4次元 霧の空山に秘め翳しは偽りの釼の次元
皆さん如何御過ごしでしょうか。私は頗る機嫌も体調も良い物で思い切ってまさかの四話、投稿です。あんなに漢字も読み替えも多いのに未だ読んでくれているとはありがたやありがたや。
読み替えと言えば次元の迫間や魂鎮の卒塔婆等がある訳ですけれど、何を元にあんな読み替えをしているか御気付きでしょうか?殆ど英語なんですけれど、一部は異世界と言う事で敢えて可也無理な造語等にしています。やっぱかっこいいもん、中二病って分かっているけれども。何時か読み替えの魔法とか唱えたいなぁ・・・今漢字ばっかだし。
然う言えば漢字、読めるでしょうか。成る可くルビは振っているんですが(其の所為で誤字が増えてより読み難く・・・)薫風とか氷鏡とか、色々遊んでいる所為で筆者は日常の文章を書く時も結構苦労してしまいます・・・。変に漢字が多過ぎて相手方に読み難いよ!って返されるのもしょっちゅうです。漢字が好きで、使われていない漢字があると勿体なくて使いたくなる訳ですが、読み難くなったら本末転倒です。善処しなければ・・・うん。
でも漢字って面白いですよね。例えば作中にも出ているんですけれど、同じ黒でも沢山あります。漆、玄、黔・・・全部意味が違うのだから又良い。だから成る可く筆者も使い分けて書く様にしている訳ですけれど、何分学がない物で可也誤った使い方をしてしまっている物もあります。若し然う言うのがあったらどんどんコメントくれると迚も助かります。もっと勉強しないとなぁ・・・。
さてさて、本題に戻って第四話です。幸せの4か、死の四か・・・其は見てのお楽しみ。
勇者よ、釼を取れ
己の振るう釼に迷いはない
其の真っ直ぐな軌跡は何を捉える
迷いがないのは悍さか
将又迷う可き物を知らないからか
勇者は知っている
憾み辛みも又悍さだと
己を悍くする物だと
其以外の悍さも彼は心得ている
只、其を持ち合わせていない丈で
勇者は釼を振るう
其は誰が為の釼なのか
・・・・・
「セレよ、何処が良い景色なのだ。」
ハリーが困った様に旋回を繰り返す。地上に降りられないからだ。
ハリーの眼下には何処迄も続く熔岩が広がっていた。其は時折音を立てて泡を弾く。
「ほ、ほら見方に因っては美しいだろう。紅炎だって見られるぞ。」
「う、うむ。然うなのだが・・・。紅鏡なのか?此処は。」
何とか無事、迫間に着いた。怪我も治った。
だが思い返すと迫間の、ガルダの家から外へ出たのは初めてだ。一体どんな景色が広がっているのか想像も付かなかった。・・・でもまさかガルダが初めに言っていた通りになっているとは・・・。
冗談だと思っていたよ。此じゃあ本当に御遣いに行けないよ。
「あ、ほら、彼処に家・・・店があるだろう?彼が私の店だ。」
小さくぽつんと佇む店を発見。
看板があって助かった。然うか、屋根はコバルト色だったのか。此でもう大丈夫だ。迷わず帰れる。
「中々過酷な所に住んでおるのだな。其の勁さも納得が行く。」
確かに。此処なら悟りも開けて仙人になれるだろう。勇も大喜びだ。こんな所に住んでたなんて自分も知らなかったけれどね。
ハリーはそろそろと店に近付き、屋根に着地した。家が潰れない様にとの配慮か本の少し浮いている。まぁ地面には降りられないものなぁ・・・。店から1m位の範囲しか安全地帯ないし。でも店とかが大丈夫って事は此の熔岩はそんなに熱くないのかも知れない。汗ばむ程度の熱さは感じるが、燃え上がる程ではない。
「良し、ハリーは其処で待っていてくれ。ガルダには私から言って置こう。」
ひらりと背から降り、扉の前へ降り立つ。怪我の後遺症も無いし、重畳だ。
後はガルダに如何説明するかだが・・・。
扉をノックし、開ける。ドアベルの音が軽やかに響く。
「今帰った。」
「御ー帰りー。」
ソファーに腰掛けていたガルダが手を振る。
見ると向かいにはリュウも腰掛けていた。だがモフモフはいなくて代わりに古めかしい大きな本を持っている。見るからに重そうだ。
「おいリュウ!モフモフを何処へやった!いけしゃあしゃあと其処に座りやがって!」
急に怒鳴られ、リュウは持っていた本を机の上に取り落とす。重々しい音がして弾かれた様にリュウは顔を上げた。
「何で怒ってるんですか!僕は一度帰って此の本を持って来る為に来た丈ですよ!ですよね、ガルダさ・・・ガルダ!」
親しみを込めて呼び捨てにした様だが、却って其が威圧的な響きを持つ。僅かに身震いし、ガルダが応じる。
「お、おう・・・後セレ、客に突っかかっちゃ駄目だぞ。御前のモフモフへの愛は分かったから。」
軽く窘められ、額に手を置く。うん・・・一寸モフモフに熱狂し過ぎていた様だ。気を付けよう。
「噫、済まないリュウ、行き成り怒鳴ったりして。少し気が動転してな・・・。」
「分からなくもないですよ。彼の柔らかさ、触り心地、毛艶はもう病み付きになりますからね。」
おぉ、理解してくれるか。君とは良い関係が築けそうだ。家族にも似た仲になれるかも知れない。モフモフ家族だ。
「マフラーに最適だよな。」
「マットに最適ですよね。」
・・・おや?御近付きにはなれそうもないですな。マットだと?其だと足元しか彼の柔らかさを味わえないじゃないか。然も汚れてしまう・・・。まぁでも此処で事を荒立てても致し方ない。君とは客と店の関係、つまりはビジネスなんだ。私情は挟まず、飽く迄大人の対応をしよう。彼は聞かなかった事にするんだ。此で仕事上でも円滑な、ベストな関係を維持出来る。
二柱は全く同じ思考回路で全く同じ答えを導き出した。同時に顔を背け、話を終わらせる。
「然うだガルダ。ほら例の石だ。でも何に使うんだ?こんな石。」
時空の穴から石を取り出して渡す。ガルダは石を掌で転がし、納得が行ったのかそっと握った。
「サンキュ。助かるぜ。何に使うかは秘密だが、本当に助かったよ。」
「序でにガルダ、彼奴がメンバーに入りたいって言っているんだが。」
窓を指差す。丁度ハリーが中の様子を窺おうと顔を覗かせていた。
「彼奴・・・?」
ガルダも窓を見る。だがガルダが反応するよりも早くリュウが跳び上がった。
「そ、そんなまさか!其の子は幻霧龍、ハルスリー・ションじゃないですか!うはぁ!まさか生で見られる時が来るなんて!」
ガルダがハリーよりもそんなリュウに驚き、只々凝視してしまう。自分とハリーも同じ目を彼に向けたに違いない。
何此のスターを見付けたファンの様な反応。新種じゃなかったみたいだけれど、此は此で凄い反応だ。
「・・・でガルダ、此奴ハリーが此処に入りたいと言ってな。其で・・・。」
「本当ですか!凄いです!かっこいいです!噫もう幸せ過ぎて・・・っ!」
「・・・リュウ。そんなにハリーは凄いのか?」
此では話が進まない。先ずは彼を鎮めよう。荒御魂よー鎮まれー。
「凄いも何も三大伝説龍の一頭ですよ!元は此処にいた龍が次元の者の願いに引き摺られて彼の次元で幻霧龍になったと言われています。だから僕は会った事がないし、知識も其の次元の文献に因る物です。で、何より凄いのは彼は唯一幻属性の使い手な事です!あ、抑三大伝説龍と言うのは其々が此の丗に二つとない属性を持った三頭の龍の事で、彼の他にも・・・。」
「はいストップ。リュウ、御前の気持ちも良く分かる。私もモフモフを見た時そんな風になるからな。だが今は抑えろ。後でじっくり語ると良い。」
「本当ですね!約束ですよ!」
スゲー食い付く。まぁ一応収まっただろう。後で彼にハリーでも差し出せばリュウは其方に夢中になって語る事も忘れるだろうし、我乍ら中々冴えたダメージコントロールと言えよう。
さて、話を進めるか。
「・・・で、ガルダ。ハリーが此処に入りたいと言っているのだ。」
「噫、うん。良いよ。」
何か思う所があるのか少し困った風に、でも結局ガルダは快諾した。
「何だ余り驚かないのだな。龍を仲間にするのは割と普通の事なのかガルダ。」
「噫、うん。否、普通じゃないけど、リュウの彼を見て普通に思えて来たって言うか・・・。」
「・・・然うだな。」
ちらっとリュウを見る。凄く目をキラキラさせてソファーに座り、ハリーを見ていた。対してハリーは少し青褪めている。入り難いのだろう。
「でもセレ、その・・・ハリーは中に入れるのか?一寸外に置いとくのは何て言うか・・・可哀相だし、危ないだろ。」
然うだね。熔岩とか死んじゃうもんね。
「其なら良い手があるのだ!」
窓をバンバン叩き、ハリーは自信有り気に言うと扉の方へと向かった。
長い尾が窓から見えなくなり、さて如何しているのかセレは波紋で様子を探る事にした。
あー成程、其なら大丈夫そうだ。確かに良い手だが・・・何をしているのだろう。
中々ハリーが入って来ない。時々ガリガリと扉を削る様な音がする丈だ。一同はじりじりとハリーが何をしているのか待っている訳だが、外の様子が分かっている筈のセレが一番、ハリーが梃子摺っている理由が分からなかった。
助け船にと、セレが扉を開けてやる。すると其処には人身に化けたハリーがいた。
ハリーは青年の姿を取っており、長く伸ばした髪は彼の龍の姿のハリーに灯っていた焔と同じく蒼皓で、先を軽く結わえている。手足に青刺と輪が嵌められていて、爪が龍の時を意識してか長く尖っていた。服は寛としたシンプルな物で、浴衣に少し許り似ていた。恐らくハリーの居た次元に棲む者が身に付けていた物なのだろう。
少し罰の悪い顔をしてハリーは入って来た。其の折に手の輪が鈴の様な音を立てる。中に鈴でも入っているのだろうか。
「済まぬ。手間を掛けさせたのだ。」
「其は良いけれど、何していたんだ?」
「人身に等、滅多に取らぬのだ。其の手先が少し許り問題があってな・・・。」
「ドアノブを握れなかったと。」
「・・・うむ。」
悄気た様にソファーに座る。だが座り難かったのか何故か足を滑らせ、盛大にソファーの上を転がった。
「・・・ドアノブも掴めない奴だが、良いか?ガルダ。」
「うん。大丈夫だよ。ドアノブより屹度彼は大事な物を掴んでくれる。俺は信じるよ、然う。」
ガルダが何処か遠い目をしているが屹度大丈夫だろう。
良かったな、ハリー。宿無しにならなくて済みそうだぞ。・・・と言っても此処が引き取らなくてもハリーを寵愛してくれる奴はいるだろうけれどな。此奴の様に。
「はぁあー凄いなぁ。幻覚でそんな事も出来るんですね!本当は龍の姿で其処に居るのに、実体を駆使する事で人の身になってる・・・。凄い、矢っ張り凄いよ!一寸御出で、ほらほら〜。」
リュウが御出で御出でをしている。暫し苦い顔をしていたハリーだが、そっと頭をリュウの方へ寄せた。
わしゃわしゃー。其の頭をもう凄い勢いで撫でる撫でる。だが其が気持ち良いのかハリーは目を閉じて喉の奥を鳴らしていた。良いなぁ其の技術。自分も欲しい。
「流石は龍の番神だな。」
「然うでもないですよー。あー可愛い可愛い。あ、そだセレ、此見て下さい。此は『龍古来見聞録』です。門外不出の龍の番神の家宝です。此には全ての龍が記載されています。今後の為にも目を通して下さいね。」
「門外不出・・・ね。」
ハリーを片手で撫で乍ら、リュウはもう片方の手で机に置いてあった鈍器・・・否、本を指し示す。凄く重そうだ。・・・否、実際に重い。持てるかと思ったが、片手じゃ無理だった。何千頁あるか分からないが、両手で此を持って読むのは無謀なので、机の上に置いた儘見る事にする。
良く此を持って来たなぁ。否、彼の熔岩の中を此を持って来ただと?・・・無理じゃないのか?
