20次元 氷鏡ハ誰かを懐う様に紅鏡ハ誰かへ憖う様に
如何も皆さん今日は。何だかんだで今回は割とフツーに書き切れました。
又何か変な話が入ってる?気の所為ではないでしょうか。
さて、先ずは七月の夢も愛も無い七夕大雨災害、被災された方、大変だったと思いますが、御疲れ様です。救助やボランティアをしてくれた方々本当に有難う御座いました。
はい、珍しく真面な事を言った気もしますが、現在進行形で筆者の生活も脅かされている時事ネタなのでね、流石に触れようかと。
御蔭で何日か家に帰れなかったり、仕事の関係で徹夜したりしました。けれど書けてる不思議。あ、体調不良は何時もの事です。
ま、世間話は此の位で。今回は前の話の通り、割と平和回です。
最後には大きな御楽しみ(主に筆者による筆者の為の)があるので一つ宜しく御願いします。
今回からはリハビリ回と言う所ですかね。過去編で落とす丈落としたので又皆さんには這い上がって貰いましょう。
あれ、何か今回割と真面な事書けた気がする。
・・・で、ではどうぞ。黔の過去を解き放った神の哀れな幸せの形を。
懐い満ちる時氷鏡は雫を零すと言う
憖い遂げる時紅鏡の欠片は堕ちると言う
輪廻の旻は回り、世界を包んで行く
其を見護る瞳は誰の者か
掛かる慈恵の陰霖は曦を散らす
導きの様に、標の様に
地に堕ちた哀れな零星の様に
・・・・・
氷鏡が緩りと傾いて行く。
はっきりと薫風の音が聞こえる程の静かな霄。
セレは一柱屋根の上で凍る程澄んだ氷鏡を見遣っていた。
「今日の氷鏡は綺麗だな。」
何だか久し振りに見た気がする。光陰が何処か懐かしい。
でもそんな氷鏡が一瞬陰った気がした。
「・・・此の結界は丗闇が張ってくれたのか?」
―まさか・・・彼が見えるのか。―
「噫。如何も此の新しい目、目と言うより目の様な模様の入った水精体みたいだ。魔力の形と言うかうねりみたいなのが見える。波紋が二重に見えるんだ。」
分かる。店を包む黔い陰。でも此の感覚は丗闇の纏っている闇みたいだ。
魔力と言っても術者の癖が出るみたいだ。丗闇は中にいる筈なのに外から気配を感じる。所か周りに沢山丗闇が居るみたいで一寸恐い。
「有難う。私が眠っている間に代わりにやってくれたんだな。」
―別に面倒が起きても煩わしい丈だからな。―
「でももう疲れただろう。もう解いて良いぞ。後は私がする。御客さんも御待兼だ。」
―・・・又無茶をする様ならベッドに縛るぞ。―
「寝て許りで鈍っているんだ。其に喉が渇いた。・・・殺したい。丗闇は止めないよな?」
―余り容認はしないが。血を流さなくて済むなら其の方が良い。―
「・・・丗闇は優しいな。でも私の過去、屹度丗闇も見ただろう。彼丈私が狂えば、丗闇迄伝わらない訳がない。其ならもう選択肢は無いって分かっている筈だ。殺すしかないんだ。」
―・・・・・。―
返事が無い。正直に言ったけれど丗闇は中々了承してくれないらしい。
若しかして責任を感じているのだろうか。自分達の首を狙う様な奴に。
此の結界を解けば自分と言う化物に喰い殺されるからと。
「丗闇、私は只御前が心配なんだ。前より魔力が弱っているし、屹度此の結界を維持するには可也の魔力を使う。其に此は避けられない事だ。相手に対策をされる前に終わらせよう。」
―・・・御前、随分簡単に嘘を吐ける様になったな。そんなに殺したいか。―
「嘘は悲しいな。別に全て本心だよ。邪魔者は消えるし、丗闇も安心出来るし、良い事尽じゃないか。な、丗闇、今更話し合いが出来る訳ないって分かってるだろう。其に今に始まった事じゃない。」
然う。此は自分の日課だった。霄の見張り、店に近寄る輩を蹴散らす。
暗殺者が今の今迄一柱も来なかった訳じゃない。オンルイオ国かライネス国からの使者なのか、将又英雄気取りか力試しか、再々色々な奴が来る。
正直客よりも此方の方が儲かっている。
元から結界を張っているとは言え、其でずっと防げる訳ではない。抑如何も自分は結界だとかの護ったり維持する類の術は苦手らしい。集中が持たないのだ。
だから自分が霄斯うして自らの張った結界を少し緩めて態と奴等を迎え入れるのだ。
屹度未だ・・・ガルダ達にはばれていない筈。気を遣わせたくなくて、何時も通り咲って欲しくて今日迄言えなかった。此からも言うつもりはないが。
だから自分が眠っている間敵襲が来なかったかずっと心配だった。
でも其処は丗闇が結界を張っていてくれていた様だ。
丗闇の魔術は屹度可也強力だろう。可哀相に憐れな暗殺者はずっと此の店付近で迷わされたのだろう。
其を使命諸共終わらせてやろう。
神だろうが関係ない。誰だって自分の世界を壊す奴は赦さない。
観念したのか周りを包んでいた闇の気配が薄れる。丗闇が結界を解いたのだ。
さぁ、狩りの時間だ。
尾を振り上げ、翼を限りなく広げる。
四つの目が忙しなく周りを見渡し、魔力を探る。
「・・・見付けた。」
1km位は離れているか・・・丁度良い。
店の様子を見ていたが、如何やらガルダ丈未だ寝付けていない様だった。
無理もないか、あんな一度に記憶が戻ったら。
だから下手に店の近くで暴れられて気付かれると面倒だ。
こんな汚れ仕事、自分一柱で十分だ。
地を蹴って一気に羽搏く。
今店の周りは疎らに碧樹の生える草原地帯だ。暗殺者からすればやり難くて仕方がないだろう。
上旻から獲物を狩る鷹の様に、自分は眼下の人影を捉えていた。
「空気が変わった・・・?何かあったのか。」
紫のローブに全身を包んだ男は木立の影に隠れて息を潜めていた。
其の額にじわりと汗が滲む。
「未だ目標も見えないのにこんな迷いの術が掛かってるなんて、後何日惑わされたら気が済むんだ。」
「其は其は御愁傷様。」
男の背後から滑空したセレが迫る。
男が振り向くより先に黔く濡れた牙を其の頸に突き立てた。
「っぐがっ!?」
呻く男を其の儘押し倒し、牙を抜く。
真絳な血が溢れて顔に掛かる。
「さてと、殺されたくなかったら何処から来たか教えて貰おうか。」
最早定型挨拶とも言える質問を取り敢えずはしてみる。
一つ舌舐りをして六つの目で睨み付ける。
びくついてはいるが、未だ其の目の奥に殺意がある。
両手は押さえているが、未だ何か手があるのか?
