10 ささやかな回想―O
A先生が僕たちをひそかに見ているのが感じられる。聞こえるのだろうか? 駄目だ、これ以上喋っては! この問題に教師を関与させてはならない。今の本部は気に入らないが、生徒会は学校に必要なものだ。むざむざ潰させるわけにはゆかない。
あいつはA先生を一向に気にせず、ぺらぺらと喋りまくる。
「で、オレたちもパトロールに加わるんだよな?」
僕は堪えられなくなって、彼を引っ張り教室を抜け出した。
あの時――Iは一旦黙って僕の苦しんでいるのをこの上なく楽しそうに眺めたのち、会長にオセロをするよう頼んだ。もう駄目だ、そう思った。だが、
「ボス!」
大勢の足音が響き、軽いノックの後、資料室のドアの向こうから声がした。Iはチッと舌打ちをして答える。
「なんです?」
声は、喜ばしそうに言った。
「実は、アンチ・バレンタインデー計画に新たに加わりたいという者がおりまして……」
Iは、少し考えてから言った。
「その方だけ中に入れなさい。あなたたちは巡回を続けてよろしい」
「はい、承知しました!」
しばらくして、ドアが野暮ったく開く音がし、書類の山がざざあっと雪崩を起こした。雪崩は長机を半分ほど埋めた。本部役員はしばし絶句した。せっかくうまく積み上げて隠してあったのに……。しかし僕が本当に絶句したのは――
そこに立っていたのが、あいつだったからだ。
「おやおや、誰かと思えば問題児君。ちょうど今、あなたの噂をしていたところですよ」
Iが猫撫で声で言う。だが言葉の隅々まで僕へのお仕置きを邪魔された怒りが染み渡っている。
「なんでも、O君にそそのかされて、A先生に俺のことを喋ったとか。大した度胸ですね」
「そうだそうだ、Iにはボクがついているんだぞ!」
Zがここぞとばかりに声を張り上げる。 あいつはIを認めると一瞬目を丸くして、
「Youに誤解させしこと、very申し訳なくおぼゆ」
深々と頭を下げ、それから普通の口調に戻って話し始めた。
「オレはあんたたちの計画に加わりたいと思って、Oにそう伝えたんだ。するとOは自分で探して直接頼めと言った。だがオレがあまりうるさく言うものだから、とうとうIというて名前を教えてくれた」
Iがぎろりと僕を睨む。本当なのか、と問いかけるように。僕は心中では動揺しながらもこっくり頷いた。
「だがオレは、Iさん、度胸がないから、Iさんのクラスに行けなかった。そこでTeacher.Aをけしかけて、副会長の配下がオレのところに来るように仕向けたんだ。期待通り、来てくれたよ。ただ、まさか副会長直々に来てくれたとは気付かなかったが」
こいつの言っていることは、もしかして殆ど本当なのか? いやそんなはずは……。だが僕がそうだと信じ込んでしまうくらい説得力のある話しぶりだ。
「ところがオレはまたしても度胸がない。Iさんに何も言えず、かえって反対しているという印象を残してしまった。それに、誰に聞いた、と問われても、Oが罰せられるのではないかと恐れて曖昧な返事をしてしまった」
Iは、疑わしげな顔で、あいつを見据えている。
「だから、わざと捕まって、本部に連れていってもらおうとした。だが、今の段階ではブラックリストに載るだけなのだね。そこで、遂にオレも腹を括り、パトロール隊にその旨を伝えた」
Iがぱしぱしと湿った手で拍手した。
「本当ならご苦労なことですね、問題児君」
隠喩の意味合いが強い。
「本当だ」
あいつは瞬き一つせずきっぱり言い放った。
「オレはバレンタインを憎んでいる。少しカッコつけているだけの男ども、やつらにキャーキャー言ってチョコレートを渡すおさんからな女ども。二つとない醜悪な光景だ」
Iの皮肉に歪めていた唇が真一文字を結んだ。眼鏡はまだ油断ならないと光っているが、彼の気持ちがぐらぐら揺れているのが見て取れる。
「なあ、仲間に入れてくれ。オレ、きっと役に立つから」
Iは静かに僕を見た。僕はなるべく平静を装って、
「すいません、名前を勝手に教えてしまって。――でも、彼の人格は保証します」
完全には信じそうにない。だが、とりあえず危機は脱したのだ。
「分かりました。O君の失態はなかったことにしましょう。
問題児君、あなたはアンチ・バレンタインデー計画の一員です」
Iが硬い声で言った。