「リュウ・・・如何やって此を持って此処迄来たんだ?」
「え?あ、言ってませんでしたね。僕は龍の番神の青刺があります。其の効果で僕とリンクの取れた龍の力を行使する事が出来るんです。躯の一部を龍の其と変える事で。だから月冠龍の飛の能力で飛んで来たんです。相当な量の氷鏡の曦を浴びないと、其の本は持って来れなかったですけどね。」
「中々便利な力だな。」
其なら合点が行く。でも其だとリンクが繋がる度にリュウのスキルが増える事になる。何とも強力だ。最強と言っても過言ではないだろう。
折角リュウが頑張って持って来たんだ、ざっとは見てみよう。
何頁か開くと龍の名や生態、写真又は絵の載っている頁に辿り着く。
確かに、此があると便利だ。見よう、此はちゃんと見た方が良さそうだ。
セレがすっかり読書に没頭しているのを見て、ガルダはハリーに向き合った。撫でられ中だが話位は出来るだろう。
「えと、ハリーって言ったな。俺はセレから聞いていると思うけど、ガルダって言うんだ。一応此処の店主だ。宜しくな。・・・なぁハリー、御前セレから仕事内容聞いたか?」
「軽くはな、だが殆ど分からぬ。」
顔を上げ、ハリーはガルダを見遣る。
「そっか。じゃあ説明しないとな、ほら、前黔日夢の次元が起こっただろ?」
「黔日夢の次元とは何だ?我は此処の事も余り知らないのだ。」
「・・・マジか。」
セレは龍古来見聞録の読破を。
ガルダは彼の講義を。
ハリーは其の生徒を。
リュウはハリーの頭を撫で回す事を。
各自は各々の雑務に取り掛かるのだった。
・・・・・
「・・・っ良しと。」
先ずセレが雑務を達成し、鈍器・・・否、本を閉じる。
ガルダも時同じくして講義が終わったのか旻中黒板を消し去った。
ハリーも理解出来た様で復習だろうか。何かブツブツと呟いていた。
唯一雑務が終わっていないリュウは未だハリーを撫でていたが、何か思い出したのか撫でる手を止めず、セレに視線を向けた。リュウの視線に気付き、セレは伸びをしていた手を止めた。
「あの、其読むの大変ですよね。今度データ化して検索とかを付けるので、次元に行く時は其を利用して下さいね。」
「噫、其なら良いぞ。ガルダやハリーに作ってやってくれ。私は全部覚えたから。」
「あ、然うで・・・っはぁ!?」
やっとリュウの手が止まった。其の顔は驚愕に満ちている。良い顔だ。
「否々々、ないでしょ!僕其覚えるのに五千年は掛かったんですよ。高が三十分其処等で・・・。」
「然うか、つまり御前は三十分もの間ハリーの頭を飽きもせず撫で回し続けたのか。」
「否話の焦点其処じゃないでしょ!問題は其、龍古来見聞録を読んだかと言う事で・・・。」
「分からないぜ。セレって何か機械付けてたもんな。若し其が記憶装置も兼ねていたら出来なくもない芸当だぜ。」
「然う言えば然うだな。若しかしたら私の知らない所で此の恩恵に肖っているのかもな。」
少し視線を背に向ける。一向に沈黙だが、屹度今も動作しているのだろう。油とか注さなくて良いから楽なのだが、壊れないか何時も気を遣う。
「・・・ん。ガルダ、記憶装置もって、何か此の機能分かったのか?矢張り生命維持装置だったりするのか?」
「え・・・うーん、いや、分かってはないけど、然うなんじゃないかなーって。だって御前が又倒れてた時此方へ運んだ訳だけど、異常に冷たかったし、何より・・・此処が全く動いてなかった。」
言ってガルダは自分の胸を突く。
「俺の知識の偏りだったらまぁ其で良いんだけど、心臓とかって矢っ張あるだろ?其に寝る時は止まるって訳じゃないだろうし・・・。だったら其の機械は生命維持かなーって踏んでるんだ。うん。」
我知らず胸元に手を置く。
ガルダの知識は別に偏っていないと思う。自分も然う思っていたから。でも、今改めて確認してみると・・・。
「・・・今も動いてないな。そっか、だからこんなに冷えるのか。道理で寒い訳だし、納得が行った。生命維持は成程、言い得ている。」
でも自分は知っている。何故自分の心臓が動いてないのか。意図的にはしてないが、理由は知っている。今現在生きているのは背の機械と自分の干渉力で血を動かしているからだろう。自分の心臓が止まっているのは一つ、煩いからだ。自分は彼の音を嫌う。雑音としか思えない。止めてやろうかと思う位に。煩過ぎて集中出来ないのだ。狩る可き者の音を聞き分けるに当たって、其の音は邪魔だったのだ。
もう一つの理由を上げるとしたら弱点を消す為。心臓と言えば典型的な急所だ。其を相手に突かれない為に予め潰して置く。
其の対価として此の孤独の様な寒さ。皮肉な物だ。己が身を護る為の行いが、己の生を感じられなくなる物になろうとは。本当、化物なんだから、嫌になる。
「あ、あの・・・。」
怖ず怖ずとリュウが声を掛ける。
噫、自分は屹度恐い顔をしていたのだろう。不安定な自分は直ぐネガティブな考えに陥り易い。客前で此は不謹慎だ。宜しくない。
見るとハリーも何かを感じ取って耳をひくひくさせていた。声を掛けようかと考えあぐねているのか、何度も横目でセレを見る。其の瞳には心配の色が写っていた。
新龍に迄心配されるのは不味い。頭を振って、何とか笑みを浮かべた。
「済まないなリュウ。話が脱線してしまった。・・・で、何だ?」
「え、あの・・・。本当に覚えてるのかなって思って・・・。例えば、千五百二十四頁に載っていた龍は?」
「リヴァイアサンと波刃龍。」
「・・・っ、じゃ、じゃあ六百十二は?」
「天龍とブレイブドラゴン。後ハリーの記述が少し前のページから食み出していたな。」
「そ・・・そんな馬鹿なー!?」
ショックの余りかリュウはハリーを抱き締め、もっと撫で捲る。
摩擦熱で燃えそうな勢いだ。其でもハリーは気持ち良いのか大人しくしている。
「でもリュウも頁数迄覚えているではないか。其も凄い事だと我は思うぞ。我は千年生きた所で何も覚えようとはしなかったのだからな。」
そんなフォローにリュウは只々頷いて撫でる許りだ。
「分かりましたよー。じゃあデータはガルダとハリーに渡しますよー。」
「噫、然うしてくれ。」
「ううー。」
「あ、然うだガルダ。ハリーに光魔術掛けといてくれないか?今は彼の姿だから分からないと思うけど、怪我して居るんだ。直ぐ次の次元に行きたいし。」
「お、やる気あるなぁ。然う言う事なら良いぜ。協力する。ハリー、一寸ぞわっとするぞー。」
「うむ。・・・ん?チクッとではなく?」
「うん。ぞわっと。」
ガルダが片手をハリーに向ける。一呼吸置いて詠唱が響く。
「光愈。」
「ぞわわっ!?」
「うわっ!ハリーの髪が逆立ったぁ!」
淡い燐光に包まれた後、ハリーの髪が針金の様に逆立つ。宛ら静電気だ。屹度毛を逆立てているイメージなのだろう。
気持ち良さ気に目を閉じていたハリーだが、大きく目を見開き、硬直してしまっている。爪も立ててしまい、ソファーが少し痛んでしまった。
思わずリュウが手を引っ込める。やっと彼の雑務が終わった様だ。
・・・と思うのも束の間。今度はハリーを宥める為、ポンポンとあやす様にリュウはハリーの背を軽く叩いた。
「矢張り然うなるか・・・。」
一瞬身震いする。見ていて少し痒くなる光景だ。光魔術は矢張りぞくぞくする物なのだ。
「もー一寸待ってろよ。もー少しで治るからな。」
「・・・なぁガルダ。全くハリーを診ずに治しているが、ガルダは医療術には長けていないのか?」
「噫、然うなんだよ。俺の光は戦闘向けだ。でもセレ、其は偏見だぜ。医者は必ずしも光属性じゃない。逆も又然りだ。」
「まぁ・・・然うだな。」
下手な事を言えば差別に成り兼ねない・・・か。確かに気を付けないと。自分が差別されない対象だなんて、そんな馬鹿な事なんてないのだから。斯う思う内は未だ未だ差別的なんだけどな。
「良し!済んだぞ。如何だハリー、未だ痛む所あるか?」
「うむ、ぞわぞわも治って万々歳なのだ!今直ぐにでも行けるぞ。」
俄然元気になったハリーがソファーから立ち上がる。
撫で足りないのかリュウの手が空しく空を掻いた。
「御褒めに与り光栄でーす。じゃ、気を付けて行って来いよ。セレ、ハリーに先輩としての意地を見せてやれ。」
「先輩と言っても私も未だ未だ新神なんだが・・・。でもガルダ、今回も一緒には行けないのか?まぁ勇の時は一応居てくれたが、一緒ではなかっただろう?」
大先輩のノウハウを自分は見てみたい。其に屹度彼と行けたら迚も楽しそうな気がするのだ。
「本当御免な。此の埋め合わせは屹度するから。此方も一寸ドタバタしてんだよ。ごたごたが多くって・・・。此が済んだら一緒に行くから、な。」
「・・・分かった。約束だぞ。ハリー、行こうか。」
「うむ、ではリュウ。又何処かで会おう。其の時又撫でてくれたら嬉しいのだ。」
涕き出しそうな顔をしていたリュウにハリーは然う告げる。途端にリュウの顔は喜色満面になり、迚も爽やかな笑顔になった。
「えぇ!喜んで!僕ももう帰らなきゃ。二柱共気を付けて下さいね。では失礼します!」
ルンルンと半ばスキップでリュウは店を出て行った。本の重さも何の其の。
続けて自分とハリーが扉を潜る。
灼熱地獄は治まり、外は只の草木が生い茂る蕭森となっていた。次元の影響って凄いなぁ。
「セレよ、我は又旻を飛びたいのだ。背に乗ってくれ。要領は分かったので我も行く次元を自分で選びたいのだ。」
「良いけれど・・・ハリー、怪我は本当に大丈夫なのか?」
「うむ。寧ろ絶好調な位だ。」
「然うか、なら良かった。でもガルダ、何だ彼だ言って治療が早いじゃないか。良し、じゃあハリー、余りスピードは出し過ぎるなよ。」
二、三度頷き、ハリーの姿が龍の其へと変貌する。
背に跨ると早速ハリーは高度を上げ、適当な方角に向け、身をうねらし飛翔する。
店から幾何も離れていない所で大きく手を振るリュウの姿が幽かに見て取れた。
「良し、見付けたのだ。此処にするぞ。」
視界が眩む。セレ達の姿はある次元を目指して狭間から掻き消えて行った。
・・・・・
―・・・。君は行かないんだな。―
未だ幼さの残る少年の声。だが何処か冷たい色が滲んでいた。
ガルダは僅かに眉を顰める。周りの気配を窺うが、誰も居ない。
―盗み聞きかよ。趣味が悪いな。―
―良いのか?君は行かなくて。此方の仕事さぼる気じゃないだろうな。―
無視して少年は続ける。だがガルダは特に意に介した風もなく、溜息を付いた。
此奴は何時も然うだ。此方の求める答えを絶対に提示しない。隠して隠して、自分で背負い込む。
―さぼらないさ。只俺抜きでも彼奴は出来ると判断した。其丈だ。―
―でも君に付いて来て欲し然うだったぞ。懐かれているな。―
―今回はやけに食い付くな。俺に一任するって言ってたじゃないか。御前も俺に行って欲しいのか?―
―否、別に。只もう時間が余り無いから一回位一緒に行ってあげたら良いのにと思った迄だ。どんな子供だって、一度は親と一緒に遊園地に行きたい物だ。―
―其は御前の事じゃないのか?―
茶化す様にガルダは言ったが、応じる声は無い。一方的にテレパシーを止められたらしい。
「遊園地・・・ね。」
呟き、ガルダはもう一度丈辺りの気配を探る。そして特に何も感じなかったのか、店を後にした。
・・・・・
「自由に飛べるのは何分気持ちの良い物だな、セレよ。」
「噫、然うだな。」
其の気持ちは分かる、勇を背に乗せて一日中走った時、怪我が痛かったが結構気が晴れたものだ。何より隠さなくて済むのが良い。と言っても勇の時は翼を隠していた。其でも彼丈気持良かったんだ。若し翼も出して自由に走れたら迚も気持が良いだろう。
・・・なんだ、まるで飼い狗の様な心境ではないか。否、自分は狗ではない。然う言えば勇は彼の時、狗の夢を見たと言っていたっけ・・・。何か複雑だ。
「で、ハリー。もう次元に着いたんだ。結構霧が濃いからと言って龍の姿の儘では流石に不味い。下に人がいる。恐らく彼奴が次元の主導者だな。気を付けて行ってくれ。」
ハリーは神妙に頷き、緩やかに飛んで行く。
着いたのは深い霧に包まれた次元だった。所々見えるは高く聳え立った昆山だ。此処が可也険しい山岳地帯だと見て取れる。
霧が余りにも濃い為だろう。ハリーは何度も昆山にぶつかりそうになり乍らも、既で其を躱す。
「霧が濃くて大変だな、ハリー。」
「我は霧の名を頂く龍だぞ。寧ろ好都合なのだ。幻を使い易いのでな。」
「然うか。なんだハリー、私と気が合いそうだな。」
自分も今の天気は良い天気と言えた。霧は隠し易いから好きだ。余り気にしなくて済む。まぁ一番好きなのは陰霖なのだが・・・。
誰も自分を見ない。足元丈を見て、傘を差す。其の中をオーバーコートを羽織って歩くのは屹度気が楽だと思えた。自分が傘を持った姿を想像し難いのは持ち難いからだ。少し寒いのが難点だが、冷たい視線を浴びずに済む。
屹度然う思えるのは、前世が然うであった為だろう。何となく陰霖の中を隠れる様に歩いていたのを憶えている。
独りだ。寒い。でも、隠れる事が出来る。人々からも、世界からも。
―自分は・・・世界から嫌われている。―
時々苛む声。如何して、何時から其の声を自分は憶えているのだろうか・・・。
「セレよ。もう少し丈自由に飛ばせてくれないか?こんな天気でこんな場所なのだ。迚も気分も良い。少し飛ばしてみたいのだ。細心の注意を払うから。」
「ん、まぁ良いが・・・呉々もばれない様にな。」
セレの返事を待たずしてハリーは疾風を纏い始める。そして山脈を可也擦れ擦れで躱して行く。
遊んでいるのだろう。随分余裕そうだ。千年も閉じ込められて初めての世界だ。燥ぐのも無理無いだろう。多少のやんちゃは許容して・・・。
「うおぉ・・・ちょっ、その、は、速過ぎる!?」
否々、許容出来ないよ!?速過ぎますよ!?然もアップダウン激しいし!若しかして彼の時勇はこんな気持の悪さを一日中体験したのか?否、そんな狗、屹度勇は飼ってないよ。うん、紐もしていたし此処迄酷くは無い筈だ。
き、気持悪い・・・。此が彼のドリームランド元い遊園地にあると言われているジェットコースターか!一生に一度は乗ってみたいと思ったが、もう良い、ニ度と乗りたくない!だから降ろしてくれぇぇえ!!
少し飛ばす、がセレの考える範疇を軽く超えていた。
咄嗟に爪を出し、半ばしがみ付く。痛いかも知れないとセレは不安になったが、何処吹く風、全くハリーは気にしていない様だった。其所かどんどん速度を上げ・・・。
ゴンッ!
