第五話『紗綾と琉璃』
はい、どうも如月です。今回も日常回です。次回からは漸くゲーム回で、少しだけゲーム内容が変化する予定です。俗に言うアプデですね!(?)
琉璃と約束をした当日の朝。紗綾はその日普段よりも明らかに早い時間に起床し、普段では確実にやらないであろう周辺の散歩をこなしていた。この日までの数日は比較的穏やかに過ごしていた紗綾だが、流石に当日ともなると緊張するのか明らかにそわそわしながら住宅街を歩く紗綾。下手をすると怪しい人間として職務質問をされてしまうかもしれない様なその態度に紗綾は気が付かず、唯々辺りを見回しながら緊張をほぐそうとしていた。
「あー……あー……」
まるでゾンビの様な唸り声をあげつつ歩く姿は完全に怪しい人物で、この場に警察官がいない事がせめてもの救いだった。
「……告白って、こんなに緊張するものなんだ。」
この数日間は琉璃とは直接会えていない。勿論メッセージによる連絡は取り合っていたが、直接会うとなるとやはり感覚が変わってくるものだ。今までは自覚が無かったから気にせず会えていたが、もう今まで見たいには会えない。緊張せずに会う事など今の紗綾には到底不可能だ。
「誰かを特別に好きになるって、こんなに凄い事ったんだね。」
自分の中を全く知らない何かに改造されている気分だと紗綾は思った。自分の頭の中が、心の中が琉璃で染まっていく。琉璃の事を考えると自然と笑みが零れてしまう。
「……はは、今の私の顔、多分気持ち悪いんだろうな。」
街中で一人にやける人間を見たら、恐らく普通は気持ち悪いと思う。客観的にそう考えて止めようとするがなかなか止まらない。
「まぁ、いいや。」
どうしても止まりそうにないので紗綾はにやけを止める事を諦めた。代わりにそのまま踵を返し、家に戻る事にしたのだった。
「そろそろ戻って、家の最終掃除をしよう。」
そう一人決意をし、紗綾は家へと歩き始めた。因みに部屋の掃除は既に寝起きに一度行っている。それでもまだ不十分だと感じたのか、はたまた手持無沙汰なのか……恐らくは、その両方だろう。
「ただいま。」
「おかえりお姉ちゃん。」
紗綾が家に戻ると既に起床し、制服に着替えていた伊依が出迎えてくれた。
「うんただいま。今日は早いね。」
「今日も早いんだよ。お姉ちゃんがそれよりも早く起きてるだけ。」
基本的に源一家は早寝早起きだ。両親……とりわけ父の方は少々残業で遅くなる日もあるが、母は22:00~23:00の間には就寝するし、朝は4:00ごろには起床している。紗綾達もその頃に就寝する事が多く、起床も母ほど早くは無いが紗綾は大体5:00頃には起床して伊依はその1時間後には確実に起きている。とはいえ最近の紗綾は少々夜更かしが過ぎている様だが。主に琉璃とメッセージのやり取りをしている所為で。
「はは。まぁ昔からの習慣だからね。」
「パン焼くよ。卵は固め?」
伊依が食パンをトースターに差し込んでから卵を持って紗綾にそう聞いた。紗綾はその伊依の言葉に頷いて返事をした。
「うん、固めの両面焼きでお願い。」
「はーい、じゃあ手を洗ってうがいをしてから待っててくださいね~。」
まるで子供を扱う様にそう言う伊依に紗綾はくすりと笑ってから返事をし、そのまま洗面台へと向かおうと振り向いた。
「お姉ちゃん。」
その紗綾を伊依が呼び止め、卵をフライパンに落としながら真剣な表情で紗綾を見つめた。
「……勇気、出してね。」
「……うん、ありがと。」
多くを語り合わず、しかし紗綾は確実に勇気づけられそのまま洗面台へと向かった。
「……私の恋は、もう失恋同然だからさ。せめて大好きなお姉ちゃんには幸せになって欲しいって考えるのは……我がまま、かな。」
伊依のその呟きは、卵が油で弾ける音にかき消され誰も聞く事は無かった。
