表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
次元龍屋  作者: -Sare-
忘れられた世界の追憶
110/140

79次元 静寂の蒼に姫の詠を添えし次元

 如何も今日は、耳に引き続き喉も壊した筆者です。一体何丈(ドレダケ)捧げれば私は此の季節を乗り切れるのですか・・・?

 そんな話は扨置(サテ)き、良いペースで新作書き上がりましたね!イェイ!

 此の程度の苦境等何のその、腕さえ壊れなければ私は書き続ける所存です。

 (と言いつつ熱で頭をやられたので此処を書けずに公開が一週間ずれ込みましたが。)

 今回は何て言っても思っていた以上に挿絵が多かったので、本文よりもコンテンツに時間を取られてしまいました。

 御蔭で満足は行っていますのでOKです!今回は某吟遊詩神(ギンユウシジン)大活躍の一話です。

 又今回の話は散歩に付き合ってくれた友人の何気ない一言で生まれました。彼女には此の場を借りて感謝の言葉を述べて置きます。

 自分では湧かなかった新たなアイディアをくれて有難う、御蔭で私は今日も書けている!

 と言う事で一寸(チョット)珍しい?パーティでの物語をどうぞ!

蒼の世界に揺れる影

其は夢か皓浪(シラナミ)

砂塵と共に舞い上がるは()の日の成れの果て

瀛海(ウミ)の街の眠りを妨げるは響く(クラ)廻瀾(ナミ)の詠

   ・・・・・

 此処は穏やかな廻瀾(ナミ)が打ち寄せる海岸。

 其処に二つの影が突如として現れた。

 薄く目を開ける。すると蒼の景色が飛び込んで来た。

 文字通り蒼い(ソラ)と蒼い瀛海(ウミ)、其の二つを分かつ様に(シロ)い砂丘が伸びている。

 まるで絵に描いた様な原色の姿に思わず見惚れてほぅと息を付く。

 其処で・・・違和感に気付いた。

 何故か息が・・・吸えないのだ。暫く吸っても苦しくなる丈で。

 あ・・・此は不味い。

 自分の躯に合わない次元に来てしまったらしい。此だったら幾ら生命力が高くても関係ない。早く、何とかしないと。

 取り敢えずとガルダは隣に並んでいた飃を見遣った。

 彼も喉元を抑え、目を見開いている。同じ様に息が出来ない様だった。

 後一柱、カレンは・・・、

 捜そうと視線を逸らした所で膝を着く。酸素が足りない所為で眩暈がしたのだ。

 此の(ママ)じゃあ・・・直ぐ死んで次元の迫間(ディローデン)に戻ってしまう、其の前に。

 然う思った所で彼女の姿を認めたのは隣で打ち寄せる廻瀾(ナミ)の中、海中に居たのだ。

 何で沈んで、然うか、カレンは確か泳げないんだったか。

 だったら早く助けないと。いや、海中だろうが地上だろうが変わらない。此の(ママ)じゃあ、

 思ったより瀛海(ウミ)に入って直ぐ深くなっている様で、彼女はすっかり沈み込んでいた。

 でも手は届く。腰位の深さしかないので何とか、

 手を伸ばした所でカレンも気付いたらしく、慌てて顔を上げた。

 そしてガルダの手を取り水面へ顔を出すが、直ぐに又沈んでしまった。

 彼女の躯の事は知っている。生半可な力じゃあ持ち上げられないか。

 (ソモソモ)息も満足に吸えないこんな状況だ。力なんて(ホトン)ど入らない。御蔭で中々彼女を引き上げる事が出来なかった。

 飃もガルダ達に気付いて近付くも、もう息も限界みたいで這う様にやって来る。

 此の(ママ)じゃあ全滅だ。こんな・・・あっさり、

 一瞬意識が沈み掛けた所で、カレンと繋いでいた手が引っ張り込まれる。

 不味い、力が抜けて来た。此じゃあ彼女も助けられない。

 だが如何やら彼女はガルダの手を支えにする訳ではなく、彼を水中へ引っ張り込もうとしている様だった。

 地に足を付き、全力で踏ん張っている様に見えるのだ。

 ま、まさか道連れか⁉そんな薄情な、

 確かに溺死も窒息死も似た様な物かも知れないけれどもこんな、

 抵抗しようにも存外彼女の力は(ツヨ)く、前のめる様にしてガルダは瀛海(ウミ)に落ちてしまう。

 勢いが付いていたので思い切り海水を飲んでしまう。でも其処ではたと気付いた。

 ・・・苦しくない、息が・・・出来る?

 先迄感じていた閉塞感は消え、当たり前の様に息が吸えたのだ。

 カレンも何度か頷いている。・・・如何やら彼女も無事らしい。

 な、何だか変わった次元だけれども然うか、自分の常識に囚われ過ぎていたのか。

 瀛海(ウミ)と地上が逆転しているのだ。水中なら幾らでも息が出来る。まるで魚にでも成った気分だ。

 其なら早く飃も此方へ引っ張らないと。

 振り返ると彼はすっかり倒れ込んでしまっていた。もう自力では動けそうもない。

 急いで二柱は飃の背を掴むと勢いを付けて瀛海(ウミ)へと投げ込んだ。

 一瞬彼は暴れて何とか泳ごうとしたが、目を見開いて固まってしまう。

―大丈夫か飃、如何やら此処、水の中だと息が出来るっぽいな。―

―然うみたいですわね。危うく上陸する所でしたわ・・・。―

ほっとカレンも胸を撫で下ろす。飃は自身の頭に手をやり、少し難しい顔をしていた。

―えっと・・・テレパシーって此で合ってます・・・か?―

―噫、ばっちりだぜ飃。行き成り吃驚したな・・・大丈夫か?―

―は、はい何とか。・・・二柱の御蔭で助かりました。本当に有難う御座います。―

水中では御辞儀が出来ないので、何とか感謝の意を込めてテレパシーを送った。

 其にしてもテレパシーの練習をしていて良かった・・・。

 息を付く飃をガルダはちらと見遣った。少し彼の顔色が悪いが、此の分なら直ぐ治るだろう。

 如何やら此の様子、今の彼は昼の飃らしい。実際(ソラ)も明るいし、然うなのだろう。

―まさか金槌だったのが役に立つとは思わなかったですわ。―

―噫御蔭で助かったぜカレン。危うく全滅する所だったからな・・・。―

其にしても海中か・・・動き難いから慎重に動かないとな。

 案外此の瀛海(ウミ)は真水に近いらしく、目も痛くならないので開けていられる。

―息が出来る瀛海(ウミ)なんて初めてですわ。一体何が待ってるのか楽しみだわ!―

カレン一柱海底を歩けるので、自分と飃は彼女の周りを飛ぶ様に泳ぐ形になる。

 一応・・・次元の主導者(コマンダー)はもっと深い瀛海(ウミ)の方から気配がする。取り敢えず其処へ行けば良さそうだが。

―カレンさん、足元、気を付けてくださいね。結構物が落ちてるみたいです。―

―然うね。・・・此、何かしら。何だか人工物っぽいけれども。―

瀛海(ウミ)の水は澄んでいて良く見えたが、地表は色々と物が散乱している様で余り良い景色とは言えなかった。 

 珊瑚や海藻の代わりに大小様々な石の様な、(クロ)っぽい物が転がっているのだ。魚の気配すらなく、カレンが立てる砂塵丈が残る。

 気になってカレンは足元にある物を拾い上げたが、何だか平べったい陶器の様で、皿に見えなくもなかった。

 他にも机か服の切れ端等、何処か人工物らしき物が幾つも散乱していたのだ。

―若しかして街でもあったのでしょうか。―

―然う言えば先陸の方見てたんだけど、壊れた家みたいなのは一杯あったな・・・。津波とかで攫われたのかな。―

―あら、あんな地上でも生きてる人が居たかも知れないんですの?―

―まぁ次元が違うんだし、此方は此方の生物なり居ると思うぜ。―

只如何して滅んだかは分からないけれども、黔日夢の次元(ゼロ・ディメンション)の影響か其とも。

―でも瀛海(ウミ)の中も静かですわ。魚も珊瑚も無いみたいですし・・・。―

然う、瀛海(ウミ)の中も先迄居た海岸と同じ様にしっかり区分出来る程、(シロ)い砂と瀛海(ウミ)で分かれてしまう程静かだった。

 生き物の気配は一つも無い。まるで綺麗過ぎて何も棲めなかった湖みたいに。

―って飃大丈夫か?悪い、先に行き過ぎてたみたいだな。―

気付けば飃は少し遅れていたみたいで、戻って様子を見る。

 彼はオーバーコートとかも着ているし、泳ぎ難いのだろう。戻ると苦笑を返された。

―済みません、泳ぎは一寸(チョット)苦手でして・・・面目ないです。―

―其位、こんな泳ぐ事になるなんて思っていなかったんだしさ。―

―・・・コチ(ソモソモ)泳いでないですし。―

一寸(チョット)上着丈時空の穴(バニティー)に入れて置きますね。多分此処では要らないと思うので。―

―一応意識すれば大丈夫だと思うけど、海水が入らない様気を付けろよ。―

一つ頷くと飃は慎重に時空の穴(バニティー)を開き、上着を入れ込んだ。大分彼も基礎的な術が扱える様になったらしい。

―・・・あ、彼方、誰か居ますわ!―

カレンが指差した先には確かに一つ影があった。

 其は近場の岩に腰掛けている様で、何をするでもなく座り込んでいる様だ。

―ん、(アレ)って・・・、―

其の影に見覚えがあった。長く伸びた横顔、特徴的なペストマスクに。

―噫、皆さん御機嫌よう。まさかこんな瀛海(ウミ)の底で出会うなんて。―

然う言い手を振ったのは琴城だった。只彼が何時もしていた竪琴は何処にも無い。

 手持無沙汰そうに岩に腰掛けていたのが、何だか気になった。

―琴城さん、此処でも仕事で?―

―然うなのですが、如何せん瀛海(ウミ)の中では竪琴が駄目になってしまいます。だから少し淋しくてですね。―

―其じゃあ今回は詠は聞けないんですの・・・。―

少し彼女も残念そうだ。すっかりカレンも彼の詠の虜になっていたらしい。

―アカペラで良ければ詠えますよ。此処では何時もと少し違った詠になりそうですが、一つ丈御話はありますので。―

―へぇ、アカペラか・・・。凄いな。折角だし、聞かせて貰おうかな。―

―其なんですが、一つ御願いをしても宜しいでしょうか。実は今私少々困り事がありまして、其の折に皆さんが来られたので。―

―僕達に出来る事があれば、何時も御世話になっていますし。―

ちらと一同の顔を見遣り、飃が前に出た、

 彼からの御願いとは珍しい。すっかり御世話になっているし、手伝えるなら然うしたい。

―有難う御座います。と言うのも此の先に少々困った輩が居まして、其の対処に苦慮していたんです。―

―困った輩か・・・。―

生物は居なさそうだったのに、其方は居るのか。

 まぁ若しかしたら其が黔日夢の次元(ゼロ・ディメンション)の影響かも知れないけれども。

―皆さんが居れば心強いです。では一つ聞いて頂きましょう。瀛海(ウミ)に沈んだ夢の物語を。―

竪琴が無いからだろう、琴城は暫く声を整える様に口遊(クチズサ)むと、一つ頷いた。そして水中だと言うのに良く響く笛の様な音で詠い始めた。

   ・・・・・

 此処はとある港街

 出来た(バカ)りの、余り歴史も無い此の街には、唯一、伝えられている物語がありました

 此処には黄金色に輝く蒼い夢がある

 其は滄溟(ウミ)の底の街の見る夢

 港街の若者が求める夢の物語

 千の廻瀾(ナミ)は語り継ぐ

 滄溟(ウミ)の底の御伽の街を

 其の街は姫が統べる街

 人魚であった街の住人は、珊瑚や貝の美しき輝石に因り、己の美を誇っていた

 美しき人々、美しき街

 でもある日、大津波が街を襲い、住人を一人残らず、攫って行きました

 取り残された滄溟(ウミ)の街

 其処には財宝が残る丈

 其処へ行く迄に待ち受ける、様々な試練に耐え得る者丈が、其を手に出来るのです

 古の物語、今も語られる物語

 では試練とは何なのか

 其は滄溟(ウミ)の底に()む海馬、ヒポカンポス

 其の者は龍の駒(タツノオトシゴ)ではなく、海象(セイウチ)でもない

 角と輝く鱗を有した、魚の尾を持つ馬である

 銀の泡と共に現れ、蒼い飛沫を残して去って行く

 夢見る者は其の後を追う

 其の先が、(アカ)滄溟(ウミ)と知らずに

 一人の屈強な青年は、心臓を一突きにされた

 一人の小賢しい青年は、尾で扇がれ、滄溟(ウミ)の底の漆黔(シッコク)に堕とされた

 一人の素直な青年は、踏まれて躯中の骨を砕かれた

 でも彼等は地の果て迄求め続けるのだろう

 一時の甘美の為に

   ・・・・・

 港街に住む老人

 一人悲しく詠を紡ぐ

 廻瀾(ナミ)に掻き消されそうな声で、一人一人に語り掛ける

 己が祖先は建築家

 ()の街を造った者の一人だと

 だから知っている

 ()の街が何なのか

 我等が住む此の地に、嘗て一つの国があった

 其処を統べし王は、一人の姫と暮らしていた

 姫は言った、自分の国が欲しいと

 王は言った、滄溟(ウミ)の底に其方の国を造ろうと

 王は人々に命じた

 滄溟(ウミ)の底に街を

 姫の願いの為に

 姫の夢の為に

 我が祖先は言った

 模型を造り、後から装飾を施そうと

 賊に入られない様に、海馬(ヒポカンポス)を放とうと

 程無くして街は出来た

 姫の為の人形の街

 でも其処で国が傾いた

 滄溟(ウミ)の街と言う何の得でもない物を造る為に蔑ろにして来た全ての物が国を襲った

 富を、権力を、夢を失った国は滅んだ

 未完成の模型丈の街、夢の街を残して

 其の上に出来たのが此の港街と、老人は言う

 だから何も()の街には無い

 只姫の操る街が其処にある丈だと。

 そして()の忌わしき街は、黄金の夢を(マト)う丈の街は、全てを奪って行くのだと

 己の美の為に

 国からは富を

 港街からは青年の夢を、命を

 老人は(クラ)く、蒼い涙を流す

 だが夢に焦がれし若者は、黄金の滄溟(ウミ)を求めて、今宵も(アカ)滄溟(ウミ)に没するのだった

   ・・・・・

 アカペラではあったが、何時もの詠と遜色ない位美しく琴城の声は響き渡った。

 声其の物がまるで笛の様に澄んでいて、此の静かな風景と良くマッチする。

 然うして高らかに詠い上げるとふつりと彼は押し黙った。

 其処でどっと瀛海(ウミ)の静けさが帰って来た様で、耳が少し痛くなる。此の静寂を忘れる程の詠だったのだ。

―相変わらず、惚れ惚れする詠声ですわ・・・。アカペラも御上手なんですわね。―

―有難う御座います。滅多に此方は披露しないので、何か響いたなら幸いです。―

―本当に凄いですよ。瀛海(ウミ)の中でも声がこんなに響くんですね。―

―私の種族の特徴とでも言いましょうか。どんな所でも詠声は届かせる事が出来ますよ。―

―へぇ、面白いな。然う言う事も出来るのか・・・。―

彼の種も中々珍しいので物珍しく写ってしまう。まぁ珍しいと言うより彼は確か大神の一部なんだっけ・・・。

 未だに信じられないけれども、彼の特別な力が其処に起因すると言うのなら頷けるな。

 瀛海(ウミ)の声と言うのは不思議な物で、今でもじんわりと耳に残っていた。・・・屹度、もう忘れる事は無いだろう。

 只詠(バカ)り褒める訳にも行かない。問題は歌詞になるのだから。

―街があるって言ったよな。若しかしたら此の先に在るのかな・・・。―

何も無い街だと詠っていたが、次元の主導者(コマンダー)の気配は伝わって来る。目印が無いよりは良いけれども。

―と言う事は若しかして琴城さんの困り事って・・・。―

―えぇ、其の通りです。実は詠に出て来た海馬(ヒポカンポス)、其が此の先に居て進めないのです。―

―其なら任せて頂戴!コチが受けて立つわ!―

分かり易い位カレンは元気を取り戻した。自分の専門分野だと張り切っているのだろう。

 どんと胸元を叩く様子は確かに頼もしいけれども。

 彼女は此の海底を歩けるので少しは自分達より戦い易いのかも知れない。只然うは言っても地の利は向こうに十分あるだろうし、油断ならないけれど。

―若しかして戦う気ですかカレンさん。―

―勿論よ。コチが道を切り開いてみせるわ。―

―頼もしいけれども一先ずは様子見しような。―

何も戦うのが全てじゃない。恐らく海馬(ヒポカンポス)は龍の一種だろうし、穏便に済ませられるに越した事はない。

―私も折角此の次元へ来たので、是非とも其の街へ行ってみたいのですが、近付くと直ぐに何処からか現れて来るんです。襲われ掛けたので此処迄逃げて来たんですが。―

―其奴の縄張りとかに入っちゃったって事かな・・・。一寸(チョット)先に調べてみるか。―

時空の穴(バニティー)からスカウターを取り出し、目当ての龍を探す。

 ・・・矢っ張りあった。後は此を映し出せる様にして・・・、

 幾らか弄ると一同の前に一頭の龍の姿が映し出される。

 思わず其の姿を見て琴城は一歩下がった。

―おぉ・・・彼です。先私が襲われたのは。―

―中々やり甲斐がありそうね!―

カレンよりも大分大きな相手だが、彼女は怯む事なく闘志を滾らせている様だ。

―こんなのに襲われたら堪った物じゃないですね・・・。琴城さんが無事で良かったです。―

映し出された龍は全長3m程、上半身が蒼い馬で下半身は魚の様に尾鰭を有していた。

 全身に生えた鱗は銀色に光り、頭には長く鋭い角を有している。良く見ると足元には(ミズカキ)が、又鰓もある様子から正に瀛海(ウミ)の馬と言える姿をしていた。

挿絵(By みてみん)

