2:守り人は安酒の香りを纏う(2)
ヘーゼルと青が混同する、不思議な色の瞳が冷たく光っている。人を警戒するような厳しい眼つき、緊張の走る頬、真一文字に引き結ばれた口元。見れば見るほどエディを彷彿させるその顔立ちを見ていると、このまずい状況をどうにかしないといけないと思いつつも、使命を放り出してでも”聞きたいこと”が口をついて出そうになった。
「マルセル」
不意に、私の足を室内の中途半端な位置で縫い留めていた視線が、私を越えた向こう側に向けられた。
外から扉を閉めたとばかり思っていたけれど、どうやらそうではなかったらしい。振り返った視線の先、黒檀の扉の前では、ジャンが直立不動の姿勢で佇んでいた。
「あなたは退出し、ヴェルレー伯爵に帰るよう伝えてきて下さい」
「申し訳ございません。あいにく鍵を持ち合わせておりませんので、施錠をするなら中から閉じるしか」
「では施錠は私がやります。とにかく部屋から出て行きなさい」
「致しかねます」
「は……?」
「わたくしにはまだ、職務が残っておりますゆえ」
ジャンの拒否の言葉を受けて、それまで厳しく引き締められていた面接官の表情が、少し呆けたものに変わった。
「わたくしは本日、案内係としての役割を任せられております。与えられた任を全うせよと下命された以上、クレマンス様がそのお席に着くまでは持ち場を離れるつもりはございません」
つまり私があの席に座らない限り、ジャンはこの部屋にいてくれる、ということらしい。
この面接官からの叱責を独りで受けずに済む、という安心感。そして何より、心強い味方を得たような気持ちになった私は、感謝の会釈のつもりで小さく首肯してみせた。
「なるほど」
ジャンを見ているとばかり思っていた面接官の声が、頭上に降り注ぐかのように響く。ハッとして元の姿勢に直り顔を上げると、彼は私を射殺さんばかりの眼光をたぎらせてこちらを見下ろしていた。
余計なことは言わず、おかしな動きも見せない方がいい。そう判断した私は、小さくなりながら視線を斜め下に落とした。
「いいでしょう。それならば、いまこの時をもって、あなたに課せられた案内係の任を解きます」
「ふむ……。つまりわたくしは、いつも通り従者の役割を果たせば良い、ということですね?」
「その通り。さあ、すぐにこの部屋を」
「それでは従者としての規約に従い、これから1時間の休憩を取らせていただきます」
ジャンの方を振り返りたい。もしくは面接官の様子を見たい。でもさっきの判断は揺らがせない方がいい。
わずかな沈黙が流れる中、私は斜め下に置いたままの視線を留めることに必死になっていた。”温室”での教えが、まさかこんなところで生きてくるとは考えもしなかったけれど、何があっても顔を上げるなと指導してくれたあの講師のマダムには、心から感謝をしたいと思う。
「休憩中は公序良俗に反しない限りは何をしていても咎められない、という規約もございますから」
ジャンがそう言った直後、衣擦れと靴底が床を叩く高い音が背後から聞こえ、それは私のすぐ斜め後ろまで近づいてからぴたりと止まった。
「クレマンス様。先ほど、お席まで案内するという約束をいたしましたね?」
声を掛けられ、”視線は斜め下”を守ったまま何度も小さくうなずく。
「もしあなたがお望みであれば、いまの休憩時間中にこの約束を果たしとうございますが、いかがでしょうか」
「……よろしいのですか?」
おずおずとジャンを見上げる。ジャンは表情を変えないまま、やわらかな瞬きの動きと共に小さくうなずいてくれた。
「それでしたら……ええ、果たして頂きたい所存です。ですがその前に、少し立ち話をしなくてはならないようですので」
一旦言葉を切り、チラリと面接官の方を見やる。彼は、”憮然とした表情”というのはこれ! と指し示したくなるほど、お手本のようなしかめ面を浮かべていた。
「……その間、お待ち頂けますか?」
「かしこまりました。休憩時間中はお傍におりますので、いつでもお声掛けください」
「はい! ありがとうございます、ジャン!」
「マルセルです。苦情はきっちり入れさせて頂きますので、適宜お取り計らい下さいますよう」
ジャンは胸に手を当てて深いお辞儀をすると、部屋の隅にある一人掛けソファに向かい、ゆったりと腰かけた。
「参りましたね。まさか鉄仮面を懐柔してしまうとは」
「いま、わたくしの悪口が聞こえた気がしましたが」
「気のせいですよ。……さて、クレマンス嬢。お目付け役がいる中では少しやりにくいですが、お話をお聞かせ願いましょうか」
面接官はそう言い、私の前に手を差し出した。言葉はなくともその所作で、エスコートの申し出をしているということは分かる。分かった上で私はその手を取らず、微動だにしないまま彼を見つめた。
「何かお聞きしたいことがあるのでしたら、ここに立ったままでお願いいたします」
「これはこれは、ずいぶん用心深いことで。素直に引っかかって席に着いて下されば、スムーズに事を運べたというのに」
一瞬ジャンの方に視線をやってから、困ったように微笑むと、彼は片側の目を覆っていた長い前髪を耳に掛ける仕草をした。
あらわになった左目と眉は、右側とほぼ対称のきれいに整った形をしている。エディが前髪を伸ばしているのは、左の眉上から目にかけて斜めに走る切り傷を隠すためだと聞いていた。でも、いま見る限りではそれがない。ということはつまり、この人はエディでは――。
「おや、私の左目が気になりますか?」
「えっ……あ、いえ、その……き、綺麗な色の瞳をしていらっしゃると思って」
「下手な釈明は結構。その”設定”までご存知ということは、かなり深いところまで調査を進められてしまったようですね」
「設定……? 調査というのは一体、」
何のことを言っているのか尋ねようとした瞬間、私の手は面接官に力任せに掴まれ、そのまま強く引っ張られた。




