74次元 明けない霄ニ皓月の羽根をⅠ
校正に凡そ1ヶ月掛かりましたが、私は元気だと伝えたい。そんな日頃、皆さん御元気でしょうか。
今回は書きたかった話の詰め合わせ、最近本当に自分の書きたい話盛り沢山で凄くテンションが上がっちゃいます!
今正にやりたい事のオンパレードと言う具合でして、何に取り掛かろうかと嬉しい悲鳴が上がる日々ですが、やっと此方も形になりました。
前後編に分けましたが、自分が一番分けたかった所で綺麗に分けられたので其の点も満足しています!やったぜ!
そんな今回はバトルと言うか・・・何だろう、色々えげつない話です。(何時もな気がするけれども)
もう書いている時は楽しくって本当に仕方が無かった、そんな御話で、ざっくりとした指標ですが、実は今回の御話から『次元龍屋』・・・最終章に突入します。
抑章区切りとかあったのか、と問われると苦笑いしか出ませんが、自分の大きな目安としては確実に今回が転換期です!
さぁ一体どんな初まり、もしくは終わりを迎えるのか・・・どうぞ、御楽しみに!
噫、霄が明ける。曦が世界に満ちる
温かな曦、分け隔てなく全てを愛する曦
愛する全ての者の為に、曦よ、霄を散らせ
霄でしか生きられぬ存在を、祝福の笑みで焼き殺し乍ら
・・・・・
確かな物等何もない、闇とも曦とも付かない物が満たす空間。
音も漣も温度も全て混ざって解け、溶けず流れて行く。
そんな形ですら定かでない所へ四つの影があった。
明らかな四つの異形の姿、でも彼等の声は弾んでいて。
―・・・然う言う事ね。又貴方の姿が変わったから如何したのかと思ったわ。―
狐の形をした手が口を開く。
優しく安心する其の声に、セレは一つ頷いた。
「噫然うなんだ。だから何も心配はいらない、私は大丈夫だ。」
少し話でもしようかと母、ヲルの所へ来たのだが、会って直ぐ随分彼女に心配されてしまった。
曰く、気配が変わってしまったので、何かあったのかと詰め寄られてしまったのだ。
姿が変わる事自体は彼女にとって些細な事らしかった。元々ガイだなんて存在の事もあり、其の変化には慣れていると。
其に幼き日の自分を抱いている間も、色んな次元の影響でも受けたのか良く姿は変わっていた。だから今更驚く事も無かった然うだ。
只気配、存在となると勝手が違った。
其こそガイである彼女にとっては何よりも大切な物と言えた。自身の存在が解かれたからこそガイに転じたのだから。
だから其の根幹に関わる所の変化があれば、気が気じゃあなかったのだろう。
すっかり取り乱してしまった彼女に、今やっと何とか事情説明が出来た訳だが、納得して貰えて良かった。
―其ニシテモ、本当ニ貴殿ハ良ク変ワルナ。私モ初メハ驚イタゾ。大事無イナラ良カッタガ。―
丁度の折りに銀騎獅も鏡界へ遊びに来ていたらしい。折角なのでと二柱に色々話はしたんだが。
因みに丗闇は何も変わっていなかったからヲルは随分安心したらしく、今では丗闇を其の手の内に抱いて撫で繰り回している。
彼女はまるで人形の様に大人しくしているが、何とも言えない表情をしていた。
嫌ではないのだろう。まるで自分がモフモフを愛でている時みたいに随分優しい手付きだ。
屹度満更でもないのだろう。彼女にも癒しは必要だろうし、此の儘にしてあげよう。
「因みに二柱から見て自分はそんなに変わった風に見えるのか?」
―見違える様よ!―
―噫、全ク違ウナ。―
「そんなにはっきり分かってしまうのか・・・。」
まぁでも自分でも力を使う感覚は随分違って来たからな。其でも、姿はそんなに変わっていない。彼等は其丈本質的な所を見ているのだろう。
「・・・我からしても御前は大分彼の一件で変わった。分かる神には分かると思うが。」
撫で回され乍らも薄く片目を開け、そっと丗闇は呟いた。だが又直ぐに撫でられて目を閉じる。
「へぇ、丗闇もか。其は矢っ張り魄自体に変化が出たからとかなのか?」
「魂と言うよりは魄か。欠けていた器だったのが満たされつつある。御前の異常な干渉力だとかを有する魂に、器が追い付いたと言う可きか。」
―流石ね愛しい子。貴方はとっても博識なのね。―
「・・・別に、大した事ではない。」
あ、照れてる。
彼女の顔が赤くなったのを確認するが、うっかり顔に出ない様心掛ける。彼の微笑ましい一角を崩したくは無かった。
「いや、其より形を持ったが正しいか・・・?魄がやっと確立した様な、そんな風に感じたが。」
「流石丗闇、良く見てくれてるな。つまりは欠けていたんじゃなくて、曖昧だった魄がしっかりしたと、そんな具合か。」
あれ、自分も褒めたのに彼女は半目になる丈だった。おかしいな、まさか先の心根がばれたとでも言うのだろうか。
「飽く迄我の感覚丈の話だ。実際の所は知らん。」
「然うか。まぁ何にせよ、此が今の私だ。随分躯が楽になったし、調子は良いんだ。」
存在の確定と言うのは、確かに気分が良い。
BDE‐01が居なくなり、其でも保てはしたが矢張り其丈では不確かな所はあったのだろう。
其が、今では普通で居られる。常に自分を中心に捉えないといけないだとか、然う言った確定は必要なくなったのだ。
・・・本来は此が、皆にとっては当たり前だったのだろうが。
―えぇ、其なら良かったわ。折角だから新しい貴方の形をしっかり憶えさせて頂戴。―
然う言うと狐の手を崩し、そっと包み込む様にヲルはセレを撫でた。
其の形をなぞる様に、何本もの手で柔らかく触れられると安心する。
此の闇こそが、何とも懐かしくて。ついほぅと息を付いた。
―シッカリト、自分ノ存在ヲ確カメル事ハ大切ダカラナ。ドウカ其ノ感覚ヲ忘レナイ様ニナ。―
「噫、勿論だ。」
力強く返事をすると、彼も満足そうに頷いた。
忘れる訳がない。大切な自分の軌跡なのだから。
前ロードと話した様に、自分の干渉力次第では此の確定しつつある自己を歪める事も出来るのだろう。
変化し続ける器、自分の姿を失っても其の変化自体が己であると。
其でも自分はコロシの一族やガイには成らない。自分自身と言う存在を貫き通すのだ。
―さぁ愛しい子、もっと貴方の話を聞かせて頂戴、貴方の世界をもっと私に見せて。―
「噫、然うだな。其なら、」
―セ、セレ神ー!何処ノロカ⁉見付からないノロー!―
突然のテレパシーについ背が伸びる。
ノロノロか?珍しいな、こんな慌てるだなんて。
―如何したノロノロさん。私は今鏡界に居るんだ。何かあったのか?―
―きょ、鏡界⁉涼しい顔してとんでもない所行ってるノロネ。屹度ちゃんと帰れるノロヨネ・・・?―
―噫、問題はない。其より随分慌ててるが如何したんだ?―
―あ、然うだったノロ!其が、様子見していた6890:鐘楼の兵の様子がおかしいんだノロ。―
―其って確か鈴を付けて貰っていた奴か。―
6890:鐘楼の情報が中々入らないので、大分前に逃した兵に付けた奴だな。
御蔭で塔に入らずとも情報が入り役立っていたのだ。届くのは精々話し声位だったが、貴重な情報源だったからな。
でも其が怪しいとなると・・・気になるな。
―然うノロ。変な力も感じるし、恐らく干渉されつつあるノロ。だからセレ神にも確認して欲しかったんだノロ。―
―其は直接出向いた方が良さそうだな。分かった、直ぐ其方に行こう。―
此は・・・只事じゃない。早く確認しないと。
変な力、若しかしたらばれた可能性が出て来るか。
彼処のはっきりした事情等は分かっていない。一体、如何出て来るのか・・・。
放置して何か被害が出てもいけないし、早速行ってあげよう。
「皆悪いな。急用が出来たから私は戻らないといけないんだが。」
―然うなの。大丈夫よ、又何時でも来なさい。―
―急用カ。無理丈ハシナイ様ニナ。―
「噫、二柱共有難う。然うだ、折角だし丗闇はもう少し残ってくれて構わないぞ。」
「何の用かは知らないが、戻るのだろう。であれば我も行くが。」
「いや、終わり次第又此方へ戻って来るよ。来たばっかりなんだし、丗闇は存分に母さんに甘えると良い。」
彼女にも癒しは必要だろう。・・・ヲルも放す気が無い様に思うし。
其に、丗闇は塔絡みの事については懐疑的だ。心労になるだろうし、余り関わらせたくはない。
又彼女は塔の事は直接関わらないと約束している。力を借りないと決めたなら、呼ぶのは野暮だろう。
「な、べ、別に我にそんな気はないぞ!」
牙を剥いて吼えられてしまう。今日も元気一杯だな。
―私は歓迎するわよ、愛しい子。好きな丈居なさい。ずっと居てくれても良いのよ。―
「ほら母さんも然う言っているし、其に私ばっかりで丗闇は母さんと話す機会が余りないだろう?折角なんだし、な。」
「・・・っ、」
歯噛みしつつも丗闇は迷った様に目が泳いだ。
屹度丗闇も話したい事とかある筈だ。直ぐ自分の中へ戻らないのが其の証拠だろう。
離れる事になるが鏡界と次元の迫間位なら大した事も無いだろう。
「其じゃあ又戻って来るから。少し行って来る。」
―えぇ、気を付けてね。―
狐の手に見送られ、セレは鏡界を離れた。
出る所は決まっている。ノロノロの所へ真直ぐに、其位なら干渉力が働いてくれる。
「ノ、ノロ~⁉一体何処から来たノロ⁉」
ノロノロの背後に見知った影が降り立ったので慌てて彼は飛び退いた。
此は中々珍しい。大妖精を驚かせられるなんて然うない事だろう。
「何処って、鏡界からだぞ。此処とは隣同士みたいな物だから直ぐに来られる。」
「ノロ~、普通は入ったら出られない所ノロヨ。そんな家みたいな感覚で話されると誰だって戸惑うノロヨ。」
ノロノロは驚きの余りぱっくりと大きく口を開けて暫し固まっていたが、急ぎ首を振った。
神出鬼没な彼の背後を取れたのは一寸嬉しかったりする。彼は案外揶揄い甲斐があるのだ。
でも然う遊んでいられない事態ではある。揶揄うのは程々にしよう。
「でだ。ノロノロさん早速来たぞ。確認って如何すれば良いんだ?」
普段はノロノロから情報を貰っている身なので、斯うして一緒に確認だとかはした事が無い。
抑鈴と言うか、然う言った術は自分にも知覚出来るんだろうか。
「然うノロ。実は普段此の術はノロノロに丈声が聞えたりだとか、伝わって来るんだノロ。でも向こうから此方を探る様な、反対に此方の情報を掴もうとする気配がしたんだノロ。」
「其は穏やかじゃないな。此方の素性を明かす訳にはいかないな。」
然うなる位なら術を解かなければ。斯う言うのは決断スピードが大切だ。うかうかしていられない。
「じゃあノロノロさん、直ぐ術を解いてくれ。そして出来れば攪乱とかしたいな。若しくは誰か探っているのか丈でも掴めれば。」
「其が・・・恐らく向こうはコンタクトを取ろうとしているみたいなんだノロ。ノロノロの支配権を奪っているみたいで、此方から切れないんだノロ。」
「っ、抜かったか。逆に掌握されてしまうとはな。そんな事が出来るなんて可也高位の神の仕業か・・・。」
「面目ないノロ。まさかノロノロの呪いより強力とは思わなかったんだノロ。」
しゅんと彼は項垂れてしまった。表情の分かり難い顔ではあるが、全身から落ち込んでいるのが伝わって来る。
「いやノロノロさん、十分御前はやってくれている。やられてしまったのは仕方ないだろう。其なら応えてやろうじゃないか。」
実際自分だってノロノロの術は高く評価していた。だから乗っ取られたと言うのは可也衝撃ではある。
一体どんな相手なのか、空恐ろしくは思うが、でも未だ手はあるだろう。
幸い向こうからコンタクトを取ろうとしているのなら、良い機会じゃないか。こそこそ隠れられるよりずっと良い。
「っ応えるノロカ⁉得体の知れない相手ノロヨ・・・。本当に良いノロカ?」
「噫、抑、もう其しか手段が無いとも言えるだろう。応えなければずっと付き纏われるんだろう?」
覚悟は、出来ている。正面から相対してやろう。
