第三話『アイビスコーポレーション』
はい、ご無沙汰しております。如月です。少し時間がかかりました、そして今回は日常回です。I・E・Oはしません。ごめんなさい。後段々百合要素が強くなってきました。これから先もっと強くなります。多分砂糖マシマシです。
「ありがとうございました、またのご来店をお待ちしております。」
紗綾のバイト先である喫茶店、『東喫茶』その喫茶店のピーク時間が丁度過ぎようとした頃。店内の最後の客が会計を済ませ店を出て行った。
「……ふぅ。」
「お疲れ様紗綾さん。」
一息つくと同時に額の汗を袖で拭った紗綾に、弘美が水をグラスに注いで持って来ていた。
「あぁ弘美さん、ありがとうございます。」
弘美からの水を受け取り、紗綾はそれを一気に飲み干した。
「あぁー、ここの水は本当に美味しいな。」
「まぁねぇ、お父さんが拘って入荷してる水だもん。水道水とは少しばかり訳が違うってね。」
紗綾からグラスを受け取りながら弘美が笑顔でそう説明をする。此処の店で使われている水は基本的に水道水ではない。流石に食器を洗ったりするのには利用しているが、飲料としての水はマスターである東直々に見定め、味見をした厳選の水を仕入れている。なので水道水どころかスーパーマーケットやコンビニエンスストアに置いてある水と比べてもまた違ったうま味がある。そしてその水は基本的にお金は取らない様にしている。そのお陰でこの店に来る客は皆水を残すと言う事はほぼしないのであった。
「じゃあ取り敢えず先に休憩入って良いよ。今の時間なら忙しくならないし、その間に洗い物とか一気に済ませちゃうからさ。」
「ありがとうございます弘美さん。じゃあお言葉に甘えますね。」
紗綾は弘美に頭を下げ、そのまま関係者用の扉を開けて店の裏に入っていった。
「じゃあ、皿洗い頑張っちゃいますか!……ってあれ、もう終わってる?」
「やっといたよ。」
「あらら、お父さんってば手が早いんだから。」
「ふふ、さてと。」
制服の胸元のボタンを一つはずし、首元を楽にさせながら紗綾はロッカーの中に置いてある携帯電話を取り出した。そして直ぐ様メッセージアプリを呼び出し、そのまま琉璃へとメッセージを飛ばした。
「『やっほー、今暇してる?』っと。」
紗綾と琉璃が知り合ってからもう1か月が経過していた。その間も二人はほぼ毎日暇があればこうしてメッセージで連絡を取り合っている。それはもう友人と呼ぶにはあまりにも異常なほど濃密に。そしてその時間が今の紗綾にとって最大の楽しみになっていた。
「お、さすが。直ぐに帰ってきた。」
紗綾がロッカーを閉め、そのロッカーの前にある椅子に腰かけてテーブルに手を置きながらメッセージの内容を確認し始めた。
『暇してる。』
そう返ってきたのを見て、紗綾は笑みをこぼした。この休憩時間も至福の時になりそうだと感じたからだ。
「『そうなんだ、私は今バイトの休憩中。良ければその間少し通話しない?』っと。どうかなー……」
琉璃の返事を楽しみに待つ事数秒。直ぐに着信が返ってきた。勿論相手は琉璃だ。
「はーい、やっほー琉璃。」
『……やっほ。』
琉璃からの着信を即受け取り、軽く挨拶をすると、琉璃からも少しだけ嬉しそうな声が返ってきた。
「ありがとね、突然だったのに付き合ってくれて。」
『構わない。わたしも暇してたし。』
紗綾のお礼に琉璃はそう淡泊に返した。
「ふふ、そっか。」
そこから紗綾は琉璃と他愛もない話を始め、気が付けば休憩終了時間五分前だった。
「……でさ、その後は……あっと。もうこんな時間か。早いなぁ。」
『休憩、終わり?』
