73次元 影踏み童子の童歌が谺する次元
今日は、御元気でしょうか。今回も無事話が書けて良かったと一安心しています。
(と言っても今回は大分前に書き終わっていたけれど、挿絵が全然書けなくて投稿が遅れたんだけどね!)
今回の話は御恥ずかし乍ら自分が中学生の時に書いた詩?的な物のリメイク作です。
優しい話を書きたいなぁと思ったので、今回は閑話休題みたいな感覚ですね。
前後の話が荒れに荒れていたので、自分もちょっぴり癒されました。
今回は一寸変わったメンバーでの一幕、どうぞ御楽しみに!
何処からか響く童子の声
誘われた影は揺れ動く
楽しそうな声はまるで茜の詠声にも似て
噫、あんなにも近いのに、声は届いているのに
如何して足は止まるのか、如何して羨み求めるのか
影に雫が一つ触れた時、少女を誘う声一つ
“遊びましょう”然う優しく影は囁いた
・・・・・
「うむぅ、何とか狙い通りに来られたのだ。」
石壁からひょっこりと顔を出してハリーは其の先を見遣る。
勿論ひょっこりなんて器用な真似は彼に出来ないので、実際は石壁に御辞儀をした風な形になる。可也怪しい。
そんな彼を中心に、通りを行く人々は少し遠巻きになって行くが、そんな事は露とも知らない、気付かない。
―あの・・・こんな隠れる必要ってあるのでしょうか。―
そんなハリーの肩にはL⊝ ▼▲/が居た。彼も又ハリーの視線を追うが・・・。
二柱の目線の先に居たのは、別に次元の主導者ではない。鏡だった。
彼は何食わぬ顔で通りを歩いている。・・・今回は飛んでいない様だ。
そんな彼にはもう既に幸運が降り掛かったらしく、紙袋を一つ手にしていた。
其の中身は真黔な様だが・・・彼が手を突っ込んではバリバリと中身を食して行く様子から、如何やら炭が入っているらしい。
彼の姿も又、周りの人々からしたら奇異に映るだろう。彼を中心に少し丈人々は避ける様歩いている風だった。
何か目的があるのか彼は其の儘紙袋を手に歩いて行くが、其の彼をじっと物陰からハリーは眺める。
「勿論なのだ。此は見付かってはいけない潜入作戦なのだ。我等は今回、彼奴の幸運を調べ尽くすのだ。」
―な、成程、其で私が呼ばれた訳ですか。―
如何してハリーがこんな事をしているのかは結局良く分からないが、自分が誘われた理由は理解したのだ。
如何もL⊝ ▼▲/が肩から指示を出すと、ハリーは少し丈手先が向上するらしい。彼の的確かつ繊細な指示が活きるのだ。
だからハリー一柱では苦戦する事必須な此の人身を補佐する為に呼ばれたのだろう。
でもじゃあ如何して其の結果鏡を尾行する形になっているのか、其は理解出来なかった。
一緒に行けば良いのにこそこそしているのだ。別に疾しい事も何も無いのに。
―所で、幸運を調べるって如何言う事です?―
調べるも何も彼は幸運の神である。其以上も以下も無い。
今更其を疑う余地も無いだろう。其程彼は大きな幸運を授かっているのだ。
運と言うのは本当に存在するのだとはっきりL⊝ ▼▲/も感じる程だ。其を調査だなんて。
ハリーは先を行く鏡を見失わない様慎重に跡を付け乍ら口を開いた。
「屹度彼奴の幸運には何か秘密があるのだ。普段の何気ない行動等で幸運が呼び込まれる事もあると言う。其を我は知りたいのだ。」
跡を付けるなんて高度なテクニックは彼に無いので、まるでパントマイムを披露するかの様な奇怪な歩みでハリーは進む。
周りの人々はいよいよ不審人物を見る目に変わったので、何とかL⊝ ▼▲/は諫めたいと思いつつも、ハリーの真意が読めず、未だ考え込んでいた。此はもう少し聞いてみないと。
―然う、ですか。幸運の秘密、ですか。確かに其は彼の何らかのアクションで呼び起こされている可能性はありますけど・・・。でも矢っ張り隠れる必要ありますか?―
仲間なのだから堂々と一緒に居れば良いと思うが、流石に周りの視線も気になって来るし。
「当然であろう。自然体の彼奴だからこそ見える物が屹度あるのだ。其の規則性とやらを我は見付ける為に斯うして此の次元に溶け込んでいるのだ。」
―し、自然体・・・。―
全く些とも今の自分達は溶け込んでいないのだが、良いのだろうか。此は突っ込んでやる可きなのだろうか。
同胞の腹が読めないL⊝ ▼▲/は何度か首を傾げてしまう。
何となく彼の言いたい事は分かって来た。鏡の幸運が一体何処から舞い込むのか調べたいと言う事は伝わった。
そしてハリーは如何やら其の幸運が、鏡の行動力等に因って齎されていると思っている様だ。だから其を突き止めたいと。
其にしても彼がそんな探求心豊かだとは知らなかった。幸運を調べたいだなんて随分貪欲だ。
取り敢えず協力云々は別にして、今は彼をちゃんと導かないと。こんな知らぬ次元で逸れても行けない。
L⊝ ▼▲/は早速ハリーに歩き方の指導から始める事にした。
指導と言っても、L⊝ ▼▲/は歩いた事自体が無いので怪しい物だが、其でも不思議とハリーの足取りは少し軽くなった様に見えるのだから効果はあるのだろう。
鏡は・・・真直ぐ通りを歩いている様だが、次元の主導者の元へでも向かっているのだろうか。
一応彼は仕事で此処に来ている筈である。ならば其方を手助けしたい気はあるのだが。
其でもハリーの事も放っては置けない。屹度此処で彼を見捨てれば、ストリートパフォーマーとして生きて行く事になってしまう。
「屹度奴の幸運について分かれば、セレも喜ぶのだ。セレは彼奴の幸運を一目置いていたのだ。」
―噫其で全て合点が行きました。―
彼女の為と言うなら分かる。ハリーは甚くセレを好いているのだ。
恐らくセレが前何気なく言っていたのをハリーは聞いていたのだろう。そして、何か彼女に役立ちたいと考えた末が此の行動なのだ。
飽く迄も彼女の為、うん、其なら良く分かる。
実際斯うして観察して彼の幸運について何か分かったら凄いけれども・・・。
然う考えると彼の此の行動は一寸微笑ましく見える様な・・・如何だろうか。
ちらとL⊝ ▼▲/は辺りを見渡す。・・・いや、矢っ張り不審だ。全然微笑ましくない。
「二柱共、何してる?」
「ぬ?・・・ぬをっ⁉何時の間に来ていたのだ!」
彼が跳び上がるのも無理はない。気付けばターゲットであった鏡はハリーの後ろに居たのだ。
肩を叩かれて思わず声を上げるが、此にはL⊝ ▼▲/も吃驚だ。
彼から目を離したのは本の数秒だったが、如何やら其の間に飛んで来た様だ。
「待ってた。でも二柱来ない。だから来た。」
―はは、此は如何やら初めから見付かっていたみたいですよハリーさん。―
思わず苦笑するL⊝ ▼▲/に、ハリーは唇を噛み締めた。
「うぬぅ、悔しい、又しても失敗したのだ。・・・今回は上手く行くと思ったのだが。」
―今回が初だったんじゃなかったんですか。―
「ハリー、良く一緒、行く。一緒、楽しい。」
「ぬぅう、何時も途中でばれてしまうのだ。前回はドアが開けられない許りに失敗したから今回こそはと思ったのだが。」
「ハリー目立つ、見付け易い。」
―確かに。―
彼の奇行は如何しても目立つ。彼で隠れている方が無理と言う物だろう。
何だか納得してしまったL⊝ ▼▲/にハリーは不満そうに鼻を鳴らした。
「仕方ないのだ。見付かってしまったのなら今から仕事をするのだ。」
「やった、一緒楽しい。」
―じゃあ私も、宜しく御願いします。―
妙な形での合流となったが、まぁ良いだろう。ハリーには又、頑張って貰ったら。
―でも済みません鏡さん。尾行なんてしてしまって。―
「是、探偵みたい。楽しい。」
如何やら彼は些とも気にしていないらしい。こんな事を楽しいと思うなんて、屹度斯う言う所が彼の幸運に繋がりそうだが、如何だろうか。
「むむぅ、我は必死だと言うのに中々やるのだ。して、其方は今何をしておったのだ。」
「散歩。」
―し、仕事ですよね⁉―
思わず首を伸ばして訊ねてしまった。すると彼は眼鏡を一寸傾げて頷いた。
「仕事、一緒。散歩したら、終わる。」
―まさか散歩している丈で次元を救っちゃってるんですか。―
其は凄い。最早幸運の域を超えている気がする。
本当の事なら確かにハリーが其の幸運を探ろうとしたのも少し頷けるかも知れない。
―一応次元の主導者の所は分かってるのですか?―
龍である自分達では其の感覚は余り掴めない。神の干渉力を借りなければ。
「多分、近い。大丈夫、一緒行く。」
―分かりました。改めて宜しく御願いしますね。―
彼が大丈夫と言うなら、然うなのだろう。大人しく付いて行った方が良さそうだ。
ハリーも見様見真似でしていた隠れる行為を中断した事で、幾らか普通になった。
右手と右足が一緒に出てしまうのは未だ可愛い方だろう。ぎこちなくとも歩けるのだから。
そんな彼の歩幅に鏡も合わせて緩り歩いてくれる。
「・・・此、今回頑張ったで賞。」
「ぬぅう、悔しいのだ。又此を味わう事になるとは。」
紙袋から炭を一つ取り出した鏡はハリーに差し出した。何とか苦戦しつつも其を受け取ると、徐にハリーは齧り付く。
―え、ハ、ハリーさん、其炭ですよ!―
口を真黔にさせ乍らバリバリと音を立てるが・・・大丈夫なのだろうか。
流れる様に当たり前の顔をして炭を渡し食べられたので、思わずL⊝ ▼▲/は面食らってしまう。
「うむ、我が失敗する度に貰っているのだ。此は我にとって悔しみの味なのだ。・・・しっかり刻む為に食べるのだ。」
「炭仲間、出来て嬉しい。」
鏡に全くの悪意は無いだろうが、其は何と言う可きだろうか。
臥薪嘗胆みたいな・・・?じゃあ臥薪嘗炭?
