永遠の謎
母は何故、父と結婚したのだろう。
海桜はずっと疑問だった。
若い時から変わらずに可憐な母を、父はとても愛していたが母が同じように父を愛していたとは思えなかった。
伯父に何度も尋ねたことがある。
どうして母は父を選んだのか、と。
伯父は苦笑しながら答えた。
お前の父を得ることで得られるものが大きかったのだと。
幼い時はわからなかったが、海桜も成長して家業を手伝うようになって理解した。
母は家に、父の会社を入れたのだ。
当時父の会社が持つ、いくつかの特許を母は狙ったのだ。
祖父も伯父も家の病院の経営に手を出す気がなかったそうで、母は幼い時からずっと1人で担ってきたらしい。
そんな母を今なお敬愛している伯母は、海桜が祖父の跡を継げるまでの中継ぎだと言い切っている。
海桜には院長になる気は全くなかったが、体の弱い上の弟にやらせるのは酷だと思い、医者になった。
その決断は間違ってなかったと海桜は思う。
年子の弟は肉体労働よりもデスクワークが性にあっていた。
母は早くから誠一に事務仕事を叩きこんでいた。
自分の命がもう永くないとわかっていたのだろう。
出張にも度々同行させていた。
「姉さん、ちょっといい?」
「どうしたの、誠」
「ちょっとね」
「院長室でいい?」
もちろんとうなずく弟を追いかけ並んで歩く。
院長室までたどり着くと、早々に話を切り出す。
「梨湖のことなんだけど」
「まだ落ち込んでるの?」
仕事が忙しいという言い訳で病院で働く家族はほとんど邸へ帰っていない。
といっても祖父も伯父伯母も海桜も邸や家族、使用人達を大切に思っている。
実際医者というのはそれだけ忙しいのだ。
「うん。梨湖は本気で平林が好きだったからね」
平林―――――母の側近で遺言として末妹、梨湖の養育を任された男。
いかつい顔立ちで、海桜は幼い頃はなかなか馴染めなかった。
だが、母は平林を信頼していたし、弟たちはすぐになついていた。
どこか陰のある平林に表情を与えていたのは母だけだった。
梨湖でも埋められなかった彼の心。
「あれだけ父様や伯父様がいってたのにね。平林はいつだって母様しか見ていなかったわ」
「仕方ないよ、姉さん。梨湖は母さんが生きてた時の平林を知らないんだから」
「そうね。誠、梨湖のことお願いね。私はなかなか会えないし、頼ももうずっと側にいてあげるのは難しいから」
「分かってるよ、姉さん」
頷く弟に海桜ははっとした。
誠一は時々、母によく似た表情を浮かべる。
「なんでだろうね、姉さん」
「何?」
「僕は母さんは平林を好きだったと思うんだ。それなのになんで父さんだったんだろ」
「父様の会社が欲しかったんだろうって伯父様は仰ってたわ」
「本当にそれが理由だと思うの?姉さんは」
「わからないわ」
そう、わからないのだ。誰にも。