ハリーが何の音かと振り返る。すると其処には出血大サービス中のセレがいた。ハリーが山肌擦れ擦れで飛んだ為にセレの頭に岩が命中したのだ。
どくどく出ている。頭を斬ったのだろう。額から顔面左がべっとりだ。
もう彼女は先程の不安そうな、焦った顔はしていない。其はハリーが不穏な空気を感じ取って止まったから安堵の表情を浮かべたと言う訳ではない。其の証拠に彼女が湛えているのは喜色満面。清々しくない、何処か影のある黔い笑顔だ。
「・・・ハリー。」
「す、済まぬのだセレ!悪気はなかったのだ!」
動物的本能に因ってか、ハリーは危機を感じ取り素直に謝る。屹度今、琴線とは別の触れてはいけない物に自分は触れていると、重々承知しているのだ。だが其の程度でセレの笑顔は晴れない。
「然うか。無意識にこんな事をするとは。私が一体何をしたと・・・。」
「ち、違うのだ!そんな事ないのだ!此は不可抗力で・・・。」
「御前が気を付ければ済む話だろ。」
「ヒッ、ヒィィイイ!!」
恐怖の余りハリーは幻になってしまう。自分じゃないと言った本能的な隠匿だろう。だが勿論其の背に乗っている者は・・・。
「え、嘘、そん・・・な・・・、」
其を最後に真逆様。
「う、わぁあぁ!!憶えてろよハリー!忘れられない様に刻んでやるー!」
何とも猟奇的な言葉を残してセレの姿は霧の中に消える。
本来なら追い掛けたくない。刻まれたくない。でも行かなければ何が起こるか分からずもっと怖い。
意を決してハリーはセレを追う為、霧の中に飛び込んだのだった。
不味い不味い・・・。
旻中でセレは波紋を飛ばす。
まさかあんな所で落とされるなんて。ちゃんと受身を取らないと行き成り死んでしまう。先輩の意地も何もあったものじゃない。
波紋に因ると地面迄凡そ40m。
・・・え、そんなにあるの?其って死んじゃうんじゃない?まぁでも出来る丈の事はしよう。此の死に方は屹度勇の所より色んな意味で痛い。
セレはオーバーコートを翻し、凱風を受けさせた。少しでも勢いを殺す。
加えて旻中回転をする事で更に勢いを削いで行く。
翼を出せたら良いのだが、先大きな声を上げてしまったのだ。下にいる次元の主導者とばったり・・・も、無くは無い。此の着地が成功してしまえば翼が無くても如何言った身体能力か疑われるだろうが、誤魔化せるレベルではある。失敗して仮に生きていたら其は其で生命力を疑われるんだ。同じ疑われるなら痛くない方が良いに決まっている。
此処迄来ればもう回転は不要だ。四肢を大きく広げ、着地に備える。此の手足なら耐えてくれる筈だ。
四肢が地に着いた瞬間地面が陥没する。岩と土埃が舞い、凄まじい轟音が響いた。
「いっつー・・・。」
何とか着地出来たが横に倒れる。流石に手に応えた。痺れの余り感覚が変だ。40m以上からのダイブと思えば此は粗無傷と言えるのだが、痛い物は痛い。
「うぅ・・・。」
手の晒は破れていない。でも額の血は如何にかしないと。
晒を取ろうとするが、中々思う様に行かない。取り敢えず上体を起こし、痺れが取れるのを待つ。然うして居るとハリーが粗垂直に降りて来た。
「セレ、大丈夫か!本当に済まなかったのだ。何処か痛む所はないか?」
ハリーはそっと鼻先でセレを支える。何とか其でセレは立ち上がる事が出来た。
「後で一発殴らせろ。」
「あ、はい、其はもう喜んで。」
全力で服従のハリー。先ず其で治まったのかセレは額を拭って目を閉じた。
「全く、行き成り首が捥げる、或いは飛び降り自殺になる所だったぞ。痺れも取れたし、晒でも巻くか。」
晒が汚れてしまったので何度も手で拭う。
人の気配が近付きつつあるのだ。急いで晒を巻かないと。ハリーも其を察知してか人身になり、ちらとセレを見遣って直ぐ霧の向こうを見る。耳を敧てて、気配を窺う。
暫くすると鎧に身を包んだ騎士が現れた。視界が悪い為だろう。兜を外している。
だがセレにとっては霧等何の障害にもならない。騎士が何者かじっとセレは見定めていた。
騎士は年若い青年だった。短い髪は浅葱色で、瞳は紫煙の様な澄んだ紫。右の頬に引き攣れた様な傷跡があった。
年若いとは言ったものの、青年のしている鎧は一見迚も階級が高そうな装飾があしらっており、加えて可也古い物なのか傷だらけだった。青年の耳元にも然う言った装飾品が施されており、彼が高い身分の者である事は容易に窺えた。
青年は二柱の姿を認め、目に険を滲ませた。
少し構えの姿勢を取っている。
「誰だ、魔獣か?魔獣なら斬り捨てる迄だ。」
「噫待ってくれ。魔獣の類ではない。」
「近くの村から薬草を取りに来ていたのだが、すっかり迷ってしまったのだ。」
「ナイス。上手いじゃないかハリー。」
そっとセレが耳打ちする。自信を持ったのかハリーは一つ大きく頷いた。
「・・・採った薬草は如何した。」
青年は一向に構えを解かない。疑われても仕方ないだろう。二柱共着の身着の儘、何も持ってはいないのだ。
「二日・・・否、三日か。ずっと此の昆山に居たんだ。食べ物が無かったから薬草は全て食べてしまったが・・・。でも良かった、騎士様に会えて。若し騎士様も下山する予定があったら追従させてはくれないか?」
「済まぬ。助かったのだ。」
小声で言うハリーに手を振る。御互い様だ。何方も初心者だしな。
「此処は立ち入り禁止区域の筈だが・・・?まぁ間抜けそうだし、ふらふらしている内に此処迄来ちまったか。はぁ全く、騎士は慈善事業じゃねぇんだよ。ま、其でもか弱い一般市民だ。送ってやらんでもない。付いて来い。麓は此方だ。」
青年が指を指す。何処を指されても全くの霧だ。其の先が如何なっているかは二柱は与り知る余地はない。
其にしても何て口の聞き方だろうか。無愛想と言うより驕りがある様に取れる。折角此方は様を付けたと言うのに。嫌みとも取れる其を、良い様に取るを通り越して驕り昂るとは。騎士道の名が涕くと言う物だ。
等とは言える訳が無く、セレは感情を押し殺して応じる。
「其は助かる。私の名はセレだ。此方はハリー。宜しく頼む。」
「へぇ名前があるんだな。俺は勇者の息子、ロセス・ハリオンだ。ほら行くぞ。」
勇者様でしたか。そりゃ強気にでもなるだろうか。息子の癖に・・・。其処等のRPGの主人公を見習って欲しい物だ。
「・・・我等を一般市民と言ったぞ。こんな出で立ちだと言うのに。付いて行くのが不安やのう・・・。」
手の輪を少し鳴らしてハリーが首を傾げる。其の腕の青刺が揺らいだ気がした。
確かに。ハリーの言葉にセレは大仰に頷いた。
・・・・・
着いたのは大きな洞穴だった。
「・・・え。」
あれ、此麓?
ロセスはずんずんと洞穴の中へ入って行く。
「・・・のうセレ、此の洞穴の向こうに麓があるのか?」
「・・・否、行き止まりですけれど。」
波紋を飛ばす。其は直ぐに帰って来た。精々10mか其処等しかないだろう。
入ろうか如何か考えあぐねていると、ロセスが何でもないかの様に帰って来た。
「・・・道を間違えたのか?」
嘲る様にハリーは言う。間違えたのなら思いっ切り馬鹿にしてやろうと思っているのだろう。
「此処は俺が此の前休んでいた所だ。一般人に此の碧山はきついだろ。魔獣も居なかったし、今日は此処で休むぞ。」
「噫、然うだな。」
何だ。思ったより騎士道を重んじているのだろうか。気を遣ってくれた様だ。
セレとハリーが洞窟内に入るとロセスは適当な所に横になっていた。自分達と会う迄に相当歩いていたのだろう。顰め面をし手足を揉んでいた。
「おい一般人。俺は一応食料、少し前に斃した魔獣の肉を持ってる。其を焼くから木でも集めて来い。俺は休ませて貰うぜ。」
「むぅ・・・。」
ハリーが半目になってロセスを睨んでいる。
嫌な奴には違いないが、所々気遣う素振りはあるんだよな。肉、分けてくれるって言っているし、熟損な性格である。少し矯正すれば良いのに。
「・・・分かった。ほら行くぞハリー。」
「で、でもセレ・・・。」
「ほら。」
躊躇うハリーの手を取って外へ出る。外に出ると相変わらずの霧だが、其処には静寂が含まれていた。旻も目に見える早さで色を濃くして行く。
此の次元は時が経つのが早いのか、直ぐ霄になってしまう様だ。隣でハリーも不思議そうに旻を見ている。
結構早く休むのかと思ったが、成程、此の早さで霄になってしまうのなら仕方ない。屹度一刻もしない内に此処は闇霄に閉ざされるだろう。
「セレは良く我慢が効くのだな。我は不服だぞ。折角助けに来ていると言うのに・・・。」
「仕方ないだろう。世界の為に貴方を助けますって本人には言えないし、此処はいっそ物凄い大きな碧樹を持って行って、ロセスを驚かせてやろうと私は考えているぞ。生意気な奴程、慌てた時の様子は称賛に値する物になるからな。」
「ふむ。其には同意出来るな。まぁ我はセレ、其方に付いて行くと決めたのだ。其方の意向に従おう。・・・では始めるかの。」
頷き、片手を真横に伸ばす。碧樹の位置は把握している。
「闇破。」
黔い波動が碧樹の根元を斬り裂く。支えを失った樹は緩りと傾き、重い音を立てて倒れた。
「び、吃驚したのだ・・・セレ、其方、無生物の気配迄分かるのか。」
ハリーが倒れた碧樹の所へ駆け寄り、全体を見る。6mはあろうか。此程大きければロセスも驚くだろう。
「波紋を飛ばしているしな。気配が分かると言うより、目で見るのと同じ様に見えると思えば良い。」
「ふむ。・・・して其の瞳は盲目なのか?そんな風に隠さなくても良い気がするが・・・。」
「盲目だけれど・・・。一寸恐い目だからなぁ・・・。私の手足をハリーは何とも思わなかった様だけれど、普通の人は怖がる可能性があるからな。隠さないといけないのだ。」
「何とも不便な身の上やのぅ・・・。まぁ我も幻で此の姿を取っている訳だが。」
ハリーはそっと樹の表面を撫でてみた。ざらざらとした触感が気になるのか、興味津々だ。耳が必要以上にひくひくと動いている。
「後は此を運べば良いのだな、セレ。」
「まぁ・・・然うなんだけれど、未だ用はあるぞハリー。」
其を聞き、ハリーが首を巡らす。疑いも無い真っ直ぐな瞳だ。
自分を少しも偏見の目では見ない。其は彼が外の世界を知らなかった事が関わっているのだろうが、幻を扱うハリーだから、と言うのもあるだろう。見た物が真、其が真実。
勇もガルダもリュウも、自分を受け入れてくれていた。誰も自分を差別しない。特にハリーは疑う事を知らない。自分をちゃんと見てくれる。其が何を意味するか屹度彼は知らないだろう。
自分は偏見の目を浴び乍らずっと生きていた。そんな過去の存在を否応なく知っている自分にとって、其は本当に大きな意味を持つ。
彼に会えて良かったと、心底思う。其の瞳に自分は救われている所があるから。過去が、前世が不幸でも良いじゃないか。今の自分には関係のない事だ。
大丈夫・・・屹度大丈夫。
自分が例えどんな者でも、屹度彼は自分を見てくれる。信じてくれる。
自分が・・・自分じゃなくても。
「ククッ・・・ハハハッ。」
乾いた咲いにハリーは僅かに首を傾ける。何か・・・悪寒を感じた。髪がざわざわと張り詰め、逆立って行く。
「氷鏡、霧時雨、霄。・・・皆々綺麗、綺麗ね。」
其はハリーの知らない彼女の声。
ハリーは身を低くし、何時でも幻を解ける様にしていた。警鐘が鳴っている。四肢の輪が音を立てる。今の彼女は自分の知る彼女ではない。近付いてはいけない、触れてはいけない物だ。
其は拒絶。・・・でも何故だろう。心の何処かで彼女を求める声を確かにハリーは聞いていた。
彼女はついと視線をハリーに向ける。其の表情は何とか咲おうとしている様だった。
「でも、でもね。壊すの。壊さないと・・・いけないの。」
彼女の瞳に射抜かれ、ハリーは息を止める。
見えた気がした。彼女の瞳が。晒の下でも、闇より猶冥い、黔い瞳が。彼女が其の瞳を隠す理由が分かった。此は・・・怖い。射殺されそうな瞳。
硬直してしまったハリーに彼女は近付いて又咲った。
「貴方も、貴方の大切な者も。影も、次元も、世界も。全て・・・壊す。」
突如彼女は弾かれた様に旻を見た。少し悲しそうな瞳を、表情を浮かべて。
「壊すな・・・か。又貴方は私を止めるのね。・・・時期尚早だし、私は只の現象・・・未だ此の世界には居ない者。止められて当然・・・か。私は私なのに・・・ね。」
其処で彼女は縷が切れた様に膝を付く。彼の気配はもう感じられない。
「・・・セレ?大丈夫か?」
少し離れて声を掛ける。セレがいなくなってしまう様な気がしたから、心持大きな声で。
「ん・・・うん。大丈夫だけれど。」
其の声は確かにセレの物だった。
ハリーは安堵してセレの傍に行く。
「?・・・まぁ良っか。で、用なんだが、一発殴らせろ。約束しただろう。」
微笑してセレが手を振り翳す。
何だ、そんな事・・・と呟いたが、ハリーは数瞬後、後悔する事になる。否、後悔する間もないだろう。
何故ならセレの拳はハリーが気絶するには十分な威力を誇っていたからだ。
「あ、あれハリー!?勁過ぎたか?此の手だから堅過ぎたのか?ちょっ、ハリー、目を覚ませ!」
少し揺するが完全ダウン。
だらしなく口を開け、皓目を剥いて完璧に伸びている。
「・・・・・。」
溜息を付き、セレはハリーを背負った。龍一頭なので重い、凄く重い。おかしいな、ハリーは幻を使って人身を実体にしているのだから重さも人身の其になる筈なのに。若しかして気絶した所為で幻が少し解け掛かっているのだろうか・・・。頼むから龍に丈はならないでくれ。然うしたら御前を見捨てないといけなくなる。こんな所で仲間を失いたくない。まぁ自分の所為なんだし、如何にかするけれどさ。
足が漆黔の歪な物の御蔭で其を支えに突っ立っている、そんな感じだ。自分の腕力丈では到底彼を持ち上げる事は出来ない。
「闇冰。」
唱えるとセレの足元が凍り付き、広がって行く。
黔い異様な冰は傷一つない鏡の様に、セレと氷鏡を照らしていた。
「良し・・・と。氷鏡が出ていて良かった。少しの魔力でも結構効果はあるな。」
そっとセレは丸太を蹴ってみる。すると碧樹はそろそろと冰を伝って移動して行く。此の冰の先は彼の洞窟へ続いているのだ。
セレも冰を蹴る事で棒立ちの儘、何とか前に進めた。此で洞窟迄帰れる。
不安定な為、何度も足の爪が出そうになるが、其を何とか堪えた。
然う斯うして何とかセレは洞窟迄波紋で軌道を修正し乍ら歩みを進めたのだった。
・・・・・
「馬鹿か御前等。」
帰って来るなりそんな言葉がロセスから放たれた。あんなに頑張ったのに七文字とは余だ。
セレはそっとハリーを床に寝かせる。
未だ気絶している。肉でも焼いたら其の内目覚めるだろうか。
寝難そうなのでオーバーコートを敷いてやる。少し肌寒いが火を点けるし、少しの我慢だ。
「仕方ないだろう。彼は事故だ。」
「否、態とだろ。冗談じゃ済まないぞ。」
ロセスが洞窟の入り口を指差す。
碧樹が支っかえの様になって洞窟の入り口を半分程塞いでいるのだ。
「中へ入らないとは思わなかったんだ。其に御前が肉をくれると言ったからな。張り切って来たんだ。」
「別にやるとは言ってない。焼くって言った丈だぞ。」
「そんな殺生な事を言うのか。ハリーなんて気絶する位頑張ったのに。」
セレがぺシペシとハリーを叩くが、一向に反応がない。起きるよな?ちゃんと起きるよな?
