第二話-一番下の妹-
「お兄ちゃ…あ、今は弟だった。りょ、りょう…。」
一番下の妹である冷菜にも呼び捨てにされる始末である。
これはもうだめかもしれん。
歳は…13だったかな?中学校2年生だ。
冷菜は穏やかな性格で争い事を好まない。
そのため、唯一武道を親から習おうとしない兄妹だ。
体つきも細くて華奢である。
だが、父さん曰く「冷菜が一番センスがある。」との事。
本人は望まないだろうけどな。
どちらかというと引きこもりがちで、いつも何か考え事をしているらしい。
普段は静かなんだが、テンションが上がると急に饒舌になる。
だが、勢いがありすぎて正直何を言っているかわからない。
本人も途中で何を言っているのか分からなくなってしまい急に静かになってしまう。
話せばわかる妹なので一つ下の華琳より素直でとてもか弱い妹である。
守ってしまいたくなる系妹筆頭だ。
そして、ここからが重要だ。
冷菜も父さんと母さんの遺伝子を受け継いだのか、現在中学校2年生の時点で身長171cm。
一つ歳の下の華琳を上回る成長率である。
つくづく本当に遺伝ってあるだと思わせる妹達である。
「なんだ?」
「この数学の問題教えて…?」
「ああ、いいぜ。冷菜は最近調子―――」
と、問題集を受け取りパラパラと捲っていると、
ヒュッ、ザクッ。
「ど、う、だ…。」
今、顔の左を高速で何かが飛んで行ったんだが…何かな?
飛んできたものの軌道を目で追って見ると…そこには壁に突き刺さったフォークが!
「え、これってどういう…」
戸惑いながらも聞き返してみる。
冷菜は壁に刺さったフォークを抜きながら言う。
「お兄…あ、りょうだった。りょう、お姉ちゃんを呼び捨てにしたらだめ…だよ?」
まるで小さな子供を諭すかのようなゆったりとした口調。
「冷菜、あれは華琳が決めたことで別に華琳がいないところでは守る必要は―――」
冷菜はフォークを持ちながら素敵な笑顔で問いかける。
「りょう、お姉ちゃん達を呼び捨てにしたらだめだよ?」
な、なんだ。今までこんな冷菜は見たことない。
それと有無を言わせぬプレッシャーを感じる。
そう、これはまるで「新しい弟が出来てついやっちゃった。うふふ。」みたいな雰囲気だ。
「わかった?りょう?」
そして、どちらが上かを決めに来てやがる。
こ、ここで負けたら確実に俺は兄の地位を失う…!
「お、落ち着くんだ。話せばわかる。そうだろ?そういう子だったはずだ!」
ゆっくりとだが、確実にフォークを持った冷菜は近づいてくる。
俺はできるだけ距離を取ろうと冷菜が近づいてくる分だけ後ろに下がっていった。
だが、限界はある。そのうち壁に背中が付き追いつめられてしまう。
「ふふふ、りょーうー?」
冷菜はすっと自然に抱き着いてきた。
あまりにも自然な動きだったので反射的に避けることができなかった。
そして…俺の喉元にフォークと軽く突き付ける…!
