70次元 茜差す華冠に抱かれし峠が彳む次元
今日は、何だか一寸久し振りな気がする・・・そんな感覚だったけれども案外そんなに経っていなかったね、ヤッタネ!
と言う事で色々暴れちゃった今回です。結構書きたい事が書けて来てホクホクだなぁ・・・。
最近は一寸筆が進まない様子、季節の変わり目は厳しいですね・・・。一応毎日ちょくちょくは書けていますが、其でもやきもきしてしまいます。
描きたい話が纏まっていたので、ストーリーの道筋自体は決まっていたのは救いでしたけれども、取り敢えず書けて良かった!
書きたい話と言うのはモチベーションに大きく影響しますね、何とか此の意地で体調不良は跳ね返したい所!
そんな今回はとある縁が絡まる御話・・・話数が増えて来ると色んな絡まり方をしますね・・・どうぞ御楽しみに!
薫風丈が遊ぶ野原に華を添えよう
何の華も芳しく歓迎してくれる、此処は全てを受け入れると
だが其を踏み締める影一つ
何故なら華の声等届かぬから
其の目的は只・・・終わらせる事のみだから
・・・・・
「ん、ん~良い所に着いたねっ!」
小さく伸びをしてドレミの弾んだ声がする。
そんな彼女の胸元で紅い勾玉も陽を受けて光る。
「ま、街中、やね。」
少し声を詰まらせ乍らもグリスも目を瞬かせて辺りを見遣る。
其処は綺麗な街並み。皓く滑らかな石で出来た家々の並ぶ路地だった。
如何やら一同は其の街の少し外れに出て来た様で、自分達の登場に居合わせたのは近くの木箱で眠る猫位だった様だ。
猫は小さく欠を漏らすと、其の儘丸くなって寝てしまう。
何処か華の薫が薫風に残る様な、そんな穏やかな空気が流れている様だった。
「良い所ね。気候も穏やかそうだし。」
「ヨーシ、僕も頑張る!」
少し遅れて来たロードも大きく息を吸った。其の隣でZ1-Θも明滅を繰り返す。
「一寸街、見てみる?」
そっと路地からドレミは顔を出した。
直ぐ傍は通りになっている。其処を行き交う人達に素早く目をやった。
人、と思ったけど、一寸自分が思っていたのとは違う人達の様だ。
何処となく少し鶏に近い様な、彼等を連想する鶏冠が付いているのだ。
其がまるで髪の様に段々になって生えていて、彼等が歩くのに合わせてひょこひょこと揺れている。
又彼等は尾も鳥の様に長い羽毛で包まれていて、其をぴんと立てて歩いていたのだ。
御蔭で只歩いている丈だろうに一寸した踊りか祭りの様にドレミの目には写った。
ローズ君には悪いけど、直ぐには出せないかも。自分達だって一寸異端と思われ兼ねない次元だ。
出ようか如何か迷っていると、不図道行く一人と目が合った。
慌ててドレミが会釈すると、相手も少し首を伸ばしたかと思えば其を返す。そして其の儘通りを過ぎて行った。
・・・彼の様子なら、出ても大丈夫かも。
一応フードを被り、ドレミは一歩足を出した。
途端に華やかな街の喧騒に包まれる。
此処は、市場なのかも知れない。華や果物を並べた家々が多く見受けられた。
若しかしたら食事処も近いのか、何処か香ばしい様な薫が漂って来る。
其等の薫を胸一杯に吸って、思わずドレミは溜息を付いた。
「グリちゃん、皆、出ても大丈夫そうだよ。」
一瞬通り行く人々はちらとドレミを見遣るも、其の儘行ってしまう。少し珍しいのだろうが、避けられる事はなさそうだ。
「っ、綺麗な街やね!」
ぱっとグリスの表情が輝いた。思わず大声を出してしまい慌てて口を塞ぐ。
最近徐々にテレパシーでなく声を出す様にしている彼女だが、其でも未だ慣れないらしい。
でも其の目はキラキラと輝き、髪もソワソワ揺れていた。
「一体此処での仕事は何かしら・・・。」
次元の主導者の気配を感じ、ロードはちらと辺りを見遣った。
すると直ぐに目当てを見付け、一つ頷いた。
「彼の人ね。早速行ってみようかしら。」
ロードの視線の先には一人の老人がいた。
腰を丸め、尾は力なく地を擦ってしまっている。
其の老人の傍には大き目の革の鞄があり、其に手を掛けて休んでいる様だった。
間違いなく次元の主導者なのだろう、意識するとより明確に其の感覚が伝わって来る。
良かった、今回は直ぐに見付かった。後は何をする可きか探る丈だ。
手持無沙汰そうなら接触してみても良い気がするけれども。
「あ、本当だ。御祖母ちゃーん今日は!」
気付くや否や直ぐドレミは駆け寄って行った。慌ててグリス達も後を追う。
「おや、はいはい今日は。元気が良いわねぇ。」
老人は細かった目を丸くしてまじまじとドレミを見遣った。そして喉の奥でコロコロと笑う。
斯う言う時ドレミは全く臆さないので直ぐ馴染めてしまうのだ。
此は永い旅に因る処世術か、将又ドレミの生来の特技でもあるのか。グリスはつい羨望の眼差しを彼女に向けていた。
「御祖母ちゃん随分大きな荷物持ってるけど・・・何処か御出かけなの?重くないかな。」
「フフ、然うなのよ。一寸気合を入れ過ぎちゃってね。峠の方に用があるんだけど。」
「峠って・・・其を持って?」
明らかに大き過ぎる荷物に、ついドレミは尋ねてしまう。一見でもドレミでだって厳しそうな大きな鞄だ。
「然うなの。大事な物丈にしたつもりが・・・ふぅ。」
小さく息を付くと老人はそっと鞄に腰掛けた。
にっこりと優しく微笑む彼女に、ついドレミも笑顔を返す。
「御祖母ちゃん、良かったらドレミ達一緒に峠に行くよ。丁度ドレミ達ね、色んな所旅してて、序でだからね。其処にも行ってみようかなって。」
「あら・・・でも悪いわ。其に峠って言っても・・・彼処は御墓参りで行くのよ。」
「然うなん?でもそんな荷物持って・・・。」
墓参りは、正直グリスに余り馴染みがなかった。
彼女の所は墓ではなく、彼の神殿で詠を捧げていたのだ。
神に成ってから然う言うのがあるって聞きはしたけれども・・・此処の次元は如何だろう。
「う、うーん、じゃあ一人の方が良いかな・・・でも、」
ドレミも困った様に唸っている。御墓参りに他人が同行するのは一寸気が引けてしまう。
少なくとも、そんな楽しい物じゃあないし・・・でも其にしても大荷物だ。
ほっとけないけど、難しい所につい二の足を踏んでしまう。
「?付いてっちゃ駄目なの?荷物重いなら持つよ。」
Z1-Θが明るく上部を光らせて近寄ると、老人は目を丸くして彼を見詰めていた。
確かに、此のメンバーの中では一番異色に写るかも知れない。
「然うね。大切な物だって言うなら猶更手伝うわ。最悪峠の前迄でも良いんじゃないかしら。」
「あらあら、皆さん優しいのねぇ。然うねぇ、其処迄言われたら、如何しようかしら・・・。」
実際困ってはいた様で、老人は小さく考え込む。
迷惑じゃなきゃあ行きたいけれども。
露骨な接触にはなったが、次元の主導者本人なのだから仕方が無い。
出来れば同行したいけれども、其の道中で何か危ない目に遭うかも知れないし。
「・・・然うね。分かったわ。其じゃあ甘えちゃっても良いかしら。他にも一寸用事があってねぇ。」
然う言ってにっこりと微笑む老人に、ほっと一同は息を付いた。
承諾して貰えたなら此方だって助かるのだ。此で可也大きい取っ掛かりが出来た。
「其じゃあ私が持つわね。」
「ア、僕持ちたかったのに。」
ひょいとロードは事も無げに鞄を持ち上げたので、思わず老人は少し目を見開いていた。
屹度結構重いのだろうが、彼女にとって重さの差は最早大した事ではないのだ。
ちらと革の鞄に目を通すと、“レニー”と書かれた札が掛かっていた。此が彼女の名前なのだろうか。
「レニーさん・・・と御呼びしても良いのかしら。」
「えぇえぇ然うなの。其にしても凄い力持ちね。御祖母ちゃん吃驚しちゃったわ。」
「筋肉はローちゃんだからね。うん、所でレニー祖母ちゃん、用事って何なの?」
「噫然うなのよ。御墓に活ける華でも買って行こうと思ってね。其で街迄出たのよ。」
成程確かに其は大切な用事だ。
ついと視線を通りに向けると、華屋らしき出店は幾つかある。目当ての物も直ぐ見付かりそうだ。
「御華一杯あるよ!何にするの?」
クルクル回り乍らZ1-Θが先に店へ行ってしまう。道行く人は思わず光る卵に目を奪われて道を開けていた。
「・・・一寸目立ち過ぎやない?」
「うん、街だから燥いじゃってるね。」
一寸注意した方が良いだろうか、然う思い掛けた所だった。
「っ御前達は、」
不意にZ1-Θの前で立ち止まる影があり、思わず大きく彼は一回転をする。
其処で思わずロードは息を詰め、一歩前に出た。
「まさか奴の仲間か。」
「・・・噫、間違いない。」
何口か交わし合い、立ち塞がる様に並ばれて、Z1-Θは困った様に揺れていた。
「Z1-Θ、此方に戻りなさい。」
「ウ、ウン・・・。」
徒ならぬ気配を察してか、そろそろとZ1-Θは戻って来る。
彼の前に立ち塞がった影は五柱程、其の姿に見覚えはないが、思い当たる物はあった。
皆此の次元の人達とは異なる姿、其こそ自分達に似た人の様なのや、狗か何かの獣を思わせる姿の者も居る。
他種族の入り混じった此の一団、恐らく彼等は自分達と同じ・・・。
「ローちゃん、若しかして此の人達って、」
「・・・同族ね。然もライネス国の兵だわ。」
そっとロードは一同の前に立つ。彼等に居合わせてしまえば、面倒事は避けられないだろう。
此方はもう次元の主導者にも会っている。何としてでも彼女を巻き込む訳には行かない。
「おい、如何して御前達が此処に居る。」
「仕事だもん。次元助ける仕事。」
そっとロードの足元からZ1-Θが顔を覗かせる。
「レニー祖母ちゃん、一寸下がっても良いかな。御免ね直ぐ済むから。」
そっとドレミも彼女の手を取る。
此の空気は良くない。折角良い次元に着いたのに。
「仕事だと。又良からぬ事でも起こそうとしているんじゃあ・・・。」
「終末の化物は居ないのか。じゃあ、」
互いに睨み合った儘、時間丈が流れて行く。
道行く人達も何事か察して彼等を避けて行っていた。
此以上不審がられるのも良くない。何とか穏便に話は出来ないのか。
そんな考えが渦を巻いていた時、ロードの目の前を不図一人横切る者が居た。
こんな互いに険悪な雰囲気で睨み合っていたのに、其の間を何でもないかの様に通り抜けて。
一瞬、意識が逸れる。そして目で追い、其の儘通り過ぎるのかと思えば、ぴたりと其の足は止まった。
「っ皆伏せて!」
ドレミの鋭い声に直ぐ様背が伸び、ロード達は屈んだ。
途端・・・時が、刹那止まった様な、そんな冷たい一閃を背に感じて。
後に其の静寂を破ったのは、甲高い悲鳴だった。
「・・・え、」
思わず視線を上げる。何か水を掛けられたのか濡れた感触が伝わって来たのだ。
其は薄蒼色をし、少し粘付く水で、髪や服に掛かってしまっている。
何か、彼の兵にされたのかと思考が働くが、躯は動かなかった。
視線を上げた先、ロードの目の前に、其奴は居なかったからだ。
いや、居なかったんじゃない。ちゃんと目の前に立っていて、でももう其処から・・・生気は、感じられなくて。
まるで物、つい然う思ってしまう程の違和感が突き抜けた。
状況が理解出来ず、只視線を動かす。其処で初めてロードは其の理由に気付けた。
無かったのだ。彼の兵の・・・首が。
其は地に転がっていて、其の断面から止め処なく彼の薄蒼い液体が溢れていて、
目の前の明確な死を、遅らせ乍らロードは理解した。
いや、未だ理解し切れているとは言い難い。より視線を広げれば、もっと多くの死が其処には広がっていた。
目の前の兵も、彼以外何柱か同じ様に首を失っている。他にも道行く人々も、何人か躯が裂かれていたり、腕も斬られたりして悲鳴が飛び交っていた。
先迄あんな華やかだった街が一瞬で地獄へ成り替わった様な、そんな光景で。
鮮烈に飛び散った血が、皓い壁に此でもかと言わん許りに飛び散っていた。
残された人達も少しずつ状況を理解したのか、いや出来ていないからこそか、叫び声や悲鳴を上げて方々へ散って行った。
「な・・・何が、」
何とか其丈声を絞り出し、ロードは慌てて数歩下がった。然うだ、皆は、
「ローちゃん下がって!」
思わず振り返ろうとしたロードに又しても声が届き、急いで彼女は大きく一歩下がった。
そして遅れて左腕に走る痛み。見ると上腕が刃物で斬られた様にぱっくり裂けていた。
急ぎ聖を掛けつつ、ドレミの所迄下がる。すると彼女の傍にはローズも出ていた。
毛を逆立て、威嚇する様に小さな唸り声を上げる。皆の危機を知って出て来てくれたんだろう。
「ローちゃん大丈夫⁉」
「え、えぇ、ドレミ良く分かったわね。」
「うん、何か嫌な予感がして。」
ちらと目を走らせたが、皆無事の様だ。レニーもドレミが連れていたので少し離れた所に居る。
只何が起こったのか理解出来ないのだろう、腰を抜かしてしまっておろおろ辺りを見る事しか出来なかった。
「っ・・・此は御前達の仕業か。」
「いえ、違うわ。此は私達じゃなくて、」
兵達は可也の痛手を受けたらしく、彼の一瞬で半数がもう死んでいた。
残った二柱も怪我はした様で腕から血を流している。
此方も、ドレミの一声が無ければ同じ様な有様だったかも知れない。
ついごくりと生唾を呑む。たった一瞬で事態が動き過ぎている。
ドレミ丈彼の場で反応出来たのは、屹度彼女の経験に因る物だろう。
永く旅をして来た彼女は不測の事態に強い。其の強みが今良く出ている。
自分も・・・気持を切り替えて行かないと。力がある丈じゃあ駄目なのだから。
被害は十分に見た。でも其じゃあ一体誰がこんな惨劇を?
