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愛の言葉もなく  作者: まやま 森
1/3

前編

短編にするつもりだったので短いです。二話くらいで終わる予定。






ずっと、彼が好きだった。





この、わけのわからない世界に落ちて、神子と崇められる少女。それに巻き込まれたのだろうが、この世界には何ら必要性のない女。それが私だった。


ある日、仕事帰りに女子高生らしき制服の少女とぶつかった拍子に異世界へと飛ばされた私たち。


少女だけを召喚するはずが、何を誤ったか普通のごく平凡な、むしろ召喚された美のつく少女とは雲泥の差の、少しふくよかな女まで喚びこんでしまったらしい。

あっさり謝られて、その後は神子にしか用はないとあっさり放っていかれた。


私の意思なんか、関係ないと言わんばかりに。


ならば戻せと言ったとて、聞く耳持たずなくそ神官ども。




自暴自棄になりそうになった私を、ただひとり見捨てないでくれたのが、彼だった。



「すまない」


たった一言。

でも、その一言は誰の言葉よりも真摯に響いて。

誤って召喚した神官やら王族でさえ、そんなに真摯に謝ってはくれなかった。

──それが、きっと一番許せなかった。


謝った彼に、理不尽にもあたった私に、彼は不器用な手つきで。

頭を撫でて。

胸を、貸してくれた。



「泣きたいだけ、泣け。殴りたいだけ、殴れ。──あんたには、その権利がある」


その瞬間、ぶわっと、涙が溢れた。

唸るように、しがみついて泣き出した私に、彼は不器用にも、頭を撫で続けてくれた。

後で聞いた話では、実は最初は私を実年齢よりかなり下に見積もった上での行為だったらしいが。

それが、私がこの世界でただひとり、彼だけは信じ続けようと思ったきっかけになった。



それから、神子と呼ばれる少女が実はすっごく良い娘で、私の待遇に激怒して周りの人達に訴えてくれたり、

彼が擁護してくれたりしたお陰で、私はこの世界で神子の世話役としての立場を得るに至った。

神子にしてみれば、対等にしたかったようだが、所詮私は巻き込まれた凡人。

友人となれたのは嬉しいが、これ以上望めば目の敵にされることは目に見えていたし、私はそれを望まない。

ただ、居場所があれば。

それだけでここに居る理由になる。…彼の側に、いる理由になる。



魔族と戦うために必要だと喚ばれた神子。

討伐に向かう神子に、王族である王子様。そして、魔術師に癒師。王子様と肩を並べて剣を振るうのは、大陸一の強さを誇る武人である…彼だった。


私は、当然ながら討伐についていけるわけもなく。

ただ、友人となった少女や、実は優しい魔術師とか、お茶のみ仲間の癒師の無事を祈り。

何より、彼が、無事に帰ってくることを祈った。



旅は長く。

吉報が届き、国中が歓喜に湧き、その中をぼろぼろになりながら歩く勇者と呼ぶに相応しい一団。

その姿を目に止めることができた時、私は久々に泣き、その場に膝を折った。


城では報告を待つ王が、息子の帰還を喜んだ。

そして、王子は口を開く。



「神子を、我が后に迎えたい」


肩を抱かれ、嬉し涙を浮かべる神子を、

じっと見つめる、大きな背中。



「……」


旅は、長かった。

その間に、愛を育むことはできる。

でも、私は知っていた。

彼が、それより以前から、少女を見つめていたことを。


そして、それをじっと胸で暖め、いま、消してしまおうとしていることを。



私は、知っていたんだ。





「──お二人の未来にカンパーイ!」


討伐の一団と、それに親しい内輪だけの宴。

神子の隣に、何故か呼ばれた私。

嬉しそうな神子に、おめでとう、と一言。

それに、切なそうに申し訳なさそうにする神子。


「わたしが帰らないと言えば、あなたも帰れなくなってしまう」


神子を喚ぶための召喚。

返す約束も、神子との間の契約。

それがなくなったら、返還の儀など、きっとしない。

それは私にも、わかっていた。


だけど、途中から私は、帰れなくても構わないと思っていた。

彼が、いたから。


チラリ、王子に酒を注がれてる彼の姿を見る。


そして、神子に視線を戻す。


「大丈夫」


笑うことしか、できなかった。



この気持ちが、消えてくれればいいのに。




消えてくれない気持ちが、私を狂わせた。

言い訳にも、ならないけれど。




宴で酔った彼を、部屋に送る役目を引き受けた。


年齢は約一回り違っても、体格は神子と同じ背丈の私にこの巨体は辛かった。


でも、誰にも譲りたくなかった。


傷付いていることを誰にも…自分にさえ偽るこの人を、支えてあげたかった。他の誰でもない、私が。


ただ、それだけだったのに。




「──…神子、」


ここにいるのは、私なのに。

彼はここにいない人を呼ぶ。


泣きそうになりながら、どうにか寝台に寝かすことに成功して。


辛そうな顔をする彼の頭を撫でて、それだけで満足して、部屋を後にした。



……するはず、だった。



「ぇ…っ?」


ぐい、と。

逆らえぬ強さで、しかし手首を掴んだ手は熱く優しく。

寝台に戻された身体は、影になって見えない彼の顔を呆然と見上げるも頭はしっかりと、彼に組み敷かれていることを認識して。


熱い吐息が、首筋にかかって漸く、彼を止めなければと動き出した。


「だ、め…っ」


ぐ、と体格差が歴然の身体を押してもびくともせず。


熱い吐息は耳元に迫って。


「……すき、だ」


「──っ!」


見開いた目から、涙が一筋。

そして、ちからを、抜いた。



すきだ、すきなんだ、

逆上せたようにそれだけを繰り返す。

それに返したくなった唇を噛み締めて。

それでも、愛撫される身体は耐えられず歓喜して。


はじめてで、よかった。


きっと、神子も初めてで。

その証にほの暗い瞳をした彼を、間近で見てしまったから。


ああ、彼は、“わたし”を抱いてはいないのだ。


酒に酔い、愛する神子と間違えて私なんかを抱くなんて。


(ばかね、)


神子のはじめてを奪った悦びに酔いしれて。


(おおばかだよ)


ああ、でも。

それを“わたし”でしてくれたことに、すごく感じてるだなんて。

呼ぶ声は違う名前を囁くのに、それを頭で変換するなんて。


(わたしがいちばん、だれよりも)

ばかで、おろかだ。


声を漏らさないようにないた。


あの日、泣きたいだけ泣けと言ってくれたその人の胸で、私は、声を出さずに泣いた。



中を満たされる感覚に、もう、側にはいれないと。

最後の最後まで唇に触れなかった彼に、自ら触れた唇は、涙の味がした。






あいしていました。

けど、側にはいられません。



愛の言葉の代わりに、この身に宿ったあなたのたましいの欠片を、どうか育むことをゆるしてほしい。









短編にするつもりだったので名前が出てこない!どうしよう!

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