 又龍古来見聞録(カリグローズ)には()うもあった。非常に縄張意識が強く、自身の縄張に変化が無いか見回りを常に怠らない。

 だから場合に因っては彼等の性質を利用し、城や村の護りに充てられる事も少なくないと。

 皆も同じ文言を見詰め、知らず息が漏れた。如何やら相手は穏やかではなさそうだ。

―成程、其の縄張の中に街があるのでしょうか。考えた物ですね。―

―でも、其ならおかしいわ。街を造る時、襲われなかったのかしら。―

―一応(アレ)は然う言った形を取った物語なので、全てが真実とは限りません。元から街があって、海馬(ヒポカンポス)が後から来たのかも知れませんね。―

―確かに。別に先の話だと、上で息が出来ない理由も分からないしな。まぁ其は次元の差なんだろうけど。―

―飽く迄詠は参考に。解釈は御任せします、と言った所ですね。―

―もう敵の正体も分かりましたし、後は出会う丈ですわ。―

―敵って・・・まぁ程々にな。―

完全にバトルに燃えている様だ・・・。気合は認めるけれども。

 特に対処法も書かれていないみたいだし、龍古来見聞録(カリグローズ)としては出会わない様縄張を避けろと言いたのだろう。

―でも頼もしいですね。私は戦いとかはからきしなので・・・。では街迄一緒に同行しても宜しいでしょうか?―

―えぇ、一緒に行きましょう。僕も戦いはどうも苦手で・・・。何時も皆さんの世話になっているんです。―

飃が苦笑すると、不思議そうにカレンがやって来た。そしてまじまじと彼を見遣る。

―でも飃さんは凄く(ツヨ)いってセレさんが言ってましたわ。・・・噫然う言えば(ヨル)(ツヨ)くなるんでしたっけ。―

実は未だ(ヨル)の飃にカレンは会った事が無かった。彼女は早寝早起きが基本なので中々出会えないのだ。

―然うですね。大体(ヨル)頃になると彼が出て来てくれるんですけれど。―

―中々難儀なんですわね。是非手合わせを御願いしたいですわ。―

―結構彼奴も(ツヨ)いからなぁ・・・。ま、手合わせならしてくれると思うけど。―

嫌な意味で(ツヨ)いのがなぁ、セレを襲わなければ頼もしいんだけれど。

 昼の飃はこんなに社交的で優しく(ワラ)えるのに、(ヨル)の彼は背筋が凍える様な笑みと気配を滲ませている。

 ・・・まぁ昼の彼も全く問題が無いかと言えばそんな事は無いけれども・・・。

―フフ、皆さん相変わらず仲が良いですね。誰かと()うして旅をするのは楽しいので羨ましくは思うのですが。―

―あら、琴城さんの詠なら一ころですわ。仲間なんて直ぐ出来ますわ。―

―其は一体如何言う意味なんだ・・・?―

詠ったら仲間が増えるの?其も凄い話だけど、何処の笛吹き男なんだ。

―案外そんな事もないですよ。(ムシ)ろ詠の御蔭で旅が出来ていると言いましょうか。姿が姿丈に中々話し相手を見付けるのも難しいんですよ。―

然う言って彼は軽くペストマスクの鼻先を持ち上げた。

 確かに、然うやって隠し続けなければいけない姿は難しいだろう。良くセレも苦労しているしな・・・。

―・・・あ、若しかして(アレ)ですか?―

急に飃が声を潜めた。そして指差した先に(ヨギ)る物がある。

 其は蒼い流星、泡の跡を残して此方へと真直ぐ駆けて来る獣の姿だった。

―っ早速御出座しですわ!―

早くもカレンは構えたが、其の間にもぐんぐん影は迫って来る。 

蒼い馬が、水中を駆けっているのだ。()の姿は間違いなく先見た龍、海馬(ヒポカンポス)だ。

 気付いた所でもう避ける事は出来ない。如何やら向こうも此方の存在に気付いている様で、よりスピードを上げて駆けて来る。

 速い。海中だと言うのに、まるで(ソラ)を駆けているかの様だ。

―・・・来ましたね。私の時は()(ママ)突っ込まれたので気を付けてください。―

()の速さじゃあ逃げ乍ら先に行くのは難しそうですね。―

―逃げる必要なんてないですわ!此の(ママ)迎え撃ちますわよ!―

カレンは腰に巻いていたベルトから(クロ)い石を一つ取り出し、直ぐ口に運んだ。

 すると彼女の髪が(クロ)っぽく光り、先が尖って行く。

 先迄廻瀾(ナミ)に漂っていた筈なのに、真直ぐ伸びて固まって行く。見るからに固く鋭くなって行ったのだ。

 棘の様になった其の髪を何本か引き抜くと、槍の様に構えて彼女は息を詰めた。

―此処は任せて良いかカレン。―

―えぇ!巻き込まない様、気を付けてくれれば良いですわ。―

一応相手は真直ぐ来ているので光で目眩ましをするのも効果的だと思うのだが、彼女の邪魔になっちゃあいけないし、少し控えようか。

―分かった。じゃあ飃達は少し下がってくれよ。―

―はい、頑張ってくださいカレンさん!―

もう海馬(ヒポカンポス)は眼前迄迫っていた。立ち止まる事なく本当に其の(ママ)突っ込んで来る様だ。

 真直ぐ伸びた角をカレンに向け、串刺しにせん勢いで駆け抜ける。

 一つ息を付き、カレンも地を蹴った。そして鑓を振り翳し、角と交差させる。

 そして其処を支点に彼女の躯がふわりと浮かび上がる。海馬(ヒポカンポス)上旻(ジョウクウ)を超え、海馬(ヒポカンポス)が其の下を駆け抜けた所で其の横腹を思い切り蹴り付けたのだ。

