アスペルギルスの手紙
かつて、この世界を想像した神は6日で世界を作り、1日を休息日にした。
同じように神は7人の人を作り、1人に逸脱させることで、6人が1人を補えるような世界であるよう、1人が6人と力を合わせられるようにと、人を作り上げた。
だが、神の思惑はことごとく裏切られた。
ある集団は6人は逸脱した1人を『欠陥』と呼び、放逐した。
またある集団は、1人の逸脱が600万もの人を『無益有害』として殺しあわせた。
長い歴史の中で同じことは延々と繰り返され、いつしか彼らは『アスペルギルス』と呼ばれるようになる。親しき隣人でもあり、いつ生活に侵食し、猛威をふるうかわからない彼らに付けられた忌み名だ。
ある少年は、アスペルギルスとしていじめられていた。
本当かどうかはわからない。ただ、偉い人が記したアスペルギルスを見つけ出す本に当てはめただけに過ぎない。
テレビではしきりに『アスペルギルスに用心しましょう』『アスペルギルスの特徴はこんな感じ』といい最後にかならず
『思想汚染の危険がありますので絶対に近づかないように』
『アスペルギルスをみんなの手で撲滅しましょう』
こんな、しょうもない警告を発した。
私は、このアスペルギルスの少年を知っている。
彼は殴られ、蹴られ、時にはちり紙のように利用させるだけ利用され、裏切られてもなお笑い続けた。
笑い続けることはアスペルギルスとは別の症状を持つが、彼の持つ独創的かつ斬新なアイデアは、周囲を驚愕させるに十分足りた。だからこそ、人々は彼を利用価値のある産業廃棄物のごとく、嫌いながらも都合のいい時だけ利用した。
私は、彼と何度かあったことがある。
最初――2ヶ月前はただ笑っているだけだと思っていた笑いが『人々に愛されるため』だと知ったのは、あって2週間後に分かった。
殴られても蹴られても人々に手を貸していたのは『人々に自分の能力が役に立つことを知ってもらいたかった』ことを知ったのは、1ヶ月前。
そして、利用されると知りながらも『こうすることでみんなと仲良くすることができる』と知ったのは、つい最近のことだった。
いま、彼は病院の霊安室に居る。
食事の中に混入していた農薬を飲み干したという。彼の信じた人々は『信じて欲しかったら食べてみろ』と唆したのだ。
彼は知っていながら飲み干したに違いない。どれだけ期待が裏切られても、これを越えたら、また次を越えたら信じてもらえると思い続けたのだろう。
だが、もう越えることはできなくなってしまった。
彼の信じていた人達によって殺され、警察も積極的に動こうとしない。仮に罪が出来たとしても初犯に過ぎない若すぎる彼らは、更生を望まれ社会的に許されてしまう。
それがどれだけ恐ろしく、腹立たしく、失望に値するか。
人間を人間とも思わぬ、狂気はアスペルギルスが呼ぶのではない。あなた達が呼び、彼を殺したのだ。
私は、アスペルギルスだ。文面を書けるが、話すことが出来ない。
だから、こうして伝えたい。あなた達がどれほど残酷で救い難く、そして、この地上で最も栄える種族として、これから本当に成すべきことを。
罪は裁かれるべきであり、本当に撲滅すべきは偏見である。
私達はアスペルギルスと称されているが、本当は人間として居たい。だからこそこの名称をあえて使わないように願いたい。
そして、彼らのような一般的な人間。定まった感性を持つ『定型者』ともいえるあなた達も、彼らに手を貸して欲しい。
少しでもいい、1日で変わらないことも1年10年と重ねて変えていく。
それでも治らない時は、別の手を考えるしか無いのかもしれない。
それでも、今は信じたい。人の持つ適応性を。
この地上で最も栄える種族の力を。共に手を取り、より良い未来をつくるために振るわせて欲しい。