術か、身体的特徴と言う線もある。油断はするな。
「・・・っ、くそ、此の化物め。俺を散々虚仮にして楽しいか。」
「噫楽しいな。此で御前もさっさと吐いてくれれば、余りにも上機嫌過ぎて見逃してやっても良いと思ってる位だ。御前は未だ若そうだし死ぬには早いだろう?」
「貴様に話す事等無いっ!!」
突然男の筋肉が盛り上がり、ローブの下でも分かる程大きく頑丈になった。
そして自分の手等簡単に払い除け、起き上がった男のフードが取れる。
其の下には20cmはあろうかと言う大きな角が男の鼻筋に生えていた。
「っぐ・・・が、」
肉を裂く音が低く響いたが、其は自分の物ではない。
男の角は自分の眉間の手前で止まり、起き上がり掛けていた男の腹には自分の尾が突き刺さっていた。
良かった。予め尾を地面に付き刺して男の真下で構えていたのだ。
両手に武器は無いと相手を油断させて口が軽くなるのを狙ったんだが、まさか反撃に出るとは。
いやでも然う言えば神は死にたがりなんだっけ。
じゃあ特攻を仕掛ける可能性は十分あったのか。其でもそんな角の一突き程度じゃあ矢張り自分は殺せないが。
フスタの様に其の角に何かを纏ったりはしないのか。彼の驚霆の角も厄介だったが。其か若しかしたら毒でも塗られているのだろうか。何にせよさっさと始末した方が良い。
命を大切にしない奴の相手は面倒だな。
腹を突き抜けた尾の所為で男は其以上自分に近付く事も離れる事も出来ず、只目を血走らせて大きく見開き、此方を睨んでいた。
「御話出来ないのなら仕方ないな。・・・死ね。」
其の目は嫌いだ。反抗的で生き生きしていて、気持悪い。
尾の甲を揃え、一気に余りを男の腹から突き抜ける。
「っぐう、あぁああ!!」
肉が抉られて叫ぶ男の前で尾の先を振ってやる。
苦痛に歪んでいた男の視線が其処へ釘付けになり、僅かに口を戦慄かせた。
もう・・・遅い。
尾の先を払って男の首を捥ぎ取る。
流石に頭が無ければ生きられないらしい。じたばたと痛みの所為で暴れていた躯は大人しくなり、痙攣を残して固まった。
「此は・・・犀男とでも言う可きだったのかな。」
首を近付けて繁々と見遣ったが、硬質化した灰色の肌、大きな角と、涙型の耳、広い口。
何処となく自分の知る、彼の動物の犀を彷彿させる姿だ。先迄は人間の様だったのに。斯う言う種族もいるのか。
まぁ狼男や猫女だっているんだし、犀がいてもおかしくないか。
然う感慨に耽っている間に男の骸は砂の様に崩れ散って塵も残らなかった。
神は後処理が楽で良い。次元で神が死んだ時は魂丈で肉体が無いから消滅して迫間に帰るとは聞いていたが、迫間で死んでも消滅するらしい。
使命を果たせば消える様な儚い存在なのだからなのだろうか。ある意味人間とかよりも脆い。
消滅する迄は区々だが、後始末を考えなくて済むのは実に都合が良い。
次元の迫間に警察組織が存在するのかは将又疑問だが、此だと犯神捜しは可也難航するんだろうな。抑行方不明との区別が付かないんだから。
情報は得られなかったが、まぁ・・・未だ標的は居る。
少し離れているのか。此奴の連れではなさそうだ。男女のペアの様だが。
波紋をもっと繊細に綿密に、気配を完全に殺せる輩が居ても困る。木立の中迄隈なく探さないと。
地中迄は・・・無理だな。でも地中からの振動は拾える筈、一つも逃すな。
・・・居ない様か。じゃあ今日は彼の二柱で仕舞かな。
「・・・未だ、未だ未だ殺さないと。未だ、足りないんだ。」
―・・・・・。―
丗闇の窺う様な気配がする。彼の闇の神は自分を如何思うのだろう。
丗闇に見られてしまうのは仕方がない。自分が幾ら気を遣った所でどうせばれてしまうだろう。
軽蔑、されるかな。呆れられるかも。彼女は聡くて思慮深いから。仕方がないけれど、其は少し悲しいな。
せめて話をして少しでも、なんて思ってもそんなの屹度無意味で、寧ろ彼女に其がばれて泥沼化する丈なんだろうけれど。
でも自分は弱いから、言訳の一つもしないと耐えられないんだ。
「殺さないと、じゃないと殺してしまう。仲間を、そんな事は・・・、」
―殺される、の間違いだろう。急いでも何もならないぞ。―
「いや、私は奪う事しか出来ない。敵を生かして、仲間も自分も生かすなんて無理だ。殺す事しか出来ない自分が、仲間を手に掛けない様に、敵を殺すしかない。殺し続けないと、私はもう壊れている。如何しようもなく化物だ。奪い続けないと自分が希薄になりそうで、証明出来なくて不安になる。」
―其の生き方は何時か行き詰るぞ。仲間を手に掛ける可能性があるのなら仲間だなんて語るな。十年以上探して、やっと出来た仲間だったんじゃないのか。独りはもう嫌だと思っていただろう。―
「然うだな。前世を懐い出した今なら分かるよ。私なんかの為に皆如何して付いて来てくれるんだろうって。まぁ今から離れるかも知れないけれど。こんな私を見ちゃあもう、」
ドレミやロードは如何思うだろう。・・・駄目だ、頭が痺れて考えにならない。
本当はもう既に、行き詰っているんだろうな。然う思うと苦笑が漏れて仕方がない。
―・・・もう、御前に仲間は要らないのか。―
「そんな事はない。私は欲張りだからな。今を護る為に私は殺しているんだ。・・・其の筈なんだ。此の方法しか知らないから。んん、此じゃあ堂々巡りだな。」
―・・・未だ御前の中でも結論が出ていないのなら無理に話す必要はない。我が適切なアドバイスを出来るとも思えないし、決めるのは御前だ。―
「有難う。聞いてくれる丈でも十分だ。こんな事話せるの、丗闇しかいないから。済まないな、何時も勝手に巻き込んで。」
―好きでやっているに過ぎない。・・・いや、その・・・、・・・兎に角、一々謝るな。―
「じゃあ御礼丈、何時も有難う丗闇。寝ている間もしっかり助けて貰って。」
―・・・っそんな大した事じゃないんだから一々礼も言うな。―
「何だ。何を言っても怒るじゃないか。若しかして付き合っている振りをして私の事嫌いか?」
―御前の然う言う性格の悪い所は嫌いだな。―
丗闇は・・・本当に優しいな。
今先一柱殺した所なのに。今から未だ殺す予定なのに。
如何して其処迄受け入れてくれるんだろう。
其は闇の神としての性?其とも古い神は此の程度じゃあ動じないのか。
自分が気を付ければ良い話なんだろうけれども、でもそんな事をしていちゃあ屹度自分はもっと大切な物を壊してしまう。
此は其を繋ぎ止める為に必要な糧なんだ。
さて、休憩は終わりだ。
牙が疼いている。早く彼の二柱の不届き者を狩らないと。
翼を広がるが、離れていると言っても知れている。
大きく跳躍し、羽搏きを最小限にして一気に速度を上げる。
目標は二柱。一応木立に隠れる様にして様子を見ている様だ。
女が背を向けている。取り敢えず彼方を片付けるか。
旻を蹴り、足音も立てずに女の背後へ。
息を止めて剥き出しの頸目掛けて、手刀を横薙ぎに叩き込む。
其の断末魔を聞く事なく、呆気なく女の首は弾かれた様に千斬れて飛んで行く。
血を吹き出させて固まる躯を蹴り倒し、一歩足を進める。
連れの男は何が起きたのか分からず此方を見て固まっていた。
其の隙に木の幹へ押し倒し、頸に手刀を当てる。
―っ、ど、如何して此処が、あ、彼奴は、―
男、と言うより、此方は蜘蛛男と言う可きか。
自分より多い八つの目を白黒させ、四本もある手をばたつかせた。
此の反応、何だか此奴素人臭いな。折角四本も腕があるのにナイフの一本も取らないのか。
女も女で此方の気配に全く気付かなかったし、抑探る素振りも無かった。一応未だ倒れた躯は緩慢に手足を動かしてはいるが、別にもう意思が有る様には思えない。死ぬ前の反射の様な物だろう。
「御連れさんは疾っくに死んだぞ。さて、御前も一緒になりたくなければ何処から来たのか正直に御喋りして貰おうか。」
男の細いストローの様な口からシューと言う音が漏れる。
斯う言った種族には会った事が無いが、自分からしたら異界の生物の様な彼でも、彼からした自分は矢張り只の化物なのだろう。
―ひぇ・・・レ、鎮魂の卒塔婆だ。お、俺達は彼方から来た。只の様子見だ。何も、手を出すつもりはない。―
「へぇ、素直で結構な事だ。因みに聞くが今回が初めての事なのか?」
―わ、分からないけど、多分違うと思われ・・・、調査報告の台帳もあるし、次のも然う遠くない内に、―
「然うか。貴重な情報を有難う、助かった。」
言い終わらない内に手を払う。
手応えが無い程の柔い肌を裂き、其の首が落ちる。
あっさりと終わったな、然う思った刹那、
―ヒ、ヒィイィ!!―
喧しい程のテレパシーを発し乍ら男の首が転がる。
良く見ると其の首は正に大きな蜘蛛へと転じていた。
細長い足を頸だった所から出していたのだ。
成程、脱皮の様な物か。抑此の男自体そんな躯の大きい種族じゃあないのだろう。服と薄皮一枚でごまかしていた訳だ。
其の長い足を伸ばして本来の背丈にそぐわない手足を演じていたのだろう。
大蜘蛛は慌てて木立に上り、繁みに入り込もうとする。
まさか首丈で動ける種もいるとは。良い勉強になったのでそろそろ死んで貰おうか。
口を開くと声の代わりに黔の球体が激しく曦を散らし乍ら回る。
次の瞬間セレの口から漆黔のブレスが放たれ、木立を消し飛ばした。
―ギャッ・・・。―
僅かな断末魔も途絶え、一本の切株丈が残された。
綿密に波紋を出してはいたが、流石にもう消滅しただろう。
