第六話『アップデート』
はい、どうもお待たせいたしました如月です。少し間が開いてしまいまして申し訳ないです。中々難しいですねアップデート話。
「お疲れ二人とも。」
「おつかれ~。」
「おつかれ。」
紗綾、琉璃、伊依の三人はいつもの通り集まってI・E・Oをプレイしていた。この日も無事狩りが終わり、ゲームを終えて一階のソファで琉璃の迎えを待つ事になっていた。しかしそんな時、三人の携帯電話が同時に通知を受け取った音と振動を鳴らした。
「ん、なんだろう。」
「えっと……え!?」
一早く携帯電話を取り出した伊依が内容を確認すると、その表情は驚きの顔になり二人に見えるように画面を差し出した。
「ちょ、ちょちょっと、見てこれ!」
「何々……『I・E・Oユーザーへの大事なお知らせ』?」
そのメッセージはI・E・Oの携帯版アプリから届いており、内容を簡単に読んでみると三人に衝撃が走った。
「大規模アップデート……!?」
「ステータス制、廃止……?」
「それに武器毎のジョブ制になるんだって!!……これってもう。」
伊依の怪訝そうな表情を見て、紗綾も頷いた。
「うん……これじゃもう、別のゲームになっちゃう。」
紗綾が顔をしかめ、琉璃の方を見て、琉璃の肩を掴んだ。
「琉璃、アイビスコーポレーションからこの事について何か意見とかって出来ない?」
「……おとうさん達なら意見位は言えるかもしれない、けど。わたしでは無理。わたしは、アイビスコーポレーションに属してない、ただ娘ってだけから。経営に関わる事には、口を出せない。」
紗綾の提案を琉璃は首を振り、そう否定した。それを聞いた紗綾は目を瞑り、色々な困惑を飲み込んで、琉璃に頭を下げた。
「そっか、ごめん。無理言っちゃって。」
「……わたしも、力になれなくて、ごめん。」
紗綾と琉璃が謝り合っていると、丁度迎えの車が来た様でいつもの女性達が入ってきた。
「琉璃様、お迎えに上がりました。」
「ん、わかった。」
琉璃が紗綾の手を離れ、そのまま女性の方へと歩いていく。それを眺める紗綾と伊依の表情は非常に複雑な物になっていた。
「じゃあ、また。」
「うん、夜連絡するからね。」
「琉璃さん、またね!」
三人とも何とか平静を装い、そのまま琉璃と別れる。その直後に伊依は紗綾の方を向いて大きくため息を吐いた。
「お姉ちゃん、あれは駄目だよ。」
「分かってる、反省してる。」
先程、紗綾は琉璃に意見できないかと求めた。紗綾としては全くそんなつもりは無かったのだが、先程の言い方だと紗綾は琉璃に対し権力だけを求めている様にも感じられてしまった。紗綾はそれを自覚し、それ以上何かを言う事をやめたのだった。
「アップデートねぇ……確かにステータス割り振りはちょっと狩りゲー的には不便だと思ってたけど。」
紗綾は家に帰り、先程通知されたアップデートについて考えていた。通知にはある程度詳しく情報が書いており、ステータス制が完全に廃止されるのではなくステータス割り振り制度をやめ、各武器を主軸に職業を決め。その職業毎に固定の基本ステータスを決めるそうだ。そこに種族毎のボーナスが入る仕組みになる様で、例えば紗綾の操るサイケは獣人なので筋力と技術に少しずつボーナスが入ると言うものになる。
「これは……変則ビルドがいなくなっちゃうな。」
今まではステータス割り振りを極端にして、妙な戦い方を軸にしたユーザーたちも存在していた。大盾を持っているのに頑強よりも筋力の方が高く、盾で殴る事によってダメージを出す事をメインにしているユーザーや、大剣を持っているにも拘らず攻撃手段の殆どは魔法と言うユーザーもいた。そんな『変則ビルド』『変態ビルド』と呼ばれるユーザーの中に、運以外にステータス割り振りを殆ど行っていない琉璃も含まれるだろう。しかしこれからはある一定のステータスから変化が発生しないと言う事はそう言う変則ビルド達が存在しなくなると言う事だ。