 彼女の蹴りは中々強力だ。足先も尖っているし、質量が一気に()し掛かる。ロードの程ではないにしても、馬を吹っ飛ばすには十分な威力だろう。

―挨拶代わりの一発、御見舞いしてやりましたわ!―

横っ飛びに吹っ飛び、砂塵を巻き上げて盛大に倒れた海馬(ヒポカンポス)を見遣り、カレンは満足そうだ。

―・・・あんなの喰らったら僕、挨拶で死にそうですね・・・。―

―まぁ、五体満足じゃあ済まないだろうな。―

(ムシ)海馬(ヒポカンポス)の方が無事か心配になる程容赦のない一撃だったが、一声(イナナ)くと直ぐに海馬(ヒポカンポス)は起き上がった。

 向こうも闘志を滾らせてか、カレンを見据える目は爛々に輝いている。・・・標的に決まった様だ。

―良い目ですわ!さぁコチが相手をしましてよ!―

応える様に海馬(ヒポカンポス)はカレンを踏み潰さんと(バカ)りに上体を上げた。

 其処へ冷静に彼女は鑓を横向きに構えて蹄を重ねる。

 しっかりと両前足を鑓に掛け、海馬(ヒポカンポス)は再び(イナナ)いた。足に力を籠めるが、カレンも負けじと押し返す。 

 だが其処でカレンの足元が覚束なくなった。右足が砂に沈んでしまい、体勢が崩れたのだ。

 良く見れば海馬(ヒポカンポス)の尾が激しく地面を叩いている。(アレ)で足場を崩されたらしい。

 蹌踉(ヨロ)めいた所で畳み掛ける様に海馬(ヒポカンポス)は足を踏み下ろす。

 鑓を掻い潜った一撃はカレンの胸元を突き、思わず彼女が呻いた隙に先程の御返しと(バカ)りに海馬(ヒポカンポス)は彼女を蹴り上げた。

―っぐぅ・・・中々、やりますわね。―

辛うじて鑓を構えていたので直撃は逸れている。だが腕が痺れてしまい、息をすると僅かに胸が痛んだ。

 恐らく、肋骨に(ヒビ)が入ってしまっている。熱を持って痛むが、無理矢理痛みを闘志で抑え込む。

 此位、如何って事は無い。未だ四肢は動けるのだから。

―おいカレン大丈夫か⁉手なら貸せるんだからな。―

―手出しは無用ですわ!コチ一柱で十分ですのよ!―

キッと睨まれてしまうが、僅かに顔色が曇っているのをガルダは見逃さなかった。

 怪我をしてしまったのかも知れない。治してあげたいが、今動けば彼女は良い顔をしないだろう。

 対する海馬(ヒポカンポス)も未だ未だ元気そうだ。・・・無理をしないと良いけれども。

 こんな時、セレが居ればもっと穏便に済ませられたかも知れない。彼女の事だから、上手い事海馬(ヒポカンポス)を手懐けて何なら背中に乗せて貰えたかも知れないが・・・。

 今彼女は療養中だ。此処最近結構危険な目に遭い続けているので、休む様言ったのだ。

 ・・・只ちゃんと休んでいると良いんだけれども。

   ・・・・・

「よーし、行くぞー!」

気合を入れ、セレは左手に(マト)っていた零星(ホシ)の束を、まるで槍投げの様に投げ飛ばした。

 放たれた零星(ホシ)は互いに星座で結び付き、一本の(ツルギ)になる。そして其の(ママ)(ソラ)を駆け、眼前で漂っていた岩に命中した。

 すると岩は爆発し、零星(ホシ)も粉々に飛び散ったと思えば、まるで花火の様に魔力の残滓が渦を描き、飛び散って行った。

 何処か幻想的にも思える光景だ。風流すら感じる。

―・・・破壊して置いて何が風流だ。―

―まぁまぁ、此で皆喜んでくれているんだし、可愛い物だろう。―

今やっているのは、所謂的当てである。近くの次元の影響か、次元の迫間(ディローデン)は不思議な浮かぶ岩が幾つも漂っていた。

 まるで零星(ホシ)の様なのだが、(アレ)を見て魔力達が遊びたいと言い出したのだ。

 随分彼等には世話になっているし、偶には付き合うのも良いだろう。然う思い、()うして魔力をぶつけて遊んでいる訳だ。

 此なら誰も迷惑掛けないし、楽しく遊べそうだ。自分の力で喜んで貰えるなら、楽な物だろう。

 実際魔力達は大燥ぎである。如何も彼等は派手なのを好むらしく、すっかり此の魔力の花火に夢中だ。

 一緒に零星(ホシ)に乗ったり、花火を眺めたりと思い思いに過ごしている。・・・うん、何とも平和だ。

―ネーネー!モット投ゲテ!―

―一気ニババババッテ、見タイ!―

「良し、じゃあ特大の行くぞ!」

丁度今岩が連なっていているし、()の中心を射貫く様に投げれば良いだろう。

 何個か零星(ホシ)を合わせて投げてみる。零星(ホシ)も魔力が乗っている様で、少し丈軌道が逸れたかと思えば岩の中心を貫いた。

 其の(ママ)零星(ホシ)は岩を貫通し、次の岩へ突き刺さる。其の際に(マト)っていた零星(ホシ)が一つ残され、星座の様に連なった。

 然うして残された零星(ホシ)(ヒカリ)を放ち、燃える様に爆発した。其の威力でより零星(ホシ)(ソラ)を駆け、岩を砕いて行く。

 一瞬の後に何個もの岩が一気に砕かれ、まるで(ヒカリ)窓掛(カーテン)の様に欠片が降り注いだ。

 うーん、此は中々芸術点が高いのでは?我乍ら綺麗に描けたな。

「セ、セレちゃん何してるの⁉」

満足気に(ソラ)を見ていると店からドレミが顔を出した。

「噫、一寸(チョット)魔力達と遊んでいたんだ。」

「中々派手な事してるね。」

ひょこっとポケットからケルディが顔を出したので思わず捕まえる。モフモフを逃がす自分ではない。

「此、セレちゃんがしてたんだね・・・。吃驚したよ。外見たら零星(ホシ)がどんどん爆発してるんだもん。」

「てっきりロードのトレーニングかと思ったよ。」

確かに。彼女なら()う、突きの衝撃波で岩を砕きそうだ。

「あら、呼んだかしら。」

続いてロードと、スーも恐々顔を出した。

 皆出てしまったか。そんな激しくしたつもりはなかったんだが。

「セ、セレしゃんだったなら良かったですぅ。てっきり敵襲かと・・・。」

「キュム、リ、リ。」

レインが落ち着かせる為かスーの背中を撫でていた。

「噫、済まないスー、驚かせてしまったか・・・。」

遊びに熱が入り過ぎていたらしい。腰が引けているので申し訳ない。

「魔力達と少し遊んでいたんだ。丁度良い感じに岩が飛んでいたから的当てをしていたんだが。」

「然うだったんだね。ドレミには見えないけど・・・その、魔力達が居るんだね。」

「噫、騒がしくして済まないな。一寸(チョット)休憩しようか。」

「いや良いよセレちゃん。大丈夫だって分かったから。窓から見たら綺麗だったし。」

「然うね、折角だし、見ていて良いかしら。」

「ん・・・まぁ良いぞ。一応怪我はしない様にな。」

皆店を出てしまったからだろう。レインが席のつもりか長く伸びて寝そべった。

 丁度座り易そうに凹んでくれているが・・・中々有能な猫である。

「あ、レインちゃん良いの?えへへ、特等席だね。」

「ぼ、僕の席もある・・・?じゃあ見物丈。」

「良いな!ボクも座りたい!」

すっかり特別席が出来てしまった。こんな期待されると少し緊張するが、まぁ良いだろう。遊びの延長だ。

「其じゃあやってみるか。」

零星(ホシ)を束ねて手を振る。真直ぐ伸びた星座は四つ並んだ岩を串刺しにし、一気に爆発した。

 七色に輝き乍ら散った(ヒカリ)が、重力に則り落ちて来る。レースの様な(ヒカリ)に包まれ、誰とも知れず息を付いた。

「わぁ、こんな事も魔力で出来ちゃんだね!」

「キュリ!リィ!」

「面白ーい!他の形とか出来ないかな。」

「形か・・・うーん、やれば出来そうか・・・?」

散った後の魔力を操るとなると・・・少し力加減が必要かも知れない。

 でも新しい試みだ。やってみるのは面白いかも知れないな。

「じゃあ魔力達の好きに描かせてみよう。零星(ホシ)を幾らか自由にするぞ。」

―ヤッタージャア僕ガ乗ル!―

―此方ハ私ノネ。―

「・・・何だか零星(ホシ)、と言うのかしら。魔力の流れが変わったわね。若しかして此が例の魔力達なのかしら。」

「噫、今度は彼等の好きにさせてみようと思う。何が出来るか楽しみだな。」

然う言えば皆には魔力の声が聞こえないんだったか。だったら急に自由に動き出した零星(ホシ)に違和感を覚えるのも無理ないか。

 一応石塊だとかが此方へ飛んで来ない様残った零星(ホシ)を組んで網の様にする。此を自分達の前に張り巡らさせて置けば事故は防げるだろう。

―ジャア行クヨー!―

星々は急に(ソラ)へ向けて飛び立った。そしてバラバラになったかと思えば近くの岩に手当たり次第にぶつかって行く。

 そして溢れ返った魔力の層が重なり、何かの形を作り出そうとしていた。

「あら・・・何だか(クロ)っぽくなったわね。」

「・・・あ!若しかして此、ケルディしゃんかも!」

「えぇボク?・・・まぁ言われてみたらそんな気がするかも・・・?」

尖った鼻先に羽の様な耳、額に蒼い焔が灯った影が映し出されている。

「あ、本当だ。分かったら可愛いかも。」

「えー、ボクの方が可愛いよ。」

其は認める。

 でも魔力達も頑張ってくれたみたいだ。初めての試みだったが、まさか絵心があったとはな。

 ・・・此、何気に中々な発見な気がしないでもない。意志がある所じゃないぞ。

―如何?上手ク描ケタデショ?―

「噫、ケルディを描いたんだな。凄いな、ちゃんと分かったぞ。」

未だ拙い所はあるが特徴は捉えられている。自分がイメージを送るのとは又違った難しさもあるだろうし、上出来だろう。

「あ、其処に魔力って居るのかな?とっても上手だね!凄いよこんなの描けるなんて。」

ドレミがにっこり笑うと零星(ホシ)はくるりと一回転した。

―エヘヘ、此楽シイ!モット沢山描ク!―

(ソラ)に戻った零星(ホシ)は又自由に岩を砕いて回り始めた。

「・・・(アレ)、元はセレの魔力なのよね?あんな使って大丈夫なのかしら。」

「ん、別に此位なら何ともないぞ。今回はそんなに零星(ホシ)も出してないしな。」

「此、結構な力を使ってるわよ。こんな自由に使えちゃうなんて流石ね。」

―・・・余り其奴を褒めるな。やってるのは只の破壊行動だぞ。―

「まあ此を使ってテロでもしない限り大丈夫だと私は思うけれども。」

「テロか・・・。確かに魔力達に零星(ホシ)を沢山与えて(ソラ)から降らせたら可也の被害を出せそうだな。」

―流石に其は見過ごせないからな。実行したら・・・分かってるだろう。―

「・・・考える丈にして置きます。」

正直分からない所が恐ろしいので、実行はしない様にしよう。

 然う話している内に魔力達は次々と思い思いに絵を描いている。中々、見ていると面白いな。

「折角だし写真、撮って置こうかしら。」

「あ、良いねローちゃん!どんどん撮っちゃお!」

ロードが一つの水玉(クリスタル)を取り出すと次々と(ソラ)へ構えて行く。

 確かに。良い懐い出になりそうだな。ドレミ達も一緒に撮っている様だ。

 ・・・ん、今波紋の端に何か写ったか?

 一応外で大々的にしているので注意は払っていたが・・・此は・・・まさか、

「悪い、少し丈席空けるぞ。」

「キュム?リ、リ!」

翼を広げ、一気に飛び立つ。しっかりと波紋で捉え、目的地に向けて真直ぐに。

「セレちゃん如何しちゃったんだろう・・・あれ、もう戻って来た。」

まるで流星の様に猛スピードで(ソラ)の彼方へ行ったかと思えば、即戻って来た。

 そしてそんな彼女の腕には何かが抱かれている様で、

「フフフフ・・・見付けた、見付けたぞ!」

「あれ、ボクみたいなの連れて来てる!」

目敏くもケルディは耳を(ソバダ)てていた。

 然う、セレの腕には小型のモフモフが何匹も抱えられていたのだ。

「あら、本当ね。セレ、其の子達は如何したの?」

「彼等は楓狐だ。まさかこんな所にもモフモフが居るなんて・・・っ。」

嬉しそうに彼女は頬擦りするが、彼等も満更では無いのか逃げる様子は無かった。

 楓狐、然う呼ばれた獣は、全長20㎝程の子狐で、全身が鮮やかに紅く、耳や尾の形が楓の葉の様に大きく先が尖っていた。

 確かにあざと可愛い。ケルディに似てなくもないが。

挿絵(By みてみん)

「わぁー!ふわふわで可愛い!ね、セレちゃん!ドレミも抱っこしたい!」

「噫勿論だ。分け合ってこそのモフモフだからな。」

早速一匹セレから手渡され、嬉しそうにドレミは其の子を抱き締めた。

 温かくて気持良い。此の(ママ)抱き枕にして寝てしまいそうだ。

 魔力達も新たにやって来た観客の前に絵を披露していた。早くも楓狐に似た紅い色を(ソラ)に掛けている。

「・・・何だか怪しいよ。此の子達何?只の子狐って訳じゃないでしょ。」

嫉妬なのかケルディは目を細めて楓狐の匂を嗅いでいた。彼等もケルディの事が気になるのか(シキ)りに見遣っている。

「おぉ、流石ケルディだな。然う、楓狐は禍の象徴とされている龍族だ。彼等の居る所に禍在りと言われているが、直接の関係は不明とされているな。彼等が事件を起こすのか、事件に集まってしまうのかは謎なんだ。」

「え、こんな可愛いのに禍の象徴なの⁉」

「じゃ、じゃあ逃げた方が良いんじゃあ・・・。」

思わずドレミは抱いていた楓狐を放したので不思議そうに彼はドレミ達を見遣った。

「まぁ今の此の状況が災厄と言えば災厄だから、其で来ちゃったんじゃあないかしら。」

ついとロードは(ソラ)を駆ける零星(ホシ)を見遣る。

 確かに。急に岩が爆発し乍ら飛び散っていたら禍と思われてもおかしくないか。

 加えて今は魔力達が自主的に行っちゃってる訳だし、ドレミ達も最初は然う思って出て来ちゃったんだしな。

「あ・・・た、確かに然うかも。まぁ其なら良いのかな・・・?」

「私としては別に此の後どんな禍が来ても構わないぞ!モフモフに会えたなら其以上の事は無いのだから!」

ぎゅっと彼等を抱き締めると応える様に向こうも自分に抱き付いてくれる・・・噫可愛い。

「リュ?キキュ、ムリ。」

寝そべっていたレインが急に頭を持ち上げたかと思えば自分の所へやって来た。何事かと見遣れば・・・何と其の頭にはモフモフが居るではないか!

「レ、レイン!良くぞ見付けてくれた!す、凄いぞ、こんな事があるなんて。」

レインの頭に乗っていたのは又しても別の子狐に似た獣だった。

 其は全長20㎝程、全身が(シロ)く、ふっくら丸く尖った耳の先が水色になっている。同じく膨らんだ尾はまるで発条(バネ)の様に巻いており、あざとくも其を振っていた。

挿絵(By みてみん)

「あら、今日は御客さんが多いのね。」

「噫、凄いぞ。此の子は雪狐、楓狐と対を成す龍と言われ、幸せの象徴なんだ。」

そっと楓狐達を手放し、雪狐へ手を伸ばすと跳び込んで来てくれた。

 噫モフモフから来てくれるなんてっ!こんな幸せな事があって良いのだろうか!

 此は・・・可也レアな事の筈、然うだ。ロードに撮って貰わないと。

 いそいそとセレは二匹の狐を腕にケルディの傍にやって来た。

 何だか彼は少し拗ねている様に見えるが、そんな様子もあざとくて可愛いのだから罪な獣である。

 そんなケルディの左右に其々雪狐と楓狐を置いてやる。

挿絵(By みてみん)

