28次元 朏の嗤う死神の凱風吹く街の次元
少しご無沙汰していました。皆さんお元気だったでしょうか。
筆者は今回此の話を書く上で可也生活スタイルが変化したので話の途中で文体等が大きく変わった所があったなら其処が変化したタイミングだと直ぐ分かってしまいます。一応良い方に変化したんです。
今回の話は結構書いてて楽しかったですね。恐らく読んだら直ぐ分かります、自分のテンションが鰻登りでしたうひょぉおおおおお!!
色んな意味でちょっとピンクな御話もあります。ムフフ回ですね。
そして結構長いバトルが書けたのも良かったです。え、ピンクなのにバトル?まぁ然う言う事です。
今回は霄の死神の御話、どうぞ御楽しみ下さい。
廃墟の街を一人の青年が歩いている
無人となった其の街で陽気な口笛を吹く
噫何て綺麗な水鏡だろう、此の景色は自分丈の物だ
枴の音が等間隔に時を刻む
何処か怪しく流れる幽風は誰かの嗤い声の様に響き渡る
・・・・・
「御帰りガルダ、早速で悪いが一つ話があるんだが。」
帰って来るなりセレが出迎えてくれた。
丁度部屋から出たらしく、臆病なスーが部屋の隅に行ってしまっている・・・。
セレが斯う出て来てくれるのは別に珍しい事でも何でもないけれど、其の勢いは何て言うか、待ってましたと許りだ。
何処か機嫌が良さそうなのはまぁ良いけど。何か其の笑みに影を感じる気がする。
嬉しい筈なのに、俺の心がそうさせるのだろうか。俺何か疾しい事したっけ?
「良いけど、先に俺からでも良いか?紹介したい奴がいるんだけど。」
「噫新神か。良いぞ。どうぞ御話を聞かせてくれ。」
“噫新神か。”何だ其の当たり前の様な反応、察しが良過ぎないか?
波紋で見えたとか?其でも一瞬過ぎる。俺達が帰って来た事を理解出来るか如何か位の時間しかなかったと思うけど・・・?
取り敢えず言われるが儘に店へ入って席に着く。
セレの正面へ鏡が座ったが、狭間に来られた事に感動してか鏡の目はキラキラと輝いていた。まるで面接を受ける受験生の様だ。
「此方、名前鏡。君、セレ神?」
「あ、えとセレ、鏡は一寸古い言葉を使ってたからさ、少し分かり難いかも知れないけど・・・。」
「然うか?別に此の位なら私は分かるが。」
セレは僅かに首を傾げる。鏡は少し丈眼鏡を外して彼女をまじまじと見遣ると掛け直した。
・・・良く見えないなら外した方が良いのでは、と提案したんだけど、掛けた儘の方が落ち着くらしい。度が合っていない世界の方が最早彼にとっての当たり前になっている様だ。
「では初めまして鏡。私は此の次元龍屋の店主、セレ・ハクリューだ。宜しく頼む。・・・ん?いや、若しかして何処かで会った事があるか?初めてと言う気がしないな。」
「お、憶えてるもんなのか?黔日夢の次元の時に会ってるとは思うけどさ。」
少し丈唸って彼女は考え込む。耳の先が少し立った。
「・・・若しかして、私のブレスを躱した奴か?」
一体どんな記憶力してんだ。一緒に見てた俺だって憶えていないのに。
背中のBDE-01の御蔭かも知れないけど、其の記憶を探し出せる彼女も彼女だ。
「多分其、旻で会った。」
「成程、其は悪かったな・・・。済まない、突然攻撃を仕掛けてしまって。と言う事は新神じゃなくて私への挑戦者かな。リベンジマッチなら受けるが。」
「あ、いや、新神で合ってるよセレ。此処に入りたいんだとさ。」
まぁ然う思うよな。怨まれても仕方ない事をしたのに。付いて来る方がおかしいって思うよな。
「君の御蔭、世界見れた。だから怨んでない。仲間なりたい。」
「世界を?其は如何言う意味なんだ?」
流石に其処は話して貰わないと分からない。
俺が掻い摘んでセレに先の次元の事を話した。
話を聞いている内に彼女は口を引き抓んで行く。
事情は分かったが、其を含めた上で鏡の台詞が今一読み取れないのだろう。
多分、彼女には理解出来ない話なんだ。受けた物は返す、然う受け身でいる彼女が、彼丈の事をして鏡が何も返さないのが不思議でならないんだ。
「取り敢えずは・・・分かった。勿論歓迎するよ。部屋は未だあったな。二階の好きな部屋を使ったら良いと思う。」
ちらと俺の方を見遣るが、問題は無い。
「分かった。炭神の隣良い、此から宜しく。」
「だからオレは・・・まぁいっか。オレの部屋は左の角から二番目だから其の隣なら一応空いてるゼ。」
鏡は何度か頷くと早速部屋へ向かって行った。
「・・・案外、物好きは世界に多い物だな。」
「そーそー先の次元の人達炭なんか食べてたよ。」
ガルダのポケットから出て来たケルディがテーブルに乗り、一つ身震いをした。
そっとセレが指を出すとケルディは其の指に躯を擦り付ける。晒越しでも其の目元が和んでいるのであろう事は想像に難くなかった。
「・・・で、話って何なんだセレ?」
「噫いや、少し丈確かめたいと思ってな。・・・ガルダ、何か私に言う事があるんじゃないのか?」
突然の問い掛けについ躯が強張る。
何だ其の探る様な言い方、然もまるで俺が何か仕出かした様な。
でも別にセレは意地悪で言っている様な気配はない。単に聞いている丈にも見える。
・・・でも一体何の事だ?
「あ、然う言えば。なー店主、ガルダが言ってたゼ。店主と違ってガルダは真面な神なんだってさ。」
「いや其本当にチクるのかよ!えっとセレ、別に此はそんな他意は無くてさ、」
如何してそんな余計な火種を増やすんだ。此じゃあ又新技の実験体にされてしまう。
だが其を聞いてセレは少し考え込んだ。何か思う所がある様だ。
「・・・成程。恐らく其の事だな。分かった皐牙。教えてくれて有難う。」
「んじゃ二柱っ限りにした方が良さそうだし、オレは部屋に戻るゼ。」
悪戯っぽく笑ってカーディは元気良く階段を上がって行った。何て奴だ。犠牲にするなんて。
ケルディもポケットに戻ってしまったし、スーも床下の小部屋に籠もってしまった。
・・・彼、増設したの間違いだったかな。此処で二柱取り残されるのは不味い。
でも別にセレは怒っている風でも、悪さをする様な笑みも浮かべてはいなかった。
普通に、上機嫌そうだ。留守の間に何かあったのだろうか。
「なぁガルダ、ガルダは魔力に意思があると思うか?」
「な、何だよ藪から棒に。でも其って、如何言う意味だ?」
謎々みたいな物だろうか。今一聞かれている事が分からない。
「矢っ張り然う言う反応か。いや私達に意思がある様に、魔力にも個々の感情等があるんじゃないかと私は思ったんだ。」
「然う言えば鏡の次元は世界に意思があるっぽい事言ってたよな。・・・然う言う事か?」
「へぇ、其の話は随分面白そうだな。矢っ張り然う言った次元もあるんだな。うん、其に近いと思う。」
何だろう・・・難しい話になって来た。此、宗教の勧誘とかじゃないよな。
世界に意思があるとか何とか、見えない物の話を始められると不味い気がする・・・。
まぁ・・・多分セレなら大丈夫だよな。然う言うの引っ掛かるタイプには見えない。寧ろ引っ掛ける側だ。
「でも本当に急な話だな。で、其が一体如何したんだ?其の先があるんだろ?」
「勿論だ。抑前ガルダと言ノ杜へ行ったのも其を調べる為だったからな。でもガルダだって見た筈だ。彼の帰りにあった事は。」
「噫、まぁ然うだな。」
6890:鐘楼の奴に襲われた事だよな。正直、余り思い出したくは無いんだけど。
「実は彼の時私は一つの実験をしたんだ。魔力にテレパシーを送ってみたんだ。彼奴等を殺すのを手伝ってくれって。」
言ってる事は物騒なのに彼女は喉の奥で笑っていた。
可也上機嫌だ。彼の舌舐りをする様な、首を狙う様な笑みを彼女が隠さないのが其の証だ。
悪い事を考えている様な、そんな悪戯な笑みに近く、でももっと冥い。けれども其の悪い事が彼女にとっての正義なんだ。其が目論見通り行けばこんな風に嗤う事もある。此の世界全てを騙せたとでも言う様に。
只此の時の彼女は少し気を付けないと、其の時の彼女の言葉にはえも言えない魔力が籠っているんだ。
彼女の言う事成す事、全て正しいんじゃないかと思ってしまう様な麻酔が隠れている。其がどんな危険で、禁断な物でも。
でも俺は彼女を正さないといけない。だから其の言葉に勾引かされちゃあいけないんだ。
俺の秘かな決意を知ってか知らずか、彼女は其の歪な手を組み、其の先で絶えず嗤っていた。
「まさか、彼の時、彼の神が死んだのって、」
「噫、察しが良いな。然うだ、私は自分で殺した二柱は確かに手を下したが、ガルダ、御前が捕まえてくれていた奴に私は何もしていない。私の声を聞いてくれた魔力がやってくれたんだ。」
「そんな・・・おい、待てよ、話が飛躍し過ぎる。抑魔力に如何やってテレパシーを送るんだ。其に何で魔力が応えたって分かるんだ、そんな事・・・、」
信じられない、ある筈がない。
既の所で其の言葉は呑み込んだ。
彼女は否定を嫌う。此処で其の言葉を放てば彼女は屹度興醒めして余計惑わされてしまう。
でも本当に如何言う事なんだろう、実感が全く沸かない。
「確かに、ガルダの言う通りだ。テレパシーは然うだな、空気に送る様な感覚で放ったんだ。態と聞こえる様に言った独り言みたいに。私も、実感は無かったよ。本当に魔力が応えてくれたのか確信は無かった。」
でも今彼女は其の話をしている。其はつまり、其の疑惑が確信に変わったと言う事だ。
「だから私は此処最近、もっと魔力について知ろうと思ったんだ。希望としては相知だな。頼んだら少し手を貸してくれる様な、友達みたいな関係になれないかと思ったんだ。だから積極的にテレパシーを送ってみた、意味のある事から無い事迄片っ端に。」
友達、と言うフレーズに僅かに彼女は嗤って然う告げる。
考えも付かない事を飄々とやって退ける彼女を、少し丈遠く感じた。
何時の間にそんな事を、一体何が彼女に其の確信を持たせたのか。
だって、普通に生きていたらそんな事考えない筈だ。・・・然うだろう?
其に、彼女は其の友達になって欲しい魔力に、殺しを手伝う様御願いしたんだろう。彼女が直接手を下さなくても、そんな事を居るか如何か分からない奴に頼んでしまったのか?
彼女には一体何が見ているんだろう、何を目指して手を伸ばしてこんなに踠いているんだろう。
「然うしたら最近、分かって来た事があるんだ。少し丈、声の様な物が聞こえて、決まって其の時、ある一定の魔力の塊と言うか、うねりが生まれるんだ。癖とも言えるかな。」
「声って・・・ど、どんなのが聞こえるんだよ。」
斯う言っちゃあ悪いけど、幻聴か、何か精神を病んだのではとしか思えない。
だって姿が見えないのに声丈なんて、そんなの、自分がおかしくなったって思うじゃないか。
「別に取り留めもない事だよ。挨拶とか、天気の話とか、其の位の世間話だ。でも彼は間違いなく魔力の声だ。テレパシーとも違う。然うだな・・・実際ガルダにも聞こえたら話は早いんだが、斯う耳から音は入るのに、頭の中で波紋の様に広がるんだ。其の瞬間、聴覚が凄く敏感になった様な具合に。」
「然う・・・なのか。えと、俺に話しかけてくれる様頼んだりとか・・・出来るのか?」
正直未だ全く信じられない。彼女の心配許りしてしまう。
でも彼女はそんな嘘を吐く質でもないし、騙される様な気弱でもない。
其でも、然う知ってても其を鵜呑みにするのは難しい。頭が拒否してしまうんだ。
「・・・と言う事は矢っ張り聞こえてないんだな。今も話しているよ、御前の事を。来た、ガルダが来たって。」
苦笑して彼女は顔を伏せる。
噫然うだ、其の通りだ。俺にはセレと二柱限りにしか見えない。彼女の声しか聞こえない。
「丗闇も分からないって言っていたし、然うだろうとは思ったよ。・・・ククッ、こんな話をしたら頭が変になったと思うだろう?でも私は確信を持ったよ。其に魔力には個性の様な物があるみたいなんだ。御喋り好きや、のんびりしたのだとか、今私にずっと引っ付いているのは其の御喋りな方だな。」
「引っ付いてるって魔力を纏ってるって事か?御前のって訳じゃないよな。」
「噫然うだな。だから先迄はガルダに付いて行っていたみたいだぞ。其で私に、ガルダが私の話をしていたって、そして誰かを連れて来るって教えてくれたんだ。」
「まさか先の質問って其の確認か?せ、千里眼みたいだな・・・。でもまさかそんな・・・、」
其でも辻褄は合う。
何故セレが鏡にそんな驚かなかったのか、そして俺に掛けた探り。
彼は確認だったんだ。魔力の言っている事が本当か、ちゃんと自分は理解出来ているか・・・使える物なのか。
情報は力になると教えてくれたのはセレだ。だから俺達は前世でやって来れたんだ。
「噫・・・クク、此は良いかも知れないな。まぁ別にガルダを監視して欲しい訳じゃあないし、こんな事をするのは今回限りだ。」
「何て言うか、本当御前は何でもやって退けるよな。次に如何するかとかはもう見当付いてるんだろ?」
「然うだな。話が出来ればもっと色々知れるだろうし、出来る事が増えるのは良い事だ。今の儘じゃあ何時か潰される。此方も常に進化しないとな。」
「ふーん、分かったよ。ま、又何かあったら教えてくれよ。出来る事があったら俺も手伝うし。」
「噫、然う言って貰えたら助かる。クク、済まないな。こんな話をしてしまって。でも如何してもガルダには色々と報告と言うか、共有したいんだ。ちゃんと確かめたい。」
「もう腐れ縁だし、一蓮托生ってもんだろ。俺も話して貰った方が嬉しいし、楽しいよ。折角だし、次の次元、一緒に行くか?何かやりたい事があれば付き合うし。」
「然うか。・・・然うだな、一緒に行こう。私も最近籠もり過ぎていたし、偶にはちゃんと仕事をしないとな。」
籠っていたのは屹度魔力についての実験の為だろう。ほいこら外へ行かれるよりは益しだけどさ。
此で引き籠りが癖になってセレの部屋が怪しげなグッツとかで一杯になっても恐いし、気晴らしさせないと。
「其じゃあ少し休憩したら行こうぜ。俺一寸準備して来るな。」
席を立つと軽く手を振ってセレは微笑を返した。
其の笑みに先みたいな影はもう見えなかった。
・・・・・
其から数刻し、二柱はある次元に降り立った。
其はある街中で、小綺麗な家が立ち並ぶ住宅街だった。
仄かに光る石が敷き詰められた床、家々は土壁に碧樹の屋根を乗せ、蔦や華を這わせているが、其の御蔭で彩があり、家其の物が宛ら芸術作品の様だった。
恐らく蔦の植物が多いので家の補強の効果もあるのだろうが、そんな事で通りは華で溢れて見ていても飽きない物だった。
でも通りに人っ子一人居ない。所か、人の気配が一切しなかった。
華に集まるのは虫や鳥丈で、其以外の気配や波紋を探っても見当たらない。
まるでドールハウスの様な街だ。でも生活感はあるし、別に建物が劣化している風でもない。数日前迄は住人が居たのは確かだ。
「・・・埃も積もっていないし、何処に行ってしまったんだろうな。」
適当な家の空いた窓から覗き込むが、部屋は片付けられており、汚れた様子もなく手入れされている。
「此の様子だと襲われたり災害に巻き込まれた風でもないし・・・自主的に皆何処かへ行ってしまったのかも知れないな。」
「んー然うだよなぁ、まぁ一寸探してみるか。」
ガルダも何軒かドアをノックしたが反応は無かった。
一体此の抜け殻の様な街は何なのだろう。
「然うだな。じゃあ二手に分かれよう。何かあったらテレパシーをくれ。」
口早に然う告げるとセレは適当な通りを選んで行ってしまう。
「・・・ま、其の方が早いし、然うだよな。」
一寸其の背を見送って一つ溜息を付くと、ガルダも足を進めた。
・・・・・
まさか又こんな歩き回る事になるなんて。
暫く通りを歩き乍ら見渡すが、矢張り成果は無い。
今回探すターゲットの範囲は大きい訳だけど、ずっと独りで居るのも切ない物だ。
物音一つせず、聞こえるのは精々鳥の囀り位だ。
景色も良いので苦な訳でもないけれど、別に観光や散歩で来ている訳でもないから何とも言えない心境だ。
まぁもう余り意味ないだろうし、そろそろセレに相談しようかな。
適当にそんな事を考えていると突然一つのテレパシーが飛んで来た。
―おい!早く戻れ、此奴を如何にかしろ!―
鋭い声に思わず背が伸びる。何でセレ、こんな命令口調で・・・あ、若しかして丗闇か?
声が似ているからつい身構えてしまう。でも此奴って・・・?