「・・・分かったノロ。十分、気を付けるノロヨ・・・っ!」
一つ頷くとノロノロのフードに何らかの模様が描かれ、曦を放つ。
すると魔力が渦巻くのを感じた。二柱の傍で泉の様に沸き起こり、広がる様な。
分かる、分かってしまう。此は・・・ノロノロの魔力じゃない。彼以外の力も感じる。
確実に別の力が混ざっているのだ。其が段々と大きくなって行くのが肌に刺さる。
―・・・応じてくれたみたいだね。―
突如澄んだ水の様な、そんな透明で静かな声が届いた。
其は魔力の渦の中央から伝わって来る。
テレパシーに近いが、其よりもっと深い。存在其の物も、気配も伝わって来る様な。
ノロノロの術から干渉している所為か、より近く感じた。
其の声の裏に、曦に似た物を感じて少し丈背が震える。
・・・嫌な物だな、本当に。
まるで昊焼けみたいな、頭上輝く陽を束ねた様な魔力だ。
其丈で分かる。此の魔力は高位の物だと、魔力自体が然う変えられている。
其の曦に照らされて染められて行く様に。魔力すら色付いて行く様なのだ。
支配、干渉力の現れか。此丈でも高位の存在と分かってしまうとは、一体・・・。
自分の嫌う曦に可也近い存在となると面倒だな。
―恐らく其処に居るのは大妖精ノロノロさんと、セレ・ハクリュー神で間違いないかな。―
―・・・良く御存知で。―
然うはっきり当てられるとつい身構えてしまう。干渉されているとは言え、声を届けるのが精一杯だろうが。
―私の声に応じてくれた事、心から感謝するよ。私は6890:鐘楼の長、クレイストだ。―
―6890:鐘楼の長・・・か。―
名は一応聞いてはいる、ノロノロからの情報で。
只どんな奴かは良く知らない。余り表に出ない存在だからな。
其なのに、こんな直接コンタクトを取って来るなんて・・・。
此方の素性が完全にばれているとなると、さて、一体如何出る可きなのか。
―別に私の塔を調べて貰っても疾しい事等無いから構わなかったけれども、此方も動かざるを得ない事情が出来てね。其で君達と話してみたかったんだ。―
鈴の事はばれていたと言う事か。
其の上で泳がされていた、と。喰えない真似をするな。
でも動かざるを得ない事態か。恐らくはクレイド§スフィアや門が壊れたからじゃないだろうか。
絶対の護りが崩れた今、自分みたいな不穏分子は一気に無視出来なくなった可能性がある。
今迄の形丈の対応と言うか、小競り合いでは収集が付かなくなったか。塔の主直々が出向くなんて。
そして、確実に芽を潰したいと、然う言う魂胆か。
―話か・・・。御茶会なら準備出来るぞ。此方へ招待しようか。―
―・・・いや、其じゃあ悪いよ。心配しなくて良い、私の方は既に準備が済んでいるんだ。だから君を招待したい。―
―応じると思うか?そんな席に。―
見え見えの罠じゃないか。流石に其処へ土足で踏み込む程蛮勇ではない。
―警戒はしなくて良いよ。と言っても無理があるか。私はね、只確かめたいんだ。君と言う存在を。只滅ぼし合うのではなく、共に在れる道はないだろうか。平和を築く事は出来ないだろうか。―
―此の期に及んで随分と寛容な選択肢だな。―
益々応じる気が失せるな。平和なんて今提示する丈無駄なのは分かり切っている。
全て滅ぼす迄終われないのは御互い様だろう。存在が赦せないのだから。
―・・・成程、君がフォードの忘れ形見丈はあると言う事か。―
不意に出た名前に僅かに息が止まった。
其は別に間違いでも何でもない。自分が鎮魂の卒塔婆から現れたのは周知の事実だろう。
だが、言い方が引っ掛かる。仮にもライネス国の塔の主だろう?オンルイオ国は憎む可き対象だ。
其こそ、名を呼ぶ事すら憚られる程の。其なのに・・・如何して奴の名が出る。
まるで自分の反応を確かめる様に、暫し伺う気配を残してクレイストは続けた。
―君の信用と興味を少しでも引く為に、話してあげよう。私は、フォードの兄だ。同じ天使族だよ。―
フォードの兄・・・だと、最期に彼は確か口にはしていたが、でも其は、
伺う様にちらちらとノロノロは自分の顔色を見遣っていた。雲行きが気になるのだろう。
興味、か。確かに全くない訳ではないが、今更、又彼奴の影がちらつくとはな。
―其はおかしいな。私の記憶が正しければ、彼奴の兄は死んでいる筈だが。―
墓参りに行くと言っていたんだし、彼の言葉に嘘は無いだろう。
其の兄が生きていただと。然もライネス国に居たなんて。同じ塔の主になっているとは言え、まるで正反対じゃないか。
一応、フォードの確認不足の線も否めないが、其でも塔の主ともなれば嫌でも彼の耳にも入る筈だ。
・・・一体、何が起きている。
―おや、意外だね。兄の事、屹度彼は一度も語らないと思っていたけれども。憎まれる丈の事をしたからね。いや、だからこそ死んでいる・・・か。―
薄く咲う様な声が漏れる。
仲は、良くなかった様だ。でもじゃあ自分は奴にとっての仇となる。身内を殺されて、其で咲えるのか。
・・・今一、奴の腹が読めないな。
―うん、然うだろう。彼の中で私は死んだも同然か。今更彼を愛した所で、彼の心は救えないんだろう。―
―で、私が世話になったフォードの兄が、一体何の話を所望しているんだ。―
愛だの救いだの、歯の浮く様な言葉は真平だ。彼だってうんざりしてしまうだろう。
二柱に何かあったかとかは興味が無い。大事なのは其処ではないのだから。
―噫、未だ話す訳ではなかったのに、長話はいけないね。でも、然うなんだ。私は弟の遺した君が気になったんだ。彼とは終ぞ話し合えなかった。私は務めを優先する余り、彼を見捨てる事になった。だからせめて君とは話してみたい。―
―別に私は奴の代わりにすらならないぞ。そんな話した仲じゃあないんだ。―
只の実験対象とマッドサイエンティスト、其丈であり、自分の敵だった事には変わりない。
彼奴の事を知ったつもりになって話せる事なんて、一つも無いんだ。
―其で良い、彼が君に何を見ていたのか。彼の曦を失った筈の堕天使の身で何を見ていたのか。其を私は知りたいんだ。―
「・・・・・。」
其で話したい、か。果たして其処に自分のメリットがあるかだな。
リスクしか見えない、別に榔の様に協力なんてありはしないだろうし、敵同士である事は何も変わらない。
相手を知った所で、だから何だ。やる事は変わらない。無駄な懐いや色を受け取るつもりはない。
―其で、其の話し合いに私へのメリットはあるのか?私許りリスクがある様に思うが。―
―手厳しいね。私は君を憎みも怨みもしていないのに。全てを愛する天使ですら、敵に見えてしまうのかい。でも、然うだね。メリットと言えるかは難しいが、実はゲストが此方に居るんだ。―
―ゲスト、だと。―
何となく嫌な予感が走って冷汗が一つ流れる。
―セ、セレェ・・・そ、其処に居るの?―
不意に小さな震え声が届いた。
随分小さく聞き逃しそうだが、はっきり分かる。
伝わって来るのだ。冥い色が。
見える、悲しみか怯えか。見ている丈で求めてしまいそうな冷たい色。
そして対照に其の声を聞く丈で胸が苦しくなる様だった。・・・此の声は、
―イリス、イリスか⁉―
―噫・・・うん、僕だよ!セレ、何処に居るの⁉―
俄に応える声が大きくなり、問い掛けが確信に変わる。
彼は龍の、前リュウの家に行った時に来ていた子だ。
―まさか龍質のつもりか。―
―そんな恐い声出さないでおくれよ。私は只、君について此の小さな友から聞こうとした丈さ。中々素敵な物を持ってたからね。―
―っ駄目、此は宝物なんだからあげないの!―
まさか・・・自分の甲か?前渡した覚えはあるか。でも其で彼を巻き込んでしまうなんて。
―イリス、イリス大丈夫か?捕まってるのか。―
―・・・うん、帰れないの。僕、御家に帰りたいよぅ。―
不安気なテレパシーが耳に痛い。・・・本当、卑怯な手に出てくれるな。
自分が言えた義理ではないだろうが、其にしても此のやり方は解せない。
無関係な龍に手を出して、其で自分を誘い込もうってか。
自分でもはっきり分かる位、胸の内が黔くなって行くのを感じる。もう奴には敵意しか向かない。一体如何苦しめてやろうか、然う言う思考に染まる。
―・・・然う言う訳だから、君が一柱で来てくれたら助かるな。可愛い此の子を迎えに来て欲しいんだよ。―
「セレ神、其は・・・ノロ。」
声を潜め、そっとノロノロが足を突いた。
奴に聞かれたくないのだろう。自分も彼に耳を傾ける。
「酷い事言ってるのは分かっているノロ。けど、彼の子を助けに行くのは危険過ぎるノロ。明らかに罠ノロヨ。」
「・・・然うだろうな。」
「セレ神に何かあったら、そんなの嫌ノロ。天使なら、龍には然う手を出さないノロ。一先ず様子見をしても、大丈夫とは思うノロ。」
酷い事、か。自分からしたら未だ優しいと思ってしまったがな。
自分の甲を持っているなら、其を起点に水精でも出せる、なんて一瞬頭を過ったのだから。
イリスを犠牲にして、奴に一手入れられる。こんな予想外の形で逆襲出来たら嘸気持良いだろう。
高が知り合った丈の龍一頭だ。其奴の為に自分の命を危険に晒す必要はない。
噫然うだな。否定はしない、前世の自分ならあっさり選んだ手段だ。
でも自分は・・・彼の頃よりもっと歪んで、悍しくも其の儘化物として育ってしまった。
だから選択肢なんて、初めから在りはしないんだよ。
ノロノロはじっと心配そうに自分を見ていた。自分の不手際と言うのもあって、相当気掛かりなのだろう。
―・・・然うだな。折角の機会だ。出向いてやろう。―
「・・・っ、セレ神、でもっ、」
「大丈夫だノロノロさん、話をしに行く丈なんだから。」
―有難う。君は誠実そうだから応じてくれると信じていたよ。場所は、君なら分かるかな。同じ術を感じる地点があるだろう?其処に私は居るから、宜しく頼むよ。―
確かに、波紋の外ではあるが感じるな。分かり易く目印として力を強めているのだろう。
一応ライネス国の外か。何も無さそうな地点から響いて来るが。
―噫分かった。じゃあなイリス、直ぐ迎えに行くから待っていてくれ。―
―うん・・・うん、待ってる、待ってるよ。―
少し声に力が籠ったと思えば、魔力の渦は鎮まり、消えてしまう。
「・・・鈴、消えちゃってるノロケド、行くノロヨネ・・・。」
「噫、私は欲張りだからな。何も手放せないんだよ。例え誰だとしても私の代わりに犠牲になって良い訳が無い。私に其の命を背負えないなら、行かないと。」
「うぅ・・・御免ノロ、本当に申し訳ないノロ。でも、十分気を付けるノロ。相手は天使ノロ。天使はノロノロ達妖精や、精霊と仲の良い奴が多いんだノロ。」
「成程、其でノロノロさんの術が解かれたのか。相性の問題なら仕方ないじゃないか。」
「ノロノロの術を破ったって事は、奴は相当高位の天使ノロ。抑天使は後悔する事が少ないから神に成り難いノロ。其の上で塔の主なら、余っ程の実力者ノロ。」
「然うか。まぁ彼奴の兄だしな。喰えないだろうし、私と友達になる気も無いだろうな。」
「其処が天使の難しい所ノロ。天使は世界を愛する存在ノロ。博愛主義だから、先の言葉にも嘘は無いと思うノロ。」
「じゃあ本当に只の話し合いの可能性もあると。」
随分冷たくあしらったのに響いていない気はしたしな。
でも博愛主義か・・・迚も今の話し口だとフォードと兄弟とは思えなかった。
フォードは堕天使だったし、其の違いもあるだろうが、でも確かにあんな兄だと反りは合わなさそうではある。
「ノロ・・・。でも、何て言ったら良いか難しいノロケド、彼奴は何だか他の天使とは違う気がしたノロ。ノロノロも今迄何度か天使と会ったり、色々した事があるノロケド、彼奴は一寸近付きたくない感じがしたんだノロ。」
「ん、其は妖精としての勘か?」
