25次元 憐愛の囀り吹き渡る渓谷の次元
御久し振りです。フフ、調子良いですね。最近本当に良く会いますね。
一ヶ月は御久し振りに入るのでしょうか。でも親しい者とは少し離れても寂しい物だし、親しみも込めて御久し振りです!
暫く短編の続く次元龍屋、何気に主人公(人ではないけれど)不在で話が斯うも続くのは然う無いので少し不思議な気分です。
然う今回は次元は次元でも、初の組み合わせメンバーで行きます。さぁコミュ障はいるかな!?
そして初のコラボ作でもあります。コラボ作品は『吟遊詩人の忘れ語り』の-翼妖異の疵釁の翼-です!!・・・って此自分の作品やん!?
と言う事で、過去作とのリンクな訳です。いやー楽しいですなぁ。
一応『吟遊詩人の忘れ語り』って何?って方の為に、此の話は超短編集で、多数グロ、惨酷性を持った幻獣メインの物語集です。此方は御無沙汰ですね・・・。未発表作は未だ結構あるんですが、うん。
取り敢えず良く人が死ぬ御伽噺です。はい一気に安心しましたね。今も昔も自分の筆は変わらない様です。
だからコラボし易くもあるんですよね。と言うより元より其のつもりで書いていたし、『吟遊詩人の忘れ語り』は御伽噺に近いので謂わば『次元龍屋』のパロディ作になる訳です。昔結構パロディ書いていたのですが、此が中々面白い。
既に筋道が決まっている物語なのでアレンジし易いんですね。
さてそんなザンコク×ザンコクなストーリーが絡む先はどんな物語なのかどうぞ御楽しみ下さい。
風籟の詠が聞こえるか
地に棲まう者に届かぬ詠
如何か奈落の彼女へ紡いでおくれ
疾風が吹く疾風が吹く疾風が吹く
谷を駆ける疾風は高い音を響かせる
・・・・・
「依頼を承った者です。入れて貰えませんか?」
ロードが然う声を掛け、木製の扉をノックする。
すると其の拍子に扉は大きく内側へと開け放たれた。
・・・如何やら力の加減を誤って扉の鍵が壊れた様だ。
此でも抑えた方なので扉自体は壊れなかった様だが。
「あら、歓迎されてるわね。」
―いや、あの、偉く威勢良く開いた気がするんやけど。―
「何とも高度な技なのだ・・・。敢えて手の甲を扉に軽く打つなんて。」
彼女の物理的な力と言う秘密を未だ知らないグリス、知っていても人体の構造が良く分かっていない為に理解出来ていないハリーの二柱は少し後退るのみで繁々と扉を見遣った。
だが開いた扉の先には誰も居ない。強行手段で開けた丈なので勿論迎えられている訳では無い。
寧ろ誰も居なくて良かったかも知れない。若し偶々ばったり出会す様な事態だったなら相手の額は扉に因って割られていただろう。
「あら・・・誰も居ないのかしら。」
「あの、何か私に御用でしょうか。」
ロードが首を傾げていると背後から遠慮勝ちな声が掛かった。
振り返ると一人の正女が籠を持って突っ立っている。
其の正女は所謂常人の様で、色素の薄い紫の長髪、濃い蒼の瞳は眦が柔らかく、細身で色皓な様子は清楚な、淑やかな印象を受ける。
羽織っているのは着物に近く、只布は軽めでレースも掛かっていた。
少し躊躇い勝ちに口元に片手を当て、下がって様子を見る様は一般人の様だが、如何も次元の主導者の様だ。
―依頼人、と言うより次元の主導者の様やけど、何て言うか普通の人、みたいやね。神やないと次元の主導者って気付き難そうやね。―
―別に何か大きな事をするのが次元の主導者でもないし、抑次元の中心なのだから寧ろ一番溶け込んでいる人だったりするわよ。世界に馴染み易いのね。―
―成程、見た目で判断したら駄目なんやね。―
グリスがつい確認をしてしまうのも頷ける程、確かに彼女は一般人にしか見えなかった。
だが色んな次元を見て来ているロードからすると、寧ろ此方の方が多い位だ。特異な次元の主導者は次元も然うなる傾向がある。普通の次元であれば次元の主導者も自然と似た雰囲気になるのだ。
「入れ違いだったみたいですね。依頼を承りました次元龍屋の者なんですが。」
「依頼・・・ですか?」
「鳥の怪物に襲われる夢を見る、と聞いています。御力になれればと思いまして。」
「っ其は・・・、若しかして村長が御願いしてくれたのかも知れません。来て貰って有難う御座います。あの、中に入って頂ければ、直ぐ開けますので。」
合点が行ったのか正女は慌てて家へ入る。
ロード達は別に村長と面識はない。誘われる儘次元へ行くと丁度彼女の家の前へ出て来たのだ。
如何やら此の次元の主導者、悩んで助けを求めたが故に自然と願いが依頼の形を取り、店に届いた様だ。
次元の迫間は色々な次元の思念を絡み易い。本人が意図せずに次元の迫間に影響を及ぼす事もあるのだ。
「あら、私鍵も掛けずに。えっと、どうぞ入って下さい。・・・あれ、此の扉、何で中に?」
一人あたふたする正女は何とか一同に声を掛ける。
可哀相な事に彼女が家の扉が壊されてしまった事に気付くのは大分後の事になるのだった。
「あの、私の話は夢の話だったのですが、一体具体的に如何されるのでしょうか?」
居間に通され一同が腰掛けると、少し落ち着きを取り戻した正女が前髪を掻き上げた。
「然うですね、先ずは貴方の御話を詳しく聞かせて貰えませんか?村長から話は簡単に聞いた丈なので直接貴方から教えて欲しいのです。」
ロードは取り敢えず先の正女の話に合わせる事にした。
下手に時間を掛けて疑われるより、簡潔に済ませた方が良い。
「私の話、ですか。あの・・・皆さんは御存じでしょうか。少し前迄此の村を一頭の怪鳥が襲いに来ていたんです。死者が何人も出た恐ろしい、本当に恐ろしい鳥で・・・。」
正女は一同の装いを見、外の者と判断した様だ。
其の辺りの基本情報を貰えるのは有難い。
「其の鳥が忘れられずに夢を見るのかしら。其とも又其の鳥が来る予知夢だったのかしら。」
「其があの、件の怪鳥はもう退治されたんですが、私は其の鳥よりも恐ろしい鳥を見たんです。酷く腐った臭のする黔い鳥で、何も言わず只私を睨んで、襲い掛かって来る。そんな夢なんです。」
正女は僅かに手を震わせていた。余程恐ろしい思いをしたのだろう、先より面は青くなってしまっている。
「其は随分と恐ろしい夢ですね。でも別の鳥、ですか。」
「其で私、村長に相談したんです。何かの前触れだったらいけないと思って。貴方達は然う言った類の者を、如何にか出来るのでしょうか。正直私、然う言う夢だとかは余り信じていなくて。」
「えぇ御心配なく。若し本当に其の様な鳥が現れてもいけませんし、退治も視野に入れて調査してみますね。」
「御願いします。あの、依頼料とかは、然う言えば私、其の話もせずに済みません。」
「状況にも因りますが、余り其処は考えなくても大丈夫ですよ。先ずは防ぐのが仕事だから大した事迄はしません。本格的な退治とかになれば村の皆で考えましょう。」
下手に只と言って不審がられてもいけない。
貰って困る事もないし、相手が納得する分出して貰ったら其で良いだろう。
「何かあってもいけませんし、成る可く外出は控える様にして下さいね。では失礼します。」
「はい、宜しく御願いします。」
正女は一つ頭を下げ、ロード達は彼女の家を後にするのだった。
・・・・・
「さて、先ずは情報収集ね。何が起きてるか探らないと。」