さっと視線を走らせるが殺気も何も掴めない。でも隣のドレミはある一点を見ていた。
「君・・・だよね?一体何でこんな事を。」
緊張した面持の儘に尋ねる彼女の視線を追うと、一人の青年の姿が其処にはあった。
先、ロードが居た所に程近い。其処で初めてロードも彼の姿を認識した。
如何して気付けなかったのだろうか。先迄彼は其処に居た筈なのに。
然うだ。斯うなる直前、自分と彼のライネス兵の間を割って入って来た人だ。
彼は只立ち尽くしていた。此の地獄の中で叫ぶ事も何もせず。
気付けてしまうと何と異端か。明らかにおかしい、其なのに意識を逸らせば直ぐ景色に溶け込みそうな、そんな存在感の無さがあった。
自然過ぎると言う可きか、一見何の特徴もない、其こそが彼の特徴であるかの様に。
不変、彼丈は先の日常の儘で、
只青年の耳にドレミの声は届いたのか緩り首丈を巡らせた。
薄く微笑んで、緩りと其の口が開かれる。
「ギャゴギニバラバグロウロド」
「な、何を、」
まるで地の底を這う様な、そんなおどろおどろしい意味の無い音が流れて、
一瞬其が彼の青年から発された物と認識は出来なかった。
今のは一体、声にならない其の音は、
何とか理解をしようとした所で、青年の開かれた儘だった口から何かが覗いた。
「・・・っひ、」
其を認めて思わずグリスは小さな悲鳴を上げる。
其は・・・百足だったのだ。
舌の代わりにうねり乍ら出て来た其は生きていて、鎌首を擡げる。
「っ皆避けてっ!」
又してもドレミの声で大きく下がる。すると目にも止まらぬ速さで其の百足が伸び上がり、水平に宙を駆けたのだ。
其が見えない一閃となって、瞬きの後に壁や家々が横一文字に斬られて行く。
「まさか、先のも・・・っ、」
辺りに散見する死体、其の斬口に今のは良く似ていて。
本当に彼の青年がしたのか。でも一体如何して、
青年の気配は何とも言えない。神でも、普通の人の其でもない。何処かで感じた事はある気がするが、判然としなかった。
疑問で頭を埋めている暇は無いのに、つい考えが止まらない。
「な、何だ此奴は・・・っ、」
避けられはしなかったのだろう、兵ももう残るは一柱になってしまっていた。
そんな彼も腰が引けた様に座り込み、後ずさりする丈だ。
「ガロウネァ、ア゛ォオヴァァイア」
「何を・・・、」
其の音を、理解しようとしてはいけない。
目を見開いた儘、其の兵の首も又緩やかに落ちて行った。
あっさりと見えない一閃に倒れ伏し、其の姿は直ぐ掻き消えてしまう。
彼は何なのか、一同は何一つ理解出来なかった。
何も分からない、其の気持悪さに目が回る。
駄目だ。此処で思考に囚われたら自分も同じ様に。
―・・・レニーさん、一緒に行こう。そっと、そっとやで。―
こそっとグリスがテレパシーを送り、彼女の手を取った。
せめて彼女丈でも連れ出そうと思ったのだろう。彼は余りにも危険だと。
不思議な声にレニーは一瞬身震いしたものの、小さく頷いて彼女の手を取る。
そして二人はそろそろと其の場を動き出した。
其の様を横目でドレミは見送り、小さく息を付く。
然うだ。未だ自分達は死んでも助かるけれども、彼女が死ねば此の次元は終わる。
まさか今回の危機って此なのだろうか。其にしては急過ぎるし、何より此の存在が分からない。
ドレミも又、今迄に会った事が無かったのだ。彼からは殺意も何も感じられない。先の意味不明な音みたいにぐちゃぐちゃの底の見えない蟠りを感じる位で。
でも彼の気配其の物には過る物があった。だから何となく危険は察知出来たけど、でもこんなの会った事あれば嫌でも分かるだろうに、如何してはっきり懐い出せないんだろう。
ドレミももう相手なんかせずに下がりたいけれども、其は見逃してくれそうにない。
一瞬で血の海となってしまった街の中心に、其奴は居た。
話は出来そうもないならもう、やるしかないか。もう既に向こうは何人も殺している、此方にも其の牙を向けるなら。
心構えするドレミの隣でローズの背が一気に大きくなる。
金の鬣が生え揃い、輝石があしらわれた装飾が至る所で輝く。
見上げる程の大きな背、まるで陽を抱いたかの様な。
―最初から一気に行くよ。―
ちらと丈、王の鎧となったローズはドレミを見遣ると、青年に向け焔を吐き出した。
通りを包み込む様な巨大な火だ。一瞬で彼も其に包まれ、焔の渦に消える。
「・・・っ、劈いて散黄裂!」
不図感じた鋭い気配がドレミの詠唱を促す。
すると瞬きの後にドレミの眼前へ手が伸ばされていた。
皓く、何の変哲もない掌、恐らく彼のだろうがこんな一瞬で詰められたのか。
然う思う間もなく何処からか降り注いだ雷が腕に突き刺さり、其の手は焔の中へ引っ込められた。
思わず短くドレミの息が漏れる。見えない殺気に震えそうになる。
効いていないのだろうか。抑人ではない様な気もしたけれども。
焔が散り、変わらず青年は其処に居た。未だ薄く笑みを浮かべて此方を見ている。
僅かに火傷を負った様だけれども大したダメージにはなっていないらしい。いや、其よりも、
動いていない・・・?じゃあ先の手は一体。
自分と彼の間には距離がある。たった一歩程度で埋められない位取ったのに。
小さく唾を呑んで構える。・・・如何も一筋縄には行かない様だ。
そんな彼の開いた口から又・・・百足の頭が見えた。
否、彼は本当に百足なのだろうか、何だかもっと細くて紐の様な。
だが其の姿を認めた瞬間又見えない一閃が駆けたのだろう、ドレミの手の甲が薄く斬られた。
「っ、速過ぎるよ、何なの此の攻撃、」
分かっていても目で追えない。距離があるから此の程度で済んだけれども。
雷は速さに優れていても、斯うも相手も速いと捉えられなくて不発に終わってしまう・・・如何にか留められないか。
「・・・っ今よ!」
青年の目がドレミへ向けられているのを察し、ロードは一気に彼へ踏み込んだ。
そして思い切り拳を振るう。もう手加減無しの一撃だ。此処で沈めないと被害はもっと大きくなる。
青年の胴へ、全力の拳を叩き込んだ。肉を打った感触が伝わって来る。
こんな攻撃を人体にすれば、恐らく破裂してしまうだろう事はロードも分かっていた。即死させてしまう一撃。
でも手加減する余裕もなかったのだ。衝撃に備えて軽く目を閉じる。
だが思っていた感触と其は変わって行った。青年の胴が・・・ぐにゃりと、曲がったのだ。
じゃあ破裂はせずに其の儘吹っ飛ぶのかと思ったのも一瞬、大きく、其こそ元の躯の大きさでは到底有り得ない位大きく伸び上がって曲がった青年の躯は、でも又直ぐに戻って行った。
其の有り得ない挙動に思わず大きくロードの目は見開かれる。
何が、一体何が起きて、
其処で目が合った。ぐるりと首が捻じ曲がった青年がロードの姿を捉え、にぃと、笑ったのだ。
―っ危ない!―
途端ローズが駆け寄り、ロードへ体当たりをした。其の一瞬後に見えない刃が駆けるのを感じる。
「っ・・・あ、有難うローズ。」
彼の突きは決して軽くはないが、其でも命には代えられない。
だがローズは凍えた様に動かなかった。其の目はある一点に釘付けになる。
其は・・・彼の青年、否青年だった物を見ていた。
ついとロードも其を見て、見てしまい、息が止まる。
青年の躯は、先の一撃でバラバラになっていたのだ。でも其は思っていたのとは違う形で。
謂わば、手、腕、足、胴、首の様にパーツ毎にバラバラになっていたのだ。だが其等を何本もの縷の様な物が繋ぎ留めている。
血管の様に何本もの縷が断面から生えて、各パーツと繋がっていた。だからロードの一撃を喰らいあんなに大きく伸びて歪んだのだろう。
此は・・・明らかに人間じゃない。だがそんな躯になっても青年は笑ってロードを見ていた。
まるで何でも無いかの様に其の笑顔は先と変わらない。
何だ、此は一体何なんだ。
最早脳が理解を拒んでしまう。そんな悍しい姿に自然と身震いしてしまう。
恐い、未知の存在が恐い。
こんな存在は知らない。此が一体何なのか、何も分からない。
恐らく然う思ってしまうのは、彼が可也人間に近い形をしているからだろう。
似ているからこそ、此の化物染みた姿に嫌悪感を覚える。
「っローちゃんの攻撃が効かないの⁉」
彼の一撃を去なすなんて、躯を伸ばす事で衝撃を逃がしたみたいだけれども、其でも可也頑丈な様だ。
彼は、人ではない。人の形をした何かだ。
先ドレミの元迄伸びた手、彼は斯う言う事だったんだろう。瞬時に躯を伸ばしてそして、
彼の百足みたいな触手の一撃を見るに、此の手足を繋ぐ其も似た様な物だろう。然うなれば、油断ならない。
「ガガロニィガウ」
「ローちゃん、彼が何か知らない?」
意味の無い音を紡ぎ乍ら、青年は首を回す。
「・・・分からないわ。初めて見たの。」
「恐いよ。何か、良くない感じする。」
思わずグリスが足元を見遣ると、Z1-Θが小さくなって傍に居た。
怯えている・・・?魔力である彼がそんな反応をするなんて。
何となく其の様子が彼女は引っ掛かった。大体恐がらずに何でも突っ込んでしまうのが彼なのに。
「ジ、Z1-Θ、大丈夫なん?何かあったん。」
「彼、おかしいの。僕多分彼に近付いたら駄目。僕じゃなくなる。」
「其って・・・如何言う事なん。」
視線をやりつつも、グリスも彼を見遣った。
Z1-Θは魔力だから、何か自分達と別の物を感じ取っているのかも知れない。
「彼の力、すっごく勁いの。多分僕前の、只の魔力に戻っちゃうの。そして、あんな風に人殺しに使われちゃうの・・・。」
「其は、魔力として使われるって事なの?」
思わずロードの耳も動いた。つまり其は如何言う事なのか。
魔力として引っ張られると言う事か。例えば・・・干渉力に釣られて術が発動する様な。
そんな悍い懐いにも似た物が、彼にはあると言うのだろうか。
そんな事になってしまったらZ1-Θは壊れてしまうと言うより、もう元に戻らないかも知れない。其は防がないと。
―アイも同意見デス。恐らく彼は神とは別の存在、概念に近い、と言いマスカ、彼に引き寄せられる可能性がアリマス。―
「え、あれ、Z1-Θなん?」
―アイはBDE‐01デス。現在状況確認に努めているのデス。―
「あ、セレちゃんに付いてた機械の事だよね。でも・・・概念って、如何言う事なの?」
つい二重の声の様に聞こえてグリスは戸惑ってしまった様だが、彼女の手助けは心強い。
今は一つでも情報が欲しいのだ。
―・・・アイは機械じゃないデスガ、今回は目を瞑ってあげマス。兎ニ角、其は生物ではないと思われマス。躯の内にある意志が其の儘具現化した様な、然う言う存在と見受けられマス。―
「凄い、BDE‐01はそんな事分かっちゃうんだ。」
―Z1-Θが感じた情報を整理した迄デス。デスカラ、アイも其以上の具体的な所は分かりまセンガ。―
「意志が具現化・・・?うーん、何だか難しいけれど。」
分かった様な分からない様な、でも其処から何か紐解ければ。
兎に角然う言う事ならZ1-Θは近付けられない。対策か何か立てられる迄は離れた方が良い。
恐らく其の予感にも似た物は正しいのだろう。だったら無理に刺激しない方が良い。
「分かったわ。Z1-Θは其の儘離れてて、私達で何とかするわ。他にも何か分かったら教えて頂戴。」
「ウン、皆頑張って!」
「・・・レニーさん、もう一寸離れるで。兎に角何処か隠れないと。」
彼女はすっかり顔面蒼白になって震えてしまっていた。やっと少しずつ状況が分かって来たのだろう。
彼女の足では遠くに逃げるなんて不可能だ。だったら何処か隠れて貰って、迎えに行った方が良い。
「先輩達一寸待ってて!うちも直ぐ戻るから。」
「えぇ、御願いね。」
グリスは一つ頷くと、レニーの手を取りZ1-Θと一緒に路地の方へ入って行った。
其の間にも青年は元の形へと戻って行く。ピッタリと綺麗に分かれた箇所はくっ付き、先のは只の見間違えなのではと思う程自然な姿に戻っていた。
だが、其が却って不気味さを加速させる。此処迄違和感なく取り繕える事が、何丈悍しいか。
薄く浮かべた儘の、其の張り付いた様な笑顔に足が竦みそうになる。
―様子見はもう十分でしょ。―
ちらとローズが目を遣ると、全身の輝石が煌めいた。
そして奴に向け氷柱の陰霖を降らす。更に其の足元から焔が立ち昇った。
王の鎧となった彼は、十二法を単体で使わず、総合的に扱える様になっていた。
まるでハリーの操る幻の様に、幾つもの術が交錯する。
冰の陰霖に因り、全身に刃が突き刺さって行く。容赦なく頭や腕、腹を透明な刃が貫き、縫い留めた。
けれども・・・血は一滴も出ない。代わりに貫かれた一瞬、矢張り彼の紐の様な物が突き出て、又体内へ戻って行くのだ。
まさか彼の躯の中は先の触手で満たされているのか。然う考えると背筋をぞっとした物が駆け、思わず目を逸らしそうになる。
只貫く丈では効果が薄いのだろう。加えて触手が氷柱を押し出しているのだろうか、徐々に抜けて行く。
だが其処で次々と氷柱が爆発し、欠片を飛び散らせた。
其は足元の焔の所為だった。焔に因る急激なエネルギーで氷柱が内側から爆発して行っているのだ。
此は同じ術者を媒体とした二つの魔術だからこそ起こる反応なのだろう。
自然の方法とは違い、急激に反応し、其が出力されて行く。
そんな爆発を諸に喰らい、大きく青年の上体は後方へ反れた。
其の儘地面に手を着きそうな程反って行くが、其の肌は又しても触手で繋がれ、不自然に伸び縮みするのだ。
喰らっているのかダメージとして残っているのかは怪しいか。
大きく伸びたりはしているが、まるで其の衝撃を吸収されてしまった様に、元に戻ってしまうのだ。
此の儘続ければ足止め位にはなるかも知れないけれど、果たして・・・。
念の為と氷の陰霖を増やそうとした所で、遂に其は動いた。
只与えられた衝撃に反応していた丈だった其が、大きく手を伸ばしたのだ。
其の手が伸ばされた先は、ロードだった。
辛うじて其の手の軌跡を目で追い、大きくロードは下がった。
恐らく、彼の触手に触れてしまえばあっさり斬られてしまう。
聖の術を編んで置いて、そして攻撃の手を読まないと。
然う頭の端で考えつつ目の前に振られた手を見遣った瞬間、
・・・其の爪と指の隙間から、五本の触手が放たれたのだ。
そしてまるで鞭の様に撓り、地を裂いて大きくロードへと伸ばされる。
「・・・っ、」
接近に気付いた時には遅かった。
見えない刃が、首から足に掛けて刻まんと迫って、
下がる事も抵抗も出来ず、目を瞑ったロードの前で鋭い金属音が鳴り響いた。
そろそろと目を開けると、目の前には散らばる曦の欠片があり、思わず其の眩しさに目を瞬いてしまう。
此は・・・一体、
躯は無事な様で何処も痛くはない。只彼女の目の前で大小様々な曦の破片が玻璃の様に散らばっていた。
時折瞬く様に黔い曦を発する其は、何処か懐かしい感じがするが、
「・・・セレ、」
思わず名を紡ぐと、応える様に曦が寄る。
然う、ロードの前に現れたのは何羽もの蝶だったのだ。
黔い翅を有した彼等はまるで壁の様にロードの前で音も無く羽搏いていた。
そして其の蝶達から不思議と彼女の気配がする。
「ア、僕の仲間!」
「あら、Z1-Θ戻って来たの。」
「うん、気配がしたから。来てくれたんだ。」
隠れる様に家々の隙間からZ1-Θが顔を覗かせた。そんな彼の元にも蝶は羽搏く。
青年の触手は、其の蝶を警戒してか、地を這う様にそろそろと戻って行った。
「本当だ。セレちゃんの感じがするけど、此って一体、」
「此・・・まさかセレの加護なの?」
然う言えば聞いた事がある。いざと言う時に発動するセレの加護が自分達には掛かっていると。
そして此が発動するのは大抵、死ぬ程の怪我を負う時で。
下手したら自分は、先の一撃で・・・殺されていた?