「……運営も変則ビルドが多すぎて困ってたのかな。」
I・E・Oユーザーは妙な思考回路を持った人間が多かったのか、野良で狩りに行くと1パーティーに一人、ほぼ確実にそう言う妙なビルドをしたユーザーがいた。酷い時には自分以外全員と言う事も紗綾は経験していた。
「私自身は器用貧乏を地で行く様なキャラだったしなぁ。」
紗綾のキャラクターは筋力、技術に多めに振り、頑強や体力もしっかりと割り振っていたキャラクターで、正直魔法以外であれば大体何でも触れる程度にはステータスを割り振っていた、しかしそれは逆に言えば特化したステータスが無く、対して得意分野も無いという状態でもあった。
「そう言う意味では丁度良かったのかなぁ。最近ダメージが伸び悩んでたし。」
このところ三人で狩りに行っても一番高いダメージを出すのはほぼ琉璃だった。彼女のキャラクターラピスは耐久性や通常のダメージを犠牲に投擲によるダメージのみを追求した超特化型のビルドだったので、器用貧乏型の紗綾は段々とダメージレースで負けてきていた。薄々自分のビルドの限界を感じていたのである。
「……そう言えば槍って今回のアップデートでどんな立ち位置になってるんだろう。」
手に持っていた携帯電話でI・E・O公式サイトにアクセスし、武器の紹介ページに飛ぶ。情報は既に新しいものに書き換わっている様で、ある程度の情報がそのページに並んでいるのが分かった。
「……ふむ、なるほど。」
紗綾が見たその槍紹介ページには、『槍は攻防一体の武器です。相手の攻撃を上手くいなしながら隙に連続攻撃を叩き込みましょう。上手く使えば最も被弾の少ない武器です。』と書かれているのが分かった。
「槍はカウンター武器になったのか。」
槍自体に当身の様なモーションは確かに存在していた。だが紗綾はその当身モーションはあまり使用していなかったのだ。何故かと言えば紗綾自身、そう言う立ち回りが苦手で、敵の攻撃は躱していくものだと考えてしまっていたからだ。
「槍に行きついたのが遅かったからなぁ……他の武器の癖で躱しちゃってたんだよね。」
槍のページを見て、他の武器紹介ページも見ていく。そんな作業を繰り返すうちに紗綾は一つ思いついた事があった。
「……そうだ。」
一度見ていた武器紹介ページを閉じ、いつものメッセージアプリを開いて琉璃に一言『今大丈夫?』とメッセージを送った。すると直ぐに琉璃から『大丈夫。どうしたの?』と返信が返ってきたので、紗綾は琉璃に通話機能を使って通話を掛けた。
『はい、どうしたの紗綾。』
「急にごめんね。I・E・Oの事なんだけど。」
紗綾がそう話すと、琉璃は少しだけ息を詰まらせた。
『ごめん、やっぱりわたしじゃ……』
「あ、違うの。その事は私こそごめんなんだけど、今はそうじゃなくて。」
琉璃の謝罪を紗綾は止め、自分の聞きたかった事を琉璃に聞き始めた。
「琉璃は新しいシステムでも投擲をするつもりなんだよね?」
新システムになり、ジョブシステムになっても一つの例外があった。それは琉璃の行っていた投擲をメインにしたビルドである。投擲ジョブは特定の武器を持たず、様々な武器を投げる事に特化したジョブと言う事になっている。そしてこの投擲を今までの汎用スキルという扱いではなく、投擲職専用のスキルにして一つの職に組み上げていたのであった。
『勿論。』
「うん、分かった。琉璃が変わらずいつも通りでいてくれて本当に助かった。お陰で私も方向が決まったよ。」
悩んでいた紗綾の声が一気に晴れやかな、明るいものに変わっていった。
『どうしたの。』
「うん、あのね。私槍捨てる。」
『……え。』
紗綾は琉璃との通話で自分の使用する武器を決めていた。今までの槍と同じ立ち回りは少し難しいかもしれないと考えて、そして現在のパーティーに置いて最も自分が適した立ち位置に気が付いたのである。
「私タンクになる。」