自分は敵意しか向けていなかったので其の辺を感じ取る余裕が無かった。
でも近付きたくない気配、か。今から其奴に会いに行くのにな。
「ノロ・・・難しい所ノロ。ノロノロが今迄会って来た天使はもっと斯う、温かい感じがしたんだノロ。友達になりたくなる様な、そんな存在ノロ。だから妖精も皆天使が好きだし、協力したり契約をするのも居るノロ。でも・・・先は一寸別の感じがしたんだノロ。」
「温かい、か。私も然うは思わなかったな。」
自分も精霊に近付きつつある身であれば、自分も天使に会えば好意的に見えたりするのだろうか。
魔力や龍達が自分に協力してくれる様な、正に相知の関係を作れるのかも知れない。
・・・流石に此丈手を加えられた今回はそんな気なんて一切起きないだろうが。
其でも、少し厄介そうな奴ではあるみたいだな。本来仲良く為可き相手と相対するなんて。
今迄だって妙な手段を使う奴は居たからな、警戒に越した事はない。
「・・・天使であれば、ノロノロ達を使役する類の術にも長けていたりするノロ。油断丈は絶対しちゃ駄目ノロ。」
「噫分かった。十分気を付けるよ。私も奴の言い成りには成りたくないしな。」
精霊の使役、と聞くとソルドをつい思い出すが、あんな風に弱味なりを握って契約を持ち掛けるのとは訳が違うのだろう。
天使、か。選りに選って彼奴の兄弟とこんな形で出会うとはな。
兎に角、早く向かわないと。翼を出し、一気に飛び立つ。
今が霄なのは幸いだ。何があっても対処し易い。
ノロノロが心配そうに自分を見送っていたが、其の迷いを断つ様に力強く羽搏いた。
飛んでしまえば目的地は近い。蕭森が広がっていると思いきや、一気に晴れて荒野が続く。
・・・こんな所に呼んだのか?余りにも殺風景ではあるが。
其でも警戒はしないと。飛んでいる間に零星を創り、時空の穴から小瓶を一つ取り出した。
中身を煽って舌舐りをする。
血の味を確かめる様に呑み込んだ。此で、何時でも毒が使える筈。
少しでも不穏な動きがあれば、此をばら撒けば良い。そして後は、
辺りに付き従っていた星々を散らす。旻に地に、思い思いに放つ。
零星は何にでも変えられる万能の魔力だ。地中や旻中に隠して機を見よう。
一柱で来いと言われた丈で、何もするなとは言われてないからな。存分に準備はさせて貰おう。
然うしている間に波紋の先に触れる物があった。
意識を傾け知覚する、彼処だ。
何も無い徒広い荒野に影が一つ丈、此処迄偸閑だと怪しさしかないな。
一つ二つ、息を整える。まさかこんな正面から塔の主と向き合う事になるとは思わなかったからな。
其でも、行かない訳にはいかない。
「あ、セレ!セレ来てくれたの!」
影に近付くと甲高い声に迎えられる。見ると長身の影の手元に小さな石竹色の塊があった、
・・・良かった。姿を確認出来て安心する。無事な様だ。
「やぁ御早い到着、感謝するよ。どうも有難う。」
「・・・御前がクレイストだな。」
一つ睨んだ所で奴は堪えた様子もない。只静かに優しく微笑む丈だった。
天使、然う言われて違和感のない姿を、確かに奴はしていた。
こんな闇霄でも陽の様に頭上で輝く天冠、長い軽く結わえられた髪も、肌も、服も全て透ける様に皓い。
そして自分を見詰める目は金色で、天冠に照らされて輝石の様に曦を零した。
完璧だと思われた其の姿、だが一点、背に備わっていた立派な皓い翼は片翼丈だった。彼では旻は飛べないだろう。
此奴が、フォードの兄、6890:鐘楼の長。
目の前に立って良く分かる。伝わる此の波動に近い気配。
重圧、とも言う可きか、空気が重くなった様に感じた。息苦しく、早く彼から離れたい様な。
・・・此が天使、だと言うのか。
確かに彼の纏う曦は空恐ろしく感じる。自分の嫌う曦其の物だ。
だが其とは明確に違う此の気配・・・一体此は何だろうか。
何だか違和感の様な物を感じるのだ。純粋な筈の曦が何処か無機質な様な。
掴み難いが、然うだ。陽の曦とは違う、まるで蛍光灯みたいな均一の曦。
不思議だ。敵意とかは彼から感じない。只存在が、如何も相容れない様な。
「さぁ、私はちゃんと来たぞ。イリスを放して貰おうか。」
「勿論、抑私は只此の子と話しをしたかった丈だけれどもね。さ、御行き。」
「セレ、セーレー!」
途端イリスはセレの胸元へ跳び込んで来た。僅かに其の目は潤んでいる様で、そっと両手で包み込む様に抱く。
しっかりと胸元に顔を埋めるので、そっと其の背を撫でて置く。此で少しでも落ち着いたら良いが。
イリスはすっかり怯えていたみたいで、ギュッと小さくなってしまっている。余りにも痛々しい姿に目を逸らせなくなる。
そして同時に沸き起こるは怒りだ。如何して此の子がこんな目に遭わないといけないのか。抑えられない怒りが次々と出て来る。
只今は表に出すな。怒りに呑まれては見逃すぞ。冷静でいないと奴と対峙するのは恐ろしい。
「本当に何もしなかったのか。こんな恐がらせて、其が天使のする事か。」
「本当に何もしていないんだけれどね。如何も私の力と言う可きか、此の曦は皆を怯えさせてしまうみたいでね、話も間々ならなくて困っているんだよ。だから君が来てくれたのは素直に嬉しいんだ。」
然う言って彼は変わらず優しく咲う。
「・・・うん、然う。何もされては無いけど、でも・・・恐かったの。」
少し落ち着いたのか此方を見上げてイリスは口を開いた。
然う言う事なら、嘘ではないのだろう。・・・気配丈で、恐がらせてしまうのか。
本当に然う言う性質なら少し位は同情したくなるが。本神に其の気が無くても皆に避けられるなんて。
まるで、昔の自分だ。醜いか美しいか、皓か黔かと言う丈で。
「・・・うん、君は素晴しいね。そんなにも龍に好かれて。其の子丈じゃあないんだろう?他の龍達も皆君を好いている。」
「仲良くさせて貰ってはいるな。でもだからって今回みたいに巻き込むのは解せないな。」
「困ったな。本当に只御話をしていた丈だよ。世間話の一つとしてね。でも此の状況だと厳しいか。」
「口丈の奴は既に幾らでも見て来たからな。然う信じられないな。」
「君は本当に誠意があるね。龍の為にそんなに怒れるなんて。」
「然う思うなら、自分のした事の意味を今一度考えて貰いたいな。」
すっかり大人しくなったイリスは手の中で丸くなって事の成り行きを見守っている様だった。
・・・本当に無事で良かった。其でもこんな恐い思いをさせてしまった事は申し訳なく思う。
自分の所為で害されるなんて、あって良い事じゃないんだ。
「済まない。随分怒らせてしまったな。・・・未だ、私と話をしてくれる余地はあるだろうか。」
上目遣いにクレイストは見詰めて来るが、飽く迄も下手に出るつもりらしい。
・・・結構攻撃的に動いたつもりだが、此の様子だと本当に話す丈のつもりなのか?
一先ずは様子見か。恐らく出方を見ているのは互いに同じなのだから。
「其の為に来たんだ。今後、こんな真似をしないなら話位はしてやる。」
「勿論、約束しよう。私も徒に争いたくは無いからね。」
争いたくない、か。さて一体何処迄其の言葉は本物なんだろうな。
奴の目は変わらず優しい曦を湛えていて、だからこそだろうか。
段々と自分も分かって来た。此奴の気配と言うか纏う空気、其が恐ろしく写ったのだ。
言葉に屹度嘘は無いのだろう。だが其の存在が赦していないのだ。
近付き難い様な、でも畏怖等とは違う。
嫌悪感に近い違和感、不思議と近くに居る丈で抱いてしまうのだ。
「然うと決まれば御茶会でもしようか。君が来てから茶を淹れようと思ったんだ。」
「飲むとは限らないぞ。」
抑そんな長居する気も無かったが。
イリスが落ち着いたら連れ帰る。其位の心持だったんだが、如何だろうか。
「構わないよ。私からのせめての気持だからね。」
然う言ってクレイストが手を叩くと、不意に地から曦が溢れ始めた。
一体こんな何も無さそうな荒野で如何御茶会をするのか気になっていた所だが、此の術は何だ。
ついイリスを抱いて身構えたが、曦は直ぐに収まり、代わりに地面からテーブルと椅子が迫り出して来たのだ。
そして何処からかカップやソーサーが運ばれ、クロスを掛けられたテーブルはすっかり御茶の席へと様変わりする。
じっと六つの目で見ていると何となく見えて来る。不自然な魔力の集まりが窺えたのだ。
「此は・・・精霊か。」
何度か感じた事のある気配、魔力其の物とは違う形無き存在。
「然う、私の相知達、可愛い友達だよ。・・・うん、皆有難う。」
踊るカップやミルクは手慣れた様に紅茶を注ぎ終え、テーブルの上へ収まる。
物語の中の魔法を見させられた様な心地になるが、何て事は無い。姿無き彼等精霊を多数召還して準備させたのだろう。
此が天使の力か。精霊達をこんな風に使役出来ると。
・・・ノロノロが示唆したのは此の辺りの事だろうな。自分もあんな風に操られる可能性があるからと。
実際妙な感覚だった。相知だと彼は言ったが、何だか精霊達に活気が無い様に感じたのだ。
ノロノロの時みたいに無理矢理操られていた訳ではないが、本当に只機械的に仕事を熟す様な。
ノロノロの語った天使像とは程遠い。何だ、此の妙な力は。
「さぁどうぞ掛けてくれ。水鏡明かりの下で御茶会だなんて素敵じゃないか。」
然う言って彼は早速席に着き、カップを手に取った。
確かに光陰に照らされた彼の姿は絵になる様だった。
其でも違和感が拭えない・・・変な奴だな。
取り敢えず自分も席には着く。でもイリスを放す気はないので手は付けない。
見ればケーキやクッキー等も準備しているが、流石に手は出ないな。
クレイストはそんな様子の自分を見て苦笑を漏らすも、口は出さなかった。そして紅茶を何口か飲む。
「うん、斯うして誰かと共にする御茶は美味しいね。」
「其で、話って何なんだ。」
別に付き合ってやるつもりはない。自分にとってはアティスレイとした分より余っ程楽しくない御茶会だからな。
彼は苦笑した儘だったが、小さく一つ頷いてカップを置いた。
「じっくり楽しんでも良いんだけれども、然うだね。話としても色々あるけれども、差し当たっては然うだね。斯うして君を目の当たりにして、矢っ張り凄いなと思ったんだよ。」
凄い、か。皮肉ではなさそうだが、塔の主が口にして良い言葉ではない気がするが。
じっくり腹を探ろうか。油断丈はせずに。
「君は本当に龍達に好かれているね。話は幾つか聞いているよ。世界に通ずる彼等とそんな関係が築けるなんて素晴しい事だ。」
「然うか?寧ろ世界の大半の者に嫌われている自覚はあるが。」
「其は黔日夢の次元の一件丈を切り取ったらだろう?其に私は彼には弟も大きく関わっていると思うから、一概に君を然う判断しないよ。皆等しく此の世界に生きる者だ。」
「ククッ、別に黔日夢の次元以外にも色々事は起こしていると思うが。」
「然うだね。落龍の詠も止めてくれた訳だし。」
思わず、息が詰まりそうになった。
如何して其を、其の事実を知る者は限られる筈、況してやライネス国の塔の主が。
「・・・私の勘だったけれども、其の様子だと図星の様だね。」
「いや、妙な言い方をすると思った丈だ。まるで反対の筈だが。」
「君と直接会って良く分かったよ。彼の時、龍達が止まる直前に感じた詠、彼は君のだね。良く気配が似ているよ。大方、龍達へ向いてしまうヘイトを減らす為に君は自分の所為と言う事にしているんだろう。」
「・・・・・。」
完璧に言い当てられてしまっては黙るしかない。
まさか詠でばれるとは、フリューレンスの力を感じ取ったか。
「・・・流石、天使だと丈、言って置こうか。」
「フフ、有難う。でも此方こそ礼を言わせてくれ。私達の国を護ってくれて有難う。御蔭で沢山の命と心が救われたのだから。」
「私なんかに礼を言って良い立場では御前は無いと思うがな。」