まさかこんな謎ルールが彼等の間で繰り広げられているとは知らなかった。一寸した異文化交流を見ている気分になる。
「・・・L⊝ ▼▲/も要る?」
―わ、私は御構いなく。―
絶対美味しくない。口の中がぱさぱさになりそうだ。
「じゃあ散歩、再開。」
端から見れば何とも奇怪な一行は、次元を救う為散歩を始めるのだった。
・・・・・
其から暫くして一同はある公園へと入って行った。
本当に只の散歩だった・・・筈なのだが、一同は手に手に土産を持っている。
如何言う訳か鏡と居ると幸運の御裾分けに預かれるらしく、色んな人から食べ物やらを分けて貰ったのだ。
でも鏡からすれば此が当たり前なのだ。
ハリーも串焼きを何本か貰ったので、一本を手に取り肩からL⊝ ▼▲/が首を伸ばして食べていた。
中々此の調整が難しく、ぶれない様に手に集中すると足元が覚束なくなるのだ。
此だと行儀も悪いし危ないと言う事で、彼等は休めそうな公園へやって来たのである。
早速空いていたベンチに腰掛けて食事を再開する。
串を持つなんてハリーにとって可也高度な動作だ。けれどもL⊝ ▼▲/の細やかな指示の御蔭で何とか安定し、L⊝ ▼▲/は嬉しそうに肉を頬張っていた。
―凄く美味しいです!有難う御座います!―
店に入る迄人等の他種族と交流して来なかった彼は、料理にはとんと疎い。
外から眺める丈だった彼にとって此の刺激は中々魅力的だった。
ガルダ達の料理から少しずつ慣れて来たとは言え、調理された食べ物がこんな美味しいとは知らなかったのだ。
只しようと思っても彼には手足が無いので叶わない。そんな彼にとって此は正に御馳走だった訳だ。
「うむ、我も其の喜び様、良く分かるのだ。未だあるから緩り食べるのだ。」
ハリーもすっかり気を良くしたらしく、練習も兼ねてとL⊝ ▼▲/の口元へと何とか串を持って行く。
「皆で食べる、矢っ張り良い。」
鏡も満足そうに炭を齧っている。何とも微笑ましい光景だ。
今回同行していてハリーも気付きつつあった。鏡の幸運は恐らく彼の些細な行動力なのだ。
此の串だって、只歩いていて貰った訳ではない。偶々鏡が迷子を見付けて連れて行っていたら、其の子の父親から御礼に貰ったのだ。
他のも似た具合で、彼は小さな善行を積み、其が御礼として斯うした形となって現れている丈なのだ。
だが其の善行と言うのも中々難しい物だろう。彼は目敏く色々と気に掛けては見付けて、手を差し伸べていた。只のラッキーボーイと片付けるのは悪いだろう。そんな、繊細な気配りが出来る訳だ。
・・・然う言えば店には反対に不幸の申し子事ベールも居るが、彼も目敏いと言う点では負けていない様に思う。
其では此の差は何なのだろうか・・・矢っ張り運の差?
「・・・彼の子、気になる。」
其迄炭を頬張っていた鏡は然う言い突如立ち上がると、すたすたと公園の端へ行ってしまう。
「うぬ⁉急に行っては追い付けぬのだ。一寸待つのだ。」
―ハリーさん落ち着いて。先ずは右手から。―
慌てれば猶の事、立つ事すら苦労してしまう。何とかL⊝ ▼▲/は彼を宥めて緩り一つ一つの動作を細かく指示した。
然うして何とか立ち上がったハリーは直ぐに鏡の後を追う。如何やら彼は公園の隅、一寸した雑木林の方へ行った様だ。
見ると確かに其処には一人の少女が居た。早くも其の子へ鏡は声を掛けている様だ。
確かに少女は一人らしい。こんな薄冥い所で如何したのだろうか。
すっかり公園で御飯を楽しんだ為に、陽は陰りつつあった。子供は帰らねばならない時分だろう。
でもハリーは近付き乍ら、勘付きつつもあった。
恐らく其の少女こそが此度の次元の主導者ではないかと。
少女は未だ年端も行かない様子で、藤色の髪を御下げにしていた。
リボンがあしらわれた旻色のワンピースに身を包み、其が薫風に小さく揺れている。
少女は行き成り現れたであろう鏡に戸惑っている様で、ギュッと手を組んで上目遣いに見ていた。
「やっと追い付けたのだ。鏡よ、まさか又迷子でも見付けたのか?」
「ま、迷子なんかじゃないわ。私は今忙しいのよ。」
「・・・変な力、ある。何してた?」
鏡は如何やら少女の足元を見ている様だった。L⊝ ▼▲/も首を伸ばして見てみると、何やら地面に描かれている物がある。
其は幾らかの三角の模様を組み合わせた様な変わった模様で、少女が描いたとしたら中々精巧な出来だ。
ハリーも気付いたらしく、小さく声が漏れる。彼からすれば一種の芸術品の様に写ったかも知れない。
でも確かに鏡の言う通り妙な力を其処から感じた。何らかの魔力が此処に反応している様だ。
「こ、此は・・・その、って、抑貴方達誰よ。何しに来たの!」
大の大人が二柱も来てしまえば少女も警戒するだろう。途端緊張の色がより強くなってしまう。
此は・・・大丈夫だろうか。端から見たら結構不味い状態なのでは。
何となく嫌な予感がしてついとL⊝ ▼▲/は少女の前へ首を伸ばした。
―あの、私達此の辺を通り掛かった丈で怪しい者では、―
「へ、蛇が喋ったわ!」
途端少女の声が高くなる。
しまった、然うだった。自分の姿についてL⊝ ▼▲/はすっかり失念していた。
店に慣れていたのもあって、当たり前に声を掛けてしまったのだ。此では益々怪しまれてしまう。
如何しようかと考え込む彼に様子を、少女は繁々と眺めていた。
「も、若しかして魔法使いなの、兄さん達。」
「ぬ、ぅ?魔法使いとな。」
余り聞き馴染みのない勘違いについハリーは首を傾げた。
「だって片言の兄さんに、喋る蛇なんて、屹度魔法使いね!異国から来たんでしょ!」
何だか少女は自信満々に胸を反らす。
中々面白い着眼点だが、正しくは神と龍である。
と、迚もそんな事は言えないが、此は果たして。
でも不思議と少女の警戒は先より解かれている気はした。
魔法使いなんて怪しさしかないと思うが、如何なのだろうか。
「魔法使える。だから、魔法使い、ある意味。」
「矢っ張りね!私には御見通しよ!」
何だか少女は俄に元気になったらしい。少女の感性は良く分からない。
「あ、若しかして私の術、見に来てくれたのね。然うでしょう?」
術、と言うと若しかして足元の此の模様だろうか。
何となく魔方陣に見えなくもないが、一体こんな所で何をしようと言うのだろうか。
「気になる、何する?」
「魔法使いでも知らないのね、良いわ教えてあげる。此は、友達を作る魔法よ!」
―と、友達を・・・作る?―
てっきり十二法に属する何らかの術と思ったが、何やら随分と違う様だ。
友達だなんて、何処となく曖昧で難しい所だが、具体的に何が起こると言うのだろう。
「友達、欲しいの?」
「え、う・・・ま、まぁその、居て悪い物じゃあないでしょ?」
何とか少女は胸を張りたいのかやおら声は大きくなる。
「友は良い物だとは思うのだ。でも、其の術で作るのか。」
ハリーも昔幻で話し相手位なら作った物だが、何とも淋しい物である。
暇潰しにもならないので余り御勧めはしない。
噫でもセレの幻を作った時は中々面白かったので・・・いや、此を考えるのは止そう。
「魔術の友達、気になる。」
「フフ、然うでしょ。だったら見ていると良いわ。後は私の血を入れる丈で完成する筈よ。」
止めて話をもっと聞く可きなのか色々気になる所だが。
取り敢えずは鏡も様子見するらしい。まぁ何か起これば皆で止めれば良いか。
少女は準備をして来て置いたみたいで、小さなナイフを取り出すと薄く手の甲を斬った。
滲んだ血を陣の中央へ一滴垂らす。
すると息を吹き返す様に陣は光り出した。そして不思議と陣が光っている筈なのに、周りの影が寧ろ其方へ引っ張られる様に反対方向へ伸び始めたのだ。
然うして影が陣の中心迄来た途端、まるで柏手を打ったみたいに一瞬世界の色が消える。
黔一色に染まったかと思えば陣の中心に見慣れぬ影が立っていた。
然う、影其の物が立っていたのだ。本来足元にある筈の其は実体を持ち、立ち尽くしている。
大きさは少女位か、と思えば実際少女の足元に影は無い。
不思議な現象に思わず目を瞬く。何が起きたのか瞬時に理解するのは難しい。
「此、友達?」
鏡が尋ねるも、少女も又目を丸くして固まっていた。
まるで今し方起きた事を信じられない様な、そんな面持ちで。
「え・・・あ。そ、然うよ!私の影よ!」
―此は此は、中々珍しい術ですね。―
「うむ、我も初めて見たのだ。幻ではない様なのだが。」
一同が見守る中、影は緩りと動き出した。
まるで自分の躯を確かめる様に手を掲げたり、脚や背等に触れたりしている。如何やら自我の様な物はあるらしい。
「動いてる、凄い。」
「そ、然うでしょ!ね、ねぇ貴方は話せるの?」
「あ・・・う、う・・・うん。」
たどたどしくも影は然う肯定した。
全身真黔なので表情やらは分からないが、でも確かに影の声だ。
―確かに此は、友達と言いますか。不思議ですね。―
「ねぇ、じゃあ一緒に遊んだり出来るわね。でも真黔ね。まぁ影だから当然だけれども。」
異様な程影は真黔だ。形は少女の様だが、如何しても違和感に近い物を抱いてしまう。
遊べはするかも知れないが、周囲には不気味に写るかも知れない。
「うむ、一応我の幻なら少女の姿を与えられなくもないのだ。」
「え、本当⁉じゃあやってみせてよ!」
少女に詰め寄られ、ハリーは一つ鼻を鳴らすと意識を集中させた。
すると影だった其は立ち所に少女と瓜二つの姿に成る。色が付いたと言う可きか、双子の様にそっくりである。
只其だと区別が付かないからだろう。影だった子の方の髪は淡い石竹色に、ワンピースは絳へ様変わりして行った。
「ハリー、凄い!女の子、二人、成った。」
―流石ですね!此処迄見事に創られるなんて。―
何処から如何見ても一柱の少女だ。此が幻覚だなんて信じられない。
動きも全く違和感がない。魔力も大して感じないのだ。此処迄溶け込めるのは凄い。
「うむ、此位朝飯前なのだ。十でも二十でも創れるのだ。」
「そんなに私が居たら逆に恐いわよ・・・。でも流石魔法使いね!完璧だわ!」
皆に褒められてハリーは随分気を良くしていた。嬉しそうに鼻を鳴らしている。
少女もまさか、今目の前に居るのが巨大な龍二頭とは思いもしないだろう。初めから彼女は自身の幻に惑わされているのだ。
影だった少女も、自身の変化に暫し驚いている風だったが、落ち着いて来たのか繁々と一同を見遣った。
「ね、折角上手く行ったんだから私と遊びましょうよ!」
「遊ぶ・・・?うん、一緒に遊ぶ!」
少女に声を掛けられて、影は大きく頷いた。
如何やら、害意の類は感じない。本当に只の少女の様だ。
得体の知れない影の少女だが、此の様子を見るに問題ない様に思う。
「遊ぶ、だったら、折角。一緒に。」
―一緒に遊びたいって事ですか?―
「是、一緒の方、楽しい。」
少女をほっとけないと言うのも勿論あるだろうが、何だか彼の目は随分とキラキラしていた。
「うむ、まぁ付き合ってやらんでもないのだ。」
