19次元 終焉ノ化物と皓翼ノ少年の詩篇Ⅳ
終に来ましたクライマックス!甘酸っぱい青春も懐いも血塗れにして悲劇は繰り返される。あぁ良い!此の話が書きたかったんだ!
今回のテーマ、今更なんですが、二つありまして、「在り来たりな悲劇」と「心」です。
今回の話は別に突飛な展開にはしていません。割かし予想し易い話にしました。良くある悲劇な訳です。もう読む前から分かり切っているオチが待っています。でも当事者達にとっては全くそんな事はなくて、心なんて安っぽい言葉も大きく震えたり壊れたり千斬れたり、私達の知る其とは全く異なる化物へ変貌する物です。
其の為今回は心情を丁寧に書くのを念頭に置きました。だからこんなに長くなっちゃいました。
筆者は未だ死んだ事が無い為走馬燈も余見た事はありません。あっても死に掛けたのが数回で、そんな珍しい事じゃありません。
其の分必死に空想してみました。屹度其でも実際とは全く違う、軽い物になってしまっているかも知れませんが、嗤われずに終われる様な、そんな良くある悲劇を。
どうぞ一緒に御付き合い頂ければ幸いです。
「・・・只の壁しかないな。」
「んー一寸は見えると思ったんだけどなぁ。」
5m位はあるだろうか。無骨な混凝土の壁が一面に広がっている。
今日は滄溟を見にガルダと少し丈遠出をしていた。
何やら近くに滄溟の端っこ丈でもあるのだとガルダからの情報だった。
何時も世話になっている魚屋の御姉さんが教えてくれたらしい。
其迄地図なんてとんと見た事のなかったガルダは地図の真蒼に広がる地点を見て其はもう驚いて興奮し切った様子で帰って来たのだ。
買い物をすっかり忘れるとんだうっかりである。
仕入れ先の話だとかで其の御姉さんとやらが地図を開いていた然うだが、余りにもガルダが興味津々で魅入るので大まかな場所を教えてくれたらしい。
でも此の国は然う言った資源は全て国が管理している。密猟なんてされてはいけないので入る事は禁じられていた。
だから大方斯うなっている想像は付いたのだが、如何しても見たいんだと強請るガルダに根負けして二人で霄斯うして出掛けたのだ。
もう此処に住んで何年だろうか。まぁ前いた彼の街よりも長くなっていたのだが、其にしても近くに滄溟があるなんて些とも知らなかった。
・・・昔ナレーとも滄溟の話はしたな。彼の時の私は只の大きな水溜だと随分素っ気無く返したが、まさか見に来る日が来るなんてな。
「うーん、まぁ仕方ないか。大きい水溜り、見てみたかったんだけどな。」
少しうろつくガルダの背は何処か退屈そうだった。確かに此の儘帰ったら只の無駄足だ。
「・・・・・。」
ちらと見遣るが監視カメラの類は無い。別に危険な臭もしないし、見られている気配もない。
こんなでっぱりも何も無い壁を登ろうだなんて無謀な真似をする奴はいないと踏まれているのだろう。どうせ向こう側は崖の様になっているのだろうし。
・・・少し丈、勇気を出すか。
「っえ、ちょっセレ!?」
「御前も早く来い。」
少し丈羽搏いて私は塀の上に腰掛けた。
ガルダは少し迷っていた様だが終に皓い翼を出して飛び上がった。
「随分上手くなったな。」
「一体何時の話してんだよ。もう六年も前だぞ先生。」
「もう御前と付き合ってそんなになるか。」
視線を上げて、猶高い氷鏡を見遣る。
正直、真暗な所為で滄溟は良く分からない。
只、眼下に揺れる氷鏡が見え、漣の音と鼻に付く腥い臭が存在感を物語っている。
「凄いなセレ!真黔だけど、ずーっと奥迄水だ。本当に、大きい水溜りみたいだ。」
隣に腰掛けたガルダは氷鏡よりも輝く瞳で、其の声には熱が籠っていた。
「済まない、私がこんなんじゃなければ昼にでも来れたのに。」
彼の日から、ガルダは私を昼の散歩に誘わなくなった。
気を遣わせていると思うと気が重くなるが、結局私には何も出来ず、せめて霄の誘い位は何も言わずに付いて行った。
此処に来る途中でも何度かガルダは欠を噛み殺していた。其の度にちくりと私の胸を刺す物がある。
「そんな事言うなよ。ほら何て言うんだっけ・・・然うロマンチックだろ。氷鏡と滄溟だなんてさ。」
「噫然うだな。・・・来て良かった。」
こんな滄溟なら結局只の無駄足だと昔の私なら言うだろう。でも斯うやってガルダといられる事自体が大事なんだと、今の私は思える様になった。
其は迚も素敵な事だと振り返り懐う度に胸が熱くなる。
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嫌だ・・・。
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「なぁセレ、俺・・・その、御前の事、護るから。」
「何だ藪から棒に。若しかして俺会得記念か?」
少し前、近所の餓鬼が自分の事を俺と言っているのを聞いて、ガルダは何とか自称を変えようと必死だった。
貧弱然うに思われるからだとか何とか。私は気にしないと言ったのに頑として彼は譲らなかった。
「噫、俺ももう直ぐ成体になるし、体力には自信があるし。」
「・・・御遠慮願おうか。」
「な、何で!?」
がばっと此方へ向き直った必死な顔は子供の其だ。成体になるにしても斯う言う所は変わらないでいて欲しい物だ。
「別に私が危険な目に遭うのは昔の報いだ。寧ろ御前が巻き込まれる方が困るし。」
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もう、こんな物見せないでくれ・・・。
分かっているから、御願いだから。
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「私は今迄の儘の方が良い。御前が何時も色んな話をしてくれて、一緒に御飯を食べて、一緒に寝てくれれば其以上は何も言わない。」
「じゃあ何でセレは何時も怯えてるんだよ。」
「私が・・・?何時そんな事、」
「何時もだよ。恐かったら、酷い目に遭ったら全部俺に話してくれよ。俺達、仲間だろ。御前がそんな目に遭ったら俺は怒るし、た・・・戦うよ。俺だってずっと一緒にいたい。でも御前が悲しんでいたら意味無いだろ。」
「・・・・・。」
「だから俺がもっと悍くなって、御前を恐がらせる物全てから護れたら、ずっと一緒にいよう。そんな未来が来る様に、俺は誓いたいんだ。御前と。」
「一緒にいられる様に、の誓い・・・か。」
「噫。・・・セレの方が俺よりずっと悍い事位知ってるけどさ、せめて・・・駄目、かな。」
「ガルダが護ってくれるんだ。・・・とっても嬉しい、有難う。」
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止めてくれ、分かっているから。
分かっているんだ、此の物語の結末を。
だから私にもう見せないでくれ!
“如何して・・・自分の記憶に抗えるの?抱かれて、眠る様に全て懐い出す筈なのに。若しかして欠けた所があるから?でも僕じゃあ治せないし。”
御願いだから・・・もう見せないでくれ。
此以上見たら、私・・・私、は、
戻れなくなる。又、堕ちる。
又あんな化物に。
“御願い。もう少し丈我慢して。此の先は最後の記憶。ガルダと混ざってしまっているから君も懐い出さないと、ガルダも懐い出せなくなるんだ。・・・御免ね。”
嫌だ・・・嫌だよ。
もう、あんな懐いは、
二度と・・・したくないのに・・・。
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彼の時の私達は、何も知らなかった。
未来という物の残酷さを。
積み重ねた時間は枷になり、逃れられない未来へ導く。後悔と絶望の袋小路へと堕とされ、抜け殻になる迄彷徨う。
私達は、知らなかったんだ。
本当に何も、知らなかったんだ。
良くある不幸が、本の数歩先で息衝いていた事を。
・・・・・
「やぁいらっしゃい。」
「今回は羽根だ。此で良いか?」
机に置いた羽根を恭しく店主は受け取ると、大きく頷いて代りに金貨を数枚置いた。
此処も、随分長い付き合いになった物だ。唯一今の私と付き合える人間で、唯一私が毛嫌いしない人間だった。
まぁ商品と店主、たった其丈の関係だが。いや、寧ろ其丈だから続いたとも言えるか。
店主も思う所があるのか中々羽根を仕舞わず繁々と見遣っている。
「・・・別に鴉の羽根なんて混ざってないぞ。」
「寧ろ其方を手に入れる方が大変だろう。私も生まれて以来一度も拝んだ事が無いね。いやまぁ大きくなったと思ってね。前は此の半分の大きさしかなかったのに。何だか孫を見ている気分だよ。彼の御嬢ちゃんがもうすっかり御姉さんだ。」
「其の話は前も聞いたぞ。終に呆けたか。」
「御前さんの口も中々、爪みたいにすっかり苦く鋭くなった物だよ。私ももう年だからね。老い先が短い分、感傷に浸りたくなるのさ。」
然う言い店主は長く一つ息を付いた。
思い出話をされると長いので、そろそろ切り上げないといけない。
「でもこんな翼が大きいともう隠すのも大変だろう。其の辺りは大丈夫なのかい。」
「心配した所でなる様にしかならないだろう。もう其の事については考えない様にしている。」