誰か見付けたんだろうか。でも如何して丗闇が、
若しかして何か巻き込まれているのだろうか、テレパシーを送れない程セレが切羽詰まっているのだとしたら、
―っ分かった!直ぐ行く、でも何があったんだ丗闇、―
―良いから、早く、来い!―
一方的に言い切ってテレパシーは途絶えてしまう。余っ程御怒りだ。
一瞬で恐怖が背を駆け上がったが、行かない訳には行かない。
テレパシーの跡を丗闇が残してくれている。少し離れているから飛ばないと、
どうせ此の道中人は居なかった。問題ない筈だ。
方向転換し、駆け出したガルダの背に純皓の八翼の翼が生え揃う。
今一度大きく地を蹴り、ガルダの躯は軽々と宙へ浮いた。
待ってろセレ、直ぐ行くから、守護神が遅れちゃ世話ないだろ。
鋭い風切音を響かせ、ガルダは一気に羽搏くのだった。
・・・・・
全力でガルダは飛び続け、額に汗を滲ませ乍らも何とかテレパシーの先へ辿り着いた。
でも其処で足が止まってしまう。目の前の景色が良く理解出来なかったのだ。
確かに其処では途轍もない事が起きていた。丗闇があんなテレパシーを送ったのも頷ける。
取り敢えず見た儘の景色を説明するならば、顕現した丗闇にセレが抱き着いて滅茶苦茶に甘えていた。
もうイチャイチャのラブラブみたいに。
凄い今迄俺が聞いた事のない位の甘え声を上げて丗闇に思いっ切り抱き付いてる・・・。いや、抑彼女が甘え声を出したのも聞いた事が無い。
晒を全て取り、翼や尾を惜し気もなく出し、日中の大通りであるにも関わらず丗闇を押し倒してぐりぐりと頭を彼女に押し付けていた。
一応日陰の中なので彼女が腐る事は無いけれど、明らかにおかしい。
尾も丗闇に絡ませ、翼で抱く様に包み、まるで主人に全力で甘える狗か猫みたいだ。
良く見ると丗闇を蛇みたいな細長い舌で舐めている様な気がする・・・。
な、何だろう。此以上近付けないし、見ちゃあいけない物を見ている気がするけど、目を逸らす事も出来なくて。
何か・・・然う、凄くエ、エロい気がする。見てる丈でドキドキしそうだ。ロード辺りが好きそうだ。
でも対する丗闇は物凄くげんなりした顔を浮かべ、顔面蒼白になってセレを引き剥がそうと必死だった。一心にセレの頭を押し退けているけれども、若しかしてキスを迫られたのだろうか。
つまり可也強引に無理矢理セレが丗闇を襲っていたのである。そんなに嫌がられても一向にセレはめげずにずっと愛情表現を繰り返した。
「ちょっ、おい、好い加減にっ、そんな所舐めるな!何考えて、っおい止めろ!」
首元でぐりぐり頭を押し付けていたセレを引き剥がす。
けれども彼女はキャーと楽し気な黄色い声を上げて一呼吸も置かずに抱き付いた。
「丗闇〜丗闇、大好き〜、や〜もっと〜。」
何か発したと思えばそんな言葉で、後はキューキューと獣の様な甘え声を上げる丈だ。
思わずガルダが硬直しているとそんな彼に丗闇も気付いた様だった。
途端に顔は赤くなり、キッと睨まれてしまう。
「何を見ている!そんなんだから御前は、早く、此奴を如何にかしろ!御前の其の変態染みた趣味に我を巻き込むな!」
すっごい噛み付いて来るけど不思議とそんな恐くは無かった。言われている事は酷いけど、如何も丗闇も可也現状に困惑している様だ。
「な、何で斯うなったんだ?セレ、変な物でも喰ったのか?」
「知らん!ほら彼奴が来たぞ、さっさと離れろ!我なんかに盛るな!」
いや俺に盛られても困るんだけど。
丗闇は又セレを突き飛ばし、俺の方を指差した。
其処で初めて彼女と目が合ってしまう。キラキラと、漆黔の中で零星が瞬いている様に生き生きとした瞳だった。
・・・って、え?俺を犠牲にする気か丗闇、酷いのは何方だよ。
「あ、ガルダだぁ〜わ〜い。」
途端セレは俺に飛び掛かり、簡単に彼女に押し倒されてしまった。
ち、近い。え、凄いグイグイ来る。ぜ、全力で組み倒して来るんだけど。
セレはほんのり頬を赤くさせて今度は俺にグリグリと頭を押し付けて来た。
喉の奥でゴロゴロ、キューキュー鳴いている・・・。子猫か子狗みたいだ。
振り解こうにも思ったより力が勁いし、下手に触って怪我をさせてもいけないと、余り動かない様にした。
後ろで丗闇が物凄く引いた顔をして此方を見ている・・・。
いや、俺の趣味とか然う言うのじゃなくて、疾しい考えとか些ともないからな。何より斯う仕向けたのは御前だろ。
只此の儘なのは不味い。次元の主導者とか仕事とかじゃなくて色々と不味い気がする。セレの悪戯とも考え難い。こんな脈絡のない事をする奴じゃないんだ。
若しかして何か罠か術とか・・・?でも然う言った物程セレは警戒しそうな物だ。其のセレですら斯うなるなんて。
・・・其か俺達が幻術か何かでモフモフに見えるとか?何て限定的且つ的確な術なんだ。
「な、なぁセレ、如何したんだ?えと今日はやけにその・・・元気だな。」
「フフー、ガルダー、大好き〜、一緒一緒ぉ〜。」
・・・駄目だ。話が通じない。
其の一言で顔が真っ赤になるけれども、多分此は告白でも本心でもない気がする。
何と言うか・・・酔っ払いに近い?セレが御酒を飲んだのを目にした事ないけど、流石に今の言葉を鵜呑みにしてしまう程俺も惚けていない。
「なぁセレ、御願いだから一寸話をさせてくれ。一体如何したんだ?何かあったか?」
「ん〜ん、ずっとガルダの事好きだよ〜。好き好き〜、ギュっとして〜。」
やばい、此、俺の理性が試されているのだろうか。
セレはベタベタと俺に抱き付いて本当に嬉しそうに鳴く丈だ。
本当に的確で酷い罠だ。対策が見付からない。
如何する事も出来ずにいると突然セレの背が曦を放ち、何か金属片が其の背から落ちた。
確かセレの背にはBDE-01と言う機械が備え付けられていた筈、若しかして、
ガルダが息を詰めて其の破片を見遣っていると其等は宙を漂って曦をレーザーポインターの様に放ち始めた。
そして其の焦点から一つの映像が映し出される。
其はセレに良く似た姿見で、只髪は薄蒼に皓く透け、計具が組み込まれた瞳を有しており、ホログラムだからか透け気味な躯の所々に宛て物として金属板や玻璃がされ、コードが伸ばされていた。
正女は何処か眠たそうな、無機質な瞳で丗闇とガルダに一礼した。
途端に丗闇が酷い渋面を浮かべる。顔を合わせた丈で彼の態度だと、彼女は俺よりも嫌われているらしい。
「まさか、御前の所為か・・・。」
噫凄く嫌われてる・・・。一体彼女が何をしたんだろう。と言うより誰なんだろう。
此方としては本物の筈のセレがおかしくなって、かと言って恐い丗闇も居て、其の上で宛ら幽霊の様な第三のセレが現れて正直如何にかなってしまいそうだ。
―其は言い掛かりデス亡霊サン。只アイは現状の説明をしようと思いマシテ。―
「俺は助かるけど、えっと・・・君って一体・・・?」
―噫申し遅れマシタ。アイはBDE-01、マスターの背にアリマスBDE-01の疑似人格、オペレーターを担当してオリマス。以後御見知り置きを鳩サン。―
然う言って彼女は深く御辞儀をする。フォード、まさかこんな機能迄付けてたなんて。本当に最新技術の結晶だ。でも・・・、
「え?鳩?えっと俺ガルダリューって言うんだ、宜しく。あーえっと、何時もセレが御世話になっています。」
―エェ本当に手間の掛かるマスターデス、手土産の一つでも欲しい所デスガ。勿論鳩サンの事は存じてオリマス。マスターのメモリーで拝見シマシタ。皓い鳥っぽいので鳩サンと呼びマス。デハ、現状の説明デスガ、―
あ、無視された。そ、然うなんだ。んー何か鳩って一寸・・・まぁいっか。
丗闇なんて亡霊呼ばわりだし、そりゃあ嫌われて当然だ。彼女は喧嘩をするタイプのオペレーターなのだろうか。・・・せ、先進技術だなぁ。
―マスターが斯うも恥ずかし気もなくおかしくなったのは生活の変化デスネ。盛った猫の様に性欲をぶちまけてみっともないデスガ、最近魔力と話すだとか訳分からない事言ってるデショウ。そんな今迄にない試みをするから、魔力の流れが変わって此方に負荷が掛かり過ぎたんデス。―
ひ、酷い言われ様だ。確かに初めて聞いたら信じられない様な話だけど、其処迄吐き捨てる様に言う事もないと思うけど。
ちらと腕に抱き付いているセレを見遣る。彼女は変わらずぴったりくっ付いてたっぷりと甘えていた。
「えっと性欲って、セレ一応性別無いんだし、其の言い方は・・・ほら、一寸仲の良過ぎる友達みたいな具合でさ。」
一応彼女の前なのでフォローしてあげたい。聞こえているのかは別にして、少し可哀相だろ。
せめて懐いてるって位にしてあげて欲しい。
―然うデスネ、訂正シマス。では無い性欲を振り絞って迄盛るなんて、ド変態デスネ。男女構わずだなんて汚らわしいデス。此がアイのマスターだなんて世も末デス。―
・・・フォローしようとしたんだぜ?何でより酷くなってるの。
そんな事ないよ、大丈夫だよ、とセレの頭をそっと撫でると彼女は心底嬉しそうに其の手に頭を擦り付けていた。
―本当、少しは此方を気遣えって何時も言ってるのに、一度腐って死ねば分かるんデスカネ。無駄な事に魔力を使って、此方のルーチンが未だ確立していなかったのに新しい事ばっかり初めて、マァ暫くすれば此方も賄える様になるので無理に彼の滑稽な儀式を止めろとは言イマセン。只暫くは其の理性のリミッターが外れた状態で御過ごし下サイ。―
「し、暫くって・・・具体的には?」
然う言う事ってあるんだな・・・何でも完璧には行かない訳だ。屹度セレ自身無理をしたつもりは無かったんだろうけど。
倒れるより先にこんな風に教えてくれる方がまぁ助かるかな。
―然ウデスネ。アイも大儀・・・いや、霄頃直しマス
。其迄アイも寝てたいし。・・・ホラ、何だか御楽しみ中みたいですし、鳩サンの趣味に合って良かったデス。―
「い、いや趣味何かじゃないし、俺全然そんな、出来るんなら直ぐ直して欲しいんだけど。セレも後で困るだろうし。」
黒歴史だって自殺されたら堪ったもんじゃない。其は余だ。
・・・って言うか今大儀って、言わなかったか?
―・・・では御緩り。―
でもそんな願い等空しく、ホログラムで出来た彼女の姿は崩れてなくなった。
唖然とするガルダに一つの溜息が返事をする。
「・・・彼奴はあぁ言う奴だ。諦めろ。」
「そ、そんなもんなのか?何かフォードが作った割に適当な・・・。まぁ今日仕事は無理だな。一寸休憩しよう。」
「セレもー一緒に休憩するー。一緒に居るの楽しい〜。」
「あー然うだな、楽しいなー。」
少し現実を受け止められて来た。
然う言って腕に組み付くセレの頭を二、三度軽く叩いてやる。
まぁ先の話だと最近頑張り過ぎちゃったみたいだし、息抜きも要るよな。
・・・此がセレにとっての息抜きになるかは分からないけど。
丗闇ももうあんな芥を見る様な目ではなく、幾らか憐れむ様な目でセレを見ていた。
「然う言えば何で丗闇此方に出て来たんだ?其の経緯は俺知らないんだけど。」
撫でられたのが嬉しいのかセレは幾分大人しくなっていた。
片腕をあげれば勝手にじゃれてくれるのでまぁ扱い易い。
「いや、其奴が急に蹲ったから又候何かあったのかと出たら、行き成り襲われた。」
凄い渋面だ。可也不満らしい。
「そっか、でも教えてくれて有難な。助かったぜ。後はまぁ・・・如何にか宥めるかな。」
「フン、やっと離れて精々したな。我は帰る。」
其の儘丗闇の姿は掻き消えて後には何も残らなかった。
別に其処迄言わなくても・・・でもまぁ丗闇はこんなベタベタされるの、本当に嫌いそうだし仕方ないか。
「丗闇帰っちゃった・・・。ガルダは帰らないで、一緒に居て、ね、御願い・・・。」
「だ、大丈夫だって、俺は一緒に居るからさ。」
「やった〜、有難うガルダ〜。」
然う言って彼女はぎゅっと腕に抱き付いてキューキュー鳴く丈だった。
・・・此はもう本当、一日日陰に留まった方が良さそうだ。
こんなセレと一日過ごすのも、まぁ・・・悪くは無いんじゃないかな。
・・・・・
緩りと薄蒼い三日月が昇って行く。
そんな旻をぼーっと見詰めていたガルダの腕に抱き付いていたセレは規則正しい寝息を立てていた。
結局一日棒に振った訳だけれども、そしてピッタリ彼女と居た訳だけれども、意外にも彼女は割と早目に寝てしまった。
斯うやって一緒に居て寝ている彼女を見ると何処となく前世を懐い出す。
昔はまぁ一緒に寝ていた訳だけど・・・。
寝てくれたのは助かった。若し一日起きていたら“彼の蝶々ガルダにあげる〜”とか言って自ら腐りに行っていた可能性があったから。
でも寝たからと言って油断は出来なかった。
少しでも彼女から離れると途端に目を覚まして涕き出すから本当に困った。
肩が凝って来たから解したい丈だったんだけど、其でもあんなに涕かれるなんて・・・。
今の彼女は甘えん坊と言うより極度の寂しがり屋の様だった。
親の後を付いて回る雛鳥みたいだ。
まぁずっとは嫌だけど、偶にならこんな彼女も良いかも知れない。
霄になったらBDE-01が直してくれるらしいし、こんな彼女との御別れも近い。
そんな風に思っていると突然セレが目を覚ました。
何処かぽやんと寝惚けた目をしている辺り、元に戻った訳ではない様だけど。
「・・・誰か来る。」
「誰かって・・・人か?」
「うん、知らない人〜。屋根の上に居るよ。」
然う言って彼女は嬉し気に一つ尾を振った。
今日一日終ぞ見る事のなかった人だ。様子は見ないといけないけど、今のセレを会わすのは良くないよな。主に俺がやばい奴認定されそうだ。
「分かった。一寸見て来るからさ。セレは此処で留守番しててくれるか?」
「嫌だ嫌だ〜。一緒が良い〜。」
幼子に言い聞かせる様に両肩を持ったけど、中々呑み込んで貰えない・・・。でも此の数時間で大分彼女に理性が戻って来てもいるんだ。
「後で一杯ギュっとしてあげるからさ、良い子で待ってくれよ。」
変な意味は無い。どうせ帰って来た時彼女から抱き付くだろうし、嘘じゃあない。
そっと頭を撫でてやると渋々乍らも彼女は頷いた。
早速尾と翼で自身を包み、丸くなる。
何て素直で良い子なんだ。段々本当に可愛く見えて来た。
ガルダは急ぎ、建物の外へ出た。建物と言っても扉や窓の無い納屋みたいな所に居たのだ。
上・・・と言っても結構高さがある。セレが翼も尾も出しっぱだったのでなるべく大きな建物にしたのだ。
梯子の類も無いし、飛ばないと難しそうだ。
ガルダは少し助走を付け、一瞬丈翼を出した。然うして屋根にしがみ付いて登ってみる。
此で一応向こうから攀じ登っている風に見える筈・・・。
登り切ったガルダが顔を上げると、其処には一人の青年が居た。
紫根色のウェザーオールを着ており、幽風に揺れる短髪は時雨色、ガルダを見遣る目は鈍色で、何処か楽しそうに口端を釣り上げる。
其の形が、彼の背後に上る水鏡の形と良く似ていた。
でも何より目を惹いたのは彼の持っている枴だった。
未だ其が要る齢でもないだろうに。其でも枴は特異な形をしており、一見した丈で歩く為丈に使う物ではないと悟る。
中央に巨大な水精、其の上部に黔曜石が埋め込まれ、其の周りを金の刺青が施されている。木彫りの枴の様だが、翼を象った様な装飾がされていた。
「へぇ、未だ人間って居たんだぁ〜。」
楽しそうに喉の奥で嗤う青年にガルダは違和感を覚えた。
彼の目、何処か既視感が・・・、
噫、然うだ。セレが、神を殺した時にした目と、同じじゃないか。
「ねぇ一寸、殺されてみない?」
青年は大きく一歩出し、ガルダに躍り掛かった。
枴を突き出し、横薙ぎに払われる。