「地位なんて関係ないよ。純粋に私は君を尊厳している。君に祝福を願っているよ。」
・・・何だか一寸フリューレンスみたいな奴だな。
先ちらと思い出したのもあるだろうが、言い回しだとかがチクチク来る。
悪意は・・・なさそうだがな。然う言う所も含めて彼奴と似ているんだ。
此の目で見ていれば分かる。此奴から漂う感情に害意は無い。
此が天使としての性なのか。彼の国に居乍ら自分に其の類の感情を向けない奴が居るとは。
でも実力があるのは確かだ。だから見極めないと。
「私は君が思う程気高い存在ではないよ。寧ろ君に惹かれている所もある。私は如何してか龍や精霊達に畏れられたり、避けられたりされ勝ちなんだよ。」
「天使なのに、か。」
「其の通り。だから結構苦労していてね・・・。相知でありたいのに如何しても使役の形になり勝ちなんだ。」
成程、確かに其は中々厄介な悩みだろうな。
自分は偶々交渉が上手く行っているから魔力達も協力してくれて色々助かっているけれども。
自分の力丈になると、中々不便だ。色んな形が合わさって自分は居るからな。
「出来れば君からアドバイスとか聞いてみたいけれどね。友達作りが苦手な私に一つ、御教授願えないだろうか。」
「御教授と言われてもな・・・。私は只正面から話している丈だ。其に応えてくれるかは彼等次第だな。」
「うんセレは良く遊んでくれるの。だから皆大好きなの。」
ちらと顔を出してイリスが甘えて来るのでモフモフを堪能する事にする。
一応、気は付けて。此方に気を取られ過ぎれば奴にモファンターだとばれてしまう。
其にしても・・・龍達の言葉は何時も真直ぐだ。大分慣れて来たと思ったが、其でもこそばゆい。
大好き・・・か。そんな臆面もなく言えるのは幸せな事だな。其を掛けられる自分も。
だから捨てられない。こんな席にも着いてしまっている訳だけれども。
クレイストも薄く咲ってイリスを見詰めていた。
「遊ぶ、か。確かに然う言うコミュニケーションは大切だね。其じゃあ私とも遊んでくれるかい?」
だがイリスは又ぎゅっと自分の胸元に顔を埋めてしまった。断固拒否らしい。
・・・此、同じ対応を自分がされたら滅茶苦茶凹むな。自分の場合は一つ返事で直ぐ遊んでくれるのに。
「矢っ張りか。中々難しい物だね。私の何がいけないのだろうか。」
「何か・・・恐い感じするもん。でもね、セレは凄いんだよ!温かい感じがするの。」
「温かい・・・?そ、然うなのか?」
そんな事を言われたの初めてだ。と言うより自分に抱くタイプの感情じゃないぞ其。
一応殺しの精霊でもある訳だし、対極のイメージがあるが。
温かいと言えば、例えばガルダとか、ああ言った奴位しか似合わないだろう。
「成程、私も君もある意味特別と言う可きなのかな。性質の問題では如何しようもないけれども、歯痒いね。」
「私みたいな存在許りが懐かれると面白くないだろうな。」
「然うではないよ。君が然う在るのも屹度意味があるのだろう。でも面白い事が聞けたよ、有難う。他に手はないか考えてみたいね。」
まぁ自分だって如何してこんなに彼等に好かれているのか良く分かっていないからアドバイスなんて出来ない。
性質か。確かに龍達は感覚に近い所で話すので、其の辺りの問題なんだろうが。
自分が当たり前に出来ていた事なので、何故と問われると難しいな。
「・・・若しかしたらフォードも、其の辺りを認めて君を選んだのかな。」
少し丈、彼の瞳に影が映った。
「選んだ、然う言う物じゃあないと思うが。」
恐らく彼奴とはもう何十年、下手したら百年以上も会っていないんだろう。
抑ライネス国とオンルイオ国の塔の主が兄弟だなんて、少しおかしな話だ。
恋神関係であったフェリナや榔はあんな直隠していた訳だし、幾ら天使と堕天使と言えども・・・。
だから恐らくは仲違いと言うか、袂を分ってはいるだろう。然う思うと如何してもクレイストの言葉が引っ掛かる。
愛している・・・か。彼奴は如何思っていたんだろうな。
「君は、フォードと話したりはしていないのかな。君を作る為に彼は百年近くの時を費やしたって聞いているよ。つまりは彼の神生其の物でもある。其処に全く意味が無かったとは思えないよ。」
「・・・大した話はしていないぞ。私自身未だ記憶が混濁していた時の事だし、結局何の研究をしていたのかだとかは分からず仕舞いだからな。」
全て抱いた儘彼奴は塔毎全てを消し去ったんだ。
今更其を知る術は無いだろう。全て過ぎ去った過去の物だ。
「然うか。良く考えるんだよ。私達には他の道があったんじゃないか。天使として正しく自覚を持って、そして考えたよ。私には愛が足りなかった。だから彼とは共に在れなかったのかと。」
懐い出話に乗る気は無かったが、何となく自分の中に引っ掛かる物があった。
何故だろうか、何だか彼の語る在りし日の記憶が妙に引っ掛かる。
自分は知らない。知らない筈なのに、彼奴の事なんて些とも。
でも・・・何だか耳障りの良い言葉を選んでいる気がしてしまうのだ。
「御前は、本当にフォードの兄だったのか。」
つい失礼と取れる言葉が出たが、奴は余り気にしている風ではなかった。
微笑が苦笑に変わった位で、まるで流れる水の様に元に戻る。
擦り抜ける様な、そんな妙な透明感が残る。
「信じられないのは最もだろうけれどね。私達は二柱で一緒に暮らしていたよ。溺死して神に成る迄は一緒だったね。・・・懐かしいよ、酷く。でもずっと忘れられない日々だ。」
「そんな一緒に居たなら、私より彼奴の事は良く分かるだろう。私のは只の実験だ。」
「其がね・・・。神に成って別れてからは、私は良く分からなくなったよ。彼の事、何も見えていなかったんじゃないかって。自分の事しか見えていなかったから、彼の心すら見えなくなっている。」
まぁフォードをちゃんと知っている奴が居たか如何かは怪しい所だろうがな。
ガルダも良く分からない奴だって言っていたし、其でも妙に自分に甘かったみたいだが。
情に近い物を持っていた気がすると彼は言っていたけれども、でも此方は殺され掛けた身だからな。
「何だ。御前と彼奴の再会の機会を永遠に奪った私が憎いか?」
つい彼の言葉が刺さる様で攻撃的に出てしまうが、其でも奴は響いていない様だった。
此が天使、なのだろうか。其も其でフォードと違う気はするが。
「フフ、そんな事は無いよ。彼は屹度本懐を遂げられただろうからね。私は感謝している丈だよ。彼の掛けた時間や懐いの全てが君を創ったんだと思えば。」
「其の所為で黔日夢の次元が起こったと言ってもか?」
屹度自分は気に入らないんだ。
「・・・其は一つの結論の形だからね。先も言った通り全てを否定する気はないよ。」
此奴の全てを肯定する言葉が、気に入らない。
別にフォードの肩を持ちたいだとかは思っていない。其でも此奴に同調したくは無いのだ。
受け入れた気になるなと言うか、何も無かった部外者に触れて欲しくない様な。
黔日夢の次元の事や、鎮魂の卒塔婆の事、彼は自分と彼奴等の問題だ。
其を何も知らない者に弄られたくないのかも知れない。
会いたいとか何とか言って何もしなかった奴に触れられるのは、我慢ならなかったんだ。
「何だか私が何を言っても御前は肯定するんだな。一応敵同士の筈だが。」
「敵、か。私は其の様に二分する気はないけれども。皆此の世界に生きる存在なのだから。其の在り方は善も悪も無いと思っているよ。只強いて言えば、皆が咲い合える様な世界を私は望んでいるけれども。」
本当に此奴は似た様な事しか言わないな。
不思議だ。ずっと話しているのに中々踏み込めない様な、表しか見えて来ない様な。
裏も表も、此奴には無いのかも知れないが。
「然うか。私の在り方も肯定する奴は珍しい気がするがな。色々奪う丈の存在なのに。」
「其も一つの、君が世界に示した答えなんだろう。只、然うだね。気になるとしたら、今君は何を見ているんだい?何か成そうとしている事があるのかい?フォードの忘れ形見として、其が気になるんだ。」
・・・フォードの忘れ形見って言い方は余り気に入らないけれども。
見えている事、目的、其は至ってシンプルだ。
「然うだな。私は只平和に生きたい丈だよ。敵が居るなら全て滅ぼしてしまえば平和になるだろう?私が生きられる世界を望んでいる丈だ。」
誓いなら何度でも建ててやるさ。
其が自分だ。生きる理由をガルダの所為にして、其でも踠き続けている。
何処迄も歪んで歪で、でも願う事は同じだ。変わっていない。
「平和、然うか。君も其を望んでいるんだね。矢張り君は尊敬に値するよ。力ある者として弁え、行動している。神として其の心の在り方も美しい。」
・・・如何しようか。段々背筋が冷たくなって来た。
背筋と言うか首筋がぞわぞわする感じ、ううん、慣れない。
段々とノロノロやイリスが言っていた事の意味が分かって来た。確かに此奴の傍に居たくないのだ。
何と言うか気配、言動、其等を拒絶したくなる。相手に其の気は全く無いだろうに。
如何して自分を称えようとする。常に美しい面しか見ない。
額面通りに受け取ってくれたら良いのに。何が平和だと、笑い飛ばしてくれた方が楽だ。
此処迄究極的な我儘も無いだろう。其なのに尊敬なんて苦笑いだ。
遣り難い、と言う可きか。中々厄介な奴だ。
そんな此方の心地等露とも知らないのだろうクレイストは暢気にケーキを食べている。
其の甘い薫に誘われてかイリスが顔を出した。彼も気付いてケーキを勧めるが、食べてはくれないらしい。
此処迄頑か・・・まぁ自分も今食欲は無いと言うか、失せたしな・・・。
「素晴しい心掛けだ、本当に。神として存るには屡々苦痛を伴うだろう。其でも直向きに信じた大義の為に行動出来るのは本当に凄い事だと思うよ。」
「大義、とは思っていないが、まぁ概其には同意だな。」
意志を貫くのは大変な事だからな。
でも自分の願いは本当に自分丈の物で、此処迄独り善がりなのも無いと思うが。
同じ平和と語っても内容は全く異なるのだから、自分が見ているのは孤独な平和だ。
・・・ん、でも然う言えばライネス国の方も兵の活動も少し似た所はあるか?力で全てを平らにする様な。
自分許り褒められるのも面白くないし、其の辺りは聞いてみるか。
「反対に、御前は如何なんだ。何が望みでこんな事をしている。天使の神は珍しいと聞いたぞ。其の上で、塔の主になる迄頑張るなんて、迚も私には真似出来ない事だからな。」
此は厭味でもなく、純粋な感想だ。
榔を見ていた身としては塔の主なんて只辛く苦しい物だから、神に迄成ってやりたい事とは思えない。
まぁ、使命の事もあるだろうが。自分は縛られず自由にしているからな。
「フフ、そんな謙遜する事ないよ。塔の長と言っても大した事はしていないさ。其は只の役職だ。私自身はずっと昔から変わっていない。」
紅茶を何口か飲み、彼は優しい眼差しで自分を見詰めていた。
まるで言い聞かせる様に、彼にとっての当たり前を。
「私が願うのも又、世界の平和だよ。皆健やかで笑顔で、生きられたらと思う。其処に神や人等関係なく、皆等しく然うあって欲しいんだ。」
「・・・其は、大した大義だな。」
「っ分かってくれるかい!此の懐いを君は!」
突然、本当に突然だった。
行き成りクレイストは席を立つと前屈みになり、自分の両肩を掴んだのだ。
咄嗟に反応出来ず、びくりと大きく震えてしまう。
攻撃、では無い様だが、すっかり自分の顔は引き攣り、固まってしまった。
「良かった、若しかしたら君なら分かってくれるのかと・・・有難う!正面から私の言葉を聞いて、否定しないで受け止めてくれて。」
何を感極まったのかクレイストはすっかり上気した頬に目を輝かせ、全身で喜びを表現していた。
こ、恐い、何此の神、行動が読めな過ぎる・・・っ!
