86次元 影追う狩人を導く標を照らす次元
やって来ました!皆さん御元気でしょうか?
のんびり地道に書いていたら書き終わる物ですね・・・。
今回は書いていたら思っていたのと又違う物語になりました。此がキャラが動くと言う物!毎度振り回される筆者です。
一寸書くペースが落ちている気がしますが、もう終わりに近付いて来たので沁み沁みしちゃって丁寧に書く路線に変更しています。
え、今迄丁寧に書いていなかったの?と思われそうですが、然うではなくてノリで書いていたのから構成を考える方向にシフトしたと言う感じですね。
(其にしても今更過ぎる。)
と言う事で闇の中を旅する一同の物語、どうぞ御楽しみに。
闇の中から声一つ
無視して足を進める
闇の中から地響き一つ
大丈夫、奴は未だ遠い、此の儘歩けば
闇の中から肩を叩く手
其は終わりの合図と駆け出した
振り返った其の時には、只闇の中で独り限
・・・・・
「灯導(トウドウ)様、良く来てくれました。早速一体、退治して欲しい影呼(カイト)が居るんです。」
「えぇ、御聞きしましょう。其の為に我々は来たのだから。」
出会い頭に男は頭を突き出す様に前に出すと、相手も同じ様に頭を前にして互いに頭突きした。
「・・・っ、おぉ、流石灯導様、力勁いですなぁ。」
大柄な男は人の良さそうな笑みを返し、出されたソファーに腰掛けた。
そんな彼の隣に付いていた小柄な正女も同様に座る。
大きなソファーに通されたが、男が熊の様に大きい為女は端の方で縮こまる様になった。
そしてテーブルには飲み物や袋が置かれ、一人の男は向かい合う様椅子に座った。
男から見ても大柄な男は薄翠の肌に石の様なスキンヘッドで、輪の様に備わった尖った岩がより彼の雄々しさを引き立てる。
傷だらけだが、其丈男が戦い抜いて来た証である。
そして纏った布か皮の様な、霄に溶ける外套は正に影呼の毛皮だ。
其丈彼が勝って来た証明なのだろう。克て敵のだったであろう厳つそうな棘や甲が今では頼もしく見える。
対して正女は同じ様な外套をしていたが、幾らかぼろぼろで布も少なく、ひ弱そうだった。
薄蒼の肌なのもあり、何処か眠た気な黔の瞳は少し心配になるが。
「腕利きの灯導みたいで助かります。如何しても討って欲しい奴が居るんです。」
男は上目遣いに二人を見遣る。そして水を一口煽った。
「さ、何でしょうか。ガーグも、ズェラも、ズルも退治して見せますよ。」
「おぉ、此は頼もしい。其なら大丈夫そうですね。今回退治して貰いたいのはロウロなんです。」
「ブッ!ロウロって・・・そんな下級な。」
つい女が噴き出したので男はそんな彼女を小突いた。
男からしたら軽く窘めたつもりだったのだろうが、其丈で女は一度立ち上がってしまう。
そしてちらと男を見遣ると渋々腰掛けた。
「下級だからって侮るな。危険な影呼には変わりないんだからな。態々頼まれるって事は、下級でも厄介な個体が居ると言う事だ。然うでしょう村長。」
「はい、すっかり我々も彼奴に手を焼いています。此以上被害が出る前に退治して欲しいのです。」
「御話、聞きましょう。噫、名乗り遅れましたが、私はロドン、此奴は後輩のサリアです。如何も。」
「ロウロは声を真似る丈でしょ。喰われた奴の断末魔の声を記憶して鳴く丈の。一体何処に苦労する所があるんっすか。」
サリアは長く息を付いて足をぶらぶらさせた。先注意された許りだと言うのに中々やる気が起きないらしい。
其の様子を見てロドンははぁ、と大きく溜息を付きつつも、村長も向き合った。
「奴は・・・前の村長を喰らっているのです。前からロウロの群が此の辺りを根城にしているので、其を蹴散らそうと。」
「我々がもっと早く着けていたら良かったんですが・・・。下級と言っても一般人の手に負える奴じゃあありませんから。」
「いえ、前の村長も幾らか影呼の討伐経験はあったのですよ、灯導程ではありませんが。だから問題無いと他にも何人か腕利きの者も連れて行ったのですが、折り悪く退治中に別の影呼の群に襲われて。」
「成程、其は災難でしたね・・・。」
ロドンが目を伏せると、村長は一つ頷いた。
「と言うのも、彼のロウロは如何やら他の影呼を呼ぶ事が出来るみたいなんです。だから気を付けてください。」
「ほ~ロウロってそんな狡猾な奴も居るんっすねぇ。」
「珍しいですね。特殊個体と御見受けします。村長、此の辺りで確認されている影呼は他に何が居ますか。」
「はい、えっと確か此の辺りに・・・。」
村長は近くの棚から紙片を取り出し広げた。其には色んなのスケッチが描かれていた。
「ロウロより不味い奴がわんさか居るじゃないっすか。だのにそんなに其奴がやばいんすか。」
「はい・・・危険と言うより、其奴の声が、です。」
「噫、断末魔の声ですからね・・・。良い物じゃないでしょう。知人のなら猶更です。」
「一体何て言うんすか、其のロウロは。」
「・・・辛いでしょうが、固体を見極める為にも御願いします。」
サリアの不躾な質問に慌ててロドンは咳払いした。
「はい、其のロウロは、逃げろ、此方は危ない。そして皆は悪くない・・・然う、鳴くのです。」
「えぇー・・・大体叫び声なのに、注意喚起だなんて珍しいっすねぇ。」
何処か軽々しく言う彼女に村長は何処かむっとして見遣ったが、直ぐロドンに視線を変えた。
「前の村長は自分の最期を理解して、私達が今後巻き込まれない様敢えて然う言ってくれたんです。御蔭で其以降、影呼に因る死傷者は出ていません。」
「成程・・・其の村長は素晴しい方だったんですね。仲間を思って敢えて其の言葉を選んだんですね。」
「呼ぶ丈だと近付いちゃうのも居ますもんね。でも其なら其奴、案外役に立ってるんじゃないんです?其を態々退治しちゃうんですか?」
「然うは言っても奴は村長の仇です。最初は私達も助かっていたのですが、段々其はまるで責め苦の様になって行ったんです。村の者は彼の声を聞く丈で辛いと。」
「・・・成程、心的疲労ですか。確かにロウロは其方の問題もありますからね。分かりました。引き受けましょう。」
「有難う御座います。奴は此の辺りを根城にしている事が多いです。どうぞ御気を付けて。」
然う言って村長は一枚の地図を差し出した。
「戻ったらフッカフカのベッドが欲しいっすね。」
「コラ!責務だぞ。褒章を当てにするんじゃない。」
慌ててロドンは村長に頭を下げると、彼女を連れて家を出るのだった。
「・・・ふぅ、全くサリア、もう少し御前は口の利き方をだな。」
ロドンは何度目か分からない溜息を付くが、彼女は気にしていない様だった。
「いやぁ、まさかあんな風に通されてロウロ退治だなんて思わないじゃないですか。」
「然うは言ってもちゃんとした依頼だ。其に特殊個体なら特に注意しないと。油断した奴から奴等の餌食になるんだ。」
「・・・然うっすか。」
何処かつまらなそうにサリアは腕を組んで歩いた。
まるで聞き飽きた説教の様な態度だ。彼女は前から此の姿勢を崩さない。
只聞き飽きた丈で理解はしていないのだから困り物なんだが・・・。
「其でも村長には悪いが、俺としては余り其のロウロを狩りたくはないんだがな・・・。」
「え?何でっすか。先は私の事一寸叱った癖に。」
「いや、流石に彼の場では言わないが、前の村長の御蔭で此処最近は影呼の被害が出ていないのだろう。死して猶役立っているのなら、其の儘利用した方が本人は報われるだろうが。」
「然うっすね。貴重なロウロですし。」
「其は・・・大した事じゃないんだが。」
「じゃあ先輩、先輩が喰われたら退治せずに放っときますね。」
「縁起でもない事を言うな。其の時は直ぐ仇を取ってくれ。其が出来なきゃ全力で逃げろ。」
「先輩の勝てない様な奴に勝てると思ってるんっすか。」
「御前、先輩とは言うが階級的には俺と同じだろう?そんな卑下する事も無いと思うが。」
まぁ、相手を舐めて見る癖は止めた方が良いが、とロドンは付け加えた。
其を聞いてか彼女の口端は上がる。
そんな話をしている内に二人は村の出口に差し掛かった。
村人達は物珍しさか、将又期待の籠もった目で遠巻きに二人の事を見ていた。
こんな辺境の村だ。灯導が訪れる事も少ないのだろう。
そんな村の終わり、門の先は闇に包まれている。一歩でも踏み出せば見えない程の。
村の周りを取り囲む壁が仄かに光っているから村も辛うじて明るい丈で、他は全て闇だ。
旻も陽等もなく、闇の中に街が浮かび上がっている様に写るだろう。
此処から出たらもう影呼の世界だ。人の赦された世界は余りにも狭い。
「ほら、ゴーグルをするぞ。此処からは何時襲われてもおかしくないからな。」
「リョーカイ。」
ゴーグルの御蔭で互いの事は見えるが、此が無かったら今隣に居る相手すら判別出来ない。
其程の闇が此の荒野を埋め尽くしていた。
影呼は曦を苦手とする。だから街を襲う事は滅多にないが、稀に明かりを破壊して村を縄張にしようと攻めて来る奴が居る。
其を防ぐ為、斯うして灯導と呼ばれる者達は影呼を狩り、村々を転々と旅しているのだ。
彼等は村が存続しているかの確認と影呼の退治、二つの責務を負っている。だから立ち寄った彼等を村は歓迎し、影呼について等の情報を提供して関係を繋いでいたのだ。
僅かな明かり、自ら発光する石、蛍石が今の人類にとって最も価値のある物となっている。
此が無ければ此の闇の世界で人類は何も見えず、只喰われてしまう。
灯導は旅をしつつ、此の鉱床を見付けるのも又大切な事だった。
元々影呼の支配した地に人間が住まわせて貰っている様な、そんな位置関係の為に奴等との溝は深い。
影呼は闇に生きる化物と言う事しか分かっていない。そんな奴等を狩る事で、其の正体や真実を求めようと足掻いているが・・・。
二人は岩影に隠れたりし乍ら少しずつ目的の地へ歩き続けた。
目標はロウロなので鳴き声で比較的見付けやすいが、他にも危険な影呼が多く居る。
奇襲が最も灯導の死亡率が高いのだ。如何に早く奴等の接近に気付けるかが生きる鍵である。
「・・・げろ。」
何処からか聞こえた声に、二人は息を詰めた。
此の時許りはサリアも目付きが鋭くなり、辺りを警戒する。
ロドンはそんな彼女の肩を叩き、前方を指差した。
目を凝らす。すると・・・闇が蠢いた。
・・・此処からは狩りの時間だ。
影呼が狩るか、灯導が狩るか、生き残るのは何方か丈。
「此方はぁ、危ない。」
はっきりとした声が聞こえて来る。そして前方からカサカサと、まるで虫が這い擦る様な音も幽かに聞こえて来る。
こんな意味のある音を発するのは珍しいが、間違いない。彼は影呼、ロウロだ。
「皆は悪くなぁい。」
只呟きつつロウロは此方に近付いて来た。
けれども動きが遅い。未だ見付かった訳では無いのだろう。只獲物を求めて声と言う餌を撒いているのだ。
闇の中から少しずつ姿を現した影呼に、二人は一層息を殺す。
現れたロウロは全長3m、下半身は六本足を広げて這う甲中の様だが、其処から長く上へと頭が伸びている。
そして其の先は歪曲して撓垂れ、最後は丸く膨らんでいた。
可也大きな個体だ。其丈多くの者を喰らい、生き延びたのだろうか。
前村長を喰らったのは誤りだったのだろう。あんな声では獲物に在り付けない。
「此方は危ないぃ。」
ロウロに言葉の意味は分からない。だから何故獲物が掛からないのか奴は分からず彷徨っているのだろう。
此の儘放置すれば何れは飢え死にしそうなのだが、影呼が野垂れ死んでいる姿は見た事が無い。
其の生態すら不明なのだ。だから只狩るしかない。
「逃げろ、逃げろ。」
ロウロは甲虫に似た下半身の背を震わせて音を出す。
こんな悍しい姿なのに、人の声を真似るなんて・・・悪趣味な奴だ。
ああして声を出し、近付いた者を上の頭で丸呑みにするのだ。
只生態が恐ろしい丈で、ロウロは下級だ。と言うのも此奴には目立った武器が無いのだ。
足が速く口が擂鉢状になっており一度咬まれたら離れないのは危険だが、鋭い鎌や毒袋を持っていたりはしない。
精々其の長い頸を振り回して殴り付けて来る位だ。だから気を付けてさえいれば対処し易い相手だが。
奇襲が灯導にとって最も危険ではあるが、同じ事は影呼にも言える。
気付かれる前に仕留める、其丈だ。
ロドンはちらとサリアを見遣った。
其丈で互いの意思は通じる。
早速ロドンは腰から鉈を取り出した。
そしてロウロが岩の傍を通り掛かる瞬間に斬り付ける。
「皆はっ、悪くない。」
だが既の所でロウロに気付かれ、大きく後退されてしまう。
其でも気付けばロウロの背後にはサリアが立っており、ダガーを抜いて無防備な背を斬り付けた。
「に、逃げろっ!」
「逃がしはしないっすよ。」
「奴にとっては久し振りの餌だ。逃げる気は無いだろうよ。」
前後を挟まれ、ロウロは何方を狙おうか迷う様に首を揺らした。
「ギギィイィイイィイイィアァアァアアア‼」
そしてロウロは人の声を捨て、絹を裂く様な耳に残る叫び声を上げるのだった。
・・・・・
「あ、灯導様が戻られたぞ!」
村に足を踏み入れた途端、村人達が騒ぎ出した。
先ずは帰還を喜んでくれるらしく、人々の顔には笑みが浮かぶ。
早速と村人達は迎えに門に集まって来てくれた。
だが闇を掻き分けて現れた影は一つ丈、小柄な正女だった。
直ぐに気付いた村人達は訝し気に正女を見詰める。其の間に誰かが村長を呼んだらしく、足早に本人も姿を現した。
だが村長の顔も直ぐに曇る。そして緩りと正女に近付いた。
「貴方は・・・サリア様ですね。あの、ロドン様は・・・、」
サリアは可也激しく戦ったのか、元々襤褸だった外套はもっと開けてしまっていた。
更に頭から油でも被ったかの様に黔く濡れていた。
まるで彼女自身が影呼の様だが・・・恐らく此の黔い粘液は影呼の返り血だろう。
一見、怪我はしてなさそうだが・・・。
「・・・先輩は死にましたっす。」
「し、死んだって・・・殺されてしまったのか。」
呆然と村長が呟くと辺りに居た村人達も静かに顔を伏せる。
「でも目標のロウロは退治出来たんで。其にしても油断してたのは先輩の方だったっすね。」
「如何してそんな簡単に・・・一体如何してやられてしまったんだ。矢っ張り彼のロウロは、」
「いやーロウロの方はあっさり狩れたんすけどね。彼奴の声でドロウの群が来ちゃって、其奴等に喰われちまったっすね。あ、でも大丈夫っすよ。私が全部退治したんで。」
然う言うとサリアはにっと笑った。仕事を終えられて満足そうに。
其の笑みに村長は一歩下がった。
「そ、然うじゃないだろう。先輩が殺されたってのに何だ其の態度は。君は前から不敬な奴だとは思ったが、まさかロドン様に迄そんな態度とは。」
「然うだぞ。灯導様が死んでしまうなんて。」
「別に良くある事っすよ。灯導だって人間なんすから。言う事で私は疲れたんで宿を御願いしたいっす。」
「っ村長、こんな奴入れて良いんですか。村の為に灯導様が亡くなったって言うのに此奴は、」
「・・・一応私も灯導なんすけど。」
「まさか此奴、手柄を奪ったんじゃないか?もう一人の灯導様の方が勁そうだったし。」
次第に村人達の声が大きくなる。
其を面倒臭そうにサリアは目を眇めて聞いていた。
おかしい、こんなに頑張って来たってのに、もう少し位労ってくれても良いのに。
