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死亡フラグクラッシャー、ジョニー!

作者: 文太

「クリス!」

駅のホームにいた彼の耳に届いたその声はある意味、この場で最も聞きたくない声だった。だが、その声を聞いて無反応を突き通せるほど、彼の心は強くなかった。

「アンジェラ……」

自分を呼んだその愛しい人の名前をつぶやいて彼は振り返った。見慣れた幼馴染の見慣れぬ泣きそうな表情が目に入る。

「どうして、何も言わずに行こうとするのよ!」

決まってる。君にあったら何もかも捨てて逃げ出したくなってしまうからだ。ただ彼はその答えは言わずにただ一言、ごめん、と謝った。

「本当に……戦争に行くのね」

既に軍服となった自分を見回し、アンジェラは震える声で呟いた。いつも勝ち気に笑い、がき大将も張り飛ばしてきた彼女には似合わない声だった。

「うん」

「なんでよ! いつも泣き虫で、おどおどしてたあんたが、戦場なんか行ってどうするのよ! 役立たずなだけじゃない!」

クリスは困ったように笑った。そのとおりだ。いつも自分はこの一つ年上の幼馴染に頼って、助けられて、守られて、生きてきた。でももう自分も十八の男だ。そろそろ役割を交代したって良い頃だろう。

「守りたいからだよ。アンジェラが住んでる、この街を」

「バカ……クリスの癖にかっこつけて……似合わないわよ……」

とうとうアンジェラは堪えきれずに泣き出してしまった。クリスは少し膝を曲げて視線をあわせる。幼い頃見上げていた彼女よりいつのまにか自分は大きくなった。

「ごめん。でもこれからはそういうのが似合う男になるよう頑張るよ」

「……絶対に帰ってくるのよ……良いわね!」

「うん、わかったよ」

汽車がやって来た。もう出発の時間なのだ。

 クリスはそっとアンジェラの頬を流れる涙を拭った。

「絶対に、絶対に帰ってくるよ、アンジェラ」

そして、その時こそ、自分の思いを伝えよう。

「ええ、待ってるわ。嘘ついたら承知しないわよ」

クリスは電車に乗り込んだ。

「約束は守りなさいよ! 破ったらあんだが六つになっても寝小便してたの、街中にばらしてやるから!」

おいかけるように彼女は声が響く。そんな大声で言われてはもうばらされたも同然だが、クリスは努めて気弱な声を出した。

「ええ! それはひどいよ! 誰にも言わないって約束したじゃない!」

そういうと彼女は久々に笑ってみせた。

「いってらっしゃい、クリス!」

「ああ、いってくるよ、アンジェラ!」

窓から身を乗り出し、クリスはアンジェラの姿が豆粒のように小さくなっても手を振り続けた。







(夢か……)

狭い塹壕の中でクリスは目を覚ました。周りを見渡すと同じ様に不自然な体勢で眠りこけている味方の兵士がいた。ここ数日でだいぶ数が少なくなった気がする。

「起きたか、クリス」

「隊長……」

どろだらけの顔がクリスに話しかけた。自分もきっと同じ様な顔をしているのだろう。だが隊長の顔は焦燥の色がそこに加わわって、より凄惨な表情となっていた。呻くように彼は言った。

「悪いニュースだ。俺達の部隊はこの陣地の撤退は認められなかった」

「そう……ですか」

驚きはない。撤退できるならとっくにしているだろう。今まだここにいるとはそういうことだ。

「援軍として一個中隊が来るらしいが、到着は一週間後だ。それまでは俺達だけでこの場を凌ぎきろとのご命令だ」

客観的に言って、その命令を遂行するは非常に困難と思われた。敵軍との物量差は圧倒的で兵士の数は当初の半分程度になってしまっている。それに一個中隊がきたところで、その程度では焼け石に水だろう。特にここ数日。戦闘は激しさを増していた。

「死ぬなよ、クリス」

「死にませんよ」

だがそれでも、強がりでもなんでもなく、クリスは笑ってみせた。

「帰らないとひどい目に合うんです。帰ってこなかったら幼馴染に子供の頃の秘密を街中にばら撒かれるって脅されてるんで」

「ははは、そりゃぜひとも帰らなきゃな」

隊長はひとしきり豪快に笑った後ににやっと唇を釣り上げた。

「その幼馴染って、女か?」

「え? ええ」

頷いてクリスは胸元からペンダントを取り出した。指先で操作するとかちりとペンダントの正面が開いてアンジェラの写真が現れた。ここにくる半年ほど前にとったもので、ペンダントの中からアンジェラはこちらに得意満面の笑みを見せていた。彼女の卒業式の後のパーティの時に撮ったものだ。

