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ヤンデレなんてろくなもんじゃない4

「・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・」


俺と巴は台所の隣の和室で沈黙のまま向かい合っていた。小刻みに時を刻む時計の針だけがただひたすらに空間を支配する。


あの後、どうにか巴を部屋まで連れて行ったはいいが、お互い何を言っていいか分からず今の状況が続いていた。


「あ、あのさ・・・・・・」


歯切れの悪そうに巴が口を開く。


「その・・・・・・えっと、・・・・・・泰希の部屋ってほんと何もないね」


いやそこかよ。確かに俺の部屋は面積の割りに少々こざっぱりとしていて面白みに欠けているのかもしれない。重厚なダークブラウンの座卓にシックな障子が作り出す和モダンな空間・・・・・・などではなく、安っぽい薄茶色のちゃぶ台一つにあとは申し訳程度に壁に丸時計が設置されている質素な部屋だった。極めつけに窓を開ければ、そこに見えるのは枯山水の敷かれた日本庭園・・・・・・でもなく、乱雑に敷かれた荒い石と伸びきった雑草が広がるボロアパート庭園だった。つかせめて雑草ぐらい刈ってくれ大家さん。


「いいんだよ男の一人暮らしなんだから。というか普段はこっちの部屋使わないしな」


この和室とは別に、もう一つ寝室がある。普段はそっちでゲームしたり寝泊まりしているため、この和室はあまり使われることはない。狭い男の塒に女子高生二人を入れるのも些か無粋だと思い、取り敢えずこっちの部屋を選んだ。ちなみに麻里は現在台所で夕食の続きを作っている。


「ところでさ、その・・・・・・白露さんとはそういう関係なの?」巴はようやく決心したのか本題に入る。


「そういう関係がどういう関係なのか知らんが、決して恋人とかそういうのじゃないぞ」


「え、そうなの」


そう言うと、巴はそれまで背負っていた重圧から解放されたかのようにへなっと肩の力をおろした。


「なんだびっくりしたよ。てっきり付き合って同棲とかしてるのかと思ってて」


「同棲はともかく・・・・・・高校生なら別に付き合っててもおかしくないんじゃないか?」


「え・・・・・・いや、・・・・・・ほらっ!二人が付き合ってたら泰希の家で気ままにゲームとか出来ないじゃん」


「別にお前の家でも出来るだろ」


「気安く乙女の家に入ろうだなんて、泰希はやっぱりマナーがなってないね」


「いや、乙女の自覚あったのかお前・・・・・・」


さっきまでの萎縮していた態度が嘘のように巴はいつもの調子で話す。


と、そこに


「ヤス君お待たせ〜。あ、巴さんもどうぞ」


襖をガラッと開け、白露が夕食を運んでくる。メニューは先程作っていたトンカツにほうれん草の白和え、それとカブの漬物だった。


「この漬物、俺の家の冷蔵庫にあったやつですか?」

「うん。賞味期限過ぎちゃうと勿体ないから一緒に出しちゃった」


運び終わると白露は俺の隣に座った。真正面にいる巴はキョロキョロと夕食と麻里を交互に見ていたが、やがて箸を手にとりいただきますをする。俺も両手を合わせていただきますをし、トンカツの切れ端を口に入れる。



サクッ



――ッ!


衣に包まれた旨みの塊が一気に襲いかかる。カリカリとした食感の外側だけでも十分にインパクトはあった。だがそれは伏兵に過ぎなかった。このトンカツの真髄は、中の肉にまでたどり着かなければ決して気付かないだろう。肉汁とともにロース特有の甘味と脂身のコクが、噛むごとに口内、いや、胃の中まで迸る。何より肉の柔らかさがこれらを助長しているのだ。

とびきりの破壊力を持ったトンカツの後に、白和えを口に頬張る。トンカツの旨みが味の控えめな白和えによって受け入れられ、口のなかに安堵の余韻をもたらす。


(何だこの美味さ・・・・・・まさしく犯罪的だ・・・・・・美味すぎる・・・・・・!)


「何これ凄い美味しいよ!」


巴もどうやら同意見のようだ。


「お口に合って良かった〜!ヤス君はどう?」


「ま、まぁ・・・・・・悪くはないかと」


本音を言うと、今すぐにでも弟子入りしたいくらいだった。だが、料理人を目指す人間としての矜恃がその気持ちを邪魔して素直に言えなかった。


「そっか〜、愛情込めて作ったんだけどなぁ」


うぐ・・・・・・そう言われると罪悪感が。


「愛情・・・・・・? ところで白露さん、泰希とは結局どういう関係なの?」


巴は訝しげに首を傾げて話を切り出す。


「ヤス君? ヤス君とは夫婦だよ?」




ブバッ




巴が飲んでいたコーヒーを口から吹き出す。


「夫婦って・・・・・・ええぇ!!?」


「うん、私とヤス君は相思相愛だからね〜」


驚き声を上げる巴に対して、白露は平然と更に地雷を踏んだ発言をする。


「ちょっと待てっ! 俺は――」


「泰希! 酷いよっ! 僕に嘘吐いてたの!?」


俺の言葉を遮る巴の目尻からはうっすらと涙が浮かび上がっていた。


「いや誤解だ! 俺と白露さんは夫婦でも相思相愛でも――」


「ちょっとヤス君! 私と毎日一緒の布団で寝てたのは遊びだったの!?」


ここぞというタイミングで核弾頭をぶっ放す白露。というか一緒に寝てたのはアンタが勝手に入ってきてたからでしょ!?