「ご馳走様。」
「お粗末様。」
紗綾が食器を持ち、そのままキッチンへと足を運んだ。そしてその隣に伊依が当たり前のように立ち二人で食器洗いを始めた。
「ヨリ、料理上手になったね。」
「えー?目玉焼きでそう言われてもなぁ。もっと難しい料理の時にそう言って欲しいね。」
紗綾の誉め言葉に伊依は頬を膨らませて反論した。
「はは、じゃあもっと難しい料理の披露期待してる。」
「む、ぐ。練習しておきます。」
そんな会話をしながら着実に食器を洗い終わり、伊依はそのまま学校鞄を手に持った。
「じゃあ私は学校行ってくるから。」
「あれ、もう?」
伊依の言葉に紗綾が驚いて時計を見る。すると時計は伊依が通常通り登校している時間を指していた。
「あのね、もうじゃないでしょ。どう考えても普段通りだよ。その証拠にもうお母さん達もお仕事行ってるでしょ?……はぁ、今日はやっぱりお姉ちゃんダメダメさんだなぁ。」
「あ、あはは。面目ない……」
伊依の大きなため息を聞き紗綾は少し申し訳ない気持ちになった。
「まぁ良いや。じゃあ、行ってくるから。お姉ちゃん……頑張って。」
「うん、ありがとう。行ってらっしゃい。」
伊依を玄関で見送り、紗綾は部屋へと戻った。すると部屋に充電したまま置き忘れていた携帯電話がメッセージの着信を知らせる明かりを灯していた。
「あ、琉璃かな。」
携帯電話のロックを解除し、アプリを開いてみると予想通りメッセージ送信相手は琉璃だった。内容は何時にそっちに行って良いのかと言う事だった。
「……いつでも歓迎だけど。……あ、でも、いつでもって言うのはちょっと受け身すぎるかな。本当は今すぐにでも会いたいんだけど。……いやでもそれはあまりにもがっつき過ぎか。気持ち悪がられるかもしれない。」
頭の中でぐるぐると思考が回転し、結局『いつでも大丈夫だよ』と送信できたのはメッセージを読んでから30分後の事だった。
「はぁ、何やってるんだ私。」
紗綾は自分の情けなさに自己嫌悪した。
「お邪魔します。」
メッセージを送ってからさらに30分ほど経過した頃、琉璃が車に乗り紗綾の家へと到着した。しかし車を止めておく場所が周辺に無い為、車はそのまま帰ってもらい、琉璃が帰る時にまた迎えに来るという形になった。
「いらっしゃい。」
なるだけぎこちなさを見せない様に笑顔を取り繕う紗綾。そんな紗綾の笑顔を琉璃はじっと見つめていた。
「な、何?」
「……なんでもない。」
紗綾の言葉にそっけなく返事をし、琉璃は紗綾の腕を掴んだ。
「ね、紗綾の部屋。行こ?」
琉璃のねだる様な声に、紗綾は思わず胸を高鳴らせ少し声を上擦らせながら返事をした。
「あ、あの、その前にスリッパ……」
「いらない、紗綾の家をもっと感じたいから。」
紗綾の動揺した声に琉璃はバッサリと言い切り、その勢いに紗綾は押されたまま頷いてしまった。
「そ、そっか。じゃあ部屋、行こうか。」
そのまま二人は部屋に入り、紗綾が扉を閉めると琉璃は少し珍しそうに部屋を見回し始めた。
「……案外狭いんだ。」
「そりゃあ琉璃の部屋に比べたらね。」
紗綾の部屋は一般家庭に置いて特別狭いという程ではない。およそ八畳ほどはあるので一人部屋としては十分過ぎる程だろう。だが琉璃の部屋と比べると狭く感じてしまうと言うのは実物を見た紗綾からすればもうどうしようもない事だった。それ程までに琉璃の部屋は広く、また豪華だった。
「それで、今日はどうしたの?」
辺りを見回していた琉璃が突然紗綾の方をじっと見つめ始めた。
「今日の紗綾、ちょっとおかしいよ?」
「え、そ、そうかな?」
誤魔化す様な紗綾の言葉に琉璃はしばし無言になり、そのまま紗綾のベッドに座り込んだ。
「……そっか。」
「る、琉璃?」