咄嗟にブレスを吐いたが、此の木立には悪い事をしたな。只此処に立っていた丈なのに無残な姿にしてしまった。
でも・・・やっと一つ情報を掴めた。
「鎮魂の卒塔婆・・・か。確かにそろそろ邪魔だな。」
何時迄もフォードの掌にいるんじゃあ面白くない。
今回の記憶の件も然うだし、他にも隠し持っている物があるなら、向こうの狙いが何であれ、先に仕掛けたい物だ。
―・・・まさか戦うつもりか?彼方は闇の国を支える柱の一つ、研究機関と言えども国の重要機関だぞ。―
「けれど、何時かはやらないといけない。」
現状他の組織や機関の動きが分からない今は大変危険だ。
自分一柱が殺し続けても限界がある。仲間が一柱位殺されていたって不思議でもないのに。
如何見ても泳がされている。其の真意を探らないと。
「勿論未だ準備はする。でも今の私なら出来そうな気がするんだ。懐いが神の力になるのなら。・・・然う負けていない。」
―其の懐いに因って御前の大切な物を失う可能性がある事をゆめゆめ忘れるな。―
「分かってる。其の時には今度こそちゃんと涕けると良いんだが。」
旻を仰いで一つ息を付く。薄翠の満月の縁が白んで仄かに皓く輝いている。
其がまるでガルダの彼の六花の様な瞳の様で不思議と安堵する。
「・・・然うだ。明日ガルダと話をしないと。約束、してしまったからな。」
頬を撫でる薫風が冷たく感じたのは気の所為ではない事位分かっていた。
・・・・・
「初めまして、ボク、ケルディって言うの、宜しくね。」
「モフモフ!」
机の真中へちょこんと座っていた標的を完全にロックオンし、掻っ攫う様に取って抱き締めて頬擦りをする。
「セレ、流石に其は行儀悪いぞ。」
「いや、此は挨拶の一貫だ。後一時間くれ。」
「朝御飯が冷める前には食べてくれよ。」
ガルダからのGOサイン。此はもう撫で回すしかない。
思わず捕まえてしまったが、怪我をさせていないだろうか。爪と逆刺に良く良く気を付けてそっと撫でてみた。
うわぁ・・・モフモフだ。何だ此の雲華の様に柔らかで、滄江の潺の様に指を抜ける艶やかさは。流石子狐、生まれたての毛は正に天井からの一雫。
「ボクも御飯食べたい。」
キューキューと手の下から甘え声が漏れたので慌てて机に置いてやる。
するとケルディは小皿に盛られた肉団子を美味しそうに頬張った。
可愛い・・・。もう丸っこいし、尻尾が特に、六つもあるなんて何て贅沢なんだ。
其の先に灯っている蒼い焔も案外触ってみると熱くはなく、仄かに温かくて燃える事もなかった。
ケルディが然う加減してくれていたのかも知れないが、極上のモフモフだった。
「・・・取り敢えず落ち着いたかセレ、此は歓迎会であってモフモフを愛でる会じゃないから弁えてくれよ。後御前に近状報告もしとかないと。」
「ん、然うだったのか。じゃあ二次会はモフモフ会だな。」
「店主なんだからもう少し、な。もう少し丈威厳を見せてくれ、頼むよセレ。」
彼から一霄明け、随分と賑やかな朝餉が始まっていた。
確かに積もる話は沢山あるだろう。前世の事もあるが、抑私は此処百日の記憶もない訳だし。
「何だかロー君の小っちゃい時みたい。一杯食べて大きくなってね。」
ドレミが食指を近付けるとペロッとケルディは一舐めする。
ローズも興味津々と言った体で、頭をテーブルに乗せて尾は大きく振られていた。
「なぁまさか此の狐って火点いてるけど、灯属性じゃないよな?まさか行き成り属性被りっていうのは・・・。」
「ケルディは狐火と言う龍族だ。名前からして明らかだろう。」
―あらら・・・こんな小さくて可愛くても立派な灯属性やなんて、只生意気な丈のカーディはそろそろ首かも知れんよ?―
グリアレスが意地悪そうに笑っている。別に万年神手不足なんだから首なんて事は有り得ないだろうが。
「負けねぇ!俺こんなチビには負けねぇからな!」
「ボクチビじゃないもん。本気になったら大きくなれるんだからね。」
「大きく!?其のモフモフが更にモフモフになるのか。是非とも其は見たいな。」
若しかして記憶を見せられる直前に見えた姿か・・・?狐火が複数の姿に変化出来るとは聞いた事が無いが、抑火が本体なのだから狐自身の力も使えるとしたら其の能力は未知数なのか・・・此は可也期待出来る。
「え、えー店主迄其言うのかよ。オレをスカウトしたの店主だろ・・・。」
「・・・言って置くが我も火が点いているぞ、属性ではない丈で。でも幻で創れるぞ。」
「灯のアイドル争奪戦かよ。灯丈インフレしてんじゃねぇか。」
一体何に対抗心を燃やしているのか。キッと皐牙が二匹を睨む。
「闇と言う点では私も被っているがな。其に丗闇もいるし。そんな気にする事でもないと思うが。噫でも然うだな。属性丈の話で言えばハリーは幻に、ケルディは闇と灯か。単体の皐牙が一番不利だな。」
「そんなの無くてもオレの方が勁い!不純物の無い灯の火力を味わわせてやるゼ!」
晁から元気一杯だ。神が彼に灯の魔力を与えたのも頷ける。彼程の適任もそういないだろう。実際に灯の神として彼は良くやってくれている。
只一寸煩いな。折角の朝餉だと言うのに。自分もこんなにケルディに触れるの、我慢しているのに。
「不純物じゃなくて特典だよ。ボクの可愛さはプラスでしょ?」
ケルディが顔を上げて其の円らな瞳でじっとカーディを見遣る。
か・・・可愛い。何て純粋な澄んだ瞳なんだ。口元に申し訳程度に付いている汁もポイントが高い。狙ってやっているのかも知れないがドストライクだ。
―そーやで。然もケルディはあんな御利口して座って食べてるゆーのにカーディはもっと落ち着いて食べる可きやわ。―
噫其の通り、偉いぞグリアレス。
「う、ぐ・・・わ、分かったよ。オイ狐野郎、後で勝負だ。逃げんじゃねぇぞ。」
「狐野郎じゃないよ。ケルディだよ。」
「ねね、ケル君って何処から来たの?」
ペロッと口元を舐めてケルディはドレミを見遣った。
「んーと、元々ボクは鎮魂の卒塔婆に居たんだよ。ガルダのパートナーになれるよう訓練してたんだ。でも・・・その、フォードと喧嘩しちゃって、黔い水精に封印されてたの。」
「・・・彼の時は御免なケルディ、俺の所為でずっと閉じ込められて。」
「友達の為だったら怒るのは当然でしょ。今は一緒に居られるから良いの。」
然う言って尾を振り、胸を張るケルディはもう満点と言っても過言ではない可愛さだった。
そんな様を見て此処迄自分が自我を保てているだなんて此はもう奇跡なんじゃないだろうか。
「ふーん鎮魂の卒塔婆って敵のとこだろ。彼のストーカー野郎と似た組織らしいじゃんか。良いのかよ店主、其処の手先なんか招いて。」
皐牙は余っ程気に入らないらしい。然うチクチクと責めるのは良くないぞ。
現に既に自分を殺そうとした三柱も店に居るんだから。まぁ其を引き合いにするつもりはないが。
「モフモフは可愛い。だから好きな丈居て貰って構わない。寧ろ増えてくれると嬉しい。」
「・・・何時か背中からズブリと行くぞ店主。」
「其の前に御前の土手っ腹にブレスで大穴開けるのが先だがな。」
「うぐっ・・・もう何だよ、オレばっか苛めやがって。」
いじけてしまったのか皐牙は外方を向いて食べ始めた。
「ま、ケルディは大丈夫だって。俺が保証する。小っちゃい時からの付き合いだからな。」
「え、今より未だ小さい時があったんですか?」
「と言うより今のは省エネモードだな。本当は尻尾が長いからローズより一寸大きい位だぜ。」
―僕が勾玉になれるのと同じ感覚かな。でも小さくなれるなんて不思議だね。―
「あ、然うだセレ。言い忘れてたけど、結構家の内装変えたからさ、後で一寸案内するぜ。」
「噫二階が出来ていたな。ソルと皐牙の部屋以外の空き部屋があったし、テラスもあったな。其処にベランダも出来たし・・・、」
随分御洒落な形にした物だ。もう此内装じゃなくて建て替えだが。
其処に携われなかったのは残念だが、確かに部屋は足りなくなっていたのだから仕方がないか。
「う、もう全部見られてるのか。もっと戸惑うかと思ったのに。」
「まぁ波紋があるからな。でも後で改めて見せてくれ。巧がやってくれたんだろう?私もちゃんと見て置きたい。暖炉も随分と大きくなって前のより実用的になったしな。」
大きな石造りの暖炉だ。火は点いていないが、見た丈でも迚も暖かそうな雰囲気が想像出来る。前は何方かと言うとインテリア向けだったからな。
「噫良いぜ。でも彼の暖炉は一寸失敗なんだよなぁ。俺もアンティークとして良いかなぁと思ったんだけど、結構火起しとか薪の管理が面倒でさ。早くも置物になりそうなんだよな、折角新しくしたんだけどさ。」
「然うなのか?其は一寸残念だったな。じゃあ私が魔術で点けようか。蛍ノ鈴はガルダが咲かせてくれているんだし、其位。」
「え、店主がやったら闇だから黔い焔になるんだろ?どんな怪しい店なんだよ。」
「んん・・・確かに然うか・・・。」
灯の魔術を使えなくもないが、慣れないから余計に疲れるし、安定しない恐れがある。
勿体無いが仕方ないのかな・・・。
「あれ、然う言えばセレちゃん晒の巻き方変えた?何と言うか・・・真黔になっちゃってるよ?抑家なんだから取れば良いのに。」
然う、ドレミの指摘通り、今の自分は顔に丈晒を巻いている。此を晒す勇気は未だない・・・。
目元丈でなく顔を覆う様に縦にも巻いているので確かに顔面真黔になってしまっている。口と鼻以外は見えないが、でも確かに此だと不審だよな・・・。次元だと火傷したとでも言う可きか?