既の所で躱したけれども僅かに頬が斬れたみたいで血が流れた。
でもこんな掠り傷、血が一滴流れる丈で直ぐ塞がる。
「ちょっ行き成り過ぎだろ、少し位話しさせてくれよ。」
「の割にちゃっかり避けちゃってるよね。んん〜避けられたのは初めてだなぁ。」
飛び退いたと思った刹那、青年は倒れ込みそうな程前屈みになり、一気に地を蹴る。
其の衝撃で屋根瓦は砕け、青年は枴を振り上げた。
下ろされた其を既の所で躱す。其の儘横薙ぎに払われたのも。
師匠の・・・程じゃない。力任せな分躱し易い。
其に枴は剱と違って凱風を受ける面が大きく重い。ある程度の厚みがある御蔭で目の端でも十分に追える。
でも避けられている筈なのに少しずつ頬に、腕に傷が増えて行く。
浅い斬り傷、ダメージにはならないにしても此は一体何なんだ。
「ふーん、御兄さん面白い躯してるね。治っちゃうんだ。」
大きく後退し、青年は枴を下した。
何が楽しいのかゲラゲラ嗤って水鏡を仰ぐ。
「御前・・・谺属性か。」
「当たりー。おや若しかして御兄さん、軍の関係の人?結構やれるんだね嬉しいねぇ。」
矢っ張り然うか。彼の枴に狂風の刃を纏わせているから触れる丈で怪我をしたのか。
枴を目に小さな颱風がある様な状態か。でも別段普段の凱風の具合は変わらない。彼の枴の周りで丈限定的に術を放っているのなら、中々高度な業だ。
谺属性の弱点の一つは、凱風であるが故に不形で見えず、扱い難い所だ。如何しても広範囲に魔術を展開し勝ちであり、其の為威力が下がってしまう。
其を彼の一部分丈気流を変え、其の儘戦闘に持ち込むなんて、並みの集中力じゃあ無理だ。
若しかしたら彼の枴が然う言ったマジックアイテムの可能性があるけど。
「ねぇ御兄さん。若しかして真っ二つにしても生えて来たりするの?僕とっても興味あるなぁ、噫やりたいなぁ。ねぇ教えてよ!」
正面からの一直線とは言え、彼の見えない狂風の刃は不味い。
青年が枴を振りかぶって突っ込んで来たので大きくガルダは後退した。
出来るよ、再生。其は検証済みだ。でも痛いのは痛い。
「眩光」
取り合えず動きを止めないと、飽く迄も話し合いだ。
別に彼から次元の主導者の気は感じないけれども、其でもやっと会えた人だ。
ガルダの手に集まった曦を地面に叩き付ける。
其の瞬間に曦は爆発し、視界の全てが皓一色に覆われる。
「紐白」
青年の呻いた声がし、其方へ向けて紡ぐ。
途端屋根瓦の隙間から実体を持った皓い縷が幾本も生え、青年を縛り付けた。
曦も消え、目が慣れた頃には青年は身動きが出来ず、片足を着いていた。
「随分暴れん坊だけど其は振り解けないだろ。一寸話したい丈なんだけど。」
「なーんかやる気がないよねぇ。」
青年は項垂れていた顔を上げ、ガルダを見遣った。
酷くつまらなそうな、興醒めした様な目で。
「ねぇ僕は殺そうとしているんだよ。其なのに何なの此?ちゃんと壊してあげないと自覚しないタイプなの?例えば・・・大切な人とか。」
一瞬、胸騒ぎがした。嫌な汗が伝う。
其を知ってか知らずか又青年は嗤い出した。
同時に彼を縛っていた術が斬れる。まさか、彼の狂風の刃か。
「庇ってるのバレバレなんだよね。凱風がざわつくんだ。下に居るんでしょ。」
青年が枴に跨ると一気に加速し、瞬く間に屋根の端迄飛んでしまう。
不味い彼の枴、そんな能力があったのか。狂風を纏っているのか俺より速い。
ガルダが振り返る瞬間、青年はひらりと建物の下へ向かってしまった。
「・・・貴方、だぁれ?」
建物から僅かに這って寄っていたセレが声を掛ける。
状況を一切理解出来ていない彼女は首を傾げた。
「何・・・だよ、此の化物。」
枴から降りた青年はそんな彼女の姿を見てぎょっとした。
闇から六つの黔と銀の瞳が自分を見詰めていたのだ。
そして闇から覗く翼や尾は明らかに常人の其では無い。
でも怯んだのは一瞬で、青年の口端は釣り上がり、枴を構えた。
「ま、化物でも首を刎ねれば死ぬでしょ。」
「セレッ‼」
青年が愉悦を湛えた儘枴を振り下ろす瞬間、ガルダはそんな二柱の間に飛び込んだ。
其の刹那、右目が見えなくなった。
セレを庇う様に飛び出したガルダの右目を枴は捉えていた。其の枴から放たれた狂風が彼の目元を大きく引き裂く。
「っぐぁ・・・っ、」
思わず二、三歩後退し、血が噴き出る右目を押さえる。
目を潰されたのは不味い。でも此の位の傷なら、
其処ではたと気付いた。目から出る血が一向に減らないのだ。
まさか何か術を掛けられたか。庇う事を見越して阻害魔術を上書きされてしまったのかも知れない。
何より不味いのは此奴にセレの存在がばれた事だ。
庇い乍ら上手く立ち回れるか如何か。
中々青年からの追撃が来ないのでちらと見遣ると彼は乾いた笑みを浮かべた儘突っ立っていた。
・・・?良く分からないけど動かないなら好都合だ。今の内に、とセレの方に顔を向ける。
「セレ、大丈夫か、怪我はないか。」
「っ・・・あ、ガ、ガルダ・・・。」
一見怪我は無さそうだ。でもセレは顔面蒼白になって其の両肩は震えていた。
其の瞳にははっきりと怯えが滲んでいた。
でも其の焦点がずれ、俺の背後の青年を捉えた気がした。
其の瞬間に凱風が脇を擦り抜ける。慌てて振り返ると、セレが僅かに翼を広げて低旻飛行をし、俺の脇を抜けて青年に躍り掛かっていた。
撓やかな尾が振られ、青年の足を思い切り打つ。
其の衝撃に青年は吹き飛び、地面に仰向けに倒れた。
突然足に走った鋭い痛みに呻くと幽風の様な声が頭に流れた。
―噫、怒ラセタ、怒ラセタ。―
―君ハ、怒ラセテハイケナイ者ニ手ヲ出シタ。―
―モウ終ワリ。―
―壊サレテシマウ何モカモ。―
―サァ君ハドンナ風ニ壊レルンダロウ、其ノ色ハ、音ハ、―
―屹度綺麗ダヨ。ネ、然ウデショウ?―
続く哄笑に思わず青年は両耳を塞いだが、声は頭の中から発せられる様で効果は無かった。
ちぐはぐな音を重ねて声にした様な。無機質乍らも意味のある言葉。
此は・・・一体誰の声?
「噫然うだ。御前は私を怒らせた。」
セレが獲物を狙う獣の様に這い寄る。
そんな彼女の周りで不自然に幽風が揺らぐ。まるで嗤っているかの様に。
彼女の瞳は銀に輝き、黔く闇に沈む。
闇の中、其の銀丈が偽りの水鏡の様に静かに見ていた。
其の目を見た途端躯が硬直し、動けなくなる。
久しく感じていなかった恐怖に足が震えて歯が鳴る。
「楽には死なせない。少しずつ、少しずつ、生まれた事を後悔させてやる。御前の全てを奪って、壊してやる。」
呪いの様に、彼女の言葉が青年を満たす。
動けない。動ける筈がない。
彼の目が、全てを赦さず、緩りと追い詰めて首を絞める。
翼に視界が覆われ、黔一色に包まれる。
揺れる尾が緩りと持ち上がり、目の前で焦らす様に振られる。
掛かる吐息は冷たくて、次第に頭の奥から痺れて来る。
「セレ、もう良い。止めてくれっ!」
黔く塗れた牙が青年の首筋を捉える直前、そんな制止の声が掛かった。
途端セレは顔を上げ、ちらとガルダを見遣った。
其の目は何処か・・・面倒臭そうで。
でも瞬時にセレは目を見開き、一つ頭を振って青年を解放した。
「ク・・・ハハッ!面白過ぎるでしょ君!良いね、又来るから続きは其の時に。」
青年は声高らかに嗤うと枴に乗って瞬く間に飛び去ってしまう。
其の様を見送ってセレは一つ溜息を付いた。
「あ・・・あの、セレ、御免。」
堪らず呟くと彼女の耳が大きく動き、はっとした様に急いでセレが戻って来た。
「違うガルダ、そんなんじゃあ・・・私はそんな事・・・、」
口を噤んで苦しそうに彼女は俯いた。そっと両手を合わせて、強く強く握る。
「いけないのは・・・私だ。済まないガルダ、私の所為でそんな怪我を。まさかこんな失態を犯すなんて何て謝ったら良いか・・・。」
然う言い募る彼女は酷く小さく見えた。昔、人間に怯え切っていた彼女の俤が過る。
そんな彼女の肩に手を置くと、未だ僅かに震えていた。
「そんな顔、しないでくれよ。此が俺の使命なんだからどんどん頼ってくれたら良いからさ。こんなの、大した怪我じゃないって。」
「でも・・・然うだ、如何して直ぐ治らないんだ。まさか此の儘、」
「多分彼奴に何か術を掛けられたんだと思うけど、まぁ狭間に帰ったら治るって。大丈夫だからさ。」
血は大分止まった。直ぐ治らないにしても常人より早いのは確かだ。此の次元に居る間は見えないかも知れないけど、まぁ大丈夫だろう。
「・・・有難う、ガルダは何時も優しいな。せめて、此は捲かせてくれ。」
然う言って彼女は何時も自分がしている黔の晒を時空の穴から取り出した。
特に拒む事も無いので押さえていた手をどける。
其の瞬間又彼女は酷く辛そうな顔をしたけど、もう何も言わずに晒を捲いてくれた。
「ん・・・有難な。まぁでも良かったよ。セレ元に戻ったんだな。」
思い出してつい苦笑すると彼女は不思議そうに首を傾げた。
「元に・・・?何の事だ?・・・ん?然う言えば何でもう霄になってるんだ?」
ま、まさか・・・。
セレは驚いた様に辺りを見遣っている。
見えていないのに然う確認しないといけない程動転している様だ。
序で自分が晒を全くしていない事に気付き、慌てて両手で六つの目を覆った。
「此・・・って、何だ何があったんだ?彼奴に何かされたのか?」
「あ、いや然うじゃなくて・・・、」
―まさか御前彼丈の事をして自分丈綺麗さっぱり忘れたのかっ!―
教えてあげる可きか悩んでいたらそんな怒鳴り声が飛んで来た。
一被害者である丗闇は加害者の此の証言に流石に堪えられなかった様だ。
「ど、如何した丗闇、そんな大声出して、」
思わずセレは首を竦める。丗闇が声を荒げるなんて珍しい。
―お、御前、まさか其処迄捻くれているなんて。其処迄腐った根性をしていたのか、恥を知れ!我にあんな・・・あんな醜態を晒して!―
―あ、大丈夫デス亡霊サン。メモリーは修復し終わりますので直全て思い出しマス。あんなマスターの醜態、歴史に残す可きレベルの遺産デス。消去等サセマセン。―
―・・・我が亡霊でないと一体何度言えば御前に記憶されるんだ。―
「え、は?えっとBDE-01もテレパシー丈飛ばせるのか。」
頭の中から二つも声が返って来るのでパニックになりそうだ。
ガルダからしても基本セレ以外の声は聞こえないので、セレの独り言を黙って聞く形となってしまい、取り敢えず待つ事にした。
―マスターに直接接着されているのだから当然デス。其の必要が今迄なかった丈デス。少しは考えて発言して下サイ。―
「うぐ・・・で、でも思い出すって何の事なんだ?私は一体・・・、」
―其を今から思い出すんデス。本当手の掛かるマスターデスネ。ハイ、修復完了シマシタ。―
其の声が終わるか如何かの所でどっとある情景が流れ込んで来た。
な・・・何だ此、此が・・・私?
「グギャァアアアァア‼」
「おおお落ち着けセレ!」
突然奇声を発して地面を転がり出したので慌ててガルダが宥める。
・・・うん、分かっていた。彼女が発狂するだろう事は想像に難くなかった。
此が原因で本格的に痴呆になってもいけない。全力でケアしないと。
セレは残った半面を真っ赤にして薄ら涙を浮かべて踠いていた。まるで悪魔払いの儀式だ。
「な、なな、う、嘘だ嘘だ。何で私があんな、み、淫らに尻尾を振ってベタベタと、う、あぁ、」
―エェ本当みっともなかったデスネ。盛った雌みたいにぺろぺろとまぁ。―
「いぎぃいぃいいぃいい‼」
「セ、セレ大丈夫だって、彼はちゃんと訳があるんだし、」
落ち着かせようとつい頭を撫でてはたと気付く。
そ、然うだった。もうセレは元に戻ってるから撫でる必要はないんだった。半日あんなにせがまれたからつい・・・。
セレも其を察したらしく、がばっと顔を上げ、ゲルダに詰め寄った。
「頼むガルダ!私を今直ぐ殺してくれ‼方法は問わない。光でも放ってくれれば死ねる!頼む殺してくれ!」
「何でだよ!何で守護神がやらないといけないんだよ!大丈夫だって、な。別に失敗じゃないんだから、仕事頑張ってくれよ!」
やばい、急に死にたがり病が再発した。然も滅茶苦茶積極的だ。此だと自ら岩で頭を打つなりして自殺してしまう。
・・・今が霄だったのは幸いだ。晁だったら阻止なんて不可能だ。
「・・・ぐぐ、で、でも・・・っ、」
呻いて頭を抱えてしまう。・・・此で思い留まってくれたら良いけど。
―何て愚鈍なマスターなのでショウ。自殺した所であった事実は変わらないのだから無駄死にデス。折角直したのだからもっとアイを労って下サイ。―
BDE-01の一言で何か察してかセレは又顔を上げた。
「本当だ、其だと意味がない。私一柱が死んだ所で無意味じゃないか。」
―・・・御前、何か変な事考えていないだろうな。―
丗闇の忠告等耳にも入らず又セレはガルダに詰め寄った。・・・何故だろう、其の瞳は獲物を逃すまいとぎらついている様にも見える。
思わずガルダが仰け反るがセレはがっしりとそんな彼の服を掴んでいた。
「だったら記憶に残らなければ事実は変えられる筈だ!良し、ガルダ!済まないが一度私に殺されてくれ!私も其の後直ぐに死ぬから!丗闇は自分が死ねば死んだ扱いになるって前言ってたよな、大丈夫だ!」
「大丈夫じゃない!止めろそんな事で俺は関わりたくねぇよ!御願いだから正気に戻ってくれ!」
自分の過失の隠蔽の為に目撃者全員殺すとかサイコパス過ぎる。照れ隠しの域を跳躍し過ぎだろ、自殺より質が悪い。殺神衝動の方が抑えられないって如何言う事なんだ。
何が済まないがだ。そんな一言で赦される程其の行為は軽くないんだぞ!
「ってか死んでも記憶は残るだろ!諦めろって、俺も忘れる様努力するし、皆には内緒にするからさ。俺達丈の秘密だ。」
―・・・そんな事で我を巻き込んで自殺なんてすれば永遠に其の愚かしい行為の全てを記憶し、数多の次元に口伝してやる。衝動的に死のうとするな、みっともない。―
「う、うぐぐ・・・た、確かに自分の過ちの清算を他者に押し付けるのは間違いか・・・其は私も同意する。・・・軽率な事を言ったな、済まない・・・。」
歯が折れるんじゃないかって位激しく歯軋りし、セレは何とか仄暗い衝動を呑み込んだ。
正直丗闇の脅しが可也効いた。口伝するって・・・一体如何やって次元に伝えるんだ闇の神よ。
―此を機に日頃の行いをきっちり反省して下サイ。記録にはしっかりと保存したので何時でも彼の醜態をありありに再生出来ますので。―
「ホガァアアァアァ‼」
「セ、セレ!?ど、如何したそんな血を吐く様な声出して!」
落ち着いたと思ったのに又暴れ出して、手負いの獣みたいだ。
「っ・・・な、なぁガルダ、記憶を司っているのは右脳と左脳何方だったか?」
「おいい!止めろぉ!何で一転してよりサイコパスになってるんだよ!答えねぇぞ!答えたら俺の脳半分にするつもりだろ。そんなの俺再生出来ないからな!」
即死じゃないか。嫌だよそんな死に方。痛過ぎる。御前は新手の宇宙人か何かか。
「大丈夫だガルダ。人体についてはそれなりに知識がある。必要な所丈斬り落とすから。勿論痛みもなく一瞬で終わらせる。・・・抑再生されたら困るし、私の腕を信じてくれ。」
「信じられないのはそんなサイコパスな思考を持った御前の頭だよ!はっきり斬り落とすって言ってるじゃねぇか!」
正直脳の機能を右か左ってアバウトな考え方をした時点で御前其処迄詳しくないよ。下手に海馬だとか言ったら一体どんな斬られ方をするか考え付かないし。
・・・てか然り気無く再生したら困るって言わなかったか?何、俺の頭にナイフでも刺しっ放しにするのか?仲間にそんな真似が御前は出来るのか?