『タンク』とは、RPGで言うなれば『ナイト』や『戦士』と言った耐久の高い職業で、相手からの攻撃を一身に受けたり、仲間への攻撃を庇ったり出来る職業である。今までのI・E・Oは挑発が汎用スキルとして存在していた為に槍を使ってもタンクに似た立ち回りは出来ていた。しかし最新のアップデートが入ると挑発のスキルはとある職業の専用スキルとして実装されてしまうらしく、紗綾のこれまで通りの立ち回りは出来なくなる。そこで紗綾は武器を持ち換え、タンクの立ち回りに本格的に臨もうと言う事だった。そしてその武器と言うのが、
『じゃあ、大盾?』
大盾と言うのは、その名の通り自分の身が隠れてしまう程の大きさの盾であり、両手で持つ為他に武器などは装備していない。その代わり大盾を持つ職業であれば専用の防具である重鎧を装備する事が可能で、この鎧と盾の防御性能でそうそうダウンする事は無い上に、今回のアップデートで挑発が専用スキルとして実装された。名実ともにパーティーの盾となれるのである。
「そう。そうしたら私は琉璃の事守れる、琉璃は後ろから好きなだけ投擲が出来る。これが最適だと思って。」
『紗綾は、それで良いの?折角槍使ってたのに。』
琉璃が心配そうにそう聞くが、紗綾は意外なほどあっさりと肯定した。
「良いんだよ。少し前までだったら私もこんな事考えなかったかもしれないんだけどさ。今私がI・E・Oを楽しんでるのって、瑠璃がいるからなんだよね。だからさ、琉璃との相性を考えて、琉璃と楽しく遊べるのが私が今一番楽しめる事なんだ。」
紗綾のはっきりとした返事を聞き、琉璃は少し無言になってから小さく息を吐いた。
『……ふぅ、紗綾はわたしのこと本当に大好きなんだね。』
「そうだよ、大好き。だから絶対に琉璃の事守るし、離してなんてあげないんだから。」
琉璃のからかう様な言葉すら真っすぐに返し、そんな紗綾の言葉に琉璃は少し息を詰まらせていた。
『そう、はっきり言われると……困る。……でも、ありがとう。』
「ふふ、今からアップデートが楽しみだ。」
つい先ほどまでアップデートに不安を覚えていた者だとは思えないほど清々しい声で紗綾がそう話す。そんな言葉に琉璃は再びため息を吐いた。
I・E・O大型アップデートまであと一週間に迫った日、紗綾は一つの特訓を始めていた。
「今のうちに大盾を使える様にしておこう。」
大盾と言う武器ジャンル自体は元々存在していた。しかし紗綾のステータスではギリギリ装備できる程度のステータスしかない為能力を発揮しきれずに、中途半端な性能だったので使っていなかったのだ。しかし紗綾はこの度二年以上放置していた権限、『キャラクターステータス割り振り無料権』を使用したのだった。その為、今迄の器用貧乏から一新。紗綾のステータスはタンク用に頑強と体力、そして筋力の3ステータスに特化した典型的な耐久型ビルドとなった。
「紗綾、似合ってる。」
琉璃が紗綾のアバター、サイケの姿を褒めながらチャットの向こうで手を叩いた。サイケは今大きな盾と共に、純白のとても重そうな鎧を装備していた。
「ふふん、でしょ?今まではこんな重い鎧なんて装備できなかったから新鮮だな。」
この鎧はぬえイラこと、キマイラの素材から精製される『キマイラアーマー』である。紗綾は今までほぼ重鎧と言うジャンルは製造しなかったので倉庫や手持ちに重鎧は無かったのだが、キマイラ素材がかなり余っていた為にこの鎧を作製、装備したのだった。防御性能も悪くない為、練習にはうってつけだった。
「今日は伊依は来れないんだっけ。」
「あー、うん。学校関係の用事がね。ほら、もう秋も終わる頃だからさ。進学先とかの事で。」
伊依の進学先は現在紗綾が通っている大学に決めている。しかし伊依は『お姉ちゃんが居ないの寂しいから留年して』と冗談交じりに言ってきていた。勿論そんな発言が本気でない事位は紗綾も分かっているので冗談で『じゃあ今から単位取らないでおくね』と返していた。その後しっかりと紗綾は単位を取得し続け。今ではもう卒業までのノルマはほぼ達成状態にある。