「一寸此処も変わってしまったからな。一応隠しているんだが、矢っ張り変か?」
「其って頬っぺたに鱗が生えたとか然う言うの?其だとまぁ仕方ないのかな。でも其の位なら外しても大丈夫だよ?」
「いや・・・目が四つ生えてるんだ。」
「え、目?す、凄い変化だね・・・。」
「そんな変わるなんて何があったんです?私もそんな後から目が生える種族なんて見た事も聞いた事もないですけど。」
「其は・・・然うだな。」
未だ、話していない。前世を懐い出したのは。
別に疚しい事でも何でもないのだが、整理が付いていないと言うか。
一体、何を言えば良いのか、分からないんだ。
「俺とセレは昨日前世を懐い出したんだよ。鎮魂の卒塔婆にケルディみたいに封印されていたみたいだけど、其が解けたから。で、まさかまさかの俺とセレは幼馴染だって分かって、吃驚して目が増えちゃったんだよ。な、セレ。」
「え、あ、噫。然うだ、一応。」
快活に笑ってガルダが突然然う切り出したので皆の注目が逸れる。
助け舟を出してくれたのだろうか。・・・助かった。
「そんな事があったの!懐い出したのって全部?」
「一応然うだな。だから未だ一寸混乱してて・・・今度ちゃんと話すよ。」
「絶対ですよ!そんな前世から繋がっていたなんてもう運命じゃないですか!まさか現実にそんな事があるなんて、本当に聖域を出て良かったです!」
目をキラキラさせてロードが食い付いた。頬の輝石が眩く絳くなったり黄色に染まったりと激しく変わる。
噫其の通りだよロード、現実でこんな事はない。そんな偶然は有り得ない。
だから此は全て、仕組まれていたんだ。誰とは言わない迄も。
「分かった分かったって。そんな期待するような話じゃないけど、今度な。」
そんなこんなで終始賑やかな朝餉だった。
自分は其の間、はっきりと確信していた。此処こそが今の自分が護る可き所だと。
此の景色を護る為だったら自分は何でもする。
誰を危めようが、壊そうが、絶対に。
密かに自分は、然う胸に誓っていた。
・・・・・
「然うだガルダ、一つ教えて欲しいんだが。」
賑やかだった朝餉も終わり、各々仕事に行ったりと自由行動に移る。
自分はガルダと一緒に皿洗いをしていた。
特に話もなく、只何となくで立っていたのだが、自分は此の後一つ予定があった。其の為にも良く聞いて置かないと。
「え、何だよ。っあ、其方の皿拭いてくれるか?」
「分かった。・・・あの、此の服を作ってくれた店に行きたいんだ。」
「噫其なら『サブリナの森』って店だよ。蕭森の中にちょこんとある感じの絳い屋根の小さな店だよ。後で一緒に行くか?」
ガルダの洗った皿を受け取り、少し丈セレは考え込む。
其は迚も嬉しい誘いだが、今回に限れば何とも言えないな・・・。
「然うか、有難う。大丈夫だ。店名さえ分かれば私の干渉力で行ける。其よりガルダは緩り休んでくれ。未だ・・・整理出来てないんだろう?」
「う、・・・んー、然うだな。気負い過ぎて疲れてもいけないし、有難な、セレ。然うする。セレも今日は未だ次元に行くなよ。」
「分かっている。少し出歩く丈だ。」
拭き終わった皿を重ねて行く。もう大分終わったか?
何だか斯う言う日常と言うか当たり前の事、久し振りにした気がする。・・・何だか和むな。
若しかして前世を懐い出したからか?ガルダが今も傍にいてくれるからか?
家事は何時もガルダに任せっ限りだし、今後はもっと手伝う様にしよう。
屹度自分達に必要なのは斯う言う時間だ。神殺しよりも屹度ずっと大切で、こんな黔い刃よりももっと大きな力になってくれる。
此を・・・見捨てる様になったら御仕舞だ。
「相変わらず凄い器用だよなぁ。良く其の爪で割らずに皿持てるよな。」
「長年の努力の成果だな。さてと、此で最後だな。」
「その・・・何時も言ってるけど、気を付けて行けよ。抑干渉力丈で店に行くって言うのが笑っちゃう位おかしな話だけどな。ま、御前の事だから大丈夫だとは思うけど。」
「其程でも。其方はもっと精進しないとな。行きたい所が御隣さんになる迄引き寄せられる様にしないと。」
「御前は世界を創るつもりかよ。ま、其が出来る様になったら素敵だな。」
にっと笑うガルダに自分も笑みを返す。
今日やる事は決まった。久々にフリーに一日を使ってみよう。
屹度自分自身も、理解出来ているつもりだったけれど、色々整理する時間が必要だ。
一柱限で少し、此からの事も、色々と考えよう。
・・・・・
案外簡単に店は見付かった。
次元の迫間って何て言うか適当でも如何にかなる物だな。
自分の干渉力が其丈高過ぎるって事なのかも知れないけれど。
ガルダの言う通り店は小さな蕭森に隠されるようにひっそりと建っていた。
此方の店と同じ位・・・と言いたい所だが、店は大幅なリフォームに因って二倍以上大きくなっている。大して例の店はワンルームなんじゃないかって思う様な小さな可愛らしい店だった。
因みに丗闇は今居ない。
自分の記憶を見た事で何か思ったのだろうか、一柱にして欲しいと言って今は自分の部屋に御留守番している。
此の胸に穴が空いた様な感覚は何時迄経っても慣れないけれども、まぁ今回は都合が良いから何とか呑み込もう。
そっと扉を開ける。波紋を飛ばすと店の中は外見と偉く違う物だった。
先ず広い。十畳以上は増えている。其の所為で外の波紋と中の波紋がちぐはぐで少し気持悪い。
そして中は何と言うか、もう物がごちゃごちゃと積まれていて、色取り取りの服、貴金属、ネックレス等の装飾品がきらびやかに飾られ、見えない筈の目が眩む程だった。
まるで宝石箱の中に詰め込まれた気分だ。頭がくらくらするが、恐らく此は自分の波紋が原因なのだろう。
目で見るよりも多くの情報を一度に取り込み過ぎている。全面キラキラと輝いている所為で頭の中を零星が舞っているみたいだ。
内装は・・・成程、何本も店内に生えている碧樹の枝を使って服やイヤリングを掛けてあるのか。まるで其等が碧樹に成っている様に見える様は中々御洒落な・・・う、頭迄痛くなって来た。
「あーら御客さんいらっしゃい!」
甲高い女の声がして思わず見上げてしまう。
左肩上がりの三角の天井に沢山の皓い綿の様な塊が引っ付いていた。
殆どが掌サイズの綿の中、取り分け大きいのが二つあり、もごもご動いたと思えば、鼻先丈黔い狐の様な顔が出て来た。
兎の様に大きな耳を震わせて、くるりと大きく真黔な瞳を動かした。
「あらあら如何も!高い所から御免なさい。今直ぐ其方に参りますので!」
然う言って次に真皓な綿から大きな飛膜を張った翼が出て来た。
然うしてばたつく様に一、二度羽搏いて、其の二柱は此方へやって来た。其の姿を見てやっと彼女達が何だったのか合点が行った。
一体此の綿は何だろうかと思っていたが、彼女達は言わば巨大な蝙蝠の神だったのだ。
自分の背丈程もある真皓な蝙蝠は裾の様に長く垂れた飛膜を引き摺り、其の先には枯枝の様に細長い爪が備わっている。
実際の蝙蝠よりは胴が長く、膨よかな胸元の真皓な綿の様な毛の下からモノクロの膜が生え、まるでドレスの様に足元迄彩っていた。
二柱の顔立ちは似ている様だったが、所々違いもあった。
先程元気良く出迎えてくれた方は左の翼が小さく、耳や翼に貴金属や宝石のアクセサリーを幾つも付けていた。
対して大人しいもう一柱は右の翼が小さく、飛膜に何処かの民族模様の様なペイントが施されている。
二柱は店を支える様に生えている碧樹の枝に留まってニコニコと嬉しそうだ。
「さーて、早速御要望は・・・ってぇ、ちょいと御待ち!御客さん其の御召し物は!其に其の髪飾りは!」
然も驚いたと許りに頬に手を添えてぱちくりと大きな瞳をより大きくさせて蝙蝠の声が上擦る。
「噫、此処で仕立てて貰ったらしいな。迚も良い物だ。流石裁縫と細工の神だ。其の腕を見込んで私も頼みたい物があるんだが。」
「キャー!矢っ張り、御姉様彼の方よ。彼の孔雀鳩の様に真皓な彼、前いらしたでしょう!」
相変わらず元気一杯に蝙蝠は歓声を上げ、向かいのもう一柱を其の長い翼で突く。
孔雀鳩って・・・多分ガルダだよな。如何なんだろう、其の評価は彼にとって良い物なのだろうか。褒めているのか貶しているのか何とも言えない所だ。
