65次元 銀の銃声が陰霖を貫く次元
今年最後にドーンと!今日は!
まさか間に合うとは、先月迄は全く予想していなかったので嬉しい誤算ですね。
こんなにサクサク書けると言う事は、然う、冥いストーリーなのです。
和気藹々としたのも楽しそうですけどね。今回はずっと書きたかったストーリーなので、十数年ぶりに敵ったな、と肩の荷が下りる心地です。
自分の思いとは裏腹、終始セレは不機嫌ですけどね・・・。最初が良かった丈に。
今回はずっと残っていた痼が一つ解消されます。うん、良い事ですね。
其がどんな形であれ、前進です!
何時か報われる日が来るだろうか、そっとほくそ笑み乍ら今回も始まります。
陰霖が降る、こんな芥溜めみたいな世界を洗い流そうと
噫、全部流されたら何が残るだろうか
化物は哦う、影も奪われ歌声丈が響いて行く
銃声に良く似た音よ
断末魔の叫びすら引き裂いた福音よ
どうか私に救いを賜ん
・・・・・
「・・・と、大体こんな物だな。如何だ丗闇、何か聞きたい事とかあったらどんどん受け付けるぞ。」
此処はセレの自室。無事丗曦との対談を終え、セレは丗闇の様子を見に来ていたのだ。
すると早くもフリューレンスは帰ってしまっていた。本当に只丗闇に話があったらしい。
戻った途端丗闇に喰い付かれたので質問攻めにあっていた次第である。
取り敢えず彼女は椅子に座って貰って、自分はベッドに腰掛けた。
ファフーにしがみ付きたいが・・・ぐっと堪える。丗闇への報告は気が抜けない。変な事をしてみろ、邪魔だとファフーが消し炭にされるかも知れない。
折角ガルダに茶を入れて貰っているので彼女にも渡している。
しれっと前貰ったクッキーも添えてはいるが・・・中々手を付けないな。
其よりも話を聞きたいと言った体が全身から滲み出ている。
こんなに興味を持ってくれていたなんてと嬉しい限りだ。
「・・・正直、上手く話が回り過ぎて気持悪い位だな。」
「別にガルダである事は変わりないし、敵って訳じゃあないんだから此位は当然だろう。まぁ実りある話になったのは確かだな。」
凄い眉間に皺が寄ってらっしゃる・・・無傷で戻ったのだからもっと喜んで欲しい。
「ま、一先ず此で丗闇に然う手は出さないだろうし、其が一番良かったかな。」
「其処が一番信じられんが・・・そんな直ぐ掌を返すなんて。」
「互いに今迄話せていなかったからな。丗曦もしっかり考えてくれたんだよ。抑辻褄が合わないからな。丗闇が死んだら私も死ぬし、其は嫌だってガルダは言うし。」
「でも結局記憶は戻っていないのだろう。其なのに然う判断出来るか。」
丗闇が言う事も良く分かる。確証なんて粗何もない。
謂わば口約束だ。其の気になれば幾らでも捻じ曲げられるし、抑の約束其の物が変容する事だって有り得る。
奴から情報を得られたかと言えば怪しい。やったのは擦り合わせなのだから。
「然うだな。だから結局は・・・私の勘に頼ったよ。」
「勘で命を預けるな若輩者が。」
「ククッ、然うだけれども私だってそれなりに確認はしたぞ?自分の目には其処其処自信があるんだから。」
「前裏切られた許りの癖に良くそんな大口叩けるな。」
痛い所を突かれた。油断していたのは事実なので何も言い返せない。
「だから反省して真摯に対応したよ。あんなに挑発したのに結局彼奴は私に手を上げなかった。其処で確信を得たよ。」
思い切り溜息を付かれてしまった。此の事に気を揉む辺りが丗闇だな。
「若し危なかったらちゃんと丗闇を呼ぶからそんな心配しなくて大丈夫だよ。」
「誰が御前の事等。抑厄介の種を育てるなと言っているのだ。其の処理を我に委ねるのも解せん。」
半目になって睨まれてしまった。不味い、此以上言うと説教コースだ。少し大人しくしよう。
「兎に角彼奴には現状を理解して貰ったんだ。だからもう闇雲に争う事もないだろうし、何なら協力出来るかも知れないな。」
「・・・我はあんな得体の知れない者等、協力する事はない。」
相変わらずだ。まぁ其は直ぐには無理だろうな。信用を得るには時間が必要だ。
自分だって気になる点は幾つかあったんだ。
特に彼を聞いた時の反応は・・・意外だったから。
其も追い追い確かめないと自分だって安心は出来ない。
「活路は見出せそうだけどな。矢っ張り未来の情報は欲しいし、何かの拍子に懐い出してくれるかもだし。」
「・・・・・。」
すっかり黙られてしまった。随分と彼女も悩んでくれている様だ。
結局一番知りたかった丗闇を殺したい具体的理由は不明だからな。其が如何しても引っ掛かるとは思う。
そんな奴と慣れ合うなんて、無理だろうな。自分が丗闇の立場でも其の警戒は正しいと思う。
然う思う分、今回みたいに自分は躯を張ってしまうだろうけど、此の方法が無理にでも前進させるのに手っ取り早いしな。
「勿論、直ぐに彼に出て貰って彼是する気もないし、必要があったらで考えてくれたら良いよ。・・・もうあんな事は起こさせる訳には行かないからな。」
「・・・御前に其の覚悟がある丈ましか。」
一つ息を付いて丗闇は茶を口にした。
自分もちょくちょく飲んでいたが、誘われただろうか。波紋でちらと丈見てそっと逸らす。
其の儘菓子にも手を付けるだろうか。殊更彼女は物を食べたがらないからな。嫌いと言う訳じゃないと思うけれども。
「で、今度は丗闇だ。フリューレンスと話し合うなんて如何だったんだ?私は良く不完全燃焼で終わったからな。」
向こうが怒らせて来ると言うか、心を見ようとするのが如何してもな・・・。だから丗闇が二柱限で普通に話せたのは凄いんじゃないかと思ってしまう。
まぁ其処が闇の神たると言う可きか。
「別に、大した話じゃない。」
軽くあしらわれてしまった。此方がこんなに喋ったのに余だ。
でも彼女の目が泳いでいる事は見逃さなかった。
・・・絶対何かあったな。普段の彼女ならそんな目はしない。
黙って自分も茶を啜る。・・・未だ一寸熱い、うーん。
然うしていると沈黙に耐え兼ねたか又彼女は溜息を付いた。
「奴の知っている我の事を聞いた位だ。我はクリエーターが創った最後の闇だと言っていた。」
「ん、然うなのか。其は私も興味があるぞ。」
丗闇の話なんて殆ど聞いた事がない。古い闇の神って事位だ。
其しか彼女が持っていないと語るのもあるけれども。
「クリエーターが創った闇って如何言う事だ?前ガルダから聞いた昔話と言うか、神話の奴か?」
随分前だけれども、此処の成立ち序でにガルダが教えてくれた奴だ。
確か・・・均衡が崩れたから最後に闇を創って自死、したんだったか。
若し其の闇が丗闇と言うのなら、彼女は丗の安定の為に存在する事になる。
大神みたいに多くの力を受け継いだ神の一柱となるが・・・。
おや、背筋が冷たくなって来たな。別に丗闇が結構偉い神と聞いたからって何も怯える事はないだろうに。
ん、怯えてる?そんなまさか、自分と彼女は仲良しだし、無礼なんて些とも、
・・・・・。
「然うだ。考えたら其の通りなのだが、我はクリエーターが生み出した闇の化身だ。」
う、うわーっ!
途轍もなく偉い神だった。
ま、だからって何も気を遣わなくて良いな、うん。
「・・・何でそんなに目を逸らしている。」
「い、いや、偉い神で凄いなーって思った丈だよ。そんな神と話せて光栄だな。」
波紋なのに逸らしたのがばれた。流石丗闇だ。
「然う思うならもっと精進するな、今後は。」
「う、は、はい頑張りますっ!」
脅迫されてしまった・・・。
まぁ今迄でもノロノロの反応とか見ている限り其の兆候はあったからな。
然う思うとそんな凄い神の丗闇を封じたのは誰かが矢っ張り引っ掛かるけれども。
「でも丗闇、其の言い振りだと丗闇は・・・知らなかったのか?」
「難しい所だ。知らなかったと言うよりは意識をしていなかったな。我は闇の神、其丈で事足りたからな。」
「ふーん、今更だけれども、私みたいに今迄誰かと話したりとか次元に行ったりとか、然う言った事はしなかったのか?」
丗闇がそんな偉い神なら例えば進言、助言とか、何処かの次元に奉られたりして接点を持ちそうなのにな。
其の時に只闇の神と名乗るのは何だか、シンプルな気もする。
何となくそんな大きな神なら色々伝承とか尾鰭が付きそうじゃないか。自分みたいな新神でも色んな宗教が出来ているし・・・。
「・・・無かった筈だ。只丗を見ていた記憶しか。」
視線を下ろすが、何だか歯切れ悪く感じた。
彼女らしくない。自分の事なのに確証が持てない様な。
「然うか?こんな気さくに話したり出来るのに。」
「其は御前が然う言う態度で居るからだ。」
「嫌なら今からでも改めようか。敬語は苦手なんだが。」
自分は学がないからな。ロードや昼の飃の方が丁寧でしっかりしているだろう。
「御前が敬語だと?気色悪い、却下だ。」
「じゃあ今迄通りだな。」
途端睨まれたが仕方ないだろう、うん。丗闇が嫌だって言うならな。
「其に御前は勘違いしているみたいだが、否我も・・・然う、思うのだが、昔の我と今の我は大分違うらしい。」
「ん、違うと言うのは具体的に如何なんだ?」
フリューレンスから聞いただろうか、彼の龍は可也古い龍だ。
彼の目を借りられるのは強いと思う。心の龍だしな。
「昔は、本当に只見ている丈で心なんて無い風に彼の龍は言っていたな。我も、然うだった記憶がある。」
「今みたいに話したりもなかったのか?」
「・・・噫、恐らく感情も持ち合わせていなかった気はするな。」
「心が無いか・・・今じゃあ考えられないな。」
又もや睨まれたが、一応真面目な話なので然う怒らないで欲しい。
曖昧な儘じゃあ嫌だろう。丗闇自身気になっている風だし。
「直ぐ怒るし照れ屋だし説教はするし心配性だし照れ屋だし褒めに弱いし頼まれたら断らないし照れ屋だし世話焼きだし・・・、」
「分かった。今直ぐ御前を殺そう。」
「丗曦、頼む助けてくれっ!」
「馬鹿やってないで真面目にしろ。」
うっかり心が死にそうな程冥い漆黔の瞳で睨まれた。如何やら巫山戯過ぎたらしい。
まぁ実際こんな事でドンパチが起きても不味いので大人しくしよう。つい丗闇は楽しいから燥いでしまうんだ。
「真面目だって丗闇、つまりは今の丗闇は何処から如何見てもハートレスじゃないって言いたかったんだよ。」
「然う言いたいなら先の下手な説明はするな、阿呆が。」
良く見ると顔が真っ赤になってらっしゃる。彼の一瞬で良くこんな赤くなれる物だ。
でも絶対笑うなよ、笑えば密室怪死事件の始まりだ。
「じゃあ何だ。丗闇がこんな話してくれたりする様になってくれたのは最近って事か?」
「・・・然うだ。正確には御前に封じられてからか。」
終始睨まれてはいるが、こんなの可愛い物だ。兎に角彼女が元気で無事だって分かればな。
丗闇も丗闇でしっかり答えてくれているし、彼女も気になっているのは事実なのだろう。
「其迄は世界を見ていたと・・・何だか難しいな。だって丗闇、勿論丗闇は私の前世の時は別々だっただろう?其が私が神に成って、鎮魂の卒塔婆で実験されて、其の時には封印されていたって言っていたよな。」
「噫、我も其の認識だ。憶えてはいないが、奴の言う事が正しければな。」
「其で黔日夢の次元が起こって・・・其の儘だもんな。丗闇も其の時の事自体は憶えていたっけ。」
「・・・何とも言えないな。恐らく封印されて未だ馴染んでいなかったんじゃないか。御前と精神をジグザグにされた感覚丈、残っているな。」
「成程、其は私と一緒だな。自我を持っていたか如何かは確かにはっきりはしないな。」
やった事は分かる、憶えている。でも今みたいにしっかり考えたりは出来なかった。
ずっと夢の中に居る様な、宙に浮いた様な中途半端な心地を、丗闇もずっと味わっていたのだろうか。
「・・・若しかしたら、其の時に感情は芽生えたのかも知れんな。」
ぽつりと何とはなしに彼女が呟いた。
本当に只不意に、彼女の中で新たな点が生まれたみたいだ。
「ん、黔日夢の次元にか?」
丗闇はちらと此方を見遣ると又考え込んだ。思わず口にしてしまったのだろう、じっくりと誤りがない様考えてくれている。
「・・・噫、御前と精神やらが混ざってしまっていた際に、例えば記憶を共有する様に、心や感情を御前から得たのかも知れない。」
「へぇ、面白いな其だと。だって丗闇は私とは全く違うし、まるで心って言うアイテムと言うか、オブジェクトが単体であるみたいな風じゃないか。」
「御前は然うは思わないのか。」
「私はほら、魔力にも心があったみたいに、魂や魄の一部として元からある様に思うけどな。魔力にもあったなら、もう心の形なんて分かりっこないじゃないか。」
「・・・成程、一理あるか。」
お、まさかの丗闇が頷いてくれている。此は一寸嬉しい。
「御前は何時も理屈で説明出来ない訳分からない事許りしてるからな。もう一々否定する気も議論する気も起きん。」
「いや、せめて議論はして欲しいな。折角話してるんだし。」
聞き流されているみたいで其だと悲しいじゃないか。
一応飾りじゃない頭は付いているんだから議論はしたい。
「ほら、丗闇の事も若しかしたら心自体はあったけれども眠っていて、今回の事を切っ掛けに目醒めたとか。」
「刺激としては十分過ぎるだろうからな。否定はしないが・・・。」
肯定も難しいと言った所なのだろう。まぁ仮定に仮定を重ねた丈だからな。
「でも・・・目醒めたタイミングと言うのが如何も引っ掛かる・・・。」
「ん、然うなのか?何か他に思い当たる所でも?」
腕組みしているが、随分悩んでいる様だ。
其の表情は何と言うか・・・納得し兼ねている?