「あ、あの、少し離れて欲しいんだが・・・、」
「っ噫済まない、すっかり興奮してしまって、取り乱してしまったね。」
慌てた様にクレイストは手を離すといそいそと席に戻った。
そして取り直す様に咳払いを一つするが、全く自分は落ち着けない。
無い筈の心臓が暴れ回る様に胸が苦しい・・・び、吃驚した。
如何して行き成り飛び付いたんだ。発狂したのかと思ったぞ。
全く落ち着けない所為で翼や甲が毛羽立ってしまっている・・・。
うぅ、整えたい、気持悪い。むずむずしてしまう。
取り敢えず手元丈撫でて少し落ち着かせる。駄目だ、こんな事で心を乱していては、何時寝首を掻かれるか分からんぞ。
自分をしっかり持て。こんな事程度で自分は狼狽えたりしない。
「行き成り何のつもりなんだ。其処迄のスキンシップは許可した覚えがないぞ。」
「いや、本当に済まない。つい嬉しくなってしまって・・・。自分でも驚いている位だ。先も言ったけれども、私と斯うも話してくれる精霊は珍しくてね。其の分もあって・・・。」
嬉しかったのは本当らしいが、もう勘弁願いたい・・・。
ばたついた所為でテーブルの上は砂糖やらが零れて汚れてしまった。
流石に此にはクレイストも苦笑を返すしかないらしく、白許りだった頬が赤く染まっていた。
「私とした事が、御恥ずかしい・・・。でも有難う、私の大義を然う受け取って貰えて何よりだ。」
「・・・受け取るも何も、其の儘だが。何も特別な事は言っていないだろう。」
気休めも何も、寧ろ嘲笑の色すら見え兼ねなかったのに。
其とも彼は其すら今迄受け入れて貰えなかったのだろうか。
・・・まぁ一寸、ありそうだけれども。
「セレ、大丈夫?何ともない?」
「ん、大丈夫だイリス。驚かせてしまったな。」
つい強く彼を掴んでしまった。モフモフに何かあってはいけないと防衛本能が働いたらしい。
其にしても平和、か。別に其を願う奴自体は少なくないと思うが。
況してや彼はライネス国に居るんだし、其とも彼の掲げる平和が理想に染まり過ぎているのか。
自分の語る至極シンプルな平和とは違う。共生や話し合いで成り立つ様な世界。
天使である彼には見えているのだろうか、其の曦が。
「・・・嬉しいな、分かり合える精霊が居たなんて。その、良かったらだが、私と契約をしては貰えないだろうか。君とは手を取り合える気がするんだ。」
「契約・・・正気か?」
何だか自分を神としてではなく精霊として見てしまっている節がある気がするが。
まさか、ライネス国の塔の主だぞ?何を血迷った事を。
其の契約にメリットがあるか如何かも分からないし、抑其は互いにとって裏切り行為に等しくないか。
榔に続いて此奴迄そんな事をして来たら、本当に彼の国の信頼は地に落ちるぞ。
「勿論、冗談でこんな事を頼みはしない。君の実力も心も十分値すると私は思っている、如何だろうか。」
「如何かって、契約ってどんなのをするつもりなんだ。私にして欲しい事でもあるのか。」
到底其の手は取れそうもないが、気にはなる。一体此奴の魂胆は何だ。
一応自分だって考えて行動する程度の能はある。力丈を認めてほいほい契約はしたくない。
其の奥に何を御前は見据えているんだ。
「して欲しい事、然う言われてしまうと支配になりそうで宜しくないけれども、強いて言ったら私の仲介だよ。私丈では精霊達に交渉なんて出来なくてね。君が手助けをしてくれると有難いね。」
「成程、御前の手先として働いて欲しいと。」
仲介か・・・何だか意外と言うか、自分に合わなさそうな仕事だな。
別に得意としている訳でも無いし、まぁ此奴よりは上手くやれそうだけれども。
其でもライネス国の仲間入りはしたくないな。
見方を変えれば、其を自分に頼らざるを得ない程、此奴は其の辺り苦労しているのだろうか。
交渉って、具体的に其の先の目的が見えないし、其は本来の共生の形と違うじゃないか。
「ん・・・然うか、然う取られてしまうね。其は確かに良くないか。」
「其に私は飽く迄一柱の神だ。純然たる精霊ではない。だから其の辺りは気を付けて貰いたいんだが。」
自分が過去にした契約から考えると、此奴と其を結ぶのは難しそうだ。
自分は主に魂や命を賭けた物が多い。互いの落とし所を見付けて、間違いが無い様擦り合わせて初めて行われる。
其と比べれば此奴のはリスクが高過ぎて解せない。
「然うだったね、済まない。如何も先ので舞い上がってしまって、勢いで言ってしまった事、詫びるよ。」
「・・・其が今回の目的だったとかじゃあないのか。」
何らかの成果を、形として残したいと考えるのは自然だろう。
此の話し合いに全く意味を持たせないとは思えない。互いにリスクを冒して来ているなら何か求める物がある筈。
「目的、そんな風には思っていないよ。私は純粋に君に会ってみたかったんだ。今回は其の機会って丈だよ。」
「・・・イリスを使って私を誘い込んだのにか。」
「其は本当に反省しているよ。でも、斯うでもしなければ君は私に会いに来てくれなかったんじゃあないかい?」
其は否定出来ないか。つまり其丈自分は此奴に会いたくなんて無かった訳だし。
契約は・・・序でみたいな物と。
此の場を設える為に手を出した形が此か。こんな話しをするのに誰かを利用するなんて。
如何しても自分の中で引っ掛かってしまう。其に、
契約・・・此奴との契約を考えた丈で今、悪寒が走ったのだ。
今迄こんな事は一度としてなかった。其でも此奴と契約をしてはいけないと本能が訴える。
此が支配、と言う事なのだろうか。本来は対等である筈の形を歪めている。
其の歪みは何だ。何故斯うも胸中を冥く埋め尽くす。
「・・・御前、本当に天使か?」
ピクリと、クレイストの手が動いた。
自分の中に生まれた疑問、其が答えなのではないかと。
「然うだけれども、今更乍ら如何したんだい?確かに天使の神は珍しいだろうけれども。」
「フォードは堕天していたからな、私も天使は初めて見る。だが、何となく御前を見ていると、違和感を覚えるんだ。」
「違和感、かい?・・・どうぞ、続けてくれ。私も気になるよ。」
「話したくないなら良いが、如何してフォードは堕天したんだ?其とも、御前は如何して天使に戻れたんだ、の方が正しいか。」
途端はっきりと目に見えてクレイストは硬直した。
此は・・・不味い事を聞いただろうか、然う思いつつも奴の目丈は優しい儘だった。
「・・・如何して、然う思うんだい。」
「ん、私の勘でしかないが、如何して御前が他の精霊や龍達に恐がられるのか考えていたんだ。私の中の精霊としての部分を加味してな。」
「君は神であり乍ら精霊でもある。其の分客観的に自分の性質を見られるのかな。そして、其の答えが今の問いかい?」
「何となく引っ掛かっているんだ。御前とフォード、私は今迄二柱の天使しか会っていない。でもフォードからは御前みたいな気配はしなかったと記憶している。」
自分の中の予感を突き詰める様に。
別に此奴の為ではない。只自分が気になるのだ。此は精霊としての性なのか、何を伝えようとしているのか。
フォードと戦った時は未だ精霊化していなかったが、霊としてソルドに囚われていた時は其の限りじゃあない。
彼の時も契約はしなかったが、でも其は嫌悪感故の物ではない。
堕天しているとは言え、此奴とフォードは強大だった。其なら他の天使よりは繋がりが強くて然る可きではないか。
其なのに、此奴に感じる違和感、背筋が凍る様な言い様のない不信感の正体は。
クレイストも気になるのかじっと考え込んでいる様だった。
もう少し、もう少しで正体は掴めそうなんだが。
「先も天使か堕天使か聞いたが、如何も御前の奥を見ていると、曦の様な物を感じるんだ。魔力とも気配とも付かない曦。」
テレパシー越しでも伝わって来た其、其処からすでに違和感があったとしたら。
其の曦に、何かあるのではないか。
「其の曦が・・・何だか妙な気がするんだ。陽の様な曦だと初めは思っていたが、斯うして向かい合っていると・・・少し、違う気がする。」
「・・・面白い考え方だね。もう少し詳しく聞かせてくれるかい。」
紅茶を飲む手を止め、じっとクレイストは自分を見詰めていた。
金の瞳の奥に過る曦を見据える。
「フォードも、堕天していても似た曦を感じた。陰りつつも陽ではあった。屹度其は天使特有の力か何かの表れなんだろう。だが御前のは・・・仮初の陽の様に思う。まるで人為的な、創られた曦だ。」
「あ!然うだよセレ、そんな感じ!」
其迄小さくなって縮こまっていたイリスが片手を挙げた。
「如何やら龍達も同じなのかな、流石だね。感覚を言語化するなんて、然う出来る事じゃあない。」
「此が正しい表現かは、何とも言えないがな。全て感覚の話だ。」
「私も同じ感じがしたの。温かい曦じゃなくて、えっと、只の曦と言うか・・・。」
「成程、うん。二柱が然う言うのなら、可也正しいんじゃないかな。つまり私の気配と言うか、其が天使らしくないと。」
「・・・ざっくり言えば、だな。何処か創られた様な歪みを感じる。」
感覚の儘に口を突いたので随分失礼な言い方になったが、クレイストもじっくり言葉を確かめている様だった。
若しかしたら此が、永年悩んでいた事の答えかも知れない。只分かった所で対処出来るかは別だ。
寧ろ然う言う体質なら永遠に変われないかも知れない。残酷な結論を突き付けてしまった可能性もあるのに。
「・・・うん、心当たりはあるからね。然うか、其が原因だったのか。」
暫し目を閉じ、クレイストは小さく頷いた。
「有難う、君が居なければ分かり様も無い事実だった。然う言う事だったんだね。」
「確証は無いぞ。其に対処の仕方も分かっていないし。」
でも心当たりはあるのか。其は少し気になるが。
「・・・私が最も恐れている事が何か、分かるかい?」
金の瞳が、自分に注がれる。より、曦が強まった気がした。
其の忌避為可き曦が、彼の内から溢れて来る。
天冠から、瞳から、其こそ陽の様に照らして輝いて。
「さてな。偉大な天使様が恐れる物なんてあるのか?私にも恐れず斯うして構えている御前が。」
「フフ、斯うして話してくれる友を恐れる事はないよ。只私は一つ・・・穢れる事を、恐れているんだ。」
「穢れ・・・堕天か。」
「然う、君の言う通り、私は一度堕天した身だ。でもある神の御蔭で斯うして天使の身分に戻れた。・・・其の所為でフォードと別れる事になってしまったが、其でも未だ堕天する方が、彼の惨めだった日々に戻るのが、私は辛い。」
然う言う彼の声は少し丈、震えていた。
まるで未だ痛みに耐える様に、そして世界から隠れる様に。
「確かに私も、前世の彼の日々に戻るのは勘弁だな。惨めで、死にたくなるだろうよ。」
「・・・うん、然うなんだ。此の気持も君と共有出来るなんて。」
・・・一瞬、其の瞳の奥が陰った気がした。若しかしたら此こそが彼の陽、なのだろうか。
彼は未だに、堕天に縛られている。
不思議と、其の曦は見ている丈で、照らされる丈で寒気を覚えた。
・・・良くないな、此の予感は。
「イリス、もう大丈夫だろう。一柱で帰れるか?」
「え・・・?う、うん、もう大丈夫だよ。」
戸惑いつつもイリスは自分とクレイスト二柱を交互に見遣った。
「私はもう少し話を聞こうと思ってな。遅くなってもいけないし、先に戻ってくれるか?本当は送ってやりたかったんだが、済まないな。」
「ううん、良いよ!来てくれて凄く嬉しかったから、有難うセレ。」
もう一度ぎゅっとイリスは胸元にしがみ付いた。つい其の愛らしさに心揺さぶられる。
・・・いや、堪えろ、うん、今はモフモフタイムではない。
「然うだったね、引き止めて済まない。今回は話せて迚も嬉しかったよ。気を付けて御帰り。」
「じゃあなイリス。気を付けて帰るんだぞ。」
「うん、セレもね。バイバイ!」
名残惜しそうに何度か手を振りつつイリスは飛び去って行った。
・・・取り敢えず当初の目的は達成だ。
「嬉しいね。未だ話に付き合ってくれるなんて、でも一体何の話だい?」
「ん、未だ御前は話し足りなそうだから、場を整えた丈だが。」
寧ろ一度話を遮ってしまったから、仕切り直しと思った位だ。
クレイストは少し目を見開いてじっと自分を見詰めていた。
「・・・然うか、まさかそんな事も見透かされるなんて。フフ、君には全て御見通しか。」
「そんな事はない。御前の目が此程ない位訴えていた丈だ。」
「然うかい。・・・実は先の話を誰かにしたのは初めてでね。其で・・・自分でも一寸分からなくなっているのかも知れない。」
「分からないって、何がだ。」
「自分の気持、だよ。・・・不思議な物でね。長年生きて来てこんなのは初めてだ。」
「然うか。私も、珍しい話が聞けたしな。」
クレイストは何度か頷いて、確かめる様に薄く目を閉じた。
自分の事を見詰めはするが、一体何を彼は見ているのだろうか。
「・・・噫、本当に初めてだ。此が、恐怖なんだと。」
不意に、曦に射抜かれた様な心地がした。
其迄只彼が放つ丈だった彼の偽りの曦が突如、射貫く様に貫いて。
・・・此は、不味いっ!
全力で本能が訴える。危険信号が脳内を駆け巡り、直ぐ様迎撃態勢を取る。
目の前の、今の今迄話をしていた天使が敵だと、全力で訴える。
先迄一片も感じなかった殺気、其が駆け抜けて目の焦点を束ねる。
奴は動いていない。只自分が殺気を感じ取った迄の事。でも見過ごす事等出来ない気配に甲が逆立つ。
殺せと、訴える。其が最善、後は何も考えるな。
吐く息と共に毒が周りに充満する。翼を広げ、威嚇の吼え声と共に水精が肩や肘から突き出す。
直感的に芽生える殺意、其に身を委ねる様に。
手を挙げ、零星に合図を。奴を取り囲む様に駆け廻れ。
・・・?
其処で不意に違和感。・・・零星が、動かない?
いや、繋がりを断たれた様な、波紋が一気に狭まり、閉じ込められる様な。
急速に息苦しさを感じた。まるで小さな箱に無理矢理閉じ込められたかの様に。
全ての感覚が遮断される。其の繋がりが希薄になって、
如何して・・・何が、
思わず手を伸ばす。踠く様に求める様に前へ。
其の手を一度、クレイストは取った。
金の瞳と搗ち合い、交錯する。だが其の瞳の奥には、
偽りの曦、噫、そんな目は、見たくない。正面から射貫く其は矢張り空寒くて。
でも口元は変わらず咲っていた。こんな殺意を滲ませ乍らも凛と、まるで作り物めいた笑みを。
はっきり知覚する。此奴は天使なんかじゃない。此は、何だ。
得体の知れぬ悍しさに震えるのは精霊としての性か、向けられる笑顔に怯える幼き化物の癖か。
此の手を振り解きたい、でも然うすれば自分は屹度閉じ込められる。
其の刹那にも似た一瞬、其が・・・いけなかった。
「・・・良い子だ。」
硬直した自分の胸元をクレイストに突かれ、ふら付き乍ら下がった。
倒れる程じゃないが、同時に奴の感覚も消える。
知覚出来なくなったのだ。間違いなく気配からして目の前に居るのに、其の姿を認識出来ない。
此の感覚、何処かで・・・、
奴が見えなくなったのは、別に何か仕掛けて来たからじゃあないんだろう。自分の波紋が・・・使えなくなったのだ。
ぐっと視野が狭まるのを感じる。そして矢張り息が苦しく、吸っても吸っても入って来ない。
「う・・・ガ・・・な、何を、した。」
「此の状況でも喋れるのは流石だね。」
正面からクレイストの声はするのに、矢張り見えない。抑波紋ではもう何も知覚出来ない。
同時に手足も、鉛の様に重くなって行った。少し動かす丈で目が回る。
立っている丈でも辛い、躯がばらばらになりそうな痛みが奥から響く。
此の感じは・・・只の怪我とかの類じゃない、もっと自分の根本の部分が狂い始めている・・・っ。
気付きつつも、動けない。魔力も応えず、無音の世界が広がる。
然うだ、此の感覚は昔何度か味わっているじゃないか。自分の存在が未だ希薄で、何時でも消え兼ねなかった彼の頃。
彼の時の痛みに良く似ている。気を抜けば気絶して、其の儘終わりそうな。
「君には、本当に敬意を称するよ。だから私も誠意を以って答えよう。今君に施した術は、私の結界だ。」
油断なのか如何かはっきりしないが、其の通り自分は指の先すら動かせず、只聞く事しか出来なかった。
頭が働いているのかも怪しい。只奴の声丈が響く。
結界・・・まさか、其の中に閉じ込められたと言うのか。
気付けば出されていたテーブルや椅子は跡形もなく消え、只の荒野に二柱丈だ。
只僅かな感覚が残る波紋が辛うじて魔力の流れを伝えて来た。其は自分から少し離れた四隅へ流れる様で。
同時に其処へ大量の魔力が瀧の様に流れ出て行くのを感じる。
「ま・・・さか、魔力を、」
「御名答、矢張り君は凄いね。全く侮れない。其の感覚の鋭さは一目置くよ。御察しの通り、此の結界は内部の魔力を全て外へと排出する作りなんだ。君の様に力ある精霊に使うと効果覿面だ。」
魔力を、奪うだと・・・。
だからか、こんなに苦しいのは。自分の存在其の物が魔力に依存しているからか。
力を付けた分が其の儘仇となった。魔力が無ければ何も出来ない。
魔力抑制剤を打たれたのに等しいか。其の所為で存在が今正に消えようとしている。
神としての自分は不完全だ。混ざり過ぎてもう元の形も分からなくなっている。
そんな自分から魔力を取れば・・・一体何が残る?