「ならば一度別れた方が良さそうなのだ。其々村を隈なく探せば見える物もあると思うのだ。」
「其が良いでしょうね。恐らくそんな難しい話じゃない筈よ。次元の主導者の様子からして一つ大きな異変があると言った物でしょうから其を取り除けば大丈夫よ。」
―然うなんやね。次元の主導者から然う言う情報も取れるなんて、其なら手分けした方が確かに良さ然うやね。頼りになる先輩許りで勉強になるわ、うちも色々探してみる。鳥絡みなら役に立てるかも知れんし。―
グリスが然う勢い込むと彼女の羽根が少し逆立った。
慌ててグリスは髪をそっと宥めて整える。
「うむ、今回は次元の主導者とは別なのだな。何か起きる前に如何にか食い止めれば良いのだ。此の位なら朝飯前なのだ。」
頼られるのが嬉しかったのか腕を組んで胸を反らすハリーである。
只其のポーズが出来ていないので謎の儀式の動きの一部に見えなくもない。
「確かに。実際そんな怪鳥が現れたら此の村の中での戦い丈は避けたいわ。早目の解決を目指しましょう。」
村自体はそんなに広くない。渓谷に沿って出来た寂れた小さな集落だ。
只村の規模にしては出歩いている人が多いので情報は掴み易そうではある。
一同は集合場所等を決めて其々分かれたのだった。
・・・・・
「ぬ、もう戻っていたのだな。中々此の村はその、口が堅いのだ。」
「私も似た具合だったわ。怪鳥の話になると禁句みたいに離れる許り。余り次元の主導者に話を振るのも如何かと思って控えたけれども聞く可きかしら・・・。」
如何やら思っていた以上に怪鳥の被害は大きかった様だ。
皆其の言葉を聞く丈でそそくさと離れたり、明らかに嫌な顔をされてしまうのだ。
夢を信じないと言いつつも見た丈で彼所迄次元の主導者も怯えていたのだし、若しかしたら怪鳥は本当に恐ろしい存在なのかも知れない。
「・・・旅の方、ですか?」
突然声を掛けられロードが振り返ると一人の青年が立っていた。
黔や濃い翠の長い布を合わせた物を何枚も垂らす様に羽織り、零れる金の長髪には銀のサークレットが掛けてある。
只異様だったのは其の素顔が見えなかった事だった。
彼はペストマスクの様な、角のある鳥の頭の様な布製の仮面を付けていたのだ。
そして小脇に竪琴を掛けていると言う何とも不思議な組み合わせだ。
だが仮面をしている割には声が通っており、若しかしたら仮面の下方、嘴状の下は開いているのかも知れない。加えて目の所にはレンズが填められており、澄んだ蒼い瞳は優しく咲っている。
姿こそ異様だが、其の目の色は無条件に信用出来る様な澄んだ色だった。
「・・・貴方は?」
明らかに外の者だ。村人でないのははっきりしているが・・・。
「噫失礼、私は旅人です。如何やら此の村、旅人は珍しい様で。観光に向いて然うな美しい渓谷もあるんですがね。・・・まぁあんな事があった後なので仕方ないのかも知れませんが。只、そんな場所でも見慣れない御姿の方がおられたので若しや同じ旅人かと思いましてつい声を掛けてしまいました。」
「然うですか。私達も似た様な物ですね。何方かと言うと仕事に入るのですが。」
あんな事・・・若しかしたら彼は自分達の知らない村の情報を持っているのだろうか。其処は少し気になるけれども。
「精が出ますね。若し何か御困りの事でも?私はしがない吟遊詩人なので何丈力になれるか分かりませんが。」
然う言い彼は苦笑して片手を挙げた。
成程、だから竪琴なんて持っていたのか。奇抜な衣装も若しかしたら敢えて人目を引く様にしているのかも知れない。
「うむ、その、吟遊詩人とは如何言った者なのだ?我は初めて聞いたのだ。」
「然うですね、言わば色んな所を旅して、物語や詠を詠って回る人の事ですよ。」
「其なら丁度良いかも知れないのだ。此の村の怪鳥の事を聞いてみたいのだ。村の者は如何も口が堅くて聞けなかったのだ。」
「然うね、そんなに前ではないと思うのですが、此の村を襲った怪鳥の話、御存知ですか?」
「其の事なら存じてますよ。一応私、此の村に何日か滞在していたので教えて貰ったんです。只・・・余り良い話ではありませんよ。其でも宜しいですか?」
「えぇ、是非御願いします。」
思ってもいない申し出だ。少し虫が良過ぎる気もしたが、頼らない手はない。
「分かりました。では一つ詠いましょう。物語として詠うので他に此の村で聞いた物語や御話も含まれます、御了承下さい。」
青年は優しく咲って竪琴を持ち直した。
そして慣れた様に指が動き、リズムを取って行く。
其の音に合わせて青年は高く澄んだ声で詠い始めた。
・・・・・
とある渓谷に棲む翼妖異(ハルピュイア)には常に付き添う大鷲が居た
大鷲は翼妖異の艶やかな翼を、翼妖異は大鷲の勇敢さに恋をした
二羽は常に隣に寄り添って飛んでいた
其の渓谷の近くには小さな村があった
凱風の強い此の地に棲む者は皆弓矢を携え、鳥を捕らえて生きていた
或る日二羽が渓谷の隙間を縫っていると其処を通り掛かった男は翼妖異の醜さに恐れをなし、直ぐ様矢を放った
翼妖異は直ぐ様大鷲を護ろうと翼を広げた
だが大鷲は其を潜り抜けてしまい、矢を胸に受けて絶命した
嘆きの囀りを上げて翼妖異は男に飛び掛かり、其の心臓を啄んだ
もっと翼が大きければ屹度届いたのに
斃れ、動かなくなった男を踏み締め、翼妖異は男の衣服を剥ぎ取り、捕らえていた鳥の羽根を毟った
そして其等を己の翼に巻き付けた
一回りは大きくなった翼妖異の翼
でも此では未だ未だ足りない
もう大鷲は戻らないと言うのに、失った心の隙間を縫う様に翼妖異は翼を大きくする事に次第に執着して行った
其から翼妖異は屡々村を訪れ、人を襲っては其の衣服や羽根飾りを命と共に奪って行った
村人は翼妖異を警戒する様になり、翼妖異を捕らえようと何度も弓を引いた
だが翼妖異の巧みな翼使いと鋭い動体視力に因り中々捕らえる事が出来なかった
次第に翼妖異の翼は継ぎ接ぎだらけのちぐはぐな大翼となって行った
余りの重さに蹌踉めく事もあったが、其でも翼妖異は求め続けた
彼を、大鷲を護れる翼を
或る日、翼妖異がとある母子の帯を狙って襲うと、母は子を庇った
だが子が其の隙間を縫って母の前に立ちはだかった
其の為翼妖異の鋭い嘴が深々と突き刺さり、子は命を落とした
帯を奪った翼妖異の目の前で母は子の亡骸を抱いて涕き崩れた
翼妖異は其の光景に知れず彼の大鷲を重ねた
噫、やっと分かった
彼の時、私の翼が足りなかったのではなく、大鷲が私を庇ったのだ
そして彼は余りにも勇敢だった、死を恐れぬ程
そんな彼が褒めてくれたのは私の彼の翼だったのだ
翼妖異は纏っていた偽りの翼を裂いて捨てた
姿を現したのは此迄の日々で傷付き、羽根が抜け落ちてみすぼらしくなった己の翼
そんな翼妖異に一本の矢が放たれた
身軽になった翼妖異には其を躱す事等造作もない
だが翼妖異は敢えて其を自らの胸に受けた
翼妖異の躯は成す術もなく渓谷へ落ち込んだ
もう翼は痺れて動かない
でも分かっている
もう直ぐ此の躯は凱風の様に軽くなって此の旻を舞い、羽搏くだろう
大鷲が愛した此の翼で
然うすれば屹度、彼も彼の旻の彼方から私を見付けてくれる筈だ
薄く笑みを湛えた儘、翼妖異は瞳を閉じるのだった
・・・・・
青年の声は透き通る様で、ついつい聞き惚れてしまった。