「だから何で気絶してんだよ。何で薪拾ったら気絶するんだ。根元から斬ったんだろ。白状しろよ。」
ロセスが胡乱気な目で見るが、何処吹く風。セレは其を軽く受け流す。
「否、落ちていた立派な薪だ。何丈頑張って運んだと思う。」
「・・・然う言えば御前、魔術使えるんだな。」
無視かよ。まぁもう良いけれど。でもガルダなら此のネタでもう十分位遊べるぞ。
「まぁな、一応。」
魔術を使える事は隠し様がなかった。まさか丸太・・・否、薪を蹴って来たとは言えないからな。如何やら此の次元には魔術がある様なので一安心だが、今度からは気を付けないといけない。
「ふーん・・・まぁ良いだろう。ったく、余計な仕事増やすなよな、面倒臭い。」
ロセスは徐に釼を取り出し、立ち上がった。
釼は使い古されており、其が名のある釼だと言う事が見受けられた。
ロセスは其を構え、丸太・・・否、薪に向き直る。
「刃!」
短い呪を唱え、横薙ぎに払う。すると見事丸太・・・否薪は手頃なサイズへと斬り分けられた。
其の内の何本かを手に取り、ロセスはセレの所に戻って来ると無造作に其を放る。
吃驚した。一瞬面倒臭過ぎて其の釼で自分を斬ろうとしているのかと思った。緊張して全く動けなかったよ。
「流石、勇者の息子丈あるな。良い太刀筋だ。」
「まぁな・・・でも、父のには到底及ばない。」
ロセスは手荷物からライターを取り出すと、薪に火を付けた。
如何やらロセスの父が勇者の様だ。母方ではなかったのか。父が魔王倒したって話は大人になると恥ずかしい懐い出の一つになりそうな物だが、ロセスの様子からして彼は父を好いている様だ。勇と同じ様に。
ロセスは薄く切った木に手際良く肉を並べて行った。同じ様に薄く斬った木が三枚程あるが、彼は屹度皿に使うのだろう。良かった。流石に火に突っ込んで食えとは言わないか。其は最早拷問だからな。抑本当に彼が自分のしか焼かないのではと少し危惧していたから良かった。・・・否、未だ此は推測の域を出ていないのだけれど。
暫くして肉の焼ける良い匂がし始めた。
「ぬっ!?」
行き成りハリーが目を覚まし、起き上った。肉の匂いに釣られたのだろうか。
少し周りを見渡し、鼻をひくつかせる。其の内目当ての物を見付け、目を輝かせた。自然、待ての体制を取る。手懐け易そうな軽い奴みたいだ。
「ハリー、目が覚めたか?」
ハリーが移動したので下に敷いていたオーバーコートを回収する。此がないと矢張り寒い。
「うむ。セレが此処迄運んでくれたのだな。礼を言う、でも済まなかったのだ。手助け出来なくて。」
おや、殴った奴に礼なんて言っているぞ。如何やら記憶に障害がある様だ。
「否、御前を運んだのはロセスだぞ。私は薪を持っていたからな。」
其を聞いてハリーとロセス、二人が目を剥く。
「なっ!そ・・・その・・・うむむ。」
礼を言い難いのか暫く苦悩するハリー。此を見とくのも一興だと思っていたが、ロセスが又胡乱気な目で自分を見ている。仕方ない、話してあげよう。
「ロセス、そんなに剥れなくても良いじゃないか。確かにハリーには恥ずかしいから黙って置く様に約束はされたが、でも私は真実をハリーにも知って欲しかったんだ。」
話すとは言ったが、真実を話すとは言っていない。
「そ、然うだったのか・・・。」
ハリーが何とも不思議そうな顔でロセスを見る。
「って、手前・・・卸されたいのか。」
ロセスが恨みの籠った目で此方を見るが、あんな事を言われた後だと其の顔も何だか可愛く見えてしまうのだから可笑しい物だ。背景って大事だよね。
でも彼が刃に手を添え中腰になったので流石に冗談は止める事にする。フフン・・・此は此で中々楽しい旅になりそうだ。
「嘘だ。でも重かったぞハリー。次からは善処する様に。」
如何やって体重を善処するんだと言われそうだが、其処はハリー。彼の重さは彼の幻の有無によるのだ。彼なら其の意味をちゃんと汲み取れるだろう。
「な、何だ良かったのだ。・・・そんな冗談止めて欲しいのだ。」
「ん・・・焼けたか。」
ロセスが小刀を取り出し、肉を斬り分ける。此方がナイフやフォークを持っていない事を気にしてか、特に小さく斬っている。・・・そんな気遣いが出来る奴なのになぁ。何か惜しい、勿体無い。・・・如何やら先の冗談は忘れてくれたらしい。
次にロセスは其を皿に乗せ、此方に渡す。
其を受け取り、手を合わせる。魔獣の肉と言っていたが、下手物ではない様だ。普通に美味しそうだった。
「有り難く頂きます。」
「噫、感謝しろよ。魔獣の肉なんて庶民は滅多に食える物じゃないんだから。」
其は一体如何言う意味だろうか。高級食材なのか、其とも庶民は滅多に魔獣に会わないから普通は食べる物ではないのか・・・。
取り敢えず一口・・・前者だった。美味じゃあ言い表せない。勇の所では野菜スープ中心だったから肉なんて陸に口にしなかったのだ。其も相俟って手が進む。
「・・・こんな美味しいなんて思わなかった。」
「そりゃどーも。噛み締めろよ。明日には下山するから後昊しか此を食べる機会は無いからな。」
「噫、深く感謝する。」
見るとハリーは凄い勢いでがっついていた。野生を剥き出しにしている様にも見える。急に龍に丈はなるなよ・・・。
あ、でも設定上自分達は結構空腹な筈だ。薬草で遣り過ごしたからな。ハリーみたいにがっつかないとロセスに不審がられないだろうか。・・・でもがっつくのは一寸・・・、もっと品のある食べ方をしたい。まぁ此の手じゃ箸は疎かナイフやフォークも上手に持てないがな。加えて今は其のナイフもフォークも無い訳だけど・・・。
見る間にハリーの分の肉が無くなってしまう。すっかり食べてしまい少し物足りないのか項垂れるハリーに、セレは自分の分を渡した。
自分は少食だし、干渉力もある。三、四切れでもう十分だった。ロセスも気にしてないし、大丈夫だろう。
「い、良いのかセレ?有難うなのだ!」
再びがっつく。余程美味しいのか其の目には涙が浮かんでいる様に見えた。
「・・・然う言えばハリーは千年間、何を食べていたんだ?」
彼の塔に食べ物なんてなかった気がするのだが。
小声でそっと聞いてみる。
ハリーはちらっとセレを見て答えた。
「何も。幻を食べる事で遣り過ごして来たのだ。だが実際食べるとこんなにも美味なのだな!我は甚く感動しているのだ!」
おぉ・・・三日所じゃなかった。幻を食べるって其、悟りの域だよ。一種の蜃気楼だ。勇ー此処に御前の求める仙人が居るぞー。
じゃあがっつくのも道理か。抑龍だし、こんな量以上に食べるのが普通なのかも知れない。今後の食費を考えないと・・・。ガルダに自分は余り食べないから置いて欲しいと言ったが、其の分を当てても彼の食欲は十分に余りあるよなぁ。自分がハリーを連れて来たんだし、此は良く考えないと。
セレが少し考える為遠くを見ていると、ハリーがそっと皿から顔を上げ、セレを見た。皿はもう空だ。一応落ち着いたらしく、満足そうな顔をしている。
「・・・もう本当に大丈夫なのだな。」
「ん、其先も聞いたな。如何した、何かあったか?」
ハリーが少し視線を彷徨わせる。言い難い事なのだろうか。
「その・・・碧樹を斬った後、少し雰囲気が変わって・・・壊すとか何とか言ったであろう?憶えてないのか?」
「・・・そんな事が。」
少し考える。確かに、断片的に其の時の記憶がある。ハリーが怯えた目で自分を見ていた事を懐い出した。
「済まない、怖い思いをさせてしまったな。・・・その、時々あるんだ。然う言う事が。私自身余り憶えてないのだが・・・。」
「多重人格と言う奴か?」
「少し・・・違う。彼も私だから。」
全てを壊す。壊して・・・あげる。
其は一体誰が言ってくれた言葉だろうか。誰かが自分なんかの為に全てを壊すと言ってくれた。自分は其の時、涙が出る位嬉しかったのに、如何して誰が、何時、何処で言ってくれたのかを忘れてしまったのだろうか。
「大丈夫なのか?」
「今の所は特に。」
「なら良かったのだ。安心したのだ。」
ハリーが視線を焔に向ける。照らされた顔は何処か安堵の色があった。
「うん、心配してくれて有難う。」
心配してくれて純粋に嬉しかった。
今回の旅は然う言う意味でも割かし上手く行くのかも知れない。
「ふぅ・・・俺は先に寝るけど、呉々も騒ぐなよ。」
ロセスは少し離れた所へ行き、毛布に包まった。余程疲れたのだろう。直ぐに寝息を立て始める。
暫く焔を見詰めていたハリーだが、ロセスが寝たと分かるとそっと彼に近付いて行った。
何をするか分からないが、屹度今彼を起こしたら斬られてしまう気がする。一応後先考える奴だし、ハリーも其位は分かっていると思うから茶々は入れないと思うが・・・。何よりそんな事位で茶々を入れていたら千年の劫が形無しである。
ハリーはロセスの手荷物を漁っている様だった。ロセスが寝返りを打つと、其の都度過敏に反応する。
まさか未だ肉を食べ足りないとか・・・?
本当に其で漁っているのなら千年の劫等木端微塵だし、後先考える奴と言ったのは撤回しなければならない。
何か見付けたのかハリーは其を手に取ろうと悪戦苦闘する。彼の長い爪をもう少し切ったら楽になるだろうに。今はロセスを意識してか少し短くなっている気がしなくもないが其でも長い。腕輪も相俟ってかやり難そうだ。うーん・・・然う考えると彼の今の姿は彼の能力、器用さと釣り合っているとは到底思えない。其を彼は自覚しているのだろうか。
そんなこんなで数十分経って終ぞ例の物を手に取り、高々と掲げる。四角いまるで本の様な物だ。一体其が如何したと言うのだろうか。因みに彼が彼や是やをしている間、自分は転寝をしていたりする。手助けしようかと思ったが、其では彼の為にはならない。決して面倒然うだなぁとか思ったのではない。だって此処温かいんだもん。
ハリーが嬉しそうに頻りに此方に向け手招きをする。・・・多分彼は手招きだ。蛇の様にグネグネしているが屹度手招きだ。
・・・もう少し温まって行きたかったのに。
頭を振ってセレはハリーの傍に行った。やって来たセレにハリーは得意気に其を見せる。
其はロセスの日記だった。
「・・・・・。」
其は如何言う意味で使用する気なのだろうか。辱める気か情報の入手か。前者なら呆れるし、後者なら後先考えない奴かも知れないと思った事は反省しよう。でも若し然うだとしたら此は手際が良過ぎないか?本当に彼は自分の後輩なのか?
「此は此の次元の完全攻略本だと思わぬか?」
後者だったよ。凄いやハリー、確かに此を読んだら色々分かるよ。未だに此の次元で何をしたら良いか分からないしね。・・・其にしても、
「此は一寸狡くないか?」
簡単に切り捨てられ、ハリーは悄気たのか目を伏せる。
「でも此を読まないと埒が明かないぞ。手遅れになるよりは良いと我は思うのだ。」
確かにハリーの言う通りだ。其にハリーはハリーなりに考えてロセスの日記を見付けたんだ。実際此は良い手だから少し丈読もうか。
「其に、一寸見てみたいのだ。」
こら、其を言っちゃいけないでしょ。
まぁでも分からなくもない。小生意気な此奴がどんな日記を書くのか気になる。ちまちまとこんな物を書いているんだ。屹度彼や是や書いてあるだろう。
赦せロセス。知らぬが仏だ。自分達は決して私情で此を捲るのではない。此も仕事なんだ。
「・・・分かった。」
ハリーから本を受け取る。彼に持たせた儘だと彼の持ち前の不器用さで本を放って火中に投じ兼ねないからだ。其だと狙っているとしか思えないが、兎に角彼だと頁が捲れない。自分も捲り難い手ではあるが、ハリーの其よりはマシだ。
何枚か頁をはぐる。
今日も既に寝てしまった様に、如何やらロセスは筆忠実ではない様だ。
大事な事丈を書いている様で、余り書かれていない頁が何枚か見受けられた。
でも彼の事件、黔日夢の次元については屹度書かれている筈だ。其が彼の運命の何らかに作用している筈だから。
頁を暫く捲り、目当ての箇所を見付ける。日付は二年前の物だった。
・・・・・
今日はとんでもない事が起こった。・・・否、起こしてしまった。
本当はこんな事は書きたくない。
書けば其は肯定になってしまう。彼は真実だったのだと認めなければならない。
怪我だって安静にしないといけないのは分かっている。
目は翳むし、字も震えて上手く書けない。でも其は怪我の所為丈ではない事は分かっている。
だから此の痛みを忘れない内に、彼を事実と認める為に書き残して置く。
今日は只の魔獣退治の予定だった。
何時もの様に父と組んで魔獣のいる碧山へ向かったが、今日の碧山は何か異様だった。