「俺、決めてるんです。この戦争が終わったら彼女に結婚を………」


「それ以上、言ってはいけなーーーーい!!!!!」


唐突に後頭部に衝撃が走った。そのまま、前につんのめるように転がる。ガン! と派手な音がした。

 慌てて顔を上げると目の前で隊長が気絶していた。自分のかぶっていたヘルメットに顔面に打ち付けてしまったらしい。

「た、隊長!!」

慌てて助け起こして脈をとる。とりあえず、命に別状はないことを確認すると後頭部の衝撃の正体を見定めるべく、後ろを振り返った。

「クリス! 『 この戦争が終わったら彼女に結婚を申し込むつもりなんです』などという事は決してい言ってはいけない! そんなことを言ったら死んでしまうぞ !!」

「だ、誰だ!? 所属部隊を明かせ!」

小銃を構えて振り向いた先には一人の男がいた。一目見てゲルマン系とわかる顔立ちをしている。肩にかかる程度に金髪を伸ばし、青い眼光がこちらを捉えていた。表情は怒ることも笑うこともなく淡々としていて頬には少しばかり無精髭が生えていた。そしてあごがふたつに割れている。

 年は自分より少し上だろうか。身長は180センチ前後で自分より少し大きいくらいだがどこかカリスマじみたオーラを醸し出していた。

 しかし異様だったのはその服だった。おろしたてのように真っ白なズボンにピンクのシャツ。とても戦場にいる人間の格好とは思えない。シャツの袖や襟にはひらひらとした装飾があり、まるで劇場のダンサーのようだった。しかも、不可解なことにこの場にあって彼の衣服には血はおろかドロ一つついていない。

「所属部隊などという野暮なものは無いが名を聞かれたのならば答えよう。僕の名前はジョニー。人は僕をジョニー・ザ・ビューティフル、あるいはジョニー・ザ・マーベラスと呼ぶ」

「はあ……」

ジョニーと名載るその男は話すたびに何故か、ミュージカルの役者のようにポーズをいちいち決めた。クリスの小銃は未だ、彼の手にあり、こちらが引き金を引けばあっさり死んでしまうだろうがそれを気にした様子もない。

「しかし、今は僕の事などどうでもいい。それよりも君の事だ」

「前線基地に出没した不信人物をどうでもいいで片付けるわけにはいかないんだけど……」

だが、クリスのそのつぶやきをジョニーはいっそ爽やかと言って良いほどに無視した。

「君は先程言いかけたね! 『 この戦争が終わったら彼女に結婚を申し込むつもりなんです』と! いけないぞ! それは因果律的に考えて非常に危険な行為だ!」

「い、いんがりつ……?」

「とにかくだ! 僕はそんな君の運命を救うためにやってきたのだ! 黙って僕の言う事に従いたまえ」

そう言って、ジョニーは懐から黒い箱型の機械を取り出した。無線機だろうか。

「な、なんですか、これ?」

「携帯電話という。まあ、少し改造してあるが危険はない。今からこれでアンジェラと話すのだ」

言うが早いかピポパとボタンをおすとその機械を耳に当てた。

「やあ、アンジェラかい? 僕だよ、ジョニーだ。ははは、久しぶりだね。うん、今からクリスに代わるよ。ちょっと待ってくれたまえ」

そう言って、ジョニー通話口らしき場所を押さえたまま、こちらにその機械を渡してきた。

「さあ、話せ」

「ちょ、ちょっと待ってよ」

展開の早さにクリスはついていけなかった。しかし、混乱しながらも、どうも先程のセリフを言ってはいけないらしいということはわかった。となると、まさかこの場で結婚を申し込めということなのだろうか。

 クリスは男の言うことをそのように理解し、その上ではっきりと言った。

「ジョニー、悪いけどそれはできない。僕はこの戦場で死ぬかもしれないんだ。もちろん、そんなつもりはないけど、絶対ないだなんて言い切れない。もし、彼女がこの場で僕のことを受け入れてくれたとしても、僕が死んでしまったら彼女に、無用な戒めをあたえることになってしまう」

しかし、ジョニーはそのクリスの言葉に首を振ってみせた。

「大丈夫だ。心配はいらない」

その自信満々な態度に動かされて、クリスは機械を受け取った。さきほどジョニーがやっていたように受話器とおぼしき場所に耳を当てる。

「も、もしもし……」

「クリス!? クリスなのね!」

受話器から聞こえてきた声はまぎれもなくアンジェラの声だった。その声を聞くだけでクリスの眼から涙が溢れた。そして理解してしまった。ああ、自分はこの人のことがこんなに好きだったのだと。

「ア、アンジェラなのかい、本当に……」

クリスにとってこの瞬間、もはやこの男が敵だろうが悪魔だろうが何でも良かった。こうしてアンジェラの声が再び聞かせてくれただけで、十分だった。

「良かった。心配してたのよ。あなたったら手紙一つ寄越さないんだの」

「うん、ごめんよ、アンジェラ……」

「どうしたのよ、元気無いけど、まさか怪我してるの?」

「違う、違うんだ……」

「本当? でも大丈夫なの。戦況は芳しくないって新聞でも言ってるわ。三食ちゃんと食べれてる? 上官とか先輩に虐められたりしてない?」

「うん。ちゃんと食べれてるし、周りもいい人達だよ」

話す内容は男女のそれと言うよりは年の離れた姉弟か、親子のそれに近いものだった。でもクリスにとってはそれがどうしようもなく昔を思い出させて、幸せな気分にさせられた。