詠を聞いた丈なのに何処か心が締め付けられる様で、詠が終わっても其の余韻が残っている様だった。
「ふぅ、さて、如何だったでしょうか。」
竪琴を弾く手を止め、青年は咲い掛ける。
すると何時の間にか集まっていた村人達から拍手が上がった。
其に釣られてロードも、ハリーは何とか仕種丈でも真似ようとした。
拍手も忘れてしまう程、本当にすっかり聞き惚れてしまう、そんな素晴しい演奏だったのだ。
「本当に有難う御座います。素晴しい演奏でしたよ。でも珍しいですね、まさか怪鳥目線の御話だなんて。」
でも翼妖異・・・其が怪鳥の名なのだろうか。若しかして・・・龍族の一種の様な気がする。其の名は此の次元と少しずれている気がしてならないのだ。
「えぇ、其の方が宜しいかと思いまして。如何も其の怪鳥自体は昔から村に居た然うなんです。其から色々な話が生まれたらしくて、私なりに解釈して詠った訳です。」
「まさか其の様な楽器を演奏し乍ら詠うなんて、一体何程修業を積めば良いのだ。」
「然う言って貰えると恐縮です。此方こそ聞いて頂いて有難う御座いました。此の詠が何か御力になれれば幸いです。私はそろそろ次の村へ行かなければいけませんので。御仕事の成功、御祈りしていますよ。」
「もう行かれるのですか?何かされるつもりはなかったんですか?」
何か窺う様に上目遣いにロードが尋ねると青年は小さく首を傾げた。
「えぇ、今回は特に。貴方方の邪魔をするつもりもありません。私はしがない吟遊詩人ですから。」
然う言い残し、吟遊詩人は竪琴を構え直すと其の儘去ってしまった。
有力な情報は得た。
村人達も特に何も言っていなかったし、嘘や食い違う所もなかったと言う事だろう。
「中々面白い話だったが、如何するんだ?彼の話の怪鳥が怪しいのは分かるのだが。」
「然うね、其処は三柱で方針を話し合った方が良いでしょうね。でもグリスは何処かしら。何か良い情報、聞けたのかしら。少し探した方が良さそうね。」
「うむ、特に彼の小娘は口が利けんのだろう?然う時間が掛かる筈もないと思うのだ。少し見て回れば会えるとは思うのだが。」
―グリス、今何の辺りに居るのかしら、そろそろ話したいと思っているんだけれど。―
―あ、よ、良かった。此方来てくれへん?村の外れなんやけど、変な鳥が居て、―
―変な鳥?・・・分かったわ、直ぐ行くわ。―
神は斯う言う時便利だ。矢張りグリスが来ていなかったのは何か見付けていたからの様だ。
「ハリー、当たりかも知れないわ。グリスが変な鳥を見付けたみたいなの。直ぐ行きましょう。」
「分かったのだ。道案内は頼むのだ。」
ロードは一つ頷き、二柱は村の外れ迄駆けて行った。
・・・・・
「此は此は感心しませんねぇ。」
ソルドは控えで立っていたノロノロ達を見遣り、一つ息を付く。
彼の巫山戯た神に付けられた傷が未だ疼く。
もう傷跡はしっかりと此の顔に残されてしまった。不名誉な傷だ。自分がこんな深手を負うなんて。
隠す事も出来ず、熱を持って傷が疼く度に彼の時の事を思い出して、
自室に籠っていたソルドは部屋の物を手当たり次第に消しては八つ当たりをしていた。
其の様子をノロノロ達はじっと人形の様に黙して見ていた。
だが其のノロノロ達に違和感があった。
まるで自分の所有物に唾でも付けられたかの様な。
今一度ノロノロ達を一瞥し、其の首に確かに一つの印がある事に彼は気付いた。
「一体何処の馬の骨と契約したんですか。妖精の癖に随分意地汚い事をしますねぇ。」
十中八九自分への当て付けだ。
別に反抗されるのは前からだ。契約で無理矢理使役しているのだから。
不埒な輩なら殺して魂を奪い、此奴等の希望を潰すのも悪くない。
だが気に食わないのは既に此の妖精と自分は契約していると分かってい乍ら其奴が契約を上書きした事だ。
勿論そんな事をすれば現契約者である自分にも伝わる。
明らかな挑発だ。此の私を虚仮にするのは赦せない。
「・・・御前の一番嫌いな神ノロヨ。」
低く静かにノロノロの一体が口を開いた。
其の目は釣り上がって咬み付かん許りにギザギザの口を開けた。
途端ソルドが大きく目を見開く。
「愚かしい、実に愚かですよ!選りに選って彼奴なんかと契りを結ぶとは。彼の神なら私を如何にか出来るとでも思ってるんですか!」
「出来るノロヨ。」
はっきりと然うノロノロは断言した。他のノロノロ達も静かに頷いている。
「セレ神の方が御前より契約者に相応しいノロ。御前なんてセレ神の足元にも及ばないノロヨ。」
「随分と舐めた口を利くじゃないですか、奴隷の分際で。」
ソルドは其のノロノロの前に立ち、見下した。
其でも変わらずノロノロは彼を睨んでいた。
「妖精位替えが効くんですよ。見せしめに何体か消してやりますよ。彼の神はどうせ御前達等助けないですよ。私と同じ位卑怯者ですからねぇ。」
「ノロノロを殺しても契約は残るノロヨ。もう御前は終わりノロ。」
黙ってソルドは片手をノロノロへ突き出した。
其の先に魔力が集まり、空間が歪む。
ノロノロの脳内で警鐘が鳴り響いた。
だがノロノロは只受け入れる事しか出来ない。
もう直ぐ彼の術で消されてしまう。
けれども自分一体が消えた程度なら何の支障もない。
彼の神は屹度、ノロノロ達を救ってくれる。
「っ!?何だ此奴はっ!」
ソルドが声を上げ、苦しそうに呻いて数歩下がる。
其の腕には何処から現れたのか黔い狼の様な獣が咬み付いていた。
でも其の狼は何処か現実離れしている様だった。
正しく其の姿を見ようとすれば霞で出来ているかの様に実体が無く、黔く蒼く波打つ煌く毛並は何かの模様をなぞる様である。
瞳は輝石の様に蒼く、吐く息は銀雪の様に輝いて、幻の様に映る。
其の頸には碧のペンダントが掛けられている。
狼は上半身しかなく、下半身は蛇の様に細長く、ノロノロ達を包む様に塒を巻いていた。
そんな狼の姿にノロノロは既視感を抱いた。
然う、此の狼はセレ神が一瞬出した彼の狼と似ている。
魔力が勝手にしたのだと彼女は言っていたが。
「まさか此は・・・契約をしたからノロカ?」
「そんな馬鹿な、加護が宿っているだと、彼の神がこんな真似事っ!」
堪らずソルドがもう数歩下がると狼は彼を解放した。そして低い唸り声を上げる。
然うだ、確かに有り得ない。
加護だなんて、そんな事が出来るのは精霊神だとかの太古や上位の神だ。
そんな神でもこんな直接的な加護を与えるのは相当力が必要な筈。
矢張り・・・然うだ。ノロノロの読みは間違っていなかった。
彼の神と契約出来た事は、間違いなんかではない。
彼の神の力なんだろう、他者を真似る力、己の姿すら曖昧にしてしまう力。
まさか其が話をした丈の精霊神に迄適応されるとは思っていなかったけれど。
屹度セレ神は無意識で此をしている。彼女の願いを聞いた魔力が手助けしてくれたのだ。
ソルドは忌々し気に狼を見遣った。
だが垂らされた腕からは夥しい量の血が流れている。
思ったより深手を食らわされた様だ。
「・・・っ、本当に私の邪魔しかしない疫病神め、首を洗って待って置け、殺す、殺してやるっ!」
目を血走らせ、苛立たし気にソルドは肩を震わせた。
「何を見ている、御前達はさっさと仕事に戻れ。」