「然うね・・・。じゃあ皆で遊びましょ。新しい友達が沢山出来て嬉しいわ!」
少女は本当に嬉しい様で、其の場で思わず飛び跳ねていた。だが不意に顔を上げ、皆を見遣る。
「だったら名前、自己紹介しなきゃだわ。私は和子(カズコ)って言うの。」
彼女に続いて一同も軽く自己紹介する。・・・一応少女の言葉を借りて異国から来た魔法使いと蛇、と言う事で通した。
だが其処で問題が起こる。影に名前なんて無かったのだ。
生まれた許りなのだから当然と言えば然うだが、影は如何すれば良いか分からず悩んでいる様だった。
「然うね。・・・あ、じゃあ私が名前付けてあげるわ。影から生まれたんだから貴方は影子(カゲコ)よ!」
「あ、余りにも安直過ぎるのだ。もっと他には無いのか?」
自身も直球の名前である為に、如何もハリーは其処が気になるらしい。
だが影の少女は嬉しそうに頷いていた。
「影子・・・影子!うん、私の名前!」
「ぬぅ、其で良いのか本当に・・・。」
―まぁハリーさん、分かり易いですし、ね。―
「折角我が完璧な幻で少女にしたと言うのに。・・・まぁ良いのだ。」
少女が余りにも嬉しそうに名を連呼するので折れた様だ。
取り敢えず名前も決めたのだ。もう冥くなりつつあるが、少しは遊べるだろうか。
「其じゃあ鬼ごっこしましょ。此丈居たら十分よ!」
「逃げるの、得意。」
―旻を飛ぶのは禁止ですからね。―
「ぬぅ・・・大敗の予感がするのだ・・・。」
ハリーの予感は見事命中し、逃げ回る少女を捕まえる事は終ぞ敵わないのだった。
一応L⊝ ▼▲/が首を伸ばしてタッチするのもOKとなったが、其でも子供は容赦ない。
走る事なんて出来ないので彼が直ぐ捕まり、鬼になってしまうのは必須だった。
其でも遊んで貰えた事が嬉しいのか少女は楽しそうに笑い声を上げていた。元気に走り回り、黄色い声を上げて必死に走り回ったのだ。
捕まえられないのが何とも悔しそうなハリーだったが、遊んでやっていると言う心持が彼の拠り所となっていた様だ。
彼の強がりを聞いてL⊝ ▼▲/は思わず口元を尾で隠して笑ってしまった。
只斯うして遊んでみると影も又極普通の少女の様で、うっかり幻と忘れてしまいそうだった。
「・・・君達、楽しそうだね。」
少し遊び疲れたので、一同がベンチで休んでいると不意にそんな声が聞こえて来た。
其は足元からした様な、然う思いちらと見遣った時だった。
「わぁ何此の子、狗?じゃないわね。」
思わず和子が歓声を上げる。其処にはベンチの直ぐ傍にあった繁みから覗く黔い影があったのだ。
恐る恐ると言った体で、其の黔い塊は姿を現した。掌サイズ程の其に、思わずハリーの鼻が動く。
此の感じは・・・恐らく同族だ。
出て来た其は、確かに狗とは程遠い。四足ではあるが、頭は仮面の様な甲一枚に覆われ、小さな翼が生えている。
そして不思議と其の姿は何処となくちぐはぐに見えた。まるで半身が不確かな様な、片目、翼がまるで絵の様にはっきり縁取り線の様な形をしているのだ。
「ぼく、狗じゃないよ。」
―如何やら龍、みたいですね。―
L⊝ ▼▲/の声に、彼は顔を上げると何度か頷いて少し丈羽搏いた。
小さな躯はふわりと浮かび上がり、一同と目線を合わせると大きく頷いた。
「然う!ぼくは、描戯(ビョーギー)って言うの!」
小さな鳴き声を一つ上げて飛ぶ様は何だか懐こく、愛らしく見える。
見た所、危害を加えるタイプの龍ではなさそうだが、恐らく神である鏡が居たから接触しに来たのだろう。
「然うなの、えっと貴方も遊びたいのかしら・・・。」
「うん、ぼくも遊びたいの!」
L⊝ ▼▲/はちらと周りを見渡した。もう陽が暮れて来ているので、他の子供達は大分帰ってしまったらしい。
其なら、屹度見慣れない龍一頭が混ざっても騒ぎだとかにはならなさそうだ。
―・・・然うですね。冥くはなって来ましたが、もう少し位は遊んでも良いんじゃないでしょうか?―
「うむ、我も賛成なのだ。でも何をして遊ぶつもりなのだ?」
正直ハリーはもう鬼ごっこの様な、足を使う遊びは十分だった。
彼が加わった所で自分が鬼になる定めは変わらない。然もこんなちょこまか飛べる存在だと、絶対に捕まえられないだろう。
「ぼく、御絵描き好き。皆は?」
「あら、私も好きよ!」
元気な和子の声ににっこりと描戯は笑った様だった。
「良いね!地面広いから、皆色々描いて遊ぼうよ!」
「ふむぅ、今度は手を使う遊びなのか・・・。」
此の身になって絵を描くのは初めてだ。否、抑今迄描いた事すらないかも知れない。
難しそうだが、チャレンジはしてみたい。幻をあんなに創れるのだ。似た要領で案外描けるかも知れないのだ。
「私、初めてだけど、楽しそうね。」
「此使う、一杯描ける。」
然う言って鏡は紙袋に入っていた炭を取り出した。確かに此なら地面に描き易そうだ。
―良いんですか?一応鏡さんにとって食べ物、ですよね?―
「炭、便利。何でも出来る。皆、遊ぶ、良い。」
「其なら有難く使わせて貰うのだ。」
何とか取り落とさない様に慎重に一本手に取る。太いのを鏡がくれたので、握る様に持つと安定した。
―わ、私も頑張ってみましょうか。―
L⊝ ▼▲/も口に炭を銜えて、ハリーの肩から降りた。彼も又絵を描くなんて初めてだ。俄に興味が出て来たのだろう。
「良いね!皆で描くの、ぼくすっごく楽しみ!」
「描戯、炭、要る?」
鏡が炭を持って行くと、彼は小さく首を左右に振った。
「ぼくは大丈夫だよ。其よりぼくは皆の絵が見たいんだ!さぁ早く描いて描いて!」
「あら、貴方は其で良いの?」
「良いんだよ。あ、じゃあ御題出してあげる!えっとじゃあ・・・狗!狗描いてよ!」
「若しかして先の根に持ってるのかしら・・・。まぁ良いわ。狗は大好きよ!取って置きなの描いてあげる!」
―狗・・・私が知っているので大丈夫でしょうか。―
同じ狗でも次元を跨ぐ彼等である。認識が同じとは限らない。
抑口で描くのは中々難しそうだ。思った物が描けるか如何かからだろう。
「和子、上手、可愛い。」
早くも和子は狗が完成しつつあるらしい。
砂地に炭で出来た小さな狗が描き上がる。にっこり笑った狗は、L⊝ ▼▲/の知る狗と似ていた。
恐らく此なら問題ないだろう。店には幸いローズが居る、彼をイメージして描けば良さそうだ。
「おぉ!皆良いね!楽しいね、可愛いね!」
皆の間を飛び回って描戯は繁々と見て行く。
彼は此の鑑賞会がすっかり楽しいらしく、声は弾んでいた。
「ぬぅ・・・絵と言うのは中々難しいのだ。」
「おぉ、此は独創的で良いね!」
炭を片手に悪戦苦闘するハリーの手元を見て、描戯は大きく頷いた。
其処には到底狗とは言えない、抑獣かも怪しい何方かと言うと章魚に似た化物が描かれていたが、描戯は満足そうだ。
「面白い、落書き、したくなる。」
―あ、鏡さん私のは未だですよ!自分のに手加えてください!―
何度か炭を持ち直して真剣に描いていたL⊝ ▼▲/の傍に一本線が足される。
狗っぽくなったと思ったら、模様を付けられている様だ。
此では縞々の狗になってしまう。思っていたのと変わって来てしまった。
「見た事ない狗、良いね!」
―い、良いんですか・・・?―
「合作、楽しい。」
「ぬ、影子も上手いのだ。何だか悔しいのだ・・・。」
自分の狗が一番狗っぽくない事に気付き、ハリーは不満そうに鼻を鳴らした。
「あ、有難う。うん、私も完成したわ。」
「おぉ~皆力作揃いだね、良いね!」
描戯はグルグルと飛び回って、嬉しそうに皆の絵を見遣る。
「・・・見てたら御中空いて来ちゃったな、うぅ。」
「え、ま、まさか狗食べちゃうの⁉」
まさか肉食だったのかと和子は小さく震えてしまう。
見た事の無い不思議な生き物だと思ったけれど、まさかそんな恐い子だったなんて。
「ね、ね、食べて良い?御願い、ぼく腹ペコなの!」
「是、狗、あげる。」
「ぬぅ?如何言う事なのだ?」
首を傾げるハリーの前で描戯は喜び勇んで鳴き声を一つ上げた。
「やったぁ!じゃあいっただっきまーす!」
大口を開けて描戯は鏡の前へ降り立った。そして目の前の鏡に向かい腹這いに近い体勢を取る。
すると不思議な事に、鏡の描いた狗が動き始めたのだ。炭で描かれた丈の筈の其は足を、尾を目を動かし、一回転したかと思うと地面から起き上がったのだ。
起き上がった其は線丈で出来ていて、正に鏡の描いた其を其の儘立てた風になる。其の狗はぴょんと描戯の口の中へと跳び込んで行った。
描戯は口を閉じるともぐもぐと動かし、暫し味を確かめている様だった。イリュージョンを見せられた一同はそんな彼を見守る事しか出来ない。
「っぷはぁ~!美味しかった!楽しいって気持、一杯伝わって来たよ!」
「良かった。炭仲間、嬉しい。」
―恐らく炭を食べたと言う訳ではないと思いますが・・・。―
「ねぇ今の何?魔法なの?何したの?」
和子が目を輝かせて描戯へ詰め寄る。絵が動くなんてそんな不思議な体験に胸躍らせているのだろう。
「何って、絵を食べたんだよ。ぼくの大好物なんだ!」
「ほぅ、幻でなくてもそんな物を喰う輩が居るのだな。」
―幻を食べているハリーさんも凄いですけどね。―
確か彼は千年程、塔の中で暮らしていたんだ。だが幻なんて食べても何の足しにもならないだろうに、中々な生態である。
其でも確かに絵を食べる龍だなんて初めて見た。L⊝ ▼▲/も、興味が出て来たのは事実である。
「絵、美味しい?どんな味?」
「上手な方が美味しいとかあるのかしら。」
「んーとねぇ、多分上手い下手じゃなくて、気持、気持が大切なの!楽しんで描いた方が美味しい気がするよ!」
「ほぅ、気持を食べるのか。確かに同胞でも其の様なのが居たのだ。」
―絵に込められた気持、ですか。面白そうですね。良かったら私のも食べてみてくれませんか?―
「え、良いの⁉やったぁ、じゃあ戴きます!」
又描戯が腹這いになって口を開けると、L⊝ ▼▲/の描いた縞々の狗が少しずつ動き出した。
そして立ち上がったと思えば直ぐ彼の口の中へと吸い込まれる様に消えていく。
「ん・・・んっ、美味しい!旨味って言うのかな。頑張って描いたのは然う言う味がするの!楽しく描いてくれたら甘くて、とっても良いね!」
―中々興味深いですね。そんな風に味が変わるんですか。―
「さては御中が空いたから私達の所に来たのね、此の食いしん坊さん。」
「えへへ、分かっちゃった?愉しそうだったから、屹度良い絵、描いてくれると思って。」
然う言って描戯はちろっと舌を出した。其でも描くのは楽しいし、嫌な気はしない。
「其にしても、何だか一寸大きくなったのかな・・・?」
影子が少し丈描戯の翼を突いてみた。言われて確かに掌サイズ位だった彼は心做し大きくなっている気はする。
「然うだよ。食べたから大きくなったの。其に狗を食べたから一寸狗っぽくなったでしょ?ワン!」
然う言って彼は尾を振った。確かに一寸狗っぽい・・・だろうか?
