山の神を追い払ってしまった罰
【山の神】
日本にはそのむかし、オオカミがいた。
オオカミは狂暴な獣であり、古代人はオオカミの襲撃から身を守るために、オオカミの群れの中にいた人に慣れやすい個体を大切に育てて犬とした。
しかしその怖いオオカミは、別名大神ともいわれ、神として崇拝されていて、古い神社には鳥居のそばにオオカミの狛犬があるところもある。
そしてヒグマが生息する北海道で暮らしていたアイヌの人たちは、昔からオオカミのことをウォセカムイ(吠える神)、ユクコイキカムイ(鹿を獲る神)、オンルプシカムイ(狩をする神)などと、神の名をつけて呼んでいた。
オオカミは人が飼っているニワトリや馬を襲う。
そんな怖いオオカミなのに何故神と呼ぶのだろう?
多くの人がそう思うに違いないが、でも彼らは他の害獣を狩る。
実際我々人、とくに農家にとってオオカミは、クマやイノシシやシカほど怖い害獣ではない。
シカやイノシシは、一晩で畑の野菜を食い尽くしてしまうしイタチも増えれば怖い害獣となる。
オオカミは雑食性の動物に分類される動物だが、その食性は肉食が強いので他の動物を襲う。
もちろん人だって襲う対象となるが、彼らはネコ科の猛獣やクマのように直接的に襲い掛かってくるようなことは少なく、頭がいいので人が使う武器についてもよく知っている。
人が石を投げることも、棒で突いたり叩いたりすることも。
原始時代の人間にとってオオカミは脅威だったに違いありませんが、おそらく江戸時代くらいになるとそうでもなかったと思う。
先ずクワなどを持っていること。
一人で農作業をしないこと。
一人で出歩かないこと。
この程度のことに気を付けていれば、そうそうオオカミは襲ってきませんし、オオカミが簡単に入って来られない戸の閉まる家を持った人間は、オオカミに見張られていても家の中で安心して寝たり食べたりすることができるし、番犬を飼っていれば百人力。
そしてオオカミも匂いや音で、そのことを理解しますので執拗に人間を餌として狙うようなことは少なくなる。
人が農耕をはじめれば簡単にしかも良質な食物を短時間にしかも大量に得られるのでシカやイノシシ、そしてクマまで山を下りてくるようになり、そうなるともともと肉食性の強いオオカミも山の中のどこに居るか居ないか分からない獲物を探すよりも、それらが集まりやすい人間の田畑近くの森に移動し待ち構え捕獲するようになる。
オオカミは単独での狩りはあまりしないので、リーダーは自分のリスクだけでなく仲間のリスクも考えて行動をする。
特にオオカミの群れの基本は家族と親戚になるので、身内の安全を最優先して持久戦で相手を弱らせてから襲う。
オオカミの最大の武器は、顎の力でもなければ、走る能力でもない。
最大の武器は、その持久力。
三日三晩食べもせず、睡眠をとらなくてもても、ずっと歩き続けることができることがオオカミの最大の武器となる。
クマにしても、イノシシにしても、シカにしても、オオカミに追いかけられれば食べることも寝ることもままならなくなり、絶えず逃げ続けなければならなくなる。
草食性のシカは、エネルギー効率が悪いため、絶えず食べ続けなければならない。
イノシシやクマも穀物が主体で、しかも体が大きいためエネルギー消費量が大きく、動き回ることには適していない。
もちろんクマやイノシシも1日に20キロほど移動することもあり、条件さえ整えば1日に50キロも移動することもある。
だがオオカミは常に20キロから50キロの縄張りを群れで巡回し、時には数百キロも移動することもある。
狙った獲物に食べたり飲んだり眠ったりさせないように、絶えず姿を見せ続けて追い回し、弱ったところ油断したところを一気に群れで囲んで攻撃する。
こうしてオオカミたちは、人に協力するつもりはないまま、田畑を守る役目を担い、人々から神の称号をもらった。
【いなくなった山の神と、その後】
かつての日本では食物連鎖の上位に来るのはクマとオオカミなのですが、群れないクマと、群れで狩りをするオオカミとの覇権争いになるとクマはオオカミに狩られる立場となりクマの繁殖を抑える効果があった。