「そんな事ないっすよ。先輩が梃摺っていたから私が殆ど退治したし、只気付いた時には喰われてたっすけど、私だって頑張ったんっすよ?」
「如何だか。先輩が死んでそんな飄々としているなんて・・・まさか此奴、先輩が死んで喜んでるんじゃないか。」
「え、私そんな事言ってないっすよ。其に何でなんで喜ばないといけないんすか。寧ろ面倒増えるんすよ。」
「面倒だと・・・矢っ張り此奴、怪しいですよ村長。」
今更彼女が何か言った所で意味は無かった。
村人達の声はどんどん大きくなり、最早野次に近い。
噫もう、此方は疲れてるってのに・・・。
サリアは溜息を付く丈だ。今更何か言い返す気も起きなかった。
ドロウは中級の影呼だ。其を殆ど一人で全て相手したのだから疲れて当然だ。
其の足で戻って来たってのに、如何してこんなに責められるんだろう。
最初来た時はもう少し温かい空気だったってのに。
矢っ張り自分は先輩が居ないと駄目らしい。戦える丈で良いのなら楽なのに。
・・・新しい先輩、又探さないとなぁ。
村人達が声を上げる中、村長は窘める様に手を叩いた。
「皆静かに!何はともあれ影呼は退治して貰ったのだ。灯導様は休んでください。只・・・出来れば早目に此の村を発って頂きたい。」
「・・・リョーカイっす。」
重い溜息を付いて、サリアは伸びをするのだった。
・・・・・
「着いたよーってうわ、真冥!」
荒野に降り立ったドレミはぐるりと辺りを見渡したが、一面只々闇だった。
霄、なのだろうか。其にしても一歩先も見えない様な闇だなんて。
其に続いてセレと皐牙も姿を現した。
「ん・・・一寸変わった所だな。」
「うわ、本当だくっれぇ!何も見えねぇぞ。」
自然と皆、互いを背にする形で集まった。幾ら目を凝らしても伸ばした手の先が闇に溶ける程だ。
「プハッ、わぁ、ボクみたいに真黔!」
「ん、噫ケルディも付いて来てたのか。」
セレのポケットから小さな顔が覗いた。
そっと頭を撫でてやると上目遣いに此方を見詰める。・・・うん、あざとい。
携帯用モフモフが来てくれているのは有り難い。此で何時でもモフモフが楽しめる。
「でもセレなら見えるでしょ?如何?」
「噫其なんだが、思ったより私も見えなくてな・・・。冥いんじゃなくて、まるで濃い霧が立ち込めているみたいな具合だな。」
「え、然うなの?闇が其の儘出て来ちゃったみたいな感じかな。」
「此、吸っても大丈夫なんだよな?」
闇の具現化、と聞くと丗闇が浮かぶのだが、残念乍ら今は席を外している。
と言うのも彼女は休暇中だ。母さんと話したい事でもありそうだったし、鏡界へ連れて行ったのだ。
ヲルが居れば出られる然うだし、今は彼女の自由にさせている。
何となく自分の愚痴で盛り上がってそうだが・・・まぁ彼女にも休みは必要だ。
「セレちゃんでも見えないのは厄介かもね。次元の主導者の気配も遠いし。」
「其に幽かに殺気丈は感じるからな・・・。分かるのに辿れないのは珍しいな。」
「殺気?なぁオイ、物騒な話するなよ。」
「やーいカーディのビビリ!」
ここぞと許りにケルディが大声を出して笑う。途端彼の顔が真っ赤になった。
「ち、違ぇし!危ないって言ったんだよ!」
「まぁ危ないのは事実だな。」
何が闇の中に潜んでいるのか分からない。着いて直ぐ戦闘と言うと言うのは何だか味気ないが。
ドレミの言う通り次元の主導者の気配も未だ遠い。こんな闇の中に居るだなんて、一体何なのだろうか。
「ロー君が居れば光ってくれたりして明るくなったんだけど・・・。」
「ん、噫然うなのか。今はローズも居ないのか。」
然う言えば彼女の首元を彩る彼の勾玉が無い。彼女も相棒と別行動していた様だ。
となるとモフモフはケルディ丈か・・・厳しい戦いになるな。
「うん、古獣の国へ遊びに行ってるからね。・・・あ、じゃあカー君!カー君の灯で明るくしてよ。」
「ゲ、矢っ張然うなるのかよ・・・うーん、オレ、炬になってばっかじゃねぇか?」
「まぁ其が一番の有用性だからな。」
「一番って言うなよ!オレの焔はドラゴン様のだゼ!」
然う言って彼は胸を反らした。まぁ自信がある事は良い事だが・・・。
今はドラゴンの焔だろうが何だろうが火であれば十分だ。
「で、出来るの?出来ないの?其ならボクがやっても良いけど、そしたらカーディは只のびびりドラゴンだね。」
「だ、誰がびびりドラゴンだコラァ!其位やってやるよ!」
チョロいなぁ・・・此だとびびりドラゴンではなく、チョロゴンに成ってしまうが彼は良いのだろうか。
だがやる気は出たらしく、早速皐牙は集中して両手を前に出した。
見せて貰った事はあるのだが、如何も彼は灯遣いでも安定した焔を出すのは苦手らしい。
突発的な、正にバトル向けと言う事だ。でも持続した集中力もバトルには欠かせないのだが・・・。
暫くすると小さな火の玉が幾つも中旻に表れ、辺りを飛び回り始めた。
御蔭で幾らか闇も晴れる。特異な闇だが、晴らす事は出来るみたいだ。
「おぉ、凄いじゃないか皐牙、前よりずっと術が安定しているな。」
彼が特訓しているのは良く見掛けるが成果は出ているらしい。一つ安定させるのでも苦労していたのに。
目に見えて成長しているなんて素晴しい。彼の頑張りを知っている丈に此方迄嬉しくなる。
「ヘヘッ、どーだ!オレだって成長してんだゼ!」
彼は随分と得意気だ。うん、此のやる気を持続出来ればもっと彼は勁く成れるだろう。
「明るくなった御蔭で一寸見える様になったね。」
「只、敵にも見付かり易くなっただろうし。・・・結界位張って置くか。」
意識を旻へと向けると肩口が疼き出す。
・・・大丈夫、此の姿を見せるのには抵抗が無い、やれる筈だ。
一つ息を付くと同時に鎖骨が音を立てて割れ、皮膚を突き破って飛び出した。
「う、え・・・オ、オイ店主、」
異音にびくりと皐牙が此方を見遣ると同時に息を呑んだ。
傍から見たら行き成り骨が飛び出て何とも酷い絵面だろうし、驚くのも無理ないだろう。
「え、セ、セレちゃん大丈夫⁉若しかして攻撃された?」
「ん、いや違うんだ。一寸待っててくれ。」
其の儘飛び出した鎖骨が輪を描き、回り始めて朏の様に変形する。
そして零れた血もベールとなって備わり、顔を隠して行く。
然うしてある可き所へ収まる様に天冠と成った鎖骨は頭上で輝いた。
此、便利なんだけれども出す度に苦痛を伴うのが何ともな・・・。只出している方が楽だし、難しい所だ。
でも流石に目立つし、外へ行く時は矢っ張り仕舞わないといけない所がな。
其の天冠はもっと上へと昇り詰め、ベールを大きく広げてすっぽりと、まるでテントの様に一同を包み込んだ。
然うして闇に溶ける様にベールは消えて行く。残るは朏と化した天冠のみとなった。
でも、分かる。自分の感覚が広がるのを。此の中は自分の霄の世界だ。誰にも邪魔は出来ない。
此の見えざる空間の中で、皐牙の放った焔丈がぐるぐると外周を沿う様に巡っていた。
溢れた血も直ぐ収まり、傷も完治する。変化の一種だから怪我とは認識されずに治るのだろう。
「良し、出来たぞ。此で結界は完成だ。」
ノロノロと呪術の練習序でに習得した術だ。此の霄の中であれば自分の腹の内と同じ。
全ての感覚と繋がり、手に取る様に分かる。又、中を包み、隠す能力もある。
結界の外からしたら自分達の姿すら満足に捕捉出来ないだろう。波紋が使えなくても斯う言う手段で補う事は出来るのだ。
「不思議な感じ・・・まるで静かな霄みたい。」
ケルディがポケットから鼻先を出して周りを嗅いでいた。龍族でもあるし、彼にも何か分かる物があるのかも知れないな。
「完成ってセレちゃん何したの?今の大丈夫なの?肩、血が出てたよ。」
「ん、噫先の天冠を出すのに如何してもな。怪我はしていないから安心してくれ。」
「彼の輪っかって店主の骨だったのかよ・・・何かグロイの見ちまったな・・・。」
「グロいと言われてもな・・・。此で相手からは見えないから勘弁してくれ。」
一度出た鎖骨を仕舞う事なんて出来ないし、此は使い捨て用だからな。
「分かったけど、セレちゃんこんな結界も張れる様になったんだね。何だか安心するよ。」
「・・・然う言ってくれると嬉しいがな。」
元々結界なんて如何にもな護りの力は自分には無かったからな。
自分の力を濃くして撒いているに過ぎないので、結界と言っても疑似的なんだが、効果は折り紙付きだ。
力を以って護れるのなら、自分としても本望だな。
「此で安心なのか?ぱっと見じゃあ分かんねぇけど。」
「噫、外から私達は見えていない。私の見える範囲も広がったし、先よりはましだろう。」
「うん、ドレミも何となく分かるよ。セレちゃんの力凄く感じるもん。如何やってるのか気になるかも。」
「ん、ドレミが然う興味を持ってくれるのは何だか珍しいな。」
「然う?だってセレちゃん何時も不思議な力使ってるから、ドレミも色々勉強したいんだよ。」
「だね、ボクでもこんな真似出来ないよ。本当変わった神だよね。」
・・・おかしいな、然う言われると余嬉しくない、褒められている気がしないんだが。
「兎も角、此で行けるな。次元の主導者は・・・彼方か。」
今分かるのは此の幽かな次元の主導者の気配丈。此を辿るしかないだろう。
「何となく移動してるね。って事は生きてる何かなのかな。」
「ま、小石とかじゃなけりゃあ良いよな。じゃねぇと此の中で探すなんて其丈で骨が折れるぞ・・・。」
「もうセレは骨折ったけれどね。」
其処、余上手くない。
窘める代わりに頭を撫でてやると擽った然うに中へ潜り込んだ。
・・・斯うして甘やかすのがいけないんだろうが、如何せんモフる手は止められないのだ。
「其じゃあ早速向かってみるか。」
何処迄も続く闇の中、セレ達は足を踏み出すのだった。
・・・・・
―おお・・・彼明らかにやばいだろ。―
彼から暫く歩いた一同は何度か荒野に転がった岩影に隠れたりして移動していた。
一応結界があるので隠れる必要は無いのだが、念の為だ。
本能的に隠れたくなると言うのもある。其の訳は目の前に横たわる巨大な影があるからだ。
自然と皆テレパシーで話す様になったが、其も頷けるだろう。
目の前の其奴の全長は波紋でも計り知れない。でも10m以上は確実にあるだろう。
そんな巨体の何かが寝転がっているのだ。隠れて様子を見るのも当然だろう。
此の次元に着いてから幾度かこんな魔物らしき生物に出会っている。種類は様々だ。
皆一致する事は須く黔い事、そして・・・殺気を放っている事だ。
どんな小さい奴だろうと、皆同じ様に殺意が高い。
龍でもないし、此の次元特有の種だろうか。迂闊に近付こうとは思わないな。
見た目程度の差であれば声を掛けるんだが、奴等は明らかに不味い気配を放っている。
あんな殺気を持った奴と普通に接する事すら不可能だろう。此処は遣り過ごすのが吉だ。只でさえ殺気の中に常に居るので気も休まらない。
次元の主導者も同種で、こんな風に殺意剥き出しでなければ良いのだが・・・。
一同は慎重に其の場を後にし、迂闊する様に移動する。
「・・・くちゅん!」
其の時、ケルディが小さな嚏をした。
嚏ですらあざとくてつい和みそうになるが、地響きがして固まってしまう。
ーバッ!何してんだよ狐!オイ店主も其奴の口塞いどけよ!―
―モファンターにそんな殺生な。―
―一寸!喧嘩してる暇ないって!―
ドレミに頭を叩かれ、皐牙は少し小さくなる。
そんな一同の背後でのそりと寝ていた其奴は動き出した。
先の地響きは此奴が起きた音か。少し動く丈でこんな揺れるなんて、何て巨体だ。
足丈でも自分達の倍以上はある。あんなのに踏まれたら御仕舞だ。
皆息を殺して只じっとする。結界はあるので大人しくすればばれない筈だ。
起き上がった魔物は暫く辺りを見る様にぐるりと回った。
だが、何も見付けられなかったのだろう。足を折って又横になった。
―えへへ、吃驚しちゃったね。―
―もう、でも凄いねセレちゃん。全然ばれなかったよ。―
一応結界はノロノロが良く使う隠密の術を真似ている。大妖精の御蔭で効力は期待出来るからな。
―噫、でも彼の音ですら起きるなんて。耳は結構良さそうだな。大丈夫か皐牙。―
こんな冥いと目は余り役に立たないだろうし、代わりに耳が発達していてもおかしくはない。
―う・・・あ・・・噫。―
すっかり彼は腰が引けてしまったらしく、今も胸元を押さえて荒く息を付いていた。
完全にびびってしまったらしい。此処迄露骨に反応されると一寸可哀相になる。相当恐かったのだろう。
早く此の場を離れた方が良い。そっと彼の背を押すと皐牙も歩き出した。
びびり過ぎてケルディを叱る事もしない。斯うして見ると全く動じていないドレミは可也場数を踏んだんだなと思う。
此ばっかりは経験だな。慣れれば彼も動ける様にはなれると思うが。
ケルディも此には少し反省したらしく、気付けばポケットを移動して皐牙の肩に乗っていた。
そして頭を擦り付けたりペロペロ舐めてやっている。・・・噫、其の奉仕があざと可愛いのだ。
歩いている内に皐牙も落ち着きはしたらしい。そしてむんずとケルディを掴むと両手で持って目の前へ掲げた。
然うしてじっと彼と目を合わせる。もう逃がさないと言う意思表示だろうが、ケルディは気にする事なくされるが儘だ。
―クソ、良くもやりやがったな。彼奴に喰われちまう所だったじゃねぇか。―
―えへへ、御免ね。でも生理現象だから仕方ないよ。―
半目になって皐牙はケルディを睨むが、途端ケルディの姿は蒼い焔となって消え失せた。
そして気付けば又セレのポケットに戻っていた。とんでもないイリュージョンだ。
「だ、コラ逃げんな‼」
―コラはカー君だよ!声出しちゃ駄目でしょ!―
ドレミに叱られ、慌てて皐牙は辺りを見遣った。
先の奴からは大分離れたと思うが・・・動く気配はないらしい。ほっと彼も息を付く。
―遊びで来ている訳じゃないんだから程々にな。戦わないのが一番なんだから。―
―うん、気を付けるね。―
―・・・わりぃ。―
渋々乍らも皐牙も謝った。うん、反省出来る点は良い子だな。
―・・・只、向こうは見逃してくれそうもないな。―
―う・・・ねぇセレちゃん、矢っ張り見られている、よね。―
「う、嘘だろ・・・っ。」
はっとして皐牙が口を塞ぐが、もう意味は無い。
波紋の先に掛かる影がある。最初は気付いていなさそうだったが、今では此方に向けて歩いて来ている。
・・・次元の主導者は未だ少し遠いな。別の奴に気付かれたらしい。
向こうも何となくで気配を察していた様だが、声が聞かれてしまっては逃げられない。
声は結界だろうが出てしまうからな。飽く迄隠しているのは気配、存在感だ。
―五匹か・・・此方に来るぞ。皆準備して置け。―
―うん、多分襲って来ちゃう、よね。―
―ほら御前の嚏の所為だぞ!―
―えー此は二柱の所為だよ。ボク丈に押し付けないでよね。―
―ほら又其処喧嘩しない!―
余裕の表れか危機感が無いのか、多分後者だろうけれど、此は後で又注意しないとな。
警戒していた影が結界内へと入る。
姿を現したのは少し駝鳥に似た五匹の魔物だった。
翼は鋭利な三角形の刃が備わった物になり、頭は嘴毎大きな一本のドリルと化している。
