007 Beginning of military life
「ようこそ諸君。ここは数年前まで陸軍の一般兵用訓練施設だったが、君たちを軍に迎えるにあたって改装されたばかりの場所だ。君たちの扱いは世間ではとてもいい物とは言えないが、内装はきれいになっているので安心して訓練に励んでくれ。もちろんココをずっときれいなまま使えるかどうかは君たち次第なので訓練と同じく掃除にも励んでくれ」
最近まで現役の軍人だったというデイヴィスの体は浅黒く日焼けしたガッシリとした体格で、訓練と戦場で鍛え上げられた鋼のような筋肉が服の上からでも分かるようだった。
デイヴィスの顔には頬骨のあたりに銃弾がかすったような鋭い傷が残っているが、にこやかな表情なのでおよそ厳しそうな教導官といった風ではない。
年齢も20代後半といった感じで教導官として教える立場につくような感じには思えなかった。
そのためにリチャードとその取り巻き達がちょろそうだと思ってのちに後悔することになるのはそう遠い未来ではない。
「さて、いつまでも門前で立ち話というのもなんだろう。ひとまずは訓練場の中の広場に入ってから点呼にするとしよう。さぁついてきたまえ」
そういって背を向けたデイヴィスは門の傍にあった通用口の扉を開けて、訓練場の中へと入っていった。
剛毅たちはそのあとに続いて中へと入り、デイヴィスの後ろをカルガモの親子のようにひょこひょことついていく。
いくら剛毅を除く他の者たちが早熟な人種といっても、デイヴィスは190㎝OVERの身長に、ガッチリとした筋肉を持つ巨漢でそのシルエットは比べるまでもない。
訓練場内の広場についたデイヴィスはそれぞれにまとまっていた剛毅たちに、今から行う点呼順に並ぶように言うと、点呼を始めた。
「よし、ちゃんと全員そろっているな。まだ各々の適正を見ていないので本日はここにいるのメンバーで一夜を過ごしてもらうことになる。後日の訓練で適正を見た後は、まだ出会っていない他の組の者とそれぞれで分隊を組んでもらうことになる。さて、諸君らはこれより施設の案内を受けた後、夕食を取り、翌日から始まる訓練に備えて早めの就寝とするが、何か質問があれば受け付ける。……本日は大目に見るが、翌日からは姿勢には気をつけろ」
デイヴィスは休めの姿勢で背筋を伸ばして屹立しているが、そのデイヴィスの前で並ぶ剛毅たちのほとんどが崩れた姿勢で話を聞いているの見て、デイヴィスは最後にそう付け加えた。
その言葉を聞いたからと言って、すぐに姿勢を直すような真面目な者はいなかったが、特に質問が返ってくることはなかったので、デイヴィスは話を進めることにする。
「…ではこれより各自の荷物を宿舎に置いた後施設案内を始める。ついてこい。」
施設の中は実に様々な物がそろっていた。
実際に持ち上げられるような人がいるかも疑わしいような400㎏の重さまであるバーベルや、同じように負荷が通常よりも高く設定されているトレーニングマシーンの他、アビリターの能力にも対応できるような高負荷の器具が数多く置かれている。
それらが置かれたトレーニング室の他には、銃器保管庫、弾薬保管庫、携帯通信機器保管庫、特殊車両保管庫、管制室、道場、多目的ホール、講堂、食堂、宿舎、射撃場、グラウンドなど実に様々な施設が詰め込まれ、訓練場というよりも一つの軍事基地という様相を見せている。
施設の紹介と、施設の使い方をレクチャーしてもらった後は、剛毅たちは宿舎の方へと戻り、夕食までの時間を自由に過ごすことになった。
自由時間といっても、夕食までの時間は小一時間といったところで、後日部屋替えがあるということでほとんどのものが荷解きもせずに宿舎のロビーでたむろしたり、休憩をとったりと自由に過ごしている。
部屋自体はそれほど大きくはないが、部隊の最小単位である『班』の4人がともに過ごす場所としては調度いいぐらいの大きさである。
部屋の中は4人で使うことを前提に作られているらしく、2段重ねのベッドが部屋の左右に配され、中央に頑丈そうな実用重視の事務机と、隅に小さい冷蔵庫がドンと置かれているだけだ。