「そうなんだ。じゃあ久しぶりに二人きりだね。」
琉璃の無意識の言葉に紗綾は少しだけ胸を高鳴らせた。最近はずっと三人でプレイする事が多く、琉璃と二人の時と言うのはお互いの家で通話を繋いでいる状態が主だった。
「二人きり、ってちょっとドキドキするね。」
「……そう、だね。」
紗綾の少ししおらしい言葉に琉璃も言葉を詰まらせ、少し緊張し始めてしまった。付き合ってから二人きりになる時間と言うのが意外と少なかったのである。
「じゃ、じゃあ、いこうか。」
気を取り直し、紗綾がクエストの受注に向かった。
「う、うん。あ、今日は出来ればいきたいものがあるんだけど。」
「いきたいもの?」
「おつかれ。」
「うん、おつかれさま。」
琉璃の要望で向かっていたリヴァイアサンのクエストを何週かした後、琉璃の目的の装備が作成できたので二人はゲームからログアウトしていつもの一階ロビーのソファに座った。今日はここへ来る前に事前に自動販売機で飲み物を買ってきていた。琉璃はオレンジ&マンゴージュースで、紗綾は微糖のコーヒーだった。
「ねぇ紗綾。それ一口貰って良い?」
「良いけど、微糖だから慣れてないと苦いと思うよ?」
いくら糖分が入っているとはいえあくまで微糖。ブラックよりも甘いと言うだけでフルーツジュース等よりは遥かに苦い。紗綾は心配そうに缶コーヒーを琉璃に渡した。
「大丈夫。……にがぁ。」
「はは、ほら。言わんこっちゃない。」
琉璃の言葉に紗綾は苦笑を浮かべ、缶コーヒーを返された。その缶コーヒーを一口飲んだ時に内心で『間接キスだなこれ……』と少しドキドキしてしまったのは頑張って表に出さない様にしていた。
「紗綾の好きな物を、わたしも好きになりたい。」
「はは、気持ちは嬉しいけどね。食べ物とかはそう簡単にはいかないかも。」
そう紗綾は言うが、特に紗綾の好みが異常だとかそんな事は無い。至って平均的な、庶民そのものと言った好みである。しかしだからこそ庶民とは程遠い生活をしてきた琉璃には難しいのかもしれないと紗綾は思っていた。
「いずれ飲めるようになって、紗綾と乾杯するから。お酒だって、後二年で飲めるんだから。」
「そうだね、その時は琉璃と一緒にお酒もコーヒーも飲みたいな。」
自分に合わせようとしてくれる琉璃の態度が、紗綾は非常に嬉しかった。自分が愛おしくて堪らない相手が自分の事を考えてくれている。紗綾にとってはこれが最も嬉しい事だった。
「それじゃ、私も琉璃の飲んでるそれ、一口貰おうかな。」
「うん、どうぞ。」
そんな話をしながら迎えを待っているとあっという間に時間は過ぎ、しかし珍しく迎えは来なかった。
「……遅いね。」
「うん……あ、ごめんちょっと待って。」
待ち惚けを受けている所で琉璃の携帯電話が着信を示す音を流した。
「はい。……うん、分かった。」
「どうしたの?」
琉璃が携帯電話をポシェットにしまい、紗綾の方に困った顔で向き直した。
「あのね、道中で事故があったみたいで到着が遅れるんだって。」
「え、そうなんだ。因みにどの位遅れるの?」
紗綾の言葉に琉璃は少し目を逸らしながら小さく答えた。
「二時間位はかかるかもしれないって。」
「えぇ、それじゃ結構大きな事故だったのかな。」
心配そうな紗綾の顔に、琉璃は会話の内容を思い出しながら事故の内容を簡潔に伝えた。
「幸い、誰も亡くなったりはしてなかったみたい。でも時間が……」
「あー、丁度今は帰宅ラッシュか。」
今の時刻は丁度会社勤めの人達が退社する時間で、その所為で普段から渋滞気味になっているのにそこへ事故が重なると言う事がどういう状況を招くか車の免許を持っていない紗綾でも容易に想像が出来た。
「そっか……じゃあ、此処で二時間も待つのはちょっと店に迷惑だね。どうしようか。」
「あ、あの、ね。その、紗綾が良ければなんだけど。」
紗綾が考え込んでいると琉璃が少し言い辛そうに提案をした。