「ふーん、じゃあ此の狗は気に入っているからあげられないけど、他に一杯貴方の為に描いてあげる!」
「ホント⁉すっごく嬉しいよ!御願い御願い!」
「そんな色々食べて大丈夫なのか?」
「御中ペコペコだから幾らでも食べられるよ!大きくなるのも最初丈だから。」
「そんなに腹ペコならどんどん描いてあげるわ。」
「和子ちゃん、私も一緒に描くわ。」
二人の少女が交互に色々描き始めたので、思わずL⊝ ▼▲/は一度手、と言うより口を止めて眺めていた。
二人はまるで物語の挿絵の様に何か描いては次に描き足してと、一つの動きを絵に加えて行く。
此は一体何の物語だろうか。姫らしき可愛らしい少女と、王子が描かれている様だが。
「わぁ!とっても可愛い!良いね良いね!」
描戯もすっかり大興奮だ。愛らしい絵につい此方も笑みを零す。
「ほぅ、二柱共器用なのだ。」
「フフ、然うでしょ。彼の魔方陣だって頑張って描いたんだから。」
「ぬを、然うだったのか。素晴しい出来栄えだったのだ。将来画家になれるやも知れぬのだ。」
「もう、褒め過ぎよ其、でも嬉しいわ。」
二人はもうすっかり夢中になって次々に色んな絵を描いて行く。
描き過ぎて歩く所も少なくなって来た。公園の一角が展覧会の様になって来る。
二人はすっかり息も合うらしく、合作が次々と生まれて行った。中々の力作揃いだ。
「ふぅ、結構描いたわね。ほらどうぞ。端っこの方から食べて行って良いわよ。」
「ふふ、楽しいわね和子ちゃん。鬼ごっこも楽しいけど、私御絵描きも好きだわ。」
「私もよ。斯うやって誰かと一緒に描いたのは初めてだけど、良いわね。」
「うんうん!皆楽しいだなんて素敵だね!じゃあぼくも遠慮なく戴きます!」
ずっと絵が出来上がるのを今か今かと待ち望んでいた描戯は飛び上がると早速一つ目の絵の前へ移動した。
城や姫の様な絵が描かれている前へ彼が行くと、大きな城が一気に建てられた。
「わぁ凄い!本物の御城みたいだわ!」
「うん、食べ応えあって良いね!わーい!」
大きい城だなんて何の其の、大口を開けた描戯はあっさりと城を呑み込んだ。
すると目に見えて彼が大きくなる。城なんて食べたのだ。本物の狗位の大きさになっていた。
そして其の味に余っ程満足したらしく、次々と描戯は絵を食べ始めた。
御蔭で次々と絵は動き出し、一寸したパレードみたいになる。物語が本当に動き始めた風になったのだ。
「成程、和子達は此が描きたかったのだな。」
「然うよ。大成功ね!動く絵本みたいだわ。」
「二人共、凄い!とっても面白い。」
―一体此はどんな御話なんですか?―
L⊝ ▼▲/が訊ねると、影子はパッと表情を輝かせた。
「此はね、塔に囚われている姫を、王子様が助けに行く話よ。」
何処かで聞いた事のある様な有り触れた物語だが、少女達は喜々として其を語ってくれた。
話し乍らも描く手は止まらないらしく、どんどん絵は華やかになって行く。
何とも微笑ましい光景だ。其の端から絵は次々に動き出し、描戯が追い掛けて行っていた。
「ぬ、おぉ、随分と此奴、大きくなっておるのだ。」
動く絵を其とはなく眺めていたが、不図視界の端を掠める物がある。
本当に描戯は幾らでも食べられるらしく、満足そうに次々絵を喰らって行く。
そんな彼も今では和子達より大きくなっていた。形も少しずつ変わって行っている様で、彼自身も一つの絵の様に目まぐるしい。
「本当に美味しいよ。最高だよ!こんな御中一杯食べられたの久し振り!」
幸せそうに彼は飛び回っている。其の間にも彼女達は一段落付いたらしく、描く手を止めて描戯を見ていた。
「まぁ本当ね。私達の絵で此処迄大きくなったの⁉」
見上げる程大きくなってしまったので、ついまじまじと和子は描戯を見詰めていた。
大き過ぎる、まさか絵丈でこんなに成ってしまうなんて。
其でも未だ描戯は絵を食べて行く。此以上大きく成ると公園外からも見付かってしまう、そろそろ止めないと。
「ね、ねぇ其以上食べたら御中壊しちゃうよ!もう、」
「だって美味し過ぎて・・・っう゛⁉」
突然描戯は背を丸めてぶるぶると震え始めた。
喉に引っ掛かったかしたのだろうかと思いつつも、不自然に彼の背は震えた儘だ。
「ぬぅ、如何したのだ。食中りでも起こしたのか。」
―絵の食中りですか・・・。如何しましょう、吐いた方が良いんじゃあ、―
皆おろおろと心配する様に彼に近付く。其の間も描戯の躯は大きくなって行っていた。
今ではもう樹程もある、そっと彼の足元に触れて撫でるが、一向に良くならない。
「若しかして今の絵が良くなかったのかしら・・・。」
「一体何を描いたのだ?」
と言っても聞いている限り、物語の中に不審そうな影は無かったと思うが。
「えっと、今食べてたのはもう後半だから・・・。」
「う・・・うぅ、こ、此の絵は・・・。」
「大丈夫?具合、悪い?」
「う、ううん・・・只、懐いが、悍過ぎ・・・て、ガ、ガオー!」
突然描戯は旻に向かって吼えた。
力強い其の咆哮につい竦んでしまう。一体如何してしまったのだろう。
然う思っていると次第に描戯の姿は其迄と変わって行った。翼は歪に大きく曲がり爪が鋭く尖り、頸が伸びて目付きが鋭くなって行く。
先の咆哮に相応しい姿へと転じて行った。堂々とした邪悪に形を与えた其の姿はまるで、
「ま・・・まさかドラゴン⁉」
「ガオー‼」
まるで肯定する様に咆哮を又一つ重ねて描戯は翼を広げた。
其の姿にもう先迄の可愛らしさは一片も無い。一同を睨め付けるは一頭の獣だ。
「ド、ドラゴンとな?此奴は元々龍族だが。」
「違うの、彼の子屹度私の描いたドラゴン食べちゃったんだわ!」
―まさか食べた絵の姿に成ると言ってましたが、其でドラゴンを・・・?―
「そ、然うね。姫の居る塔を護る悪いドラゴン、其を食べちゃったら・・・。」
さっと和子の顔色が悪くなった。まさか絵一つでこんなに変わってしまうとは思っていなかったのだろう。
「な、まさかドラゴンを悪者として描いたのか⁉如何して選りに選ってドラゴンなのだ!」
龍族であるハリーやL⊝ ▼▲/からすれば何とも複雑な心地だろう。悪気は無いとは言え、こんな悪役とされてしまうとは。
然も其の所為で大変な事態になろうとしている。描戯は、如何なってしまうのだろうか。
描戯は心迄も悪いドラゴンに成り切ってしまったのか、荒々しく息を吐き、近くの遊具に咬み付いていた。迚も話が出来そうな雰囲気ではない。
此の儘では大変な騒ぎになってしまう、何とか止めないと。
―話すのは後ですよ!今は彼を何とかしないと!―
「そ、然うよね。・・・キャッ!」
描戯が身じろぐ丈で地が揺れる。思わず躓き掛けた彼女をそっと鏡は助け起こした。
「大丈夫?囮やる、此方、引き付ける。」
言うや否や鏡はふわりと浮かび上がり、描戯の周りを飛び始めた。
「ガゥ・・・ガオー!」
目の前を飛び回るので鬱陶しく思ったのだろう、鼻先を鏡に向け描戯は吼えた。
そして彼の後を追って大きな顎門が閉じられる。うっかり咬まれれば無事では済まないだろう。
「そんな、早く何とかしないと。」
「待つのだ和子よ。今の間に何か手が無いか考えるのだ。彼奴が絵で変わってしまったのなら、若しかしたら絵なら何か出来るかも知れないのだ。」
―然うは言っても、あんな暴れてしまっては今更絵を食べさせられませんよ。―
仮に今更可愛らしい無害の動物の絵を描いた所で元に戻るとは思えない。下手したら自分達だって食べそうな雰囲気だ。
「うぬぅ・・・普通に倒す事も出来ると思うが、被害は大きくなるぞ。」
あらゆる幻を駆使して戦う事は出来るが、公園はすっかり破壊されてしまうだろう。
其でも何か、何か手を考えないと。
鏡が引き付けてくれているので描戯はすっかり其方に夢中だ。彼が飛び回っているので、遊具が壊されたりだとかは起きていない。
只、其も時間の問題だ。早くしないと鏡も怪我し兼ねないが。
―然うです!和子さん影子さん、今描いた絵は元々如何言う物語でしたか?―
「え、だからドラゴンが護っている塔から姫を助けに王子様が来るの。」
―と言う事は、ドラゴンは倒されるんですね、其の王子様に。―
「然うよ、ほら此処、」
和子が指差すと、未だ動いていない絵が其処にはあった。
其は大きなドラゴンが倒れ、王子が姫の手を取っている絵だ。此でハッピーエンドと言う事なのだろう。
「ふむ、確かに此の絵の様に丸く収まれば良いのだが。」
「然う・・・よね。描いた丈じゃあ何にもならないわ。」
―待ってください。描戯さんは食べた絵に成るって言っていました。だから其の性質も似るかも知れません。―
「性質、とな。如何言う事なのだ?」
―つまり、王子が居ればドラゴンは倒せるかも知れないって事ですよ。此の絵の様に。―
「で、でも絵は動かないわ。然うでしょう?」
「ぬぅう・・・む、然うか分かったのだ。我が幻で此の王子も創ってやれば良いのだな。」
―っ然うですねハリーさん、やれそうですか?―
「え、でもハリー絵は描けないわよ?」
「手先の器用さは関係ないのだ!影子の時にも見せているであろう⁉」
鼻息を一つ付くとハリーはじっと其の絵を眺めた。
そして彼の脳内で一つの影が完成する。後は此を形にすれば、
「え、凄い!王子様が出て来たわ!」
丁度絵の上に一人の青年が立ち上がった。
其は正に二人が描いた王子其の物で、幻とも絵とも思わない出来だ。
「うむ、出来たのだ。さぁ彼のドラゴンを倒すのだ!」
ハリーが命じると王子は無言で腰に差していた釼を抜くとドラゴン、描戯へと躍り掛かった。
「ッガオー!」
描戯も自分へ近付く影に気付き吼えるが、王子は何の其の、怯みもせずに突っ込んで行く。
そして息付く間もなく描戯をばっさりと釼で斬り裂いた。たった一人の、彼の細腕から繰り出された斬撃とは思えない。
「す、凄いあんなあっさり⁉」
「うむ、L⊝ ▼▲/の言う通りなのだ。此が絵の力なのだな。」
―えぇ、只その、やり過ぎないと良いですが。―
大きな一撃ではあるが、其丈で彼を鎮める事は出来なかった様だ。描戯も痛手を喰らったので怒りに身を任せて吼えている。
其でも王子は怯まず果敢にドラゴンに挑み、一撃ずつ確実に入れて行った。