背鰭をピンと立て、振り下ろされた立派な脚は頑丈そうだ。
恐らく一つの群なのだろうが、はっきり敵意を感じるな・・・。
「・・・初めまして。私達は此処を通りたい丈なんだが。」
一応声を駆けると同時に一匹が此方に向けて突っ込んで来た。
余りの急スピードに一瞬反応が遅れそうになる。駆けるのではなく、まるで地擦れ擦れを飛ぶ様に跳び掛かって来たのだ。
ドリルの先端が闇の中光る。彼に貫かれでもしたら重傷だ。勢いも相俟って頭蓋骨位砕かれそうではある。
「随分な挨拶だな。」
ドリルが真直ぐ自分を捉えた瞬間、何処からともなく降って来た零星に因り魔物は地面へと叩き付けられた。
―・・・っ、直ぐ襲って来ちゃうなんて凶暴だね。―
―私の結界内だから可也有利だが、引いてはくれないか。―
何も知らず入って来たんだろうが、此処は自分の霄の世界だ。中に満ち足りた魔力に因って瞬時に零星は創られ、敵は排除される。
中へ入って来る前に蹴散らす事も出来はしたが、一応先に手は出さない様にしたのだ。
まぁそんな思い虚しく普通に襲って来るみたいだが。
零星に押し潰された一匹が頭を振って置き上がった。
加減はしたから大したダメージは無いだろうが、引いてはくれないか。
―此奴等からやって来たんだ!倒しちまって良いよな。―
―・・・噫、大人しく帰ってくれたらこんな事、しなくて済むんだが。―
呼び寄せてしまった物は仕方ないな。一応次元の主導者に近付きつつあるんだし、邪魔になる前に排除してしまおうか。
起き上がった奴も去る気はないらしい。脚に力を込めているが、又突っ込む気だろうか。
然う思った矢先、奥に居た奴等も一斉に飛び掛かって来た。
刃と化した翼の御蔭で凱風を斬り、跳び掛かれるのだろう。闇の先から黔い流星が走る。
だが、まるで見えない壁にでも刺さったかの様に彼等の勢いは無くなり、序で又降って来た零星に叩き付けられて地に伏した。
今度は少し勁目にしたので背に幾つか斬り傷が残る。其処から黔い血が噴き出した。
出来れば此で引いて欲しいんだが、実力差は明らかなのだから戦う必要が無い。
―・・・オイ店主、全部店主一柱で倒しちまうのかよ。―
―ん、噫、只突っ込む丈の奴等なら、其こそ結界を突破出来ずにやられるだろうしな。―
正直自分が操作する迄もなく、敵意に反応して零星が動いてしまっているしな。
だから敵意が無ければ襲われず逃げられるんだが。
零星の壁で進めないだろうし、立とうとすれば又斬られる丈だ。
―セレちゃん、又とんでもない技覚えたんだね。―
―まぁ未だ練習中だがな。本当はもっと別の使い方を考えている所だし。―
話している間も未だ奴等は立とうとする。・・・もう見逃す気はないらしい。
であれば此処で仕留める丈だ。悪いが自分は其処迄優しくない。
もう一度零星を降らせたら終わるか・・・ん、
―・・・っ、不味いな。一度結界を解くぞ。―
―え、如何しちゃったのセレちゃん?―
―っ然う言う事か。―
皐牙も一つ頷いて外していたグローブを付け直す。
同時に結界を解き、出していた翼や尾を即座に仕舞う。
「・・・助太刀に来ましたっすよ先輩方。」
其の時、闇の中かから新たにもう一つの影が現れたのだ。
其は小柄な正女、先迄此処で見ていた魔物とは明らかに違う。
此の世界に来て粗初めて黔でない色を見て、つい惹かれそうになる。
正女は薄蒼の肌をし、頭に髪は無いが、代わりに石の様に丸く硬くなっていた。そして小さな石の様な突起物が一巡して生えている。
纏っている外套は襤褸で黔一色なので一見此処の魔物と見間違えそうになるが、ゴーグル越しの橙の瞳に敵意は無かった。
噫、彼女こそが次元の主導者だ。
「す、助太刀?じゃあ宜しくね!」
一瞬ドレミも吃驚はしたが、次元の主導者の気配はしていたのだろう。
其が急に此方へ向けて駆け寄って来たので慌ててしまった訳だ。どんな次元の主導者か分からない以上、成る可く姿を隠したかったのだ。
流石に此丈見事に黔い魔物許り出会うとな・・・あんな翼や尾も避けられる可能性は高い。
三つ巴の戦い丈は避けたかったが、次元の主導者の言葉からしてファーストコンタクトは問題なさそうだ。
波紋の様子からして人間かと思ったが、自分の知る人間とは少し違う様だ。でもこんな行き成り襲って来る様な魔物達よりは近くに感じてくれるだろう。
もう仕留める直前だったのだが、此許りは仕方ない。結界を解いたので零星から解放された魔物が起き上がった。
そして内一匹が早くも正女に向けて飛び掛かる。
だが正女は一気に身を屈めてしゃがみ込み其の一撃を去なすと、腰からダガーを取り出して其も振るい、躊躇いなく魔物の頸元を斬り付けた。
其の一撃で、決着は付いた。血を勢い良く吹き出させた魔物は其の儘どさっと倒れ込む。
此は、可也やり慣れているな。迷いのない狩人の一撃だ。
「其じゃあオレもやっちまうぞ!」
正女の華麗な一撃に対抗心でも燃やしたか、皐牙は大きく息を吸うと火焔を吐き出した。
視界を覆う程の巨大な焔だ。圧倒される間に魔物は焔に包まれて、抵抗する間もなく焼け焦げてしまった。
「どーだオレの焔は!魂すら焼いちまうゼ!」
「っちょお!そんなド派手にしたら危ないっすよ!早く此処を離れないと。」
正女が慌てて辺りを見渡した。手早く片付けられたから良かったものの、先のは目立ち過ぎる。
「ま、火だから未だ良いっすけど、ゾゥテルが此の辺に居るんでもう一寸用心してくださいっすよ。取り敢えず勘付かれる前に離れた方が良いっす。」
「若し当てがあるなら其処迄同行したいんだが。」
「ありゃ、じゃあ此方っす。先迄私が休んでた所があるんで。彼処なら一息付けると思うっす。」
「けど、その、此処冥れぇし、火がねぇと流石に見えねぇぞ・・・。」
注意されてしまったので火の玉は消したが、此だと歩くのは可也厳しい。
加えて結界も解いているので、今火を付けると直ぐ見付かってしまうだろう。
「へ?あれ、まさか先輩達ゴーグルしてないじゃないっすか⁉あれ、若しかして先輩じゃないっすか?」
「先輩って何の事なんだ?」
聞いてみたが正女は片手で顔を覆うと長く息を付いた。
「あー媚び売ろうとしたら慈善事業になっちゃったっすか・・・。まさか灯導じゃないなんて。・・・まぁ良いっすよ。ほら、予備のゴーグル貸すっす。此付けると良いっす。」
「此付けると見えるのか?助かるゼ。」
「良かった・・・へぇ、不思議。結構見える様になったよ。」
早速手渡されたゴーグルを掛け、皐牙やドレミは辺りを見渡してみた。
そんな見える物なのか。渡されたので自分もしているが、盲目なので意味は無い。
まぁ其を説明すると色々面倒だから大人しく着けていれば良いだろうが、恐らく皆の方が今の自分より見えているんだろうな。
「ボクは・・・?ボクには無いの?」
ひょこっとケルディが顔を出すと、正女はぎょっとして彼を見た。
「え、えぇ⁉そ、其影呼じゃないんすか⁉」
「ん?ボクはケルディだよ。」
「此奴は大丈夫だ。私達の仲間だ。」
「う、うーん・・・サイズは合わないだろうけど小さいのはあるんで貸してあげるっす。兎も角動くっすよ。」
声も上げてしまったし早く行かないと、然う言って正女は足早に歩き出した。
「・・・如何だケルディ。」
「うーん、まぁボク此処から動かないからね。此で良いや。」
ゴーグルは明らかに大きいのでケルディは両手で持って一つのレンズを覗き込む様にしていた。
マズルもある事だし、可也使い難いだろうが無いよりはましだろう。
「噫然うだな。危ないから其処から出ないでくれ。ずっと其処に居るんだぞ。」
此で合法的にモフれるし、我乍らWinWinな関係だな。
「じゃあ其奴何の為に来たんだよ・・・。」
「大丈夫だよ。ケル君はやる時はちゃんとするから、ね。」
「うん、其迄は大人しくしてるね。」
一度皆ゴーグルを確認すると急いで正女の後を付いて行くのだった。
・・・・・
「ほら、此処なら一寸は休めるっすよ。」
「噫、有難う、助かった。」
辿り着いたのは巨大な魔物の亡骸だった。
先見た彼奴より更に大きい。だが完全に死に、骨と化してしまったらしく骨組みの様に残っている。
骨迄真黔だが、其の頭蓋骨と思われる物の中へ正女は入って行った。
「こ、此流石に死んでるんだよな・・・。」
「噫、もう気配は無いな。死んで随分経っているんだろう。」
すっかり先ので皐牙がびびってしまっている。びびりドラゴンの名が返上されてしまうぞ。
「確かに隠れるのに丁度良さそうだね。」
ドレミが全く意に介さず其の儘入って行くのを見て皐牙は一つ頷いた。
「大きい奴の死体なら皆恐れて近寄って来ないだろう。使える物は使わないとな。」
「・・・分かったよ。一寸ドラゴンの死体っぽく見えたから吃驚した丈だって。」
「早く入るっすよ。見付かったら意味無いんで。」
正女に促され、渋々と皐牙も入る。
ドラゴンの死体、か。然う言えば皐牙の生まれも其からだったか。だから猶の事引っ掛かる物があったのかも知れないな。
・・・一応、今見られる限りの波紋だと何も居ないな。まぁ今回は余り役立てそうにないのが痛いが。
「・・・皆入ったっすね。ふぅ、此で少し腰は落ち着けるっすよ。」
正女が座ると皆も其に倣う。
其処で正女はちらと一同を眺めた。
「うっかり同業者と思って助けたっすけど、見た所皆全然違うっすね。一体何なんっすか。」
「旅人だよ。色んな所を旅して回ってるの。」
「ゴーグルも無しにこんな所うろついてたんすか。」
一寸疑う様な目を向けられてしまう。うーん、さて如何しようか。
「先のオレの焔見ただろ。彼で照らしてたんだよ。」
「ま、火が嫌いな影呼は多いっすけど、ゾウテルみたいに集まって来る物好きも居るっすから止めた方が良いっすよ。明かりに寄るのは取り分け凶暴な奴っすから。」
「影呼って先の魔物の事?」
「う゛・・・其の小いのも影呼っぽいっすけど。まぁ此処等辺に居る奴等っすよ。・・・って、其も知らないなんて一体何処から来たんすか。」
少し正女の目が座る。流石に怪しまれている様だ。
「えっと、すっごく遠い所から来たんだよ。向こうは此の子みたいなのが一杯居るから、危なくなかったんだけど。」
何とか頭を巡らせてドレミが頑張ってフォローする。
未だ此処の情報を得ていない自分達は如何しても怪しく写るだろう。ううん、頑張れドレミ。
「はえー・・・まぁ私も村を回ってる丈っすから、そんな遠くには行ってないっすけど、初めて聞いたっすよ。其じゃあ私等の事とか何も知らなさそうっすね。」
「噫、姿も斯う違うとなると、随分遠く迄来たんだと思ったからな。」
「ふーん、ま、言葉は通じるんで良かったっすけど、斯うして出会った手前、幾らかは教えるっすよ。私も一人で暇してた所っすから。」
「でも凄いよ。こんな危ない所で一人でやって行けてるなんて。」
「いや、前は先輩が居たんですけどね。今は新しい先輩探し中っす。」
「然う言えば先も先輩っつってたよな。何の先輩なんだよ。」
「灯導のっすよ。折角なので名乗るっすけど、私は灯導のサリアっす、宜しくっす。」
然う名乗ってサリアはにっと小さく笑った。
自分達も返事に名乗ると、復習する様に何度か彼女は呟いた。
「で、其の灯導って何?」
「灯導は、影呼を狩る旅人みたいな物っすよ。色んな村を回って、影呼を狩って行ってるっす。」
「へぇ、道理で戦えるんだ。」
「私からしたら灯導でもないのに影呼と渡り合ってるあんた達の方が不思議っすけど、魔術も珍しいっすし、何か変なの連れてるし。」
「変なのって、まさかボクの事じゃないよね?」
ケルディはここぞと許りに円らな眸をもっと真ん丸にして上目遣いにサリアを見た。
グハッ、其の視線は自分には毒だ。ダイレクトに大ダメージを負ってしまう。
本気を出せばケルディはもっとモフモフとして昇華出来ると言う事か・・・何と計り知れないモフモフなんだ。
セレ一柱が悶え苦しんでいる中、サリアは其こそ胡散臭い物を見る目で見詰める丈だ。
・・・彼奴には人の心が無いのかも知れない。此のケルディの姿に心打たれないなんて。
「喋る影呼だなんて、ロウロじゃあるまいし。」
「ロウロ?ロウロって可愛いの?」
「滅茶苦茶グロいっすよ。」
「じゃあ違うね、うん。」
「・・・此奴しれっと可愛さを自分のステータスって言い切ったぞ。」
まぁ其は事実だからなっ!
「ふーん、珍しく術も使うし、そんなん連れてるし、此処の事も良く知らない。ま、遠くから来たからってならもう少しは信じられるっすけど。」
「所でサリアちゃんは如何して此処に居るの?今も村へ行く途中?」
「へ?まぁ然うっすけど。其より私は先輩探しを優先してるんすよ。折角見付けたと思ったら旅人とは思わなかったっすけど。」
「先輩?逸れたのか?じゃあ迷子かよ。」
「いや、フツーに影呼に喰われて死んだっす。」
あっさりと言われ、皆ぎょっとして彼女の事を見遣った。
でも冗談にしても笑えない。其に別段彼女は笑っていなかった。只困ったなぁ、と息を付く。
「え、如何言う事・・・?死んじゃったのに探してるの・・・?」
思わず伺う様にドレミが聞いたが、サリアは軽く頷く丈だった。
「然うっす。結構今回は長かったっすけど、死んじゃったんで新しい先輩を探してる所っす。」
「其って如何言う意味なんだよ。ペアを組むって事か?」
「成程、同業者って然う言う事か。バディが必要って事なんだな。」
「然うっす。だから丁度見付けたと思ったんすけど、旅人だなんて激レアっすねぇ・・・。」
「でも・・・喰われちまったなんて大変だな。その・・・残念だったな。でも大変な時に助けてくれて有難な。」
「ありゃ、口悪そうに見えてちゃんと御礼が言えるんすね。」
「う、煩ぇ!」
ぱっと顔が赤くなり怒るが、直ぐ皐牙は口を塞いだ。
・・・まぁ突発的に声を上げるのは仕方ないか・・・凄い目でドレミが見てるけれども。
「一寸!隠れてるんすから大声出さないでくださいっす。何か来たら一人で相手してくださいっすよ。」
「うぐ・・・何か納得出来ねぇ・・・。」
「ま、何か気にしてるっぽいっすけど、別に喰われるのなんて良くある事っすよ。」
「そ、然うなの・・・?灯導も大変なんだね。」
ギルドに居たからだろうか、ドレミの言い方は少し重みがある気がした。
魔物退治もあったし、斯う言った類の危険な仕事を幾らか熟して来たんだろう。
「でも先あんなに戦えたよ?後輩を探すんじゃ駄目なの?勁いなら自信を持って良いのに。」
「噫然うだな。随分慣れていたじゃないか。」
途中からとは言え、ダガー一本で彼の影呼を一撃で仕留められたのは大きい。少なくとも素人の腕ではない筈だ。
・・・其にしても、案外彼女の傍に居ても穢れは溜まらないな。此は感情が流れて来ないからなのか。
此位なら自分も話し易いんだがな。
「私が先輩になっちゃ駄目っすよ。だって先輩って先に死ぬ物じゃないっすか。」
「え?え、然う言う物なの?」
「私としては新人の方が死ぬイメージがあるが。」
まさか全て其の先輩とやらに任せて何もしない訳じゃないだろうし、其か護って貰いたいつもりなのか。
前衛を嫌うってのは分かるが、其なら先輩と言うよりは盾役を求めた方が良い。
連携は大変だろうし、然う言う意図ではないのか・・・?