実際もう隠せているとは言えない。背もすっかり伸びたが、其以上に翼と尾が大きくなって来た。
最早陰霖の霄なんて関係ない。人間が居ない所を選んで歩く。其しか対策が無かった。
「此・・・何なんだ。」
「おや、店の物に興味を持つとは珍しいねぇ。」
適当に店内を見ていると何か光る物が目を刺した。良く見ると見慣れない装飾が飾られていた。
氷鏡を象った薄水色の水精と、紅鏡を象った銀色の輝石。
二つはチェーンで繋がれており、ペアの様ではあるが個別に分けられる作りの様だ。
「成程、流石と言う可きかね。其が目に付くとは。其はサンストーンとムーンストーンの御守りだよ。神や魔物の時代の物らしくて極めて原始的な力を宿しているよ。其を分け合った者は紅鏡と氷鏡が出会う様に縁を重ね、違えないと言われている。神に誓いを立てないと効かないと言われているから扱い難くはあるがね、迚も珍しい品だ。」
身を乗り出して店主は長々と語るが、未だ未だ現役の様だ。
まぁ其丈熱く語れる物があるのは幸せな事だろうが。
「神に?一体如何するんだ。」
「御仲間が気になるのかい?然うだねぇ、神が居る地はもう此の辺りには無いだろうし、取り敢えず教会で氷鏡に向かって誓うかね。祈りとも言うか、存在を認めて貰うんだ。確実とは言えないが、一番可能性が高い。いや、仲間の声には或いは応えるかも知れないが。若しや買い物をしてくれるのかい?」
今日は本当御喋りだな・・・。此が他の客だととんと喋らないらしい。化物相手に何喜んでんだか。
「然うだな・・・高いのか?」
実は明後日がガルダとの記念日だった。だが今回は中々良いのが見付からず焦っていたのだ。
・・・いや、毎度可也悩んでしまっているのだけれども、でも今回は十回目と言う節目でもある。だから適当な物や半端な物にしたくなくて悩み続けていたら今日迄来てしまった。
でも此は良い。ずっと身に付けられる物が良いと思っていたが、ピッタリじゃないか。
「抑非売品なんだが、でも他ならない御得意様からの御願いだ。特別に売ってあげないとねぇ。うん、君の翼一翼で手を打とう。如何だね?」
「其って・・・此の分で良いのか?」
そっとオーバーコートの下から鴉の其を何十倍にもした様な翼を覗かせる。
「噫十分だよ。」
大仰に店主は頷いた。こんな物が欲しいのか。
斬り落とすとなれば一番手前にある此が遣り易い。
でも・・・此を斬るなんて・・・。
其に次のが生える迄は殆ど飛べなくなる。何かあった時は、
もう一度彼の御守りを見遣った。変わらず煌く其の淡い曦に私の心は固まって行く。
・・・やろう。こんな醜い翼と代えてくれるなんて、私には勿体無い話だろう。
「じゃあ此処で・・・繃帯は貰えるか。」
「まさか・・・今此処でかい?そんな焦らなくても・・・。」
「直ぐ欲しいんだ。直ぐ終わる。簡単な話だ。」
「分かったよ。繃帯ね、其位。包丁は・・・貸した方が良いかい?」
「いや、爪がある。止血出来れば一体でやれる。」
言うや否や店主は慌てて机を引っ掻き回して束になった繃帯を手渡した。
「血が付いたら困るか・・・。外でするぞ。」
「いや、見られたら困るだろう。此処で構わない。でもそんなあっさり、本当に良いのかい?手足と似た様な物だろう?」
「時間は掛かるが何時かは生える。別に構わない。」
余り考えて気分が悪くなってもいけない。
右の翼を出来る丈大きく広げて羽根の少ない根元周りに爪を掛ける。
何とか手は届いた。其の儘翼を掴んで、そして・・・。
大丈夫、此の爪の斬れ味は自分でも分かっているだろう。中途半端に斬ったりなんて痛い真似はしない。一気にやれ、其の方が辛くない。
ガルダの為だったら・・・ほら、翼の一枚位、何でもないだろう。
一つ息を付いて、一気に引き裂く。
「っ!!・・・っ、」
歯を噛み締め、無理矢理痛みを呑み込む。急いで繃帯を巻いて一気に止血し、落ちた翼を拾い上げて繃帯の残りを斬り口に当てた。
眩暈がする。自分で自分の翼を斬り落として手に取るなんて。
深く考えたら、自覚してしまったら吐きそうだ。
でも、大丈夫、分かっていたから。覚悟をしていたから此位。
「お、おい大丈夫かい!?」
ふら付いて机に手を付いてしまう。店主はおろおろと近付いて良い物か思案している様だった。
額に滲んだ汗を拭う。
又視界が揺らいだのでさっさと翼を机に置いた。
「此、でっ・・・如何だ。・・・っ、」
肩で息を吸う。中々収まらない。頭に靄が掛かった様に痺れる。
無理に痛みに耐えた反動の様だ。意識迄持って行かれそうだ。
「も、勿論十分だ。こんな貴重な品を持っているのは此の世界に私丈だろう。いやはや、まさかこんな即決するだなんて。彼は持って帰ってくれて構わない。でも・・・本当に大丈夫かい?」
店主はそっと翼に触れたが、其の手は震えている様だった。
突然目の前でショッキングな光景が繰り広げられたので未だ気が動転している様だ。
「問題・・・ない。此、貰って行くぞ。」
先の御守りを握り潰さない様気を付けてポケットへ慎重に入れる。
血を店外へ持ち出すのは不味い。今一度きつく繃帯を巻いて転げる様に店を出た。
オーバーコートが血ですっかり濡れている。家迄、持つと良いが。
先の事を考えない様考えない様足を進めたが、ある程度歩いた所で堪らず吐いてしまった。
矢っ張り此の痛みは何時迄経っても、慣れない。
翼が一翼無い所為で平衡感覚も狂うし、歩き難い。
早く帰って、寝よう。少しでも痛みを和らげないと。
一つ頭を振ると私は帰路を急いだ。ポケットに確かな重みを感じ乍ら。
ガルダの為なら私は翼位簡単に差し出せる。
其の事実は少なからず私にとって安心出来る事だった。
此の御守りが其の証明、証みたいで何処か誇らしかった。
・・・分かっている。此の考え方は宜しくない。狂ってしまっている。
翼を差し出して、犠牲を払った証明だなんて。
でも、其のけじめは私にとって必要だったんだ。少なくとも自分の命惜しさにガルダを見捨てる真似はしないで済みそうだ。
勿論そんな機会が来ない事が一番だが、でも無いとも言い切れない。
其の時若し私が逃げ出したら?ガルダが・・・死んでしまったら?
私は又、独りになる。其丈は堪えられなかった。其の罪悪感を持った儘生きる位ならいっそ私は野垂れ死ぬ事を選ぶ。
理想はガルダを庇って死ぬ事だが、そんな瞬間にならないと本当の所私は何をするか分からず、確証が無かった。
伊達に化物で生きてない。卑怯も狡もしたから今私は此処にいる。
でももう大丈夫だ。
若し其の時が来ても、屹度此の痛みが私に勇気をくれる。
然う思うといかれていると気付きつつも、何時しか私は笑みを浮かべていた。
今回の記念日は今迄で一番素敵な物になる。
根拠のない予感。でも私の足は其で軽くなったのだから単純な物だ。
血が出ていないか今一度確かめ、私は一層足を速めた。
・・・・・
翌日、又私は家を抜け出した。
痛みの所為で粗一日寝ていたのだが、毛布を被っていた御蔭でガルダに翼の事はばれなかった。
彼の時は余り考え無しにあっさりと翼を斬った訳だが、良く考えると翼がない事がガルダにばれると詰問されるに決まっている。此からは気を付けないと。
幸いオーバーコート自体可也汚れていたので血が付いた程度じゃあ分からない。
其に案外寝れば歩ける様にはなったので隠し通せそうだ。
と言っても未だ痛いのは確かなので余り速くは走れないのだが。ガルダが起きる前には何とか抜け出す事が出来た。
今日向かうのは教会だ。折角良いプレゼントを手に入れたのだから此処は一つ店主を信じて神とやらに祈ろうと思ったのだ。
斯う言うの、浮かれているって言うんだろうな。何時もなら馬鹿らしいと鼻で嗤うのに。ガルダの事を想うと蔑ろには出来なかった。
此の街で私が知っている教会は一つ丈、昔ガルダに連れて行かれて偉い目に遭った所だ。
子供の足だとそれなりの距離があると思ったが、今歩くと何て事はない。確かに此の程度の距離なら御近所さんと言うのは強ち間違いではなかった様だ。
流石に霄の教会には誰も居ない。半壊して薄汚れ、嫩草も伸び放題の荒れ具合は少し不気味に映った。
居るか如何かは分からないが神の家だ。斯う思うのは失礼だな。今から其奴に御祈りとやらをするのに。
そっと壊れた柵から中へ。誰か居ないか良く良く耳を澄ます。此処で寝泊まりする奴は居ない様だ。
捨てられているとは言え教会だ。気が引けるのかも知れない。此の街では孤児も少ないし。
朽ち掛けた木の扉を少し開ける。余り触れると壊れそうだ。まぁ態々こんな霄中に今更訪れる奴もいないだろう。さっさと用事を済ませる事にしよう。
今一度辺りを見渡す。
矢張り中も似た様な荒れ具合だ。床は剥がれ、壁に罅が入っている。
蝋燭の類は床で踏み折られ、並んだ木製の椅子は皆一様に埃が積もって仄かに皓い。
正面にあったステンドグラスも見事に割れてしまって何が描かれていたのかは判別出来ない。
でも其の御蔭で丁度氷鏡が私を見下ろす様に旻に掛かっているのが見えた。
其処丈光陰が差し込み、仄暗い教会内を幽かに蒼く染める。
そっと私は其の光陰の中心で膝を付いた。前の机には彼の御守りを置いて置く。
さて、此処迄来たのは良いが、御祈りとは具体的に如何すれば良いのだろうか。
何となく雰囲気で言えば手を合わせて何か唱えるのか?