「彼、ハリーの幻?」
「うむ、ドラゴンを倒す王子の絵から創ったのだ。」
囮の役目を終え、鏡が戻って来た。一応彼に怪我は無い様である。
「凄い!ドラゴン、やっつける!」
「う、うむ、一寸複雑な気持なのだがな。」
然う言っている間に早くも決着が着いたらしく、地響きをさせて描戯は地面に倒れ込んでいた。
完敗したらしく、王子の幻は怪我一つない。そんな彼の前で見る間に描戯は小さく成って行った。
そして元に戻ったか掌サイズ迄縮んだので、王子はそんな描戯をひょいと摘んで一同の所へ戻って来た。
「凄いわ!流石王子様よ。ドラゴン倒しちゃうなんて!」
「・・・一応我の手柄なのだ。」
不満そうに鼻を鳴らすハリーを見遣り、影子は苦笑した。
王子は優しく微笑むとそっと和子へ描戯を手渡した。そしてあっさりと其の姿は消えてしまう。
「魔法って凄いのね。こんな事が出来ちゃうなんて。」
―所で描戯さんは大丈夫ですか?―
すっかり大人しくなってしまった様で、和子の手の中で丸くなっている。見詰めていると不意に其の瞼が動いた。
「ん・・・あれ、ぼく、何してたっけ・・・?」
ぼんやり眼でキョロキョロと彼は周りを見回した。如何やら元に戻った様だ。
「貴方ドラゴンの絵を食べて暴れちゃってたのよ!覚えてないの?」
「えぇ⁉噫そっか、すっかり夢中になってたから絵に引っ張られ過ぎちゃったんだ、御免ね。」
しゅんと彼は項垂れてしまう。悪気なんて一切無かったのだろう。
「皆無事、大事ない。描戯も大丈夫?」
「うん、ぼくも、もう御中一杯だから大丈夫だよ。皆迷惑掛けちゃったね。」
「もう、食べるのに夢中になり過ぎよ。公園が壊れなくて本当良かったわ。」
「だって君達の絵、余美味しかったから・・・。本当に有難うね。ぼくとっても満足したよ。」
「うむ、怪我も無いなら良かったのだ。只、」
ちらとハリーは旻を見上げた。大分辺りは冥くなっている。御開きにする頃合いだろう。
―もうすっかり霄ですね。今回は此処迄にしましょうか。―
「そっか。うん、皆御免ね。でも本当に楽しかったよ、有難う!」
ぱっと描戯は和子の手から飛び立つと一回転を披露してくれた。
「又来てくれたら絵位描いてあげるわ。今度は可愛い絵ばっかりにするわね。」
和子が微笑むと、描戯も嬉しそうに何度も頷いた。
そして手を振ると旻の彼方へ向け、飛んで行ってしまった。小さな影は直ぐ見えなくなってしまう。
「良かった・・・。最後の最後に吃驚しちゃったね。」
「でも楽しかったわ!又一緒に遊びたいわ。」
然う言って咲う和子に、影子も安心した様に頷いた。
然うなれば自分達も帰らないと、ちらとハリー達は何とか無事に済んだ公園を一瞥した。
冥くなった公園は一気に広く感じ、ポツンと影丈が残される。
「もう遅い。帰らないと駄目。」
「もうなの・・・。でも然うよね。そろそろ帰らなくちゃあ母さん帰って来るかも。・・・分かったわ。」
途端しゅんと和子は項垂れたが、急いで首を振った。
「でも、でも明日も遊べるわよね?此処に来てくれるわよね。」
「大丈夫、明日遊べる。」
食い気味に鏡が答えたので、彼女は嬉しそうに両手を挙げていた。
彼女は随分と活発な子らしい。未だ遊び足りなそうだが、明日に期待して貰おう。
「分かったわ。じゃあ待ってるから!・・・あ、でも然う言えば影子は、」
其処ではたと気付いた。影子を一体如何しようか、連れ帰る訳にも行かないだろうし、こっそり連れ帰った所で母さんにばれたら何言われるか。
影子も如何したら良いか分からず、首を傾げている。
術に因って影から作られたのなら放っても大丈夫では、とちらと思ったが、少女の形をしている分、其は薄情に感じる。
感情も持ち合わせている様に見えるし、玩具みたいに扱うのは良くないだろう。
「面倒、見る。一緒、来る?」
―え、い、良いんですかね・・・?―
自分達も又行く当てが無かったりするけれども。
ハリーも難しい顔をしている。少女一人預かるなんて、責任を思ったら難しい所だ。そんな軽はずみには応えられないが。
「良いの?如何影子、大丈夫?」
「うん、御世話になります。」
龍達が悩むのも何の其の。話は進んでしまって遂に引き取る事になってしまった。
影子も特に不信感だとかは抱いていないらしい。自分達の近くへ寄って来ると頭を下げた。
「じゃあ私帰るね。又ね!」
「一応送って行くのだ。霄は危ないのだ。」
自分達は只遊びに来た訳じゃないのだ。其位弁えている。
「そ、然う?直ぐ近くだけど。」
「是、見送る、大事。」
「分かったわ。じゃあ一緒に行きましょう。」
はにかみつつも上気した頬の儘、和子は嬉しそうに咲うのだった。
・・・・・
「ぬぅ、少女を送った丈で宿に泊まれたのだ・・・。」
通された一室でハリーは何とも言えない神妙な表情を浮かべた。
彼の後、和子を見送ったが、本当に彼女の家は直ぐ近くで、数分としない内に家に着いた。
家は静かだったが、如何やら両親は共働きで未だ帰って来ていない様だ。彼女が帰りを渋ったのも頷ける。独りになるからぎりぎり迄遊びたかったのだろう。
でもそろそろ母が帰る時間だから大丈夫だと、彼女は帰って行った。
そして、さてじゃあ自分達は如何するかと思った矢先、例の幸運が発動したのである。
偶々落ちていた財布を鏡が拾い、其が近くの宿を経営していた主人の物だった然うで、御礼にと一室宛がってくれたのだ。
本当に驚く可き手際だ。あれよあれよと事は運び、今ではハリー達はふかふかのベッドが敷かれた一室に座り込んでいた。
夕餉も御馳走してくれるらしく、今は其を待っている時間だが、本当に恐ろしい。
まるで照らし合わせたかの様に、全てのピースが噛み合う様に幸運が舞い込んで来る。
彼と一緒に居る丈で全ての夢が叶うんじゃないかとセレが話してくれた事はあるが、強ち冗談でもないかも知れない。
恐る可き幸運の力だ。矢っ張り何とか其の秘術なりを会得したい。
「皆、遊ぶの楽しかった。」
―然うですね。私も斯うして遊んだのは初めてです。―
ずっと独りで生きて来たL⊝ ▼▲/にとっては、何とも新鮮な経験だった。
ハリーの肩に居た丈なので間接的にはなるが、其でも斯うした交流は初だ。
人間の文化と言うのは中々面白い。勉強になる事も多いだろう。
「私も・・・初めて、でもとっても楽しかった!」
然う興奮気味に話すのは影子だった。
彼女は和子よりは控えめ然うだったが、でも快活な子の様で、物怖じせず鏡の隣へやって来た。
魔術で出来た影なんて不思議な存在だけれども、其を除けば本当に只の少女の様だ。
色々と聞いてみたい事はあるけれども、大丈夫だろうか。
彼女はまるで布団の柔らかさを確かめる様にベッドに腹這いになってすっかり満喫している風だった。
「その、聞いてみたい事があるのだが。」
「何、ハリー?」
途端起き上がってじっと自分を見詰める。・・・我乍ら素晴しい幻覚の出来だ。何とも愛らしい少女ではないか。
少女達は不器用なハリーを気に入ったらしく、齢の差はある筈だが可也近しく接して来る。
好意を寄せられていると分かっていたのでハリーも別段嫌な気はしなかった。
特に影子はハリーが姿を与えた事もあってか、随分彼を好いている様にも見える。
澄み切った目でじっと彼を見詰めていた。
「うむ、その、嫌でなければだが、其方の術は中々珍しいのでな。気になったのだ。」
「私が出来た術の事ね。」
途端にっこりと彼女は微笑んだ。如何やら嫌な話ではないらしい。
「私、ハリーや皆が悪い人じゃないって分かるから、話すわ。彼の術は、私に形を与えてくれたのよ。」
信頼は得られていたらしく、優しく咲った儘彼女は続けた。
「私ずっと和子ちゃんと話したかったの。一緒に居ても何も出来なかったから何時も見てたの。でも、遊ぶのってこんなに楽しいのね。」
―見ていた?其って如何言う事です?貴方は元々、―
「・・・私も、良くは分からないわ。でも気付いたら和子ちゃんと居たの。彼の子の影みたいに一緒に居たの。でも私には躯が無かったから、今迄見てる丈だったの・・・。」
「若しかしたら精霊の類かも知れぬのだ。」
何となくハリーには過る物があった。人が心で願った事は、近くの精霊達が聞いてくれていると言う話だ。
ハリーは正に願いから生じた龍だ。だからこそ然う言う懐いは彼の中に残っている。
目に見えないけれども存在する物は確かに在ると。幻も在りはしないが、でも幻として其処に存在する様に。
気付かない丈で存在する力や懐いは確かにあるのだ。
其に今は少女の形をしているが、此は自分の幻に因る姿である。此を解けば彼女は正に影の姿に戻るのだ。
影がひとりでに動くなんてそんなの、精霊以外の何者でもないだろう。
まぁ次元自体が違うのだから自然現象である筈の影其の物に意思があったとしても不思議ではないが。
「精霊・・・?私、和子ちゃんの精霊なの?」
「む、確証はないが、然う言う存在が居る事を知っているのだ。確かめる術は知らないのだが。」
「凄い!流石魔法使いだわ。私今迄考えた事も無かったから。」
途端彼女の目は此でもかと輝いた。そして羨望の眼差しを彼に向ける。
「だから私、私ね、今回の事すっごく嬉しいの!こんな事が出来る日が来るなんて思っても無かったわ。だから皆に感謝してるわ。皆の事、大好きよ。」
臆面もなく然う言って咲う少女は本物で、心の底から今日と言う一日を喜んでくれているのが伝わった。
「嬉しい、影子良い子!好き。」
鏡も満足そうである。彼女の純粋な言葉が嬉しい様だ。
影子は頷き乍ら一同の顔を見遣って薄く目を閉じた。
「だから何か出来る事があるなら私、手伝うわ。屹度皆、何か目的があって来たんでしょ?」
―も、目的、ですか。―
何だか難しい聞き方だ。正直には答え辛い。
別に疾しい事等は何も無いけれども、他意があると思われるのは如何だろうか。
「和子、何か困ってる?手伝いたい。」
「え、其がやりたい事なの?」
「うむ、然うなのだ。何か困っている風だから手助けしたい丈なのだ。」
此の気持は嘘ではない。
不思議な風に彼女には写るだろうが、此こそが目的なのだ。
