻っていた。
着替えを終えて、ルーク達のところに戻ってきたリラは、思わず柳眉をハの字に曲げて閉口していた。
「戻ったか。存外と遅かったな」
満腹なためか、ふてぶてしく横たわりながら、ルークはリラに首を向ける。しかし、リラは答えず寄せた眉根を動かしもしない。ちなみにナイトは横たわるルークの腹部に背中を預けて安らかに寝息を立てている。
「………もう、二度と君たちとごはん食べてるときに離席したりしないよ」
生地の一切れ、ハチミツの一滴も残さず平らげられた絨毯を虚ろに眺めながら、リラはそれだけを口にした。
「…はぁ。まぁいいよ、ルークには足にもなってもらってるしね。ナイトー、起きてー。そろそろ行くよー」
所々が乾いてカピカピになりつつある絨毯を手早く畳み、呑気にムニャムニャとヒゲを揺らすナイトの横腹をツンツンと突く。愛らしい小動物の寝顔を見るとイタズラしたくなるのは、どこの世界に居ても変わらない人間の心理というものだろう。
「む、リラ、それはまさかドラゴンの鱗か?」
起きないナイトを、苦笑しつつ抱え上げるリラの衣装の違いに、ルークが低く鼻を鳴らした。マフラーの波打つグラデーションとコートの鮮烈な朱の色彩を見比べて、匂いを確かめるように鼻先を寄せてくる。深い森を出ること無く生きていた彼には人間の装備の機微など知る術は無いが、それでも、リラご自慢の最終装備の一揃えには、何かを感じ取ったらしい。
「あ、わかるんだ。まぁねー。君の言ってるドラゴンと同じかはわかんないけど…てか息つよ…く、首はだめぇ…!」
答えながら首元にかかった鼻息に思わずソプラノを裏返し、リラは逃げるようにルークの背中に飛び乗る。そんな身に纏う歴戦の装束とは裏腹な少女らしい言動というアンバランスさに、ルークは再び鼻を鳴らして歩き出した。
「ドラゴンは、その息吹1つで山を平らげるような連中だ。片鱗とはいえその一部から拵えた武具となれば、相当なものであろう。…行き先に、凶兆でも視えたか?」
「そのドラゴン、ドラゴンしすぎでしょ…。いやまぁ、凶兆ってほどでもないよ。ただの念の為。私、純粋なドつき合いだときっと普通に弱いからね」
先程の、呪文によるドーピングでルークを1ミリも動かせなかったこともあり、リラは思っていた最強主人公のパターンに自分が当て嵌まるわけではないと考えていた。
レベルがカンストしていても、3次職に転職して以降に器用貧乏を嫌ったリラは、継戦能力として必要な最低限の自衛手段と奥の手である攻城魔法を除き、ほぼ全てのリソースを魔法やポーションによる戦場のコントロールに割くべくステータスを極振りしている。つまり単純なパワーによる殴り合いのダメージレースでは、その打たれ弱さからどんな状況でも圧倒的に不利となり得るのだ。
「だいぶ前の話だけど…『500のダメージ受けたとしたら実際はどのくらい痛いのか』って真面目に話し合った変態たちが居てね。結論から言うと、陸上部の女子高生…えっと、走るのが好きで毎日走って鍛えてる女の子に本気でドロップキックされると400~500のダメージになるっていうところに落ち着いたんだけど…」
「ダメージ…?痛みに数字をつけるのか?」
「まぁ、直感的なものだと思ってよ。んで、この理屈で行くと、この女の子の本気のドロップキックを30回食らうと私はワンチャン床舐めるんだよねー。ちなみにこの女の子が吉田沙○里だと高速タックルの風圧で私は跡形も無く消し飛ぶっていう話にもなったんだけど、それはまぁまた今度。とりあえず人類最強は吉田沙○里。勝てる気がしない」
もちろんリラ自身にも、火力や耐久力が無いわけではない。しかし、魔法での戦線の掌握に特化した搦め手である関係上、自身が表立って戦う場面に於いてはどう足掻いても本職のDPSや壁役と比べると、それは足元にも及ばない。