考える迄もなく冷汗が伝う。嫌だ、こんな、こんな所で、
息が出来ない所為で、頭が霧掛かった様に動かない。
其でも何とか手が無いか考える。
零星は使えない。結界の外にも散らしてはいるが、自分との繋がりが断たれている所為で反応しない。
無を放とうにも抑の術が作れない。自力で結界を壊そうにも、手足が、言う事を聞かない。
焦り許りが積もる。こんなあっさり、
「・・・苦しそうだね、済まない。友にこんな真似をしてしまって。せめて此以上苦しまない様、眠って欲しいけれども。」
「そんな・・・事、」
「矢張り、足掻くか。」
何とか一言二言発するのがやっとだ。もう奴を睨む事すら間々ならない。
其でも一歩でも奴に近付こうとして、無理矢理足を動かす。
すると鋭い痛みが足先から伝わって来た。同時に同じ痛みが指からも。
見ると・・・甲が、溶け始めていた。ドロドロに、溶けて指を伝って地を濡らす。
う・・・あ・・・此は、まさか、もう甲すら保てなくなって・・・。
只の血に、戻ってしまっているのだろう。恐らく足ももう・・・。
血濡れの手からは絶えまない痛みが走る。こんな感覚すら断たれた世界で、痛み丈が厭らしくも残っている。
罅が、自分の甲の下に広がっていた罅が痛む。
嫌だ、昔見た夢みたいに本当に溶けてなくなりそうだ。
ぐちゃぐちゃの、自分なんて何処にも存在しない汚物に成り果てて。
い、いや、未だ手はある筈、魔力が無くても自分は、
其処ではたと気付いた。如何して奴は無事なのか。
斯うなる前に自分は毒を撒いていた筈、彼は魔力に左右されない筈だが。
其でも奴の声は冷静其の物で、自分の毒に当てられた様子はない。
まさか毒が効かないのか・・・?
自分の訝しむ目に気付いてか、クレイストは口を開いた。
今はもう、奴の声と此の身を駆け巡る痛みしか感じられない。
「若しかして何か私に仕掛けていたのかな。君なら其の位用意はしてそうだとは思ったけれども。一応教えて置こうか。天使の天冠は護りの証だ。此が輝く内は天使は大いなる守護の力を得る。フォードは天冠なんて無かったからね。君が知らないのも無理からん話だが。」
護り・・・だと、そんな力があったのか・・・。
其の所為で毒も効かないと。奴は最初から自身を護り、何時でも此の結界が張れたと言うのか。
・・・恐らく四隅から感じる魔力からして、此の結界も精霊術の一種なのだろう。見えない丈で彼等は存在するのだろう。
苦しい・・・苦しい、踠く事も出来ない。されるが儘にこんな、
「・・・君を如何しようかギリギリ迄悩んでいたんだがね。矢張り斯うして正解だったみたいだ。君の力は勁過ぎる。今も猶此の結界の中で残っているのが其の証拠だ。魔力なんてもう殆ど無いだろうに、干渉力丈で残っている。」
試されていた、と言う事か・・・。
此奴と契約すれば道は違っただろうか。でもそんなの、呑める訳がない。
先迄全く殺気も何も無かったと言うのに、こんな一瞬で全て塗り替えられるなんて。
彼の曦に、騙されていた訳だ。偽りの曦が放つ違和感が強過ぎて、此奴の内を読めなかった。
「君に堕天したのではないかと問われた時、本当に恐ろしかったよ。・・・初めてだ。私の正体に気付いたのは。だからね、残念だが斯うせざるを得なくなった訳だ。君は、此の世界にとって脅威だ。其の力が暴走する前に鎮めなければ。」
何が・・・鎮めるだ。
言いなりにならない奴を消そうとしている丈だろう。排除して自分達の生き易い世界を作っている丈。
そんなの認めない。其に抗う為に自分は・・・。
罅から血が溢れ出る。何とか其でも手を伸ばす。
そして壁の様な物に触れた。恐らく此が・・・。
此の壁を壊せれば、奴は目の前に居る。其なのに。
血が伝って行く。足元に溜まって、血溜まりが広がって行く。
最早何が甲だったのかも分からない。混ざって溶けて、
視界が歪む。血が、涙の代わりに目からも流れ出る。其の下の四つの目もまるで石塊になったみたいに朽ちて行って。
噫魔力が・・・無くなって行く。此の躯から流れ出る。全て、全て、
翼も形を保てず、撓垂れて全ての羽根を散らす。羽毛が全て抜けて黔い骨が覗く。
其すらも朽ちて、不自然に折れ曲がる。地を擦り、忽ち血溜りに沈む。
尾も甲毎肉が落ち、ぼろぼろに崩れ落ちる。もう、先の感覚なんて無い。
躯が、朽ちる。跡形も無く。
「・・・さ、もう辛いだろう。君は眠りなさい。もう・・・疲れただろう。大丈夫、君の大義は私が受け継ごう。君の歩みを無駄にはさせない。」
・・・違う。
歯もぼろぼろに溶けて、口を開いても息が漏れる丈だ。
でも、否定しないと、声を、上げないと。
此奴に、私の何が分かるって、美しい面しか見ない御前なんかに。
良く見ろ、如何見たって今の自分は化物だ。
大義なんか知らない。分かりたくもない。
私は、私は只、
「君は、此迄も十分戦って来ただろう。そんな願いを持った君だ。今迄痛みも苦しみも十分受けて来ただろう。私はせめて、此以上君が傷付かない様にしたい丈だ。此処で終わった方が、君の為なんだと。」
・・・違う、違う。
勝手に私の終わりを決めるな。
私は未だ、何も果たしていない。
こんな中途半端な所で、
肩の水精がくすみ、砕けて行く。
全て、血の海の中に、溶けて混ざって行く。
私と言う存在が、此の血の海に沈もうとしている。
嫌だ、私は・・・私は、こんな・・・、
躯の奥から凍える様な感覚が這い上がる。
知ってる・・・此の感覚も、遥か昔、前世の・・・最期に、
否応なく突き付けるは終わりの記憶だ。
寒い、冷たい。まるで自分が物になって行く様な。
躯の奥が痺れた様な痛みが残って、段々と其の痺れが半身を覆って行って、
終わる・・・私が、終わってしまう。
もう味わいたくなんてなかった死の感覚、其をじっくりと再び躯に刻む様に。
嫌だ、こんな所で、私はっ、
「・・・足掻くか、苦しい丈なのに。屹度其でも抗うのが君の魂の気高さの証明だろうけれども。せめて次は、そんな力なんて持たずに穏やかに幸せに在れる生を得られる事を願うよ。」
私が求めていない物許り押し付けて。
否定しないと。其の言葉の全てを。
結界に触れていた指先から罅が広がる。
噫、此が全身を包めば自分は、
痛みが全身に突き刺さる。躊躇いなく全身にナイフを突き立てられた様に、割れた玻璃を散らした上へ叩き付けられる様に。
こんな物を最後に得る為に此処迄来た訳じゃないのに。
今の私は、一体何丈残っている。何処迄が私で、何処迄が存在する。
意識が曖昧だ。駄目だ、此の儘じゃあ、
未だ、諦めていない、手はあると信じて、
「う・・・ぐ・・・ア、」
何か、言わないとせめて、私は、
私は・・・私、は、
・・・?私は、如何して此処に居るんだっけ・・・。
頭の中が真白になる。色んな物がフラッシュバックする様に駆け廻る。
此は何、私は、如何して、
如何してこんなに躯が痛い?如何してこんなに胸が苦しい?
何も分からない、見えない、其なのに只苦しくて、
痛みしか感じない無音の世界。嫌、淋しい、独りは・・・嫌だ。
脳裏にちらつくのは・・・私の記憶・・・?其とも、
そ、然うだ私は、セ、セレ・ハクリューだ。
忘れて・・・?いや、其は正しい?私は、私、は、
私は、私は・・・誰なの、
「今迄良く頑張ったね。さぁ御休み。」
何処からか、優しい声がする。
でも其処へ目を向けても誰も居ない。
誰、誰なの、独りはもう・・・嫌だ、だから、
記憶も存在も全て流れ出てしまう。此処は嫌だ、全て失って行きそうで。
けれど、同時に其の声に畏れてしまう。何だろう此の曦に似た、でも偽りの存在は。
私は其を求めてはいけないと声無き誰かが叫んでいるみたいで。
其の声に従いたくもなかった。休んだら、眠ったら、全て終わってしまう気がしたから。
私と言う存在其の物が、此の僅かな意識すら全て消え去りそう。
其の間にも躯はどんどん無くなって行く。感覚なんて殆ど無くて、もう立っているのかも分からない。
然う思った瞬間、膝が折れたのか前のめりに倒れ込んだ。
足は、もう動かない。只少しでも前へと手を伸ばす。
何だか不思議、躯が無くなって行って、透明になる様な、頭の先から消える様な。
其処で急な吐き気を覚えて、喉に溜まっていた物を全て吐き出した。
此は・・・血?塊みたいに吐き出された其は溶けた内臓みたいで。
吐いても、又直ぐ溜まりそう、でも少し丈声が出せる余裕が出来た。
声が聞こえたと言う事は、屹度近くに誰か居る筈。其なら届いて、どうか、
「た・・・助けて、死にたくない。」
まるで命乞いみたいに、私は目の前の曦へ語り掛ける。
「私は、死にたくないです。」
未だ、何も成していないから、果たさないといけない約束があるから。
・・・?約束、も、もう懐い出せないけれども。
一言伝える度に血を吐く。もう口中血の味しかしない。
其でも此の全身を覆う痛みに支配される前に。
「助けて・・・お、御願・・・い。」
此処は余りにも冥くて寒い。一刻も早く抜け出したい。
だから如何か、此の手を掴んで欲しい。
「・・・其が、貴方の本当の姿、だね。臆病で無様で、憐れだけれども・・・尊くて。まるで昔の自分みたいだ。」
其の声は本物の陽の様に私に降り掛かった。
掛かる感情は憐憫?私に其を向けてくれるの・・・?
此処は本当に寒いの、まるで彼処みたいに。
彼処?駄目、もうそんな記憶の欠片も定かじゃあないけれども。
もう此処には一秒だって居たくない。だから、
再び血を吐いた。もう少し丈、此の喉を震わせられるなら、
「・・・た、すけて、死にたく・・・ない。」
今がどんなに無様だって構わない。
死ぬよりはずっとましなのだから。私は、存在したい丈。
「最期に、有りの儘で居られて良かっただろう。偽りのない自分だ。君の事は決して忘れないから。」
最期なんて言わないで。
そんな美しさなんて、気高さなんて要らない。
どんなに無様でも、土に塗れて汚され、穢れても。
私は、只在りたい。
「・・・大丈夫だよ。君の大切な御仲間も直ぐ其方へ行くから。」
其を聞いた瞬間、私の中の何かが壊れた。
仲間?仲間なんてそんなの、
こんな私に、居ると言うの?其と私の中に一つ丈残った此の名は若しかして、
あ・・・あ、駄目、其は、其丈はっ!
私の中での悍い否定が、形を持ったみたいだった。
内側から内臓が捲れて表へ出て行く様な錯覚。
もう形なんて殆ど失って血溜まりに溶けた其が、騒めいた。
まるで枯木の様な細い手が何本も其処から生えて来る。
其が自分の躯を押さえ付ける様に絡まり、私は身じろいだ。
身を震わせると溶けた躯が散り、歪み、形を変えて行く。
躯の内側が燃える様な、此の熱は何なのか。
其を吐き出す様に身を捩る。捩った傍から新たな感覚が芽生える様。
失う許りだった自分の中から溢れ出る此は何?