理屈と感情で鬩ぎ合っている様な、単純に分からないのとは別の感覚で。
自分の返事にはっと彼女は顔を上げた。心底驚く様に、視界が開けた様に目を瞬かせる。
「・・・此は、奴にも話してなかったが。」
「奴って、えっとフリューレンスか?」
声を潜めてしまうので少し丈詰め寄る。
まるで何かから隠す様に、小さくなる。
只小さく彼女は頷いて続けた。
「・・・何か、奪われた様な感覚がずっと残っている。今も・・・ずっと。」
思わず目を見開いた。自信なく呟く彼女はまるで別神の様だった。
此は・・・良く聞かないと。彼女が話してくれているのだから。
「奪われたって、例えば力とかか?」
「力・・・否、違う。我の・・・根幹、懐いに近いと言うか、」
何度も逡巡して彼女は口を開いては噤んでしまう。
彼女の中に刻まれた其の感覚の形をなぞる様に。
「根幹・・・難しいな。丗闇は丗闇なのに。」
「・・・っ、然うだ記憶だ。いや・・・、違う。もっと別の、」
「・・・記憶じゃないなら、存在、とか。」
余りにも悩む姿が痛みを孕んでいる様で。
でも不意に丗闇は顔を上げて自分の瞳と搗ち合った。小さく譫言の様に繰り返す。
「存在・・・然うだ、其だ。其が我の中から・・・無くなっている。」
「お、正解か。でも此又難しい物だな。其は私に充ててくれている分とは違うんだよな?丗闇がくれている闇とかとは。」
自分は丗闇の闇に生かされている。
自分丈では保てない存在を、闇で穴埋めしている。
「其とは違う。別の・・・、」
矢張り言い掛けては噤むを繰り返してしまう。其の目は酷く迷っていた。
其の奥に、丗闇の弱さを垣間見た気がした。
ずっと自分の事を考えたり助けてくれていた彼女が初めて見せた。
然う、今迄だって彼女が自身の事を語った事は然うない。
其は弱さを見せる事に繋がったからだろう。こんな風に迷い戸惑う姿を晒さないといけなくなる。
・・・忘れるな、見逃すな。此の瞬間を記憶しろ。
自分の在る意味は、此処に通じるのではないかと。此の時の運びを噛み締めろ。
そんな声が耳の奥からした気がした。何の道蔑ろにする気はない。
彼女が、話してくれたんだから。
「別の・・・存在か。私が中途半端な存在なのと近い所があったりするのか?」
「然う、かも知れないが、何とも言えないな。我もはっきりはしていない。何か抜け落ちた様な、抜け殻になってしまった心地が抜けない丈だ。」
「抜け殻が丗闇って、じゃあ殆ど奪われてしまったって事か?今は一部しか残っていないのか?」
「・・・噫、然うだ。屹度大部分が無い。でも、然うか、奪われた・・・。」
如何も其の一言が気になるらしい。少し目を眇め、彼女は顎に手を置いた。
「落としたのではなく奪われた。・・・其の方がしっくり来る。我は失いたく等なかった筈だったのに、無抵抗に無遠慮に弄られて、奪われた。」
「其を憶えているのか?」
何だか曖昧だったのが少し鮮明になった気がする。
何か懐い出そうとしている?丗闇の欠けた所を取り戻そうとしているのか?
暫く彼女は酷い頭痛を起こした様に目を瞑っていたが、ゆるゆると首を左右に振った。
「・・・いや、具体的な所は全く懐い出せない。如何してだ。何か、あった筈なのに。」
何かはあった、其の事実が彼女の中で引っ掛かっているのか・・・。
此は大きなヒントかも知れない。自分だって全てが全て憶えている訳でもないし。
「其の言い方だと、誰かに盗られた、干渉されたって事で良いか?丗闇にそんな事する奴が居たのか。」
「然う、言う事になるな・・・。でも一体如何やって。」
「フォードが私の記憶を封印していたし、然う言う術はあるのかも知れないけれども・・・ん、じゃあ前の丗闇はもっと違ったのか。」
「其の可能性は高いだろうな。」
「成程・・・。でも其のタイミングって何時だ?何だか奪われたって言うと・・・可也前になるんじゃないか?」
「如何して、昔だと御前は思うんだ。」
引っ掛かる物が多いらしく、先から良く丗闇に意見を求められるな。
何だか役に立てている様で嬉しい半面、少し緊張してしまう。
「ほら、その・・・怒るなよ、真面目に話すから。昔の丗闇は只世界を見ていて、何もしなかったんだろう?其の後私の中に封印されて今みたいになったって言うなら、何だか最近の気がしないじゃないか。只世界を見ていた時の丗闇を奪ったとして、そんな風に丗闇は懐うのかなっと思って。」
「・・・成程、然うか。昔の我はそんな失ったと思う程大切な物じゃないと。」
「だから怒らないで考えて欲しいんだ。今の丗闇はその、苦しそうに私には見えるよ。失って辛いと。然う懐う位大切な物なら、もっと大きい物の様な気がしたんだよ。」
「もっと・・・大きい物か。」
「噫、此は完全に私の主観だけれども、昔の其の只世界を見ていた時よりも、今みたいに彼や此や皆でやってる方が楽しいんじゃないかなと思うんだ。何を大切に懐うかは勿論神其々だけれども。」
「・・・・・。」
何だか苦い顔をして此方を見るが、気に障っただろうか。多分言いたい事は伝わったと思うけれども。
「・・・我も、今を奪われる方が辛いだろうが。」
「ん、丗闇何だ?私にも教えてくれ。」
「御前の然う言う所は本当に意地が悪いし最低だと思うぞ。」
「え、何で急にそんな貶されないといけないんだ?真面目に話してるじゃないか。」
「真面目にならちゃんと聞き漏らさず聞け。」
静かに怒られてしまった。割と真面目に怒ってそうなので追及はしないけれども。
だって本当に蚊の鳴く様な声で言うんだから無理がある。
「御前の言いたい事も何となくは分かった。何時を奪われたか、と言う事か。」
「然うだな。実際丗闇は如何思うんだ。丗を見ていた気がするって、其の記憶がばっさり無くなったら矢っ張り同様に辛いか?」
其の時の丗闇の事を自分は知らないからな。まぁ確かに自分の中に居る時と似た心地かも知れないけれども。
「・・・いや、恐らく違うだろうな。此の喪失感はもっと・・・。」
成程、余程大切な物だったか・・・。
まぁ存在なんて言われるとしっくり来ないが然うだろうか。
自分だって、彼の前世の記憶がばっさり無くなったら、其丈でも喪失感は感じるだろう。
でも此も、懐い出した今だから言える事、其の前は・・・もっと別に感じていた。
勿論ガルダとの懐い出は矢張り大切だし、無くしたくはない。でも其以外も沢山あるからな。
全部が全部、綺麗じゃあないんだ。其を取り戻したいと思うか。
丗闇が辛そうなのは明らかだ。ずっと此を抱えていたのかと思うと・・・気付けなかったのを申し訳なくは思う。
だから協力はしたい、助けたい。でも果たして其の失った存在がどんな物なのか・・・。
「勿論、屹度其の時の記憶も一緒に無いんだろうし、だから難しい訳だけれども、自分に封じられる前は何か丗闇の存在に関わる事があったかも知れないし、反対に見れば奪われたから丗を見る丈になっていたのかも知れないな。」
「・・・良く其処迄考え付いたな。確かに其の線もあるが・・・。」
「だってクリエーターに創られた時もはっきりしていないんだろう?だから丗闇が生まれて直ぐに奪われちゃったとか・・・目的とかはさっぱりだけれども。」
「・・・寧ろ其の線もありそうだな。我から全て奪うなんて、並大抵の者では出来ない筈だ。でも、例えばクリエーター程の存在なら出来なくもない。」
「態々生んで置いて奪うのも勝手だと思うけどな。」
「でも丗の為に必要な事だったとなれば・・・止む無しだろう。」
「・・・丗闇は優しいな。私ならそんな理由じゃあ絶対納得しないぞ。」
丗の為って、そんなの知った事か。
抑自分はそんな物の為に存在する訳じゃないし、そんな独り善がりな理由を受け入れられる程綺麗に育っていない。
・・・だから牙を剥いたんだろうな、全部に。惨めと嗤うのは勝手だけれども。
「御前は然うだろうな。だから手を焼いている。」
「ククッ、本当に丗闇には御世話になりっ放しだな。」
でも丗闇は然う思うんだな。全て丗の為に、贄になる事も厭わない。
又少し、丗闇の事知られたな。
「でも其でも違和感は残るな。只の勘だが、我が奪われたのは最近の気がするからな。」
「ん、最近か?其って・・・私に封じられる前後とかか?」
「・・・若しかしたら其の折かも知れぬな。」
「成程、封じる序でに存在も奪うか。余っ程の力の持ち主だな。そんな事出来るなんて。」
「理由も分からんからな。でも、只の勘だ。考慮する余地もない。」
然うは言うけれども、全て感覚の話だし有耶無耶にするのは難しいな。
「・・・此以上は厳しいか。全て仮定に過ぎん。答えは出ないだろう。」
「然うか・・・うん、でも分かった。教えてくれて有難う丗闇。又色々考えて、整理が付いたら話してみたいな。」
「・・・噫。」
相変わらず難しい顔をしているけれども、落ち着いて来たのか其の目は少し丈晴れている気がした。
うん、丗闇は其の真直ぐな目の方が合ってる。
「フリューレンスが色々知ってる事も分かったし、今後は彼奴の意見も聞いてみたいな。私も気になるし、一緒に探そう。」
「噫、其なら・・・助かる。」
一寸擽ったいな。・・・うん、頑張ろう。
「何の道丗闇を封じた奴が只傍観しているとも私は思わないし、何らかの形で接触はしそうな気がするんだ。其処を逆手に取るかだな。」
「成程、御前らしい汚いやり方だな。我を餌にするか。」
「ククッ、其処を逆襲するのが楽しいんじゃないか。どんな顔をするか今から楽しみだな。」
丗闇だってもう少し楽しんだら良い。だってつまりは仕組まれたと言う事だろう?
