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愛の言葉もなく  作者: まやま 森
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中編

彼、視点。







俺は、愛を知らずに手放した。






魔族が蔓延る世界に、希望を喚んだ。

その希望には、何故だか余計なものがついてきて。

喚んだ連中は目的を果たせたと、その巻き添えになった女性を見て見ぬふり。


怒りなのか、悲しみなのか。

しかし次には諦めの表情を浮かべるその人が気になって。

つい、口を出た、すまないという言葉。


それは本心からだった。

謝りと言えない謝罪を口にする国のお偉方。

それに、苛ついたのは自分の良心。

代わりになどならないだろう身の上で、しかし気休めになればと、彼女に謝った。


それに目を見開いた彼女は、幼く見えて。

きっと、喚ばれた神子よりは年上だろうが、そんなに変わらないのだろう、そんな年端かもない女性を、捨て置くとは。

騎士としての魂が、納得しなかった。


詰られ殴られても、とても本気には思えないほど非力な存在。

守られるべき、女性。

今はただ、思い切り泣かせてやりたかった。


それが、彼女との初めてのやりとり。


それから、使命感にかられてか、俺は彼女の側に、できるだけいることにした。

誰も、彼女を省みようとしなかったから。


それが、気に入らなくて。


口数は多い方ではないと自覚している。しかし、彼女はそんな俺の会話にも笑ってくれる。


美人というわけではないが、ふとした時に見せるその微笑みは、可愛らしいと思えた。


そんなある日、彼女の実年齢を知り、驚かされ。

少女ではなく、淑女として扱わねばと誓う。

よそよそしくなった自分に、彼女が寂しげに笑うのがわかっていて、俺は。

どう接すればいいのか、わからなくなっていた。



自分に近い歳の未婚の女性。

こんな自分の傍らで、安らぎをくれる。


なんとも言えないその気持ちを、自覚するより前に、俺は神子と討伐に出ることになった。



ついてこれないことにわかっていても無力さを嘆く彼女が、出立前に俺にどうか、と詰め寄った日のことは今でも覚えている。



「どうか、無事で」


久々に涙を見た気がした。

それが流れ落ちる前に、そっと指で拭ったのは、自分でも驚くほど自然で。

考えるより体が動いたのだ。


「心配はいらない。必ず、帰る」


あなたのもとに、

泣き笑いのその表情に、どくん、何かが溢れだしそうな気がした。


思えば、戦地に赴く時に帰りを約束するなど、初めてのことだった。


誓ったことなら、守らねばならぬ。

絶対に、無事に帰って。

彼女に。


(彼女に?)


何をしたいのか、わからなかった自分は、本当に愚かだった。




長い旅だった。


道中で、神子と魔術師と癒師が、彼女のことを話すのを聞いた。


神子は姉のように彼女を慕っていて、それが微笑ましくいつも思っていた。

魔術師がぶっきらぼうに彼女を語るのに、何故か苛ついた。

癒師がそれを笑いながら訂正するが、三人とも、彼女のことをわかっていない。

彼女は、もっと素晴らしいのに。


王子が神子と彼女を比べ、彼女を蔑むように話すのに、腹が立った。

神子は素晴らしい、確かにいい娘だと思う。

だが、彼女の何を知っているというのか。

つい、旅の途中だというのに、王子に突っかかるようになった。

皆が抑えてくれなければ、斬ってかかって不敬罪になるところだった時もあった。


次第に、神子が王子を庇うようになって。


それにまんざらでもない風の王子がまたイラッとした。

だが、神子が側にいれば王子は余計なことは言わなくなったので、俺たちの仲も修復されていった。


俺は、何故あんなにも、王子を敵視していたのだろうか。

王子に、お前も神子が好きなのか、と突っ掛かられたことがあった。

そうなのか、と自分でも気づかなかった気持ちに衝撃を受けた。


それを、白い目で見ている三人など、気づかずに。


それから、神子を観察した。


旅の途中だと言うのに不謹慎だが、自分の気持ちがいまいちわからなかったから。


見ていると、まあ動きが小動物のようで可愛かった。

(彼女も実は年相応に落ち着いて見えて、たまに小動物のように可愛らしい仕草をするのだ)


顔は、確かに美しい造形をしている。

(彼女は美人ではないが、笑顔が癒しなのだ)


スタイルもいい。

(彼女は少しふくよかな自分の身体を気にしている。それくらいが抱き心地も良さそうだが)