魔獣が居なかったのだ。
何かに脅えた様に存在を消していた。其の時に何か気付けたら・・・否、そんな後悔を綴る位なら真実を記そう。
突然一頭の魔獣が現れた。
魔獣は適切な表現ではないのかも知れない。其は現象とも取れる物で、魔獣より高位な存在の様な気がした。
此の世界の者ではない様な、其は全身黔尽で、何とも形容出来ない。闇が具現化した様な姿だったのだ。
闇の神・・・其が屹度最も適切だろう。
闇の神は俺を見て、只嗤った。其丈だ。其丈で彼が起こったのだ。
其の笑みに何を感じてか、父が俺の前に立った。そして一瞬の瞬きの後、父は絶命していた。
全身を幾つもの裂傷を走らせ、最強を誇っていた父の鎧も傷だらけになっていた。
そして自分も頬や肩を大きく裂かれてしまった。鎧は砕け散り、何とか生きている、そんな有様だった。
闇の神はそんな俺を見下し、又嗤った。否、実際は嗤ってなかったのかも知れない。其は俺が其奴を憎む心が笑みをした幻影にさせた物だったのかも知れない。
寂しそうだと俺は思ってしまったのだから。寂しそうな笑みだと。
そして絶対なる悪に、俺は震えた。俺も消されるのだと思った。
だが闇の神は霧の様に消えてしまった。
然うすれば、俺の心が死ぬと分かっていたかの様に。
事実、今の俺は死にそうな位に胸が痛い。如何して父を護れなかったのか。彼奴に一太刀浴びせられなかったのか。
父は自分よりもずっと偉大だった。
其の父を殺したのは自分だ。自分の不甲斐無さだ。
そんな俺に父の鎧と釼を継ぐ資格はない。でも俺は冤みの釼として其を振るおう。
全ての魔獣を駆逐して、父の仇を取る。
其は勇者の息子としては間違った行いかも知れない、父も望んではいないだろう。
でも俺が生きるには、そんな標が必要だった。
俺は此処に刻む、誓う。
俺の釼で、全ての魔獣を屠ると。其の先には屹度彼奴がいると信じて。
・・・・・
「・・・まさかそんな事がな。」
此で彼が非行に走る理由が分かった。・・・まぁ性格とは無関係かも知れないが。
でも闇の神・・・か。影に続いて闇。丗闇が闇の神だと名乗っていたが、関係は余り無いだろう。
彼女がそんな事をするとは、如何しても思えなかった。想像出来ないのではなく、確信があったのだ。
「黔日夢の次元が此処に作用しているとはな・・・。」
「・・・然うだな。」
日記をそっと手荷物に戻す。
何か此の次元で起きたのかは分かった。後は如何するかだ。
ロセスを起こすと悪いのでセレは焚火の所へ戻った。ハリーも付いて来る。
「如何するのだセレ。流石に闇の神は斃せないと思うぞ。」
ハリーが少し罰の悪そうな顔をする。興味本位で彼の日記を見た事を後悔しているのだろう。
「然うだな、取り敢えずは下山だ。ロセスには近日中に次元を歪ませる程の事が起こる筈なんだ。其の確証を得る迄彼奴と一緒に行動出来れば良いのだが。」
「矢張り彼奴と一緒じゃないと駄目なのだな。」
残念そうにハリーはロセスを見遣る。
「後数日の辛抱だ。取り敢えず今日は休めハリー。寝ずの番は私がしよう。」
「何を言っているのだ。其方は怪我を負っているのだろう。我が引き受けよう。」
ハリーが自分の額に巻いていた晒を見る。
然う言えば忘れていた。折角干渉力で怪我が治り掛けていたのに、急に又痛み出してしまった。
「こんなの怪我の内には入らない。其にハリーだって今日は初出所日だ。色々あって疲れただろう。私は霄の方が冴えるんだ。案ずるな。」
「出所と言うな出所と。・・・うむ、では任せたのだ。」
渋々頷き、ハリーは其の場で丸くなった。矢張り疲れていたのだろう、直ぐ小さな寝息が聞こえて来た。
でも凄い体勢で寝るなぁ・・・。頭を足に付けているぞ。柔軟体操じゃあるまいし。まぁ今のハリーは幻だしな。本当の姿では此が普通の寝方なんだろう。イメージとしては塒を巻いている感じ。
少しハリーの頭を撫で、セレは立ち上がった。其の手には月精の囀りが握られている。
「少し練習するか。」
だが言葉とは裏腹に、セレは構えを取っている。足は外へ向けられつつも、何処か慎重だ。
セレが洞窟を出ると、外には何百もの魔獣が犇き合っていた。だがセレの姿を見咎め、息を殺す。皆目が異様に光り、セレの様子を窺っている。
振り返ると洞窟の上にも無数の魔獣が音を立てずにセレを見詰めていた。
数百の視線に射られ乍らも、セレは凄然と嗤った。
此の程度なら数がある丈で問題ない。
魔獣達も勝てないのは分かっているのか、じりじりと後退して行く。
「笛の練習でもしようと思っていたんだが、斯うも観客が煩いなら退場して貰おうか。」
手を出さないなら別に此方も何もしないが、良くない気が流れている。警戒に越した事は無い。
魔獣達は小さく鳴き交わし、道を開けた。すると何処からか跳躍して来たのか一頭の大きな魔獣がセレの前に降り立った。
全長はハリーよりも少し大きく10m以上で、一見蒼銀の獅子か狼の様だった。其の姿は随分と変わっており、右半身は見るも無残な傷だらけ。折角の波打つ様な銀の毛並みは血が付いているのか黔い斑模様になっている。
対して左半身は傷一つない甲冑の様な物を纏わせていた。鬣も牙も刃も鋭利な迄に鋭く尖り、光陰に照らされて蒼く光る。
まるで左半身で右半身を傷つけた様な姿。此処迄不釣り合いな姿があるだろうか。
其の魔獣は歩き難いのか少し足を引き摺る様にしてセレに近付いた。左の刃が邪魔なのだろう。
魔獣は隻眼の黄金の瞳でセレを見詰めた。何処か達観した様な漣一つ立たない瞳。
龍族や神族とは異なる者。直感的に然う思った。
―私達ノ主ノ気ヲ感ジタガ、気ノ所為カ。―
魔獣の声にセレは顔を上げる。
「主・・・魔獣のか?」
―・・・モウ発ッテシマッタカ。此ノ地迄足ヲ運ンダト言ウノニ。―
セレは眉根を寄せた。敵意を全く感じられないのだ。
「御前は何だ?此の次元の者じゃないな。」
―私ハ名乗ル程ノ名モ無キ者、世界ノ追放者。丗ニ退ケラレタ者。此ノ地モ偶々訪レタノダ。不快ナ思イヲサセタナラ申シ訳ナイ。直グ発トウ。―
不快等とんでも無かった。寧ろ親近感が湧いた。丗に退けられた者、其は世界に嫌われている自分に近しい物がある気がした。
「そんな事は無い。でも襲っては来ないのか?御前からは敵意を感じないが、周りの者達からは少し・・・殺気を感じる。」
セレが周りに視線を向ける。其を受けた者達は少し後退りした。
―汝ハ神ノ子。部外者ニ手ハ出サナイ。此ノ次元ノ彼奴等ガ狙ウハ此ノ次元ノ人間ノミ。汝ト交エル気ハナイ。此方ノ惨敗ガ目ニ見エテイルカラナ。―
少しは理解がある様だ。闇雲には襲わないらしい。
―ダガ其モ私ノ力ガ及ブ霄ノ内丈。昊ハ汝等ヲ襲イモシヨウ。何分其ノ時ハ気ヲ付ケタシ。―
「噫、忠告如何も。」
取り敢えず、今は此奴の御蔭で魔獣も大人しい様だ。不要な戦いを避けられたのだ。魔獣=敵の様なロセスの方程式は成る可く持ちたくない物だ。偏見が嫌なのは神も魔獣も同じか。
―汝ハ私ニ違和感ヲ、遣リ場ノナイ焦燥感ヲ抱カナイノカ?私ニ刻マレタ烙印ヲ。魔獣スラ忌避スル其ヲ。御前ノ内ニ居ル者ハ其ヲ感ジテイル様ダガ。―
不思議そうに魔獣は首を傾ける。
内に居る者とは丗闇の事だろうか。確かに窺う様な、声を殺している気配を感じているが・・・。
「別に敵じゃないんだ。其に私も少し許り似た者だ。御前を忌避する理由は無い。」
親近感を感じているんだ。話も出来るし、嫌いにはなれない。
―ホゥ・・・。―
魔獣が目を細める。すると辺りに居た魔獣は何かを感じ取ったのか方々に散って行った。其の様は逃げる様。・・・此が忌避すると言う事なのだろうか。
―私ニ悪意以外ヲ向ケタノハ汝ガ初メテヨ。ククッ、主ハ見付ケラレナカッタガ、代ワリニ汝ヲ見付ケタ。今回ハ其デ良シトシヨウ。汝ニ仇ナス者ガ此ノ次元ニ来テイル。気ヲ付ケヨ。デハ邪魔シタナ。―
魔獣は然う言うとセレにくるりと背を向けた。
「噫、又な。」
何処かで又見える気がした。屹度其の時も彼は敵として現れる訳ではないだろう。
敵でないなら又会っても良い相手だと思った。
セレの声を聞き、魔獣は首を回らし、微笑した。
―然ウダナ。何処カデ又会オウ。―
地を蹴り、氷鏡に向かって跳躍する。其は大きく弧を描き、銀の線を残して消えて行った。
其をじっとセレは見送る。
事無きを得て良かった。でも同時に彼の言葉が突き刺さった。
「私に仇なす者・・・。」
其は一体誰なのだろうか。此の次元に来たと言う事は其奴も神族の可能性がある。又一悶着ありそうだ。
―去ったか・・・。―
「丗闇か?・・・丗闇は彼奴に何か感じたのか?」
―噫・・・世界の歪みを感じた。嫌な気だ。・・・でも御前が何も感じなかったのなら御前は好きにすると良い。我が勝手に其を感じた丈なのだから。―
「・・・うん、然うだな。分かった、然うする。」
左手に握られた月精の囀りが鈍く曦を受け、光った。
・・・・・
「良し、紅鏡も昇った。行くぞ。」
ロセスが未だ足元に積まれている薪を蹴った。
「分かっているのだ。」
不服そうにハリーは朝食の残りを掻き込む。
ロセスに仕切られるのが余程嫌らしい。
セレはそんなハリーの様子を見て微笑すると、未だ燻っている火に灰を掛けた。
「・・・さてと。蛇が出るか鬼が出るか。」
相変わらず洞窟の出口を覆う霧を見る。
もう彼女は気付いているのだ。此処から数mも離れていない所に魔獣がいる事を。
「早速御出座しか。」
ロセスが釼を抜く。
全長5mはありそうな大蛇を模した魔獣が数匹立ち塞がっていた。
セレもハリーも洞窟から姿を現す。
「随分と大きいのぅ。」
「・・・御前の二分の一サイズしかないけどな。」
大蛇が咆哮する。向こうはやる気満々な様だ。彼の銀の獅子の支配力が薄れているとは言え、此の登場は余りにも早い気が・・・。其程人間を襲いたいのだろうか。野蛮だなぁ。
「おい、一般人は下がってろよ。襲われても助けないからな。」
此方は良いから自分の身を護ってくれ。自分は一応生き返るから。
セレの心中等露知らず、ロセスは不意を突く為駆け出した。
「乂!」
丸く弧を描く様にして斬り掛かる。数瞬して大蛇の首が音を立てて落ちた。だが首を失っても未だ動く様で、大蛇は大きく伸び上がり、ロセスに躙り寄る。
「噫、生命力の高いタイプか。」
一振りの刃丈じゃ大変だろうな。少し手伝うか。
「双黔牙。」
両手に漆黔の双剣が握られる。
歪な其の刃を見て、ハリーは顔を顰めた。
「・・・良いのか。魔術を使っても。」
「随分と勘が冴えるじゃないかハリー。まぁ今回に限りもうロセスに見せているから大丈夫だ。」
地を蹴る。抉られた土砂が散る。
セレはロセスの横を縫う様に前へ出た。ロセスの釼とセレの刃が交差し、曦を放つ。
「おい、一寸離れろ。危ないだろ。」
「少しは出来るんだ。手伝わせてくれ。」
セレが双剣を首の無い蛇へ投じる。
「黔螺跡!」
言葉は其の儘刃になり、並行に投じられた二振りの釼は回転をし、其の軌跡を刃へ変えて行く。
大蛇に突き刺さった其は其の儘大蛇に沿う様に蛇に食い込み、喉元から腹、尾と其の身を細切れにして行く。
「先ずは一匹。」
セレは又新たな釼を召還した。
圧倒的な力の前で、其でも魔獣は牙を剥く。
「怯みもしないのか。退いてくれればと思ったんだが。」
犠牲は少なくしたいものだし、其の為に敢えてあんな残忍な技を仕掛けたのに、此だと魔力の無駄遣いだ。
「退かせて如何するんだ。皆殺すだろ。」
ロセスが次の一匹に斬り掛かる。断末魔も上げず脳天を刺された蛇は絶命した。
「然うは言っても・・・。」
此でも一応屹度多分自分は平和主義者なのだ。暴力が全てとは思えない。
今殪されている蛇達だって、幸せな家族を持っているかも知れないのだ。夫婦円満かも知れないし、三世代安泰の満ち足りた家族かも知れない。若しかしたら今目の前に居るのは一つの家族かも知れないのだ。
然う思うと気が引けるし、こんな姿だからか、如何も異形の者に感情移入してしまう。戦に情は不要としてもだ。まぁロセスの心情も分からなくはないのだが・・・。
赦せ、蛇達。今自分はロセスと行動を共にしているんだ。今後の為に此奴の意向に沿わせて貰おう。
セレが又刃を投じる。
セレとロセスの戦況を見て、ハリーも参戦しようと考えていた。魔術も大丈夫そうだから自分も戦力にはなる。
だがロセスの為にするのなら御断りだ。セレの為にだったら喜んでチームワークを取るのだが、残念乍らセレに隙は全くない。彼は一柱で戦うスタイルだ。全て一撃の元に仕留めている奴に一体どんなサポートをしろと?