紗綾の言葉を聞き、琉璃がとても寂しそうな声でそう聞いてきた。その声を聞いて紗綾は少しだけ胸が痛んでしまった。琉璃と通話をすると終わり際にはいつもこんな声を出されてしまい、紗綾はとても心苦しくなってしまう。
「う、うん。ごめん、もう直ぐ休憩終わって仕事に復帰しないと。」
『そっか。分かった……』
今にも消え入りそうな声を聞いた紗綾は我慢が出来なくなり、咄嗟に琉璃に言葉を掛けた。
「あ、あのさ!」
『……なに?』
声を掛けたは良いものの、何も考えていなかった為に言葉が続かなかった紗綾。必死に頭を回し、何とか思いついた言葉が何とも突飛な言葉だった。
「今度、琉璃の家に行ってもいい?」
『……わたしの、いえ?』
紗綾はまだ琉璃の家には一度も行った事が無い。紗綾としては琉璃の家に興味はあるのだが、琉璃の家はなんとなくだがとても大きな、お金持ちの家なのではないか。そう考えると、少しだけ躊躇いもあった。しかし友人間でそんな躊躇いを持ったままではこれ以上仲良くなんてなれない。そう考えた紗綾はもっと琉璃の事を知る為にそう提案したのだった。
「そうそう。今まで行った事ないしさ。あ、勿論嫌だったら諦めるけど。」
なるだけ明るい声でそう話すが、紗綾の内心は少し緊張していた。この提案を拒否されてしまうと、少しだけ琉璃との間に気まずいものが流れそうで、少しだけ怖かったのだ。だが、そんな紗綾の心配とは裏腹に琉璃は歓喜の声を漏らしていた。
『来て欲しい、今すぐにでも。』
「え、い、今すぐ?」
琉璃の嬉しそうな声に思わず二つ返事で返しかけた紗綾だが、自分が今アルバイトの休憩中である事を思い出し、何とか踏みとどまった。
「あの、流石に今すぐは難しいかな。あ、バイト上がりだったら大丈夫だよ。3時位に終わると思うんだけど、それでもいい?」
『うん、うん。待ってる。わたし、終わるの待ってるから。』
今目の前に琉璃が居たら恐らく目をキラキラと輝かせて何度も頷きながら自分の事を見つめているだろうと紗綾は考え、その想像だけで思わず吹き出しそうになっていた。
「うん、じゃあ。もう行くから。付き合ってくれてありがとね。また後で。」
『うん、うん。また、後で。』
琉璃に別れを告げ、紗綾は携帯電話をロッカーに戻すと、顔のにやけを止める事無く着崩した制服を直し始めた。
「ふふふ~。琉璃の家に行けるっ琉璃の家に行けるっ。」
その後鼻歌交じりに仕事に戻り、その姿をバッチリと東と弘美に見られ我に返り人生で最大の赤面を晒す事になる紗綾であった。
「さて、取り敢えず集合地点のE・Gに着いた訳だけど。」
仕事を無事に終わらせた紗綾はそのまま琉璃との集合地点であるE・Gに足を向けた。道中琉璃の家はどんな風なのか、こんな仕事に行く用の服装で良かったのか、等と色々と考えたが気が付けばもうE・G前だった。そして辺りを見回してもあの例の車は来ていない様なので紗綾もまだ到着していないと言う事であろう。
「一応仕事終わって直ぐに連絡はしたんだけど……ん、お。来たかな?」
道路の方をキョロキョロと眺めていると明らかに高級そうな黒い車が角を曲がりE・G前に停車した。
「紗綾!」
車の扉が開き、手前に乗っていた女性が一人降りるとその奥から、以前とは少し形の違うゴシックロリータ服を着た琉璃が飛び出すように降りてきて紗綾に飛びついた。
「おっとと。こんにちは琉璃。ありがとね突然誘ったのに来てくれて。」
琉璃を抱き留めながら紗綾は少し申し訳なさそうに琉璃にそう話す。そんな紗綾の言葉を琉璃は首を振って否定した。
「ううん。そんな事ない。……わたし、こそ。今すぐ、とか言った、から。……あの、迷惑じゃ、なかった?」