丗闇をそんな目に遭わせた奴がいるんだ。だったら其の顔を拝んでやりたいと思うじゃないか。
如何してやるかはじっくり話を聞いて考えれば良い。先に手を出したのは向こうなのだから。
「・・・まぁ良いだろう。只、接触するにしても何時来るかは分からんぞ。常に気を張れ。」
「勿論だ。中々面白い話も聞けたな。気を付けよう。」
「そんなに面白い話だったか・・・?」
つい首を捻っている。まさか又巫山戯ていると思われているのだろうか。だとしたらとんでもない。
「色々あったけれどもほら、丗闇が其の感情を得たと言うか、其が私の中に封じられた時に起こったと言っただろう?私と混ざって然うなったと。」
「・・・噫。」
だから如何したのかと目で訴えるが、如何思うも自由だろう。
「何だか其だと、私と丗闇は全くの別者なのに似た所もあるのかと思ってな。血を分けた兄弟じゃなくても、魂を分けた姉妹、みたいな。」
「っ又御前はそんな気色の悪い考えを起こすのか!」
「そんな毛嫌いされたら悲しいけれども、一応見た目も似てるんだし、丗闇姉さん、なんて。」
流石に此は冗談だが、呼んでみると一気に彼女の顔色が悪くなった。
凄い、効果覿面だ。其処迄嫌か、面白いけれども。
「魂で考えるなら・・・若しかしたらアティスレイも似た物かもな。じゃあ彼奴が妹か。」
「本気で気色悪いから今直ぐ其の妄想を止めろ!」
青くなったり赤くなったりと彼女は忙しい。
ついつい椅子から立って怒鳴られてしまった。流石に御立腹である。
「ククッ、冗談だ。冗談だから・・・な?」
随分鼻息が荒いけれども、如何にか落ち着けようと両手を出す。
矢っ張り如何見ても、しっかりと今の彼女は心がある。間違いない。
「全く御前は・・・。もう良い、下らん話に付き合う暇はない。」
「噫じゃあ帰る前に、クッキーは美味しかったか?元々ロードのだからな。礼を言いたいし。」
其処ではっと彼女は顔色を変えた。慌てて手元を見遣るが既に空っぽだ。
「・・・?何時の間に。」
全く覚えがないらしく目を瞬いている。此の反応は中々珍しい。
「丗闇が色々フリューレンスとの話をしていた時に摘んでいたぞ?矢っ張り考え事には甘い物だな。」
屹度無意識だったんだろう。真剣に考えていたし。
割と自然に食べていたので敢えて何も言わなかったけれども。
丗闇に渡した分は綺麗に完食している。
「然う・・・だったか。」
未だ信じられないらしく、動揺しているのが丸分かりだ。彼女にとっては衝撃の連続だったので気が抜けていたのかも知れない。
取り敢えずちゃんと食べられる事が分かって一安心だな。
「・・・・・。」
「えと丗闇、何か一言貰えると嬉しいけれども。」
「本当に御前は其の性格の悪さは如何にかならんか。そんな部分が我と混ざらなくて良かったと心底思うな。」
「おぉ、其処迄言うか。でも別に意地悪でも何でもなくて純粋に、」
言い掛けた所で違和感が躯中を駆け巡った。
何か、感じる。此の気配は、否気配ではなくて感覚は、
丗闇も気付いたらしく同時に顔を上げた。
―乱レテル、力ガ。―
―呼ンデル、君ヲ、君達ヲ。―
―僕達行ケナイ、歪ンダ所。―
魔力の声が流れて来る。其の先に一つの穴を見付けた。
穴、然う彼は・・・次元の、
不自然な穴が自分達の間に突如として生まれていた。
何も写さない闇、其が宙に浮かび、静かに彳んで。
視線が其方へ向けられる。魔力のうねりを感じる。
吸い込まれる、様な・・・、
此の先は屹度何処かの次元へ繋がっているのだろう。でも一体何処へ。
何となく、嫌な予感がした。行きたくない、此の先なんて。
何も見えない闇を前に震えそうになる。一体自分は何に怯えているのだろうか。
「セ、丗闇っ!」
ちらと向かいの彼女の目と搗ち合った。でも其を最後に、
二柱の姿は其の穴の中へと消えて行った。
・・・・・
陰霖が降っている。
冷たいが、全身を濡らすと何処か温かく感じる様な、そんな陰霖が。
周りの音を全て消し去り、独り限にしてくれる陰霖。
此の匂を、嫌と言う程自分は憶えていた。
「此処・・・は、」
ゆるゆると目を開け、直ぐ波紋を飛ばす。
瞬く間にオーバーコートが濡れて少し重く感じる。此処は・・・外か。
陰霖の御蔭で波紋が良く通る。でも其が伝える景色は・・・。
思わず苦い顔をしてしまう。今直ぐ此処から立ち去りたい。
止まない陰霖、煉瓦の街並み、周りには店が囲うが何も活気がない。
端には芥が目立つし、陰霖も何処か濁っている様だ。
こんな薄汚れた街を歩くは見慣れた人間達だった。
傘を差し、目を伏せて足早に何処かへ去って行く。誰も自分に気付いていない様だ。
此の街は、否、此の世界は間違いなく、
・・・自分の前世だ。
意識した途端、肯定する様に雨音が強くなった気がした。
「っ丗闇無事か。」
はたと気付いて背後を見遣ると丗闇は何とはなしに突っ立っていた。
でも何処か惚けた様に前を、否宙を見ている。突然の事に動揺したのだろうか。
いや、然う彼女がそんな顔をするとは思わないが・・・。
つい心配になって肩に触れると視線が此方に注がれた。
「あ、噫我は問題ないが・・・。」
彼女の顔も晴れない、此処が何処なのか察したのだろう。
「まさか又此処に連れ戻されるとはな。」
「・・・御前を此処へ引き摺り込んだ要因が此の次元に残っているんだろう。」
「要因だってもう此処には、」
「セレっ‼」
思わず其の声にびくりと背を震わせた。
噫、其の声を憶えている。無視出来ない程に自分は。
そんな筈ない、今更此の世界で自分の名を呼ぶなんて。
ガルダ亡き今、もう此の世界で自分の名を知る者は一人丈だった。
幾分か嗄れた様な其の声、でも間違いなく、
屹度波紋に写らなかったのは意図的に自分が否定したからだろう。
居る訳ない、ある訳ないと無意識に。
でももう逸らせない。認めてしまった、其の存在に。反応してしまった、其の声に。
「・・・ナレーか。」
顔を上げた先、其処に居たのは、自分の記憶より幾分年を取った、でも子供の様に笑う目をしたナレーの姿だった。
・・・・・
「悪いな、急に誘っちゃって。でも吃驚しちゃって。」
いそいそとナレーが席に着いたので、自分と丗闇も並んで腰掛ける。
まさかこんな事になるとは。つい丗闇と顔を見比べてしまう。
相変わらず彼の勢いは凄く、断る事も出来ずに気付けば仲良く喫茶店に入る事になってしまった。
まぁ・・・ナレーにしては良い店だろうか。割と小綺麗な、煙草の臭のしない店だ。
其の奥のテーブルで席に着いた。
さて、如何しようか。流石にナレーの目の前で丗闇に戻って貰う訳にも行かなかったので其の儘同席して貰ったけれども。
丗闇も終始苦い顏をして黙っている。もう貝の様に黙だ。
全部自分に任せる様で、隙を見て帰りたそうにしているのが伝わって来る。
因みにナレーは最初に丗闇に声を掛けていた。
驚いて固まってしまった彼女にずんずん詰め寄ったので慌てて間に入ったのだ。
確かに髪の色だとかで丗闇と過去の自分と見誤るのは当然だろう。
自分が声を掛けた事で、彼も随分困惑している様だった。
そして兎に角話がしたいと半ば強引に此処迄連れて来られたのだ。
「まさか影武者だったなんて、声掛けちまって悪いな。でも本当・・・そっくりだな。」
一応、丗闇の事は然う説明した。
本神は滅茶苦茶嫌そうな顔をしていたけれども、じゃあ姉と説明するのと何方が良いかテレパシーで尋ねたら黙られてしまった。
まぁ説明するのも面倒だ。絶対根掘り葉掘り聞かれるので、謎の多い影武者の方が助かる。
ナレーが先に頼んでいたのか珈琲が三つ運ばれて来た。
・・・前世で粗飲んだ事がないな。一応飲めるが可也熱そうだ。
「俺が奢るから気にせず飲んでくれよ。」
彼は苦笑を浮かべて一口啜っていた。
昔だったら毒がないか十分吟味していたけれども、今は其処迄気にしない。
仮に入っていてももう神の身である。何があっても此の次元から去ってしまえば良いんだ。
然う思うと随分気が楽だな。彼の時は本当に生きるのに必死だったから。
如何しても奴の顔を見ていると色々懐い出される。何も苦い記憶だ。
彼は惚けた様にちらちらと自分と丗闇を見遣る。随分分かり易い目だ。
丗闇も其の視線が気になる様で胡乱気に見詰め返していた。
其の目の鋭さに彼は小さく悲鳴を呑み込む。
話・・・話か、余り自分が話すと襤褸を出しそうだし、丁度奴は御喋りなんだ。其方を御願いしようかな。
「御前は変わりがなさそうだな。未だあんなギルドに入ってるのか。」
正直言うと、彼が未だ生きていた事に多少驚きはした。
こんな鈍い奴が生きて行ける訳ない。然も御人好しで自分から重荷を背負う様な奴が。
何処かで適当にくたばっていたんだとばっかり思っていたのに。
でも自分の質問に彼はきょとんとしていた。其の間抜け面は相変わらずだ。
此で殺し屋が務まるなんて不思議な物だな。
「え・・・あ、知らなかったのか。その、ギルドは疾っくに無くなったよ。」
「ん、然うだったのか。」
僅かに丗闇も視線を寄越す。記憶を共有している分、少し気になるのかも知れない。
「えっと・・・うん。セレ、御前が居なくなって次の日にさ。ボスが・・・自殺したんだよ。」
思わず目を張った。時が止まった様に、其の言葉は自分の中で響いていた。
自殺?彼奴がか?
そんなのとは縁遠そうな悍い奴だったじゃないか。あんな悪が自殺なんて。
そんなあっさりとした幕引きをしたとでも言うのか。
自分が一体何程驚いてしまったか、鈍感な奴は気付きもせずに口を動かす。
「だからギルドは其の儘無くなったよ。其から彼の街はもう滅茶苦茶になってさ。俺も随分遠くへ引っ越したよ。」
「其で・・・こんな所迄。」
「・・・噫。此処、ほら御前が・・・死んだってさ。ニュースを知って、俺も此処に越して来たんだよ。その、俺は信じてなかったから、若しかしたら又会えるんじゃないかって、そしたら本当に・・・っ、」
急に奴は目元を拭うと珈琲を一気に飲んだ。
只彼奴にとっても熱かった様で慌てて舌を出して冷ます。
情報が追い付かない・・・まさかそんな事があったなんて。
でも、此奴の言い振りだと然うか。此処は・・・ガルダと棲んでいた街の様だ。
てっきり此奴に会ったからギルドのあった彼の街かと。・・・でも確かに然うだ。
街並みを改めて見遣る。陰霖の中静かに寂れる此の景色は見覚えがあった。
所々記憶と違う気はするけれど、若しかしたら家の場所も分かるかもな。
其にしても涕き虫な所は相変わらずか。
勢いが良いなと思っていたけれども、其は隠す為だったのか彼は何度も目元を拭っている。
此の世界では此奴みたいに感情を表に出す奴は珍しかった。だから最初は面白く写るだろうが、段々此が鬱陶しくなるのだ。
でも今回は其の御喋りに救われるか。御蔭で勝手に情報が入って来る。
此奴の事だから下手な事言っても如何とでもなるだろうし、まぁ御し易いけれども。
其にしても・・自分なんかの事を此奴はずっと憶えていたのか。
長い事会っていなかったのに街中で見付けて声を掛けてしまう位、背も彼の時とは見違える程伸びたのに。
場所も何もかも違う。まぁ彼から何程経ったか定かじゃあないけれども。
其でも居たのか、憶えていた奴が。
其は何だか不思議な心地だった。中に入って来る様な此のむず痒さは気持悪くって。
噫、矢っ張り会いたくなんかなかったな。と心底思った。
忘れて消えて、終わってくれたら良かったのに。
でもボスの事は少し気掛かりだった。余りにも意外だったので未だ呑み込めない。
此奴は・・・何程事情を知っているんだろうか。自分が居なくなった次の日と言う事は、自分が屋敷へ行って其で・・・、
ライバス、然うだ彼奴だ。彼奴に随分な目に遭わされて、命辛々逃げて、逃げ続けた。
其の最中に・・・彼奴は死んだのか。
「ボスが如何して死んだかとか、聞いてるのか?」
少なくとも自分が見た奴はそんな姿なんて一片もなくて。
・・・否、少し丈、引っ掛かる物はあった。最後の最後、彼奴は確か・・・。
然うだ、何を思ったか縋る様な目をして、でも何も言わずに別れたんだ。彼が、本当の最後となってしまった。
勿論彼の時だってもう会う気は無かったが、でも如何しても彼の目が頭から離れなくなった。
奴は自分に何を言い掛けたんだろうか。彼の時は自分の事で手一杯で、気に掛ける事もなかったけれども。
「其だけど・・・多分セレって知らなかったよな?ボスって実は革命軍のリーダーだったんだぜ?」
「革命軍・・・?」
的外れな言葉につい鸚鵡返しに呟いてしまう。
彼奴は只の人殺しギルドのボスだ。其以上でも以下でもないだろう。
「然う、滅茶苦茶な此の世界を変えてやるからってさ。ギルドは表の顔で、裏で結構頑張ってたんだよ。一応俺、初期のメンバーだしさ、其の辺の事は聞いてたから。」
世界を変えるだなんて、彼奴が?彼の悪が言っていたのか。
確かに何時も忙しそうにしていたが、そんな事を裏でしていたからだろうか。
カリスマ性はあったし、革命軍でも何でもやれただろうが、如何せんイメージが繋がらない。
「其でさ。実は彼の日、ボスが自殺した日はクーデター決行日でさ。結構大きな計画だったんだよ。何年も続けていた、もう直接乗り込んでやり合う様な、そんな大切な日だったのに・・・。」
何とはなしにナレーは外を見遣った。大きな玻璃窓を叩く陰霖を見詰めて息を付く。
「其の日の昊に、拳銃を口に突っ込んで頭を吹き飛ばして死んでたんだ。・・・彼の日の事は忘れられねぇよ。信じられなかったんだ、まさか彼奴がさ・・・。」
「然う・・・だな。途中で投げ出す様な奴じゃなかっただろう。」
そんな、まるで逃げる様な。彼奴が一番嫌う様な手段で。
其の死に方であれば粗間違いなく自殺だろう。でも、如何して・・・。
考えたって想像も付かなかった。如何しても自殺をイメージ出来ない。
「ま、其の結果クーデターは失敗、街もギルドもおかしくなっちまったんだよ。だから其からの事は俺も良く知らないけど。」
「そんな事が・・・。」
言葉が出ないとは正に此の事か。
当然の事ではあるけれども、時間は平等に皆に流れていて。
自分の全く知らない物語が、其処にはあった。
「其で、その、自殺の理由だよな、うん。御前が言った通り、ボスは何かを投げ出す様な人じゃなった。仕事とかきっちりしてたからな。重圧とかも、物ともしない様な人だったし。」
静かに頷く。あんな荒くれ者しか居なかったギルドが纏まっていたのは一重にボスの力だ。
彼のボスだから出来た事。彼の手腕は自分も認めていた。
だからこそ見えない、自殺の影なんてそんなの、
・・・ちくりと胸が痛んだ。嫌な感覚に手を握る。
多分此の予感は、
「一応・・・理由は分かってない事にはなってるよ。遺書も無かったし、事件性もない。計画も問題なさそうだった。でも・・・俺は何となくだけれども、屹度・・・辛かったんじゃないかってさ。」
「・・・辛かった・・・?」
つい顔を上げると悲しそうな金の瞳と搗ち合った。其の奥の影に。
如何して御前がそんな顔をする。そんな、まるで全て諦めた様な。
「・・・噫、時々然う言う顔してたしさ。本当は若しかしたら・・・。」
「・・・・・。」
ちらと丗闇を見遣ると、黙って目を伏せて聞いていた。
今の彼女は如何思っているんだろう。直接彼女には関係ないだろう。只記憶を見た丈で、会った事もない男の話だ。
でも其の表情は何となく沈んでいる様で、彼女には彼女しか見えない物があるのかも知れない。
「其に俺思ったんだよ。若しかしたらボスがセレを仲間にしたのも、其の辺が関わってたりするのかなって。」
「・・・私、か?」
首を傾げると苦笑を返して一つ頷いた。
「実はその・・・お、怒るなよ。何回かセレの事、ボスに相談してたんだよ。危険な仕事、させないで欲しいってさ。御前ギルドでも碌な目に遭ってなかったじゃないか。皆苛めてさ。あんな風に扱うんなら、辞めさせてくれって言ってたんだよ。」
「何、勝手な事してるんだ。」
思わず溜息が漏れた。まぁ此奴ならしていただろうな。
自分がずっと小競り合いしていたのも知っていたし、でも弱いから中々入っては来なかったが。
「・・・うん、其でその、俺が引き取るからとかさ、交渉してたんだけど、ボスは嫌だって一点張りでさ。自分が見付けたから手放したくないって。」
裏で自分の身元を争う恐ろしい話をされていた様だが、其処じゃない。
ボスが自分に執着?・・・いや、其の傾向はあったか?
