61次元 死神ト首斬り鎌ト化物の哦う霄
はい、今日は皆様!一寸御久し振りで御座います!
今回更新が遅れてしまったのは済みません。只、やっと完成しましたよ!
然う、次元龍屋大型アップデートです!ふぅう!
(徹夜明けで書いているのでテンション狂ってます。)
と言っても主に変わったのは自分の身の回りですけれども、やっと全話纏めや、キャラ設定集を作りまして、すんごい作業が捗る様になりました。
十数年の集大成ですね。へへへ~。
其に伴って、永らく更新を止めてしまっていた『登場者紹介』『龍古来見聞録』『世界の用語集』も、一気に大更新!60次元の話迄網羅しました。今後はちゃんと更新して行きます、はい。
他に、全話をもう一度誤字修正しました・・・いやー多かった!
何と言うか、長いですね本作。やっと自覚しました。塵も積もればですね。
と言う事でやり切った達成感で胸一杯です。
因みにちゃんと話は書き続けていたので、書き貯めも幾つかあります。出来たら来週更新したいですね!
そんな今回は割と御気に入りの話になりました。・・・と言うより性癖大爆発!
当分キーストーリーが増えて行きますね。噫、終わりに近付くとこんな風になるのかと沁み沁み思う此の頃です。
と言う事で、愛憎渦巻く喜劇をどうぞ御楽しみに!
闇の中で幾つもの願いが揺れ惑う
迷い込む賢者よ、皆抱える懐いは異なるが
目丈は逸らす事なかれ、己が手で成す事を見届ける為に
闇は全てを受け入れるが、決して与えはしないのだから
噫ほら彼の流星は屹度もう直ぐ其方の首を・・・、
・・・・・
次元龍屋から少し離れた丘。
其処で今、セレとダイヤは店から遠ざかる様に歩いていた。
水鏡明り照らす闇の中、セレはフードを目深に被る。
口数少なく歩いて行く二柱は勿論散歩をしている訳ではなかった。
ダイヤから誘われたのだ、大事な話があると。
店でし難い話だ然うで、斯うして話すのに良さそうな所を目指して歩いて来たのだ。
次元に行く事も提案したが、其の儘二柱で仕事をするのは大儀だと断られてしまった。
其でも彼女が大して悪態を吐かずに歩いている所を見ると、其程大事な話なのだろう。
とは言っても、何となくセレには予測が立っていた。
落龍の詠とかでバタバタしてしまったが、自分が人喰いとして完全に成ってしまった時、酷く彼女は嫌がっていたのだ。
其の気持は当然だ。自分の天敵と好きで一緒に居る奴なんて然ういない。当たり前の反応だ。
加えて彼女の性分からして店は・・・余り向いていないんだろう。成行きと言うか半ば強引に自分が引き入れたしな。
だから話ってのは・・・然う言う事だろう。
大丈夫、覚悟はしていたし、其を承知で話をしたんだから。
「大分離れたと思うが、此の辺りで如何だ?」
「・・・まぁ良いわ。」
小さく息を付いて彼女の足が止まる。
一寸、元気が無いと言うか・・・思い詰めてしまっているのだろうか。
其だったら申し訳ない、然う言う巻き込み方はしたくなかったんだけれども。
折角彼女が話したいと言ってくれたんだ。ちゃんと聞かないと。
・・・こんな化物と、話をしたいなんて言ってくれているんだから。彼女の誠意を無駄には出来ない。
今回の次元の迫間は比較的穏やかな様で、吹いて来る薫風は優しい。
彼女は立ち止まったものの、直ぐ言葉を出せない様だ。だから自分も急かす事なく景色を見て置くとしよう。
目の前には大き目の湖がある。魚でも居るのか波紋が幾つも浮かび上がる。
・・・随分大きいのでも居るのだろうか。可也波打ったりしているが。
斯う言う時此の目は不便だな。中迄殆ど見えないし。龍かも知れないから会いたい気もするけれども。
そして其の湖を疎らに囲う様に樹々が生えている。
良い所だな、こんな場面じゃなきゃじっくり散策したくもなるが・・・。
「あの・・・店の、事なんだけど。」
暫くすると怖ず怖ずダイヤは声を掛けて来た。
伏し目勝ちで、何時もの力強さは微塵もない。そんな彼女を見ていると此方迄息が詰まりそうで。
「・・・無理して言わなくても良いぞ。」
「・・・如何して、」
一つ息を付き、やっと彼女は目線を合わせてくれた。
其の瞳は何処か揺れている様で、彼女は緩り瞬いた。
「如何して、こんな時でも優しい振りをするのよ。」
「んん、難しい事を聞くな。」
優しい、優しいなぁ・・・そんな抽象的な話は苦手だ。
嫌いではないけれども、自分の事を聞かれると如何しても悩んでしまう。直ぐに答えが出ない。
だって質問の意味が分からないんだ。
とは言え、ダイヤのは未だ分かり易い方か。振り、なんだからな。
「私は・・・貰った物を只返して居る丈だ。だから私が優しい様に見えるならダイヤ、御前が然うだからだろう。何だ彼だ言って皆を助けてくれたりしているしな。振りなのは・・・まぁ然うだな。」
少し丈、目を閉じる。こんな晒塗れの顔だ。彼女に表情は見えないだろうけれど。
「然う、私は優しくなんかない。壊す事しかして来ていないし。だから振り丈しているんだよ。何とか皆の真似をしている丈。」
「私の振りをして其だって言うの?」
途端彼女の目が坐る。・・・何かミスったか?
「其だったら此処迄車出す位しなさいよ。全然返せていないじゃない!此の程度で返せていると思ったら勘違いも甚だしいわ!」
「ご、御免なさい。」
普通に大声で怒られた。悲しい。
でも仰る通りだ。此で返した気になってはいけない。何が出来るか、ずっと考えて置くのは大事だと思う。
「・・・でも、今回は赦してあげるわ。」
ん、おぉ、赦された・・・。
つい下げ掛けていた目線を上げる。そして彼女と搗ち合った瞬間、
凍える程の氷の瞳を向けられていた事に気付いた。
「だって・・・私も一緒だから。」
瞬時、セレの両手を氷が覆う。
鋭い棘を生やした冰だ。瞬く間に指先から凍って肘迄固まってしまう。
此・・・は、何て高度な涼魔術だ。
でも如何して、だって今私はダイヤと話していて、
気付けば両足も縫い留めるかの様に凍らされていた。膝上迄凍らされ、びくともしない。
此の時になってやっと自分は攻撃を受けている事に気付いた。
本当に何て鈍い。でも然う、自分は然うなんだ。
前ガルダにも突き付けられた大きな弱点、其は・・・自分は仲間に弱いんだ。
仲間に対して刃を向けない様注意する余り、勘も全て鈍ってしまう。
何時も敏感な殺意、殺気にこんなにも気付けない。
でもまさかダイヤが仕掛けて来るとは思っていなかった。
だって彼女は事なかれ主義だ。自ら手を下すなんてしそうもなかったのに。
まさか人喰いの化物に正面から挑むとは思わなかったんだ。
前みたいに氷漬けにされたら終わるだろうな。一応焔は未だ在るけれども。
勿論此の儘凍らされる訳には行かない。抵抗はさせて貰うぞ。
拒みはしないが、だからと言って此で死んで良い理由にもならないから。
全て受け入れて、其の上で、どんなに血腥くても現実を。
急激に頭を回せ、戦う事に意識を集中させろ。
一度切り替えれば未だ動ける。次の一手を慎重に見極める。
両手両足を凍らせて一体次はどんな手を出すのか。
現状自分は大きく出遅れている。今から何をされても次の攻撃を受けてしまうだろう。
だったら狙う可きはカウンターか。柔軟な対応が出来る様しないと。
此の位の魔術だったら数秒で壊せる。零星があれば幾らでも、
「憖うは、」
唱を紡ぎ掛けた所で突如大きく湖がうねった。
そして、其処から現れた影につい息を呑む。
湖の中心が大きく弾け、中から一柱の神が躍り掛かった。
其の相手は・・・飃だったのだ。
枴と、見慣れない黔い刀を携えている。
彼を烈風が包んでいたのか嵐の様な凱風が駆け抜けた。
まさか・・・ずっと水中に居たのか?
幾ら彼の魔力が高いからってそんな水中に空間を作れる程の力は使えないと思っていたのに。
刀を構えた儘彼は自分を見て咲っていた。
噫、死神の笑顔だ。跳ねた水滴と水鏡に良く映える。
舞う様に真直ぐ斬り掛かって来るそんな彼を、つい美しいと思ってしまった。
そして遅れて殺意が刺さる。痛い程の此の気を今迄隠し続けていたのか。
・・・見事だ。
つい、口端が釣り上がってしまう。笑みを隠し切れない。
御前の殺意は本当に、心地良い迄に澄んでいて。
全てを理解した時には遅かった。せめての抵抗として中途半端に結んだ零星を這わす。
僅かに左腕の氷が欠ける。でも其で十分だ。
其の腕を掲げて何とか刃を逸らす。
だが飃は構わず刀を振るった。
そして・・・私の意識は其処で、無へ堕ちた。
飃はセレとダイヤ二柱の間へ割って入る様に着地した。
彼が振り返ると同時にセレの首と左腕が地へ落ちる。
実に呆気ない一太刀だった。でも此の一撃に全力を掛けたのだ。
緩りとセレの躯は傾ぎ、力が抜けて頽れる。
転がった首の目は既に閉じられ、夥しい量の黔血が溢れ出ていた。
一つ息を付き、飃は刀を構え直した。
枴は一度傍に避けて置く。未だ戦闘態勢は解かない。何てったって化物だ。
此の一撃を入れられたのは可也強く出られたけれども未だ。
楓夏が残してくれた此の力、御蔭でこんな一手に出られたんだ。
予め化物の苦手な水中に潜んでいた。此の刀は何でも斬る事が出来る。其は水も例外じゃない。
可也力は使うけれども、斬り続けつつ凱風を回せば多少は留まる事が出来るのだ。
後はタイミングを見て斬る丈だ。
抵抗される事は分かっていたので予め其方も練習はしていた。化物から甲を一枚くすねていたのだ。
そして何丈の魔力を刀に込めれば斬れるのかを試していた。可也魔力を使う事になったけれども、一応余力は残せそうだから此の作戦で落ち着いた。
一番良いのは昼間の決行だったけれども・・・此は僕の問題だから仕方ないね。
結果は・・・一応成功か。
頸と左腕がばっさり斬られている。動く様子はなさそうだけど。
せめてもう少し細斬れにはして置きたいね。一体どんな力を持っているか分からないし。
不図飃は背後で彳むダイヤを見遣った。
彼女は・・・青い顔をして固まっていた。
唇を固く噛んで、何とか留めているみたいだけど。
「・・・取り敢えず協力感謝するよ。すっかり化物も油断していたみたいだし。」
「・・・死んだの。」
「いや、消える迄断言出来ないよ。だからもっと細斬れにして置くつもりだけど。見たくないなら帰って良いよ。」
「っ・・・。」
ダイヤは一度目を見開いたが直ぐ伏せた。でも足は動かない。
見届けたいつもりなんだろうか。まぁ別に良いけど。
「でも意外だったよ。まさか君の方から提案されるなんてね。そんなに化物の事嫌いだったんだ。」
余り僕と話す事も無いから何か裏があるんじゃないかと疑ってしまったけど、結果彼女は手筈通りに協力してくれた。
嬉しくはなさ然うだけどね。でもまぁ此の化物への懐いなんて神其々だろうし。
「・・・だって、」
小さく彼女が呟くのを後ろで聞き乍ら化物へ近付く。
刀の構えは解かないで。未だ終わってはいない、存在毎消さないと。
取り敢えず四肢は斬って置こうか。腹も割けば多少は大人しくなると思うけど。
「・・・誰?其処で覗き見してるの。」
息を詰めてじっと化物と対峙していたのに余計な気配がちらつく。
此は瓊林の方からか。先迄居なかった筈だけど。
はっとして彼女も遅れて瓊林の方を見遣った。
―驚いた、現界した丈で気付かれるのか・・・。―
碧樹の陰から小さな影が近付いて来る。
其は翼を広げた鳥の首が兎の其に摩り替わった様な姿をしており、何処か機械染みた無機物感を併せ持つ。
何だか現実感の無い姿だ。でも此の気配は何となく親しんだ事がある。
恐らく、精霊の類かな。僕の嫌いな精霊かは知らないけど。
漂い乍らも其奴は此方に近付いて繁々と化物を見ている様だった。
―見事だ。あんな化物をまさか一刀両断か。―
「何、茶々入れに来たなら帰ってくれないかな。」
敵意は感じないけれども野次馬は嫌いだよ。僕の時間に水を注さないで欲しい。
「・・・其奴が私に頼んだのよ。」
「ふーん成程、化物退治仲間か。」
―然う、君にも誠意を見せないとな。私は6890:鐘楼のラザレニアだ。彼の悪逆非道な精霊を危めてくれて感謝する。―
「別に僕の為にやったんだから礼なんか言われたくないけど。邪魔しないでくれる?未だ終わってないんだから。」
軽く睨むとラザレニアは大きく後退して交互に自分と化物を見遣った。
―ま、未だ生きているのか・・・?本当救い様もない存在だ。何で丗に生まれたんだか。―
奴の反応からして戦ったりは出来ない精霊らしい。
ま、僕にとって何処の何奴かなんて関係ないよ。只邪魔しなければね。
一つ息を付いて魔力に集中する。未だ油断してはいけない、此奴は化物なのだから。
近くで見ていたから分かる。此奴が霄に丈見せる顔を。
他者を殺す事を至上としているかの様な彼の残虐な笑みを。殺す事でしか満たされない彼の貪欲な心を。
其等を近くでまざまざと見せ付けられて思ったんだ。此奴は・・・殺さないといけない。
早く消さないと、世界は終わる。楓夏を僕から奪った丈じゃあ飽き足らず、彼女の居た世界すら壊す。
そんな化物なんだ。もう精霊ですらない、悍しい者。
だから此処で僕が終わらせてあげる。此は屹度・・・君も何処かで望んでいるんでしょう?
何をしたって満たされる筈なんてないよ。失った物はもう戻って来ないんだから。
其でも足掻く事を止められないのなら、虚しいと分かっていても歩み続けるなら。
僕が終わらせるから、だからもう消えてくれよ。
死神の僕が君の悲しみも辛さも全て殺してあげるから。
刀に魔力を通す為何度か息を整えた。一応反撃を恐れて枴は傍に控えさせて置く。
「・・・ねぇ、約束、ちゃんと果たしたんだから其方も護りなさいよ。」
何の事かと思ったけれども、如何やらダイヤはラザレニアに話し掛けている様だった。
少し語気を荒げるとラザレニアは素早く彼女の元へ向かう。
―然うだな、君は本当に良くやってくれた。彼の呪いを解かないとな。―
・・・何やら、彼女は条件付きで受けたみたいだね。まぁ意外な協力者の御蔭で僕も奇襲は成功したから良いけどね。
化物は仲間には妙に甘かったから。あんなに殺して置き乍ら普通の振りをし続けていたし。
・・・良し、魔力も落ち着いた。今なら斬れる。
先ずは四肢、右腕から飛ばそうか。
彼女の誘いだからか尾や翼を出さない儘斬ったし、何か仕掛けて来そうで恐いんだよね。
刀を振り下ろす。甲を斬るのは骨が折れるからもっと上腕、皓い肌を狙って。
薄く肉を断った感触を残してあっさり斬れる。
此の刀、本当に斬れ味は凄いね。何だか不思議な感覚だ。
あんなに殺したかった化物が、あっさりと僕の刃に斬られて行く。
斬れた腕も動く事なく只血が零れて。
黔い血だ。闇の中だと溶け込みそうだけど。
次は両足、そして次は、
然う頭を巡らせていた所で不意に化物の躯に変化が起きた。
其は血、吹き出していた血の勢いは流石に多少弱まっていた。
只其が又勢い良く出始める。躯は動かず、血丈が。
・・・矢っ張り未だ足掻くか。
刀を振るおうとした所で其の噴き出た血は焔へ転じた。
黔い焔、不気味に揺らめいて音も無く燃え盛る。
「・・・っ、」
焔を見ると嫌でも彼の化物の事を懐い出す。
楓夏を殺した彼奴を。彼奴も未だ殺し損ねているけど。
でも、まさかこんな物で僕が怯むとでも?
