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古狸の道具屋 / An old timer

 境外勇人(けいがいゆうと)は、今は亡き蓮ばあさんのアパートの二階に住むフリーターという設定である。数年前に道端で行き倒れていたところを、ばあさんに拾われたという経緯を持っている。


 須弥(すみ)の姿を認めて一瞬動きを止めたものの、彼はそのまま客間へと入ってきた。須弥の右側にあぐらをかいて座り、頬杖をついて彼女の方を見る。


「なんだ、須弥もこっちに来てたのか」

「家主に挨拶は無しかいな」

「声はかけただろ。茶が欲しけりゃ自分でやるから、気にしなくていいぜ」

「誰が出すかい」


 座布団に座り直して呆れたように呟く(かがり)と、勝手知ったる我が家のように振る舞う勇人を交互に見て、須弥はどちらへともなく問いかける。


「知り合いなの? です?」

「ああ。ここでバイトしてる。こいつ免許もってねえから、代わりに運転してんだよ」

「こんなんでも同じ惑星(さと)の生まれやし、野垂れ死にされるのも寝覚めが悪いですからな」


 なるほど、と須弥は頷いた。その後すぐ、彼女の顔に疑念が浮かぶ。


「ちゃんと働いて稼いでるなら、ばあちゃんに家賃の支払い待つように頼んでたのはどーゆーこと?」

「こいつの払いが悪いんだよ。放っとくとすぐ遅れるし、あちこちふらふらしやがるし」

「何言うてますか、余裕が無いのは自業自得やないの。恒星間(ステラ)レースの艇券(チケット)に幾ら使ったんか知らんけど」

「……」


 明後日の方を向いて口笛を吹き始めた勇人に追求することはせず、須弥は疑問を口にする。


「まあ、いいけど。何か急ぎの用だったんじゃ?」

「あー、それはそうなんだけどな。こっちは須弥の用事が済んでからでも」

「今しがた、相談役の話をしてたところやさかい。一緒に聞いてもろてもええんやないの」


 篝の言葉を聞いて、勇人は複雑そうな表情で須弥に向き直った。


「須弥が相談役を継ぐってんなら、アパートの連中も喜ぶとは思うけど……ホントにやるのか?」

「んー。ひとまずお試し期間で、ってのはアリなのかな。ばあちゃんが何やってたのか気になるし、ちょっと面白そうだし」

「まあ、いいんとちゃいますか」


 篝は腕を組んで頷きつつ、「駄目なら記憶をちょいと弄れば済むことやし」と小声で付け足した。

 勇人は眉をひそめながらも無言だった。秘密保持のためには、どうしても記憶操作が必要な場合がある。彼もそれは理解しているから、口を挟むことはない。

 表情を戻し、膝を進めて彼女の隣へと移動した勇人は、「じゃあ、こっちの話だな」と切り出した。


         †


 銀河連邦の偉い専門家によれば、地球文明は自力で星間文明に成長するための一歩を踏み出せるかどうかの岐路に立っているらしい。そして、その可能性を外的要因によって潰してしまわないように、太陽系は現在、保護監視下に置かれている。


 とはいえ、太陽系への立ち入りが完全に禁止されているわけではない。木星の衛星軌道上には大型の中継基地が存在しているし、地球上にも調査や監視、観光などを目的としてやってきた連中が少なからず生活している。

 当然、地球文明に対する干渉を避けるため、そこには様々な制約が設けられている。例えば、持ち込んだ物は必ず持ち帰ること。超越技術(オーバーテクノロジー)の存在を明らかにしないこと。

 それが破られる恐れがある場合には、連邦の保安官が動員されたり、付近の住人に協力が要請されたりするのだが。


「……人形(ドロイド)を放棄して地元に帰ったって、困った奴もいたもんや」

「気付かれないと思ってたっつー話だけど」


 篝と勇人が話題にしているドロイドとは、擬体に定着することで肉体を得た精神生命体の俗称である。連邦の保護下にある後進文明においては基本的に、技術が漏洩しないように監視役がつき、単独行動を制限されている。

 しかしどうやら、監視役だけが地球を去ってしまった、という状況らしかった。


「ほんまかいな。出入りはきっちり監視してるっちゅーのは常識やのに」

「代わりに猫を乗せて、質量を誤魔化したんだってよ」


 ずず、と茶を啜ってから、篝は疑問を口にする。


「ははあ、猫型の擬体でしたか」

「いや、人型らしい。猫二匹に、猫缶と猫砂も併せて釣り合わせたんだと」

「そらまた、えらい猫好きですな」


 呆れたような調子の会話を半分聞き流しながら、須弥はお茶菓子に手を伸ばす。聞き流さなかった残り半分についても、彼女が理解しているかどうかは怪しい状況だった。


「半月前に地球(ココ)を離れて、この件が発覚したのが一週間前。当人と猫は身柄が確保されてるからいいとして、問題は人形の方な。一年以上前から自由に行動させてたみたいで、現状どうなってるかさっぱりわからない。動力炉の反応からして、まだこの辺りにいるんじゃねえかって話になってる」