「よ、良し出来た!ロード、撮ってくれ早く!此の奇跡の一枚を!」

「フフ、セレったら。分かったわ。皆可愛いわね。」

「もう、ボクが一番可愛いんだよ!良く見える様に撮ってね!」

「うわぁああぁ・・・凄い、まさか狐型の龍族が三種集まるなんて・・・凄く貴重だぞ!うぉおおおぉ!龍最高ー‼」

すっかりテンションが盛り上がり爆発するセレの上旻(ジョウクウ)で、魔力の花火が盛大に上がるのだった。

   ・・・・・

 一方所変わって厄介な龍、海馬(ヒポカンポス)を相手にしていたガルダ達は中々勝負が付かずにいた。

 カレンは何とか一対一で仕留めたいらしく鑓を振るうが、中々海馬(ヒポカンポス)の身の(コナ)しに追い付けずにいたのだ。

 其も其の筈、此処は相手に有利過ぎる瀛海(ウミ)のフィールドだ。次第にカレンの顔にも疲労の色が出て来た。

 未だ大きなダメージを喰らっていないとは言え、此の(ママ)長期戦が続けば可也厳しいだろう。

 だが其は如何やら海馬(ヒポカンポス)も似た様な物らしかった。

 海馬(ヒポカンポス)は此の戦いが長引くのを良しとしていないらしく、可也苛立った様子を見せ始めたのだ。

 そして其迄カレンを真直ぐ見据えていたのを逸らし、彼女の脇を駆け抜けたのだ。

 様子を見る為にカレンも鑓を構えて見遣っていたが、中々海馬(ヒポカンポス)は突っ込まずに彼女の周りを回る様に駆け始めた。

 其の内に海馬(ヒポカンポス)の巻き上げた砂塵がどんどん膨らみ、二柱の姿をすっぽりと包み込んでしまう。

―っ・・・此不味いな、カレン!気を付けてくれよ!―

―えぇ、勿論ですわ!―

視界を奪われると一気に不利になってしまう。見えないのは海馬(ヒポカンポス)も同じだろうが、余り素早く動けないカレンを狙うのは容易だろう。

 完全に視界が(シロ)一色に包まれる中、海馬(ヒポカンポス)の駆け回る音丈が響いた。

 不意に蹄の音が大きく響く。砂塵の中心を全速力で海馬(ヒポカンポス)が突っ切って行くのだ。角を振り回し、狙いを付けて駆け抜ける。

 仮に角の一撃を避けられた所で、()の巨体に全力でぶつかられては無事では済まないだろう。先程聞いた詠の様に凄惨な目に遭ってしまうのか。

 祈る様に一同が見詰める中、急に砂塵が中心から二つに割れた。

 海馬(ヒポカンポス)が全力で駆けた事で其処丈砂塵が晴れた様だった。だが駆け抜けた海馬(ヒポカンポス)の角は空振りしたらしく、虚しく(ソラ)を刺す。

 幾ら砂塵で視界が悪いとは言え、逃げ場はない筈だった。()の一瞬で一体何処に。

 不審に思った海馬(ヒポカンポス)がくるりと向きを変え、晴れつつある砂塵の先を見遣った時だった。

―っやっと捕まえましたわ!―

海馬(ヒポカンポス)の足元が崩れ、砂が一気に隆起する。

 其の砂の塊から姿を現したのはカレンだった。

 突然の襲撃に一瞬海馬(ヒポカンポス)の躯が跳ね、動きが固まる。

 其の隙を突いてカレンは海馬(ヒポカンポス)に跳び掛かり、其の(ママ)彼を横倒しにした。

 そして其の上に乗っかり、完全に押さえ込む。しっかりと尾を押さえられ、海馬(ヒポカンポス)には抵抗する術がなくなってしまった。

 此では自慢の角も蹄も役には立たない。横倒しにされた時点で勝負は決していた。

 御負けにカレンの質量が加わるとなると、幾ら海馬(ヒポカンポス)でも抜け出す事は出来なかった。暴れた所でどんどん砂の中へ上体が埋まってしまう丈だった。

―・・・ふぅ、此で勝負ありましたわ。コチの勝ちですわね!―

未だ海馬(ヒポカンポス)の瞳は怒りに燃えている様だったが、少し丈落ち着きはした様だった。

 此以上暴れた所で無駄だと分かったのだろう。(ムシ)ろ躯が砂に沈む所為で、下手したら窒息してしまう。

―す、凄い!やりましたねカレンさん!―

―一時は如何なるかと思ったけど・・・凄いな、生身で馬に勝つなんて。―

もう大丈夫と判断し、一同も集まって来た。先迄あんなに暴れていた海馬(ヒポカンポス)がすっかり大人しくなっている。

―見事ですねカレンさん。でも先のは一体、まさか()の一瞬で砂の中に潜ったんですか?―

―フフ、穴掘りはコチの特技でしてよ。奇襲には打って付けなんですの。―

―成程な、不利な状況から良く巻き返したな。上出来だったぜ。―

地中からの攻撃と言うのは意識から外れ易い物だ。ここぞと言う時に真価を発揮する業だろう。

 満足気に胸を張るカレンの足元で海馬(ヒポカンポス)は諦めた様に一声鳴いた。

―もうコチ達を襲わないのであれば放してあげますわ。コチ達は先に進みたい丈でしてよ。―

言葉は通じたのか、同意する様に海馬(ヒポカンポス)は鳴いた。

 そっとカレンが背から降りると、(ユック)りと海馬(ヒポカンポス)は起き上がった。そして繁々(シゲシゲ)と一同を見遣る。

 固唾を呑んで見護っていると、海馬(ヒポカンポス)はくるりと背を向けた。其処からは脇目も振らずに走り去ってしまった。

―フフ、敗者は黙って去るのが御似合いですわ。―

―有難う御座います。此で街迄無事に行けそうですね。―

―えぇ、コチに掛かれば此位朝飯前ですわ!―

―然う言いつつ先一寸(チョット)怪我しただろ。直ぐ治すから、先に進むのは其の後な。―

―うぐ・・・目敏いですわね・・・。―

苦い顔をされたが、彼女は渋々ガルダの前に立った。

 ()う言う所は少しセレに似ているのだから油断ならない。まぁセレより隠すのが下手だから直ぐ分かるけれども。

 彼女の場合、腕が無くなっても割と平気な顔をするから厄介なんだよな・・・良くない干渉力の使い方を覚えてしまったらしいので質が悪い。

 さっと軽く術を掛ければ直ぐ完治した様だ。カレンは大きく息を吸うと一つ頷いた。

―ガルダさんは術の扱いが上手いですわね・・・。一応、助かりましたわ。―

―だろ、隠す事なんか無いんだからな。―

此以上セレが真似しない様しっかり釘は刺して置かないと。

―むぅ・・・もう大丈夫でしてよ!さ、早く先に行きましょう。―

ツンと鼻先を上げると足早にカレンは先へ行ってしまった。

 残る一同は苦笑を漏らしつつも、彼女の後に続くのだった。

   ・・・・・

―・・・本当に街がありましたわね!其に思ったより大きくて立派ですわ!―

門の前に立ち、カレンは仁王立ちして繁々(シゲシゲ)と其処からの景色を眺めていた。

 (アレ)から暫く歩いたが、突如何も無かった瀛海(ウミ)に一つの街が浮かび上がって来たのだ。

 カレンの言う通り街は可也大きく、一回りする丈でも半日は掛かってしまうだろう。

 砂を固めて造られたであろう街は何処も彼処も(シロ)く、静かだった。

 立派な門や家々が見えるのに、住人は一人も居ないらしい。

 街が出来てから長く放置されてしまったのか、一部砂に埋もれてしまっている所がある位だった。

―・・・何だか勿体無いな。こんなに綺麗な街なのに。―

加えて陸で見た村らしき所よりずっと状態が良いなんてまるで皮肉めいている。

―然うですね。でも若しかしたら街の中に何かあるかも知れませんよ?皆さんは次元の主導者(コマンダー)を探すんでしたか。―

―はい、思ったより気配が散漫としていますね・・・。手分けして探した方が良いかも知れません。―

街の中から気配はするのだが、今一場所が明確には分からないのだ。

 街も大きいし、其が一番手っ取り早いかも知れない。

―然うだな。何かあったら直ぐテレパシーしたら良いし、皆で探してみるか。―

―だったら私にも是非御手伝いさせてください。見て回る(ツイ)でに探してみますね。―

―其は有り難いですね。差し支えなければ御願いします。―

飃が軽く御辞儀すると、一つ琴城は頷いた。

―然うでした。(ツイ)でにもう一つ、此処に来ると一つの詠が私の中に生まれました。良ければ又聞いて貰っても宜しいでしょうか?―

―え、そんな事もあるんだな。勿論良いぜ。何かヒントになるかも知れないしさ。―

只闇雲に街の中を探すよりずっと良い。

 皆も頷いてくれている。異論は無い様だ。

―分かりました。では一曲御聞きください。此の街が聞かせてくれた物語を。―

琴城は一つ息を整えると良く響く詠声を奏で始めた。

   ・・・・・

 此処は四方を滄溟(ウミ)で囲まれた島国

 其の海岸の一つに一人の正女と瀛皇龍(リヴァイアサン)が居た

 (ヨル)に煌めく海蛍の明かりが目印の二人丈の秘密の約束の地

 正女は挨拶代わりに真珠のブローチを瀛皇龍(リヴァイアサン)の角に掛けてやった

 御返しに瀛皇龍(リヴァイアサン)は正女の長く美しい髪に石竹色の貝殻を掛けてやった

 正女が少女だった時から知り合っていた二人は心が通じていた

 そして互いが互いを愛している事を知っていた

 正女は瀛皇龍(リヴァイアサン)の為に毎日足繁(アシシゲ)く海岸に足を運び、瀛皇龍(リヴァイアサン)は正女の為に毎日泳ぎ難い浅瀬迄滄溟(ウミ)を掻いた

 或る日、釣れない正女に瀛皇龍(リヴァイアサン)は其の面を良く見ようと浜辺に打ち上がる形で寄り添った

 するとポツリと正女は呟いた

「もう直外海の方と結婚をします。だからもう貴方には逢えないわ。」

正女は此の国の姫君だった

「何故だい。君は私を愛しているのだろう。何故離れなければならないのだ。」

「此処は陸で、貴方は滄溟(ウミ)の者。私達が交わる事は出来ないのです。」

「では私は君を帰さない。私は滄溟(ウミ)の王だ。そして滄溟(ウミ)には滄溟(ウミ)の掟がある。」

姫君は瀛皇龍(リヴァイアサン)の眼差しに心打たれ、彼の願いを承諾して其の背に乗った

 姫君と瀛皇龍(リヴァイアサン)滄溟(ウミ)を渡っていると姫君を取り戻そうと鴎の徽章を掲げた兵が船を出して取り囲んだ

 滄溟(ウミ)の王と言えど姫君を護り乍ら応戦するのは楽ではない

 終に瀛皇龍(リヴァイアサン)は大渦を起こし、船を沈めた

 だが其の勢いは凄まじく、姫君をも渦は呑み込んでしまった

 瀛皇龍(リヴァイアサン)が気付いた時には既に遅く、姫君の姿は滄溟(ウミ)から消え失せていた

 姫君を捜す瀛皇龍(リヴァイアサン)だったが、幾ら捜せども其の姿は見えず、代りに姫君に贈った貝殻やリボン、イヤリングを見付けて涙する(バカ)

 (イズ)れは帰って来るかも知れないと恋心を捨てられない瀛皇龍(リヴァイアサン)は海上で何年も姫君を待った

 道標にと呼び寄せた海蛍は数多の零星(ホシ)の様に蒼く煌めき、滄溟(ウミ)をもう一つの(ソラ)へと変えた

 だが集うのは瀛皇龍(リヴァイアサン)滄溟(ウミ)より猶(クラ)く蒼い涙のみだった

 或る日、一艘の船が其処を通り掛かった

 其の船には鴎の徽章を掲げられていた

 其を認め、瀛皇龍(リヴァイアサン)()の日の記憶が駆け巡った

 若しかしたら姫君は()の陸の者に囚われたのかも知れない

 瀛皇龍(リヴァイアサン)は大浪を起こし、船を沈めた

 割れて砕けた船からは、娘を亡くして嘆いた王の造った姫君の石像が積まれていた

 姫君と瓜二つの優しい笑みを湛えた石像に瀛皇龍(リヴァイアサン)の心は(タチマ)ち釘付けになった

「噫、君は此処に居たんだね。」

其の冷たい頬に柔らかく口付けし、瀛皇龍(リヴァイアサン)は石像を中心に(トグロ)を巻いて沈んで行った

 後に船を二艘も沈めた此の姫君は滄溟(ウミ)の悪魔と呼ばれる

 だが彼女は永遠の口付けを以って滄溟(ウミ)の王に愛され続けるだろう

 (クラ)滄溟(ウミ)の底で海蛍に祝福され乍ら瀛皇龍(リヴァイアサン)と姫君は契りを交わした

 其からは二度と、瀛皇龍(リヴァイアサン)は海上に現れなかった

   ・・・・・

 彼が口を閉ざした途端に静寂が甦った。

 其の中で一同はじっと街を見詰めてしまう。一体今の詠が何を意味するのか。

 一見関係はなさそうに感じるが、必ず何か関わりがある筈だ。

 其にしても此又大きいのが来たな。海馬(ヒポカンポス)の次にしては大き過ぎる。

―然うですね。瀛皇龍(リヴァイアサン)は出来れば相手をしたくはないですね。けれども次元の主導者(コマンダー)と関係がありそうではないですか?―

―・・・姫の像の事ですか。―

何処となくキーアイテムの気がしてならない。其のキーワードが胸に残った。

 流石の相手にカレンも黙ってしまっている。瀛海(ウミ)を駆ける馬とは違い、瀛海(ウミ)を操る王となると、勝手が違うだろう。

―分かってるとは思うけど、もし仮に見付けても不用意に近付かずに連絡してくれよ。―

詠の通りなら眠ってくれていそうだし、出来れば無用な接触は避けたい。

 流石にこんな瀛海(ウミ)の中じゃあ分が悪過ぎるのだ。次元の主導者(コマンダー)に関わらない事を祈ろう。

―・・・然うですね。では皆さん御気を付けて。早く見付かると良いですね。―

皆頷き合うと門を潜って直ぐに分かれたのだった。

   ・・・・・

―中々、其らしき物は見付からないな・・・。―

適当にぼやき乍らガルダは通りを抜けて行った。

 ずっと(シロ)い街並みが続く丈だ。貝の一つも此処には無いので彩すら無い。

 流石に此処迄変わり映えしないと見飽きて来る。此の街は一体何だったんだろうか。

 ()の詠の通りの街なら、何て味気ない。こんな物を造る為に国が滅ぶなんて。

 次元の主導者(コマンダー)の気配は未だはっきりしない。近いのは分かるんだけれども・・・。

―・・・あ、ガルダさん、こんな所に。―

見上げると飃が前方から歩いて来ていた。未だ分かれてそんな経っていない筈なのに、余りにも静かだったからか懐かしさに似た物が込み上げる。

―飃、如何だ調子は?俺は此の通りからきしだけど。―

―はは、僕もですよ。中々難しい物ですね。―

苦笑して彼は(ツエ)を下ろして足を止めた。少し休憩するつもりらしい。

―そっか。・・・所で折角だし一つ聞きたい事があるんだけど、良いか?―

―?はい、僕で良ければどうぞ。―

只首を傾げる彼に一瞬口が閉じ掛けたが、息を付く。此は是非とも確かめたかった事なんだ。

―大した事じゃないんだけど、前一寸(チョット)聞いてさ。御前、その、大神の魂の一つなんだって?―

―然うみたいですね。全く自覚が無かったので吃驚しましたが。―

―其で如何も正体って言うか、本当の姿も分かったんだろ?―

―はい、皆さんの話だと、僕はムルマ、と言う神だったみたいですね。―

其の名が出て来て思わずガルダは目を見開いた。

 其は・・・忘れようもない古の名前の筈だ。

―そっか。なぁ飃は其のムルマって神について知ってるのか?―

―え?まぁその、全て聞き伝てになりますが、ライネス国、En078△▽(レイオン)大聖堂の三賢神の一柱と・・・聞き及んでいます。はは、何だか僕に似合わない肩書の気がしますが。・・・其が何か?―