紗綾は琉璃が自分のベッドに座り込んだことにより少しだけ心が動揺していた。今日はちゃんと寝られるか、夢に琉璃が出てきそうだ、等と他愛も無い事を考えていた。
「紗綾。」
「は、はい?」
唐突に琉璃に呼ばれ、紗綾は少し上ずった声で返事をした。
「わたしは、紗綾にとって何?」
「え?」
琉璃の質問の意図が読めず、紗綾は返答に困ってしまった。そんな紗綾の対応を見た琉璃は真剣な表情で紗綾を見つめ続けて言葉を続けた。
「わたしにとっては、紗綾は希望。わたしに色々な事を教えてくれて、わたしの事を大事にしてくれて。多分、何があってもわたしを助けてくれるし、わたしも助けたい。そんな、とても大事な、大好きな人。ねぇ、紗綾は違う?紗綾にとってのわたしって、どんな人間なの?」
「私にとっての、琉璃……」
紗綾は頭の中で琉璃について考えた。ゲームで知り合って、そのまま仲良くなって。気が付けば一緒に遊ぶのが当たり前になっていて、離れるのが嫌になって。琉璃が居なくなる等もしもですら考えたくもない。紗綾にとっての琉璃とはそんな存在。
「私は琉璃と、一緒に喜びや悲しみを分かち合いたい。琉璃が悲しい時は私も一緒に居て悲しみを分け合いたい。嬉しい時は一緒に喜びたい。寂しい時は一緒に居て寂しさを吹き飛ばしたい。だから、私が辛い時は一緒に居て欲しいし、構って欲しい。私にとっての琉璃は、なくてはならない人生のパートナーだと勝手に思ってる。」
そこまではっきりと口にした時、紗綾は自分がとても恥ずかしい事を口にした事に気が付いて、段々と顔が熱くなるのを感じていた。
「とまぁ、そんな感じ、です。はい。」
少し挙動不審になりながら、紗綾は琉璃に言葉を告げた。それを聞いた琉璃は少しの間無表情で、しかし少しずつ表情が驚きに染まり俯いた。
「紗綾って、意外とわたしのこと大好きだったんだ。」
「……そうだよ。」
先程の遠回しな言葉が告白の様になってしまい、どう言葉にしようか悩んでいた今朝の自分が馬鹿らしくなってきた紗綾は開き直ってそう答えた。
「私は琉璃の事大好きだよ。ずっと一緒に居たいし、二人だけの時間を増やしたい。出来ればもっとスキンシップも取りたいと思ってるし。」
「スキンシップ……?」
紗綾の言葉に琉璃が首を傾げ、その数秒後にその言葉の意味に気が付いてまた俯いた。
「そ、そう、なんだ。」
「そ、そうだよ。私は琉璃が思ってる以上に琉璃の事が大好きなんだ。けど、ちゃんとはっきりさせないと嫌な性格だから改めて言わせて。」
数度深呼吸をし、息を整えてから琉璃の手を握りしめて瞳を見つめながらはっきりと気持ちを言葉にした。
「私、源紗綾は琉璃=アイビスの事が大好きです。もし、同じ気持ちなら、私と付き合ってくれませんか?」
「……同じじゃない。」
琉璃の否定の言葉に紗綾は握る手の力が思わず弱まり、少し血の気が引いていく気がした。だが、その手を琉璃が引っ張り、紗綾の事を抱きしめた。
「わたしの方が、紗綾の事大好きだから。だから同じじゃない。わたしから、お願いする。紗綾、わたしと、付き合って……下さい。」
「……はい。」
二人の気持ちが通じ、紗綾と琉璃はともに温かい気持ちに満たされながら長い様で短い時間、抱きしめ合っていた。
「今日様子がおかしかったのはわたしに告白する為だったんだ。」
「う、うん。緊張しちゃって。」
すっかり普段通りの二人に戻った二人は落ち着きを取り戻し、手を繋ぎながら二人でベッドに腰かけて話をしていた。
「そっか……嬉しい、紗綾とこんな特別な関係になれて。」
「私だって嬉しいよ。」
握る手を離し、紗綾がそのまま琉璃の肩を抱き寄せた。琉璃はその力に抗う事なく紗綾に身体を預け気持ち良さそうに目を細めた。
「紗綾、あったかいね。」