其の焔毎消してみせる。僕の死神の凱風はこんな物じゃない。
足の付け根を狙い、一気に斬り付けた。
肉を斬った感触はあったけれども、断ち斬るより先に動き出す。
化物が、首も腕もないのに立ち上がったのだ。勢い良く立ったので足は何とか骨を削られる丈で済んでしまう。
「・・・思ったより元気に動くじゃん。」
―っ、まさか未だ動くか。―
背後でラザレニアとダイヤが下がる。
そんなに驚く事?此奴は化物なんだよ。此の程度じゃあ狩れないよ。
血の代わりに焔を吐いた儘化物は立っていた。両肩と頸から勢い良く燃え上がっている。
「・・・結局、俺も彼の姉さんの後を追いそうだな。」
焔が弾けてそんな声が漏れる。焔がまるで生き物の様にうねって不思議と音が声になるのだ。
当然とも言う可きなのか、声は化物の其と全く違っていた。
男っぽいけど、ちゃんと声として聞こえるのだから不思議だ。
一気に攻める可きか・・・でも気配が余りにも変わり過ぎる。
此は何だ、化物とは別の此奴は。
何かを呼び起こしちゃった感じがあるね。精霊のとは又違う気配がするし。
化物の頸元から首の代わりか皓い筒の様な物が生えて来た。
其は焔を戴く台の様で、つるりと滑らかな作りだ。
両肩からも焔を吹いているのでまるで燭台の様に写る。
いや、まさか此は本当に燭台なのだろうか。見れば見る程彼の筒は蝋燭の様に見える。
化物の第二形態とか・・・?随分変わった進化をする。
「何・・・一体如何なってるの彼。」
「さぁね。取り敢えずは元気そうだけど。」
出方を見ようとした所で目の端で動く物があった。
思わず身構えたけれども、其は・・・首だった。
化物の首が、動いている。首丈で、如何言う訳か斬られた左腕を咥えていた。
そして一体どんな力で動いているのか分からないけれど、ぴょんぴょんと愉快そうに跳ねていたのだ。
其方が動くとは思っていなかったので思わず息が止まってしまう。本当熟化物じゃないか。
首は其の儘躯の方へ跳んで行き、器用にも腕の指の方へ咥え直して差し出した。
「おー助かるよ。有難な、蝋で付けば良いけど・・・。」
「ふぉーいたふぃまいて!」
腕を銜えた儘生首が喋っている。あんな形でも頭はある様だ。
化物は肩と腕をくっ付けた。すると肩口の焔は消え、代わりに皓い塊が付着する。
でも其でくっ付いたらしく、何事もないかの様に化物は左腕を回した。
「良し良ーし、此で動けそうだな。」
「じゃー次此ね!」
然う言って転がる首は次に右腕を咥えた。
此以上戻されても困る。駆け寄って斬り付けたが軽々と首は跳び上がってしまった。
追い打ちを掛けようとするも、既の所で躯の方が動き、左腕で首を掻っ攫って跳び退いた。
「っとに野蛮だなぁ。準備運動位させてくれよ。」
然うぼやきつつ右腕も付けてしまう。四肢を取り戻した化物は難なく着地した。
「わーい兄ちゃん復活ー!」
キャッキャと腕の中で生首が甲高い声を上げる。
其の声も化物のとは違う、まるで幼子の様な声だ。
動いた拍子に外れたらしく、晒はもうしていなかったが其の瞳は六つ全て絳く灯っていた。
「折角ばらしたのに元通りなんてなくない?」
「いやぁ俺としても彼女を殺させる訳には行かないからなぁ。」
「ねー!此ぞ危機一髪!」
ケラケラと楽しそうに首は笑う。居心地が良いのか腕の中で上機嫌そうだ。
―・・・勿論、彼も殺すんだよな?―
「え、えと、然う・・・かしら。」
余りに其迄と異なる化物の姿にダイヤは言い淀んでいる様だった。
「・・・殺すよ。化物は化物でしょ。」
「もー化物なんかじゃないよ!僕はアティスレイ!兄ちゃんもアティスレイだよ!」
「アティスレイ・・・。」
聞いた事はあるかな。何か化物に取り憑いてる奴だとかって。
良く分からない奴を相手にしたくはないんだけどな。でも今の言い振りだと化物にダメージは入ってるっぽいね。
じゃあ仕掛けるか。此処で一気に片付けるか。
「う、う~。何だかやる気みたいだよ兄ちゃん!負けないんだから!」
「然うなんだけれども、ほいっと。」
唸る生首に向け、化物が右手を掲げると皓い網の様な物が生えて来た。
其は生首を包み込み、宛ら鳥籠の様に閉じてしまう。
「え、あれ⁉兄ちゃん一寸!」
「君は戦えないんだから其処で大人しくする事。傷物にしたら兄ちゃん赦さないからな。」
「えーじゃあ絶対勝ってよ兄ちゃん!」
「言われる迄もなく。」
然う言い彼は次に右手から鑓の様な物を生み出した。
其は正に燭台の様な具合で、先が三叉に分かれて燃えている。
錆び塗れの様だが其の燃えている先丈は銀色に輝いていた。
そんな彼の後ろに蝋で付けたのか彼の生首が入った籠をくっ付ける。
「おっと、うわぁ此滅茶苦茶酔いそう・・・。」
「持ってる余裕はなさそうだし、勘弁してくれよ。」
「・・・何だか本当随分化物と違うね。何なの君達。」
完全に余計なちゃちな邪魔者だ。まさかこんな隠し玉があったなんてね。
特性も恐らく化物の時と随分違うよね。良く見極めないと。
「もー又化物って言った!僕達は夢!彼の子の夢を叶える為に存在してるんだよ!」
籠を大きく揺らして首は声高に言う。
「斯うして助けちゃうのは本筋と違う気もするけど、助けたいから助けちゃっても仕方がないよね!」
「ま、普通に死なせる訳にも行かないしな。」
「ふーん、然う言う精霊って訳?」
「精霊は彼の子の方でしょ?僕達は違うよ!もっと曖昧で不確かな物!」
「然う言う君だって何なのさ。彼女の仲間だと思っていたのに行き成り斬り掛かるなんて。」
「・・・そんな事も知らないの。僕は元から化物を殺す為に店に入ったんだよ。」
「へぇ、然うか。で、其方の君は?」
「っ私・・・は、」
急に話を振られて彼女の背が伸びる。
「そ、君だよ。何だか意外だったし、俺も寝耳に水だったから吃驚したんだぜ。」
「ははっ、兄ちゃん水被ったら消えちゃうじゃん!」
「俺は君よりずっと長生きだから本当に吃驚したんだって。」
「そっか。兄ちゃんもう御爺ちゃんだもんな~。」
「・・・私は其奴を殺したら、呪いを解いてくれるからって、」
「呪い、成程な。自分の為に殺したのか。」
「別に其丈の事をされる心当たりはあるでしょ。抑先にしたのは其方だし。」
「ん、噫別に其を否定する気はないぜ?単なる俺の興味。彼女は認めちゃってるけど、俺が理解出来なかったから聞いた丈さ。」
「でも兄ちゃん、兄ちゃんは御喋り用じゃないでしょ。戦闘用でしょ?」
「其の通り、って事で聞きたい事も聞けたし、御前達殺させて貰うぞ。」
―っ、私は一度下がるぞ。後始末は頼む。―
「ちょっ、そんな勝手な、」
言うや否やラザレニアの姿は霞み、消えてしまう。逃げ足の速い奴だ。
「どうせ居ても役に立たないんなら良いんじゃないの。僕は最初からやる気だし。」
「・・・私だって此処迄来たら今更戻れないわ。」
「其じゃあ殺し合いスタート!・・・うおっ!」
蝋燭が鑓を振るうので籠が大きく揺れる。
先ずは正面からの一突き。飃は大きく下がって距離を取った。
さて、一体如何彼奴と対峙するかなんだけど。
生首は戦えないって言っていたし、彼の鑓を如何にかすれば勝算はあるかな。
蝋燭相手に如何戦う可きかだけどね。リーチは相手の方が長いし、刀は一度下げるか。
代わりに控えていた枴を取る。今は使い慣れた此方の方が頼りになる。
もう一度、もう一度殺してやれば良い丈。そんな焔も吹き消してやる。
枴を振るって烈風を纏わせる。先の一撃で弱まってしまっているけれども威力は十分だ。
「・・・行くわよ。」
一つ息を付き、ダイヤは釼山の様な冰を蝋燭の傍へ展開させた。
其を軽くステップで躱されてしまう。一体如何見えているのか分からないが、反応は悪い方ではないらしい。
其処へ更に飃は凱風を叩き込む。
頭の焔が大きく揺れ、蝋燭は此方へ踏み込む事で其を回避した。
離れる所か寧ろ近寄って来る。燃え盛る鑓を大きく振るって突き出して来た。
「行っけぇ兄ちゃん!」
其を枴の刃で受け流す。鑓を弾き飛ばした隙に腹に向けて凱風を叩き込んだ。
「っぐ。本当に容赦ないな。」
対して蝋燭の焔も其迄以上に燃え上がり、飃に向け伸ばされる。
僅かに顔に火の粉が掛かったが、二柱の間に氷柱が生えたので火の手は弱まった。
此なら、奴が下がり切る前に、
氷柱の陰で焔を躱しつつ飃は刃に手を伸ばす。
一気に魔力を通し、刀身が黔に染まる。闇に溶けて煌めき丈が残る。
化物の血が未だ残っているのだろう。此が濁らない内に又染めてあげる。
横薙ぎに一気に払う。氷柱毎奴を引き裂く様に。
氷柱は一瞬で砕け散り、其の背後が顕になる。凱風で怯んでいたのだろう蝋燭の腕には大きな裂傷が走っていた。
一寸踏み込みが甘かったか。でも未だ攻められる。
「に、兄ちゃん来るよ!来るよ!」
「分かってるから舌噛むなよ。」
腕を庇う事なく蝋燭も又踏み込んで来た。
斬り付けようとした所で奴の腕が燃える。血の代わりに焔が零れているのだ。
其の焔が余りにも高温で、一気に汗が噴き出す。
頭の上ででかでかと燃えている其より熱いなんて。
息を詰めたが一瞬、蝋燭は鑓から手を離し、飃に向け其の手を伸ばして来た。
すると其処から皓い網の様な物が放たれる。
まさか此、生首を入れている籠と同じか、
何となく蝋で出来ている様に見える其を既で躱す。だが全ては捌き切れず、僅かに腕に付着した。
捕らわれてはいない、でも蝋は可也の高温だったらしく腕に引き攣る様に痛みが走る。
火傷してしまっただろうが構う事はない。凱風を叩き込むと返しと許りに焔が舞う。
如何やら腕の焔は大きくなっている様で少しずつ肌を焼いて行く。其以上踏み込めずに一度下がった。
でも其処で焔の中から鑓が放たれる。其は僕のローブの端を貫いて地に刺さった。
途端に上体が沈む。思ったより深く鑓が刺さったらしく直ぐには立てない。
「・・・彼の子と同じ目に遭わせてやろうか。」
焔が揺らめいたと思った刹那、飃の頸に手が掛かった。蝋燭が透かさず掴み、握り締めたのだ。
「っぐ、は、放せっ、」
熱い、熱いっ、全身焼けて沸騰する様だ。
何とか凱風を纏っても斬る度に焔は零れてより身を焼く。
噫此の焔、まるで彼の化物みたいじゃないか。
黔い焔、闇の中でも輝いて、僕から又全て奪うのか。
掌からも熱を放っているのか頸が焼けて感覚がなくなって行く。
刀を振るうにも力が入らない。此じゃあ、斬れない。
頸を焼き切られてしまうのか、駄目だ。意識が朦朧としてくる。
焔を遠ざけようと凱風を吹かせた所で、奴自身が激しく燃えているのだ。
内側を巡る焔に焼かれる。力も勁くて振り解けそうにない。
こんな所で・・・終われない、終わらせられないのに。
最早睨む事しか出来なかった飃だが、目の端で冰が弾けた。
そして蝋燭の焔が凍り始める。動きを止め、燃やされた時毎凍らされたみたいに。
焔が凍る。そんな不可思議な現象を、僕は目の当たりにしていた。
正に其の儘固まるのだ。腕を燃やし尽くしていた焔も幾分弱まる様に感じる。
そして目に見えて冷えて来た。頸に残るは握られた痛み丈で、焔ではない。
蝋燭も異常に気付いた様で一瞬手の力が緩んだ。
其の隙を逃せる訳がない。僕は刀で奴の足を斬り付けた。
浅いが、其でも良い。其処から焔が出ていたのを僕は見逃していないのだから。
其の箇所は右足の付け根、此奴が目醒めるギリギリに斬った所。
其処は斬られた儘だったのだ。再び刃が入った所為で大きく奴の上体が傾ぐ。
両断は出来なかったが、骨迄もう達しているんだろう、焔を零して膝を着く。
追い打ちを掛けたかったけれども足から漏れた焔は未だ熱を持っていた。頸を掴まれていた腕を振り払い、鑓に縫い留められていたローブを千斬って大きく下がった。
「助かったよ。其が姉さんの力なんだ。」
ダイヤに並ぶとふいと彼女は外方を向く。
そんな彼女の全身には黔い刺青が走っていた。
全身隈無く、顔から指先迄、先迄はこんなの無かった筈なのに。
否、此は刺青なんかじゃない。
蠢いていたのだ、まるで生きているみたいに。皮の下に無数の蛇が這っているかの様に蠢いている。
「・・・若しかして呪いって其の事?」
「気味悪いでしょ。然う、彼奴に掛けられた呪いよ。でも・・・私が解きたいのは此じゃないわ。」
ちらと腕を見詰めて諦めた様に息を付く。
今にも其の皓い皮膚を突き破りそうな程に、呪いが全身に喰い込んでいる。
呪術には疎い僕だけど、其でも分かる。此は相当勁い呪いだ。
解呪なんてしたら術者の方が呪い殺されそうな程強力で質の悪い呪いだ。
「此の呪いは世界の不幸を一つの贄に埋め込む呪いよ。私が馬鹿らしくもあんな奴を止めようしたから呪われた。私は悪霊だから不幸は力になるのよ。醜い姿だけど、使ってやるわよこんな力も。」
確かに彼女を包む冷気は一段と勁くなっている。
成程、概念を喰らって存在する精霊と似た様な物か。
姉さんのは代わりに不幸を喰らっているんだ。あんな焔すら凍らせてられる力を引き出すなんて、総魔力は僕よりずっと高いだろう。
「兄ちゃん、兄ちゃん大丈夫⁉頑張って!」
「戦闘向きっても俺の力は知れてるからな。俺燃やされた方の記憶だし。」
「え、兄ちゃん然うなの⁉何でそんな火力無い奴にしたの!」
「いや俺蝋燭だし、照らすのが本来だからさ。でも火力が無いって・・・彼、痛かったんだぞ。」
「然うだけど、そんなふっるい焔じゃなくてさぁ!世界を燃やした奴とか、ドラゴンの焔とか色々あったでしょ!」
「其の文句は是非ともマザーに言っとくれよ。」
「無理だよ!だって僕もう死んじゃうもん!」
然う言ってカラカラと首は笑い出す。籠を揺らして何とも楽しそうだ。
「何だか聞けば聞く程変な奴だね。如何言う関係なの君達。」
話が見えない、多重人格とかそんなのとは違う。
僕みたいに別の奴が入ってるのとも少し違う気がする。抑躯と首で意思が分かれているし。
「だ・か・ら!僕が弟で此方が兄ちゃん!二つで一つ!一つが二つなの、シンプルでしょ。」
「じゃあ其の煩い首を静かにさせたら大人しく死んでくれる訳?」
「ハハッ、放っといても僕もう一寸で死ぬよ!喋るしか能ないもん!力が尽きるのは時間の問題だね!」
「時間稼ぎ出来れば私達の勝ちって事かしら。」
「さぁ其は如何かな?僕達は只姉さんを助けたくて出た丈だもん。そんな難しい事分からないよ。何の道もう僕達姉さんに逢えないし。」
「・・・然うだな。其が俺も、一寸心残りだけれども。」
立ち上がった蝋燭はしっかりと鑓を握り直した。
焔に揺らめいて蝋が溶けて行く。其の雫が次々と鑓に染みて行く。
俺の命も残り僅か、分かり易い刻限だ。
だったらせめて後悔無い様に、殺さないと。
だって裏切り者は要らないだろう。君が悲しまない様に俺が燃やし尽くしてやる。
冥く堕ちて行く君は本当に綺麗だよ。でも俺は・・・赦されるなら。
姉さん丈が見た笑顔を、俺も見たい。然うすれば俺に意味が生まれるから。
そんな風に咲える世界を創れたら、君は飛べるんだろう?