「一年やそこらで停まったりはせんからねえ。外見の情報とかは?」

「とりあえず、こっちに来た時の記録を元にした画像は手に入れた」


 ジャケットの内側から取り出された一枚の写真を机に乗せると、篝と須弥はそれを覗き込んだ。

 長く伸びた金髪に青い瞳。中性的な整った顔立ち。白いシャツを着た無表情な若者の上半身が映し出されている。


「十代後半から二十代前半の人型で、使用人として使ってたらしい。西側の商店街の近くに住んでたみたいだな」

「金髪は目立ちそうなもんやけど……敬遠されるのが逆にええんかもしれんね」

「良く分からなかったんだけど、この人がどうかしたの?」


 首を傾げつつ、須弥は横から口を挟む。

 篝と勇人は顔を見合わせ、どう説明したものかと考え込んだ。


「あー、そうだな……簡単に言えば、家出娘って感じか。なんとか探し出して早めに親元に送り返してやらないと、困ったことになるんだ」

「困ったこと?」

「黒づくめのこわーい人たちが来ましてな、怪しいのを誰彼かまわず連れて行くんですわ」

「うちの連中は脛に傷のある奴が多いから、あんまり関わりたくねえんだよ」

「使用人ひとりに、何だか物騒な話のような」


 須弥の表情は芳しくない。強面ヤクザに追い回される金髪女性を想像しているのかもしれない。


「プリシオン結晶炉にブルーゴールドに、まあとにかく重要秘匿技術(トップシークレット)の塊ですからな。上の連中が慌てるのも無理ないですわ」

「そう簡単にボロは出さないだろうけど、うっかりどこかの研究機関に気付かれでもしたら大変だしな」

企業秘密(トップシークレット)に、研究機関……?」


 脳内の想像が現実に即しているかどうかはさておいて、須弥は人差し指を額に当てて考え込み始めた。


「大丈夫でっか」

「つーか、ちゃんと伝わってるか?」

「んー」


 男ふたりの問いかけに軽く頷くと顔を上げ、真剣な表情を崩さずに口を開く。


「とりあえず、その人を探し出して保護しないといけない、と」

「そうだな」

「それから、悪い奴らを追い払って平穏な生活を取り戻してあげないと」

「いやいやいや、追い払うって何言うてますの」

「でも、困ってる人がいるなら助けなきゃ」


 右手を握り締め、決意を高らかに表明する彼女に対して、慌てて篝が突っ込みを入れる。


「マスター不在の人形は、送還する決まりになっとるんですわ。一応の猶予期間はありますけどな」

「そのマスターって何です?」


 須弥の疑問に、篝は腕を組んで思案する。


「あー、日本語で何て言うんやったか。保護者っちゅーか、後見人みたいな感じですかな」

「勇人とか篝さんとかは後見人になれないんですか」

「俺は無理だな。審査のためにエウロパに行ったら多分戻って来れねえ」

「私も多分、審査は通らないでしょうねえ」


 勇人は両手を広げて肩をすくめ、篝は首を少し傾けて自嘲する。

 そうですか、と残念そうに呟いた須弥は、手を伸ばして写真を拾い上げた。


「この写真って、貰ってもいいの?」

「部屋に戻れば渡せるけど、今はそれ一枚しか無いぞ」

「そっか、じゃあ撮っとく」


 鞄から携帯電話を取り出して撮影機能(カメラ)を起動したところで、またも篝が言葉を挟んでくる。


「やや、須弥さんにそんな張り切って貰ても。これ相談役の仕事とちゃいますし」

「大丈夫ですよ。今日からゴールデンウィークだし、ばあちゃんの葬式で課題の期限延びてるんです」

「そうは言ってもよ。今んとこ他に情報きてねえから、探す当てなんて無いぞ」

「んー、まあ、その辺はなんとか、どうにか。何にしても、黒服の人とか白衣の人とかより先に見つけなきゃだし」


 篝と勇人は顔を見合わせ、小声で言葉を交わす。


「わかってるようでわかってないこの感じ。蓮さんの若い頃にそっくりやないの」

「昔のことは知らんけど、どーするよ、カカ=リ。放っとくと何するかわかんねえぞ」

「そんなすぐにどうにかなったりはせんでしょうけど……発覚して一週間となるとそろそろ保安官が来そうやし、しばらく見といてもらえます?」

「そうだな、仕方ねえ」


 会話を終えた篝の視線が、須弥の携帯電話からぶらさがっている根付へと向けられる。


「あんさんも、しっかり守ったってくださいよ」


 元よりそのつもりであるからして、鈴を鳴らして了承しておこう。


         †


 須弥が『かがりや』を出る頃には太陽はすっかり昇り切っており、辺りは四月の末とは思えない陽気に包まれていた。

 木陰で友人へのメールを送信し、携帯電話から顔を上げた須弥に対して、勇人が声をかける。


「昼飯まだ食ってないなら、今日は奢るぜ」

「大丈夫なの? 家賃払ってギリギリとか言ってなかったっけ?」

連邦通貨(クレジット)が使える店があるんだよ。そっちには余裕あるから」

借金(クレジット)? バイトなのにカード持ってるんだ」


 何言ってんだこいつ、という表情をお互いに向ける。どう伝えたものかと悩みつつ、勇人は口を開いた。


「いや、カードじゃねえんだけど……やっぱ蓮さんの孫だな」

「でも何でまた、いきなり奢りとか言い出したの?」


 溜め息をつく勇人を不思議そうに見つつ、須弥は首を傾げる。

 今の会話における多少の食い違いを、彼女は気にしない。何事も直感で理解するタイプであり、つまりは適当なのである。


 勇人は首を振って気を取り直す。


「ばあさんの弔いっつーか、相談役の就任祝いっつーか。須弥は酒飲めるんだっけか」

「ぼちぼちだけど。昼間から飲むつもりなんだ」

「ま、それはそれとしてさ。仮でも相談役やるんなら、『横丁』の管理人に会わせときたいしな」

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