「別にそんな深い意図は無いっすけど、昔、私の一番最初の先輩が教えてくれたんすよ。尊敬出来る仲間を作る様にって。尊敬ってつまりは先輩でしょ?」
尊敬か・・・自分は必ずしも先輩が其に当たる物ではないと思っているが。
年月は経験を作るが、其を考え戒められるのか如何かは個々の問題だ。
「成程な。因みに最初の先輩って言ったか、何人前の先輩なんだ?」
「んーと、十九人前っすね。もう懐かしいっす。」
「じ、十九人⁉・・・っわ、わりぃ、でも多過ぎるだろ・・・。」
「う、うん吃驚したね・・・。其って相場とか分からないけど、結構な人数じゃない?」
皆驚くのも無理もない。自分も一寸耳を疑った。
十九は・・・多いな。自分が居た彼のギルド、梟ノ睛でもそんな目まぐるしくは無かった。
まぁ無い事は無いが、でもさらりと言えるレベルではないな。
斯う言っては悪いが、彼女が先輩を消したんじゃあ、と思われなくもない数だ。
「然うなんすかね・・・?まぁでも良く先輩が変わる所為で最近他の灯導から避けられちゃって中々先輩が見付からないんすよね。」
「んん・・・其は無理もない気がするが、理由とかは無いのか?戦い方に癖があるとか。」
他の仲間に避けられているなら多いって事じゃないか。下手したら死神と避けられているレベルだ。
“彼奴と組んだ奴は死ぬ”なんて、自分もギルドでは良く言われていたが。
成程・・・彼の時の自分と近しいなら、中々仲間なんて見付けられないな。
「難しい所っすねぇ。大体何時も気付いたらやられてるんっすよ。私も自分の事で必死なんで、何とか影呼を倒したと思ったら先輩丈居ないみたいな。」
「然うして生き残って来たのか。まぁ勁い奴丈生き残るのは道理だな。」
「何だか弱肉強食みたいな事言うね、セレ。」
事実然うだろう、先輩の方が基本的には勁いだろうが、時の運と言うのもあるし、状況を見ない事には何とも言えない。
でも自分だって何度か然う言う場面はあったしな。仕事に長いからと言って、其奴が必ずしも今回も生き残れるとは限らない。
「・・・一応聞くけど、別に御前が足を引っ張ったとか、何かやらかしたとかじゃねぇよな?」
「一寸カー君、其は失礼過ぎるよ。」
ドレミが窘めるが、サリアは何処か重い溜息を付いた。
「其、良く言われるんすよ。そんなつもりはないすけど。だって別々に戦ってた丈っすよ。自分の相手に精一杯で、先輩迄気を回す余裕はないっすから。」
「私としては其の中を何度も生き残れたのは十分御前の実力だと思うがな。若しくは幸運の女神でも付いているのか。」
然うと言ったが、生き残るのも延いては自分の力の結果だろう。
だからこんな言い方は嬉しくないだろうかな。悪運が強いと言うのも同じ意味だろう。
「出来れば成る可く協力して動きたいけどね。ドレミ、一柱ってのは一寸抵抗があるよ。二柱の方が戦いに幅が出来るし・・・。」
「まぁ仲間の大きなメリットは其処だよな。役割分担は実際勁い。」
「・・・店主は割と一柱で戦うスタイルだけどな。」
「残念乍ら協調性を学ぶ機会を得られない生き方だったんでな。」
仲間の代わりに使う様になったのが零星や魔力達だからな。
「でも協力って簡単じゃないよね。一緒に戦って来て、其の人の癖とか分かって来て初めて連携って出来る物だし。だから先輩なら誰でも良い訳じゃないし、相性も勿論あるよね。」
「おぉ・・・一番其っぽいアドバイスっす。」
「うん、だから其の先輩とか限らず探したら良いんじゃないかなって思うよ。ドレミ達もね、ヘヘ、一寸変わった縁と言うか。」
「・・・まぁ然うだな。」
若干強引と言うか、まぁでも数奇な縁である事は間違いないからな。
色んな出会い方をしたが、今は斯うしてパーティを共にしている。
「ふーん・・・確かにあんた達は仲良さそうっすもんね。一寸羨ましいっす。」
「エヘヘ、ボク達とっても仲良しだもんね。」
可愛い事を言ってくれるので存分に彼をモフる事にする・・・噫、とっても仲良しだ。
「其じゃあまぁ話す事も話したっすし、如何するっす?私は次の先輩探して村目指す丈っすけど。」
「結局先輩探すのかよ・・・。」
「手っ取り早いのは先輩なんで。まぁでも此の際パーティ組めるなら誰でも良いっす。」
「其なら村迄丈でもドレミ達と行こうよ。折角だし。」
「此のゴーグルも便利だしな。」
然う言ってちらと皐牙はゴーグルを擦らした。
明かりは危ないと言われた手前、斯う言うアイテムは手放せなくなったしな。
「其なら良いっすよ。あんた達其処其処戦えるみたいっすし、少しの間私の先輩って事で。」
「其、御前にとって死ぬ奴だろうが!」
「先輩を勝手に殺すな。其とも後輩の方が良いのか皐牙。」
一々声が大きい。そろそろ一度叱った方が良いだろうか。
「何だよ其の二択・・・うぐ。」
「じゃあ死にたくないカーディ丈後輩ね。」
「戻っちゃったんで又振り出しっすけど、次の村迄まぁまぁあるんで、一先ず其処迄は宜しくっす。」
「うん、宜しくねサリアちゃん。」
ドレミが手を出そうとした所ですっと彼女は頭を下げた。
口の割には律儀なんだな、と思ったが、其の儘彼女は頭を上げない。
「え、えっとサリアちゃん・・・?顔、上げて良いよ?」
「え、何でっすか。ほら頭出してくださいっすよ。」
「こ、斯う・・・?」
言われるが儘ドレミは頭を出した。すると狙い澄ませた様にサリアは彼女に頭突きを御見舞いする。
「いっ・・・っ⁉何、何で、」
頭を押さえてドレミが仰け反った所でケルディが跳び出し、彼女の口を塞ぐ様に腹這いになった。
御蔭で苦悶の悲鳴は呑み込めたが、目頭を押さえてドレミは目に涙を溜めていた。
何が起きたのか、現状迄は呑み込めない。
不意打ちの一撃は効くだろう。自分も敵意は一切感じ取れなかったので、只瞠目して見てしまう。
一同が混乱する中、何事もなくサリアは顔を上げた。
「・・・?何燥いでるっす?」
「いや先に仕掛けたのは御前だろ?」
「仕掛けたって・・・あ、まさか挨拶も全然別物っすか?あんた達良く見たら頭に何か生えてるっすもんね。」
「あ・・・挨拶・・・?」
ケルディを掴んで持ち上げ、ドレミはそっと頭を押さえた。
少し額が赤くなってしまっているが、心配そうにケルディも彼女の額を舐めた。
「然う言う事か。其の石頭は本物なのかよ。オレ達そんな頭勁くねぇから勘弁な。」
「ありゃ、そりゃ悪い事したっす。・・・大丈夫っすか?」
「う、うん、急だから吃驚した丈だよ・・・。ドレミは握手しようとした丈だから。」
「握手っすか?」
不思議そうに首を傾げるサリアに、もう一度ドレミは手を差し出した。
「うん、ほらサリアちゃんも手を出して?」
躊躇いつつもサリアが手を出すと、其の手をぎゅっとドレミは握った。
「此が握手、ドレミ達の所は斯うするんだけど。優しくだったらドレミも頭ごっちゃんこ出来るから。次はその、御手柔らかにね。」
「ふーん、何かあっさりしてるっすねぇ。ま、此なら簡単っすけど。私等の挨拶は勁ければ勁い程良いんで、優しくってのは珍しい注文っすね。」
「・・・結構戦闘民族なんだな。」
「ボク、あんなのされたら吹っ飛んじゃうよ。」
「本当、変わった旅人さんっすねぇ。じゃ、休憩もそろそろにして行くっすか。」
離した手に残る温度を確かめる様に今一度握ると、サリアは立ち上がるのだった。
・・・・・
彼から暫くして一同はサリアを先頭に闇の中を進んでいた。
先輩、と呼ばれはしたが、此処では間違いなく彼女こそが先輩である。
今もしっかりと辺りを探りつつ、慎重に進んでいた。
慎重ではあっても無駄なく周りを見つつ足を進めている。其の様子からも、彼女は此の闇の進み方を熟知しているのは容易に分かる。
此の中では波紋に頼りっ切りの自分が一番視界が悪いので、取り敢えずは邪魔にならない様成る可く息を殺して動く様にした。
・・・波紋が使えないとなるとこんなに不便になるんだな。何かと不安になって来る。
頼り切ってはいけないと分かっているつもりでも、如何しても力は使ってしまっているんだな。
自分が見えていないって事、しっかり自覚しないと。足を掬われて、其こそサリアの言う先輩と同じ道を辿ってしまう。
「・・・あーソロが居るっすねぇ。皆此方に隠れるっす。」
基本的にサリアは戦わず、影呼を避ける動きをしていた。
狩人と言えども全て狩っていたら限が無いのだろう。
そして斯うして幾度か影呼を見掛けると隠れてやり過ごし、軽く其の影呼について教えてくれた。
言われる通りに近くにあった岩場に隠れて覗いたが、うっすらと大きな影が見て取れた。
ずんぐりとした全長10m程の熊の様な姿だ。
其奴は頭に大きな角を生やし、頭を地面に押し付ける様にして緩り歩いている。
「又大きい奴が来たな・・・。然も勁そうな角付けてるゼ。」
「彼がソロっす。大きいっすけど、ちゃんと知っていれば大した事ないっすよ。彼奴の辺りの地面、良く見たら痕があると思うっすよ。」
「うん、大きな爪痕みたいなのがあるね。」
セレは殆ど見えなかったが、ドレミ達のゴーグルにははっきりと写ったらしい。
其の跡はぐるりと、ソロと呼ばれた影呼の辺りを抉る様に所々削られてあった。
「彼が奴の縄張りっす。彼に入らなかったら先ず襲わない奴なんで、遠回りすれば良いっすよ。」
「凄い、サリアちゃん本当に物識りだね。助かるよ。」
「まぁもう灯導としては其処其処やってるっすからね。自然と覚えるっすよ。」
「其の知識の御蔭で生き残れているんだろうな。」
「知識も大事っすけど、一番は対応力っすよ。一応彼奴を如何斃すかは考えつつ、避けようと思うっす。」
「戦わねぇのにか?」
「念の為っすよ。奴等は機械じゃないんで。気紛れ起こされても困るっすよ。」
「・・・其の心構えは大事だな。プランは複数あった方が良い。」
そして、何となく分かって来た。彼女の動きは昔の、自分が梟ノ睛に居た時を彷彿させるのだ。
どんな相手でもしっかりと対象とし、其の辺りの情報も集める。
利用出来る物は無いか、自分と相手、本当に一対一なのか。他の不確定要素は無いか。
其等を考慮した上で、最も被害の少ない手段を探る。
堅実で徹底したやり方だ。自分も久しく忘れ掛けた感覚でもある。改めて学びたいと思う。
此を頭に叩き込んで行動出来る様になる迄何度自分は死に掛けたか、此の考え方を学んでやっと安定して仕事を熟せる様になったのだ。
今はすっかり波紋や術に頼っていたが、斯う言う癖も忘れない様にしないとな、うん。
「・・・何かセレちゃん凄く頷いてるけど、勉強になるの?」
「噫、昔を懐い出してな。私ももっと注意深く動ける様にならないとな。」
「げぇ、此以上店主が徹底したらオレ達の付け入る隙が無くなるだろ・・・。」
「ん・・・お、近くに随分小っちゃいのが居るが、彼奴は大丈夫なのか?」
そっとサリアの肩を叩いて後方を指差す。
波紋の利点は全方向もカバー出来る事だ。ゴーグル迄遠くは見えないが、後ろだろうと察知は出来る。
「何っすか?・・・あ、良いの見付けたっすね。」
サリアも目当ての影呼を見付けて口端を上げた。
其は本当に小さな、鼠程のサイズの影呼だった。
まるで犰狳の様な甲に覆われているが、少し離れた所で六匹程が歩き回っている。
一見害はなさそうだが、彼も立派な影呼であり、殺気を放っていた。咬まれて毒でもあったらいけないし、注意しようと思ったんだが。
「其奴は狩るっすよ。直ぐ終わらせるんで待ってて欲しいっす。」
言うや否やサリアは腰から長めの針を取り出した。
そして小さな影呼に近付くと、躊躇いなく内一匹を其の針で突き刺した。
正確に頭を狙った様で、其の一刺しで其奴は動かなくなる。途端周りに居た他の影呼が慌てたかの様に動き出した。
「オ、オイ、容赦なくやるな・・・。」
僅かに皐牙が引いたらしく下がったが、構わず彼女は次々と針で影呼を刺して行く。
そしてあっと言う間に六匹全て一本の針で貫いて串の様にしてしまった。
「此奴等はササリっす。小型の内は無害っすけど、大きくなったら厄介なんで今の内に狩るっすよ。然も此奴等、結構旨いんすよ。」
「え、た・・・食べるの、其。」
「灯導でもないのに此奴が喰えるなんてラッキーっすよ?ほら、斯うして食べるっす。」
早速サリアは串から一匹取り外すと、背の甲に噛み付き、其の儘食い千切った。
甲の下は柔らかいらしく、其の儘サリアは貪る様に食べてしまう。
余りにも野性的ながっつきに呆然とドレミ達は彼女を見る事しか出来なかった。
「ふぅ、矢っ張りササリは旨いっすね。御八つには丁度良いっす。ほら、あんた達も食べてみるっす。」
「あ、噫、遠慮なく戴くとしようか。」
あんなワイルドな食べ方を見ていると昔食べた鼠を思い出した。
鼠は高級品だったからな。肉なんて滅多に口に出来なかったし。
彼の時の自分は喜んで跳び付いただろうに。然う思うと一瞬でも躊躇した自分は大分変わったなぁと思う。
・・・神肉料理喰ってる癖に、とは言わないで欲しい。
取り敢えず見様見真似で甲を剥いでみた。
案外するりと剥げる。そして顕にされた生肉に噛み付いた。
少し病原菌等が心配だが、まぁ其は異次元の物なら何でも其のリスクは伴う。
腐ってる訳じゃあないんだ。生食位別に・・・ん、案外行けるな、此。
「ん・・・此、美味いな。」
「でしょー。貴重なんっすよ。食える影呼って。」
「うへ・・・オレパス。」
「出されて其は失礼だよ。ドレミは・・・た、食べるよ。」
「うん、初めて食べたけど美味しいね。」
今のサイズのケルディからしたらまあまあなサイズの肉だ。好物でもあり、嬉しそうに齧っていた。
野生の肉にしては甘みがあって柔らかい。旅人と似た灯導に取って直ぐに調達出来る肉なんて可也貴重だろう。重宝されているのも頷ける。
ドレミも恐る恐る口にしたが、彼女にとっても味は良かったらしく、大きく頷いた。
「本当だ・・・結構臭みも無くて美味しいね。」
「良く皆喰えるな・・・。」
「要らない奴は貰うっすよ。私は幾らでも食えるんで。」
「御前結構逞しいな。」
「カーディが貧弱なんじゃなくて?」
「そりゃ狐よか文明的だから仕方ねぇだろ。」
・・・元は龍と神を混ぜた様な奴と聞いているんだが、其処は突っ込んで良いのだろうか。
然う思う間にあっさりとサリアはササリを平らげて満足そうだった。
「良しと、じゃあ此で・・・っ、」
だがちらと振り返ったサリアは目を見開き、背を屈めて駆け出した。
同時に強烈な殺気が自分に刺さる。此は辺りに散っていた様な物とは違う。明らかに狙い澄ませた・・・、
「っ皆散れ!」
其の正体を探るより先に本能的に口を突く。
皆即座に指示通りに散ってくれた。其の隙に自分は元凶を叩く。
振り向き様に零星を這わせ、両手に纏った其を前へと放る。
其の時に波紋を掠めた影、其は巨大な影呼が此方へ突進して来ていたのだ。
波紋外から一気に突っ込んで来たな・・・だから直前迄気付けなかったか。
此奴は先のソロ、だったか。まさか狙って来るなんて。