「えぇ勿論。私も気付いておりましたとも。此は屹度素敵な仕事になると予感が止まらないの。でも御客様、仕事も勿論御受けいたしますが、先ずはもう一度丈仕立て直させて貰えませんか?何せオーダーメイドだと言うのに採寸すら取れなかったので。」
「え、いや此でも十分・・・、」
「いえ、其では私の気が済みませんわ。どうぞ其の儘の姿勢で結構なので。」
言うや否や蝙蝠は碧樹から降りて自分の服の裾を弄っている。
無口なので大人しいのかと思いきや、行動力はあったのだ。
「まぁ御客さん、仕立て直しで御代を頂いたりはしませんので、話乍らで良いので姉の好きにさせて貰えませんか?彼のオーバーコートは如何なったのかと姉は心配し過ぎてノイローゼになり掛けたんですよ。」
「・・・分かった。じゃあ、御願いしよう。で、早速なんだが・・・、」
「あら、御客様も翼や尾がおありでしょう?どうぞ御出しになって。心配御無用です。此の店は今から御客様丈の貸し切りにしますので。」
然う言うと天井の小さな綿が震えて皓い小さな蝙蝠が無数に舞い降りて来た。其の儘蝙蝠達は窓から外へ行き、看板に布を掛けてしまう。
彼等は使い魔か仲間なのだろうか。何て愛らしいモフモフかと捕まえたくなるが、生憎眼前の大きなモフモフが其を許してくれない。
「か、貸し切りって其処迄しなくても、其に私の姿は・・・その、余り見て良い物じゃないと言うか、」
「何を仰いますの、其を飾るのが私達の店です。晒して貰えなければ私達は其の仕事すら儘なりません。こんな巨大な血吸蝙蝠だって不気味でしょう?・・・いえ、此は冗談ですよ。」
服の事になると彼女は如何やら何かが爆発して可也饒舌になるらしい。
行動力もある分、此方の方が手強い。
此の様子だともう帰して貰う事も叶わないだろう。然う迄言うなら少し位、姿を晒してみようか。
次元の迫間の神だし、多少なりとも耐性はある筈。・・・良し、大丈夫、大丈夫だ。ガルダも見られている訳だし。
十分に言い聞かせてそっと尾と翼を出す。
其の途端に蝙蝠に手や目元の晒を取られてしまった。
「え、あ、おいそんな所迄!」
「服は着る方のイメージも大切よ。御顔だって良く見ないと。さぁそんな恥ずかしがらないで。」
にこにこと笑って猶の事蝙蝠は楽しそうだったが、自分は目を合わせる事も出来なかった。波紋を合わせる事すら憚られる。
こんな姿、ドレミ達にだって未だ見せていないのに。
目が六つもあって、こんな意味も無く睨む様な目付きしか出来なくて、自分の嫌いな目がこんなにも、
「あら、確かに珍しい御姿ね。私も初めて拝見するわ。其だと其のオーバーコートでも難しいでしょう。・・・と言うより、尾が一本食み出していますし、前御持ちでした彼のオーバーコートで良く頑張っていたのね、感心するわ。今回こそ矢張りちゃんと調整しないと。」
「えっと・・・恐くはない・・・のか?」
我乍ら何とも言えない質問だろうけれども良くそんな顔色一つ変えられずにいられるな・・・。
悪意や殺意が無いからだろうか・・・、自分が向けられ続けていた彼の目じゃないから。
でももう此の躯は血に染まり過ぎている。心なんて化物だ。
自分は屹度、心すら隠すのが上手くなってしまったのだろう。昨霄神を三柱手に掛けたのに服なんて買いに来るなんて、普通じゃないんだ。
其が普通に出来ている自分はつまり普通じゃなくて、此処迄偽れる様になっただなんて、我乍ら何て恐ろしい化物か。
「御客さんの事恐がっちゃー仕事にならないでしょう!彼がいらした時、自分と似た姿だから其と前のオーバーコートに合わせて作ってくれって、あっさり言ってましたけれども似ているとか言う問題じゃなくて、本神じゃないと意味がないんですからねぇ。」
「然う然う、御負けに彼、写真も無いって一体何を言っているんだか。こんな素敵な彼女さんにプレゼントするなら其の辺りちゃんとしないと・・・あら動かないで御客様、もう少しですから。」
「彼女なんてそんなんじゃあ・・・一緒に居る丈で、あ、お、尾は余り、っ、触らないでくれ、」
こ、此じゃあ依頼すら出来ないじゃないか。
全身弄られて御負けにこんな耳が赤くなる様な話をされて、如何して普通でいられる。
「御客様、迚も良い、良いですわ。此は私の腕の見せ所。私の今迄培った技術を存分に発揮出来そうですわ。」
「・・・一つ聞いても良いか?その、私みたいな奴の服さえ作れるのに如何して御前達は着ないんだ?」
気を悪くしないと良いが。少しでも話題を変えたかった。此以上踏み込まれると此方が動けなくなる。
実際二柱は装飾品等を付けはしつつも、斯う言った服は着ていなかった。
ドレスの様に躍るのは生えている膜に因る物だ。だから一見着ている様にも見えるが。
別に着ろと言う訳ではないが、服屋なのに店主が裸と言うのは矢っ張り気になる物だ。
紺屋の白袴・・・とは違うだろうし。
「噫其の事でしたら是非!」
思ってもいない好反応で、元気な蝙蝠が翼を広げた。
「抑私達は別に此の正体と言いますか、此の姿自体を疎んだりはしないでしょう?屹度御客さんも然うの筈。自由に旻を飛びたいし、好きな華を選んで食べたいわ。だって私達には其が出来るんだもの。でも其を隠さなければいけない時もある。特徴は変化であり、差別にもなるわ。」
「人間の街に行く時だとか・・・か?」
自分にとって此の姿は疎ましい物だ。でも然う思うのは醜いから以上に、自分がずっと人間側の世界に居ざるを得なかったから。
・・・成程、然う言う考え方はなかった。確かに此の姿で困るのは鋭過ぎる爪、不器用な手、其以上に、人間に人間じゃない所が見付かる事なんだ。此の姿だったら一柱でだって生きるのに苦労はしない。だが生きるのがあんなにも辛かったのは、人間の所為だ。自分が違うから。
其でも矢張り此の目は恐いと思うし、不気味な腕だとか思いはするけれども。・・・いや、彼の人間の世界が自分に然う思わせているのかも知れない。価値観や感性は、記憶と共に作られるのだから。
・・・然うだ。矢張り此の姿は自分に必要だ。力はあって悪い物じゃない。
抑此の姿の所為で廻り廻って力を欲する様になったとも言えるが、其処はもう何方が先でも構わない。
「人間・・・噫然うね。然う言う種族も沢山いるわね。まぁ然うよ、ほら私達だって余り多い種ではないわ。でも材料を買ったり、散歩したいとかで然う言った街に行かなければいけないわ。屹度同じ様な悩みに苦しんでいる仲間は沢山いると思うの。だから然う言う者達が少しでも隠すのを悪い事と思わない様に、少しでも楽しめる様に上手に隠して、飾るのが私達の御仕事って言う訳。」
「成程、其で街に行く必要が無い時は其の儘の姿でって事なんだな。確かに私も此の姿の方が楽だし、迚も良い仕事だな。本当に助かる。」
「フフ、どうも有り難う御座います。でも御客さんこそ先の口振りからすると人間の街に行く様な御仕事なので?隠す所が多いと大変でしょうに。」
「然うだな、次元龍屋と言う店をしているんだ。専ら次元用だから此処みたいに神に入り用な店でなくてな。だから馴染はないと思うが、私は其処で店主をしているセレだ。挨拶が遅れたが宜しく。」
一応近所の好だし、此からも割と利用するだろう。此の位の情報は問題ない筈。
其に先の話、あんな風に異形ならではの悩みを共感出来たのは初めての事だった。少し位は気を許しても大丈夫だろう。自分よりも余程彼女達の方が姿を隠すのは大変そうだ。
「あらあら勿論存じておりますとも。此処に店は少ないですからね。最近出来たとは聞いていましたよ。御仕事の事もね。迚も素敵な事だと思うわ。でもまさか其処の店主様が御客さんだなんて、其の姿じゃあ何かと不便でしょうに。素晴しいわ、自ら次元に行くだなんて私達には迚も迚も。」
まさかの御周知だった。然うか、確かに次元の迫間は死にたがり許りなんだから店自体が少ないだろうし、若しかしたら次元の迫間では少し知られているのかも知れない。
「噫挨拶が遅れました!私はサブリナの森の装飾品担当してますMula(モウラ)です。姉は服の担当で、Elsa(エルサ)と申します。今後とも御贔屓に。」
「宜しく御願いします。」