我武者羅に其を放つ。証明する様に、刻む様に。
手足が、胴が、頸が、全身が伸びて行く。失っていたと思った尾が、血溜まりから生えて来る。
音を立てて躯の中が作り替わる。溶けた筈の骨が生え、筋が付いて動かせる様になって行く。
血塗れだった全身に、代わりに黔い毛が生える。
噫、全てが、私の全てが作り替わる。
肋骨がまるで翼の様に開き、胸を突き破る。内臓が零れて虚の様な闇が出来る。通る凱風が冷たく、笛の様な音を立てる。骨が蠢き、背を突き抜けて空気を裂く様に棘を生やす。より大きな物は樹の様に背から広がり、葉の代わりに羽根を蓄えた。手足が節榑立って伸び、指の骨が音を立てて曲がり、位置がずれて変わって行く。爪が伸び、甲の一部が大きくなってまるで輝石の様に備わった。伸び切った二又の尾の甲もゾリゾリと、まるで這い擦る様に伸びて歪な形に変わって行く。頸と鼻が伸び、マズルが其と分かる位前へと突き出る。目は釣り上がり、爛々と輝いて目尻が裂けて行く。己が全身の変化を確かめる様に目は絶えず動き、まるでキャッツアイの様な縦の筋が刻まれた。牙が口中を裂いて伸びて行き、不揃いに生え並んで打ち鳴らす。蛇の様に細い舌が垂らされ、紫紺色の涎が垂らされ地を濡らした。耳の位置が大きくずれ、翼の様に欹てられる。頸周りの甲が伸びて、まるで首輪が掛けられた様。失われたと思っていた水精が又肘や膝、あらゆる所から血を撒き散らせて生え、伸びて行く。頭痛がしたと思えば長く伸びた角が生え、捩じれ曲がって突き出される。
私は、私は私はっ・・・、
どんな、どんな姿に成ろうと自分は自分だった。
此は、只私の願いに応えた丈の姿。此の姿の方が叶えられるからと。
愚かにも、自分の願いを自分の為丈に叶えようとした神の姿。
壊れ掛けの魄が訴える。此の躯の使い方を。
壊せ、彼の偽りの曦を。
殺せ、彼の片翼の天使を。
彼は御前の敵、御前を害する者だ。
御前が必死に駆け擦り回って求めた物を、無残にも奪いに来た侵略者。
誑かす言葉に等、耳を傾けるな。奴が語るは甘い幻想だ。
力は与えよう。諦めない其の心は、其の儘干渉力となって助けるから。
自らの手で、邪魔者は排除しろ、御前の願いを叶えろ。
「・・・素晴しい、此の状態で真の姿に成ろうと言うのか。」
結界の中でもセレの姿は見る間に変貌して行った。
魔力も存在も全て奪われて行っていたのに、未だ足掻けるなんて。
其は願いの力故、神として此処迄気高い存在を私は知らない。
然うか、願い其の物が彼の神だったのだ。大義も使命も過去、前世も巻き込んだ大いなる願い。
此の神が此の短期間で名を上げた理由も納得だ。彼女の願いが世界に勝ったと言う丈の事。
願いの儘に、時には我儘に。時には一途に突き進んだ故の。
王が、彼女を危険視する理由が良く分かった。
彼は一介の神ではないと。何者かが、然う在る様に導き、神として歪め創り出した存在だと。
只生き、感じ、使命を得た我等とは違う。一つの願いの為丈に創られた存在であると。
だから其の力は原初の力に似る。純然たる力故に、悍いのだと。
噫、彼女の目的が、願いが、こんな形でなければ私はもっと君を見ていたかったけれども。
君の心であれば、ライネス国の柱となり得ただろう。私以上に塔の主に相応しいとすら思える。
だからこそ、惜しい。如何して君は堕ちてしまったのか。
フォードが君に見出したのは屹度此の意志の悍さだろう。
噫、勿体無い。せめて丗の為に在ってくれれば、私は心から君を歓迎出来たのに。
悍しき真の姿へと果て乍ら、君の呪詛が谺する。
赦さない、絶対に終わらせはしないと確かに。
其の声音丈で、私迄呪われそうな程。
君の呪いは世界を蝕む。其が危険である証だ。
こんなに世界と繋がっている存在なのに、其の力の根源が呪いだなんて。
今君が然う願っている丈で、斯うして懐いは凱風に乗り、地を震わし、私に迄届き、其の魂を汚そうとしている。
天使でなければ、今頃疾うに果てていただろう。
屹度先一瞬見せてくれた君の弱さは、本当の君の心だ。
本当は臆病なのだろう。曦に、生ある者に怯えて陰に隠れる様な。
自身を認めない世界全てを恐れていたのだろう。
余りにも其の姿は惨めで、悲しくて淋しくて。
見ている丈で辛かった。本当に胸を抉られる様で。
其でも君は足掻く事に決めたんだ。戦う事を選んだ。
君の其の勇気を、私は心から讃えたい。
君にこんな悍しい術を掛けた事、心から申し訳なく思っているんだ。
恐いだろう、少しずつ自分でなくなって行くのが。今迄積み重ねて来た全てが崩れ去るのは。
一体其が、何程の痛みを伴う物か、私には計り知れない。
君に、屹度前世よりも辛い死を、再び私は与えようと言うのだ。
でも、信じて欲しい。此は愛故の痛みだと。
私は世界全てを愛している。君も、同じ大義を持つなら分かるだろう。
君は其の愛す可き世界を護る為の尊い犠牲なのだ。
だからせめて忘れない。私が手を下した事、君が最期迄、抗った事を。
そして誰にも君の歩んだ道を穢させはしない。
然う、胸に誓うよ。
絶えず魔力を奪われているので、然う直ぐに真の姿には成れないらしい。
私の目の前で、其の呪いの内を見せ付ける様に彼女は変化して行く。
一体、最後にはどんな姿に成り果てるのだろうか。彼女の姿が変わるに連れて、力が増しているのを感じる。
己の内から、創り出しているのだろう。世界を歪ませる力だ。
見届けてみたい、一体彼女が何になるのか。でも其は危険を伴うだろう。現段階でも、下手したら結界を破り兼ねない力を感じる。彼の結界の中に閉じ込めているのも限界なのだろう。
であれば・・・仕留めないと。心苦しいが、自らの手で。
只の光丈でも、今の君を鎮められはしないだろう。だから私も力を使おう。
まさか、此の力迄使わねばならなくなるとは思っていなかったけれども仕方ない。
此が私の、せめてもの華向けだ。
天冠の曦の一部を依代に一つの術を編む。
輝きが少し丈鈍り、天冠が欠ける。天使の証の一部を犠牲に。
結界の全てを曦で満たす様に。せめて君の最期を温かく包める様に。
「ギャオ゛オ゛ォ゛ォ゛オ゛オ゛ォ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ォ゛ッ‼」
噫、赦さない赦さない。
御前丈は絶対に。
旻に一つ吼える。こんな結界は窮屈だと訴える様に。
切れ切れになってしまった記憶、存在。でも其を星座の様に何とか繋ぎ止めて。
そして私は理解した。命乞い等、無意味だと。
血が沸騰する様に燃え広がる。けれども息は冷たくて。
まるで、失った筈の心の臓が、凍えた血を噴き出させて甦ったみたいだ。
然うだ、抗え。受け入れるな、他者に求めるな、自分の手で戦え。
命乞いなんてした所で・・・受け入れて貰えた事なんて無かったじゃないか。
自分だって幾つもそんな声を潰しただろう。今迄何丈奪って来たと思っている。
抗わなければ、奪われる丈だ。克ての自分が然うした様に。
どんな手を使ってでも、此処迄来たんだろう?
其をこんな、何も知らない天使風情に穢されて良いのか、閉ざされて良いのか。
痛みを、忘れるな。全て赦すな。私が、私が全てを壊すのだからっ!
踠く様に四肢を振るう。少しずつ此の躯に馴染んで行く。
もう少し、もう少しでこんな結界、壊せるのだから。
己の名を、姿を、記憶を失っても立ち止まるな。奪われたなら奪い返せば良い丈の事。
其の為の力を、今迄必死に掻き集めて来たんだろう?
こんな所で奪わせない。壊させもしない。だって未だ私は何も成していないのだから。
願いを楔に、吼える。自分の存在毎世界に刻み付けろ。
散り散りになりつつある記憶の中、失いつつある自我の中、幾つも見付けた一つの名。
其を決して離さない様に悍く胸に抱いて。
壊してやる、壊してやる。自分の全てを奪う者を、害する者を。
然うだ。全て、壊せば良いんだ。世界が自分の敵と言うのなら、其の世界を私は滅ぼす。
此の記憶丈護り抜く為に他全てを壊し尽くしてしまえば良い。
然うすれば・・・此の世界は、此の記憶丈で満たされる。其はどんなに救いだろうか。
其丈の力は、幸い此の手にある。力が、未だ沸き起こって来るんだ。此の全てをぶつけてやる。
私は諦めない。こんな所で私の物語を終わらせて堪るか。私の願いの為に全て。
未だ完全に姿は変わり切っていない。でも力は十分だ。
早くしなければ、私の力が潰える前に、此の檻を脱出する。
翼を広げる。続々と生えて行く其は形が可也歪だけれども。
生えた傍から羽根が散って行く。未だ、此の蝕む痛みが続いている所為だ。
辛うじて自分の力の方が勝っている丈、でも未だ、
散った羽根の下から爛れた肉が覗く。そして其処から新たな骨が突き出るのだ。
壊されない様、最早滅茶苦茶に死と再生を繰り返している。新たな痛みを刻み乍ら、其の姿は徐々に歪に歪み、醜くなる。
流れる血と共に羽根は地に落ちる。でも其の羽根すら穢れて、地に腐敗の傷を残す。
毒霧が口端から散り、結界内を埋め尽くす。息が吸えずとも代わりに毒を満たしてやる。
次々と抜け落ちる甲も、其を突き破り生える水精も。
私の痛みと共に刻まれた其は全て、此の世界への傷跡だ。
「・・・ッガァアァアアアァ‼」
此の結界を喰い破ろうと牙を剥けた其の時だった。
大仰に顎門を開き、共に毒を撒き散らして。
絶えず呪詛と吼え声を轟かせていたのに、動けなくなったのだ。
目の前に壊す可き物があるのに、牙を剥いた儘、飛び掛かれない。
こんなに睨め付けているのに、目の前だと言うのに。
躯が動かない。指一本、尾の先すら動かない。
まるで全身見えない縷に巻き付かれたかの様に。
そして又駆け巡る痛み、作り替わりつつあった躯なのに、其の先から腐って行く様な。
痛みは、ずっと続いている。此の結界の所為で自分の存在が魔力毎常に削られている所為で。
でも其の上から新たに全身を鑢で削られる様な、磨り潰される様な痛みに苛まれる。
動けない躯では、確かめようもない。然う思った矢先、全身の甲が疼く。
此の躯はもうぼろぼろだ。其の形を保つ事すら今は難しい。
でも其の分、私の意志を汲み取り易い。思いの儘に変わり易くもあった。
右肩、背、腕、指先、尾、膝、あらゆる所の甲が疼き、銀の目へと作り替わった。
殆どの目は生えた傍から血を噴き出し潰れてしまうが、其でも分かる。
縷・・・だ。本当に縷の様な皓い線が、全身余す事なく巻き付いている。
そして其が少しずつきつくなって行っているのだ。
更に曦で出来た様な其に触れた箇所は火傷の様に鋭い痛みが走り、甲が砕け、内に減り込む。
次々と全身が腐って行っているのだ。翼も尾も全て余す事なく巻き付かれている所為で。
痛い、痛い痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛いっ‼
痛みが内からも外からも響いて、止まない。何度も意識を失い掛けては、痛みの所為で又叩き起こされる。
拷問だ、こんなの。如何して、最期迄こんな目に遭わないといけないんだ。
私が何をした。何を・・・したと言うの。
只生きたかった丈、在って、認めて貰いたかった丈だったのに。
何も懐い出せない。でも、沸き起こるのは途轍もない怒り、殺意だ。
世界に対する殺意、こんな世界、全て全て私が、
曦が、喰い込んで来る。
私のそんな決意を嘲笑う様に。
そして曦の隙間から・・・罅が、入った。
罅が、広がって行く。
全身に入った罅が、少しずつ。
あ・・・あ、いけない、此の罅丈は、
踠こうとも、もう手足は動かない。鳴き声一つ上げられない。
罅に覆われた所の感覚が失われて行く。幽風も、流れる血も、熱も何も感じない。
嫌・・・だ。感覚が無くなって行く。此の世界との繋がりが断たれて行く。
何も、感じなくなる。あんなに残っていた痛みすら、罅に覆われて、
嫌だ、嫌だ嫌だ、消えたくない。終わりたくないっ、
う・・・あ・・・手も、足も翼も尾も目も・・・う、動かなくて、感じなくて、
もう・・・此処迄、なの。私は、もう・・・、
噫、こんなに抗っても、踠いても届かないと言うのなら、
せめて・・・最後に遺された彼の名を、
此の世界に残さないと。最後に、紡いで、
「ガ・・・ル、ダ、」
醜く無残に抗っていた黔の化物は、玻璃の様に粉々に砕け散ったのだった。
・・・・・
「噫其で彼奴と来たら性懲りもなく・・・、」
鏡界にて丗闇は二柱のガイに延々と悩みの種であるセレの愚痴を零していた。
最初はヲルに促されて渋々と言った体だったが、次第に口も軽くなり、すっかり丗闇も話し込んでしまっていた。
如何やら文句の方は止め処なく溢れて来るらしく、幾ら話しても話題が尽きない。
―ソ、其ハ大変ダッタナ。―
余りの怒涛の勢いに、銀騎獅達はすっかり呑まれてしまっていた。彼女の愚痴を聞き続けるのは忍びないが、謂わば其丈彼女を見てくれているとも言えるだろう。
止めるのも又彼女に悪い気がしてしまい、結局二柱は聞き続ける羽目になってしまっていた。
―フフ、貴方はしっかりと彼の子を見てくれているのね。何だか姉妹みたいだわ。―
「・・・っ、そ、そんな物ではない。断じて違う。」
だが途中何度か仲が良いんだと伝えれば、此の様に否定されてしまった。其は認めたくないらしい。
・・・嫌っているって事は無いだろうけれども。
「其で・・・っ、」
不意に丗闇は口を噤んで固まってしまった。
次第に其の目は大きく見開かれる。
―・・・あら、如何したのかしら愛しい子。―
「・・・我の封印が、解けた?」
信じられないと許りに目を瞬くが、予感が其の儘実感に変わる。一気に魔力や闇が戻り、満たされるのを感じた。
そしてずっと緩やかに全身を縛っていた彼の感覚が消え、開放感を覚える。
久しく、感じていなかった物だ。今迄段階的に封印を解除していたのとは訳が違う。
何一つとして、我を縛る物が無い。其の一切から解き放たれた。
でも一体如何して、急にこんな、
又候、彼奴が何かしたのか。・・・然う言えば中々戻って来ないが。
気付けばすっかり話し込んでいた事に今更乍ら丗闇は気付き、僅かに頬を染めた。
我とした事が、こんな下らない会話に華を咲かせていたらしい。此は良くない。気持を切り替えないと。
其にしても妙だ。と言うより・・・嫌な、胸騒ぎがする。
解放された今、寧ろ心地良く感じる筈なのに、此の自由が何処か、空寒い。
如何して我の封印がこんな唐突に解けた。奴が解除するにしたって、我抜きでする物だろうか。
其とも・・・まさか、
嫌な考えが頭を過り、離れなくなる。
寧ろ、其しか考えられなくなってしまう。
・・・彼奴に、何かあったのか・・・?