紗綾以上に申し訳なさそうな表情で琉璃がそう見つめてきたので紗綾は笑顔で言葉を返した。
「全然迷惑なんかじゃないよ。だって、今日もこうして琉璃に会えたんだから。」
紗綾の現在の楽しみは琉璃と遊ぶことが最も強い楽しみだったりする。なので琉璃から求められては紗綾は断れないのだった。
「紗綾、早速わたしの家に行こう?」
「あ、うん。そうだね。」
琉璃の言葉に従い、紗綾は琉璃の乗ってきた車に乗り込む。その中は通常の車よりも遥かに広かった。
「うわっ、凄い。」
リムジンとまではいかずとも、悠々と足を延ばせるほどの広さで、後ろに三人乗っても全く狭くならない程のスペースもある。因みに琉璃が後部座席の中央で、その右には黒服の女性が。左側に紗綾が乗る形になっている。だが琉璃は必要以上に紗綾の方に寄って乗っている為に少しだけ中央から逸れている形になってしまっていた。
「琉璃、ちょっと近すぎない?シートベルト苦しくない?」
紗綾は心配でそう言ったのだが、琉璃はその言葉にとても悲しそうな票所を浮かべた。
「……いや?」
「う、ううん。嫌とかじゃないよ。ただ苦しくないのかなって。」
中央のベルトは他のベルトよりも少しだけ締まりやすくなっているらしく、且つそれが紗綾の方から出ている為か琉璃の首元が少し苦しそうだった。しかし琉璃はそんな紗綾の言葉に首を振った。
「問題ない。いざとなったらこんなベルト外して……」
そう言ってベルトを外そうとする琉璃を紗綾はいち早く止めた。
「駄目だって!それは危ないよ。」
「……冗談。」
本当に冗談だったんだろうか、そう紗綾は内心でため息を吐いた。
車に乗り数十分。琉璃の家はどうやらE・Gがあり、紗綾の住んでいる海内町の一つ隣にある町の様だった。此方は海内町よりももう少し賑わいがあり、街中には若者向けのショップや大型のゲームセンターも存在している。しかし此処にはまだE・Gが存在していないようだった。
「しかし意外と渋滞が凄かったねぇ。」
この日は平日。にも拘らず車が意外と多く、中々前に進めなかった。その所為で隣町に来るだけでも通常の倍以上の時間がかかってしまっていたのだ。しかし琉璃はそんな渋滞など興味が無いかの様に紗綾に寄り添い服に頬を摺り寄せている。
「何してるの?」
「……マーキング?」
琉璃の冗談か本気か分からない言葉に紗綾は苦笑しか返せず、別段嫌な訳でも無いのでそれ以上追及するのをやめた。そして視線を外へ向けてみた。
「今日って平日だよね。その割には想像以上に人が多いな。」
車の外には同じく渋滞に掴まった車が大量に。そして歩道の方にも意外な程人が歩いていた。
「ここはいつもこんなもの。」
「え、そうなの?へぇえ……一つ隣になるだけでこんなに違うんだ。」
海内町も人が居ないと言う事は無いが。ひしめくという言葉が似合う程人が居る等はあり得なかった。精々日曜日に駅の方面に足を向ければ人込みが見られると言う程度であろう。平日はほぼ営業周りをしている会社員と、休憩中のどこかの従業員。後は数組の若者が存在する程度だ。その景色が当たり前になっている紗綾なので、こんな人の密集度は経験が薄く、少々困惑していた。
「わぁ……こんな所に放り出されたら迷子になる自信ある。」
外を眺めながらため息交じりにそう呟くと、琉璃が少しむっとした表情で紗綾の頬を突いた。
「な、なに?どうしたの琉璃?」
「何でもない。」
そう言いながら琉璃は紗綾の頬を突くのをやめない。紗綾はその琉璃の行動の意味が分からずにただ困惑するだけだった。
「到着。」