辿り付いた答えについ身震いしてしまう。
たった一撃、でも其で此の加護が発動した。
其の意味、恐ろしさをロードは噛み締めていた。
先目の前で散々人も神も関係なく近くに居た者が殺されて行くのを目にしたのに。
現実感が未だなかったんだろう。分かり易い死を前にして初めて理解する。
一体どんな殺され方をしたのだろうか、考えたくなくても嫌な想像は止まらない。
首を落とされたか、四肢を捥がれたか、両断されたか其とも、
ロードを包む様に飛んでいた蝶は少しずつ消えて行った。
恐らく加護なんて然う何度も使えない筈、同じのが又来たら私は、
「セレちゃんが護ってくれたんだ。よ、良かった。」
ほっとドレミも一息付く。彼女の加護は護る事には特化していない。害そうとした相手へ殺意を返す物だと聞いた。
でも今の反応を見ると、反撃はしていない。只ロードを護った様に見える。
セレが返せなかった殺意、其処に何か理由はあるのだろうか。
―未だ未だ行くよ!―
事態を察し、ローズが吼えると青年を取り囲む様に岩が隆起する。
だが完全に包まれる前に横一文字に斬れ目が入り、岩は瓦解して行った。
―・・・Z1-Θ、其処デス。―
「ウン分かった!」
BDE‐01の指示の下、Z1-Θは其の岩の中心へレーザーを放つ。
だが青年の躯は又しても大きく歪み、地を這う様にしてレーザーを避けてしまう。
其の儘まるで蜘蛛の様に這って岩の隙間から彼の笑顔を覗かせた。
―次点は彼処デス、出力を上げてクダサイ。―
返事の代わりにZ1-Θはレーザーを其の顔へ放つ。
今度は真直ぐ命中したが、青年の顔は歪む丈で笑顔を崩さなかった。
「・・・っ、本当に何なの、此、」
其の笑顔に思わずドレミは竦んでしまう。辛うじて人の形をしている丈で、其の実全く異なる物だ。
其の乖離が悍しい。術を放つ手を鈍らせる。
そんな瞠目して固まってしまったドレミは格好のターゲットだったのだろう。青年の手が伸ばされて、
如何にか避けようと彼女が足に力を込めた時、何か大きな塊が旻から降って来たのだ。
其は真直ぐ青年の胴にぶち当たり、押し潰す。
激しく轟音を響かせ、地が割れ陥没した。
流石に其の一撃にダメージは乗っていた様で、青年の手は力なく落ち、縮んで行った。
「な・・・何なん此っ⁉」
戻って来たグリスが思わず声を上げる。
旻から降って来た其は生きているのか動いていて、何とか退かそうと青年は手足を伸ばしたり広げたりしていた。
「・・・え、此って、」
其の塊に、何処かロードは既視感があった。
一目醜い肉の塊の様な其、だが突き出た甲や尾は動いていて。
少しずつ其はまるで青年を押さえ付ける様に蠢き、四肢を顕にして行く。
「ま、まさか貴方は、」
「み、見付けタ見付けた、壊ス此も全部、壊すっ!」
其の嗄れた声に覚えがあった。
間違いない。彼とは前別の次元で会っている。
「ロード、知ってるの?」
「えぇ、でも如何して此処に。」
其処に現れたのは、彼の渓谷の化物と呼ばれた者。
天使達が住むとされた次元で、其の谷底で落ちて来た天使達の死体を喰らっていた。
一見、悍しい見た目とは裏腹、迚も優しい心持で、自分達を手助けしてくれたのだ。
でも彼は確か、彼の青年リースと一緒に谷を出た筈。其から如何して此の次元へ来たのだろうか。
加えて其の姿も、前とは少し違う様な・・・?
あんな背中に棘の様な突起があっただろうか。蒼い刺青が時折走り、まるで目の様な水精が備わっている。
そして見知った影の筈なのに・・・自然と躯は震えていた。
其はドレミも同じだった。まるで信じられないと許りに食い入る様に見る。
其の下の、青年の事等目もくれず渓谷の化物を見詰めていた。
「如何して・・・彼奴の気配がするの。」
「ドレミ・・・?」
「全然姿は違う筈なのに、ト、トキコロシの気配が、彼奴からするの。」
―ドレミ、其は本当⁉確か落龍の詠の時会ってるんだよね。―
ドレミの様子が普通じゃないと気付いたんだろう。少し丈身を屈む様にしてローズは彼女の目線に合わせた。
ドレミは何とか小さく頷いて口を噤む。
彼の気配は・・・間違いない。彼の凍える様な無機質で、意志が何処に宿っているのか分からない不思議な存在。
落龍の詠の時に戦って、後少しって所で取り逃してしまったのだ。大分壊れたと思ったけれど、まさかこんな変わり果てて又出て来るなんて。
でも気配はするけど違和感もある。何と言うか、トキコロシの彼の鋭い様な感じ丈じゃなくて、もっと他の・・・混ざる様な。
「トキコロシって、彼のコロシの一族の・・・?でも其は違うわドレミ。彼は、そんなんじゃなくて。」
混乱する頭で必死に考えようとするロード達をちらと其は見遣った。
目は無い、だが向けられた鼻先で何となくは分かる。其は、今自分達を知覚したのだと。
「噫・・・久し振り。」
踠く青年を押さえつつ、彼は然う言った。
其の声は何処か優しくて、矢張り聞き覚えはあった。
「久し振りね。でも如何して、」
疑問丈が口を付く。矢張り彼は自分の知っている彼だ。
でもドレミの目は訝しむ様に彼とロード、二柱を見遣っていた。
「僕ハ、僕は・・・存在しちゃ駄目ダッた。壊さなきゃいけなかッタ。僕の所為ダ。僕は壊しちゃう、壊さなキャ、僕は其の為に在ル。殺さなきゃって声が止まナイ。」
今も聞こえるのか頭を振り回し、彼は何かから逃れようと踠いている様だった。
「如何したの、一体何があったって言うの。」
何か、彼の青年を抑えている間に一つでも聞かないと。
ドレミが警戒している様に、ロードの中にも揺れる物があった。
存在の否定、殺しを嗾ける声、今の彼は酷く不安定で。
苦しそうな其の声は聞いている丈でも辛い。でも其の奥に見え隠れする物がある。
此の沸き上がる嫌な感覚を振り切る様に、ロードは喰い入る様に彼を見詰めた。
「僕・・・リースを・・・殺しちゃった。リースがね、僕に名前を付けてクレたのに、でも其の名前は、僕のじゃなくって、僕の本当の名前ジャなくって。だカラ、殺さなきゃって、僕は、僕は・・・、」
「リースを・・・殺したの。」
彼の次元で最後に見送った影を懐い出す。
彼と二人で、自分達を見送っていた。彼の時の二人は楽しそうで。
此から始まる旅に胸躍らせていた。そんな風だったのに。
そんな彼を・・・危めてしまったというのか。其は不幸な事故等ではなく、自らの手でしたと。
彼も、其の時を懐い出しているのだろうか。何度か身を捩るが、其でも青年を押さえ付ける足は退かさなかった。
「皆々、殺さなきゃ、然うしないといけない。僕ハ其の為に在る。だって僕は・・・ミナゴロシなんだからっ。」
「ミナ・・・ゴロシ。」
其の不吉な名前につい戦慄する。
其は、本来名とは呼べない物、悍しい言葉の一つに過ぎないのに。
まさか、其を体現したのが彼だと言うのか。然う言う、存在だと。
ロードの胸中で、彼の時のスガタコロシの言葉が過る。
然う、彼は正にミナゴロシだと、其の名を口にしていた。
彼を、コロシの仲間だと認識していた。其の上で何故自分の敵になるのか疑問を口にしていた。
其が全て、其の儘の意味となって返って来たとしたら・・・。
「僕は忘れてイタ。でも忘れちゃイケナカッタんだ。懐い出してしまった。僕ハ、友達も天使も世界も皆も、殺さなきゃいけない。其の為に在るんだって。」
「貴方も・・・コロシの一族だったのね。」
何処かで分かっていた。でも否定したかった真実。
でも屹度彼なら、然うじゃない道を選べるのではと思い別れたけれども。
・・・彼の選択は、誤りだったと言うのだろうか。
何処か痛みを持った目で、ロードは彼を見詰めていた。
もう大丈夫だと思った世界での出会いと別れ、其がこんな結末を以て戻って来るなんて。
彼も抗おうとしたのだろう。でも屹度其の本能に逆らえないんだ。
其は概念の問題なのだろうか。
先BDE‐01が言っていた概念、意志に近い物と。つまり彼は皆殺し、其の言葉其の物なのかも知れない。
然うしないと、存在出来ない。存在したくないのに、然う在る様にと定められて踠いている。
「ミナゴロシ・・・トキコロシとは違うの?」
多少話せると分かって、警戒しつつもドレミは口を開いた。
今彼女達の前には悍しき化物が二体同時に存在するのだ。其を何とか解きたい。
「・・・トキコロシは、モウ僕が殺した。」
息が詰まり、目を見開くドレミを見遣り、彼は続ける。
「ぼろぼろの状態で居たのを見付けて。ダカラ、殺した。僕の前に居たから。殺さなきゃって、然うしたら、僕の中に彼奴が入って来て・・・。」
「若しかして吸収、したのかしら・・・。」
小さくドレミも頷く。其なら何となく彼女も理解出来た。
此の混ざった様な気配、そして話して分かる。明らかに彼と違うと。
此の変化は余りにも大きい。でも然う言う理由ならば。
コロシの一族自体、良く分かっていない存在だったからそんな事が出来たとしても不思議じゃない。
自分が彼の時感じた苦い後悔を、ドレミは今一度呑み込んだ。
だったら又止めないと。然うしないとどんどん次元は壊されちゃう。
「ガゴロログ、ヴォズ」
ずっと押さえ付けられていた青年が手を伸ばし、鞭の様に撓らせる。
其でミナゴロシを包む様に伸ばされた。
「皆、壊さなきゃいけない・・・でも、オ、御前からだっ!」
其の指に喰らい付き、引き千斬る。呆気なく紐は千斬れ、指を何本か呑み込んだ。
そして次に青年の頸へ噛み付くと長く伸びる先の頭で繁々とミナゴロシを見ていた。
「ガゥ、ウゲザボニスロ」
「煩い、煩い煩いっ!」
力任せに引っ張り、遂に首も胴と分けられる。だが其処で放られた青年の首は未だ笑った儘だった。
そして其の開いた口、鼻、目、耳から触手が生え、千斬れた頸と繋がる。
同時に青年の躯は細かく分かれて触手が伸び切り、広がった。其の儘ミナゴロシを擦り抜ける様に這い出る。
「あ、未だ殺しテないよ。逃げないで!」
ミナゴロシが腕を振り下ろし触手を断ち斬るも、何本も何本も其の後から生えてくる。
そして近くに居たロードに向け、飛び掛かる。
其処へ狙い澄ませたかの様にレーザーが飛び、青年の首をあらぬ方へ飛ばした。
大きく首が動いた事で青年の四肢は傾ぎ、ロードは其の手足を掻い潜って逃げた。
「ヤッタ、当たったよ!」
―今の力加減で問題アリマセン。其の儘狙ってクダサイ。―
「Z1-Θ、助かったわ。」
二柱の連携は良い具合らしく、少しずつ彼に向け有効な攻撃となっている。
自分も、手を出さないと。抑ミナゴロシの件も、自分の所為だ。
若しミナゴロシが其の名の通りの存在となってしまったなら、自分が止めると決めていた。
其を・・・果たさないと。
「ウゥ、矢っ張り其方に行っちゃうのカ。」
―何か此奴の事、知ってるのかな・・・。―
敵ではあるんだろうけれども、如何もミナゴロシのターゲットは青年に移っている。
協力、と行かない迄も手は借りられるかも知れない。
「知ってる、此奴は僕達の仲間、ヒトゴロシだ。」
「アザナバロゥ」
まるで応える様に吼えると、青年は又元の姿へと戻る。
ミナゴロシに喰い付かれたので指は何本か失っているが、でも其以外は本当に只の人の様で。
此が・・・ヒトゴロシ。
其の名を聞いた丈で分かる。此が一体、どんな存在なのか。
「僕は・・・ミナゴロシ、全てヲ壊す者、でも、此奴はヒトゴロシ。人、或いは人に近しい者を殺して回る、そんな奴ナンダ。」
「人、人丈殺してるの・・・?」
確かにコロシには其の名に因んだ行動を取る者が多い傾向にあった。
殺し方に拘りがあると言うか、只殺して回るのとは別の。
でも此のヒトゴロシは明確な個を狙っている。人である事、其丈に着目して襲って来るなんて。
如何してそんな限定的なのか。其とも自分達が知らない丈で、他にも然う言ったのが居るのかも知れないけれど。
―然うか。だから一寸人間っぽい見た目をしてるんだ。擬態のつもりかな。―
だとしたら何て恐ろしい生態だ。
正に先のが其だ。街中にぶらりと現れて、そして彼の見えない触手に因る刃で手当たり次第に斬り刻む。
然うして、回っていると言うのか。こんな事を頓繰り返して。
確かに先から妙だと思う所はあったのだ。ドレミやロード丈執拗に狙っている様な節が彼奴にはあった。
自分やZ1-Θが幾らか手を出しているのに、一向に奴は此方に反応しない。先のだって直接攻撃しているミナゴロシを無視してロードを狙っていた。
本当に其の名の通り、只人丈を殺して回っているのだろうか。
一体何の為に?何の目的が其処にはある?