「ん、なに?」
「あのね、その。えっと。良ければ泊めて貰って良いかな、って……だめ?」
琉璃の提案に紗綾は少し目を見開ききょとんとした。余程言い辛い事なのかと覚悟していたのだが、紗綾的には何の事は無い提案だったからだ。
「うん、それは勿論良いよ。でもそれなら今迎えに来てくれている人達に一言謝っておかないと。」
「っ!うん、分かった。」
紗綾が泊まり込む事を許諾すると、琉璃はぱっと花が咲いた様に顔を明るくさせ直ぐに電話を取り出した。それを見て紗綾も電話を取り出し、既に帰っているであろう伊依に電話を掛けた。
「……あ、もしもしヨリ?」
『お姉ちゃん、どうしたの?』
紗綾は伊依に事情を説明し、琉璃が家に泊まる事を話した。
「と言う訳なんだ。」
『成程、了解。今お母さんご飯作ってるからお母さん達にも伝えておくね。』
「ありがとう。よろしくね。」
そう言葉にし、紗綾は通話を切る。紗綾が両親にではなく伊依に電話を繋いだのは丁度夕飯を支度している頃だろうと考えていたからで、その予想は見事に当たっていた。
「連絡出来た?」
紗綾が通話を切ると一足先に通話を終わらせていた琉璃がそう聞いてきた。
「うん。そっちも無事連絡出来たみたいだね。」
紗綾の言葉に琉璃が頷き。二人は立ち上がった。
「じゃあ家まで行こうか。」
「うん。あの、よ、よろしくおねがいします……」
妙に畏まった言葉で琉璃がそう頭を下げるのを見て、紗綾は少し笑みを零しながら返事をした。
「はい。よろしくお願いします。」
「紗綾、お風呂あがった。」
「あぁうん、了解。」
紗綾の家に到着し、琉璃は紗綾の家族と共に夕食を共にした。その時の琉璃は非常に緊張していたが両親共に琉璃の事を受け入れ、次第に琉璃も気を楽にさせ食事が終わる頃にはすっかり普段通りになっていた。そしてそのまま琉璃の事を真っ先にお風呂に入れようと紗綾は考えていたのだが、琉璃がそれを拒否して、琉璃は最後に入浴する様になった。そして今、その琉璃が入浴を済ませ紗綾の部屋に入ってきた。
「じゃあ私はお風呂抜いてくるからちょっと待ってて。」
「うん、分かった。」
紗綾が部屋を出て風呂場へと歩いていく。その足音を聞きながら琉璃は紗綾のベッドに腰かけ、そのまま倒れこんだ。
「紗綾の部屋……紗綾の、匂い……ふふ。」
琉璃は表情を崩し、そのまま紗綾の枕に顔を埋めた。
「紗綾……いい匂い……好き。」
琉璃は紗綾の匂いを胸一杯に吸い込みながら枕に何度も『好き』と呟いた。
「……っは、これじゃわたし、ただの変態。」
琉璃は我に返り紗綾に見られていないかと心配になって振り返ったがまだ紗綾は帰って来てはいなかった。代わりに伊依が琉璃の奇行を覗いていた。
「い、いより……」
「あ、あはは。ごめん。」
伊依に見られた事により琉璃の表情は見る見るうちに赤くなり、そのまま掛布団を被って身を隠した。
「わぁ!?琉璃さんごめんって!事故だったから許して!」
別に伊依が悪い事など一切無いのだが、何故か伊依は謝っていた。
「……引いてない?」
「ひ、引いてない引いてない!好きな人の部屋だもんね!どうしても色々気になっちゃうし、そう言う事考えちゃうよね!うん、分かるよ、うんうん!」
必死の伊依の弁明により琉璃は布団から顔を出し、漸く伊依と視線を合わせた。
「ありがとう伊依……伊依も、優しいね。」
「優しいって言うか……まぁ、気持ちは本当に分からなくもないし。それにその、恋人同士の部屋に無断で入ったのは私だから、むしろ邪魔しちゃってごめんと言うか。」
伊依が少し照れながらそう言うが、琉璃は伊依の言葉の意味を一瞬理解出来ず、数秒間フリーズしてから意味を理解して再び顔を赤くさせた。
「で、でも、わたし達、キスも……まだ、だから。」
「う、うっそ!?あれだけ普段からいちゃついててキスしてないの!?私はもうとっくに一線超えてるのかと……」