だが真直ぐ突っ込んで来る分には対処はし易い。放った零星は星座として繋がり、即席の網となった。
其処へソロの角が刺さる。ぱっと曦が散り、角を押し留めた。
・・・何とか間に合ったか。ソロの脚は止まり、其以上踏み込めずに足を踏み鳴らした。
此方を見詰める眸が鋭く尖り、はっきりとした殺意を滲ませる。
・・・其の殺意が、穢れに転じて行くのを感じ乍ら。
此丈殺意を向ける様な奴だ。引いてはくれないだろうな。
だったら終わらせる丈だ。此の零星に触れた時点で、勝負は決している。
網状になった零星はソロの躯を引き裂き、彼の中心の一点を目指す様に収縮した。
星座は見えざる刃だ。其に足を取られた段階で、刃に晒されている様な物。
甲も肉も全て無視して零星は集い、代わりにソロは細切れになって見る間に肉塊と化した。
本当に、あっさりと。零星を動かす丈で此の様か。
淡々と殺してしまって、何も動かない自分自身に少し呆れてしまう。
・・・っ、殺したら殺した丈で内側に穢れとして残るのは厄介なんだがな。一寸嫌な気持だ。
今迄は殺せば殺す程力になってくれたのに。少し面倒になったな。
まぁ、何れは此の穢れも力に変えよう。然うすれば何も気負う事も無い。其迄堪えれば良い丈だ。
一つになった零星は自分の手に戻り、そっと袖に忍ばせた。
残るは只の肉塊丈だ。流石に、死んでいるな。もう殺気は感じない。
「ひぇー・・・相変わらずだな店主。」
「其は如何も。別に此位の相手なら皐牙でも難なくやれるだろう。」
「其にしたって早過ぎるんだよ・・・。」
「いや、今のは御見事っす。魔術なんて滅多に見ないっすけど、此は中々強力っすねぇ。」
「うん、セレが味方で良かったなって思ったよ。」
「・・・まぁその、有難う。」
こんなに皆に褒められると如何しても一寸良い気になってしまう。
やった事はシンプルなんだがな。魔術と言っても刃の付いた網を投擲した様な物だし。
まぁ此の力で皆の手助けになれるなら嬉しいけれども。
「あぁー・・・只此だと甲も全部ぐちゃぐちゃになっちゃうっすね。此じゃあ素材は取れないっす。何か見た事の無い甲も付いてたんで気になってたんすけど。」
然う言って彼女は肉塊の中から皓っぽい甲の欠片を取り出した。
確かに黔一色の影呼にしては目立つ代物だが、もうバラバラで原型も定かではない。
「あ、然うだったか。済まない、勢いで殺してしまったが。」
「いえ、怪我が無いのが一番っすよ。」
「抑彼奴は襲って来ない奴だったんだろ?危うくやられる所だったゼ。」
「うん、明らかに彼の範囲から出てたよね。若しかして・・・此の子達の親だったのかな。」
ちらとドレミは食べてしまってもう残骸丈になってしまったっササリを見遣った。
何となく其を肉塊となってしまったソロの傍に置く。
「いや、其は無いっすよ。でも・・・何で襲われたかは分からないっすね。済みません、私の知識が邪魔しましたっす。」
「いの一番に御前逃げ出したしな。」
何処か恨めしそうに皐牙はサリアを見遣った。彼は先避ける際に躯を捻ったらしく、少し腰を痛めてしまったのだ。
後少し反応が遅れていたら此の限りじゃあ済まなかった。一歩間違えれば大惨事になっていたのだ。
「・・・まぁ自分優先で、あんた達こそ自分で自分の身は護るっすよ。」
「然うだけど、セレが居なきゃ皆今頃ドッカーンだったよ。」
「うん、流石に無事じゃあ済まなかったね。」
「先輩なら避けてくれるって信じてたんっすけど。」
「其でも気付いたら注意喚起は必要だな。不測の事態もあるし、可能であれば教えてくれ。此処では御前が一番頼りになるんだから。」
此の次元に生きている彼女に及ぶ所なんて自分達には無いのだ。
自分達は戦えはしても前提知識が無い。
「うーん、つまりは私が先輩っすか・・・。」
「先輩云々ってより、仲間なら助けてくれよ。勿論オレだって然うするからさ。」
責める訳ではないが、此処では屹度一瞬の気の緩みが命取りなのだろう。
視界すら狭まっている不利な状況だ。結束出来るに越した事はない。
「指示にはしっかり従うから、協力して行こうよ。皆、サリアちゃんを頼りにしているんだから。」
「・・・分かったっす。其じゃあ気を取り直して行くっすよ。今みたいに変な事する影呼もまぁ居るんで、気を付けるっす。」
サリアはそっとドレミに手を差し出した。
其に気付いてそっとドレミも其の手を握る。
「・・・其じゃあ出発っすよ。」
一つ伸びをするとサリアはぐるりと辺りを見渡して、変わらず広がる暗闇の中を歩き出すのだった。
・・・・・
彼から更に幾度か進み、サリアは何度か地図を広げ始めた。
何でも村は大分近付いて来たらしく、此の足なら今日中には着ける然うだ。
果たして此の次元に於ける今日とは何処迄を指すのか今一分からなかったが、取り敢えずの目標はある。
次元の主導者である彼女と、こんな闇の中で出会えたのは偶然とは思えない。屹度其の村迄無事辿り着けるかが鍵なのだろう。
磁石の様な物も取り出し、サリアは地図に印を付けて行っていた。今の所、進路に問題は無い様だ。
「・・・ずっと本当、闇ばっかりだな。」
「?闇じゃない所ってあるんすか?」
「えっと、もう一寸明るい感じの所とかあったから、ね?」
そっとドレミがフォローしつつも軽く彼を肘で突く。
ずっと闇の中、気を張っていなければいけないのは辛いが、然う気を抜いて良い物でもない。
ドレミに窘められて皐牙は明後日の方を向いていた。
「へぇ、ま、ゴーグルすらなかったっすもんね。でも明るいってのは想像出来ないっす。」
「ボク達、火とかなら出せるけれどね。」
「絶対面倒事に巻き込まれるんで止めてくださいっすよ。」
軽く話をしつつも一同は辺りへの警戒を捨てられない。
此迄も戦いは避けられたが、多くの影呼と出会している。
環境としては中々過酷だ。此の中で良く彼等の種は生き繋いでいるなと熟思う。
因みに此の影呼は別に黔日夢の次元の産物だとかではない。
確か何となく覚えている限りだと此の次元を覆う闇、其に質量なりを持たせたりはした覚えがあるが。
探し物が無かったからと直ぐ見切りを付けたんだろうな。だから、其の気になったら此の闇をある程度は散らせられるだろう。
でも其を実際にしたらサリアに其こそ怪しまれるだろうし、もう此の闇は自分から離れて久しい。
素直に操れるかは難しい所だ。
取り敢えずは悪条件だが此の儘進むしかないだろう。自分の齎した物だと思うと歯痒いが。
「・・・ねぇ、何か聞こえない?彼方の方。」
目を細めてドレミが指を指す。
波紋では見えないが、確かに濃い殺意が其処へ集中しているのが察知出来た。
「本当だ。縄張争いでもしてるのかな・・・?」
「戦ってるみてぇだけど・・・オイ彼、人じゃねぇか?」
先に近くの岩へ隠れようとした所で皐牙は目を凝らした。
僅かに金属音も響く。釣られて幾つもの影が蠢くのも見えた。
「っ彼は灯導っすね!やっと先輩発見っす。」
「良し、其なら加勢するか。」
合流出来るに越した事はない。我先にとサリアは駆け出した。
其に一同も続いて行く。其の内にやっと波紋も影呼の姿を捉えた。
数は・・・其処其処多い。一見二種の影呼と戦っている様だ。
一方は尾に銛が付いた様な鰐に似た影呼であり、後ろ足が異様に長いので尾を持ち上げ、常に上から狙う様に構えていた。
そしてもう一方は巨大な華とでも言うのか。菊等に似ている様に見えたが、根の様な何本もの足で動き回り、大きな葉を盾の様に構えて華から弾を乱射していた。
「サマルとトドッサっすね。何方も遠距離型っすから面倒っす。サマルは堅いっすから、口を開けさせて中を攻撃するのがベターっす。」
近付くに連れ、其等の影とは別の人影を認める。
如何やら二人居る様だが、此の影呼の群に囲まれてしまっている様だった。
状況は・・・余り宜しくないのだろう。向こうも自分達に気付いたらしく、目を向ける。
「助太刀来たっすよ!」
「っ噫助かる、突然此奴等が襲って来て、」
「御宅等は釼っすか。そりゃあ分が悪いっすね。でも此奴等が群れるなんて初めて見たっすよ。」
「片っ端から片付けりゃあ良いんだろ。」
「然うっす。トドッサは頸を斬ってしまえば直ぐ無力化出来るっす。彼奴等の方が数も多くて厄介なんで頼むっす。」
「うん任せて!セレちゃんも御願いね。」
「噫、大丈夫だ。もう術は張ってある。」
此処に来る迄にドレミ達と話したのだ。ドレミも皐牙もケルディも、灯や雷、扱うのは曦を伴う物だ。
だから本気で戦えなかったが、其なら曦を抑え込んでしまえば良い。
天冠は出せないが、其位なら術でカバー出来る。辺り一帯の曦を奪う術を撒いて置けば十分だ。
ゴーグルには干渉しない様だし、此の中なら存分に暴れても構わない。
「じゃあボクも行けるね。」
「余動いて間違って斬られない様注意してくれ。」
「うん、ボクセレの上に居るよ。」
「良し、其なら安心だ。」
ケルディが頭に攀じ登って来たので軽く一撫でする。
早速ケルディは蒼い火の玉を幾つか創り出し、トドッサの頭の華にぶつけて行った。
「其じゃあドレミも行くよ。閃いて、貫線雷!」
ドレミの掌が爆ぜたかと思えば其処から真直ぐトドッサの頸を狙って雷が駆けった。
正確な一撃だ。其丈で焼き斬れて華に似た砲台が落ちる。
「お、御前等早いだろ。オレだってやるぞ!」
腕を燃え上がらせて皐牙は目の前のトドッサを斬り付けた。
だが其処でトドッサは葉の様な盾を構えて其の一撃を防いだ。
「ちょっ、何でオレ丈防ぐんだよ!」
「成程、其が厄介なんだな。」
「ボクみたいに火吹けば良かったのに。」
「あーもう煩ぇ外野!」
「す、凄い、何此・・・魔術なの?」
二人の灯導は驚いてしまって暫しぼうっと瞬く焔や閃光を見詰めていた。
「一寸危ないっすよ!」
ダガーを抜いてサリアが駆け寄ると、繰り出されたサマルの尾を其で弾き返した。
「あ、有難う。熟練者に手助けして貰えて幸運だ・・・。」
「ありゃ、まさか又後輩っすか・・・。」
二人を見遣ってサリアは小さく息を付いた。
実際今見る限りでも二人は慣れているとは言えない。未だ若い様だし・・・。
「済みません、何分駆け出しなんで。」
「まぁこんな数のトドッサ、普通は呼ばないっすからね。一体何してたんすか。彼奴等、目も耳も悪いから余襲って来ないってのに。」
「其が・・・分からないんだ。村を出て直ぐに行き成り突っ込んで来たんだ。」
「そんな馬鹿な。サマルだって近付かなきゃ無害っすよ。こんな風に集うなんて。」
只じっくり話している暇は無い。サマルの尾が振られたので慌てて三人は更に下がった。
「っ大丈夫かよ御前等!」
「此方は大丈夫っす。兎に角あんた達はトドッサを減らして欲しいっす。」
取り敢えず囲まれている現状を如何にかしたい。
然うでなければ、此の二人の御護り丈で手一杯だ。
ほっときゃあ楽なのに・・・先あんな話をした手前、可能な限りは協力してみよう。
「二人は自分の身を護る事丈集中して欲しいっす。」
「わ、分かりました。宜しく御願いします。」
「はわー・・・そんな風に言われる事ないんですんごいぞわぞわするっす・・・。」
ダガーを構え直すと、眼前のサマルを見遣った。
先ず此奴を片付けないと。サマルは中級だが、対処法さえ知っていれば大した事は無い。
身を屈めたサリアに向け、サマルは尾を突き刺した。
其を既の所で躱し、地面へ突き刺さった尾をサリアは上から踏み付けた。
其に因って鋭利な尾は地中深くに刺さり、サマルは何とか引き抜こうと踠く。
其の隙にサリアは一気にサマルの元へと駆け寄った。そんな彼女に咬み付こうと思ってかサマルは口を開ける。
「待ってたっすよ、此の時を。」
ダガーを構え、サリアは自らサマルの口へと突っ込む。
そして瞬時に腕を入れ、脳天に向け思い切り突き刺した。
其限、サマルは口を閉じずに固まる。今の一撃で絶命した様だ。
「・・・ふぅ、此位なら余裕っすね。・・・ん、此奴も変な物生えてるっすね。」
動かなくなったサマルからダガーを引き抜いたサリアはそっとマズルに付いていた皓い甲に触れる。
掌サイズ程の木の葉型の甲だ。似た物を先も見たけれども。
其処でちらとサリアは辺りで戦っている影呼を見遣った。
軽く見た丈でも何匹かに似た様な甲が生えているのが見える。種は関係ないらしい。
「・・・?何すか此、若しかして此が何かの原因だったりするっす・・・?」
「お、御勁いんですね、助かります。」
「・・・まぁしっかり勉強するっすよ。じゃないと生き残れないっすから。」
サリアが次のサマルに狙いを付けていると、何処からか降って来た曦に貫かれ、あっさりと斃れてしまった。
「此は・・・ありゃ、もう結構向こうも終わったんっすね。」
「噫、其方は大丈夫そうだな。」
零星を纏わせてセレも合流した。
もうトドッサも粗全て殲滅した。残るはサマル丈だ。
零星であれば甲も貫けるらしい。然うなれば飛び道具のある此方の方が有利だ。
「良し、此の儘押し切って良さそうだな。」
「いやぁ助かるっす。便利な術っすねぇ。」
「助けて頂き、有難う御座います。」
灯導に頭を下げられるが、少しむず痒い。
一体何時になったら斯う言うのに慣れるんだろうな。言う程彼等は人間とは違うが、自分の中では同種と判断しているらしい。
「其にしても先一瞬聞こえたが、何か変な物でもあったのか?」
イレギュラーな影呼と許り戦っているし、サリアの情報が間違っているとは思えない。
其なら何か他に原因が屹度ある筈だ。例えば気付いていない丈で黔日夢の次元の影響が何処か出ているとか・・・。
「然うなんっすよ。見てくださいっす。こんなの、サマルには無い筈なんっす。」
然う言ってサリアは先仕留めたサマルのマズルに付いている甲を手に取った。
案外あっさり外れる。若しかして此は生えた物では無いのだろうか。
「ん・・・此は・・・?」
気になってセレも近くで見てみた。
甲・・・と言うより此の皓いのは何か別の物に見えなくもない。
「此、他の奴にも付いていたのか。」
「然うっす。前斃したソロにも似たのが付いてたっすよ。」
「此・・・仮面の様にも見えるな。」
二つの眼の覗き穴の様な物もあり、丁度自分達のサイズに合いそうだ。
でも勿論そんな物影呼には必要ないだろうが。
何か・・・引っ掛かる。妙な力の残骸の様な物も感じるし。
「仮面っすか?若しかして何か分かるっすか?」
「・・・取り敢えずは他の奴を片付けてからだな。其で・・・っ、皐牙!」
「え?何だよ店主。」
声にびくりと震えて皐牙が振り返った。
途端波紋に僅かに影が過る。此は・・・不味いっ、
零星を放てば皐牙にも当たってしまうだろう。だったら突き飛ばすしかないか。
皐牙の背後から触手が伸びる。闇の中から何本か伸ばされた其は気配を殺しているので未だ彼も気付かない。
途端脳裏に一つの答えが導き出された。彼の触手の正体、そして、
考えるより先に躯が動く。駆け寄ったセレは即座に皐牙の背を突き飛ばした。