琉璃がそう言い、車が一度停車した。停車した車の紗綾側の側面にはやたらと高いビルが。そして黒服の女性側の側面には明らかに大きな豪邸が。そして正面にはその豪邸よりも遥かに大きな豪邸が建っていた。
「え、え?えっと、えぇ?」
「左がおとうさんとおかあさんの会社で、右が家の使用人の寮。で、正面が……わたしの家。」
琉璃の説明を聞きつつも、その状況が全く理解出来ていなかった紗綾である。左を向けば、首が痛くなるほどのビル。右を向けば豪邸。正面を向けば超豪邸なのだから。
「取り敢えずこのまま家に行って。」
「かしこまりました。」
琉璃が運転手にそう告げると運転手は承諾し、ゆっくりと速度を上げ始め、正面の家の大きな正門が開いた。
「うわぁ、こんな大きい門初めて見た……」
金属で出来た門は、意外な程静かな音を立てながら開いていき、やがて完全に開き切ると同時に車が門の前に差し掛かった。
「え……」
その時、門の前に書かれていた表札の苗字を見て紗綾が愕然とした。そこに書かれていたのは『アイビス』と言う苗字であった。
「アイビス……アイビスコーポレーション!?琉璃ってもしかして……」
「……琉璃=アイビス。それがわたしのフルネーム。」
アイビスコーポレーション。それは世界で最も力を有していると言われている会社で、ICTを始め、様々な分野を網羅しているとか。紗綾は詳しい事は知らなかったが、それでも何度もニュースで聞いた事のある名前だった。それに、紗綾達の愛するゲームI・E・Oのゲームハードであるイレイザーズエッグは多数のスポンサーの元製作されたのだが、その中でも最大のスポンサーだったのがこのアイビスコーポレーションなのだ。そんな途轍もなく大きな会社と同じ苗字を持つと言う事、それはつまり琉璃はアイビスコーポレーション創設者の家族であると言う事だ。
「なんとなく予想はしてたんだけど……予想を遥かに超える凄さだった。」
「……凄いのは、おとうさんとおかあさん。それに最初に会社を作ったおじいちゃんとおばあちゃんだよ。」
紗綾の感嘆の言葉に琉璃は首を振って答え、そのまま言葉を続けた。
「ねぇ紗綾、わたしと……まだ一緒に居てくれる?」
「……」
紗綾は心のどこかで琉璃の事をどこかのお嬢様であると分かってはいた。だがそんな事は関係ないのだと頭の中で考えもしていた。しかし、いざ目の前にその想像を超える現実を叩きつけられかなり心が動揺していた。そんなお嬢様と私が一緒に居て良いのかと。もしかしたら彼女の妨げになっているのではないかと。そんな負の考えが紗綾の脳裏から離れなかったのだ。しかし琉璃はそんな自分に一緒に居て欲しいと告げている。この一月ほどの付き合いで、その琉璃の発言は心からのものだと言う事が紗綾には分かっていた。そしてそんな琉璃の言葉と表情を見ては、自分が考えていた些細な事など一気にどうでも良くなってしまった紗綾であった。自分が共に居たいと思っている相手から求められているのに、断る理由などある筈もない。
「紗綾……?」
「勿論、私こそ琉璃と一緒に居たい。琉璃が、どんな偉い生まれでも、そんな事関係ない。私は、琉璃が好きだから一緒に居たいんだ。」
琉璃の事を見つめ、両の肩を掴みながらそう力強く告げた。その言葉を聞いた琉璃は一瞬目を見開き、瞳を潤ませると共にどんどんと顔を赤くさせていった。その琉璃の異変に気が付き、自分が何を言ったのか気が付いた紗綾は琉璃と変わらぬほど顔を赤くさせていた。
「あ、あの、その。好きだけど、その好きって言うのはそう言うのじゃなくて。その、ね?」
「……うん、だいじょうぶ。」
紗綾の言い訳じみた言葉を聞き琉璃は少しだけむくれながらそっぽを向き、頷いた。
「……とにかく家に入ろう。」