闇の中だろうが星旻に変えて、黔い箱を壊して玻璃の様に鏤めた罅で世界を彩るだろう。
赦されるなら其が・・・俺の願いだよ。
「貴方の釼って何でも斬れるの?」
「一応、余硬いと疲れるけど。」
「私だって疲れる程力出してんだから其位何でもないでしょ。」
「流石に其は理不尽が過ぎるんじゃない?」
此方抑水中にずっと居たから結構既に消耗しているのに。
まぁ其の呪いの痣は結構痛そうだけどさ・・・。
「焔は何とか抑えてやるから如何にかしなさいよ。」
「清々しい丸投げだね。嫌いじゃないけど。」
「然う、私は貴方の事嫌いだわ。」
凄くはっきり物を言う姉さんだ。協調性皆無じゃないか。
良くこんなのと組んでるなぁ彼・・・。不幸体質の一番の要因って彼女の気もするけど。
此の姉さんの下僕と化している彼は昼の僕と案外上手くやってるんだよね。僕は付き合う様なタイプじゃないから話す事はないけど、一寸興味は出て来たかも。
兎にも角にも彼の蝋燭か。姉さんが焔を抑えてくれると言うならもう少し攻めてみようか。
焼かれた頸が結構痛むけど、少し息を吸う丈でひりついてしまう。
一つ息を付いて地を蹴る。痛みは今は呑み込んで、魔力を乱さない様に。
右手に刀を、左手に枴を、流す魔力に意識して、目的に沿った所へなぞる。
水平に払った枴の背に飛び乗った。足を動かすよりかは斯うして乗った方が扱い易い。
地擦れ擦れに飛んで刀を構える。
出来れば鑓を斬りたいけど、彼、何位堅いかな。
流石に化物の甲程じゃないと思うけどね。タイミングを間違えない様に。
蝋燭の焔は弱まった儘だ。足から零れる焔は地を燃やして行くけれども、踏み込まなければ問題ない。
「兄ちゃん気を付けて!彼の刀、彼の子の手斬った奴だよ!」
「弟の足じゃあ持たないかもな。」
蝋燭は少し丈鑓の構えを変えた。真直ぐ飃へ鋒を向ける。
「ドラゴンの火、やってやろうじゃねぇか。」
途端其の鋒から三本の焔の柱が伸び上がる。
眼前一面の焔、思わず飃は一気に上へ逃れた。
だが焔は真直ぐ飛び掛からず大きくうねって向きを変える。
まるで蛇みたいだ。渦を巻いて僕に咬み付こうと顎門を開ける。
焔を斬るのも、簡単じゃないんだけど。
息を詰め、迎え撃つ様に焔の蛇を両断する。
焔は弾けて四方へ散った。でも蝋燭が鑓を振るえば又新たな蛇が生まれる。
「おぉー!兄ちゃんかっこいい!」
「だろ、俺だって只照らしていた訳じゃないからな。」
「でもあの兄ちゃん・・・先から一寸熱いよ。」
「っておい!早く言えって、真赤になってんじゃねぇか!」
鑓を上げて籠の中を見ると、火照った様に首は赤くなっていた。
あんな焔に晒され続けたのだから当然だ。気付けば飛び跳ねる元気もなくなっている。
思わず蝋燭は鑓の火を弱めた。だが其の途端旻から飃が急降下して来る。
「えっと、冷やすのって水だよな。お、丁度水あるな!」
「え⁉に、兄ちゃん何する気⁉」
蝋燭は慌てて鑓から籠を取り外した。そして湖へ籠を放り投げてしまう。
「に、兄ちゃーん!に、ごぼっ、ごぼごぼっ‼」
勿論生首が泳げる訳もなく、其の儘沈んでしまう。
首自体は軽かっただろうが、蝋の籠の重みで沈んでしまったのだ。
でも蝋燭も其に構っている暇はなく、何とか鑓を構え直すと焔を纏った。
其処へ旻から飃が斬り掛かる。
鑓と刀が搗ち合って火花を散らせた。凍り掛けた焔が弾け、欠片を振り撒く。
余りの鋭さに飃の手や頬が斬れて行く。其の上を焔が舐めて行く。
一寸、込める魔力が弱かったか。此じゃあ鑓は斬れない。
「俺の時間ももう余ないな。じゃあ一寸位派手にやるか。」
鑓全体が燃え上がり、錆が少しずつ取れて行く。其の上から凍らされているのか焔の動きは弱まるが完全ではない。
其に併せて飃も搗ち合った儘魔力を高めて行く。少しずつ鑓は削られて行くが、焔が激しくて集中し切れない。
然うして睨み合っている内に錆は全て剥がれ落ちた。鑓は銀一色に輝いて焔を散らして行く。
だが其処で狙い澄ませたかの様に蝋燭の右腕が凍り付いた。
一度斬られて蝋で固められた辺りが皓く凍り、棘を生やして行く。
其は内側にも侵食した様で、一気に腕周りがより激しく燃え上がった。
僅かに呻いて蝋燭の肩が下がる。腕を繋ぎ止めていた蝋が多少溶けたのかも知れない。
此以上搗ち合ったって仕様がない、此処で一気に斬り込むか。
飃は素早く刀を下げて身を屈めた。
抑える力が無くなったので僅かに蝋燭の上体がつんのめる。
其を掻い潜る様に飃は大きく一歩蝋燭へ肉薄した。
焔に身を焼かれる。でも其に呻く間も与えず、飃は蝋燭の右腕を斬り上げた。
血の代わりに火の粉が顔に散り、思わず飃は顔を背ける。
今度は加減せずに斬った。御蔭で腕は又斬れ、重力に則って地に落ちる。
腕を失った事で蝋燭は大きく体勢を崩した。鑓の先が地に付いて焔が零れる。
透かさず僕は落ちた腕に刃を向けた。
又くっ付かれたら堪った物じゃない。此処でばらしてしまわないと。
流石に使い物にならなくなる迄壊せば、奴ももう此の腕を使おうとは思わないだろう。得体が知れない以上、確実に四肢を奪うんだ。
枴に因る嵐を纏わせて斬り付ける。細かな傷と共に大きく抉る様に斬り付け、飛ばして行く。
見る間に右腕は無残な迄にバラバラになって行った。
皮と肉が混ざり合い、千斬れた指がてんでバラバラに飛んで行く。
此の凱風では甲を傷付けられはしないけど、吹き飛ばす事は可能だ。
もう回収なんてさせない。原型も留めさせない。
只の肉塊と化し、骨も覗けて最早黔い丈の塊が残された。
甲さえ斬ってしまえば案外中は常人のと近い、潰してしまうのは簡単だ。
只焔に巻かれて息がし難いので急ぎ飃は其の場を離れた。
バランスは崩せた筈、此の儘攻め込んで行けば。
纏う凱風と焔が弾けて二柱を分かつ。
刃の下で飃は油断せず蝋燭を見詰めるのだった。
・・・・・
気付けば自分は見知らぬ街角に居た。
街の広場みたいな所で椅子に座らされている。まるで観客席の様に。
何が、如何して自分がこんな所に。
思い出そうとすると酷く頭が痛んだ。本の少し前の事すら思い出せない。
でも不思議と焦燥感丈はあって、こんな所で座っている暇はないと自分を急かした。
分かっている。分かっているのに足は動かない。
ちらと辺りを見遣る。少しでも状況を知りたい。
此の街は・・・前世で見た事がある気がする。然うだ、貴族街の近く、一瞬寄った丈の街。
化物の自分は絶対に入れない場違いな此の空気、間違いない。
じゃあ早く去らないと。こんな所に居てはいけない。
此処に居たら自分は、化物は如何扱われるか嫌でも知っているじゃないか。
其でも矢張り足は動かない、椅子に縫い付けられたかの様に其の儘だ。
目の前には高台がある。然うまるで見世物の様に。
でも自分は其の上には居ない。こんな人間みたいに観客の様に座っているのは何気初めての経験だった。
如何してこんな、まるで普通の人間みたいに自分が扱われているのか。
理解が追い付かない儘に座っていると、徐々に客席は埋まり始めた。
自分が座っていたのは特等席、中心で視界一面に舞台の見える所だ。
集まった人々は自分の事等構わずに座って行く。
普通の・・・人間の様に思う。不思議と其の顔は良く見えないが。
自分はフードも、晒すらしていないのに、違和感許りが芽を出し、気持悪い。
今から一体何が起こるのか。到底聞く気にもなれないし、黙って待つしかない。
暫くすると高台に男女一人ずつ上がって来た。
女は絳のローブを羽織り、其の面は隠されている為良く見えない。でもすらりと伸ばされた手はほっそりと皓く、まるで透ける様だった。
大して男は顔面蒼白で酷く震えており、両手を縄で縛られて立っていた。
ぼさぼさの短髪に襤褸の服、明らかに此の場にそぐわない彼の出立ちは自分の中で確かに過る物があって。
まさか、今から見せられる物は、
男は何処か憐みの籠った目でうろうろと自分達を見ていた。口を戦慄かせ、何か呟いているが声にならない。
「さぁ皆さん、此の男は一握りの米の為に母子を殺し、金品を奪いました。此は悪でしょうか!」
突如、辺りをぐるりと見渡してローブの女性が声を張り上げた。
澄んだ張りのある声にしんと場は静まり返る。そして一拍置いて疎らに声が上がった。
「悪だ、赦されざる行為だ!「自分の為に殺すなんて「生かしては置けない「愚行蛮行、恥ず可き行為だ!」
方々から上がるそんな声に女は満足そうに頷いた。
其の声の中心に居て、自分は僅かに震えてしまう。無意識に、刷り込まれてしまう。
前世の彼の日々を。此の声は彼の日の、否自分に向けられた物だと。
こんな声が上がれば其の後に続くは暴力だった。でも今回に限り其は彼の男に向けられていて。
此の異様な空気に、自分は息を詰めて気配を消す事しか出来なかった。
「では処刑と参りましょうか。どうぞ皆様、私が華麗に刈り取って見せましょう。」
然う語る女の手には何時しか巨大な首斬り鎌が握られていた。
鋭利な鎌は良く研がれていて観客の・・・自分の顔が反射して写っている。
金や輝石で飾られた其の鎌は、一見飾り用に見えるが実用性はありそうだった。
そして何の躊躇もなく女は得物を振るって真直ぐ男の首を刈った。
本当に一瞬で、でも見事と言わざるを得ない腕前だ。
男からしたら、本の一時眠りに落ちた様に意識を失って・・・其が永遠に奪われる具合だっただろう。
男の首が落ちて初めて時が進む。勢い良く飛んだ首は自分の足元へ転がっていた。
目を見開いた儘、もう動く事のない首。見慣れてはいるが此の顔を自分は嫌った。
噫、人間だと思わせる此の顔が本当に。
そして其を汚らしいと言わん許りに近くの者達が蹴って避けてしまう。
実際高台の女も残った躯が倒れる前に足で蹴り、台から落としてしまった。
其の頸から夥しい量の血が飛び散り、彼女を含め自分達に降り掛かる。
噫、今なら分かる。彼女の纏うローブがこんなにも絳いのは、全て返り血で染まってしまっていたのだと。
血なんて掛かれば前は気味が悪いと振り払っていたのに・・・今は出来ない。
喉が鳴ってしまうのを必死で抑える。駄目だ、欲しては。
牙が出そうになって口元を押さえた。鼻が自然動く、喉がひくついて。
喰いたい、あんな風に捨てる位ならくれても、
そんな冥くて絳い懐いが止まらない。如何して自分はこんなにも求める様になってしまったんだ。
「目を・・・逸らさないで。」
不図声を掛けられたので思わず顔を上げてしまう。
高台の上で女性はじっと自分を見詰めていた。フードが揺れるも何故か口元迄しか見えない。
散った血が口紅の様に彼女を彩っている。吸い寄せられそうな笑みを浮かべていた。
「折角の舞台、折角の特等席よ。しっかりと楽しみなさいな。」
「た、楽しめなんて、」
其以上言葉が出なかった。不謹慎?否違う、然うじゃなくて。
何も言えなくなってしまった自分を見て笑みを深くした彼女は両手を掲げた。
「さぁ続きましては此方の御婦人、彼女は望まない息子を産んだが為に、其の子を人身売買で丸毎売り払ってしまいました。其の金で買ったのは今されているネックレスだそうで。」
然う紹介されつつ高台に上がるはドレスに身を包んだ正女だった。
彼女は鎌を前にしても笑みを絶やさなかった。うっとりと其の鎌に写る己が姿を見詰めていたのだ。
「男の方も捜しましたが、彼方は既に事故死してましたので残る罪人は彼女丈ですね。異論はありますでしょうか?」
彼女の声丈が響き渡る。もう其処からは有り触れた作業の様に彼女は難なく鎌を振るって正女の首を落とした。
ネックレスにも刃が掛かったのだろう、あっさり千斬れてしまって飛び散ってしまう。
「首丈になったならもう着飾る事も無いでしょう。身軽になれて良かったじゃあないですか。さて次は・・・噫窃盗三人組ですか。もうさっさと終わらせましょうか。」
流れる様に次々と刑は執行されて行く。
皆等しく斬首で。感慨も何も無く、刈られて行くのだ。
其の様を、もう目を逸らす事なんて出来なかった。未だ足は動かないが、例え動けたとしてももう怪しい。
噫、自分は此のショーに魅入られている。如何仕様もない化物なんじゃないか。
まるで昔居た彼のサーカスの様だ。奴等はこんな心地で見ていたのだろうか、彼の殺戮ショーを。
何だ、此の気持は。高揚?愉しい?否、駄目だ分からない。自分の事なのに整理出来ない。
其は違和感を拭えないからか。如何しても前世がちらつく。
本来彼の高台に上がる可きは自分じゃないかと、其が如何してこんな風に寛いで見られるのか。
まるで人間みたいに、自分の大嫌いな、恐ろしい人間みたいに。
一緒になんかなりたくない、御前達と自分を一緒にするな。
でも、痛い目には遭いたくない、関わりたくないんだ。然う思う事はそんなにいけない事か?
周りの奴等は相変わらずじっと高台の処刑場を見詰めている。飽きもせず有罪だ、罰だと声を荒げて。
同じ人間が刈られるのを楽しそうに見ているのだ。
噫矢っ張り御前達はおかしいよ、同族が殺されるのがそんなに愉しいか。
そんなに、優劣を付けたいか。差が無いと息も満足に出来ないのか。
喉が鳴ってしまう、血を求めてしまう。
こんな様じゃ、自分も人間の事なんて言えないか。同じなのか、此の席を愉しんでいる奴の一柱か。
でも自分のは精霊としての性な丈、本心は望んでなんか。
「・・・愉しく、ないですか?」
はっとして顔を上げると処刑人の正女の瞳と搗ち合った。
其の足元には三つの首が転がっている。刈り取る手は止めていなかった様だ。
彼は・・・先言っていた窃盗のか、其で斬首か。
まぁ拷問されるよりはずっとましな終わりだろうが。
「愉しんではいけませんか?懐うのは自由でしょう。咲ってとは言いませんから、見てくれませんか?私、精一杯舞いますよ。」
然う言って彼女は優しく咲い掛けた。
あんなに殺してい乍ら、そして未だ殺すと言うのに愉しそうに。
懐うのは自由・・・まぁ然うだろうが。
でも其の言い振りだと自分が否定しているみたいじゃないか・・・愉しむのを。
愉しい?こんな物が本当に?
「さぁ御次は此方の少年、店前の掃除を頼まれていたのにさぼって妹と遊んだ然うですね。だから妹と一緒に刈りましょうか。」
すっかり血に染まり、高台は絳一色に染め上げられる。
まるで其が装飾の様にも見えて、自然目を惹かれてしまった。
目を向けてしまえば濃い血と肉の香がする。こんなにも誘っていたのか。
そんな設えられた舞台へ二人の少年少女が上がった。
二人共涕いてしまって互いに抱き合っている。
背を押されて無理矢理台へ上げられたのだろう。震えて動けなくなった二人へ女が迫る。
其の際ちらと此方へ振り返って女は咲っていた。目が合って嬉しいと言わん許りに。
そして鎌を構え、軽々と薙ぎ払った。
一閃が見えたかと思えばもう首が落ちて行く。
確かに見事だと思った。たった一回で二人同時に斬るなんて。
数瞬遅れて溢れ出る血で刃を洗う。絳に照らされた彼女は満足気で、綺麗だと思った。
牙が出てしまう。もう求めざるを得ない、こんな目の前で見せ付けられて止まるなんて。
噫自分は分かってしまう、此の舞台の愉しみ方を。もう目を逸らすのは意識した所で無理だ。
女の一挙一動を追ってしまう。次は何を魅せてくれるのか、誰を刈るのか。
女の視線も又、自分を離さない。こんなに観客が居るのに自分丈を見て。
「・・・次は先其処で転けた方を刈りましょうか。だから・・・一緒に刈りましょう。」
女が笑みを深くしたと思った刹那、視界が一転する。
気付けば自分は、彼の高台の上に居た。そして自分の手にずっしりと乗る此の重さは。
鎌だ。もう真絳に染め上げられてしまった彼の鎌が此の手に。
そして自分が先迄座っていた席に彼の女がいた。嬉しそうに手を叩いて咲っている。
「さぁ見せて頂戴。貴方の舞を。どうぞ愉しんで此の舞台を!」
「ゆ、赦して・・・ください。」
視界の端には震える男の姿が。
逃げられない様にか鎖を両手両足にされている。
座り込んだ儘男は震える声で懇願していた。でも自分には分からない。
赦すって何を?そんな物は関係ないだろう。
只・・・只其の首を差し出せば良い丈で。
自然と躯は動いた。痺れた様に動かない頭の代わりに鎌を振り翳す。
もう散々女の舞を見て来たんだ。此なら自分も真似出来る。
だから見せて其の絳を。早く、早く早く、
後は鎌を払ってしまえば簡単だった。あっさりと頸に刃が入り、滑らかに抵抗もなく斬り分ける。
まるでコップを掴むかの様に意識せずとも簡単だ。そして自分と言う飢えを満たしてくれる。
男の首は宙を舞い、後を追う様に血が撒き散らされた。
其を目の当たりにして、只々美しかった。
手に僅かに残る感触がより引き立てる。見ている丈なんて勿体無い。此は自分でしないと。
「素敵、初めてとは思えない程上出来よ。」
落ちた首を拾い上げ、女は優しく口付けをした。
そして自分の席に代わりに首を置いて壇上へとやって来る。
「では次は如何か私の首を。大丈夫、今の貴方なら華麗に刈り取れるわ。私も貴方の舞と一つになりたいの。」
然う言ってフードを外す。そんな彼女の顔には無数の華が咲き誇っていた。
目元、髪、耳からも絳い輝石を乗せた華が咲き乱れている。御蔭で素顔は見えないが、口元丈は変わらず咲っていた。
自分は頷く事も何も出来ない。只黙って鎌を構える丈。
そんな自分の前へ女は跪く。誘われる様に刃が迫る。
噫、綺麗だ。血も痛みも此の儀式すら全て。
躊躇なんて要らない。求める丈で勝手に首は転がるのだから。
やってしまえば、何とも簡単で。
まるでスローモーションの様に刃が迫り、女の首を刈り取る。
相変わらず手応えは殆ど無かったが、でも確かに自分の中で響く物があって。
飢えが満たされるのを感じる。此は、精霊としての性なのか。
殺せた事実に安堵している。此じゃあ自分は、
息付く間もなく、女の躯は溶け始めた。
どろどろと絳い塊へ皮も肉も骨も内臓も等しく。
でも其は溶け切らず、少しずつ形を変えて行く。
其は絳い鎖、何本もの鎖が高台に絡まって行く。
蛇の様にうねる其の先には一人の正女が繋がれていた。
一歩、鎌を持って近付く。自然と鎌を持ち上げようとして、でも振り下ろす前に固まってしまった。
其の正女は・・・丗闇だったのだ。
鎖に雁字搦め固められ、皓い首丈を晒す形で。
強く目を閉じ、歯噛みしていた彼女はふっと瞼を震わせた。
そしてゆるゆると目を開け、自分の姿を認めると少し丈見開かれた。
でも瞬く間に渋面に変わる。苦々しそうに上から下迄まじまじと自分を見詰めていた。
「・・・如何して、御前が居る。」
「セ、丗闇・・・なのか?」
「噫、でも御前は先奴に、」
途端口を閉ざしてしまう。何か言い渋っている様だけれども。
其の時、背に電撃が走った様に震えた。鎌を握る手に力が籠る。
あ・・・あ、頭の中で、声がする。
彼の女の声が、先首を刈ったのに。此処に、此の鎌に宿っている。
―如何して、止まっているの?―
如何してって、何の事だ。自分は、
―刈らないと首を。先迄と一緒でしょう?ほら準備をしたのだから。―
優しく擽る様な声。
知らずセレは瞠目し、じっと丗闇を見詰めた。
「如何した、何を突っ立っている。」
一つ溜息を付き、彼女は軽く躯を揺すっていた。
でもしっかりと絡み捲った鎖は解けない。巻き付いて絡まっている為身動きが一切取れないのだ。
無防備な首が・・・自分の目の前にある。
一歩自分はそんな彼女に近付いた。
頭が痺れて動かない。けれども躯は流れる様に動いて。
そっと鎌を持ち直す。狙うのは只一点。
「・・・御前、何をする気だ。」
丗闇の声が低くなる。でも自分には届かない。
僅かに彼女の顔色が悪くなった気がした。身を捩るが鎖は頑丈で解けない。
―さぁ見せて頂戴。素敵なショーを続けましょう。―
其の声に背を押される様に自分は鎌を振るった。
「っ黔断!」
鋭く詠唱を唱える。丗闇を捕えていた鎖に罅が入る。
其を強引に腕を広げて引き千斬る。そして即座に丗闇は腕を掲げて庇う体勢に入った。
其処へ間髪入れずに鎌の刃が掛かる。余りにも鋭い刃は甲を砕き、骨を削る様な感触が伝わって来た。
黔血が腕から溢れ出し、丗闇は強く歯噛みする。
間一髪で斬り落とされなかったが此は、
痛みに一瞬ふら付いたが何とか丗闇は後退し、台の端へ移動した。
そしてじっとセレを見詰める。流れる血等気にしないで、現状を理解しようと。
奴の首が、彼の谺遣いに刈られた瞬間を覚えている。
我は見ていた。彼奴が多少抵抗したが其の実あっさり斬られたのを。
でも其処から先の記憶が一切ない。何が如何してこんな所に。
気付けば鎖に繋がれて奴の前に引っ立てられていた。
一つ息を付き、そっと無事だった首元を撫でる。
判断が一瞬でも遅れていたら我は・・・、
「セ、丗闇、」
思わず下げ掛けていた視線を上げると、酷く困惑した奴の視線と絡まった。
口を戦慄かせ、青くなっているのに鎌丈は離さないで。
「丗闇、違う私は・・・っ、こんな事したくなくて、」
今、自分は何をした。
遅れて思考が巡る。先の情景が流れて刻まれる。
自分は・・・自分は、
丗闇を、殺そうとしたのか?
