裏切りと裏切り
長文練習その2
たまには王道ファンタジーでも
【オオオオオオオオオオオオオッッッ!滅ぶ、我ガ、ホロぶ、トキが来るト、ハ。ク、クククッ。ミゴとナり、人げン…………】
聖剣の一撃で核のあった胸の中央部を吹き飛ばされた魔王は笑いながら砂へと還り、カランと魔王の持っていた魔剣が地に落ちた。
後に残されたのはオレを含んだ勇者パーティと呼ばれた疲労困憊した面子だけ。
「倒したか……」
「ああ。君は見事役割を果たしきった」
聖剣を杖代わりにした俺に、そう声をかけたのは第二王子。
何時もは無駄に輝くオリハルコンの鎧も全体が煤けてあちらこちら壊れている。
「お疲れ様でした、勇者」
「お前のお陰で世界は救われた。礼を言う」
聖女と無骨な戦士長もそう労いをかけてきた。
二人とも王子と同じで大分ボロボロだ。
「お前たちがそんな愁傷な事を言うなんてな。魔王を倒したのに世界が滅ぶ前兆か?」
「言ってくれる。魔王討伐はそれ程の悲願だったのさ」
皮肉気に笑う王子だが、実際オレ達はお世辞にも仲の良いパーティでは無かった。
ただオレは元の世界に帰りたい一心で、他の三名は魔王の脅威を消し去りたいから。
召喚されてからここまで、色々とイベントはあったけど結局はパーティの仲が改善される事はなかった。
「後は戻って祝賀パーティやら何やらテンコ盛りだ。勇者帰還の儀は、いつ頃なるかな?」
「月の巡りも関わりますのですぐという訳にはいかないでしょうが、半年後に良い巡りがあったなので早ければ半年後ぐらいでしょう」
「なんだ、すぐには帰れないのか」
「安全を考慮しなくていいなら、すぐにでもやりますよ?ただし、あちらで身体がバラバラになっても文句は言わないで下さいね」
「それは帰還ではなく只の投棄だ、聖女」
「勇者が望むなら仕方のない事です。媒体となる聖剣があれば儀式自体は出来ますからね。今陣を描きますのでちょっと待ってください。聖域ではなくまだ魔王の影響が強い場所なのでバラバラではなく液体状になるかもですが、意識は残るように努力しますので」
「待て、待ってください聖女様。安全第一でお願いします」
王子と戦士長が笑う。
最後の最後、魔王を討伐を果たしてやっと仲間になったかの様な和やかさがあった。
「さて、戻る前に少し休憩を取ろう。皆、生まれたての小鹿の様な有様だからね」
「それがいい。この無駄に広い城を疲労困憊で戻るのは危険すぎる」
「じゃ、携帯食でも齧っとこう。何も腹に入れないよりかは回復も早いだろ」
「はぁ、魔王討伐してもコレは変わりませんね」
魔王城にかち込む過程で殆どの荷物は途中で投棄する事になった中、残った少ない荷物から取り出したのは、冒険者御用達の伝統的な携帯食。
保存性と栄養素に優れ、これがあれば大体は生き残れると言われる携帯食な訳だが、現代日本人や高貴な生まれの王子や聖女の口にはなかなか馴染む事の無かったこの冒険最大の敵。
配られた携帯食を嫌そうにしながらも齧る聖女も、だいぶ図太くなった。
「オレは戻って準備が終われば元の世界に戻るわけだが、お前たちはこれからどうするんだ?」
「これからか。まぁ今回の手柄でボクの継承順位はかなり上がるからね。このアドバンテージを最大に生かすために動いて、王位を目指すだろう。まずは兄の側に付いた貴族達を散らす事からだな」
「引き入れるんじゃなくて散らす?」
「ああ。普通の引き入れ工作は当然対策されてるだろうし、ただ裏切る連中はまたすぐに裏切るからね。まずは下準備からだよ」
「やっぱこの人怖いわ」
笑顔が似合う奴はやっぱり腹黒っていう二次元の法則はリアルでもその通りらしい。
怖い。
「自分は最後まで殿下につき従う」
「家族でも人質に取られてるんですか戦士長?」
「違う」
「ああ、じゃあ呪いですか。大丈夫、神殿では解呪も行ってますよ。戦士長は今回の事で英雄ですから寄付も免除でやってあげます」
「違う」
「君がボクをどう思ってるのかが分かるね」
戦士長の忠誠に疑問を抱きまくってる聖女。
ホントにこいつは聖女なのか今でも疑問だ。