其こそ同じコロシなら、其の彼等の主と呼ばれる存在、其が鍵なんだろうけれども。
・・・如何も其処への道は断たれている。具体的な姿が見えないんだ。
兎に角此の状況、ヒトゴロシと分かってしまえば戦えるのは自分丈となってしまう。
Z1-Θは遠距離からの援護丈任せて、此処は僕が如何にかしないと。
一先ずはヒトゴロシ、彼方の方から片付けたい。
一つ息を吸い、ローズは口から皓色のブレスを放った。
矢張りローズの攻撃を避けたりだとか、そんな反応はしない。ミナゴロシは横へ飛び退ったが、彼は諸に其を喰らった。
只ダメージは余り無い様に思う。ミナゴロシの攻撃は入ったのに。
でも此は只の布石だ。僕の力は此処では終わらない。
―皆、一寸危ないから下がってて!―
ローズが足を踏み鳴らすと、ヒトゴロシの足元から黔い曦が立ち昇った。
其は皓のブレスと混ざり合い、そして、
曦も全て呑み込む無が、生まれた。
ぽっかりと穴が開いた様に空間に出来る不自然な穴、其が断続的に起こる。
試すのは初めてだったけれども、何とか出来た。此が無なんだ。
此の鎧に成った事で斯うして複数の術を扱える。其に因って特異な力を引き出す事も可能だ。
そんな無の中心に居たヒトゴロシは避け切れずに虫喰いの様に躯の彼方此方を蝕まれてしまう。
肩、脇腹、膝と、色んな箇所にぽっかりと穴が開き、無くなるのだ。
「此は無、こんなのも使える様になったのね。」
―うん、普通の術じゃあ余り効かないみたいだけど、此なら流石に。―
不意にヒトゴロシはドレミ達に向け、触手を伸ばした。
千斬れた箇所から新たに触手が無数に生えて来たのだ。大分躯が欠けた所為で可也不気味な姿になっている。
無くなった足を支える様に触手が生える。あんな小さな躯に何の様に収まっていたのか不思議な程触手を溢れさせるのだ。
「轟いて斬雷花!」
ドレミの目の前に雷が降り注ぎ、地に落ちた途端四方へと駆け巡る。
其に当てられ乍らも触手が弱まる事はなく、ドレミに向けて振るわれる。
雷も効かないなんて、トキコロシも難敵だったけれど、彼は其以上だ。
其は明確な存在だからか。人殺しだなんて、如何にも自分達をターゲットにしたかの様で。
言うならば、天敵みたいな物かも知れない。然う言う風に創られたのなら、術に耐性があっても不思議じゃない。
ミナゴロシやローズ、Z1-Θの攻撃丈効いているのも其の所為かも知れない。
不図身構えていると、何処からか詠声が聞こえて来た。
其は澄んでいて心へ流れて来る様で、一瞬時が止まった様にドレミの注意が逸れる。
此は・・・彼女、グリスの詠だ。
気付いた途端、地を這っていた雷が一際激しく散り、爆ぜた。
ついドレミも尻込みしそうな程激しく雷撃は伸びて跳ね回り、触手から焦げた様な臭がして来た。
痛みでも生じたか、手を引く様に触手は下がり、遠巻きに彼女を覗う様に動きを止める。
「此、グリちゃんの力?」
「うちの詠声なら魔力が上がるから。」
「然うね。精霊歌の使い手だもの。魔力を活性化させる術も心得ているわね。」
ロードの言葉に彼女は大きく頷いた。
「翠は余り効きそうもないし、此方やったらうちも戦える。」
「でも無理しちゃ駄目だよ。彼奴が狙っているのはドレミ達だから。」
実際触手はドレミから離れたかと思えば、今度はグリスの方にも忍び寄っている。
今のヒトゴロシのターゲットは自分とロード、グリスの三柱なのだから。
「壊してやるっ、殺してヤルから動かナイでよっ!」
ミナゴロシは触手が集まりつつあった胴に向け、体当たりした。
だがもう散々喰らって来たからか、ヒトゴロシはミナゴロシの一撃は避けようと判断をしたらしい。瞬時に触手を散らばらせて彼の一撃を去なそうとした。
だが其処でミナゴロシの背の突起からレーザーが幾つも放たれた。
其は体当たりを避けようと広がった触手にぶち当たり、ぴたりと触手は動きを止めていた。
其処へミナゴロシが尾を振り回転させると触手はまるで玻璃の様に砕け散って行った。
「今のって・・・トキコロシの。」
彼の彼のレーザーに似ていると思ったけれども矢張り彼の力も使えるのだろうか。
「前はあんな力、使えていなかったと思うわ。あんな風に力を奪ったりする事もあるって事ね。」
「うん、トキコロシのレーザーは気を付けて!当たった丈で凍えちゃうの。」
落龍の詠の時に見た、彼の殺された龍達を懐い出す。触れる丈で死に至らしめる恐ろしい力だ。
彼が背中から出せるとなると、ミナゴロシも油断出来ない。隙が無くなってしまう。
「バガザムニズォオ」
壊された傍から触手は生えるので一向に量は変わらない。
だが、ずっと笑っていたヒトゴロシの首が少し・・・表情を変えた様な気がした。
先迄の張り付いた丈の笑顔から、本物の笑顔になった様な。
然う思うのは・・・意志故か。然うだ、其の触手に貫かれた筈の目に力が入った様な気がして。
見られている、強く然う思わせた。
まるで蛇に睨まれた蛙の様に上体が固まってしまう。
恐い、と思ってしまった。何処迄も未知な存在に。
名を知ったからって何だ、生態を知った所で本質は変わらない。
目の前にある物が変わる訳ではないのだ。其の殺意すら鈍らず、
―っ皆下がって!行くよZ1-Θ!―
「ウン!僕も頑張る!」
良くない気配を察してかローズは又無を創ろうと皓いブレスを吐いた。
焦っても加減は間違えない様にしないと、無は本当に全てを消し去る存在だから。
此で奴を包み込み、終わらせないと。
闇を向けた所で大きくヒトゴロシも動き始めた。
足元の触手を一気に伸ばし、無から逃れる。そして塒を巻く様に中空で躯を縮める。
あんな動かれると無じゃあ狙い難い。
でも其処へZ1-Θから放たれたレーザーが触手の塊へぶち当たった。旻へ逃げ出す其を一本一本レーザーが貫いて行く。
「此以上、近付けさせないよ!」
次々と触手をレーザーで弾く中、ヒトゴロシは首を擡げて一同を見下ろした。
「・・・ぐぅ、も、モウ、無理だっ、」
―え・・・うぁああっ!―
突如ブレスを吐いていたローズに向け、ミナゴロシは突進を繰り出した。
横合いから諸に其を喰らい、大きくローズのブレスが逸れる。そして無が途切れた瞬間にヒトゴロシも迫って来た。
―き、急に何するんだ!―
「ロー君大丈夫⁉」
「殺さなきゃ、僕も、僕もやらないとっ!」
頭を大きく振るとミナゴロシはローズに咬み付いた。頸元の豊かな鬣を咬まれ、苦しそうに彼の顔が歪む。
「っ花火!」
瞬時にドレミは小瓶をポケットから取り出して放った。其処へ曦が走ったかと思えば瓶が割れ、中の火薬が溢れ出す。
其処から広がった雷が爆発的に膨れ上がり激しい音と曦を解き放つ。
「っうわぁ、眩しい!」
―・・・っドレミ危ない!―
ミナゴロシが怯み、口を離す。一度首を巡らせたローズはドレミに向け尾を振るった。
其に押される形でドレミを吹き飛ばすと、其の後を触手が追う。
油断も隙も無い。常に彼奴も此方を狩ろうと伺っているんだ。
ヒトゴロシの方も、ローズを疎ましく思ったのか空振った触手をローズの尾に絡ませた。
其の儘地に押さえ付けられてしまう。こんな細いのに存外力は勁いのか中々振り解けない。
「っロー君!」
―ドレミ、皆離れてっ!―
「ウゥ、全然退いてくれないよ!」
Z1-Θが何とか曦の帯で触手を掴むも、力が勁くて離れない。
そんな二柱の傍へミナゴロシの影が迫る。
「僕も、僕も殺すんだっ!」
腕を振り上げ、ミナゴロシが跳び掛かった。
あんなので激突されたら、
思わずローズが目を閉じると、彼の傍で突風が生じた。
「此でも喰らいなさいっ!」
拳を作り、ロードがミナゴロシの脇へ殴り掛かったのだ。全力の一撃を叩き込む。
其は見事ミナゴロシに命中し、大きく彼は倒れ込んだ。
地を揺らす衝撃に足が止まる。
「殺させなんてしないわ!貴方は私が、」
止める、然う言い掛けた所で一閃が走った。
此は・・・然う察する前に、ロードの上体が傾ぐ。
「っまさか、ローちゃん⁉」
ドレミの悲鳴にも似た声で、ロードは理解した。
噫、自分は斬られたのだと。そして其の箇所は、
ロードの頸に絳い線が入る。そして瞬きもしない内に首も傾いで、
まるでヒトゴロシが然うする様に、其の首と胴は分かれて、でももう繋がっていなくて。
まるで其処丈時が緩やかに流れる様に、緩りとロードの躯は地に倒れ伏した。
其処にある筈の首はなく、代わりに血が噴き出て、
勢い良く溢れ出る其を前に、やっと時が戻った様にドレミは息を吸った。
今、目の前で起こった事が理解出来ない、否理解を拒んでいる。
「あ・・・あ、ロー・・・ちゃん。」
口を戦慄かせ、ドレミは蹌踉めいた。
「う、嘘やろ、先輩・・・。」
誰もが愕然として動けない中、彼の触手丈が振られていた。
「ザウザボニィ」
思わず見上げたドレミはヒトゴロシの笑顔を目にした。
先よりも深くなった其を見て、胸の内に込み上げる物がある。
「ゆ、赦さない!良くも、良くもローちゃんを!」
ドレミの瞳の奥で雷が轟くのと同時、ヒトゴロシの首へミナゴロシは咬み付いた。
大きく旻を駆けて咥え込み、咬み砕かんと牙を立てる。
其処でヒトゴロシは触手を集め、何とかミナゴロシを退けようとしていた。
だが触手が口を抉じ開けるより先に、其の顎門は閉じられる。頭を引き千斬り、残った躯は地面へ叩き付けた。
大きく触手をうねらせ、ヒトゴロシは地を這って行く。首も失い、胴から触手丈生やした姿は正に異形の其だった。
そしてヒトゴロシは急に大きく後退する様に一同から離れた。
頭を失ったのは流石にまずいとでも思ったのだろうか、触手を伸ばして後退し始めたのだ。
もう頭も無いので其の表情は伺い知れないが、其でも逃げようとする意志の様な物を感じた。
行かせはしない、又逃がすなんて。此処で仕留めないとっ!
術を唱えずとも彼女の懐いに応じてか魔力が乱れ、雷が降り注ぐ。
そんな彼女を前にZ1-Θは少し下がった。此の感覚、ヒトゴロシ達のと似ているのだ。近付き過ぎれば自分が引っ張られる。
自分の意志とかよりも彼女の方が悍いと言う事か。只の魔力として付き従う様に求められている様で。
グリスも又、詠を止めてしまった。ついそんな彼女の気迫に圧されてしまう。
此がドレミの力、こんな高い魔力を自らの内に秘めていたなんて。
余りにも此は勁過ぎる、自分達の干渉力ですら揺れる程の。
彼女から迸った雷はヒトゴロシの触手を焼き斬るが、其でも其の足を止められない。
其なら雷にでも成って追えば、
一歩足を出したドレミの前にミナゴロシが割り込んで来た。
そしてちらとヒトゴロシとドレミ達を・・・倒れた儘動かないロードを見遣った。
「ア・・・ア、友達、殺したくなかったのに、」
「じゃあ其処退いてよ!ドレミが殺すからっ!」
「っ・・・、」
ドレミの真直ぐ自分へ刺さる瞳を見て、僅かにミナゴロシは息を呑んだ。
此の瞳の奥で轟く雷を、彼女の影を見たのだろうか。
「・・・イヤ、僕が、僕が彼奴を殺す。殺してやるから。」
其丈絞り出す様に言うとくるりとミナゴロシは背を向け、ヒトゴロシを追い始めた。
其の端から二頭のコロシの姿が霞み始める。其の感覚にドレミは覚えがあった。
「あ・・・逃げないでっつ!」
叫びにも似た声を雷が引き裂き降り注ぐも、二頭の姿はもう其処には無かった。
今の感覚では、恐らく当たってはいない。又・・・逃げられてしまったのか。
標的を失い、苛立たし気に音を爆ぜさせて雷は散る。徒に周りの地面や壁を焦がして行く。
逃がしてしまった、あんな奴等を。ロードを・・・殺した奴を。
―・・・ドレミ、皆恐がってるよ。少し力を抑えて。―
そっとローズが耳元で囁いた。そんな彼にも雷が容赦なく降り注いでいる。
何とか其を彼自身の術で去なしているレベルだ。此は彼女の力が暴走し掛けている証、何とか止めないと。
「・・・うん。」
何とか声は届き、一つ彼女が頷くと嘘の様に雷は鳴り止んだ。
渦巻いていた魔力も霧散し、空気が軽くなって行く様だ。
人知れず一同はほうと息を付く。止まっていた時が動き出す様に不意に薫風を感じた。
彼の刺す様な殺意は何処にもない。もう終わったのだと理解する。
けれども其の代償は余りにも大きかった。
「・・・ローちゃん。」
振り返るも、勿論返事はない。彼女の躯は地面へ突っ伏した儘だ。
其の首も、近くを転がっていて、其の如何仕様もない現実感に吐きそうになる。
聖遣いの彼女と言えど、即死してしまっては助からない。彼の一瞬で、全て終わってしまったのだ。
後悔許りが胸を衝き、足を進ませる。こんな懐いはもう重ねたくなかったのに。
ドレミを包んでいた魔力が晴れたのを察し、一同も同じ様に近寄った。
「ドレミ、大丈夫やから。そのロード先輩は店に戻ってる筈、今ならセレが居たと思うし、うち聞いてみるから。」
「うん、うん然うだよね。ローちゃん、大丈夫だよね。」
神の次元での死は本来の死ではない筈。自分は良く知らないけれどセレも言っていた。
彼女も何気何度か死んでいると言っていたし・・・だからうん、大丈夫。
一緒に此の次元を回れないのは残念だけれども。
何とか然う気持を呑み込もうとした所で彼女の躯は消えてしまった。
後には何も残らない。自分達以外何も。
―皆頑張ったね。一先ずは如何にかなって良かったよ。―
元の姿に戻ったローズは一つ身震いした。
色々と考えてしまいそうになるが、今は足を動かさないと。此の感情は良くない。
Z1-Θも怖ず怖ずと出て来て皆の顔色を窺う様に見遣っていた。
彼も何となく察したのだろう。何が起きてしまったのか、如何してロードが此の場に居ないのか。
「・・・うん、然うだね。皆御免ね。もう大丈夫だから。先ずは仕事、だよね。」
無理にでも気持を切り替えないと。未だ終わってはいないのだ。
「うん、うちレニーさん呼んで来るね。」
―ア、ジャア僕が荷物持つよ。―
「此処は・・・此処の警察の人とかに任せたら大丈夫かな・・・。」
未だ誰も来ないのは皆すっかり逃げてしまったからだろう。
状況が状況丈に、未だ其の儘になってしまっている人々の死体を放置したくはないけれど。
余り、深入りす可きではないのも事実だろう。自分達は此の次元の人でもないので関わり切れないのだ。
―ドレミ、僕達も行こう。此処は離れた方が良いよ。僕も戻るから。―
「うん、ロー君も有難ね。」
一つ頷くとローズの姿は掻き消え、勾玉に戻る。
其を頸に掛け、ドレミもグリスの後に続いた。
「レ、レニーさん、居る?もう大丈夫やから。」
グリスが一つの路地に向け声を掛けると、物音が聞こえて来る。
屹度奥に積まれた木箱に隠れているのだろう。驚かさない様に声を掛けつつグリスは近付く。
「あら、まぁまぁ大丈夫かい。もう外は・・・。」
「うん、恐いのは居なくなったから、早く此処を出た方が良いよ。」
―荷物も無事、大丈夫だよ!―
付いて来たZ1-Θが鞄を掲げると、彼女はやっと顔を出した。
「噫皆有難うね。本当に助かったわ、こんな見ず知らずの御祖母ちゃんに有難ね。」
何度も何度も御礼を言いつつレニーは路地から出て来た。そして一同の姿を順々に見て行く。
「あら・・・先の彼の御嬢さんは如何したんだい。彼の力持ちの、」
「あ、ローちゃんはその、先の事で用事が出来ちゃって、一寸別行動してるの。後で合流するから心配しないで、ね。」
死んでしまったなんて言える訳がない。何とか此処は取り繕って彼女を安心させないと。
うん、ロードの分もしっかり頑張らないと、後は自分達でしっかり彼女を護るんだ。
コロシ達の脅威は去っても未だ油断は出来ないのだから。
「然うなのかい?でも貴方達は大丈夫なのかしら。良いのよ私の事は。」
「ううん、大丈夫。でもレニー祖母ちゃんこそ如何するの?流石に今日は・・・御墓参りは控えた方が良いんじゃないかな。」
あんな通りで大事件が起きてしまったのだ。レニーも気が気じゃないだろうし、もう帰って休みたいと思うだろう。
墓参りは何時でも行けるし、彼女の心労の為にも悪いけれども帰った方が良い気がする。
「然うなんだけど・・・大事な用事があるのよ。だから峠には行かないといけないわ。」
一つ息を付いて彼女は然う言った。用事・・・余っ程大事そうだけれども。
然う言う事なら放っては置けない。あんなのに襲われる以上の事は起きないと思うけど。
「ジャア僕も行く!今度は僕が此持ってく!」
Z1-Θは大きな鞄を高々と掲げていた。
彼の細い手で良く持てる物だ。一見曦で出来た手なので透過しそうでハラハラする。一種のイリュージョンみたいだ。
「然うやね、うん。じゃあうち等も付き合うよ。一寸ハプニングに遭ったけれども。」
そんなに強く行きたいと思うなら、屹度次元の主導者としても大事な用事なのだろう。
何方かと言えば、あんな事があったので余計心配だ。ちゃんと付いて行きたいとは思う。
「然うかい、悪いねぇ、すっかり付き合わせちゃって。じゃあ宜しく御願いするわね。」
屹度彼女も心配だったのだろう。ニッコリとドレミ達に微笑むと、レニーは足を出した。
彼の光景を忘れる様に、足早にドレミ達も後に続くのだった。
・・・・・
「う・・・ん・・・。」
鈍く意識が覚醒して行く。此処は・・・何処だろうか。
一体自分は何をしていたか、寝起きとは別のもっと頭の端が痺れた様に重くて、中々はっきりしない。
躯も何だか随分重い。寝過ぎてしまったのか、錆び付いた様な感覚を覚える。
取り敢えず起きないと。然う思って上体を起こそうとしたけれども、中々上手く行かない。
肘に力が入らないのだ。こんなのは初めてで、段々気が急いで来る。
でも其処で不図何処か甘い様な薫が漂って来た。不思議な華の様な、菓子の様な・・・其を吸っていると少し丈気が落ち着いて行く。
「・・・起きたかロード。」
一つ二つ息を吸い、整えていると不意に声を掛けられた。
ゆるゆると視線を動かす。すると見知った姿を認め、ほぅと息を付いた。
「セレ・・・あれ、私、」
少しずつ記憶を整理する。
此処は如何やら・・・自分の部屋らしい。そして自分はベッドで寝ていたみたいだ。
自分が寝ている所にセレが来たのだろうか。部屋に来るのは一寸珍しいけれども一体何の用だろうか。