「ドキドキしてるから。琉璃こそあったかいよ?」
「わたしも、ドキドキしてるから。」
二人で体を密着させて、他愛のない話をしていると時間と言うものはあっという間に過ぎ去っていき、気が付けば昼食時を少し過ぎていた。
「……ご飯、どうしよっか。」
「紗綾、作って?」
紗綾の質問に琉璃は紗綾を見つめながらそう願った。琉璃に見つめられると弱い紗綾は少し照れながらその願いを承諾する事にした。
「良いよ。でも、私の料理は凄く普通の庶民的料理だよ。」
「良い。紗綾の料理なら、何でも食べる。嫌いな食べ物だとしても食べる。」
琉璃がそうはっきりと口にして、紗綾は少し嬉しい気持ちと共に気合が入った。
「分かった。じゃあ下に行こっか。」
「うん。」
紗綾と琉璃は手を繋ぎながら一階へと降り、キッチンへと向かっていった。
「一応嫌いな食べ物聞くけど、何かある?」
「さっきも言った。紗綾のなら何でも食べる。」
キッチンに着き、エプロンを巻きながら琉璃にそう聞くと、紗綾の予想通りの答えが返ってきて紗綾は苦笑しながら返事をした。
「そっか。じゃあちょっとだけ待っててね。その間テレビは自由に見てて良いからね。」
「分かった。」
琉璃はそう返事をするが、キッチンに立つ紗綾から視線を外そうとしない。
「……どうしたの?」
「気にしないで。」
紗綾がやり辛そうに聞くが、琉璃は構う事なく紗綾の事を見つめ続けた。小さな溜息と共に紗綾は諦め、そのまま調理に入った。
「ご飯は……丁度無くなってるね。炊きなおすとして。後は……お、豚肉。エノキにシメジもあるね。他には……ふむふむ。これならちゃちゃっと作れるか。」
冷蔵庫を開けて色々眺め、紗綾がレシピを決めて調理に入った。
「何はともあれご飯だよね。んー……夜に食べる分考えたら四合くらいかな。」
キッチンに備え付けてある米櫃から四合分の米を取り出し、そのまま優しく揉む様に砥いだ。そして水を適量入れスイッチを押す。
「ま、お米はこれで大丈夫か。じゃあ次は……」
「じー。」
必死に気にしない様にしていたがどうしても琉璃の視線が気になる紗綾であった。
「じっと見てて楽しい?」
「うん。」
一切の迷いなくそう断言されてしまっては紗綾としても何も言えなくなってしまい、本当に諦めた。
「ま、いいや。じゃあ次は……」
そのまま琉璃の視線を気にせずに紗綾は料理を進め、三十分後には調理が完了していた。
「よっし。出来たよ琉璃。紗綾謹製、豚肉と茸の生姜焼きとカラフルサラダ。」
「おー……」
紗綾がリビングのテーブルに料理を並べていくと琉璃がそれを拍手で迎えた。
「さ、召し上がれ。」
「いただきます。」
琉璃がとても上品に箸を手に取り、やけに背筋を正して食事を始めた。その所作を見て紗綾は「やっぱり琉璃はお嬢様なんだな」と内心で改めて思ってしまっていた。
「……」
「ど、どう?不味くない?」
紗綾が心配そうに聞く中、琉璃は静かに咀嚼をし、小さく飲み込んだ。
「……温かくて、優しい味がする。とっても、美味しい。」
琉璃が笑顔でそう言うのを聞くと、紗綾は緊張が解けたみたいに表情がほぐれた。
「そっか、良かった。」
「そんなに心配だった?」
琉璃の言葉に紗綾が箸を持ちながら答えた。
「そりゃあそうだよ。……いただきます。だってさ、琉璃に……初めての恋人に初めて手料理を振る舞うんだもん。緊張もするって。」
紗綾の恋人と言う言葉に琉璃も少しだけ顔を赤くさせ、それを隠す様にサラダを口に放り込んで咀嚼を始めた。
「ふふ、琉璃照れちゃった。」
「ばか。」
少々拗ね気味な琉璃の言葉に紗綾が癒しを感じながら二人の食事は楽しくあっという間に過ぎていった。
「ごちそうさまでした。」