いや、ホント。第一印象ってのは役に立たない。
「私はそうですね。勇者に付いて行ってあちらの世界に行ってみるのも面白そうです」
「ブハッ!?」
思わず齧っていた携帯食を噴出した。
「……汚いですね。今更マナーを説く気は無いですが、もう少し同席者を慮る努力はした方がいいですよ」
「いや待て。え?さっきのはジョークだよな?」
「聖女の言葉を疑うとは不見識ですね。誰も私を聖女だと知らない所で一からやってみるのもありかなと」
「いや言っとくけど、オレの世界って結構ガチガチな管理社会だから。どこの国にも戸籍の無い欧州系外国人がすんなり住めるような大らかさは皆無だからな!」
「何とかなりますよ。私って可愛いですし」
「確かに可愛いってのは認めてやるけども、そんな甘くねぇから!どっかの悪い連中に食いものにされるのが目に見える!」
「なら勇者が保護してくださいよ」
「なんで!?」
「してくれないなら、勇者のご家族の前で手籠めにされましたって泣きますよ」
「やめろ!マジでやめろよ!冗談で済まないからな!後お前ら笑うのをやめろ!!」
聖女にからかわれるのを笑う王子と戦士長。
くそ、やっぱコイツ等全員性格が悪すぎるぞ。
「はぁ。私にお願いされてそんなに拒否するとは、勇者って男色派ですか?」
「断じて違う。はぁ、もう好きにしろよ」
魔王討伐すぐに連続ツッコミは疲れる。
「そうします。まぁ何にしてもまだ予定ですから……!」
全員が疲労困憊の身体に鞭を打ってその場から飛び退く。
さっきまで居た場所には十数本の矢が突き刺さっている。
「何者だ!我等を勇者一行と知っての狼藉か!!」
王子が怒りを込めて一喝して魔石を投げる。
投げられた魔石は術者である王子の意思に従って、封じ込まれていた爆炎を向こう側に向かって開放する。
辺り一面を衝撃と炎が包むが、対応して放たれた青白い光が衝撃と炎を掻き消してしまう。
「魔法消しですか。あの規模の術をあっさり掻き消すとは」
「だが、愚か者は炙り出せた」
さっきの魔法消しで姿を隠す術も剥がれたみたいで、オレ達に相対する様に武器を構える黒装束の連中が四人立っている。
「あー、意地汚いハイエナさんとお見受けするけど、どこに飼われてるハイエナさん達ですかね?言葉を喋る芸を仕込まれてるなら、是非とも答えて貰いたいんだけど―――」
丁寧に所属を聞く途中で撃ちこまれる矢と魔法。
躾けのなってないハイエナ共の攻撃を、聖女が障壁の奇跡で防いだ。
「いきなり何挑発してるんですか!」
「いきなり矢を射ってくる相手に対してはかなり丁寧な対応だったと思うけどなぁ」
「あんな言い方では引き出せるものも引きだせませんよ!」
オレの対応に随分と不満があるみたいで聖女がガチギレしてる。
ぶっちゃけオレが何言っても効く耳持たずに攻撃してきたと思うけど、これ以上怒らせて奇跡の範囲外にされても困るから黙る。
「何を言っても答えはしないと思うけどね。アレは王国の暗部だ」
王子が珍しく焦りを滲ませたような声で言う。
それを聞いた聖女は奇跡を維持しつつも、ポカンとした顔を王子に向ける。
「はい?王国の暗部って、じゃあアレは王子の案件で私達は巻き込まれですか!?」
「王子だけでは無いだろう。それなら疲労状態とはいえ、勇者と聖女まで巻き込む必要は無い。神殿を巻き込むのはリスクしかない」
「それに暗部を動かせるのは陛下だけ。こんな強硬策に出たとなると―――」
「王国と神殿が共謀してオレ達を消したがってる、か」
王子は黙って頷いた。
聖女は、らしくない震えた声で反論する。
「そんな、ありえないです。だって私達は魔王を討伐したんですよ!?それに私は王子と違って誰かと権力争いもしてません!」
「だからもう用済みと言った所かな。王国も神殿もボク達に戻ってきて欲しくないみたいだ。ボクは継承問題だとして、君の場合は神殿内のパワーバランスと次期聖女の席かな。魔王討伐の功績を持つ美貌の聖女の影響力は教皇猊下を上回りかねないし、次期聖女の席を望む高位貴族の令嬢は多いが君が居てはその席には座れない。これから平和になるのなら、お飾りに座って貰った方が神殿も都合が良いのだろうね」