其より、何か忘れている様な・・・中々はっきり懐い出せない。
何かしていた筈なのに、こんな所で寝ていて良い筈じゃなかった気が・・・。
「大丈夫か。もう安心して良い、焦る事は無いからな。」
「セレ、私何が・・・、」
ちらと彼女は自分を見遣ると何か考えているみたいだった。
今は晒を取っているので六つの瞳が顕になっているが、何処か伺う様に自分を見ている。
・・・?何か、変な事を言ったのだろうか。如何しても頭に靄が掛かったみたいではっきりしない。
「・・・勝手に部屋に入って悪いと思ったが、ちゃんと話した方が良さそうだな。一寸茶でも淹れて来るから其の儘にしてくれ。」
然う言い残すと直ぐ様彼女は部屋を出てしまった。
気を遣わせてしまっただろうか、せめて彼女を待つ間に考えないと。
もう一度手に力を込めると、少し丈上体が浮いた。
此の分なら・・・起き上がれそうだ。上体丈起こして、壁に背を預ける。
然うして何があったのか糸口丈でも見付けようと意識を集中した。
「ん、もう起きて大丈夫なのか。」
っ、すっかり集中し過ぎてしまったのか、目を開けるともうセレが戻って来ていた。
其の手には盆があり、淹れた許りなのだろう湯気の立つコップが二つあった。
「・・・有難う、頂くわ。」
「噫、龍達がくれた茶葉なんだ。口に合うと良いが。」
薄く咲って彼女は盆を机に置いた。未だ随分熱そうなので彼女自身は当分御預けらしい。
そっと一口啜ってみると、仄かに苦みが広がって頭が冴える様だった。
すっきりとした後味に思わず目を瞬く。
「美味しいわ。素敵な御裾分けね。」
「其なら良かった。残念乍ら私は味見も出来なかったからな。」
苦笑する彼女に釣られて笑みを返す。・・・少し落ち着けて来た。
そして何となく、じんわりとだが記憶が戻る様で。
・・・恐らく私は、
ちらと考えた丈のつもりだったが、直ぐ顔に出てしまったのだろう。セレは椅子を出して座ると、じっと私の目を見ていた。
「・・・何となく何があったかは思い出したか?」
「えぇ、私はドレミやグリス達と次元に行っていた筈よ。でも、」
「其処でヒトゴロシ、だったか。其奴と戦闘になったと。」
「・・・然うよ。」
ぎゅっとシーツを掴む手に力が籠る。其の名を聞いて思い出して来た。
其の途中から記憶は途切れてしまっている。つまり、今自分が此処に居ると言う事は・・・。
「近くで御前が倒れていたのをレインが見付けてくれて、取り敢えず此処で寝かせてたんだが、ソルから連絡が入ってな。色々大変だった様だな。」
「グリスは、向こうは何て、」
「取り敢えず皆無事だ。ヒトゴロシ達は逃走し、今は次元の主導者と合流して、一緒に行っている然うだな。」
「然う・・・なら良かったわ。」
ヒトゴロシと名を聞き、一瞬悪寒が背を掛けたが、何とか呑み込んだ。
無事だったなら、良かった。其が聞けた丈でも。
そしてやっとセレが部屋に居た理由も合点が行く。死に戻りした自分を此処迄運んでくれたんだ。手を煩わせてしまった。
「セレ、有難う。御免なさいね、面倒掛けてしまって。」
「そんな事、私も妙な力と言うか、随分遠い所で私の力が動いたのを感じてな。心配していたんだ。」
セレの力・・・若しかして其は加護の事だろうか。
「力って、加護の事かしら。一回使ってしまったから。」
「然うか。死に戻りだから然うだろうと思ったが、私の力じゃあ太刀打ち出来なかったか。」
然う言い彼女は少し表情を曇らせたが、抑あんな力が届く丈でもとんでもない事だ。
「そんな事ないわ。貴方の加護はちゃんと私を護ってくれたもの。只相手も一筋縄じゃあ行かなかったから。」
「然うか。まぁ恐らく私の加護は又付いたと思うし、当分は大丈夫だろうが、其でも使わないのが一番だな。」
「ねぇセレ、すんなり受け入れているけれども貴方、自分の加護が発動した事、分かったって事かしら。」
「ん、恐らくだけれどな。加護なんて然う発動する状況にもならないだろうし、でも先確かに力が動いたのを感じたからな。然う言う物じゃないのか?」
あっけらかんと言うか、とんでもない事を普通にやって退けている自覚が彼女には無いのだろう。
只の神の真似事かと思ったら本物以上の力を与えられている気がする。そんなに感覚が鋭くなってしまっているのだろうか。
「若しかしたら其の力の発動した所を辿れば御前達の次元に行けたかもな。丁度の所に出られるなら私も手を貸せるか・・・?次若しあったら試してみようか。」
事も無げに色々考えているけれども・・・彼女は随分と荒唐無稽な事を言っていた。
本来だったら出来る筈も無い事だ。だって其は次元に干渉すると言う事で。
次元で起きた力を察知出来るという事は、其処迄彼女の感覚が広がっていると言う事、次元に迄根を張っている証だ。
然も探知丈じゃなく、其処へ行こうとしている。正確に、ピンポイントに次元の構造を噛み砕き、自分の力の元へ向かえるとしたら。
でも其を彼女なら出来てしまうんじゃないか、そんな風に思ってしまう自分も居て。
・・・屹度此の可能性、不確かさこそが彼女の強みなのだろうと強く思う。
其にしても何だかセレ、一寸変わった様な・・・?
「ん、如何したロード、何か変な事言ったか?」
ついじっと彼女の事を見詰めてしまっていたみたいだ。
死に戻りだからか、頭が働いていないのかも・・・惚けるのは良くない。
「いえ、只その、何だか一寸セレの感じが変わった気がして・・・何でもないわ。大した事じゃあ。」
「成程な。流石大神の巫か。普段通りに成れる様にしていた筈なのに分かってしまう物なんだな。」
何処か声を弾ませた彼女は薄く微笑んでいた。まるで悪戯がばれた子供みたいに嬉しそうだ。
「実は少し前に色々あって力が増したんだ。恐らく其の影響だな、姿も又一寸変わったから。でも然うか、分かる奴には分かってしまうんだな。」
何やら彼女の方でも随分な事が起こったらしい。
姿が変わっただなんて、又候成長したのだろうか。何とも変わり易い、変化の激しい神だ。
色々なんて言葉で片付けているけれども、相当な事が起こっている気がする。何と言うか彼女の気配と言うか、神位が上がった様な・・・。
然うだ。より上位の神と言うか、畏怖に近い物を感じる。今迄は偶に震えてしまいそうな程の圧倒的な恐怖を与える存在感だったのが、より高尚になったと言うか。
古い神々に会った時の感覚と少し似ているのだ。彼女は自分よりもずっと若い神の筈なのに。
「又何処かで詳しく話すが、今は後回しにした方が良いだろう。多分混乱させてしまうからな。其よりロード、何があったか詳しく聞かせてくれるか?ドレミ達には私の方から無事だと伝えて置くから。」
「えぇ、然う・・・ね。」
確かに、今は自分に起こった事について考え直したい。
もう自分は彼の次元へ戻れないのだが、せめて反省はして次に活かさないと。
其にセレに聞けば何か分かるかも知れない。新しい知見を得てみたいのだ。
考えを整理する為にも、ロードは掻い摘んで先程起こった事の一切をセレに話した。
其を暫く彼女はじっと聞き、何回か補足を求められる。
粗方話した所で長く彼女は息を付いた。
「そんな事が・・・着いた直後になんて災難だな。」
「然うね。でも、ぎりぎり助けられたと思えば良かったかしら。」
彼の儘少しでも遅れたら、次元の主導者であるレニーも一緒に殺されていたのは間違いない。
一応ライネス国の兵も居たけれど、あっさり全滅したし、危ない所だったんだろう。
「となれば、私の黔日夢の次元の所為以外でも次元の滅ぶ要因は起きているんだな。」
「然うね。気付いていない丈でコロシ達は屹度、可也の数の次元を壊していると思うわ。」
あんな風に徒に壊して回られたら如何仕様もないだろう。ある意味黔日夢の次元より先に滅びを迎える事は十分あると思う。
今もドレミ達が行っていると言う事なら、コロシ以外にも何らかの脅威があると言う事。其こそが黔日夢の次元なのだろうし、本当に厄介な奴等だ。
「其にしても死に戻りってこんな感覚なのね。段々実感が湧いて来たから猶更不思議な感じだわ。」
「ん、其の言い方だと、初めてだったのか?今回が。」
「えぇ然うね。次元に直接行く事自体なかったし、知識で知っていたから大丈夫なのは分かっていたけれども。」
段々と背を冷たい物が這い上る。そして思わず首元に手をやった。
勿論もう其処に傷なんて無い。魂と魄は違うのだから。
分かっている・・・分かっているのに、如何しても感情は冥くなる。
此が・・・死なんだ。あんなあっさり気付かない内に殺されて。
本来の死であれば、斯うして振り返る事も出来ない。理解出来ない儘私は終わっていた事になる。
其の意味、恐ろしさを緩りと噛み締める。
・・・自分のは、屹度未だ良い方なのだろう。苦しみ抜いて死んだ訳じゃない。
でも店に居る皆、前世のある彼等は後悔をし乍ら死んだのだろう。
其でも、こんな軽くあっさりした物なのかと実感して、震えそうになる。
幾度も見ては来たけれど、実際に我が身に初めて降り掛かって分かったのだ。
恐い・・・然う、恐かったんだ。重いと思っていた命が、あっさり終わってしまう儚い物だと知って。
此が神の性、皆同じ物を抱えて此処迄来ていると言うのか。
つい又じっとセレを見詰めてしまう。
昔自分は彼女に問い掛けた事があった。忘れてしまった前世について、そして彼女の瞳は如何して其処迄冥いのか分からなくて。
彼の時は随分軽はずみな事を聞いてしまったと思ったけど、今更乍ら本当に然う思う。
彼女の前世は聞いている。そして其の後も、彼女は多くの命を奪い、奪われ此処迄存在し続けた。
屹度彼女が一番、命の形を知っている。其なのにあんなあっさり奪えてしまうのか。
知っていて猶、そんな簡単に捨てるなんて。
分からない、彼女は一体何を見据えて、こんな事を続けられるんだろう。
此の恐怖や痛みを一番分かっていて、其を振り撒くなんて。
「・・・ロード、大丈夫か?疲れているなら私は戻るが。」
「いえ、違うの。一寸色々考えちゃって。」
いけない、彼女に心配を掛けさせちゃあ。
彼女の意志を聞くのは今ではないし、此の事は又後一柱でじっくり考えたい。
「まぁ初めてだって言うなら色々思う事はあるかも知れないな。ある意味新鮮な感覚だろうし。」
「然うね。嫌な意味で新鮮だわ。」
苦笑を漏らすと、彼女も釣られる様に笑った。
「然うだな。私の事は抑死に戻りが出来るなんて聞いていなかったから、相当驚いた物だけれども。」
「然う言えば初めて行った次元で死んでしまったんだったわね。」
其は其で凄い事だけれども、矢張り彼女は捨て身過ぎる嫌いがあるのだろう。
こんな力もあるのに、一番彼女が死んでいるのだ。其は危険を顧みない真直ぐ過ぎる姿勢の所為だろう。
ガルダがもっと自分を大切にして欲しいと屡々彼女を叱っているが、良く分かる。こんな懐いは繰り返しちゃあいけない物だ。本来は此の一度丈与えられる冥い物なのに。
終わりを何度も繰り返すと言うのは、あらゆる物事に反している様で、其の矛盾は決して良い結果を生まないのだろう。
「彼の時は無なんて知らなかったからな・・・。脳天撃たれたりとか、変な薬打たれたりとか色々されて来たが・・・。」
「本当に色々経験して来てるわね・・・。」
其の方面の嫌な経験は彼女の方が豊富そうだ。
「只然うは言っても神は大体次元で負った傷だとかは無くなるし、ロードも直ぐ元気になると思うぞ。慣れていない丈で、躯は無事なんだし。」
「う・・ん、然う、なんだけれども。でも思ったより躯が重いわね。セレは干渉力も高いし、もっときついんじゃないかしら。」
「まぁ結構眠り続けてしまっている事もあるしな。斯う言う所は干渉力のデメリットだが、でも死なないなら此位如何って事ないな。」
心構えから違うなぁと熟思ってしまう。此の辺りが経験の差なのだろうか。
彼女にとっては本当に、死ぬ以外は掠り傷だと言い然うだ。
いや下手したら死すらもダメージの一つとして捉えていそうだ。何と言うか生き急ぎ過ぎている。
「所でセレ、話を変えるけれどもコロシの一族については如何思っているのかしら。」
彼女の死生観については如何も大きなずれがある。
此処はじっくりと話して其の視点を見てみたい所だけれども、其より気になる点はある。
自分を殺した彼の異形、コロシの一族についてだ。
「如何、と言われると大分大雑把になるが、抑彼等が何なのかが問題だな。」
「然う言えばセレは未だ会った事ないのかしら。」
「噫・・・不思議な事にな。何だか避けられている様な気分だ。皆結構其奴等に会ってるんだろう?」
「然うね。出来れば会いたくない相手だけれども。」
避けられている・・・セレが然う感じるのは何か意味がある様な気がした。
彼等が意図的に然う言う動きをしている訳じゃあないと思うけど。
「実はな、トキコロシ、だったか。彼奴が前ガルダに随分な挨拶をしてくれたと聞いてな。何とか見付けて相手してやろうかと思っていた時期があったんだが。」
「恐ろしい事考えるわね・・・。まさか自ら彼奴等を捜したって言うの?」
其は寧ろ、奴等に会っていないから然う思えるのか、一度会ってしまえば、もう二度と会いたくないと思う連中なのに。
「噫、やられっ放しじゃあつまらないだろう?私の干渉力なら見付けられるんじゃないかと思ってな。けれども結局空振りだ。」
「・・・確かに、其は少し妙かも知れないわ。」
捜している時に限って会えないと言うのは良くある話だが、彼女の其は一寸気色が違う。
彼女は高過ぎる干渉力を持っているのだ。其こそ存在を歪める程の。
自分達だって次元に行って琴城さん達に会っている。其は少なからず干渉力で互いに惹かれ合っているからだ。
次元の主導者に会うのも同じ原理なのだから、其の力が勁いセレが斯うも会えないのは違和感がある。
避けられている・・・何だか、不安になる様な。そんな言葉の気が如何してもしてしまう。
「他にもスガタコロシだったか、彼奴に皆手痛くやられたみたいだし、龍達も殺されていると聞いてな。だったら私が出向いて一度位は相手をしたいと思ったんだ。」
「余り其は褒められた事じゃあないけれども、自ら首を突っ込む可きではないと思うわ。」
「ククッ、ロードは優しいな。でも私は自分の安全より、危害を加えられるのが我慢ならない質だからな。」
セレも随分もやもやしていたのかも知れない。皆からコロシ達の話は幾つか入るのに、自分丈会えず、分からず仕舞いで。
確かに実際会ってみなくちゃあ話丈だと彼等の事は伝え難い所がある。
「其に、私も確かめてみたいと思ったんだ。神でも精霊でも妖精でもないんだろう?其が一体何なのか、気になるのは当然だろう。他にもロード、御前が前教えてくれた説も・・・可也、引っ掛かっている。」
「えっと其って、確かコロシ達の目的とかについて話した時かしら。」
「然うだ。皆も何度か接触して色々話だとかしてくれていたからな。其奴等は黔日夢の次元の後から現れたんだろう?そして只殺して回っている。・・・確かに其処丈聞くとまるで私の僕の様に見えなくもない。当事者である私からしたら全く身に覚えが無い事だったから、然う言う発想には中々なれなかったがな。」
然うだ。セレが黔日夢の次元を起こした理由は全く違う。
彼はガルダを捜す為だったと聞いた。けれども其を知っているのは自分達位で、余り多くはない。
屹度世界の大半の者は、只の破壊者だと思ってしまう。彼女を悪として断定する。
そんな時にコロシの一族なんて如何にもなのが現れたら、セレの仲間だと結び付けられる可能性は決して低くないと思ったんだ。
「此方だって迷惑しているのに、私の傘の下で勝手に利用して事を進められるのは気に入らないからな。其の上で私が奴等と会えないのは何だか・・・意図的に思えてしまうだろう?」
「確かに然うね・・・。益々怪しい気もするわ。若しかしたら本当に其が理由で避けられているとか・・・?」
「其を確かめる為にも一度会いたいんだがな。ロードに言われてから私も考えてはいたんだ。ある意味、彼奴等の存在は、私にとって都合が良過ぎる。」
「都合って・・・ど、如何してなの?」
先迷惑していると言った手前なのに。
彼女は六つの目で緩りと瞬きをして、ちらとロードを見遣った。
其丈で、其の瞳の奥の闇に見られている様な、そんな心地がしてつい背が伸びる。
「最初は黔日夢の次元の影響だと思ったが、此処最近私の力が加速度的に増しているのは知っているだろう?ノロノロやAにも言われたが、上がり過ぎている。異常なレベルで私の力は増しているんだ。」
「・・・然うね。勿論セレ自身の努力の結果でもあると思うけど。」
「ククッ、そんな気は遣わなくて良いぞ。私だって其の違和感はあったんだ。成果が大き過ぎる。恐ろしい位にとんとん拍子だ。勿論ロードの言う通り私も手を抜いたつもりはない。でも其以上に力増しているのは確かだ。」
セレ自身も然う思うのなら、此は確信に近い。
勁くなり過ぎている。嬉しい事だろうが、其処に別の手が加わっているとしたら一気にきな臭くなる。
「其で考えたんだ。私の力が増す要因とは何か。其は黔日夢の次元に因って狂った次元の存在、私と言う存在を知覚し、確定させる事。私への信仰も其の一つの形だな。であればコロシの存在は私にとって広告塔に近い意味を持つ。勝手に私の名を借りて悪名を広げるも、其の悪名も巡り巡って私の力になる。」
「・・・然うね。其は有り得るわ。残念だけれど、コロシをセレの仲間か何かだと思う者は少なくない。」
繰り返しにはなるけれども、矢っ張り然うだ。否が応でもセレとコロシは繋がってしまう。
「其処に加えて私は・・・殺しの精霊だ。死や破壊、滅びで力を付ける様な存在に成った。若しかしたら此の因子が付いたのも、奴等が上げた名声の影響を受けているかも知れない。」
否定は・・・出来なかった。
正に彼女の言う通りだ。彼女がコロシの精霊として進化したのは、然う在ると世界が定めたからで。
其の名を作ったのは事実、コロシ達ではないかとも思ってしまう。彼等の行動が、セレの本質を歪ませている・・・?