然う言えば何度か、節々に其の言葉を聞いた気がする。彼奴の言葉を。
彼が執着、彼奴なりの言葉、だったのか?
分からない、今更考えたって。
「只頼りになるからとか、そんな理由じゃあなかったぽいんだよ。何か必死だったから。ほら、結構最後の方さ、色々・・・揉めてたじゃないか。其でもボスは全然手放す気なくて。」
「・・・確かに。ボスにしては賢い選択とは思えなかったな。」
もう彼の時は半ば自暴自棄になっていたと思う。レインが殺されて、全て如何でも良くなっていたんだ。
だから殺される位の覚悟で、挑発だってして迫ったのに彼奴は・・・。
最後の・・・表情を懐い出す。矢張り彼は・・・、
「あぁ見えてボスって結構信心深いって言うか・・・迷信とか信じててさ。だからセレの事、本物の魔物だって信じてたんだと思うんだよ。」
「御前は信じてなかったのか?」
ガルダが天使と呼ばれた様に、自分も化物と呼ばれ続けた。
でも彼の指す魔物は少し意味が違う。此の世界の魔物は神に近い存在だった。
謂わば人間を貶めた元凶、魔術を与えた代わりに奇跡を奪った。
まぁ実体はそんな物じゃあなかったけれども。結局未だに自分が何者なのかは分からず仕舞いだ。
でも確かにボスは其の節があったな。自分を此の世界の先住者と呼んでいたか。
彼奴丈は、自分をそんな風に見ていたんだ。
ちらとナレーを見遣ると困った様に頭を掻いていた。
「えと、俺は余り然う言うの気にしてなかったし、何方でも、みたいな・・・。」
「御前は私が子供って丈で近寄って来たからな。」
「そ、そんな言い方ないだろ。」
否定はしているが事実である。此奴にとって化物か人間か関係ない。
子供なら助ける。本当に其丈で動く様な奴なんだ。
別に自分だから声を掛けたとかではない。此処迄縁が続いたのだって、自分が年端も行かない餓鬼だった、其丈なんだ。
「兎に角、確かにボスは自分を然う思っていたな。其が何なんだ。」
別に余揶揄ってやる気にもならんし、適当に先を促した。
「あ、うん。其で・・・その、若しかしたらボスはセレに、傍に居て欲しかったのかなってさ。」
「如何してそんな結論になるんだ。飛躍し過ぎだろう。」
と言うより一寸恐い。矢っ張り此奴は変な奴だ。
何が如何してそんな答えに行き着く。
隣の丗闇も少し引いている風である。分かるか丗闇、此が此奴なんだ。
本物を見れば分かるだろう。碌な奴じゃないんだって。如何して自分が会いたがらなかったのかも。
「あ、えっと、一寸待ってくれ。その、伝え難くて、傍にと言うか、見ていて欲しいって言うか・・・えと、」
言いあぐねて一度珈琲を煽った。
頭の中が御華畠なのは相変わらずの様だ。
「っ然うだ。うんセレ、屹度ボスはセレに・・・赦して、欲しかったんじゃないかって思ったんだよ。」
「赦すって、何がだ。」
結局行き着いた答えも良く分からない物になってしまった。
何だか意味もなく悩んでいるみたいで一寸苛々する。矢っ張り此奴に聞く可きじゃあなかっただろうか。
ボスの事は気になったけれども、別に此奴の事は如何でも良いんだ。変な持論なら聞きたくないし、話したい丈なら他所で一人で勝手にやって欲しい。
「その、何がって訳じゃないけどさ。全部って言うか、今迄して来た事、其の懺悔みたいな感じだよ。俺には一種の信仰みたいにボスが見えたんだ。セレに、縋る様な・・・。魔物の方が俺達より偉いだろ?上位者って言うか、だから。」
「其で赦す・・・か。」
ナレーにしては・・・腑に落ちる結論だろうか。
理由を聞いて何となくは分かった。其の意見は自分も同意出来る点がある。
彼の縋る眼、自分が此の世界へ堕ちた折を見たと語った口上は、
確かに・・・一種の信仰の様に見えた。
赦して欲しかった。悪として今迄積み重ねて来た事を自分に見ていて欲しかったのかも知れない。
勝手に期待するな、と自分は答えただろうがでも彼の男も・・・其処迄悍くはなかったのかも知れない。
探していたのかも知れない、自分の曦を。
・・・其が自分?こんな醜い化物だと言うのか。
寧ろこんな物を信仰したが為に御前は破滅したんじゃないのか。
有り得ない、信仰なんてこんな奴にする可きじゃあない。
前世だって今だって、壊す事しか知らないのに。
「・・・だから、御前を手放すって決めた時にはもう・・・決めていたのかもな。」
あんな貴族の所へ売り払ったのも若しかしたらボスなりの恩情だったのか。
一応彼処であればもう傷付く事はないと思ったのかも知れない。
でも其は張りぼての鳥籠だ。だから自分は直ぐに壊してしまった。
其の上ライバスが攻めて来て、屋敷は一瞬で地獄と化したが。
屹度ボスも聞いたのだろう。屋敷が襲われた事、そして其処には無数の死体が積まれ、化物の姿は忽然となくなっていた。
もう戻る事はない、化物は自分の元から去ったのだと・・・気付いてしまったのかも知れない。
其の果てに自殺と言うのは・・・成程、少しは分かる様な気がした。
勿論本意は分からない。結局は此も只の推測だ。
真相は全くの別かも知れない。でも其を今更暴こうとは思わなかった。
其の答えに、腑に落ちてしまったから。若しかしたら然うだったのかも知れないと。
化物なりにも、理解出来てしまったから。
でもだからって、掛ける言葉はない。結果は一緒なのだから。
ボスと自分は一緒には居られなかった。破滅しかなかったのだから。
自分が壊した・・・何もかも、でも其を悪いとは思わない。
彼の時は其が最善だった。然う信じていないと息も吸えなかった。
結局事実は一緒。自分は此処に居て、彼奴はくたばった、其丈の事。
「・・・然うか、うん。良く分かった。」
「あ、だ、だからってセレの所為だとか、そんな事は言ってないからな。結局ボスはセレを見捨てたんだ・・・。俺も、何も出来なかった。」
「別に私は何とも思っていない。事実を受け入れる丈だろう。」
ちらと丗闇が自分を見遣った。
確かめているのだろうか、自分の言葉を。
でも偽りはない、自分は自分だよ。
「別に御前に何か期待していた訳じゃないし、一体でだって生きて来たんだ。」
いや、流石に此は嘘だ。
独りで生きていたなら自分は疾っくの昔に消えていた。
でも何となくナレーにガルダの話はしたくなかった。
彼との懐い出は少なくとも自分丈で、もう誰にも触れられたくない。
「そっか・・・矢っ張凄いよ御前は。良く頑張ったな。俺・・・又会えて本当に嬉しいよ。」
「もう子供じゃないぞ。其の扱いは気に入らないな。」
「然うだな。すっかり綺麗になっちゃって・・・。あ、で、でも矢っ張顔は見せられないか・・・。」
今の自分は晒塗れだ。口元しか見えていないしな。
でも流石にこんな所で取る訳には行かない。今だって僅かに背が震えているんだ。
矢っ張り此の次元は良くない・・・人間の目が・・・恐い。
尾が出ていないか、羽根は落ちていないか、手の甲が逆立たないか、其許り気になってしまう。
屹度丗闇も同じなのだろう。丗闇は自分みたいに隠す事も出来ないので無理矢理オーバーコートで隠しているのだ。
窮屈な思いをさせてしまって申し訳ない。こんな時分に外に出たくなんてないんだろうけど。
其に関係のない話を聞かされている訳だし・・・切り上げる可きだろうけれど。
「其にしてもセレ、その・・・随分変わったな。」
「もう何年経ったと思ってるんだ。御前と居た期間の方が短いからな。」
「えっと・・・然うか、もうそんなんだよな・・・。此方に引っ越してから七年だっけ、経ったし・・・。」
七年・・・、此奴が越して来たのは自分が死んだのを知ってからだったか。じゃあもう結構後の世界か。
其なら此奴と別れてから何年だ。十五年、いや其以上経つ事になるか?
何とか頭を回転さえて頓考える。違和感なく作れ、今の自分に合わせろ。
そっと珈琲に口を付けた。薄くて苦い液体が満ちる。
「私はずっと遠くに居たんだ。此処に来たのも偶々で、だから又此処を発つ気だ。」
「そっか。うん、色々あったんだろうな・・・。凄く大人びたって言うか。」
目元を和ませて彼はじっと自分を見詰める。
・・・相変わらず子供みたいな目だ。此奴は些とも変っていないな。
「何だ変わったって。昔みたいに戻って欲しいのか?」
此の世界に居ると思う丈で気持が勝手に沈んで行く。
不機嫌そうに見えるのは其の所為だろう。先迄丗闇と楽しく御喋りしていた筈なのに。
勝手に昔の自分に引き摺られる。自分自身は変わっていないと思っていても、矢張り年月の流れには逆らえない。
まぁ神と成って暫くは記憶が無かったのもあるしな・・・。其処で新たな自分に変化はして行ったと思う。
記憶、経験が人格と言うか、其の人と形を作るのだ。其は切っても切り離せない。
・・・ガルダも、記憶を取り戻した時言っていたしな、変わったと。
うん、私も然う思うよ。私はもう前世の化物とは違う。
別の・・・もっと醜くて酷い、如何仕様もない化物に成ったんだ。
「いや、然うじゃなくってさ。良い意味で変わったって言いたいんだよ。俺の話もちゃんと聞いてくれて、斯うして一緒に珈琲を飲めるとも思っていなかったし、その何て言うか・・・穏やかになったと言うか。」
其の一言を聞いてまさかの隣の丗闇が軽く吹き出した。
思わずまじまじと見詰めてしまう。
ま、待って丗闇、今まさか笑った?笑ったよな?一体何処で笑ったんだ⁉
彼女はしまったと許りに一瞬固まって直ぐ何時もの渋面に戻った。先の一瞬が嘘の様に黙である。
穴が開く程見詰めていたら無理矢理手で顔を曲げられた。自分の事は良いから話せとの事らしい。い、痛い、爪が頬に刺さっています・・・。
「何か俺、変な事言ったかな・・・?」
「いや、私は異論ないと思っているから問題ない。」
屹度丗闇が笑ったのは穏やかの部分だ。其処を全力で否定したかったんだろうが。
何も笑う事ないじゃないか、余だ。確かに昔と比べて自分は随分丸くなったと思う。何たって神に成ったんだぞ?