「何だか本当の魔法使いみたい・・・。あ、別に皆の事、疑ってるんじゃないわよ!でも、物語の中の魔法使いみたいって思っちゃって・・・。」
彼女は目を瞬いて考えている風だった。ある意味此は思ってもいない答えだったのだろう。
「其なら、私も和子ちゃんの為に出来る事があるならしてあげたいわ。私も、和子ちゃんの事大好きだから。」
然う言ってにっこりと彼女は微笑んだ。其の申し出は素直に有り難い。
―嬉しいです。でしたら何か気になった事等無いですか?私達も、屹度和子さんが困っている事は分かるんですが、其が何かは知らなくて・・・。―
「気になった事・・・和子ちゃんの事でよね。」
影子は暫く考え込む様に目線を下げた。真剣に考えてくれているみたいだ。
「その私ね、ずっと和子ちゃんと居たから、彼の子の事色々知ってると思うけど、然うね。彼の子が困っている事と言うか、希望はあると思うの。」
「希望、なのだ?」
「うん、願っている事よ。其が正に私の事なんじゃないかと思って。」
「影子?和子の希望?」
「その・・・彼の子、友達が欲しいって言ってたでしょ?だから私を創ってくれたの。」
友人が欲しいかはっきり言わなかったのは只の強がりだろう。あんなに楽しそうに自分達と遊んでいた様子から分かる。
其に・・・影子には悪いが、友達が居たら、屹度彼女は影子を創らなかったんじゃないだろうか。あんな魔術を使って出て来た彼女に、一緒に遊ぼうと言ったのだから。
其は、相手が居なかったからに他ならないのではないか。
特別な事は何もしなかったのだ。本当に只遊んだ丈。
一時の出来心で未知の魔術を試す事はあるかも知れないが、彼の喜び様は然うではないだろう。
独りだから、友達が欲しかった。其で影子を創ったと言うのなら筋は通る。
「皆も、思っていたみたいね。私は今迄見ていた丈だけど、でもあんな風に和子が遊んだのを見たのは久し振りなの。だから、友達が欲しかったのかなって。」
「久し振り?今和子、友達居ない?」
「うん・・・多分、和子ちゃんの父さんと母さん、余家に居ないの。其に和子ちゃん良く引っ越しちゃうの。だから友達が出来難いのかも。」
―何だか忙しそうなんですね・・・。―
棲む所が変わって行っているのなら大変だろう。慣れる丈でも精一杯だろうに。
自分は元々独りだったから旅暮らしをしてはいたが、其は独りだから出来た事だ。何者にも関わらない生き方になってしまう。
店に来た許りは自分も苦労したのだ。ルールだとかも何も分からないので、気を遣ったりしたけれども。
慣れた今となっては斯うして誰かの肩で過ごす事も増えたけれども、新しいコミュニティは大変だろう。其が幼子ともなれば、和子の心労も少しは分かる気がした。
然うと分かれば力になってあげたいが、さて如何だろうか。
―和子さんの事情は分かりました。でも私達も旅をしている身なので、ずっとは居られませんよね・・・。―
友達にはなれたが、長居は出来ないだろう。そんな風に次元に干渉する可きではないだろうし。
「うむ、然うなのだ。でも其は叶ったのではないか?影子が出来たから彼の子も喜んでいたのだ。」
術で出来た存在とは言え、友達には変わりないだろう。
其に話していて分かる。彼女は屹度本当にずっと和子の傍に居たのだろう。精霊に近しい存在として在った事に偽りはない。
だから心ある友達として一緒に居られるとは思うが。
「是、影子、良い子。」
「う、うん有難う。でも私、何時迄も此の姿じゃあ居られないわ。屹度制限みたいなの、あると思うの。」
「ぬぅ、術の効力が切れそうなのか。」
然う言えば和子の影は無くなっていた。彼を依代にして今影子は斯うして居られるのだろう。
だとしたら、媒体が切れる可能性はある。
若しかしたら僅かにでも其を彼女は感じ取っているのかも知れない。
「多分こんな楽しい事、何回も出来ない気がするわ。私が・・・消えて行っている気がするの。其に、多分此の力は・・・、」
其処で彼女は口を噤んでしまう。まるで逡巡している様に。
皆が黙って促すと、緩り彼女は口を開いた。
「此の術はね、和子ちゃんの母さんの持っていた本にあったの。私も其、読んだわ。そして、術が消えちゃうと、影も・・・無くなっちゃう筈なの。だから其の前に解かなくちゃ。」
「ぬ、然うなのだ⁉影が其の儘媒体となっていると言うのか。」
影が無くなる。其は如何言う事だろうか。
てっきり影子が消えてしまえば元に戻ると思ったが、其の限りではないらしい。
「影無いの、不味い?」
―・・・良くはないでしょうね。確かに今日の和子さんは何処か違和感がありました。影が無いと、如何しても然う見えてしまうのですね。―
無くて困る事は無いかも知れないが、其は異端だ。然うなってしまうと、下手したら益々彼の子は孤立してしまう可能性がある。
人間は異端を嫌うって言うし、其の違和感は正した方が良さそうだ。
其には・・・影子を元に戻さないといけないと。
「段々此の躯に慣れて来たからか、分かると言うか。感じられる様に成った気がするの。私は良いわ、抑斯うして遊んだり出来るなんて思ってなかったから。何時でも影を和子ちゃんに返すわ。和子ちゃんが困るなら、直ぐにでも。」
―然うですか・・・。でも其なら仕方ありませんね。明日にでも和子さんに話してあげましょう。―
「うん・・・。抑此の術も、然う簡単に成功する筈じゃなしの。何だか凄く難しい事書いてあったし、闇の魔力の調整が、とか色々・・・。だから、屹度本当は起こり得ない事だったのよ。悲しいけど、でも今の私は奇跡で生まれたんだと思うわ。」
何となく其の言葉はハリーの中に引っ掛かった。
起こり得る筈のなかった術、若しかしたら此こそが黔日夢の次元の影響かも知れない。
セレの力が何らかの形で此の次元に影響を与えている筈、其の結果影子の術が成功した。
和子のした術が此だったのは幸いだったのかも知れない。本の出来心で行った術が成功してしまうなら、もっと恐ろしい事態になってもおかしくなかったかも知れないのだ。
影が動く丈でも十分な事が起こっているし、若しも影子がこんな優しい子でなかったら、もう事件が起きていたかも知れない。
であれば此の危険が少ない内に対処をしなければ。
「和子、新しい友達、必要。」
―必ずしも、と言う訳ではないですが、居た方が有難いですよね。本人も其を望んでいるのなら。―
でないと場合に因っては彼女は他の術にも手を出すかも知れない。
「うん、和子ちゃんは学校に行ってるの。だから其処で友達が出来たら良いんだけど。」
「学校、ほぅ其は打って付けなのだ!」
―確か、子供達が行く所でしたか・・・?―
何となくは聞いた事がある。其処で集団行動について学んだりするんだとか。
「和子は良い子なのだ。直ぐ友達なら出来る筈なのだ。」
「うん、私も然う思うわ。でも彼の子、何だか怯えちゃってるみたいで、中々皆に声を掛けられていないの。」
―成程、其の切っ掛けが中々無い訳ですか。―
影子の御蔭で次々情報が手に入るのは有難い。彼女が居なければ分かり様も無かった話だ。
只其丈難しい点もある。学校なんてそんなの、部外者である自分達がおいそれと行ける所でもないだろう。
友達を作れ、と口で言うのは簡単だが、実行出来るか如何かは又別だ。
「魔法使いなら魔法でちょちょいと友達を・・・は、流石に無理だよね。」
「うむ、其処迄万能ではないのだ。寧ろ其なら和子の方が出来ているのだ。」
―然うですね。影子さんと言う友達を創っていますし。―
此許りは流石に鏡の幸運でも無理だろう。何も無い所から行き成り友人は作れない。
「わ、私が和子ちゃんの友達・・・。」
「是、影子、良い友達!」
「そっか・・・然うよね。今の私なら、和子ちゃんの友達として動けるわ。」
何か思い付いたのか影子はじっと何事か考え込んでいる様だった。
事実彼女が一番和子に近しいのだ。彼女にしか分からない事も多くあるだろうし。
―如何ですか影子さん、何か考えでも・・・?―
「・・・うん、私然う言えば昔、友達の作り方って本、見た事があるの。」
「う、うむ、其は中々凄い本なのだ。」
何だろう。大事な事だろうが其は本で学べるのだろうか。
其に影子が読んだ事があると言うのなら、恐らく其は和子が読んでいた物じゃあないだろうか。其なら余程、切実に友達が欲しいのだろう。
「彼の本と同じ事すれば、和子ちゃんにも友達、出来るかも知れないわ。」
影子は何だか気合が入って行っているらしく、小さく握り拳を作っていた。そんなに気合が必要な物なのだろうか。
友達を作るのはそんなに大変なのか・・・。でも確かに此処に集う三柱も又、永い日々の果てに店に来た者である。
店の皆とは友だと思っているが、今迄の事を思うと確かに然う簡単な物ではないのかも知れない。
ハリーは在り在りと懐い出していた。セレが塔へやって来た時、自分との戦いの果て、見事打ち倒した事を。
そして、もう終わりだと思いきや、彼女は自分を傍に置いてくれた。其が何程嬉しかったか。
―・・・何だかハリーさん嬉しそうですね。―
「うむ、我がセレと初めて会った時の事を懐い出していたのだ。友達を作るのは確かに大変なのだ。」
―そ、然うですか。まぁ私も似た様な物ですが。―
捕まっていたのを助けて貰ったので、其の恩はある。其処から生まれた縁なのだ。
「影子よ。何か我等に手伝って欲しい事があったら言うのだ。手伝いなら出来るのだ。」
「うん、其だけど・・・皆には見守っていて欲しいかも。」
―見守る、ですか?―
其丈で良いのだろうか。力になってあげたいけれども。
「うん、寧ろ此は私一人の方が良いわ。けれど、何かあってもいけないし、だから皆が見ててくれるなら、私安心するわ。」
「・・・分かったのだ。であるならば我等はしっかり見守るのだ。」
「是、皆一緒!」
「うん、有難う。私、頑張るわ。」
然う言って影子はあどけない子供の笑みを返すのだった。
・・・・・
翌日、暫く宿で過ごしていた一同は昼過ぎに通りへと出た。未だ少し和子との待ち合わせには早いが、散歩がてら行こうと思ったのだ。