そのほかに無駄なものはなく、デイヴィスの言葉通り実にきれいなものだった。
シャワーや、トイレ、洗面所、キッチンといった水回りのモノは基本的に共用となっているようで、部屋を出て出入り口近くのロビーとは反対方向に進んだところに作られている。
キッチンを使うものがそうそういるようには見えないが、一応調理をするにあたって必要なものはそろっているらしく、調理器具でこまるということはなさそうだった。
宿舎内を見て回った剛毅とギルバートは、ロビーに行き、設置されている自販機から『ドクタ○ペッパ○』を買って飲んで話を始めた。
「今日はこの後飯食って就寝…。それで終わりか。」
「みたいだな。でも、思ってたのと全然違うな。俺はもっとこう…なんだか使い古されてボロボロになったお下がりのような施設だとばかり思っていたんだが…」
ずいぶんと久しぶりに飲む味に満足しつつも、自分たちに対する待遇のよさに半ば困惑気味の剛毅。
「まぁどうせ、俺らに従順にいてもらいたいからって理由じゃねぇの?俺らは武器を持っていない丸腰状態でも能力っつー強力な兵器を持ってるからな」
それに答えるギルバートの反応は実に淡白なものだった。
「ん~…。それが現状一番考えられることか。なんにせよ、待遇がいいのは歓迎すべきことなんだけどな…。今までのアビリターとの扱いから変わりすぎていてなんか変な感じがするんだよなぁ」
「施設は確かにいいものだけどよ。中で働く奴らがどうかは分からねぇだろ。デイヴィス…だっけか?あれはまだ上等な部類だろうが、ほかにも教導官はいんだろ。そいつらがどうかによるな」
「…そうだな。全員が全員神父さんみたいに優しくはないってことだな。何が起こるか分からない今は、油断しないに越したことはない…か」
剛毅は丁度飲み終わったばかりの空き缶を3mほど離れたゴミ箱の中に投げた。
クルクルと回りながら放物線を描く空き缶は、ゴミ箱のふちギリギリに当たり、うるさい音を立ててゴミ箱の外側に落ちた。
剛毅は空き缶が落ちる音を聞いて拾いに行こうと席を立ったところで、剛毅の席の前の机に、ゴミ箱の傍に落ちたはずの空き缶が置かれた。
「やぁ、惜しいね。もう少しで入るところだったんだけどね」
「ん、あぁ…悪いな、拾ってくれたのか」
「いやいや、感謝することはないさ。なにせ僕は拾ってゴミ箱にそのまま入れればいいのに、わざわざ君の所に持ってきたような奴だからね」
そういうと男は余っていた席におもむろに腰を下ろした。
「まぁまぁ、そう警戒しないでよ。正直に言うとね、君たちに興味が湧いたんだ。だってさ、周りの奴らなんてアウトロー気取りであほ面晒すような奴ばかりだと思ってたら、渋い顔をしてドクペを飲んでるやつが二人もいるんだからね。いい意味で裏切られた気分で、つい話しかけてみたくなったんだ」
馴れ馴れしいその態度に剛毅は訝しげな視線を送るが、席に座ったその男は楽しそうに顔に笑みを浮かべたまま話を続ける。
「君たちはなんだか周りの奴らと比べて…う~ん、そうだな…。冷静…いや、達観かな?しているような気がするんだよね。君たちのところでもあったとは思うけど、『俺たちがココをシメるんだ!』みたいな考えをいうやつがいてね。年代的なものもあるんだろうけど、いかにもアウトロー気取りでバカらしい考えだよ。そんな奴らにシメられるような甘いやつらが僕たちの教官になるわけがないのにね。まぁ他にもいろいろ細かいことはあるけど、そんなことがあったから余計に君たちに興味が湧いたんだ。いきなり話しかけて悪かったね。ついつい自分の好奇心を優先するのが僕の悪いところなんだ」
剛毅は目の前で楽しそうにしゃべる男を改めてよく見てみた。
男のクセっ気のあるくすんだような金髪は黒いゴムで無造作に後ろで一つにまとめられていて、碧眼の細い目元には黒フレームのスクエア型のメガネが乗っている。
体格は痩せ型だが、筋肉はある程度ついているらしいので、それほど貧弱そうという感じではなさそうに見える。