丁寧にお箸を置き、手を合わせた。それを聞いて紗綾も満足そうに笑顔で手を合わせた。
「ご馳走様でした。そしてお粗末様でした。」
「紗綾、とっても料理上手だった。」
琉璃の真っ直ぐな誉め言葉に紗綾は照れて少し顔が熱くなってしまったのを自覚した。
「そう?それは良かった。」
何とか平静を保ちつつ、そのまま食器を重ねてキッチンまで運んだ。その後ろを琉璃が着いてきている様がまるで鶏の親子の様だった。
「私もやる。」
「ありがとう。じゃあ私が洗剤付けて磨くから、琉璃はそれを水で洗い流してここに縦にして置いていってね。」
紗綾の指さす方には、食器を縦に何枚も隙間を開けて置ける形の食器立てがあり、それを見た琉璃が頷きながら返事をした。
「分かった。」
しかし琉璃はこうした行動が初めてな様で、食器を水で洗い流すのはともかく、食器を立てるのに少し苦労している様だ。
「ちゃんと、嵌まらない……」
「あー、これはちょっとコツがあって。ほら、此処をこうすると。」
スポンジを置いて、手に付いた泡を流してから琉璃の手を取って皿を一緒に食器立てに置いた。
「ほら、こうして角に綺麗に置くとちゃんと立つよ。」
「……分かった。」
少しだけ悔しそうな琉璃の表情に愛おしさを感じながら、紗綾は再び食器を洗い始めた。
「ねぇ琉璃。」
「なに?」
少しだけとげのある声で琉璃が返す。その言葉に紗綾は苦笑しながら言葉を続けた。
「こうしてると私達さ、ちょっと新婚っぽくない?」
「っ……ばかっ。」
紗綾のからかう様な言葉に琉璃は顔を赤くさせて勢い強く皿を拭いた。その時に力が強く入りすぎ皿が琉璃の手から滑り落ち、鈍い音と共に地面に落下して大きな数枚の破片になり琉璃の足元に散乱した。
「あっ……ごめんなさ―――」
「動かないで!」
咄嗟にしゃがみこんで破片を拾おうとした琉璃に紗綾が叫んで琉璃の動きを止めた。
「危ないから動いちゃダメ!」
「……」
紗綾の大きな声に琉璃は気持ちがすっかりしょげ込んでしまい、無言で唯々立ち尽くすしか出来なかった。
「……大きな破片は取った。ごめん、ちょっと触るよ。」
紗綾はそう言うと琉璃の返事を待たずに紗綾の事を抱き上げ、そのままお姫様抱っこの体勢にしてリビングまで歩き、ソファに優しく座らせた。
「ちょっと待っててね。直ぐに片付けるから。」
「……うん。」
落ち込んでいる琉璃は紗綾の言葉に何も言い返せずにただ頷く事しか出来なかった。その後、紗綾は小型のハンディクリーナーを持って来て細かいガラス片を吸い込み、そのごみと割れた皿の大きな破片を合わせて新聞紙にくるみ、ゴミ袋に入れて口を括った。
「後はこのごみをゴミの日に出すだけっと。あぁ、ちゃんと皆にも伝えとかないと怪我の元だね。」
それは後で携帯でメッセージを送ろうか、などと考えながら紗綾は琉璃の元へと戻った。
「お待たせ、もう大丈夫だよ。さっきのが最後のお皿だから丁度食器洗いも終わりだね。手伝ってくれてありがとう。」
紗綾の感謝の言葉に琉璃は顔をしかめ俯かせた。
「……わたし、邪魔しちゃったし、壊しちゃった。」
「琉璃は、壊したかったの?」
紗綾の質問に琉璃は直ぐに顔を上げ、大きく首を振って否定した。
「なら良いよ。そんな事よりも怪我は無かった?」
「……どうしてそんなに優しいの?」
紗綾の心配そうな声に琉璃は再び顔をしかめさせ、そのまま視線を下へ向けながら紗綾に問い質した。
「わたしは紗綾の家のものを壊しちゃった。それだけじゃなくて、いつも我儘言ってるのに、優しく受け止めてくれてる。……なんで?」
「……何で、と言われると困るんだけど。」
琉璃の真剣な声に対し、紗綾は少し軽い声でそう返した。