もう子供でもないのだ。ナレーの評価も最もである。
其なのに丗闇の視線は離れない。折角口が付いているのに目で語りたい様だ。
いや、自分は肯定するぞ。自分は昔より随分大人に成ったんだ。
・・・まぁガルダに大分矯正された所はあるだろうな。すっかり牙を抜かれのは事実だ。
吼えずに話す事、爪を隠す事、相手を睨め付けない事、然う言った所作はガルダが身を以て教えてくれたんだ。
だから・・・こんなにも普通の振りが出来る。嘘は確かに上手になっただろうよ。
頷いていたナレーだが、不図又視線を落とすと目元を拭った。
・・・僅かに鼻を鳴らす音がする。此奴、泣き上戸にも程があるだろう。
そんな涕くか、高が昔の知り合いに。此奴の思考回路は何年経っても理解出来ないな。
まぁ元来で言えば自分は疾っくに死んでいて、二度と会う事はない筈だった。
其こそ、ある意味生き返った様にまるで奇跡でも起こって会えたと思えば、涙の一つ位零れるだろうか。
でも同じ事をライバスがしたんだと思うと複雑な気持だけどな。
「うぅ・・・本当立派になって・・・元気そうだし、うん・・・良かった。俺すっごく嬉しくて、」
もう目が真っ赤になってしまっている。流石に丗闇も見ていられないらしく、珈琲を持って外方を向いてしまった。
自分もそんな此奴の懐い出話に付き合う気はないしな。別にもう・・・いや、もう一つ丈聞こうかな。
「因みに気になったんだが、私の事件の事はどんなニュースになってたんだ?」
本来なら絶対聞く事の出来ない自分の死後の世界の事が聞けるんだ。全く興味が無い訳じゃない。・・・ガルダも一緒だしな。
「事件って・・・噫その、セレが死んだって奴か。・・・抑彼って本当にセレの事だったのか?」
「化物と天使が一緒に死んでいたなら間違いないな。」
「っ噫然うだ。奇怪なニュースだからって俺の耳にも届いたんだよ。」
途端顔色が悪くなったが、其の時の事は良く憶えている様だ。
「詳しく聞いても?私はちゃんと知らないからな。」
「其ってその、今みたいに影武者が代わりに死んだとか・・・そんなだったのか?」
先に聞いているのは此方なのに。まぁ彼からしたら七年も前に死んだ奴が出歩いている方が不思議だろうし、其位の補足は必要だろうか。
「・・・然うだ。其の時も未だ私は組織の奴等に追われていたからな。蜥蜴の尻尾切りだ。」
「我は尻尾か。」
小さく声が漏れたが聞えない事にする。今は仕方ないじゃないか、生き返ったなんて言った方が却って面倒だ。其こそ質問攻めにされる。
「然うだったのか・・・凄いな。っと、事件の事だったな、うん。此の近くの路地で無数の死体が見付かったって奴で・・・。」
思い出す様に少し上を見上げてナレーは目を細める。
「破落戸が殆どだったけど、其の死に方も何も不可解でさ。その・・・滅茶苦茶グロテスクな事になってたんだ。」
彼の時の自分は化物に成り果てていたからな。
彼奴等を殺した感覚は余り残っていないけれども、ぐちゃぐちゃにしたのは憶えている。
確かにあんな死体が残されていたら、酷い有様だったろうな。まるで拷問にでも遭った様に執拗な甚振りだ。
結構銃声も悲鳴も上がっていただろうし・・・事件になってもおかしくないか。
「でも一番注目を集めたのは、其の死体の中に・・・セレと、天使みたいな青年が抱き合った儘死んでいたってあってさ。」
ちらとまるで窺う様に彼は視線を寄越す。
別に此奴は事件と何の関わりもないのにまるで自分の所為と言いたそうに。
然う言う所が面倒臭いんだ。
でもそんな終わりか。ガルダは最期迄一緒に居てくれたんだ。
彼の手を懐い出すと自然と温かくて目元が和む。
でも同時に僅かに喉が渇いた。彼の血と肉の味が、懐い出される。
珈琲の苦みが引き立てているとでも言うのだろうか、忽ち口の中が甘くなり、香ばしい薫が華やいだ気がした。
・・・噫本当、自分は如何仕様もない化物だな。
自分をこんなにも大切にしている彼を、只の餌と認識しているんじゃないか。
生きている理由すら彼に押し付けて、全て全て奪って。
彼を殺したのは自分なのに。壊して、縛り付けたのは間違いなく自分の所為。
彼が神になんて成ったのも、未だに終わらない使命を持って生かされているのも全部、全部・・・。
小さく溜息を付いたが、彼には聞こえなかったのだろう。其の儘口を開いた。
「セレは・・・その、腹とか・・・内臓が、無くなっていたって、っそんな死に方して・・・。男の方はまるで自殺みたいに頸に釼が刺さっていてさ。何があったのかさっぱりだったんだ。」
ちくりと、胸が痛んだ気がした。
・・・流石に此は嘘じゃないと信じたい。本心だと。
ガルダの死因は自殺。其の理由を自分は知っている。
自分が死んだから、だから彼は後を追う様に自殺した。そんな道を選んでしまった。
彼に後悔を憶えさえてしまった。其の事実がずっと傷となって残ってしまっている。
然も一度じゃない、彼は二度死んだんだ。
一度目は自分の不注意で。二度目は自分が身勝手にも彼を生き返らせたから。
ククッ、何方も自分の所為だなんて。本当に酷い、自分には何も出来ない、身の程を弁えなかった結果だ。
今更、考えたって沈む丈なのにな。こんな事・・・。
「後は・・・如何だっけな。えと、でもその、セレと男の二つの死体丈さ。忽然となくなってたんだってさ。だから調査も十分に出来ずに未解決と言うか、何も分からずに終わったんだ。」
「死体が無かったのか・・・。」
其は神に成ったからか?否おかしい、其の時は躯と言うか、魄もあるんだから残るんじゃなかったか?
ちらと丗闇を見遣るが黙った儘だ。何か考え込んでいる様だけれども。
・・・少し気になるけれども今は良いか。別に死体が持って行かれたとかじゃあないだろうし。
寧ろ消えたなら良かったか。てっきり化物の躯だし、ばらされたり好き勝手されているだろうと思っていたから。
存外綺麗な終わりだったのなら、まぁ悪くはない。
本当にガルダはずっと傍に居てくれた。其の事実が一番大きく、重たかったが。
記念日、だったんだよな。本当、良く出来た悲劇みたいじゃないか。
未だ仕組まれていたと言われた方がずっと納得出来る程の最期。
でも結局は全部自分だ。自分が用意した舞台、役者、脚本だ。
・・・然うだろう?其処に嘘や偽りはないだろう?
すっかり自分が静かになってしまったのに気付いてナレーは僅かに目を伏せた。
「良く、其の化物が自分だって分かったな。」
名前なんか誰も知らなかった筈だし、死体が消えたとなれば猶の事。
化物が死んだ、其位しか伝わっていないと思うが・・・。
「其はまぁ、姿の事を聞いて、セレしか居ないなと思って・・・。」
「ん、まぁ然うか。こんな姿じゃあ愚問か。」
他の同族なんて見た事も無いし、抑出生ですら謎の儘だ。姿を知れば一発か。
年月は経っていたが逆に自分しかいないし、自分の証明にもなるのか。少し不思議な感覚だけれども。
「其に・・・あの、偶々会った彼のギルドの奴にさ。セレが死んだんだって言われて・・・俺、」
「成程な。まぁ噂になるのも当然だな。」
怨みは随分買っていたし、其奴も嬉々としてナレーに言ったんじゃないだろうか。
自分の所為でギルドが滅茶苦茶になった様な物だし、話の種にされるのは癪だけれども。
「でも、斯うしてセレは生きてた。・・・良かった、本当に。皆すっかり騙されてると思うぜ。俺だって未だ信じられないし。」
自分の生存を聞いて喜ぶのは此奴位だろう。其も含めて変な奴だな。
「一応、言い触らしたりはするなよ。」
「あ、噫勿論だ。俺達丈の秘密だ。」
別にこんな世界直ぐ去るし、此奴が如何するかも興味はなかったけれども。
自分としてはもう、此の儘忘れ去られてしまいたい。此の世界に痕跡なんて残したくはなかった。
だのに此奴は、年甲斐もなく嬉しそうに咲っていた。本当に馬鹿みたいに咲って。
「でも良くやったな。まさか影武者なんて、俺全く考えてなかったし・・・。其にあの、てっきり俺・・・、」
途端目が泳ぎ始めた。何か口走ろうとしたんだろうが、呑み込む。
其でも黙って珈琲を飲んでいると勝手に話してくれた。今は只、話したくて仕方ないのだろう。本物か確かめる様に。
「その俺、御前が死んだ時の姿聞いてさ。若しかしたら大切にして貰えたのかなって。大切な人と言うか、相手が出来たのかと思って・・・。勿論殺され方は残酷だけど、半ばで死んだらって思ったら辛かったけど、独りじゃなかったのかも知れないって思ったら・・・っ。」
思わず目を見開いてしまった。悟られない内に珈琲を仰ぐ。
・・・もう少ししか残らない。一気に飲んでも良いけれども。
大切に・・・噫然うだよ。ガルダは今も昔もずっと傍に居てくれて、色々教えてくれて、護ってくれて。
ずっと大切にしてくれている。こんな自分の手を引いて、離さずにいて。
自分は全く彼に返せていないのに頓与えてくれるんだ。自分の中で唯一の存在。
でも、其の言い方は一寸勝手じゃないかナレー。だから一度黙ったのかも知れないが。
自分達じゃあ手に負えなくて零して、遠く離れた所で輝くのを見て。
其で幸せで良かったと思うのは・・・勝手だ。
其の輝いた一瞬迄の道中の闇の中は一切見えちゃいない。何を犠牲に輝いているのか、輝いた後に何が残るかも知らずに。
矢っ張り人間は勝手だよ。勝手な尺度で相手を見て、己の中で結論付けて。
自分の声すら届かない所で見る火は綺麗だったろうよ。
詠も悲鳴も響かない、綺麗な丈の世界だったろう?
屹度御前とずっと相容れないのはそんな所なんだろうな。
確かに御前は何度も手を伸ばして来た。でも自分の声は一切聞かないじゃないか。
否、聞いた所で意味を理解出来なかったんだ。
余りにも世界が違い過ぎるから。自分も御前に正しく伝える事は出来なかったし、其の手はあらぬ方を向いていた。
だから今斯うして見事に擦れ違っている。屹度此処が御前との限界なんだよ。
噫、矢っ張り此奴には会いたくなったな。こんな事、再認識したくなかったのに。
・・・まぁでも一応、彼の死に様を幸せだと思われた事は一種の救いだったりするのだろうか。
幸か不幸か、そんな物は一言で言い表せない。自分だって其は判じられない。
只自分とガルダの死を、何も知らない奴等が勝手に不幸と決め付けて片付けるのは、我慢ならないと思ったんだ。
でも其の中でも一片でも、御前みたいに別の景色を見出してくれたなら。
其は其処迄悪い事とは思わなかった。
「ご、御免な勝手な事言って。人が死んでるってのに。」
「別に。今更何とも思わない。もう終わった事だし。」
「そっか・・・。その、まぁ深くは聞かないけどさ。でも凄いよ、独りでずっと頑張って来たなんて。」
何だか其処許り褒めるな。まぁ確かに生き難い世界だけれども。
「そんな御前は相変わらず餓鬼ばっかり育ててるのか。」
彼のペースで餓鬼を増やしてたら今頃学校が出来る位居るんじゃないか。此奴にそんな甲斐性はないと思うが。
然う言えばギルドも無くなった訳だし、今此奴は何をしているんだろうか。
見た所身形は可也ぼろぼろだ。歳を取った分、余計老けて見える。
自分はガルダから貰ったオーバーコートもあるし、浮いて見える位良く見えるだろう。こんな化物に不釣り合いな位に。
こんな今の自分の姿は此の世界に似付かわしくはないだろう。こんな埃に塗れた掃き溜めに来る格好ではない。
「噫、一応な。皆大分大きくはなったけど、一寸・・・な。」
少し其の瞳に影があるのを見逃さなかった。此奴が子供の話をする時には決して見せなかったのに。
「何か問題でもあるのか。」
別に話の序でと言う丈だ。其を解決してやろうだとか、そんな心の広い自分ではない。
只の世間話、此の珈琲が無くなる迄の暇潰しの。
でもナレーはそんな事を聞かれるとは思っていなかったらしく、態とかと思える位目を見開いていた。
分かり易い奴だ。そんな反応をするなんて其処迄鈍いと思われたら癪だな。
「その、まぁ・・・金、かな。い、嫌だよな久し振りに会ってこんな話ってさ。」
「まぁ御前みたいに要領の悪い奴は年中困って然うだな。」
「っぐ・・・そ、然うだけどよ・・・。」
其でも見捨てていない所は偉いと言う可きなのか愚かと切り捨てる可きなのか。
本当に、変わっていない。
「ほら、今国とかも滅茶苦茶になってるだろ。変な法とか一杯作っちゃって。だから今どっこも大変だと思うよ。」
「然うか。何も変わってないな、此の国は。」
「え、セレ若しかしてそんな遠い所に居たのか?何か身形もすっごく良くなってるし、国外にでも行ったのか?」
「ん、噫、だから此方の事は良く知らないな。」
うっかり口が滑ったか。抑国外の事なんて些とも分らないんだが。
「そりゃ又・・・、へぇ良いな。自由みたいでさ、うん。じゃあまぁセレなら問題ないと言うか、俺より勁いし大丈夫だとは思うけど気を付けろよ。」
「気を付けろって何がだ。」
心配される謂れはないけれども、そんな忠告しなければいけない程の事が起こっているのだろうか。表面上此の世界は変わっていない様に見えたのに。
「最近本当に物騒なんだよ。何を思ったのか法が滅茶苦茶に変わってさ。まぁ前のも十分変だったけど、今は特に、自殺したら重い罰金が家族に課せられる代わりに、他殺だと凄い大金が国から入るなんて事になってさ。慰謝料なんか良く分からねぇけど。」
「其は又・・・随分特殊な法だな。」
自殺と他殺か・・・。何方も此奴には縁がなさそうだけれども。