―いや、そんな大した事じゃないけれど。―

話を振りはしたが、口籠ってしまう。一体如何切り出そうか。

―その、若しかしたら何か懐い出したりするんじゃないかって思ってさ。其丈だけど。―

―・・・噫、其なら。―

薄く(ワラ)って飃の口が滑った。

 音の無いテレパシーが自分の中に響く様で。

―其なら、少し丈・・・懐い出しましたよ。―

「・・・っ。」

思わず息を呑んで大きく数歩彼に近付いた。

―懐い出したって、何をだ?―

―気になりますか?―

―・・・っ、そりゃあ勿論。―

―其は貴方に関係する事だからですか?―

目を合わせられ、喉がひくついた。

―・・・なんて、言ったら如何しますか?―

知らずガルダの手は飃の頸元へ伸びていた。

 まるで獲物を逃すまいとするかの様に目は尖り、鋭く()め付ける。

―わぉ、御兄さんもそんな顔するんだね。―

柔い笑みが突如まるで(ミカヅキ)の様に歪になって。

 其の怪しさに一瞬ガルダの手が止まる。同時に腹に思い切り烈風を叩き込まれて吹き飛ばされた。

「っぐ・・・う、」

大きく飛ばされはしたものの、難なく着地し一つ息を付く。

 直ぐ顔を上げると、まるで死神の様な笑みを湛えた飃が(ツエ)を構えていた。

―本当、御似合いだよ二柱共。()の化物と同じ顔をしてるよ。誰かを殺す事を厭わない奴の目だ。―

―御前・・・(ヨル)の飃か。―

抜かった。入れ替わっていたのか。若しかしたら・・・初めから試されていたのだろうか。

―其の通り。何となく御兄さん余所余所しかったし、鎌掛けてみたんだけど・・・大物だったみたいだね。出来ればもっと話を聞きたい所だけど。―

―俺は・・・何も知らないぞ。―

―いや、流石に其は無理があるでしょ。―

まるで追い詰める様に一歩一歩と飃は足を進める。

 笑みは崩さず、だが一切油断もしていない張り詰めた殺気を感じる。

―初めて会った時はもっとぼんやりしていたから、こんな御兄さんが()の化物の守護神なんて釣り合わないなぁと思ってたけど・・・成程ね。―

―御前、何処迄知ってるんだ。―

矢っ張り此奴は油断ならない。尻尾を出す気はなかったのに。

 俺も、気を急ぎ過ぎていたな・・・。別にこんな直ぐ聞く必要もなかったんだ。

 只、有り得ないと思っていた事が起きてしまったから動き過ぎてしまったが・・・。

 今更後悔しても遅いか。俺より彼奴が上手だって事だ。

―さて、何処迄だろうね。良かったら一寸(チョット)付き合ってよ。そしたら話す気になるかもね。―

―・・・後悔するなよ。―

こんな挑発されたら、乗らない訳には行かなかった。

 悪い、セレ。散々戦うなって言ってるのに俺が其をあっさり破って。

 でも此は引けない。此の(ママ)引き下がるのは・・・無理そうだ。

―おぉ、恐いね。じゃあ()の日の続きと行こうよ。・・・殺し合いをね。―

飃の目が苛烈に輝き、(ツエ)を突く様に構えた。

 一歩下がり乍ら受け流す様、其の一挙一動を見据える。

 先の一撃、水の中とは言え彼の術なら凱風(カゼ)を創り出せるらしい。可也不利な状況の筈なのに()うして挑んで来るなんて。

 でも言葉に惑わされるな。殺し合いなんて物騒な言い方をしたけれども、結局此は次元での神同士の争いだ。

 其なら、仮に死んだ所で次元の迫間(ディローデン)に戻る丈だ。傷は無い。

 只記憶と、やり合った事実は残ってしまう。・・・恐らく飃の狙いは其処だ。

 先のは鎌掛けだって言っていたし、実際彼は(ホトン)ど懐い出していないんだろう。(ソモソモ)懐い出していたらこんな所で店なんてやっていないだろうし。

 仮に懐い出せても、本の断片の筈、直接俺と関わる所には及ばない筈だ。

 でも()うしてある意味ヒントを俺は奴に与えてしまった。恐らく其処から何か引き擦り出したいんだろうけれど。

 彼が執着しているのはセレに関して丈だと思っていたから、注意が足りなかったな。

 加えて困るのは、何方かが此処でやられて次元の迫間(ディローデン)に戻ってしまった場合だ。

 然うなると・・・多分セレに勘付かれる。今セレは店に居るんだし、死んだと分かったら事情を聞いて来る筈・・・。

 俺は只彼女に心配を掛けさせたくない丈だ。此は俺の問題だし、余計な気は遣わせたくない。

 今だって彼女は精一杯なんだし、俺が足を引っ張っちゃあ世話ないじゃないか。

 飃がまるで鎌の様に(ツエ)を振るうと、明らかに水の流れが変わった。

 水の中を凱風(カゼ)が巡っているのだ。其が其の(ママ)水流となって押し寄せる。

 可也凱風(カゼ)の刃としては鈍っているが、でも質量は()し掛かる。足が砂に沈み込み、上体がぐらついた。

 見えない凱風(カゼ)は矢っ張り厄介だ。形が掴めないから避け難い。

―其の(ママ)突っ立ってくれれば良い的になるんだけど。―

砂に埋もれた足を引き抜こうとした所で背に冷たい物が駆ける。

 居る、もう目の前迄来たのか。此は出し惜しみなんてしている暇はない。

 生命力を解き、一気に脚が獣の其へと変わって巨大化する。

 此の姿に成れば水圧なんて大した事は無い。其の(ママ)力任せに足を引っ張り上げた。

 途端砂塵が舞い上がり、すっかりガルダの姿を隠してしまう。其処へ容赦なく水の刃が突き刺さった。

 だが砂塵が晴れた所でガルダの姿は其処には無い。少し高目を泳いでいた飃は視線を上げると同時に(ツエ)を構えた。

 其処へ重みが加わったかと思えば爪を備えた獣の腕が掛かる。如何やら足を抜いた衝撃で一気に高く跳んでいたらしい。

―本気でやる気かよ。―

―僕は何時だって本気だよ。―

(ツエ)を振られたので大きくガルダは下がった。其の半身はすっかり(シロ)い獣の其になっている。

 一応此丈生命力を解放すれば水の中でも動き易い。毛が濡れてしまうが其以上に筋肉も付き、疲れ知らずになる。

―ねぇ御兄さん、先何する気だったのか教えてよ。―

―っそんな事、―

水流がうねり、激しく渦を巻く。

 彼の(ツエ)から放たれる凱風(カゼ)が此の場を支配して行く。

―僕を・・・殺す気だったんでしょ。―

唇を噛む。何も、言い返せなかった。

 突発的に手が出てしまった・・・今思えば只の誘いだって分かり切っていたのに。

―じゃあ此は正当防衛って事で(ユル)されるでしょ。ま、御兄さんも不憫だよねぇ。あんな御転婆な化物の御守なんて。僕みたいな奴は排除したくて仕方ない筈だよ。―

―・・・・・。―

如何して、御前がそんな知った風に言う。

 御前は、敵なんだろう。セレを害する奴だ。・・・でも彼奴は仲間って言っていて。

―ま、本来はやり合っちゃあ駄目だって言われてるけど、偶には良いでしょ。御兄さんも今日位は好きにしたら良いよ。―

・・・好きに、随分と飃はやる気があるらしい。

 ()うして相対している間にも激しく渦が駆け巡っている。・・・逃す気は無いらしい。

―僕も今回の事は()の化物に口外しないであげるよ。然う言ったらやり易いでしょ。―

―化物って、セレの事言うなよ。―

―其は出来ない相談だねぇ。僕は此でも敬意を払って然う呼んでるんだよ。だって・・・然う在ろうと本神(ホンニン)が選んでいるじゃないか。―

堪らず水を掻いて飃へと跳び掛かった。

 矢っ張り、俺は此奴を(ユル)せないよセレ。

 確かにセレは黔日夢の次元(ゼロ・ディメンション)を起こしてる。此奴が其に復讐したいってのは分かる。

 でも其と俺の気持は別物だ。俺からしたら只彼女と居たい、傷付けられたら怒る、其丈なんだ。

 至極シンプルな話。だからこそ、俺は此奴を受け入れられない。

 狡猾で油断ならないし、振れずにセレの命丈を狙っている。

 其なのに何処かセレは此奴の事を認めていて・・・。

 其が俺は理解出来なくて・・・多分悔しいんだ。

 だから、此は一寸(チョット)した怒りのぶつかり合いだと思う。俺の此のやり場のない気持を抑える為に。

 跳び掛かった所で(ツエ)で軽く去なされてしまう。如何しても少し躯が重く、思う様に動かない。

 力が乗らないのだ。斬り裂こうと迫っても、中々刃が届かない。

―ふーん、御兄さん中々やる気はあるみたいだねぇ。やり慣れてる、とは言わない迄も、殺す覚悟はあるみたいだね。初めてじゃあなさそうだ。―

―其は御前も一緒だろ。―

―勿論。けど、僕としては一寸(チョット)意外だったからね。結構御兄さん穏やかそうなのに。―

穏やか・・・其は、出来れば俺も然うしたいよ。

 けれども(ユル)されない。其を選んじゃあ進めないんだ。

―・・・いざと言う時、然うして本気になって戦えるのは良い事だと思うよ。―

思い掛けない言葉に思わず少し距離を取った。

 ほ、褒められた・・・?いや、別にそんな事は、

―何もしない奴よりずっと良いよ。・・・うん、一寸(チョット)は見直してあげなくもないね。―

―何だよ其の評価、俺随分と低くないか・・・?―

凄い、見直された筈なのに見下された気分だ。

 結局は戦う奴が好きって事なのかな?・・・そんな単純じゃあなさそうだけど。

―然う思うなら僕から一本取ってみなって。気持で負けてるのバレバレだよ。―

薄く笑った(ママ)(ツエ)を振るわれる。

 あんな細腕に見えて、彼は結構鍛えている。此の姿ですら押されそうになる。

 其は魔術の扱いの上手さも関わるだろうけど、悔しい。

 俺は本当は・・・戦いたくない。平和に居られるなら其で良いのに。

 でも世界が其を(ユル)さなくって、俺なりに見付けた方法で頑張っても中々上手く行かなくて。

 俺は・・・如何すれば良い。此以上如何すれば、

―そんなの、簡単だろ。―

内なる声が響いた気がして固まってしまう。

 今のは・・・まさか、

 声を聞いている暇はない。でも内側から、まるで檻の中から暴れる獣の様に声が響く。

―彼奴をやっちまえば良いんだろ?此方だって虚仮(コケ)にされて腹が立ってんだ。みせてやりゃあ良いじゃねぇか。―

―・・・っ御前か。―

丗曦が起きたらしい。俺が暴れた所為で気付かれたか。

 最近割と静かにしていたからてっきり寝た(ママ)になるかと思ったら違うらしい・・・。

 でも駄目だ。此奴を出したら、前のセレの二の舞いになる。被害が何丈(ドレダケ)出るか考えたくもない。

―いや、御前は出さない。余計な事はするなよ。―

―ケッ、御前一柱で如何にかなる相手なのかよ。気持で負けてんだろ?―

(ウルサ)い。俺は・・・俺は一柱で十分なんだから。

 暫く俺の様子を伺う為か飃は此方を見詰めていたが、不意に時空の穴(バニティー)を開いた。

 そして其処から一本の刀を取り出す。

 (アレ)は・・・前も見たな、確か廻瀾(ナミ)だとかを斬っていた刀だ。

 でも刀と(ツエ)で如何する気なんだ。

 つい此方も様子を見てしまう。見慣れない組み合わせに手が直ぐには出せない。

―其じゃあ一寸(チョット)抗って見せてよ。―

(ツエ)の背に飃は飛び乗った。そして一気に勢いを付けて飛んで来る。

 水の中だと言うのに(ツエ)のスピードは衰えていなかった。何より()の状態でバランスが取れるなんて。

 其の上で彼は刀を構えていた。何時しか真皓(マッシロ)だった刀身が(クロ)に変わる。

 ()の状態で其の(ママ)扱うと言うのだろうか。何が起きてもおかしくない。良く良く注意しないと。

 早くはあるが、正面から迫るので受け流そうと避ける。別に正面から喰らう必要はない。

 だが避けようとして足が取られた。泳ごうにも躯が少し強張る。

 此は・・・水圧か、否何か力が加わっている。

 渦だ。渦に足を取られてしまっているんだ。

 自分の後方、其処に向けて恐ろしい勢いで水が流れている。

 成程、()うして凱風(カゼ)で足止めも出来てしまうのか。

 動きが鈍くなった所へ刃が迫る。

 此はもう受けるしかない。此の爪で応戦して隙を突かないと。

 真直ぐ斬り掛かる飃に向け、爪を交差して構えた。上手く行けばカウンターは出来なくもない。良く動きを追え。

 息を詰めて見詰める。そんな一瞬、飃の瞳と()ち合った。

 其の奥で・・・死神が嗤った気がした。

 ・・・え、

 力が、抜ける。一瞬、たった一瞬の出来事だった。

 真直ぐ向かって来た飃が一閃を放った所で、意識が一瞬途切れた気がした。

 此・・・は、

 上体が傾ぎ、違和感に気付いた。

 腕が、否躯が動かない・・・?

 落ちる視界で慌てて自分の上体を見た。一見斬られた丈の筈だが。

 途端視界が(アカ)に埋め尽くされる。激しく迸る様に全てを染めて。

 此は・・・俺の血?ま、まさか、

 気付くと同時に激しい痛みが胸元に走った。見る迄もなく俺の躯は真っ二つに斬られていたのだ。

 交差していた爪も断ち斬り、腕も斬られてしまっている。其処から胸元に掛け、一本の線が入った様に斬られていたのだ。

 力が入らなくて当然だ。だってもうくっ付いていないのだから。

 飃が続けて刀を構えた。・・・不味い、此の(ママ)じゃあ只斬られる丈だ。

―ねぇ、何処迄細斬れにしても再生するか試させてよ。―

又刃が迫る。何とか即座に生命力を爆発させ、腕と胴をくっ付けた。そしてせめてと腕を掲げるが、又しても斬られてしまう。あっさりと獣の腕を断ち、肩から足元迄一気に斬り裂かれてしまう。

―な、何だよ此の斬れ味・・・っ、―

余りの鋭さに痛みが遅れて駆け抜ける。

 気付かぬ内に生命力が削り取られて行っているのだ。

 此、急がないと再生する丈で永遠に斬られ続けてしまう。再生を、早めないと。

 (アラカジ)め生命力を上げていたから良かったものの、此下手したら最初の一太刀で斬り捨てられていたかも知れない。

 無理矢理翼を広げて大きく扇ぐ。此で何とか渦を掻き消す。

 又腕は斬られはしたけれども渦が弱まるのを感じた。

 此の隙に、今は近付いちゃあ駄目だ。

 一気に後方へと飛び退く。其の後を刃が駆け抜けた。

 ・・・あんな軽々使ってるのに、触れた丈で斬られるなんて。

 刀と言えば師匠、アーリーを懐い出すが、斬れ味は彼女の比じゃない。

 彼女のは水を斬るなんて業を極めていたけれども、彼は全くの別物の様だ。

―あー残念。翼から落とせば良かったか。―

ちらと見られた丈で背に冷たい物が駆ける。

 だ、駄目だ。臆しちゃあ。此の程度、直ぐ再生する。傷は残らないんだから。

―如何?自慢の爪も毛皮も役に立たないと知った気分は。―

追い詰める様飃は(ツエ)に乗った(ママ)此方へ飛んで来る。

 逃す気はないか。此の(ママ)攻め続けるつもりらしい。

 でもこんなの、止め様がない。対抗手段が見付からないのだ。

 得物を奪うなんて然う出来る事じゃあないし、リーチを鑑みたら此方に取れる手段は魔術のみになってしまう。

 まさか・・・此の爪で打ち負けるなんて。常に再生しているから刃毀(ハコボ)れもしない優秀な武器だったのに。

―ま、御兄さんじゃあ防げないのは無理もないね。()の化物だって斬れたんだし。―

・・・は?

 思考が一瞬真白になる。

 まさか、斬ったのか。其の刀でセレを。

 ・・・いや、なくはない。俺に隠れてるつもりっぽいけど、二柱が何度か戦っているのは知ってる。

 でもあんな刀で斬られちゃあ無事では済まない。そんな大怪我を負ったと。

―御前、何て事をっ!―

―あら、そんな怒る事?別に僕は普通に戦ってた丈だよ。知らなかった訳じゃあないと思うけど。―

態々(ワザワザ)セレは俺に言わないだろう。怪我をしたなら猶更隠すだろうし。

 其にしても・・・胸の奥に(タギ)るどす(グロ)い物を呑み込めない。

―頸とか腕もあっさり斬れたよ。ま、返り討ちには遭ったけどね。―

―・・・噫()の時か。セレが店を出て行った・・・。―

懐い・・・出した。ダイヤと飃、三柱で戦い大怪我をした()の時を。

 ()の時は本当に恐ろしくて、怪我についての詳細迄は彼女は語らなかった。

 俺も()の時は其で良しとしちゃったけれども、本気で飃は・・・。

 いや、其は分かり切ってた筈だ。今に始まった事でもないし、只俺が未だ受け入れ切れていなかったんだと思う。

―然うそ。そっか、嫌な事懐い出させちゃったかな。まぁでも此の刀の実力は思い知ったでしょ。さて、一体御兄さんが如何此を説き伏せるか楽しみだね。―

―っ・・・。―

応えようとして、声が詰まった。何か胸の内で暴れる様で。

此は一体、何か俺の懐いとは別に何か、熱くなる様な。

―何ボケッとしてんだよ御前は。もっと怒れよ!其とも其の程度か。―

―・・・丗曦、そんなの御前には、―

―関係ねぇってか?御前が吾に言ったんだろうが。御前の願いは何か、彼奴の事を懐い出せって散々言っただろうが。だから()うして動こうとしてんじゃねぇか。何か間違った事を言ってるか?―