「だって、私は琉璃の事が大好きだし、とっても大事にしたいって思ってる。そりゃ、お皿が割れちゃったのは悲しいけど、琉璃がわざとしたんじゃないって事位分かるし、それ以上に琉璃に怪我が無さそうな事の方が私は安心だよ。」
紗綾の言葉を聞いて、琉璃は紗綾にしがみつく様に抱き着いた。
「紗綾は怒らないんだ……」
「そんな事ない、私だってもしも琉璃が危ない事したら怒ると思う。どうして相談してくれなかったのかってね。」
しがみつく琉璃の額を紗綾が弱く指で小突いてそう返した。
「そうだ琉璃、私の部屋にも対戦型のゲームがあるんだ。よければこれから一緒にしない?」
「……やる。」
明らかに気を遣った紗綾の言葉に、琉璃は素直に従った。紗綾と一緒にゲームがしたいというのも本当の気持ちだが、自分で作りだしてしまった重い空気を紗綾が変えようとしてくれたことが嬉しかったからだ。
「よーい、じゃあ先に部屋に行ってて。私は飲み物準備してから上がっていくから。」
「うん、分かった。」
そう言いながら紗綾はキッチンへと移動し始め手早くマグカップを取り出していた。琉璃はそれを見て紗綾の部屋へと一足先に上がっていったのだった。
「むぅ……」
「ふふ、この間は少し遅れを取ったけどこのゲームでは負けないからね。」
部屋に戻るなり、二人は合間合間に休憩を挟みながら巨大なロボを操って戦う対戦型アクションゲームを遊んでいた。今の所紗綾の方が勝利数が高い様で、琉璃は少し悔しそうに頬を膨らませていた。因みに以前琉璃の家で戦っていたパズルゲームでは琉璃の方がやや勝利数が上だった。
「もう一戦。」
「喜んで。」
二人は機体を組み直し、戦闘を開始した。
「さてさて、私の今回の機体はさっきよりも戦いにくいと思うよ。」
「絶対勝つ。」
紗綾が軽量系パーツで機体を組み、琉璃の機体に捉えられない様に高速機動を繰り返しているのに対し、琉璃は中量型のジャンプ力重視の機体で組み、上方からの射撃に特化していた。機体の性能的には相性はお互いに良くも悪くもないのだが、紗綾の方がこのゲームに対し一日の長がある為にやや押しているのが現状だった。
「ほらほら、当てられるかな?」
「っく……速い。」
琉璃が紗綾の機体に視線を合わせて射撃をするが、それを紗綾の機体は見てから回避している。対して紗綾の機体の攻撃は少量のダメージながら着実に琉璃の機体に蓄積されていた。そしてそんな状態が続けば勝敗は火を見るより明らかで。
「よし、勝利だね。」
「……悔しい。」
結果だけ見て見れば、琉璃の攻撃はほぼ紗綾に当たらず、紗綾の攻撃はかなりの精度で琉璃に当たっていた。
「悔しい……」
相当悔しかったのか、琉璃の顔は少し赤くなっていた。
「ふむ、じゃあ次は何か賭ける?」
「良いよ、何でも。」
少し頭に血が上っているのか琉璃の返事は雑になっており、あまり紗綾の言葉が耳に入っていない様だった。
「じゃあ次の戦い負けた方が勝った方の望みを何か一つ叶えるって言うのはどうかな?」
「……望み?」
紗綾の提案が耳に入り、琉璃の顔色が一気に変化した。
「そう。余程のものでない限りは何でも。」
「分かった、それでいい。」
先程の頭に血が上った状態の琉璃は既にそこにおらず、確実に勝ちに行くという思考を脳内に全力で張り巡らせている一人のゲーマーがそこにいた。
「……いいね。私も本気の機体で行くよ。」
紗綾も普段愛用している機体を組み、お互いの望みを賭けた本気の戦いが此処に始まろうとしていた。
「……」
「……」
お互いが無言で只管機体を操作し、部屋には妙な緊張感とコントローラーの操作音がただ無機質に流れるだけだった。
「……っ」
「……!」
そんな時紗綾が機体の操作をほんの少しだけ誤り、予期しない方向へと攻撃した。そしてその隙を琉璃は見逃さず接近させ、近接攻撃を仕掛けた。
「……っはぁ!あ~、負けちゃったかぁ。」