「ひぃっ!」
俺がとても情けない様に見えるだろうが、考えてほしい。
相手は自分よりも身長が10cm以上高く、なおかつ何を考えているかわからない。
今までとは全く違った行動を取っている。
さらに、喉元に凶器とまでいかなくても十分危険なものを突き付けられている。
これで平然としているやつは単に頭がおかしいか、覚悟を決めたやつだ。
喉元にフォークを突き付けられて動けない状態の俺に冷菜は顔を俺の目前にまで近づけ俺の目を覗き込んでくる。
冷菜の綺麗な黒目がこっちをずっと見続けている。
俺はまるで蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れない。
「…ふふ…冗談…だよ?」
「えっ…。」
しばらくすると冷菜はフォークを喉元から下げ、笑いかける。
「いきなりお姉ちゃんって呼べるとは思ってないよ?でも、そのうち呼んでもらうからね…りょう?」
「…はい。」
俺は放心状態でへたり込むしかなかった。
「あ、あとで問題集間違ってるところ部屋まで教えに来て…ね?」
そういうと冷菜はとてとてと部屋へ戻っていった。
「うむ、冷菜も弟が出来て嬉しいんだろうな。あんなにお転婆するなんてな。」
「そうね~。いつになくはしゃいでたわね~。」
あれははしゃいでいたの部類に入らないだろう…。
喉にフォーク突き付けられたぞ。
というか俺の思ってた冷菜と違う。全く違う。
穏やかで争いごとを避ける性格どこ行った。
あ、あれが本当の冷菜なのか…。
女子中学生が放ってはいけないプレッシャー出してたんだが。
そんなことを思いながらも、いつまでもこんなところでへたり込んだりはできない。
さっさと添削して問題集持っていくか。
もしかしたら、いつも通りの冷菜に戻っている可能性があるかもしれないしな。
問題集の添削を終えて妹達の部屋をノックする。
「はーい。お、…りょう…でしょ?入ってもいい…よ?」
華琳と冷菜は一緒の部屋で寝ている。
まぁ、基本的に華琳は部活で忙しいので外出中だ。
大体は冷菜が部屋の中で何かしている。何かというのはいろいろである。
冷菜はあれで何にでも興味があり、何にでも興味がすぐなくなる。
だから、していることはまちまちである。
ガチャリとドアノブを回し中へ入る。
「添削終わったぜ。」
机の上で本を読んでいる冷菜に添削をしたページを開けながら渡す。
「ありがと…。」
「間違ったところが2個。どちらも凡ミス。符号を変えるのを忘れていた。以後気を付けるように。」
「うん。」
冷菜は問題集を見ながら首を縦に振る。
「他にわからない事あるか?」
「ううん。」
冷菜はこっちを見ながら首を横に振る。
今のところいつもの冷菜と変わりはないようだ。
やはりさっきのは父さんや母さんが言うとおりはしゃぎ過ぎたのか…。
頭の中で考えを巡らせていると、いつの間にか冷菜がこっちを見ている。
「うん?どうした。まだ何かあるか?」
俺が冷菜に問いかけると、冷菜は立ち上がりベッドへ座る。
そして、左手でベッドをパンパンと叩く。どうやら、座れということらしい。
俺は促される通りにベッドへと腰かける。
「どうした?」
「…。」
聞いてみるが、こっちを見るだけで何も言わない。
「うーん。言わないと分からないぞ?」
「…りょう。」
冷菜が小さく口を開ける。
「ん?」
「お姉ちゃんって…呼んで?」
「…。」
よ、呼んでもいいかもしれない…こ、これは呼んだ方が正解なのでは…だ、だがいいのか俺、それでいいのか?一時的なこのよくわからない背徳的な何かにに負けて俺は妹をお姉ちゃんと呼んでしまうのか…。
「ね?呼んで?」
「…いや、それは流石に…。」
そう、流石にないよな。うん。ないない…。ないはず…いやでも、ありか…。
「大丈夫…だよ?今は弟なんだから、むしろお姉ちゃんって呼ぶのが当たり前…なんだよ?」
「えっ…あぅ…。」
え、でも、この呼んでみたい気持ちなんだろう…妹をお姉ちゃん…身長俺よりでかいし…傍から見ても違和感ないし、もう弟でいいような気がしてきた…。
「ね?二人きりの時だけでいいから…、お姉ちゃんって呼んでみよ?」
二人きりの時だけなら誰も見てないし…呼んでも大丈夫…だな!
そう、二人きりの時だけだ!何もやましいことはない!そう!健全だ!
「よ、呼べばいいんだろ!…お、お姉ちゃん!」
へっ!呼んでやったぜ!別に二人しかいないから大丈夫だな!問題ない!
「うーん。及第点?」
冷菜は右手の人差し指を唇に当て、何もない空中に喋っている。
きっと、独り言だろう。冷菜はよくそういう風に誰とでもなく喋っている。
頭の中のもう一人の自分にでも喋っているのだろう。
そのまま冷菜はぶつぶつと喋り続けている。
さっき聞いた言葉からあとは小さすぎて聞こえない。
「…冷菜、お兄ちゃんは部屋に戻るな。」
俺が冷菜に気付かれないように小さく呟き、ベッドから腰を上げる。
考え事をしている冷菜は気付かないようだ。
そのまま、なるべく自然に、流れるように冷菜の前を通り抜けドアを出ればオーケーだ。
冷菜の前を流れる水のごとく通り過ぎようとすると、
「…ん。」
口に当てていた方の手を素早く動かし俺の腕をしっかりと掴む。
「…あれ?りょうどっかいくの?」
気付かれたか…、意識はどこかに言っていても体は自然に動くんだよなこいつ。
まるで、目に入ったハエを食べてしまう蛙のような素早さだ。
「ああ、部屋に戻ろうかと思ってな。添削は終わったし、冷菜の邪魔してもいけないしな。」
まあ、添削が終わればここに長居する必要はないしな。
あまり入り浸っていると華琳が帰ってきたとき怒るからな。
それに…こう、なんていうんだ。この部屋は女の子特有のにおいがする。
正直、安心できない。気持ちがそわそわしてしまう。
「…りょう…二人の時はお姉ちゃんって呼んで…ね?」
なんというか、こいつも諦めないというか。なんというか。
何故、こんなにもうちの妹達は俺を年下扱いしたいのだろうか。
本当にただ、年下が欲しかったからだけなのだろうか?