唱える・・・いや、少し違うな。然うだ、此の御守りに加護を貰えれば良いんだ。其を御願いすれば良い筈。
「神様、若しも此の声が届いているのなら一つ聞いて下さい。」
教会と言えば懺悔だろうか。・・・良かった、其なら幾らでも出来る。
「如何かガルダリューに祝福を。温かで幸せな未来を。若し其を与えるのに私の存在が邪魔であれば私を消し去って下さい。私は、呪われています、世界に嫌われた存在として。でも其は仕方のない事です。私の所為で世界は壊れ、多くの者が命を落とし、不幸を散蒔いて来た。でも、でも彼丈は、私を化物とは呼ばなかった。こんな私を救って、今日迄導いてくれた。罰は幾らでも受けます。だから、若し私の罪が彼に枷を付けてしまうのなら、其の前に私は、消えてしまいたい。彼を苦しめて迄生きたくはないです。」
一つ息を付く。自然声が震えた。潤んだ目を一度丈拭う。
「今私がいるのは彼の御蔭です。彼が願ってくれたから存在する。私もそんな彼と出来ればずっといたい。でもこんな私の願いが彼を縛るのなら私を裁いて。屹度彼は怒るけれども、其でも私は・・・彼に、幸せになって欲しい。私に出来る事は余りにも少ないから、私の手では彼を幸せになんて出来ないから。」
知らず下がっていた頭を上げ、今一度集中した。此の懐いが届けばと、心から。
「如何か・・・御願いします。」
何丈然うしていただろうか。
閉じていた目を開けると飛び込んだ光陰が眩しく思えた。
「・・・・・。」
届いたか如何かは分からない。神が本当に居るのかすら私には分からないんだ。
でも此の懐いは本物だから、屹度願う事は無駄ではない筈。
もう私に出来る事はないだろう。後は待つ丈だ。
御守りをそっとポケットに入れ、踵を返す。
切ない様な蒼い懐いを胸に抱いて、私は闇を駆けて行った。
・・・・・
「なぁセレ、その、一寸行きたい所あるんだけど、良いかな。」
「ん、買物か?別に構わないぞ。私はもう一眠りするから。」
今日は・・・終に待ちに待った記念日だ。
プレゼントを渡すタイミングは大抵霄。もう夕も暮れて来たらもう少しだ。
「えと、セレも一緒に来てくれないか?未だ一寸早いけど。」
焦れる様にまごつく様に言う様は明らかに怪しい。まぁ気持は分かるけれども。
「私・・・か?・・・まぁ人間が居ない所なら行けるぞ。」
丸くなり掛けていたが上体を起こす。
一体何処へ行こうと言うのだろう。記念日関係って事は容易に想像出来るが。
若し然うなら、着いたら私も此の御守りを渡そう。
そっとポケットに触れる。伝わる冷たさに自然笑みが浮かぶ。
「良かった。じゃあ行こうか。少し丈、離れているから。」
「噫、直ぐに行こう。」
嬉しくてつい急いてしまう。我乍ら単純だと思いつつも如何しようもない。
然うなればと私は一歩先に小屋を出た。
夕暉を全身に浴びるなんて何時振りだろうか。
「もうセレ、嬉しいのは分かるけど燥ぎ過ぎだって。俺未だ準備が、」
「べ、別に良いだろう。其とも今日一日渋面で居て欲しいか。」
軽口を叩いた所で不意に影が差し、心臓が跳ねた。
人間、いや、此、は、
「何だ随分元気そうだなぁ化物。」
「お・・・御前は、」
路地から数人の男が現れる。破落戸だと分かるが、其の先頭の奴に見覚えがあった。
「有り得ない、彼を食らって無事な訳、」
「噫手前を打っ殺す為に帰って来てやったんだぜ。」
私は後ろ手で即座に扉を閉めた。
「っえ、セレ、何で閉めるんだよ。」
中からくぐもったガルダの声が漏れる。
・・・此処でやり合えば巻き込み兼ねない。
私は奴等に背を向けて駆け出した。
少しでも、少しでも遠くへ。
先頭の男は・・・ライバスだった。
彼の貴族の屋敷で対峙し、容赦なく襲って来た奴。
彼奴にガルダが見付かれば何されるか分からない。
結局残ってしまった彼奴に付けられた目元の疵が疼いた。
「おいおい釣れねぇー奴だなぁ。」
ちらと振り返る。私が急に駆け出した物だから皆遅れまいと付いて来ている様だ。
一体、如何して彼奴は生きているんだ。確かに罅を入れ、最終的には私の足で彼の頭を潰してやった筈なのに。
どんなに医療が進んだ街だとしても彼の状態からは治療なんて出来ないだろう。術でも甦生魔術なんて伝説レベルの話だ。
・・・取り敢えずは逃げる事に集中しよう。
夕とは言え未だ人間が出歩いている。余り道を選べないが、
先ずはと目の前の角を曲がり、私は路地裏へ飛び込んだ。
・・・・・
「く・・・抜かったか。」
気は急いでも足は止まる。目前には大きな壁があった。
裏道許り使っていたので終に行き止まり迄来てしまった様だ。
道は覚えていた。何時もの逃走ルートを使っていたんだ。
でも今回は訳が違う。
片翼が無ければ上手く飛べない。何時もみたく此処で奴等を置き去りには出来ないのだ。
背が痛んで余り走れなかったので奴等との距離も稼げていない。此処で奴等とやり合うか?
・・・だが彼奴は昔私の力を見ている。何か対策をしている可能性もある。無闇に突っ込むのは、
考えている暇はない。残りの翼で何とか飛ぼう。此処を超えれば粗逃げ切れたも同然なのだから。
夕暉も可也落ちた。今なら多少姿を晒してもばれない筈。
私は出来る限り翼を広げて飛び上がった。
矢張り斬った所が痛む。其に引き摺られて右側の翼が痺れた様に固い。
ふらつき乍らも何とか、体勢を整える。
もう少し、此処を乗り切れば、
「っぐ、」
羽搏いた所で見上げていた壁に銃弾が突き刺さる。
蹌踉めいた所で次に其は左翼を貫通する。
此じゃあ躯を支え切れない。
舵を失った私は呆気なく墜落し、地面に叩き付けられた。
背骨が・・・砕けたのかと思った。飛び降り自殺と変わらないからな。
壁が余りにも高く感じる。もう此の翼は使い物にならないだろう。
痛みに呻いている暇は無い。
急いで上体を起こし、四肢で迎撃の構えを取る。
追い付かれてしまった。もうやるしかない。
「さーて散歩は御仕舞だ化物。此処が御前の墓場になる訳か。良いスポットを紹介してくれるぜ。まさか未だしぶとく生きてたとはなぁ。」
「御前こそ彼の頃と些とも変わらないな。元気そうで何よりだ。」
出口はすっかり塞がっている。十人・・・か。思ったより出迎えが多い。
如何する?取り敢えず空間を壊して銃を無力化させるか?其とも一気に全滅させるか?