其に何方も金が絡むのか、相変わらず嫌な世界だな。
「だろ?其でさ。又殺し屋が随分増えてるんだよ。警察だって碌に調べないし、だったら他殺なら何でも良いって、酷い物だ・・・。家族を殺す様頼む奴がわんさかいるのさ。」
心底嫌そうに長く深くナレーは溜息を付いた。
屹度嫌な物も沢山見て来たんだろう。だからこんなにも彼は疲れた風に見えるのか。
家族を殺す様に、か。矢張り人間ってそんな物なんだろうか。
金が手に入った所で、だと思うが。まぁ其は金の使い方を知らなかった自分が言える事でもないか。
人間にとってはそんなに魅力的な物なんだろう。人間は金を得る為に生きている節もあるしな。
金の為に働いて殺して殺されて、其の中で生きて行く。
神となってしまった今の身から思えば、其の生に意味はあるのかとつい考えてしまう。
克ての自分も必死だった。本当に我武者羅に生きて。
あんなに辛かったのに、痛い懐いも嫌な出来事も山程あったのに。
噫、屹度こんな風に考える様になってしまっては、以前の様に生きられないんだろうな。
別に全力で生きる事を否定する訳じゃない。全力になれる事は素晴しい事じゃないか。
頑張る奴は好きだよ。努力は大切だからな。其の過程を私は評価したい。
でも、もう今の自分は以前の様に生きられない。
全力に生きられなくなった。泥臭くある事を忘れてしまった。
其は少し淋しい様な、難しい所だな。
でも今の此の世界なら寧ろ自分は生き易かったりしてな。仕事はたんまりありそうだ。
只其でも独りで生きればの話だ。ガルダと共にあるならばそんな仕事は受けられないだろう。
そんな有様であれば皆疑心暗鬼にでもなっているだろうし、活気を感じなかったのは其の辺りも影響しているかも知れないな。
家族を金で売る・・・まぁ金なんて貰えなくても日常的に人間は其をしてたし、今更思う事も無いか。
「じゃあ御前は家族が多いから大変そうだな。」
「え、縁起でもねぇ事言うなって!俺達はそんな事しねぇよ。只・・・さ、」
然う言って又彼は目を落とす。何だか煮え切らない様子だ。
「その、何て言うんだ。嫌な世界になったと思ってさ。本当碌でもねぇよ。皆誰かを殺したがってるみたいだ。」
「別にギルドに居た時だって殺し捲っていただろう。」
「でも其は、然う言う奴が集まる所で、だから普通とは・・・、」
「私からしたら何の人間も同じだったけどな。」
はっと彼は顔を上げた。そんな意外でもないだろう、自分からしたら些細な事だ。
「銃さえ渡せば誰だって人を殺せる。其の機会が無い丈で。」
「・・・然う言う、物かな。」
反論の一つでも来ると思ったのに、彼は目を伏せて然う言う丈だった。
「俺は・・・然う言うの、余見たくなかったし、知りたくもなかったな。」
「フン、幸せな奴だな。私は昔から然う思ってたぞ。」
「・・・俺も一寸丈、御前が言っていた事、分かって来た気がするよ。」
然う言い力なく笑う彼は・・・何だか見ていられなかった。
昔の御前なら叱っていただろう?そんな事言うなって、子供には夢を見ていて欲しいって。
信じていれば幸せになれるって、言っていたじゃないか。
其とももう自分も大人になったから・・・言ってくれないのだろうか。
若しくは・・・。
ある考えに行き着き掛けて無理矢理思考に蓋をした。
もう良い、もう考える事なんて。
「然う言えばセレ、もう御前って足洗ったのか?」
「洗うも何も汚していないが?」
「そんなはっきり言い切れたらかっこいいな。」
苦笑して彼は目元を和ませた。
気付けば丗闇も半目で自分を見ている。そんな見詰められたら照れてしまうだろう。
「一応、昔と変わっていないと言って置こうか。手広くさせて貰ってるよ。」
「そ、然うなのか。」
「何だ。もっと可愛らしい仕事をしていると思ったか?」
「い、いやこんな御時世だし、選り好みなんか出来ないだろ、うん。」
「楽しくしている仕事だから私は気に入っているがな。」
「そっか。俺もバイトで色々やらされてるし、そんな物だな。」
一応此奴でも出来る仕事が未だ此の世界に残っているのなら重畳じゃないか。
「何だ、頼み事でもあったのか?でも餓鬼の子守りだとかは御免だぞ。」
「ハハッ、其を御願いできたら一番なんだけどな。」
真っ平である。其をされる位なら即次元の迫間へ帰ろう。
「頼み事・・・か。まさか御前がそんな風に言ってくれるなんてな、」
「別に叶えてやるとは言ってないからな。」
でも自分は見逃さなかった。
ボスの彼の目が縋る眼が、執着だと言うのなら。
此奴も一瞬丈同じ目をしていた事を。
御前がボスの事を分かった気になれたのは、若しかしたら同じ物を見たからじゃないのか。
此の化物に、見てはいけない夢を重ねたからじゃないのか。
でも然う思ったのは一瞬だった。直ぐ子供の様な笑みに隠れてしまう。
「・・・いや、俺はもう、御前と会えて斯うして珈琲も飲めて十分過ぎる位だよ。」
「然うか、可愛い夢だな。金も無いのに私と珈琲でも飲んでる暇か?」
「そりゃあ旧友と一杯を過ごす位は赦してくれよ。俺だって・・・緩りしたいさ。」
付いた溜息は何だか重たくて、一つ鼻を鳴らして遠ざけた。
「じゃあそろそろ私は行くぞ。もう少し冥くなって来たし。」
もう話す事も無いだろう。実際窓の外は影が目立ち始めていた。
陰霖の中なので猶の事だ。闇を見ている丈で凍えてしまいそうだ。
「もうそんな時間なのか・・・。あ、セレ、あの・・・若し良かったら明日少し丈でも会えないか?」
「明日って、何でだ。」
一寸面倒だな・・・。そんな付き合う気はないのに。
そんな風にズルズル居座りたくない、こんな次元なんて去ってしまいたいのに。
軽く席を立った丈で奴は慌てた様に手を伸ばしていた。
丗闇も軽く腰を浮かせて二柱の顔を見遣る。
「あの、俺の約束、ちゃんと果たさないとと思ってさ。もう・・・今のセレには要らないかも知れねぇけど。」
「約束・・・?何かあったか?」
思わず首を捻ってしまう。記憶を掘り起こしてはみるが・・・。
「ほら、俺御前が大人になったら新品のオーバーコートやるって言ってただろ?だから、」
「まさかプレゼントか?いや、良いよそんな受け取れない。」
そっと服の上から叩いてしまう。
今纏っているのはガルダのくれた物だ。此奴がくれたのは時空の穴にある。
すっかり襤褸になってしまった。でも・・・彼の捨てられなかったオーバーコート。
大事にはしているが、でも彼の品は自分にとっての呪いだ。
此の忌まわしい前世があったと言う確かな証。
人間の目を遠ざける様に彼を纏っていた。此の世界の冷たい陰霖から護る為に常に被って。一体で眠れる様に抱かれて過ごしていた。自分を縛り付けて止まない呪い。
然うだ。彼は元々此奴がくれた物。勝手に自分の誕生日だと祝って押し付けられたエゴの塊。
彼を又、重ねると言うのだろうか。
確かに言っていたな。彼のオーバーコートは此奴の御古だから、もっと良いのを大人になったらやるって。
彼の時はそんな生きられる訳ないと分かり切っていたから何も自分は返さなかったのに。
実際然うだった。自分は・・・此の街で、疾うに死んでいる。
もう忘れてしまっていたのに・・・あんな事。
「実はさ、俺も子供達が大きくなって行ってさ。セレも居たら・・・同じ位だったなと思って、此の間買った許りの新品のオーバーコートがあるんだ。折角会えたんだ。だからせめて其丈でも。」
噫、此の目だ。
はっきりと自分は見た。彼の縋る目を。
分かる、自分は化物だから、殺しの精霊だから、人を心を食い物にして生きる神だから。
此が心の形か。私にも・・・分かる様になって来たよ。
見えない筈の目が捉える。此奴の形を。
つい舌舐りしてしまいそうな此の色は・・・、
断るのは簡単だ。此の儘此奴の元を去れば良い。でも、
屹度自分を此の次元へ惹き込んだ懐いは此だ。此の願いだ。
自分の為に、買ったのだと言う。
此奴丈が自分の死を認めずに何年も懐い続けていた。
金が無いと言った癖にプレゼントなんか買って、自分ですら忘れていた約束を憶えていて。
・・・そんな懐いが見えてしまった。噫こんな物、彼の陰霖に皆流されてしまったら良かったのに。
一つ息を付いて丗闇を見遣った。
彼女はじっとしている。一応自分に任せてくれるみたいだ。
「・・・分かった。明日だな。本当に受け取る丈だぞ。店とかには入らないからな。」
「噫十分だって。えと場所は・・・然うだ。此処の近くに教会跡があるんだよ。彼処なら目立つし、昼前に如何かな。」
「教会跡か・・・。」
「あ、別の所が良いか?」
「いや、分かった彼処だな。問題ない、じゃあ又。」
良く知ってる、其の場所は本当に良く知っている。
懐かしい、吐きそうな程にしっかり憶えているじゃないか。
あんな所を待ち合わせにするなんて。偶々だろうが何処か運命を感じそうになってしまう。
「珈琲、御馳走になったな。」
軽く手を振り店を後にする。後ろでナレーも手を振り返していた。
其をちらと丈見遣って丗闇は自分に並んだ。
「・・・会うのか、本当に。」
「噫、約束は護るよ。面倒だけれども其で彼奴と縁が切れるなら。」
其で終わり、全部終わり。
前世の全てを置いて行く為に自分は明日ナレーと会う。
「・・・丗闇、もう中に戻って良いぞ。悪かったな。こんなのに付き合わせて。」
路地の方へ足を進めた。もう誰にも見えないだろう。そっと足元の缶を蹴る。
「我は何もしていない。見ている丈だ。でも、一柱で良いのか。」
ついまじまじと彼女を見詰めてしまう。思わず息が漏れた。
「・・・いや、大丈夫だよ。まぁ只話し相手になってくれたら嬉しいかな。二柱して濡れる事もないだろう。」
何処か丗闇の目は憐れんでいる様な、不思議な色に見えた。
・・・如何して、丗闇がそんな顔をする。丗闇は見ていた丈だろう、其なのに如何して、全て分かった様な、そんな目が出来る。
「・・・分かった、其位なら付き合おう。」
「助かる。余此処に居たら昔の自分に戻ってしまいそうだからな。」
丗闇の姿が掻き消え、自分の中へ満ちるのを感じる。
噫、やっと少し落ち着けた。彼女が中に居ると思うと、安心出来る。
丗闇が居てくれたら、今の自分は確かに在るのだと分かるから。だから今は傍に居て欲しい。
此の呪われた世界からは解放されたのだと信じていたい。
「只丗闇、面倒事序でで申し訳ないけれども、一つ頼まれてくれないか?」
―面倒事・・・内容を聞いてからだな。―
助かる、手を貸してくれるならこんなに心強い事はない。
「良かった。未だはっきりは決めていないから一寸考えて置くか。」
少し陰霖が強くなった気がする。
歓迎しているのか、将又拒絶しているのか。
・・・流石に陰霖の声は聞こえないな。
さて、明日の昼迄如何仕様か。結構時間があるけれども。
―其より御前、行く当てがあるのか。―
「其なんだよな・・・。もう彼の家も無いだろうし。」
七年も経っているんだ。すっかり取り壊されてしまっただろう。街並も俤はあるが幾らか変わっている。
「まぁ一日位野宿しても何ともないけれども、少し歩いてみるか。」
―・・・歩くのか。―
「噫、此でも不思議で昔程毛嫌いはしていないんだよ。散歩位なら別にな。」
其は外の世界を見ているからだろうか。
もう自分として丸切り変わってしまったからなのか。此の世界が少しぼやけて見えるのだ。
少し滲んでぼやける様な、玻璃越しに見ている様な非現実感。
店から出ても其の感覚は変わらない。まるで自分丈此の世界から浮いている様な。
妙な心地だ。だから斯うして歩ける。
人間は変わらず恐い、でも其の人間すら此の世界の物と思えば、ぼやける。
以前の自分なら闇とは言え、日中に出るなんて有り得なかった。でも今なら、
ざっと波紋を広げる。人間が下を向いて歩き去って行く。
誰も目もくれない。化物の姿になんて気付かない。
仮に近付く奴が居れば追い払えば済む事だ。邪魔をするなら消せば良い。
だから完全には姿を隠さない。悟られた所で対処は知れている。
不思議な浮遊感、妙な自由と言うか此の隙間は・・・。
噫・・・分かった。然うだ、もう此の世界には、
ガルダが、居ないからだ。
だから旻が広く感じる。陰霖が冷たく感じる。人間がどんな形であれ関心を持てない。
知っているから、自分にとって此の世界は自分も含めて価値が無い。
幸も不幸も何も無かった空っぽの世界だ。
ククッ、そんな風に言えば此の世界の住人は黙っちゃいないだろうが、もう自分の中で然う完結してしまっている。
・・・良かった。丗闇が居てくれて。
でないと自分は此の世界を認識すら出来なかったかも知れない。引き摺られて自分の形を失っていたかも知れない。
少し路地を歩くと女が一人座り込んでいるのが目に付いた。
面倒だなと思う間もなく、女は此方を見上げると慌てた様に奥へ走ってしまう。
みすぼらしい物乞いであろう姿だ。汚れて這う姿は溝鼠の様で。
たった一睨みですっかり逃げ去ってしまった。別に喰う気は無かったがな。
残り香の様に冷たい色が一本の筋を作る。目を細めて其の跡を追った。
「丗闇、如何やら私は又変わってしまったみたいだな。」
―変わった?何か見えるのか。―
「噫、此は心、かな。何となく感情が見える。魔力みたいに。」
別に辿る気はないので角を曲がる。すると開けた通りへと出た。
左右から傘を差した者達が歩き去る。表情迄見ずとも、波紋が教えてくれる。
・・・少し丈美味しそうに見えてしまうが、こんな滓みたいな物に手を出したくはないな。