二柱が揃って頭を下げるので自分も其に倣う。
此処は・・・常連になりそうだな。御気に入りの店だなんて初めてだ。
彼の魔術具専門店も嫌いではなかったが、彼方は商品として、取扱先として、だったからな。純粋な客として店に入った事自体粗初めてと言っても良い。
「さてと、採寸は終わりましたわ御客様。御召し物を暫し借りても宜しいですか?」
Elsaはそっと肩に手を置いてあっさりとオーバーコートを持って行ってしまった。
マネキンになった気分だ。あんな複雑なオーバーコートだったのに気付けば脱がされていた。
少し奥に覗くミシン迄飛んで行くと早速Elsaは作業に取り掛かる。
仕切り直しと許りにMulaは両手を叩いた。
「はい、では御待たせしました。御仕事の話をしましょうか。今回は何の様な御用件で?」
「私みたいなオーバーコートをもう一着御願いしたいんだ。」
「噫勿論彼のですね!ばっちり大丈夫ですよ。もう採寸もしてあるのでね。ペアルックだなんて素敵じゃあないですかぁ。」
にっこにこと嬉しそうな所何とも言い難いが、如何も其の期待には応えてあげられないな・・・まぁ正直に言うしかないか。
「いや、何方かと言うと彼女に、なんだが・・・その、申し訳ないが。」
「え、彼女!?彼女と申しましたか御客さん!ええ、えぇ、勿論然う言うのも大丈夫です!私は大丈夫です!」
・・・何が大丈夫なんだろう。恐らく自分の知らない世界だな。
「然う言えば彼ももう一柱あげたい女性がいると申していましたわ。」
「御姉様!つまりは如何言う事です!此は巷に聞く三角関係・・・と言う物では!」
「然も只の三角ではないわ。恐らく一柱に対する二つの懐いがあるのよ。主従関係とも言うわ。恐らく例の彼女が其の頂点にいるのよ。」
「じゃあ其の未だ見ぬ御客さん、シークレットゴッドがじょ、女王・・・。」
一体何の話をしているのだろう。何となくロードと馬が合いそうな気もするが、自分にはとんと見当も付かなかったので取り敢えず待つ事にした。
屹度服を作るのに大切な工程の一つなのだろう。
Mulaは枝の上で伸びたり飛び退いたり慌しくしていたが、一つ咳払いをして手を合わせた。
「其は是非とも拝見しなくては。御客さん、見た所御一柱ですよね?御客さんもオーダーメイドを御希望で?」
「噫、私と瓜二つなんだ。採寸は全く同じで構わない。」
「写真とかは御座いますか?印象も聞かせて貰えればイメージ通りに御作り出来るかと。」
「写真は・・・無いが、然うだな。イメージなら私の干渉力で送れる筈だ。・・・如何だ?」
巧に設計図を送った様に彼女の姿を思い浮かべてみる。間違っても送り主を丗闇に間違えない様にしないと。
斯う言う時テレパシーの類は本当に便利だ。絵を描かずとも思った事が伝わるのは良い。
「おぉ〜成程成程、良く分かりましたよ。確かに御客さんに良く似ておられてですね。御客さんも双子なのかしら。兎に角此の方が女王・・・後は印象も御願いして宜しいでしょうか。」
双子・・・確かに然う思うな。でも案外其も良いかも知れない。
姉妹、とか。勝手に然う言われるの、丗闇は嫌かも知れないけれど。
「然うだな・・・。厳しくて、でも迚も優しい神だ。何時も見護ってくれて、正しく導こうとしてくれる。真面目な神なんだ。私も良く助けて貰っている。迷惑しか私は掛けていないのに何時も赦してくれて。」
月並な印象になってしまったかな・・・。実際自分は丗闇の事を良く知らないのに付き合わせて許りいる。別に進んで同志になったとか、知り合いとかじゃない。
勝手に結び付けられた縁で、自分が勝手に丗闇に首輪を付けて引っ張っているんだ。
丗闇がしたくない事、見たくない物を見せて迄、自分は彼女を振り回して、でも分かっていても止められなくて。
此だと自分からした丗闇の印象って、只々申し訳なさしかないのかも知れない。
「フフッ、じゃあ迚も素敵な方なのね。じゃあ御姉様、先程のイメージでもう仕立てられそう?」
「えぇ、只斯うも霄闇に紛れる方だと、もっと色を欲しいわ。御客様、貴女の御召しになって貰った此のオーバーコートより布を減らしても大丈夫かしら。此処迄隠すと真黔になってしまうわ。」
「噫、別に私みたく戦闘向きにしなくても良い。驕陽に当たっても良いから全て隠さなくても大丈夫だ。寧ろ洒落っ気があった方が良いな。」
恐らく自分の彼の尻尾袋とかは驕陽の対策の筈。其を見越して作ってくれていたのなら丗闇には必要ない。
何方かと言うと丗闇にはもっと御洒落とかをして欲しいな。綺麗好きだし、多分もっと然う言うのを本当はする神なんじゃないだろうか。
ずっと襤褸のオーバーコートしか着せていないし、最初から丗闇を当てにはしない。せめて戦闘は自分一柱で、彼女を巻き込まずに。
「成程、若しかしたら彼の孔雀鳩の方がもう一着作るのを保留にしたのは御客様の意見を聞いてからにしたかったのかも知れませんね。分かりました。今直ぐ取り掛かりましょう。」
然う言えば先もちらっとそんな事言っていたな。然うか、ガルダも丗闇用に作ってあげるつもりだったんだ。でも此で自分が着て、抑何処か悪かったりしたらいけないから保留にしたのかも知れない。急ぎで要るのは自分丈だから。
然うだったのならガルダも此の店に来たかったのかも知れない。一寸悪い事をしたな。
「後もう一つ御願いしたい物があるんだが。」
「はい何でしょう?嬉しいわ、こんな一度に頼んで貰えて。」
Mulaは相変わらず嬉しそうに笑って手を叩いた。
・・・・・
店を出て、自分は今とある龍の住処へと向かっていた。
と言うのも一つ、彼の店での依頼料として御願いされた事があったからだ。
一体何処から情報を仕入れて来たのか、次元龍屋の店主は龍族と話が出来ると聞いたと言う事で、今回はドルウェルの角が欲しいのだ然う。其で装飾品を作る様だが、ドルウェルの角を前自分が折った事迄知られているのだろうか。此の神選、偶々だと信じたいが、若し其処迄知られてしまっていたら色々と恐ろしい事になる。
実際Elsaが恐ろしい手際で自分のオーバーコートを仕立ててくれたので今斯うして驕陽の元を歩けるのだが、彼の二柱、実はとんでもない双子なのかも知れない。
加えてオーバーコートに口元を隠すマスクの様な布も充ててくれたのでぱっと見六つ目も見えなくなっている。尻尾袋も一本追加されているし、要望に応えるの早過ぎだろう。
だったら自分も直ぐ対価を払わなければいけないだろう。幸いドルウェルが御願いすれば角をあげると前言ってくれたから取り敢えず会いに行こうと思ったのだ。
こんな御使い程度で作って貰えるのなら安い物だ。
・・・・・。
いや、自分は一体何をしているんだろう。
こんな事、している暇はないんじゃないか、今も敵は増え続けているのに。
殺し続けないといけないんじゃあないのか。でないと追い付かれる。
自分丈護れても、次は仲間に其の手が及んだら、自分は護り切れるのか。殺す事しか知らない自分が。
荒野が続いている。一体何方へ行けば良いのだろうか、目印も何も無い。
少し歩いた丈で砂塵が舞う。
音は無い。只、自分の足音丈。
一つ小石を蹴った。
・・・絶対に無理だ。自分が仲間を護るなんて。
だって何時迄護れば良い?終わりは見えない。此から如何なるかも分からないのに。
何時か屹度皆、殺されてしまうんだ。屹度自分は又独りになる。
然うなる位なら・・・いっそ、自分が壊してしまったら・・・。
幸せな今の儘で終われたら屹度、
・・・何を考えているんだ。其じゃあ本末転倒だ。
護る為の方法を考えていたのに着地が皆殺しだなんて。
間違っている。其は出来ない。
・・・大丈夫、未だ間違っていると気付けている内は大丈夫。
自分は其処迄壊れちゃあいない。
でも、矢っ張り其じゃあ今の自分がしている事は飯事だ。平和で幸せな家を作ろうと、こんな事をした所で・・・。
いや、でも約束は護りたいし、咲ってくれるのなら出来る事はしたい。
壊す事は、殺す事は、そんな幸せとは懸け離れた物だろう。そして屹度何時か自分の頸を絞める。
其でも止められない、仮初だとしても皆が咲ってくれるのなら。
どんなに血に塗れても、自分が咲えば大丈夫、然うだろう?