下手な博打は打つな。隙を、機会を探せ。恐らくチャンスはあっても一度限。
「元気ぃ?あんなに人様の躯を滅茶苦茶にしやがって良く言うぜ化物の分際でよぉ!」
銃を向けられる。激昂しているが其の実奴は然う油断をしない。見極めろ。
睨み合った儘数刻が経った時だった。
突然其の静寂は一つの声に破られる。
「セレやっと見付けた。今助けにっ、」
ガルダが路地から顔を出す。
私丈を見て、真直ぐ此方へ走って来る。
奴等は銃を構えているのに、其の銃が、彼の、
私だって分かっている。煩い奴を黙らせる迚も簡単な方法を。
「ガルダ、来るなっ!!」
私の叫びも掻き消して、銃声が頭に響く。
其処から先は、夢を見ている様だった。
全ての時が少しずつ歩みを緩め、世界の全てがスローモーションで流される。
銃弾が緩りと、でも確実に、ガルダの頭を捉えて、・・・貫通して、
彼は手を伸ばしていた。
でも其は空を掴んで少しずつ緩やかに下がって行く。
足が止まって、躯が傾ぎ、其の時搗ち合った目から段々と、彼の皓く六花の様な瞳から、曦が無くなって、虚ろになって、
其の儘彼は前のめりに倒れてピクリとも動かない。
弾かれた様に私は走った。もうライバスなんて目に入らず、奴等に背を向けて構わず只必死でガルダの傍へ。
「ガルダ!!ガルダ、起きてくれ、御願いだから。ガルダ!」
肩を抱いて幾ら揺すっても彼は只揺れる丈で。
抱き上げた所で反応もなく、穿った頭から血が流れる丈だった。
弾は・・・貫通している。真直ぐに、完全に脳天をやられている。
「ガルダ・・・あぁガルダ、嘘だこんな事、だって私は、ガルダと、」
声が震えて目が滲み、血の様な涙が知らず零れて頬を染める。
もう手遅れだ。即死だ。今更出来る事はない。
幾ら彼の再生能力が高くても死んでしまってはもう回復の仕様がないだろう。
今迄散々見て来た物だ。間違いなく、如何見た所で彼は死んでいる。
嫌だ、止めてくれ。
如何して、こんな時でも私は冷静で、ガルダが・・・っ、死んでしまった事を斯うも受け入れる事が出来る。
こんなんじゃあ私の此の嗚咽も慟哭も全て嘘みたいじゃないか。ガルダが死んだのに、何も懐っていないみたいじゃないか。
「何だぁ其奴、御前の連れだったのか?其とも御前の新しい飼主か?何の道御前なんかと付き合うなんて碌な奴じゃあないぜ。」
嗚咽で震えていた肩が止まる。ガルダに丈向けていた視線を上げ、そっと彼奴を振り返って見遣った。
噫、其の時の彼奴の彼の嫌らしい笑みと言ったら。
人間は斯うも醜いのかとまざまざと見せ付けるかの様で。
「あー其の顔そそるねぇ。流石神様のくれたチャンスだ。御前も然う思うだろ、あんなしおらしく祈ってたじゃないか。良かったな、願いが叶って。」
「何・・・の、事を」
「やれやれ察しが悪いなぁ。昨日御前彼の教会、行っただろ。俺もさ、ずーっと御前を捜して偶然彼所を通ったんだが、いや此の世界にも神って本当に居るんだよなぁ。御前が彼の教会へ入ってくじゃないか、もうおかしくってさぁ。」
其の時、確かに私の中の何かが壊れた。
ガルダの事で一杯だった頭の中にどす黔い何かが流れ込み、満たされて行く。
噫、又私の所為じゃないか。
私が化物の癖に身の程も弁えずに彼にプレゼントなんてあげようと思ったから。
浮かれて、自己満足にもっと浸りたくて意味もなく教会に赴いたから。
家を出る時は何時も彼程注意していたのに、嬉しさに感けて、さぼったから。
そして、ガルダにあんな約束をさせてしまったから。
・・・屹度彼は私を助ける為に来てくれたんだ。
護るって、誓ったから。彼は何の武器も持っていなかったのに。
此じゃあまるで彼を殺して貰う為に私が舞台を整えたみたいじゃないか。
噫然ウダ。全テ御前ノ所為ダ、昔モ今モ。
内なる自分が私に語る。其は嘆いている様にも、嗤っている様にも聞こえた。
ダカラ御前ノ所為デ此奴等モ死ヌ。
両手で頭を押さえる。沢山の声が流れてパンクしそうだった。
頭を潰してしまうんじゃないかって程勁く。
然うしていると一つの声が不意に過った。
此奴等ノ所為デガルダガ死ンダンダ。
あ・・・あ、此の冥い懐いは、
違ウ、殺サレタンダ。私ノ大切ナガルダヲ。此奴等ノ所為ダ、何時モ私ノ邪魔ヲシテ。人間如キガ私ノ幸セヲ奪ウナンテ。ガルダハ無関係ダッタノニ。良イ人ダッタノニ。唯一私ヲ救ッテクレタノニ。如何シテ何時モ私ハ独リナノ。其ハ全部、此奴等ノ所為ダ。人間ノ所為デ、私ガ何ヲシタト言ウノ。人間ナンテ、全員滅ンデシマエバ良イ。
・・・皆、私ガ殺シテヤル。
私の中の私が、一つ叫び声を上げていた。
躯中の骨が蠢き、肘や膝、指の関節の皮膚を裂いて突き出る。角か刃の様に其の先は黔く尖り、捩じれて伸びて行く。
軋む躯に耐え切れず腹の皮膚が裂け、其の下から脱皮したかの様に月明かりに光る新しい甲が生えた。
背骨も伸びて背を破り、何本もの枝の様な棘を宿らせる。
鼻が伸びて真黔な毛に覆われる。細長く伸びた口が裂けてぞろりと鋭い不揃いの牙が並ぶ。
腕も引こ擦る程に長くなり、歪に鋭く曲がった爪が地を掻く。腕からも骨が枝分かれして皮膚を突き出る。
翼は霄旻を包む様に大きくうねり、小さな刃の様な甲が大量に生え揃う。
肋骨が広がって皮膚を突き抜ける。でも裂けた胸元から内臓は零れず、只黔い血とも付かない粘液を垂らしていた。
尾も先が裂けて内側へ牙の様に甲が逆立つ様に生えて、蛇の頭の様だ。
私は其の自身の変化を、両肩回り迄無数に生えた目で余す事なく見ていた。
真黒な瞳と、黔い縦筋の瞳孔を宿した銀の瞳で。
服は裂けてしまい辛うじて残ったオーバーコートは翼に引っ掛かっている。
でも其の代わり全身は黔い毛と甲に覆われていた。人間らしさなんて欠片も無い、化物の姿が其処にはあった。
目から血の様な雫が常に零れる為連なる目も全て染まって視界が絳くなる。
でも私は目前で立ち尽くす人間を確かに捉えていた。
背を丸めているにも関わらず眼下に見える人間を。
私はそんな大きくなっていたのか。水溜りを見遣ったが、只一面真黔な何かを写し出して、私の全身迄は見えない様だった。
黔い何かが、私の中を満たして行く。
其は終に、私の口を突いて吐き出された。
「ククッ、アハハハハハハッ!!然うダ、然うダよ。其ガ世界ダ!何デ私はそんな当たり前ノ事ヲ忘れテいたんだロウ。私ハ、世界に嫌ワれている。そんナ私ガ世界に願ッタ所で何ガ変わル?」
誰に問う訳でもなく、ちぐはぐな音を重ねて化物の自問自答は続く。
「変ワらなイ、何モ変ワラない。神ダッテ祈られて困ル丈ダ。私もガルダも御前達モ此ノ街ノ奴等も神も世界も救イなんテ無イ!堕ちル丈ダ!全て全テ、私の所為ダッタんだ。死ンデ行った奴、不幸にナッタ者全て、ガルダも、ソシて御前達モ。」
振り向き様に手を払い、直ぐ横に突っ立っていた奴を壁へと押し潰す。
何か陶器を割った様な感触がしたと思えば其奴の頭は潰れて脳漿を壁一面に打ちまけていた。
ずるりと倒れた躯は所々拉げ、支える物の無くなった頸から止め処ない血が飛び散った。
人間共は何を呆けているのか銃を向ける事も忘れて突っ立っている。
だったら殺す丈だ。
「マ、マジの化物じゃねぇか。な、何だよ此奴、」
辛うじてライバスは声を絞り出したが腰が引けて結局足は動かない。
「うぎゃあっ!!」
一歩足を出すと一人踏み付けてしまったらしく、見下ろすと細く節榑立った足の隙間からすっかり怯え切った顔が覗いた。
別に構う事はない。
足を動かすと長く尖った爪が刺さり、頭、胴、片足を串刺しにしてしまった。
爪が刺さる時くぐもった悲鳴が上がった気がするがもう死んでいる。なんて脆い事か。
残った片足がぶら付く丈で大きく開いた目は粗白目を剥いて動かない。血泡が口から零れるがもう音は聞こえなかった。
歩き難いので足を振って無理矢理外そうと試みる。
すると次に爪は肉を斬り裂いて肉塊にしてしまう。だがまぁ足が楽になったので何も問題ない。
一人ずつ順番に殺して行っているのに未だ此奴等は動かない。
そんな衝撃的な事だろうか。どんな姿であれ、異形であれば化物だ。
私からすれば意味もなく増え、争い、騒いで群れる御前達の方が余っ程化物だ。
此の目で睨むと猶の事金縛りに合った様に動かなくなる。
人間も沢山の目で見られるのは苦手の様だ。
其ならばと少し頸を伸ばし、二人並んで突っ立って居る奴に顎門を向ける。
大仰に口を開けると一人がはっとした様に後退ったがもう遅い。一人は土手っ腹に穴を開けられ、其奴は片足を喰い千斬られた。
「いぎぃいぃ!!あぁあ゛いだいいだいいだいいだいっ!!」
煩いな・・・。中途半端に生かすと何時も斯うだ。如何して恐れていると言うのに然う神経を逆撫でする様な事をするんだろう。
喰い掛けだった奴はもう息絶えている。其奴を吐き捨てて代りに煩い其奴を頭から銜え込む。
じたばたと暴れ回るので其の儘喉を鳴らして丸呑みにしてやった。
喉が広がり、腹に確かな重みが掛かる。
服の儘喰らったので味は良く分からなかった。でも此で黙らせられたのだから簡単だ。
一つ舌舐りをして、次の標的を探す。
「っ、う、た、助けてくれ、何でも、何でもしますからっ、」
胸元からそんな声がして見遣ると何時の間に捕らえたのか中身の無い肋骨の檻に一人の人間が搦め捕られて閉じ込められていた。
男を喰らった時に下に居たのか。ぼーっと突っ立っているからつい捕まえてしまった様だ。
別に人間を飼う趣味なんて無いのだからこんな所に閉じ込める必要もない。こんな近くで不快な其の鳴き声を聞くメリットも無い。
意識を向けると骨を軋ませて少し肋骨が広がる。
「あ・・・あ、や、・・・っぐ、あが、ご・・・ぼ、」
そして男が落ち掛けた所で全ての肋骨が唐突に締まる。
其の為男は全身左右の肋骨で串刺しになった。
「う、うわぁあぁあっ!!」
今更上がったそんな悲鳴も何処か遠い物の様で。
然う、此の光景の全て、殺しすらも嘗てない程無意味の様に感じられ、只の作業の様だった。
生かしてやるつもりはない。でも殺した所で呆気なく終わるし、其の断末魔を聞いても何も心は動かなかった。