何の躊躇もなく首を刈ろうとした?そんな馬鹿な、信じられない。
でも、現に丗闇は自分から距離を取っていて、其の腕には自分が付けた深い傷が残っている。
どんなに否定したって事実は目の前だ。今更拒む事は出来ない。
―惜しかったわね。本当に余計な水しか差さないわ。でも御覧なさい、貴方の刃は彼奴に届くわ。―
声は変わらず優しくて、自然鎌に意識を向ける。
吸い付いた様に鎌は離れない。取り落とす事すら出来ない。
荒く息を付くが、如何にも言う事を聞いてくれないんだ。
「い、嫌だ、違う。私はこんな事がしたいんじゃなくて。」
「御前、まさか操られているのか。」
丗闇の声に頷く事も出来ない。意思を伝える口は動くのに、躯は其の全てを否定する。
「に、逃げてくれ丗闇。嫌だ、私は殺したくないっ!」
―逃がさないわよ。私の夢に逃げ場はないわ。―
途端弾かれた様にセレは駆け出した。
其の足取りはしっかりしていて、狙い澄ませたかの様に鎌が振るわれる。
即座に丗闇は高台を降り、ちらと広場を一瞥した。
数多の観客が此方を見ている。其の目は何も怒っている様で、黙って自分を見詰めていた。
邪魔をする気はない様だが、斯うも只見られるのは好かない。
何気此の光景を我は知っている・・・のか。否、此は奴の前世の物か。
大きく一つ丗闇は溜息を付いた。記憶は、本当に厄介な物だ。
此は前世の奴の記憶、其に可也似通った風景。
だのに勝手に我に流れ込む所為で、自然と背が震えてしまう。
此の我が、闇の神である我が恐れるなんて。こんな感情、昔は持ち合わせていなかったのに。
勝手に奴の懐いに染められてしまう。否定したいのに形迄似ている所為か中々然うも行かない。
こんな物に呑まれるな。此処は十中八九奴の・・・彼の絳の夢なのだから。
「丗闇、避けてくれっ!」
視線を戻すと奴が鎌を横薙ぎに払って駆けて来ていた。
でも今となっては自由の身だ。そんな特攻で怯む事もなく、難なく丗闇は其の一振りを躱す。
「御前、現状を何処迄分かっている。自分に何が起こっているか分かっているか。」
「恐らく、アティスレイの夢だろう。でも、躯が動かないんだ。」
此処迄時間を掛けて貰えば自分だって分かる。
如何言う訳か気付けば自分は奴の夢に囚われていたんだ。此の街も処刑場も鎌も女も全てアティスレイだ。
此処迄突飛な事が起これば、其こそが証拠だ。彼女は夢なのだから。
―えぇ然うよ。気付いて貰えて嬉しいわ。―
頬を撫でられた気がして思わず目を閉じる。其を振り解く事も出来ない。
此は、アティスレイの世界。じゃあ此処から出るには如何すれば良い?
自分が・・・死ねば良いのか?然うすれば此の悪夢は終わる?
―駄目よ。今回はそんな終わらせ方をしてはいけない。―
其迄と違って何処か口早で制止の声が入る。
其の声に導かれる様に鎌を・・・振ってしまう。
丗闇は未だ見定めているのか黙って見る丈だ。鎌一本なら避けるのも容易いらしい。
―今回の夢は今迄のと違うのよ。此は貴方の為でもあるの。私は貴方を終わらせたくない。―
「其は・・・如何言う意味だ。」
僅かに丗闇の耳が動くが、直ぐ様大きく下がる。自分がアティスレイと話しているのを察したのだろう。
―・・・私からは詳しくは言えないわ。でも今貴方は目を逸らしてはいけないの。此の夢を正面から見て、貴方の為の舞台なのよ。貴方丈が舞う事を赦されている。―
「っ私の為って、こんな事させて然う言われたって私は、」
丗闇を殺したいのはアティスレイの方じゃないのか。良くアティスレイは彼女の事を疎ましく思っているじゃないか。
丗闇はずっと自分を助けようとしてくれているのに、此の行為に何の意味もない。
自分の目的を他者に押し付けるな。其は卑怯と言う物だ。
私は望んでいない、丗闇の死を。こんな終わらせ方なんてあってはいけない。
―・・・此が貴方を繋ぎ止める行為だと言い募っても、貴方は認めないでしょうね。―
「当然だ。抑こんな方法でしか解決しないなら、其は正解じゃない。」
だから頼むから自分を解放してくれ。
もう此以上、丗闇を傷付けたくない。無意味な殺し合いはしたくないんだ。
―無意味?そんな事ないわ。此の舞台の主役は貴方、観客も貴方なの。全て全て、彼の絳も、黔も、痛みも、詠も全て貴方の為の物。貴方を繋ぐ為の物。―
何だ、其。全て自分の為だなんて。
もう観客も無視し、丗闇丈を狙って斬り込む。
鎌が振られ、周りの者の首を刎ねて行く。其でも悲鳴一つ上がらなくて。
物を退ける様に斬り払う。血が舞って彩を付け、華やぐ。
噫、嫌いだ。如何しても目を奪われてしまう。
もう自分は・・・堕ちる所迄堕ちてしまっているのか。
嫌なのに、血を、首を求めるなんて。
此が、御前の見せたかった物かアティスレイ。
自分がずっと認めないからこんな事をするのか。でも、認めたら其こそ自分は、
何処に・・・行けば良いんだ。
―噫、涕かないで。ほら折角の可愛い顔が台無しよ。咲って、さぁ首を狙って。―
誘われる儘に動いてしまう。牙が疼いて、舌が食み出す。
殺したい、喰いたい、噫丗闇はどんな味がするんだろう。
ガルダがあんなに美味しかったんだから・・・屹度丗闇も、
「あ・・・あっ・・・、」
考えたくない、見たくない、最悪だ。私はこんな事、望んでいなかったのに。
自然と涙が溢れ、頬を濡らす。丗闇はそんな自分を見て足を止めた。
怪訝そうに自分を見遣って、少し丈目を伏せる。
「・・・辛いか。」
「アティスレイが・・・言うんだ。私は死んではいけない、此は全部自分の為だって。嫌なのに、でも私は・・・丗闇を、」
「・・・我を殺せば良いと、其奴は言っているのか。」
―然うよ、だって然うでしょう。彼奴を殺さないと、じゃないと貴方が死んでしまう。大切な貴方を殺させなんてしない。貴方の為に私達は在るのだから。―
「成程・・・やっと其奴の目的が見えたか。」
先のアティスレイの声が届いたらしい。丗闇のオーバーコートが凱風も無いのに棚引く。
魔力が、彼女を包む。其は準備をしている風だった。此から何が起こるか予見したかの様に。
「御前は、現実で今何が起こっているか理解しているか。」
「?現実って、此の夢の外と言うか、其方の事か?」
其は最初も考えていたけれども、如何だったっけ・・・。
―・・・止めて。―
確かに何かをしていた気がするんだ。眠っていたとかじゃなくて、何か大切な・・・。
誰かと、話していた気がする。其から如何して此方に来たんだ?
―良いのよ。無理に思い出さなくても。今は其の必要がないもの。―
「・・・思い出せないのか。御前が一体如何なったのか。」
「私が・・・何かあったのか?っ、待ってくれ、もう少しで、」
霄、然うだ。外で自分は・・・ダイヤと、会っていて、
話をして、していたら突然湖から飃が、
―良い、止めて。其以上思い出さないで。此の夢は貴方の為の物。壊さないで消さないで。私を見て。―
アティスレイの声が何度も責め立てる。でも、もう今更止められない。
丗闇の言葉で確信が持てた。屹度自分は、
アティスレイも今の自分を操れないのだろう。動揺しているのか手が止まる。
其処で丗闇は一つ息を付いた。そしてじっと自分の目を逃さない様見詰める。
「御前は・・・死んでいる。首を刎ねられて殺された。」
「・・・え、」
何とか絞り出せたのは其の一言で。
手にした鎌が大きく震え始めた。まるで否定するかの様に。
・・・・・
飃が下がった事で暫し互いに膠着時間が生まれた。
其処で飃がちらとダイヤを見遣ると、彼女は肩で大きく息をしていた。
随分力を使っている様だ。一歩下がる丈で気温も身を切る様に下がる。
火力が無い云々言っていたけれども、十分力はあるんじゃないか。彼処丈が異様に熱いのか。
気付けば湖には漣一つ立っていない。見遣ると何と湖全体がすっかり凍ってしまっていたのだ。
中迄凍っている様で余りにも澄んだ冰は水底迄覗き込める様だ。
一瞥した位じゃあ彼の首は見付からないけれど、余りにも見事な術式だ。
僕の視線に気付いたのか彼女は軽く咳払いをして口を尖らせた。
「熱いって彼の首が煩いから冷ましてあげた丈よ。」
「ふーん、流石だね。其方も手を打ってたんだ。」
だったら僕は焔に丈集中すれば良い。
息が皓く煙る。動いていないと僕迄凍えそうだ。
蝋燭ももう片腕を完全に無くしたみたいで、何とか片手で鑓を構えるのみだ。
片腕だったら力も入らないだろう。態々得物の方を斬らなくても力は落ちている。
「はは、勁いなぁ本当、俺じゃあ役不足か。」
右肩から焔が迸る。其に照らされて蝋燭は少しずつ削れて行く。
最初対峙した時より随分ちびてしまった。御蔭で焔其の物が首の様に見えなくもない。
「無駄に長生きした丈で、此じゃあ格好が付かないが・・・優秀な弟達の力を借りるとしようか。」
「・・・此以上変なのが出て来る前に片付けるよ。」
枴の後方へ凱風を送る。途端加速して蝋燭へ迫った。
何処でも良い、斬り付けてしまえば。
一応狙えれば次は左腕か。又ばらして焔を散らせば良い。
何も燃やさせない、壊させない。己が全て丈燃やし尽くせば良いんだ。
灰も残さず、消え去れば良い。
―・・・//X*―
音が、聞こえた気がした。
僕のではない、何が、何が入り込んだ。
違う、誰だ。其の声は、何を否定した。
一瞬思考がぐらつく。でも無理矢理其の思考に蓋をする。
其の視界が落ちた瞬間に蝋燭は鑓の構えを変えていた。
何故か鋒近くを握り、そして、
柄の部分を、自らの右肩に突き刺したのだ。
「俺も、旻へ連れて行ってくれ兄弟。」
応える様に鑓は捻じ曲がり、まるで節榑立った鳥の足の様に折れ曲がる。
そして其の側面から棘の様な皓い塊が無数に生えて来た。
生え揃い、規則的に並んで行く。彼は・・・まさか、
でも目標は変えない。右肩の代わりだろうがそんな急拵えの手で捌かせはしない。
魔力を流し、刀身を黔に沈める。
枴で駆け抜け様に一気に斬り裂く。
其でも刃が届くか如何かの所で、蝋燭は大きく跳躍した。
まるで軽々と舞う様に頭上を跳び越したのだ。
上を取られるのは不味い。凱風の刃の軌道を修正する。
全て見るより先に真上へ突き上げる様放った。朏の刃が駆け抜ける。
枴の向きを変え、一気に加速を付けて、
思考が廻った刹那、ぐらりと視界が揺れる。次いで背に激痛が走った。
此、は、斬られたか、否、燃やされているっ、
其の儘視界は反転し、大きく旻を仰ぐ形になる。
目の前には激しく燃え上がる蝋燭の焔が迫っていた。そして奴の右手は僕の背に添えられている。
噫成程、彼の鋭利な鑓の先で背を掴み上げたのか。
ローブを引っ掛けると同時に背を裂かれたのだ。屹度今僕の背中には三筋の大きな引っ掻き傷が残されているだろう。
そして奴の右手上腕、鑓の柄の所から焔の翼が生えていた。
先生えて行っていたのは蝋で出来た翼だったのだろう。其が燃え上がって羽搏いていた。
其で飛んだとでも言うのか。凱風を叩き付けたのに余り効いている風でもない。
「・・・噫、道理で焔が嫌いな訳だ。」
焔が弾けて音を奏でる。自然と耳に擦り寄る様に。
「御前の大事な物、燃やされちゃったのか。」
「っ知った風に言うな!」
咄嗟に刀を焔に向けて突き刺した。
途端焔は左右に分かれ、大きくうねり出す。
其処へ氷柱が何本か飛んで来た。其は蝋燭の翼にぶち当たり、一気に砕け散る。
だが冰が砕けるのと同時に翼も欠けてしまって焔が翻った。
上体が傾いだ奴に向け、枴を呼び出す。
僕が奴に持ち上げられる事で離れてしまった枴が、凱風を纏って戻って来た。
其が奴の脇腹に刺さる。
思わず蝋燭が呻いた隙に僕は鑓を蹴って無理に爪を引き剥がした。
痛みに身が固まるが無理矢理足掻く。枴を引き抜いて其の儘落下した。
地に落ち切る直前に背に幽風を当てるが大した調整は出来ない。
崩れた態勢で落ちてしまい、躯の節々を痛めてしまう。
でも止まる訳にも行かない、急ぎ上体を起こして刀を構えた。
「飛べても一瞬、か。」
だが奴も遅れて落ちて来た。右手を支えにしたが、地を焼く丈で身を支え切れているとは思えない。
「でも、一瞬でも良い。君と飛べたなら俺は、」
何処か蝋燭は咲っている気がした。焔が一時丈緩やかになる。
でも然う感じたのは一瞬で、瞬発的に飛び散る程の火が弾ける。
来るか、でも此方も攻められる丈の余裕はない。
少し刀を下げて構えると、蝋燭は大きく右手を掲げた。
まるで燭台の様に、其の鋒で焔は踊る。
「何時迄寝てんだ兄弟、そろそろ起きろ!」
だが其の手は飃には向けられず、湖へ振り下ろされた。
三本の爪が深々と湖面に刺さる。
そして爪の先から焔が噴き出し、凍えた湖の中を暴れ回った。
其処から奇妙な隆起が複数起こる。間歇泉の様に氷が割れ、蒸気が所々で沸き起こったのだ。
同時に湖は罅割れる。全体余す事なく罅が刻まれ、瞬き程の間で砕け散った。
「何・・・此、姉さん何かした?」
「違うわ。私の力じゃない此は、」
一同が見詰める中、湖の中心で不自然に氷の塊が動き出す。
宛ら重力に逆らう様に。巨大な氷が宙を舞う。
「・・・随分乱暴な起こし方をするね、兄ちゃん。」
「っ何でもありじゃないか。」
氷から聞こえて来たのは彼の喧しい声で。
良く見ると浮かび上がった氷は連結している様だった。割れた隙間をパズルの様に組み合わせて一つの姿を生み出す。
一見蛇の様とも思ったが違った。持ち上げられた三角の鎌首、長い胴の後方で十本の尾か触手の様な冰の柱が揺れる。
何処となく烏賊を連想する姿だった。其の全身の内側を先の焔が巡り、煌めきを変える。
そして伸ばされた尾の先から其の焔を噴き出させていた。其を支えとして立てる様は燭台の様に写る。
目を凝らして見遣ると、如何やら其の鎌首の中心に、彼の化物の首が浮かんでいる様だった。
目を閉じている様だが、彼があると言う事は、
・・・流石に氷漬けにしたら死ぬと思ったのに、此処迄足掻くなんて。
不図其の鎌首の先に絳い曦が灯る。
六つ灯った曦はまるで目の様で、実際其に照らされた飃は視線を感じた。
「全く、もう御兄ちゃんはぼろぼろなんだから手を貸してくれ。」
「勿論だよ!タッチ交代ね!」
「喋るしか能がなかったんじゃなかったっけ。聞いてないよ其。」
氷の怪物は長い尾でひょいと蝋燭を掬い上げた。
そして飃の方を見遣ると不自然に絳が明滅した。
「首丈じゃあ喋る事しか出来ないでしょ?僕は目に宿ったアティスレイだから此方に移ったら動ける様になったよ!」
目に宿った・・・じゃあ彼の絳い曦は化物の目なのだろうか。
其を抉り出して動いているって事?随分えげつない事するね。
でも其が本体だって言うなら、其を潰してしまえば此は止まるのだろうか。
だったら弱点剥き出しでやり易くなるけど。
「!おい彼の子の首、傷物にするなって言っただろう。」
蝋燭も其を聞いてガバリと身を起こした。
此の兄弟、兄弟って言う割には互いに知らない所も多いよね。変なの・・・。
「大丈夫だって兄ちゃん!僕が死んだら目戻してくれたら其でOKだから!」
「仕様がないな、せめて死ぬなら戻ってから死んでくれよ。」
其で良いんだ・・・。
思わず突っ込みそうになるけれど、其は置いといて。
此奴等の言い方だと、化物は未だ普通に生き返る可能性がある。何としても止めないと。
「姉さん、彼の冰爆発とかって出来ないの?」
「私から完全に支配権を奪っているわ。・・・やってくれたわね。」
良い様にされたのが気に入らないらしく、彼女は酷く御立腹だ。
呪い殺しそうな程の睨みを奴に向けている。うっかり目を合わせたら凍らされそうだ。
「残念じゃあもう一頑張りしないと。」
彼の氷の純度が何位か分からないけど、結構堅そうなんだよね。
こんなに連続で刀を使うと多分其の内ぶっ倒れてしまうだろう。でも、其でも彼奴を殺せるなら、
「じゃあ今度は僕が殺すよ!僕頑張るからね!」
尾を掲げると氷の怪物は飃達に向け、一気に飛び掛かるのだった。
・・・・・
「死んでいるって・・・其は本当か?」
―違うわ。其奴の声なんて聞かないで。―
鎌が優しく語り掛けて来る。でも自分の目は丗闇に丈向けられていた。
自分は知っているから。丗闇は嘘を吐かないと。何時も真直ぐ自分を見てくれている事を。
そして其はアティスレイも同じだ。嘘を吐かない彼女が、只拒否しか出来ないと言う事は、
「事実だ。我は確かに見ていた。御前の首が彼の谺遣いに刎ねられたのを。其の直後に我は此処へ引き摺り込まれている。」
「然うか、飃が・・・上手い事、やられたな。」
思わず苦笑してしまう。そんなあっさりやられたか。
否、流石と言う可きか。矢張り彼は勁かった。ずっと機会を窺っていたんだろうが。
まさかダイヤと組むとは。面倒臭がってしまう彼女だから絶対にないと思ってすっかり油断したな。
噫・・・思い出して来た。然うだ、確かに自分は奴に、
―噫、如何して思い出してしまうの。此の夢で私と一つになってしまえば良いのに。ねぇ、私丈を見てくれれば私は、―
背後から抱き締める様にローブが掛かる。
彼の女のしていた絳のローブ、血に染まって最早地の色も分からない。
其の濃い血の馨に思わず上体がぐらつく。
―でも大丈夫、今からでも遅くないわ。私達が貴方を導くから。―
耳元で擽る声。優しく抱き締められてもう振り解けない。
微睡んで仕舞いそうな程柔く、温かくて。
頭が痺れて動かなくなる。考えないといけないのに、自分の事。
此の夢が何処へ導こうとしているのか、正しく理解しないといけないのに。
―良い子ね、私が手解きしてあげるから。一緒に頑張りましょう?―
只頷く自分に丗闇は一歩引いた。警戒する様に尾が振られる。
真実は話した。此で奴が如何動くかだが・・・。
突如セレは駆け出した。鎌を持った儘丗闇へ駆け寄る。
其の目ははっきりと動揺の色が見て取れた。確実に此奴は操られている。だったら如何為可きか。
―まさか可愛い此の子を殺すつもりなのかしら。―
首を狙い、真っ直ぐ鎌は振られた。其を難なく避けると続けて二撃目が迫る。
先より、殺意が高くなっている。早々にけりを付ける可きだが。
今回は状況も状況だ。安易に動いて良いか危ぶまれる。