そして自分の後方へ零星を流そうとした其の瞬間、
―此で、御前は私の物だ。―
テレパシーに刹那背が震え、まるで添えられる様に触手が背に触れた。
あ・・・此は、い、行けな、
視界が皓に覆われる。
其は・・・仮面、触手に晒を外されて、そして、
自分の顔に、張り付いた。
「っ何か居るよ!」
ケルディも背後の気配に気付き、蒼い焔を吐き出した。
其が僅かに影に触れるも一気に後退る。
「あ。あぶねぇ。何なんだ一体、助かったゼ店主。」
突き飛ばされたので倒れ込んでしまったが、急いで皐牙は起き上がった。
そんな皐牙の頭にケルディが跳び乗った。
「・・・カーディ、逃げて。」
「は?逃げるって何から、」
「ギャオォオォオオォオオッ‼」
途端耳を塞ぎたくなる程の劈く吼え声が響き渡った。
其は・・・目の前の、セレが発した物で。
思わず皐牙は頸を竦めてセレを見遣った。
セレの顔には、奇妙な仮面が付いていた。
真皓なシンプルな仮面だが、覗き穴のつもりか切り込みが目の位置から頬に掛けて六つ刻まれている。
然う、丁度彼女の目の位置と同じ様に。
そして無表情の筈の其の仮面が、ニィと嗤った気がした。
「っ此は、何か分からんねぇけどやべぇ!」
「だから逃げてって言ってるでしょ!」
皐牙は大きく下がってドレミ達と並んだ。
サリアや皆も先のセレの吼え声に驚いてじっと彼女を見詰めている。
「何っすか一体・・・あれ、彼って・・・、」
そっとサリアは手元にある皓い甲を見遣った。其と、今の彼女がしている物は良く似ていて。
「う・・・何か凄い嫌な予感がするよ。ねぇセレちゃん。」
「ガ・・・ヴゥ゛アァグ、ガァア!」
もう神の声も忘れてセレは獣の様な唸り声を発する丈だ。
そして悶えるに頭を抱える。まるで仮面を剥そうと奮闘している様だった。
「若しかして彼、痛いのかな。セレちゃん待ってて、ドレミ直ぐ取ってあげるから!」
「いや、彼あんま近付かない方が良いんじゃないか?」
「でもセレちゃん苦しそうだよ・・・。」
「余騒がれたら不味いんすけど此、其所じゃなさそうっすね。」
近付く事も出来ず一同が身構えて様子を見ていると、不意にセレの背後から彼の触手が伸びて来た。
そしてぬっと闇の中から姿を現したのは大きな影だった。
其は全長3m程、中旻を滑る様に浮かんでいるが、翼を下ろした頸長の鵜に似ていた。
全体的に此の闇に溶ける様な鴉の濡れ羽色をし、伸ばされた首には大きな甲・・・仮面をしていた。
そして良く見ると其の胴は同じ様な皓い甲に覆われていた。其の何もに覗き穴の様なのが穿たれ、全て仮面の様である。
其の甲が騒めいたかと思えば、下から伸びた触手の先に付いて剥れる。彼の甲は如何やら自由に取り外し出来るらしい。
然うして何本かの触手を揺らし、仮面から覗く五つの黄の瞳でセレを見下ろしていた。
「な、何すか彼・・・あんな影呼、見た事無いっすよ!」
「違うよ、此の匂、此奴龍だよ!」
「龍さんでも嫌な感じがするよ・・・セレちゃんに変な事したの君なの⁉」
ドレミの声にちらと其の龍は彼女を見遣った。
だが其の視線は再びセレに注がれる。未だ、背を丸めて低い唸り声を上げる彼女に。
「何か分かんねぇけど先に襲って来たのは此奴だろ?じゃあやってやるゼ!」
両腕を燃え上がらせて皐牙が跳び掛かった所で龍の姿は霞み始める。
そして完全に消え去ったと思えば、次はセレの中から弾き出される様に別の影が飛び出した。
其の影は思い切り皐牙にぶつかって倒れてしまう。そんな彼の上に乗った影はむくりと起き上がった。
「って、何しやがる⁉・・・へ?」
文句の一つでもと咬み付こうとした所で皐牙の眼前を絳い髪が振られた。
闇の中でも映える絳、目の醒める様な色につい目を奪われる。
「あら御免なさい、直ぐ退くわ。」
影は然う言って直ぐ皐牙の上から降り、彼に手を差し伸べた。
其の手を掴んで起きた皐牙は、状況が読めずに目をぱちくりさせる丈だ。
然う、セレから飛び出した影は一人の正女だった。
絳い腰程の長い髪をツインテールにして伸ばし、動き易そうな軽装に身を包んでいる。
胸元には一際目を惹くまるで輝石で出来た様な華のブローチがされ、彼女の眼も又同じ絳に彩られている。
見慣れない正女だ。だが其の顔には見覚えがあった。
其は・・・然う、セレと瓜二つの顔だったのだ。
「え・・・あ、えっとも、若しかしてその・・・ス、スレイ・・・ちゃん?」
遠慮勝ちにドレミが声を掛けるとパッと正女は表情を輝かせてドレミを見た。
「えぇ然うよ!嬉しいわ私の名を呼んでくれて。」
「え?何だよ此奴、何が起きてんだ?」
「うあ・・・何か人が出て来たっすよ⁉」
混乱する一同をちらとスレイは見遣り、顎に手を置いて暫し考える仕草をした。
「・・・然うね、私はセレ姉の妹、スレイよ。今彼女が御困りの様だから召還されて来たの。」
「は、はぁ・・・魔術って何でも出来るんっすね。」
「い、妹ぉ?何だよ急に出て来て。」
「・・・今の彼女は危険よ。其処、怪我したくなかったらあんた達は去って頂戴。」
今一度セレを見遣って息を付くと、スレイはサリア達を指差した。
「あ、そ、然うだね。サリアちゃん、二人を連れて一寸離れて。此処はドレミ達が如何にかするから。」
「だ、大丈夫っすか?何か私に出来る事があれば手を貸すっすけど。」
「いや、危ないだろうから離れた方が良いよ。君なら二人位護れるでしょ?」
「・・・分かったっす。皆気を付けるっすよ。」
小さく頷くとサリアは二人の灯導を連れて其の場を後にした。
次元の主導者である彼女には成る可く危険から遠ざかって欲しい。此処に残った一同も感じているのだ。今此の場が一番危険で不味いと。
「ほ、本当にスレイちゃんだよね・・・?で、でも如何して?」
「抑御前何だよ・・・此方の味方なのか?」
一応スレイって言う名をセレに与えられて大人しくなったとは聞いていたが、斯うして相対するのは初めてだったので警戒が解けない。
こんな何の前触れもなく出て来るとは思わなかったし、何よりドレミは未だ昔やられた事がトラウマの様に残っていた。
其を理解してかスレイは目を伏せ、小さく頷いた。
「えぇ、今迄の私が迷惑を掛けた分、私頑張るわ。其に今回私が出て来たのは彼奴に追い出されたからよ。」
「彼奴って先の龍?彼、何なの?」
もう姿は無いが、奴と同じ仮面をセレがされている以上、無関係では無いだろう。
スレイは少し思い出す様に目を閉じた。
「彼奴は前セレ姉が龍古来見聞録で見ていたから知ってるわ。確か・・・名はペンド・ラ・ルージュ、闇属性の龍で、鱗みたいに生える仮面に魂を宿らせる事が出来る龍よ。」
「仮面に魂?もう一寸分かり易く教えてくれよ。」
「要は仮面を媒体にして操れるとでも思ってくれたら良いわ。セレ姉は刺激に対する順応性が高過ぎる所為で操られ易いのよね・・・。」
「其って最悪だよ⁉セレちゃん又操られてるって事?」
「えぇ、彼奴が何をするつもりか知らないけれど、セレ姉の躯を好き勝手使うなんて赦せないわ。」
途端彼女の目が坐ってじっとセレを見遣る。其の眸の奥はゆらゆらと冥い焔が燃え上がっている気がした。
そして彼女は腰に差していた鞭を手に取った。今回の彼女の得物は其らしい。
「獣には此で調教してやるわ。・・・覚悟なさい。」
「手助けしてくれるのは嬉しいけど、何か弱点とかって無いの?ドレミ、セレちゃんと戦いたくないよ。」
「彼の仮面の中に奴も入ってしまったわ。だから彼を破壊すれば解放出来る筈。私だって彼女を傷付けたくないわ。だから此で足止め出来れば。」
「其ってつまりオレ達にやれって言ってねぇか?」
「・・・何か一寸卑怯な気がするけど、分かったよ。ボクも頑張る!」
皐牙の頭から飛び降りたケルディの全身を蒼い焔が包み、大きく彼の躯が成長する。
そして六本の立派な尾の先に焔を灯し、ケルディは一度身震いした。
「選りに選って一番厄介な奴に憑り付くとは。正直カーディが彼の儘操られた方が話は早かったのにな。」
「う・・・確かにって思っちまうオレが居るんだが・・・。」
「誰が操られたって駄目だよ。ねぇセレちゃんを返してよ!」
ドレミが言い募るが、セレは聞こえていないのか沈黙を貫いている。
只ちらと仮面から覗く目は黄に輝いており、鋭く睨め付ける様だった。
あんな目で見られると・・・少し、臆してしまいそうになる。
セレが相手になるなんて、ドレミ達は又戦わないといけないのか。
「目的は分からないけれども、碌な事は考えてなさそうね。先の声からして本当に獣に変えられたかも・・・。」
「ゲ、影呼より余っ程厄介じゃねぇか。」
「やるのは仮面だろ。最悪怪我させるつもりじゃないと彼奴、止められないぞ。」
「ガゥウゥウゥッ!」
突如、吼え声を上げてセレが一同に跳び掛かって来た。
其を皆散る事で回避は出来る。下がり際にスレイは鞭を振るい、セレの片足を絡め取った。
鞭の先はまるで薔薇の様に幾つもの棘が生えている。此なら直ぐ外れないだろうし、彼女の甲であれば怪我はしないだろう。
再び跳ぼうとした彼女を鞭を引っ張って転ばせる。単純に突っ込んで来る程度なら此で対処出来るが。
「もう、此処に闇姉も居たら抑乗っ取られる前に追い出せたのに。」
「ヤ、闇姉って・・・あ、セオちゃんの事か。」
何か個性的なニックネームを付けている、スレイは小さく息を付いた。
「私はセレ姉を傷付けたくない。同時に、貴方達にも危険は加えさせないわ。特に貴方には恐い思いをさせてしまったから。」
思わずドレミがスレイを見遣ると、彼女の瞳と搗ち合った。
彼女は本当に、変わったらしい。
皆を本気で助けようとしてくれている。其なのに怯えちゃっていたら失礼だよね。
「スレイちゃん、うん大丈夫だよ。皆で頑張るから無理しないでね。」
「・・・貴方って本当凄いのね。えぇ、期待は裏切らないわ。」
脚に絡まった鞭に気付き、セレがスレイへ跳び掛かって来た。
そして大きく手を振るった拍子に晒が外れて行く。
其の下に覗く黔い爪が引き裂こうと迫って来た。
「私は貴方を傷付けない。代わりに足枷には成るわよ。」
「え、スレイちゃん⁉」
彼女に動く気配が無いのを察してドレミは声を掛けるも、セレの爪はあっさりと彼女を引き裂いた。
鋭利な爪は易々と彼女を捉え、大きく抉ってしまう。
だが同時に其の躯は溶けて真絳な液体へと転じた。
其の液体は散らしたセレに纏わり付き、何本もの薔薇の蔓へと変貌した。
蔓に絡まれてしまっては動けない。セレは大きく地面に倒れ込み、四肢を振るって蔓を斬り裂こうと暴れ始めた。
次第に彼女の背から翼や尾が生え、其も振り回すが中々解けない。
―・・・此の程度の罠に掛かるなんて、低俗な獣ね。彼女に相応しくないわ。早く狩られなさい。―
「だ、大丈夫なの・・・?其の技、ドレミも吃驚しちゃったけど。」
「オイ今の内に早く彼剥すぞ!」
急いで皐牙がセレの元へと駆け寄り、爪に焔を纏わせた。
普通に引っ張ったって取れなさそうだし、多少火傷するだろうけれど、此の爪で思いっ切りやった方が良い。
「先に謝るぞ店主!」
皐牙を見て低い唸り声を上げるセレの顔に爪を振り下ろす。
そして爪の先が掛かり、僅かに仮面に罅が入った瞬間だった。
「ギャオォオーン‼」
「あ、暴れんなって・・・っ、うげっ、」
途端、皐牙は顔色を悪くして一歩下がった。
其以上踏み込めなかった。所かどんどん苦しくなる。
何だ・・・此、息が、其に力が抜ける様な、
―此は・・・不味いわ。早く離れて!―
セレを縛っていた蔓も一気に枯れ、スレイは察した様だった。
蔓の一部を集めて束にすると、其で蹲っていた皐牙を突き飛ばす。
其の拍子に蔓もぼろぼろに崩れ落ちてしまう。一気に朽ちてしまったらしい。
「う、うわっと、何だよ此。」
転がる様にして皐牙は離れたが、少し息が楽になっている事に気付いた。
今のは・・・一体、店主に近付いた丈で凄く気分が悪くなったけど。
蔓はすっかり枯れ果てて自由になったセレは翼を広げて飛び立った。
でも逃げる気はないらしく、少し離れた所から一同を睨め付ける。
其の間に枯れた蔓の先が伸びて再びスレイは人型に戻った。
「・・・御前も顔色悪いぞ。大丈夫なのか?」
「一寸彼女の力を失念していたわ。零星を使わないから、術が無いならもっと楽に対処出来ると思ったのに。如何も躯の使い方は心得ている様ね。」
「其って何だよ。店主ってあんな変な力使えたか?」
「此はセレ姉が使わない様にしていた力よ。反動が大きいから控えていたのに、あんな風に使って・・・。」
何処か憎々し気にスレイはセレを見詰めた。そんな彼女の背には奇妙な物が生えていたのだ。
其は翼に沿って生えた硬質な筒状の物で、何本か連なって生えている。そして其処から濃い黔い霧の様な物が吐き出されていた。
何処か粘着く様な、見ている丈で胸がむかむかする様な、妙な霧だ。
其を散らそうとかケルディは焔を吐いたが、霧に触れるや焔は凱風も無いのに消え去り、焼き尽くせずになくなってしまう。
「・・・おい、妙だぞ。狐火でも燃やせないなんて、彼は何だ?」
「彼は瘴気よ。セレ姉の持つ穢れを出しているの。彼は魔力を弱らせる力があるわ。毒の様な物だから近付く丈で危険よ。」
「えぇ・・・セレちゃん何時の間にそんなの使える様になったの。」
「最近ではあるけれど、彼を使うと彼女自身に反動、ダメージが凄いのよ。だから早く止めないと。」
「グルルル・・・ガァア!」
吼え声を上げ、セレは次にドレミへと飛び掛かった。
今は只獣として力を奮っているに過ぎない。
其でも十分厄介だ。彼の滅茶苦茶に成長した姿は十分凶器になる。
「御免ねセレちゃん、轟いて裂斬雷!」
唱えるとドレミの前に雷の束が降り注ぎ、壁の様に立ち塞がる。
其処へ迷いなく彼女の爪が刺さったが、一瞬彼女の躯が硬直し、何処か焼けた様な臭が漂う。
でもこんなのでは仮面は焼き切れない。僅かに欠けてはいるが、覗く眸の殺意は減っていなかった。
「っ手出しはさせないわよ!」
雷を裂こうと振るわれたセレの腕に何処からか伸びた蔓が絡まった。
スレイが放った鞭だ。其に思い切り引っ張られて彼女は転がってしまう。
体重が異様に軽い分、案外彼女は斯う言う攻撃に弱い。何より操っている丈の奴には上手に対処も思い付かないのだろう。
短時間であれば瘴気のダメージも大した事は無い。何とか斯うして隙を作って仮面を取りたいが。
早くしないと、セレには未だ手がある。奴が其に気付く前に倒さなければ。
他に厄介な物で言えば毒と天冠だ。
毒を使われたら自分以外皆倒れてしまうだろう。身動き出来なくなれば何の道終わりだ。
そして天冠を出されては其の時点で終わりだ。此の辺り一帯彼奴の領域となり、零星や魔力、あらゆる物が敵となってしまう。
奴が其処迄扱えるとは思えないけれども、断言は出来ない。
・・・噫、矢っ張り考えるのは苦手だわ。彼女を傷付けずに如何すれば止められる?