叫び乍ら男が私の脇を通る。だが即座に先が二又に分かれた尾が男を搦め捕った。
「あぁあぁ!!っ、あぁああ゛あ゛ぁ゛あ゛ぁあ!!」
弄ぶ様に男に尾を這わせていると逆刺が皮に触れ、突き刺さって一気に剥いでしまう。
肉と皮が剥がれる何とも言えない生々しい音を立て乍ら男は叫び続けたが、ショック死でもしてしまったのか静かになる。
気付けば最早顔も分からない程寸々にしてしまっていた。只の肉塊となり果てた其を放り捨てる。
次第に殺す事に飽きが出て来た。此は幼い頃から沢山して来た事だ。
煩わしさを覚えたのでもう纏めて殺す事にする。
少し伸びをして翼を広げる。
流石にもう多少の落ち着きは取り戻せた様だ。奴等は銃を構えて何発か撃って来た。
だが私の未来を打ち砕いた其は最早何の力もなく、殆どは甲に弾かれ、運よく毛皮に当たっても血が出る程の傷すら残せなかった。
軽く羽搏くと其丈で翼に生えていた甲は抜け落ち、降り注ぐ。
鋒が鋭利になっている為に眼下に居た男三人の躯を忽ち穴だらけにして地面に乱暴に縫い付けた。
後残るのは・・・ライバス一人だった。
最初から後退っていたので甲も足を掠めた丈で済んだ様だ。だがもう既に腰を抜かして尻餅を付いていた。
一歩二歩と歩みを進めると彼奴はすっかり怯え切った目で只震えていた。
・・・私の躯に起きた変化、使い慣れない此の躯だったが、まるで今の私の為に与えられた、正に人間を殺す為の化物の姿の様だった。
彼奴を殺そうと思えば最も手間の掛からない方法で勝手に躯の方がしてくれる。
まぁ其の所為で効率良過ぎてこんなにも味気ない物になってしまったが。
目前のライバスを無数の目で睨み付けた儘片手を挙げる。
後は此を振り下ろす丈、其で全て終わる。
「・・・・・。」
だが其処で不図何か胸の内を過る物があった。其を遣り過ごす為に私は暫し目を瞑る。
「ヒ、ヒィイイ!!あ、た、助けてくれえぇえ!!」
其の内そんな情けない声を上げ、ライバスは私の脇を抜けて転げる様に逃げて行った。
其を私は追う気になれなかった。此の時の止まった行き止まりの路地に居たかった。
其に私の中にもう彼の黔い塊は無くなっていた。代わりに満たしていたのは痛い程の虚無だった。
人間を殺さない約束を、懐い出してしまったのだ。
そんな物今更護っても何の意味も無いのに、私は未だ彼に縛られていた。
約束を破ればガルダが悲しむと、何て愚かで滑稽な心だろうか。
「ガァアァアアァアァアアァアアアァァアアァアァ!!グルル・・・ギュォオォオオオォオォオオオ!!」
其を自覚した途端、私は叫んでいた。然うせずにはいられなかった。
長く尾を引く遠吠えを、何時の間にか上っていた氷鏡に向けて。
其の氷鏡も真絳で、緩り私はガルダの元へと足を伸ばした。
然うする内に化物の姿は小さくなり、何時も通りの中途半端な化物へ戻って行く。
吼え声も段々嗚咽になり、終に私はガルダの傍で膝を付いた。
如何して斯うなったのか、何を悔やもうがもう其に意味はない。
目の前に横たわる現実丈が私を掴んで放さなかった。
周りで私が作り上げた悲劇なんかより此の現実の方が私には堪えていた。此を受け入れる事すら未だ出来ずにいたんだ。
ガルダは私の所為で殺されてしまった。もう私は独りだ。屹度永遠に。
「う・・・っぐ、あ・・・あぁあ・・・っ。」
堪らず彼の胸に顔を埋めるが、彼の余りの冷たさに悪寒が走って顔を上げる。
もう彼の為に温める事すら出来ないなんて。
耳に残る心音は一つ丈、其が如何して彼ではなく、私からしかしないのだろう。
煩わしかった。私は生きていると主張する此の躯が、何て浅ましくて醜いか。
其の時、空っぽだった頭に響く声があった。
―絶対に生きて生きて行き抜くんだ。どんなに辛くても神様は見てるからさ。最後にはでかい幸せが待ってるんだから使わなきゃ勿体無いだろ。―
然う彼は何処かでナレーが言った事。
・・・嘘吐き、彼奴は最後迄夢しか語らない。
でも信じた自分も自分か。だからこんな目に遭った。
―忘れないでね。貴方は私と同じ。・・・本物でも偽物でも世界に嫌われた者に変わりはないみたい。だから気を抜かないで。其の瞬間に消されてしまうから。―
言われていたのに、彼女は私を心から心配してくれて・・・。
彼女・・・?あ、ああああぁ、
然うだ、如何して忘れていたんだ。彼女からの贈り物を。若し彼女が此の時を想定して彼をくれたのなら。
・・・噫、私は何丈救われるか。
其は、どんな者でも生き返らせる事が出来る秘術。
然う、あったのだ。甦生魔術は。勿論おいそれと使える物ではないのだろう。
私だって彼女から貰った此の一回しか使えない。
でも、一回あれば十分だ。
―若し生き返らせたいと思える様な人が現れたら其は迚も素敵な事だから、其を願って此の力を貴方にあげる。―
・・・本当に、何て素敵な事か。
そんな事、ある訳ないと私は嘲笑ってずっと忘れてしまっていた。
此の術に大した形式は要らない。願う丈だ。
只一つ、対価が必要になる。
其は生き返らせる相手の一番大切な物を奪う。
ガルダにとって一番の宝物は何だろうか。・・・一寸分からない。若し其が世界だとか言ったらガルダが生き返った途端に此の世界は滅ぶのかも知れない。
・・・はは、其も良いな。最期を彼と過ごせるのなら。
まぁ何にせよ屹度ガルダなら大丈夫だ。何を失っても屹度悍く生きてくれる。悍くなると彼は約束してくれたのだから。
其に其の時は私も全力で報いよう。先ずは私の所為で彼を殺してしまったと謝って、失った物の代わりを全力で埋めるんだ。
一生を償いに回したって構わない。又彼といられるのなら。
そっと目を閉じ、心の奥底から願う。教会で神に祈った様に。
・・・御願いです。如何かガルダを生き返らせて下さい。
其は、余りにも唐突だった。
ガルダが、目を醒ましたのだ。
閉じていた目を開けると何時の間にかガルダの頭の傷は消え失せ、緩りと其の瞼が震えて開かれた。
「う・・・セレ?あれ・・・俺、一体、」
何故か痛む頭を押さえ、起き上がると途端にセレが抱き付いた。
「っ良かった、ガルダ、御免なさい。でも・・・っ、あ・・・っぐ。」
俺の胸に顔を埋めてセレは涕き噦った。
一体、何が起きたんだろう。
此処は・・・路地か?家の近くだろうけれども良く分からない。
でも此の鼻を突く臭は何だ。いや、良く見ると其処等中に死体が転がっていた。
一体何をすれば斯うなるのだろう。殆どが肉塊になって血溜りを作り、悍ましい迄の死臭を放っている。
見ている丈で吐きそうな、凄惨な光景で。
若しかしてセレが・・・?でも彼の爪でも斯うは出来ない気がする。本当に何が起きたんだろう。
セレに聞こうにも彼女は我を忘れた様に只涕き噦る丈で、そんな彼女を見たのは初めてだった。
抱く手の力は強くて、後から続く涙が俺の服を染めて行く。
そんな彼女も真絳な血に濡れていた。何故か肩に掛ける様羽織っているオーバーコートも其の漆黔で艶やかな髪も、真絳に濡れている。
彼女自身に怪我はなさそうだけど・・・あれ、若しかしてセレ、オーバーコートの下、何も着てないんじゃあ、
意識した途端顔が赤くなる。本当何があったんだ、何も分からない。
せめて俺の上着を着せてやらないと。
「生きてて良かった・・・。」
「・・・・・。」
然う彼女が漏らして猶もしがみ付く。
・・・一つ丈分かった事がある。
屹度俺は何かへまをして、凄くセレを心配させてしまったんだ。
死ぬ様な大怪我を負ったのかも知れない。其でずっとセレが看病してくれていたのだとしたら。
目頭が熱くなる。せめて、今丈はセレと一緒に。
抱き締めて、もう大丈夫だと伝えないと。其の血に濡れた髪を拭ってやらないと。折角の美人が台無しになってしまう。
・・・あ、れ、
如何してだろう。声が出ない。躯が金縛りに合った様に動かない。
潤んでいた瞳から涙が零れる。でも首も動かせない。
否、手丈が、俺の意に反して動いている。そして、有ろう事か近くの死体の腰に刺してある釼に手が伸びて、
如何して、何で、一体何が起きているんだ。
俺は緩りと釼の柄を握って振り上げる。
反対の手はそっと彼女の背に添えられる。でも其は屹度彼女を抱く為じゃなくて、
此から何が起きるのか、何となく俺は分かっていた。
でも如何して、そんな事したいなんて俺が思う訳ないだろ。俺は操られているのか?如何して動かないんだ。俺はこんな事、
そっと釼の鋒がセレの無防備な背中に向けられる。
あぁ・・・ああ、嫌だ嫌だ、如何してそんな事、止めろ、止めてくれ、俺は只セレと、動くな、其以上、そんな恐ろしい物を近付けるな、もう彼女を傷付けないでくれ、御願いだから、止めてくれ、
でも釼はそんな願いなんて空しく、
止めろ、止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろっ!!
・・・セレ、逃げて、
「あ・・・が、」
突然背を突き抜けた激痛。其は迚も無視出来る物じゃなくて。
段々と背に減り込んで、背骨を削って、終に腹迄突き抜ける。
緩りと視線を下げた。
すると其処には、一本の釼の刃が、私の腹から突き抜けていた。
残党が居たのか、いや、そんな気配は無かった。
動けずにちらと視線をずらす。
自分の背を抱いていないガルダの右手、でも、其の手も私の背に回されていて、
状況から見て何が起きたのか少し分かってはいた。でも理解が全く追い付かない。
「っぐ・・・っ、は、」
思考が止まった直後、ずるりと釼は引き抜かれる。そして一呼吸も置かずに又同じ痛みが突き抜ける。
裂かれた腹から血が零れる。突き抜ける際に引っ掛かったか肉か内臓の一部も零れて行く。
堪らなくなって血を吐いた。でも喉は熱くて、血は直ぐ溜まって、息を吸うのも辛い。
如何して自分が血を吐くのか分からない・・・其は刺されたから。
如何してガルダが血塗れになって行くのか分からない・・・其はガルダが刺したから。
如何してガルダが釼で私を刺しているのか分からない・・・如何して?