直ぐに、返事は出来なかった。

丗曦の言いたい事が・・・分かってしまって。

 然うだ。俺は怒っている。飃の事、矢っ張り(ユル)せないって。

 でもセレに言われてるから、何もしなかった。でも今は奴からも()う言われて。

 ・・・良いんじゃないか。向こうが其の気なら俺だって。

―此でも吾は吾なりに考えたぜ?だから御前も同じ考えだと思うけどよ。力はあるんだ。見せ付けてやっても良いじゃねぇか。―

―・・・少し丈、だぞ。―

少し、本の少し丈、彼奴を黙らせたら其で十分だから。

―噫然う来なくっちゃな。安心しろ。吾は彼奴より(ツヨ)い。―

途端ガルダの意識が揺らぐ。分かる、(ヒカリ)に呑まれるのが。

 矢っ張り少し恐い。でも其以上に、彼奴を見返したいと思ったんだ。

―・・・あれ、何かやばい気配がするなぁ。―

何だか大人しくなったから様子見していたけれども、明らかに様子が変だ。

 此の感じ、前化物を殺し掛けて、反撃された時と似ている。

 格上の気配、相手をしちゃあいけないって本能が訴えて来る。

 背中の毛が逆立つ様な、そんな悪寒に近い感覚。

 ・・・此、何か起こしちゃったかな。そんな苛めたつもりは無かったけれども。

 一度彼の全身が(ヒカリ)に包まれたかと思えば少し背と髪が伸び、より毛並は(シロ)く輝いた。

 向けられた視線は鋭く、眼光丈で射殺せそうな程だ。

 明らかに違う。()の平和惚けした目じゃない。

―よぉ、随分暴れてくれたみてぇじゃねぇか。―

―・・・君誰?先の御兄さんじゃないよね。―

―答える義理なんざねぇぜ。吾も彼奴も同じなんだからよ。其より遊び相手が欲しいんだろ。やり合おうぜ。―

―ふーん、まぁ良いけど、(アンマリ)大暴れしないでよね。―

明らかにやばい奴だし、一応釘は刺して置かないと。言って分かってくれる奴なのかは別にして。

 僕としては御兄さんと話したりしたかったんだけど、此じゃあ情報の一つ得られないじゃないか。

 まぁでも僕が発端みたいな物だし、後始末はするけど。

―ヘッ、手前がさっさとくたばってくれりゃあ直ぐ済むけどな。―

―其は御遠慮願いたいね。―

刀を構え直す。多分斬る要領自体は同じ筈。

 魔力は明らかに増してはいるけれども、乱暴そうだし、其処を上手い様突ければ。

 突っ立った(ママ)の奴に向けて一気に斬り付ける。

 もう先みたいに様子見はしないよ。一気に攻め落とさないと面倒然うだし。

 無難に四肢、首を重点的に斬り付ける。一度じゃなく何度も。奴が再生するのは分かっているから、其を押し返す勢いで。

 実際斬った傍からどんどん再生していた。此じゃあ腕を吹き飛ばす事も間々(ママ)ならない。斬り離すより先に癒着してしまうのだ。

―おい、手前の自慢の刀も其の程度かよ。―

―其は聞き捨てならないね。直ぐにばらしてあげるから大人しくしていなよ。―

―流石に只斬られるのも飽きて来たぜ。―

嫌な笑みを浮かべたかと思えば行き成り腕を掴まれた。

 そして力任せに投げられてしまう。一気に大きく吹き飛ばされてしまい、離れてしまった(ツエ)を呼び戻した。

 腕、少し捻ったか・・・。折れてない丈ましだけど、只斬る丈じゃ駄目か。

 然うは言っても、水の中って遣り難いんだよね。成り行きで今回戦った丈で不利な場所には変わりない。

 本来であれば御兄さんの方が有利な条件だったんだ。だのに御兄さんの方が及び腰だったから発破掛けてみたんだけど。

 こんなのが居るってのは聞いてないよ。化物と言い御兄さんと言い、何でこんなのを内に飼ってるんだか。

 嵐を呼び込む。自分達を分かつ様に中心へ。そして其の嵐に乗って一気に斬り掛かる。

 凱風(カゼ)が見えるのは術者である僕丈だ。凱風(カゼ)に乗り飛び回れば水中だろうと関係ない。

 凱風(カゼ)を掴めない相手には只向かい風となり、大きなアドバンテージを生んでくれる。・・・其でも、

 丗曦が両手を合わせると其の衝撃で(ヒカリ)の輪が広がる。

 其で一気に瀛海(ウミ)は凪いでしまった。渦を掻き消されたらしい。そして廻瀾(ナミ)を蹴って此方へ飛び掛かって来る。

 無理矢理術を上書きして威力を殺したか。矢張り力業で突破して来たね。力があると小細工が効かないから面倒なんだよ。

 刀に凱風(カゼ)を集中させる。此で何処迄刻めるか。

 先迄の廻瀾(ナミ)を操る様な凱風(カゼ)じゃない。もっと鋭く、相手を貫ける様な。

 息を詰め、此方からも飛び込んで丗曦に斬り掛かる。

 向こうは避ける気も無いらしい。相変わらず巫山戯(フザケ)た生命力を盾にする様だ。

 其ならと容赦なく先ずは縦に真っ二つに斬り裂いた。

 別に彼を斬る位なら大した魔力は必要ない。斬った後に凱風(カゼ)が吹き荒れ、寸々(ズタズタ)に中身を裂いて行く。

―ヘッ、此の程度の攻撃でしゃしゃってんのかよ。―

―君、随分化物みたいな事になってるけど良いの?―

こんなバラバラにしても生きてるなんて、いっそ(オゾマ)しさすら覚えるよ。

 ぱっと見、ゾンビ系統の魔物かと勘違いしてしまいそうな程。嵐で何度引き裂いても見る間にくっ付いて行く。

 生き地獄かと思う有様だけど、奴は嗤っていた。僕の全てを否定するかの様な嫌な笑みだった。

―ほら先迄の威勢は如何したよ!―

首を斬り落としたと思えばぐらりと落ちずに此方へ頭突きをして来た。

 喋る生首って丈で()の化物の事を懐い出して萎えるって言うのに。其が跳び掛かって来たら流石に臆しはする。

 此方へ来るとは思っていなかったので反応が遅れる。思い切り頭突きを喰らってしまって頭が揺れた。

 不味い、此処で怯んでる暇は無いってのに。

 凱風(カゼ)を集めて、自分も喰らうけれど仕方ない。此処で嵐にすれば、

 (ツエ)を振るおうとした所で頭を掴まれ、思い切り海底へ叩き付けられてしまった。

 砂塵を巻き上げ、半身が砂に埋もれてしまう・・・腕力には自信があるらしい。

「ゲホッ・・・うげ、」

砂を幾らか吸い込んだか・・・完全に遊ばれてるよね此。

 やろうと思えば何時だってやれるんだろう。其丈の力があるのに・・・全く。

―って飃さん⁉な、何で此方に来てるんですの⁉―

―え、うわ土竜だ。―

―土竜じゃありませんわ!カレンでしてよ!―

ぬっと地面から出て来たんだから(ホボ)土竜でしょ。

 つい溜息を一つ付いてしまう。如何も、自分が落ちた所に偶然彼女が潜っていたらしい。

―ってか今取り込み中だから少し離れて欲しいんだけど。―

ちらと横目で丗曦を見遣るが・・・未だ動く気はないらしい。

 彼女が来たから少し様子見してるのか。まぁ水を差された気分ではあるけれど。

―何してるんですの・・・?あ、(アレ)は・・・ガルダさんですの?何だか様子が変ですわ。―

地中から飛び出した彼女は暢気に手を振るが、無反応だ。完全に無視されている。

―もう・・・今一寸(チョット)やり合ってる途中なんだって。分かったら下がってくれる?―

―あ、狡いですわ!先に飃さんと戦うのはコチでしてよ!―

―何で僕丈そんな挑まれてるの。―

何だか余り嬉しくない方面で神気者(ニンキモノ)だ。別に僕戦闘狂って訳じゃないんだけど。

―此、コチも混ざって良いんですの?ガルダさんがやる気なのは珍しいですわ。―

―・・・おい、何だよ此。白けるだろうが。―

一つ息を付けて首を回した。確かに先迄の張り詰めた気配が大分削がれてしまっている。

―あら、もう飽きちゃった感じ?―

―あー、面倒になって来たぜ。もう吾は帰るぞ。―

―え、ちょっ帰るなんて自由過ぎますわ!其なら、―

カレンが言い募っている間にもガルダの姿は変わって行った。

 (ヒカリ)に包まれたかと思えば其も弾け、獣の様だった手足はすっかり常人のに戻っていた。

―あ、あれ、あっさり帰ってくれたんだな・・・。―

意外だったので思わず目をぱちくりさせる。

 何となく状況は見ていたから分かるけれども、そんな大きく動く事は無かったみたいだ。

 ・・・うん、魔力も落ち着いてる。本当に彼奴はもう引っ込んだらしい。

 何だか随分丸くなったと言うか、変な気分だ。まぁ其なら良かったけれども。

―あら、ガルダさん何時もの感じに戻りましたわ。―

―だね。何だもう仕舞か。―

飃が砂から立ち上がった所で、ガルダも降りて来た。

―・・・流石にもう良いだろ。御仕舞御仕舞。―

―何か変な感じになったけどね。所で何で君地面から出て来た訳?生き埋めにでもされてたの。―

―その・・・一寸(チョット)御中が空いてたので摘み食いですわ。―

―な、成程、其でこんな所で。―

運が良いと言うか何と言うか、彼女が出なければ未だ丗曦は暴れていただろうし、丁度良かったのかも知れない。

 俺も一寸(チョット)頭に血が上り過ぎていたな。良くない、自制しないと。

 まぁ彼奴もセレ達を見て何か触発されたのかも知れないな。丗闇が最近凄く変わって戻って来たし。

―ねぇガルダさん!折角だし三柱で戦い合ってみません事!コチ負けないですわ!―

―いや、もう俺は十分かな・・・。―

―僕も。良い運動にはなったでしょ。―

―え、えーそんなのありですの。って飃さん先迄と全然雰囲気が違いますわ。―

―あ、今更其処気になるんだ。―

何と言うかもう完全に空気ががらりと変わってしまっていた。

 ・・・まぁムルマの事も今は良いかな。此の様子なら流石に何も憶えていないだろうし、今直ぐ障害になる事も・・・無いと思う。

 矢っ張り油断ならない奴だけど、一先ず気を付けて置けば良いのかな。

 不意に顔を上げると、少し廻瀾(ナミ)が強くなっている気がした。

 先迄の戦いの影響だろうか。荒れているけれど此の分なら又直ぐ落ち着くかな。

 然う言えば仕事中なのをすっかり忘れていた。こんな事してる暇はない。

 未だ次元の主導者(コマンダー)も見付けてなかったし、やる事は山積みか。

―噫皆さんこんな所に居ましたか。―

少し離れた建物の上に居た琴城が泳いで合流して来た。

―何だか瀛海(ウミ)が荒れて来ましたが大丈夫でしたか。―

―噫悪い、其多分俺達の所為だな。一寸(チョット)暴れちゃって・・・。―

―軽くバトルしちゃったんだよね。―

―な・・・そ、そんな暇ないですよ。丁度皆さん集まってたから良かったですが、少々不味い事が起きまして。―

―不味い事って、まさか彼奴が居たのか。―

―ある意味其より不味いかも知れないです・・・。実は先程、新たな詠が降りて来まして。―

―あ、新たな詠?三曲目って事か。―

其は何て豪勢な・・・。そんな風に急に思い付く物なんだな。

 複数の詠が重なる事は間々(ママ)あるとは思うけれども、今回は一体どんな重なりを見せるんだろう。

―あら、然うですのね。じゃあ今此処で聞かせてくれるんですの?―

―はい、其の上で皆さんの御意見を御聞きしたいんです。―

―・・・何だか穏やかじゃないな。其じゃあ頼むよ琴城さん。―

一つ頷くと、彼は早速詠い始めた。

   ・・・・・

 太古の滄溟(ウミ)には蒼瀾蛇(シーサーペント)が居た

 荒れ狂う激浪の様に気性は荒かったが、無用な争いを求めぬ蒼瀾蛇(シーサーペント)は陸に干渉しなかった

 (ソモソモ)陸に興味が無かったのだ

 時に陸の近くに迄来る事はあったが、其は蒼瀾蛇(シーサーペント)が行く先にあったと言う丈で、別段何とも思わなかったのだ

 でも陸に住む者は違った

 或る村は蒼瀾蛇(シーサーペント)が通れば祭りを開いた

 或る村は蒼瀾蛇(シーサーペント)が通れば上を下をの大混乱だった

 或る村は蒼瀾蛇(シーサーペント)が通れば其の雄大な姿を見に集まった

 そんな或る日、とある村を大津波が襲った

 皓月(コウゲツ)の満ち欠けか、潮か、海流か、何が引き起こしたか分からないが、其の激浪は村を呑み込んだ

 全てが流され、只の浜涯と化す

 僅かに残った村人、何も無い村を見て何を思ったのか

 先ず人々は嘆いた

 そして怒った

 でも怒りをぶつける当てが無い

 人々は言った

 先日、蒼瀾蛇(シーサーペント)を見たと

 ()の暴れ蛇が面白半分に激浪を起こしたに違いない

 (サザナミ)を居もしない蛇と見てしまった法螺吹きの戯れ

 でも信じた人々は退治しなくては、と立ち上がった

 直ぐに近隣の村から人々がやって来た

 野次馬、腕試し、英雄気取り、金儲け、様々な思惑を乗せた船が蒼瀾蛇(シーサーペント)狩りに駆り出された

 滄溟(ウミ)を揺蕩う蒼瀾蛇(シーサーペント)、騒がしくて適わない

 何処かへ行こうと蒼瀾蛇(シーサーペント)が向きを変えると、鑓が幾本も突き立てられた

 でも長年荒波に因って鍛えられた鱗は貫けない

 蒼瀾蛇(シーサーペント)は船の間を抜けて行く

 其の時、一本の鑓が蒼瀾蛇(シーサーペント)の瞳に突き刺さった

 此迄に無い程、滄溟(ウミ)は凪いでいたのに

 (サザナミ)が荒れて行く

 怒りに燃えた隻眼の蒼瀾蛇(シーサーペント)は龍巻をも生み出した

 見る間に船を呑み込んだ龍巻は、其の(ママ)()の村へ向かい、残った人々をも呑み込んだ

 こんな獰猛な奴等の居る陸には近付くまい

 蒼瀾蛇(シーサーペント)は然う思い、静かなる海底へと潜って行った

 疑う心と怒りの心が生んだ物は只一つ

 (サザナミ)さえ止まった浜涯(ヒンカイ)が静かに帰風に吹かれている、其丈だった

   ・・・・・

―・・・如何ですか皆さん。何だか私は如何も此の話が引っ掛かってしまって。―

―ふーん、まぁ良い話じゃないよねぇ。凄いね此の次元。やばい化物が一杯じゃん。―

―飃さん・・・?噫(ヨル)の方でしたか。然うはっきり言われると少し困ってしまうのですが。―

―戦いは望む所ですけど、確かに不穏な気配はしますわね。―

今の話だと・・・瀛皇龍(リヴァイアサン)丈ではなく、蒼瀾蛇(シーサーペント)も居る事になってしまう。

 二体もそんな怪物が現れるとなると、確かに笑えないが。

―一番嫌なパターンは其の二頭の仲介って事か・・・。―

―えぇガルダさん。然う言う事です。―

神妙に琴城も頷いた。恐らく彼が心配しているのは自分達の実力云々ではないのだ。

 若し二頭の龍が暴れ回る事になったら、其を鎮められるかが問題なのだ。

 そんな事になったら此の街は間違いなく滅ぶだろう。そして次元の主導者(コマンダー)も恐らく其の(ママ)破壊されてしまう。

 然うなったらもう修復は不可能だ。此の次元は滅び、終わってしまう。

 ・・・益々セレの力が必要そうな次元になって来たな。

―二頭を相手にするのは流石にしんどいぞ。勝てば良いって物じゃないし、被害を抑え乍ら戦うとなると・・・。―

―然うですわね。街が壊れると不味い気はしますわ。―

具体的な次元の主導者(コマンダー)は見付けられていないが、此の街の何処かにはある筈だ。だからせめて街からは遠ざけたい。

―彼奴等の城で戦うってのは正直乗り気はしないけどね。蒼瀾蛇(シーサーペント)狩りなんて、普通船を出して総出で戦う様な相手でしょ。―

―あら、そんな大物なんですの⁉まぁ先の詠も然う言ってましたわね。―

―一応どんな奴かは此で見て置くか。―

時空の穴(バニティー)からスカウターを取り出す。何方も有名な龍だし、調べて置いて損は無いだろう。

 ・・・矢っ張り、直ぐに目当ての奴は見付かった。

 早速スカウターから其の姿を映し出してみる。現れた巨大な影に皆一歩下がってしまう。

 其は巨大な海龍、全長100m余り、瀛海(ウミ)色に輝く鱗を全身に生やし、まるで王冠の様な甲に覆われた鎌首を有している。

 無数に生える鰭はまるでドレスの様で、尾は鑓の様に鋭く光った。

挿絵(By みてみん)

―此が瀛皇龍(リヴァイアサン)ですか・・・。流石瀛海(ウミ)の王と呼ばれる丈ありますね。―

瀛海(ウミ)って凄いんですのね。此は大物ですわ!―

―大物って言うより、相手しちゃ駄目な類でしょ。―

皆呆然と見上げる事しか出来ない。()の巨体なら例え陸に逃げ込んでも起こした廻瀾(ナミ)に埋められるか、島毎巻き付かれて崩されそうだ。

―然うだな。此奴が瀛皇龍(リヴァイアサン)瀛海(ウミ)の支配者とされる、浪属性の最高峰に坐する龍だな。―

―・・・弱点とかってあったりするんでしょうかね。―

流石瀛皇龍(リヴァイアサン)ともなると、龍古来見聞録(カリグローズ)の記述も多い。文献等も多いからか、書き込みが多くあった。

―うーん、ざっと見てるけど厳しそうだな。一応、美女と言うか、恋心に一途ってあるけど。―

()の詠の通り、ロマンティックな龍なんですわね。でも其は弱点とは言い難いですわ。―

―流石に此の面子じゃあ女装は無理そうだしね。―

―女装って、カレンが居るけど。―

―う・・・コ、コチは其方の自信はないですわ。辞退いたしますわ。―

珍しく彼女は此の手の話題は避けてしまう様だ。・・・スタイルは良いと思うけど。

―じゃあもう一頭の方は?其方も海蛇でしょ。―

―然うだな。蒼瀾蛇(シーサーペント)、うん。此奴だ。―

続けて映し出されたのはもう一頭別の海蛇だった。

 一見瀛皇龍(リヴァイアサン)と少し似ているが、彼方より小さく、鰭の代わりに甲に覆われていた。

 鑓の様に鋭く尖る首と尾、()め付ける鋭い眼光は好戦的に写る。

挿絵(By みてみん)