「其にヒトゴロシだなんて、随分懐かしいと思ったよ。其は正に昔の私の渾名だ。此でも殺し屋の端くれだからな。化物に次いで良く然う呼ばれていた。」
まぁ今だって変わってはいないが、然う彼女は何処か自虐めいた笑みで言った。
「だから下手したら、此の儘コロシ達が動けば私の思っている以上に私に変化を齎す可能性はある。私の意志とは違う変化を。其こそ奴等と同一視されたりしてな。」
「・・・っ!駄目よそんな事は。セレ、貴方はコロシの一族じゃあないわ。そんな物に成ってはいけない。」
不安定な彼女だからこそ起こり得る変化。
神として中途半端、精霊にも成り切れず、混ざった儘の行く先は、
其処にコロシの影がちらついても、おかしくはない。
つい声が大きくなってしまったので、セレの肩が震えた。驚かせてしまったらしい。
「あ、噫、勿論私は其の気は無いよ。私は私なんだから。」
「でも・・・其は有り得るわ。寧ろセレはコロシに会わない方が良いかも知れないわ。」
確かセレは、干渉力が高過ぎるから、ある程度自身に変化を起こせると聞いた。
願えば得られるなんて、そんな簡単な物じゃあないけれども、でも精霊に成ったりしたのも、彼等を知ったからで。
知って、然う在りたいと願えば、曲がりなりにも近付ける。然う言う性質があると。
そんな彼女がコロシに会ってしまえば如何なるか。・・・願ってしまうんじゃないか。
彼の圧倒的な力を知ってしまえば、成りたいと思う可能性はある。
トキコロシの様な全てを凍らせるレーザー、オモヒコロシの様な石化させる凱風、スガタコロシの様な全てを燃やし尽くす焔、ヒトゴロシの様な見えない斬撃、ミナゴロシの様な圧倒的な力。
其の全てを、彼女が欲したら如何なるか・・・今以上の歪みを生む事に他ならないのではないか。
其こそコロシの一部と成ってしまうんじゃあ・・・。
嫌な想像が膨らんでしまう。其を無理矢理追い出そうと彼女は頭を振った。
「セレ、御願いだからコロシの一族に丈は成らないで。私はそんな貴方を見たくないわ。」
彼の張り付いた様に浮かべられたヒトゴロシの笑顔が頭から離れない。
あんなにあっさり無慈悲に只々殺して。
嫌よ、セレがそんな存在に成ったら。そんな変化を見たくて此処迄付いて来たんじゃない。
「噫大丈夫だロード、私はそんなのに成らないよ。御前達を傷付ける様な奴等と同類には成らない。」
きっぱりと然う彼女は言い切った。
其で少し丈安心出来る。コロシ達の目的が何であれ、屹度彼女の干渉力、意志が其を赦さないだろう。
コロシ達の主については分からず仕舞いで気にはなるけれども。
「其でも遂に犠牲者が出たとなると、いよいよ穏やかんじゃないな。会うなとは言われたが、奴等の事は如何にかしたい所だな。」
「犠牲者って、一応私は無事だから大丈夫よ。」
「然うも言ってられないだろう。殺されたのは事実だ。其に・・・彼等が殺したのは仲間達丈じゃない、私達が治して来た次元すら、其の軌跡すら壊そうとしている。そんな勝手は・・・赦されないな。」
途端背筋を冷たい物が這った様で、思わず身震いする。
今のは・・・セレの懐い?
何か途轍もなく冥い影に射抜かれた気がして固まってしまう。
矢張り彼女は変わっている。前より格段に力が増している。
此じゃあ邪神に堕ちてしまいそうだ。危うい力につい口を噤んでしまう。
「一度、大神様に話を聞いてみるのも良いかも知れないわ。何か分かるかも知れないから。」
「大神か・・・其も然うだな。外の意見は取り入れる可きだ。兎に角今は休んで、又其の辺りは考えたら良い。」
ふつりと彼の刺す様な気配は鳴りを潜めたので、知らず息を付く。
こんな物を常に彼女は内に秘めているのだろうか・・・。
頼もしい半面、危うい力に変わりはない。成る可く近くで彼女の事を見ていないと。
何時か・・・擦り抜けそうで、恐い。
「・・・頃合いか。悪いなロード、すっかり話し込んで。死に戻りで疲れているだろうに。又何かあったら教えてくれると助かる。」
「えぇ、分かったわ。私こそ有難う。御蔭で少し整理出来たわ。然うね、又何か分かったら教えるわ。」
薄く笑みを返すと、セレはロードの部屋から立ち去るのだった。
「・・・コロシの一族、か。」
後ろ手で扉を閉め、少しセレは息を付いた。
考えていた事を纏めて彼女に話す具合になってしまったが、此は良く考えないといけないのだろう。
自分ではない何かが、自分に成ろうとしている。或いは自分も引き摺り込もうと画策されている。
然う言う意志に近い物が見え隠れする。今はより悍く感じるんだ。
其は若しかしたら自分の力が、存在力が増した所為かも知れない。より此の世界をクリアに見られる様になった故か。
其か向こうも見境なくなっているのか。此処迄来たら隠す事は無いと牙をちらつかせているのか。
何かは分からない。でも大きな意志の様な物は、確かに自分も感じた気がした。
其を自分は・・・如何する可きか。
―・・・御前、先毒でも使ったか。―
「ん、丗闇如何した急に。」
盆を返そうとキッチンへ寄っていると不意に声を掛けられた。
起きてはいたみたいだ。丗闇もコロシ達の事は気になるだろうし、自分も聞いてみたい事はあったから丁度良い。
でも毒か、其処が引っ掛かるとは。
「使ったけれども其が如何したんだ?死に戻りだとロードも混乱するだろうと思ったし、一寸落ち着かせるのには良いかと思って使ったんだが。」
―其以外の意図はないのか。―
「其以外って何だ。まさか私がロードを喰おうとしたとでも?流石に其は冗談でも一寸笑えないな。」
其の間違い丈は起こさない様に此方は気を遣っていると言うのに。
今回だって念の為と思い、ガルダの血を予め結構飲んで来ている。然うじゃないと二柱限なのは恐ろしかった。
其の甲斐あってか、其の衝動は一度も無かった。ロードも何も思わなかった筈だ。
まぁ時々、怯えさせてしまった様な気はしたが、其は未だ自分の力の制御が出来ていないからだろう。
悲しいかな、案外此方は難しい。食人衝動を抑えようと理性を高めると、今度は存在感が増してしまう。丁度の塩梅を探して行かないとな。
然うやって此方は調整している身なのだから、其の努力を然う見られてしまうのは少し悲しい物がある。
―然うじゃない。其の毒は喰らう以外に使い道がある事を、御前は良く知っているだろう。―
「・・・・・。」
噫勿論知っている。此の毒の効果も、意味も。
常にガルダが示してくれている様に。其の力の悍しさをまざまざと見せ付けられている。
疑似的信仰に因る服従、そんな相手の意志を踏み躙る様な力だ。
「まさかそんな事を仲間にするなんて、随分丗闇からの信頼が無くなってないか?」
―・・・別に、此処迄の御前を通しての我の判断だ。ある種の信頼か、御前の日頃の行いの結果だな。―
「そんな形の信頼は別に欲しくなかったんだが。」
自分ならやり兼ねないと言う事か。其は随分な評価である。
別にロードを服従させる意味なんて無いだろう。一体彼女に何をさせる気なんだ。
彼の怪力を使うのか?其なら普通に頼んだ方が余っ程建設的だ。頼みを断る様な彼女じゃないだろう。
―御前の求める情報を大神の巫なら持っている可能性はある。―
「情報、噫成程。自白剤としてか。丗闇も中々えげつない事を考えるじゃないか。」
―・・・誰の所為だと思っている。―
「まぁ使える物は全部使うのが私の主義だからな。」
其の考えが丗闇にもすっかり浸透してしまった様だ。
此は完全に悪影響だな。其は悪いと思っているけれども。
「仮に私がそんな理由で毒を使っていたとしたら、丗闇は如何するんだ?」
態々尋ねて来たんだ。本来なら斯うして問う必要もなかったと思うが。
―・・・いや、別に如何とも思わないし、何もしない。―
「如何とも思わないって事はないんじゃないか?」
其なら少なくとも聞く必要が無いだろう。
気になったから、何か引っかかったから、自分に確認をしたかったんじゃないか?
