路上の青年
第三次世界大戦が勃発したのは、一昨年のことだ。
それ以来日々の生活は税金増大で少しずつ、色んな所が軋むように苦しくなっていった。
街に出ると荒れた人が以前より見かけることが多くなった。未来に希望が持てない、そんな人が多く、不安げに忙しなく歩いている。
その一方で、戦争特需で儲けている人もいる。一部の人にとってはいいことなのかもしれない。
戦争をするというのは、たくさんの人が息苦しくなったり、明るくなったり、なんだか混沌とすることを知った。
毎日のニュースは物騒で、頻繁に自衛隊や軍事兵器を目にする。
一昨年始まったことなのに、まだ紛争地域は遠く、現実感がない。
その青年を見つけたのは、そんな物騒な世の中になった一年目のことだった。
なぜかは分からないが、ごみに埋もれて倒れていた。
季節は秋で、木枯らしが吹く寒い日だ。
ぼくはその男を目に留め、すっとそのまま通り過ぎた。
また増えたホームレスだろうと、気にも留めなかった。
「おい」
そう思っていたら、声を掛けられた。
「なんか食いもんか、金目のもん寄こせ」
それがこの青年との交流の始まりだった。
青年の名前を、及川圭司といった。
はぁ、とぼくは頷いた。
彼はぼくからちゃっかり金を集ると、すぐに踵を返した。それから頻繁に会うようになった。体のいいカモだと思われたのかもしれない。実際そうだった。
ある日、どういう経緯かは忘れたけど、ぼくと彼は冬の公園でベンチに座っていた。
マフラーと手袋をしていても染みるように寒い午前だったのに(そのときは古書店のバイトの帰りだった)、彼は長袖のTシャツとジーンズだけだった。
彼の頬や指先は真っ赤に染まっていた。吐息は白く、ぼくたちはベンチであったかいお茶をコンビニで買って飲んだ(ぼくのお金で)。
及川圭司がお茶を飲みながら言う。
「お前、変わってるな」
「なんで?」
なぜか苛立ちげに及川圭司が返した。
「普通一回集られた奴は二度と同じ道を通らないし、通っても俺の顔を見たら一目散に逃げる」
「ふーん」
興味ないぼくの返答に彼の苛立ちは頂点に立ったようだ。
ギロリと、彼がこちらを向いた気がした。
「なんだ?その反応?もしかしてお前、死にたいのか?」
スローモーションのように、彼の腕が僕の方に伸びるのが分かった。
「ぐっ」
彼が突然僕の首を掴んだ。片手で喉ぼとけを強く押されて、息が詰まった。
「なあ、なんか言えよ」
ぼくは彼の目を見た。初めて間近で見た。大きな焦りと怒りが滲む瞳、体は震え、苦々し気に歪む口元。
「お前も俺のことかわいそうだとか思ってんだろ。茶一つ自分の金で買うことが出来ない、まともじゃない、哀れな奴だって」
彼はそこで一呼吸置いた。
「そうだろ、そうじゃなきゃ…」
彼の瞳の際がキラキラ輝く。
刹那、ゆうすけの顔が頭に浮かんだ。アニメのヒーローが大好きだった彼のことを。両親は体格が大きかったから、きっと成長したらぼくの身長を越しただろう。丁度、彼のように。
いつの間にか手は緩められ、息苦しさがなくなっていた。
少し咳き込んで、茫然とする及川圭司を見つめ、言った。
「ぼくは、死んではいけない」
彼の瞳が僕を映した。
「君も、死んではいけない」
彼の涙が頬を伝い、太腿に落ちた。それがなぜか鮮やかだった。
風は相変わらず冷たい。吹く風が強くて、彼が無言で泣いている。
「俺、児童養護施設にいるんだ。もうすぐ施設を出なきゃいけない。でもこの不景気だろ。面接しても面接しても落ちるばかりだ。大事に貯めてた金じゃアパートも借りれない。その日暮らしするしかない…」
指を合わせ、顔を伏せて事情を話してくれた。そしてそれは思っていたより切実だった。
彼の瞳はさっきの綺麗な輝きを失って渇いていた。まるで全てに絶望しているかのように。
ぼくは困った。彼を助ける権力もお金もないからだ。
困って、困って、困って、ぼくはある人に相談することにした。