―先程の迫力は無くても十分大物だな。―

小さいと言っても此方も何十mとある大蛇だ。恐ろしい相手に変わりない。

―因みに飃さんは先の蒼瀾蛇(シーサーペント)狩りって行った事がありますの?―

―僕?いやいや、あんなの命が幾つあっても足りないし、僕にとって良い相性とは言えないから参加してないよ。(ソモソモ)行った奴等も(ホトン)ど死んでたしね。―

―実際凄く(ツヨ)そうですものね。・・・彼が暴れているとなると不味いかも知れません。―

―然うだな。此奴は結構好戦的ってあるし、廻瀾(ナミ)を荒れさせる力があるって書いてあるな。―

他にも可也目が良いらしく、何㎞も離れた獲物を見付ける事が出来るらしい。一応関心を余り持たない龍らしいから、意識を逸らせられれば戦いは避けられそうだけど。

 暫く読み進めていると、少し廻瀾(ナミ)が強くなって来た。一瞬スカウターを廻瀾(ナミ)に攫われそうになったので、映像が乱れる。

―何だか廻瀾(ナミ)が荒れて来たな。・・・い、いや、まさかな。―

口に出して嫌な予感が伝う。

 まさか此の廻瀾(ナミ)を起こしているのは・・・。

―此、本当に御兄さんと戦ったの、一寸(チョット)ミスったかもね。余計な事しちゃったかな。―

―?如何言う意味ですの?―

カレンが首を傾げると、飃はちらと海上を見遣った。

―すっごく嫌な視線を感じるって事。君早く地面に潜った方が良いかもよ。―

―な、コチだって戦えますわ!そんな臆病者みたいに言わないでくださいまし!―

(アレ)見ても其の威勢を貫ける訳?―

然う言い彼が視線の先を指差した。

 釣られて一同の視線が追う。其処には・・・、

 此方に向け激しく渦を巻いて迫る大渦があったのだ。

―っ⁉ま、不味い皆逃げろ!―

―に、逃げろと言われましても、―

慌てて琴城も泳ごうとするが、渦の所為で思う様に動けない。

 此の(ママ)(アレ)に呑まれたら無事では済まない。バラバラにされてしまうだろう。

―流石に僕にも責任はあるから、やる丈の事はするよ。―

そっと下げていた刀を握り直す。魔力を込め、渦に向け廻瀾ナミを蹴った。

―っ飃さんまさか、―

―・・・信じてるよ楓夏。―

(クロ)く染まった刀身を見遣り、横一文字に斬り裂く。

 其の一太刀は瀛海(ウミ)を斬った。真空の斬れ目が刻まれ、巻き込まれた渦の動きが止まる。

 そして其処から崩れる様に渦は廻瀾(ナミ)へ溶けて行った。其の廻瀾(ナミ)に押し流されて飃はカレン達の所へ戻って来た。

―其の刀、廻瀾(ナミ)も斬れるのか・・・。―

前も見はしたけれど、相変わらず凄い。

―そ、(アンマリ)見せたくなかったけど、其の気になったら何でも斬れるよ。―

―素晴しい手腕です。御蔭で助かりました。―

―まぁね。でも乱発は出来ないよ。―

然う言い刀を構え直した飃の手元は(アカ)く染まっていた。

―っ怪我したのか。一寸(チョット)見せてくれ。―

―あら、僕の事は放っていて良いのに。律儀だねぇ。―

ひらひらと手を振るが、何ヶ所か裂傷が走っているのが見えた。

 水中なので血が滲んで分かり難かったが、恐らくは血塗れなレベルの出血だ。

―そんな事・・・俺も悪かったし、此位はするよ。―

軽く術を掛ければ直ぐ完治する。何度か手を振って飃は刀を持ち直した。

廻瀾(ナミ)は斬れるけど、其の為には近付かないといけないからね。如何しても無傷じゃあ済まないよ。―

―そんな捨て身な戦い方でしたの。飃さんも気を付けないといけませんわ。―

―そんな事言ってられる相手じゃないでしょ。―

「ギュオォオォオオオォッ‼」

応える様に掻き消えた渦の向こうで(オゾマ)しい声が響いた。

 そして見上げると遥か先に蒼い影が(ヨギ)る。

 見る間に其の影は此方に向け、猛スピードで泳いで来ていた。

 初めは只数m程の大きさに見えたが、近付くに連れ一気に大きくなり、50mは優に超えるだろう。

 そんな巨大な蛇が目を血走らせて来るのだ。思わず其の視線に背が伸びる。

―如何も先の奴、見られたみたいだね。―

―ど、如何しますか。逃げないと、あんなの相手出来ないですよ!―

すっかり琴城は及び腰になってしまい、数歩下がった。

―不味いですわ。此の(ママ)じゃあ街を壊されて次元が終わってしまいますわ。―

―うん、ま、出来る限りは止めてみるけど、何らかの手段は必要だね。取り敢えずは囮になってあげるから、僕が喰われる前に考えてね。―

兎に角街から遠ざけないと話にならない。

 飃は(ツエ)に乗ると、一気に蒼瀾蛇(シーサーペント)目掛けて飛んで行った。

 そしてある程度近付くと一気に街とは反対方向へと飛んで行く。

 するとしっかりと蒼瀾蛇(シーサーペント)は其の姿を捉えていた様だ。真直ぐ突っ込んでいた鼻先をくるりと曲げ、大きく逸れて泳ぎ始めたのだ。

 如何やら真直ぐ飃を追っているらしい。目に付く物手当たり次第に狙っている様だ。

(アレ)蒼瀾蛇(シーサーペント)ですね。飃さんが引き付けてくれていますが、此の(ママ)じゃあ・・・。―

―噫、如何にかしないと。でも(アレ)を鎮めるなんて。―

如何も蒼瀾蛇(シーサーペント)の方が若干速いらしく、見ている内にも飃は追い付かれそうになっていた。

 だが通り道に凱風(カゼ)でも残しているのか、咬み付こうと顎門(アギト)を開けた蒼瀾蛇(シーサーペント)の上体がぐらついている。

 去なせてはいる様だ。でも(アレ)もそう長くは持たないだろう。

―如何?何か妙案の一つ位出たの?―

飃のテレパシーに顔を上げるも、直ぐ答えは出ない。

―コチが穴を掘って皆さんを隠したら諦めてくれたりしません事?―

―然うだな・・・。でも其で手当たり次第暴れられるのが恐いんだよな・・・。―

出来れば鎮めるか追い払いたい所だ。でもそんな簡単には。

―飃、其方は如何だ?何か分かる事でも。―

―そんな見てる暇ないよ。・・・強いて言ったら此奴、隻眼だね。―

―あら、片目が無いんですの?―

―そ、直接確認は出来てないけど、大分距離感がずれているね。だからカワし易くはあるけれど・・・其位だよ。―

―いや、十分見てるな・・・。―

流石と言う可きなのか、余り認めたくないけれども、良く見ている。

 隻眼か・・・何か突破口になれば良いけれど。

―隻眼って若しかして先の詠の通りだったりしますかね。―

―あ、然うですわ。目に鑓が刺さって失明したんでしたわね・・・。言われてみれば確かに何か刺さってますわ!―

激しくのたうつので視認し難いが、蒼瀾蛇(シーサーペント)は右目を閉じていた。

 其処から棒の様な物が伸びている。(アレ)が鑓かも知れない。

―鑓?じゃあ其押し込んだら殺せるかな。―

―いや、其は・・・(ムシ)ろ反対に治してやった方が良いかもな。―

出来れば危めたくはない。セレも・・・悲しむだろうし。

 若しも琴城の詠の通りだとしたら、()蒼瀾蛇(シーサーペント)は人間を恨んでいるのかも知れない。だから其の元凶を正せば。

―治す?・・・僕は反対だけど、そんなの出来るの?―

―っ良し、俺も行こう。皆は成る可く目立たない様にしてくれよ。隙を見て俺が飛び乗る。―

―ご、御武運をガルダさん。―

翼を出し、軽く飛び立つ。

 水は重たいけれども、泳ぐよりは幾分速い。成る可く蒼瀾蛇(シーサーペント)の視界に入らない様背後に付く。

―・・・恐い事するね。まぁもう少し位時間は稼いであげるからやってみなよ。―

ちらと丈飃が振り返ると真直ぐ飛び始めた。

 御蔭で蒼瀾蛇(シーサーペント)に接近し易い。スピードは可也速いので乗り遅れる前に飛び付いた。

「ギュオォオオォオオオッ‼」

尾付近に違和感を覚えたのだろう、大きく蒼瀾蛇(シーサーペント)が身を捩る。

 其でも何とか必死にガルダは蒼瀾蛇(シーサーペント)にしがみ付いた。手足を獣の其に変え、爪を掛けて掴まる。

 首を巡らせた蒼瀾蛇(シーサーペント)も、ガルダに気付いた様だった。低い唸り声を上げる蛇に怯えつつも急ぎガルダは胴を()じ登って行く。

 咬み付こうと顎門(アギト)を開けた所で蒼瀾蛇(シーサーペント)の眼前をひらりと飃が飛び回る。

 其方に蒼瀾蛇(シーサーペント)の目は泳ぎ、彼に牙を向けた。

 今の内に、少しでも早くっ、

 一気に飛び上がり、ガルダは蒼瀾蛇(シーサーペント)の頸元に跳び付いた。

「ッギュオォオォオ‼ギュウゥガゥオォオ‼」

頸元に触れられ、猶の事蒼瀾蛇(シーサーペント)は激しく暴れ始めた。

 振り落とされたら終わりだ。何とか尖った甲の隙間に爪を掛けて耐える。

 見上げると確かに、長い棒の様な物が不自然に生えていた。(アレ)が鑓なのだとしたら、

 首を振り過ぎて疲れたらしく、少し蒼瀾蛇(シーサーペント)蹌踉(ヨロ)めいた。其の隙に少しずつ登って行く。

 もう頸元迄来られてしまっては蒼瀾蛇(シーサーペント)に成す術が無かった。もどかしそうに暴れ回る丈だ。

 だが只暴れ回る丈で彼は嵐を起こす。気付けば瀛海(ウミ)はすっかり荒れ果て、廻瀾(ナミ)は激しく揺れて其処等中で渦を巻いていた。

 余りの激しさに事の成り行きを見護っていた琴城は建物にすっかり隠れていた。然うでもしないと流されてしまいそうだったのだ。

―す、凄い嵐ですわ・・・。地面迄揺れてますもの。―

―え、地面がですか?―

カレン一柱地に足を付けているので気付けたのだろう。確かに凄まじい嵐だが、地を震わせるなんて。

―えぇ、どんどん大きくなって来てますわ。・・・?いや、一寸(チョット)妙な気が、―

カレンが違和感を覚えた所で、大きく彼女の目の前の大地が罅割(ヒビワ)れた。

其の(ヒビ)はどんどん大きくなり、縦に長く伸びて行く。

―ち、違いますわ!此、何か出て来ようとしてますわ!早く離れないと。―

急ぎカレンは向きを変えると、一気に駆け抜けた。

 走り際に固まってしまっていた琴城を小脇に抱えて駆け出す。

 そんなカレンの深く刻まれた足跡を辿る様に地割れが酷くなって行った。

―っな、何だ?様子が変だぞ。―

一方ガルダ達の方でも異変が起きていた。

 突然ぴたりと蒼瀾蛇(シーサーペント)が固まったのだ。何か考え込む様に地上を見詰めている。

―あれ、全然反応しなくなっちゃった。―

飃が目の前を飛ぶも、動かない。

 気になるけれども、でも此の隙を逃す訳には行かなかった。ガルダは蒼瀾蛇(シーサーペント)の目元迄()じ登ると、突き刺さっていた鑓に手を掛けた。

 其を力任せに引っ張ると、案外あっさりと引っこ抜く事が出来た。ぱっと血が飛び散り、直ぐ水に溶ける。

「ッギャウゥウゥ‼」

流石に痛みには耐えられなかったらしく、又蒼瀾蛇(シーサーペント)は首を振り出した。

―っわっと、待ってろ、直ぐ治すから!―

鑓を放り投げ、慌てて掴まる。

 怪我をして未だ日が浅い様だ。此なら直ぐ術で治せる。

 術を掛けようと集中した時だった。・・・不意に背を冷たい物が駆けた。

 同時に又蒼瀾蛇(シーサーペント)も固まってしまう。何処か緊張した面持ちで。

―・・・ねぇ、何か妙だよ。下が騒がしい。―

飃が隣に並び、ちらとガルダも眼下を見遣った。

 そして・・・息を呑んだ。少し離れていた街に亀裂が走っているのだ。

 亀裂は真直ぐ道に走っており、大きく割れて行っている。

 まさか蒼瀾蛇(シーサーペント)の嵐で・・・いや、其にしては不自然な割れ方をしているけれども。

 蒼瀾蛇(シーサーペント)も其が気になって見ている様だった。

 気付けば瀛海(ウミ)の雰囲気も変わってしまっている。何処か冷たい蒼を孕んでいて。

 其は言うならば瀛海(ウミ)全体が怒りに震えている様だった。静かに燃える蒼い焔を焦がす様に。

 誰もが息を呑む中、罅割(ヒビワ)れた地中から蒼い廻瀾(ナミ)が噴き出した。

 其は輝く蒼の鱗、波打つのは幾重も重ねられた鰭。うねる躯は大蛇の其だ。然うして王冠を戴いた鎌首が持ち上げられた。

「私の眠りを妨げたのは貴様等か。」

瀛海(ウミ)を震わせるのは王の声。其の一言で一同は察した。

 彼こそが瀛海(ウミ)の王、瀛皇龍(リヴァイアサン)だと。

 龍古来見聞録(カリグローズ)で見た通りの蒼い蛇はぐるりと首を巡らせて一同を見遣った。

 其丈で全身を彩る鰭が波打って光り、(シロ)い街から現れた姿は幻想的にも見えるが。

 其の眼光は鋭く、見られた丈で息が詰まりそうだった。

 まさか街で眠っていたなんて・・・気付かない内に自分達は彼の上で街を探索していたと。

 街の道に沿って沈んでいたのだろう。道理で姿が見えなかったのだ。

 そして無害になっていた龍を・・・起こしてしまったと。

―此では(ユック)り姫と眠る事も叶わない。不届き者め。―

瀛皇龍(リヴァイアサン)は大きく身をうねらせるとふわりと街から浮かび上がった。

 そして真直ぐ蒼瀾蛇(シーサーペント)に向けて泳いで来たのだ。

「ギュオォオォオオッ‼」

自身よりも巨大な相手だったが、怯まず蒼瀾蛇(シーサーペント)は吼え猛り、渦を生み出す。

 瀛海(ウミ)が大きく荒れ、飃の(ツエ)は其に煽られて大きく遠ざかってしまった。

―っ不味いね。御兄さんも早く逃げた方が良いよ。―

―わ、分かってる。―

急ぎガルダは蒼瀾蛇(シーサーペント)の目に術を掛けた。

 するとぱっちりと目は開かれ、ぐるりと回ってガルダの姿を捉える。

―ど、如何も・・・。―

「グルルルルォオ・・・。」

大きな瞳に自身の姿がはっきりと映ったので、思わず軽くガルダは挨拶した。

 蒼瀾蛇(シーサーペント)はそんな彼を見て、小さく唸る。

 意外に大人しくしているので若しかしたら見逃してくれるかも知れない。其の考えが(ヨギ)った瞬間だった。

「ッギュウゥウゥウッ‼」

急に蒼瀾蛇(シーサーペント)が又身を捩り、暴れ始めたのだ。何処か苦しそうな声がしたと思えば、猶激しく頭を振る。

 つい手を離していたのであっさりとガルダは振り落とされ、大きく飛ばされる事になった。

 でも其処で何が起きていたのか理解した。

 幾つもの渦が蒼瀾蛇(シーサーペント)を取り囲む様にして暴れていたのだ。元々は蒼瀾蛇(シーサーペント)から生み出された物だった筈だが、其の渦の中で(モガ)いているのが見て取れた。

 然うして(モガ)蒼瀾蛇(シーサーペント)をじっと、瀛皇龍(リヴァイアサン)は見詰めている。

 若しかしたら此は、術を返されたのかも知れない。

 瀛皇龍(リヴァイアサン)瀛海(ウミ)を操る力を持つ。彼の手に掛かれば、荒れた瀛海(ウミ)を操り、生み出した渦を其の(ママ)返す事も可能だろう。

 複数の渦に巻き込まれた所為で蒼瀾蛇(シーサーペント)は躯を捩らせて苦しそうに呻いていた。

 そしてそんな蒼瀾蛇(シーサーペント)の首根っこに瀛皇龍(リヴァイアサン)が咬み付き、無理矢理地面へ放り投げたのだ。

 砂塵を巻き上げて蒼瀾蛇(シーサーペント)は地面に倒れ伏した。其処から慌てて蒼瀾蛇(シーサーペント)は頭を上げると、其の(ママ)海底を這う様に遠くへ行ってしまった。

―やっと逃げてくれましたわ。―

―でも一歩遅かったですね・・・。彼方が起きてしまうとは。―

カレン達の傍を蒼瀾蛇(シーサーペント)は通ったが、一切見向きもしなかった。

 彼も本能で察したのだろう。もう目が治った事もあり、さっさと此の場を離れる事にしたらしい。

―でも実物は本当に大きいですわね。・・・。一体如何すれば良いか見当も付きませんわ。―

―あんなの相手出来ませんよ。・・・いや、でも若しかしたら。―

琴城が少し唸ったので直ぐ様カレンは彼の傍に寄った。

―若しかして新しい詠ですの?―

―いえ、流石に此処では・・・ですが、少し確かめたい事があります。―

―分かりましたわ。コチがしっかり護衛しますわ。―

頷き合うと、二柱はそっと街の方へと向かって行った。

「又人間共か・・・。陸の者は私の瀛海(ウミ)から去れ。」

―そんな事言われても・・・。確か陸に出たら息出来ないんだよね御兄さん。―

―え、ま、まぁ然うだけど。―

じっと瀛皇龍(リヴァイアサン)に見詰められ、思わずガルダは息をするのすら忘れていたが、相変わらず飃は飄々と受け流していた。

 良くこんな状況でそんな軽口を叩ける。下手したら二柱共仲良く彼奴の腹の中だぞ・・・。

―ま、待ってくれ瀛皇龍(リヴァイアサン)、俺達帰るから!此処を離れるから大人しく眠ってくれ!―

只でさえ彼の出現で街は壊れつつある。次元の主導者(コマンダー)の姿は見てないが、(アレ)では巻き込まれて壊れるのも時間の問題だ。

 ちらと瀛皇龍(リヴァイアサン)が姫、と言っていたし、若しかしたら本当に姫の像が()の街にはあるのかも知れない。其を()の詠の姫と同じ様に又失うなんて、可哀相だろう。

