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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

《樹花草綴り》

馬酔木の愛馬 

作者: 藍蜜 紗成

「もう良い。 もう良いのだ。 よく働いてくれた。 お前は良き相棒であった」


 そう告げて、人は愛馬を泣きながら手にかけた。 馬は物言わぬ顔でそれを受けていた。 そして、私はそれをただただ見ている事しか出来なかった。


 人は暫く泣いて泣いて泣き明かしていた。 余程馬が大切だったのだろう。 私には理解出来ぬが、少し羨ましいと思ってしまった。


 私の名はアセビ。 馬酔木と書く。 人がそう付けた。 名に馬の文字が入っているからだろうか、目の前の光景に蕾が痛んだ。 私には僅かばかりの毒がある。 私を食べた馬の足が痺れ、酔った様になるからと付けられた名だ。


 馬とついているからか、私は旅というものにとても憧れていた。 しかし私は此処から動くことは無い。 この身から出来た花も実も、枝を離れれば只の花であり実で私ではなかった。


 だからどんなに私が亡くなった馬に自らの代わりを務めてくれと頼まれても、諾とは言えなかったのだ。 馬は私を責めなかった。 人も私を責めなかった。


 馬は腹が空いて空いて私の葉を食べ、足を折ってしまった。 人は私が馬を酔わせるものだと知らなかったようだった。


 馬の幻影は私の花を揺らすとゆっくりと消えていった。 私は誰にも責められていない。 私に罪はない。 無い筈なのに、私の花は痛みに割れた。


「手向けに」


 泣き疲れた人が起き出していた。 人は私の枝ごと花をもいだ。 私の様な毒花を手向けるな。 私の葉には虫よけの効果がある。 馬を酔わせることにはまだ気付かれていないのか? 殺虫という時点で毒を疑いそうな物だが。 腹を空かせた小鳥でさえも私の実を食べることは無いのだから。


 私の花は人間の真正面に、馬に立てかけられるように置かれた。 いつもなら途切れ行く意識が、何故か繋がったままである。 これは罰だ。 背の馬は私の罪だ。


 なぜなら本当は、私が馬を殺したのだ。


 腹を空かせた馬を憐れに思ったのは本当だ。 動ける馬を見てその足を妬み、食む馬の口元に葉をもっていったのだ。 小さな小さな嫉妬だった。 本当は馬も気付いていたに違いない。


 すまなかった。 すまなかった。


 私は花をもがれるたびに詫びた。 人間は私の花を全てもいでしまった。 生命の力を。 私という存在の全てを。 意識は何故か残った枝でなく摘まれた花に宿っていた。


 人は何も食べていなかったのか、馬が繋いだ命だと馬の肉を食んだ。 集めた木には生木が混じっていたのか、空に燻らす紫煙は弔いの色をしている。 私達は燃え逝く炎に喪失感を共有していた。


 どれ程そうしていただろうか、辺りはいつの間にか孤の闇が訪れていた。


 そして、男は私を見て告げたのだ。


「儂の一部となって共に旅をしよう」


 パンと、枝が弾けた。 私にかけた言葉ではない。 これはあの馬にかけた言葉だ。 わかっている。 わかっているのだ。 しかしわかってはいても、この身は高ぶりに震えた。


 すまなかった。 私は重ねて詫びた。 この人間に私の全てをやろう。 奪ってしまった馬の分まで。


 馬との思い出を語る人間に、私は花を揺らし溶け行く。私という稀有な自我を、私はこの人間に捧げたのであった。



 そしてそれから数年後。 男が天下国盗り合戦にて頭角を現すようになるまでそう時間は掛からなかったという。


 二頭の馬が空に笑んだ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] お腹が空いて空いて仕方がなかった馬。 しかし、実はその葉を食べたことは、飼い主への自身の体を使った最後の貢献――そのための布石のような気もしてしまいました。考えすぎでしょうか。 天下統一…
[良い点] 遥か昔、まだ名前がなかった頃の故事の様でした。 まるでこのお話が元になって、この名が付いた様な不思議な読後感がありました。 浮かんだのは日本ではなく、中国の春秋戦国時代……もしやそんなお話…
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