「ガァアァア‼」
迷う暇は無く、即座にセレは跳び掛かって来た。取り敢えず手当たり次第に襲うつもりなのだろう。
此の辺りに居た影呼、だったか。彼等もペンド・ラ・ルージュに操られていた。
でも只襲って来た丈に見えたし、大した考えはなさそうだけれども・・・。
スレイの両足が溶け、地中に沁み込む。
そして少し離れた地点から一気にセレに向け何本もの蔓が伸び始めた。
其に絡み付かれて直ぐに失速する。
直ぐに枯らされてしまうが、だったら数で攻めれば良い。
次々と蔓は地面から生えてセレに絡まり付く。
四肢、翼、尾、頸、掴めそうな所に絡まり、地に縫い付けた。
「ヴゥ゛・・・ガァアァア‼」
地を掻いて吼えるセレは鬱陶しそうに蔓を引っ張る。
本来の彼女であれば零星なりであっさり脱出出来ただろうに。獣なら所詮此の程度なのだろうか。
「何とか此処で食い止めるわ。さ、早く仮面を!」
「ギャオォオォーン!」
長く咆哮したかと思えば彼女の口内が光る。
此は・・・ブレスを放つ気か。
身構えるスレイの前にケルディが降り立ち、思い切りセレに向けて焔を吐き出した。
其と放たれたブレスが激しくぶつかり合い、曦を散らす。
「此位なら俺の焔でも相殺出来るな。」
「オレも此方の焔使うぞ!」
皐牙の全身を皓い焔が包み込み、一度彼は身震いした。
此の焔は神の焔だ。命を燃やす焔なら彼の妙な霧も晴らせるかも知れねぇ。
胸を膨らませ、皐牙は思い切り焔を吐き出した。そして両足の下からも焔を吐き出し、火焔の中へと自ら突っ込む。
皓い焔は瘴気と搗ち合い、激しく燃え盛った。
燃やし尽くしは出来ない様だが、多少は遠ざけられる様だ。
そして焔を掻き分け、皐牙はセレへと跳び掛かった。
今彼女は蔓に完全に絡まれ、動けずにいる。
流石に此の焔をぶつけたらやばいよな・・・仮面壊す位なら爪丈でも良いだろ。
多少の怪我は・・・まぁ店主だし、問題ねぇだろ!
「此で・・・目醒ましやがれ!」
皐牙を睨め付ける仮面の獣に向け、彼は爪を振り下ろすのだった。
・・・・・
「・・・ぐ・・・ぅ、」
小さく呻き声を漏らしてセレは目を開けた。
此処は・・・何処だ。直前の記憶が思い出せない。
其でもじっとしている暇は無かった気がする。妙な焦燥感に駆られるが。
動こうとして違和感を覚えた。何かが全身に纏わり付いているのだ。
其は縷の様な、何十本もの触手だ。其に雁字搦めにされて仰向けに押さえ付けられていたのだ。
此・・・は、何だ、一体。
斯うして捕まっていると嫌でもEn078△▽大聖堂の事を懐い出して嫌になる。
もうあんな風に囚われるのは御免だ。何が何でも抜け出さないと。
波紋は・・・はっきりしない。と言うより正しく機能しない。
此の感じは覚えがある。形の無い空間等では起こる現象だが・・・。
自分で考えて少し苦笑する。普通斯う言うのは経験を然う何度もする物ではない筈だが。
躯の感覚も曖昧だ。形の無い、でもしっかりと実感出来る此の感覚は・・・例えば心の中とか。
フリューレンスやスレイ、丗闇に散々やられているからな・・・うん、然う思うと懐かしさすら覚える感覚だ。
でも心の中なんて自身で斯うして知覚出来はしない。つまり誰かに無理矢理形にされているのだろう。
思い当たるとしたら此の触手の主、だろうが。
・・・気をしっかり持て、自分。心に入られたからって何だ。邪魔者は排除しろ、追い出してしまえば良い。
「おい誰だ!私にこんな真似をしたのは。」
声を張り上げると僅かに反響した。思った以上に此処は広いのか。
だからと言って自分の心が広いなんてそんな事は無いだろうが。
・・・今は丗闇も居ないし、猶の事広く感じるのかもな。
中々返事も無いので何とか出られないか身を捩る。
術は・・・使えないな。心の中は中々思う様に動けないから不便だ。
斯うして形は与えられたが、実体がある訳ではないからなのだろうが、其でも妙な心地だ。
―やっと捕まえた。―
不意に声がしたかと思ったが、其は絡み付く触手からで。
引き千斬ってやろうかと今一度身を捩ると触手も蠢き始めた。
幾らか集まって束になり、先が膨らんで形を成して行く。
黔い触手の中からちらと皓い物を認め、現れたのは甲の様だった。
まるで仮面の様な、覗き穴のある其の甲を見て自分は全てを理解した。
此奴の正体、そして目的を。
「御前は・・・ペンド・ラ・ルージュか。」
―如何にも。稀有な魂を持つ者。―
仮面が自分を捉えたと思えば翼を広げてペンド・ラ・ルージュは姿を現した。
視界一面を其奴の翼の闇に覆われる。其の中で奴の仮面と目が合う。
無数に生える仮面、意思が無い筈の其の視線に嫌悪感を抱く。
此は又、面倒なのが出て来たな。
然うか、自分は影呼と戦って居て、急に現れた此奴が皐牙に近付いて行っていたから。
間に合うと思ったんだが、仮面をされてしまったか。
・・・噫、此後で怒られるんだろうな、気付きたくなかった。
恐らく今の自分は此奴に操られてしまっている。他の此奴の仮面を宿した影呼の様子からして暴れてしまっているだろうか。
最悪だ。そんな事の為に力を使わされるなんて。
怒られるのは未だ良い方だろうか、最悪自分が・・・誰かを手に掛けている可能性だって。
考えた丈で吐きそうになる。早く、脱出しないと。
一応慌てなくても屹度大丈夫だ。自分は少し丈自信がある。
恐らく此奴は、自分の全てを操れてないんじゃないか?此奴の性質からして其の可能性はある。
だったら付け入る隙だってある筈だ。
「御前の目的は最初から私か。」
何となく予感があったので尋ねてみる。
先ずは此奴が如何したのか聞き出そう。
―然う、其の為に此処迄力を使った。―
成程、操られていた影呼も全て襲わせる為か。
此奴が操っている割には動きが単調だと思ったんだ。龍古来見聞録を見る限りだと、知性のある龍だ。相手に成り切って行動も出来る筈なのに。
只の獣の様にする丈なんて、そんなちゃちな力じゃない。魂を、中身を入れ替える力なのだから。
・・・此の状態でも、精霊としてか奴の心はある程度流れて来る。
感じるのは好意と羨望・・・他の龍達が抱くのと良く似た。
だから、分かってしまったのだ。此奴は何時もの奴だ。
龍特有の、自分に向ける好意。其自体はまぁ良いのだが。
其の形が今回は暴走してしまったと・・・はぁ、結局騒動の原因が自分と言うのは詮無いが。
屹度奴自体は少し前から自分達を見付けていたのだろう。そして自分の魂を欲しがって代わりに影呼を操ったんだ。
自分の所為・・・噫、嫌になる。
そんな事で辺りを巻き込むのか。思い通りに成らない力に苛立ってしまう。
―欲しい、魂。御前の魂は見た事が無い。―
「然うか、でもくれてやる気はないぞ。」
フリューレンス達も似た事を言ってたからな。如何して皆自分なんかのを欲しがるのか。
珍しい、か。こんな醜い化物のも欲しがってくれるのは有り難いんだか何だか。
―御前の意思は関係ない。只奪う丈。―
然う言ってペンド・ラ・ルージュは一つの仮面を取り出した。
甲から抜き取られた其を触手の先に付け、近付ける。
其は六つ目の開いた仮面、正に自分用の。
成程、此の仮面に自分の魂を移す気か。然うして奴のコレクションの一つになると。
・・・そんな終わりは、絶対に嫌だな。
睨む自分を気にせずペンド・ラ・ルージュは仮面を近付ける。
一応身を捩るが、矢張り触手は解けない。
「・・・今引いてくれたら未だ御前と朋友になれる余地はあると思うが、駄目か。」
―朋友では駄目だ。私は御前が欲しい。―
「独り善がりも過ぎるな・・・。」
交渉はしてみたが、駄目か。聞き入れる気が無いらしい。
仕方が無い・・・仕方がないな。
触手に絡まれ、首を上げられる。
もう振り解く事も出来ず、自分はじっとペンド・ラ・ルージュを見た。
其の視界が仮面に覆われて行く。其の穴の隙間から只奴を見る。
ペンド・ラ・ルージュはにぃと、笑わない筈の仮面で嗤った気がして。
仮面が、自分の顔に填められた。
―・・・?―
だが暫くしてペンド・ラ・ルージュは其の仮面を外す。そして不思議そうに其の内側を覗き込んだ。
「・・・如何したペンド・ラ・ルージュ。」
閉じた目を薄く開けて再び奴を見遣る。
何処か其の仮面の下が焦っている風に見えた。
「私の魂が奪えないのか?」
―・・・如何して、何をした?―
「いや、私は何もしていないよ。」
只、確信があった丈、然う呟くとペンド・ラ・ルージュは自分を見詰めた。
空っぽの仮面、其処に宿らない魂。
・・・答えは簡単だ。
「矢張り私の魂に形は無いか?」
―形?・・・如何して、如何して私の仮面で奪えない。―
「言ったじゃあないか、形が無いなら捉える事も出来ないだろう?」
分かっていた筈なのに、口が歪む。
切ない様な心地になるのは何故だろう。もう分かり切っていたのに。
確かめる必要もなかったじゃないか。其とも未だ捨て切れない物があったからか。
自分の様な物でも屹度、なんて。希望に似た何かを、求めたとでも?
噫嗤える。我乍ら滑稽だ。
そんな筈ある訳ないじゃあないか!
「残念だったなペンド・ラ・ルージュ・・・うん、屹度私も残念に思っているんだろうな。」
―形が無い、そんな訳ある筈がない。現に御前は此処に居る。私には見えるのに。―
「見えるのに触れられない。其は本当に存在しているのか?」
少し、此の世界に揺らぎが生まれた。まるで仮面が欠けた様に。
外からの力を感じる。此は・・・皆が頑張ってくれているのか。
じゃあ其処を足掛かりにしよう。・・・歪は生まれた。
「御前は正しく操れていないんじゃないか?私の躯がこんな歪だなんて、思いもしなかっただろう。」
見様見真似で創り上げた魄だ。滅茶苦茶に色んな物が混ざり、元の姿も忘れた様な。
当然だ。元の姿すら其処に、在りはしないのだから。
そんな魄の使い方を理解しているのは自分丈だ。其をぽっと出の魂が操れる訳がない。
動けはするだろうが、術を放ったり干渉力を使う様な細かな動作は不可能だろう。
前世から一緒に居たスレイですら乗っ取り切れずに自壊した。そんな魄等、
―如何して、御前は・・・一体なんだ・・・?―
「私か?私はセレ・ハクリュー、霄と水鏡と殺しの破壊神だ。」
だから、壊せ。
こんな縛り等、壊してしまえ。
自分を捉える事は出来ない。此の魂は私の物だ。
私が創った私丈の物なのだから。
自分を縛っていた触手に罅が入る。
身を捩ればあっさりと崩れ、自分は自由の身となった。
然うして翼を伸ばす自分を、其でもペンド・ラ・ルージュはじっと見詰めていた。
未だ何が起きているか理解出来ないのだろう。自分丈の力の筈が、何者にも不可侵と思われていた力が。
こんな風にあっさり破られる等。
今迄だって然うだったのだろう。
自分は確かに操られ易い。何でも取り入れようと成長し続けた所為で、操ろうとする力にすら順応してしまう。
でも決して真の意味では奪えない。自分を奪う事は出来ない。
フリューレンスに心に入られた時も、丗闇が自分を壊そうと闇に閉ざされた時も。
其を破壊する余地が生まれたのは、一重に此の不自然さが故だ。
不完全だからこそ、理解出来ない。支配されない。未だ見ぬ何かを孕んでいるから。
其が自分、自分の存在だ。
何を喰らったとて、何丈力を得たとて、其の本質は変わらない。
何丈取り繕うが上手になったって、所詮偽物は偽物だ。
「御前の其の力は私にとっても貴重だったからな。朋友になってくれるのなら契約の一つでもして置きたいと思っていたんだが。」
やっと自由になった手でペンド・ラ・ルージュの仮面に触れた。
そっと其の顎先へと指を滑らせる。
「でも御前はやり過ぎた。他の龍達と同じ様に、只私の相知になってくれれば良かった物を。」
彼の歪んだ一点に力を注ぎ込む様に。
此奴の力を削ぐ。そして自分の中へと閉じ込める。
逃がしはしない。もう御前は明確な自分の敵だ。
自分の秘密を知ってしまったんだ。もう此処から御前を出す事は出来ない。
壊すのは自分の専売特許だ。だから一点でも綻べば支配権を逆転させる事なんて容易い。
ペンド・ラ・ルージュが創り出した、自分の魂を閉じ込めた檻はもう形を成していなかった。
ぼろぼろに崩れ去り、骨組みが残る丈。自分が本の少し力を勁めれば瓦解する。
「御前を喰らった所で其の力は得られないだろうが、ヒント位にはなるだろうし、御前の存在全て貰うぞ。」
―・・・噫、其なら、悪くはないかも知れない。私の物にならないのなら、一つに。―
ペンド・ラ・ルージュはもう、逃げる気も抵抗する素振りも無かった。
只全て委ねる様に翼を広げて自分を見る。
「御前達龍は其でも満足してしまうのか。」
自分が終わるんだぞ。喰われて跡形もなく消えて、もう世界に何も刻めないと言うのに。
噫でも其を自分が問うのはおかしな話か。死にたがりだった自分が言えた事じゃあない。
でも、其は其で終わり方は自分で決めたいと思うだろう。只終われば良いだなんて其処迄自分も捨ててはいない。
其を、此奴は構わないと言う。自分に壊されて終わる、そんな最期で。
我儘で傲慢な自分には全く理解出来ない理由なのだろう。
―噫、私は愚かにも御前を欲してしまった、然う言う事なのだろう。でも私は朋友では我慢出来なかったのだ。彼の日、此の世界に闇を運んだ御前を見た時から、私は御前丈を求めてしまう様になってしまったのだから。他の魂に、価値を見出せなくなってしまったのだから。―
屹度其は黔日夢の次元の事なのだろう。此の次元に居たと言う事は恐らく黔日夢の次元の時に其の儘閉じ込められて。
自分が、此奴を狂わせてしまった。こんな化物を求めたって意味は無いのに。
甲が騒つき、自分の顔が変貌する。
奴を喰らおうと、顎門は大きく開けられる。宛ら黔い龍の様に。
せめて苦しまない様に一呑みに終わらせられる様に、そんな偽りの善意が化物の形を成す。
巨大な顎門、鋭利で複雑に尖った牙、虚の様な喉、到底、先迄の姿とは似ても似つかない様な。
もう懐い丈でこんなにも変わってしまう。だから自分を捉える事なんて出来はしないんだ。
こんな奴の魂なんて、分かり様も無いだろう?
見せ付ける様に牙を並べてもペンド・ラ・ルージュは動かなかった。
だから自分は躊躇せず大口を開け、ペンド・ラ・ルージュを丸呑みにした。
成る可く牙を立てない様にして自分の中へと落とし込む。
・・・悪くはない味だ。屹度此は奴の重ねる懐いが滲み出ているからだろうけれど。
道を違えなければと思うと本当に残念だが仕方がない。
さぁ元凶は消えた。後は此処を出る丈だ。
罅が広がって行く。其の先へ手を伸ばす様にして。
自分は此の崩れ切った檻から脱出した。
・・・・・
「っ・・・ぅあちぃ⁉」
目醒めたと思えば全身を焼く焔に跳び上がる。
思わず声が裏返る。何だ、今度は一体何が起きている⁉
「え、あ、店主戻ったか⁉」
目の前には皐牙がおり、慌てた様に手を伸ばす。
其を掴んで起き上がった。気付けば辺りはすっかり皓い焔に包まれている。
だが其の焔は直ぐ鎮火した。如何やら今の焔は皐牙の物だったらしい。
「セレちゃん戻ったの?」
「・・・全く、迷惑掛けるぜ。」
「皆・・・噫然うか済まない、助かったよ。」
足元に落ちていた仮面を拾い上げる。
真っ二つに割れた仮面、此に自分は操られていたのだろう。
・・・もう何の力も感じないな。
「っセ、セレ姉ー‼」
突然大声を上げて一柱の正女が突っ込んで来た。
声にすっかり畏縮して固まった隙に跳び掛かられ、其の儘正女に抱き付かれてしまった。
そして無遠慮に撫で回されて抱き締められてしまう。
「え、あ、・・・あ、ス、スレイ。」
背中に触れられているのでぞわぞわするっ!