命令される迄もなく、ノロノロ達は各次元へと去って行った。
此は、もっとノロノロも彼の神に見合う働きをしないといけない。
ノロノロの様な妖精の命を助けた神なんて、初めて聞いた。
ノロノロは小さく笑うと急いで目当ての次元を目指すのだった。
・・・・・
「待たせて御免なさいグリス、大丈夫だったかしら。」
―うん、大丈夫やったけど、あの、―
村の外れ、グリスは何をする訳でもなく立ち尽くしていた。
一応無事然うではあるが、何か焦って忙しなく辺りを見ている。
ロードの姿を認め、グリスが駆け寄って来たのでロードの思考はあらぬ方へ流れてしまう。
か弱い子が真直ぐ自分の所へ来てくれるなんて、何て萌えるスチュエーションだろう。
・・・いや、悟られてはいけない。此処は飽く迄も紳士的に行かないと。
けれども全く何も言わないのは淋しい、一言丈にしよう。
「グリス、今日の貴方とっても可愛いわよ。」
―へ?あ、えと、ありがと、でもきゅ、急やね。―
反射的にグリスは顔を赤く染めるが、より其の仕種がロードのボルテージを上げて行く。
其処でやっとハリーも追い付いた。何故か見付かったグリスが赤い顔をしているが聞いた所で良く分からない回答が来る気配がし、触れない事にした。
「して変な鳥とは何なのだ?怪鳥の事ではないのか?」
―あ、然うやった。その、鳥と言うか、鳥の霊みたいなのが此の辺りを飛んでて、変わった事を言うもんやから皆で聞いた方が良いと思ったんや。―
「鳥の霊?幽霊でも見たと言うのか?でも近くに居ない様なのだ。」
―姿はうちも見えんよ。でも声丈は聞こえるんや。ほら今喋ってるけど。―
ロードとハリーは静かに耳を澄ます。だが聞こえるのは凱風の音丈だ。
「何も・・・聞こえないみたいだけど。」
「うむ、少し凱風が強い位なのだ。」
―矢っ張り然うなんやね。聞こえるのは鳥の声が分かるうち位みたいなんよ。でも何の鳥か分からなくて、上手く聞き取れんのんよ。―
「鳥の種類の事かしら。でも姿も見えないんじゃあ厳しいわね。」
「因みに鳥の種類って、其々で何か違うのかのぅ、同じ鳥ではないのか?」
―基本は一緒やけど、皆声は違うやろ?微妙な言い回しやイントネーションがあるんよ。うち等だって神やから通じてるって丈で別やろ?―
「成程、然う言われれば然うなのだ。では其方は其の鳥ごとの言葉を覚えているのか?」
―一応は・・・ね、昔沢山教え込まれたから。流石に全部は無理やけどね。―
「凄いじゃない。勉強家だったのね。」
素直にロードに褒められ、グリスは又赤くなって両手で頬を包んだ。
―や、ややわぁそんな褒めんでや恥ずかしい・・・。うち此位しか出来んのやから。だからせめて此の鳥の話でも聞いて、情報を集めんと、うち、人と話すのはその・・・難しいから。―
グリスの仕種にロードはつい抱き付きたくなる衝動を何とか堪えた。
―多分猛禽やと思ってるんやけど、誰か捜してる風やし。―
グリスは小さく唸って旻を見遣った。
「若しや先の話の奴ではないのかのぅ、大鷲と怪鳥の話だったのだ。」
―大鷲・・・若しかしたら然うかも知れん。一寸待っててな。―
グリスは目を閉じて耳を攲てた。
髪に隠れる翡翠の羽根がそろそろと揺れ動く。
―然う、みたい。うち、大鷲の言葉は余り得意やないから掻い摘んでの簡単な部分しか分からんのんやけど。―
「其で十分よ。その・・・大鷲は何て言ってるのかしら。」
―然うやね。・・・何て言うんやろ、逢いたい鳥がいるんやけど、村の近くに居た筈なのに姿が見えないから、ずっと捜してる、迎えに来たって言ってるんやけど、誰の事なんやろ・・・。―
「若しかしたら翼妖異かも知れないわ。如何かしら。」
流石に其は出来過ぎだろうか。でも此の大鷲の憖いが神を引き寄せた一因だったら或いは・・・。
―ハル?ハルピュイア?初めて聞いたけど・・・あ、然う言ってる。如何しよう、大鷲の言葉が分かったの、うちが初めてみたいで、連れてって欲しいってずっとせがんでるみたいなんよ。―
「先の吟遊詩人の話が本当なら其の大鷲が件の奴かも知れぬ。確か翼妖異は谷に堕ちたと言っていたのだ。」
―谷?其処の谷の事かな。分かった、伝えてみる。―
グリスはじっと渋面の儘立ち尽くしている。
異種であり、且つ目に見えない存在なのだ。上手く伝わるのか如何か。
途端狂風が吹き荒れ、慌ててグリスはカチューシャを押さえてしゃがんだ。
堪らずロードは彼女に手を差し伸べ、一柱颯に耐えようと頑張っていたハリーは呆気なく転がっていた。
「グリス、大丈夫?怪我はない?若しかして違ったかしら・・・。」
―いや、合ってるって、早く行こうって颯を起こしとるんや。・・・吃驚した、此の大鷲、凄く力が勁いんやね。谺の術、霊になっても使えるなんて。―
「此若しかしたらもう殆ど解決したのではないのか?」
「然うかも知れないわね。まぁ私達が此の次元と結び付けられたと言う事は呼ばれていると言う事だし、遣り易い筈よ。今回はグリスがキーだった様ね。」
―そ、そんな。や、ややわぁもう、うち頑張る事しか出来ないんやから。―
「然う然う、頑張る今のグリスとっても可愛いわよ。頑張りましょうね!」
―せ、先輩、付いて行くわ。一緒に頑張るわ!―
少しずれている気がするが二柱は然う勢い込んだ。
「其じゃあ谷を降りられる所を探しましょうか。其の間に先私達が聞いた話をして置いた方が良さそうね。」
「うむ、取り敢えず其の大鷲とやらを連れて行けば何か道が開けると思うのだ。・・・大鷲とは何の様な者なのか、見てみたかったのだがな。」
―・・・然う言えば護らないといけないからって、如何言う意味なんやろ。―
少し考え込んだグリスだが、其の背を凱風に押され、慌てて足を進めるのだった。
・・・・・
―然う言う事やったんやね。やっと合点が行ったよ。じゃあ今の所順調やね。屹度此の大鷲が其の物語の子と一緒やし。でも本当に物語通りなんやね。何かロマンチックやわ。―
彼の吟遊詩人の話を一通り聞き、グリスは感慨深げに旻を見遣った。
「然うね。・・・余りにも其の儘だから少し腑に落ちないけれども。」
脚色があってこその物語だろうに此処迄忠実だとまるで見て来たかの様だ。
私達に其の物語を聞かせる為に現れた・・・なんて突飛な事を考えてしまう位に。
・・・別に彼の吟遊詩人に何か策があってだとかって疑っている訳じゃあないけれども。
「うむ、若しかしたら我の居た次元も何か話があったのかも知れぬな。石の話は知っていたが、然う言えば我自身のは知らなんだ。」
「フフ、確かに三大伝説龍と迄なると一つや二つは物語がありそうね。」
然う言えば翼妖異について少し調べないといけないんだった。
私の見立てだと龍族の一種じゃないかと思っているけれども。
ロードは時空の穴からスカウターを取り出して弄り始めた。
程無くして目当ての物が見付かる。眼前にホログラムとして一頭の龍族が映し出された。
其の龍は半人半鳥で、鳥の躯に人の頭を合わせた様な姿だった。
羽根や翼は蒼と翠のグラデーションが掛かり美しいのに、人の面は何処か不気味だ。
全長1m程の飛属性、汚い物を好み、悪戯を良くする様だが・・・。
グリスとハリーも興味津々で見遣っていたが、又突風が吹き荒れた。