伊依の驚いた言葉に琉璃が慌てて首を振った。
「い、一線とかそんな……!紗綾はわたしを凄く大事にしてくれてる。だから、わたしが卒業出来る歳になったら初めてキスをしようって言ってくれた。だから、その、それまでは……」
琉璃の恥ずかしそうな言葉に聞いている伊依が悶えていた。
「ぅあぁあ!琉璃さん可愛すぎか!本当に同い年か!っくぁああ!?」
謎の奇声を放つ伊依の後ろから風呂処理を済ませた紗綾が現れ、伊依の後頭部に軽くチョップを食らわせた。
「こら、こんな時間に近所迷惑でしょうが。」
「あて、ごめんなさーい。」
紗綾のお叱りを受け冷静になった伊依は振り返り紗綾に舌を出しながら謝罪をした。
「……それで、どうして琉璃はそんな事になってるの?」
「あ、ぅ……」
紗綾の質問に琉璃はとても言い辛そうにして、再び布団の中に顔を引っ込めてしまった。
「え、えぇ?ヨリ、琉璃は一体どうしたの?」
「う、うーん……口で説明できないなぁ。まぁ、簡単に言えばお姉ちゃんの事が好きすぎる故、かな。」
「???」
伊依の説明を受けても紗綾はピンと来る事は無く、そのまま琉璃の方へと歩きベッドに腰かけて琉璃に優しく語り掛けた。
「るーり。出てきて。私とお話ししよう?」
「……ん。」
紗綾の言葉に琉璃は再び顔だけを出し、紗綾の方を見つめた。
「ふふ、布団に包まってる琉璃も可愛い。」
「っ!」
紗綾の笑みと言葉に、琉璃はまた布団に顔を引っ込ませてしまい、その反応に紗綾は小さくショックを受けていた。
漸く琉璃も冷静になり、二人は並んで紗綾のベッドで眠る事にした。
「……」
「……」
部屋の電気を消し、二人で横に並んで寝ようと必死に目を瞑る。だが二人とも妙に緊張して、一切眠気はやって来なかった。
「……眠れない。」
「あはは、琉璃も?私も。」
二人でそう笑い合い、少しだけ緊張がほぐれたのか話を始めた。
「そう言えば琉璃、明日からはI・E・Oもメンテになるって知ってた?」
「明日から?アップデートは一週間後だった筈。」
大型アップデートと言うのは準備が色々と大変な様で、通常のネットゲーム等でも早めにメンテナンスを開始し始めるのだが、流石に一週間前からメンテナンスがスタートすると言うのは早々無い。そんなそうそうない事態が発生している主な理由は、やはりI・E・Oをプレイするハードであるあのイレイザーズエッグが問題だった。
「エッグはかなりの精密機器だし普通の機械よりも精密な検査とメンテが必要らしいんだよね。それに家のパソコンとかでやれるネットゲームと違ってその場に行ってお金を払ってからプレイするゲームだからプレイ中に深刻な不具合とかあってプレイが中断されるとその方が会社的に大きな損失になるからね。」
紗綾の説明を聞いて琉璃は小さく頷いた。
「成程……まぁそれもそうだよね。わたしだってゲームしてる途中に突然ログアウトさせられちゃったりしたら嫌だもん。」
「でしょ?だからその間出来ないのは我慢だね。その代わりお互いの家で色んなゲームする?」
紗綾の提案に琉璃は紗綾の方に首を向けて何度も頷いた。
「やりたい。紗綾とずっと居られるし、一緒にゲームするの最高に楽しいから。」
「はは、じゃあ決まり。明日も早速ゲームしようね。その為にも今日はそろそろ寝ようか。」
紗綾がそう言うと琉璃もワクワクを抑えられないと言った表情になりながらも目を瞑って紗綾の手を握った。
「琉璃?」
「えへ、こうしたら眠れるかも。」
琉璃が嬉しそうにそう言うものだから紗綾はそれ以上追及する事なく目を瞑った。
「じゃ、お休み琉璃。」
「うん、お休み紗綾。」
そして一週間後。I・E・Oの大型アップデートが無事に終了しI・E・O・version2が開始した。
と言う訳で百合要素も消さずに何とかアップデートに繋がる話を書きあげました。そう言えば前回に『次はアップデート等あります』みたいなこと言ったかもしれません。うん、予定が崩れました申し訳ない。