気が付けば既に車は駐車しており、いつでも降りられるようになっていた。
「あ、そ、そうだね!い、いやー、琉璃の家楽しみだなぁ!」
必要以上に明るい声で気持ちを落ち着かせようと紗綾は試みたが、どうしてもうまく行かず空回ってしまっていた。そんな空回った紗綾を見て、琉璃は幸せそうに小さく微笑みを浮かべていた。
「ここが、わたしの部屋。」
琉璃の家に案内され、扉を開けた先にある中央階段を上り、二階の右側廊下を歩いた先の奥から五番目の部屋に紗綾は案内された。
「お、覚えにくい……と言うかどれだけ部屋があるの?」
「家はお客様も多いから。その人達用の部屋もあるの。」
紗綾の疑問に琉璃が淡々と答える。そして少しそわそわした様子で紗綾の方を見つめた。
「ど、どうかな。わたしの部屋。」
琉璃の言葉に改めて紗綾は部屋の内装を見渡した。部屋の大きさはおよそ20畳程で、壁紙は薄いクリーム色で統一されており、その壁には様々なキャラクターのイラストを額縁に収めた物が飾られてあった。そして部屋の中央窓寄りに天蓋の付いた大きなベッドが配置されており、その傍には白のドレッサーがチェアとセットで置かれており、壁際に大きなテーブルとこれまた大きなモニター。そしてその前には様々なゲーム機が大きなソファの前に配置されていた。
「物凄く……広い。」
「……それだけ?」
紗綾の感想に少し不満そうな琉璃だが、それ以上は追及せずに少しだけ不満そうにソファに座った。
「ここ、座って。」
琉璃が紗綾に隣に座れと言わんばかりに隣の席をポンポンと叩いた。
「あ、うん。それにしても凄いゲーム量だね。もしかして昔からゲームしてたの?」
紗綾の疑問に、琉璃は小さく首を振って否定した。
「紗綾に会うまでは、ゲームなんてした事無かった。」
「え、そうなの?」
意外な言葉に紗綾は驚き、そんな紗綾に琉璃は更に言葉を続けた。
「わたし、ゲームがあんまり好きじゃなかった。ゲームだけじゃない、機械とか、プログラムとか……あいつらはおとうさんとおかあさんを奪っていくって、そう考えてたから。」
「……」
琉璃の言葉を、紗綾は静かに聞いていた。と言うよりは、口を挟む事が出来なかった。
「わたしがまだ子供の頃、おとうさん達は仕事が忙しくて……わたしに構ってくれなかった。今はそんな事無いんだけど、あの頃は寂しくて……そのままこの歳まで生きてきて、気が付いたらゲームをやろうって考えなくなってた。でもあの時、紗綾に偶然会って、そんな紗綾がE・Gに入るのを見て。そこがI・E・Oをプレイする場所だっていうのは知ってたし、折角だから試しにやってみようかって、そう思った。」
静かに、ゆっくりと。しかし力強く琉璃は語る。その気持ちを取り零さない様に、紗綾は真剣に聞き入っていた。
「そしたら、どう動かして良いのかもあまり分からなくて、紗綾に話しかけられるまではただぼーっと背景とか、他のプレイヤーとかを見てた。そして、もうやめようかなって思った時に、紗綾に話しかけられたの。」
「……そうだったんだ。」
琉璃の言葉に紗綾は思わず声を出し、琉璃がその言葉に頷いて言葉を続けた。
「そしてその後は紗綾と一緒にI・E・Oをするようになって、ゲームが面白いものだって分かった。だから、今までやらなかった分、今から精一杯遊ぼうと思って。こうして集めてプレイしてるの。」
「成程……よっし、じゃあ私と色々なゲームで遊ぼう!」
琉璃の言葉を聞き、紗綾は無性に琉璃とゲームがしたくなっていた。元々琉璃の家に来てやろうとしていた事などは無かったから、丁度良いと言えば丁度良い。
「じゃあ、このパズルゲームで……!」