個体差では体重が400㎏を越え木にも登れるクマのほうが有利なのだが、実際の世界は都合のいい漫画や小説のように無双はできない。
場所は遠いアフリカに飛ぶが、サバンナの覇権争いでライオンを一番多く殺す動物はハイエナで、そのハイエナを一番多く殺すのはライオンだ。
両方とも群れで過ごしているのでとても頭が良く、効率的に敵の数を減らす方法を知っている。
それは敵の子供を殺すこと。
オオカミも同じで、狙うのは親グマではなく、親から離れた子熊を狩る。
群れで過ごすライオンやハイエナたちには必ず子守係がいるが、単独で行動するクマには居ないのでオオカミに狙われた子熊は確実に狩られ、子供が少なくなるとでクマの数は減っていく。
現在クマが増え続けている要因として最も考えられるのが、オオカミの絶滅があげられる。
明治維新の開国で外国の犬が日本に上陸したことにより、それまで日本にはなかった狂犬病が流行り日本犬とオオカミは大打撃を受け数を減らした。
それに追い打ちをかけるように明治政府が主導したオオカミ絶滅計画でオオカミが居なくなったことと、保健所が頑張って殺処分しまくって野犬が居なくなったことがクマやイノシシ、そしてシカやサルが増える要因となった。
クマ被害の多い北海道の主なクマ被害事件。
1915年(大正4年)7人の死者を出した、三毛別ヒグマ事件。
1923年(大正12年)4人の死者と4人の負傷者を出した、石狩沼田幌新事件。
1970年(昭和45年)登山中の3人の対学生が死亡した、福岡大学ワンダーフォーゲル部ヒグマ事件。
1976年(昭和51年)風不死岳で竹の伐採作業や山菜取りのために山に入った人々が次々にクマに襲われ2人の死者と3人の負傷者を出した風不死岳事件。
2023年、釣り客の男性がヒグマに襲われ死亡した朱鞠内湖ヒグマ死亡事件。
2023年、登山中の男性1人死亡、2人の負傷者を出した大千軒岳ヒグマ襲撃事件。
2021年から2023年にかけて、66頭の牛を襲ったOSO18(オソじゅうはち)事件などが上げられる。
もっともオオカミや野犬が増えれば、気軽に山に登ることも出来ないばかりか、逆にオオカミや野犬により人や牧場の被害が増えることは間違いないが、害獣による農作物の被害だけは確実に抑えられることはたしかだと思う。
クマ被害でよく言われるのが山が枯れて来て餌となる木の実が減っていることがあげられるが、この原因は実はシカなどが増えて芽を出したドングリが木になる前に食べられてしまい老木が増えたことも要因の一つと言われている。
全てが人のためにあるわけではなく、自然は微妙なバランスを保つことで成り立っている。
オオカミが増えれば、オオカミに狩られる動物が減る。
そうなればオオカミは一時的に減り、いままで狩られていた動物たちが増える。
そして長い目で見れば、すべての動物も植物も増えもせず減りもせず均一を保っていた。
北米では1930年代、日本と同様にオオカミを人が積極的に狩り彼らを絶滅させた。
その結果、生態系が大きく変わりシカが増えイエローストーン国立公園では増えたシカたちがポプラなどの若芽を食べまくり、結果としてポプラの数が減少しはげ山が目立つようになった。
森が減ることにより猛禽類をはじめ多くの生態系にも影響がでてしまい、1995年に行政指導により絶滅したはずのオオカミ8頭を輸入して公園に放すと、徐々にシカの数は減り、森の木も育ち猛禽類たちも増え始め元の自然に戻りつつある。
日本の現在のクマ被害を考えると、クマを積極的にかつ定期的に狩り続けなくてはならず、そうなるとさらにシカやイノシシやサルが増え続け農作物の被害は増える。
日本も居なくなったオオカミを呼び戻し、自然を一旦元の状態にリセットしてみてはどうだろう?
もちろんそうなれば誰でも気軽に山に入り、登山や山菜取りができる状況ではなくなるが、人間にとって入りにくい聖域を設けることも自然にとっては必要なことなのではないだろうか?