暫く思案してハリーは一つの答えを見付けた。
ハリーも戦前に出ると右手を伸ばした。其の手に幻の焔が灯る。
「だから何で一般人が俺の前に立つんだよ!」
「・・・肉の礼で手伝う丈なのだ。」
焔を蛇にぶつける。忽ち蛇は灰も残さず燃え尽きた。其の焔は飛び火し、他の蛇にも降り掛かる。勿論自分や近くに居るロセスに掛かったら幻にした。
「断!」
ロセスが残る一匹を縦に一刀両断する。ハリーの放った焔が燃え盛った。
其を遠くで見ていたセレは、見慣れぬ影を霧の向こうから感じた。
「人・・・か?」
セレが目を向けると、影は霧の向こうに消えて行く。
魔獣はハリーの焔で一掃出来た筈だ。此方はもう大丈夫だろう。
昨夜の魔獣の声が残る。
自分に仇なす者、其は彼の影かも知れない。
セレは意を決して影を追う事にした。
「終わったか。」
ロセスが念の為と辺りを見る。だがもう気配は感じられなかった。ハリーの焔も殆ど消えている。
「・・・む?」
ハリーが耳を敧てて、背伸びする。其の瞳が直ぐ不安そうな色を宿す。
「セレは・・・セレは何処へ行ったのだ?」
「道に迷ったか?否、其はないか。じゃあ魔獣に連れて行かれたか。ハッ、此だから一般人は。出しゃばるから面倒が増えるんだ。」
ロセスが溜息を付き、釼を仕舞う。其を聞き、ハリーは激昂した。
「セレに其の様な口を叩くな!屹度何か訳があって離れた丈なのだ!貴様其でも勇者の子か!捜そうとも思わぬのか!」
ハリーが一歩ロセスに近付く。すると其の一歩で地が罅割れた。
怒りの余り、幻覚が解け掛かっているのだ。
「・・・っ、御前まさか。」
ロセスが目を剥く。
霧の中に一瞬、龍神の姿が見えたのだ。
幻では・・・ない。
今迄幾千もの魔獣を屠った彼の勘が告げた。
斬れ、此奴を斬れ。此奴は魔獣。人ならざる者、父の仇。
自分の・・・憾み。
ロセスが釼を再び抜く。其をハリーの鼻先に突き出した。
「何なのだ、其の釼は。」
不審気に釼を見、少しハリーは下がる。嫌な汗が背を伝った。
「御前を屠る釼だ。」
「な、何の事なのだ。」
ハリーが瞠目する。
其の様を見てロセスは哄笑した。
「御前が魔獣ならセレか?彼奴も同族だな。そんなに彼奴に会いたいなら、直ぐ俺が彼奴も送ってやる。」
「其の様な事はさせぬ!何を以って其の口を叩くか!」
咆哮にも似た声。
だがロセスは臆する事も無く、寧ろ何処か楽しそうに告げる。
「大体初めっから怪しかったんだよ御前等。初めて会った時なんて、可也高い所から声がしたから行ってみれば御前等が居た訳だ。今の御前の様に地面を陥没させてな。簡単に推測すれば御前の連れは彼の高さから落ちた事になる。なのに生きてるだと?不可能だ。常人にそんな事は出来ない。」
「其丈で・・・、」
「未だある。」
ハリーを制し、ロセスは続ける。
何とも流暢にいっそ詠う様にロセスは告げた。
「其に碧山に三日居たってのに御前等はピンピンしていた。魔獣にも遭っていない風だった。若しかしたら此の碧山に棲む者で、勝手を知っているのではないかと鎌を掛けて御前等を危険な霄道に薪を採らせたが、案の定、御前等は無事だった。怖ずに行ったしな。」
「初めから襲わせる気でいたのか!熟勇者の子とは思えん。我の知る彼の英雄譚にも其方の様な者の話等聞いた事も無い。抑其なら説明が付くのではないか。彼の戦力だから碧山でも大丈夫だった訳で・・・。」
「其の戦力が決定的な物になったんだろうが。」
ロセスの眼光が鋭くなる。其でも浮かべるのは張り付いたかの様な笑みだ。
「御前等碧山に居たから知らなかったのか?魔術はな、昔神と契約を交わした王家の血を継ぐ者と、魔獣しか使えないんだよ。自分から暴露しやがって。此方は英雄でも勇者でもないんだ。御前等を屠れたら十分なんだよ。」
「っ・・・。」
魔術は大丈夫だとセレは言っていたが、彼はミスだったのか。屹度其の時にはもうロセスは殆ど疑っていた。だから其の時は敢えて何も言わなかったのだろう。機会を窺う為に。
此の儘では不味い。
斬られるのは駄目だが、ロセスをやってもいけない。
逃げるか?でもセレを置いては行けない。加えて其は仕事の失敗をも意味する。其丈は何としても避けないと。
殺気の籠った真直ぐな紫煙の瞳がハリーを射抜く。
ハリーは歯噛みして構えの姿勢を取った。其は去なす為の構えだ。
取り敢えずは時間を稼ごう。そしてセレを見付けて対策を練る。
ハリーも又、潤み色の瞳でロセスを睨め付けた。
・・・・・
霧の中を走っていたセレは彼の人影が立ち止まったのを見て適度に距離を開いた。
緩りと人影が振り返る。
相手はセレが良く見えないのだろう。数歩近付き、微かに目を見開いた。
相手は青年だった。淡い藍色の瞳に、長い蒼い髪を風に玩ぶ。
「おや、付いて来てしまいましたか。」
少し笑って青年は目を細める。
「御前は・・・神か。」
「御尤も。」
青年は頷き、礼をする。
「私は神族のレイ。鎮魂の卒塔婆の者です。以後御見知り置きを。」
鎮魂の卒塔婆、フスタの仲間か。
「・・・私はセレ・ハクリューだ。」
「っ・・・ははっ、あははっ!」
堪え切れなくなってレイは笑う。
敵意は無い様だが、笑われては良い気がしない。
「何が可笑しい。」
「いえ・・・まさか・・・ね。可愛らしい名前だと思いまして・・・笑ってしまって済みません。」
「如何して此の次元へ?」
偶然だろうが、仇なす者・・・其が引っ掛かる。此奴かも知れないのだ。用心に越した事は無い。
「其は此方の台詞ですね。貴方こそ、如何して此方へ?」
「私は・・・。」
答えに窮してしまう。此は言って良い事なのか、判断が付き兼ねない。
抑鎮魂の卒塔婆とは具体的に何をしている所なのだろうか。ガルダは実験と言ったが、其の実験の為に此奴は此処迄来ているのだろうか。形からして然うは思えないが・・・。
「答えられませんか?其は御互い様ですからね。では質問を変えましょう。」
レイは片手を上げ、適当に振る。言葉を考えあぐねている様だ。
「・・・一体こんな所で何をしているのですか?貴方ともあろう方が。」
「っ、御前は何か知っているのか!?私の知らない事を!」
「噫、然う言えば憶えてないのでしたね。では斯うしましょう。」
レイが手を振り、背を向ける。足を其の儘霧の渦へ向けて。
「明日会った時、もう少し御話ししましょう。では、御機嫌よう。」
レイの気配が辺りの霧に隠れる。
本格的に姿を晦ましたのだろう。流石に此では深追いは出来ない。
「明日・・・だな。」
明日になれば、自分は一つ真実に近付けるのかも知れない。彼が仇なす者だとしても会わなければ。
此方の用は済んだんだ。ロセスとハリーが気になる。何も起きてないと良いけれど。
セレは今来た道を引き返した。背を低くし、霧を斬り裂いて。
足に力を込め、セレは跳躍した。
・・・・・
「何やってるんだ?」
戻ってはみたものの、ロセスとハリーは膠着状態だった。まるで狗と猫が対峙した時の様。
何か徒ならぬ物を感じ、セレは碧樹の影に隠れた。
魔獣は駆逐されているのに殺気を感じる。肉の取り合いではないと思うが一体・・・。
二人が対峙している様なのは想像に難くないが、ロセスが釼を出している辺り、喧嘩以上の争いの様だ。
此は鎮めないといけない。でも如何するか。今出て行ったら斬られそうな気がする。
止めるんだー、えーい邪魔だー、ズバッ、うわーみたいな。
未だ死にたくない、もう死にたくない。じゃあ如何すれば良いか・・・。
然う言えば自分の拳はハリーを気絶させるには十分だったよなぁ・・・。
「はぁ・・・何でこんな暴力的な事しか考え付かないのかな。」
自分としては平和主義者のつもりなんだけれど。
セレは其の作戦とは言えない作戦を実行に移す為、そっと其の場を後にした。
「行くぞ。」
ロセスが釼を斜めに構える。刀身が霧の中、光彩を放つ。
「っが!」
釼は振り降ろされた。だが其はロセスの手から離れ、地に落ちる。其に続いてロセスも俯せに倒れた。如何やら気絶している様だ。
「う・・・ぬ?何だ、何が起こったのだ?」
きょろきょろと辺りを見渡す。そんなハリーの背後に不穏な影が過る。
「赦せ二人共。」
そんな声が聞こえたか聞こえないかで、ハリーの意識は闇の中に投じられた。
・・・・・
「ん・・・あれ、此処は・・・何処だ?」
ロセスが起き上り、頭を振る。
何処だも何も洞窟内の訳だが、如何も前の事が思い出せない。此処はもう発った様な気がするのだが・・・。
「起きたか、ロセス。」
横から声がし、顔を上げるとセレが立っていた。手には薪を持っている。火に焼べるつもりだろう。
首を廻らし背後を見ると、細々と燃える焚火の傍でハリーが寝ていた。
「何で俺達は未だ此処に居るんだよ。確かもう此処は発って・・・。」
「何を言っているんだロセス。昨日の霄に私達に肉を御馳走してくれて其の儘寝たじゃないか。夢でも見ていたのか?」
「夢・・・あんなリアルがか?」
首を捻る。だが如何しても其の事がリアルだったと言う事以外、はっきり思い出せない。此処を出て・・・其処から先がさっぱりだ。
・・・此奴の言う通り夢なのだろうか。後頭部が痛いのは寝返りを打った所為かも知れない。
「夢・・・か。然うだな。もう昊だし、朝食でも作るか。」
ロセスが手荷物を漁っている所でハリーの目も覚めた。むくりと起き上り、不思議そうに辺りを見ている。
「む・・・我は夢を見ていたのか?」
「へーどんな夢だったんだハリー。」
ハリーの所へ行き、持っていた薪を放る。ハリーと目線を合わせる為、セレはしゃがんだ。
「うむむ・・・今一憶えておらぬ。でも彼は夢なのか?何か妙にリアルな・・・。」
おぉ、記憶の消去に二人共成功している。其だと困るんだけれどな。何があったか知りたいし。
「むむっ!些と待て。我は確か二度、肉を食した筈だ。では彼は夢ではなかったのか?」
・・・其は憶えているんだ。ハリーがロセスに餌付けされるのは時間の問題だな。
「全部現実だハリー。私が戻った時には御前達はやり合う直前だったからな。私が二人をペシッとして此処に連れて来たんだが・・・。場が場だったから今のロセスには彼は夢だと言っている。何があったか教えてくれないか?」
小声でそっと呟く。因みに気絶させた時の擬音が軽いのは罪悪感からだ。良く良く考えたらハリー迄気絶させる意味無かったのではと龍一頭やっとこさ連れて行った時に思ったのだ。
ハリーが耳を敧てて、顔を上げた。其の顔は何処か嬉しそうだ。
「矢張り真か!良かったのだ。では我は剣玉王になれたのだな!脱不器用なのだ!」
ロセスが驚いて顔を上げる。屹度彼の耳には剣玉王しか届かなかったのだろう。そりゃ気になるわな。
「否、其は夢だろ。」
一体どんな夢を彼の延長で見ているんだ。楽しそうな夢としか思えない。如何考えても夢と現が繋がらないだろう。
「でもロセスが俺の浦島に付いて来られるかと言って我に剣玉を渡して来たぞ。そして我は見事ロセスを打ち破り、歌が追い付けない位の速さで剣玉が出来る様になったのだ。そして行く行くはロセスと熱い抱擁を・・・。」
「・・・じゃあ此持ってみろ。」
セレは近くの薪をハリーに手渡した。勿論未だ火の付いていない奴だ。だから何も注意して持つ必要等ないのだがハリーは何故か手を滑らせたり、角に手をぶつけたりで中々掴めない。
彼の霄ロセスの日記を持てたのは奇跡かの様な不器用さだ。彼の時彼から日記を取り上げて本当に良かった。燃える丈じゃ済まなかったかも知れない。
「・・・然うか。彼は夢だったのだな。」
実に哀愁漂う顔でハリーは遠くを見る。
大丈夫だハリー。道程は決して楽ではないが、何時かは剣玉を持てる様にはなれるから。
「・・・で、何があった。御前が剣玉王になる前に、何故ロセスと闘っていたんだ。」
「うむ。彼奴、思ったより頭が切れ者でのぅ・・・。我等が魔獣だと食って掛かって来たのだ。」
「へぇ、其は其は大変だったな。良く我慢したなハリー。・・・で、具体的に何て?今後の参考にしよう。」
ハリーが一応ロセスを褒めているのだ。中々鋭い事を言われたのだろう。
「先ずセレが高い所から落ちて無事だった事と、三日碧山に居た割にはピンピンしていた事、後此の次元では魔術の類は魔獣と王族しか使えない・・・そんな所かの。」
「・・・御免。」
全部自分のミスだった。
先輩の意地所か恥しか晒していない。全然頼れる先輩じゃないよ。何が今後の参考にするだ。前から気を付けろっての。
「御免、本当に。済まなかったなハリー。分かった、今日の朝餉は最初の一切れ以外全部やるから。」
「本当か!本当なのか!有難うなのだ!此からは何でも頼んでくれ。全力で其方に尽くすのだ!」
安!すっごい安いぞ此奴!買収が桃太郎並に楽だ!
「おーい焼けたぞ。」
ロセスの声にハリーは耳を敧て、目にも止まらぬスピードで焚火の所へ駆け付けた。其の後をセレも追う。
ロセスは昨日の事を夢と片付けたのか、特に何も言わず配膳をする。疑われているのには変わりないが、今の所は大丈夫と見て良いだろう。
皿を受け取り、約束通り一切れ以外をハリーにやる。当然ロセスに見付からない様にだ。此以上疑われるのは避けたいからな。
「して如何するのだセレ。もう魔術は使わぬのか?」
極小声でハリーがセレに問う。其が聞き取り難いのは何も彼の声が小さ過ぎるからではない。単に彼が肉を頬張り過ぎて上手く話せていないからだ。
「否、もうばれているし、其は隠しても今更な気がするぞ。此処は寧ろ積極的にロセスを助けて好かれよう。」
「何とも打算的やのぅ・・・。」
流石にハリーが少し引いている。ブラックジョークが過ぎたか。半分本気だったんだがな。
「冷たい言い方になるが要は彼奴が助かれば良いんだ。屹度下山すれば大丈夫だ。だから私情を挟み過ぎるな。仕事なんだ。」
「うむ、分かったのだ。」
頷き、ハリーは視線を皿に向ける。
少し丈其の瞳が寂しいとセレは思ったのだった。
・・・・・
「ふう、そろそろか。」
ロセスが霧の向こうを見詰める。
彼から凡そ二時間程碧山を下っていた訳だが、ロセスは何か目印を見付けたのか、然う呟く。
「然うか。大分降りたからな。本当助かる。二人丈じゃ斯うも早くは降りられなかったからな。」
「まぁ然うだが・・・今直ぐに下りれるって訳じゃないな。」
ロセスが前を見た儘釼を抜く。
セレもずっと気を張っていたので気付いていた。
前方に大きな影がある。仇なす者の影が。
「御待ちしておりました。セレさん。」
レイが霧の中から現れる。続けて5m程の大きな鳥が姿を現した。
其の鳥は黔い鷲の様な顔付き、冰の様な嘴と節榑立った足。背に備わった大きな翼、絳き瞳に一際目を引くのは異様に長い冰の尾だろうか。鎖の様に鳥は其の尾を引き摺る。
「ん・・・彼の鳥は・・・。」
何か見覚えがある気がするが、何だったろうか。
「セレ、彼奴を知ってるのか?」
ハリーがセレの前に出て大鳥を威嚇する。