「ほっほう、私にそのゲームで挑みますか……!」
そこから二人は、紗綾の帰宅時間になるまで思い切りゲームで遊んだ。
「あー、楽しかった。」
「ふふ、わたしも。」
帰り道。紗綾は再び琉璃の家の車に乗せてもらい家まで帰る所だった。紗綾が予め運転手に住所を伝えてあるので家まで道案内の必要なく帰る事が出来る様で、二人は車の中でも仲良く談笑していた。相変わらず琉璃の距離感は近いのだが、今度は紗綾が右側に乗っているので琉璃も苦しそうではなかった。
「ね、また来てくれる?」
「勿論。あ、でも今度はうちに来ない?琉璃の家みたいに大きくは無いけどさ。」
紗綾の提案を聞き、琉璃は目を輝かせた。
「良いの?」
「うん。私も琉璃の事を招待したいって思ってるから。それにうちのお母さん達にも紹介したいしね。私の大好きな友達だって!」
紗綾がそう言うと琉璃は嬉しそうに、しかしほんの少しだけ寂しそうに笑みを浮かべた。
「嬉しい。……楽しみ、紗綾の家。」
琉璃のその少しだけ儚い笑みに紗綾は思わず見惚れてしまい、少しだけ動機を速めてしまった。
「どうしたの?」
「ん、いいや。琉璃は本当に可愛いなって思っただけ。」
紗綾がさりげなくそう言うと琉璃は嬉しそうに体をもじもじと揺らしながら俯いた。
「……ありがと。」
「んんん!ほんっとうにかわいいなぁもう!」
そんな琉璃の行動に紗綾は身悶えしながら思わず琉璃を抱きしめた。
「ううう!くる、しい。」
「あ、あはは、ごめん。」
苦しそうに紗綾の腕を軽く叩く琉璃を見て、紗綾は力を緩め手を離した。そしてそのまま琉璃の手を握って琉璃を見つめた。
「……な、なに?恥ずかしい。」
「……あ、い、いや。何でもない。」
自分が今何をしようとしたのか、紗綾自身にも分かっていなかった。ただ、気が付けばそうして琉璃の手を握り、ただ見つめてしまっていただけなのだ。
「ぁ……」
紗綾が慌てて手を離そうとした時、それを琉璃の小さな手が制止した。
「手、離さないで。」
「あ、う、うん……」
そこから暫く、二人は沈黙のまま帰路についた。
「紗綾様、到着でございます。」
「もう、か。ありがとうございました。」
紗綾の体感時間的にはあっという間に到着した帰り道。名残惜しそうに紗綾は琉璃の手を離し、そのまま車から降りた。そんな紗綾を追う様に琉璃も車から降り、紗綾の背後から抱きしめる。
「あのね、紗綾。わたし、今日は本当に楽しかったの。」
「私も。とっても楽しかったよ。ありがとう。」
琉璃の腕を優しく解き、紗綾は琉璃の方へと振り向いて笑顔を浮かべた。
「この後も、いっぱいお話しようね?」
「うん、沢山話そう。」
琉璃の身長に合わせ紗綾が少し屈みながら寂しそうに話す。そんな紗綾に琉璃が飛びつき、紗綾の耳元で囁いた。
「紗綾、大好きだよ。」
「っ……」
紗綾は、その言葉に咄嗟に言葉を返せなかった。紗綾が琉璃にいつも向けている言葉なのに、何故か紗綾はそれにこたえる事が出来なかった。
「じゃあ、ね。紗綾。また。」
「……うん、また、ね。」
手を振り合いながら、琉璃が車に乗ってゆっくりと速度を上げていく。紗綾はそんな琉璃の乗る車が曲がり角に消えるまで手を振り続けていた。
「……大好き、か。」
最後に琉璃に囁かれた言葉を脳内で反芻しながら、紗綾は家に入っていった。家に入るなり玄関で待ち構えていた伊依に物凄くにやついた顔でからかわれたのは言うまでもない。
はい、と言う訳で、今回は少し気持ちが動く回となりました。うぅん、自分で書いておいてなんですが、この位の距離感の頃ってこう、良いですよね。友達なんだけど少し意識してる頃の百合。うぅん、好きです。