然うだ、自分は我儘だから、屹度懐い出が欲しかったんだ。一日でも、一時でも多くの。
だからこんな幸せの形を作ろうとしている。偽りでも我落多でも捨てられない。
化物が幸せになんてなれない。命も見えなくなって、血を欲して嗤い、絶望を黔く咬み砕いて、全てを壊す迄止まれない奴なんかが、幸せになれる訳がない。
分かっているから、だから其の時が来ても受け入れられる様に、自分は求めたんだ。
赦しも慰めも要らない。だから欲しい物は全て手に入れる。
其の為だったら、何でも出来るんだ。
・・・・・
―ふむ、久しいな正女よ。―
「噫久し振りだなドルウェル。」
湖の様な所に着いたので取り敢えず、と術で水面を歩いていると向こうから顔を出してくれた。
水面から海豚宜しくちょこんと顔を出したドルウェルは少し丈口元が笑っている様だった。
頭の角は少し丸っこいのが生えている丈で未だ伸びてはいない様だ。
前リュウの所へ行くと言っていたし、未だ居るかなと思っていたのだが、勘が当たって良かった。
―ネートーチャン、此ノ神ダーレー?―
然う言って又一頭水面から顔を出す。
其はドルウェルの幼子の様だった。
「か、可愛い!!」
僅か30cm位の小さなドルウェルがちょこんと顔を出せば、其はもう可愛いに決まっている。
無垢で曇り一つない目をぱちくりさせて口を開けたり閉めたりする様は何とも愛らしい。
屈んでそっと顔や頭を撫でてやる事にした。
冷たくてツルツルしているけれども嬉しそうに目を細める様を見れば自ずと此方も笑顔になる。
―此の神は此処で店をしている神だ。セレと言って私達を助ける仕事をしているんだぞ。―
―ソーナンダー!良イ神ナンダネ!―
甲高くて未だたどたどしいテレパシーを一所懸命に飛ばして、パシャパシャと子ドルウェルは水面を掌で叩く。
余にも可愛いので念入りに撫でてやった。
―エヘヘー擽ッタクテ何ダカ不思議ナ感ジー。ネーモット撫デテ!―
キューキュー言って頭を擦り付けて来たのでもう幸せ一杯だ。
「迚も可愛らしい御子さんだな。本当に可愛い・・・。連れて帰りたい位だ。」
―然うだろう。私の自慢の子だ。―
噫、確かに自慢したくなる。自分だったら自慢する丈して独り占めしたくなる。
―して今度は何の様な案件で此処迄来たのだ?―
「噫然うだった。悪いんだが角を又一本貰えないか?ある店で装飾品を作るのに使いたいらしいんだ。」
―成程、今度はちゃんと御願いをしに来たんだな。感心だ。少し待ってくれ、昔抜けたのが・・・、―
―僕取ッテ来レルヨー!僕泳グノトッテモ速インダカラー!―
キュッと鼻先を上げて思い切り子ドルウェルは深く深く潜って行く。
程無くして1m程の大きな角を銜えて水面から顔を出した。何処か誇らし気に角を高く掲げて。
―良し、偉いぞ良くやった。さぁ彼女に渡してあげなさい。―
「有難う。早い丈じゃなくて力持ちなんだな。」
セレが角を受け取ると子ドルウェルはニッと嬉しそうに笑って一回転をした。
角は驕陽に照って水精の様に仄蒼く光る。傷もない様だし、此なら申し分ないだろう。
時空の穴に角を入れると又子ドルウェルが寄って来たので頭を撫でてやった。
喉の奥でキューキュー言っているが、此の子は本当御強請り上手だな。其の術は屹度将来役に立つだろう。
「御礼は如何しようか。何か必要な物はあるか?」
―僕彼食ベテミタイ!前トーチャンガ言ッテタ、絳トカ翠ノ、宝石ミタイナ御菓子!―
―こ、こら、我儘を言うんじゃない!角なんて幾らでも抜けるんだから気にするな。―
慌ててドルウェルが子を鼻先で突いたが、子ドルウェルは嬉しそうにキャッキャと笑って尾を振った。
「多分ゼリービーンズ・・・か?確かに此処には無いだろうが、如何してそんな物、」
―むぅ・・・。前私の角を折った彼の驚霆の小娘がくれたのだよ。其を話してやったらすっかり興味を持ってしまってな・・・。―
噫然う言えばそんな事があったっけ・・・。彼の時自分は溺れてぐったりしていたから余り憶えていないけれど。
確かガルダに負されて・・・いや、忘れよう。ポーカーフェイスが崩れる。
「分かった。次遊びに来た時に持って来よう。急に来て悪かったな。そろそろ御遑しよう。又な、ドルウェル。」
―ぬ・・・忝い。では又な。何時でも来ると良い。私達は大抵此の湖に居るからな。―
―約束ダヨー!絶対来テネー!―
子ドルウェルが一所懸命に手を振ってくれたので思わずセレは含み笑いを漏らし、手を振り返すのだった。
此は・・・次迄に泳げる様にならないと。干渉力で魚の様になる練習をしないとな。
・・・・・
「丗闇、御留守番御疲れ様。」
「帰ったのか。・・・別に我が申し出た事だ。」
ベッドに座っていた丗闇は気怠気に視線を寄越す。
機嫌が悪いとは少し違うな。何だか気疲れしている様子だ。
「・・・む、何で其奴も此処に居るんだ。」
自分の後ろに居たガルダを見遣り、少し丈丗闇は目を細める。
「な、何だよ。別に良いだろ、セレの部屋だし。」
「まま、其位で。丗闇に一つプレゼントがあるんだ。」
「我に?・・・変な物じゃないだろうな。」
途端に渋面になってしまった。信用無いなぁ、自分が何をしたと言うんだ。
「変か如何かは物を見て決めて貰おうか。」
早速時空の穴から例のオーバーコートを取り出す。
丗闇のオーバーコートは鮮やかな薄蒼色だった。刺繍された模様は闇霄でも仄かに光る水色の縷で編まれており、黔曜石をカットしたようなボタンが煌めく。
自分のと似ている所もあるが、肩口が開いていたり、控え目にレースが掛かっていたりと凝っている。此なら遊びに行く時に着ても違和感が無いだろう。・・・当神が行くか如何かは別で。
丗闇はすっかり目を見開いて只々其のオーバーコートを凝視していた。
取り敢えずサプライズは成功した様だ。
「何時も世話になっているからな。私とガルダからの御礼だ、丗闇。」
「え、あ・・・う?」
駄目だ。完全に停止している。
脳がオーバーヒートだかキャパオーバーを起こしてしまった様だ。目をぱちくりさせて意味の無い音を発している。
「ほら、どうぞ。」
「う、あ。」
些とも動く気配が無いのでそっと手渡してやる。渡すと言っても丗闇は手を下ろした儘なので膝に乗せてみた。
此、大丈夫かな。思った以上の反応で心の中は笑い転げている訳だけれど、此で壊れたり痴呆になったりしないよな。
ガルダもまさか丗闇が斯うなると思っていなかったのだろう。驚きの余り口をポカンと開けて突っ立っている。
確かに此は迚も貴重な図だ。ドレミの持っていたカメラがあれば連写するのに。
「其はオーバーコートだ。何時も私の御古を着せてしまっていたからな。若し良かったら一度着てくれないか?サイズは私と一緒だから大丈夫だとは思うが。」
押しても引いても反応が無いので屈んで無理矢理視線を合わせた。
やっと丗闇の視線が自分へと動く。
「え・・・あ、此・・・を、我に・・・か?」
「だから然うだって言っているだろう。別に変な仕込みもしていないし、大丈夫だって。」
「な、何で・・・我になんか、べ、別に・・・我は、何もしてな、」
「いや、其は無理があるだろう。何度も・・・私の命を助けてくれたし、繃帯も替えてくれたし、特訓も付き合ってくれるし、何時も話し相手になってくれるじゃないか。此は其の本の御礼だ。」
「あ・・・う、」
論破される丗闇なんて初めて見た。此の言い聞かせてやる様な遣り取りも何だか新鮮で楽しい。
「・・・・・。」
でも其限丗闇は意味不明の言語か謎の鳴き声を上げる丈で矢張り些とも動かない。
此の様を具に観察して置くのも中々愉快だが、流石にそろそろ飽きて来た。此、多分放っといても一日中しそうだ。