「・・・殺したら如何なる。」
此奴の言葉を鵜呑みにする訳ではないが、情報は欲しい。
―此の子が死ぬわ。簡単な話よ。此の夢が終われば此の子は行き場がなくなる。其を貴方は奪おうとしているのよ。―
死ぬ、其は此奴と組む様になって幾度と聞かされた言葉だ。
事実、なのだろう。今も存在している方が不自然だ。此奴の力で生かされているのか。
我が此奴を殺せば其で終わる。
―貴方は選択が嫌いでしょう?加えて其に命なんて重い物が乗っていたら。貴方は此の子と違って命の重みが分かるでしょう?其の上で選ぶと言うの?―
「・・・我が選ばなかったら御前は如何するつもりだ。」
此の質問に殆ど意味はないだろう。奴はもう行動で示しているのだから。
徒に奴は近くの観客の首を刈り取った。其でも目線は変わらず我を捉えている。
―御前を殺すわ。然うすれば此の子は助かる。未だ、助けられるの。―
助けられる・・・か。随分と独り善がりな言い分だ。
其の言葉を彼奴は嫌うだろうに。
「っ駄目だアティスレイ!丗闇を殺すな、其丈は、駄目だ。」
どんなに声を掛けた所で鎌は止まらない。
狙いはぶれず、常に首丈を見ている。
「闇っ、」
せめて動き丈でも止めようかと唱え掛けた所で、足に何かが絡み付いた。
気配もなく絡み付いた其は先見た絳の鎖で、しっかりと巻き付いて簡単には解けそうもない。
まるで生きた蛇の様に蠢いている。そして其の鎖の先は、其処等で転がっていた首の無い観客の頸に繋がれていた。
成程、手は出さなくてもこんな手段に出る事はあるのか。彼も一応、此奴の手駒と。
他にも鎖は伸ばされ、翼に絡まって行く。動きを封じ、首を刈らせたいか。
如何してそんな執拗に我を狙う。此奴が求めているのは恐らく、
未だ手迄は封じられていなかったので急ぎ鎖を引き千斬る。其処で目前迄迫った奴と対峙した。
鎌を振り翳し、大きく斬り込んで来る。首は刈らせないが、翼を一翼斬られてしまう。
鴉の様な翼から血が垂れ、羽根を濡らした。でも此の程度なら支障はない。
「っ丗闇、」
変わらず奴は苦しそうで、涙は渇く事なく静かに頬を濡らしていた。
・・・思っていたよりもやり難い。情が、とかではなく単純に意思が読めない。
対峙する時は大抵、相手の顔を見ればある程度は分かる物だ。次の狙い、動き、呼吸から目線から情報は幾らでも汲み取れる。
だが今の奴は余りにもちぐはぐだ。戦いたくないと全力で否定し乍ら、正確に首を狙って来る。
だから反応が一瞬遅れてしまう。加えて手立ては未だ見えない。
もう此奴は死んでいる。だから此処で本当に終わらせれば良い、然う言うのは簡単だ。
でも我が・・・其を判断して良いのか。
口惜しくも奴が言った事は的外れではない。我が選択を嫌うのは事実だ。
一度手を下したら、もう戻る事なんて不可能なのだから。
闇の神である我の責任は大きい。だから違えてはならないのだ。
・・・後悔は、したくない。
新たな鎖が伸びて来て左腕に絡まる。
上手く死角を突いて来るか、引き裂こうと腕を上げた所で目前で鎌が光った。
急ぎ右腕も上げ、迎え撃つ。
甲に深々と刃が刺さった。矢張り此の鎌、可也鋭い。甲が砕けて大きく裂かれてしまう。
右腕は・・・もう殆ど使い物にならないか。先から痺れていたが、本格的に力が入らない。
でも奴は直ぐ引かず、其の儘じっと刃を交えて抑え込んで来た。
流石に只踏み込む丈では腕は斬り落とされないだろうが、骨を削る様な感覚に僅かに呻く。
じっくりと痛みを与える気か。でもそんな物で、
只其でも変わらず奴は苦しそうで、自分以上に怪我を負った様に歯噛みしていた。
其の顔に、嘘は無いのだろう。本気で我と対峙したくないと、訴えて。
其でも抗えないか、相当根深く操られているな。
我も含め奴の世界に引き摺り込まれているし、本当に厄介な化物だ。
「っ丗闇、丗闇なら私を殺せるだろう。もう良い、こんな事したって無意味だ。此以上巻き込みたくない。」
―駄目よ殺しちゃあ。そんな終わりで貴方は納得出来ないでしょう。未だチャンスがあるなら掴みたいでしょう。―
「我を殺したら其奴が生き返るとでも言うのか。」
鎌は・・・振られない。話す気はあると見て良いのか。
奴は変わらず苦しそうに鎌を見ていたが、其処から声でも聞こえるのだろうか。
―知ってる筈よ、此の子の体質を。精霊として生き残るには殺すしかない。―
殺しの精霊、存在の証明は一つ丈。
―私の兄弟を幾ら殺したって一時凌ぎにしかならないわ。本物の首が必要なのよ。此の子を此処に留める為に!何方かが死ぬしかないのよ!―
「アティスレイ、だったら私はっ、」
言い掛けた所で彼女はローブに包まれてしまう。
後ろから抱き締める様に、口を塞いでもう言葉が漏れない様に。
其処で突然鎌が大きく裂けた。宛ら鳥の嘴の様に刃が割れ、動き出す。
そして鋏の様に丗闇の腕を斬り裂いた。
「っ・・・、」
思わず数歩下がる。遅れて腕だった物が地に落ちた。
やられた・・・腕を持って行かれたか。
血が溢れ、一気に腕が冷えて震え出す。其を無理矢理抑えて呑み込む。
集中、出来ていない。辺りの景色の所為か、此奴の所為か。
酷い様だ。我が後れを取る等。
歯噛みして奴を見遣ると、鎌は朏の様に嗤っていた。
―此の子の代わりに、貴方が死ねば良い。―
否、言い方を変えましょうか、と鎌は歪んで刃を揃える。
―此の子を助ける為に、死んで?―
呪いの様な言葉、其にフードが翻り、奴の顔が顕になる。
奴の顔も又・・・朏の様に嗤っていた。
「ははは・・・ハハッ、アハハハハハハハッ‼」
心底楽しそうに、そして丗の全てを嘲笑うかの様に奴は嗤い出した。
奴の瞳が絳く灯る。焔の様に煌めいて、我を写す。
「殺すんだったら楽しまないと、なぁ丗闇。」
大きく鎌が振られて迫る。何とか其を横跳びで一気に躱した。
髪が一房犠牲になったが、其丈で済む。二撃目を恐れて更に下がって、
「・・・完全に乗っ取られたか。」
だったら、殺すしかない。
もう其しか道は無い、選ぶ迄もない。抑他の選択肢なんて。
・・・何度も此奴を殺して来たが、今回が最後になるのなら。
延長はもう、十分だろう。
「噫、足りない足りない。もっと命を、生を、殺さないと私は、」
セレは大きく翼を広げて一歩丗闇へ近付いた。
滑る様に駆け、瞬き程で一気に詰め寄られる。
絳い流星の様に瞳が走る。そんな彼女を絳い鎖は取り囲んでいた。
まるで奴が他者を喰らう時に纏わせる尾の蛇の様に。
噫分かる、刺さる此の殺意は、
紛れもなく、我を喰おうとしていると。
人丈では飽き足らず、闇の神である我に迄手を伸ばすか。
愚かだ、誠に。我を喰らった所で御前は何者にも成れないのに。
歪を抱えて、其でも未だ生きたいか。
―・・・//X*―
知らず丗闇は瞠目した。其の声無き声を聴いてしまったのだ。
其は、存在してはいけない物。物として認識してはいけない存在。
如何して今、一体何処から我に干渉した。
有り得ない、だって彼は、存在すらしない物で、
「・・・やっと、捕まえた。」
一瞬か、刹那か。丗闇の思考の全てが其に囚われてしまっていた。
其の隙を突いてセレの手が伸びる。頸を掴まれ、硬い地面へ押し倒された。
叩き付けられた衝撃で肺の空気が抜ける。思わず呻く丗闇の喉が動いた。
片腕が無ければ振り払うのも儘ならない。せめて息をしようと口を開いた所で。
セレの牙が深く、丗闇の首筋に刻まれた。
鎌でない丈ましかと思った刹那、脱力感に襲われる。
吸われている、此奴・・・我の血を、
途端に甘い馨が鼻孔を擽る。此が例の毒なのだろうか。
囚われる前に、動かないと。此の手を、牙を、
でも然う思ったのは束の間で、案外あっさりとセレの牙は抜かれた。
一口分吸われたか如何かの所で、上げた奴の瞳と搗ち合う。
変わらず絳いが、でも闇とも付かない曦を見た気がした。透明の光陰に似た眼差しを。
「・・・御免丗闇、此の方法しかなくて。」
「御前まさか、」
ふら付き乍らセレは立ち上がり、丗闇を解放した。
鎌が震えている。其でも丗闇が立つ迄何とか堪える。
「私の力で・・・抑え込んでやる。もう勝手は駄目だ。・・・御前はやり過ぎたんだアティスレイ。」
荒く息を付き、セレは鎌を睨み付けた。
いけない此以上は。其は私の願いから逸れている。
其でも鎖はそろそろと丗闇の方へ近付いていた。囲まれない様に一歩彼女は下がる。
そっと血の止まらない首元を押さえた。
熱を孕んで痛む。生きていると強く其は訴えて来て。
小さく咳込むと奴は悲しそうに何処か諦めにも似た目で我を見ていた。
「本当に・・・御免丗闇、もう少し、もう少しで抑え込めると思うから。」
此奴は一体何をする気なのか。
我の血を飲んだ事が何らかのトリガーにでもなったのだろうか、先より明らかに理性を取り戻している。
自分で出来ると言うのならさせた方が良いだろうか。瞳の決意は其丈悍そうに思えた。
自身の死を受け入れたのか、其とも、
―ど、如何して抗えるの・・・?あ、貴方は・・・誰?―
「私は・・・私だよアティスレイ、今も昔も。」
震える足を留めて、丗闇へ伸びる鎖を鎌を振るって断ち斬った。
うん、躯も多少は使える。完全に縛られている訳じゃない。
正直・・・危なかった。完全に堕ちてしまっていたから、精霊の性に操られていた。
けれどアティスレイ、御前が誘う其の道は駄目だ。其を壊して私は、
セレ自身は殆ど動かなくなったが、辺りを取り囲む鎖達は中々しぶとく丗闇を追い詰める。
其等を刺激しない様只丗闇は逃げに徹した。
今術は放ち難い、毒を多少でも喰らってしまった。僅かでも視界がぐらつくのだ。
其でも今更縛られた所で刈られはしないだろう。肝心の鎌は奴の手にあるのだから。
―だ、駄目よ。御願い私に任せて。じゃないと、私彼女に、―
鎌が震え、歯を、刃を鳴らす。
足を急かす様にローブが棚引く。其でも足は動かない。
「済まないアティスレイ、此丈は譲れないんだ。でも、私の為に此の夢を見せてくれて有難う。」
今なら分かる。最初から彼女は言っていた。
全て自分の為、自分を殺しの精霊として生かす為。
手段が私と沿わなかった丈だ。だから私は御前を否定はしないよ。
―嫌、私は、私は叶えてあげられるから。貴方の願いを叶えられるから、諦めないで、早く殺して彼奴を。―
美しかった筈の鎌から金箔が剥がれ落ち、輝石は只の石塊と化す。
恐らく此のアティスレイももう限界なんだ。だからこんなに焦っている。
でも其は自分の命惜しさではなく、飽く迄私の為で。
分かっている、分かっているからアティスレイ、もう眠って良いんだ。無理をしなくても大丈夫だから。
避けつつもじっと丗闇はセレを見詰めていた。
奴は一体如何しようとしているのか、夢を終わらせるのか。
終わってしまえば、つまり其が意味する事は。
もう逸らせはしない現実が目前迄迫っている。
辺りを囲おうとしていた鎖達は次第に力尽きて行った。
震えて、声にならない声を一声上げたと思えばばたりと地に落ちて崩れて行く。
其は彼の鎌も同じだった。すっかりみすぼらしくなった鉛の鎌は血を噴き出していた。
まるで涕いている様で、血が錆となって浮き出る。
そんなぼろぼろの鎌を、そっと奴は持ち直した。
刃の向きを変え、己の首を差し出す様に。
―嫌、止めて。私はそんな事をする為に貴方に逢いに来たんじゃないの。分かってるんでしょう、ねぇ!―
震える鎌の声は悲痛に満ちていて、でも其を構える奴はやっと少し丈笑みを浮かべた。
今から何をするのか如何仕様もなく理解しているのに。
まるで幼子に絵物語を語り聞かせる聖母の様に優しく微笑んで。
「・・・夢を終わらせよう。」
時が止まったかの様に全ては、刹那に過ぎて行って。
セレは笑顔の儘、己の頸を掻っ切った。
其処に一切の躊躇はなく、其迄刈った首と同じ様に等しく斬り捨てた。
錆びていても斬れ味は残っていた様だ。奴の頸に黔い線が刻まれる。
そして緩りと其の首が傾いで、落ちて行った所で、
視界が、否世界が崩れる。感覚の全てが曖昧になり、崩れ去った。
・・・・・
「ダ、ダイヤ‼やっと見付けたぁ~!」
「え・・・ベ、ベール⁉リー‼何で来たのよ!」
氷の怪物を前に一進一退を繰り返していた飃、ダイヤの傍へ二つの影が迫る。
ベールとリーシャンだ。二人は店を出て真直ぐ走って来たらしく、ベールは肩で大きく息をしていた。
「だ、だって今霄は何もされていないから、まさか捨てられたかと思って・・・、」
「そ、そのぉ罰を受けないと眠れないってベールさんがぁ・・・。」
ごにょごにょと口籠ってしまう二柱に大きく彼女は溜息を付いた。
氷の怪物は新たな乱入者に少し首を傾げるのみだ。二柱との戦いで大分冰が削られて来た為、随分小さくなってしまった。
目も二つ潰されたみたいで何処か動きはぎこちない。
此の儘押し切られたら壊れてしまうだろう。そんな時分に増援か。
流石に此は不味いかな、然う思い始めた所で大きく怪物の躯は伸び上がった。
あ・・・あ、此の感じは、
「に、兄ちゃん、」
「噫、そろそろ俺達の役目も終わりだな。」
一つ大きく頷いて氷の怪物は身を乗り出す。途端飃は枴を構え直した。
飃達ももう既に可也消耗していた。粗魔力は残っておらず、意地で戦っている。
何より相性が悪過ぎた。奴の氷は堅過ぎて刀も凱風も通らない。かと言って同属性のダイヤも又打つ手が無い。
互いに消耗し続けた結果が今と言った具合だ。何とか目は潰せて来ているけれども。
ちらと乱入者の二柱を見遣る。・・・何だか水を注された気分だ。
手は・・・借りられるかな。微妙な所だけど戦力も良くは知らないし。
「ダイヤ、一体何が・・・何か怪物も居るし、龍じゃなさそうだし、」
「酷い怪我ですよぅ、襲われたなら直ぐ呼んでくれたら良かったのにぃ・・・。」
リーシャンが幻を解き、巨大化する。そして心配そうに彼女に嘴を寄せた。
対するダイヤは少し困った様に目を伏せていた。
呼べる訳がない。選りにも選って一番見られたくない二柱が来るなんて。
如何話す可きかダイヤは目を伏せてしまった。そんな彼女に小首を傾げてリーシャンは見詰める。
何か様子がおかしい、何時もみたいに悪態を吐かない彼女は酷く困っている様で。
「え・・・あっ、ま、まさか彼店長なんじゃ、ま、まさかやられてっ、」
目敏くもベールは氷の怪物に浮かぶ首と、蝋燭の躯を見付けた様だ。小さく震えて後退ってしまう。
未だ例の発作は起きていない様だが顔色は悪い。
「・・・然うよ。私が殺したのよ。」
「え、ダ、ダイヤァ、今何て・・・言ったんですぅ。」
「だから、私が彼の店主を殺したって言ってんのよ!」
「・・・まぁ一応やったのは僕だけど、協力はしてくれたね。」
そんな苦しそうな顔をするなら嘘位吐けば良かったのに。
「ど、如何してそんな事したのダイヤ、何か・・・そ、然う何か理由があって、其で、」
詰め寄るベールと代わってリーシャンは僅かに口を開いた儘下がってしまった。
信じられなかった、否信じたくなかったのだ。
ずっとダイヤの傍に居た。彼女の事を自分は良く知っている。
自分を助けてくれた彼女が・・・神殺しなんて。
「・・・余話してる暇ないよ。今は兎に角化物始末するの手伝ってくれない?」
「噫もう其の必要はないよ!」
元気良く怪物は声を上げた。其の拍子に尾が振られたので軽く蝋燭が小突く。
「残念だけど僕の寿命は此処迄!名残惜しいけど左様なら!兄ちゃん姉ちゃんバイバーイ!」
何ともあっさり、あっけらかんに笑って、氷の怪物は砕け散った。
余りに突然の崩壊だったので思わず飃は後退する。激しく氷が地を打った。
欠片が飛び散り、酷い轟音を立てる。其等を何とかやり過ごすと後に残るは蝋燭丈だった。
気付けば蝋燭はセレの首を抱えていた。彼の状況から回収出来たのか。
「っ、くそ、僕は未だやれるぞ。」
刀を構え直す。其の様を見て蝋燭は笑った気がした。
「噫、本当御前勁かったな。だけど、」
蝋燭はそっと首を抱える。
愛おしむ様に優しく触れて。
「彼の子の方が、もっと勁いぜ。」
然うして蝋燭の焔は消えた。
代わりに化物の首が其処へ収まる。
只収まった丈、其の筈なのに・・・瞼が震えて。
皆が息を呑んで見ている事しか出来なかった。幽風すらも止まった一時。
化物は目醒めた。はっきりと銀と黔の水鏡が開かれる。
此処に来てやっと自分が潰した目が何か分かった。
左半面にある二つの銀の目、其が閉じられた儘になっている。
でも目を潰した丈では駄目だ。此の化物は目醒めてしまったのだから。
元より、彼は目に等頼ってはいない。残る四つの目が自分達を捉える。
「・・・何とか、戻って来られたか。」
「っ、起きちゃったか。」
アティスレイだとか言う化物の目論見は成功してしまったのか、まさか目醒めてしまうなんて。
こんなあっさり、首だって飛ばした。右腕だってもう無い。でも、
一気に息苦しくなった。其程濃密な魔力が僕達を包んでいる。
此は彼の時、此の化物と初めて対峙した時に感じたのと似ている。魔力其の物が僕を殺そうと牙を鳴らして爪を研ぐ様な気配に満ちている。
―起キテシマッタネ霄ノ化物ガ。―
―死モ殺シモ命モ全テ従エテ。―
―水鏡ガ咲ッテイル破壊ノ詠。―
―皆頭ヲ垂レロ、終ワリノ神ガ飛ビ立ツノダカラ。―
何重も魔力の声が宛ら歓声の様に響き渡る。
其に耐え切れず思わず飃は片膝を着いた。
もう一歩迄来ていた筈なのに、立てない。睨む事も儘ならなくて。
「まさか・・・生き返ったの。」
呆然とダイヤは動き出した化物を前に立ち止まってしまっていた。
まさか彼の状態で未だ動くなんて。確実に殺したと言う感覚はあった。一度終わった筈なのに。
未だ此の絶望は終わらないと謳っている。
途端濃い甘い馨に包まれた。段々と頭が痺れる様で、立っているのかすら怪しくなる程感覚が鈍る。
何・・・此は、私は此の儘殺されるの、かしら。
正直、そんな事は如何でも良い。でも私は一つ丈、
ふら付いたダイヤをそっとベールは支えた。状況は一切分からないが、でも彼は紛れもない店長なのだろう。
生きていて良かったと思う反面、如何仕様もない恐怖が這い上る。
恐い・・・?僕は彼の神を、恐れている?