「勝った……!」
二人の緊張が解け、ゲーム画面には見事に紗綾の機体を撃破した琉璃が映し出されていた。
「うぅん、あそこで失敗したのが敗因だなぁ。」
「ぶい。」
悔しそうにつぶやく紗綾に琉璃はピースサインを出し誇らしげに笑みを浮かべた。
「しかしまさかさっきまで遠距離主体だった琉璃が近接に組み替えて来るなんてね。」
「意外とこっちの方が行けるかもしれない。」
誇らしげな琉璃を紗綾は悔しそうに見つめていたが、しばらくして溜息と共に気持ちを切り替えた。
「はぁ、負けたなら仕方ない。さ、琉璃は私に何を望む?」
「えっと……私は。」
琉璃が何かを言おうとしたが、その言葉を躊躇う様に言い淀み視線を落とした。
「あの……今は良い。」
「え、え?」
琉璃の言葉の真意が良く分からず紗綾は困惑してしまった。そんな紗綾の戸惑いを気にする事なく琉璃は立ち上がった。
「ごめん、ちょっとお手洗い、借りるね。」
「あ、うん。場所は一階の階段降りて振り返った廊下の突き当りだからね。」
紗綾の言葉に琉璃は頷き、そのまま部屋を出て行った。琉璃の出て行った部屋で紗綾は少し悩んでいた。
「……琉璃、そんなに妙なお願いをするつもりだったのかな。……琉璃とそう言う事するのは、ちゃんと琉璃が学校を卒業する歳になったらにしたいんだけどな。」
一人勝手に妄想し、一人で勝手に盛り上がっている紗綾だった。
琉璃がお手洗いから出てきて、しばらくの間二人に無言の時間が訪れた。しかしそれを琉璃の方から破る様に、紗綾に抱き着いた。
「紗綾、さっきのお願いまた今度でも良い?」
「良いけど、思いつかなかった?」
紗綾の疑問に琉璃は首を振って答えた。
「思いついてるけど、今はまだこれをお願いできる状態じゃないの。……また、その時が来たらお願いするから。その時になったら、ちゃんと話、聞いてね。」
「分かった。それまで待ってるからね。」
琉璃の少しだけ寂しそうな、悲しそうな声に紗綾はなるだけ明るく答えて笑みを浮かべた。
「そう言えばもういい時間だね、琉璃はまだ大丈夫?」
そう言いながら、紗綾は伊依が帰って来ない事を頭の中で少しだけ不思議がった。普段であれば既に帰宅し、この部屋に突撃してくる頃だろうに、と。
「まだ大丈夫……って言いたいけど、今日はもう帰らなきゃ。」
「そっか。……じゃあ仕方ないね。」
琉璃が帰る為に立ち上がろうとした所を紗綾が抱き留め、そのまま自分の膝の上に座らせた。
「な、なに?」
顔を赤くさせながら琉璃が抗議の目線を送るが、紗綾はそんなもの気にしないと言わんばかりに琉璃の耳元で囁いた。
「ね、琉璃。……だーいすき。」
紗綾の甘い囁きを聞き、琉璃の顔は茹で上がった様に一気に赤みを増した。
「あはは、この間のお返し。」
「……むぅ。」
紗綾の悪戯っぽい笑みに琉璃は頬を膨らませ、そのまま携帯電話で迎えのメッセージを送った。そして紗綾の方を向き直して紗綾の頬に唇を触れさせた。
「お返しのお返し。」
「……あぁもう、どうして私の理性を壊していくかなこの子は。」
琉璃にキスをされた紗綾は顔を赤くさせながら笑みを浮かべ、琉璃の頬にキスをし返した。
「琉璃、本当は口にキスしたいんだけど。琉璃が高校を卒業する月まで行ったら、そうしたら……ね。」
「……待ってる。」
二人はそう約束を交わし、そのままの体勢で迎えが来るまでただ他愛のない話をして過ごしていた。
はい、いかがでしたでしょうか。私はよくこうして物語の途中で交際を始める物語を書くのですが、こうした物語の構成が苦手な方もいるのかなぁとか考える事もあります。しかし私としては二人のその後も表現したいと思ってしまうものでして。とまぁ自分語りはここまでにして、また次回お会いしましょう。