「っが・・・っう、っあ・・・。」
彼に聞こうにも息を吸うより早く釼が振り下ろされる。
何度も何度も、正確に。
もう翼は千斬れて落ちてしまっている。腹があった所に感覚は無く、背骨もどんどん削られて激痛が全身を駆け巡る。
せめて、と彼の顔を見遣った。
でもガルダは無表情で、透明な涙が其の頬を伝うのに、其の口は動かなくて。
只手丈が機械的に振られて、其は間違いなく私を貫いて、
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も、
何が起きているのか分からない。其の手立ても見付からない。
もう何十回刺されただろうか。やっと其の手は止まり、最早起きる事なんて到底無理だった私は其の儘ガルダの胸に顔を埋めた。
噫、私は如何なるのだろう。
もう痛みが許容範囲を超えたのか途中から何も感じなくなっていた。
只・・・眠い。もう自分の躯とは思えない位怠くて、もう指の先すら動かせない。
でも此は屹度夢なんだろう。こんな事、ある筈ないよ。
昔殺した筈の奴が生きていて、偶然見付かって、其奴にガルダを殺されて、私が化物に成り果てて、生き返らせたガルダに私が殺されるなんて。
全部全部質の悪い悪夢だ。
噫、起きたらガルダに御芽出とうと言って彼の御守りを渡さないと。
ずっと一緒にいられます様に、彼の願いは神にちゃんと届いたのかな。
噫でも此が悪夢でも、ガルダが居れば其丈で良い夢に変わる。
こんなにも彼は温かくて、私を受け入れてくれて。
・・・私も、もっと素直になろう。
ちゃんと御礼を言おう。沢山話そう。此の懐いを、ちゃんと伝えよう。
だから少し丈寝て・・・こんなに眠いと寝坊するかも知れないな。
何時迄寝てるんだって、ガルダに怒られて、私は何時もみたいに軽口を叩いて。
本当、素直じゃないな。でも今回こそは、恥ずかしがらずにちゃんと。
・・・御休み、ガルダ。少し丈、左様なら。
「・・・あ、・・・う、あ・・・あぁ、」
釼を取り落とす。
やっと動いた口からは只声にならない嗚咽が漏れる許りで。
俺は只、見ていた。
何度も何度もセレを彼の釼で刺して、少しずつ彼女の命が削られて行くのを。
寄り掛かった彼女の呼吸が少しずつ小さくなって、動いていた背も、静かになって、
そして・・・そして、最期の息を吐いて、完全に彼女が動かなくなるのを、見ていた。
今更自由になった手で彼女を抱く。でももう抱く様な背は無くて、何処に触れてもぐちゃっと、生々しい音を立てて、彼女の中に触れる丈で。
真絳だった彼女は最早真黔に、彼女の血溜りが俺達を包んでいた。
「セレ、セレ・・・なぁセレ、セレッ、」
情けない声しか出ない。幾ら揺すっても彼女は身動き一つしない。
ぐったりして、目も開けない。冷たくて、冷たくて、
途端陰霖が強くなった。降っていた事も今の今迄俺は忘れていた。
釼にこびり付いていた黔い血も洗い流される。でも此の手には確かに彼女を刺し殺した感触が残っていた。
如何して、こんな事になったんだ。
俺は只、セレを護りたくて、一緒にいたくて、セレも其を願ってくれたのに。
如何してこんな、血塗られた未来になるんだ。如何して、
今日は・・・記念日だった筈だろ。一年で一番、素敵な日だ。
俺は、セレに喜んで欲しくて、只咲った顔を見たくて、
今回は本当に頑張ったのに。
プレゼント、と言うと少し違うかも知れない。でも今日セレを連れて行こうとしたのはとある丘だった。
木立に囲まれて、少し外からは見え難い所。其処に、去年からずっと大切に育てていたホワイトスターの華畠があったんだ。
囲う様に咲く其の皓くて小さな華達は、まるで俺の存在を赦してくれているみたいで。
此の場所をセレにあげようと思ったんだ。彼女が世界から嫌われていると嘆くから、此の世界に居場所を作ってあげられればと思った。
綺麗で素敵な、正に彼女にぴったりの場所を。然うすれば彼女は咲ってくれると思った。
彼女丈の世界で、全てから解き放たれて、
もう何も恐れる事はないって、ずっと一緒にって、
でも、其を俺は・・・壊してしまった。
選りに選って彼女を、あぁ・・・俺がセレを殺したんだ。
心が痛くて、苦しくて、もう何も考えられなかった。
今一度彼女を抱いた。すると羽織っていたオーバーコートが傾ぎ、ポケットから何かが零れ落ちた。
其が氷鏡の曦に煌めいて、つい目を向けた。
其は・・・御守りだった。
今迄見た事もない綺麗な、水精と輝石で出来た。
斯う言うのに疎い俺でも分かる。此は屹度高級品だ。そして如何して彼女がそんな物を持っていたのか、オーバーコートのポケットに忍ばせていたのか、容易に想像が付いた。
願っていた丈なのに、俺もセレも。只、一緒にいたいと。
そっと御守りを手に取る。もう涙で滲んで良く見えなくなってしまった。
俺は、如何すれば良い。何をすれば良いんだ。
もう全て失った。此の十年で築いた物、其の全ての意味が失われた。
セレと、沢山約束をした。今の俺は、彼女と一緒に創った物だ。
じゃあ彼女がいない今、俺がいる意味なんてあるのだろうか。
・・・いや、一つ丈最後に出来る事があった。
彼女を、もう独りになんてしない事だ。一緒にいるって誓ったんだ。当然果たさないと。
彼女をそっと抱き、先程捨てた釼を拾う。
其をそっと、自分の頸筋に当てた。
・・・陰霖が降っている。先より激しく。
彼女の好きだった陰霖、今は何処か涕いている様で。
何時の間にか氷鏡を隠した其の雨雲は俺達の世界を包んでくれる気がした。
噫、此の世界ももう直ぐ終わる。
こんなに静かに、もう、何も聞こえない。
彼女は、捨てられた俺を拾ってくれた。
こんな俺に咲い掛けて、見てくれて、話を聞いてくれて、
俺の言葉丈を信じてくれて、一緒にいてくれた。
助けに来てくれた時、本当に嬉しかったんだ。
俺丈が、彼女を求めていたんじゃないと分かって、必要とされているって分かって。
其なのにそんな彼女を恐れてしまって、彼の時を何程後悔したか。
だから、悍くなろうと思った。彼女をもう傷付けない様に。
互いが互いを求めるなんて、そんな素敵な事、俺はずっと探していたんだ。
其も・・・今日で終わる。
互いの手は届かずに、でも未だ間に合うのなら、
「セレ、御免待たせて。俺も直ぐ逝くから。」
釼を自分の頸へ突き刺す。
真絳な血が噴き出して全てを絳に染める。
でも其は直ぐ陰霖に混ざって見えなくなる。
近くの死体も全て洗い流されて、透明な雫が、世界を満たす。
此で良い。彼女の世界は美しい儘で良い。
急激に力が入らなくなって寒くなる。
彼女と同じ、冷たくなって、もう息も吸えない。
血を吐く。・・・こんなの、初めての事だ。
喉が焼ける様に痛くて、何時もなら直ぐ治った傷が治らない。
いや、治っちゃあ困るんだ。だから俺は釼を抜かないで、刺した儘で只、彼女を抱く。
目が霞む。せめて、最期は・・・彼女の傍に。
此の痛みも全て、俺が彼女に与えてしまった物だから。俺も一緒に背負って。
御休み、セレ。如何か安らかに。又、逢う時迄。
・・・・・
「っ!?・・・っは、っは、お、俺・・・、」
跳び起きて額に浮かんだ汗を拭う。
胸が熱くて苦しい。
長い・・・本当に長い夢を見ていた。
此処は何処だろう。
真暗で、何処迄も広がる様な空間は。
「ガルダ・・・。」
見遣ると小さくなったケルディが俺の手の甲に躯を擦り付けていた。
そっと両手で抱くと余りに柔らかい毛は俺の手を包み込む様だ。
其の温もりに少しずつ俺は落ち着きを取り戻せた。
然うだ。俺は行かないと。セレに、逢わないといけない。
「ケルディ、久し振り。早速で悪いけどさ、俺セレの所行かないと。」
「・・・じゃあ此方に来て。彼女も此処に来てるから。」
俺の手から跳び下りててくてくとケルディは何処かへ向かって行く。
「でも・・・その、気を付けて。彼女、一寸普通じゃなくなって・・・、」
耳を下げてケルディは俺の目をじっと見詰める。
下がった尾を揺らすのは此奴が不安になった時の何時もの癖だった。
「ねぇガルダ。ボクは屹度どんな過去でも忘れちゃいけないと思って、全て懐い出させてあげようと思ったの。でも其って、いけない事だったのかな、忘れた方が良かった事もあったのかな。」
「いや、違うよケルディ。確かに俺の前世は酷い幕引きだったし、懐い出した今、又死にそうな位胸が痛い。でも全部が全部、嫌な事だった訳じゃない。幸せな事の方がずっと多かったんだ。悲しみに慣れていなかった丈で、セレと逢えた事は俺にとって幸せだったよ。其を俺はセレに伝えないといけないんだ。」
「・・・うん、ガルダなら屹度大丈夫だよ。分かった、行こう。」
尾を一つ振り、ケルディは駆け出した。
俺も急いで其の後を追う。
もう約束を違えない様に。
・・・・・
無表情で人間が近寄って来る。