「オレは?」
「元の世界に戻った勇者よりも魔王と相討った勇者の方がプロパカンダとしても使い易いって所だろう。それにもし元の世界に戻るのを拒否された場合、止められるタイミングは今以上のは無いだろうし」
随分と王国は腐ってるらしい。
「ったく、このタイミングでオレを殺そうとしてくるならお前等だと思ってたよ」
「ハハハ、ボク達の場合はさっきまでなら君が死のうとどっちでも良かったよ。事が終わったら元の世界に還すのだから。今だと君が生きてきちんとボク達の功績について証言してくれないと困るけどね」
「成程。じゃあ逆にオレが死んだら、どうとでもいちゃもんを付けられるって事か」
「判断を下す側が敵だからね。ボク等には他に方法が無い。そしてキミだけ生き残った場合も、あまり愉快な事にはならないと思うな」
つまりオレだけ安全圏で観戦って事もできない訳か。
ああ、クソッ。
だから異世界ってのは碌でもないんだ。
「さっさと潰してこれからの方針を再確認だ。何時も通り、押し通る。いくぞ!」
オレと戦士長が一気に最大速度で駆けだして障壁の奇跡を抜ける。
当然狙いがオレ達に向くが、その隙を王子は逃さない。
魔法が封じられた魔石で敵を牽制していく。
あちらの暗部も残り二名がオレと戦士長に対応すべく動いた。
オレの聖剣と戦士長の風刃の戦斧が連中の武器とぶつかる。
連中の剣は、地球で言うジャマダハルみたいな武器だ。
「刺突用の武器で、斬り合ってんじゃねぇよ!」
一国の暗部が使う武器なだけあって上等そうではあったが、如何せん武器のランクが違う。
光輝く聖剣はジャマダハルをあっさり両断し、戦士長の戦斧も中央に付けられた魔石から発生す風刃で暗部の腕を刻む。
が、相手はそれに構わずこっちに飛びついて来ようとする。
こういう敵は大概――――
「自爆する気だ!突き放せ!」
聖剣で強化された身体能力に任せて蹴り飛ばしつつ叫ぶ。
戦士長もすぐに対応して自身を巻き込むのも厭わずに戦刃で風刃を大量に生み出して吹き飛ばす。
そのすぐに暗部二名が大爆発を起こした。
「自分の命すらあっさりかよ」
「厄介な……」
けどこれで数は2:1でこっちが優勢。
それなりな使い手ではあったけど、単純な実力はオレ達に及ぶべくもない。
捨て身の攻撃が厄介ではあるが、そういうのもしてくると分かってればもっとやり様はある。
弓矢の暗部と術の暗部もそれはわかっているみたいで、さっきの二名が自爆に失敗したのを確認するとすぐさま身を翻して逃げに出た。
「逃がすか」
一気に距離を詰めて斬り捨てようとした所に、術の暗部が袋に入っていた粉状の何かを撒き散らした。
「ッ!」
オレは警戒して動きが鈍るが、戦士長は風刃を飛ばして撒き散らした粉ごと術の暗部を斬り裂いた。
そのまま弓の暗部も斬り捨てようと動いた時、術の暗部の死体が爆発する。
それは前の二名に比べて小規模ではあったが戦士長への足止めとしては十分で、弓の暗部は逃がしてしまった。
「一人逃がしてしまったが、一息つけると言った所だね」
「ですね。でも酷い臭い……」
王子と聖女がこっちに来るが、確かに酷い臭いがする。
「術を使ってた奴が散らした粉だな。王子、これも何かの触媒か?」
「粉末を使った術は聞いた事がないな。触媒じゃなくて本来は目潰しにでも使う物の可能性もあるね」
床に落ちている粉末を確認する王子。
粉末が何かを調べてる時、始めに異変に気付いたのは聖女だった。
「あの、何か聞こえませんか?」
「……、振動もあるな。これは、何かが近づいてきている」
「ッ!そうか、やられた!」
「どうした王子?」
「これは魔物寄せの粉なんだ。臭いで魔物を引き寄せる禁制品」
「くっそ……」
思わず上を見上げるが、見えるのはボロボロの天井だけ。
「魔王城にいる魔物がどれだけいるかですね」
「これを期にした魔族の残党が混じってる可能性もある」
「しかも逃した暗部の奇襲も気にしないといけないか。携帯食を食べたのは正解だったな、休まる暇がありゃしない」