其こそ丗闇は無駄をとことん嫌う質なんだし。
―・・・・・。―
別に嫌な事は聞いていないと思ったが、すっかり黙られてしまった。
今の間にと、さっさとカップ等を片付けて置く。
苛めるつもりはなかったのに、中々返事が無いな。ずっと考え事をしている気配はあるが。
此処は彼女にも御茶を振舞った方が良いかも知れない。仕舞った許りだが、又淹れて置くか。
「丗闇、もう此処迄付き合って来た仲だし、今更何か言った所で私は怒ったりはしないぞ?」
多分丗闇はそんな気は遣わないと思うが、一応確認だ。
彼女が言うのは大抵助言だ。余計な事は言わない。
だから答えをじっくり悩む事もあるだろうけれど、其にしても余りにも沈黙が長いと此方だって身構えてしまう。
気軽に聞いたのだからもっと気楽に答えて欲しいのに。
―然うではない。然うではないが・・・何故、我はそんな事を問うたか、考えていた。―
漸く口を開いたかと思ったら、意外な答えが返って来た。
「何故って、気になったからだろう?私も其を今聞いたんじゃないか。」
待っている間に御茶も出来たので持って行くか。
丗闇は随分考えに没頭しているみたいだ。此の茶が自分のだと気付いたら要らないと直ぐ答えたろうに。
ま、もう淹れてしまったので、此はちゃんと飲んで貰おう。
―・・・確かに、御前が如何であろうと我は関係ない。無意味な問いだったか。―
「ククッ、丗闇疲れてるなら丗闇も茶でも飲んでリラックスしたら良いじゃないか。」
―我はそんな物・・・っ、御前、何時の間にっ!―
つい喉の奥でくつくつと笑ってしまう。
本当に気付いていなかった様だ。此は中々良い声が聞けたな。
丗闇が斯うも惚けるなんて珍しい。其こそ本当に休んだ方が良いと思うぞ。
結局は意地悪をした形になってしまっただろうか。でも此は完全に善意に因る行為なので、其処で臍を曲げないで貰いたい。
つい、笑ってしまうのも御愛敬と言う物だろう。
―っお、御前は本当に。―
「ほらほら丗闇、折角淹れたんだから冷めてしまう前に飲むぞ。」
自室に引き上げ乍らも、セレは終始喉の奥から込み上げる笑いを必死に堪えるのだった。
・・・・・
「・・・ふぅ、大分歩いて来たけど、大丈夫レニー祖母ちゃん。」
ドレミが緩りと隣を歩く老人に声を掛けると、大仰に彼女は頷いた。
「えぇ大丈夫よ。皆楽しい話をしてくれるからねぇ。こんな楽しく墓参りへ来るなんて初めてよ。」
実際レニーの足取りはそこそこ軽く、躓いたりする様子もない。
寧ろ、先程の戦いの疲れもあってか、ドレミ達の方が少し疲れている節もある。
ちらとドレミは離れて行く街を見遣った。
今では結構騒がれていて、時折幽風に乗って此方に迄其の音が流れて来る。
事態の収拾に追われているんだろうけれども、如何しても然う考えると気持が塞いでしまう。
一応、セレから連絡は入ったので、ロードが無事だと分かったのは良い事だけど。
でも矢っ張り彼の場でロードは一度死んでしまったんだと分かると、遣る瀬無い気持になる。
あんな恐ろしい奴等をみすみす逃してしまった。こんな調子で大丈夫なのだろうかと。
・・・駄目、こんな冥い顔してちゃ、今自分に出来る事をしなきゃ。
先の一件を除けば、此の次元は本当に綺麗で穏やかなのだ。今歩いている峠も散歩したくなる位素敵で。
ギャップの激しさについ溜息が出そうな程、此の様子が続けば良いけれども。
少しずつ気持を落ち着かせ乍ら、今一度ドレミはぐるりと周りを見渡した。
足元を彩るは色取り取りの野華達、何処か懐かしさを覚える物もあるが、前世の華と似ているのかも知れない。
薫風も穏やかで、何処か甘い薫も乗っている様だ。確かにこんな所なら墓参りと言っても楽しいかも知れない。
其にしても・・・、
つい視線を動かしていると目の前で振られる大きな鞄が目に入る。
其はレニーの持っていた例の革の鞄だが、Z1-Θが頭に乗せる形で持ってくれている。
少し左右へ揺られているのでうっかり落とさないか心配になってしまうが、しっかりと何本もの手で持っているので少々の事では大丈夫だろう。
此処迄来ると猶の事、あんな荷物要るのかなと思ってしまう。
一応、一寸持ってみたんだけれど本当に重かった。其こそロードじゃないとあんな軽々持てない位の。
あんなのが墓参りに必要になるなんて、レニーは何をするつもりなんだろう。
・・・あられもない事を色々想像してしまい、頭がこんがらがってしまう。う、うーん。
自分の所は特に何かするとかも無かったし、基本は風葬だったしね。
でも所に因っては詠ったり、華を供えたりはする。でも此処は其以上に壮大な何かをするのかな。
「・・・あ、然うだったわ。悪いけれど此処等で華を摘んで良いかしら。手ぶらなのは良くないわ。」
「あ、然うやね。先買えなかったし、其位なら。」
「手ぶら・・・。」
ついドレミはまじまじと鞄を見てしまうが・・・まぁ良いだろう。
例え買った華じゃなくても屹度気持が大事だと思うし、良いんじゃないかな。
「うん、せめて綺麗なの持って行きたいね。近くにあるかな。」
少し道を外れて歩いてみる。何か目ぼしい物は、
「華やったら・・・その、彼方のとか如何なん?」
グリスが指差した先には何輪か紫の華が咲いていた。
確かに少し背が高く、桔梗みたいに大きく花弁が分かれた其の華は少し目立って見える。
彼女が何を指したのかも直ぐ分かった。綺麗だし、良いかも知れない。
「噫然うねぇ、彼の人は紫が好きだったから丁度良いかも知れないわ。」
レニーは顔を綻ばせると早速其の華の元へ向かう。
「ア、レニー待ってよぅ。」
「ジー君は其持ってるから余り動かない方が良いよ。大丈夫、一寸華摘む丈だからね。」
「華?華が要るの?」
少しふら付く様に揺れたZ1-Θは慌てた様に荷物を持ち直した。
「御墓参りだから、あった方が良いんだよ屹度。」
「フーン?御墓良く知らないから一寸楽しみ。」
「た、楽しい所やないけどね。」
つい苦笑を漏らしてしまう。何とも純粋な感覚だ。
「って、レニー祖母ちゃん如何?」
「フフ、華を摘む丈なんだから心配要りませんよ。」
ほほと笑って彼女は道を外れて行く。目の前で華が薫風に揺れていた。
「何輪か貰って行こうかねぇ。」
「え、あっ!ま、待ってレニー祖母ちゃん!」
何となく其の薫風が強くなっている気がして慌ててドレミは駆け出した。
そして時同じくしてよりはっきりと薫風は形を持つ。
此は・・・何か、何かが此方へ来るっ、
「・・・ア、ネ、ネェBDE‐01。」
―ハイ、やりマスヨ。―
其の一言で、Z1-Θは鞄を下ろすと、曦の手を回転させ始めた。
まるで傘か華の様に其は回り続けた。其は徐々にスピードを上げ、直ぐ様目で追えなくなる。
「え、ふぁ⁉ジ、Z1-Θ?」
其のZ1-Θの変化は余りに一瞬の出来事だった。グリスが幽風を感じて振り返ったら、もう彼女が知る彼の姿では無かったのだ。
其の儘彼の放つ凱風は力を増して行き、次第に隣に立っていた丈のグリスの足元すら覚束なくなる。
そして其の強風の先には、
「フォルルムッ!」
甲高い嘶きが響き渡る。
咄嗟に跳び出したドレミがレニーを庇う様に、覆い被さって蹲る。
けれども背を撫でるのは凱風丈だ。其処で彼女は恐る恐る顔を上げた。
すると目の前には大きな影が凱風を纏って駆け回っていたのだ。
其は馬に似た姿をしており、全身滑らかな薄蒼翠の金属に似た体皮をしていた。
其の躯にまるで刺青の様に皓っぽい甲が生え、曦を受けて輝きを変えて行く。
だが其の馬は四足を折り曲げて駆けるのではなく、足は伸ばされた儘だった。
其の足先からまるでジェット噴射の様に凱風が放たれ、其に因って宙を駆ける様に浮いていたのだ。
其の馬に似た、けれども初めて見た不思議な生物は群を成している様で、目の前で嘶いた一頭の後ろに五頭程付いていた。
皆頭を振り乱し、苛立たし気に鳴いているが、彼等は一体、
「・・・っドレミ!龍や!えと、エ、エンロート・・・ゆうん?」
逸早く気付いたグリスがスカウターを掛けて馬達を見遣る。
間違いない、彼等は龍族だ。こんな形で出会すなんて。
如何やらレニーと衝突しそうだった一頭は、Z1-Θの突風を諸に喰らい、大きく逸れた様だ。彼の様に浮いて移動しているので凱風の影響を受け易いのだろう。
「有難う二柱共!レニー祖母ちゃん。立てる?一寸下がろう。」
ドレミに手を引かれ、何とかレニーは起き上がった。
彼女に突き飛ばされる形になってしまったが、大事は無い様だ。
「え、えぇ大丈夫よ。・・・まぁ!此は一体何なの。」
「フブォルル・・・ッ!」
驚き固まってしまうレニーに向け、エンロートは嘶いたが、其処で大きく上体が傾いた。
如何やらZ1-Θの凱風が効いている様だ。突風の壁を前に進めないんだろう。
今の内にと少し強引にドレミは彼女の手を取って下がった。
「あ、危なかったぁ~。・・・でもグリちゃん、其の龍ってどんな子なの?」
立ち去ってくれるかと思いきや、エンロート達は此方を見ている様で苛立たし気に走り回っている。何か怒らせてしまっただろうか・・・。
縄張にでも入ってしまったのかも知れない。其なら早く離れた方が良いけれど。
「うん、其が気性が荒い龍みたいで、其でも一方的に襲って来る感じじゃなさそうやけど。」
飛と谺属性の彼等は小規模な群で行動しているらしい。そして色んな所を駆け回り、旅をする様に暮らしているそうだ。
統率が取れていて、リーダーの個体の行動を良く真似するらしい。其の結果、感情もシンクロしているかの様に動く姿も屡々見られる。
・・・此を見ている限りだと、こんな怒って暴れてしまう風には見えないけれど。
スカウター越しに彼等と目が合い、グリスは小さく息を呑んだ。
明らかに敵意を持った目だ。此処から逃すまいと語っている様で。
特にレニーとぶつかりそうになったエンロートは群の中でも一回り大きい風に見えた。若しかしたら彼がリーダーなのかも知れない。
彼等の進行方向に邪魔が入ったから怒ったとか・・・?でも退いたのだから赦して欲しい所だけど。
何とかレニーを道の所迄連れ帰り、ドレミも警戒する様に彼等を見た。
そんな膠着状態の中、ゆるゆるとZ1-Θは回転を止めて大人しくなる。
ちらと一同を見遣り、様子を見る事にした様だ。
―此がZ1-Θの扇風機形態の実力デス!もう役立たずとは言わせまセン。―
「う、うん確かに凄かったわ。あんな凱風喰らったら一溜まりもないわ・・・。」
扇風機だなんてとんでもない。まるで龍巻の様な突風だったのだから。
正直彼を扇風機と称して出された方が恐い。自分なら吹き飛ばされてしまっていただろう。
「大人しく通してくれるって感じじゃないのかな・・・。」
「フォブル!」
慎重にドレミが足を出すと、其丈でエンロートは嘶き、首を振る。
すっかり目を付けられてしまった様だ。
「ネェネェ、何で暴れてるの?」
Z1-Θが器用にも頭に疑問符の形を水で形成する。
―今俺様が苛付いているからだ!―
鋭いテレパシーが届いて来た。如何やら其は先頭に居たリーダーらしきエンロートの物みたいだ。
「苛付いてるって、ドレミ達何もしてないよ。」
―俺様の前に立った。其丈で十分だ!―
「な、何其ー‼」
つい然う返さずにはいられない。其はつまり八つ当たりである。
あんな見えない位激しくぶつかって来たら、下手したら其丈でレニーは死んでいたかも知れないのだ。
気性が荒いのにも限度がある、危険だったのは龍だったのか。
―煩い!さぁどけどけっ!―
鼻息荒くエンロートは嘶くと、今度はしっかりドレミ達に向け突進を繰り出した。
冗談じゃない、やっと何とかコロシ達を退けたって言うのに。こんな八つ当たりで終わるなんて。
ドレミの瞳の奥で再び雷が轟いていた。先程の不完全燃焼に燻っていた雷雲は未だ晴れていなかったのだ。
絶対に、絶対にレニーを護らないと。其の為だったら、
「劈いて雷陣裂!」
ドレミの詠唱は旻へと響き、彼女とエンロートを隔てる様に激しく一本の雷が落ちた。
地を震わす程の衝撃と音、曦に皆面食らってしまう。
直撃は避けたとは言え、目の前で雷を落とされたエンロートは高く前足を上げて嘶いた。
―やりやがったな!見てろ、此方だって、―
「先にやって来たのは其方でしょ!」
「ド、ドレミすんごいピリピリしとるね・・・。」
彼女自身が雷を纏っているかの様に空気も震えている気がする。
触れる丈で静電気が走りそうで余計に近付けない。
出来れば又レニー丈でも連れて行きたいけれど、今動けばエンロートの標的になるだろう。迂闊に動かず、此処で護った方が良さそうだ。
取り敢えず動きさえ封じてしまえば、暴れる事も出来ない筈。
―絡み付け、鞭紫草。―
念じるとエンロート達の足元から棘の生えた蔓が何本も生えて来た。
そしてまるで意思でもあるかの様に蔓は伸び、彼等の足に絡まって行く。
然うして棘の部分を交差する様に絡めてしっかりと足に巻き付いた。
此なら突起の無い彼の滑らかな金属の様な足でも動きを止められる筈。
―う、うわ何だ此!―
―動けない・・・ぐぐ、―
後ろで控えていたエンロート達も俄に騒がしくなる。皆何とか蔓から抜け出そうと必死に躯を動かしていた。
今のドレミであれば、動けない彼等にも容赦なく雷を降らせそうで、慎重にグリスは彼女の様子を窺う。
彼女自身も先の一撃で少し落ち着きはしたらしい。頬を叩いて小さく頷いた。
―此の程度で怯んでんじゃない!俺様は行くぞ!―
リーダーのエンロートの足元から出ていた凱風が激しくなり、斬り裂く様に蔓を断ち斬って行く。
然うして自由になるとエンロートは滑る様に宙を駆けて飛び掛かって来た。
「もう、本当野蛮なんだから。」
ドレミの声に併せて雷が降って来る。
帯電した空気に彼女の髪は僅かに逆立った。
「駆け回れ散雷来!」
そんなに走り回りたいなら付き合ってあげるっ!
ドレミの足元から紫電が迸り、雷の馬が姿を現す。
正に其は雷に命が宿った瞬間だった。
雷が束になり、弾け乍ら散る紫電が四足の形を成す。
嘶きの代わりに雷鳴を轟かせ、爆ぜる曦が渦を巻く。
雷を纏うのではなく、雷其の物が駆けるのだ。
流石に正面から雷とやり合うつもりはないのだろう。エンロートは急ブレーキを掛け、方向転換をする。
其の直ぐ後を雷の馬が追う。駆ける後に焦げた足跡が残るのだ。
エンロートは何とか撒こうと左右へ大きくステップを踏み、ジグザグに走り出した。
だが其の程度の小手先では振り払えない。雷の馬は道を間違えた所で一瞬途切れたと思えば又生まれるのだ。
爆ぜた先から集まり、何事もなく走り出す。然うしてエンロートを追い詰めて行く。
あんなのは高等魔術だ。まるで生きているかの様に雷が動いている。
たった一つの詠唱で動き続けるなんて・・・。
対象を捕捉し、形無き雷を保ち乍ら、でも威力も衰える事が無い。
あんなの・・・そんな簡単に放てる様な代物じゃない。
兼ねてからドレミの術の高さ、其の片鱗を目にする事があったが、近くで感じると良く分かる。
こんな術を事も無げに出せるなんて・・・一応、ドレミは自分の子孫と言うか、同種とは聞いたけれども、其でも、
すっかりグリスが目を奪われている間にも、雷の馬はどんどんエンロートに接近した。
恐らく幾らか小さな電気が彼の背を駆けている事だろう。其の為かエンロートは時々跳ねる様に移動していたのだ。
彼の仲間達も次々蔓を脱出して行っている様だが、一体如何彼を助ければ良いのかが分からず、おろおろと見ている事しか出来ない。
然うしている間に遂に雷の馬はエンロートに追い付き、先回りした。
彼が駆けた後に残るのは焼け焦げた草原だ。其の跡が否応無しに告げる。
追い詰めたと、もう数瞬すれば同じ跡が己が身に刻まれると。
其を察したエンロートは終に足を止めた。
そんな彼を取り囲む様に雷の馬はグルグルと駆け回る。もう退路なんて無いだろう。
―う・・・っぐ、俺様より速いなんてやるな。―
「もう、分かった?若し又暴れたら此、ぶつけちゃうからね!」
ドレミに凄まれエンロートは頭を低くして上目遣いに彼女を見遣った。
―わ、分かった。分かったから。・・・悪かったって。―
「す、凄いドレミ、圧倒しちゃったね。」
「ウン、ドレミ勁かった!凄い!」
「そ、そんな事。」
不意に我に返ったドレミは照れ笑いか頭を掻いていた。
先迄の剣幕は何処へやら、只未だ余波が残っているみたいで彼女の周りを時折ピシリと雷が走る。
「いえ、本当に凄かったわ。又助けられちゃったわね、有難う。」
後ろでじっと事の成り行きを見護っていたレニーは感心した様に何度も頷いた。
「其にしても何でそんなに怒っていたの?」
雷が霧散してもエンロート達は大人しくしていた。そんな彼等に向け、Z1-Θは又水で疑問符を作る。
ずっと気にはなっていたらしい。一応大人しくはさせられたけれども。
―・・・そ、其は、―
何か言い難そうにエンロートは頭を上げ下げする。何やら事情がありそうだが・・・。
―そ、其が・・・ボスの角が、―
―お、おい言うんじゃねぇ!―
後ろに控えていた仲間達が口を滑らすと直ぐ様静止の嘶きが響く。
「角?今角って言ったの・・・?」
ドレミの声についびくりとエンロートは背を伸ばす。・・・すっかり恐がられてしまった様である。
一応怪我はさせなかったんだけれども・・・仕方ないな。
其にしても角って・・・、
固まってしまったのでじっくりとドレミはエンロートを観察した。
角が一体何処の事なのか分かり難いけれども若しかして、
「ね、ねぇドレミ、彼の事やない?ほら頭の横の、」
グリスが指差したのはエンロートの頭の側面に付いている皓っぽい甲だった。
確かに言われて良く見ると、左の方が可也短い。大きく欠けてしまっている様だ。
―・・・ぐう、噫然うだよ。俺様の自慢の角が、岩にぶつかった時に折れちまってよ・・・。―
「気性が荒いんは何時もなんやね。」
そんな事、と言いそうになったが、エンロートは随分其がショックらしく、項垂れてしまった。
他の仲間達も同様だ。項垂れて静かになってしまう。
成程、此の結果が先の暴走なのだろう。正に八つ当たりだった訳だ。
岩に当たったなんて自業自得な気がするけど、余の落差に一寸可哀相に思えてしまう。
然うは言っても此許りは如何仕様もないけれど・・・。
「あら・・・角が折れて、怒ってたのかしら。」
レニーの声に小さく彼は頷いた。懐い出したのが余っ程堪えた様だ。
屹度彼の目線から其の自慢の角は見えなさそうだが、其でも分かる物なのかも知れない。
「其なら・・・ねぇ、其の折れた部分は持ってるのかしら。」
―そりゃあ一応持ってるけど。―
「一寸見せて貰っても良いかしら。」
レニーの言葉に首を傾げつつも、エンロートは自身の背中へ首を巡らせた。
如何やら背中の甲に引っ掻けてあったみたいだ。ひょいと持ち上げられたのは一本の皓い枝の様な角だった。
其を銜えて怖ず怖ずとエンロートは前へ出す。
「触っても大丈夫かしら。」
「レニー祖母ちゃん、気を付けてね!」
先の事があるから如何しても慎重になる。
ドレミが駆け寄ると、何度もレニーは頷いた。
「えぇ大丈夫よ。あら、結構軽いのね。」
角を手に取り、レニーは真直ぐ縦にしてみた。
見た所、綺麗に折れたらしい角は、ぴったりと其の断面へ重なりそうだ。
「如何かしら。接着剤なら持ってるけど、其で付かないかしら。」
「接着剤って、確か彼の何でもくっ付く奴?」
何となく何処かの次元で見た気がする。でも彼、手とかに付くと大変って聞いたけど。
「然うよ。其を此処に塗ったらくっ付かないかしら。」
「えっと、其って躯とかに使っても大丈夫なのかな・・・?」
角だから、手とか足とかとは違うだろうけど。角って又生えたりしそうだし、一寸心配になる。
「フォルルルッ!」
其迄とは違う甲高い嘶きをエンロートは上げた。興奮しているのか鼻息が荒くなる。
―本当か⁉くっ付くのか⁉頼む、是非、是非やってくれ!―
もうエンロートは大喜びだ。早く治して欲しいのか前屈みの体勢を取る。
「え、えっと・・・大丈夫、なのかな。」
「うーん、後で一応リュウさんに見て貰うって事で頼んでもええんやないかな。」
すっかり彼も乗る気になっているので、今止めるのも可哀相だ。此処はレニーさんに任せてみよう。
「一寸待って頂戴ね。確か鞄の中に、」
「ハイ御祖母ちゃん、此だよね!」
直ぐ様Z1-Θが鞄を持ち上げ、そっと彼女の傍に持って行く。
「噫有難うねぇ、さてと。」
早速金色の鍵をレニーは開け始めた。ボタン式になっているみたいで、小気味良い音を立てて何個もあった鍵が開いて行く。
そして全部の鍵が開いた途端、弾ける様に勢い良く鞄は開かれた。
「っわわっ!大きな鞄だったのに、こんな入ってたの・・・?」
随分大きな鞄だったのに、其でも何とか閉まるか如何かの大荷物だった様だ。鞄の中は所狭しと様々な物が隙間なく詰められていた。
余見ちゃあ悪いだろうけれども、ついつい気になってしまう。一体自分達は何を運んでいたのか、やっと其の正体が分かったのだ。
其にしても一見では分からない程雑多で、兎に角沢山入っている。
彼は本だろうか、其と何か葉の入った瓶、大きな布にルーペ、小箱、兎に角色々だ。
・・・けれども此、矢っ張り墓参りに必要なのだろうか。
改めて中身を見て疑問を持ってしまう。
いやだって接着剤って、矢っ張り要らないよね?