戻って来ないのではなく、戻って来られなくなったとか。
―愛しい子、大丈夫かしら。何だか顔色が悪いわ。―
―然ウダナ。疲レテシマッタノカ・・・?―
ガイ達も、急に黙ってしまった彼女が心配になり、窺う様に身を屈めたりと様子を見る。
「・・・済まないが、我も戻ろうと思う。悪いが、送って貰えるか?」
自分丈では此処から出る事は出来ない。
・・・斯うしている間にも、奴との繋がりが断たれて行っている感覚がする。
今迄は鎖の様に感じられた奴の居場所、其が・・・今は殆ど感じられない。
妙だ。明らかにおかしい。
此の感覚が消える前にはと、丗闇は焦らずにはいられなかった。
ヲルと銀騎獅は一度顔を見合わせて頷く。
―・・・分かったわ。直ぐ送り届けるから此の手に乗りなさい。―
「噫、済まない。」
差し出されたヲルの手に乗ると、其の手は直ぐ高く掲げられた。
二柱は敢えて聞かないでいてくれたのだろう。黙って見送ってくれていた。
―此処から真直ぐ飛びなさい。然うすれば戻れるわ。・・・気を付けてね。―
「世話になった。」
ちらと丈振り返ると、直ぐ様丗闇は飛び立った。
すると確かに鏡界から抜け出た感覚が走る。まるで膜を破るみたいに飛び出した。
鏡界と次元の迫間ぎりぎり迄連れて来てくれていたのだろう。法則が、質量が、魔力が全て、感覚がまるで違うので、慣れる迄少し酔いそうになる。
けれども待ってはいられない。此処は何処だろうか。早く、此の繋がりが消え去る前に。
慎重に気配を探る。・・・何処か、此の途切れる地点、其処へ向かえば分かる筈。
大きく翼を広げて飛んで行く。・・・此の感覚も何だか久しくて。
自由、其を否応なく伝えて来る。
・・・不思議だ。何だか此の世界を広く感じる。
徒広く・・・感じてしまう。
「・・・おや、君は確か、」
暫く飛び続け、不意に大きな魔力のうねりを感じる地点を見付けた。
其処へ降りようとすると、一柱の神が彳んでいるのが目に留まる。
「御前は・・・天使、か。」
少し違和感があるが・・・まぁ良いだろう。今は其所ではない。
「えぇ然う。私は6890:鐘楼の長、クレイストだ。君は・・・若しかして丗闇漆黎龍かな。」
「・・・噫。」
塔の長がこんな所に何の用なのか。
此処は・・・余り周りを見ずに飛んで来たが、別にライネス国の近くと言う訳でもない。
特に何も目ぼしい物は無い様に思えた。・・・只、
・・・精霊術か。其の名残は強く残っているな。此は一体、
「然うか、まさか君の方から来てくれるとは思っていなかったけれども、然うだったね。君は彼女に封印されていたのだから当然か。」
「っ奴に会ったのか。」
「然う、セレとね。話をしてみたくて、此処へ呼んだんだ。迚も有意義な話し合いが出来て楽しかったよ。」
「話し合い・・・だと。」
まさか彼奴に出来た急用って此の事だったのか・・・?
如何して一柱で、否塔絡みだったから我に気を遣ったのかも知れないが。
「然う、彼女も私と同じ大義を抱いていたから、本当に尊敬に値する素晴しい神だったよ。只・・・彼の力はいけなかった。」
「・・・奴を如何した。」
如何して、全て過去形で話をする。つい今し方の話の筈だろうに。
今此処に奴は居ない。其は・・・何を意味するのか。
クレイストは静かに金の双眸で丗闇を見詰めた。何処迄も優しさを滲ませた瞳で。
「彼女には永遠の眠りに就いて貰ったよ。屹度今頃、安らかに眠れているだろう。」
「え・・・。」
薄ら口を開けた儘、固まってしまう。
今、何て言った・・・?
思考が、纏まらない。惚けている暇はないのに。
つまり其は何だ。彼奴が・・・死んだと・・・?
「其の様子だと、彼女と親交はあったのかな。其なら最期に一言位話をさせてやる可きだっただろうか。済まないね、流石に其の余裕は無かったし、てっきり君は封印されて囚われている身だと思っていたからね。」
「・・・死んだのか、彼奴は。」
「噫然うだよ。今やっと浄化の術を施し終わった所だ。私も流石に疲れたね。万が一再生しない様、血痕も全て濯いだけれども。」
此の場で、彼奴は・・・、
改めて、最早何も残らない荒野を見遣る。
確かに、精霊術の痕跡は見て取れた。此の独特な魔力の流れは。
・・・此の術は、まさか存在を、魔力を奪う類の、
「流石終末の化物と畏れられる丈はあったよ。迚も気高い最期だった。彼の結界の中に居乍ら真の姿に成ろうとしていた。・・・本当に、凄まじい意志と干渉力だ。」
真の姿・・・いよいよとなって彼奴は其を解き放ったのか。
一体其はどんな姿だったろうか。
あんな滅茶苦茶な躯の中に一体どんな本体が隠されていたのか。
今となっては・・・知る由もないが。
「・・・彼奴は何か言っていたか。」
「然うだね。私に命乞いして来たよ。死にたくない、消えたくない、と。・・・本当に可哀相な事をしたと思ってる。其も無意味と悟った後は、真の姿に成って抗っていたよ。」
死にたくない・・・か。
あんなに死にたがりだった彼奴が、命乞いだなんてみっともない真似をしたのか。
でも此の結界であれば、其は致し方なかったかも知れない。
此の術は・・・彼奴にとって致命的過ぎた。魔力と存在、其を奪う術だなんて。
彼奴の全てを否定すると言っても過言ではない。
やっと手に入れ掛けた存在を、奪われる等・・・辛くない筈がない。
其に彼奴程となれば、存在の殆どを魔力に置き換えつつあった。其を奪われて行ったなら、下手したら姿や記憶等も徐々に削られ乍ら踠いたのではないか。
そんなの・・・生き地獄だろう。確かに彼奴は褒められる事をした奴ではなかったが、でも全力であったと我は思った。
然うして彼奴形に必死に掻き集めて来た物を、こんな目の前で奪う様な真似をするとは。
・・・何時かは、斯うなる事は分かっていた。其丈の罪を犯して来た存在なのだから。
其にしても、此の処遇は少し、我の中で・・・引っ掛かった。
余りにも残酷に写ったのだ。此は・・・我が奴の傍に居過ぎた所為だろうか。
下手に記憶も共有した所為で、無駄に感情移入してしまっているのではないか。
然う胸の内で幾ら問い掛けても、中々溜飲が下がらなかった。
・・・せめて、彼奴の最期は見届けてやりたかったが。
此丈丗を掻き乱し、我儘にも生きた神が何を掴むか、見届けたかった。
其が・・・こんなあっさり潰えるのか。
彼奴に油断があったのは間違いないだろうが、其でも・・・此の術は対処仕様がなかったかも知れない。
加えて相手が天使ともなれば、分は悪いだろう。
少し向こうが手を向ければ、あっさり潰されてしまう。其は我も自覚してはいたが。
其でも・・・こんな所で終わって良い奴だったのか。
記憶も全て奪われつつ消えたなら、屹度最後の彼奴は前世、然う呼んでいた彼の頃の始まりの姿に帰っていただろう。
彼のガイに育てられていた記憶自体は殆ど残っていないから、自我を持っていた始まりの記憶は、彼の陰霖の日だ。
・・・其を懐い返すと、其丈でちくりと刺さる物があった。
我も同じ記憶を共有したから、其の痛みが嫌と言う程分かる。
彼の頃の彼奴は只奪われる存在だった。だからあんな化物へと成長してしまった。
でも其の成長の機会を奪われ、只嬲られて奪われる丈で終わったなら、其はどんなに、
どんなに・・・恐かっただろうし、嘸無念だっただろう。
少なくとも此の天使が言う様な、穏やかな眠りでは絶対なかった。
・・・見えずとも、手に取る様に分かる。彼奴なら、然う思っただろうと。
血を吐き、地を掻いて必死に吼えて、意地でも助かろうと足掻いて最期迄諦めなかっただろう。
満足なんて・・・絶対しない。そんな神だったのだから。
只何はともあれ、此の天使を責める謂われも何も無いだろう。
此奴は使命を全うした丈、彼奴を殺すのは絶対の正義だ。
だから・・・後は我が其の事実を認める丈だ。
「如何かな。他に気になる事とかあれば答えるけれど。」
「いや、良い。分かった、十分だ。」
「然うかい。理解して貰えた様で嬉しいよ。君は君の務めを果たすと良い。もう其の姿に囚われる必要も無いだろう。」
「・・・然うだな。」
我の務め、使命、其を果たす為に戻る丈。
今迄、異常だったのだ。彼奴に封印されて色々と連れ回されたが。
全ての元凶である彼奴が消えた今、元に戻る丈だ。
又我は・・・只丗を見て、闇を統べ、見護れば良いのだから。
そっと己を抱く様に手を組む。・・・もう、此の姿に囚われる事も無い。
さっさと、戻ろう。然うすればこんな色々悩んだり考えたりして疲れる事はない。
こんな、胸に巣食う得体の知れない冷たさを、忘れられる筈だ。
其の儘、丗闇の姿は少しずつ溶け始めた。
まるで初めから其処には誰も居なかった様に、端から霧の様に霞み、消えて行く。
不意に一陣の幽風が吹き抜けると、陰の様に残っていた闇は払われ、全て消え去った。
「・・・うん、此で又一つ平和に近付いたね。」
昇りつつある紅鏡を眺め、満足そうに片翼の天使は頷くのだった。
・・・・・
叩き起こされた様に突然ガルダはベッドから跳ね起きた。
霄明けと言うには未だ少し許り早い時分、彼は苦しそうに己の胸を掴む。
酷い動悸に苛まれ、荒く息を付くが全く収まる様子がない。
寧ろ躯の芯から凍える様な、そんな悪寒が止まなくて、
幽かだった予感が、じんわりと胸中を、脳内を埋め尽くす。
其がはっきりと一つの事実を俺に突き付けた。
「セレが・・・死んだ?」
・・・・・
はっはー!ざまぁないぜぇ!終にくたばったか彼の性悪神!
と言う事で、終に、終に憎き彼奴を打ち倒す事かないました!ヤッタネ!
此で世界平和に一歩近付きました!矢張り悪は滅びるのだ!
何と言うか、書いていてすっごく楽しかったです!良い、自分が積み重ねて来た物を崩すのが本当に気持ち良い・・・っ!(大分末期)
此の話を何時書くか、其が凄く悩み所でして、最近ずっと、今か、今なのか⁉と自問自答していました。
噫・・・スッキリ、凄く心地良い。・・・え、後編?蛇足は要らないと思うけれども、仕方ないですね。
と言う事で一つ丈出て来た誤字を此処に供養して、後半戦行ってみましょう!
「御教授と言われてもな・・・w。私は只正面から話している丈だ。其に応えてくれるかは彼等次第だな。」
天使と御茶会のシーンですね。普通に素で煽っています。そりゃあ退治されるよ・・・と内心突っ込んでしまいました。
如何して斯う言う誤字をしたのか点検すると、意外な理由が分かったりして其も個人的に好きですね。
今回の敗因は、『。』の後に『わ』が入る事で、語順が逆になってしまったみたいです。此は割と起こりそうな誤字ですが、タイミングが中々良いですね!