又影子も用事があるからと先に行ってしまった。
一体彼女が何をするのかは聞いていない。其の方が良いとも彼女が言ったからだ。
出来ればしっかり聞きたい所だったけれども、屹度彼女の事なら大丈夫だろう。
然う信じて、彼女とは別れる事にしたのだが、
―・・・矢っ張り、何をするか聞いた方が良かったですかね。―
散歩も終盤に差し掛かり、そろそろ公園へ向かおうと話し合った頃、不意にL⊝ ▼▲/がぽつりと呟いた。
信じているとは言え、彼女は昨日躯を得た身なのだ。勝手が分かるかも怪しいのに、一人にするなんて。
今更乍らそんな考えが頭を擡げてしまう。頑張るって、一体何をするのだろうか。
「でも聞かないで欲しいと言っていたのなら、我は其の通りにするのだ。」
此の散歩丈で又鏡の幸運は炸裂した為、今回もハリーは手土産が沢山あった。
取り落とさない様慎重に持つ事に意識が集中し、足が重くなる。
夕御飯分は十分にあるので、幾らか持ち帰ってセレに土産として渡したいのだが。
「其に何かあったら我等の出番なのだ。魔法使いとしての役目を果たすのだ。」
「ハリー、頼もしい。流石。」
「うむ、もっと褒めてくれても良いのだ。」
ふらふらと荷物に足を取られている彼は果たして頼もしいかは別にして、声丈は自信満々に彼は言った。其の声にL⊝ ▼▲/も幾らか勇気付けられる。
―然う、ですね。私も頑張らないと。―
「L⊝ ▼▲/も頑張っているのだ。と、取り敢えず此の持ち方を教えて欲しいのだ。」
又もや彼がふら付くので、慌ててL⊝ ▼▲/は指示を出す。
・・・時の龍としての力量は全く発揮されていないが、此で良いのだろうか。
一応、ハリーのコーチとしては板に付いて来たのだ、上達しているのを自覚する。何とも言えない心地と共に。
「公園、着いた。」
大量の炭が入った袋を抱え、鏡は公園を指差した。
良く見ると其の先には見覚えのある藤の御下げが揺れる。
「ぬ、和子も来てるのだ。」
「あ、良い所に来たわね!私も今来た所よ。」
然う言って和子は嬉しそうに手を振った。急いで来たらしく、其の顔は未だ上気して息も荒い。
余程遊ぶのを楽しみにして来たのだろう。公園の隅のベンチに彼女は腰掛けていたが、直ぐ立ち上がった。
公園には他にも何人か遊んでいる子は居るが・・・矢張り彼女は一人の様で、大きなベンチを占領する形となっていた。
「学校、終わった?」
「然うよ。今帰りなの。あれ、でも良く分かったわね。私、学校の話なんて。」
不思議そうに彼女は眉根を寄せる。何だか伺う様な言葉が少し引っ掛かった。
「うむ。影子が教えてくれたのだ。」
「然うなの?あれ、でも居ないじゃない。何処行ったの?」
キョロキョロと彼女は周りを見渡すが、同じ御下げの子は何処にも居ない。
ちらとハリーの後ろも確認したが、勿論そんな所にも隠れていなかった。
「用事、ある。だから後、来る。」
「用事?彼の子が?影、なのに一体何なの・・・?」
「其なのだが、和子よ。少し聞いて欲しいのだ。影子は如何やら、其方の精霊の様な物らしいのだ。」
「え、せ、精霊?」
本人が居ない今だからこそ、ある程度話して置く可きだろう。
彼女の刻限はもう余りない。其の貴重な時間を使って何か成そうとしているのだから。
―然うなんです、如何もずっと前から和子さんの傍に居たらしくて、でも今迄見ている事しか出来なかったんだと言っていました。―
「そ、然うなの・・・?私些とも気付かなかったわ。」
「うむ、だから遊べて凄く楽しかったと言っていたのだ。一緒に遊べる様になるとは思っていなかったそうだ。」
「ずっと・・・居たのね。然うだったのね。だからかしら、何だか一緒に遊んだ時、不思議と初めての気がしなかったの。」
―・・・然うかも知れませんね。貴方の事、本当に良く知っていましたから。―
「じゃあ猶の事、早く遊びたいわ!彼の子、一体何してるのかしら。」
「ううむ、其についてなのだが。」
影について、術を解かないといけない事、其を伝えないといけないのに。
此は話す順番を誤ってしまっただろうか。悲しい事は後から伝えようと思ったのだが、より別れが苦しくなってしまうかも知れない。
又影子を創れば良いと言っても、彼女が言う通りもう彼は二度と完成しない術かも知れないのだ。黔日夢の次元の影響で一時的に力を得たに過ぎないかも知れない。
其でも、言わないと。時間丈過ぎてしまうのだから。
「・・・あっ!若しかして彼、影子じゃないの?」
一瞬和子が笑顔を見せたものの、途端に其の面は曇る。
釣られてハリー達も公園の入口を見遣ったが、彼女の言わんとしている事は理解した。
如何やら公園の入口が騒がしいのだ。確かに此処からも影子らしき子が見えはするのだが、彼女は何人もの見知らぬ子供達と一緒に居たのだ。
其でも其の雰囲気は楽しそうな其ではなく、何だか物々しかった。と言うのも、何となく影子を中心に隔たりの様な物がある様に見えたのだ。
より注目してみると、如何やら他の子達を影子が怒鳴り付けている様に見えなくもない。
一緒に居た子供達も怯えた様な様子で、彼女から遠ざかったり、様子を伺っている。
「な、何してるの・・・?私一寸行って来るわ!」
「う、うむ・・・一体、如何したのだ・・・?」
何が起きているのか分からぬ儘、一同は子供達の元へと向かう。
若しかして喧嘩だろうか・・・?其にしても影子に一体何があったと言うのだろう。
用事があると言っていた筈だが、若しかして和子の友達を何とか作ろうとしたのだろうか、其で失敗してしまったとか・・・?
昨日の彼女の笑顔を思い出す。あんな子がこんな怒ったりする様な事は無いと思ったが。
理由も無しにするとは思えない。いや、あったとしてもこんな急に事を起こすだろうか。
頭の中が混乱している所為か何時も以上にハリーの足は絡まり、上手く走れない。
何とか息を切らしつつハリーが到着した時には、子供達の間に和子が入っていた。
一応彼女が仲裁に入ってくれたらしく、場は落ち着いてはいるみたいだが・・・。
様子を伺うハリーと同じく、先に着いていた鏡も、じっと其の場を見遣っていた。
―鏡さん、と、止めないんですか?大丈夫なのでしょうか・・・。―
他の子も居るのでじっとした儘L⊝ ▼▲/が尋ねると、小さく彼は頷いた。
「約束、見守る。」
―え、えぇ・・・。其はしましたけれども、でも・・・。―
気が急いでも如何仕様もない。影子達の様子を伺うと、如何も和子が影子を抑えている風だった。
「ど、如何しちゃったのよ!何があったの⁉」
彼女に止められつつも、影子は何か大声を上げて手足をばたつかせている。今止めなければ誰か怪我をしてしまうかも知れない。
―か、影子さん如何して、まさか術に何かあったとか。―
「ぬぅ、そんな事で暴れる様な物でもないと思ったが。」
影子は顔を真赤にして怒りを顕にしている。何とか彼女を抑えつつも、和子はちらと他の子達を見た。
「い、行き成り怒鳴って来たんだよ。何なの一体・・・。」
「だ、大丈夫?危ないわ。」
子供達も困った様に顔を見合わせたりとそわそわしていた。皆の様子からして、本当に影子が行き成り此の子達を襲ったのだろうか・・・。
俄には信じ難いが、今正に影子は荒れに荒れている。何とか彼女を止めないと。
「っか、影よ私に戻りなさいっ!」
堪らず然う和子が叫ぶと、ぴたりと影子の動きは止まった。
そして僅かに口を動かすと、見る間に小さくなってあっと言う間に其の姿は消えてしまった。
少女の姿が消え、代わりに和子の影が戻る。もう其の影は只の影で、少女の形に合わせて歪んだ様に伸びていた。
此は・・・如何やら和子が術を解いた様だ。
忽然と少女が消えた事で、子供達は吃驚した儘目を瞬いた。
あんなに煩くしていたのに、一体何処へ消えてしまったのだろう。戸惑いつつも其の目は和子へ向けられた。
「えと、取り敢えず有難う。君が・・・止めてくれたの?」
「あ、貴方和子ちゃんよね!転校生の、」
「う、うんあの、皆大丈夫、怪我はない?」
さっと和子は一同を見遣ったが、特に怪我をした子は居ないらしい。其は一応幸いだっただろうか。
「良かった・・・。その、ご、御免なさい。先の子はその、私の術と言うか、其で出来た子で・・・。」
戸惑いつつも和子は事情を話した。ちゃんと事の経緯を話さねばと彼女は思った様だった。
子供達は驚きつつも、段々と彼女の話に引き込まれた様に聞き入っている。
「然うだったの・・・。でも魔法が使えるなんて凄いわ和子ちゃん。」
「そんなの、全然よ。こんな事になるなんて、御免なさい。」
しゅんと項垂れてしまう和子に、子供達は詰め寄った。そして質問責めに近い形になりつつも話の輪が広がって行く。
此は、見届けた方が良さそうだ。
取り敢えず事態は収拾出来そうなので、口を挟まずハリー達は見守る事にした。
如何やら子供達の話を聞いている限り、彼等は和子と同じ学校の子らしく、一応皆彼女の事を知っていた様だ。
話す内に和子も熱が入ったらしく、段々と声は大きくなっている。
「じゃあ一緒に遊ぼうよ!」
不意に、そんな声が子供達の輪から聞こえて来た。
他の子達も嬉しそうに笑い声を上げ、戸惑っていた和子も次第に其の輪に加わって行く。
「如何にか、打ち解けはしたのかのぅ・・・。」
―みたいですね、凄くハラハラしましたが・・・。―
此の様子であれば大丈夫そうだ。眴せを互いにすると、ハリー達は元居たベンチの方へ戻る事にした。
然うしている間にも子供達は一気に散って駆け回る。早速何かの遊びが始まったのだろう。
走り回る子供達の中に和子の姿も認め、ほっと一息付く。
「無事、収まった。良かった。」
―然うみたいですね。本当一時は如何なる事かと思いました・・・。―
如何も喧嘩の類は慣れていないので苦手である。変に力が入ってしまったので、L⊝ ▼▲/は首を伸ばしてストレッチを始めた。
「其にしても影子も随分過激な事をするのだ。」
「是、吃驚、でも良かった。」
―矢張り此って、然う言う事なんですか?―
少し冷静になって来たので、先程の事を思い返す。
余裕が持てた今なら、何となく分かる気がしたのだ。