うむ、非の打ち所がない。

確かに、好意的感情が浮かぶ。


これが、恋情なのだろうか。


体験したことのない感情に、俺は錯覚してしまった。



今思えば。

始めから、比べるように思い浮かべていた女性のことを、何故好きだとわからなかったのか。


本当に、何故、今になって思うのか。



長い旅にも終わりは訪れて。


漸く帰ってこれた喜びや安堵は、彼女を見た瞬間に溢れだした。


おかえりなさい、涙を溜めた瞳に迎えられた俺は、その肢体を抱き締めていた。


ほう、と息を吐く俺に、身体を固くした彼女も、抱き締め返してくれた。


嬉しかった。

そして、旅の話も旅中に自覚した初恋の話もしてやりたかったけれど、その前に王に呼ばれてしまった。

名残惜しく彼女と離れ、俺は王子や神子らに続いた。


そこで、驚くべき言葉を、王子から聞くことになる。



してやったりと俺に嫌な笑みを向ける王子に、俺も苦虫を噛み潰したような顔を向けた。

そして、その傍らに立つ初恋であっただろう少女の姿を見て、愕然とした。



二人の幸せそうな姿にじゃない。


その二人を見ても、傷ついていない、俺自身にだ。




呆然としていた俺は、宴の席で恋敵だったはずの王子に酒を注がれ、馴れ初めを自慢げに話す王子を見ても、何も感じない自分に気づいた。


訳もわからず、注がれるままに酒をかっくらう。


酔わなければ、何かが壊れそうだった。



意識も朦朧とし、自分が何処を歩いているかもわからず、たまに聞こえる耳に心地いい声。

それに気をよくし、離れがたく。


温もりを逃がさないようにして。



(おれは、神子がすきじゃなかったのか?)


「神子…」



王子との婚姻に、何も感じない。


(それが、好きという気持ちか?ちがうのではないか?)


そうだ、むしろ、彼女を思った時に感じる、胸の高鳴り。

そして、王子に感じた苛立ちも。

すべて、彼女にだけ。


(そうだ、おれは、)


「…すきだ、」


(ああ、まるで、彼女の身体に指を滑らしているようだ)


ふっくらとした胸。

括れてないと本人が言う腰回り。

足も柔らかく手触りがよくて。



「すきなんだ」


(ああ、あなたが。すきなんだ)


俺に、くれ。

ほしい、ほしいと餓えた心が叫ぶまま。

俺は泥酔した意識のなか、腕のなかにいる存在をかき抱いた。


乱暴な手つきで。

破瓜の血に興奮すらして。



くそやろうと、だれか、俺を殴ってくれ。




あなたを、傷つけたい訳じゃ、なかったんだ。






次の日、頭痛を感じながら起きた俺に、昨日の記憶なんてあるはずなくて。


自室で裸で起き上がり、サアッと青ざめた。

ベッドの上の血が、自分のであれと願いながら、すっきりした身体に否定され。


誰とも会いたくなかった。

過ちを犯したとして、相手もわからない上に、どんな顔をして初恋の少女や信頼を寄せてくれている彼女に会えると言うのか。


そう考えた時、違和感を覚えたのだが、今の俺には構う余裕すらなくて。


討伐に行った仲間や彼女を避けるように、日々を送った。


その間、あの晩のことを知りたくはないが、少しずつ周囲に聞くようになり。


その間、たとえ俺が避けているにしたって彼女に一回も会わないなんておかしいと、気づきもせずに。


そんな俺の行動が仲間たちの耳に入らないわけもなく。


数日たったある日、俺の前に表れた少女は、俺のことを冷たい瞳で見据えていた。


「み、神子…」


「それで、あの晩のことは、わかったんですか?」


「…」


聞いた話では、皆が俺の泥酔した様子を語り、そして。

彼女が、支えてくれていたと語っていた。


同時に、彼女に会って聞きたいような、聞きたくないような、複雑な気持ちになった。


俺は、彼女を汚してしまったのだろうか。

恐ろしくて、会いに行けなかった。



「まあ、もう真実を知るには手遅れですけどね」


「なに…?」


「彼女はもう、ここにはいませんから」


きっぱりと告げられた言葉を、理解するのに時間を要した。


理解すると、なぜ、と掠れた声が自分の口から漏れた。

だけど、心の奥底では、俺のせいだと気付いていた。

やはり、あの晩、俺は彼女を傷付けたのだ。



「俺は、何てことを…」


「…あなたは、何を悔いてるの?」


項垂れる俺に向けられる、刺すような視線。


「何って…」


「わたしは、知ってます。あなたのしたことを。彼女は言ってはくれなかったけど、彼女はわたしに診てほしいと言ったから」


神子には、身体を診る力がある。

彼女は、なにを、診てもらった?


「諦めたような表情で、あなたの側にはいられないと笑った彼女の気持ちが、あなたにはわからないでしょう」


諦めたような?

なにを。


「それでもひとつだけ、この欠片だけ、諦めたくないと、ないてた…っ」


「!」


ああ。おれは、まさか。なんて、くそやろうだ。


「彼女は、何処だ」


「探してどうするんですか」


「それは、俺は、責任、を」


「そんなことのために追わせない。いい加減、気持ちに気付いたらどうなんです!」


叱咤された。

初恋の少女に。


いや、気付いていたはずだ。

この少女は、初恋なんかじゃなかった。


おれは。


「俺は、」


あの日、抱いたのが彼女であればいいと思った。

好きだと思い込んだ少女とは違い、いつか還さなければいけない巻き込まれただけの彼女。

それでも、本当は。


どこにも、いかないでくれと

俺に縛り付けてしまえればいいのにと。


なんて、邪な気持ちを持ってしまったのか。


信頼を寄せてくれている彼女には、決してばれてはいけないと思った。



だから、封じ込めた。




封じ込めて、彼女が帰りたいと願ったなら、笑ってさよならと言えるように。


それなのに。






愛の言葉の代わりに、劣情に溺れて抱いたあの日。

本当は、頭のどこかで誰を抱いたかなんて、わかっていたんだ。








あと一話、続きそうです。今さら名前出せない…っ

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