無防備な其の頭を掴んで握り潰した。
溶ける、溶ける。脳漿を撒き散らし乍ら只絳の血溜りへ。
又一人、目の前を横切る。
其を横文字に引き裂く。
熱い内臓が零れたと思ったらもうどろどろに溶けて行く。
掛かる返り血は何処か滑っていた。
でも未だ未だ未だ未だ未だ未だ未だ未だ、
人間が居る。人間で溢れ返っている。
全員、殺さないと。壊さないと私は、
私は御前達を赦さない。其の存在を認めない。
一片だって私の世界に残して堪るか。
「・・・・・。」
セレは直ぐに見付かった。でも足が動かない。
数歩手前で止まってしまった。
ケルディが不安気に俺を見遣る。先言った事は此だったんだ。
真黔な世界の中で、其処丈は華やかで。
ちぐはぐな彼の街の様な景色がセレを中心に広がっていた。
そして無表情の人間の様な物がぞろりぞろりと地面から湧き出し、彼女に近付く。其を躊躇なく彼女は壊して行く。
殺して殺して殺して、飽きもせず、単調に。
ぐしゃっぐしゃっと生々しい音を立て、彼女は少しずつ汚れて行く。
全身が真絳に濡れそぼつ。折角着てくれた彼のオーバーコートも、彼の綺麗な髪も染めてしまって。
彼女の足はまるで縫い止めるかの様に一本の蔦が巻き付いていた。
彼女を壊したのは彼の世界だ。
そして、狂わせたのは・・・俺の所為。
頭に過る。黔の化生に変化した彼女の悲痛な叫びを。
あんな声を聞く位なら死んだ方がましだ。本当に心から然う思った。
あんなに心を斬り裂かれたのも、震えたのも初めてだった。
彼女は、其の名残だろうか。彼女の尾は二本に分かれている。其の変化は屹度前世を懐い出したから。
そして屹度・・・彼女の中も変えてしまったのだろう。
でも、どんな今でも又斯うして逢えたのなら、其は俺にとっての幸せだ。
例え全て仕組まれていたのだとしても、此の心に嘘は吐けない。
そんな難しい事じゃない。難しく考えなくって良い。
只、逢えて良かったと、其丈で。
一歩足を踏み出した。
すると彼女の足に巻き付いていた蔦が震える。そして蔦の先にあった一輪の絳い莟が宛ら蛇の頭の様に動いて彼女の拘束を緩めて行く。
然うして伸び切った蔦は俺の方へと這って来た。頭を擡げる様に莟が俺の顔を真直ぐ見る。
―駄目、今の彼女の邪魔をしないで。彼女の心が壊れちゃう。―
然う、莟が口を開いた。
莟を少し開く様に震わせてセレと良く似た声で。
「は、華が喋った・・・?え、此って、」
「ボクじゃないよ。此の街も人間さんも。だから恐くって。」
―そっか。貴方とは初めましてだもんね。私は・・・アティスレイって言うの。聞いた事、あるかしら。―
「っ、其って、でもそんな姿、」
セレの言っていたドレミ達を傷付けた絳い奴、セレの中にいて、正直、良く分かっていないって。
セレは余り責めないでって言ってたけど、でも真面な奴じゃあない筈だ。
でも如何してこんな所に・・・?
ガルダの焦りとは裏腹、莟は少し笑った様な気がした。
―知ってて貰えて嬉しいわ。私は何にでも成れるから。彼女の望む景色を与え、望む犠牲を創って、此処で見護っていたの。じゃないと彼女の心が壊れてしまっていたから。―
「何にでも・・・?でもセレが望んだのか、こんな事。」
―うん、君も見た筈だ。彼女は最期の最期、心の底から人間を憎んだんだ。滅ぼしたかった。根絶やしにしたかったんだ。―
途端開いた華の中には鋭利な牙が並び、其の中心には一つ丈真絳な目があった。
其の悍ましさに驚いてケルディが俺の足に隠れる。
其の様を見てかアティスレイは又莟に戻ってせせら笑った。
―私に彼の時願ってくれれば良かったのにねぇ。でも彼女は君を選んだ。でも・・・未だ怨んでいる。殺したくて仕方ないんだ。だからそっとしてあげなよ。君は彼女の大切な存在だから何もしないであげる、ね。―
「・・・然う言う訳には行かないんだよ。」
もう一歩足を出すと莟は仰け反る様に下がった。
―おおっと。でも君が出た所で何になるの?彼女をちゃんと救ってあげられる?今回は助けてあげられる?―
ちくりと胸に刺さる。最後に俺が護れなかった約束。
「噫、俺だって無駄に一緒に生きていた訳じゃない。如何すれば良いかは分かっている。だから、彼女を放してくれ。」
莟はにいっ、と笑った気がした。然うして一つ大きく頷く。
―良いね。良い覚悟だ。君の事。信じてあげる。じゃあ彼女を救ってみせて。化物と世界から避けられ、疎まれた彼女を。上手に助けてみせて。―
莟はもう咲かず、嗄れ、枯れて朽ち果てる。
―・・・良かったわ。私が死ぬ前に貴方が来てくれて。―
其と同時に街だった物は溶け出し、人間の様な何かも歩みを止めて溶け出す。
彼女を包んでいた絳も全て溶けて大きな水溜と化す。其すらも蒸発してアティスレイは影も形も無くなった。
彼女は動かない。只突っ立って、ピクリとも動かない。其の背は凍る様に冷たかった。
そんな彼女へもう一歩。
俺はずっと後悔している事があった。
セレが人を殺して迄攫われた俺を助けに来てくれた時。
俺はセレに行かないでと言った。・・・でも其は間違いだった。
幼い俺はセレに怯えてしまった。彼女を本当の所で理解していなかったんだ。
只の友達や家族と違って、彼女は他の命を犠牲にしてでも俺を助けに来てくれると言う事を。彼女は其丈、俺を懐ってくれていたんだ。
罪を背負ってでも、助けに。
言葉は、嘘が混じり、正しくは伝わらない。
然う、彼の時俺が為可きだったのは、
俺はそっと後ろからセレを抱き締めた。小さくて冷たく、歪に歪んでしまった彼女を。
・・・言葉なんて要らなかった。只抱き締めてやれば良かったんだ。
真絳に罪に包まれれば、一緒になれば、
彼女を引き込む丈で、傍にいたい、一緒にいたいと言ったのに其の意味を分かっていなかった。
覚悟が、足りなかったんだ。
「セレ、御免な。迎えに来るのが遅くなった。」
そっと耳元に囁く。此の言葉が世界に聞こえない様に。
少し丈、彼女の背が震えた。
「・・・如何して死んだんだ、ガルダ。」
か細い其の声は俺を責めている様で、でも此の腕の力は緩めないと決めていた。
「噫、彼の時はもう絶望しかなくて、御前がいないのに生きる意味なんて無いと思ったんだ。彼の十年が全てなくなりそうで、其が恐くて・・・堪えられなかったんだ。」
「・・・・・。」
セレは只黙って、本の少し項垂れた。
こんな時でも彼女は俺の話を聞いてくれるんだ。
「彼の時の選択は間違っていたのかも知れない。御前に殺さない様に咎めた俺自身も矢っ張り死んじゃあ駄目だったんだ。でも其の結果又御前に逢えたのなら俺は今を生きたい。間違いでも、誤りでも又一緒に。」
「・・・私が、前の私でなくてもか?」
「噫勿論だ。そんな事で違える様な誓いじゃない。」
セレが一歩踏み出し、するりと俺の腕を抜ける。
そして緩りと振り返った彼女は、六つ目になっていた。
頬に切れ長の爬虫類を思わせる様な縦の瞳孔が入った四つの瞳。
其は黔と銀の瞳と対応する様に其々反対の色を宿していた。
元々の彼女の目は何処か寂しそうな、でも其の奥其処は読めない様で。
後の四つは俺を睨み付けていた。俺の心を読む様にじっと。
「矢っ張り、綺麗だよセレ。今も昔も。又斯うして逢えた丈で俺は十分だったんだ。」
そっと手を伸ばして彼女のもう少ししかない頬に触れた。
片側の目が全て閉じてセレはされるが儘だった。
「でも俺は御前を・・・殺してしまった。あんな事したくなんてなかったのに、本当に御免。御前を傷だらけにしたのは俺だったんだ。」
「いや、ガルダは私を護ろうとした丈だよ。私を殺したのは・・・然うだな、寝惚けていたんじゃないのか?御前は甦生した許りだったから。」
「寝惚けてって・・・そんな冗談笑えないって。でも甦生って・・・何の事だ?俺、死んだのか?」
セレは僅かに目を見開いた。でも直ぐ又伏せてしまう。
然うだ、俺の記憶に其の部分はごっそり抜け落ちていたけれども。彼の後のセレは見たんだ。彼女があんなに乱れたのは、俺が死んだからだろう。
「噫、私を助けに来て、人間に殺された。だから私は一回丈使えた甦生魔術を御前に掛けた。御前の大切な物を奪ってしまう術だったが、其でも御前に生きていて欲しかったんだ。」
噫、だからセレは怒ったんだ。然うだよな、折角セレがくれた命だったのにあっさりと俺は死んでしまったから。
でも其で合点が行った。其の甦生魔術で俺の大切な物を一つ奪ってしまうのなら、俺の行動は一つだ。
こんな形で其が証明されるなんて、とは思うけど、俺がセレを殺してしまったのは其はもう一つの必然だったんだ。
・・・惨酷な術だな。其なら俺達は永遠に一緒にいられなかったんだ。希望なんて無い、奪う丈の術。
「なんだ。じゃあ俺が御前を殺してしまったのは避けられなかった事なんじゃないか。失い方は余りにも残酷だったけど、でも然う言う術なら。」