既に音と振動が伝わる範囲に魔物共が居るとなると、道に明るくない魔王城だと逃げる事すらままならない。
最悪狭い通路で鉢合わせでもしたら普通に死ねる。
「広さがあるここで向かい討つしかない、か。天井や床を落すとかしたらマシになったりするか?」
「撒かれたすぐにやっとけばマシだったかもしれないけど、ここまできたらあまり効果は期待できないな。逆にこっちの動きが制限されるだけかもしれない」
「道中で見かけた魔物は大型のも居たが飛ぶものや身軽なのも多かった」
「壁とかを抜く事はできませんか?」
「魔王との戦いでもボロボロになりはしても壊れなかった部屋だ。只でさえ限界間近なボク等じゃ魔物が押し寄せる前にするのは厳しいな」
詰んでるなぁ。
体力的に、魔王城中の魔物や魔族を相手にして生き残れるかは怪しい。
そうでなくても、応援を呼んだ暗部連中にトドメを刺される未来が見える。
「逃げ道は何処にもない、出来るのは終わりの見えない持久戦だけ。クソッ、生き残ったらこの世界滅ぼしてやる」
「王国と神殿の首脳部だけで許してほしいな。その後釜にはボク達が座るから」
「ああ、神よ。アホ達はどうでもいいので、どうか私だけでも御救い下さい」
「お喋りはそこまでだ。来るぞ」
かなり近づいていた地響きが最高潮に達した時、壊れた扉の向こうから魔物の軍勢が顔を出した。
「さぁて、エクストラステージだ!主人公補正の無いお前らは精々頑張って生き残れ!」
オレがそう言ったのを最後に、魔王城での最後の決戦が幕を切った。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
あれからどのくらい時間が経っただろうか。
魔王の間であった広い部屋を埋め尽くす様にうず高く積み上がった死体の山。
初めは連中とも連携を取れていたが、途中からはもう声を掛け合う事すら出来ずに魔物の波に押し込まれた。
無傷なのはバカみたいに頑丈な聖剣だけで、オレは頭から爪先まで魔物の体液に塗れてしまっている。
聖剣があってこれだと、脳筋でバトルジャンキーな他の連中も厳しいかもしれない。
「ハァ、ハァ……おおい!生き残ったしぶとい奴は、いるかぁ!!」
残った力を振り絞って叫ぶように連中に声をかけるが、返事は無い。
そんなオレも聖剣を杖代わりに立ってた足が限界を迎えたようで膝をつく。
「ハァ。んだよ、どいつも自分だけは生き残るって感じの意地汚い連中ばっかだったのに、意外と情けないな」
「だれ――いじ―――――すか」
「!?」
微かに聞こえた声の方へ這うように向かうと、見た目だけは良かった聖女がこっちと同じく汚れまくった姿で倒れていた。
「おい、大丈夫か!」
「あたま、に、響くので、大きな、声を、出さな、いで、下さい」
「減らず口が叩けるなら平気そうだな。王子と戦士長は?」
「わか、りません。で、すが、この、状況、だと……」
希望は持てないか。
けど、状況が状況だけに聖女だけ生き残っただけでも上々だろう。
休ませて自分を治療させれば動く事も出来るだろうし、その後で城を脱出して人里にでも行こう。
食べ物と水が手に入れば、まだどうにかなる。
「勇者、聖剣、を貸し、て、下さい」
「は?聖剣?ああ、いいぞ」
勇者であるオレ程の効果は期待出来ないかもしれないが、確かに聖剣を持ってた方が回復が早いかもしれない。
某RPGで言えば道具として使う感じだ。
「神の、奇跡が、織、り成、した、御剣、よ。そ、の、姿、を解いて、彼の、者、の、望みを……」
「うおっ!?」
聖女が何か呟くと、聖剣が今まで見た事もない位に光出した。
そして縫い物が解けていくように聖剣がその形を崩して、俺を包み込んでいく。
「おい聖女!何しやがった!?」
「何って、約束、したでしょう。全部、が、終わったら、貴方を、還すと」
聖女はらしくも無い、弱った笑みをこっちに向ける。
光を振りほどいて掴もうとしても、限界の所を聖剣のバフで動いてた身体は振りほどくどころかまともに動けやしない。