―御前、前ので・・・。然うか。精霊として其処迄変わったか。―
「ん、精霊として株が上がったのか?」
―と言うよりは性質の変化か。前死に掛けたからな・・・。奴の夢の中で目醒めただろう。―
「噫其だな。何となくは自覚しているんだが、躯が勝手に動く具合で私自身は良く分かっていないんだよな・・・。」
飃達に襲われ、存在が消え掛けた時に手を出した奴か。
感情、心、殺し以外から自分の存在を確立させた物。
ガルダにも話はしたが、未だ自分ははっきりと此を使い熟せていない。
「フリューレンスに教えを乞うた方が良いかな。」
―我は其の辺りの感覚は司っていない。確かに心についてなら奴が最も知っているだろうが・・・。―
「然うか。未だ食べ方も良く分からないからな。」
何となく見える程度だ。顔よりも分かり易く懐いが読み取れる様になった程度。
まぁだからあんな懐いにも気付けたんだろうけど。
―御前は本当に・・・何でも食べようとするな。そんなに食い意地が張っているか。―
「だって斯う言うのを食べられる様になれば、何れはガルダを食べなくても済むかも知れないじゃないか。」
食性が増えるのは良い事だろう。食わず嫌いは良くないな。
―何の道心を喰われた奴が如何なるかは分からないぞ。―
「噫然うか。ナゲキリュウ達も食べていたもんな。」
悲しみだとかを忘れてしまう。彼等の場合は感情丈を喰らうので、記憶だとかは其の儘なのだが。
心が軽くなると言うか、懐い出すのが苦にならなくなるんだよな。そんな生き方を選んだ心優しき龍達だ。
でもじゃあ自分も喰って同じ程度で済むのか、だよな。
・・・人や神だって存在毎全て喰らってしまっているし、感情や記憶の分別が付くのか如何か。
うーん、然う言われると全く自信は無いな。
「確かに自分が食べたら結局全部なくなりそうだな。」
―魂毎喰らって廃人にし、勿体無いからと結局全て食べてしまうのが落ちだろう。―
「良く分かってらっしゃる、流石丗闇だ。」
容易に想像出来た。此は寧ろ可食部が増えた、位の事なのかも知れない。
心なんて曖昧な部分だし、扱いは難しそうだ。
「じゃあ嘘発見器位にしか今の所ならないかな。」
―・・・そんなにはっきり分かるのか?―
「いや、今嫌な事考えてるんだな、とか。悲しんでいるとか其の位だ。具体的な内容迄は見えないし、如何やら自分が見えているのは負の感情丈かもな。」
―成程、未だ未熟そうだな。―
「噫、其は間違いないな。見えるって言っても真逆の事を考える丈かも知れないし、嘘の内容迄は見抜けないし。」
正直其のレベルなら頼る方が危険かもな。変な誤解をしてしまうかも知れない。曖昧な情報程扱い難い物もないしな。
「でも鍛えたら使えるかもな。悍い懐いは分かる様な気がするんだ。」
―御前自身の経験も必要になる訳か。―
「心が完全に読める様になれば楽だけどもな。」
まぁ其は其で苦労が絶えないだろうが。
知りたくない事も勝手に受け取ってしまうだろうし、うん。矢っ張り悩ましい。
でも、例えば駆引きだとか、戦いの場面では絶対有利に働くだろう。チート級の力だ。
欲しいって思ったら使えないかな・・・干渉力次第かも知れない。
―・・・何にせよ御前に渡したら碌な事にならないだろうな。―
「其はないだろう丗闇。ちゃんと有効活用するよ。」
―其の有効が、悪用か乱用を意味しているから我は憂いているのだ。―
「まぁ今更カウンセラーだとかに転職する気はないしな。」
仰る通りだ。最大限の利用とは悪用乱用に他ならない。自分の力なのだから遺憾なく使い切るだろう。
奥から溜息が一つ漏れた気がするが、そっと蓋をした。
然うは言ってもフリューレンスへ科した様に闇雲に見ようとは思わない。
心の声と本物の声が違う様に、其が全てではないんだ。
建前や偽りも一つの真実の形だ。私は然う思っている。
だから心丈を盲目的に見てはいけない。自分としては斯うして直接話す方が楽しいしな。
飽く迄も力の使い方だ。力に罪はない、使い手次第なのだから。必要に迫られた時丈使いたいな。
もう少し其方を意識して散策しても良いけれども。
・・・然うだ、折角なら一つ位寄ってみようか。
少し足を早める。本の少し丈残った懐い。
街並が変わっても道程は覚えていた。陰霖に其の全身を晒し乍ら、セレは前丈を見て早速向かうのだった。
・・・・・
―成程、彼処か。御前が来たかったのは。―
「噫、まぁ一寸丈な。」
少し奥まった路地を通る。
陰霖は相変わらずだが、幽風が少し出て来た。僅かに肩を窄めて足を進める。
もう目的迄近付いて来たので丗闇も察したのだろう、歩き慣れた道だ。
多少景色は変われど、目的地自体は如何やら変わっていない様だ。
其処丈唯一曦が漏れている。扉を開けた儘にしているのだ。何とも不用心だが、其は店があるからだ。
隠れた者丈が立ち寄る店、此処は魔術具専門店だ。
懐かしい、ひょんな事から此処を通った訳だが、まさかすっかり常連になってしまうとは思いもしなかった。
唯一、自分が対等に話せた人間だ。彼処の店主丈は自分を自分として見てくれていた。
飽く迄も客と店主の関係だが、彼の時の自分に対してそんな対応が出来たのは彼丈だ。
顔を見せても良いと思ったのは彼の老い耄れ位だ。果たしてどんな反応を見せるだろうか。
さっと波紋丈飛ばしているが、店は開いている。只、無人の様に見えた。
其でも明かりを付けて開いているのなら、奥にでも居るのだろう。兎に角入ってみるか。
店自体は何も変わりなかった。少しぼろくなってしまった風には見えるが、其でもたった一つ自分を迎えてくれる曦だ。
少し息を詰めて中へと入る。途端に懐かしさが込み上げて来た。
相変わらず変な品物が所狭しと置かれている。魔力に少しは詳しくなったので今なら何となくは感じ取れるが。
確かに、何も魔力か、変わった力を感じるな。媒体なんて自分は羽根や血位しか使わないが、此等は如何使うんだろうか。
偶に店主が話してくれたりもしたが、此の世界の術自体に自分は疎かったので余り理解は出来なかった。
其の時決まって店主は人間の術はややこしいから、君達からしたら無駄許りなんだろうなと笑っていたが。
何かの動物の骨に、模様が刻まれている輝石、変わった色の液体が詰められた小瓶。
何とはなしに見ていると奥の扉が開いた。
「あ、どうもいらっしゃいませ。」
でも掛けられた声は自分の記憶した物より幾分若くなっていた。
思わず顔を上げると一人の青年と搗ち合う。蒼く澄んだ目をした青年は僅かに息を呑んだ。
見ない顔だな。つい身構えそうになるけれども。
「今店主は居ないのか。」
「あ、まさかじぃちゃんの、」
はっとした様に青年は出て来る。そして改めて自分を見遣った。
「まさか彼奴の孫か・・・?」
然う言えばそんな話をしていた様な・・・時々比べる様な事を言っていたが。
名前も知らない、斯うして会うのは初めてだ。
「っ矢っ張り。あの、じぃちゃんは四年前に亡くなって・・・、」
然う言って彼が目を寄越した先には一つの写真立てがあった。
―・・・見えるか。―
―えと、何となくは。―
波紋を強めると一応見えなくはない。中の写真は密閉されているので透過は難しいが。
人影が見える程度だと思ったが、急にはっきりと輪郭が見て取れた。
―・・・有難う丗闇。―
丗闇がイメージを送ってくれたのだ。気を遣わせてしまったな。
彼女の目にははっきりと見えていた。皺だらけの背の低い老人の姿が其処にある。
二、三歩寄ってそっと手を掛けた。
間違いない、此の顔は・・・彼の店主だ。
「然うか、もうくたばっていたか。」
確かにもう高齢だったし、七年も経てば然うだな。
何て事はない。寧ろ此の齢迄生きられたなんて大往生だ。
でも然うとなっては用が無くなってしまったな。少し挨拶位したかったのに。
「済まない、邪魔したな。」
「っ待ってくれ、若しかして貴方は魔物・・・なのか?」
背を向け掛けたが、じっと見詰め返す。
化物と呼ばずに然うと。でも其の目は怯えてはいない様だった。
「如何して然う思うんだ。」
「・・・僕も見えるから。明らかに貴方の魔力は人の其じゃない。其にじぃちゃんが言ってたのって。」
然う言えば然うだったか。幾ら姿を変えても漏れ出る魔力を敏感に感じ取る者はいた。
奇しくも彼も其の力を授かったのか。彼の店主と同じ様に。
「何か、彼奴が言っていたのか。」
青年は一つ頷いてちらと外を見遣った。
「良かったら少し丈話をさせてくれないか?店は閉めるから。」
「・・・噫分かった。」
其は本の気紛れか、見ず知らずの人間と話したいだなんて。
でも彼の店主の事は矢張り気に掛かった。何て事はない、只金を得る為に通っていた丈なのに。
そっとオーバーコートのポケットに手を入れる。中には彼のムーンストーンの御守りが入っていた。
其の冷たさを噛み締める。此は、此の店で唯一買った物だ。
ガルダへの記念日に。すっかり懐い出は塗り潰されてしまったけれども。
青年は急いで扉を閉めて、明かりを少し弱めた。
一見閉じ込められた形になるが、何て事はない。騙す気だとかは更々ないだろう事はもう分かっている。
彼の向ける目で分かった。彼の店主と同じ目だ。自分の異端を見定める様な目ではなかった。
「其で、一寸確認しても良いかい?僕も未だに信じられなくて。本当にじぃちゃんの客に魔物が居たなんて。」
「じゃあ此なら信じられるか?」
さっと左腕と目元の晒を外して見せた。
翼や尾を出す方が手っ取り早いだろうが、此処は狭いからな。
こんな睨む六つの目を見てしまえば少しは怯むと思ったが、青年は一つ息を呑む丈だった。
「本物だ・・・。本当に実在していたんだ。す、済まない疑ったりして。」
「恐がらないんだな、案外。」
「魔物は人間よりずっと賢いんだから無礼をしなきゃ話してくれるって、じぃちゃんが言っていた物で。」
そんな風に話していたのか。彼奴がどんな風に思っていたのかは気になるが。
別におべっかだとかではない事は長い付き合いで分かってはいた。彼奴は本当に、ある意味狂った様に魔物を信仰していた。
だから恐れない、話す丈なのだから。人間みたいに野蛮に武器を振り回しはしないから。
そっと晒を巻き直す。問題ないと分かったとは言え、晒して置くのは生理的に気になってしまう。
其の間に青年は奥へ引っ込み、一つの箱を抱えて戻って来た。
「ほら此、此は貴方の翼だってじぃちゃんが言っていたんだ。」
木製の箱の金具を外して見せてくれる。其処には大きな、まるで鴉の様な翼が納められていた。
何とも見覚えがある、紛れもなく此は最後に此の店へ訪れた時に渡した物。
自分でしたとは言え、斬り落とされた翼を見ると少し気持悪く見えてしまう。余り繁々と見たくはないけれども。
でも箱に入れてあった辺り、保存状態は良かったみたいで其の羽根一枚一枚には未だ艶があった。
七年も前のとは思えない、朽ちていない完全な翼だ。
「然うだな。間違いない、私の翼だ。」
「然うか・・・噫まさか本当に会えるなんて、貴方を見なくなってからじぃちゃんはずっと貴方の事許り僕に話してくれてたんだ。」
「そんなに口が軽い奴とは思っていなかったが。」
ちらと写真を見遣る。微笑して見詰める丸い目を見る丈で、懐かしさが沸き起こる。
彼奴に見詰められている時は、嫌だとは思わなかった。目を合わせて話す事も躊躇わなかったんだ。
「噫勿論、秘密だって何時も念を押されていたよ。でも此の翼を貰って其から来なくなったって。あの、貴方が死んだって事件を聞いて、じぃちゃんはずっと・・・後悔してて、」
「後悔?彼奴がか?」
事件の事は流石に耳に入っていたか。
でも後悔、まぁ然うか。御得意さんだった訳だし、彼奴にとっては痛手だったろうか。
「えぇ・・・翼なんて貰った所為で、貴方は事件に遭ったんじゃないかって。全力を出せなくて、其で殺されたのかって・・・何時も大事そうに此の翼を持ってたよ。」
然う言って彼は箱を閉じて両手で持った。
其の姿に、何処か重なる。彼奴も然うしていたのかと。
後悔なんて・・・そんな。
何だ其、其じゃあまるで・・・情でもあったみたいに言うじゃないか。
こんな化物にする物じゃない、掛ける懐いじゃない。
目が回る、酔い然うな此の懐いは何だろう。
呑み込めない、受け止め切れないんだ。こんな・・・こんな物、知らない。
如何してくたばった。もう少し生きてさえいれば会えたのかも知れないのに。
じんわりと苦しい物が込み上げて来そうで目を閉じる。
はっきりと自覚する。彼奴は死んだと。もう・・・会えないんだと。
別に掛ける言葉なんてなかった。顔を見られたら良かった、其位だったのに。
・・・そんな事を懐った儘、御前は死んだのか。
「でも斯うも言ってましたよ。其でも、彼の程度で死ぬ様な貴方じゃないって。屹度何処かで生きている。だから店は開けていて欲しいって。何時か陰霖の降る霄に屹度来るだろうからって。」
「まるで予言だな。まんまと誘われて来てしまったか。」
青年は少し丈目元を和ませた。そして肩の荷が降りたとでも言う様に息を付く。
「然うですね。ようこそ来てくれました。僕は店主代理ですが、緩りして行ってください。貴方が若し来たら、是非力になって欲しいと言付かっていたんですよ。」
「・・・随分好いていたんだな、彼奴の事を。」
「はい、何より本当に楽しそうに貴方の事、話してたから、僕丈じぃちゃんと同じ様に目を持っていたから。本当に、楽しそうで・・・。」