―っわわ、あ、其の子が翼妖異なんやね。お、大鷲が凄く吃驚してる。お、落ち着いて、ね。―
グリスが慌てて凱風にテレパシーを送る。
木々の木の葉を千切り飛ばす程の狂風は収まった様だ。
「御免なさい、もう少し考えてから出す可きだったわね。でも此で分かったわ。翼妖異は龍族だったのね。」
―然うやね。でも・・・然うなんよね。此の子が捜してる其の翼妖異はもう屹度、居ないんよね。何かあるかも知れないから谷を降りる必要はあると思うんやけど、一寸可哀相やね。霊に迄なって帰って来たのに。―
然う話し乍ら着いたのは村から離れた瓊林の中だ。
渓谷はずっと沿って続いており、果ては見えない。
谷へ降りるとしたら此の辺りが具合が良いだろう。
「さて、結構深いわね・・・。如何やって降りようかしら。」
少し覗き込んだが、此方も果てが見えない程の深さだ。世界を二つに分けているのではと思う程の大規模な谷なのだ。
「其は任されよう。我の背に乗れば良いのだ。幻も掛けるから万が一ばれる事が無いであろう。」
―背・・・?負する言う事なん?―
自信満々に胸を反らすハリーに今一理解が出来ないグリスは首を傾げた。
抑彼は胸を反らす動作が中途半端にしか出来ていないのでよりグリスは混乱してしまった様だ。
「然うね、其の手があったわ。其じゃあ一寸御願いするわね。」
ハリーは一つ頷くと自身の幻を解いた。
忽ち全長10m以上の縹の龍が顕現する。
透ける様な躯に水精の鬣、蒼く燃える焔は幻想的だ。
「へ・・・ぇえぇ!?な、何其の姿!!え、あぁ・・・あ?」
すっかり驚いたグリスは珍しくも大声を上げて慌ててロードの背に隠れた。
透かさずロードは彼女を宥める様そっと髪を撫でた。
可哀相に驚きの余り彼女の美しい翡翠の羽根が乱れ捲っている。折角可愛いんだから綺麗にして置かないと。
「フフン、何を驚くかグリスよ。此が我の真の姿と言う丈なのだ。我は幻術を操る唯一の龍だぞ。」
―そ、そそ然うやけど、す、凄い、神話のドラゴンみたい。初めてそんな蒼い焔見たけど、綺麗やね。―
未だ驚きつつも好奇心が勝った様で、そろそろとグリスはハリーに近付いた。
何気にそんな所謂普通の素の反応をした者はいなかったのでハリーも悪い気はしなかった様だ。胸を反らしつつも澄ましている。
片手を挙げてポーズを取ってはいる様だが、此の姿の時の彼は細い手足なのも相俟って龍の姿にしては可也器用だった。
―背、乗っても大丈夫なん?二柱も乗るけど。―
「うむ、二柱位何ともない。其に其の焔も幻だから熱くもないぞ。鬣丈鋭いので気を付けて乗れば良いのだ。」
そろそろとグリスはハリーの背に触れ、ハリーも前足を折ったので難なくグリスは其の背に跨る事が出来た。
―す、凄いうち、龍に乗ってる!えと、じゃあ御願いね先輩!―
「今回は特別に乗せてやるのだからな。しっかりと満喫するが良い。」
すっかり鼻高々なハリーは腰を下ろしてロードを乗せる事も忘れなかった。
後は自分がうっかり幻を使わない様気を付ければ良い丈だ。
念の為にハリーは口から濃い霧を吐いて自身に纏った。そしてそろそろと足を出し、一度背に乗る二柱を見遣った。
大鷲は・・・良く分からないが勝手に付いて来るのだろう。
地を蹴り、ゆるゆるとハリーの躯は上昇し、緩やかに弧を描いて谷底を目指し、下りて行った。
中々果てが遠く、次第に辺りが冥くなって行く。
付き添う凱風も次第に増えて行く気がし、ハリーは一層霧を濃くして行った。
―凄いうち飛んでる!は、初めてや。まさか飛べるなんて思ってなかったわ!!―
「よ、喜ぶのは良いがしっかりと掴むのだ。其方自身は飛べないのだぞ。」
興奮気味にグリスは手を離して燥いでいるので軽く窘めた。
セレの様な目に遭わせたら流石に死んでしまうだろう。彼の高さから落ちて生きていた彼女が異常なのだ。
「フフ、でも確かに気持良いわ。私も初めての経験だし、燥ぐのも仕方ないわね。」
―う、そ、然うやね。良いんよね、うん。はぁ、なんでうち、飛べなくなる迄退化したんやろうなぁ、勿体無いわぁ。―
「でも其の分可愛いんだからグリスは其の儘で良いのよ。自信を持って。貴方には良い所、沢山あるんだから。」
―あ、有難う。・・・うぅ、先輩本当良い神なんやね。流石先輩やわ。―
「もうそんなに謙遜しないで。私の事、そろそろロードって名前で呼びなさい。降りたら一杯抱き締めてあげるわ。」
―あ、はは、あ、有難う先輩嬉しいわぁ、けど冥くて危ないし今回は遠慮しとくわ。―
時々彼女から恐怖を覚えるのは何でだろう。
良い神だってのは分かってるんだけど、全てを委ねるのは危ない気がする。
何か斯う・・・獲物を狙う様な目を其の優しげな瞳の奥に隠している様な。
野性の勘か翡翠の声が頭の中で響いている。
うん、此を解き放つのは当分無理やね、従おう。
然う斯う話していると地面に到達し、緩りとハリーが四足を地に付ける。
―あっと言う間やったわ。楽しかったわ、有難う先輩。えと、此処撫でたら良いんかな。―
グリスは何とか感謝の意を伝えたいらしく、ハリーの背を降りると鼻先をそっと撫でた。
ハリーも撫で易い様頭を下げる。
暫くすると満足したのか自然と互いが離れ、ハリーは嬉し気に鼻息を吹いた。
「うむ、若し又乗りたければ乗せてやらん事もないのだ。」
龍の姿が崩れ、今やすっかり定着して来た何時もの人身へ戻って行く。
頭身も一気に小さくなり、ハリーは手を握ったり開いたりしてみた。
・・・矢張り中々難しい。如何して此の姿だと斯うも苦戦するんだろう。
「さて、着いたけれども。あらハリー、此処は先の姿の方が良いんじゃないかしら。流石に人は此処に居ないと思うけど。」
「うむ、此の姿をもっと練習したいのだ。足を引っ張ったりはしないのだ。」
―でも此処冥くて岩もあるし、危ないで?彼方の方が楽なら其の方が良いと思うけど。―
「・・・苦戦する様なら考えるのだ。」
「其じゃあ如何かしら、矢張り村の近く迄戻った方が良いのかしら。」
取り敢えず辺りを見渡すが、何もない。只の冥い谷底だ。
只、あるにしても翼妖異の亡骸なのだろう。然う思うと探す気も失せるが、仕方ない。
物語は綺麗な所で終わってしまう物だ。隠されてしまった続きを無理に見ようとしているのだから当然か。
―然うやね、大鷲も付いて来とるね。一緒に探そうね。―
グリスが凱風に話し掛けるとそろそろと凱風が村の方へ向いて流れて行く。
其の凱風に誘われる儘に一同も足を出したのだった。
・・・・・
「中々・・・見付からないわね。」
暫く歩いたが中々其らしい物は見付からない。
距離としてはもう村の直ぐ隣の筈なのだが。
でも何もないと思われていた崖下は意外に鮮やかだった。
仄かに光る綿毛を飛ばす草花が進むに連れて増えて来たのだ。
ちらほらと生えている程度ではあるが、何処か幻想的な其の曦の綿毛はゆらゆらと揺れて静かに積もって行く。
此の御蔭で真暗だった谷底も多少は明るく見えた。
だから猶の事見落しだとかはない筈なのだが。
「彼の吟遊詩人の話で此処だと決め付けていたが、他の物語も合わせたと言っていたし、若しや別の所なのかも知れぬな。」
強い颯が吹き荒れ、一同は僅かに身を竦めた。
「彼も御待ち兼みたいね。」
―いや、何か言っとる。えと・・・気を付けろって。―
