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果てない  作者: 月蜜慈雨


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7/12

夏の午後




 夏はやけに蒸し暑くて、魂ごと蒸発してしまいそうな気がする。ミーンミーンと鳴る蝉の音と、車の走行音が鮮明だ。

 八月のお盆を含んだ二週間、まさるさんは避暑地で休暇を取るので本屋バイトもお休みだ。

 夏休みの宿題を済ませると、もうやることがない。公園に行こうにも、熱中症警戒報が出ているこの日に行くのは、あまりに自殺行為だ。

 遠足のCDでも見ようかと思ったけど、部屋にいるのも辛くて、結局外に逃げ出した。少しの間なら大丈夫だろうと過信して。



 本当に少しの間なら、炎天下でも歩けたけど、三十分も経ったら流石に歩くのも億劫になってきた。

 知らない学校の前に置いてあるベンチに座る。ちょうど真上が木陰になっていて、日光が遮られて気持ちいい。


「なんだ、お前か」


 声がして横を向くと、なぜか及川圭司がいた。

 そしてなぜか隣に座った。

 及川圭司が呟く。


「暑いな」


 ぼくはそれに当たり前の返事をする。


「そうだね」


 それ以降沈黙が続いた。

 ミーンミーンと蝉の鳴き声がした。

 汗が額を伝って、喉ぼとけまで落ちていった。

 木陰から零れる光は、一閃一閃強烈だった。



 及川圭司がこちらを見て笑った。なんのてらいもない、無邪気な笑顔のように見えた。

 首を傾げて、及川圭司はぼくに質問する。


「いつも散歩してんの?」

「いつもじゃないけど、他にやることもないから」

「そうか」


 ぼくの言葉に一つ頷くと、ペットボトルのお茶を差し出してきた。


「飲みかけで悪いけど、なんか飲まないと死ぬから」


 ありがとうと言って、ぬるくなったお茶を一口飲んだ。自覚はなかったけど、喉は渇いていたようで、ひどく美味しく感じた。ありがとうと言って、ペットボトルを返した。


「なあ、お前さ。なんであの本屋でバイトしてんの」


 少し俯いて、及川圭司が言った。


「俺と違って、金に困っているわけでもないのに」


 何て答えようか迷った。当たり障りのないことでも言えばそれでいいんだろうけど、嘘はつきたくなかった。自分の心さえ、上手く分からないけど。


「お金には困ってないよ。衣食住にも。このバイトを始めたのは、親に紹介されたから。でもその前から、社会には馴染めてないんだ。いじめられたとかじゃないけど。それで親が、少しずつリハビリさせようとしてるんだ」

「じゃあなんだ。親のためにバイトしているのか」


 首を横に振った。

「最初はそうかもしれないけど、今は違う」

「どう違うんだ」


 その言葉に、あまり答えたくなかったけど、ぼくを見つめる彼の瞳があまりに鮮烈で、口を開くしかなかった。


「何かやることがあるのは、今のぼくにとってはいいことなんだ。その時だけ、息が出来るような気がする」


 及川圭司は、ぬるくなったペットボトルのお茶を飲み干した。そして、ペットボトルのお茶を凝視したまま言った。


「簡単には言えないけど、分かるよ。今の心ごと、忘れてしまいたい」


 二人して手を凝視したまま、黙って空間を咀嚼した。

 及川圭司もそうなのだろうか。今の心を忘れたい。確かにそうだ。

 どんな種類の心かは置いておくとして、ぼくたちは忘れたい。

 それは現実逃避と言うのかもしれないけど、不穏の塊がずっとぼくの背後をついて回る。

 及川圭司もそうなのだろうか。

 おもむろに立って、夏の陽射しの中を歩いた。及川圭司もそれに続いた。

 そのまま三十分ばかり、二人してアスファルトの道を歩いた。


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