懐い出して来たのか小さく鼻を鳴らす。
そして写真を見詰める目は穏やかだった。
「じぃちゃんを訪ねて来られたなら、何か入り用があったんじゃないですか?僕に出来る事なら手伝わせてくださいね。」
「用か・・・。久し振りに此方へ来れたから顔を見せに来た丈なんだが。」
折角の好意なら甘える可きだろうか。全く困っていないのかと言えばそんな事はないし。
抑此の世界では得られなかった筈の幸運でもある。
「・・・然うだ。良かったら今晩丈、場所を貸してくれないか?急遽此方に用が出来たんだ。」
「其なら奥の部屋、貸しますよ。じぃちゃんが使っていた部屋だけど、良いかな?」
「噫助かる。其と一つ欲しい物があるが、其も頼めるか?」
「はい、大丈夫ですよ。屹度じぃちゃんも貴方の役に立てて喜んでますから。」
然う青年は彼の店主に良く似た笑みを浮かべるのだった。
・・・・・
「一寸遅れちゃったかな・・・。」
陰霖の中、紙袋を抱えてナレーは走っていた。
教会迄後もう少し、早くしないと彼の時みたいに置いて行かれてしまう。
こんな日に限って中々仕事を抜け出せなかったのが悔やまれる。折角セレに会えるってのに。
分かる、今を逃せばもう屹度二度と会えないと。信じていた裏で諦めていた小さな願い。
こんな幸運は然うない、此の世界で生きる中で幸運なんて滅多にない。
其でも我武者羅に生きて生きて、斯うして巡り合えたなら、
此の幸運はもう二度と訪れない、其程の日だってのに。
濡れるのも構わずに走り続ける。でも手にした紙袋丈は大事に抱えて。
角を曲がると見えて来た。寂れた小さな教会だ。
もう神も人も居ないので荒れ放題だ。道行く人も誰も気にしない。
目立つ所だから取り敢えず此処にしたけれども、彼女を誘う所としては余りにも雰囲気がぶち壊しだ。
もっと気の利いた所にすれば良かったとちくりと後悔しつつも、目当ての人影を確認する。
「セレッ!あ、えっと、」
つい声を掛けたがはたと気付く。其処に居たのは黔髪の正女だった。
うっかり後姿が完全に彼女そっくりなので思わず呼んでしまった。でも確か彼女はセレの影武者だったか。
如何言う関係か分からないけれども本当そっくりだ。彼女も俺に気付いて目を合わせる。
何だか肩が揺れているが、彼女も走って来たのだろうか。若しかしてセレに何かあったのかな、其で代わりに来てくれたとか。
一抹の不安を覚えて彼女に近付くと、少し丈目を泳がせ、一歩彼女も近付いた。
何か困っている様な、そんな黔い瞳で。
噫本当に似ている。時々セレが見せていた、人間を見る目。
何時も強がっていたけれども知っている。彼女は・・・人間が恐かったんだ。
でも其を必死に隠していた。其の姿が何処かほっとけなくて。
俺もそんな人間の一人なのに・・・然う言う所が嫌われていたんだろうなぁ。
其でも彼女は俺の事を憶えていてくれた。其の記憶の中に残してくれていた。
其が、本当に嬉しかったんだ。
「えっと、セレは如何したんだ?」
「噫ナレー、何時もみたいにもっと緩り来てくれても良かったんだがな。」
聞き慣れた声に振り返るとセレが居た。
陰霖の中、堂々と自分を見据えて歩いて来る。
そして其の手には・・・銃が握られていた。
如何してそんな物、物騒なのは然うだけど、そんな偸閑に持っちゃあ、
如何しても身構えてしまう。彼の恐ろしさを俺は十分知っている。
嫌いだ、あんな易々人を殺せる武器なんて。でも、其でも如何してセレが。
思考が纏まらず固まってしまう自分の前にセレは立った。
如何してか其の目は昨日よりずっと凍える位冥く感じた。
此は・・・まさか恐怖?如何して、見えない筈の視線は・・・若しかして殺気、
曲がりなりにもそんな世界で生きて来た彼である。じっと観察する目に変わる。
其でも今の彼は丸腰だった。手にしているのは・・・此のオーバーコート丈。
「セレ・・・何、してるんだ。」
「ん、別に其奴を殺しに来てた丈だが。」
「こ、殺すって・・・え、何で、」
思わずちらと正女を見遣り、そっと彼女の前に立つ。
分からない、分からないけれど今は止めないと。
あんな怯えた目をした彼女をほっとけない。
「何でって・・・影武者は然う言う物だろう?七年前と一緒だ。追っ手を撒くのには此の方法が手っ取り早いんだよ。」
然も何でもない様にセレは答えるが、目は離さない。銃も、持った儘だ。
でもセレの銃に気付いたんだろう。辺りを歩いていた人達も足を止めて幾らか下がる。
自分だって逃げたい、でも此処で逃げたら、
「そんなセレ、足を洗ったって昨日、」
「洗ったとは言っていないぞ。其に此は私が生きる為に必要な事なんだ。彼奴等を皆殺しにするより余っ程優しいやり方だろう?」
「でもこんな事、だ、駄目だセレ、彼女は何も悪くないんだろ?そんな無関係な人を殺したら、」
まさか昨日一緒に居たから普通に連れだと思ったらまさか殺すなんて。
自分は彼女の事を知らない。知っているのはセレの事丈、でも、
でも・・・黙って見ていられる訳がない。セレが人殺しをする事も、然も其の相手が彼女と瓜二つで。
屹度此処を動いたら俺は後悔する。又セレを殺してしまう、俺の中の彼女を。
奥歯が震えて鳴りそうになるのを何とか堪えて立つ。
知ってる、彼女の事は。多少なりとも知っているつもりだ。彼女は妥協なんてしない。やる事はきっちりとする。
だからこんな美しく成長した。生き残れたのは、其の気高さを汚させなかったから。
じゃあ俺は、俺は・・・如何なんだ。
「・・・此だからさっさと殺して置きたかったんだがな。思ったより逃げるし手間取るわ邪魔は入るわ。」
小さく溜息を付かれる。其の表情は俺の良く知る物で。
然うだ。俺は邪魔でしかないんだろう。彼女を正そうとか、エゴを押し付ける丈の鬱陶しい路傍の石だ。
俺が護りたいのは最初から俺自身、俺の中のセレ、エゴなんだ。俺の正義を掲げたい丈。
じゃあ如何する、俺は、如何する可きだ。
彼女の為を想うなら、さっさと退いてやる可きだ。此で彼女が生きられるなら其の方が良いに決まってる。
又彼の時みたいに、人知れず路地で殺されるなんて、そんな最期があって良い訳ない。
・・・分かってる、分かってるのに何で足は動かないんだ。
俺は咄嗟に着ていた上着をセレに投げ付けた。
僅かに彼女が下がる。其の隙に俺は振り返って正女に向き合った。
「何処か隠れて、此着て直ぐ逃げろっ!」
手にしていた紙袋を彼女の胸に押し付け、背を押す。
戸惑った様に彼女は目を見開いて、でも小さく頷いた。
「・・・有難う。」
雨音に紛れ掛けた其の声を、はっきりと俺は聞いた。
噫然うか・・・屹度此が救いなんだ。
懐かしい声、礼なんて言われたの何時振りだろう。
弾かれた様に彼女は走り出した。しっかりと紙包みを抱えて、路地の方へ潜り込んで行く。
「・・・やってくれたな、ナレー。」
俺のした事は何の意味も無いかも知れない。結局彼女は直ぐ捕まるかも知れない。
其でも、俺は示せた。俺のしたかった事、俺の意志を。
もう逃げる必要もない。緩り振り返ると・・・水鏡が出ていた。
真昼の陰霖の筈なのに静かに澄んだ水鏡だ。其がじっと俺を見据えている。
セレは俺の上着を払い退け、銃を真直ぐ此方に向けた。
口元は嗤った儘だ。彼女にとって此の程度のアクシデントなんて何でもないのだから。
「左様ならだな、ナレー。」
脳天に向けられる、ぶれない照準。
彼女は本気だ。冗談なんて言わない。俺は此処で・・・、
走馬灯なんて言うんだろうか、たった一瞬の事なのに余りにも沢山の懐い出が俺の中を過った。
何も懐かしい物だ。今目の前に彼女が居るからだろうか、彼女の事が幾つも鮮やかに甦って。
其の中で最も、今の彼女は美しく見えた。そして其の意味を・・・やっと俺は理解した気がする。
・・・俺、矢っ張り馬鹿だな、今更気付くなんて。
何か、何か言わないと。でも其は命乞いなんかじゃない。そんな物、彼女は聞きたくなんてないだろう。
辞世の句?そんな洒落た物は知らない。じゃあ只、伝えたい事を伝える可きだろうか。
一言、一言丈、噫、だったらあるじゃないか。
「・・・有難う、セレ。」
一瞬、本の一瞬丈、彼女の口元が歪んだ気がした。
其を最後に、俺の意識は闇へと落ちて行った。
・・・・・
「丗闇、待たせたな。」
路地で雨宿りしていた丗闇が胡乱気に目を向けた。
其処には幾らかオーバーコートを血で濡らしたセレが立っていた。手持無沙汰そうに両手を振っている。
「悪かったな、下手な芝居なんてさせて。」
困った様に笑う彼女から何となく丗闇は顔を逸らした。
「・・・別に。今回は特別だ。」
セレも一息付いて丗闇に並んだ。オーバーコートを振って雫を零す。
でもしっかりと血は浴びてしまった様で、其の程度では落ちなかった。
「噫、折角の一張羅なのに。」
「・・・彼奴は始末したのか。」
「ん、噫。全く、最後迄気持悪い奴だったな。」
自分に殺されるってのに彼奴は咲っていた。
馬鹿みたいに不細工な笑顔を浮かべて・・・てっきり命乞いでもすると思いきや。
・・・有難う、なんて・・・本当呆れる。
「気は済んだか。」
「・・・まぁ一応は。矢っ張り殺して正解だったな。」
溜息がつい漏れたが、丗闇はちらと丈見遣ると又目を伏せた。
「態々、こんな臭い芝居をする必要があったのか。」
「・・・別に、行き成り打ち殺すのも芸がないと思った丈だよ。」
「本当に其丈か。」
「・・・丗闇。」
何が言いたい。珍しいじゃないか、そんな突っ掛かるなんて。
抑あんな役を引き受けてくれたのも意外だったけれども。
私から逃げる影武者役だなんて、最大の皮肉じゃないか。
丗闇も何か気付いたか僅かに口を開け、薄く目を閉じた。
「・・・我が詮索する事ではなかったな。忘れろ。」
「いや、此方こそ協力して貰って此の態度はなかったな、済まない。未だ一寸整理出来ていなくてな。」
然うだ、責任を果たさないと。彼女に只働きなんてさせる可きじゃあないだろう。
「でも本当に大した事じゃないんだ。まぁ私らしくはなかっただろうけど、御蔭で気持悪いよ。でも記憶を見てくれている丗闇なら、何となく分かってくれるかと思ったんだよ。」
同じ記憶でも見方は違うだろうけど。
私は我儘で自分勝手だから、だから自分の都合で殺した丈だ。
「・・・彼奴は如何だったんだ。」
「ん、其の儘脳天一発だったよ。けど、まさか最後に御礼を言われるとは思わなかったけど。」
「礼か・・・。其が彼奴なりの救いだったんだろう。」
「へぇ、丗闇は然う思うのか。」
何だろう少し丈丗闇を遠く感じる様な。
救いなんてそんなの、まるで見たかの様に彼女には伝わったのだろうか。
「然う言えば其は、」
そっと丗闇が抱える紙袋を指した。其処で初めて彼女も手を緩める。
「・・・っ然うだ。此は御前のだろう。」
袋の上部が破けて、中から布地が覗いていた。
噫此か、此を渡す為に彼奴は、
こんな物を渡しに来なければ殺される事もなかったのに。
「・・・其は良かったら丗闇が貰ってくれないか。」
「何故だ。此は奴が、」
「私には・・・其を着る資格なんて無いよ。」
俄に通りの声が賑やかになる。
やっと動いたか。相変わらず鈍間だな、人間って。
誰も憐れな彼奴を助けようとはしなかった。死んで初めて集り、見世物にし、話の種にする。
どんなに無能でも彼の銃位は見付けてくれるだろう。犯人の手掛かりだ。指紋は無いだろうが、大分フレームを歪ませてしまったんだ。化物の犯行だって直ぐ気付くだろう。
一応無難な型にしたし、彼奴の物だとはばれない筈。
「・・・如何しても受け取る気はないのか。」
「噫、最悪其処に捨て置くよ。だったら子供一人位冬を凌げるかもな。」
然う言うとギュッと丗闇は紙袋を強く持った。
「・・・分かった、我が預かる。でも飽く迄預かる丈だ。」
「うん、其で良いよ。有難う丗闇。」
ちらと教会を見遣る。此処からなら僅かに尖った高い屋根が覗けて見えた。
結局彼処に神は居なかったんだろう。自分の祈りだって届きゃしなかった。
本当に空っぽだ。然う、もう此の世界は私にとって空っぽになったんだ。
もう彼奴は居ない。此で又此の世界へ叩き堕とされる事も無いだろう。
噫もう、黔日夢の次元の時に一緒に壊してしまえば良かったのに、こんな芥溜めなんて。
「さ、もう帰ろう丗闇。もう陰霖に濡れる事もないだろう。」
「・・・噫、然うだな。」
路地から二つの影が消え去る。後には冷たい陰霖丈が変わらず降り続けるのだった。
・・・・・
陰霖が降る、遺された物に価値はあるか
詠声丈響く、化物の影丈を踏んで
救いを求めて陰霖を飲め、此の旻に溺れる前に
ほら聞こえる、救いの音が
誘われる儘に縋り付け、もう直ぐ見える彼の旻が
噫、やっと鳴り止んだ、此の世界は酷く静寂だ
はい、御疲れ様です。噫・・・此の脱力感が良い。
如何だったでしょうか、一応冥いストーリーとしていますが、個人的には割とハッピー寄りな気もします。
只此は見方次第だと思うので、其の辺りは御想像に御任せしますが・・・。
でも今年の最後の最後に出せたのが本当に良かった・・・凄くすっきり!
いや、良いですね。若しも此処迄熱心な読者がいらっしゃれば恐らく其の方達が此の話を見るのは来年の筈なので・・・。
胸に痼が何か残ると良いな。そんな話を目指して今年の最後迄書きたいと思います。
其では良い御年を!次はもっと良くも悪くも趣味全力な御話を御届けします!
では御縁がありましたら御会いしましょう!