「・・・?若しかして何か迚も大切な物が術の所為で無くなったから怒って私を殺したのか?其は・・・済まなかったな。若し良ければ私も其を捜すのを手伝おう。私が壊してしまったんだから。只・・・その、私は一体何を壊してしまったんだ?済まない、十年もいてこんな事も分からなくて。」
本当に済まなさそうに彼女は謝って、流石に俺は面食らった。十年を取り戻しても俺達には未だこんな溝があるのか。
「そんなの聞くなよ。分かってるだろ、其処迄馬鹿じゃないだろ。・・・御前だったんだ、セレ。」
「・・・・・。」
俺は照れるのを必死で堪えて言ったのに、彼女が見せたのは只の無表情で。
俺を睨んでいた目も開かれて、只々見詰める。
其の顔は少し丈・・・恐かった。
「・・・今も変わらず然う思うか?」
ぼそっと、彼女の口が告げる。
彼女の背にはためいていた翼がそっと俺達を包む様に傾いだ。
「・・・噫。」
俺にとって紛う事無き事実で、だからしっかりと彼女の目を見て頷いた。
だが対して彼女は酷く辛そうで寂しそうな目をした。
途端潤んで、涕き出しそうな程に。
又伏せられた顔は直ぐに苦笑に変わっていた。
「・・・ガルダも、優しい嘘、吐ける様になったんだな。」
「っ!?嘘なんかじゃ!」
「良い。私に其の話をしないでくれ。此で仕舞だ。」
突き放す様に、彼女は告げた。
そして一歩後退る。
「・・・でも不思議だなガルダ。私は後悔しなかったのに神になった。私は最期、幸せだった筈なんだ。ガルダが傍に居てくれて、眠る様に死んだ。私には勿体無い死だ。・・・死にたくなくても、ガルダになら良いと思ったんだ。生まれる場所は選べなくても、大切な人に殺されて終わるのなら幸せだった。」
彼女の瞳は何時もみたいに冥く闇すら遠ざける空虚を湛えて、閉じ込める様で。
然う言い乍らも彼女はもう知っている気がした。自分が神になった訳を。
「私の捜し物、見付けたんだ。いや、見付かっていたんだ。ガルダ、・・・御前だ。私はずっと御前を捜していたんだ。生きているのなら次元に居る筈だと、一目逢いたかったんだ。」
其は俺にとって迚も嬉しい事で。
だとしたら互いに求めていた筈なのに、如何して彼女は俺を否定するのか分からなかった。
其の言葉も、嬉しい筈なのに刺さる様で。
「でも御前が私を求めちゃあいけないよ。私は不幸を散蒔く丈の、壊す事しか知らない化物だから。もっと自由にならないと。私なんかに縛られちゃ駄目だガルダ。私じゃあ御前の手を取れない。彼の時、御前が殺されてしまった時、はっきり然う思ったんだ。」
「・・・・・。」
もう言い募った所で彼女は其を曲げるつもりはないんだろう。
彼女の瞳は、其丈冥い。
屹度今じゃない。其を解くには又俺達には時間が必要なんだ。
「でも、有難うガルダ。心配してくれたんだな。・・・もう大丈夫だから。」
然う彼女は笑うが、もう俺は其の笑顔を信じられなくなっていた。
知らなければ、斯うは思わなかった筈なのに。セレは屹度昔から此を隠し持っていたのに。
「・・・セレ、御前本当に変わったな。」
途端彼女の躯が強張った気がした。でも苦笑を湛えた儘で。
「良い方に?悪い方に?」
「・・・悪くなったな。」
彼女を傷付ける事は分かっている。でも傷付け合わないと屹度俺達は向き合う事も出来ない。
気付かせるには此しかない。
十年でも、足りなかったんだから。互いに触れる事すら恐れていたら永遠に俺達は、
「其の服、矢っ張凄く似合ってるよ。髪飾りもしてくれて、本当に嬉しい。優しくなったし、前より咲う様になった。ジョークも良く言う様になったし、良く喋ってくれる様になった。・・・でも前より隠し事が増えた。其が、俺は悲しい。」
其を聞いて何が可笑しいのか小声でセレは笑った。別に照れ笑いだとかではなさ然うだ。
「・・・懐い出したから元に戻ったしな。じゃあ悪くなった丈だ。」
「はぐらかすなよ。確かに今迄の俺は駄目だったのかも知れないけど、今は、御前も懐い出した通り、御前とずっと一緒だった俺だ。其でも隠し事があるのか?」
「・・・変わったんだよ、私は。」
諭す様にセレは言う。嘘は吐かない。でも真実は、話せない。
「良くなんか些ともなっていない。もっと悪くて酷くて狡い奴になったよ。だから教えない。何も御前に言ってやれない。」
何だよ・・・其。
じゃあ俺は如何すれば良いんだ。御前の為に、何をしてやれるんだよ。
一緒にいたいって願っていたのは俺丈なのか。御前が今いてくれるのは只の惰性なのか。
・・・でも其じゃあ如何して何時も全力で俺達を護ろうと、今を護ろうとするんだ。嘘を吐かず、俺達を信じて、自分の怪我も顧みずに。
折角全て懐い出したのに此じゃあ役に立たないじゃないか。
「兎に角、ガルダが無事に見付かって良かった。済まなかったな、私が捜しに来た筈だったのに迷惑掛けて。さ、もう帰ろう。・・・ケルディ、頼めるか?」
「え、う、うん。此でボクの封印も解けるから。」
ケルディがガルダの裾を噛むのでそっとガルダはケルディを手に乗せた。
すると暗闇しかなかった空間に稲光の様に皓い罅が入って行く。
其も直ぐ様砕け散って本の少し丈浮遊感。・・・気付けば俺の部屋へ戻っていた。
「キュウキュウ!」
外に出たのが嬉しいのだろうケルディが甘え声を出して頭を擦り寄せる。
そっと其の小さな頭を撫でる。・・・やっと、帰って来れたんだ。
セレも少し目を細めて、そんなケルディを見遣る。
「もう霄も遅いし、明日又話をしよう。御互いに整理したいだろう、色々と。・・・じゃあ又明日な。ケルディも。」
「あ、うん、バイバイ。」
「っセレ、」
口早に然う言って扉を開けようとするのでつい呼び止めた。
セレは少し丈首を傾けて俺の言葉を待つ。
噫、そんな仕草の一つ一つは昔と変わらないのに。
「えと・・・又明日。色々、話そうな。」
「噫、約束だ。じゃあ良い夢を。」
ふっと咲って彼女は出て行ってしまう。
途端に部屋を静寂が包む。
・・・そんな約束丈はしたくなかったな。約束が無いと、懐い出話も、御前は身構えなきゃいけない事なのか。
何だか本当に呆気なくて、俺はこんなにも色々と湧き上がって、頭の中がぐちゃぐちゃになりそうなのに。
迚も今霄は眠れないだろう。まぁ若しかしたら其を含めてセレは時間を作ろうとしたのかも知れないけど。
取り敢えずベットの縁に腰掛ける。確かに窓を見遣ると遥か高い旻を薄翠の氷鏡が掛かって旻は暗かった。
何だろう、取り戻した筈なのに胸に空いた此の穴は、此の虚しさは。
そっとケルディを撫でると、もうケルディは手の中で丸くなっていた。
久し振りだったから安心し切ってしまったのかも知れない。起こさない様にしないと。
此の虚しさは、屹度然う、気付いてしまったからなんだ。
彼女の事を懐い出して、神になってから出逢ったセレと、其の二柱に確かなズレがある事を。
そして何より此の部屋を出る前に見せた彼女の笑み。
其処に陰があった事を、俺は見逃さなかった。
アティスレイは言った、彼女を救ってくれと。
でも俺には・・・出来なかった。
屹度俺には物語の王子様や勇者の様に彼女を迎えに行く事も、導く事も出来ない。
沈む氷鏡の様に俺達の世界は何時の間にか黔く塗り潰されていたんだ。
・・・其でも何か彼女の為にしたいと焦る此の心はなんて残酷だろう。
一つ大きく溜息を付く。
彼女の影が・・・頭から放れない。
・・・・・
掴んだ其に残った色は何だったのだろうか
陰霖は止まない、今も昔も変わらずに
でも歩くしかないのだろう、出逢ってしまった私達は共に絡まって捩じれて歪んで
然うして私達は化物に成る、私の世界を壊した数多の世界を壊す為に
血塗られた手を幾ら伸ばそうとも何も掴めないのに
其の爪に触れた物全てを只壊してしまうのに
噫でも屹度、罪深くとも私は此の手を又・・・
終わったぁあぁ!さぁ皆さんも一緒に、やっと終わったぁあぁあああぁぁあああああぁぁあぁあ!!
本当御疲れ様でした。長く続いた此の筆者の一人語りも今回が最終回、第八回目です。
終わり尻は何とも呆気なかったと思います。此処から話の流れは変わってしまうでしょう。
二柱の前世は晒されましたが謎が増えた様な物です。此から二柱は如何付き合うのか、何を懐うのか、只分かっている事は此からの未来はより冥くなる事です。
だから二柱は別に運命の再会と抱き合わなかった訳ですしね。
ひっそりと新たな仲間、ケルディが加わりましたが、一体如何なってしまうのか。
ややこしくなるので章区切りはしない様にしているのですが、間違いなく此処が大きな分岐点です。多分此処迄が一章です。
次回は一転、少し幸せな話にする予定なので、後次は流石にもう少し早く投稿出来る筈なので又其の時迄暫しの別れ。
皆さんにも良き物語があります様に。