恐らく先のは・・・影子の演技なのではないかと。
余りにも本気だったので戸惑いはしたが、其でも思い返してみれば。
「用事だなんて、良くこんな事をしたのだ。彼の子は中々見所のある役者なのだ。」
使い立ての彼の躯であんな暴れられるなんて、余っ程だ。自分であれば斯うは行かない。
幻の姿を与えた身としても天晴と言わざるを得なかった。
あんな脇目も振らず手足をばたつかせていたら、自分は絡まって盛大に転げ回ってしまう事だろう。
「是、でも、ちゃんと見守る、出来た。」
―然う、ですね。はい。やっと私も意味が分かりました・・・。―
昨霄の段階から、しっかり彼女は此の事を考えていたのだろう。
和子の学校の生徒丈を絞ってあんな風に苛めて、彼女が此の輪に加わる切っ掛けを作ろうとした訳だ。
下手すれば反対に和子が恐がられたり、避けられたりし兼ねなかったのに・・・。
若しかしたら其処のフォローを自分達に託したかったのかも知れない。
然うであるならば、影子は怪我なんてさせていないだろう。禍根が残らない様考えて動いただろうから。
此の様子は、ある物語を彷彿させる様だった。ある種マッチポンプとも言える、優しさ故の厳しさを。
・・・若しかしたら影子の言っていた友達の作り方と言う本は、彼の童話を指していたのかも知れない。
然うして彼女も考えたのだろう。此の形であれば和子は術を解くだろうと。別れを惜しむ位なら、其の別れすら彼女の為にと思って。
最初から最後迄、彼女の為にを貫いて。
今は如何だろうか。又見えない精霊に戻って彼女の傍で見護っているのだろうか。
若し然うであれば、しっかりと見ていて欲しい。和子は今、沢山の友達に囲まれているから。
「・・・み、皆御免なさい。私、すっかり待たせちゃって。」
暫くベンチで一同が涼んでいると、不意に和子が戻って来た。
すっかり遊びに夢中になっていたのだろう。良く見ると他の子達も休憩している様で、其の合間を縫って来てくれたらしい。
「無問題、楽しそう、良かった。」
「うむ、我等は涼んでいる丈なのだ。気にする事も無いのだ。」
屹度同世代の子達と遊ぶ方が良いだろう。自分達は発たないといけない。此からの彼女と共に在れる存在の方が良い。
―一緒に遊べる友人が出来たのは素晴しい事ですよ。―
「うん・・・有難う。只あの、皆に聞きたい事があって、その・・・影子ちゃんの事なんだけど。」
少し声を潜め、彼女は俯いた。
屹度彼女もずっと考えていたんだろう。遊び乍らも気掛かりだったのかも知れない。
「彼の子・・・屹度先の、演技、よね?あんな事、する訳ないもの。一回しか遊んでないけど、分かるわ私。」
「うむ・・・。我等も然うだと思うのだ。本気で喧嘩しようとか、怪我させようとは思っていなかった筈なのだ。」
其を聞いて彼女はほっと胸を撫で下ろした様だった。
影子からしたら余りばらして欲しくはないだろうが、でも其が分かり切ってしまう位、彼の子は優しかったのだ。
和子はじっと、何かを考え込んでいるみたいだった。安心はしたものの、別の懐いが過っているのかも知れない。
「私の為・・・なのよね、屹度。私、ずっと声掛けるの何だか怖くて、でも無理矢理だったけど、彼の子の御蔭で皆と話せたの。やり方は強引だけど、でも、私の御願いを、叶えてくれたのね。」
声を詰まらせ乍ら和子は確かめる様に頷いた。
口に出して改めて彼女の中で腑に落ちて行っているのだろう。
「ねぇ、私、もう一回影子ちゃんに会いたい。もう一回彼の術したら来てくれるかな。影子ちゃんは私の精霊なんでしょう?」
―其は、少し難しいかも知れないです。今回成功したのは偶々で、本当はもっとずっと難しい術みたいなんですよ。―
「え・・・然うなの。」
思わず目を反らしたくなる程悲しそうに顔を上げたが、でも彼女に伝えなくては。
「其に、彼の術は余り良くないのだ。影子が言っていたが、力が切れて術が消えると影は無くなってしまう然うなのだ。」
「え、影が・・・?じゃあ私、」
―先みたいに然うなる前に解いたなら大丈夫そうですよ。只多用は控えた方が良いかと。―
「じゃあ矢っ張り彼の子は私の為に・・・。もう、あんなやり方させなくても、ちゃんと御別れ言いたかったのに。」
彼女も其の真意に気付いたのだろう。屹度無理矢理術を解かせる為にあんな手段に出たと。
「でも、然うね。私分かったわ。彼の子が喧嘩してるのを見た時、私すっごく怖かったの・・・。初めて、彼の子の事を怖いって思った。何も知らなかったんだって分かって・・・。だから、無暗にあんな術は使わない方が良いのよね。」
「然うだな。知らない力は恐ろしいのだ。扱い切れぬ内は使う物ではないのだ。」
自分の限界を知らずに放った術が一体どんな牙を剥くのか。
其の加減を知ると言うのは術者としての基本で、迚も大切な事だろう。
斯く言うハリーも、幻霧龍として生まれ立ての頃は自身の幻覚を上手く操れず、苦労したのだ。
力を与え過ぎれば意思を持った様に勝手に動いて何をするか分からないし、実体に近付け過ぎれば自身すら傷付ける現実となって返って来る事もある。
扱い切れない力は即ち悪用に等しい。然うならない様に努める事が大切なのだろう。
若しかしたら影子は其も彼女に伝えたかったのかも知れない。今回は良かったけれども、此を機に彼女が危ない力を手にしない様に。
エスカレートしてしまう可能性は十分あっただろうし、然う言った教訓の側面もあったかも知れない。
和子はじっと己が影を見詰めていた。此がある可き所へ戻れた、其の意味を噛み締める様に。
「・・・うん、分かったわ。私の為に影子ちゃんは凄く頑張ってくれたのね。・・・御礼も、御別れもちゃんと言いたかったけど。」
―屹度、今も聞いてくれていますよ。影子さんも和子さんの事、大好きだと言ってましたから。―
「うん、有難う皆、魔法使いさん達が来てくれて、本当良かったわ。」
其処でやっと彼女は笑顔を見せてくれた。
少し丈目元が潤んでいるが、晴れやかな年相応の笑顔だ。
其の笑顔を見て、一同は確信した。もう、此の次元は大丈夫だと。
来たる破滅はもう其の影一片すら残っていない。彼女は今日と言う日を忘れはしないだろう。
「問題解決、安心、もう和子、大丈夫。」
「うむ、我等は・・・その、そろそろ異国に戻らねばならぬ時分なのだ。」
「え、えぇ⁉そ、然うなの⁉」
異国に戻る、なんて変わった言い方をしてしまったが、そんな事を気にする余裕は彼女には無かった様だ。
思わず大声を上げたので、子供達も視線を寄越して来る。
彼等からしたら自分達は思い切り不審人物だろう。一応遠巻きに和子の様子を見てくれている様だ。
―び、吃驚しました・・・。まぁでも然うなんです。私達は和子さんの術が気になって来たのですから。―
「然うだったのね・・・。本当、神出鬼没なのね魔法使いさんって。でも、本当に助かったわ。私ね、帰ったら母さんに魔法の事とか、聞いてみようと思うの。私、もっとちゃんと知りたいわ。そして何時か、又影子ちゃんと会うわ。」
「うむ、呉々も気を付けるのだぞ。しっかり知識が付けば、悪くは無いと思うのだ。」
「うん!彼の子の約束、本物にするの。私諦めないわ。今度は私が彼の子の願いを聞く番よ。」
―約束、ですか。一体何てしたんですか?―
「・・・最後にね。彼の子、又遊ぼうって言ってくれたの。私、絶対其の約束守るわ。」
少し切なさを滲ませた笑顔で、きっぱりと彼女は言い切った。
もう其の目が陰に曇る事は無いだろう。彼女の意志は本物だ。
「うむ、其なら大丈夫なのだ。余り此方に構っていたら友人が心配するのだ。折角出来た友人を放っとくのは良くないのだ。」
「是、和子、影子、元気で。」
「うん、本当に有難う。良かったら又遊びに来てよ!皆は私の友達兼、大先輩なんだから。」
然う言って彼女は手を振ると、足早に子供達の輪へ加わって行く。
一瞬、其の影が手を振っている様に見えた気がした。
・・・屹度、幻ではないとそっと微笑む一同の前で、子供達の歓声は何時迄も響くのだった。
・・・・・
何処にも姿は見えなくとも、声は聞こえなくとも
葉の裏に、水の波紋に、日溜りの隅に
私は知ってる、友達が何時も傍に居る事を
影を踏んで少女は咲う、彼の日の声に応える様に
“又今度、遊ぼうね”二人丈の約束を
何と言うか・・・鏡君が居ると全て解決しちゃうなぁと思う此の頃、如何だったでしょうか。
取り敢えず彼を出していると色々面倒毎は引き受けてくれると言う、ある意味使い勝手の良い、否良過ぎる子ですね。彼に依存し過ぎない様気を付けないと。
何かに付けてラッキーボーイと言えば解決するので、自分が考えなくて済むと言うチートキャラです。良かったら皆さんの御家にどうぞ。
只、次回は然うも行きません。最近此ばっかり書いているなと思いますが、次回、そして其の次に兼ねてよりずっと書きたかった御話。
中学生だった時の私よ。遂に、遂に夢が叶う時が来たぞ!と言ってやりたいです。
正直其の話を書ける迄続けられるかと言う一抹の不安があったので、今は元気一杯に性癖を爆発させて書いています。
だから恐らく投稿は緩りペースになりそうです。
其でも書いているペースは同じなので、単純に一話毎の質量が増えると思います。出来れば7万の壁を越えたい、然う言う心意気ですで後悔の無い様書き捲りたいと思います!
そして久し振りに誤字晒し!
一寸指先が最近怪しいので、誤字の数はすっごく多いんですが、何と言うか本当に只の誤字って感じなので、今回みたいなのが生まれた時は少し嬉しくなっちゃいますね。
其では、どうぞ!
此は痛い男の物語だろうか。姫らしき可愛らしい少女と、王子が掛かれている様だが。
愛らしい少女二人が御絵描きをしていたシーンです。痛いって・・・余にも辛辣過ぎますね。
正しくは『此は一体何の物語だろうか。』でした。誤字り過ぎぃ!
―然うみたいですわ。本当一時は如何なる事かと思いました・・・。―
L⊝ ▼▲/君の言葉。意外に違和感ないですね。
『ね』と見た目が似ているので結構ギリギリ迄気付きませんでした。一体如何して間違えたんだろう・・・?