「聖剣は、神の力の、結晶体です。それを、解いて、願えば、ここで貴方を、送り還す、事も、できるん、ですよ。代わりに、聖剣、は、無くなっちゃい、ますの、で、もう、勇者、召喚も、できなく、な、ります、が」
「おいおい、それはお前らが困るんじゃないのか!」
「私達を、殺そうと、した罰、です。聖剣が、無く、なるのも、仕方ない、でしょう」
「なら、お前はどうなる!?一人でここから帰るのなんて無理だろ!そうでなくとも、暗部の連中がいつ何処で襲ってくるかも分からないのに!」
「何を、言ってるん、ですか。私は、神に、愛された、歴代、最高、の、聖女ですよ。聖剣の影響で、多少は、回復、しました、し、どうにでも、なります」
「いや無理だろ!それに、お前もこっちに来るって言ってただろうが!」
「は。冗談、を、冗談、とも分からない、から、女の子、に、モテない、んですよ。還った、ら、王子の、マネ、から、でも、は、じめて、みたら、どう、ですか?ゴホッ」
「ッ!おい!」
聖女が血を吐くが、弱った笑みを止めようとしない。
「こう、いうのも、なん…す、が、けっこう、たの、しかった…、ですよ。わた、…の、まわりに、は、あな…、たち、みた…な、バカ、な、ひと、た…は、いま、せんで、したから」
「―――――!!!」
光に呑まれ声も出せなくなった俺に、聖女がとびっきりの笑顔で、言う。
「だ…ら、あなた、は、こ…あと、しあわ…せ、に…ってくれ……うれ―――」
テレビの電源がブツンッと切れるように聖女の姿も声も途切れて、目の前が真っ暗になった――――
「聖女!!」
悲鳴の様な声を上げながらガバッと上半身を起き上がらせる。
が、そこには聖女の姿も魔物の死体の山も無い。
「オレの、部屋……?」
明かりをつけてないので暗いが、浮かび上がるように見えるここは、確かに元の世界のオレの部屋。
そしてオレ自身もボロボロの鎧をつけて魔物の体液塗れな姿ではなく、綺麗な寝間着を着た清潔な状態でベッドの中にいた。
それだけでなく、身体も随分とひ弱な感じになっている。
「召喚される前の状態?完全にリセットされた?」
元の世界に還すだけではなく、アフターサービスも万全とは恐れ入る状況。
本当に、まるで異世界の事は全部、夢だったかのような変わりの無さ。
「全部、夢だった……?」
ガコンッ!
オレの独白を否定するかの様なタイミングで重いモノが倒れた音がし、その方向に目を向けると、ある筈がないソレに目を剥く。
「魔王の、剣!?」
巨大な魔王に合わせた巨剣ではなく聖剣と同じサイズになってはいるが、確かにそれは魔王が持っていた魔剣だった。
ベッドから降り、恐る恐る魔剣を手に持つと、オレの筋力に反して初めて持った聖剣の時と同様にすんなりと持ち上げられる。
そして――――
「ッ!?これは……」
目の前に現れた黒い渦。
そう、それはまるで、異世界召喚された時に出てきた光の渦の様なものが。
「……あの世界に、通じてるのか?」
魔剣を持ってあの世界に戻る。
その時にするオレの行動は考えるまでも無いだろう。
でもそれは、最後に望んだ聖女の願いとは真逆の道になるのは間違いない。
もし落ち着いて考える時間があれば、オレは悩んだに違いない。
だからこそ、この魔剣は還ってきた直ぐのタイミングで、オレの前に現れた。
「やっぱ最低だな異世界。どんだけ人の人生をメチャクチャにすれば気が済むんだっての」
魔剣の意思に逆らうなら、魔剣をこの渦の中にでも放り込めばいい。
だがオレはそれをせずに、魔剣を持ったまま渦の中へと進む。
皆、魔王を斃すという目的以外は全員が求めるモノが違った、特別に仲が良かったとは言えない連中。
けど、あの世界で一番長く側に居て、助け合った連中でもあった。
そして、あの時に少しは歩み寄れたと思った。
それを、全て、台無しにされた。
オレの行動は遺された願いを踏みにじる裏切りだ。
けど、それを止める連中は居ない。
「さぁ、今度はこっちが殴り返すターンだ」
オレのどす黒い願いに反応する様に疼く魔剣。
対を成す神の聖剣は、もう無い。