 其にそんな事になったら、一体どんな報復をされるか・・・考えた丈でも恐ろしい。

(ウルサ)い人間共め、もう二度と此の街に踏み込めぬ様、私が沈めてやろう。」

怒りに燃える瀛皇龍(リヴァイアサン)は一切逃がす気はないらしく、滔々(トウトウ)瀛海(ウミ)の中吼えた。

 すると激しく廻瀾(ナミ)が荒れ、まるで街を中心に包むかの様に駆け巡る。

 此は・・・まさか此処を中心に巨大な渦、嵐を創ったとでも言うのだろうか。此処から出よう物なら廻瀾(ナミ)に飛ばされ、バラバラにされてしまうかも知れない。

―閉じ込められたみたいだね。ふーん、中々凄い魔術だ。―

―感心してる場合じゃないだろ。俺達完璧に狙われてるぞ。―

突如瀛皇龍(リヴァイアサン)顎門(アギト)を開けて突っ込んで来た。

 先迄相手をしていた蒼瀾蛇(シーサーペント)より遥かに大きい。加えて渦を創っているのか引き摺り込まれそうになる。

―ま、不味い、吸い込まれるぞ!―

急ぎ翼を広げて一気に羽搏(ハバタ)く。此は再生力を又上げないときつそうだ。

 一応飃と反対方向へ飛び去る。すると瀛皇龍(リヴァイアサン)は飃を追い掛け始めた。

 だがガルダの背後からも渦が迫るのを感じる。一柱も逃がす気はないらしく、油断も隙も無い。

―流石に速いね。此奴は撒けないか。―

凱風(カゼ)を叩き付けるが、無理矢理廻瀾(ナミ)に呑み込まれて消されてしまう。

 (ツエ)に魔力を込めるが、此以上スピードを上げると自分が掴まっていられない。

―飃、避けてくれよ!―

ちらと飃が視線を下ろせば、ガルダの手元が激しく光っているのが見て取れた。

 そしてまるで打ち上げ花火の様に其の(ヒカリ)は飛び立ち、飃と瀛皇龍(リヴァイアサン)の間で激しく明滅した。

 其の瞬間に合わせて飃も(ツエ)を傾けて一気に急降下した。

 真直ぐ飃を狙っていた瀛皇龍(リヴァイアサン)は諸に其の(ヒカリ)を見てしまい、目を閉じて大きく()け反った。

 周りの渦も弱まり、何とか飃は其の場を離れる事が出来た。

―ふぅ、助かったよ。―

―いや、此からだろ。一寸(チョット)俺の傍に居てくれ。術で防げるか試してみるから。―

羽根を何枚か散らして集中する。

 一度は護って、其から体勢を立て直したい。

 何度か首を振って瀛皇龍(リヴァイアサン)は視力を取り戻すとガルダに向けて突進して来た。

―・・・っ、もう逃げられないよ。任せるよ御兄さん。―

―噫、行くぞ!―

念の為、手首を斬って血を撒き散らす。

 水中なので広がり易い。薄く血が広がるのを確認して術を掛ける。

 光を、護る為の力を全て注いで。

 ガルダと飃を包む様に(ヒカリ)の球が出来上がる。(ヒカリ)のベールが何重も包み込み、輝きを増す。

 其処へ大口を開けて瀛皇龍(リヴァイアサン)の牙が刺さった。

 思わず飃は目を閉じたが・・・牙が閉じられる事は無い。(ヒカリ)のベールに刺さった牙は其以上踏み込めなかった。

 怒りに燃える双眸で瀛皇龍(リヴァイアサン)は必死に喰らい付くが、(ヒカリ)のベールは傷一つ付かない。

 鋭い金属音を何度か立てるが、其でも(ヒカリ)のベールはびくともしなかった。

 外では渦が幾つも沸き起こっているが、其すらも物ともしない。妙な程此の中は安全其の物だった。

―へぇ、凄いね。凱風(カゼ)じゃあ()うは行かないよ。―

―護るので精一杯だけどな・・・。―

少し丈、丗曦のやり方を真似ているので褒められても微妙な所だ。相手が相手だしな。

 丗曦に何度か躯を使われた事があるけれども、其の所為か力の感覚が残っているのだ。

 如何魔力を扱う方が効率が良いか、如何(イカ)に再生力を扱うか。

 悔しいけれども、永く生きた丈あって彼奴の方が扱いは上手だ。単に魔力が増した丈でなく、其の使い方も心得ているのだ。

 だから其の感覚をなぞる様に真似ると・・・驚く程、威力が上がっているのだ。

 此なら行ける。何とか護りに徹する事は出来るけれども。

―飃、今から隙を作るから、彼奴を怯ませる事って出来るか?―

―怯ませるって出来るだろうけど、矢っ張り殺しちゃ駄目なの?危険な奴でしょ?―

―・・・出来れば其は控えて欲しいんだよ。―

依頼されてるってのも勿論あるけれど、段々と瀛皇龍(リヴァイアサン)を見ていると(ヨギ)る影があった。

 本当に()の詠の通りであるならば、穏やかに眠っていた彼を起こした俺達に非があるだろう。

 彼は只、静かに眠りたい丈だ。もう失ってしまった大切な者の、其の(オモカゲ)丈抱いて。

 其の姿が、酷く切なく写ったんだ。・・・如何仕様もなく。

 其なのにこんな形で起こしてしまって、怒るのも無理は無いと俺は思う。

 だから出来れば傷付けずに和解したい所だけれども・・・。

―ま、御兄さんが然う言うなら言う通りにしてあげるよ。()の道今は従わなきゃ彼奴に喰われる丈だし。―

―其じゃあ行くぞ。―

しっかりと咬み付いて()め付ける瀛皇龍(リヴァイアサン)の目と()ち合う。

 此方をしっかり捉えている。今なら、

 (マト)っていた(ヒカリ)のベールを一つ解き、(ヒカリ)を散らばらせる。

 恐らく永く眠っていたのもあり、目が慣れていなかったのだろう。弾ける閃光の様に迸る(ヒカリ)瀛皇龍(リヴァイアサン)は堪らなくなって口を開いた。

「っ小賢しい真似をっ!」

其の隙に飃は(ヒカリ)のベールを抜け出して刀を構えた。

 (クロ)く染まった一閃が瀛海(ウミ)を走る。此の一撃に魔力を有りっ丈込める。

 一番良いのは瀛皇龍(リヴァイアサン)本体を斬る事だけど、仕方ない。瀛海(ウミ)を裂く事丈に専念する。

 飃の放った一太刀は正に瀛海(ウミ)を割った。真横に割れた瀛海(ウミ)は刹那動きを止める。

 そしてばっさりと別れて真空を生み出した。久し振りに水中から脱し、一気に躯が重くなる。

 其処からどっと溢れ出る様に廻瀾(ナミ)が押し寄せ、真空を包み込む。

 一気に瀛海(ウミ)の様相が大きく変わり、のたうった廻瀾(ナミ)が荒れ狂って埋め尽くす。

 目が眩んで首を振っていた瀛皇龍(リヴァイアサン)も、余りの環境の変化に怯み、廻瀾(ナミ)に大きく押し流された。

―其方も、凄い力だな・・・。―

前も大波は斬っていたけれども、改めて目にすると其の威力に震える。

 恐ろしい力だ・・・。刀の御蔭だろうけれど、俺の光じゃあ此処迄届かない。

―けど、然う何度も使えないよ。―

先の一撃で可也消耗したらしく、飃は肩で大きく息をしていた。

 急ぎ(ヒカリ)のベールの中へと戻り、様子を見る。

「陸の者の癖に私の瀛海(ウミ)を操ろう等と・・・。」

廻瀾(ナミ)に押されはしたが、瀛皇龍(リヴァイアサン)自体にダメージは無い様だった。

 (ムシ)ろ・・・怒らせてしまっただろうか。少しは冷静になってくれたら良かったけれども。

―く・・・然う簡単に正気には戻らないか。―

―此じゃあ埒が明かないよ。諦めてくれる迄此の中に引き籠もる?―

―其も出来なくはないけど・・・。―

ちらとガルダは少し離れた街を見遣った。

 嵐で大分壊れ掛けてしまっているが、大丈夫だろうか。

 此の(ママ)防ぐ事は出来るだろうが、問題は向こうだ。

 でも街迄此の術で防ぐのは流石に無理がある。だからせめて此方にのみ集中してくれたら良いけれども。 

 相手の規模が大き過ぎる故に、多少離れた所で如何しても影響は出ている様だ。

 然う言えばカレン達は・・・?すっかり此方に集中していたけれども忘れていた。

 嵐に巻き込まれでもしたら大変だ。無事だと良いけれども。

―・・・御兄さん、(アンマリ)余所見はしないでよ。其で術が緩んだら如何するの。―

―然うだけど、二柱は、―

視線が逸れた瞬間、(ヒカリ)のベールに巨大な尾が叩き付けられた。

 咬み付けない事に苛立った瀛皇龍(リヴァイアサン)が体当たりを繰り出して来たのだ。

 巨大丈あって其の威力は凄まじい。廻瀾(ナミ)も煽られて又荒れ始めた。

瀛皇龍(リヴァイアサン)、止まってくれ!此の(ママ)暴れたら街も壊れるぞ!―

声を掛けるが聞く耳は持って貰えず、瀛皇龍(リヴァイアサン)は暴れ回る丈だった。

 何とか(ヒカリ)のベールを壊そうと、其処を中心にぐるぐると輪を描いている。

 だが突然ぴたりと瀛皇龍(リヴァイアサン)の動きは止まった。

 同時に廻瀾(ナミ)も静かになり、まるで時が止まった様に穏やかになる。

―・・・な、何だ・・・?―

静まり返った瀛海(ウミ)の中、瀛皇龍(リヴァイアサン)は顔を上げてじっと固まってしまった。

 まるで石の様に動かない。様子を探る為ガルダ達も息を詰めて見護った。

―・・・あれ、何か聞こえるな。―

―然う?僕には聞こえないけど。―

飃が首をすく)めるが、聞こえる。僅かに音が。

 気付いてからはより鮮明に。高く澄んだ音に耳を澄ます。

―・・・分かった。此、若しかしたら琴城さんの、―

()吟遊詩神(ギンユウシジン)の詠?何で又。―

けれども・・・瀛皇龍(リヴァイアサン)が止まったのは明らかに此の音だろう。()の嵐の中、彼には聞こえたらしい。

 そしてそろそろと、街の方へと泳いで行く。そんな彼の目にはもう自分達は写っていない様だった。

 其の後をそっとガルダ達も付いて行く。街へと誘われる様に。

 其は街の一角、大き目の広場の方から響いて来ていた。

 街迄来ると飃にも詠声が聞こえる様になったらしく、小さく頷いて進んで行く。

「噫、又君は私の為に詠ってくれるのかい。」

瀛皇龍(リヴァイアサン)の声は幾分か穏やかになっており、そっと躯を街へと沈める様に(ウズ)めた。

 そんな彼の鼻先には一つの像があるのが見て取れた。

 其は一人の正女を模した像。正に()の詠の通りで。

 そして美しい詠声は其の像の辺りから響いていたのだ。

 像を見た瞬間、全て確信に変わった。()の像こそが次元の主導者(コマンダー)だと。

 恐らく瀛皇龍(リヴァイアサン)と共に瀛海(ウミ)の街に沈んでしまっていたのだろう。だから見付からなかったのだ。

 遠目なのではっきりとは見えないが、像は迚も精巧な様で、髪一本一本迄作られていた。瀛皇龍(リヴァイアサン)が惚れ込むのも納得の出来だ。

 見る限りでは像には傷一つ無いらしい・・・。其なら良かった。

 瀛皇龍(リヴァイアサン)は像を中心に(トグロ)を巻く様に躯を横たえた。

 其の瞳はうっとりと穏やかで、優しく像に鼻先を寄せた。

「離れて済まない。又共に眠ろうか。」

そっと鰭を像を包む様に寄せると瀛皇龍(リヴァイアサン)は目を閉じた。

 後は只・・・静かに時が流れる丈だった。瀛海(ウミ)は静まり返り、廻瀾(ナミ)一つ立たない。

―・・・如何にか、なったみたいだね。―

―噫・・・良かった、皆無事かな。―

不意にふつりと詠声が止んだかと思えば、瀛皇龍(リヴァイアサン)の直ぐ近くの家の窓から琴城とカレンが顔を出した。そして泳いでいたガルダ達に気付くと、そっと窓から出て来た。

―ガルダさん、飃さん大丈夫でしたか?―

―噫、何とか。でも助かったよ。まさか詠で眠らさせるなんて。―

流石に寝ているとは言え、瀛皇龍(リヴァイアサン)である。彼の近くに残るのは憚られたので一同は少し街から遠ざかる様に泳いだ。

―少し賭けでしたが、上手く行って良かったです。怪物は詠が好きと言うのが物語の定番ですからね。―

―やりましたわね琴城さん。先のも本当に凄く素敵でしたわ。―

ずっと傍で聞いていたからだろう。すっかりカレンは彼の詠を堪能出来たらしく、迚も満足気だった。

―凄い力だね。其なら()の化物も眠ったりして・・・。―

―いえ、私も試したのは初めてなんで何とも。でも眠らせたい怪物でも?―

―然うなんだよ。店に居る時にでもちょっちょいと眠らせてくれれば・・・。―

―琴城さん、此奴が言ってるのはセレの事なので聞かなくて良いですよ。―

―え?はぁ・・・分かりました。―

小首を傾げつつも琴城は頷いた。

 流石にセレは寝ないと思うけど、万が一だ。

―残念。まぁでも仕事としては上々でしょ。皆無事で済むなんてラッキーだったね。―

一度彼と刃を交えた身としては無事と言われて引っ掛かりを覚えなくはないけれども、まぁラッキーとは言えるのだろうか。

―然うですわね。大物相手でしたが、コチ達やりましたわ。―

―私も、皆さんの御蔭で此処迄来れましたし、貴重な体験を幾つもさせて貰いました。有難う御座います。―

―・・・まぁ、皆が然う言うなら良かったかな。―

ちらと丈ガルダは背後の瀛皇龍(リヴァイアサン)を見遣った。

 姫の像を抱く様にして静かに眠る彼を。

 其の寝顔は幾分穏やかそうで、少し丈安堵する。

 もう屹度大丈夫だろう。荒れた廻瀾(ナミ)の元凶も断った。彼等の眠りを妨げる者は居ない。

 少し壊れてしまったが、(シロ)の街は変わらず佇んでいた。

 其の静寂を破る者は居ない。廻瀾(ナミ)一つ立たない瀛海(ウミ)は静かに眠りに就くのだった。

   ・・・・・

蒼の世界に沈む影

揺蕩(タユタ)う揺籃歌に抱かれて

静寂の瀛海(ウミ)に響く姫の詠を聞くのは只一柱

王よ、如何か安らかに。夢の姿丈を抱いて眠れ

 と言う事で、幻獣祭りな話でした。

 今回挿絵を描いていて思ったのですが、自分の出す龍族は瀛海(ウミ)属性が多過ぎる気がします。

 兎に角でっかい瀛海(ウミ)の子ばっかり!挿絵一覧が真っ蒼になっていました!吃驚!

 個人的に瀛海(ウミ)系のモンスターは好きですが、まさか此処迄如実に差が出ていたとは驚きです。今後は高山(ヤマ)の話でも書こうかなぁ・・・。

 と言っても彼等の旅を自分が操れる訳ではないので、今後何処へ行くかは彼等次第ですけれどね。其にしても瀛海(ウミ)好き過ぎるやろ・・・。

 蛇や龍系が好きなのはもう言い逃れ出来ないのですが、テンション上げて描き捲ってしまいました。今後も此の調子は続けたいです。

 そんな次回は・・・未だ序盤しか書けていないですが、割とペースは早い気がします。次のが今年最後の投稿になるか(キワ)な感じですね。

 取り敢えずは体調を整える事を目標にするのでのんびり歩んで行こうと思います!

 今回のテンションは割としっとりおしとやかに御送りしました。其では又御縁がありましたら御会いしましょう!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