「此は・・・不味いかもですぅ。」
龍としての本能が告げる、今の彼女は精霊に近付き過ぎている。
より根本的な存在に。今はもう皆眠りに就いた筈の太古の力に目醒めつつある。
其でもリーシャンは何とか其の本能に抗ってダイヤの前で翼を広げた。
「・・・噫、アティスレイが私の代わりに動いていたのか。」
独り言ちて小さくセレは溜息を付いた。
生きている、此処は夢ではない、現実だ。
噫アティスレイ、丗闇有難う。御蔭で私は未だ存在する。
精霊として新しい目醒めをした。だからか世界が前より鮮やかに見える。
魔力達が教えてくれる。此処で何があったのか、記憶が流れ込んで来る。
・・・成程、随分とアティスレイは動いてくれたんだな。無防備な躯を護っていてくれたのか。
外は彼の兄弟が、中は首狩りの女が其々護ってくれたのか。
随分と力を使わせてしまっただろう、悪い事をしたな。
でも御蔭で動ける、飛べる、私は未だ在ると詠う事が出来る。
さて、先ずは現状を如何にかしないと。自分の目の前には二柱の暗殺者と・・・、
「・・・其処か。」
少し丈羽搏き、魔力を纏う。
目を潰された所為で魔力が満ちている。折角なんだから使わないとな。
二つも潰されたので軽く魔力酔いになってしまっているが、此を少しでも抑えないと。
セレは何も無い空間に向け手を伸ばした。
そして何かを握り締める。感触が無くても分かる、此処にあると。
―っが・・・あ・・・な、何故、―
不図声が漏れた。其は手の方からで。
魔力が包んだかと思うと其は実体を現した。
其は無機物な様でいてはっきりと自我を持っている。現実感の無い様な俤は、紛れもない精霊の其だ。
然う、ラザレニアだ。魔力を隠し、完全に影と同化していたのにばれてしまったのだ。
「少し丈、話していた内容を聞いているんだが、御前がダイヤを唆したのか?私を殺す様に。」
「ち、違うわ。其奴は私と約束を・・・取引をした丈よ。」
思わずダイヤが声を上げると、ちらと丈彼女の視線が注がれる。
其丈で足が竦んでしまった。
彼の目はいけない・・・殺す目だ。
「取引・・・噫そんな内容だったか。其の内容を聞いても?」
「其・・・は、」
途端ダイヤは言い淀んでしまう。
言える、訳がない。其を言う位だったら私は、
―そ、其処の男のっ・・・呪いを解いてやると言ったのだ!―
何とか踠いてラザレニアはテレパシーを飛ばした。
此の儘掴まれた丈でも苦しい、魔力に、奴の魔力に呑まれてしまう。
其は彼にとって初めて知る恐怖だった。逃れたい一心で口を開く。
「其処の男?・・・噫、ベールの事か?」
びくりとダイヤの背が跳ねる。
「う・・・え?ぼ、僕の事?」
ダイヤを捜していた丈の彼にとっては全く理解不能の話だろう。
「・・・然うよ。」
重い空気に耐え切れずか遂にダイヤが口を開いた。
何とも苦々しそうに目線は誰とも合わせずに。
ベールの呪いは世界の一日分の不幸を背負うとかだったか。
確か自分がダイヤへ与えた呪いの一部を彼が引き継いだのだと聞いた気がするが、其を解呪しようとしたのか。
ベールにとって其は思い掛けない一言だったのだろう、瞬きを忘れてじっとダイヤを見詰めるが、彼女は外方を向き続けていた。
「成程、やっと合点が行ったな。で、実際御前は解呪が出来るのか?」
―解呪、と言うよりは・・・今回はアドバイス、だな。―
余りにも踠くので少し丈力を弱めた。此の儘絞め殺してもつまらないからな。
自分の魔力に取り込まれつつあるのか?何だか異様に苦しんでいるが。
「アドバイスか。口は回る様だし、今言えるよな。」
「何の・・・つもりなの。」
意図が読めないのかダイヤは首を傾げるが、何、折角なら貰える物は貰う可きだろう。
此奴は6890:鐘楼の奴だろう?彼処は塔に関して口が堅いので定評なんだ。だったら此方を攻める可きだ。
飃が警戒している様だが手は出して来ない。懸命だな、今の自分は危険過ぎる。
近付いたら何をするか自分でも分からない、然う魔力が訴えている。
自分だって無用な争いは避けたいし、まぁ然うだな。
―っ・・・端的に言うと、其の呪いは、私には解けない、だが、―
軽く睨むとあっさり話し始めた。斯う言う奴は楽で良いな。
一応精霊の類だったか?・・・上手く利用出来そうだな。
「だが、どうぞ続けてくれ。」
少し言い淀む気配があったので促してやる。此方もそんなに余裕はないのだから。
―其は、干渉力も関与しているタイプの呪いだ。抑英霊と悪霊が合わさると碌な形にならない。不幸になってしまうと、干渉力で縛られているのだ。―
「何よ其・・・、私の所為だって言いたいの。」
―君丈ではない、本神も、望んでいる、・・・然うだろう?―
「え、え?ぼ、僕?」
急に水を向けられ、ベールは目を白黒させていた。そんな彼へダイヤが歩み寄る。
「ど、如何言う事よ!貴方進んで不幸になろうとしているの⁉」
「えと・・・そ、然うかも?」
「何で其処で認めるのよ!」
ダイヤの声量丈がどんどんヒートアップして行く。傍で見守っていたリーシャンも口を挟む事が出来ない。
此処は当事者に任せる可きなんだろうが、ちゃんと話し合えるのだろうか。
・・・相手が相手だからなぁ、うん。
「えっと・・・あの、何て言うか・・・だって、ダイヤ一柱が呪われるのは違うと思って、」
ごにょり乍らベールは言ったが、其の一言でダイヤは固まってしまった。
何か口を開き掛けるが、又噤んでしまう。
「確かにダイヤは凄い巫だったよ。でもだからって全部一柱にさせたら其は卑怯じゃないかって・・・。」
「然うですねぇ、だからせめて呪いはって思ったんですぅ?」
リーシャンが促すと、一つ大きくベールは頷いた。
嬉しそうなリーシャンは何度も頷き返す。良かった、其なら話は早いじゃないか。
「な、何よ・・・其結局は私の所為って言いたいの。」
「いや、所為じゃないよダイヤ‼じゃなくて、その・・・、」
「もうはっきり言いなさいよ!」
「・・・っダ、ダイヤと一緒に居たかったんだ!」
顔を赤らめてベールは然うはっきりと言い切った。
此は・・自分達が聞いて良い話なのかと一寸心配になってしまうが。
でも此奴を逃がす訳にも行かないしな。二柱には悪いが退場は出来ない。
まぁダイヤは恐らくもうベールしか見えなくなっているだろうし、良いかな。
「な・・・何小っ恥ずかしい事言ってんのよ貴方!げ、下僕の分際で良くもそんな口が叩けるわ!だからって呪いを受けた所で、」
―いや其奴の行動が無意味とは思えん。―
ん、如何やら未だ話す気がある様だ。じゃあ存分に話して貰おうか。
話す時は力を弱めているのに此奴も気付いたのだろう。其で口が軽くなるなら有難いな。
隠れるのもそんな上手と言う訳でもなかったし、元々斯う言う荒事に慣れていなんだろう。
―恐らく、其の呪いが存在足らしめているのだ。互いを呪いで縛って存在している。だから呪いが消えれば或いは、―
「何よ其、じゃあ抑解呪も何も出来ないって事⁉したら消えるって言いたんでしょ。」
「嘘を吐くのは感心しないな。其を餌にして誘い込んだんだろう?」
―ち、違う、嘘では・・・っ、確かに解呪は出来ないが、だが、弱める事は出来る筈だ。先干渉力と言っただろう!―
少し力を込めた丈で又暴れ出すのだから楽だな、此奴。
折角の精霊様の知恵だ。しっかり受け取らないとな。
・・・っ、内側で焔が燻っている様な感覚がする。気を付けないと。
―君達は、呪いあっての霊だ。でも、英霊でもあるのなら多少呪いが薄れた所で消えはしない。其以上の証があれば何ら問題はない。だから後は干渉力丈だ・・・。呪いがあると自分で自分を縛らなければ、君達のは未だ薄める事が出来る。―
「成程、つまりは呪われていると自分を縛らなければ少しは私の呪いも減るのか。其の言い振りだと二柱共と解釈して良いんだな?」
―あ、噫、然うだ。完全は無理でも、弱める事は。―
「・・・何よ、其。そんな事で解決出来るんだったら私は、」
目線を下げてしまった彼女に、そっとリーシャンは頭を寄せた。
「然うか。如何だダイヤ、他に此奴に聞きたい事はあるか?」
「・・・いえ、もう十分よ。」
口数少なく彼女は肩を落とした風に然う言った。
もう何時もの毅然とした彼女らしさは欠片も無い。折角糸口を見付けられたのに。
「じゃあ此奴はもう私の好きにして良いな。」
―っ⁉や、止めろ、私はっ、―
別に話したら見逃すとか一言も言っていないからな。
其より此方は腹が減って仕方ないんだよ。首の礼位はしないと。
ざわざわと全身の甲が逆立つ。尾がピシリと振られて空気を断つ。
噫早くしないと、喉が渇いて仕方がないんだよ。
牙を剥き、頭からラザレニアに喰らい付いた。
実体は殆ど無い、牙を擦り抜けて行く感覚。でも満たされる物はある。
血の代わりに魔力を、肉の代わりに存在を。此奴の精霊足らしめている全てを此の身に。
喰い千斬ると血しぶきの様に魔力が溢れ出した。残った瞳が其のうねりを捉える。
同時に尾が割れ、蛇の様に牙を蓄えた。然うして漂う魔力を余す事なく喰らって行く。
分かる、流れ込む此奴の力が。此奴の、精霊の全てを取り込んで行くのが。
全て私の物だ。こんな躯にしてくれたんだ。其を奪われたって文句は言えまい。
頭から丸毎全て平らげて行く。此奴の痕跡一つも残さずに。
噫ずっと食べたくて仕方がなかった。人間以外も案外行ける物だ。
似た立場の精霊でも代用が効くのかも知れないな。此は新たな発見だ。とは言え、此じゃあ全く足りないな。
本の一時の飢えしか満たせない、こんなんじゃあ・・・。
すっかり精霊を食べ終え、周りに散った魔力も集めた。もう此処に自分が食べられる物は無い。
無いんだ、其なのに、
振り返り、飃達の視線と合わせた途端、彼等が身構えたのが分かった。
未だ、戦闘態勢を解いていないのだ。其が意味する事は、
自分の目が、いけないのだろう。
仲間としてではなく、自分は彼等を×として見てしまっている。
いけない、駄目だって分かっているのに。
舌舐りが止まらない、目を離せない、牙も爪も鋭くなってしまう。毒も垂れ流し、喉の奥で咲うのを止められない。
・・・、大丈夫、知覚している内は、未だ分かっているから。
気付けば皆喰い殺していた、なんて事になっていないのだから。
可也賭けだったけれども、あんな方法でアティスレイの夢から醒め、未だ存在するのだから。
方向性は間違っていない筈、其を崩さなければ。
「・・・流石に、もう今宵はやり合わないんだろう?」
「・・・悔しいけど、今は明らかに不利だろうね。」
目醒めた化物は、其迄と明らかに違っていた。
咲っている、何時もみたいに。否何時もより深く。
でも其の笑みの先では牙を揃えて手招きしている。僕達は只の獲物って訳だ。
敵ですらない、只喰われる丈の。
こんなにはっきり警戒され、加えて生存本能剥き出しの化物に勝てる算段は無いよ。
近付く事すら出来ない。躯の感覚もこんな鈍っちゃあ・・・。
魔力が無いのもあるけれど、此の甘い様な薫もいけないね。恐らく毒か何かだ。
力を奪われる様な、集中出来なくて勘が全く働かない。
こんな状態で戦えば、其はもう戦いですらなくて、只の捕食だ。
僕が化物に喰われて終わる丈の、只の肉の一つになる。
逃げ切れるか如何か。其位しか今の僕は考える事が出来ないんだ。
姉さんだってもうすっかりやる気はないだろうし、計画通り、でも予想外のアクシデントに敗北って所なんだろう。
・・・本当此の化物、如何やって殺すんだよ。
「私も・・・もうこんな事しないわ。でも、只で殺されはしないわよ。」
ダイヤの冷ややかな視線が向けられる。
色々と頭はぐちゃぐちゃの儘だけれども、立ち止まる訳には行かない。
自分達は手を出してしまったのだから。彼の化物を目醒めさせたのは自分達なのだから。
悪いとは思った、でも謝るつもりはない。だから、
リーシャン達も固唾を飲んで見護る。兎に角逃げないと、殺し合い丈は止めないと。
皆が息を詰める中、一柱セレは小さく頷いた。
「然うか。じゃあ良い、皆は店に戻ってくれ。長くなったけれども今宵は終わりだ。」
「・・・え、店って・・・、」
思わず惚けた様な声を上げてしまうと、セレは小さく苦笑した。
「私も今回は油断し過ぎたな。凄かったよ二柱共。本当に危なかった。反省する事は互いにあるだろうが、何はともあれ休まないとな。」
「正直、化物に反省して欲しくないんだけど。」
「私だって其の武器をもっと知りたいが、流石に今じゃないだろう?」
「店って、何言ってんのよ。私は・・・貴方を、」
「別にこんな事、大した事じゃないだろう。私は否定も拒絶もしない。又良案があれば何時でも攻めて来たら良い。」
質問に其の儘答えたつもりだが、何故か彼女は目を見開いて固まってしまった。
・・・何か言い漏らした事はあったかな、噫然うか。
「そんな身構えなくても、今回の事で私が何か返したりはしない。復讐や反撃を恐れているなら其は杞憂だ。勿論私の加護も其の儘残っている、其処は安心して良い。」
「安心って・・・い、意味が分からないわ。せめて私は追放でしょう⁉殺される位の覚悟で来たのにっ、」
声を荒げてダイヤは一歩セレに詰め寄ったが、慌ててリーシャンが翼を傾ける。
其に対してセレは首を傾げる丈だった。
「ん、自分から去りたいなら私は兎や角言わないが、抑神手不足だし、此方から誘ったんだし、追い出す理由は無いぞ。」
「諦めなよ姉さん。此が化物なんだから。店に残れてラッキー位に思ったら良いんじゃない?」
枴を下げ、飃は一つ息を付いた。
此の位の事は平気で言うんだよ此の化物は。
まぁ然うでないと僕なんか勧誘しないよね。
其でもダイヤは信じられないと許りに只セレを見詰める事しか出来なくなっていた。
今の彼女の気持も、屹度化物には些とも分からないんだろう。
もう其処迄堕ちている。如何仕様もなく壊れているんだから。
「一応ベールとリーシャンが来てくれて良かったかな。若しかしたらガルダとかが何か言うかも知れないが、此は私達の問題だ。何も言わせない、やらせもしない。無理に話す事もない。若し、何かトラブルが起きそうだったら然う伝えてくれ。」
「・・・良いんですねぇボスさん。」
「噫、悪いが頼んだぞ。第三者の意見なら通り易いだろう。」
幽風が髪を弄ぶ。
そっと斬られた首元に触れる。黔い膜の様な物で辛うじてくっ付いた首。
右腕も無くなったし、他の手足も結構やられたな。
・・・っ、そろそろ限界か。此の辺が潮時かも知れない。彼奴を平らげたのに此の位しか持たないか。
「えと・・・セレさん、寛大な対応で、その・・・あ、有難う御座いますっ。」
慌ててベールが土下座をする。もう大分見慣れて来たが相変わらず惚れ惚れする綺麗な姿勢だ。
「別にこんなの大した話じゃない。私なんかより御前達も話したい事もあるだろうし。・・・私は数日、店を空けるぞ。」
「え、ボ、ボスさん何処へ行くんですかぁ!」
「・・・っ、暴走し掛かっているんだ。御前達を食べたくない。熱が冷める迄、少し離れる丈だ。」
然う言ってちらとセレは飃を見遣った。瞳が鋭くなるのを何とか堪えて。
「大丈夫、逃げも隠れもしない。又店には戻るから。皆もしっかり休んでくれ。」
牙が疼くのを堪えて翼を広げる。今は只離れないと。
店に居る可きでないのは化物の方なんだから。
今は、誰にも会いたくない。こんな姿を見られたくない。
自分を否定したくて堪らないのに、してしまえば立てなくなって。
引き換えに浮かぶのは・・・駄目だ、もう行かないと。
「じゃあ暫くは店の事頼んだぞ。」
何とか其丈絞り出して、セレは翼を羽搏かせた。
此処じゃない所から気配を探れ、集めろ。
仲間に向けそうになる牙を、他者へ重ねろ。
贄を、依代を、犠牲を求めて。
幽風を掴んで舞い上がる。何処迄も高く、獲物を狙い易い様に。
あっと言う間にセレの姿は旻の彼方へ消えてしまった。其の先を見送って誰彼ともなく息を付く。
「失敗・・・か。結構自信あったけど、今度は別の角度、試さないとね。」
刀を見られてしまったのは痛手だけれど、此処で諦めるつもりはないよ。
十分手応えはあった訳だし・・・其の分、勿論悔しいけれど。
「ダイヤ、ダイヤも戻ろう。・・・うん、今回はもう休んだ方が良いから。」
ベールとリーシャンに背を押され、俯いた儘ダイヤも足を動かした。
静かに旻が白んで行く。其は星々を呑み込んで。
永遠に彼の霄を奪い去ってしまうのだった。
・・・・・
「っセレッ‼」
胸元を押さえ、ガルダは起き上がった。
息が出来ず、眩暈がする。何度か荒い息を付く。
汗が幾つも伝う。苦しくて吐きそうで。
魔力が荒ぶっているのを感じる。意識しないと生命力が暴れ出しそうだ。
此の乱れは・・・まさか丗曦も?