「一応・・・かな。」
余り言うとロセスに怪しまれてしまう。だって彼の鳥、間違いなく魔獣の類だし、魔獣の友は魔獣だ。
一方其のロセスは大鳥を見て驚愕の色を浮かべていた。
「まさか、彼で生きていたと言うのか。」
「ロセス、知っているのか?此の鳥を。名のある魔獣だったりするのか?」
「知ってるも何も俺が此の碧山に来た理由は近くの村で魔獣の討伐依頼を受けたからだ。其の標的が此奴だ。絳目の大鷲、間違いない。」
ロセスが釼を持つ手に力を込める。刃が僅かに震えた。
「彼の程度で討伐とは呆れますね。」
レイは嘲笑し、鳥を撫でる。
「此の子は私の部下ヒョウです。先ずは此の子と遊んでもらいましょう。」
「待て!御前と戦う気は・・・。」
「魔獣と魔獣遣い、何方も処罰の対象だな。御前達の罪は存在其の物だ。やらせて貰う。」
ロセスが一気にヒョウに詰め寄り、牽制の意を込め、刃を振るう。
其の刃が翼に触れるか触れないかの所でヒョウの翼は凍り付き、刃を撥ね返した。
「くっ、矢っ張一太刀じゃ無理か!」
歯噛みするロセスにヒョウは翼を振り降ろす。其をロセスは釼を横に構える事で受け止める。何とか怪我はしなくて済んだが、ロセスは身動きが取れなくなってしまった。
「もう少し考えて戦えんのか!」
ハリーが焔を其の手から放ち、ヒョウを包み込む。すると見る見る内にヒョウの翼を覆っていた冰は融けて行った。
「迅!」
膠着状態が解けた所でロセスは円を描く様に回り、ヒョウの翼の所々に裂傷を刻み付けた。
「ヒィョョヨ!」
ヒョウの長く氷った尾がハリーに向けられる。其を諸に食らってハリーは後方へ吹き飛ばされた。
「っ・・・ぐ、此の形でなければこんな奴等。」
「大丈夫かハリー!」
「一般人が前に出過ぎるな!」
セレは蹲ったハリーに肩を貸し、ロセスが此以上ヒョウを近付けない様牽制する。
「オラオラ、大鷲の癖に細々攻撃しやがって。掛かって来いよ、捌いてやるぞ!」
「ヒィヨ!ヒィヨョョ!」
挑発に応じ、ヒョウの嘴が冰と化して長く伸びる。其の冰は陽光に反射し、先端が眩しく輝いた。
「くっ、眩しい!」
思わず目を背けたロセスにヒョウの嘴が襲い掛かる。
「くっそ、てめ・・・っぐ!」
胸部を突かれ、ロセスは後退した。
本来なら致命傷だが、此の鎧は中々頑丈だった。元勇者の物丈あって傷一つでロセスを護ったのだ。
「ハッ、やってくれるじゃねぇか。」
ヒョウの嘴が降り降ろされた所でロセスは駆け寄り、突きの形に釼を構えた。
「疾!」
唱えてヒョウの脇を駆ける。すると細かく嘴に罅が入り、瞬きの後嘴を覆っていた冰が罅割れた。
「ヒィ!ヒィョヒィヨ!」
目の前で冰が爆ぜた為、慌ててヒョウは目を閉じ、頭を振る。
ダメージは無いが、目眩ましには十分だった。
ロセスが時間を潰している間、セレは成る可く離れた所へハリーを連れて行った。
少しして隠れるのに丁度良さ然うな岩を見付ける。
「隙を見て後方支援を頼めるか?」
「其位なら・・・任されよ。」
セレはそっとハリーを岩陰に降ろした。此処なら霧で少し見付け難い。
「黔刃影。」
巨大な大剣がセレの手に収まる。セレは其を携え、ロセスと並んだ。
もう時間稼ぎは十分だ。ロセスを助太刀しないといけない。
「へぇ、良い武器持ってんじゃねぇか。」
「コンビネーションを此処は一つ頼む。」
「ま、良いだろ。」
ロセスの言葉を聞き、セレは大きく一歩踏み出す。そして得物を闇雲に振るった。
「ヒィヒィヨョ!」
ヒョウは羽搏き、其を去なす。
余りにも大きな釼だ。一太刀でも浴びれば怪我では済まないと分かっているのだろう。
其の隙にロセスがヒョウの背後から地を蹴る。構える刃にハリーの焔が灯された。
「刺!」
翼の付け根を狙い、刃を振るう。焔が蒼く煌めいた。
「ヒィョョョヨォォ!!」
翼を撃たれ、地響きをさせてヒョウが落下した。続けてロセスも地に足を付ける。
「上出来か?」
「ヘッ、まぁな。・・・焔は助かった。」
ロセスは視線をハリーに向けた。其に気付いてハリーは気恥ずかしさか岩陰に隠れる。
「何だ礼が言えるのか。」
「礼を言われる様な事、御前等がしねぇからだろ。」
ロセスが釼を構え直す。
勝負は決した様な物だが、未だ生きているからだろう。相変わらずロセスの標的はヒョウだ。
「戦闘向きではないとは言え、使えませんでしたね。」
レイがそっとヒョウの穿れた翼を撫でる。ヒョウも嘴をレイに擦り寄せた。
「もう休んで良いですよ。」
彼の手から冷気が零れ落ちた。其は徐々にヒョウの身体を蝕み、氷漬けにしてしまった。
其をレイは片手で砕く。
呆気なくヒョウの氷は砕け、氷の破片が曦の雨の様に一同に降り注がれた。
「な、何て事を・・・。」
「此処からは私が御相手しましょう。」
「へぇ、魔獣遣いの癖に強気だな。」
レイの口元が吊り上がる。彼は一歩足を踏み出した。
「涼鑓!」
詠唱に続き、彼の目の前に冰で出来た鑓が顕現する。全長3mはありそうな大鑓だ。
レイが其に触れた刹那、意思を持ったかの様に鑓がロセスに向け放たれた。皓い軌跡が吹き抜け、肌を刺す。
不意打ちだったのかロセスは完全に出遅れる。
棒立ちになってしまった彼に向け、セレは大剣を投じた。
冰の鑓は目標に到達する直前に横から来た大剣に砕かれる。大剣も又罅割れ壊れてしまった。
皓と黔の破片を浴び、やっとロセスは反応して飛び退った。
「・・・見惚れていたのか?」
「彼奴迄魔獣だとは思わなかったんだよ。」
不機嫌そうにロセスは釼を地に突く。助けられたのが不服な様だ。
然うか、此の次元の人は魔術が使えなかったんだっけ・・・。だったら彼の反応の鈍さも頷けるか。油断した訳だ。屹度ヒョウが凍ったのも彼の魔術ではなく、ヒョウが自害する様に仕向けたと解釈したのだろう。
此だと自分が魔術を使うのは気が引けるのだが、ハリーだって使ったし、勝利には最善策を取らしてもらおう。相手は神様だ、勝てるか如何かも分からないのだから。
又大剣を召還する。其を手に取ってロセスに眴せを送った。
実力が分からない敵に関しては長居は無用だ。一気に攻め落とす。
セレとロセスが同時に駆け出した。
真正面からの攻撃だと躱され易い事は分かっている。助走を付けてセレは跳躍した。軽々とレイを飛び越し、其の背後に降り立つ。
一刹那向かいのロセスと視線を合わせ、踏み込んだ。
前後から同時に攻撃されては躱せまい。
ロセスは縦に、セレは横殴りに各々の獲物を振るった。
だが其はいとも容易く止められてしまう。
大剣がカタカタと震える。幾ら踏み込んでもびくともしない。
不審に思ってセレが手元を見た。見ると言っても波紋だ。視線は真っ直ぐ彼に向けられている。
手元・・・正確には大剣の刃の所をレイが手で受け止めていた。ロセスのも同様だ。
如何して受け止めていられる?何故斬れない?
「っ・・・又冰かよ。」
ロセスの言葉にはっとする。
注意深くレイの手を見ると、確かに目に見えるか如何かの殆ど透明な冰が彼の手から放たれ、刃を受け止めていたのだ。加えて其の冰は精密に作られており、自分の放つ波紋と共鳴する。純度が高過ぎて波紋に引っ掛からなかったのだ。
呪を唱えずに此程の魔術を放てるとは、余程の干渉力か。場慣れしているのだろう。
「・・・如何して本気を出さないのですか?此の程度では私の相手にすらなりませんよ。」
レイがいっそ涼しそうに笑う。ロセスは相手にしなくて良いと踏んだのか、彼に背を向け、自分と向き合った。随分と余裕な様だ。
「私の使命の為にも、さっさとけりを付けたいのですけどね。」
「くっ・・・。」
本気、其は即ち、晒を取れとの事だ。翼も尾も出して本来の姿を開放する。
自分だって其が出来たらと思う。でも今は目の前にロセスが居るんだ。
今は未だ疑うレベルで済まされているのかも知れない。でも姿を晒せば間違いなく彼は自分を斬る。
其は異形の姿だから、人ならざる者だから。
其の覚悟が出来るか如何かだ。だとしても、果たして其処に仕事の完遂はあるのだろうか。然うとは思えない、多分其は一番やってはいけない。
ヒョウとの戦いが、ロセスの変えられてしまった運命だったのかも知れない。
屹度彼処で彼が命を落としてしまい、此の次元は終わるのだ。
其ならもうけりは付いている。元凶は殪しているんだ。
でも嫌だ。ハリーには私情を挟むな、とは言った。其でも、然うだとしても邪慳にされて別れるのは嫌だった。
進んで嫌われる様な、彼を裏切る様な真似はしたくはない。彼には彼の信念があってこその今なのだから。
「本気を出したくない・・・ですか。では強硬手段に出ましょう。」
「な、何だ!?」
ロセスが後退りしようとしているのが目の端に映った。
如何したのかと思い、ロセスを見遣る。するとロセスの釼を受け止めていた冰が広がっており、少しずつロセスの手、腕を凍らせていたのだ。
「くっ、冷てぇ・・・。何しやがる、放しやがれ!そんな手で俺の釼に触れるな、魔獣如きが!」
「っ!?」
気付けば自分の手も徐々に凍らされていた。
自分の手は、其の晒の下は常人の其と違う。だからある程度の温度変化には耐えられる。何も感じない。だから反応がこんなにも遅れてしまった。
「フフッ、貴方の魔術で此の冰を溶かしても良いのですよ。貴方の闇が彼を燃やし尽くすのも又一興かと。」
彼の言う通りだ。自分には闇がある。だが其は焔、灯ではない。闇の焔は焼き尽す咎を持つ。護る為の物ではない。
冰丈を燃やす事が出来るかは、正直自信がない。
「ん・・・温かい、此は・・・。」
ロセスが目を剥く。突然彼を蒼い焔が包んだのだ。
其の焔はロセスを燃やす事無く、手枷の様になっている冰を溶かして行く。
「ハリーの焔か!」
幻の扱いに関しては彼の右に出る者はいない。持ち前のスキルで冰丈に現をぶつけているのだ。
「此は此は。目障りな力ですね。では貴方から凍らせてあげましょう。」
レイはロセスを放し、其の手を掲げた。
ロセスが慎重に出方を窺う。
「不味い!ハリー逃げろ!」
「涼牙蛇!」
セレの声と重なり真言が響く。するとレイの手から全身に逆鱗を纏った様な銀の冰の蛇が現れた。其の蛇は大きく伸び上がり、ハリーのいる岩陰へと一気に飛び掛かる。
不味い、今のハリーは怪我をしているんだ。満足には動けない。
幻を使ったとしても間に合わないだろう。抑未だ焔はロセスを包んでいるのだ。若し幻を使ってしまえばロセスが燃やされてしまう。
ロセスも蛇に気付いて何とか斬ろうと刃を向けるが、此の冰の高度は異常だ。彼が蛇を断つ前に、其の牙がハリーを貫くだろう。
「今の貴方は、一体何人助けられますかね。」
レイの声が焦る自分の耳朶を打つ。
助ける・・・自分が誰かを?
違う、自分に出来る事は只一つ。
どす黔い魔力が溢れ返り、其は禍々しい物へと変貌して行く。
セレの手を凍らせていた冰が崩れ、四散する。其に伴い晒が外れた。
自分に出来る事、其は・・・。
壊す、其丈だ。
漆黔の瞳がレイを射抜いた。其の眼光の鋭さに、闇の深さに彼の動きが止まる。
其の一瞬を突いてセレは跳躍した。翼で薫風を斬り、尾で梶を切る。
少し高く飛び上がった後、急降下して蛇の首を掻っ斬った。其の儘四肢で着地し、ハリーを背に庇う。
蛇は見る見る罅が入り、断末魔も上げず崩れて行った。
「あ、セ、セレ、其の姿は・・・。」
岩陰からハリーが顔を出す。不安そうな顔をしてロセスを見遣った。
対してロセスは瞠目し、セレを只見詰めていた。対峙す可きレイの事等、もう頭にはない。
其の姿が痛ましくてセレは目を逸らす。
「御前は・・・矢張り、」
ロセスの持つ釼が震える。何とか取り落とさない様にしているのが目に見えた。
少し丈、信じて良いかと思った。背中を預けた。庇ったり、手を貸してくれた。一緒に魔獣とも戦ってくれた。共闘なんて何時以来か。
だから此の勘は勘違いなんだと思い込もうとしていた。怪しい奴等ではあるけど、少し位赦しても・・・。
「魔獣・・・化物の仲間だったのかよ・・・。」
「御免。」
其しか言えない。弁解の余地等ない。
何て言おうが化物には変わりないのだから。
「斬るのも如何するも自由にしてくれ。只、彼奴を相手する迄待ってくれ。其の後は自由にして良いから。」
「・・・分かった。」
ロセスも顔を背け、釼を構える。一応戦いに集中する様だ。
「セレ・・・済まないのだ。我の所為で・・・。」
「ハリーの所為じゃない。だから今は集中しろ。未だ御前の幻が必要だ。」
羽搏き、ロセスの傍へ行く。レイはそんなセレを見て嘲笑する。
「フフッ、然うです。其の姿ですよ。完全ではないにしても其が貴方です。では私も本気・・・出しましょうか!」
反射的にロセスの手を掴み、後方へと飛び退る。
するとレイの姿は変貌し、其の姿は巨大な蛇の其へと変わった。纏う鱗は一枚一枚透き通り、反射する。冰の蛇、蒼く輝く其の姿は先程の蛇を思わせた。
蛇神とも言える其の姿に只目を奪われる。
神の本気は前世の姿を捨てて、神の本性を晒し出す事。若しやと思い飛び退いたのが功を奏した。
セレは直ぐ様ロセスの手を放す。
「ガァアァア!」
レイが牙を剥きロセスに襲い掛かる。
正面からの攻撃だ。一刹那レイの形に動揺したロセスだが、直ぐ冷静さを取り戻し、釼を構える。
「乂!」
ロセスは地を蹴り、レイの牙を躱した。そして弧を描く様にしてレイの頸筋を斬り裂く。
だが如何やらレイの躯に血は通っていないらしい。僅かに傷は付いたものの、其丈だ。罅丈が鱗に刻まれる。
「ったく、何で斯うでかぶつになりやがるんだ。只の魔獣討伐じゃなかったのかよ!」
ロセスが少し離れた所へ降り立ったのを見て、レイは標的をセレに絞る。
又もや突進をレイは繰り出す。其を咄嗟にセレは地を掻く事で遣り過ごす。巻き上げられた土砂がレイの目に入った。
「ガァア!」
目眩ましに怯み、レイは我武者羅に冷気を吐いてのたうち回る。
冷気に当てられた所は空気も含め、凍り付き、冰の華を咲かせた。
「矢張り其の姿になっても涼属性か。」
セレが跳躍して冷気を躱す。標的を定めていないのなら躱すのは容易い。
「刺!」
今を好機と踏み、ロセスがハリーの焔を纏った釼をレイに突き立てる。
だがレイの鱗は金剛石の様に堅い。釼は刺さるものの、致命傷にはならない様だ。
冰の破片が辺りに散る。
釼を突き立てられた事でロセスの位置が分かったレイは冷気を彼に吹き掛けた。
冰の華が彼の足元で咲き誇る。
「ぐぁぁっ!」
華の刺がロセスの脚に突き刺さる。無色の華に絳と言う彩が落ちた。
ロセスは直ぐ様華を砕き棘を抜くが、直ぐには動けない。片膝を付いてしまった。
「ガァアァア!!」
其処へ顎門を開いたレイが襲い掛かる。彼の棘よりも鋭く婉麗な牙が光る。
「危ないロセス!」
セレがロセスの前迄疾走し、刃を振るう。其はレイの鼻先を砕いた。
進路を変えられたレイは其の儘地へ顎門を開き、地を崩して地中に入り込んでしまう。