 視線を前にもどすtと、ジョニーが満足気にうなずいてた。ひょっとしたらこの奇妙な男は天使が何かかもしれない。クリスは深呼吸をすると自分の気持ちを伝えるべく、口を開いた。

「あのね、アンジェラ、僕………」

「あ、ごめん、ちょっと待ってくれる?」

「え? う、うん……」

なんだかタイミングがひどく不格好になってしまったが、それでさえ、高揚したクリスには彼女と自分らしいかもしれないと思えた。指輪一つ、花一輪用意できていないプロポーズなんて、と怒られるだろうか。少し心配しながらクリスはアンジェラが電話に出るのを待った。

 耳を澄ますと電話の向こうで誰かとしゃべっているのか小さく彼女の声が聞こえる。好奇心からクリスはその声に耳を傾けた。





























「あん、もう、ボビーったら、今電話中だから、ダメ……ひうっ! ちょ、ちょっと、そこは、あん!……ば、馬鹿、我慢できないって、そんな、んんっ……」





























 …………………………………………………………………おい、ボビーって誰だ?

「君はどうもこの場で彼女に結婚を申し込めばいいと勘違いしていたようだが……」

呆然とするクリスにジョニーは淡々と話しかけた。

「それでは『 この戦争が終わったら彼女に結婚を申し込むつもりなんです』が『この戦争が終わったら結婚式をあげるんです』に変わるだけだ。因果律は修正されず、君はやはり死んでしまう」

電話の受話器からは粘っこい水音が響いていた。それは、気づく前は周りにあるどんな音よりも小さな音だったくせに一度、気づいてしまえば、何よりも大きくクリスの鼓膜に響いた。

「というわけでアンジェラ嬢にはイケメン高収入で家柄もバッチシの男性を紹介しておいた。ちなみにこれは僕の個人的意見だが、彼女にとって君は可愛い弟でしかなく、異性とはみられてなかったようだね」

そう言って、ジョニーはクリスに一枚の写真を手渡した。それにはアンジェラと見たこともない別の男が写っている。これがボビーなんだろうか………

「安心したまえ。ボビーは身元もきっちりしてるし、親戚にも犯罪者はいない。性格も真面目で紳士的な人間だ」

ジョニーが何か言ってくるが、クリスにとってはそんなことはもうどうでもよかった。

「ク、クリス……」

「アンジェラ!?」

ようやく、受話器からアンジェラの弱々しい声が聞こえてきた。

「ご、ごめんね、はぁんっ! また、あうっ! か、かけなおすから……」

「あ、うん」

自分でもびっくりするほど冷静な声が出た。

「それじゃ、ひうっ! お仕事、んんっ! 頑張ってね……」

ちん、と電話が切れた。








 どれくらい、自分はそのままだったのだろう。気づけば、あのジョニーという男も手に持っていた謎の機械も無くなっていた。たちの悪い夢かとも思ったが、あいにく、渡された写真だけはきちんと彼の手元に残っていた。

「おい、クリス!? ぼーっとしてしてる場合じゃないぞ! 敵が攻めてきた!」

いつの間にか隊長が復活し、そう声をかけてきた。ふらりと前方を見ると何百人という敵兵がこちらに突撃してくる。同時に砲弾が雨あられとふってきた。

「全員銃を構えて伏せろ! おい、クリス! 聞いてるのか!」

「………てやる」

「うん?」

「絶対に、幸せになってやるーーー!!!」

クリスは絶叫すると降りしきる砲弾を無視して塹壕から身を乗り出すと小銃を乱射し始めた。他の隊員はその様子をあぜんとして見つめている。

「た、隊長……クリスのやつ、なんかあったんですか?」

「わからん……」







 北風が吹きすさぶ岬でジョニーは夕日を眺めていた。

「ふっ、また今日も悲劇を一つ、回避してしまった」

満足気に彼は呟くと、ふわさっと髪をかきあげる。彼の黄金の頭髪は太陽の光をあびてきらきらと光った。

「さて、と。次はK88372次元の座標DXBか」

それだけ言うと、彼は突如、崖から飛び出し、中空に身を躍らせた。

「さあ、休む暇はないぞ、ジョニー! 世界にはまだまだ回避できる悲劇があるのだから!!」

 彼の名は死亡フラグクラッシャー、ジョニー。全ての悲劇的運命と戦う男にして別の悲劇を生み出していることに割と無自覚な男である。

淡い恋の思い出もクラッシュ!


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― 新着の感想 ―
[良い点] 予想外の展開でしたw クリス君には幸せを掴んでもらいたいですね
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