何だか妙な魔力が満ちている。此の鋭く刺す様な曦は恐らく。
酷い・・・夢を見た。
夢、夢だよな。然う信じたい。
夢の中で、俺はセレと二柱で散歩をしていた。
前話をしたからだろうか、霄の散歩をしていて。
湖が澄んでいて、零星も綺麗で、蕭森も涼しくて。
楽しくて穏やかな時間が流れて、噫ずっと今が続けば良いと願った所で。
咲い合っていた筈なのに、突然セレは何処からか釼を取り出した。
其の釼はどんなに忘れたくても忘れられない。前世で俺がセレを刺し殺した彼の釼で。
固まってしまう俺の目の前で、セレは変わらず咲い続けていた。
でも釼は離さず、流れる様に自身の首元に当てて、
静かだった。只静かだった。
「—。」
何か一言、彼女の口が動いたかと思えばあっさり釼は彼女の頸を貫いた。
そして只貫く丈じゃなく、払われる。まるで手丈彼女と別の意思が宿っているみたく、躊躇なく軽やかに。
余りの鋭さに、気付いた時にはぱっくりと彼女の頸は裂かれていた。
闇より黔い血が噴き出し、俺に掛かる。
でも俺は動けない、映像の様に見ている丈。
血はこんなに冷たいのに。取ろうと思えば彼女の手を取れる位近いのに。
ぐらりと彼女の首が落ちる。笑顔は見えなくなる。
そしてぶちぶちと、聞きたくもない生々しい音が耳朶を打つ。
其は自重に耐え切れなくなった頸の皮が千斬れる音。
理解したくないのに頭は回る。そして、
全ての音が失われたと思った刹那、彼女の首は落ちた。
地へ落ちて転がって、湖に落ちて。
其でも彼女は咲っていた。幸せそうに、俺に丈見せてくれる笑顔で。
其処で弾かれた様に俺は動く。其の瞳に吸い込まれる様に、首を抱こうと血塗れの手を伸ばして。
其処で・・・目が覚めた。
思い出したくもないのに頭はグルグルと彼の悪夢を再生する。
止めろ、止めてくれ。彼は夢だ、悪い夢だ。
・・・然うだ、セレに会えば良い。実際此の目で見たら落ち着くだろう。
心の痛みは嫌いだ。躯みたいに直ぐ治らないから。慣れない痛みに如何対処して良いか分からないから。
一目でも良い、彼女に会いたい。其丈でこんな悪夢は消え去ってくれる筈。
此の焦燥感は全部まやかしだって、笑い飛ばして欲しい。
笑われても良いから。いや、寧ろ笑ってくれたら俺はどんなに、
急ぎ俺は部屋を出た。そして彼女の部屋のドアをノックする。
・・・?返事がない。もう出掛けてるのかな。
未だ結構昊も早い、割とセレは起きるの自体遅い質だけど。
例え寝ていたら此のノックで起きるだろうし。
「・・・店主なら今は居ないわ。」
背後からの声に思わず振り返る。
其処にはダイヤが居た。目を伏せて何だか元気が無い。
「え、あ・・・そ、然うなのか。」
何とも間が悪い。でもまさか彼女から声を掛けられるなんて。
滅多にダイヤから俺に声を掛ける事はない。加えて態々親切に教えてくれるなんて。
其も相俟ってか酷く彼女は不自然な気がした。何だろう此の違和感、みたいな。
「じゃあ何処に行ったかとか知ってるか?」
用も無いのに必死に見えるだろうけど。
躊躇わずに聞くと、彼女は其処で始めて俺に視線を合わせた。
「分からないわ。でも数日は戻らないって。」
「急だな、そんな、」
一体何処に。其の言い方だと次元じゃなさそうだけど。
俺に一言も無しで・・・?
「ダイヤァ・・・。」
嘴で何とか扉を開け、リーシャンがやって来た。
そしてちょこんと彼女の肩に留まる。心配そうに嘴を寄せていた。
「・・・若しかして何かあったのか?」
中々嫌な予感が離れない。ずっと息苦しい。
早く楽になりたくて、口早になってしまう。
「・・・話す可きね、せめて貴方には。」
ダイヤはそっと重い口を開いて俺に全てを打ち明けた。
其は夢で見た事よりも余っ程悪夢で、残酷で。
此迄に感じた事がない程心臓は凍えて、震える事も、俺は出来なかった。
・・・・・
「・・・ん・・・ぅ、」
僅かに呻いて薄く目を開ける。
痺れた様に躯は動かない。何だか懐かしい夢を見ていた気がするけど。
まるで今も夢の中みたいで、のろのろ視線を動かすとセレの瞳と重なった。
闇の中でも輝く目、すっかり其に俺は魅入られる。
其の色を見ていると段々安心して来て、長く息を吐く。
大丈夫、大丈夫だ。彼女は俺の手の届く所に居るのだから。
吐息が掛かりそうな程近くに。只俺丈を見て。
動けない俺の代わりか、彼女は優しく抱き締めてくれていた。
擽ったい様な、つい甘えそうになる。
息を吸う度に甘い馨が躯中に沁みて。
噫此の感覚、然うか俺は・・・、
思考し掛けた所で彼女の牙が俺の腹に沈んだ。
痛みなんてもう忘れてしまった。もう幾度と見続けた光景、屹度もう直ぐ彼女は、
デジャビュの様に繰り返される。顔を上げた彼女は俺の腸を銜えていた。
今の彼女は其の面全てを黔の甲に覆われている。少し鼻先が伸びているから幾分食べ易いのだろう。
美味しそうに喉を鳴らして、丁寧に噛み千斬って。
彼女は暫し俺と視線を掠め乍ら次々と内臓に喰らい付いて行った。
尾が裂かれて生まれた蛇達が、サポートする様に内臓を銜えて彼女に寄せる。
生々しい音をさせて千斬れては呑み干して、其の音を聞いていると自然笑みが零れた。
俺の存在が、彼女の其に置き換わる。噫何て綺麗なんだろう。
欠けたピース同士が組み合わさる様に、初めから然うであったかの様に傷跡もなくくっ付く。
彼女の躯が傾いで翼が降り掛かる。
此の中丈常に霄だ。彼女の好きな霄、俺達丈の、
彼女の鴉の様な翼に透けて、零星の様に走る曦があった。
其は良く彼女が纏う零星、今は黔く輝いて、見護る様に弧を描く。
邪魔者は全て彼等が処理してくれる。此の世界を護る為に瞬く。
其等の霄に包まれて、俺は満ち足りていた。足りない物なんて無かった。
良かった、彼女を見付けられて。捜していた時は本当に生きた心地がしなかったんだから。
・・・?捜していた・・・噫然うか、然う言えば然うだったっけ。
少しずつ俺の瞼が重くなる。撫でる様な彼女の手につい頬を寄せて。
微睡む様に俺は懐い出す。此の霄を壊さない様に慎重に。
・・・・・
ダイヤから彼の霄の事を聞いた俺は、居ても立っても居られず店を飛び出た。
そして頓飛び続けた。然うせずにはいられなかった。でないと此の罪悪感に堪えられなかった。
セレが死に掛けていた時俺は何をしていた?
守護神だなんて嗤わせる。結局何も護れていないじゃないか。
正直、最初にダイヤから其の話を聞いて俺は・・・手を出しそうになった。
赦せないと、飃は勿論の事、ダイヤも・・・何て事をしたんだと。
話を聞いて行く内に俺の其の怒りを悟ったのだろう、彼女の口は猶も重くなってしまっていたが。
確かに彼等を店へ招いたのは彼女だ。其のリスクがある事は既に承知していた。
其丈の事をされる丈の事を既に彼女が犯している事も、勿論分かっている。其でも・・・、
其でも俺は・・・こんな騙し討ちみたいな事はして欲しくなかった。
だって彼の店は、セレがやっと手に入れた安住の地だから。
彼処で丈は穏やかに過ごせたらと俺は思っていたんだ。
俺の願いなんて虚しくどんどん彼女は堕ちて行くから、何とか掬い上げたかったんだ。
でもそんな努力も懐いも虚しく散って俺は、
けれども、セレはそんな俺の事も見透かしてしまっている様だった。
リーシャンに言われたのだ。二柱に手を出すなと。
此は自分達丈の問題だから。俺が手を出してはいけないと。
話に聞いた丈でも、本当に危険な生きるか死ぬかに直面した様な場だったのに。
然う釘を刺されてしまった。其の彼女の懐いを俺は無下に出来なくて・・・。
自分が消えそうなそんな状態だったのに。一欠片でも俺の事を懐ったのかと懐うと。
・・・俺は此の怒りを、呑み込む事しか出来なかった。
代わりに、護れなかった自分を責める事で此の焔を鎮めたかった。
然うだ。セレの主張も、飃達の主張も、俺は理解出来るんだ。
じゃあ何処に誤りがあったかと言えば・・・其は俺だ。
俺丈が、何もしなかった。分かっていて・・・俺は、
若し本当にセレが死んでいたら、俺は一体如何なってしまっただろう。
考えたくない、否、考えないといけない。
・・・・・。
飛び乍ら俺は何度もセレにテレパシーを送っていた。
でも何も空振りだ。彼女から応えはない。
其でも俺は一つ予測を立てていた。
彼女の行きそうな場所を、今の彼女の状態から考えれば、
食べたくないと、セレはダイヤ達に言ったのだ。でも食べないと彼女は・・・己の存在を保てずに消えてしまう。
前脳天を撃たれたり、魔力を消されたら鏡界へ行った様に、死ぬレベルの怪我を負った。
首を落とされるなんてそんなの、俺だって恐らく無理だ。干渉力が持たない。
其でも何とか生き繋いだ。其の具体的方法は分からなかったけれども。
限界状態なのは変わりない。だから何か補填しないと彼女は・・・。
店に戻ると言ったんだ。彼女は嘘なんて吐かない。其の意志があるのなら。
自死だとかはしない、何としてでも生き残る筈。
何をしてでも、絶対に。
其の為の手っ取り早い方法は矢張り・・・捕食だ。
じゃあ誰を喰らうか、誰を殺して存在を保つのか。
其の対象を、俺は前セレに聞いている。・・・オンルイオ国だ。
彼処で最近発生していた連続失踪事件、彼はセレが起こした物だった。
俺を食べる様になってからは流石に行っていないと思うけれども。
今は、状況が違う。だから利用し易い餌場として舞い戻っている可能性は十分ある。
良く狙われていたのは国の外れ、村とかが密集しているエリアの筈。
頭の中で地理を整理する。鎮魂の卒塔婆辺りが正に然うかな・・・。
もうすっかり陽が昇ってしまったので若しかしたらセレは隠れてしまっているかも知れないけれども捜さないと。
若しかしたら地下、下水だとかに潜んでいるかもな、そんな風に頭を巡らせていた時だった。
鼻が動いた。嗅いだ事のあるある匂が俺を掴んで離さない。
噫、俺は此の匂を知り過ぎている。微かしかしないのに直ぐ其の正体に気付いてしまった。
此は、セレの毒だ。其が幽風に乗ってこんな所迄届いたのか。
此を辿るとなると、常人に近い此の姿では難しいだろう。少し生命力の枷を外して行く。
四肢が獣の毛の様に皓銀に覆われて行く中で敏感に嗅覚は働いた。
力を解放すれば見た目丈じゃなくて内側もしっかり作り替わって行く。
鼻が動く、良し此で辿れる筈だ。
先よりも力強く翼を羽搏かせる。居る、此の先にセレが。
矢っ張りセレは此処で・・・猶の事早く向かわないと。
飛び続けるのに必死になって頭が追い付かなかったが、次第にガルダは一つの違和感に気付いた。
何だか街が余りにも・・・静か過ぎる様な。
もう街の外れだ。と言うより思ったより内側の方から匂がする。
神なんて千差万別なので霄や昊も其処迄関係ない。飛んでる奴だとかはぼちぼち見えて来る筈なのに。
一応俺も余りおおっぴらに出られる存在じゃないからそろそろ降りようと思ったのに。
俺以外、誰も居ない蛻の街。
奇しくも其の光景は、飃の居た次元のと少し似ている気がして思わず顔が曇った。
でも気付いてしまってはもう如何仕様もない、違和感の芽丈伸びて行く。
まさか・・・まさか既に、
焦燥感の儘に飛んで、俺は遂に全てを目撃した。
眼下を歩く神達、其は皆何処か生気が無い様に感じられた。ふらふらと歩いている様で。
何だ、神も居るじゃないかと思ったのは束の間で、人形の様に彼等は只歩いて行く。
目指す所は同じなのだろう。上旻の俺に気付く事も無く歩いて行く。
然うして辿り着いた広場の中心に、セレは居た。
堂々と中心に、そんな彼女の足元は死体に因る山が築かれていて。
彼女へ近付く神々は見るも無残に引き裂かれては喰われて行っていた。
其でも神々の足は止まらない、悲鳴の一つも上がらない。
でも其の理由ははっきりしていた。だって今の彼女は余りにも美しかったから。
闇を纏う彼女は粗全身を黔の甲に覆われていた。
そして逆立った甲から霧の様に闇が吐き出される。
其の闇の中で煌めきうねるは彼女の尾だ。何本にも分かれた尾が蛇の様に身をくねらせて焔を吐いていた。
黔く揺らめく焔は何処か幻想的で、弾けた火花が闇に変化と彩を与える。
其の蛇達は忙しそうに絶えず神を引き裂いていた。近付く者には容赦なく咬み付き、彼女の元へ運ぶ。
そんな彼女の周囲で零星は巡っていた。何時も彼女に従っている零星達だろうが、今は黔く瞬いて、闇を引き連れて行く。
まるで一つの宇宙を見ている様な気分だった。此処丈音が無くて静かで。
全ての中心に居る彼女は只々神を喰らっていた。辺りに散っていた血肉を貪る。
遠慮なく喰い千斬る事で彼女に血が掛かるが、其を蛇達は拭っていた。
まるであやす様に、優しく撫でる手の様に彼女に寄り添っては離れて行く。
俺はじっと其の光景を眺めていた。噫、求めていた物は此処にあったのかと自然安堵する。
此処迄導かれて来たんだと納得してしまう。
彼女は全てを受け入れる。だから此処なら赦されると。
―噫待ッテタンダヨ!―
―良ク来タネ、サァ此方ダヨ!―
薫風に吹かれて自然俺の足は動く。
一歩ずつ彼女の元へ、魔力達に誘われて。
待っていたなんてそんな勿体無い言葉。
御免、随分待たせてしまったけど、でも来たよ。
彼女が緩りと振り返る。
闇の中でも俺ははっきりと彼女の姿を捉える事が出来た。
其は屹度彼の瞳の御蔭、水鏡の様に澄んで俺丈を照らしてくれる。
綺麗だと思った瞬間に、俺の意識は闇へと落ちた。
・・・・・
彼から何度か夢と現を行き来して今に辿り着く。
実際何位経ったかはもう分からない。でも彼から俺はずっと彼女と居る。
永遠と喰われ続けている。其の感覚がしっかりと焼き付いてしまった。
左腕に彼女の牙が掛かる、一呼吸の間もなく噛み千斬られる。
滴る血を丁寧に舐めて、骨毎喰らい付く。
噫、本当に美味しそうに食べてくれる。筋があってもしっかり噛んで残さずに平らげる。
生命力は、可也削られてしまっていた。再生スピードが落ちない様気は付けているけれども。
でも、不思議と苦しいとは思わない。此は多分干渉力の御蔭かな。
もっと彼女に食べて貰いたいと思うと自然力が溢れる様で。
屹度存在を喰らうと言うのは斯う言う事なんだろうなと、やっと感じ始めた。
俺の存在と、彼女の境界が曖昧になって行く。俺から離れて、でも混ざって行って。
俺が在るから彼女が居て、彼女が在るから俺が居る。
そんな関係へ集約されて行く。何て整った世界だろう。
長く息を付くと彼女の視線が中々離れない事に気付いた。
じっと見られていると気付いてドキリと背が震える。
何だか今の彼女と目を合わせる事は、畏れ多い気がしてしまったから。
「・・・セレ、」
思わず口が動く、此の静かな霄を壊し兼ねない行為なのに。
でも彼女は薄く目を閉じてじっと俺を見てくれた。其の口元が小さく動く。
「・・・矢っ張りガルダは来てしまうんだな。」
声を聞いたのは本当に久し振りな気がした。何だか・・・温かい。
「そりゃあ勿論・・・捜すに決まってるだろ。」
彼女は一瞬咲ってくれたけれども、直ぐ苦笑に隠れてしまった。
「一番傍に居て欲しくない時に限って・・・何時も来ているものな。」
何だか棘のある言い方だ。彼女が然うはっきり言うのは一寸珍しい気がした。
迷惑・・・なのかな、俺のエゴでしかないのは十分分かってるつもりだけど。
「・・・じゃあ、来ない方が良かったか。」
呟く様に言うと彼女はそっと頬を寄せて来た。
痺れた頭でも流石に理解はした様で、思わず手が動く。
二柱しか居ないと言っても緊張はしてしまうし、心臓が跳ねた様に早鐘を打つ。