「・・・助かる。」
「御互い様って事で。」
セレは長い尾をロセスに巻き付ける様に塒を巻かす。何処からレイが現れても反応出来る様にだ。
翼を少し低めにする。今此の場で翼は弱点になり兼ねない。
「ガァアッ!」
突然セレの足元からレイが現れる。
其を何とか片手で去なすものの、棘の様な鱗と降り掛かる飛礫は防ぎ切れない。漆黔の手は無事だとしても、セレの上膊に裂傷が走った。
反撃に出ようにも余りの勢いに防ぐ以外の手立てがない。
二人を捕らえ損ねたレイは再び地中に潜った。
同じ手をレイは何度も繰返す。
「嬲り殺すつもりか。」
動こうにも迂闊には動けない。そんな事をしたらレイに正確な位置がばれてしまう。加えて自分は羽搏いて逃げられたとしても、足を負傷したロセスは逃げ切れない可能性がある。
又レイが地中を突き破り現れる。今度はセレの右側だ。
だが意識を少し逸らしていたセレにとって其は不意打ちだった。
「ッガァアァアァア!!」
思わず叫びが零れ出る。
レイがセレの右腕と翼の一枚に食らい付いたのだ。其を其の儘レイは引き千斬る。
「穿!」
更に食らい付こうとレイはくわりと顎門を開く。
其の間にロセスは釼を地に突き立てた。すると地が罅割れ陥没し、裂かれた地が飛礫となってレイに降り掛かる。
又もや目眩ましを食らい、レイは終に地中から全身を出した。標的が見付からず、闇雲に牙を地に立てる。
透かさずハリーが小さな焔を幾重にも編み、レイにぶつけた。時間稼ぎの為だ。
レイは焔を標的に牙を剥く。
「うぐ・・・ガァアッ・・・。」
肩が燃える様に痛い。だのに其の先の感覚がさっぱりだ。躯が震えそうな位寒い。目が翳む。視界がノイズだらけだ。魔力が上手く操れない。
思わず膝を付く。数瞬遅れて多量の血が地を濡らした。背に穿れた傷も血を噴き出させる。牙が疼いた。
「お、おい大丈夫かよ!」
ロセスが纏う長布を手に重ね、傷口を強く押さえる。
痛イ痛イ。
思わずロセスに牙を向けそうになるのを堪える。叫びを呑み込んだ。
だが止血は儘ならず、長布を染める丈だ。
「私は・・・良いから、早く彼奴・・・を。」
ハリーの時間稼ぎももう限界だ。此処で決めないと全滅する。
最悪自分は死んでも良いから、二人を助けないと。
「・・・分かった。」
ロセスが手を放す。血はもう出切ったのか余り出なかった。然うか、自分は心臓が無いんだから余り動かなければ出血量はそこそこ抑えられるのかも知れない。
立ち上がったロセスが携える釼にセレは残った手を添えた。
「鮫鰐黔。」
唱えるとロセスの皓銀の釼は漆黔に染まり、刀身が伸びて刃が鋸の様になって行った。もう刀身は何も映さない。牙を鳴らして刃を携える丈だ。
「おいハリー!でけぇ焔を俺の釼に込めろ!」
自分の足では彼奴の所迄走れない。なら来て貰えば良い。正面から行ってやる。
ハリーが辺りに散らしていた焔を消し、揺蕩い揺れる焔をロセスの刃に宿らせる。刃は蒼く皓く煌き、胎動するかの様に焔を孕み、翻す。黔い刀身は得物を求める様に震えた。
目が治ったレイはロセスに狙いを付け、一気に下降する。
血に染まり、黔くなった牙が覗く。全身が冰のレイの鱗は透け、旻が見えた。透明な瞳がロセスを捉える。
「断!」
迫るレイにロセスは縦一文字に刀身を叩き込む。刃が得物を前に吼えた。
「絶!」
続けて横一文字に。焔が軌跡を作り、燐光が散る。
顎門を開くレイの動きが一刹那止まった。
「劈!」
其の刻まれた十字に大きく振りかぶった刃が重なる。
黔い牙がレイを貫き、焔が天をも焦がす。
「ガ・・・アァッ。」
全身を罅だらけにしたレイは緩りと地に着く。
元の皓銀に戻った釼をロセスはそっと鞘に戻した。
ハリーも岩陰から姿を現し、セレの元へ駆け寄った。
―ガガ・・・敵いませんね・・・。まさか人間如きに後れを取るなんて・・・。―
「・・・御前の使命も・・・私に殪される事・・・だったのか?」
小声でレイに問う。
失血の所為で目眩がしたセレは上体を倒していた。
確信はあった。神の真の姿はもう前世の其には戻れない。其に斃されたらもう其で終わりだ。全てを捨てる覚悟が其の姿には伴う。
でも如何して、たった一つの使命が、私なんかに斃される事なんだ。だったら自分の使命は・・・一体。こんな事に何の意味があるんだ。若しかしたら自分の使命も自覚してしまったらこんな物なのかも知れない。誰かの為の布石でしかないのかも知れない。
息が弱々しいセレを心配してハリーは彼女の傷にそっと手を当てる。
ロセスもじっとそんなセレを見ていた。
―然うですよ。・・・私は多くを語るのを赦されて・・・いない。私なんて所詮捨駒で・・・大きな選択の為の・・・布石でしかない。―
「頼む、然う言わずに・・・教えてくれ。私の何を御前は知っているんだ・・・。」
悲愴を湛えて言い募るセレに罅割れた瞳は語る。
―貴方は・・・我等の希望。・・・然う聞いています。・・・彼の時の貴方は其は其は佳麗で美しかった・・・。―
レイは目を閉じる。其の時を懐い出しているかの様に。記憶の流れに身を委ねる。
―貴方の事は・・・フォードが一番良く知っています。・・・私達の主である彼が。彼に・・・会いに行くと良いで・・・しょう。私からは其しか言えません。―
「分かった。・・・有難う、然うしよう。」
頷くセレにレイは笑みを零した。穏やかな瞳をしている。・・・使命が終わるのだ。
―・・・図々しい事は承知ですが・・・如何か最後に此を・・・彼の子に、頼み・・・ます。―
然う言い残し、レイは崩れ去った。罅が細かく入り瓦解して行く。
幽風に吹かれて殆どの破片は其に運ばれて行ったが、セレの目の前に一枚の鱗があった。レイの逆鱗だ。罅の一つも無い其は鏡の様に辺りの色を反射している。
「如何して・・・こんな呪が。」
其にはとある呪が掛かっていた。其の真意は分からない。・・・が、セレは其の鱗を時空の穴に放った。
「お、終わったのか・・・。」
ロセスが息を付く。
其の視線が自分に注がれていると気付き、セレは何とか片手で上体を起こした。尾で倒れない様支えとする。
「セレ!怪我が酷いのだ。起きては障るのだ!」
言い募るハリーを目で制する。
どうせ死ぬんだ。傷に障るも何もない。
「約束だ・・・ロセス。斬りたいなら斬れ。此の傷なら逃げる事も儘ならない。」
「でもセレ!」
「・・・ロセスには悪いが、ハリーは折を見て逃げてくれ。多分もう此の次元は大丈夫だから。」
涕きそうな顔をするハリーに何とか笑い掛けてやろうと思うが、思う様に顔を作れない。激痛の波が引かないのだ。
何よりもう寝てしまいたい。
「・・・・・。」
ロセスは只セレの肩を見詰めた。
其処から先は血が流れる丈で、或る可き物はもうない。
ロセスは乱暴に釼を引き抜いた。
「何暖気な事言ってんだよ!」
突然長布を剥ぎ取ると、ロセスは其を釼で裂く。そして其をセレの肩に当て、巻く事で止血した。
「何を・・・っ。」
「あー動くな。上手く巻けないだろう。もう繃帯、切らしてんだから。」
きつくきつくロセスは布を巻いた。
余りの痛さに声が出ない。でも落ち掛けた意識は其の痛みで覚醒した。
程無くして何とか止血は出来たのか、ロセスはセレの肩口から手を放す。
「・・・一寸丈、父を懐い出したんだよ。誰かと戦ったの、久し振りだから。一人じゃ・・・勝てなかった。」
外方を向き、独り言の様にロセスは言う。
「で、父は良く魔獣を見逃していたのを懐い出した。彼奴等にも仲間がいるからって・・・。其丈だ。」
言い乍らロセスは鎧を脱いだ。ラフな服装になる。
外した鎧は畳んで手荷物に入れて行った。
「其に、下迄送るっつったろ。其の途中で其奴等死んだとか、騎士道の名が涕くっての。・・・ほら。」
ロセスはしゃがんでセレに背を向けた。
其の意味する所が分からず、セレは只其の背を見詰める。何が起きているのか今一理解出来ていないのだ。
もう声を出すのも億劫だった。目丈で其を訴える。
「何ぼーっとしてんだ。歩けないんだろ。負ってやるから掴まれよ。」
「え・・・。」
思わず声を漏らすセレをロセスは有無を言わさず無理矢理背負った。
「おい一般人・・・否、人じゃねぇか。ハリー、暇だろ。俺の荷物持て。」
ロセスが足で手荷物を突く。ハリーは渋々其に従った。
「我もセレを背負う事位なら出来るぞ。」
「其は止めろ。」
考えた丈で寒気がする。屹度ハリーが背負う迄に自分は死ぬだろう。
「・・・軽いな。失血死丈はすんなよ。後極力俺の服を汚すな。」
「・・・良いのか、見逃して。」
「うっせ。黙って寝てろ。」
セレはそっとロセスの背に頭を預けた。
温かくて瞼が重くなる。
程無くしてセレは深い眠りに付いたのだった。
・・・・・
「つーかさ。」
碧山を下る事十分。
すっかりセレは寝付いている。そしてロセスとハリーは一言も交わさず歩いていたのだが、ロセスがそっとハリーに声を掛けた。
セレを気遣ってか小声なので、ハリーはロセスに並んだ。ちらと彼の様子を窺う。
「御前も魔獣だろ?もうどうせばれてるんだから元の姿になったら如何だ。どうせ大きいんだろ?乗せて行けよ。俺は足、痛いんだから。」
「む・・・然うだが・・・。」
ちらと今度はセレを見る。
セレは小さな寝息を立ててピクリとも動かない。安心しているのかロセスの服を少し掴んでいた。時々彼は痛そうな顔をするが、若しかしたらセレの爪が当たっているのかも知れない。
「然うだな。我に乗るが良い。」
瞬きの後、ハリーの姿は龍の其へと変貌する。ロセスの手荷物は牙に引っ掛けていた。
「ハッ、こりゃ良いや。乗るぞ。」
ロセスはハリーの背に手を掛けた。セレをそっとハリーの背に寝かせる。血の気は無いが、まぁ大丈夫だろう。
ハリーはそろそろと浮上し、緩りと飛んで行った。
「・・・然う言えば御前等此の後如何するつもりだったんだ?一般人じゃないんだろ?村に何の用だよ。用次第だと斬るがな。」
「そ、其は・・・。」
暫し逡巡する。
そんな事、考えてなかった。セレも寝ているし、助けてくれる相手はいない。
「か、観光なのだ。時々我等は斯うして村に行って見て回っているのだ。」
「ふーん。・・・ま、そんな事だろうとは思っていたけど、今回は諦めるんだろ?じゃあ御前等さっさと碧山に行けよ。此の儘だと村に入れないし、此奴の怪我も何とかしないといけないし、俺は歩いて帰れるんだから。」
「む、む・・・。」
其は然うだが、此の後ロセスが御臨終なさらないとは限らない。帰る迄が冒険だ。村迄送らないといけない。
セレは一応次元の迫間に戻れば治るんだ。先にロセスだ。
「・・・セレは問題ないのだ。其方の荒療法で一応な。だから此は肉の礼なのだ。」
「安い奴だな。」
「情に厚いと言うのだ!決して安いのではない!」
一頻り話し終え、ハリーは口を噤む。だが一つ丈聞きたい事に思い当たり、又口を開いた。
「・・・でも、本当に良いのか?」
「何がだ。」
「その・・・我等を斬らなくとも。」
父の事は言えない。日記を見たとばれれば目も当てられない事になる。彼が恥ずかしさの余り斬らないとも限らない。
「しつこいな。そんなに斬られたいなら斬ってやるよ。・・・抑さ、あんな簡単に揺らぐ決意ならしなきゃ良かったんだ。」
溜息が漏れる。
不甲斐ない。此では父に顔向け出来ない。
したい事をすれば良かったんだ。無理して自分を汚さなくても、父は偉大だったのだから。
自分のしたい事、其は魔獣を斬る事ではない。釼を汚す事ではない。
「俺別に殺獣鬼になりたい訳じゃないし。」
息を付き、ロセスは携えていた釼を見た。刀身が銀に煌く。
「俺、勇者になりたいからな。」
父の様な、否、父を超えた。
ちらとハリーはロセスを見遣る。そして何も言わずに又前を見た。
後は只風を切る音のみが静寂を流れていた。
・・・・・
「おい、着いたぞ。降ろせよ。」
ロセスがハリーの胴を蹴る。
「分かっているのだ。」
弧を描いてハリーは村の入り口から少し離れた所へ下りた。霧が濃い御蔭で村の近くに居ても見付かる心配はないのだ。
ロセスがハリーの背から飛び降りると、緩りとセレの目が開いた。相変わらず息は浅いが、何とか大丈夫な様だ。
「・・・此処は。」
「起きたのかセレ。村に着いたのだ。我等は次元・・・碧山に帰るのだ。」
「然う言う事だ。此処で御別れだな。」
手荷物を背に、ロセスはセレを見遣った。セレもそんなロセスを見返す。
「御前の御蔭で一応俺は助かったんだ。一応礼は言う。・・・じゃあな。次からはもっと上手に正体隠せよ。」
「うん。・・・元気で。」
其丈言うのがやっとだった。彼との別れは屹度此丈で十分なのだ。
「・・・ではな。」
折を見てハリーは又飛翔する。眼下でロセスが手を振っているのが見えた。
「・・・其方は十分勇者であったぞ。」
ハリーの声は薫風に掻き消える。
霧の滄溟を超え、ハリー達は次元から姿を消したのだった。
・・・・・
勇者は釼を振るう
其の軌跡に過去の英雄を重ねて
未だ其の軌跡には遠くとも、何時かは超えてみせると信じて
其の刃に曇りは無い
憾みもあった、辛みもあった
でも其よりも追い付きたい物があるから
もう勇者に迷いはない
憾みも辛みも呑み込んで、汚れを知る勇者は釼を止める事はない
如何も御疲れ様です。此の度は如何だったでしょうか、とっても臭い話でしたね。結構キーキャラクターは出て来た訳ですけれど、(筆者のお気に入りも沢山出た!)さて皆さんの中にもお気に入りの子は出て来たでしょうか。若し居たら教えてくれるととっても嬉しい。其の子の再登場のオファーも出てくる可能性も出てきます。魅力とかも教えてもらえたら参考にして行きたいですしね。
と言うのも筆者の苦手な物の一つにキャラ作りがあるんですよ・・・致命的過ぎる。何だかみーんな同じキャラになるか、将又盛り過ぎな子が出来たりするんですよね・・・。「・・・」が多いのも良くない所です。そんなに黙る奴ってあんまりいないと思うし。噫、余り書くとネガティブモードになるので此処で切り上げて、
キャラの話、然う、キャラの話です。今回出て来たロセス君、如何でしたか?ウザかったですか?其とも可愛かった?此の子は筆者からすると凡そ四番目に作った子なので結構思い入れがあったりします。小学生の時からの付き合いです。そして此の子丈、作られた当初からキャラブレしなかった子でもあります。よっぽど性格捩じ曲がった子だったんですね♪
ハリーも余り変わってないけれども外見の変化は結構大きかったり・・・。一番変化したのはセレさんとガルダさん。内部設定がこの十年余で可也変わりました。(あ、やば、歳ばれる。)セレなんてもう神自体が変わったと言うか・・・あ、これ以上書くと重大なネタバレになるので止めましょう。
さて、次の五話は、一応第一部?一章完結となります。個人的に迚も書きたかった話の一つなので気合を入れて頑張ります。又どうぞ宜しく御願いいたします。