「一緒に寝てたの!? まさか子作――」


「違うわ!」


どうにか二人を宥めようとするが掛ける言葉が見つからない。状況はまさに四面楚歌の一言だった。あぁ・・・・・・もうどうにでもなれ・・・・・・。



× × ×




「えーと・・・・・・つまり、泰希は白露さんに付きまとわれてるってこと?」


半信半疑にそう口にした巴の表情は狐に摘ままれたような顔をしていた。いや、それも無理はない。クラスの秀才美少女に冴えない男子高校生の俺が付きまとわれてるなんて言われても全く実感など湧かないだろう。

先程、俺はあれこれ言い訳を立てて騒動を一旦は収め、夕食が終わった後に誤解を解こうと巴を隣の台所まで連れてきたのだった。巴はいまいち現実味が持てないのか、台所の壁に凭れ掛かりながらうんうん唸っている。


「突飛な話だからな。その、無理に信じなくていいぞ」


「いや、あんな白露さんの態度見ちゃったら信じざるを得ないでしょ・・・・・・。というか白露さん、学校では気品溢れる優等生って感じなのに泰希の前ではすごいでれでれしてて驚いたよ。ヤス君なんて呼び方してるしさ」


「なんか気づいたらそう呼ばれてたんだよ。ヤスってなんだよどっかの犯人みたいじゃねーか」


誤解が無いように言っておくが、俺の名前の読み方はやすきでもくうきでもなくたいきだ。


「まぁその話は置いといて、結局泰希は白露さんのことどう思ってるの?」


「どうって・・・・・・そりゃあ迷惑だろ。初めはクラスの美少女に話し掛けられてテンション上がったりもしてたけど・・・・・・」


「ふーん・・・・・・そういえばさっき毎日一緒の布団で寝てるとか言ってたよね。それも嬉しかったりするの?」


巴は急に目を濁らせ不機嫌そうに言い放つ。


「だ、だから誤解なんだってっ! 白露さんが勝手に部屋に侵入して入ってきてるだけで俺は別に・・・・・・」


「まぁ何でもいいけど、それよりどうするの? このままのさばらせるわけにもいかないんでしょ?」


「そうだな。どうするか・・・・・・あんま強硬策とかは出たくないんだが」


実際のところ、どうにかするにしても無策に等しかった。とりあえず、せめて寝室には入ってこれないようにドアノブを鍵付きのものに交換したはいいが、彼女によってそれもことごとく破られてしまう。


「特にいいアイデアもないと・・・・・・。ならここは僕の出番のようだね」


御自慢のハンチング帽をクイッと深く被ると、巴はニヤリと怪しげに笑みを浮かべる。その光景だけ見るとクールで賢そうな探偵のようにも見えた。


「いいのか? お前の手を煩わせて」


「大丈夫。それにこういう時に手を貸すのが満腹の友でしょ」


「心腹の友、な」


満腹なのはお前の腹だろ。




× × ×




「あ、ヤス君おかえり」


巴との話が終わり、和室に戻ろうと襖を開けると愛想のいい声が耳に入ってきた。


「それで、巴さんとは何を話してたのかな?」


だが、一転して声に金属のような冷たさが纏わりつく。よく見ると白露の表情もニッコリ笑っているように見えるが、笑うと表現するにはその笑顔は威圧的過ぎた。なんならドドドドドと効果音を付け足してもいいぐらいだ。

たじろぐ俺を尻目に巴は堂々と白露の前に座る。


「聞いたよ白露さん。泰希の家に勝手に侵入したりしてるんだってね」


「侵入? 私はいるべき場所にいるだけだよ?」


「それを侵入って言うんだよ。単刀直入に言うね。泰希が迷惑してるからそれをやめて欲しいんだ。いや、それ以上に今後泰希に近づかないで欲しい」


巴は語勢を強めるとともに、帽子に隠れた瞳から白露を睨めつける。

矛先を向けられた白露はというと巴の睥睨に動じることもなく、指先を組んで不敵に微笑んでいる。あどけない顔から放たれるその笑みとオーラは大魔王と呼ぶに相応しかった。何なら

「今のはメラゾーマではない・・・・・・メラだ」とか言ってきそう。対する巴も、白露の態度に負けるとも劣らない強硬な態度を保っていた。白露が大魔王だとするなら、さしずめこちらはラスボスに毅然と立ち向かう勇者というところか。

場の雰囲気は鉛のように重々しく、思わず息をつくのも躊躇いたくなる程だ。あの・・・・・・人の家でラスボス戦繰り広げるのはやめてくれませんかね。


「ヤス君に近づかないで欲しい、か。巴さんはホントにヤス君が好きなんだねー」


「別に好きとかじゃないよ。僕はあくまで友達として――」


「それ、本当? 私には最後の『近づかないで欲しい』が妙に強調して聞こえたんだけどねー。もしかして最後のところは巴さんが単にそうして欲しいだけなんじゃないのかなー?」


「な!? そ、そんな訳――」


言い掛けたところで巴の口から勢いが無くなる。白露のペースにすっかり乗せられ、その表情は恥辱に堪えていた。どうやら巴に白露の相手は分が悪かったようだ。流石に傍観者に徹してもいられず、フォローしようと俺は口を開こうとする。が、


「・・・・・・だ、だったらこういうのはどうかな。僕と白露さんが勝負して、負けた方が今後泰希に近づかない。それでどう?」


余力を振り絞って巴は奇策を言い放つ。だが、その賭けはあまりにも無謀過ぎるものだった。相手は成績優秀運動抜群の完璧超人。恐らく、並大抵のことでは歯が立たないだろう。


「ふーん・・・・・・勝負して勝った方が今後ヤス君を独占できる権利を得ると。いいよ、受けてあげる」


暫し考えた後に白露は余裕たっぷりに決断をする。ついでに拡大解釈もしてらっしゃる。


かくして二人の少女の思惑が渦巻く熱い勝負の幕が開けるのであった。

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