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ある授業の風景

作者: ぼんぼり

「きり~つ、れ~い、ちゃくせ~き」


僕が教壇につくと、クラス委員長の百瀬がけだるそうに日直の仕事である号令をかけた。他の子たちも号令に一応合わせて、それぞれのペースで座った。百瀬は、立った時にふくらはぎで押された椅子が後ろにずれすぎて、机に手が届かないようだ。しかし、全然気にしていないようにみえる。


「はい、じゃあ今から国語の授業なんだけど、みんな、宿題やってきたかなぁ?」


すると、一番前に座っている栗尾さんが元気よく挙手して、「はぁい!かたつむりの俳句、考えてきたぁ」と屈託のない声を上げる。小柄な体形で、いつも元気よく返事をくれる。あまり大声で笑うと、前歯の無いことがみんなにばれてしまうぞ。


「そうです!今日は俳句の授業!今は6月で梅雨です。それにちなんで、かたつむりで俳句を作ってもらうことにしました。じゃあ早速、誰か発表したい人!」


ハイ!はい!はぁい!皆結構な勢いで挙手してくれる。素直で、こっちの問いかけにも気持ちよく返事してくれる。小学校4年生とは、なんとも居心地のいい連中だなと思う。この子たちは、学級委員長を選ぶ時もほとんど全員が立候補してくれる。でも大きくなるにつれ、段々自分から言葉を無邪気に発する子たちが少なくなってしまう。いつからか、この子たちのリアクションも薄くなってしまうのだろうか。


「じゃあ、朝口くん」


「はい! かたつむり 僕の性格 かたつむり」


よくわかってるじゃないか!ところで朝口くん、おとといの宿題は終わったのかな?早くしないと、通信簿にかたつむりのハンコを押してしまうよ?


「ありがとう!気持ちがいいくらいにわかりやすいね!おっとり優しい朝口くんならではかな、ハイ、拍手!」

パチパチと拍手が起こる。百瀬は相変わらずけだるそうで、背中で椅子の座面に座っている。このガキンチョをどう刺激してやろうかと、無意識に考えている自分がいる。


「じゃ、次は…栗尾さん」彼女は、自分の俳句を発表したくてたまらないというようなキラキラしたまなざしでこちらをみていた。


「はぁい!んとね… あじさいに かたつむりがいる かわいいね」

あんたがかわいいわ。でもやっぱりそんなに笑うと、前歯がないの、みんなにばれてしまうよ。


「あじさいの上にいるかたつむりが見えてきそう!じゃ、次は…才条さん!」


すくっと立った彼女の背は、ピンとしている。メガネの位置を少し戻すと息をすうっと吸いこんだ。


「では… こででむし あついあついと 角ちぢめ」


小4だよね、君?どこから「こででむし」なんて言葉が出てきたのかわからず、少しキョトンとしてしまった。「っと、こででむしっていうのは、子どもかたつむりのことかな?ずいぶん暑そうだね!小さいかたつむりが暑がって困っている様子が浮かぶよ!すごいね!皆、拍手!」


「…ハイ」才条さんは、少しはにかんだ様子でしずかに着席した。顔が真っ赤で、相当うれしいようだ。


「はーい!私もありまーす。いいですか」クラスのムードメーカー女子、朝倉さんだ。「いいよ、どうぞ!」


「はい! かたつむり 見つけてはしゃぐ ポメラニアン」


ポメラニアンキタ!犬に全部持ってかれちゃったよ。確かに可愛いよ、ポメラニアン。でもかたつむりが霞んじゃうから、もうちょっと、かたつむりをかまってあげてほしいな。


「うん、朝倉さんとこでは、犬を飼っているのかな?」


「うん!真っ白いふわふわの!リッキーっていうんだけど、お兄ちゃんが独り占めして遊ばせてくれないの。首輪とかリードとかも、全部お兄ちゃんが買ったのを付けちゃうんだよ。でもほんと、可愛いんだよ!」

うん、可愛いからよしとしよう!5・7・5だし、なんでもいいや、と、思うことにした。


「犬も可愛いけどね。他にはかたつむりの俳句あるかな?」


えへへとにやにやしながら手を上げているのは、いつも冗談しかいわない原沢くんだ。もう、その表情から君がまともな答えを言わないことが手に取るようにわかる。


「よし、原沢くん。どうだい?」


「はぁい かたつむり 今朝のご飯は かたつむり」


こいつ…朝口くんに寄せてきただけじゃなくて、とんでもなくしょうもないクオリティに仕上がってるじゃないか。みろ、才条さんがドン引きしているじゃないか!こいつには、また一からお笑いというものを仕込んでやらねばと静かに決心した。


「原沢くんの連絡帳には、今日の晩御飯にはかたつむりを入れないように先生からお願いしておきましょう!そろそろ時間だし、最後の発表は誰にしようかな…おっ、百瀬君!発表するかい?」


机に突っ伏して、手だけそっと挙げていたのを見つけた。何を言うのだろう…百瀬はゆっくり立つと、こちらを指さしながら


「かたつむり あなたのうしろに かたつむり」


えっ、何?怖いんだけど。急にそんなこと、言わんで。こいつ、稲川○二か?内心激しくツッコミを入れながら、ふぅと冷静にため息をついた。


「先生こわがりなんで、そんな意地悪なことはいわないでほしいなぁ~。ハイ、じゃ今日はこれで終わり。明日は本読みの練習だから、わからない字とかあれば自分で調べておきましょうね」


号令が終わって帰ろうとすると、何やらくすくす笑い声が聞こえる。どした?


「せんせ~、かたつむり、ついてますよ、背中」と百瀬。


「あ?ん~」と背中をまさぐると、グシャっと紙をつぶすような音が聞こえた。何だこれ。見ると、「かたつむり」という文字と、へたくそなかたつむりの絵が描いてあった。いつのまに貼られたのだろう。そういや、こいつだけギリギリで教室に入ってきて、挨拶がてら俺の背中をたたいていったような…あの時か。


「くら百瀬!明日も日直指名するぞ~」「へっへー先生引っかかったぁ!」そういうと、百瀬は廊下を元気よく走ってグランドに遊びに出かけた。


今日もこのクラスは賑やかだったな。職員室に戻り、机のデスクを開く。僕は、授業で提出された俳句のプリントと、百瀬が描いたかたつむりを、学年文集のファイルに閉じた。

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