「だから、野盗やオーガってのがどれほどのものかわからない以上、用心に越したことは無いかなってね」
「用心だと?ドラゴンとも戦えるお前が、高がオーガや人間に後れを取ると?」
「その『戦える』っていうのは、あくまで〝戦える状況〟を作れてるってだけだからね。うーん、つまり、押し付けてるだけなんだよ、私の得意な状態を。だから、そういう状況に持ち込めるかどうかが、私にとっての本当の勝負なの。そしてその勝負の中では、私個人は基本的に弱いんだよ」
そう。個人として基本的に〝弱い〟。ステータスだけを見るなら、防御力や耐久力といった直接戦闘に関わる主な項目はほとんど2次職止まりであり、そんな彼女の強みは貫通力や命中力を拠り所とした、じわじわと戦場を圧迫していく類の戦術戦闘にある。ソロでの活動も無くはなかったため、余ったリソースを気持ち程度に火力へ振り分けてはいるが、それだけだった。
「魔法使いってのは得手不得手が分かれやすいの。パワーインフレが目立つと意外とみんな忘れちゃうけどね」
「不得手を突かれれば、抗するに持て余す…か。道理ではある」
「そういうこと。要約すると、『慢心、ダメ。ゼッタイ。』ハイ、復唱」
「……『慢心、ダメ。ゼッタイ。』」
「Okay。慢心と自信は似てるけど全くの別物だからねー。天の道を征くおばあちゃんが言ってたよ。負け筋を見据えた上で勝てるのは自信に繋がるけど、勝ち筋だけに胡座を掻いて負けてちゃ慢心だって」
言いながら、ナイトを抱えていない方の手で、ポンポンとルークの背中を撫でる。勝っても負けても、自信も慢心も笑って流せる遊びならともかく、勝ち負けが冗談で済まない話になりかねない今は、臆病なくらいが丁度いいとリラは考えていた。
「そうだったな。儂がお前に不覚を取ったのも、お前を力の無い小娘と侮った慢心故であった」
「あ、いや、別にルークが慢心してるって言ってるわけじゃないんだよ?実際、力の無い小娘で合ってると思うし」
「力は無くとも、芸はあった。儂はその芸に敗れ、そして未だ破る術は見出せぬ。敗北から学ばず勝利のみを糧とするのは、慢心であろう」
「…君ってたまに似合わないド正論で話すよね。…クマさんってこと忘れそうになるよ」
と、それからしばらく他愛の無い話をしながら歩いているうちに、一行は一度引き返した山の入口に戻ってきた。ナイトが、その鋭敏な耳で水源の音を聞き取った地点である。
「もうそろそろ夕方かー。野宿するならやっぱり水が確保できる方がいいよね。2人はどう?水源の様子だけでも見ていく?」
頬に人差し指を添えながら、日が傾き始めた西の空を気にするリラが2人の旅の友に問う。彼女自身が環境や状態異常の影響を受けないとはいえ、さすがに2日も連続で徹夜は避けたいところでもある。強制的な昏倒でもない限り適切な睡眠と休息は、異常ではなく正常な身体のサイクルだ。特に、一日歩き詰めたルークと、昨夜まで真っ当な食事も摂らず孤独な逃避行をしていたナイトにあまり無理をさせたくない。
「………」
「うにゃあぁぁ……」
しかし、問われた両者は答えようとせず、片や細長い口を突き上げるように空を仰いで鼻先を揺らし、片や三角耳を震わせて辺りをキョロキョロと伺っていた。
「……。【広域化、二重広域化、《探知・動性体》】」
優れた知覚能力を持つ2人の様子の変化を見て、リラの表情も変わった。涼やかなソプラノに乗せて紡いだ呪文と共に、術者を起点として周囲の動体反応を探り出す魔法を唱える。
(【広域化】を2回唱えて装備のセット効果も合わせて半径750M…。動いたのは、9つ…大きさ的に2つが、人間…かな?)