「むむ、此の案も駄目なのか・・・。」
セレは何処か気落ちした様子だった。何とかしてあげたいけれど、其処に俺の死が必要不可欠と言うのであれば、謹んで御断りしたい。
「まぁその、えっと其処迄気にしなくて大丈夫だってセレ。ほらその、御前の別な一面が見られて良かったと言うか、新鮮で、偶には斯う言うのも良いかなって思ったから。あんな風に可愛く甘えるのも、一生に一回位あっても良いだろ?」
「・・・まぁ・・・ガルダが然う言うなら。」
淡々ではあるけど、納得してくれた様だ。
―・・・でもマスター、―
―っ御前は好い加減黙れポンコツ!余計な種許り撒いて少しは大人しくしたら如何だ。―
丗闇に怒られ、流石にBDE-01は口を噤んだ。マスターとのコミュニケーションは又別の機会の方が良さそうだ。
悪魔の声も遠退いてセレは幾分立ち直れた様だ。其以上は奇声も発せず、大人しくなった。
そんなセレはじっとガルダの晒を見ている様だった。其の下の傷を悼む様に。
「・・・話を、しようかガルダ。何があったのか、教えてくれ。」
「まぁ然うだな。取り敢えず中入ろうぜ。多分もう大丈夫だろ。」
然う言って立ち上がる際に少しふらついてしまう。
セレはじっとそんな彼を見遣って、そっと後に続くのだった。
・・・・・
翌晁、何処からともなく鳥の囀りが聞こえる清々しい晁が来た。
緩りと紅鏡が昇り、其の柔らかい曦に照らされて家々を伝う華が開いて行く。
だが静かに訪れた此の素晴しい晁を旅神である二柱の神は歓迎なんてしなかった。
ガルダは何度目ともない欠を噛み殺した。其の目元にはうっすら隈が出来ている。そして何処か死んだ目で目の前の相棒を見ていた。
其の視線を受けた所で一切セレは頭を上げない。然う、彼女はガルダに対し、土下座をしていたのだ、一晩ずっと。
事の発端は彼の昨霄の言い争いの延長である。
セレは彼の失態を何とか隠蔽出来ないかと苦心していたが、其の猟奇的な策は見事に敗れ去った。
BDE-01の呪いから解けたとも言えるが、正気に戻ったセレは直ぐにガルダの目へ釘付けになった。
何があったのか、状況は整理出来た。そして其の結果、如何考えてもガルダの負った其の怪我は、自分を庇った所為で生じた物だと確定した。
自分が不用心にも彼に近付いたから、能天気に話し掛けたから、敵意や殺意、そんな物が向けられるなんて、彼の時の自分は露とも思っていなくて。
・・・結果、其の迂闊さの付けを全てガルダの右目で償ったのだ。
其はセレにとって多大なショックだった。今迄、前世も含めて自分が彼に庇って貰った様な機会がなかったのだ。
BDE-01の暴走が今回初だからと言うのもあるが、彼処迄自分が軽率な行動を取った事も無かったのだ。
其のショックの余り、彼の瞬間に自分は元に戻れた訳だけれども。
其からセレは自身の胸に大きく空いた穴を埋める様に全力で彼に謝り続けた。
幾らガルダが赦したって、自分で自分を赦せなかった。
其の結果、こんな形で一霄を互いに明かしたのである。
「・・・もう十分だろ、セレ。」
少し疲れた様子のガルダの声に数時間振りにセレは顔を上げた。
もう晒は捲いたので其の表情は伺い知れないけれども、少し乾いた様な、吹っ切れた様な様子だった。
「・・・噫、本当に済まなかった。ガルダ。」
足に痺れが来ている様で直ぐには立たなかったが、軽く伸びをして上体を起こす。
・・・良かった。やっと止めてくれた。此で起きなかったら無理矢理立たせようと決めた所だった。
彼女の気の済む様にさせようとは思っていたけど、此処迄来ると罰みたいな物だ。俺の行動が否定されている様で其は悲しい。
「今日は・・・如何する?人はいなさそうだし、未だ次元の主導者見付けられてないだろ?」
「然うだな、先ずは・・・っ?誰か・・・来る?」
セレの耳が上がり、忙しなく振れる。
「若しかして、昨日の奴か?」
「・・・良く、分からない。何だ此の気配、良く似ている・・・けれども。」
何とも煮え切らない返事をし、セレは少し丈考え込んだ。
「ガルダは此の儘居てくれるか?ぶらついているみたいだけれど、恐らく此処に来る。私は確かめないと。」
「確かめる?まぁ分かった。俺は此処に居れば良いんだな。」
セレは一つ頷くと、フードを目深に被って軽く飛び上がると屋根の上へ行ってしまった。
でも如何してあんなに言い淀んでいたんだろう。セレは波紋で常に物を見ているんだし、曖昧に見えるなんて事あるのかな。
暫く其の儘待っていると一人の青年が家の前を通り掛った。
枴を突いて現れたのは如何見ても昨日の青年で、意もせずガルダは身構えた。
足を引き摺っているけれども、彼は屹度最後のセレの尾の一撃の所為だろう。
昨日の今日で又再戦か?万全でもないのに?
別に仲間もいない様だし、何か策でもあるのだろうか。
青年もガルダに気付いた様子で歩みを進める。
先手を取るか?でも矢張り先ずは出方を窺って・・・、
そんな風に考えを巡らせていると青年が空いていた左手を上げた。
「あ、御早う御座います。良い晁ですね。」
然う言ってにこやかに手を振るのだった。
「・・・は?」
其の声音は拍子抜けする位爽やかで、ジョークの類ではない事は直ぐ分かった。
笑顔も此の晁と同じ位爽やかな物で、裏も影も見受けられない。
「え、あ、お、御早う・・・。」
ガルダの反応を待っているのか青年はにこやかに微笑む丈だったのでつい釣られて挨拶を返してしまう。
昨霄遣り合った許りなのに、と言うより本当に同一人物なのか?
双子なのではと疑ってしまうが、彼の突いてある枴は間違いなく自分の右目を潰した得物だ。
細工も凝っているし、然う何本もあるとは思えない。
「ハハ、早起きの序でに散歩をしていましたが、良い物ですね。誰かと此の素晴しい晁を共有したかったのですよ。独りで過ごすには勿体無いなと思いまして。」
「そ、然うなんですか・・・。」
もう何が何だか分からなくてそんな気の抜けた返事をしてしまう。
何、此の人、何でこんなジェントルマンになったんだ?裏表激し過ぎだろ。
此も作戦の一つだろうかと疑っていると突然青年の背後にセレが音も無く降り立った。
そして何処か難しそうな顔をして青年を見ている。
如何やら彼女が言い淀んだのは此の事らしい。恐らく波紋に写った時から歩き方や気配が違ったんだろう。
行き成り奇襲を掛けなかったのは腹が読めなかったから様子見に、なんだろうか。
「あ、御早う御座います。良い晁ですね。」
「噫御早う。足は・・・怪我でもしたのか?」
フードを更に目深に被ってそっとセレが近付いてくる。
突然現れたにも関わらず、青年は特に驚いた様子もなかった。
彼女は何か悪巧みを考えた様な、嫌な笑みを浮かべていた。迚も此の晁には似付かわしくない顔だ。
大方、自分の姿を見ても反応のない青年に、何か見当を付けたのかも知れない。
「然うなんですよ。昨日一寸机にぶつけて派手に転けちゃって。」
然う言って青年はからからと笑うが其処に厭味はなかった。
「ん、然う言えば御兄さんも目元を怪我されたのですか?気を付けて下さいね。此の辺り街灯とか少ないので霄が危なくて・・・。」
此は・・・誘ってるのかな?
何て答えようか考えていると突然セレが二柱の間に割って入った。
「ガゥウ‼グルルル・・・ガゥウ!」
そして・・・吠えた。
牙を見せて怒れる狗や狼の様に唸り声を上げて。
咬み付かん許りの勢いで掛かって来たので流石に青年は数歩下がって両手を上げた。そして苦笑し乍らも宥める様に手を振った。
「げ、元気ですね。余り見慣れない装束ですが、旅の方ですか?」
「ガゥ!ガァア‼」
「お、おいおいセレ落ち着けって!ど、如何したんだよ壊れちまったのか?」
本当に咬み付き然うだったので無理矢理しがみ付く様にして動きを封じる。
余り抵抗はしないけれども喉の奥から低い唸り声が聞こえる・・・。
怒っているんだろうけど、何でこんな野性剥き出しに、我を忘れてしまったんだろう。
―・・・如何した。まさか又彼のポンコツがやらかしたか。其とも狂犬病にでも罹ったか。―
―全てアイの所為にしないで下サイ亡霊サン。彼が素のマスターデスヨ。―
―や、ややこしくなるから一寸黙ってくれよ。止めるのどうせ俺なんだろ。―
流石に躯と意識をそんなに離す事は出来ない。
手が緩んでセレが咬み付きでもしたら大惨事だ。下手したら死に兼ねない牙してるし、しっかり抑えとかないと。
「な、セレ。落ち着けって。大丈夫だって。俺何もされてないだろ。な、大丈夫だから。」
そっと耳打ちすると如何にか其の声は届いた様で大人しくなってくれた。
緩り彼女を解放して一つ咳払いをする。青年が完全に固まってしまっている。如何にか話をしないと。
「そ、然うなんだ。結構遠い所から旅して来てさ。綺麗な街なのに誰も居なくて困ってたんだよ。連れもやっと人に会えたから興奮しちゃったみたいで悪かったな。」
取り敢えず、知らぬ存ぜぬで通そう。恐らく向こうも然う出ている気がする。
此の流れで行き成り“じゃあ殺し合いましょう。”とはならないだろう。そんな滅茶苦茶な文化がありそうな街じゃあないんだ。
「然うだったんですね。でも確かに僕も久し振りに話せたと言うか、此処不思議と誰も居ないんですよね。淋しくなって来た所なので会えて良かったです。」
「あれ、此処の住人じゃあないのか?旅人同士って所かな?」
「旅・・・まぁ似た物ですね。僕最近此の街に住み始めて、少し変な話ですが、僕此の街に来る前の事を憶えてなくて、適当にぶらついて過ごしていたんですよ。旅と言うよりは散歩ですね。」
「そ、其って大変じゃないか?大丈夫なのか?家とかは。」
「気遣い有難う御座います。適当にやっているので一応大丈夫ですよ。只・・・旅の方なら余り此の街に長居しない方が良いかも知れませんね。」
「其は・・・見られたくない物でもあるからか?」
突然セレに声を掛けられ、青年は目を丸くした。
俺も一寸吃驚した。何とも浮き沈みの激しい彼女だ。
「・・・いえ、誰も居なくて退屈だろうと思った丈ですよ。何処も同じ街並みですから。其では良い旅を。」
優しく笑って青年は手を振ると緩りと路地を去って行った。
「・・・・・。」
そんな青年の背を二柱はじっと見詰めていた。
「ふー、さて。何だったんだろうな、彼。」
完全に姿が見えなくなり、ガルダは納屋にあった椅子に腰掛けた。
片目が見えないので座り難い。少し慎重に手で椅子に触れて距離感を確かめた。
「まるで人が変わったみたいだったな。気配もまるで違った。」
「・・・人の事言えないと思うけどな。」
先の発作は何だったんだ。素知らぬ顔をしても俺は覚えているぞ。
「う゛、あ、彼は一寸その・・・済まない。何だか一寸興奮して、見苦しい所を見せたな。」
「あ、いやまぁ良いんだけど。」
覚えてたんだ。興奮・・・若しかして俺が又何かされると思っちゃったのかな。
自身の傷には疎くても、他者が傷付く事は堪えられない、そんな奴だからな。
BDE-01も直った許りなんだし、病み上がりみたいな物で浮き沈みが激しいのかも知れない。只でさえ最近一寸野性っぽい所あるし。
セレは少し罰の悪い顔をしていたが、一つ咳払いをした。
「話を戻すぞ。只其でも彼奴は勁い。昨日の奴と同じだ。」
勁い、然うセレが言うなんて。と言う事は実力は本物と言う事だ。
「・・・私が隠れている事も直ぐにばれた。隠密は得意な方だったんだが。」
「う、嘘だろ。そんな素振りなんてなかっただろ。」
セレが本気で隠れたら気配なんて些とも分らなくなる。此は前世の隠れん坊で嫌と言う程実感したんだ。
セレが一番得意で好きな遊びだったけど、外じゃないと出来ないから余りしてやれなかったんだよな。
「意識は此方を向いていたよ。魔力も然う言っていた。だから仕方なく出たんだが、彼奴は恐らく、暗殺者をメインに狩っていたんじゃないか?何か、手慣れている様子だった。染み付いた癖みたいに。」
「う゛、殺し屋の殺し屋って事か?何か穏やかじゃないな・・・。」
こんな美しい街なのに何とも物騒だ。
「ガルダを見て軍の人かって言ったんだろう?其なのに臆したりもしないとなると、余っ程腕に自信があるか、快楽殺人者か何方かだろう。性質上個人で動いているだろうし。・・・晁と霄の奴が同一人物ならだが。」
「成程な。・・・って若しかして此の街が無人なのって、」
何となく嫌な予測を立ててしまう。華を愛でる殺人鬼ってのは居そうだし。でも流石に此は飛躍し過ぎかな。
「然うだとしたら中々愉快だな。殺人鬼だらけの街で勝ち残った一人が彼奴なのかも知れない。此は寧ろ掃除をしてくれた事に感謝をする可きなのかな。」
「いやいや物騒過ぎるって。殺し屋の街って事だろ・・・。街として機能しないだろ其。其に殺し屋だから殺すってのは一寸、」
「ククッ、ガルダは優しいな。然うだな、彼奴に感謝はしなくて良いが、きっちり御礼はしないとな。」
御礼・・・つい右目の辺りに触れてしまう。
セレは一体彼の青年を如何するつもりなんだろう。生まれた事を後悔させてやるだなんて、確実に悪役の台詞じゃあないか。
野放しには出来ないにしても、何か考えとかないとな。
「じゃあ先ずは彼奴を追うのか?其処から此の次元の事何か分かるかも知れないし。」
「追うのは・・・如何だろうな。一応波紋で見ていたんだが、本当に散歩の様だし、まぁ・・・獲物を捜している丈かも知れないがな。」
「あー・・・じゃあ今日来たのって生存確認の為、とか?」
でもセレは何処か難しい顔をしていた。何とも煮え切らないらしい。
「私も然う思ったが、然うだな・・・。勘なんだがそんな様子はなったんだ。本当に昨日の事をさっぱり忘れている様な。」
然う言い少し唸っていたが、軈て諦めた様に溜息を付いた。
「腹が読めない奴は面倒だな。取り敢えず、自分達に出来る事をしよう。少し私は出て来るからガルダは此処に残ってくれ。」
「え?残るって何でだ?一緒に行けば良いんじゃないのか?其か又二手に分かれるか。」
もう街人なんて居ないんだろうし、此以上残る意味もない。
今一真意が分からずガルダが首を傾げると、少し彼女は言い淀んだ。
「いや、ガルダは一日安静にしてくれ。負傷しているし、転んで何か感染してもいけないし、情報集めはして来るから。勿論波紋で見える位置には居るから何かあった時は直ぐ戻る。」
「いやいや過保護だって其!俺大丈夫だって。未だ見えない丈で痛くはないからさ。俺にも仕事させてくれよ。」
折角の守護神なのに少し怪我した丈で対象に護られるとか悲し過ぎる。まるで俺が使い切りみたいじゃないか。
早く治ってくれれば其の限りだったんだろうけど、傷が残る内はセレも責任を感じてしまうんだろうし、何だか難しいな。
「其に私が彼の土を掘り続けた次元でもガルダが言ってくれたじゃないか。絶対安静、此は守って貰わないと。」
ぐ・・・随分懐かしいネタを出して来たな、そんな事もあったけど。