グリスが立ち止まり、片手で頭を押さえた。
凱風の声を聞き漏らさない様に。何か、変だ。
・・・っ然うか、先言っていたのは、
―敵が来るんや、皆注意して!―
グリスのテレパシーが届くと同時に此迄の比じゃない颯が吹き荒れる。
其は何故か地から沸き起こっている気がした。
「何か・・・来るわ、皆構えて!」
突然地面に一つの穴が空いた。
其は何処に繋がっているのか冥く、底は見えない。
自然に出来た物じゃない。此の穴は一体、
固唾を飲んで見ていると其の穴から角か瘤が上に付いた様な嘴が覗いていた。
そして其処から頭、翼と全身を穴から出し、飛び立ったのは一羽の巨大な鳥だった。
頭に棚引く飾り羽、背は鋼の様に光る硬質な甲が生え揃い、尾は二本の細長い、先が丸く広がった羽根飾りだった。
何より特徴的だったのが二翼の翼が其々逆向きに生えていた。彼では自由に飛べないのではないだろうか。
加えて足はなく、異様に大きな翼を思い切り広げて其の鳥は羽搏いた。
全身黔一色で、所々刺青の様に翠の模様が走る丈の其の鳥は何処か不気味に映る。
嘴に生えた一つ目が此方をじっと見詰めていた。嘴を開けば落ちてしまいそうだが、若しかしたら見た目が似ている丈で鳥とは全く別種なのかも知れない。開かれる事の無い其の独特な形をした嘴は角の様に見えなくもなかった。
「まさか、怪鳥って此の鳥の事かしら・・・。」
だとしたら自分達は可也読み間違えたと見える。
てっきり翼妖異の霊か何かを封じれば良いと考えていたのに。
其の鳥は一同の姿を認めてか鋭く高い声を上げた。
声、と言うよりは嘴の上部の筒状の瘤を凱風が通る事で音が鳴るらしい。
嘴の瞳がじっと変わらず此方を見詰めていた。まるで此方の出方を観察する様に。
「何か・・・良くない気がするぞ。龍族の匂もしない。彼は何なのだ。」
「神族、でもなさ然うね。勿論此の次元の者でもないわ。余りにも此は、ずれ過ぎているわ。」
鳥は異なる向きの翼を巧みに羽搏かせ、一回転した。
そして又一声吼える様に颯の音を立て、突風を地に打ち付けた。
「何・・・を、っ皆下がって!」
ロードの声に一同は大きく後退する。
すると見る見る内に光る綿毛の草花が枯れて行き、塵と化した。
―・・・此、何、え、彼の子がやったの?―
「先の突風を諸に食らった分丈・・・みたいね。」
そっとロードは自分の足に聖の術を掛けた。
反応が遅れてしまった。少し指の感覚がない気がする。直ぐ回復するので問題はないが、此の力は一体。
鳥は只表情の読めない瞳をじっとロード達に向ける丈だった。
何も語らず、只攻撃を仕掛けている。
「な、何なのだ一体、行き成り攻撃等一体我等に何の怨みがあるのだ。」
ハリーが威嚇の蒼い焔を吐き、鳥は何とか回転して其を去なした。
幽風の瓊を其々の翼の下に創る事で浮いている様だが、素早い動きは苦手の様だ。
―質問、受、私ハ、オモヒコロシ、此ノ次元ノ者ヲ枯ラシ、塵ニ帰ス命ヲ付カッテイル。―
何処か機械音声染みたテレパシーが流れて来た。
如何やら此の鳥の物らしい。
「オモヒコロシ・・・?っまさか御前は妙な彼の龍の落とし子の仲間か!」
ハリーが低い唸り声を発し、二柱の前に立った。
此の雰囲気、彼の吹雪を起こした龍の落とし子に似ている。
気付けば早くも其の予感は確信へ変わる。
―龍の落とし子?其って瀛海の?如何言う事なん?―
「確か奴はトキコロシと名乗っていたのだ。一度ガルダと一緒に行った次元で見えたのだ。彼奴の仲間だと不味いのぅ、退かせるのが精一杯で死ぬか如何かの瀬戸際だったのだ。ガルダの生命力があった御蔭で辛うじて勝ったのだ。」
―トキコロシ、照合、該当有、紛レモナク我ガ同族、同ジ命ヲ受ケタ仲間。―
話せば答えは帰って来る。然うして隠れた殺意を持ち乍ら、無感情に作業的に殺戮を行う者。
矢張り、同じだ。そして同じ命とあれば戦いは避けられない。
ハリーは先手と許りに幻の鎌鼬を放った。
凱風の刃が三日月形に空気を抉り、オモヒコロシの翼に命中する。
―攻撃確認、戦闘モード、移行、排除、排除。―
片翼に裂傷が走り、羽根を散らしてオモヒコロシの上体がぐらつく。
傷口からは蒼く光る液体が零れた。
―ちょっ、そんな行き成り、て、敵なん?何か敵意と言うか、然う言うのが分からんけど。―
「件の怪鳥は此奴で間違いないのだ。此奴等は殺す為丈に次元に来ているのだ。手を抜けばやられるぞ。」
「然う言えば最近次元に現れた黔の魔物に似ているわね。只々殺す為丈に次元を廻っている、まさかこんな所で会うなんて、此処で止めないと此の次元は滅ぶわ。」
ロードも拳を振るおうとしたが、其処でオモヒコロシが又一声凱風の声を上げた。
途端又付近の草花が枯れ、慌ててロードは距離を取った。
先から一体何の術を使っているのだろうか、見えない攻撃は厄介だ。
取り敢えずオモヒコロシの攻撃に当たると腐るか枯れるかしてしまう様だが、
諸に食らったら致命傷だ。此だと近付けない。
―・・・貴方達ノ懐イ、沢山籠ッテイル。壊サナイト殺サナイト、全テ全テ塵ニナレ。―
オモヒコロシは又一声鳴き、嘴から突風が放たれた。
瞬時ハリーは冰の壁を形成し、ぶち当たった凱風は脇を駆け抜けていく。
矢張り近くの草花が枯れて行っている。
此が如何やら奴の能力と見て間違いない様だ。
「恐らく此奴の彼の嘴の凱風を食らうと腐ってしまう様なのだ。我の幻が効くから此で凌げるが。」
今回の相手は前のトキコロシより戦い易い。幻が効くのなら分がある。
責める手段があるなら、後はやり方だ。
ハリーは氷柱を大量に作り、オモヒコロシに向けて放った。
オモヒコロシが避けようと回転するも範囲が広くて如何しても被弾してしまう。
何本か翼に突き刺さり、片翼が地に着いた。
「其処よっ!!」
其の隙にロードが一気に駆け寄り、拳を振り被ってオモヒコロシの腹目掛けて殴り込む。
オモヒコロシも、まさか其処迄威力があると思わなかったのだろう、只の神の拳だ、と軽く見ていたのだ。
諸に食らったオモヒコロシは大きく吹き飛び、崖に激突する前に崖に大きな黔い穴を開けた。
・・・丁度、オモヒコロシが現れた時の様に。
其の儘オモヒコロシは穴へと落ち、底の見えない穴は閉じられてしまう。
凱風も止み、そろそろとロードはハリーの所へと足を下げた。
「未だ退いてはいない様ね。見られている気がするわ。」
「別の空間でも行き来が出来るのかも知れぬな。だが其だと此方から手出し出来ぬぞ。」
ハリーが警戒する様見渡していると其の後ろ脚にグリスが抱き付いた。
―ど、如何しよう、うち翠やから直ぐ枯らされるし、―
「然うね、じゃあ大鷲を見ててくれるかしら。私達は大丈夫だけれど彼に何かあったら大変だわ。」
―然うやね、霊に効いてもいけんし、分かったわ。―
グリスがハリーの脚から手を離し、勢い込んだのでハリーはそっと顔を寄せた。
其の瞬間グリスの足元で穴が空いた。そして黔い嘴の様な物が突き出る。
「ぬ、危ないっ!」
咄嗟にハリーはグリスの襟を噛み、放った。
其と同時に彼の凱風の声が響き渡り、ハリーは上体がぐらついて伏せた。
不味い、まさかあんな気配もなく現れるなんて、
足元の嫩草は枯れ、自分の後ろ脚もやられてしまった。此では歩けない。