直ぐ目の前で彼女の髪が撓垂れて少し顔に掛かった。
毒で何度も夢へ思考を持って行かれそうになる。でも今は其所じゃなくて。
喰われていた時よりも胸が苦しく感じる・・・う、いや、気にしちゃ駄目だ。
「いや、嬉しかったよ。迎えに来てくれて有難う。」
「其なら良かったよ。」
多分、気を遣わせて、然う言わせている丈だろうけれど。・・・彼女の本心は冥いから。
其でも俺は同じ事を繰り返すよ。
嫌でも嫌われても、エゴだとしても無理にでも手を伸ばさないと。
屹度セレを連れ帰れないって分かったから。
嫌われるのを恐れて見ている丈にしたら、屹度・・・もう会う事も出来ないと。
・・・うん、不思議な予感がしたんだ。屹度俺が何もしなくても、セレは此の街の神なんて喰らい尽くして店へ帰っていたんだろう。
でも其のセレは多分俺の知る彼女とは違って、もう戻れなくなるんじゃないかと思ったんだ。
其は恐らく気付きもしない違和感。でも放って置けば何時か屹度、
だから俺は追い掛けた。手を伸ばした。置いて行かないで欲しいと踠いたんだ。
そんな俺を、彼女は見捨てず手を取ってくれた。だから俺はこんなに今、安心しているんだろう。少なくとも此で良かったんだって。
「でも・・・矢っ張り私は辛いよガルダ。ガルダの気持は嬉しい、私も・・・同じだから。でも、」
言葉を詰まらせ乍ら、其でも彼女は俺に伝えようとしてくれた。
其を、そっと彼女の髪を撫でて促す事にした。何とか、手位は動かせて良かった。
「合理性と、私自身の気持と、一体何方を優先したら良いんだろうな。」
俺としては、合理性を取ってほしい。何時も彼女は其の選択をして生き延びたのだから。
只生きて欲しいと願った俺の懐いを忘れずにいてくれたら、俺は十分だから。
でも彼女は其の懐いも全て断ち切れはしないだろう。矢っ張り如何しても俺を傷付ける事に怯えてしまう。
どんなに俺が安心させようとも此許りは如何仕様もないのかも知れない。
其が一つの彼女らしさで、良い所だって俺は正しく伝えたいんだけど。
不意にセレは目の前に掛かる手に噛み付いた。
手首に牙を立て、其の儘血を啜る。
分かっていても反射的に動いてしまう様で、止められないのか其に夢中になった様に暫く飲み続けた。
「・・・矢っ張り、美味しいよ。全然違う。結局、私は弱いな・・・。こんな簡単に誘惑に負けて。」
「ゆ、誘惑ってそんな・・・美味しいから良いじゃないか。」
不覚にも俺だって、全然違うと言われて少し声が上擦ってしまったのだから。
「其に、元はと言えば俺は何もしてなかったからで、俺がちゃんとしたらセレがこんな苦しまなくて済んだのに。」
セレは俺の手首に残る血を舐めていたが、ちらと丈視線を合わせた。
「其は無理があるだろうガルダ。彼は私と飃達の問題だから、私が油断した丈で。」
「俺はセレの守護神の筈だろ。少なくとも俺は彼の時、何もしなかったんだ。」
「ククッ、じゃあ矢っ張りおかしいよガルダ。ガルダはちゃんと其の役目を果たしているじゃないか。」
小さく咲って彼女は俺の腕に軽く頭を寄せた。
せがまれている気がして、そっと其の頭を撫でる。
「・・・正に今、私を護ってくれているじゃないか。・・・世界から。」
然う言って又牙を手首に沈める。
血を吸われていると、一寸眠たくなって来る。
其の所為だろうか、少し其の言葉の意味を取りあぐねていた。俺は、彼女を護れているのだろうか。
でも今正に彼女は此処に存在する。其丈は理解出来て、俺は何度も其の事実に安堵した。
・・・然う言えば此の状況に甘んじていたけれど、俺はセレに聞かないといけない事があったんじゃなかったっけ・・・。
今後に必要になるから、うん然うだ。
「セレ、あの・・・一寸聞いても良いか?」
「今更、遠慮する事はないだろうガルダ。」
薄く咲って彼女が見詰め返してくれる。
六つの目が、今は落ち着いているのか丸くなっている気がして。
大分彼女も元に戻れて来たのだろう。顔を覆っていた甲も大分後退していた。
不安定じゃない、此処に居るんだ。・・・本当に良かった。
「その・・・ダイヤから話は聞いてさ。もう其は酷い有様で、聞いた限り本当に酷い怪我だったのに、ちゃんと助かったんだな、なんて。」
一寸、言い難い。口にしたくないんだ。
ダイヤははっきり言った。セレは一度、確かに死んでいたと。
アティスレイが出たのは、只の悪足掻きにしか見えなかった。彼女の気配や存在は、確かに消え失せていた。
其なのに突然・・・息を吹き返した様に立っていたと。
セレは殺しの精霊だ。殺す事でしか自分の存在を残せない。
でも結果、殺さずセレは存在を保った。其の後でまぁ・・・精霊を喰らって今に至るんだろうけれど。
一体何が彼女を繋ぎ止めたのか、俺は其が分からなかった。
「噫確かに、彼の時は正直、もう駄目だと思っていたよ。私は夢を見ていたから。」
「夢・・・?其って、」
「噫、アティスレイが飃を相手してくれていた時に、別のアティスレイが私を夢へ閉じ込めていたんだ。」
其処から彼女は夢の内容を話してくれた。
前世と似た街に処刑台、話す首斬り鎌と、アティスレイの目的、そして・・・丗闇と殺し合った事。
まさかそんな事があるなんて。アティスレイの力を俺は全然分かっていなかった。
そんなに力を使える物なのか。俺なんかより余っ程・・・セレを護っているじゃないか。
外では躯を壊さない様に飃達と戦い、内側ではセレに殺しをさせる事で存在を保たせようとした。
まぁ其の方法が丗闇を殺すなんて物だったのでセレは選ばなかったけれども。
何としてでも生きようとする彼女だ。でも、其丈は選べなくて。
其は彼女も分かっていたからだろう。俺の願いで生きるのなら、其の生きると言うのは何を指すのか。
只在れば良いと思ったんじゃない。彼女は其の先の日常を望んだ。
店を残そうと、今の在り方を変えない様にと。だったら其の在り方に丗闇も含まれて然る可きだ。
だから彼女は殺せなかった。結局は其が己の否定になると分かっていたから。
でもじゃあ・・・如何して今彼女は存在するのか。
丗闇を殺せなかったなら、然う。セレはダイヤの言う通り、終わっていたのだ。
消える筈だった。其なのに何故、
「随分な賭けだったけれども、私は存在について考えたんだ。」
独り言の様に彼女は口を開く。
未だ血を飲みたいみたいで手首に傷を残し乍ら。
「私は殺しの精霊だから殺せば存在を残せるのは分かる。でも他の手・・・。例えば今ガルダが斯うしている様に、存在を喰わせる事で私に充てられるだろう。」
俺が少し微睡み掛けていたからだろう、繰り返す様に彼女は緩り話してくれた。
「そしてガルダのは・・・信仰心、だったか。Aが其の影響でより力は増すって言っていただろう。つまりは、ガルダの意志も又、私を生かす事が出来るんだなって考えたんだ。」
「ま、まぁ然う・・・かな。」
信仰心って言われると一寸困っちゃうけれど・・・うん、まぁ然うか。
「じゃあ私自身の感情は、懐いは、其に当たらないかと思ったんだ。私が居るから思考出来るのなら、其の逆もあって然る可きじゃないかって。感情があると言う事は、私は・・・存在する。」
何となく言いたい事は分かった。
抑存在するか如何かとかって考えた事が無いから難しいけれども。
でも簡単に考えるなら今セレが言った通りなんだろう。俺が懐ってセレが居るなら、セレが懐っても存在の証明にはなる気がする。
・・・ん、でも其が出来たら抑消えそうになったりしない気はするけど。
懐いの悍さとかはあると思うけどさ。
「だから私は、自分の精霊としての在り方を変えようとした。謂わば、感情を喰えないかと思ったんだ。」
「感情を・・・喰う?」
何て言うか、不思議な言葉だ。
如何言う意味だろう。此は良く良く聞かないと。
「彼の時私は、絶対に丗闇を殺したくないと思った。傷付けてしまって、酷く罪悪感を覚えたんだ。だから、其の懐いに形がある様イメージしたんだ。魔力に形や懐いがあったみたいに。其の懐い其の物に集中した。」
「・・・うん、其で、」
取り敢えず俺は促した。此の感覚の部分はセレが特に優れている。彼女にしか分からない所が多いから。
「然う、だな。そして私が生き残ったと言う事は、其の試みは成功したんだと思う。精霊としての自分を少し変えて、存在した。」
「本当御前って、どんどん変わっちゃうな。」
変えようと思って本来変わったりはしないだろう。そんな事が出来たら俺の悩みも直ぐ吹き飛んでしまう。
幾ら干渉力があったって、元の自分を変えるのは容易ではない。
其が出来てしまうのが彼女なんだろうな。
神として不完全だから、消えそうだから寧ろ変えられるってのもあると思うけれど、其の懐いの悍さが一番大きい気がする。
普通はやる前に諦めるから。其が神の性だと思ったのに。
其を超えて彼女は存在する。
「変わるって言っても・・・ほら、今迄に沢山ヒントがあったじゃないか。だから前から少しずつ考えていた丈だよ。」
ヒント・・・そんな突飛な事を思い付く様な事ってあったっけ・・・。
俺の目が泳いでいる事に気付いたんだろう、小さく咲って血を飲むのを彼女は中断した。
「然うだな、例えば・・・ナゲキリュウ達に前会った事があるだろう、悲しい感情を食べてくれる龍。そんな存在も居るし、他にもロードが使っている武器を前見せて貰ったが、彼は罪状なんてので攻撃していた。そんな懐いが形になる例を見て来たし・・・、」
少し目を細めて彼女は思考を巡らせる。記憶をなぞって目当ての物が見付かった様だ。
「後は然うだ。ノロノロが教えてくれてな。私は殺しの精霊だから世界で争いが起きたり、殺人事件とかが起きたら其も力になるって言っていたんだ。じゃあ其に付随する感情、後悔とか悲しみとか辛いとか、其も、力に出来ないかと思ったんだ。」
「其は一寸分かるかも・・・。」
信仰心自体が懐いな訳だし、そっか。考え方次第って奴か。
つまりはセレが受け入れる範囲を増やしたって事なんだろう。殺しの精霊以上の物に。
其は単純に良い事・・・なのかな、セレが生き易くなるなら良いけど。
今迄はどんどん制限が増えて行くって具合だったし・・・うん。
畏怖とかってあるし、其の一つだと思えば。
屹度セレ自身力も上がっているから、必要な量とかも増えているんだと思う。
其に伴って応用が利く様になったなら・・・うん、良いんじゃないかな。
「じゃあセレは精霊として変わったって事で良いのか?」
「噫、恐らくは。未だそんなにはっきり変化は出ていないけれども。」
でも其でも、彼の状況から機転を利かせて持ち直したって事だ。
・・・何だか凄いな。俺には遠い話の様に感じてしまう。
「・・・又、Aの所へ行かないといけないんだろうな。」
苦笑を一つ残してセレは又手首に噛み付いた。
余っ程御気に召してくれた様なら良かった。本当に美味しいみたいで僅かに彼女の頬が上気している。
彼女自身、落ち着けても来たのかも知れない。屹度彼女も不安だったろうし。
自分の性質が変わるなんてそんなの、不安にならない訳がない。
今は良くても其の後に何か反動が来るかも知れないしな。
「うーん・・・然うだよなぁ。まぁ落ち着いたら一緒に行こうな。」
「噫、然う言ってくれたら助かるよ。」
彼の医者が大喜びする様が目に浮かぶ。
・・・ちゃんとセレを護らないと。本当何するか分からない医者だし、毎回解剖させてくれって頼んで来るからな、勿論断るけれど。
そっと彼女の頭を撫で乍ら目を閉じる。
未来の話が出来る、其がどんなに安堵する物か。
俺は未だちゃんと彼女の傍に居る。其が分かると心から嬉しくて。
どんなに罪に濡れても、黔に堕ちても。
俺は求めてしまうんだろう。其等より恐ろしい物を知ってしまったのだから。
・・・・・
彼から又何位か時が経って、俺達を包んでいた闇は晴れた。
本当に唐突に、セレが顔を上げると一気に晴れ渡ってしまった。
彼女の闇の外は、本物の霄だった。
明かりの付かない街、零星すら満足に瞬かない黔い旻。
俺は只茫然とそんな旻を見上げていて。
帰ろうと彼女に言われてやっと俺は上体を起こした。
噫何だか躯が一寸硬い気がする、実際何位此処に留まっていたんだろう。
神一柱も居ない蛻の街。もう住神は全てセレが平らげてしまったのだろう。
場所は変わらずセレを見付けた彼の広場だったのでまるで神隠しにでも遭った気分だ。
もう死体は一つも無い、俺とセレしか此処には居ない。
「街一つ潰してしまったから流石に直ぐばれるだろうな。」
然う言って俺に苦笑を返す彼女は何時も通りだった。
腕も目も、もう戻っている。ちゃんと治って本当に良かった。
「急場とは言え、派手に動き過ぎた。此は流石に怒られてしまうな。」
「ん・・・、まぁ然うだな。塔の奴等が来るかもだし、王の方からも、」
考えたら胃が痛くなって来た・・・然うだ。こんなの国が黙っている訳がない。
はっきり街を一つ潰したんだし、兵とか直ぐに来てしまう。
抑今の今迄良く無事だったな。結構日数経った気がするのに。
「来る奴皆食べてしまったからな・・・多分兵も食べているな。」
さらっととんでもない事言い出した。食べたのか、食べちゃったのか。
確かに周りに蛇や零星が舞っていたし・・・然うか。其方が片付けてくれていたのかな。
「じゃあ猶の事早く戻らないとな。セレ、もう大丈夫か?」
「噫、本当、とんだ悪党になった物だな。今は本当に静かだし、チャンスだな。」
俺達は翼を出してさっさと店へ向け飛び始めた。
セレ曰く、レインが可也オンルイオ国近くを回っているらしい。
そんなに波紋を広げられたのかと驚いたけれども、向こうも向こうでセレの事心配だったんだろうな。
情報も無かった筈なのに勘が働いたのだろうか。然う言って咲くうセレは何処か嬉しそうだった。
然う、俺達は戻って来られたんだ。未だ其の先へと行ける。
店がある、戻れる事がどんなに嬉しいか。翼を伸ばして俺はより一層羽搏く。
新たな問題も屹度山積みなんだろうけれど、今丈は忘れて、只穏やかに。
隣で一緒に飛んでいる彼女の確かな羽搏きに、俺は深く息を付いた。
二柱の翼が生み出す薫風が上り始めた水鏡に向け、静かに流れて行っていた。
・・・・・
闇を彷徨う影達は、互いの姿も見えずに刃を振るう
全ての願いが還る所に彼等の居場所はあるだろうか
噫其の曦は何だろうか、闇の中を照らす蠢く冷たい曦は
獣の瞳か、流星か、刃か
闇から羽搏く霄を捉える事は何者にも出来ない、だからせめて瞳を閉ざすな
然うすれば己が姿丈は照らし出されるだろうから
いやぁ~一線超えちゃったね、そんな気分でした。
裏切りと言うか何と言うか、斯う言う色んな勢力がごちゃ混ぜになる話、何にもならない感情が絡まる話が書きたかったんですよ!
そろそろセレさん殺さないとなぁと思っていたので丁度良いですね。ばっさりやられてくれました。
因みに道中にあった処刑台の話は実際自分が見た夢ですね。有難う御座いますスレイさん。
飃君が本当に頑張ってくれました。其にしても今回は惜しかったね~次回の活躍を期待しています。
今回は如何思われたでしょうか、案外容赦なくやるなぁと思ったか、未だ未だ甘いと思ったか。
此の一件でセレさんはステップアップしてしまった様ですが、完全に不味い方向ですね。もう如何にもならない位雁字搦めになってくれてほくほくです。
次の話も割かしビターになってるかな、と言う具合ですね。又母体が夢の話になるのですが、如何も気になっていた物なので書き起こせて満足しています。
校正が間に合えば又近い内に御会いしましょう、其では御縁がありましたら!