「彼は御前が気絶を何回もしたからだろ?其と此は違うって。」
「否彼は気絶じゃない。寝てた丈だ。」
「道中で行き成り寝てる時点でアウトだからな。」
セレは少し口を尖らせて唸った。互いに譲らない言訳にそろそろ飽きが来たんだろう。
何時も斯うだ。大抵俺が折れるから喧嘩に迄は然うならないけど、此奴は絶対折れないんだよな・・・。
出来て妥協か、ポンポンと言訳丈は良く回る口だ。
・・・まぁ今回、俺の心配をしてくれているんだって分かってるけどさ、でもそんなに責任を感じて欲しくないんだよ。
「何の道彼の時は比較的安全な次元だったんだ。此処は勝手が違う。敵が強敵な分しっかり準備をしないと、侮る訳には行かないんだ。」
「然うだけど、でもほんとに大した事ないし、その・・・退屈だろ。折角二柱で来たのに。」
殆ど呟く様に愚痴っぽく言ってしまった。今日一日此処で留守番は流石に憂鬱だ。
でも其を聞いたセレは僅かに目を丸くした様だった。
晒越しでも分かったんだから、余っ程驚いたのかも知れないけど。
「・・・然うか。然うだな。私も一柱ではつまらないと思った所だ。分かった。一緒に行こう。でも疲れたりしたら直ぐ言ってくれ。無理丈は・・・しないで。」
「あ、噫分かった。えとじゃあ何処に行くつもりなんだ?」
許可が出るとは思わなかった。案外早く折れてくれたんだな。
でも何処か辛そうに唇を噛んだ彼女の顔が頭に残った。本の一瞬しか見せなかった彼の顔が。
其処にどんな意味があったのか迄は・・・分からなかったけど。
「昨日見た限りだと如何やら此の街、公的機関が集中している様だったんだ。昨日其の近くを通り掛ったから其処で情報を探したい。」
「公的・・・えっと警察署とか役所とかか?」
「然うだな。昨日の奴の事もあるし、事件性を探る為にも警察署から調べたいな。如何だ?」
「良いと思うぜ。じゃあ道案内は任せるな。」
やおら立って少し調子を整える。
うん、気を付ければ歩く分には大丈夫だ。
「分かった。じゃあ気を付けて行こうか。」
何歩かガルダが歩くのをじっとセレは見詰めると、二柱は一緒に納屋を後にしたのだった。
・・・・・
暫く歩くと其らしき建物の群が見えて来た。
大きく頑丈そうだが此方も華に覆われており、街全体が本当に美術館の様だ。
只驚いたのは建物の事ではなく、先の納屋から此処迄それなりに距離があった事だ。
セレは最初一柱で行くと言っていたけれど、俺の事が波紋で見える距離だと言っていた。つまり此処から彼処迄常にセレは見えているのだろうか・・・。
千里とは言われなくても其、結構見えてるぞ。・・・密閉された空間以外見えるのだから猶の事。
其にそんなに一度に情報が入っても対処出来るのか・・・。
慣れなんだろうけど最早盲目なのがプラスになってしまっている。
セレは躊躇なく警察署へ入って行く。
「ククッ、何だか自首しに来たみたいだな。自首した所で問答無用で死刑だろうが。」
自嘲気味に笑うが彼女は堂々と机の引き出しや棚を漁り始めている。
此処に来て後ろめたくも思わずそんな事が出来たならもう立派な悪党だ。
「まぁでも今回は此の次元の為にするんだし、大目に見て貰おうぜ。」
結局こんな街中でも無人だった。ライフラインは整っている様なのに、本当に人丈が居ないのだ。
此処を荒らされた形跡もないし、本当に何があったんだろう。
「・・・ん?ガルダ、少し此方へ来てくれ。」
振り返るとセレは一冊の冊子を持っていた。
其を見た瞬間に言わんとした事が理解出来た。
「まさかこんな所で出会うなんてな。」
そっと近付いて触れてみる。
間違いない、此の本が次元の主導者だ。
「こんな物も次元の主導者になり得るんだな。最近の物みたいだが。」
「噫、元は書いていた人が次元の主導者だったりして移っちゃったとか、元々の碧樹が次元の主導者だったとか、いろんな可能性があるぜ。一寸此は拍子抜けしそうだけどさ。」
「けれどもじゃあ此を如何すれば良いんだ?此処の者の日誌の様だから取り敢えず読むとして、此を例えば彼奴に燃やされない様に護るとかすれば良いのか?」
「んー然う・・・かな。取り敢えず燃やされたらもう戻せないし、持って置いたら良いと思うぜ。色々片付いたら戻しに来ればさ。ってかさり気無く彼奴を放火魔にしてやるなよ。」
人殺しの次は放火って。何処迄完全犯罪目指してるんだ。
「成程、若しかしたら今後此の街に来た誰かが此を読んで真相に辿り着いて街を元に戻すのかも知れないし、本と言えども侮れないか。」
適当に頁を捲ってみるが、一応文字は読めそうだ。
只何分頁が多い。取り敢えず机に置いて更に何頁が捲ってみた。
街の様子からも想像は付いていたが、如何やら元々は可也治安の良い街だったらしい。そして其の日誌の文体から此の街は特に変哲もなく、普通に人が生き、生活していたそこそこ栄えていた街だった様だ。
決して今みたいなゴーストタウンではなく、間違いなく少し前迄は人が居たのだ。
では彼等は何処に行ってしまったのか。
ガルダも隣に腰掛け、一緒に目を通す。
更に暫く頁を捲っていると、其迄と違い明らかに文章の多い日にぶつかった。
其は日誌の終わる凡そ四十日程前の頁だ。
軽く読んでみると、一霄で一般人が六十人も殺された、大量殺人事件の事が書かれていた。
被害者に共通していたのは其の日の霄外出していた事、そして通路や路地等で襲われていた事、金品の類は残っていた事、又被害者の死因が谺属性による頸や手首、足首等に出来た裂傷で、傷の深さに差はあれど、皆一撃で失血死となっていた。
此等の事から一連の犯行を同一犯と見做し、調査をする事が書かれていた。
「此ってまさか・・・。」
ガルダが唸って口元を押さえる。
「昨日の奴かもな。六十人とは・・・随分やんちゃだな。」
其の儘次の頁へ目を走らせる。其処も又随分長々と例の事件について書かれていた。
翌日の被害者は四十人、犯行の手口等は同じ。街の広範囲で無差別に起きている事から集団テロと考えての捜査になった。
だが目撃者も証拠も非常に少なく、犯人特定は難しいとの事。
又死因となっている谺の魔術は可也レベルの高い術であり、其が行える術者をリストアップしたものの、殆どの者にアリバイがあり、捜査が難航している具合が見て取れた。又犯行声明も出ておらず、対策が取り難い事で街中が不安に包まれている旨が書かれていた。
其から数日、日誌の内容は物騒な事を除けば然う変わりがなかった。毎日何人か犠牲者は増え、かと言って捜査の進展が無い事が綴られた。
けれども其処から更に数日、日誌の終わる十日程前ある写真が日誌に貼られており、つい手が止まってしまう。
・・・間違いない、昨日今日会った彼の青年だ。
其の下に書かれているのが彼の情報だろう。其処も含めて日誌を読み進めてみる。
・・・如何やら彼が犯人だと確定したらしい。容疑ではなく、確定だ。
彼の青年の名は颪 飃(オロシ ヒョウ)。隣街の冒険者ギルドに所属していたとの事。
五十日程前にパートナーである柊 楓夏(ヒイラギ フウカ)と共に此の街付近の魔物討伐の依頼を受けてくれたそうだ。
只其の道中で行方不明になり、後柊は魔物に襲われた様で山中で焼死しているのが発見された。
一方颪は此の街で頭に銃弾を受けて倒れていた所を発見され、救急入院をしていた。
命は取り留めたが、入院中に失踪した事が発覚し、其の翌日から例の集団殺人事件が起き始めたのだ。
ギルドの情報に因ると颪は『我至尊断截枴(ガシソンダンセツノツエ)』と言うマジックアイテムである枴を武器にしており、ギルド一、二を争う実力の魔術師だった。
加えて主な専門は暗殺者の捕縛であり、其の時の知識を活かして今回の事件を起こせる丈の技術を持ち合わせていてもおかしくないとの事だった。
只元々の粗暴な性格だったとは言え、此の様な事件を起こす様な者ではなく、其の為の動機等は一切不明な儘である。
そして同日警備に当たっていた者四十八名も殉職してしまった。
其の際に入った無線に因ると、犯人は颪で間違いないとの事、報告書通りの枴と容姿に因り犯人は颪と断定された。
改めて写真を見遣ると何処か彼は迷惑そうで、そんな彼の隣には一人の女性が微笑んでいた。
黔の長髪に利発そうな大きな水色の瞳、若しかしたら彼女が彼とパートナーだった柊なのだろうか。
二人に一体何があったのだろうか。恐らく此が原因なのだろうが、如何解釈しても無差別に人を殺すような訳には至らない気がする。
・・・彼が気狂いなら話は別だが。
其から数日、颪と警察との衝突の記録が綴られていた。
颪は霄出歩いてさえいれば現れるので遭遇自体は簡単だが、捕らえる事丈が如何しても出来なかった様だ。
常に狂風を纏う所為で銃等の飛び道具は効かず、枴の所為で機動力が高く、隠れたと思えば何処からともなく現れて首を狩って行く。
街丈では対応出来ないと言う事でギルドや国も動く話になったのだが、其より不味かったのは街人のパニックだった。
此の様な事件が殆どと言って良い程無かった此の街の人々は大きな不安に襲われた。
彼の事を悪魔に憑かれたのだと言い、其迄疎かった宗教や政府等を巻き込んでの騒動が起きてしまったのだ。
御蔭で捜査はより難航し、折角犯人を突き止めたのに昼間の捜索も儘ならなくなった。
何より不味かったのが、其の宗教団体の者が霄彼に会い、真偽の程は兎も角“街に居る者は皆殺しにする”と言ったと吹聴し始めた事だった。
其の所為で一気に街人は隣街へと移動を始めた。国等も騒動を収める事に執着し、近くの街や村へ受け入れを促したのだ。
けれども確かに受け入れ先の街では何の被害も今の所報告されておらず、相変わらず事件は此の街でのみ起きていたので、犯人が此の街丈をターゲットにしている可能性はある。
皆立ち退いてくれた方が被害者は少なくて済んだのだ。
若しかしたら此は国としての狙いだったのかも知れない。
下手に街人が居れば人質に取られる可能性もあり、大規模な作戦が立てられなかったのだ。
残っていた者も一時的な立ち退きならと街を出て行ってしまった。
自分達も明日には此処を出ないといけない。国の作戦が何の様に動くのか気掛かりだが、犯人を始末してでも、此の街に平和が戻る事を願う許りだ。
其処で日誌は唐突に終わってしまう。此処にある通り此を書いていた者は避難をしたのだろう。
此方もすっかり読み耽ってしまった。
「其にしてもたった一人で此処迄街を動かすだなんて災害みたいな奴だな。」
「まぁ・・・確かにな、何と言うか、思ったより大事になって来たな。」
何だかガルダの様子が、歯切れ悪い。・・・あ、然うか、然う言えば自分は黔日夢の次元を起こしているんだった。災害レベルで言えば自分の方が世界が終わる勢いの大災害だ。
彼からしたら酷いブラックジョークか皮肉に聞こえたのかも知れない。
「国・・・若しかして軍か?でも昨日彼奴は軍と遣り合った感じがあったか?」
「いや、俺の事を関係者と勘違いしていたし、多分未だだと思う。」
「ん・・・けれども街はゴーストタウンになっているし、若しかして今は其の国の作戦の直前なのかも知れないな。」
「え、ちょっ其不味くないか?下手したら俺達巻き込まれるんじゃあ・・・。」
一体国がどんな手に出るか分からないけど、もう千人近くも殺している奴に容赦なんてしないだろう。
若しかしたら街毎突然吹っ飛ばされるかも知れない。
「不味いだろうな、多分其が此の次元のタイムリミットなんじゃないか?其に此の日誌が次元の主導者なら、私達が為可きなのは、」
セレは日誌の最後の一文を指差した。
“犯人を始末してでも、此の街に平和が戻る事を願う許りだ。
「此の願いを、叶える事じゃないか?」
殺してでも・・・止める、其が出来ないと。
「まさか彼奴、軍に勝っちまうって事か?此の次元の破滅の条件って。」
「かも知れないな。彼奴が国なんか手に入れて如何するつもりなのか知らないが、まぁ何の道此の次元が滅ぶんだろう。」
此の儘彼奴が全ての全てを殺し尽くすのかも知れないし、此の戦いの所為で国が消耗し、次の脅威に敗れるかも知れない。此が全ての引き金になってしまう訳だ。
「んー・・・まぁ直接対決は避けられないって事だな。余もう時間も無いだろうし、今霄位でけりを付けた方が良いかもな。」
とは言っても余りセレにさせたくないんだよな、何とか俺が相手出来れば良いんだけど。
只実際勁かったしなぁ・・・寧ろ俺別に軍相手に勝てる自信も無いし、普通に考えたら俺より勁い可能性あるよな・・・。
再生出来ても首を狙われたらアウトだし、何とかして軍と連携って取れないかなぁ。矢っ張り余所者だと駄目かもな。
まぁ再生力の限界を引き上げれば未だ勝算はあるけど・・・多分其処迄セレは赦してくれない。其より先に彼奴が屹度首を狩ってしまう。
色んな考えが浮かぶ中、セレも何か考えていた様でそっと日誌を時空の穴に入れると少し唸った。
「霄迄未だ時間はあるし、ガルダ、先に病院に行ってみても良いか?」
「ん?病院って何か用あるのか?」
今一ピンと来ない。
「いや、彼奴が入院していたのなら何か分かるかと思ってな。」
何か意外だった。次元の主導者の記録から颪と対峙しなければいけないのは明白だ。
其にあんなに殺人を犯しちゃあどんな国や世界に行こうと死刑は免れないだろう。
加えて手加減出来る程度の奴じゃあない。だからてっきりセレの中では彼奴を殺す事は確定事項だと思っていた。
だからもう無駄な事はせず、霄迄体力を温存して臨むのかもと思ったんだけど。
「・・・あ、若しかして彼奴のギルドからの資料でも探すのか?」
何か弱点とか分かるかも知れないし、寧ろ其方の意味で調べるのかな。
「まぁ其もある。一寸興味が出たんだ。調べてみたい事が出来た。」
「ふーん・・・まぁ良いぜ。情報があって悪い物じゃあないし、場所は分かるのか?」
「一応、頭には。時間が惜しい、早く行こう。」
口早に然う言い切るとさっさとセレは目的地に向け歩き始めた。
こんなに彼女が他人に興味を持つのは珍しい。寧ろ彼を嫌悪するものだと思ってたけど。
・・・殺人鬼にしか分からない物があったりするのかな。でも彼女と彼は違う、意味が・・・違う。
適当に考えを巡らせていると彼女が待っていてくれていた事に気付き、慌ててガルダも警察署を後にするのだった。
・・・・・
少し紅鏡が傾き始めた頃、セレ達は病院にて目当ての資料を手に入れていた。
病院自体警察署から余り離れていなかったが、何分大きな病院だったので資料棚を見付ける丈でも苦労してしまった。
後は鍵を物理衝撃で開錠させ、頁を捲る許りだった。
然うして見付けたのは彼の颪のカルテだった。日誌にあった頭を撃たれて救急入院をしてからの記録だ。
読んでみると此方も色々一悶着あった様で、日数はそう長くないのに頁に可也書き込まれている。