痛覚さえ腐った様に痛みは感じない、所か感覚が其処から一切感じられないので彼の一撃で壊死してしまったのだろう。
未だ自覚は出来ていないが、からからに乾いてより細くなって今にも崩れそうな脚がもう動かせない事は明白だった。
穴はもう閉じてしまっている。此では反撃出来ない。
―そんな、うちの所為で。あ、あ足大丈夫なん、ごめ、御免なさいっ!―
顔面蒼白になってグリスがハリーの顔を撫でる。投げ飛ばして貰った御蔭で彼女は腐らずに済んだ様だ。
「痛みはないので気にしなくても良いのだ。只此では埒が明かないのだ。二柱共我に乗れ、飛ぶのだ。」
「然うね、脚は私が治すわ。此は余りにも分が悪いわね。」
ロードはグリスを掴んでさっさと乗せてしまうと、自分も後方に乗って早速聖の術を掛けた。
そしてハリーが飛び立つと同時に又地面に穴が空き、オモヒコロシの嘴の先が覗く。
其と同時に彼の音が鳴り、草花が枯れてしまった。
「むぅ・・・此奴も厄介なのに変わりなかったか。・・・ぬ、もう足が治ったのか、助かったのだ。」
「可愛いグリスを護ってくれたせめてもの御礼よ。只如何しようかしら。何処から出て来るかも分からないし、防げない攻撃となると。」
「一応地面から離れて飛ぶぞ。穴が地面に空くとも限らぬが、此処なら凱風も避け易いだろう。」
ハリーは慎重に谷の旻中へ留まる。
そして用心に自身に薄い冰の膜を纏う様幻術を掛けた。
―あ、待って、大鷲が何か言ってる・・・。もう少し丈進んでくれる?多分、見付けたんやと思う。―
「翼妖異の事かしら。でも今、寧ろ会うのは止めた方が良くないかしら。翼妖異迄襲われてしまうわ。」
―一緒に彼奴を追い払うって言うてる。手伝ってくれるんなら御願いした方が良いんやない?―
「うむ、凱風には凱風か。分かったのだ。少し飛ばすぞ。」
ハリーは身をくねらせ、渓谷を縫って飛ぶ。
敢えてオモヒコロシに予測されない様ジグザグに。然うして眼下を見渡すと彼の光る綿毛が集まって淡い曦を放つ地を見付けた。
其処で激しい颪が吹き荒れ、ハリーは一気に降下する。
「居たわ、本当に。でも彼は・・・。」
ロードが声を上げるがそっと口を押さえる。
其の綿の中心、確かに其処に一羽の鳥が居た。
龍古来見聞録と似た俤、翼妖異で間違いないだろう。
だがもう彼女は屍と変わらない程にぼろぼろだった。
羽根も体毛も殆ど色褪せて抜け落ち、骨すら覗いている所もある。
目はもう盲て窪んでおり、擡げた嘴にも罅が入っていた。
其でも翼妖異は生きているらしく、僅かに嘴を開いて囀った。
そんな翼妖異の周りでは酷い死臭が立ち込めていた。
翼妖異の物と思われたが、良く見ると抜け落ちた羽根や毛の中に人骨の様な物が覗いて見える。
「・・・まさか、物語通り翼妖異は此処に堕ちて、村人の屍で今日迄生き延びて来たと言う事かしら。」
早くも然う分析するロードだが、グリスにはショッキングな景色だったらしく、ハリーを掴む手に力を込めて固まっていた。
綺麗な物語の現在がこんな掃き溜めみたいな物だったなんて、信じられないのだろう。
「ぬぅ、彼の吟遊詩人が言っていたのは真だったと言う事か。風向きの所為で臭が些とも分からなかったのだ。だが如何するのだ。降りるにしても何処から彼奴が来るか・・・。」
ハリーが思案気に尾を振るとはっとしてグリスは我に返った。
―大丈夫や、先大鷲が先に行ったから。今、二羽で話してるんやと思う。・・・でもあの、うち、本当に二羽を会わせて良かったんかな。―
心配そうにグリスが見守る中、確かに翼妖異の周りで凱風が渦巻き、何度か翼妖異も鳴き交わしている様に見えた。
オモヒコロシも慎重に出ているのだろうか、特に反応がない。
暫く見守っていた一同だが、不図グリスの耳が立ち、身を乗り出したので慌ててハリーが頭を寄せた。
―あ・・・其でも、其方の翼は綺麗だ、だって。―
少し目元を潤わせ、独り言の様にグリスは告げた。
其の瞬間、彼の凱風の音が響いた。
何時の間にか崖に穴が空いており、オモヒコロシが嘴を伸ばしていたのだ。
腐乱の凱風が吹き荒れ、諸に食らった翼妖異の躯は立ち所に腐り果てて塵となってしまった。
「っ!そんな、こんなのって、」
「待つのだ。少し様子を見る可きなのだ。」
グリスが立とうとしたのでハリーがそっと制止する。
凱風が、未だ吹いている。大鷲を乗せた凱風が僅かに。
其の凱風は次第に激しくなり、翼妖異の塵も巻き込んで大きくなって行く。
オモヒコロシも何か感じたのか穴を閉じず、じっと嘴の瞳で見詰めていた。
「来るわ、何かが。」
一同が見詰める先で凱風は少しずつある形を形成して行った。
特徴的な装飾の付いた嘴、翠玉の瞳に透明で透ける様な何翼もの華葉の様な翼、胸元に藍の瓊は輝き、リボンの様に其処から翼も生えている。前足の様に付いた紋の入った足は大きく頑丈で、宛ら恐龍の手の様に鋭い鉤爪を宿していた。
尾は鳥の翼を反対に付けた様な形状で、凱風に揺れて棚引く。
「フィオ、フィョョヨョヨ!!」
双頭の翠の鳥は高らかに旻へ鳴いた。
「彼の鳥は、翼妖異ではないな。我の知る大鷲とも違う様だが。」
「待って若しかしたら、」
ロードはスカウターを取り出し、そっと掛けてみる。
矢張り、反応があった。彼は龍族だ。
「・・・分かったわ。彼の子は~▶◀~(カーネリオス)、空間と凱風を司る、最上級の龍族だわ。懐い合う鳥と龍が一つになった際に稀に生まれると言う、希少な種よ。」
―じゃあ彼の二羽は一緒になる事で生まれ変わった言う事?其なら・・・良かった、無駄やなかったんやね。―
ロードは静かに頷いて~▶◀~を見遣った。
龍古来見聞録には斯うもあった。~▶◀~は其の合わさった鳥類と龍種に因って姿が変わるので同じ種でも姿が全く異なると言う。
だから彼の吟遊詩人が語った物語の終点が彼なのなら、何て美しいのかと思った。
堕ちた谷の底で、又巡り逢えるなんて、そんな御伽噺みたいな奇跡。
オモヒコロシが其の姿を認め、又凱風の声を鳴らし、突風が吹き荒れる。
だが~▶◀~が見遣る丈で凱風は凪ぎ、彼を中心に緩やかに輪を描き、掻き消されてしまう。
其の間に穴は閉じ、~▶◀~の背後に又同じ穴が空いた。
其処から例の凱風が吹くが、変わらず其の凱風も直ぐ凪いで消えてしまう。
其処でちらと~▶◀~が背後を見遣ると凱風も其方へ流れ、オモヒコロシはじっと窺う様身構えた。
凱風は其の穴へと入り込み、少しずつ勢いを増して行く。
終には体勢を崩したオモヒコロシは穴から上体を出して何とか羽搏いた。
矢張り飛ぶのは苦手の様だ。ふら付き乍らオモヒコロシは警戒も顕に~▶◀~へ向き直る。
「今がチャンスの様ね。~▶◀~が止めている内にけりを付けましょう。」
「うむ、今の奴は恐らく身動きが取れないのだ。此処は一つ我に任されよう。」
ハリーは慎重に旻を切り、オモヒコロシの視界から逃れる様に近付く。
要は彼の嘴さえ如何にかしてしまえば勝機はあるのだ。
オモヒコロシはすっかり~▶◀~を警戒して拮抗しているし、隙は大きい。
十分に近付いた所でハリーはそっと幻術を掛けた。
途端オモヒコロシの嘴の上段が凍り付き、厚い冰に覆われて行く。