強行手段と許りに丗闇のオーバーコートを脱がしに掛かる。
どうせ固まっているだろうと思って大胆にも襟を掴んで引っ張ったが、途端に丗闇の両手に阻まれる。
「ばっ、そ、其位で、出来る!た、たた、只、今は・・・、」
あ、やっと少し丈真面に喋った。
其でも何時もの丗闇から程遠いい。難痒いな、何だか。
「い、ま!着ないと意味無いだろう。ほら、別に上着丈なんだから。」
逃がさないと許りに肩を掴んだが、丗闇は嫌々と真赤になった首を左右に物凄い勢いで振る丈だ。
何だか可愛い仕草だなと思った刹那、其の姿が掻き消えて両手が空を掴む。
しまった、丗闇め。服を持った儘自分の中に逃げたな。
此じゃあ手出し出来ない。もうあんな可愛い様子が見られないなんて。
・・・まぁ丗闇にしては頑張った方なんだろう。一応許してやるか。
「えーと、此は終わった・・・のか?」
「然うだな。あんなに喜んで貰えて、あげた甲斐があったな、ガルダ。」
「まぁ然うだけど、何か意外な物を見たな。・・・若しかして何時もセレにはああなのか?」
「まさか、私も良い物を見せて貰ったよ。」
此のネタで後数年は弄れる。自分の性格の悪さの一端は此のねちっこさだな。
「若しかしたらとんでもない御礼をガルダにしてくれるかも知れないぞ?良かったな、楽しみが増えて。」
「とんでもない御礼ね・・・。別に其を期待するなんて意地悪な真似はしないさ。取り敢えず此で胸の痞も取れたし。」
満足そうに頷くガルダを余所に自分は例の物を時空の穴から取り出した。
今丗闇は絶頂中で、何も見えても聞こえてもいない様に思う。別に序でだなんて思わないだろう。
「後ガルダ、少し良いか?」
「ん、又用事か何かか?」
「いや、此を。」
向き合ったガルダの手にそっと自分のを重ねる。
「え、此って・・・。」
其は彼の御守りだった。
前世で渡せなかったサンストーンとムーンストーンの御守り。
まさか彼の角一本で此処迄作ってくれるとは思わなかった。自分のイメージと寸分違わない、何処から如何見ても彼の御守りだ。
ガルダも不思議そうに其を見詰めて慎重に突いてみている。
揺れた飾が曦を反射してそんなガルダの顔を静かに照らしていた。
「記念日だったからな。今回は随分遅刻してしまったが。」
「此、御守りか?何か凄い綺麗な石が入ってるな。」
「サンストーンとムーンストーンの御守りだ。ずっと一緒にいられる御守りだそうなんだが、サブリナの森で前世のと全く同じのを作ってくれたんだ。」
自分で説明するのは何だか気恥しい。でも此丈が心残りだったんだ。
「凄い、こんな大切な物・・・。うん、俺大事にするよ、有難うセレ。でもその・・・御免な。俺未だ全然準備出来てなくてさ。」
罰が悪そうにガルダは頭を掻いて目を伏せた。
「別にそんな、其は御詫びも兼ねているからな。」
「え?御前何かしたっけ、寧ろ今日は皿洗いもしてくれたじゃん。」
「いや、然う言う事では無くてな・・・。」
一度丈目を閉じる。・・・斯う言う話は苦手なんだ。だから意味も無く勿体振ってしまう。
「彼の日、私の所為で御前は殺されてしまった。謝っても謝り切れない。私に出来る事なら何でもするし、其の覚悟もある。けれど、其でも私は未だ御前に縋ってしまうから。・・・頼ってしまうんだ。中途半端で良くないのは分かっているのに・・・。何時も巻き込んでしまって済まない。」
だからこんな未練がましいプレゼントを選んでしまうんだろう。
化物は独りでいる可きなのに。一緒にいられる御守りだなんて。
でも矢っ張り自分は欲してしまう。彼の優しさに付け込んで、善意を、後悔を食い物にして。
頭を下げると弾かれた様にガルダが顔を上げた。
「何だよ、折角のプレゼントなんだからそんな顔すんなって。其に、寧ろ御前はもっと頼る可きだよ。然うじゃないと守護神の名が泣くだろ。」
「あんな事があったのに未だ然う言えるか?」
苦笑するガルダを何処か見られなくて、自分は視線を逸らせた儘だった。
「あったから、だろ。御前との沢山の懐い出が増えたんだ。今は只其の延長だろ。俺達は本当に運が良いんだぜ。又、逢えたんだからさ。」
彼の際限のない優しい言葉、屹度自分は此が欲しくて何時も甘えてしまう。
毎日、誰かを危めているのに、其でも捨てられずに、捨てられたくなくて、手離さない様に。
「相変わらず頑固だなぁ・・・。良し、じゃあ此の御守り、氷鏡の方はセレにあげるよ。一つずつ持ってる方が近くに感じられるし、寂しくないだろ。だからさ、もう一寸元気出してくれよ。先迄の元気は何処行ったんだよ。何も失ってないんだぜ?記憶が戻ったのは良い事だろ?」
「・・・噫勿論だ。」
「じゃあ改めて。此から宜しくな、セレ。」
ガルダが御守りの氷鏡の方を取り外し、此方に差し出した。
・・・斯うして、又自分達は堕ちて行くのだろう。もう止められない連鎖となって。
「此方こそ宜しく、ガルダ。」
其でも、矢っ張り自分は同じ選択をするだろう。
此の懐いは其程迄に重くて深い。
御守りを受け取って、やっと自分は少し丈彼に咲い返す事が出来た。
二つに分かれた御守りが互いを照って煌めいていた。
・・・・・
氷鏡の雫を並べれば、天への橋になるのだそう
紅鏡の欠片を集めれば、彼の道を照らしてくれるのだそう
噫彼の瞳の方へ
此の懐いが標になる様に
彼の憖いが私を導く様に
二つの時は決して交わらない
でも此の刹那を、私は永遠に忘れない
世界から忘れ去られた零星と瞳の契約を
ね、今回とってもハッピーな話でしたね。何だか久し振りに書いた気がします。初っ端から嘘付かれた?えぇ、楽しい話しか書いた覚えないよぉ?
え、病んでる?大丈夫でしょう。平常運転です。
皆が皆気を遣って、幸せな振りを続けている、此は然う言う物語です。現実でも然うじゃないですかね?努力しないと幸せになれない的な、幸せ自体も色々な形がありますし、結局は本人次第なんでしょう。其の結果彼女が選んだのは血塗られた道って丈です。其しか知らなかったんでしょうが、自分の選択なら何も文句はないでしょう。
んー・・・今回書く事少ないなぁ、此の儘じゃあ真面目回になっちゃう。あ、然うだ、ラストの丗闇さん、可愛かったでしょ?ね!
ああ言う件好きです。滅茶苦茶かわええ、と書き乍ら悶えた筆者です(キモイ)。
此が私の願望かぁ、とかテンションアゲマクリ(純粋にキモイ)。
でも元々の原作第一号の次元龍屋は斯うではありませんでした。
抑もう大分話が変わっている訳だけれども、彼方は此処で初めて、丗闇がデレマス。
其迄はセレとずっと喧嘩腰だった訳です。信じられませんね・・・。、
確かに其の方が此の話のインパクトが大きくなるでしょうが、我慢に我慢を重ね過ぎて、恐らく書いている途中で筆者は悶え死にます(もう掛ける言葉もない)。
だから此は此でまぁ良かったかなって、喧嘩は好きではないのでね。
さて、次からは一転、一度セレさんから離れます。リメイク版だから書き易いかも?未だ全然分かってないんですがね。
でも此のペースで行けそうな気もするので又近い内に合いましょう!
・・・あ、後閲覧者数が何時の間にか1000越えていました。滅茶苦茶吃驚した。自分が手直しの為に見直したりしたのが入ってるんだろ、と思ったら違った。
こんな狂気に満ちた物語をこんなに多くの方に見て頂いているなんて、私とっても興奮しています。(ま、即回れ右した方も多いだろうけれど。)
此処迄読んでくれている方がいれば、本当に有難う御座います、とっても励みになります。何時も余り言えないけれども、迚も感謝しています。
次も又御縁が在らん事を、では!