検知したのは、9つの反応。しかしそのうち7つは、検知するに足る大きさギリギリの小さなもの。立って動いていたとしてリラの膝ほどの高さも無いだろう。何より、範囲限界近くで捉えた2つの反応から逃げるように動いていた気もする。ということは、問題になるのは残りの2つだ。
「2時方向、人間くらいの大きさが2つ近付いて来てるね。そんなに速くはないけど…」
「4つだ。それぞれが複数の種族が混ざった新しい血と、擦れた鋼に鞣した獣の皮の匂いを纏っているな。同じ方角だ」
「ニャ…ガチャガチャ、鉄の音といっしょに、何かひきずってるニャぁ…お、怒ってる声もするにゃぅ…こっち側と…向こう側に、4人が2つに分かれてるにゃあ」
「ドヤ顔なんかしてごめんなさい」
本日2回目のプライドがコナゴナになる時間であった。前世での価値観になるが、これほどの範囲を一瞬で索敵出来たのは自分でも褒めたいとリラは思ったが…。如何せん、今回は同行者がその上を行っていた。
(けどまぁ、割と嬉しい誤算かな。それならそれで万が一の場合は私の女子力も妨害に専念できる)
「ともあれ、このまま注意しながら進もうか。わかってると思うけど、私たちは戦いに来たんじゃなくて、ここを通りたいだけだから、警戒はしても不必要な威嚇や挑発はなるべくしないように。いーい?」
ナイトを残してルークの背から飛び降り腰の婚活剣を抜きながら、早くも牙を剥き始めた黒い巨獣に念を押す。経緯はどうであれ、縄張りを主張する者が居るのなら、この場において侵入者であるのはリラ達である。明確な身分も大義も無い以上、可能な限り武力衝突は避けたい。目的はあくまで通行であって侵略ではないのだ。
「ふん…。お前の手並みは既に見ている。先手は打たん」
「十分。じゃ、行こう」
低く唸って響くバリトンボイスに微笑み返し、リラは煩雑としたオフロードに踏み込んだ。その後を、毛を逆立てたルークがゆっくりとついていく。
(障害物が多い…、それも中途半端に。足場も悪いし機動力に頼った撹乱は難しいかな。やるとしても、上手く誘導してからの奇襲になりそう。でも、その手の不意打ちは多分ルークに通用しないってのは昨日で経験済み)
切れ長のツリ目を周囲に配り、注意深く足を進めながら地形の利を分析する。少なくとも、半径750M圏内に於いて多勢に囲まれている気配は無い。奇襲を目的に囲み始めたとしたら、おそらくルークかナイトが気付くはずだ。現状で考え得る会敵のシチュエーションは、一方向からの正面衝突だと判断できる。その上で、間近に接敵するのであれば、切り結ぶ前に話し合えるチャンスがあるという意味で理想的だろう。つまり今、リラが最も警戒するべきは…。
(このPTで1番遠距離に適性があるのは私。その私が対処するべきなのは…遠距離からの飛び道具)
魔法そのもの以外にも、銃という攻撃手段が確立されていることをリラはその目で見ている。であれば当然、もう一つの飛び道具が存在する可能性も無視するわけにはいかない。
(火薬が実用化されてるんなら、投擲兵器として手榴弾が発明されてないなんて有り得ない)
ルークは、自身の毛皮は有力な魔導師の魔法をも受け付けないと語っていた。しかし、魔法を介さない物理的な攻撃ではどうだろうか。
銃を前にして「盾にしろ」とも言っていたことから、物理攻撃に対しても相応に耐える自信はあるのだろう。だが、こと〝爆発〟というものの本当に怖いところは、表面上の爆炎や衝撃波だけではない。
爆風、その爆風により押し出される空気の圧力、空気が押し出されたことによる真空状態。いずれも、目や鼻、耳といった鍛えようが無く守り難い急所に致命的なダメージを与え得る。化学物質などが含まれていたりすれば最悪だ。
もし、この時代が火薬の有用性を見出して浅く、手榴弾自体の威力が大したものではないとしても、だからこそ、よりタチの悪い有害な毒物と掛け合わせられている可能性もある。そうであれば、それは半端な魔法などより遥かに脅威となり得るし、むしろ魔法を用いることで通常の投擲では不可能な投下を行ってくるかもしれない。
(どんな攻撃にも前兆はある。距離が離れていれば尚更。…だから見逃すな、私)
心の中で自らを鼓舞し、それに応じるように左手の手元でフヨフヨ浮かぶ魔導書のレリーフが淡く輝く。
魔法、射撃、爆発。どんな攻撃であろうと、即応さえ出来ればそれぞれ凌ぎ切れる手段は有る。だが、その手段を迷わず素早く確実に、自分は行使出来るのか。
…やらねばならない。出来るか否かに関わらず。何故なら。
(…やれる。女子力ガチ勢の私なら)
目の前で誰かの血が流れるのを看過することは出来ないが、それでも、血を流す前に女子力で攻略することなら出来る。
「剣と魔法に、女子力を備えた今の私に死角なんて無い…。トラスト女子力」
言い聞かせるように呟いて、知らず早まっていた動悸を落ち着けるように深呼吸する。右手の細剣と、左手の魔導書、そして形は無くとも己を形作る女子力と共に、感覚を研ぎ澄まして罠の有無にも配慮しながら一歩一歩を踏み進めていく。
その足元の地面を、遠雷のような爆音が揺るがしたのはその時だった。
プレイヤー時代に付き合いがあったフレンド達はイロモノ揃いだったようです
つまりリラもイロモノです