取り敢えず分かる所丈見てみると如何やら頭に受けた傷は生きているのが不思議な位の大怪我だったらしい。
そして抑の銃は本人が所持していた物であり、争った形跡もなかったので自殺未遂と判断、回復後のカウンセリング等の準備がされていた様だ。
身元の確認を警察と行っている際に隣街のギルドの者と分かった。
そして数日前に彼のパートナーが山中で焼死している事も。
更に如何やら其の前にも彼の目撃証言はあったらしい。此の街に来るなり彼は取り乱し、碧山へ捜索隊を出すよう要請していた様だ。
其の時既に彼は満身創痍で、警察も彼を病院へ連れて行く事を優先し、其の際に詳しく話を聞いて捜索隊も形成した。
彼の話に因ると山中で見た事もない魔物に襲われたとの事、黔い伝説のドラゴンの様で焔を吐いていたと、彼のパートナーである柊は囮になって残ったとの事だった。
彼は治療を断り、捜索隊と一緒に碧山へ行くと主張。
其を止めている内に先行隊が現場に到着し、柊の死亡を確認、魔物は見当たらなかった。
其の報せが届いた直後彼は失踪、其の翌日に件の怪我を負い来院する事になったのだ。
幸いにも十日で彼は意識を取り戻した。
記憶が混濁しているのか目覚めてからは大人しく、朝食を食べた後に休養を取った。
話も出来る様子だったのでカウンセリングも兼ね、彼の記憶の整理に幾つか最近の出来事を聞いてみた。其処から少しずつ本人を特定する情報を訊ね、最終的に柊の写真を確認して貰った。
結果は、彼は全て答える事が出来た。だが柊の写真丈彼は過敏に反応し、写真を捨てる様強く要望して来た。
只質問の全てに淡々と答えていたので、激情したり等の反応は見られず、ギルドからも人が変わった様に大人しくなっていると可也訝しんでいた。
若しかしたら脳の怪我の影響で人格に何らかの問題が出てしまったのかも知れない。
其の後彼を休める為にカウンセリングは切り上げたが、其の日の霄に谺魔術に因り窓を割り、脱走してしまったとの事だった。
「中々濃厚なカルテだったな。」
粗方読み終わってそっとカルテを元に戻す。
事例が事例だったのだろう、可也書き込まれていたが、癖字も多くて全ては判別出来なかった。
「でも警察の所の補完って感じだったな。ギルドの資料は此方にはなさそうだし。」
「何となく、時系列で考えると颪は柊が死んだ事を知って、直ぐ自殺を図ったんじゃないか?衝動的にせよ、其は失敗して、此処に運ばれた。」
「然うだな。そして其の時には大人しくなったのに脱走なんてしちゃったと。でも別に自殺し直す訳でもなくて人殺しばっかりしてる・・・と。」
状況は分かったが、具体的に本人に何が起きてしまったのかは分からず仕舞いだった。
後は・・・本人に聞くしかない。
「如何するセレ、もうそろそろ日没だし、何か策はあるか?」
「策はある。と言っても遣り合う丈だ。だから今回は私にさせて貰えないか?」
「いや俺も行くよ。一柱じゃ危ないだろ。」
「其の怪我は余り甘く見ない方が良い。私も昔片目を失明した事がある。・・・まぁ今も見えていないが、自分で思っている以上に反応が遅れる物だ。本を読むのも疲れただろうし、ガルダは右利きだろう?然うなると右からの反応に遅れてしまう。彼奴は必ず其処を突いて来る。」
的確な指摘だった。思わずガルダは閉口してしまう。
感情ではなく、ちゃんと状況を見てセレは判断しているんだ。
でも、其でも、其じゃあ結局セレに全部させてしまう。
「・・・然うだな、代わりにガルダは見張りを頼んで良いか?軍なんかに横槍入れられたくないし、何か妙な動きがあったら教えてくれ。流石に私も彼奴と戦い乍ら其処迄見る余裕はないだろうからな。」
「分かった。其位なら。」
少しでも出来る事があるのなら。・・・たった其しか出来ないけど。
「大丈夫だ。昨日みたいな事はしない。彼の時は私も・・・その、頭に血が上っていたから。一晩考えた。ちゃんと考えたから。」
未だガルダの表情が晴れないのを見てセレは苦笑した。
其の言葉に少し丈俺は安心出来る気がした。少なくともああなった姿は見せないと俺に宣言してくれたんだ。
だったら言う事はない、彼奴が来るのを待つ丈だ。
「えとじゃあセレ、霄迄に何かする事はあるか?策って言ってたよな。」
「ん、噫まぁトラップの類は今回作らない。只そんな準備をする時間も如何やら然うないみたいだぞ。」
少しセレは考え込む様に唸ると資料室を出た。
余りに急だったので急いで後を追う。
「時間が無いって其・・・っ、」
資料室を出た所でセレは立ち止まっており、何処か見遣っていたので自然と自分も倣う。
見ていたのは何て事ない病院の出入り口、夕暉が燦々と入り込み、反射した影や曦が足元迄伸びて来ていた。
何でもない景色、只其処に一人の訪問者が現れた。
誰と言う訳でもなく、颪が、緩りと此方に足を向けて歩いていたのだ。
此処に来たと言っても決して病院に用がある訳ではないのだろう。自分達を目当てに来た訳だ。
相変わらず枴は突いた儘で、けれども怪我した足は可也回復した様でもう引き摺ってはいない。
そして二柱を見遣って颪は晁と同じ様に優しく咲った。
只其処に翳りがある事は見逃さず。
「凄いですね。こんな早く見付けちゃいましたか。其の様子だと僕の事はもう知ってそうですね。」
「噫彼丈随分派手に暴れていたらな。寧ろこんなの、隠し通す方が大変だぞ。」
セレの一言に彼の足は止まる。不自然に距離を保った儘、彼は苦笑した。
「別に隠したかった訳ではありませんよ。只僕は此以上巻き込まれる人を増やしたくなかった丈です。彼をしたのは少なくとも僕ではないんですけどね。被害者は減らしたいじゃないですか。」
「其って如何言う・・・、」
「フフ、話してあげるのは吝かじゃあありませんが、良いんですか?僕の時間稼ぎに付き合っちゃって。」
「構わない。寧ろ其の話を聞きたかったんだ。」
其の思惑は意外だった様で思わず颪は目を見開いた。
ついガルダも彼女を見遣ってしまう。彼女なら即刻仕掛け兼ねないと思ったのに。
でも時間稼ぎって一体・・・若しかして霄、なのか。抑如何して霄なんだろうか。
「其は余程の自信があると言う事ですか?自分で言うのも彼ですが、僕結構勁いですよ。」
「噫今から楽しみで仕方ないな。霄が待ち遠しいのは自分も一緒だ。只其をより楽しむ為にも御前の事を知りたいと思った迄だ。」
「成程、分かりました。では僕も御話ししましょう。残念乍ら今の僕は話す事しか出来ませんから。」
何処か自嘲気味に颪は笑ったが、其の目元は優しい儘だった。
「話しかって如何言う事なんだ?抑霄を待ってるって、霄じゃないと御前は戦えないのか?」
前から気になっていた疑問が其の儘口を突く。
颪が人を殺すのは決まって霄丈。じゃあ如何して霄彼は来るのだろう。晁はこんなに親し気で。
「はい、其の通りです。もう御存知でしょうが自己紹介を。僕は颪 飃・・・ではありません。」
「え・・・は⁉ち、違うってじゃあ別人?」
「いえ、彼は霄になったら現れます。其は此の躯が彼の物だからです。」
「・・・詳しく教えて貰おうか。」
「えぇ勿論。彼は斯う言った話が苦手なので、僕から説明します。御二柱が此処迄来られたと言う事は大体の僕の経緯は察しているとは思うんですが。」
「一応然うだな。でも如何しても外からの意見だし、実際何が起きたかははっきりしなかったんだけどさ。」
ガルダの答えに颪はにっこりと微笑み、一つ息を付いた。
「では全ての事が起こった彼の日、僕と柊さんが依頼を受けて此の街へ向かっていた時から話しましょう。少し長くなりますのでどうぞ楽にして下さいね。」
颪は淀みなく淡々と話し始めた。
まるで、此の日が来る事を予期していた様に。
・・・・・
颪と柊が隣街の依頼を受けて碧山を登っていると一頭の魔物に出会った。
其は巨大な黔い蜥蜴で、真絳な火焔を吐いて暴れる様は伝説のドラゴンの様だった。
元々其の碧山に魔物は少なく、比較的安全な山道だったので二人は油断していた。其の為逃げる一択も忘れ、果敢に挑んでしまった。
だが其の火焔は只の焔ではなく、一度燃えればあっと言う間に焼き尽くし、真黔な炭丈を残して行く。気付けば碧山の所々で火事が起こってしまっていた。
加えて其の魔物は人語を解していた。其の段階で相手が可也高位な魔物だと気付けたのに、其でも自分達は攻撃を仕掛けてしまった。
―・・・因みに其の魔物は何て話したんだ?―
―確か・・・俺の名はスガタコロシ、全て焼き尽くす者、と。―
魔物の焔は魔術である筈の谺の刃すら焼き尽くし、傷一つ付ける事が出来なかった。
然う斯うしている内に焼けた大木が倒れ、柊は片足を骨折してしまった。
其処で柊は理解したのだろう、此の魔物には勝てないと。
だから声を張り上げて意地になっていた颪を制止した。
“逃げよう。”と。
先に何方が街に着くか競争だ、と。
何を馬鹿な事を、と颪が近付くと魔物の火炎に因って二人は分断されてしまった。
自分は大丈夫、ありったけの浪の魔術で洪水を起こしてでも斃すから。
其に巻き込む訳には行かない。だから早く離れろと。
そして街に救援要請をするようにと手短に頼んだ。
言い返そうと思ったが焔が己を取り囲む様に放たれてしまい、仕方なく颪は枴に跨って其の場を離脱した。
此処で言い合っても仕方ない、今は柊を信じて言われた通りに街に行こう。
暫く離れると地が大きく揺れ、見上げる程の間歇泉が沸き起こっていた。
大丈夫、屹度柊なら、然う約束してくれたから。
其を最後に颪はもう振り返る事なく碧山を下山し、無事隣街迄逃げ果せたのだった。
其から直ぐに警察に連絡し、捜索隊の要請をした。
治療を受ける様に言われたが構っていられず、自分も捜索に当たると交渉し続けた。
だが其処で先行していた捜索隊からの連絡が入り、魔物はもう居なかったとの事、そして一人の焼死体が山中から発見されたとの事だった。
身元の確認をするとは言っていたが其が柊である事は明白だ。
だから自分は警察の話も聞かず、堪らず其の場から姿を消したのだった。
其処から如何したのか記憶は曖昧だ。
足を適当に動かすのみで、頭では同じ思考が堂々巡りを続けていた。
自分の所為だ。自分の所為で柊は死んだ。否殺された。彼の魔物に。
分かっていたのに、碧山の言葉は如何仕様もなく自分丈を逃がす為の物だって。
見捨てたんだ、自分の命惜しさに、彼女を。
こんな事なら最後迄一緒に戦えば良かった。我武者羅でも無謀でも良い。こんな惨めな気持になるのなら、此の絶望を知る位なら死ねば良かった。自分なんて。
・・・噫、其が間違いだって事位分かっているんだ。もう全部分かっているんだ。
自分が死ぬ事を柊は望まなかった。立場が逆だったら屹度自分も同じ事をした。
其でも、其でもっ、しっかりしろって、何馬鹿な事言ってんだって、君が叱ってくれないと僕は、立てないんだよ。
―今からでも、遅くはないと思うぞ。―
其の時、彼奴は囁いた。
―彼女に叱って欲しいのかい?彼女に会いたいのかい?其じゃあ連れて行ってやる。彼女は屹度近くで待ってくれているよ。―
此の声を、自分は知っていた。
死を呼ぶ精霊、其が此の声の主。
弱った心に付け入って魂を奪い、躯を犯し、人を鬼に変える存在、名も無き黔の悪夢だ。
分かっていた、分かっていたけど、僕は其の声に抗う術が無かった。
声は緩りと絡み付く様に語り掛ける。
―逢いに行くのなら簡単だ。彼女はもう肉体から解き放たれた。じゃあ御前も同じ事をすれば良い。丁度良い代物がポケットに入ってるんだろ?―
ポケット、其処には護身用の銃が入っていた。そっと手で触れると其の冷たさに現実を忘れる様で。
此の声に応えてはいけない。応えれば魂を盗られてしまう。
何処へともない地獄へと連れられ、閉じ込められてしまう。
其でも、此の現実よりましな気がした。取り残された丈の世界よりも、少なくとも自分で選んだ地獄の方が価値がある気がした。
そっとポケットから銃を取り出す。安全装置を外し、弾を確認する。
頭の声は酷く耳障りな嗤い声を上げた。
―然うだ然うだ。其を其の儘口に突っ込め、良ーく狙って、たった一発だ。其の一発は彼女を呼ぶ鐘の音に変わるだろう。―
自分の魂が欲しくて仕方ないんだろう精霊の声が逸る。
慌てなくても逃げはしない。此はもう自暴自棄に近いんだから。こんな魂でも欲しがる奴がいるのならくれてやる。躯も記憶も全てやる。
幸いにも気付けば人気のない路地を自分は歩いていた。だから邪魔する者も誰も居なくて。
自分は精霊に言われる儘に銃口を口へ運んだ。銃口を押し込んで、引き金に指を掛ける。
其を引く最後の最後の瞬間、僕は最後迄彼女に謝り続けていた。
其の彼女の最後の言葉を懐い出す。
枴に跨って飛んだ瞬間に彼女が掛けてくれた言葉を。
“生きて。”
たった其の三文字が、今此処で銃口を自分に向けていた僕を粉々に砕いた。
―っ⁉お、おい何をっ⁉―
焦る精霊の声を何処か遠くで聞き乍ら、でも今更掛けた指は止まらず、銃弾は僕の頭を貫いた。
・・・・・
「此処迄が、彼の物語です。」
「・・・え、でもじゃあ御前もう死んでるのか?な、何で・・・、」
言い掛けてガルダは口を噤んだ。
知ってる、俺は其を。其の現象を。
「此処からは、僕の物語です。」
相変わらず優しく咲った儘颪は話し始めた。
・・・・・
僕は、自分が何なのか分からなかった。
只混沌な空間に漂っている丈で、自我や感覚は曖昧だった。
全てと繋がっていて、でも何処にも行けなくて、何でもあって、何も無い所。
冥くて眩しくて、鮮やかでモノクロで、そんなごちゃ混ぜな世界に僕は居た。
其処に彼が現れた。
自殺をした直後の彼が意識も無い儘に波に攫われる様に突然現れた。
其を見て、咄嗟に自分は思ったのだ。
彼を元の世界に帰さないと、此処に居ると自分と同じになってしまう。
彼を元に戻す様に押し返す、来た方向へ戻せば帰れると信じて。
其処で初めて自分には自分と言う意思がある事、何かに触れる躯がある事、其の感覚を知った。
押して押して、只押し続けてそして、
「・・・気付けば、此の街に居たんです。彼の躯に憑り付いた形で。」
「其ってなんだ?何が起きたんだ?」
てっきり颪は神になって帰って来たのかと思った。でも其とは少し違う?
抑今自分達と話している彼は如何言った存在なんだろう。
―・・・鏡界(キョウカイ)か。―
「ん、丗闇何か知ってるのか?」
二柱の言葉に颪は首を傾げる。如何やら丗闇は独り言の様に彼にも呟いた様だ。
「鏡界って言うのは・・・此の次元の所謂天国とか地獄とか、其処とは違うのか?」
―違う。次元と狭間を繋ぐ、其の境目の事だ。御前達が次元に行く際に何時も通っているが、何分一瞬だし、留まる事も無いから余り存在は知られていないな。―
「そんな名前があったんですね、彼処は。」
何か納得した様に颪は頷くが、抑彼は丗闇の存在に大して驚いていない様だ。
・・・然う言った物に慣れているのか?