流石に異常に気付いたオモヒコロシが慌しく瞳を動かし振るったが、そんな事で溶ける筈もなく、結局嘴は凍り付いてしまった。
「流石よハリー、此で相手は手出し出来ないわ。」
オモヒコロシは崖に嘴を叩き付けて冰を割ろうとした様だが、幻の冰はそんな事では傷一つ付かず、寧ろ嘴が欠け、小さな罅が入って行った。
―彼の凱風が来ないなら行けるね。―
グリスが片手を挙げると茨が何本も地面から生え、瞬く間にオモヒコロシを搦め捕って地に縫い付けた。
如何やら彼の凱風以外オモヒコロシに有効な攻撃手段はない様だ。
後はじたばたと暴れるのみで、茨を引き千斬る事も出来ず、寧ろ棘が刺さって蒼く光る血が全身から流れ始めた。
~▶◀~も其の双頭の瞳でじっとオモヒコロシを見詰めており、如何やら薫風を操ってオモヒコロシを飛べなくしている様だった。
不自然な薫風の流れにオモヒコロシは凱風の瓊を作る事も出来ず、只凍り付けとなった嘴を動かして瞳を忙しなく回す丈だった。
「如何にか、なったみたいね。」
ハリーが緩り降下し、ロード達は地面に降り立った。
オモヒコロシの目前迄ロードは近付く。頬の輝石が仄かに絳く灯った。
「一つ教えなさい、貴方の主は誰ですか。誰の命で、何の目的でこんな事をしているのですか。」
大神の宮処に居た時から彼等の事は気になっていた。
災害を其の儘魔導生物にしたかの様に、一見無意味な殺戮を繰り返す彼等。
目的も分からず、全てが謎の所為で手の出し様がなかったのだ。
大神様も、見た事が無い者だと言っていた、其の構造も。だから何か手遅れになる前に、やれる事はしたい。
―質問、受。ダガ応否。我ガ主ハ、名モ無キ方。因ッテ誰カハ答エラレナイ。目的モ、殺ス事丈ガ命デアリ、至上デアリ、其以上モ以下モ無イ。―
「名も無き方・・・。分からないわね。もっと印象だとか、種族は分からないかしら。」
秘密にする訳では無いのか。念の為に聞いたのであって答えが来るとは思ってもいなかった。
でも何でも喋ってくれるのは一体如何言うつもりなのだろう。
ばれた所で問題ないと思っているのか、嘘でも吐くつもりなのか。
・・・其処迄考えが至らない程、彼等の所有者が愚かではないと思うのだが。
彼等が如何言う存在であれ、持っている力は確かだ。目的も分からないので存在としては此の上なく恐ろしい物なのだが。
―印象、高貴ナ方。儚ク、尊イ。古カラ此ノ世界ヲ見テオラレル方。―
「古・・・古い神だとかかしら。でもそんな事をする神なんて・・・。」
神の類なら殆どは知っている。大神様が知らない筈無いのだから。
でも彼等は其から漏れた者。次元を渡れて、神でも龍でもない者って、
―マサカ、知ラナイノカ、彼ノ方ハ常ニ世界ト共ニ渡リ、世界ヲ見テイルノニ。其ノ声ヲ、眼差シヲ、忘レタノカ。噫何ト嘆カワシイ事カッ!―
途端、オモヒコロシは身を翻し、一気にロードに近付いた。
つい身構えたロードだが、オモヒコロシは凍り付いた嘴の瞳を近付け、じっと彼女を見遣る丈だった。
其迄の反応とは違い、何とも感情染みた言葉だった。
怒っている・・・のだろうか。無感情な彼等が。
でも忘れてるなんてそんな、矢張り思い当たる所はない。
ちらとロードは後ろの二柱を見遣ったが、二柱共首を左右に振るのみだった。
―噫、噫悲シキ事ヨ、誠ニ悲シキ。ナラバ猶ノ事、私達ハ命ヲ刈ル可キダ。―
「っ待ちなさい話は未だ、」
其の一言を残してオモヒコロシの姿は霞み、あっさりと消えてしまった。他次元に逃げてしまった様だ。
ロードの伸ばされた手は空しく空を掴み、彼女は一つ息を付いた。
「去ってしまったか。だが今回は大事にならず済んで良かったのだ。」
「然うね。一応話は聞けたし、一歩前進ね。此の調子で片付けられれば良いけれども。」
此は少し、調べてみないと。如何しても先の言葉が引っ掛かる。
―此の次元も護れたし、良かったんやない?手伝ってくれて有難ね。えっと、~▶◀~って今は言うんやったかな。―
~▶◀~はグリスを見遣り、一つ大きく頷いた。
無口な龍族である彼等は基本声もテレパシーも使わないのだ。
只静かに見詰め、薫風を送る丈。
―でも本当良かったね。屹度一緒になれた方が良いんよね?此でもう此処から出られるし、一緒に行けるし。―
心底嬉しそうにグリスが咲うので~▶◀~はそっと其の頬に頭を寄せた。
話せなくても、気持はちゃんと伝わった様だ。
「然うね、次元の主導者も此で襲われる事もないし、彼の物語も又一つの終わりを迎えたし、上々ね。早速報告をしに戻りましょうか。」
「うむ、では又我に乗ると良い。然う言えば~▶◀~は如何するのだ?」
「フィィィイヨョョョヨ!」
ハリーが首を傾げると応じる様に~▶◀~は高らかに鳴き、羽搏いた。
何処か爽やかな薫風が脇を通り抜ける。然うして~▶◀~は緩り浮上し、一同を見遣って静かに瞬いた。
其と同時に彼の姿も又霞んで行き、~▶◀~は一気に旻高く飛び立って消えてしまった。
此からは二羽で一緒に次元を渡るんだろう。
―ちゃんとハッピーエンドになれて良かったね。先輩達の御蔭やね、本当有難ね。―
「フフ、グリスもちゃんと頑張ったから出来たのよ。其じゃあ行きましょうか。」
二柱を乗せてハリーも緩りと浮上する。
僅かに頬を染めたグリスは其の薫風の冷たさにほっと息を付くのだった。
・・・・・
「・・・此は此は、迚も素晴らしい物語が聞けましたね。」
渓谷沿いに歩いていた吟遊詩人は足を止めて旻を見遣った。
何処か優しい薫風が谷から吹いている。此は新たな物語の始まりの兆しだ。
「影乍ら応援していますよ。同じ世界を廻る朋よ。」
晴れ渡る旻に咲い掛け、又吟遊詩人は一人、足を進めるのだった。
・・・・・
薫風と薫風は合わさって、新たな方角へ流れ着く
疾風よ何処へ疾風よ何処へ疾風よ何処へ
私も共に参ろうか
地の道等もう古い、共に旻へと消えようか
薫風の音も、薫風の色ももう私達は知っているのだから
はい・・・あれ?何かハッピーエンド?
と言う事で如何でしたでしょうか。彼の如何にも訳有りな吟遊詩人が語った話がコラボ作、『吟遊詩人の忘れ語り』の-翼妖異の疵釁の翼-です。其を丸々引用しています。
結構『吟遊詩人の忘れ語り』の中でも御気に入りな話なので、矢っ張り書いてて良かったです。何か幸せな話になってるけれど。
リア充って本当無理ですわぁ『吟遊詩人の忘れ語り』のジンクスで、人のカップルは必ず片方が死ぬのに、幻獣は結ばれるって奴です。ま、今回は鳥同士だから良いけどね!鳥可愛い!
でも実際今回出た~??~さん、ルビ必須な此の子ですが、本当凄いですよね。だってどんな好きな相手でも、一つになりたいって心から懐う事はあるのでしょうか。そんな全て赦し合える物でしょうか。
其が出来る事は迚も幸せでしょうが、同時に迚も狂気に満ちているとも言えます。少なくとも自分には不可能で、想像すら難しい事なので彼等は狂っているとしか思えません。
其でも屹度彼等は生きて行くのでしょう。物語の中は何でも赦される自由があるから素晴しいのです。
さて、次回の御話なんですが、此ももう近々投稿出来ます。
・・・えぇ!?・・・マジなんです、はい。
本当最近如何したんでしょうね。自分が自分で恐いです。ヒィ!
と言う訳で又近々御会いしましょう!御縁があります様に。