(調子のいいただのバカってわけじゃなさそうだ…。どことなく掴みどころがないような感じはするけど、頭は悪いわけじゃないだろうし、俺たちに特に害はなさそうかな)
剛毅は頭の中でまだ名前も知らない目の前の男についてそう評価を下しつつ、自分の隣に座っているギルバートをちらりと横目で見てみた。
ギルバートは男に興味をもったのか缶に残っているジュースを飲みつつも、その眼は目の前にいる男の方へと向けられている。
「…まぁ確かに、バカそうな奴らが多いのは事実だよな。でもよ、自分のことを名乗らないで話をするっていうのもどうなんだ?俺からすればマナーのなってないガキにしかうつらねぇぞ?」
ジュースを飲み終えたらしいギルバートは安っぽい白色の天板に空き缶を置いて、腕を組みつつ声を発した。
「あぁ失礼。すっかり忘れていたよ。僕の名前はアルフォンス・エンフィールドだよ。出身はニューヨークウェストチェスター南部のスカースデール。能力は…まぁお互いのためにも秘密ってことで」
「金髪碧眼にその名前の響き…。もしかしてアングロサクソン系のアメリカ人か?」
「そうだよ、よくわかったね。金髪碧眼だから珍しがられるけど、一発であてる人は数少ないんだけどねぇ」
「いや、ずっと前知り合いに同じような奴がいたからってだけだ。ほとんどあてずっぽうだから気にするな。…それにしてもスカースデールか。たしか、スカースデールは金持ちばかりが集まる高級住宅街じゃなかったか?あそこが出身ってことは金持ちの家の出だろう。なんでまたこんなところに?あんなところに住めるぐらいなら『許可料』払って『特別許可』をもらってもおつりがくるだろう。」
ギルバートがそう聞くと、アルフォンスは苦笑を浮かべて答える。
「ハハハ、まぁうちの家は元々の家柄が良くて裕福な家庭だったんだけど。その分血筋を尊ぶとでもいうのかな。忌まわしい能力を持って生まれた僕は家の中では爪はじき者でね。僕にはすでに兄がいて、兄が家を継ぐことになっていたから僕はちょうど厄介払いって形でこの町に連行されてきたのさ。まぁ連行って言っても高額納税者の手前で薬を打って乱暴につれてこられたわけじゃないんだけどね。」
「…悪かったな。いやなこと聞いちまって」
ギルバートが少し申し訳なさそうにアルフォンスに向かって頭を下げるが、アルフォンスはそれを押しとどめた。
「いやいやいや、とんでもない!僕はこれでもせいせいしているんだ。居心地の悪い家から解放されたばかりか、自由に生きることができるようになったんだからね。もちろん、元の暮らしからすると金銭面で苦労することはあるけど、元の暮らしと比べると雲泥の差さ。雁字搦めで灰色の生活が一気に様々な色彩を帯びたぐらいにね。だから君が頭を下げる必要はないよ」
「…そうか。遅れたが、俺からも自己紹介をさせてもらう。ギルバート・アンダーソンだ。出身は旧ニューヨーク市街近くのスラムだ。汗と泥と血にまみれて生きてきたからたいていの荒事ならなんでもござれだ。よろしくな」
ギルバートは自己紹介を終えると、組んでいた腕をといてアルフォンスに向かって右手を差し出した。
アルフォンスも右手を出してギルバートとしっかりと握手を交わすと、よろしくと言葉を発した。
「俺は赤司波剛毅。日本うまれだから、赤司波がフォミリーネームで、ファーストネームが剛毅だ。出身はギルバートと同じでスラム。しばらく軍に属する者同士、仲よくしよう」
こちらもギルバートと同様にアルフォンスに右手を差し出して、お互いに握手を交わす。
それぞれが自己紹介をし終わった後は、三人は互いの能力に関することにはなるべく干渉しないようにしつつ、様々な雑談を交わして就寝時刻までの時間を楽しくすごした。
一応年内に第二章突入です。これからはもうちょっとアクションが起こるようになるかな?
とりあえず第二章の最初ということで軽く進めることにしました。
いきなり殴り合いでもよかったのですが、ちょっと疲れるかなと思ったのでこのように。
次話からは訓練をいれるのですが、軍隊の訓練などは想像でしかわからないので、変なところが結構でてくるかもしれません。
そこらへんはどうかご容赦を…