…こればっかりは俺が考えても仕方のないことだな。
こいつらに直接聞くしかないが…そんな仕様もないこと聞くのも恥ずかしいしな。
「分かったよ、冷菜と二人の時だけな。…お姉ちゃん。」
"お姉ちゃん"の言葉を聞くと冷菜は手を放してくれる。
「うん!ありがと、りょう!」
こういうストレートなのは可愛いんだけどなー。
如何せんいつも何を考えているか分からないから戸惑うばかりで。
だが、このギャップがいい!萌える!
…これ、華琳とかに聞かれたら引かれるな…。やめよう。
-華琳と冷菜の姉妹トーク-
姉の華琳と妹の冷菜は二人の部屋で今日の事を喋っていた。
「へぇー、涼にお姉ちゃんって呼ぶようしたんだ。」
華琳が少し驚いたような口調で喋る。
「うん!とっても可愛いよね!もう!可愛いいい!!!!」
対して冷菜の方は最近人気のレッサーパンダを見た女子の悲鳴に近い。
「まぁ、可愛いのは分かったから落ち着きなさい。」
こういう時の冷菜は何度か見たことがあるので冷静にふるまう華琳。
「でも、でも落着けないよ!あのりょうお兄ちゃんが弟になるなんて!妄想したことは一度や二度じゃすまないよ!ああ、りょうお兄ちゃんの可愛い顔思い出しただけで吐きそうぅ!おぇー。」
口を開けて吐くようなポーズをする冷菜。
「ここで吐かないでねー。お姉ちゃん、夜は気持ちよく眠りたいからー。」
華琳は、この時の冷菜をどうすることはできないので軽く流している。
「大丈夫だよ!吐くっていうのは表現であって別に本当に吐くわけじゃないから!でも、かりんお姉ちゃんありがとう!りょうお兄ちゃんを弟にしてくれて!」
まさしくキラキラとした尊敬の眼差しで姉を見つめる妹。
「うーん、まぁ、冷菜の為じゃないんだけどね。こっちはこっちで事情があって勝負なんて挑んだんだし。…思い出しただけでイラッと来るわ。あんなの突然聞かされて納得行くかっての!もう!」
冷菜の勢いに乗せられたのか、布団にぼすぼすとこぶしを突き立てる。
「…お姉ちゃん落ち着いて…布団叩いたら埃出ちゃうから…。」
急に静かになる冷菜、その眼はさっきを変わって悲しそうな眼差しである。
「…冷菜って急に落ち着くわね。あなたに合わせてテンション上げたのに。」
冷菜が静かになったので、冷菜の小さな声が聞こえるように落ち着く華琳。
「うん…さっき自分の事を3人称視点で見てみたら、『こいつうるせえなー、喉つぶれて喋らなくならないかなー』とか思っちゃって…そしたら、なんか生きててごめんなさいとか思っちゃって…なるべく静かにしようと思ったの…。」
きっと一瞬で様々なことを考えた頭の中を簡単にまとめて小さく呟く冷菜。
「相変わらず極端な子ね。冷菜はいい子だからそんなこと気にしちゃだめだよ?おいでー、ぎゅーってしてあげる。」
急にしおらしくなった冷菜が愛おしく思えてきたのか、腕を広げて冷菜に抱き着くように言う。
「…うん。」
冷菜は華琳の胸に顔を埋めてぐりぐりと出てきた涙を拭った。
こうして夜は更けていくのでした。
一番下が成長率的には大きいですね。171cmって。
自分が中学校2年生の時は160cmぐらいでしたね。
そう考えると女の子が171cmってすごいですね。
この姉妹はモデルにでもなれるんじゃないでしょうか。
と思いますが、モデルの人ってもっとでっかいイメージがあります。
180cmぐらいあるって感じですね。
ヒールを穿いてそれくらいでしょうか?
どっちにしても次元の違う話です。