全身を震わせているとドレミが苦笑した。
「スレイちゃん頑張ったんだよ。もうセレちゃん大丈夫なの?」
「あ、噫然うだったのか。有難う皆、スレイも、良く頑張ったな。」
だから如何か一回離れて欲しいんだが・・・彼女はしがみ付いた儘だった。
まぁ・・・迷惑は掛けたし、此位は赦そうか。
此の様子だと皆と協力してくれたのか。そんな事が出来たなんて、嬉しい限りだ。
其にしても・・・何か少ないな。・・・ん、次元の主導者が居ない気がするが。
「皆怪我はないか?済まない、すっかり彼奴に操られてしまって。」
「うん、大丈夫だよ。ボク達の可憐な連携の御蔭だね。」
小さな姿に戻ったケルディが早速頭に乗って来た。
其なら・・・良かった。大事になっていないのなら。
「うん、サリアちゃん達も少し離れて貰ってたの。でも直ぐセレちゃんも戻って良かったよ。」
「ヘヘッ、斯うして見ると店主も大した事ねぇな!うっかりやられてるし、オレ達の完璧勝利だったし。」
自慢気に皐牙が胸を反らすが・・・元々彼を庇ったのが全ての原因なので一寸其の態度はむかつくな・・・。
「一寸調子に乗らないで頂戴!彼の程度がセレ姉の力だなんてある筈ないわ。」
抱き付いた儘スレイが噛み付いている。・・・うーん、一寸は仲良くなったのだろうか。
彼女が自分以外と交流するのは珍しいので少し嬉しく思う。まぁ原因が原因なので団結せざるを得なかった訳だが。
「その・・・操られていた時の私って如何なってたんだ?」
余聞きたい訳じゃあないが、気にはなる。本当にスレイが言う通り雑魚だったら良いけど。
「何かその・・・獣っぽかったよ。ずっと吼えて飛び掛かって来たの。」
「うん、手負いの獣みたいで何でも咬み付いてたね。」
「う・・・見苦しい所を見せたな・・・。」
獣、か。まぁ未だ其なら良かったか。目覚めたら死体の山だなんてなってなくて良かった。
「なぁ、流石にもう彼奴は居ないんだよな?彼奴等呼んでも大丈夫か?」
「噫、私の中に居る内に始末した。もう安心して良い。」
「そっか。セレちゃんも御疲れ様。でも無茶はしちゃ駄目だからね。」
「噫、分かってる。気を付けよう。」
サリア達を連れて来るなら又晒しを巻いて置かないとな。
翼や尾も出てしまっている。天冠は・・・無い様だが。
・・・ん?あれ、何か背中から生えているな。
見慣れない物に気になってしまい、そっと背中に触れる。
此は・・・あ、穢れか。出した事は無かったが、こんな風になるのか。
じゃあ此も仕舞わないと・・・っ、
「・・・あら、セレ姉顔色が悪いわ。大丈夫かしら。」
「・・・う・・・す、済まないが少し一柱にしてくれ。穢れが・・・気持悪い。」
何か胸の内にあると思ったが、段々気持悪くなって来た。
彼奴・・・滅茶苦茶に力を使ったな。自分のは使えば良いなんて物じゃないんだぞ。
意味もなく穢れを放って具合が悪くなるだなんて阿呆其の物じゃないか。此処に丗闇が居たら何程しばかれたか。
「あ、然う言えば反動があるって言ってたもんね。セレちゃん大丈夫?」
「大丈夫、一寸吐いたら治る筈、其の間に皆はサリア達と合流してくれ。」
う・・・意識したら本格的に気持悪くなって来た。
何か食中りみたいで凄く嫌なんだよな。加えて気分もどんどん落ち込むし。
「其なら私が介助するわ。今のセレ姉を一柱に出来ないもの。」
「え・・・その、吐く所を見られるのは一寸・・・、」
「そんな事言って又何かに襲われでもしたら大変だわ。ちゃんとセレ姉が元気になったのを見届けて私も戻るから。」
「然うだね、其の方がドレミも安心だよ。じゃあね、スレイちゃん。又何かあった時は宜しくね。」
「ゲロ吐く所なんて見たくねぇし、さっさとオレも行こっと。」
「ボクはちゃんとデリカシーを理解してるからね。ボクも席を空けるね。」
一つ尾を振るとケルディはドレミの頭へと跳び乗った。
然うして歩いて行く一同の背を見送る。
「さ、早くしないと。皆に迷惑が掛かるわ。其に貴方に何かあったら。」
「う・・・でも矢っ張り一寸恥ずかしいと言うか・・・。」
はっきり皐牙に言われてしまったが、ゲロ吐くのと変わんないからな・・・。
「でもセレ姉、私何時も其見てるわよ、貴方の中で。」
「そ、然うだけれども。」
でも斯う・・・あるじゃないか色々と。
取り敢えず小瓶は時空の穴から出して置く。
今回は量も多いので特に意識せずとも吐けそうだけど。
「正直こんな事迄付き合わなくて大丈夫だよスレイ。今回は本当に助かった。又後にでも如何だったか教えてくれたら良いから。」
「そんなの、セレ姉は私を扱き使ってくれたら其で良いのに。私は今斯うして貴方の介助をしている丈でも凄く満たされているのよ。御願い、私にももっと手伝わせて。今迄出来なかった丈、否其以上に。」
「み、満たされるのか・・・うーん。只私が吐く丈だぞ。・・・絶対良い物じゃないが。」
「でも考えて御覧なさい。人類を皆殺しにするよりずっと簡単でしょ?私がしたくてするから良いのよ。」
「確かに其は然うだけれども・・・。」
噫伝わって来る。スレイの感情だろうが、純粋に彼女は喜んでいるらしい。
寧ろそんな力を持っているのに自分の世話なんてさせているのかって方が遣る瀬無い心地になるが。
「ほら、話してないで早く吐きなさい。・・・本当に顔色が悪いわ。御免なさい、斯うなる前に止めたかったけれども。」
謝られると其方の方が辛い。
意を決して小瓶に口を付ける。そして身の内に溜まっていた穢れを吐き出した。
真黔の泥の様な気味の悪い液体が溜るのを見るとげんなりする。
こんな物が自分の内にあるなんて・・・呪いは本当厄介だな。
吐いていると背中が突起も小さくなって行った。もう穢れが残っていないからだろう。
穢れが姿に迄変化を及ぼしているとは、適応し過ぎない様気を付けないと。先の二の舞になってしまうな。
・・・屹度、自分が気付いていない丈で次々と自分は変化し、進化し続けている。
少しずつ此の身の内で全ての要素が混ざって溶けて、自分でも知覚出来ない何かに成るのだろう。
其でも戻る事は赦されない。自分は・・・変わり続ける事でしか在れない存在だ。
幾らか吐いていると呼吸が楽になって来た。
良かった。時々変な形で穢れが絡み付いて苦しくなる時があるから、今回のは量があった丈で質はそんなに高くないらしい。
でもドレミ達も直ぐ戻ってくれたと言っていたし、暴れていたのは短時間の筈、其なのにこんな溜まるなんて。
矢張り未だ穢れの実戦での使用は控える可きだな、リスクが大き過ぎる。
今の儘じゃあ只の弱点だ。此を如何にかしないとな。
・・・こんな風につらつら考えて何とか意識を逸らそうとしているのだが、ずっとスレイの目線が絡み付いて来る・・・。
すんごい此方を見てる。流石にそろそろ其の視線も辛くなって来た。
「・・・あ、あのスレイ、そんなじっくり見られると・・・。」
「気にする事は無いわ。どんな姿の貴方でも愛しいの。今のセレ姉も素敵だなって思ってた丈だから。」
「吐いている奴が素敵とは此如何に。」
スレイの感性が独特過ぎる。寧ろこんなの幻滅ポイントだろう。
「あら、此は貴方の知識から掘り起こしているから知っている筈よ。有能な者は小さな失態を犯すと寧ろ好印象に写るメカニズムがあるのよ。」
「いや其、今適応されないと思うぞ。」
何か如何動いてゲロ吐くのが好感度UPに繋がるんだ。
・・・此、育て方間違えたのかな。つい然う思ってしまう。
別に自分が育てた訳じゃないけれど、確実に影響は与えてしまっているだろう。
つまりは自分にも此の要素があると・・・?う、うーん、流石に其は違うと思うけれど。
自分が彼女に斯う在る可きと頼んだり願ったりした訳でもないし・・・ないよな?
「・・・如何かしら、少しは楽になったかしら。」
彼女の目はずっと慈愛を湛えていて。
ヲルやガルダ以外に其の目を向けてくれるのは彼女位の物だった。
いや、三柱も居るなんてのはとんだ贅沢な訳だが。
「・・・噫、御蔭様で。もう出さなくて大丈夫だ。」
小瓶の蓋も締めて一息付く。もう暫くしたら後は落ち着くだろう。
直ぐに対処したのが良かった。変な後遺症だとかは残っていない。
其にスレイが残ったのは何も自分が吐くのを見たいって訳じゃあないだろう。二柱丈の時間が欲しかった丈だ。
其は流れて来る心から読める。・・・ち、違う、流石に此の好意はゲロに向けられた物じゃあない筈。
そんな趣味は無いだろう・・・無いだろう、な?
促すつもりでじっと彼女を見遣ると、スレイは小さく息を付いた。
「彼奴はもう食い殺したのかしら。」
「噫、魂を盗むのを何とか阻止して、其の隙に。」
「恐らく貴方の魂は不確かだから盗めないでしょうし、失敗してやられたのね。」
其の一言に思わず彼女の顔を改めて見た。
其は・・・一体何処迄知っている?
「・・・大丈夫よ。私ね、ちゃんと理解しているのよ。貴方が妹と言ってくれた、其の本当の意味。」
「其なのに、こんな事をしているのか。」
慎重に尋ねたつもりだったが、彼女は優しく咲い返した。
「勿論、だからこそよ。私は言った筈よ。貴方を見ていて、貴方を好きになった。だから貴方の願いを叶える為に傍に居る。」
「でも其の願いは、」
言い掛けた所でそっと彼女に口先に指を当てられた。
然うして咲う彼女の笑みは何処か惹き込まれる様で。
「言わなくて大丈夫よ。私は其を承知の上で貴方と居るから。だからせめて今丈は此の甘い夢の中に居させて。貴方の願いを叶えたい本心はずっと変わっていないわ。」
其の言葉を直ぐに鵜呑みにするのは難しかった。
だってそんな事、こんなあっさり言える事でもなくて。
でも彼女の口振りからして、本当に全部知っているのだろう。鎌掛けだとかではなく、確信を持って。
でも彼女の生い立ちを考えれば、当然と言えるのかも知れなかった。
其程迄に自分と彼女は近い。全く別の物ではあるけれども。
「貴方の事だから直ぐに信じられないでしょうけれど、でも其の証明を私は続けて行くわ。今の私の全てが全てなんだって事を、何時か屹度伝えられる様に。」
「・・・分かった。私も、御前の事は頼りにしているよ。だから出来れば此の儘信じさせてくれ。」
「えぇ、勿論よ。此からも貴方の傍に居させて頂戴。」
然う言って彼女は微笑む丈だった。
・・・うん、今丈は其の根拠の無い笑顔を信じたい。
「あんな奴に行き成り中へ入られたでしょう?だから貴方の魂が無事だったか其が心配で声を掛けた丈だから。貴方が大丈夫なら、私は安心出来るわ。」
「噫、御前は本当に良くやってくれたよ。其には本当に感謝している。だから此の儘で居られれば私は何も心配なんてしないよ。」
「・・・えぇ、其なら本当に良かったわ。其じゃあね、愛しい貴方。貴方の親愛なる妹として何時も傍に居るわ。」
一度頭を寄せて彼女ははにかむと、其の姿はでろりと溶けて絳い液体へと転じて行った。
其の液も蒸発する様に跡形も無くなってしまう。
役目を終え、自分の中へ戻ったのだ。彼女は本当に只、自分の為丈で在ろうとしている。
証明は・・・されているんだがな。後は自分が信じられるか丈で。
・・・さぁもう行かないと。皆を待たせるのは悪い。
波紋の調子も良くなって来た。粗回復したと言えるだろう。
良かった。此で皆に余計な心配はさせずに済みそうだ。波紋の先に皆の影を認めたので足早に近付く。
其の間に晒もしっかり巻いて置く。うっかり翼を出した儘会いに行ったら其こそ悲劇だ。言い逃れ出来ずに影呼として狩られてしまうだろう。
何度か念入りに確認をし、波紋の先へと向かう。
「あ、セレ来た!」
闇の先から声がしたと思えばケルディが駆けって来てくれた。
其の姿に心打たれ、屈んで全力で彼を受け止める。
胸に飛び込んで来てくれたのでギュッと抱き締めると、腕の中で甘え声を上げていた。
うわぁああぁ・・・何だ此のモフモフ、此の大いなる愛をこんな小さき者が宿しているなんて。
矢張りモフモフは至高!此の愛さえあれば穢れも浄化出来るかも知れない。
「えへへ、ボクが恋しかったんでしょ?」
もう首が捥げそうな程頷く。自分はモフモフを愛でる為に此処に居るんだ。
「あ、本当に元に戻ったんすね。まさか影呼にやられた奴が生還するなんて驚きっすよ。」
サリア達も無事だったらしく、闇から手を挙げているのが見えた。
「済まない。皆迷惑掛けたな。此の通りもう大丈夫だ。」
サリアと一緒に二人の灯導も居た。向こうも向こうで護り切ったのだろう。
「はぁ~。本当に大丈夫然うっすね。・・・そっすか、諦めないって時には良いもんっすね。良かったっすね、戻って来れて。」
サリアはペタペタと無遠慮に自分の肩等を軽く叩いた。
もう彼女にとって自分は死んだ物だったらしい。まぁ気持は分からなくはないが。
「然うだよ。ドレミ達諦めが悪いから!」
「彼奴ももう退治したし、大丈夫だゼ。」
「然うっすね。其じゃあ此の後輩二人も一緒に行くっす。村は直ぐ近くなんで。」
「あれ、先輩じゃあないんだ?」
ケルディが首を傾げると、二人の灯導は大きく首を左右に振った。
「と、とんでもない!私達未だ駆け出しなんで、だから村で又態勢を整えて、正式にサリアさんとパーティを組もうと思ったんです。」
「ん、然うか。然う言う話になったのか。」
後輩を見付けて残念そうにしていたってのに。如何やら率先して連れて行く気らしい。
「先輩を探すより後輩を見付ける方が楽って気付いたんっすよ。気付けばすっかり私は灯導として長くなってたみたいで。皆と一緒に旅してる間に此が後輩なら、まぁ私でも如何にかなるかもって思ったんっすよ。」
「ま、良いんじゃねぇの。此でもう先輩は死ぬ奴だって言わねぇだろ。」
「然うっすね。ま、護れる様に頑張るっすよ。」
其の一言を聞いて一同は察した。・・・恐らく此の次元はもう大丈夫だろうと。
「其じゃあ村迄行くっすよ。後少しっす。」
サリアを先頭に一同は歩みを進める。
此の儘村に着いて、屹度自分達は別れるだろう。
妙な旅人と同行したんだと彼女の記憶に丈残って。
ゴーグル越しに見た遥か先に小さな一点の曦がぶれずに輝いて見えた。
・・・・・
闇の中から声一つ
逸れない様にと手を伸ばす
闇の中から地響き一つ
やり過ごす為、皆で固まり縮こまる
闇の中から肩を叩く手
「さぁ、先輩の後に続くっすよ。」
駆け出した皆の足並みは揃っていて
今日も彼女達は闇を狩り、闇の中を生きている
丁寧に書いたつもりが、あっさりテイストに出来上がったなぁと思う筆者です。
前の後書きでも色々書いた気がしますが、其の時の構想から大分変わったなぁと言う感じですね。
只書きたい事が段々と確実に形になって来ているのが、むずむずして心地良いですね。
そんな次回は・・・結構試行錯誤中です。
緩りでも良いから書きたい様に書こうと言う意思が最近強いので、色々此の試行錯誤も楽しみつつ、悩み乍ら書こうと思います。
勿論書く事自体は毎日続けているので、又御縁がありましたら御会いしましょう!