レニーさんは一体御墓で何をするつもりなんだろう。一寸恐くなって来た。
だって此の荷物、まるで引越だ。此丈あったら各地を転々とし乍らやって行け然うである。
斯う言う時、自分達が使う様な時空の穴があれば便利なんだろうけれど。
「・・・有ったわ。其じゃあ早速付けようかねぇ。」
一本のチューブをレニーは取り出した。如何やら其が接着剤らしい。
レニーは其を開け、透明な液を角の先に付けて行く。
そして角をそっと元の位置へくっ付く様合わせて行く。
皆何処か見護る様に黙って見詰めていた。
「後は念の為添え木を付けて、此を巻いたら良いわね。」
傍の枝を拾うと、鞄から取り出した絳いスカーフを枝毎角を巻いてしっかりと縛った。
然うしてそろそろとレニーが手を離すと、角はしっかり付いた様で動かなかった。
其の様子を見て、控えていたエンロート達はちらちらと互いの顔を見遣り、何度も目を瞬く。
―ボ、ボス角・・・付いてますぜ。―
―本当だ。治った、然も何か御洒落・・・。―
―本当か!本当に治ったのか⁉―
「えぇ、如何かしら。」
レニーは次に鞄から手鏡を取り出すと、彼に向けた。
恐る恐るエンロートは鏡に近付き、繁々と己が角を見詰める。
―す・・・すげぇ!治ってる!本当に治ったんだ!―
―やりましたねボス!―
「フォルル!フォルッ!」
各々喜びの嘶きを上げ、軽く辺りを駆け回る。治ったのが余っ程嬉しいらしく、何とも上機嫌だ。
―有難う!有難うな、恩に着るぜ。まさかこんな魔法みたいに治してくれるなんて感激だ!―
「フフ、そんなに喜んで貰えたなら良かったわ。」
「その、一応彼方に戻ったらリュウ君に見て貰ってね。」
こそっとドレミが耳打ちすると、エンロートは何度か頷いた。
―なぁ何か出来る事があったらさせてくれよ。詫びも兼ねてさ!―
「そんな事、私は只華を摘みに来た丈だからねぇ。」
「然うだよねレニー祖母・・・あ!然う言えば華はっ、」
すっかり戦いに集中してしまって忘れていたけれども。
慌ててドレミが辺りを見遣ると、もう其処は凱風や雷に荒らされてすっかり荒野になってしまっていた。
踏まれて潰れてしまった華が何とも淋しそうで、悲しい気持になってしまう。
完全に忘れてしまっていた、雷を落としたりと酷い事しちゃったな・・・。
「まぁ華は他にも一杯あるしね。流石にうちの術で咲かすのは良くないやろうし。」
―然ウ?華一杯に出来るんでしょ?―
「出来るけど、何か魔術で創った華ゆうのは・・・。」
何となく心情的に供えたくない気がする。勿論駄目って訳じゃあないけれども。
―噫然う言う事だったのか。・・・じゃあ華!すっごい綺麗な華、取って来てやるよ。其で如何だ?―
「然うなの。じゃあ折角だし御願いしようかしら。」
一体彼等の美的センスで見た綺麗な華とは何か気になるが、此処は素直に御願いした方が良さそうだ。
其の方が彼等も変に気負わなくて済むだろう。レニーの言葉にエンロートは大仰に何度も頷いた。
―良し良し、じゃあ一寸待っててくれよ。よっし皆行くぞ!―
「フォルルム‼」
高く嘶くとエンロート達は一気に駆け出し、あっと言う間に見えなくなってしまった。
元はと言えば彼等の所為だけど・・・まぁ其処を責めるのは野暮だろう。
一体何処迄行ってしまったか分からないが、気長に待った方が良さそうだ。
「其じゃあ待っている間、荷物でも片付けようかねぇ。」
「あ、然うだね。レニー祖母ちゃん。其にしても何でも出て来るね。」
「えぇ、御恥ずかしい事にね。何も置いて行けなかったのよ。」
一体如何やって詰め込んだのか最早分からない位、荷物は鞄から溢れ出てしまっていた。
良く見ると写真立てや本が多い気がする。・・・う、うーん、本当に此は必要なのだろうか。
確かに、此が詰め終わる頃には彼等も戻って来るかも知れない。
「じゃあレニー祖母ちゃん、ドレミも手伝うよ。」
優しい薫風が只吹く野原で、一同は休憩も兼ねて荷物を掻き集めて行くのだった。
・・・・・
「噫、やっと見えて来たわね。」
嬉しそうにレニーの顔が綻び、声が弾む。其の手には立派な華束が握られていた。
彼から程なくしてエンロート達は沢山の華を背に乗せて戻って来たのだ。
余りにも積んで来た所為で、彼等の通った跡には華が落ち、可愛らしい道標として残っていた。
如何やら山中の華畠を回って来たみたいで、色取り取りの華が鮮やかに飾られていたのだ。
流石に全部は持って行けなかったので、其処から幾らか貰い、一同は皆華束を抱える形で峠を上っていたのだ。
御蔭で甘い薫が辺りに満ち、迚も華やかな気持になる。
エンロート達は満足そうに帰って行ったけれども、こんな沢山の華を持って来てくれるなんて、何程嬉しかったのか良く伝わって来た。
其の中でもZ1-Θは曦の手を何本も出して幾つもの華束を持っていたのですっかり華に包まれてしまっている。まるで色取り取りのゴム毬の様な躯になってしまった。
彼自身其の姿を気に入っているのか、何とも嬉しそうに回っている。
其でも荷物丈は落とさない様、しっかりと抱えていた。
一体彼に詰め込むのに何程苦労したか・・・まるで手品の様な収納術で彼の中に全て全て入れたのだ。
まるで彼の中に時空の穴でもあるんじゃないかと思う程だ。鍵を全て掛けるのも大変だった。
でも其の苦労は漸く、実を結ぶみたいだ。レニーの言う通り、少し先には確かに石碑の様な物が見えていた。
彼が例の御墓なのだろう。少し陽は傾き掛けていたが、何とか辿り着いたのだ。
「良かったねレニー祖母ちゃん、後もう一寸だよ。」
上るに連れて段々と其の景色は一変する。
幾つか建てられた墓であろう石碑が並んでいたのだ。此処が丸々墓地になるのだろう。
磨かれた石は陽を浴びてまるで迎える様に輝いている。
だが良く見ると其処に一つの人影がある事にドレミは気付いた。
若しかしたら他に墓参りに来た人だろうか、だったら邪魔にならない様にしないと。
然う思い掛けた所で向こうも此方に気付いたらしく振り返った。
「あ、御祖母ちゃんやっと来た!」
顔を綻ばせ、駆け寄って来たのは一人の青年だ。
レニーはにっこりと微笑んで手を振った。
「すっかり待たせちゃったねぇ。でも無事に着けて良かったわ。」
「心配したんだよ・・・。其にしても、貴方達は一体、」
青年は目を瞬かせて一同を見遣る。屹度同じ顔を自分達も浮かべていただろう。
「噫此の人達はね。私の為に此処迄付いて来てくれた親切な旅人さんよ。」
「然うだったんですか。御祖母ちゃんを連れて来てくれて、有難う御座います。」
然う言い青年は何度も頭を下げた。
「ううん、ドレミ達もとっても楽しかったから。」
「華も一杯持って来た!」
然う言ってぐいとZ1-Θは華を青年に差し出した。
見た事の無い謎の存在から声を掛けられて驚いたのだろう。青年は何歩か下がってしまう。
「あ、えっと・・・っと、まさか此の華全部⁉」
「フフ、此は途中で助けた馬がくれたのよ。ね、皆さん。」
「う、うん然うやけど・・・えっと、兄さんは、」
「噫然うだったわ。此の子は私の孫でねぇ。此処迄私を迎えに来てくれていたのよ。」
「迎えに?何処か行くの?」
「まさか御祖母ちゃん、此の人達に何も話してないのかい?」
「あら・・・然うだったかしら。」
首を傾げるレニーに、青年は小さく息を付いた。
「此は大変失礼を。実は御祖母ちゃん、僕の家に引っ越すんですよ。だから此処で待ち合わせして一緒に行こうと思ってたんですが。」
「然うなの。彼の人の御墓参りも兼ねてね。だから今日、如何しても行きたかったのよ。」
「然うだったんだ!其で此の荷物だったんだね!」
やっと合点が行った。其なら何とも分かり易い話だ。
一体どんな墓参りになるんだろうと思ったけれども、其なら問題なさそうだ。
ほっとついドレミ達は息を付いた。此で本やら写真を持って来ていた理由も納得だ。引越なら此位あって致し方ないだろう。
其の引越当日にあんな恐い目に遭うのは運が無かったけれど、此処迄連れて来れて本当良かった。
「じゃあ華、供えて行こっか。えっと、何の御墓なの?」
「此処よ。夫が此処に入っていてね・・・。」
レニーが一つの墓石に近付くと、もう其処には幾らかの華が活けてあった。
掃除もされているみたいだし、屹度彼が待っている間に済ませてくれたんだろう。
皆が華を次々供えて行くと、早くも置き場が無くなり、すっかり墓は華に包まれてしまった。
「一寸・・・供え過ぎちゃったかも。」
綺麗だけれども、此は後日の掃除が大変かも知れない。
「うわ、本当に凄い。華盛りですね。」
青年もつい苦笑を浮かべる。此の一角丈、圧倒される程の華なのだ。
「フフ、此丈あったら淋しくないでしょうし、十分よ。多過ぎるなんて事はないわ。綺麗で素敵じゃないの。」
「然うやね。凄く甘い薫もするし。」
「薫?匂するの?」
「あ、そっか。Z1-Θは鼻、無さそうやし、分からんかもね。」
「うーん、ねぇBDE‐01、僕も匂分かる様になりたい!」
―・・・検討シマス。―
「ヤッタ!御願いね。」
果たして検討して出来る様になるのかは不明だが、其処は黙っていよう。
不図薫風を感じて振り返ると、今迄通って来た道程が眼下一杯に広がっていた。
「わぁ・・・結構歩いて来たんやね。」
最初に出た街が、思ったよりずっと下に見える。陽に照らされた街はミニチュアみたいに綺麗で静かだった。
あんな悲劇が彼処で起こったとは迚も思えない。そんな穏やかな薫風が吹いていて。
はっきりと分かった。もう、此の次元で為可き事は終わったのだと。
もう危機感も何も感じない。此の景色が、其を教えてくれた。確信させてくれる。
「彼の人も、此処の景色が好きでねぇ、だから此処に建てたのよ。」
「然うなん。確かに良い所やね。」
つい見入ってしまう。本当に清々しい風景で。
「あ、若しかして其の荷物全部御祖母ちゃんの⁉・・・噫済みません本当、後は僕が持つので・・・っ重っ⁉」
Z1-Θから鞄を受け取るも、余りの重さに青年はふら付いてしまった。
大丈夫だろうか、と一寸心配になるも、気付いた青年は何事もないかの様に荷物を持ち直す。
「本当に皆さんには随分御世話になった様で、済みません。せめて何か御礼を。」
「あ、良いよ良いよ。ドレミ達も楽しかったからね。」
抑仕事で来た身だ。御礼を貰うのは一寸悪い気がしちゃう。
ロードの事もあるので一寸複雑な心地なのだ。
「然うやね。うち等も御暇した方が良いかも知れないね。」
流石に家迄行くのは野暮だろう。自分達は峠迄同行する話だったのだから。
「あら、もう行ってしまうのかい。御礼も何もしてないのに。」
「良いんだよ!僕も楽しかったから。」
「然うかい。じゃあ余引き留めるのも悪いわね。然う言えば、彼の御嬢さんとも合流するとか言ってたものねぇ。」
「然うなの。だから名残惜しいけれど、ドレミ達行くね。」
「皆さん本当に有難う御座いました。」
何とか荷物を持ち直すと、青年はにっこりと微笑んだ。
隣に並んだレニーも、同じ顔をして笑う。
陽に照らされ、華に囲まれた墓も何処か穏やかそうで。
彼等に見送られ乍らドレミ達は手を振り、歩みを進めるのだった。
・・・・・
静かに凪いだ野原に散るは華弁のみ
でも一陣の薫風が其を掬い上げた。其は微かな薫を運ぶだろう
もう彼の影は何処にも無いと伝える為に
薫風は包む、愛した華の欠片を抱いて何時迄も
屹度其は夕暉に照らされて又彼等に優しさを分けるから
はい!と言う事で粗初、パーティ死亡回ですね!(ウッキウキ)
実は前々から然う言う話は結構予定があったんですが、何だ彼だで入れられなかった苦しみ・・・。
リメイク前の方だと、割と皆さん死んでいました。セレばっかり死ぬのも彼ですからね、平等にしていた筈なのに。
気付けばセレしか死んでいませんでした。其処で如何やら需要が満たされていた模様です。
でも今回は詮無い事にやらせて貰いました。流石にヒトゴロシ相手は筋肉も形無しです・・・。
何気セレとロードの会話も書きたかったので、丁度良い機会だったかなと。(会話する為に殺したのか・・・。)
次回も、其の又次回もガンガン因縁渦巻くストーリーが続きますので御楽しみに!御蔭でモチベーション丈モリモリです!体力付けたら直ぐ書きたい!
其では又御縁がありましたら!