「でも鏡界なんて初めて知ったな・・・。前ガルダが私に世界について説明してくれた時、コップの水が次元の迫間で其の泡が次元って言ってたよな。じゃあ其の泡の膜の部分の事、と言う事か?」
「然う・・・言う事になるよな。いや俺も初めて聞いたな。」
「・・・で、御前は其の鏡界と言う所に居たのか?ずっと。」
今一実感が持てないが、先の話だと然う取らざるを得ない。
「えぇ恐らくは。僕の認識と大差ないですし、間違いないかと。」
―・・・囚われていた神の一柱と言う事か。一体全体如何して出て来たのか。―
「丗闇、若し良ければ其の辺り教えて欲しいんだけど。」
―・・・まぁ御前達が知らないのも無理ないか。鏡界は基本的に只次元と狭間の接点の空間を指す。其々の次元毎の軋轢等が生じて発生する空間だ。通常は無害だが稀に其処に囚われ、逃れられなくなる者が居るのだ。―
「あー若しかして其って、稀に次元から帰って来れなくなる奴がいるって聞いてたんだけど其の事か?」
―だろうな。誤って鏡界で立ち止まるともう出る事は適わないとされている。永遠に其処を彷徨う事になり、消える事も何も出来なくなる。我も、知識で知っている丈だ。彼処は闇も通さないから我の目が届かないのだ。―
「じゃ彼処に行っちゃった颪と、彼奴が偶然くっ付いて一緒に出たって事か?んー何か突飛も無いけど。」
「恐らく私の・・・黔日夢の次元の所為だろう。如何思う丗闇?」
―・・・可能性はある。黔日夢の次元に因って次元が綻び、鏡界との繋がりが一時的に出来たと言うのは考えられなくもない。妙な魔物も現れたのなら其の辺り全て黔日夢の次元の影響下にあった可能性がある。―
「まぁ・・・そっか。」
余り黔日夢の次元には触れたくないけど、矢っ張り然うなのかな。
でも次はスガタコロシ・・・か。ハリー達もオモヒコロシとやらに会ったらしいし、多分仲間だよなぁ。
一体何なんだろう・・・まぁ其は後回しか。
「随分と御詳しいんですね皆さん。僕が話すつもりだったのにすっかり聞き入ってしまいました。確かに其なら全て合点が行きますね。」
考える素振りをして颪は黙って聞いていたが、不図顔を上げて綻んだ。
「恐らく僕は元々神の一柱だったんでしょう。けれども大昔に鏡界に堕ちてしまって、漂う内に可也其の存在は希薄になってしまった。其処へ神になった直後に鏡界へ堕ちてしまった颪と出会った。」
一つ一つ確かめる様に颪は呟く。
如何やら彼の中で結論が出た様だ。
「結構知ってんだな、その・・・神とか次元とか。」
「えぇまぁ知識として知っていましたから。でも彼は全く知りません。此の次元の人なので。」
「成程、有難う丗闇。大分話が分かって来た。若しかしたら颪は後悔をしていたから神になったけれども最期の最期で迷ったから中途半端に鏡界に堕ちてしまったのかも知れないな。其処を御前に助けられたのはまぁ運が良かったと言えるのかな。」
「フフ、其は少し難しいですね。其の所為で彼は僕と精霊、二柱の魂を宿してしまったのですから余り喜べる事ではないかと。」
苦笑して何処か遠くを見る彼の目は確かに幾らか年老いて見えた。
「然うか。じゃあ御前と颪は別神として見る可きなんだな。一応、名とかはあるのか?」
「残念乍ら憶えていないのです。僕自身もう魄も無い事ですし、颪と呼んで差し支えありませんよ。便宜的になので彼も赦してくれると思います。」
「分かった。其じゃあ此処から本題なんだが、じゃあ御前は如何したいんだ?今晁は何も話さなかったのに如何して今になってそんなに御喋りに付き合ってくれるんだ。」
彼が偶然此処に来たと言う事はないだろう。だとしたら付けられていたと言う事だ。
正確には此処を探りに来たら自分達が居たと言った具合だろうか。
何の道今此の舞台は彼に因って作られたと言っても過言ではない。
「然うですね・・・。僕としては大した事は思っていないんです。別に今更やりたい事もありません。只どんな縁があったとしても彼と一つになってしまった今、彼の為に何か出来ないかと思っているんです。僕自身、正直彼のしている事は容認出来ません。でも其を咎める資格も止める権利も僕には無い。だからせめて彼の邪魔にならない様にしたいんです。・・・晁になると勝手に僕に切り替わってしまうんですけどね。」
「彼って、彼奴は何をしようとしてんだ?その、人を殺すのが楽しくて仕方ないって感じだったけど、若しかして彼の精霊、だっけ。彼に乗っ取られてるとか・・・か?」
「矢張り然う見えてしまいますか。まぁ否定は出来ないんですが、実は彼の魂は精霊になんて呑まれていません。所か其の精霊の魂を彼は食べてしまったんですよ。力丈、吸収してしまったんです。」
「精霊の・・・か。矢っ張り其は人間よりも強力なのか。」
「えぇ、此の次元では精霊と神は殆ど同一です。彼は言わば死神となってしまったんですよ。でも彼には彼なりの考えや信念があります。だから其の辺りは直接本神に聞いて欲しいのです。」
「成程、じゃあ御前が此処に来たのは、」
「御察しの通りです。貴方達は彼を斃しに来たのでしょう。だとしたら対等に戦って欲しかったんです。何も知らずに終わらせて欲しくはなかった。だから僕も、彼の邪魔をしない様、晁の内はやられる事がない様隠れていたんですよ。残念乍ら僕には武術の才も無いですし、戦う気も無いんです。」
ちらと丈彼は沈む夕暉を眺めた。もう余り時間が無いのだろう、僅かに其の目に陰りが見える。
「僕自身はもう殺されたって文句は言えません。世界が然う命じれば従う所存です。でも僕は如何やら彼の記憶を操作する権限が与えられているみたいなんです。意図的に彼が然うしているのかも知れませんが、だから彼は此処最近の、柊さんの事、此の街に来た事、其の全てを忘れています。懐い出すには辛過ぎる記憶だと思ったので。」
彼は嘘を言っていない、其は直感で分かった。
何の道此処で彼が嘘を吐く理由もメリットも無いし、取り敢えず信じて良いだろう。
「ふーん・・・何か一寸複雑だったけど、一応分かったぜ。御前は俺達を止めないって事で良いんだよな。何が起きても。」
「えぇ、僕ももう分ってますから。僕に話をする機会を頂けた事に感謝します。」
然う呟いて彼は手を合わせて頭を下げた。
何処迄も彼は本当に誠実な様だ。神であった彼は屹度何処にでも居る普通に優しい神だったのだろう。
誰かを想って手を出す様な、そんな神だったのだろう。
ガルダがちらと此方に眴せを寄越したので一歩足を出す。
「其じゃあ最後に御前が操作していると言うなら記憶を彼奴に返してやれ。何も知らない儘が必ずしも幸せと言う訳ではないだろう。」
幸せだなんて・・・そんなの何方にも用意されてはいないだろうけれど。
「・・・然うですね。もう彼からそれなりに経ちましたし、彼なら大丈夫かも知れません。僕が成長の芽を摘んではいけませんしね。其に御二柱に会えたら然うしようと思っていたんです。記憶が戻った彼が如何なるか分からなくて、僕一柱で其を決断して良いのか、干渉して良いのかずっと悩んでいたので。」
彼は何処か儚く咲って又少し丈頭を下げた。
「其ではもう時間です。もう二度と会う事はないでしょうが、久し振りに誰かと話せて楽しかったです。こんな僕の話を聞いてくれて有難う御座いました。もう一柱の僕の事、如何か宜しく御願いします。」
途端彼の躯が何処かふらつく。
そして枴を取り落とし、両手で頭を押さえた。
「っ痛い痛いっ!・・・っ、何なんだよ一体、何で急に頭なんか、」
のろのろと視線を上げて彼は驚いた様に目を見開いた。
其の瞳に先迄の優し気な色は無い。
「ッハハ!何と此は此は準備が良い事で。会いに来てくれるなんて嬉しいねぇ。」
颪が片手を挙げると落ちていた枴が独りでに動き出し、其の手に納まった。
そして一振り彼が其を振るうと凄まじい轟音と共に彼を中心に龍巻が発生した。
こんな狭い空間でそんな物を無理矢理召還したので龍巻は暴れに暴れて病院の入口を無残にも破壊し、可也開放的にしてしまった。
「折角なんだしさ、もっと広い所に行こうよ。」
颪はもう既に笑みを浮かべ、軽々と枴に跨ると病院を去って大通りへ行ってしまった。
「・・・ガルダ、先の約束覚えているよな。」
ちらとセレは此方を見遣ると一気に地を蹴って飛び出してしまう。
約束はした、だから手は出さない、邪魔をしないけれども、見届けないと。
躓かない様慎重に気を付け、ガルダも緩り後に続いたのだった。
ガルダが外に出た瞬間一陣の突風に煽られて思わず目を瞑った。
てっきり颪の攻撃かと思ったが視界を掠めた黔の闇にセレの姿を認める。
彼女は一気に彼の元へ走り寄ると腕を大きく振るい颪の枴を弾く様に叩き付けた。
だが一撃では軽かったらしく、彼が一瞬怯んだ丈だったので即セレは飛び退った。
「へぇ速いじゃん。今回は二柱が相手してくれる訳?」
「否私丈だ。若し私を殺せたら相手をすれば良い。楽しみが増えて良いだろう?」
「良いよ然うしてあげる。君中々面白かったし、尻尾振って甘えていたのと牙を見せて唸っていたの、何方が本当の君か確かめさせてよ。」
颪が枴を向けると突風が吹き荒れ、咄嗟にセレは翻って跳んだ。
地面が抉れて土埃が舞う。其すらも変わらず吹く凱風に払われる。
・・・初めて凱風が地面を抉るのを見たな。
見えない爪や弾丸と同じだと思わないといけない。
彼は如何やら術を一点に集中させるのが得意な様だ。
「其の姿さ、窮屈なんじゃない?前もう見てるんだから本性出しちゃえば?化物さん。」
又突風が吹き荒れ、セレは建物の陰へと隠れた。
盲目で助かった。あんな土埃が舞っていたら可也のハンデだっただろう。
此の戦術はギルドで培った物なのかも知れない。
自分も前世の次元だと魔術を扱う奴は居たが、魔術なんてのは高等教育だ。ちんけな殺し屋は紛い物の術しか使わなかったから自分も何気に初めてのタイプの相手だろう。
一寸、楽しくなって来た。
知らず上がっていた口端をそっと隠す。
とは言ってもガルダを巻き込む訳にも行かないし、下手な遊びなんてしないさ。
「んー・・・若しかして君ってば人殺すの好きだったりするのかな。やばい気配しかしないなぁ。」
颪は一旦凱風を止め、ちらと建物の陰から見ていたガルダを見遣った。
冷汗を掻いて一歩下がるガルダに笑みを返す。
さて此処で彼奴に手を出そう物なら、
瞬時に颪はガルダに背を向けて枴を両手で掲げた。
其処へセレの爪が掛かり鋭い音を立てる。
「成程ね、君は然う言うタイプか。何だか懐かしいなぁ。」
「恐れ入ったよ。勘が鋭いな。」
又大きく飛び去り、セレは翼を広げた。
晒は全て取った。隠す必要はもう無い。
漆黔の化物を前に颪は楽しそうに口笛を吹いた。
「人間じゃない、人間じゃない君は若しかして・・・精霊だったりするのかな。」
思わず目を見開いてしまう。当たらずとも遠からず、寧ろ其の要素に気付くなんて。
駆けて近付いてはみるが颪は自身に凱風を纏い始めた。
昨霄の事を警戒されている様だ。
暴れる凱風が時々頬を掠めるので建物の陰で遣り過ごすが、其でも斬傷が付いてしまった。
自分の波紋はガルダのくれた髪留めの御蔭で魔力の形はある程度見える。
だけれどもあんな隙間なく吹かれちゃあ如何見ても飛び込むのは自殺行為だ。
時々穴は空くけれども行こうと思った瞬間に其の穴の中心から一際鋭い凱風が吹いている。
誘っている訳だ。罠が張られていると言う事は、自分の此の波紋の性能も粗方予想が付いているのかも知れない。
ヘラヘラ笑っているけれども、態度迄は笑っていない。若しかしたら彼も自分を誘い込む罠なのかも知れない。
魔力切れを狙う手もあるがそんな事をすれば彼奴は直ぐガルダに手を出すだろう。
そんな事はさせない。
遊んであげるんだから、此処で派手に散らせば良い。
「見付けたよ僕の精霊。」
見上げると朏が見えた。
自分を見て嗤う、死神の瞳だ。
「efink」
走り際に予め出していた零星を紡ぐ。
陰霖が時を遡って旻へ還る様に。
零星のナイフが死神に向けて放たれる。
其を颪はより勁い凱風を纏って退け、地に降り立った。
「其じゃあ御前には分かるのか。私は何の精霊なのか。」
未だ魔力が甘かったか、凱風に負けてしまうとは。物質と殆ど変わらないじゃないか。
もっと彼奴の凱風を、魔力を見て、彼に似せて流れに乗せて。
空振ってしまったナイフを崩して纏わせる。
自分を包む零星を見て又彼は笑った。
其処へ向けて又ナイフを投じる。其の隙間を縫って物陰へ。
今度のナイフは凱風の影響を受けず真直ぐ飛んだ。だが真直ぐ過ぎて軌道を読まれてしまった。
彼は軽々と首を曲げて去なしてしまう。
「・・・然うだね。常に僕の首丈を狙う心地良い程の真直ぐな殺意。君は・・・殺しの精霊なんじゃないかな。」
「御名答。」
物陰に隠れ、凱風を遣り過ごす。少し羽搏いて建物の屋根へ降り立った。
凱風がそろそろと颪の方に向けて流れて行く。
「ふーん僕ねぇ、御姉さんみたいな精霊って大っ嫌いなんだよね。殺したくって仕方ない。如何しようもなくそんな衝動に駆られるんだよ僕は。」
息を詰めていると突風が屋根を抉る。慌てて隣の屋根へ飛び移ったが其の瞬間に其の屋根も吹き飛ばされる。
仕方なく道へと降り立つ。
其の間際にナイフを投じて先制する。
二柱広く真直ぐな道で対峙する形になった。
此の図は良くない。自分は暗殺者で彼が狩人なら此は圧倒的に不利だ。
誘われている、さて、如何しようかな。
「其は正義の味方のつもりか?私を殺しても御前も悪だぞ。」
「随分御喋りな精霊だね。彼奴みたいだ、とろくて僕なんかに喰われた間抜けな精霊。勿論分かってるよ、僕は、此の罪は嗤っちゃう位に大きい、大悪党だよ。案外其の気があれば簡単になれるもんさ。」
颪を中心に突然嵐が発生するが自分も対応させる様に零星を回す。
もう彼奴の谺は読んだ。同じ形の魔力をぶつければ相殺出来る。
自分が凱風にすら煽られないのを見て少し彼は口を歪めた。
「同じ悪党同士仲良くしようじゃないか。如何してそんなに私達を嫌うんだ。淋しいじゃないか。」
セレは・・・何を言っているんだ。
二柱の様子を見守っていたガルダだが、違和感を覚えていた。
セレが遊んでいる?手を出せない訳ではない筈だ。
今だって彼奴の術を真似ている。反撃は出来るだろうに。
確かに颪も勁い、的確にセレの隠れ場所を突いている。
けれども其に応戦する様子がセレにはないんだ。
如何して今更話なんて・・・、
「もう直ぐ本格的な軍も来るぞ。御前は其奴等とも遣り合うのか?善良的な彼等も。御前は何がしたいんだ。」
「何、其。僕と契約したい訳?んー・・・じゃあ一寸話してあげようかな。御姉さんの目的が今一分からないけど、そんな揺さ振りが無意味だって事分からせてあげるよ。其で満足してくれるんでしょ?真面目に遣り合ってくれるんでしょ?」
セレが黙って何処か不敵に笑うのを見て颪も朏の様に笑う。
「僕はね、僕を壊した精霊を憎んだんだ。人の死に様を嗤う事は赦されない。御姉さんは知ってるのかな。僕少し前精霊に魂を盗られ掛けたんだよ。自分で決めた事とは言え、あんな遣り方は狡いよ。噫何だか久し振りに懐い出したけど。」
何処か視線を彷徨わせるが凱風は未だ吹いている。隙を見せたら直ぐ狩る気だな。
「けれども僕は結局其の精霊を喰った。あんなに奴等が愚かだったなんて知らなかったよ。あんな奴等に僕達は怯えていたんだ。だから僕は彼等を退治しようと思ったんだよ。」
「退治・・・矢っ張り正義の味方気取りじゃないか。」
「最初はね。でも直ぐ僕は気付いたんだよ。先ず僕は奴等が餌にする人間を探した。死にたがっている奴を。でも奴等、鼻丈は良いみたいでさ。見付けた奴は皆もう奴等に憑かれていた。だから奴等毎殺した。魂を盗られない様に。」
何がおかしいのか颪は喉の奥で嗤っていた。
「次の日も其の次の日も、僕は殺し続けた。精霊と一緒に人間を斬った。でもねぇ、減らないんだ。奴等はどんどん現れて、死にたい奴も呆れる位いて、まるで僕が奴等と同じ精霊になったみたいだ。死にたい人を殺す精霊に。そして僕は気付いたんだ。気付いてしまったんだ。」
凱風が不自然な輪を描く。
噫、魔力が嗤っているんだ。
もう分かり切っている心理を嘲笑う様に。
「人は皆死にたがっているんだ。生きたいと思う程に其の全てが煩わしくて手放したいとも持っている。生も死も全て一つで同じで不変だったんだ。」
「成程な。其には同意するよ。其の矛盾は誰しもが抱えている。」
「うん、御姉さんなら分かってくれると思ってたよ。ねぇ殺しの精霊さん、僕にも教えてよ。君は何の為にいるの?何をしているの?君もさ、殺して欲しいんじゃないの?僕が叶えてあげるよ。」
「私の存在目的か、中々難しい事を聞くなぁ。」
未だ、御前達は嗤っているのか。
然うだよな、嗤うしかないよな、滑稽な願いなんだからさ。
「残念だけれども其には答えられない。私は秘密主義なんだ。けれどもしている事なら答えられる。御前も知っている事だからな。・・・見憶えがないか?」
時空の穴から彼の日誌を取り出す。そして写真のあった頁を広げて見せた。
正確には柊の写真を。晁の彼が捨てろと言った写真を。
其の瞬間激しい突風が吹いた。
彼は目を大きく見開き、嗤っていた。此以上ない位不気味に乾いた笑みで。
「噫憶えている、憶えているよ。あんなに忘れたかったのに逃げたのに捨てたのに壊したのに、彼女はずっと僕の傍に居るんだ。頭を叩き割ろうかって位、裂かれて血が噴き出るんじゃないかって位、ずーっと居るんだよ。」
凱風が近くの建物を切り裂いて行く。
凱風と凱風がぶつかって悲鳴の様な叫び声を上げる。
次第に其の凱風は朏の様な形を取って回り始めた。
まるで死神の首切り鎌の様に。
「彼女の最期から御前の現在に至る迄の全てが私の所為だと言ったら御前は如何する?」
そっと日誌を仕舞って一つ嗤ってみせてやる。
私の役目は、此方の方がずっと性に合っている。最早天性の才じゃないか。
「あぁあぁああああ・・・っ‼然うかい、然うなんだ。はは、ははははっ‼良い、良い絶望だ怒りだ。まるで生きていた時みたいだ。凄いなぁ本当、噫もう、止められそうもないや。」
頬を紅潮させ、彼の目はぎらついた。
殺意が真直ぐに刺さる。透き通った心地良ささえ覚える。
地を蹴り一気に颪が走り寄って来た。
枴を振り上げると朏の凱風が彼を追い越して縦横無尽に駆け回る。
其の間を掻い潜ると彼の枴が目前に迫る。離れ様にも凱風の壁に阻まれる。
下がれば細切れか、だったら正面から行く丈だ。
凱風の刃が服を、髪を、肌を少しずつ削って行く。
避け切れない、此の儘じゃあ嬲り殺しだ。
―練習の成果を出してみようか。―
魔力が渦を巻く、見慣れた波形、手応えはある。
斬れた肌から血が滲み、凱風に因って散らされる。
綺麗だ、と彼等は笑うだろう。こんな物が贄になるのなら何て事はない。
「exa「elkcis「drows」
零星に形を与えてやる。
様々な武器の形状を取った星座が好きな様に駆け回る。
滅茶苦茶に遊ぶ様に出鱈目に、凱風に乗っては気紛れに逆らったり。
―おいおい、遊ぶのも良いがちゃんとしてくれないと私が死んでしまうだろう。―
つい苦笑を漏らしてしまう。本当に子供みたいだ。
可也強引に攻撃をして来たが、星座の軌道を見逃していない。
正直自分は可也戦い難い相手だ。少し、自分と戦い方が似ている。
首丈を全力で狙う、狩る事しか眼中にない。殺す事しか考えていない美しいとさえ思える殺意。
隙を見せれば、狩られるぞ。
つい笑みが零れて爪と枴を重ねる。
衝突した瞬間に爪から黔い刃が伸び、枴に絡み付く。
伸び上がって蛇の様に笑った其を慌てて颪は突風で吹き飛ばした。
そして気付く、対峙している化物の変化に。
化物の爪に、翼に、尾に、瞳に、彼の蛇が巣食っている事に。
噫嗤ってる、嗤ってる。化物と一緒に。彼の蛇は何だ。
魔術の筈なのに、如何して嗤う何て事をしている?
「如何した、手が止まっているぞ。」
其の一言で颪の突風が又激しくなる。
二柱は最早嵐の中で刃を交えていた。
少しでも下がれば身を引き裂く嵐の中、荒れる凱風を乗り熟し、掻い潜って刃を重ねる。
でも颪は気付き始めてた。
手数が、自分の方が少ない事に。
初めは攻勢だった嵐も凱風も、気付けば彼の蛇を近付かない様相殺する為丈に吹いている。
爪を何丈去なしても黔蛇の所為で其以上手が出せないのだ。
黔蛇は凱風に咬み付くといとも容易く咬み砕く。毒でも流し込まれたか凱風を伝って一咬みで殆どの凱風が相殺されるのだ。
凱風を呑んだ黔蛇は嗤った。
其の身が凱風の様に揺らめいて伸び上がる。
―馬鹿ナ奴、一寸遊ンデアゲル。―
―何モ出来ナイ絶望ヲ知レ。―
―モット凱風ヲ頂戴、モット楽シマセテ。―
―サァ輪舞曲ヲ踊ロウヨ。―
又、此の声だ。頭の中へ直接流れる様な。
無数の畳み掛ける様な無機質な声は此の黔蛇達の物だったのか。
颪は枴を振るって又爪を弾く。
爪に纏わり付いていた蛇毎突風で飛ばした。
其の突風はセレの右耳を斬り、又血が散っては落ちる。
其の血も蠢いている様で、蛇の瞳と搗ち合った気がした。
―ヘェ随分嘗メテクレルジャン。―
―悪イ子ハ御仕置ダ、御仕置ダ。―
数百の蛇の瞳にさしもの颪も身が竦んだ。
こんな化物、自分は知らない。
此処迄歪んで、壊れた化物なんて。
精霊なんかじゃない。先自分は殺しの精霊と言ったが、此はそんな物じゃない。
アンノウン、名前も無い者こそが真実じゃないか。
黔の蛇は重なって一頭の巨大な大蛇の姿を取る。
そして緩りと颪の背後で舌を出した。其の儘彼を丸呑みにせんと許りに口を開ける。
背後の嵐も物ともしない様だ。其の鱗は傷付く所か嵐に因って磨かれて瞳の様に光る。
「・・・中々、言う事を聞いてくれない御転婆だな。」
其の瞬間セレは零星のナイフを蛇に向けて投擲した。
其は颪の頬を掠め、蛇の頭をいとも容易く両断する。
そして大蛇はボロボロと崩れ、無数の黔蝶に姿を変えて羽搏いた。
哄笑を響かせ乍ら蝶はセレの躯に留まり、其の姿は溶けてなくなった。
「何のつもり?遊んでいるの?」
冷汗をそっと手の甲で拭う。
少し、彼の大蛇がスガタコロシだとか言った彼の魔物と重なったのだ。
何だ彼の黔い蛇や蝶は。精霊である彼女の僕か何かだろうか。
「彼等が好き勝手してしまう丈だよ。此でも未だ練習段階なんだ。大目に見てくれないか。」
然う言って彼女は薄く笑った。
嵐の中、何処か其の頬は紅潮している気がした。
「噫駄目だ。私も可也楽しくなって来た。本当に勁いな御前は。でも終わらせる前に一つ聞きたい事がある。御前若しかして奴等の声が聞こえるのか?」
「何、其。精霊の甘言のつもり?御姉さんみたいな精霊には僕でも出来るのかな。凱風をくれとか御仕置とか、先から笑ってばっかで煩いから少し黙らせて欲しいんだけど。」
其を聞いてセレは僅かに目を見開いた。そして喉の奥で不快な笑い声を立てる。
「然うか、然うなのか。御前は本当に勘が鋭いな。でも残念乍ら僕ではないから其の御願いは聞けないな。彼等は私の相知なんだ。」
然う言って彼女が撫でる様に手を上げると自分のとは別の七色の凱風の様な物が絡み付いて行くが見えた。
周りを舞っていた星座の剱や鎌が軌道を変えて行く。
此はもう逃げ場を潰されてしまう。
颪は枴を下げて凱風を纏い飛び退いた。
膠着状態が続く。
化物は黔蛇と星座を、自分は嵐を纏って、触れた先が火花の様に散って行く。
颪はもう薄々勘付いていた。そして其以上の追撃が来ない事が何よりもの証拠となってしまった。
「・・・僕は今迄沢山の精霊を喰らって来た。皆人の命を奪い、魂を狙う奴許りだったけど、御姉さんは何をしてるの?僕と遊ぶ事が仕事になる訳?」
「噫御前から聞いてくれるなら助かるな。然うだな、説明すると長くなるが、私は前随分とへまをしてしまったんだ。御前の事も含めてな。だから今其の償いの様な事をしているんだ。」
「ふーん、其の証拠は?・・・ってそんな無粋な事聞く必要ないか。じゃあ此処に来たのも僕に会う為かな。復讐のチャンスをくれた訳?今こんなに頭が痛んで急に色んな事を懐い出したのも御姉さんの仕業?」
「まぁ然うだな。恐らく御前は此処最近の晁の記憶も無いだろう。其の辺りも欲しければ説明出来るぞ。」
「セレ、話ってでも、」
ガルダが思わず声を掛ける。
戦いの邪魔にならない様静観していたが、セレは間違いなく何か狙っている。其に薄ら気付いた気がした。
セレも静かに、とジェスチャーする丈で小さく笑った。
「へぇ、話す気はあると。と言う事は御姉さんは別に僕を殺しに来たんじゃないんだね。けれども僕より勁い、然う思わせる様力を見せ付けて来た。まるで脅迫する様にね。」
そっと颪は自身に捲いた凱風を解いた。
然うして一つ息を付く。
「償い、ね。精霊のする事とは思えないけど。僕を地獄に突き落としたのが御姉さんなら其も含めて仕事だったんじゃないの?」
「と言うより抑私は色々混ざり過ぎているんだ。精霊っぽくなったのはつい最近の事だよ。力を得たらなった丈だ。だから今の仕事は単純に過去の清算だ。」
「へぇ其は初めて聞いたね。後から精霊だなんて、若しかしたら僕もなっちゃうのかなぁ。僕、多分もう人間じゃないもんね。死んだのに生きてるし、記憶も滅茶苦茶だ。・・・彼奴が死んだのがずっと昔の様な気もするよ。本当何してるんだろって感じだよ。」
颪は自白する様に呟いて自虐気味に笑った。
「・・・ねぇ御兄さん。若しかして御兄さんも御姉さんと一緒に仕事してるの?御兄さんも人間じゃないみたいだけど精霊でもないよね。仕事って何してるの?」
何処か悲しそうに笑ってガルダに視線を寄越す。
其の目に戦意は無い気がした。如何して急にそんな落ち着いたのだろう。
未だ殺し合いの最中だった筈なのに、まるで昼の彼に変わったみたいだ。
ガルダは不審に思ってちらとセレを見遣った。
彼女は既に零星を解いており、只静かに頷いていた。
「え、えと然うだな。一緒に仕事はしてるけど、色んな所に行って、何か其の壊してしまった物を直したり、話をしたり、魔物退治をしたりとか色々。」
何でそんな事を聞くのかは最早分かり始めていた。
けれども信じられなくてついしどろもどろになってしまう。
彼の真意が読めないのだ。
「ふーん然う、じゃあお姉さん達は如何転ぼうと僕の件が片付いたら何処か行っちゃうんだね。其は困るなぁ。だから御姉さんの誘いに乗ってあげるよ。此で満足でしょ?」
「其は嬉しい限りだよ。御前みたいな逸材は然ういないだろう。大きな戦力になる。私には敵が多いからな。」
「だろうね。でも其の油断した首を掻っ斬るのは僕だよ。」
二柱は何が楽しいのか喉の奥で笑っていた。
一柱現状が読めないガルダは首を傾げるのみだ。
「誘いって・・・セレ、何の交渉をしたんだ?」
もう戦意は・・・完全に無い様に見える。
静かに唐突に終わったのだ。
「喜べガルダ、こんなにも勁くて素敵な彼が私達の仲間になってくれるそうだ。色々話をしないといけないが、実に平和的解決だな。」
「まぁ然う言う事だね。今の僕じゃあ御姉さんに敵わない。でも殺さずに話してくれると言う事は僕に利用価値を見付けたからでしょ?だから其の時が来る迄付いてってあげるよ。其の方が僕の復讐心も育つだろうし、ギルドも此の街ももう僕の居場所はないからね。」
「そ、そんな良いのか?だ、だって敵と一緒に居るって事だろ?」
確かに彼は勁い。でも勁いからこそ不味いじゃないか。
自分の命を狙う暗殺者と一緒に仕事をするなんて正気の沙汰とは思えない。
「其の方が刺激もあって良いんじゃないのか?仲間を疑うのは心苦しいが最初から然う言った要素を持った奴が居てくれた方が寧ろ気が楽だ。抑そんな状態でも生きられなきゃ此の先やっていけないだろう。」
「う・・・う?そ、そんな物なのか?」
家迄危険地帯にしちまうなんてセレは一体何処へ行きたいんだろう。
トレーニングで負荷を掛けたりするのは分かるけど、此は普通に只リスキーな丈な気がする。
「勿論ルールは設ける。狙うのは自分丈にする事、仲間を利用したり神質にする事は禁止する。仲間になるからには最低限仕事をする事。・・・まぁそんな物かな。具体的には又話して決めたいけれども。」
「ふーん、良いと思うよ。守らなきゃ僕が殺される丈なんだろうし、雇われたからには仕事をするよ。ギルドから移籍した様な物だし。でも驚いたね、仲間ってそんなに居るの?先の見えない奴等みたいな具合かな。」
「いや、普通に大切な私の仲間だよ。だからまぁ・・・御前が話して御前の仲間にしてしまう分は責めない。本神達の意思で決めた事なら私も口は出さない。」
「何言ってんだよセレ、何でそんな唆す様な事を言うんだ。其に御前を斃したいとか、そんな事思ってる奴はいないだろ。」
思わず口を出してしまう。其の言い方は何て言うか・・・残酷だ。胸が痛くなる。
「只の冗談だよ、他意はない。私も皆を信じているよ。でも私の想いと皆の意思は別物だろう?其に案外皐牙とかが手合わせ感覚で・・・いや此は言い過ぎたな、取り消すよ。」
薄く笑ってそっとセレは手を振った。
でも俺は其の笑顔に安心なんて出来なかった。
「御兄さんも大変だね。因みに仕事って事はギルドか店があるんだよね、其って此処から近いの?其とも精霊だから異界とかに住んでたりするの?」
「本当に勘が冴えるな。異界・・・はそんなに間違いじゃないだろう。此処には基本的に戻れないと思った方が良い。御前にとっても都合が良いだろう?」
「・・・もう御前が仲間にする事は確定事項なんだな。まぁ・・・良いけどさ。」
正確には良くなんてない。でも恐らく俺が何か言った所で彼女の機嫌を損ねる丈だろう。
俺が・・・護らないと。俺が正しくないと。
晁御前の部屋に行ったら暗殺されていたとかさ、俺は全く笑えないんだから。
早くも頭痛を覚えるガルダだが、そんな彼を見遣ってセレは苦笑いを浮かべていた。
「んー・・・つまりは彼方の世界に行って住み込みって事かな。此の街の事はまぁ良いんだけど、じゃあ最後に一ヶ所丈行きたい所があるから良いかな。一寸と遠いいから其の道中に色々教えてよ。」
「構わない、何処に行きたいんだ?」
「・・・楓夏の奥つ城だよ。」
何処か悲しそうに笑って颪は枴に跨ったのだった。
・・・・・
水鏡が旻を渡る中、三柱は霄より静かな奥つ城に着いた。
此処は颪曰くギルドの管理する奥つ城で、殉職した際は此処に墓が作られる然うだ。
無数の十字架が並ぶ中、颪はそんな墓を一つ一つ丁寧に見ていた。
そして奥つ城の奥、比較的綺麗な地区の真新しい墓の前で立ち止まった。
其の墓に刻まれた文字を見て、颪は一柱黙り込む。
「・・・矢っ張り分かっていても来る物があるね。御免ね、来るの随分遅くなっちゃった。あの・・・、」
言い淀んではたと気付いた様に振り返った。
「然う言えば僕、色んな事教えて貰ったけど御姉さん達の名前聞いてないや。彼女にも紹介したいから教えてくれない?」
「ん、然うだったか。すっかり次元や神の話をしていたから忘れてしまっていたな。」
「あ、然う言えば、まぁ・・・難しい話なんだし、仕方ないだろ。」
「僕としては御兄さんも飛べたのが一番吃驚したけどね。」
もう一柱の彼の影響なのか思ったより彼は現状の呑み込みが早かった。
淡々と全て呑み込んで、其の上でも決意は揺るがない様だった。
自分を殺せれば其で良い、本当に其しか執着していない様で。
真直ぐ過ぎる殺意は澄んでいて嫌いじゃなかった。
「其じゃあ私からだな。私はセレ・ハクリュー、次元龍屋の店主で、黔日夢の次元を起こした張本神だ。」
「お、おぉう、凄い自己紹介だな。嘘がないのも又、えと俺はガルダリュー、俺はまぁ家主、になるのかな。セレの守護神だから俺抜きでドンパチ丈はしないでくれよな。」
「ククッ、ガルダは心配性だな。でも有難う。然うだな、なるべく御前には迷惑を掛けない様にするからな。」
全く説得力の無い謝罪をし乍ら小さく彼女は笑った。
「うん、まぁ僕はもう知ってるだろうけど颪 飃、一応仲間になるんだから飃って呼んでくれて構わないよ。」
墓石を見詰めて彼の瞳が少し丈冥くなる。薫風が優しく彼の背を撫でた。
「まぁ・・・然う言う事、君が僕なんか庇って死んじゃったからさ、死神になんかなっちゃったけど、正直君のいない世界で生きる元気も無いんだけどさ、君の仇を見付けたから、其奴を殺す迄生きてみるよ。君が神になっていないのは然う言う事でしょ?そんな狡い事をするならさ、僕は君を言訳にして生きるから。・・・ね、だから此処で待ってて。」
暫く目を閉じ、飃は緩りと立ち上がった。
其の表情は何処か晴れ晴れとしている様だった。
「御待たせ。其じゃあ行こうか。御姉さん達に付いて行けば先言ってた次元の迫間・・・だっけ、其処に行けるんだよね。」
「噫、只最後に確認なんだが、御前はもう一つの魂が入り込んでいるが其の自覚はあるんだよな。其に関しては良いのか?」
「うん、構わないよ。彼は言わば僕の命の恩神でしょ?別に半日躯を使われる位如何って事ないよ。其に僕は霄の方が好きだからね。晁は緩り休ませて貰うよ。此からは記憶を共有させて貰うけれどね。」
「何て言うか凄い器が大きいな。まぁ別に治し方も俺達は知らないし、本神達が其で良いなら良いけどさ。」
其なら晁の内は安全だから俺としても安心出来るし、悪くない話、なんだけど。
「私も霄は好きだし、良いんじゃないか、其は其で。分かった。其じゃあ又晁に話をしてやらないとな。」
此方としても霄と言うのは都合が良い。万全のコンディションで臨める訳だ。
まぁ晁の彼が自分の本性を知って寝返る可能性はあるから油断出来ないがな。
「うん、其処は御姉さん達に任せるよ。精々僕を楽しませてよね、楽に死なす気はないからさ。」
「ククッ、私も同意見だよ。折角仲間になったんだから楽しまないとな。じゃあ店迄行こう。此の次元から死神が去れば次元も元通りになるだろうし。な、ガルダ。」
もう日誌も返してある。彼が去れば、事件は迷宮入りしてしまうが此の連続殺人事件に終止符は打たれるのだ。
「んん・・・まぁ然うだな。分かったよ、行こう。」
何とも物騒な話なのに二柱は本当に楽しそうで。
俺には通じない常識みたいな物が殺人鬼である二柱にはある様で胸に重りがあるかの様な苦い思いが広がって行く。
俺が何かを言った所で彼女はもう其の決定を覆さないだろうし、本神も乗る気だ。
だから今更言わない。言わないけれども・・・。
ガルダは此からの事を思って小さく溜息を付いた。
彼女の何処か申し訳なさそうな悲しい笑顔を見てしまってはもう引き返せないのだ。
俺も、本気で頑張らないとな。
小さく独り言ちて墓地を後にする。
飃は最後に一度丈墓を見遣り、小さく手を振った。
其の指に絡まる様に吹く薫風は何処か擽ったくて、つい飃は笑みを返したのだった。
・・・・・
二人だった世界は独りになってしまった
霄しかない世界で青年は歩いている
彼女の足跡はずっと昔に絶えてしまった
けれども僕は止まれない、死神に身を窶そうと
世界の終わりの息の根を止める迄待っていて
はいトントン拍子で仲間が増えますね。先に後書きから読むタイプの御方、盛大にネタバレしてやったぜ!
飃君は結構筆者の中で御気に入りの子です。此の子はとあるゲームをした時に出て来た主人公がモチーフになっていますが、可也悲劇的なストーリーだったので飃君も随分其に引き摺られています。只元々の設定とは可也変わっていますね。言ってしまうと彼は元々二重人格と言う設定でしたが、其だと色々と問題が出てしまったので変更が加えられました。(当時は鏡界なんて物も無かったしね。)後飃と鏡が響きが似ていますが、其はまぁ仕方ないね。そして又筆者はキャラ名をずっと間違えていましたが、もう其方の方がしっくり来ていたのでもう変えませんでした。飃君は正しくは飃疾君だったんですが、うん、すっかり忘れていました。
加えて彼の枴の名前も間違えて覚えていました。もうグダグダですね、杖の名前も又ややこしいですが、多分もう名前を出す事も然うないから良いんじゃないかな、そんな具合で緩く書いて行きたいです。
あ、後ピンクの所、良かったでしょ?自分は結構満足しています。甘ったれたセレさんの話でした。本神は結構気にしているので話し中では触れないように努めていましたが、彼は後々禍根を残します。何時再発するかは御楽しみに、と言った所でしょうか。
次話は又緩く書いて行くので少し先になると思いますが、又御縁があります様に。其では。




